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関連審決 訂正2002-39038
関連ワード 発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明特定事項 /  一致点の認定 /  周知技術 /  公知技術 /  技術常識 /  優先日 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 559号 審決取消請求事件
原告 株式会社神戸製鋼所
原告 日本化薬株式会社
両名訴訟代理人弁理士 梶 良之
同 須原 誠
同 市川ルミ
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 鈴木法明
同 八日市谷正朗
同 出口昌哉
同 涌井幸一
同 小曳満昭
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/06/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告ら 特許庁が訂正2002-39038号事件について平成14年9月27日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告らは,発明の名称を「ガス発生器」とする特許第2862023号の特許(平成7年9月25日出願(優先日平成6年9月30日,平成7年3月31日,平成7年6月26日。以下「本件各優先日」という。),平成10年12月11日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告らは,平成14年2月8日に,本件特許の請求項1ないし9について,本件特許の願書に添付した明細書又は図面(以下,併せて「本件明細書」という。)の特許請求の範囲を訂正すること(以下「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書を「本件訂正明細書」という。)につき審判を請求した。特許庁は,これを訂正2002-39038号事件として審理し,その結果,平成14年9月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,平成14年10月9日,その謄本を原告らに送達した。
2 本件訂正に係る特許請求の範囲(以下,【請求項1】,【請求項4】ないし【請求項8】に係る発明を,それぞれ「本件訂正発明1」,「本件訂正発明4」などという。別紙図面A参照) 【請求項1】内部にガス発生剤を収納し,該ガス発生剤からのガスが通過する方向に対して,順に破裂板と該破裂板が接する開口部とが設けられているガス発生器であって, 前記ガス発生剤が,無機アジ化物を除く含窒素化合物を含む燃料と酸化剤の組み合わせであり, 前記破裂板は前記ガス発生器のガスの出口を達成する開口部に設けられ, 前記破裂板の引張り強さをA[kgf/cm2],前記破裂板の厚みをt〔cm〕,破裂板が接する開口部の円相当径をD[cm]としたとき,下記の(1)式(判決注・以下「本件計算式」という。)を充足するように前記破裂板の厚みtと前記開口部の円相当径Dを設定したガス発生器。
t=B×D A ,但し,B=8〜40 [kgf/cm2]・・・(1) 【請求項2】前記開口部が複数個設けられ,且つ前記(1)式における前記破裂板の厚みt[cm]を一定に固定したとき,B=8〜40の範囲で変化させた前記開口部の円相当径Dを複数の組み合わせとした請求の範囲第1項に記載のガス発生器。
【請求項3】前記ガス発生器の前記ガスの発生量に対する前記開口部の総面積が,標準状態(273゜K,1気圧)で0.143[cm2/リットル]以上である請求の範囲第1項又は第2項に記載のガス発生器。
【請求項4】前記ガスの前記ガス発生器内の最大圧力が100[bar]以下である請求の範囲第1項乃至第3項のいずれかに記載のガス発生器。
【請求項5】前記破裂板の材質が金属箔,金属シート,黒鉛シート,耐熱性高分子シートからなる群から選ばれる1種又は2種以上である請求の範囲第1項乃至第4項のいずれかに記載のガス発生器。
【請求項6】前記金属箔又は金属シートの材質が,ステンレス,アルミニウム合金,マグネシウム,チタン,チタン合金,銅,銅合金,ニッケル,ニッケル合金,亜鉛,亜鉛合金からなる群から選ばれる1種又は2種以上である請求の範囲第5項に記載のガス発生器。
【請求項7】前記含窒素化合物がテトラゾール誘導体,グアニジン誘導体,アゾジカルボンアミド誘導体,ヒドラジン誘導体,トリアゾール誘導体の一種以上である請求の範囲第1項に記載のガス発生器。
【請求項8】前記酸化剤が,硝酸塩,オキソハロゲン酸塩,金属酸化物からなる群から選ばれる1種又は2種以上である請求の範囲第1項に記載のガス発生器。
【請求項9】内部にガス発生剤を収納し,該ガス発生剤からのガスが通過する方向に対して,順に破裂板と該破裂板が接する開口部とが設けられているガス発生器であって, 前記ガス発生剤が,無機アジ化物を除く含窒素化合物を含む燃料と酸化剤の組み合わせであり, 前記破裂板の引張り強さをA[kgf/cm2],前記破裂板の厚みをt[cm],破裂板が接する開口部の円相当径をD[cm]としたとき,下記の(1)式を充足するように前記破裂板の厚みtと前記開口部の円相当径Dを設定し, 前記開口部が複数個設けられ,且つ前記(1)式における前記破裂板の厚みt[cm]を一定に固定したとき,B=8〜40の範囲で変化させた前記開口部の円相当径Dを複数の組み合わせとしたガス発生器。
t=B×D A ,但し,B=8〜40 [kgf/cm2]・・・(1) 【請求項10】内部にガス発生剤を収納し,該ガス発生器からのガスが通過する方向に対して,順に破裂板と該破裂板が接する開口部とが設けられているガス発生器であって, 前記破裂板の全部又は一部が融点が500℃以上の非金属材料で形成されており,前記破裂板の引張り強さをA[kgf/cm2],前記破裂板の厚みをt[cm],破裂板が接する開口部の円相当径をD[cm]としたとき,下記の(1)式を充足するように前記破裂板の厚みtと前記開口部の円相当径Dを設定したガス発生器。
t=B×D A ,但し,B=8〜40 [kgf/cm2]・・・(1) 【請求項11】前記開口及びそれに接する破裂板が複数設けられており,ガス圧に応じて前記開口部の開口数を増大させる請求の範囲第10項に記載のガス発生器。
【請求項12】非金属材料による前記破裂板が可撓性を有している請求の範囲第10項又は11項に記載のガス発生器。
【請求項13】非金属材料による前記破裂板が黒鉛自体又は黒鉛を主成分とするシートである請求の範囲第10項乃至第12項のいずれかに記載のガス発生器。
【請求項14】前記ガス発生器の内圧の最大値が100[bar]以内である請求の範囲第10項乃至第13項のいずれかに記載のガス発生器。
(下線部が訂正箇所である。なお,本件訂正前の請求項7が請求項9に,本件訂正前の請求項8が請求項7に,本件訂正前の請求項9が請求項8に変更されている。) 3 審決の理由 (1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件訂正発明1,5ないし8(以下「本件各訂正発明」という。)は,特開平5-286406号公報(甲第3号証,審判引用例A(1)。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。別紙図面B参照),特公平6-37159号公報(甲第7号証,審判引用例E(10)。以下「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)及び米国特許第4,369,079号明細書(甲第8号証,審判引用例F(11)。以下「刊行物3」という。)に記載された発明(以下「引用発明3」という。)並びに周知技術に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであり,また,本件訂正発明4は,特開昭50-90032号公報(甲第10号証,審判引用例H(13)。以下「刊行物4」という。)に記載された発明(以下「引用発明4」という。),引用発明2及び引用発明3並びに周知技術に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件訂正発明は,請求項1,4ないし8のいずれについても,特許法29条2項に違反するものであり,特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない,とするものである。
(2) 審決が,上記結論を導くに当たり,本件各訂正発明と引用発明1との共通する,一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「内部にガス発生剤を収納し,該ガス発生剤からのガスが通過する方向に対して,順に破裂板と該破裂板が接する開口部とが設けられているガス発生器であって, 前記破裂板の引張り強さをA〔kgf/cm2〕,前記破裂板の厚みをt〔cm〕,破裂板が接する開口部の円相当径をD〔cm〕としたとき,下記の(1)式を充足するように前記破裂板の厚みtと前記開口部の円相当径Dを設定したガス発生器。 t= B×D A ,但し,B=8〜40〔kgf/cm2〕 ・・・(1) の発明である点」 相違点1 本件各訂正発明では,「前記ガス発生剤が,無機アジ化物を除く含窒素化合物を含む燃料と酸化剤の組み合わせであるのに対して,引用例A(1)のもの(判決注・引用発明1)のガス発生粒に関しては,具体的な記載がない点 」(以下「相違点1」という。) 相違点2 本件各訂正発明では,「前記破裂板が前記ガス発生器のガス出口を達成する開口部に設けられているのに対し,引用例A(1)のもの(判決注・引用発明1)の破裂板は推進薬チューブ16の内側に設けられている点」(以下「相違点2」という。) (3) 審決が,上記結論を導くに当たり,本件訂正発明4と引用発明4との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「内部にガス発生剤を収納し,該ガス発生剤からのガスが通過する方向に対して,順に破裂板と該破裂板が接する開口部とが設けられているガス発生器であって, 前記破裂板の引張り強さをA〔kgf/cm2〕,前記破裂板の厚みをt〔cm〕,破裂板が接する開口部の円相当径をD〔cm〕としたとき,下記の(1)式を充足するように前記破裂板の厚みtと前記開口部の円相当径Dを設定し,前記ガスの前記ガス発生器内の最大圧力が100〔bar〕以下であるガス発生器。 t= B×D A ,但し,B=8〜40 〔kgf/cm2〕 ・・・(1) の発明である点」 相違点3 「本件請求項4に係る発明は,前記ガス発生剤が,無機アジ化物を除く含窒素化合物を含む燃料と酸化剤の組み合わせであるものであるのに対して,引用例H(13)のもの(判決注・引用発明4)のガス発生剤は,アジ化系ガス発生剤である点」(以下「相違点3」という。) 相違点4 「本件請求項4に係る発明では,前記破裂板が前記ガス発生器のガス出口を達成する開口部に設けられているのに対し,引用例H(13)のもの(判決注・引用発明4)のアルミニウム箔(破裂板)は内筒3の内側に設けられている点」(以下「相違点4」という。)
原告ら主張の審決取消事由の要点
審決は,引用発明1及び引用発明4の内容を誤認したことなどにより,本件各訂正発明と引用発明1との一致点及び本件訂正発明4と引用発明4との一致点の認定を誤り(取消事由1,2),本件各訂正発明と引用発明1との相違点1,相違点2及び本件訂正発明4と引用発明4との相違点3,相違点4についての判断を誤ったものであり(取消事由3,4),これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として,取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明1のアルミニウムフォイル及び引用発明4のアルミニウム箔の引張り強さの認定の誤り) 審決は,引用発明1について,「引用例B(2)(判決注・本訴甲第4号証)に示されるアルミニウムはく(フォイル)の引張り強さが5〜18kgf/mm2程度という技術常識をもってみれば,アルミニウムフォイルの厚みと引張り強さの積を孔の径で除した値は,約7.9〜28.6程度となる」(審決書10頁1段)と認定し,引用発明4についても,「引用例B(2)に示されるアルミニウムはく(箔)の引張り強さが5〜18kgf/mm2程度という技術常識をもってみれば,アルミニウム箔の厚みと引張り強さの積を孔の径で除した値は,約10〜36程度となる」(審決書12頁4段)と認定し,その上で,引用発明1及び引用発明4が本件計算式のB値の要件を充足する,と認定した。しかし,審決のこれらの認定は,誤りである。
(1) 審決の上記認定は,引用発明1のアルミニウムフォイル及び引用発明4のアルミニウム箔の引張り強さを,「アルミニウムハンドブック第4版」(社団法人軽金属協会標準化総合委員会編,平成2年1月15日社団法人軽金属協会発行,本訴甲第4号証(審判引用例B(2))及び本訴甲第12号証。以下「甲4文献」という。なお,甲12号証は,甲4文献について,審判において提出されていた甲第4号証とは別な頁が追加されたものである。)に基づいて5〜18kgf/mm2であると認定したことによるものである。しかし,甲4文献には,アルミニウム箔の用途・材質には種々のものがあり,用途に合った材質が選択されること,及び,材質によってその引張り強さは異なることが記載されているだけであり,破裂板用アルミニウム箔としてどのようなものが適用されるかについては,全く記載がない。
このように,アルミニウム箔には,多種多様なものがあるにもかかわらず,審決は,引用発明1のアルミニウムフォイル22及び引用発明4のアルミニウム箔の引張り強さを,用途も材質も特定しないまま,5〜18kgf/mm2であると判断し,その結果,本件訂正明細書の請求項1に記載された本件計算式中のBの値を,引用発明1について,約7.9〜28.6kgf/cm2と認定し,引用発明4についても,約10〜36kgf/cm2と認定したものであり,誤りである。
(2) 「METALS HANDBOOK Desk Edition」(1984年11月初版発行,甲第11号証。以下「甲11文献」という。)には,アルミニウム箔について,「ありふれたフォイル合金は,1100,1145,1235,3003,5052及び5056である。」(訳文7行〜8行)と記載されている。そして,アルミニウムの5052材の引っ張り強さは19.5〜29.5kgf/mm2(1950〜2950kgf/cm2),5056材の引っ張り強さは29.5〜44.5kgf/mm2(2950〜4450kgf/cm2)であり(甲第12号証31〜35頁,表5.2.1),また,アルミニウム箔3003材の引っ張り強さは,甲4文献の記載から,20〜24kgf/mm2である(甲第4号証173頁左欄下から4行)。
したがって,アルミニウム箔として,引張り強さが5〜18kgf/mm2のもの以外にも,19.5〜44.5kgf/mm2のものが存在していることが技術常識であるから,アルミニウム箔として,引張り強さが5〜18kgf/mm2のものを使用するという技術常識が甲4文献から導き出されることはあり得ないのである。
(3) 審決は,特に強さを必要とすると認められる3003合金に関する部分を除いてアルミニウム箔の引張り強さを5〜18kgf/mm2と認定している。しかし,審決には,特に強さを必要とする3003合金を除いて,アルミニウム箔の引張り強さを認定した理由が全く示されていない。
(4) 本件各訂正発明及び本件訂正発明4は,いずれも破裂板の引張り強さを発明特定事項としているのに対し,刊行物1及び刊行物4にはアルミニウム箔の引張り強さについての記載が全くなく,引用発明1及び引用発明4において本件計算式におけるB値に当たるものがどのような値になるかは不明である。
引用発明1にも引用発明4にも,ガスの出口においてアルミニウムフォイル22又はアルミニウム箔が破裂するものとしつつ,その破裂圧力を制御する,という技術思想は全くない。当業者にとって,引用発明1及び引用発明4から,特定範囲の破裂圧力を得るために,アルミニウムフォイル22又はアルミニウム箔の引っ張り強さを特定しようとすること自体,容易ではないのである。その引っ張り強さを特定した上で,これを前提として本件計算式のB値を認定し,これを本件各訂正発明と引用発明1との一致点及び本件訂正発明4と引用発明4との一致点を認定した審決は,誤りである。
2 取消事由2(引用発明1及び引用発明4の孔の認定の誤り) 審決は,引用発明1の「孔17」が本件各訂正発明の「開口部」に相当する(審決書10頁1段,14頁1段,4段)と認定した上で,孔17におけるB値を算出して,引用発明1におけるB値は約7.9〜28.6kgf/cm2である(同10頁1段,14頁1段,4段)と認定した。また,審決は,引用発明4の「孔」が本件訂正発明4の「開口部」に相当する(審決書12頁4段)と認定した上で,引用発明4の孔におけるB値を算出して,引用発明4におけるB値は約10〜36kgf/cm2である(同12頁4段)と認定した。しかし,審決のこれらの認定は,誤りである。
本件各訂正発明及び本件訂正発明4の「開口部」は,引用発明1及び引用発明4のように内筒に設けられた孔ではなく,ガスの出口を達成する開口部,すなわちガス発生器からガスが出て行く部分に設けられた開口部である。しかも,引用発明1のガス発生装置においては,内筒に設けられた孔17の開口径1.60mmに対し,ガスの出口を達成する開口部の開口径は明らかにこれより大きな開口径となっており,また,引用発明4のガス発生装置においては,内筒に設けられた孔の開口径は2mmであるのに対し,ガスの出口を達成する開口部の開口径は10mmであるから,内筒に設けられた孔の開口径をもって,ガスの出口に配置される破裂板(アルミニウム箔)とガスの出口の開口径との関係を規制するためのB値に相当する値を求めても全く意味がない。
したがって審決が,引用発明1におけるB値は7.9〜28.6kgf/cm2であり,引用発明4におけるB値は約10〜36kgf/cm2であるとした認定は誤りであり,その結果,この点を本件各訂正発明と引用発明1との一致点及び本件訂正発明4と引用発明4との一致点とした認定も誤りである。
3 取消事由3(相違点1及び相違点3についての判断の誤り) 審決は,本件各訂正発明と引用発明1との相違点1について,「引用例A(1)(判決注・刊行物1)には,非アジ化系ガス発生剤の燃焼に関する記載がなくアジ化系ガス発生剤が意図されていたとしても,本件出願時点におけるガス発生剤としては,金属アジド及び酸化剤よりなるアジ化系ガス発生剤が知られると共に,引用例C(7),引用例D(8),引用例F(11)(判決注・順に,本訴甲第5,第6,第8号証)に見られるように,含窒素有機化合物と酸化剤の組み合わせからなるガス発生剤自体も周知のものであり,しかも・・・引用例E(10)(判決注・刊行物2)に記載される米国特許第 4,369,079号[引用例F(11)](判決注・刊行物3)には,含窒素有機化合物であるテトラゾールと酸化剤の組み合わせからなるガス発生剤が記載されているのであるから,引用例E(10)のものと同様に開口にアルミホイルを設けた燃焼室を用いる引用例A(1)のもののガス発生剤として,周知の,「無機アジ化物を除く含窒素化合物」を含む燃料と酸化剤の組み合わせからなるものの採用を試みることは,引用例E(10),引用例F(11)の記載に示唆されるというべきである。しかも,上記相違点1は,ガス発生剤を無機アジ化物を除く含窒素化合物を含む燃料と酸化剤の組み合わせからなるものとする以上に,引用例A(1)のものの構成を格別変更するものではなく,引用例A(1)のものに周知のガス発生剤を採用することに格別の困難性を伴うものとは認められない。さらに,引用例G(12)(判決注・特開平4-230446号公報・本訴甲第9号証。以下「甲9文献」という。)の段落番号【0027】【0042】にもあるように,ガス発生剤から発生するガスの通過する開口のライニング(破裂板)の破裂が圧力に依存することは周知であり,同段落番号【0015】,【0048】にあるように,そのことは特定のガス発生剤に限定されるものではない。よって,上記相違点1は,引用例A(1),引用例E(10),引用例F(11)の記載及び周知の技術に基づいて,当業者が容易になしえたものと認める。」(審決書10頁末段〜11頁4段,14頁2段,3段,15頁2段,3段)と判断した。審決は,本件訂正発明4と引用発明4との相違点3についても,「よって,上記相違点3は,引用例H(13),引用例E(10),引用例F(11)のもの及び周知の技術に基づいて,当業者が容易になしえたものと認める。」(審決書13頁4段)として,審決書13頁2段ないし4段において,同様の判断を示した。しかし,審決のこれらの判断は,誤りである。
(1) アジ化系ガス発生剤と非アジ化系ガス発生剤とは,発熱量や圧力依存性等の性質が大きく異なることから,アジ化系ガス発生剤を使用する場合に採用される構造の引用発明1又は引用発明4のガス発生器に,引用発明2で使用される非アジ化系ガス発生剤を,そのままの構造で使用することはあり得ない。引用発明1のアルミニウムフォイル及び引用発明4のアルミニウム箔と,引用発明2のアルミニウムホイルとは,設置の場所及び機能が異なるのであるから,引用発明2のガス発生器に用いられるガス発生剤を,引用発明1又は引用発明4のガス発生器に用いることを,当業者が容易になし得たとすることはできない。
(2) 審決は,甲9文献から,上記のとおり認定した。しかし,甲9文献の4頁【0015】には,非アジ化系ガス発生剤よりアジ化系ガス発生剤の方がライニング14によるガス発生特性の制御のためには好ましいことが記載されており,甲9文献によっても,「ガス発生剤から発生するガスの通過する開口のライニング(破裂板)の破裂が圧力に依存する」(審決書11頁3段)ものであり,「そのことは特定のガス発生剤に限定されるものではない。」(同)ということにはならない。
甲9文献の5頁【0027】の記載及び図3からすれば,ライニングによる圧力制御の形態も種々あって,その好ましい形態の選択もガス発生剤の種類によって異なるものであるということが分かる。そうである以上,当業者が,甲9文献に記載された周知の技術に基づいて,破裂板の破裂圧力を規制することで圧力依存性の高い非アジ化系ガス発生剤を適切に燃焼させるという技術思想に,容易に想到することができる,などということはあり得ない。
本件各訂正発明及び本件訂正発明4は,相違点1に係る構成を備え,破裂板の破裂圧力を規制するためのB値を厳密に設定することにより,圧力依存性が高い非アジ化系ガス発生剤を,適切に燃焼させることができるという効果を奏するものであり,この点を単なる設計上の事項とすることはできない。
4 取消事由4(相違点2及び相違点4についての判断の誤り) 審決は,本件各訂正発明と引用発明1との相違点の一つ(相違点2)について,「破裂板をガス発生器のガス出口を達成する開口部に設けることは,引用例E(10)(判決注・刊行物2)のアルミホイル70及び引用例G(12)(判決注・甲9文献)のライニング14の配設位置から解るように,エアバッグ膨張装置においては通常設置される位置に過ぎない。したがって,引用例A(1)(判決注・刊行物1)の破裂板及び破裂板が接する開口部との関係を,ガス発生器のガス出口を達成する開口部分に設けることは当業者なら容易に設計しうることといわざるを得ない。」(審決書11頁5段,6段,14頁2段,3段,15頁2段,3段)と判断した。
また,審決は,本件訂正発明4と引用発明4との相違点4について,審決書13頁5段において,同様の判断を示した。しかし,審決のこれらの判断は,誤りである。
(1) 本件計算式のB値の概念が知られていなかった状況の下では,破裂板とガス出口の開口径との関係を規制するためのB値がどのような意味を持つのかを知ることができない。
本件各訂正発明及び本件訂正発明4の破裂板におけるB値は,圧力依存性の高い非アジ化系ガス発生剤を適切に燃焼させることを目的として規定されたものである。本件各訂正発明及び本件訂正発明4の破裂板は,破裂後もガス発生器内圧力が大幅に上昇することを前提とし,その上昇幅が過大とならないように,着火後早期の段階で,非アジ化系ガス発生剤が燃焼を持続するに十分な程度の圧力に到達したときに破裂するように,その厚さ及び引張り強さとガスの出口を達成する開口径との関係を考慮して設計されているものである。
これに対し,甲9文献及び米国特許公報第5269561号(乙第1号証。以下「乙1文献」という。)に示された公知技術における破裂板は,最大圧力近傍で破裂し,ガス発生器内圧力がそれ以上の圧力にならないように,いわゆる安全弁として,設計されている破裂板である。
本件各訂正発明及び本件訂正発明4の破裂板と甲9文献及び乙1文献における破裂板とは,このように設計思想が異なるため,これらの公知技術における技術常識をもって,本件各訂正発明及び本件訂正発明4のB値をどのような値にするかは,推し量ることができない。
(2) 平成14年8月6日付けの実験報告書(作成者・日本化薬株式会社インフレータ技術センター松田機宜,甲第13号証。以下「甲13実験報告書」という。)によれば,破裂板をガス発生器のガス出口であるハウジングの開口部に設けた実験例1においては,破裂板をハウジング内内筒の開口部に設けた実験例2の場合に比較して,ガス発生器内のガス圧力特性の環境温度変化に対するばらつきが顕著に小さくなっている。また,最大ガス圧に至るまでの時間を見ると,実験例1では,-40℃では9.4ms(ミリ秒),85℃では8.6msと,0.8msのばらつきがあるにすぎないとの顕著な効果上の差異がある。
[☆原告ら準備書面(第1回)17頁〜 (4-3)] (3) 引用発明1のアルミニウムフオイル22は,ガス発生粒18の保護のためのものであり,引用発明4のアルミニウム箔は,膨張装置を密封するためのものであって,いずれも,破裂圧力を制御するための破裂板ではない。
甲9文献のライニング(破裂板)は,その厚みを制御してガス発生器の最大圧力及びライニングの破裂時間を制御するものであって,B値を厳密に設定することにより破裂圧力を制御するものではないから,これらをどのように組み合わせても,本件各訂正発明及び本件訂正発明のB値という思想には到達しないのである。
被告の反論の骨子
審決に,原告ら主張の誤りはない。
1 取消事由1(引用発明1のアルミニウムフォイル及び引用発明4のアルミニウム箔の引張り強さの認定の誤り)について 審決では,甲4文献における,特に強さを必要とすると認められる3003合金を除いて,一般によく使用されるアルミニウム箔の引っ張り強さを5ないし18kgf/mm2と認定しただけであり,妥当な数値範囲の認定である。
したがって刊行物1の爆発チューブのB値を約7.9〜28.6である,と認定判断したことに誤りはない。
2 取消事由2(引用発明1及び引用発明4の孔の認定の誤り)について 本件各訂正発明及び本件訂正発明4におけるB値は,「破裂板の引張り強さ」及び「破裂板が接する開口部の円相当径」と「破裂板の厚み」との関係を規定するものであるから,これは,正確には,「ガスの出口を達成する開口部についてのB値」というよりも,「破裂板が接する開口部についてのB値」というべきものである。審決が引用発明1及び引用発明4について求めたB値も,「破裂板が接する開口部についてのB値」なのである。審決は,引用発明1及び引用発明4においては,「破裂板が接する開口部」と「ガスの出口を達成する開口部」とが一致していないことを,本件各訂正発明との相違点2及び本件訂正発明4との相違点4として取り上げている。審決の引用発明1及び引用発明4の孔の認定に誤りはないというべきである。
3 取消事由3(相違点1及び相違点3についての判断の誤り)について (1) 審決は,非アジ化系ガス発生剤自体が周知であること,刊行物2及び刊行物3に,引用発明1及び引用発明4のものと類似の構造を有するものにおいて非アジ化系ガス発生剤を使用することが示唆されていること,を根拠に,引用発明1及び引用発明4のガス発生剤として非アジ化系ガス発生剤の採用を試みることは当業者にとって容易である,と判断したのである。
(2) 審決が甲9文献を引用したのは,ガス発生剤を変更しても破裂板が有効に機能することを示すためである。甲9文献には,エネルギーがあるガス発生成分を用いることは望ましくなく,自然燃焼型のガス発生成分を用いるのが好ましい旨の記載がある。しかし,この記載は,ガス発生剤を変更すると破裂板が有効に機能しなくなることを示すものでもなく,ガス発生成分が種々選定可能であることを否定するものでもない。
4 取消事由4(相違点2及び相違点4についての判断の誤り)について (1) 本件計算式におけるB値という概念は,ガス発生器に破裂板に相当するものを設ける場合に当然配慮しなければならない概念であって,何ら新規なものではない。破裂板は,圧力を制御するために設けられるものであり,そのために,破裂板の厚さ,開口部の開口径,破裂板自体の引張り強さ相互の値を適切に設定する必要があることは自明のことであり,B値はこの自明の関係を数式に表した際の比例係数にすぎないのである。引用発明1及び引用発明4における破裂板の位置を引用発明2や甲9文献のもののような位置に変更する際においても,B値は当然に考慮されるべきものである。
したがって,引用発明1及び引用発明4の破裂板を,破裂板が接する開口部との関係とともに,ガス発生器のガス出口を構成する開口部分に設けることは,当業者なら容易に設計し得るとした審決の判断に誤りはない。
(2) 審決で例示した引用発明2及び甲9文献の例は,破裂板のガス発生器のガス出口を達成するハウジングの開口部に設けたものであり,当然にガス発生部から離れ,緩衝された後の圧力となる。したがって,これらのものにおいては,ガス圧力特性の環境温度変化に対するばらつきが小さく,最大ガス圧に至るまでの時間のばらつきが少ないことが予測されるのであり,甲13実験報告書も,このことを示すものにすぎない。
(3) 技術常識を考慮すれば,引用発明1及び引用発明4のいずれも,圧力を制御する破裂板を用いたものということができる。刊行物1にアルミニウムフォイルがガス発生粒18を保護する旨の記載があり,刊行物2にアルミホイルが膨張装置を密封する旨の記載があることは,これらのアルミニウムフォイルが,上記記載の機能をも有することを示すにすぎず,圧力を制御するものではないとするための根拠にはなり得ない。
刊行物1にアルミフォイルを「アルミニウム製爆発フォイル」と呼んでいる箇所が存在することも,上記解釈の妥当性を補強するものということができる。
すなわち,引用発明1の発明者がアルミニウムフォイルを専らガス発生粒18を保護するためのものと考えていたのであれば,ガス発生粒18の保護と爆発とは関係のないことであるから,「爆発フォイル」などという呼び方をするとは考えにくいのであり,「爆発フォイル」という呼び方をしているということは,アルミニウムフォイルが爆発するものであること,換言すれば,所定圧力で爆発することにより,推進薬チューブ内の圧力を制御するものであることを意識していたことを示すものと考えられるのである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明1のアルミニウムフォイル及び引用発明4のアルミニウム箔の引張り強さの認定の誤り)について 審決は,甲4文献に示される技術常識をもってみれば,引用発明1のアルミニウムフォイル及び引用発明4のアルミニウム箔の引っ張り強さが5〜18kgf/mm2程度であると認定し,引用発明1における推進薬チューブにおけるBの値は約7.9〜28.6kgf/cm2程度であり,引用発明4におけるBの値は,約10〜36kgf/cm2程度となるとし,いずれも本件計算式のB値を満たすものであると認定した。
(1) 甲4文献に示される技術常識について 甲4文献には,次の記載がある。
「17.アルミニウムはく 17.1 アルミニウムはくの種類と用途 ・・・ (1) 純度・合金組成 通常純度が99.00%から99.99%の純アルミニウムのほか,特に強さを必要とするものには,マンガンやマグネシウムを添加した3003,3004合金が・・・はくに圧延される。
もっとも広く用いられるのが99.3%アルミニウムでJISでは1N30と記されている。99.7%は主として電線被覆用に,99.8%から99.9%は電解コンデンサー用にほぼ限られる。マンガン添加の3003および3004は,ホイル・コンテナーや冷暖房用のフィン材に用いられている。・・・ (2) 厚さ はくの厚さは,JISでは0.2mmを上限とし,薄いものは,0.006mm(6ミクロン)まである。
・・・ (3) 質別 アルミニウムはくを圧延したままの,加工硬化でかたくなった状態のはく(H18材)を用いるか,これを焼鈍して軟らかくなったはく(O材)を用いるかは,はく使用上考えておくべきことである。・・・O材は,出荷されるはくの80〜90%を占め,・・・H18材は,はく生産の10〜20%であるが,硬いはく,或いは外力でパチンときれいに破れるはくなどが欲しいときに用いる。・・・ 17.2 アルミニウムはくを使う製品の設計 ・・・ (1)強さ はくの引張り強さは,材質1N30の硬質材(H18)で15〜18kgf/mm2,軟質O材で5〜8kgf/mm2,マンガン添加のホイルコンテナやフィン用3003材のH18硬質材で20〜24kgf/mm2,軟質O材で10〜13kgf/mm2である。」(甲第4号証172頁1行〜173頁左欄下から4行) 甲4文献の上記記載によれば,最も広く用いられているアルミニウム箔は,1N30であり,その強度は,硬質材(H18)で15〜18kgf/mm2,軟質O材で5〜8kgf/mm2であることが認められる。また,上記記載によれば,特に強さを必要とするものには,マンガンやマグネシウムを添加した3003,3004合金が圧延されたものがあり,これらはホイルコンテナやフィン用に使用されるもので,その強度は,H18硬質材で20〜24kgf/mm2,軟質O材で10〜13kgf/mm2であることも認められる。
(2) 刊行物1においては,推進薬チューブ16の内側に張られているアルミニウムフォイル22について,その厚さが0.0254mmと記載されているだけで,特に強さを必要とするアルミニウム箔を用いるべきであるとの記載はない(甲第4号証)。刊行物4においても,その実施例1のアルミニウム箔について,その厚さが40ミクロンと記載されているだけで,特に強さを必要とするアルミニウム箔を用いるべきであるとの記載はない(甲第10号証)。
(3) 以上によれば,審決が,引用発明1及び引用発明4において使用されているアルミニウムフォイル22及びアルミニウム箔の引っ張り強さを,特に強さを必要とするものではなく,一般に広く使用されているアルミニウム箔の引っ張り強さであるとして,5ないし18kgf/mm2であると認定し,その上で,引用発明1の推進薬チューブについて,孔の径1.60mm,アルミニウムフォイルの厚み0.0254mmと,上記のアルミニウム箔の引っ張り強さ5ないし18kgf/mm2から,引用発明1における推進薬チューブ16のB値を約7.9〜28.6kgf/cm2と認定したことに誤りはない。審決は,その結果,引用発明1と引用発明4のB値は,本件各訂正発明及び本件訂正発明4のB値の範囲に含まれると認定したものであり,審決のこの認定に誤りはない。なお,本件各訂正発明及び本件訂正発明4は,B値が8〜40の範囲に含まれるものをすべて包含する発明であるから,引用発明1及び引用発明4のもののB値が8〜40の範囲に含まれることが認められれば,これを両者の一致点と認定することができるのであり,引用発明1又は引用発明4において,そのB値が8〜40のものすべてを開示している必要がないことはいうまでもない。
(4) 原告らは,甲4文献には,アルミニウム箔の用途・材質には種々のものがあり,用途にあった材質が選択されること,及び,材質によってその引張り強さは異なることが記載されているだけであり,ガス発生器の破裂板用アルミニウム箔としてどのようなものが適用されるかについては,全く記載がない,アルミニウム箔として,5052材,5056材も一般に使用されており,5052材の引っ張り強さは19.5〜29.5kgf/mm2(1950〜2950kgf/cm2),5056材の引っ張り強さは29.5〜44.5kgf/mm2(2950〜4450kgf/cm2)であり(甲第12号証31〜35頁,表5.2.1),また,アルミニウム箔3003材の引っ張り強さは,甲4文献の記載から,20〜24kgf/mm2である(甲第4号証173頁左欄下から4行),したがって,アルミニウム箔として,引張り強さが5〜18kgf/mm2のもの以外にも,19.5〜44.5kgf/mm2のものが存在していることが技術常識であるから,アルミニウム箔として,引張り強さが5〜18kgf/mm2のものを使用するという技術常識が甲4文献から導き出されることはあり得ないのである,刊行物1及び刊行物4にはアルミニウム箔の引張り強さについての記載が全くなく,本件計算式におけるB値は不明である,などと主張する。
しかし,引用発明1及び引用発明4のアルミニウムフォイル22ないしアルミニウム箔のいずれについても,特に強さを必要とするアルミニウム箔を使用すべきであるとの記載は,刊行物1にも,刊行物4にもないことは上記認定のとおりである。
また,本件各訂正発明及び本件訂正発明4におけるBの値は,次項において述べるとおり,その下限値は,それ未満の場合は,燃焼速度が充分でないか未燃焼物が残る値であり,換言すれば,ガス発生剤が完全燃焼し得る容器内圧であって,エアバッグへの適切なガス供給速度とすることができるガス発生速度が得られる容器内圧の最小値を示すものであり,また,その上限値は,これを超えると燃焼速度が速すぎてガス発生剤の容器が破壊するおそれがある値であって,換言すれば,容器が破裂する恐れがない容器内圧の上限値(以下「許容内圧」という。)を示すものである。
そして,引用発明1及び引用発明4は,いずれも車両用のエアバッグのためのガス発生装置であるから,車両用のエアバッグのために適当とされるガス供給速度が得られ,そして,ガス発生剤が完全燃焼し,かつ,ガス発生器が破裂しないように,アルミニウム箔の引張り強さが設定されているものであって,その容器の強度が,本件各訂正発明及び本件訂正発明4のものと比較して,格別のものに設定されているものではない,と認められる(甲第4,第10号証。その詳細は,次項に述べる。)。引用発明1及び引用発明4のB値は,この観点からも,いずれも本件各訂正発明及び本件訂正発明4と同様に8ないし40の範囲内のいずれかの値であると推認するのが相当である。
引用発明1及び引用発明4のアルミニウムフォイル22ないしアルミニウム箔として,5052材あるいは5056材の上記引っ張り強さのものを使用するとなると,本件計算式におけるB値をはるかに超えることになり,許容内圧を超え,ガス発生剤の容器が破壊するおそれがあるものとなることは明らかであるから,引用発明1及び引用発明4のアルミニウムフォイル22ないしアルミニウム箔として,5052材あるいは5056材の強度のものを使用することがあることを前提とする原告らの上記主張は到底採用することができないのである。
(5) 本件各訂正発明の本件計算式におけるB値の意義について,簡略に説明すれば,次のとおりである。
(ア) 本件各訂正発明に係る「ガス発生器」は,「車両のエアバック用」(甲第2号証2頁3欄46行)に使用するものであるから,エアバッグが急速かつ適正に膨張するガス速度でガスをエアバックに供給する機能を有することが要求される(甲第10号証1頁右下欄参照)。
この車両のエアバックに要求される適切なガス供給速度の制御を,本件各訂正発明のように,「内部にガス発生剤を収納し,該ガス発生剤からのガスが通過する方向に対して,順に破裂板と該破裂板が接する開口部とが設けられているガス発生器」(請求項1)とし,破裂板を所定の内圧において破裂するように設定することによって行うことは,本件各優先日前によく知られたことである(甲第7,第9,第10号証,乙第1号証)。
ガス発生器の破裂板の破裂する圧力に影響する要素として,本件各優先日前に知られていたものとして,破裂板の厚さ(甲第9号証【0014】,【0027】,【0041】,【0042】),破裂板自体の強さ及び流出用開口の孔径(乙第1号証2欄52行〜3欄22行)があげられる。
そして,破裂板自体が弱いほど,すなわちその材質の強度(引っ張り強さ)が小さく,その厚みが薄いほど,破裂するときの容器内圧が小さく,開口部の孔径が大きいほど,破裂するときの容器内圧が小さいのであるから,これらの要素と容器内圧との関係を単純化した式で表すと,容器内圧は, (破裂板材質強度)×(破裂板厚み)/(開口部の孔径) となり,この式から「破裂板が破裂する容器内圧」が算定される。
これを本件計算式の記号(アルミニウム箔の厚みt,アルミニウム箔の引張り強さA及び円相当開口径D)で表すと, A×t/Dとなるから, k’×(破裂板が破裂する容器内圧)=A×t/D (k’は定数) と表すことができ,これは,本件各訂正発明及び本件訂正発明4の本件計算式を変形した B=A×t/D と同じである。
上記各式から明らかなとおり,本件各訂正発明及び本件訂正発明4の本件計算式は,破裂板が破裂するときの容器内圧に影響することが知られた要素を単純に数式化したものにすぎず,そのB値は,「破裂板が破裂するときの容器内圧」に対応したものであると認められる(以下,Bを「破裂圧力」ともいう。)。
(イ) 本件計算式のB値は,上記(ア)で示したとおり,「破裂板の破裂するときのガス発生器の容器内圧」に対応する値であると認められる。本件計算式におけるB値の範囲の技術的意義について,本件明細書における「(1)式において,Bの値が8未満の場合は燃焼速度が充分でないか未燃焼物が残ることになり,Bの値が40を越える場合は燃焼速度が速すぎてガス発生剤の容器が破壊する恐れがある。」(甲第2号証3頁5欄42行〜45行)」との記載からすれば,本件各訂正発明及び本件訂正発明4で規定するB値の下限値は,それ未満の場合は「燃焼速度が充分でないか未燃焼物が残る」値であり,換言すれば,ガス発生剤が完全燃焼し得る容器内圧であって,エアバッグへの適切なガス供給速度とすることができるガス発生速度が得られる容器内圧の最小値を示すものであり,また,その上限値は,これを超えると「燃焼速度が速すぎてガス発生剤の容器が破壊する恐れがある」値であるから,容器が破裂する恐れがない容器内圧の上限値(許容内圧)を示すものである。
ガス発生速度は,容器内圧に依存するのであるから,破裂板を有するガス発生器においては,着火後破裂板の破裂前は,容器内圧が上昇し,その容器内圧に応じてガス発生速度が上昇して所定の速度に達することができる。本件各訂正発明及び本件訂正発明4の「内部にガス発生剤を収納し,該ガス発生剤からのガスが通過する方向に対して,順に破裂板と該破裂板が接する開口部とが設けられているガス発生器」(請求項1),すなわち,破裂板を有するガス発生器,においては,破裂板の破裂圧力自体によって容器内圧を制御するのであるから,その破裂板の破裂圧力は,当然,燃焼が完全燃焼する容器内圧以上のものであり,破裂板が破裂した後エアバッグへの適切なガス供給速度とすることができるガス発生速度を与える容器内圧以上である値に設定されていることは当然である。
また,ガス発生器の容器の破裂は,容器自体の強度に依存し,容器内圧の最大値がその強度を超える場合に起こり得る。そして,容器内圧の最大値は,流路抵抗が無視し得る程度である場合には,破裂板の破裂圧力にほぼ一致し,流路抵抗が無視し得る程度を超える場合には,破裂板の破裂圧力より高くなる。そして,本件訂正明細書には,「開口部の円相当径Dが極端に小さい場合には,ガス発生器内のガス圧が高くなりすぎるという不都合が生じるため,標準状態(273゜K,1気圧)でのガス発生量に対する開口部総面積が,0.143〔cm2/リットル〕以上とすることが望ましい。すなわち,開口部総面積が0.143〔cm2/リットル〕未満であると,開口部での流路抵抗によるガス圧の増加によって,破裂板によるガス圧の制御が有効でなくなる。この0.143〔cm2/リットル〕という数字は,種々の非アジ化系ガス発生剤の燃焼実験に基づいて求められた。」(甲第2号証3頁6欄19行〜29行,甲第14号証)との記載があることからすれば,本件各訂正発明及び本件訂正発明4においては,上記流路抵抗を無視し得るほどに小さいものも含むとみることができ,この場合,本件各訂正発明及び本件訂正発明4のB値の範囲の上限値は,容器内圧の最大値に近い数値をとるものであるということができる。
そして,この許容内圧は,ガス発生容器の強度によって規定されるものであるから,ガス発生剤がアジ化系であるか非アジ化系であるかにより変わるものではない。
(ウ) 本件訂正明細書には,本件各訂正発明及び本件訂正発明4のガス発生器の許容内圧に関し「(1)式を充足することによって,破裂板の破裂圧力を,100〔bar〕以下の所定値に厳密に制御でき・・・ガス発生器の内圧を例えば100〔bar〕以下の所定値とし,ガス発生器の小型化を図ることが可能になる。」(甲第2号証3頁6欄1行〜5行,甲第14号証)との記載のほか,「ガス圧が100〔bar〕以下の場合には,耐圧がそれほど必要でないため,容器2を2重又は3重の円筒にせず,単なる円筒にすることもできる。」(甲第2号証5頁10欄13行〜16行,甲第14号証)との記載がある。
本件明細書の上記の記載とその実施例及び比較例2ないし4の具体的な容器内圧の最大値(実施例3の85℃の場合の95.5barが最大,比較例4の195.8barが最小(甲第2号証6頁表3,8頁16欄6行〜7行))との記載も併せ見れば,本件各訂正発明及び本件訂正発明4においては,許容内圧が100bar程度の強度のガス発生器を想定した場合の上限値としてB値の40が設定されたものと認められる。
従来の破裂板の破裂圧力によって容器内圧を制御するガス発生器における,容器の強度は100bar程度以下に設定されるものと認められる(例えば,引用発明4のものは54kg/cm2(53bar)である(甲第10号証4頁右上欄末行〜左下欄1行)。)。
このように,本件各訂正発明の100bar程度の値は,破裂板の破裂圧力によって容器内圧を制御するガス発生器の強度として格別小さいものとは認めることはできず,したがって,B値の上限の40という値も格別小さいものであるとは認められない。以上からすれば,引用発明1及び引用発明4においても,そのB値が上限値40を超えるものと認めることはできないのであり(引用発明4については,容器内の内筒の最高圧力54kg/cm2(53bar)(甲第10号証4頁右上欄下から2行〜左下欄1行)との記載から,そのB値が上限値40を超えるものではないことは明らかである。),その結果,引用発明1及び引用発明4のアルミニウムフォイルないしアルミニウム箔として,5052材及び5056材の引っ張り強さのものを使用することがあり得ないことは前記のとおりである。
2 取消事由2(引用発明1及び引用発明4の孔の認定の誤り)について 原告らは,審決が,引用発明1の「孔17」が本件各訂正発明の「開口部」に相当する(審決書10頁1行〜4行)と認定した上で,引用発明1の孔におけるB値を算出して,引用発明1におけるB値は約7.9〜28.6kgf/cm2である(審決書10頁7行〜8行)と認定したことは誤りである,引用発明4の「孔」が本件訂正発明4の「開口部」に相当する(審決書12頁4段)と認定した上で,引用発明4の孔におけるB値を算出して,引用発明4におけるB値は約10〜36kgf/cm2である(同12頁4段)と認定したことは誤りである,すなわち,本件各訂正発明及び本件訂正発明4におけるB値は「ガスの出口を達成する開口部についてのB値」であるのに対し,審決が引用発明1及び引用発明4について求めたB値は「内筒に設けられた孔についてのB値」であって「ガスの出口を達成する開口部についてのB値」ではないから,審決がBの値を一致点としたことは誤りである,と主張する。
しかし,本件各訂正発明及び本件訂正発明4における開口部は,「ガスの出口を達成する開口部」と規定されているとともに「破裂板が接する開口部」とも規定されている(請求項1参照)。そして,本件計算式におけるB値は,破裂板が接する開口部の円相当径と破裂板の厚みと破裂板の引っ張り強さとの関係を規定するものであるから,「破裂板が接する開口部」についての値ということができる。そうだとすると,審決が引用発明1及び引用発明4について本件計算式におけるB値を求める場合,それは,「破裂板が接する開口部」についての値ということになるはずである。審決が,引用発明1及び引用発明4について「破裂板が接する開口部」における孔について,本件計算式におけるB値を求めたことに誤りはない。
審決は,引用発明1及び引用発明4における「破裂板が接する開口部」に係る孔と,アルミニウムフォイルについて,本件計算式におけるB値を求め,これを一致点と認定した上で,本件各訂正発明及び本件訂正発明4が「ガスの出口を達成する開口部」に破裂板を設けた点を相違点2として認定し,その上で,相違点2についての容易想到性について判断したものである。審決が,本件各訂正発明と引用発明1及び本件訂正発明4と引用発明4との,本件計算式におけるB値を一致点と認定したことにより,本件各訂正発明ないし本件訂正発明4と引用発明1ないし引用発明4との相違点を看過ないし誤認したものでないことは,明らかである。
3 取消事由3(相違点1及び相違点3についての判断の誤り)について (1) 引用発明1の推進薬チューブ16は,車両用のエアバッグのための破裂板と認められるアルミニウムフォイル22を備えたガス発生器である。また,引用発明4も,破裂板であるアルミニウム箔を備えたガス発生器である。
刊行物2には「ガス発生材料は,燃焼率,無毒,および炎温度の要件に適合する材料であればよい。1つの使用可能な材料がシュネイター(Schnejter)等の米国特許第4,203,787号に記載されている。便利に使用できる他の材料がショー(Shaw)の米国特許第 4,369,079号(判決注・刊行物3)に記載されている。」(甲第7号証4頁7欄48行〜8欄3行)と記載され,この記載によれば,車両用のエアバッグのための破裂板を有するガス発生器において,車両用エアバッグのガス発生器のガス発生剤として知られた燃焼率,無毒,及び,炎の温度の要件に適合する材料であれば,いずれのガス発生剤であってもこれを適用することができることが示唆されているということができる。
上記各状況の下では,本件各優先日前に周知であることに争いがない非アジ化系ガス発生剤(例えば,刊行物3に記載されるガス発生剤)を,引用発明1又は引用発明4のガス発生装置のガス発生剤として使用することに,何ら困難性は認められない。
(2) 原告らは,引用発明1のアルミニウムフォイル及び引用発明4のアルミニウム箔と,引用発明2のアルミニウムホイルとは,設置の場所及び機能が異なるのであるから,引用発明2のガス発生器に用いられるガス発生剤を,引用発明1又は引用発明4のガス発生器に用いることを当業者が容易になし得たとすることはできない,と主張する。
しかし,これらのガス発生器は,共に車両用のエアバッグのための破裂板を有するガス発生器であり,エアバッグの膨張に適切な範囲に対応するガス流出速度が得られ,ガス発生剤が完全燃焼し,かつ,容器が破裂しないという範囲の破裂板の破裂圧力としたものである点で軌を一にするものであり,また,このようなガス発生器における,ガス発生剤と破裂板との設定位置については,フィルターやクーラントを設けるか否か等も含めて様々な構成のものが既に知られているのであり(ガス発生剤と破裂板とが直接に接するものは引用発明1及び引用発明4,ガス発生剤と破裂板とがフィルターなどを介するものは,例えば甲9文献に記載されたものなどがある。),その設置位置については,ガス発生剤及び破裂板の材料等に応じて当業者が必要に応じて改変をすることができる設計事項であると認められるから,これら破裂板とガス発生剤との位置関係が異なることが特定のガス発生剤を引用発明1ないしは引用発明4のものに適用することの妨げになるものとは認められない。
(3) 原告らは,甲9文献の4頁【0015】には,非アジ化系ガス発生剤よりアジ化系ガス発生剤の方がライニング14によるガス発生特性の制御のためには好ましいことが記載されている,と主張する。
しかし,ガス発生器における許容内圧は,ガス発生容器の強度によって規定されるものであるから,ガス発生剤がアジ化系であるか非アジ化系であるかにより変わるものではないことは前記認定のとおりである。審決が,甲9文献の「段落番号【0027】【0042】にもあるように,ガス発生剤から発生するガスの通過する開口のライニング(破裂板)の破裂が圧力に依存することは周知であり,同段落番号【0015】,【0048】にあるように,そのことは特定のガス発生剤に限定されるものではない。」(審決書11頁3段)と認定したことに誤りはない。甲9文献の【0015】及び【0048】の記載を全体として見れば,原告ら主張の趣旨だけでなく,ガス発生成分としては種々のものを選定することが可能であることをも示唆するものなのである。
(4) 以上によれば,審決が,相違点1及び相違点3について,引用発明2,3及び周知の技術に基づいて当業者が容易になし得たものであるとした判断に誤りはない。
4 取消事由4(相違点2及び相違点4についての判断の誤り)について (1) 破裂板を有するガス発生器につき,ガス発生剤と破裂板との設定位置には様々なものが知られており,ガス発生剤及び破裂板の材料等に応じて当業者が必要に応じて改変をすることができる設計事項であると認められることは前示のとおりであるから,破裂板を備えたガス発生器において通常設置される位置の一つと認められるガス出口を達成する開口部に破裂板を設けることは,当業者であれば容易になし得ることということができる。
破裂板をガス出口を達成する開口部に設けるときの各開口における破裂板の破裂圧力は,エアバッグの膨張に適切な範囲に対応するガス流出速度が得られ,ガス発生剤が完全燃焼し,かつ,通常の強度の容器が破裂しない範囲にしなければならないことは当然であるから,本件計算式におけるB値が8ないし40の範囲内において設定されるものであることは当然のことである。
以上のとおり,相違点2及び相違点4は,当業者が容易になし得た設計事項であるということができる。
(2) 原告らは,甲13実験報告書を提出し,破裂板をガス発生器のガス出口を達成するハウジングの開口部に設けた実験例1においては,破裂板をハウジング内内筒の開口部に設けた実験例2の場合に比較して,ガス発生器内のガス圧力特性の環境温度変化に対するばらつきが小さく,最大ガス圧に至るまでの時間のばらつきも少なくすることができる,と主張する。
しかしながら,甲13実験報告書によれば,実験例1の破裂板は,環状フィルターを通過したガスの出口であるハウジング開口部の内側に設けられたものであり,実験例2の破裂板は,内筒の内側に設けられたものであるため,環状フィルターを通過しないガスの出口に設けられたものであるとの差異があり(甲第13号証),原告らが主張する上記の効果は,この環状フィルターの存否によるものであると推認される。
本件各訂正発明及び本件訂正発明4においては,その請求項において,破裂板がガス発生器のガス出口を達成するハウジングの開口部に設けたことのみを規定し,ガス発生剤と破裂板との設定関係を何ら規定するものではないから,破裂板がガス発生剤と空間やフィルター等を介して設定されるものに限定されるものではないことはいうまでもない。
したがって,原告ら主張の上記効果は,本件各訂正発明及び本件訂正発明4に包含される一態様の効果にすぎず,本件各訂正発明及び本件訂正発明4が奏する効果ということはできない。
(3) 原告らは,引用発明1のアルミニウムフオイル22は,ガス発生粒18の保護のためのものであり,引用発明4のアルミニウム箔は,膨張装置を密封するためのものであるから,いずれも破裂圧力を制御するための破裂板ではない,と主張する。しかし,引用発明1のアルミニウムフォイル22及び引用発明4のアルミニウム箔に原告らが主張する機能をも奏するとしても,このことが,これらのものはガス発生器において破裂板としての機能を果たさない,とするための根拠となるものではないことは,明らかである,原告らの主張は理由がない。
結論
以上に検討したところによれば,原告らの主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告らの本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久