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事件 平成 13年 (行ケ) 256号 審決取消請求事件
原告 株式会社スーパーツール
訴訟代理人弁護士 松本司
訴訟代理人弁理士 森義明
被告A
訴訟代理人弁護士 青木俊文
訴訟代理人弁理士 水野喜夫
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/06/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が無効2000-35581号事件について平成13年4月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「重量物吊上げ用フック装置」とする特許第2833674号(平成3年8月2日特許出願(以下「本件出願」という。),平成10年10月2日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は5である。)の特許権者である。原告は,平成12年10月20日,本件特許を請求項1ないし5のすべてに関し無効にすることにつき審判を請求した。特許庁は,これを無効2000-35581号事件として審理し,その結果,平成13年4月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年5月14日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 「【請求項1】吊上げ装置のワイヤー先端部に取付けられ,重量物を吊上げるためのフック装置において,前記フック装置が, (i).先端部に脱落防止部(11),後端部にワイヤー固定部(12)を有するフック支持体(1), (ii).フック(3)の後端部(32,32′)が二股構造であり,前記後端部(32,32′)の二股空間内に前記フック支持体(1)の略中央部(13)が遊嵌され,かつ,前記.フック(3)の後端部(32,32′)と前記フック支持体(1)の略中央部(13)を貫通する接合ピン(2)を介して前記フック支持体(1)の略中央部(13)に回動自在に配設されたフック(3), (iii).前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)と前記フック(3)の先端部(31)が略当接関係にあるときにロック状態とする前記フック(3)の後端部(32,32′)の二股空間内に配設されたロック(4),及び, (iv).前記フック(3)と前記フック支持体(1)は,前記フック(3)と前記ロック(4)のロックが解除されて前記フック(3)が前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたとき, (iv)-1.前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が,前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32′)の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され,かつ, (iv)-2.前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と, 前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されること, を特徴とする重量物吊上げ用フック装置。」(以下「本件発明1」という。) 「【請求項2】 二股構造のフック(3)の後端部(32,32′)の空間内に配設されたロック(4)の端部(41)が,バネ体(5)の弾発によりフック支持体(1)の略中央部(13)に当接するものである請求項1に記載の重量物吊上げ用フック装置。」(以下「本件発明2」という。) 「【請求項3】 ロック(4)の端部(41)が,フック支持体(1)の略中央部(13)に設けた凹部(14)に係合してロック状態となる請求項2に記載の重量物吊上げ用フック装置。」(以下「本件発明3」という。) 「【請求項4】 フック支持体(1)の脱落防止部(11)とフック(3)の先端部(31)がロック(4)によりロック状態となったとき,ロック(4)の操作レバー(42)がフック(3)の後端部(32,32′)から突出するものである請求項1に記載の重量物吊上げ用フック装置。」(以下「本件発明4」という。) 「【請求項5】 フック支持体(1)の脱落防止部(11)とフック(3)の先端部(31)がロック(4)により係合解除され,かつ,フック(3)の背部(33)がフック支持体(1)の側部(15)の方向に反転回動されたとき,フック(3)の後端部(32,32′)から突出しているロック(4)の操作レバー(42)が二股構造のフック(3)の後端部(32,32′)に収納するものである請求項1に記載の重量物吊上げ用フック装置。」(以下「本件発明5」という。本件発明1ないし5の全部をまとめて「本件発明」ということがある。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,@本件特許は,平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項及び5項1,2号(以下,単に「特許法36条4項及び5項1,2号」という。)の規定に違反してなされたものとはいえない,A本件出願につきなされた平成10年7月23日付け手続補正(以下「本件補正」という。)は,本件願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「当初明細書」という。甲第3号証参照)の要旨を変更するものではなく,本件特許に係る出願日が平成3年8月2日から繰り下がることはないから,本件発明に関連するフックシリーズの最初の特許出願である特許第2833671号の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「別件当初明細書」という。)の写しの1991年7月13日付けファクシミリ(審判甲第8号証,本訴甲第8号証)記載の発明を特許法29条1項1号の発明とすることはできない,として原告主張の無効理由をすべて排斥するものである。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「【4】本件特許発明1〜5」は認める。「【5】甲第1,11号証の記載事項」(審決書6頁3行〜8頁8行)のうち,審判甲第1号証(本訴甲第2号証)の図1に「フック先端部31の内側に接して描いた線分」と「フック先端部31と対向するフックの内側に接して描いた線分」が略平行線をなすことはが示唆されているとする点を争い,その余は認める。「【6】無効2000-35582号」は認める。「【7】対比,判断」(8頁24行〜13頁18行)のうち,「(1)第1の理由(特許法36条4項,5項違反)について」(8頁25行〜10頁下から4行)は,8頁27行ないし36行,9頁2行ないし5行,10頁17行ないし28行は認め,その余は争う。「(2)第2の理由(特許法29条第2項違反)について」(10頁下から3行〜13頁18行)のうち,10頁末行ないし11頁3行は認め,その余は争う。
審決は,本件特許に係る明細書が特許法36条4項,5項所定の記載要件に違反するものであるか否かについての判断を誤り(取消事由1),本件特許の特許法29条2項該当性についての判断を誤った(取消事由2)。これらの誤りが,それぞれ,請求項1ないし5のいずれに関しても,審決の結論に影響を及ぼすことは,明らかである。
1 取消事由1(特許法36条4項,5項に係る記載要件違反についての判断の誤り) 審決は,フック(3)の後端部(32,32′)が「二股構造」となっていることに関して,次のとおり認定,判断した。
「「二股構造」とは,(a)二つに分かれた『末』の部分と,(b)二つに分かれた『末』の部分を統合する『もと』の部分を有する構造と解される。そして,当該構造を【図1】(判決注・本件明細書中の図1)に当てはめてみると,『【図1】の線分A』の上部は,後端部(32,32′)の二つに分かれた『末』の部分であり,『【図1】の線分A』(判決注・審決書16頁の図参照)より下部(ただし,背部(33)は除く)は,二つに分かれた「末」の部分を統合する「もと」の部分であると認められる。つまり,「二股構造」は,フック(3)の『【図1】の線分A』の上部から『【図1】の線分A』を越えて下方に延びた部分までを含む範囲であると云うべきであって,当該範囲がフックの「後端部」となるものであると解するのが相当である。」(審決書9頁15行〜25行) しかしながら,「二股構造」が,二つに分かれた『末』の部分と,二つに分かれた『末』の部分を統合する『もと』の部分とを有する構造であるとしても,本件特許発明のフック(3)の後端部(32,32′)が,なぜ,『もと』の部分である『【図1】の線分A』の下方にされるのかについては,審決は,理由を全く示していない。
審決が認定した「二股構造」を有する部分は,上記フックの『【図1】の線分A』の上部から『【図1】の線分A』を越えて下方に延びた部分までを含む範囲の部分に相当する。この範囲がフックの「後端部」が示す範囲となることを前提にしても,「フック(3)の・・・・後端部(32,32′)の内側に接して描いた」線分には,『末』の部分の内側に接して描いた線分Bと,『もと』の部分の内側に接して描いた線分C(別紙図面2参照)とが存在することになり,特定されていないことになる。
本件発明の構成(iv)-1の仮想略平行線がどのように引かれるのかについては,本件明細書中のどこにも説明がない。
被告は,当業者が上記「線分C」のほかに「線分B」を描くことは,フック(部)の機能からして蓋然性が極めて低いことである,と主張し,その理由として,フック(部),特にその開口部の大きさは,所定の吊上げ対象物の引っ掛け部との関連で意味をなすから,当業者は別紙図面2の線分Cを重視し,線分Bは念頭に置かない,と主張する。
しかしながら,「蓋然性が極めて低い」ということは,当業者も描く可能性があるということであり,一義的に明確とはいえないことを意味する。
本件明細書には,開口幅の狭小なことの問題点の指摘はあるものの,この開口幅とは,「フック先端部(31)と脱落防止部(11)の間に形成される開口幅」のことである。被告が主張するような「フックの開口部の大きさ」は,本件明細書には一切記載されていない。
2 取消事由2(特許法第29条2項該当性についての判断の誤り) (1) 本件補正による要旨変更を認めなかった誤り(出願日認定の誤り) ア 審決は,当初明細書の【図1】及びこの図について説明する段落【0008】,【0010】には,本件明細書の【図1】,段落【0008】,【0010】と実質上同一の内容の事項が記載されており,本件明細書の【図1】,段落【0008】,【0010】に記載されている本件発明の構成(iv)-1及び(iv)-2は,当初明細書に記載されていたと認められるから,本件補正は,当初明細書の要旨を変更するものではない,と判断した(審決書10頁末行〜11頁9行)。
当初明細書の【図1】及びその図を説明する段落【0008】,【0010】に,本件明細書の【図1】,段落【0008】,【0010】と実質上同一の内容の事項が記載されていることは,事実である。
しかしながら,当初明細書には,本件補正によって追加された(iv)-1,2の構成(前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が,前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32′)の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され,かつ,前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と,前記仮想略平行線とが略平行になるように配設される構成)についての記載もこれを示唆する記載もなく,図面を見ても,仮想略平行線も,ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分も示されていない。
当業者といえども,このような当初明細書の記載及び図1から,当然のこととして,上記仮想略平行線,及び,ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心とを結ぶ線分を描くなどということは,あり得ないというべきである。
イ 本件補正のうち,「前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が,前記フック(3)の先端部(31)の内側・・・に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように」の構成を追加する部分は,「フックの先端部の内側が直線状となる」との構成要素を新たに追加したものである。フックの形状は,一般には先端部と後端部が絞られて,その各内側は湾曲した形状となっている。ある線が先端部の内側に接する仮想線であるためには,その線は,先端部の内側の任意の点で接すればよいから,このような先端部の内側が湾曲した形状では,仮想線の方向は定まらないことになって,どのような仮想線か特定できないことになる。フック先端部の内側が直線状でない限り,このような仮想線は引けない。
本件明細書には,「・・・更にフックの脱着は脱落防止部とフック先端部の開口幅が大きいため極めて容易に行うことができる。」(甲第2号証8欄20〜21行)との記載がある。このようなフックの脱着作業が容易に行えるという作用効果は,フックの先端部の内側を直線状とする形状としたことにより奏する効果である。脱落防止部(11)とフック先端部(31)との開口幅を大きくしても,フックの先端部の内側を湾曲状としている場合には,抜去作業を容易に行うことはできない。
本件補正は発明の要旨を変更する補正であり,審決はこれを看過した結果,本件特許の出願日の判断を誤った。
(2) 別件当初明細書の写しのファクシミリ(審判甲第8号証,本訴甲第8号証)記載の発明の公知性 審決は,発明の内容が,発明者のために秘密を保つべき関係にある者に知られたとしても,特許法第29条第1項第1号にいう「公然知られた」ことには当たらず,この発明のために秘密を保つべき関係は,法律上又は契約上秘密保持の義務を課されることによって生じるほか,社会通念上又は商慣習上,発明者側の明示的な指示や要求がなくとも,秘密扱いとすることが暗黙のうちに求められ,かつ,期待される場合においても生じる,とした上で,被請求人(被告)が,その出願公開前に,請求人(原告)に対し,本件発明の実施許諾交渉の過程で,ファクシミリにより送付した別件当初明細書の写し(甲第8号証)について,請求人(原告)は,実施許諾交渉の決裂後においても,上記ファクシミリ中の別件当初明細書の記載内容につき秘密保持の義務を有していたと認められる,と判断した(審決書11頁14行〜13頁1行)。
しかしながら,このような基準を採用するなら,真実は秘密でないような情報の開示を受けた場合にも,その開示を受けた者は秘密保持義務を課せられることになる。不正競争防止法が,「この法律において「営業秘密」とは,秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないものをいう。」(同法2条4項)として,守られるべき営業秘密を限定していることにも,反することになる。
仮に,秘密か否かにつき問題があるなら,被告は,原告に対して,秘密保持契約の締結を要請すべきであった。
原告が被告から示された別件当初明細書記載の発明は,進歩性の欠如した内容の発明であり,開示を受けた者が秘密保持義務を課せられるような非公然性を有する内容のものではない。補正後の本件発明も進歩性の欠如する発明である。
本件出願の前である1989年(平成元年)11月に発行された米国法人ニューコ・マニファクチャリング・カンパニーのカタログ(甲第5号証。以下「甲第5号証刊行物」という。)には「ニューコ貨物用フックは,その開口部が全開されるように設計され,・・・フックを開くには,手動で圧縮バネを圧縮しなければならない。」との説明があり,さらに,サイズ毎に各部分の寸法データが一覧表として記載されている。原告が,このカタログに記載された図面と寸法データに基づき作成したのが,甲第6号証の図面(別紙図面5参照)である。
このように「開口部が全開されるように設計され,」と説明され,また,図面を参酌しても何らの回動係止手段もないことから,前記フック(3)が前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたときは,甲第6号証の第2図のように開くことが分かる。
本件発明の「フック(3)の後端部(32,32′)の内側」が,どこを意味するのか争いはあるが,仮に「後端部(32,32′)の内側に接して描いた」線分が別紙図面2記載のCの線分であるなら,甲第5号証刊行物には,本件発明において,補正により追加されたと同じ構成が開示されている。補正後の本件発明も進歩性を欠如する発明であるから,原告が秘密保持義務を課せられるような場合ではない。
審決が,上記ファクシミリ記載の発明の公知性を認めなかったのは,誤りである。
被告の反論の要点
審決の認定,判断は正当であり,審決に,取消事由となるべき誤りはない。
1 取消事由1(特許法36条4項,5項に係る記載要件違反についての判断の誤り)について 審決は,本件明細書及び図面には,フック(3)の後端部(32,32′)が「二股構造」であると記載されてはいるものの,フック後端部の範囲が「【図1】の線分Aの上部に限定されるのか,または,その下部にまで及ぶのかについて記載されていないことから,これについて審理し,「二股(構造)」の定義(「広辞苑」「JIS用語辞典」参照)からみて,前記「二股構造」は「【図1】の線分A」の上部からこの線を越えて下方に延びた部分までを含み,その範囲がフックの「後端部」となるものである,と認定した上で(審決書9頁1行〜25行),認定した「フック(3)の二股構造の後端部(32,32′)」の部位に基づいて,本件発明の「構成要件(iv)-1」,すなわち,フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32′)の内側に接して描いた「仮想略平行線」が存在するのか否かを審理し,フックの「後端部」は「【図1】の線分A」よりも下部にまで及ぶものであると認められるから,後端部の「【図1】の線分A」より下部であってフックの先端部(31)と対向する部分であるフックの後端部(32,32′)の内側に引いた接線と,フックの先端部(31)の内側に引いた接線とは,仮想略平行線を形成するものと認められる,と認定しており(9頁27行〜31行),そこには,何らの誤りもない。
「仮想略平行線」という用語自体に基づいて,フック装置に関係する当業者であれば,フック(3)の先端部(31)の内側に接して描く線分と,フック(3)の後端部(32,32′)の内側に接して描く線分とが略平行な関係にある一組のものを一義的に描くことができる。
原告主張のように,「線分C」のほかに「線分B」を描くことは,フック(部)の機能(吊上げ対象物を引掛け,吊り上げるという本来的な機能)からして,描く蓋然性が極めて低いことである。フック(部),特にその開口部の大きさは,所定の吊上げ対象物(本件発明の応用分野である敷鉄板など)の引掛け部(例えば吊掛け用の穴部)との関連で意味をなすものであり,フック(3)の先端部(31)と線分Cの間の距離がフックの開口部の大きさを示し,これが吊上げ対象物の引掛け部(穴部)の大きさに合致することが大事であるため,当業者は,線分Cを重視する。それに対し,線分Bは,フック(3)の先端部(31)との関係において全く意味のないものであるため,当業者がこれを念頭に入れることはない。このことは,原告の製品パンフレット(乙第1号証)において,仮想略平行線が描かれていることからも明らかである。
本件発明において,「仮想略平行線」は,審決が認定したように特定されたものとして存在するものであり,かつ,その描き方は当業者において自明のことである。
本件発明の「仮想略平行線」は,当初明細書にもとから存在するものであり,審査経緯に照らしてみてもその存在が自明であることは明白である。
2 取消事由2(特許法第29条2項該当性についての判断の誤り)について (1) 本件補正による要旨変更を認めなかった誤り(出願日認定の誤り),の主張について 本件発明の構成要件(iv)-1及び(iv)-2は,当初明細書に記載されていたものであるから,本件補正により発明の要旨は変更されていない。
本件発明の技術的構成及び実施態様を説明する図1は,出願以降,一切,その内容が変更されていない。
特許庁での審査過程において,本件発明と先行技術(特開昭55-82814号公報)記載の技術との間の,技術的構成やメカニズム(機構)における相違が説明され,これを基にして,本件補正がなされ,本件発明と先行技術との区別化(差別化)が図られたものである。当初明細書に記載された発明の技術的構成の内容は,本件補正により何ら変更を受けていない。要旨変更の問題が発生する余地はない。
原告は,本件補正により,「フックの先端部の内側が直線状になる」との構成要件を新たに追加したことになる,と主張する。原告のこの主張は,フックの形状は,一般には,「先端部と後端部が絞られて,その各内側は湾曲した形状」となっている,ということを前提とするものである。しかし,この前提自体が誤りである。フックの形状には,種々のものがあることは周知だからである(乙第3号証,第4号証の1ないし5,第5号証参照)。また,フック先端部の内側が直線状のものでない限り,「仮想略平行線」を引くことができない,との主張も誤りである。フックの先端部の内側が湾曲しているフックについても,仮想略平行線を特定して描くことができる。このことは,原告自身がフック先端部の内側が湾曲しているフックについて,仮想略平行線を特定して描いていること(乙第4号証の4,5。乙第4号証の5につき別紙図面3参照)からも,明らかである。
したがって,本件特許の出願日を本件出願日である平成3年8月2日であるとした審決の判断は正しい。
(2) 別件当初明細書の写しのファクシミリ(甲第8号証)記載の発明の公知性,の主張について 甲第8号証に示されているように,原告(審判請求人)と被告(被請求人)は,平成3年6月11日以来,本件発明の実施許諾について当事者間での話合いを重ね,その過程で,被告は,原告の要求に応じて,平成3年7月13日に,パテント料を試算するための資料として,特許出願書類を原告にファクシミリ送付したものである。
原告は,被告のアイデア(発明)に興味をもち,被告と委託製造や技術提携について話合いをし,さらには,パテント料の試算のために被告に特許出願明細書の提示を求めたものである。このような原告の行動の下で被告から得た発明に関する情報は,原告において秘密として保持すべきものであったというべきである。
当業者の技術水準を熟知しているフック装置の専門メーカーである原告は,被告から得られる本件発明に関する情報が高度な情報であると認識していたものであるから,原告においてそれを秘密扱いにする義務を負う,と解するのが相当である。
原告は,甲第5号証刊行物及びこれに記載された図面と寸法データを基にして作成した図面(甲第6号証)を提示し,本件発明の構成要件(iv),(iv)-1及び(iv)-2が開示されているから,本件発明は進歩性を欠如しており,原告において秘密保持義務を課せられるようなものではない,と主張する。
甲第5号証刊行物には,原告主張のように,@ニューコ貨物用フックは,その開口部が全開されるように設計されていること,Aフックを開くには,手動で圧縮バネを圧縮しなければならないこと,が開示されている。しかしながら,この安全フックは重量物の吊上げ時にケーブル・タックル(ワイヤー吊り道具)とともに使用されるものであること,周知のようにこの種のケーブル・タックルには種々の大きさのものがあること(したがって,大きなケーブル・タックルを使用したとき,フック開口部は,小さなケーブル・タックルを用いる場合に比較して相対的に狭まることになる。)などからみて,甲第5号証刊行物記載の安全フックにおいては,本件発明の構成要件(iv),(iv)-1及び(iv)-2の必要性(重要性)を明確に意図(認識)してはいないというべきである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(特許法第36条4項,5項に係る記載要件違反についての判断の誤り)について (1) 審決は,「本件特許発明1〜5の構成に欠くことができない事項である,(C)-1及び(C)-2は,発明の詳細な説明及び【図1】に当業者が容易に実施できる程度に具体的かつ明確に記載乃至示唆されている。」(審決書10頁8行〜11行)と認定し,このことを理由に,本件発明は,「発明の詳細な説明に,当業者が容易に実施できる程度に構成を記載したものでないとも,特許請求の範囲の記載が,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものでないとも,することはできない。」(審決書10頁12行〜15行)と判断した。
本件発明の特許請求の範囲中の,上記(C),(C)-1,(C)-2の事項は, 「(C).前記フック(3)と前記フック支持体(1)は,前記フック(3)と前記ロック(4)のロックが解除されて前記フック(3)が前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたとき, (C)-1.前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が,前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32′)の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され,かつ, (C)-2.前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と, 前記仮想略平行線とが略平行になるように配設される」 というものである。
原告は,本件明細書は,上記の事項を具体的に実現する手段が記載されていないから,本件発明1ないし5について,発明の詳細な説明に当業者が容易に実施できる程度に構成が記載されておらず,特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項を記載したものでもない,と主張する。
本件発明の特許請求の範囲の記載だけでは,上記記載の技術的意義を一義的に明確に理解することができない。その技術的意義の理解に当たっては,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌する必要がある。
(2) 本件明細書(甲第2号証はこれに係る特許公報である。)の発明の詳細な説明中には,次の記載がある。図面として図1ないし図6(別紙図面1参照)が付されている。
ア「【産業上の利用分野】本発明は,鉄板やブロック体などの重量物を吊上げるときに使用されるフック装置に関する。更に詳しくは,本発明は鉄板やブロック体などの重量物を確実にかつ容易に引掛けることができるとともに,吊上げ時の落下の危険性を排除した重量物の吊上げに専用に使用されるフック装置に関するものである。」(2頁3欄26行〜31行) イ「【従来の技術】・・・前記した作業に多用されているフックの構造をみると,フックはクレーンなどでフックが吊り下げられて鉄板の近くまで運ばれ,鉄板に通されたワイヤーを空中にあるフックに引掛けるようにして使用される関係上,落下防止のためににフック支持体に取付けられている落下防止板とフックとの開口幅は極めて小さく設定されている。このようなフックの構造は,もとより危険防止のために案出されたものである。
しかしながら,現場作業においては,敷設されている鉄板にワイヤーを引掛ける作業自体がなかなかの重労働であり,いきおい,フックの引掛け部を直接,鉄板に穿設された穴に挿入して,吊上げるということが行われている。この場合,前記したように落下防止板とフックとの開口幅が極めて小さいことから,フックを鉄板に引掛けることが極めて困難である。即ち,鉄板のように地面に敷設された物を引掛けて吊上げる場合,引掛け時に前記した開口幅が極めて小さいために落下防止板が地面と当接してしまい,なかなか引掛けることができず,そのうえ引掛けられたとしても脱着時にフックを取り外すのに困難をきたす。
このため,本来ならば,この種の作業には落下防止装置のないフックを使用することができないものであるが,多くの作業現場においては落下防止装置が無く,かつ開口幅の大きなフックが使用されているのが現状である。しかし,この種の作業に落下防止装置がなく,かつ開口幅が大きなフックを使用した場合,相当に危険なものである。この点を具体的にみると,脱落防止装置の無いフックで重量体である鉄板を吊り上げている時は外れる事はほとんど無いが,鉄板を地面に設置する時,吊りワイヤーなどの緩みで吊上げ用の穴とフックの間に遊びが生じ,フックが穴から外れてしまうケースが多発する。一度,フックが穴から外れると鉄板の転倒事故に繋がり,人が下敷きになり死亡事故に至るという危険性がある。現実に,この種の作業現場において鉄板の転倒による死亡事故が多発しているのが現状である。」(2頁3欄41行〜4欄25行) ウ「【発明が解決しようとする問題点】本発明者は,前記した従来技術の問題点を解消すべく鋭意,検討を加えた。その結果,フック装置の構造をフック支持体に回動自在に配設されたフックをロック解除したときにロック状態(フックの先端部がフック支持体の脱落防止部と一体的関係にあり,ロック状態を維持している状態)から略180゜,反転回動できるようにしたとき,即ち,フックと脱落防止部との開口幅を従来に比して極めて大きくなるようにしたとき,地面に敷かれた鉄板等の引掛け作業時に該重量物の引掛け用の穴にフックの先端部を挿入しやすくすることができ,また,脱着作業時に脱落防止部が地面などに当接したり埋没したりして障害にならず,脱着が極めてスムーズであるフック装置とすることができることを見い出し,本発明を完成するに至った。」(2頁4欄27行〜40行) エ「【問題点を解決するための手段】(省略・請求項1記載のとおりの構成を採用したことが記載されている。)」(2頁4欄42行〜3頁5欄19行) オ「図1(判決注・別紙図面1参照)は,本発明の第一実施態様のフック装置の構造を説明するための正面図である。図示されるように,フック装置(F)は,フック支持体(1),フック(3),ロック(4)の主要な構成要素から成る。なお,図1は,後述するようにフック(3)の後端部が二股構造になっているために,その一部を切欠いて二股空間部の構造を示しており,更にフック(3)がロック状態にあるときと略180°反転回動させたときの状態を示している。
本発明のフック支持体(1)は,先端部に脱落防止部(11),後端部にクレーン(C)の巻取機構に接続されたワイヤーロープ(R)を固定するためのワイヤー固定部(12)を有するものである。なお,図示のフック支持体(1)は一枚の鋼鉄製のものである。また,フック支持体(1)の略中間部位から脱落防止部(11)を突設させる部位,即ちフック支持体(1)の略中央部(13)は,端部が二股構造のフック(3)の後端部(32,32′)の二股空間部に遊嵌され,かつフック(3)の後端部(32,32′)に跨設された接合ピン(2)により回動自在に軸着される。更に,フック支持体(1)の前記略中央部(13)には,後述するようにフック(3)の二股構造の後端部(32,32′)の二股空間部に配設されたロック(4)と共働してフック支持体(1)とフック(3)とのロック状態を実現したり,ロック状態を解除したりするための凹部(14)が設けられている。なお,前記略中央部(13)の形状は,図示のよう円形突部をもつ形状がロック(4)との共働動作において好ましいことはいうまでもないことである。
本発明のフック(3)は,ロック状態時に前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)と共働して鉄板などの重量物が脱落しないようにするフック先端部(31),フック背部(33),及び前記フック支持体(1)の略中央部(13)を遊嵌させ,かつ後述するロック(4)を収納することができる十分な空間を有する二股構造のフック後端部(32,32′)から成るものである。図示されるように,フック(3)は,二股構造の後端部(32,32′)から背部(33),先端部(31)に至る形状が所望のフック形状をしているものである。」(3頁5欄23行〜6欄9行) カ「本発明のフック装置の最大の特徴点は,ロックを解除されたとき,フック(3)の先端部(31)とフック支持体(1)の脱落防止部(11)との開口幅を大きくできるという点である。図1には,前記したようにロック(4)を解除,フック(3)が略180゜反転回動した状態が示されている。このような状態は,本発明において容易に達成することができる。即ち,ロック状態を解除,例えばロック(4)の操作レバー(42)をその自重にさからう方向に反転させてロック状態を解除すると,フック(3)は図示のように略180゜反転回動させることができる。その際,ロック(4)の操作レバー(42)は,フック支持体(1)の略中央部(13)の周側形状(円弧形状)の関係で反転角度が大きくなるとともにフック後端部(32,32′)の二股空間部に収納されるようになる。なお,本発明においては,極力,開口幅を大きくするということから,フック(3)の背部(33)が,フック支持体(1)の側部(15)に当接できるようにすることが好ましい。従って,フック支持体(1)の構造上,フック(3)の反転回動を阻害するものは避けるべきである。例えば,フック(3)の回動中心となる接合ピン(2)の配置を工夫するとか,あるいは前記したようにフック(3)の後端部(32)から突出しているロック(4)の操作レバー(42)などをフック(3)の後端部(32)に収納させてしまうことが好ましい。更に,図1にも示されているがフック支持体(1)の側部(15)をワイヤー固定部(12)からみて非対称の位置に設けることが好ましい。
図2〜図6(判決注・別紙図面1参照)は,図1に示される構造のフック装置(F)の使用態様を説明する図である。・・・図3は鉄板(I)を吊上げる為にロック(4)を上に揚げ(図2の矢線方向)ロック状態を解除し,脱落防止部(11)とフック先端部(31)を開口させている状態を示す。・・・図4はフック支持体(1)の脱落防止部(11)が地面(E)に当たること無く,鉄板(I)に穿設された穴(H)と地面の間にフック(3)の先端部(31)を差込んでいる状態を示す。・・・地面(E)に鉄板(I)を倒したあと,ロック(4)を上方に回動させてロック状態を解除し,第4図のように脱落防止部(11)とフック先端部(31)の開口幅を大きくさせることにより,該脱落防止部(11)を地面(E)や,既に敷設された隣接する他の鉄板に当たることなく,鉄板(E)(判決注・(I)の誤記と認める。)の穴(H)からフック先端部(31)を容易に抜き取ることができる。」(3頁6欄36行〜4頁8欄5行) キ「【発明の効果】・・・本発明のフック装置は,脱落防止部とフック先端部の開口幅を従来より大きくすることができるため,フックを鉄板等の重量構造物に設けた穴部(引掛け口)に極めて容易,かつ確実に引掛けることができ,また,吊上げ搬送中及び脱着時はフック先端部と脱落防止部が一体的にロックされているため重量構造物がフックから外れず,更にフックの脱着は脱落防止部とフック先端部の開口幅が大きいため極めて容易に行うことができる。前記したように,本発明のフック装置は,重量構造物の吊上げ作業において,フックの外れによる鉄板等の転倒事故を防ぐことができるため,現場での安全作業を向上させることができるため,その意義は大きい。」(4頁8欄11行〜25行) 本件明細書の上記認定の記載によれば,従来,鉄板等の重量構造物の吊上げ作業においては,フックの引掛け部を直接,鉄板等に穿設された穴に挿入し,吊り上げるという方法がとられていたこと,この方法による場合,危険防止のため落下防止板とフックとの開口幅が極めて小さいフックを用いると,地面に敷設された鉄板等を引掛けて吊り上げる際に,落下防止板が地面と当接してしまい,引掛けることが極めて困難であること,脱着時にもフックを鉄板等から取り外すことが困難であること,このため,多くの作業現場においては落下防止装置がなく,かつ開口幅の大きなフックが使用されており,このようなフックの構造のため,鉄板等の敷設時に吊りワイヤーの緩みなどによりフックが外れて鉄板が転倒する事故が発生していたこと,本件発明は,このような問題点を解決するため,脱落防止部を備えたフック装置において,フックの先端部と脱落防止部の開口幅を従来に比して極めて大きくすることによって,敷鉄板にフックを引掛ける際に,脱落防止部が地面に当たらないようにしてフックの引掛けを容易にし,敷設後の敷鉄板からのフックの取外しの際にも,脱落防止部が地面等に当接したり埋没したりして障害になることがなく,取外しが極めて容易にできるようにしたものである,ということができる。
(3) 上記認定の本件明細書の記載及び本件発明の第一実施態様の正面図である図1(別紙図面1参照)が図示するところによれば,これらに接した当業者が,フック(3)がフック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたときのものとして,フック(3)の先端部の内側及び後端部(32,32′)の内側に接した仮想略平行線,及び,これと略平行な,ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分を,一義的に描くことができることは,明らかというべきである。本件発明の構成に欠くことのできない事項である上記(C)-1,(C)-2の事項は,少なくとも本件明細書の発明の詳細な説明及び図1に当業者が容易に実施できる程度に具体的かつ明確に示されている,とした審決の認定判断に誤りはない,というべきである。
(4) 審決は,「「二股構造」とは,(a)二つに分かれた「末」の部分と,(b)二つに分かれた「末」の部分を統合する「もと」の部分を有する構造と解される。
そして,当該構造を【図1】(判決注・本件明細書中の図1)に当てはめてみると,『【図1】の線分A』の上部は,後端部(32,32′)の二つに分かれた『末』の部分であり,『【図1】の線分A』より下部(ただし,背部(33)は除く)は,二つに分かれた「末」の部分を統合する「もと」の部分であると認められる。つまり,「二股構造」は,フック(3)の『【図1】の線分A』の上部から『【図1】の線分A』を越えて下方に延びた部分までを含む範囲であると云うべきであって,当該範囲がフックの「後端部」となるものであると解するのが相当である。」(審決書9頁15行〜25行)と述べた。
原告は,本件発明の後端部の構造である「二股構造」が,二つに分かれた「末」の部分と,二つに分かれた「末」の部分を統合する「もと」の部分を有する構造であるとしても,フック(3)の後端部(32,32′)の内側に接して描いた線分には,別紙図面2記載のとおり,「末」の部分の内側に接して描いた線分Bと「もと」の部分に接して描いた線分Cとが存在し得るから,後端部(32,32′)の内側に接して描いた部分といっても,「もと」の部分に接して描いた線分に特定されない,と主張する。
しかしながら,本件発明の第一実施態様を示す図1において,フック先端部(31)の内側は直線状であるから,ここに接する直線は一義的に描くことができ,この直線と略平行な後端部(32,32′)の内側に接する直線を描こうとすれば,それは,別紙図面2記載の後端部の「もと」の部分に接して描いた線分C以外にはあり得ない。当業者が,このように,一義的に描くことができるフック先端部(31)の内側に接する直線に略平行な直線をフック後端部(32,32′)の内側に引く場合に,平行とならないことが明らかな別紙図面2記載の線分Bの位置に描くことはあり得ないというべきである。さらに,構成(C)-2には,上記仮想略平行線は,ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と略平行になるように配設されるとされており,図1において,ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分を一義的に引くことができる。当業者が,この直線と略平行な直線をフック後端部(32,32′)の内側に引く場合に,平行とならないことが明らかな別紙図面2記載の線分(B)の位置に描くことはあり得ないというべきである。このように,本件明細書の記載及び本件発明の第一実施態様の正面図である図1(別紙図面1参照)に接した当業者は,フック(3)がフック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたときに,フック(3)の先端部の内側及び後端部(32,32′)の内側に接した仮想略平行線及びこれと略平行なワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分を,一義的に描くことができるというべきである。これと同旨の審決の認定判断に誤りはない。
(5) 原告は,取消事由2の要旨変更に関する主張部分において,本件発明の構成中の,(C)-1の「前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が,前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32′)の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように」の部分は,「フックの先端部の内側が直線状となる」との構成を示すものである,と主張する。これに対し,被告は,本件発明におけるフックの形状は,先端部の内側が直線状のものに限定されず,先端部の内側が湾曲しているものも含み,このような場合でも,上記仮想略平行線を特定することができる,と主張する。
しかしながら,別紙図面3記載のように,フックの先端部の内側が湾曲した形状では,内側のどの点をとるかによって,これに接する仮想線の方向は異なることになるから,ただ「先端部の内側に接した仮想線」といっただけでは,仮想線の方向は定まらないことになって,どのような仮想線か特定できないことになる。
本件発明の上記(C)-1の構成は,「フックの先端部の内側が直線状である」との構成を示すものと解釈すべきである。
前記のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,従来,落下防止板とフックの開口幅が小さいと脱着時にフックを敷鉄板から取り外すのに困難を来すとの問題点があり,このような問題点を回避しフックの取外しを容易とするために,従来,フックの開口幅の大きなフックが使用されていたとの記載(上記(2)のイ)及び本件発明においては,脱落防止部とフック先端部の開口幅を従来より極めて大きくすることができるため,敷鉄板からのフックの脱着を容易に行うことができるとの記載(上記(2)のキ)がある。これらの記載によれば,フックの開口幅が小さいと敷鉄板からのフックの脱着を容易に行うことができないことは明らかであり,本件発明の作用効果のひとつであるフックの脱着(取外し)を容易に行うことができるようにするためには脱落防止部とフック先端部の開口幅を大きくするだけでなく,フック自体の開口幅を大きくすることが必要であることは明らかである。すなわち,本件発明が,開口幅の小さなフックを排除し,従来例として記載された開口幅の大きなフックを用いることを当然の前提するものであることは,本件明細書の上記発明の詳細な説明の記載及び図1から自明なことであるというべきである。
本件発明におけるフックの先端部の内側の形状が直線状であるとの解釈は,本件明細書の上記記載にも合致するものである。
このような解釈は,本件発明の審査の過程で,原告が,拒絶査定に対し提出した意見書(甲第9号証)中において,拒絶査定において引用された発明と本件発明との差異を説明するために提出した参考第2図(別紙図面4参照)において,フックの先端部の内側の形状が直線状である本件明細書の図1に仮想略平行線を引いた図面を用いて説明し,この説明を元に,本件発明の特許請求の範囲に構成(C)-1,2を加えることを内容とする本件補正がなされたこと(弁論の全趣旨)からも裏付けられる。
本件発明におけるフックの形状は,先端部の内側が直線状のものに限定されず,先端部の内側が湾曲しているものも含む,との被告の主張は,採用することができない。
被告は,原告自身がフック先端部の内側が湾曲しているフックについて,仮想略平行線を特定して描いている(乙第4号証の4,5。乙第4号証の5につき別紙図面3参照),と主張する。しかし,同図面のフック先端部の内側が湾曲しているフックにおいては,想定される仮想略平行線は,原告が同図面中に描いたものに特定されないことは,前記説示のとおりである。同図面の記載は,上記認定判断を左右するものではない。
(6) 以上のとおりであるから,本件明細書に特許法36条4,5項に違反する記載の不備はない,とした審決の認定判断に誤りはない。
取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(特許法29条2項該当性判断の誤り)について 原告は,本件補正により,本件発明の要旨が変更されたから,審決の出願日の認定は誤りである,と主張する。
しかしながら,本件補正は,当初明細書の発明の詳細な説明及び図1に記載されていた第一実施態様のように,フックの先端部の内側が直線状のもので,フックの先端部の内側とフックの後端部の内側に接して描いた仮想略平行線を一義的に引くことができるものに限定したものであり,このような発明は,当初明細書の記載から自明であるというべきことは,1で述べたところから明らかである。
原告の主張は採用することができず,その余の点について判断するまでもなく,取消事由2も理由がないことが明らかである(なお,原告は,この点に関し,別件当初明細書の写しのファクシミリ(審判甲第8号証。本訴甲第8号証)記載の発明の公知性について詳細に主張する。しかしながら,仮に要旨変更により本件発明の出願日が本件補正がなされた平成10年7月23日と認定されることになるとすると,別件当初明細書記載の発明が,それ以前に出願公開されたことは明らかであるから,別件当初明細書の写しのファクシミリに記載された発明の公知性を秘密保持義務との関係で論じたことは,本来必要のない議論をしたものと評価するほかない。)。
結論
以上のとおりであるから,原告の審決取消事由はいずれも理由がなく,その他審決にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸
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