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関連審決 無効2001-35121
関連ワード 技術的思想 /  容易に発明 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  先行技術 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  設定登録 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 27号 審決取消請求事件
原告 株式会社豊田自動織機
訴訟代理人弁護士 永島孝明,伊藤晴國,山本光太郎,丸山裕一, 弁理士 中村敬, 復代理人弁護士 外崎友隆
被告 カルソニックカンセイ株式会社
訴訟代理人弁理士 岩ア幸邦,中村友之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/06/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が無効2001-35121号事件について平成13年12月4日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告が特許権者である本件特許第1797153号発明(「揺動斜板型圧縮機におけるワッブルプレートの揺動傾斜角制御機構」)は,昭和61年3月3日出願,平成4年11月26日出願公告,平成5年10月28日設定登録に係る。被告は,平成13年3月28日,本件特許について無効審判請求をし(無効2001-35121号),平成13年12月4日,本件発明についての特許を無効とするとの審決があり,その謄本は同月14日原告に送達された。
2 本件発明の要旨 ドライブシャフトの軸方向に揺動可能に支承されたワッブルプレートを有し,前記ワッブルプレートの傾斜角を制御してピストンのストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において,クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設ける一方,吸入チャンバーと連通する吸入圧力室と,吐出チャンバーと連通する吐出圧力室を対向配置し,吸入圧力室には伸縮性の隔膜で区画された設定圧力室を設け,同設定圧力室には吸入圧力室内の吸入圧と対向する方向に付勢するばねを介装させ,吐出圧力室には弁座を間に存してポートを区画形成し,同ポートより供給通路を延設させてその先端部がクランク室に臨むごとく設けるとともに,上記伸縮性の隔膜に一端を連結させた弁杆を延設し,その他端部を吐出圧力室内に臨ませるとともに同他端部には弁座と対向させて開閉弁を取り付けて成る揺動斜板型圧縮機におけるワッブルプレートの揺動傾斜角制御機構。
本件図面 第1図 3 審決の理由の要点 審決は,本件発明は,引用例1(特開昭58-158382号公報,甲第3号証)記載の発明(引用発明1)及び引用例2(特開昭60-259777号公報,甲第4号証)記載の発明(引用発明2)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると認定判断した。その理由の骨子は次のとおりである。
(1) 引用例1には,次の発明が記載されていると認められる。
「駆動軸26の軸方向に揺動可能に支承されたウオブル板50を有し,前記ウオブル板50の傾斜角を制御してピストン44のストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において,吸引空洞114と連通するベローズ圧力制御セル192と,排出空洞124と連通する室260を対向配置し,ベローズ圧力制御セル192には伸縮性のベローズ186で区画されたベローズ186内の室を設け,同ベローズ186内の室にはベローズ圧力制御セル192内の吸入圧と対向する方向に付勢する圧縮コイルばね196を介装させ,室260にはクランクケース・チヤージ弁口266を間に存して空洞256を区画形成し,同空洞256より半径方向口162,口164,通路166を延設させてその先端部がクランクケース129に臨むごとく設けるとともに,上記伸縮性のベローズ186に一端を連結させた作動弁ピン部材210を延設し,その他端部を室260内に臨ませるとともに同他端部にはクランクケース・チヤージ弁口266と対向させてボール弁要素268,270を取り付け,吸引空洞114と連通するベローズ圧力制御セル192には弁座248を間に存してクランクケース抽気弁通路240を区画形成し,該クランクケース抽気弁通路240より半径方向口148を延設させてその先端部がクランクケース129に臨むごとく設けるとともに,作動弁ピン部材210の下端を出力桿191を介してベローズ186に連結させて延設し,ベローズ圧力制御セル192内に臨ませるとともに,該下端には弁座248と対向させて拡大円筒形頭部244を設けて成る揺動斜板型圧縮機におけるウオブル板の揺動傾斜角制御機構。」 (2) 引用例2には,次の発明が記載されていると認められる。
「駆動軸4の軸方向に揺動可能に支承された揺動板14を有し,前記揺動板14の傾斜角を制御してピストン6のストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において,クランク室3と低圧側空間281とを常時連通する第1通路36を設ける一方,高圧側空間291とクランク室3とを連通する第2通路38を設けるとともに,空気調和装置の熱負荷に応じた信号により電子制御装置(ECU)39を介して駆動され,該第2通路38を開閉する電磁弁37を設け,該クランク室3の内圧の制御を前記電磁弁37の開閉動作のみで行うことができるようにして成る揺動斜板型圧縮機における揺動板の揺動傾斜角制御機構。」 第1図 (3) 本件発明と引用発明1とを対比する。
引用発明1の「駆動軸26」は本件発明の「ドライブシャフト」に相当する。以下同様に,「ウオブル板50」は「ワッブルプレート」に,「ピストン44」は「ピストン」に,「吸引空洞114」は「吸入チャンバー」に,「ベローズ圧力制御セル192」は「吸入圧力室」に,「排出空洞124」は「吐出チャンバー」に,「室260」は「吐出圧力室」に,「ベローズ186」は「隔膜」に,「ベローズ186内の室」は「設定圧力室」に,「圧縮コイルばね196」は「ばね」に,「クランクケース・チヤージ弁口266」は「弁座」に,「空洞256」は「ポート」に,「半径方向口162,口164,通路166」は「供給通路」に,「クランクケース129」は「クランク室」に,「作動弁ピン部材210」は「弁杆」に,「ボール弁要素268,270」は「開閉弁」に,それぞれ相当する。
してみると,両者は, 「ドライブシャフトの軸方向に揺動可能に支承されたワッブルプレートを有し,前記ワッブルプレートの傾斜角を制御してピストンのストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において,吸入チャンバーと連通する吸入圧力室と,吐出チャンバーと連通する吐出圧力室を対向配置し,吸入圧力室には伸縮性の隔膜で区画された設定圧力室を設け,同設定圧力室には吸入圧力室内の吸入圧と対向する方向に付勢するばねを介装させ,吐出圧力室には弁座を間に存してポートを区画形成し,同ポートより供給通路を延設させてその先端部がクランク室に臨むごとく設けるとともに,上記伸縮性の隔膜に一端を連結させた弁杆を延設し,その他端部を吐出圧力室内に臨ませるとともに同他端部には弁座と対向させて開閉弁を取り付けて成る揺動斜板型圧縮機におけるワッブルプレートの揺動傾斜角制御機構。」 の点で一致し,以下の点で相違する。
相違点;本件発明が,クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設けるのに対して,引用発明1が,吸入チャンバーと連通する吸入圧力室には弁座248を間に存してクランクケース抽気弁通路240を区画形成し,該クランクケース抽気弁通路240より半径方向口148を延設させてその先端部がクランク室に臨むごとく設けるとともに,弁杆の下端を出力桿191を介して隔膜に連結させて延設し,吸入圧力室内に臨ませるとともに,該下端には弁座248と対向させて拡大円筒形頭部244を設ける点。 (4) 上記相違点について検討する。
引用発明2の「駆動軸4」は本件発明の「ドライブシャフト」に相当する。以下同様に,「揺動板14」は「ワッブルプレート」に,「ピストン6」は「ピストン」に,「クランク室3」は「クランク室」に,「低圧側空間281」は「吸入チャンバー」に,「第1通路36」は「通路」に,「高圧側空間291」は「吐出チャンバー」に,それぞれ相当する。
してみると,引用発明2は,ドライブシャフトの軸方向に揺動可能に支承されたワッブルプレートを有し,前記ワッブルプレートの傾斜角を制御してピストンのストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において,「クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設ける一方,吐出チャンバーとクランク室とを連通する第2通路38を設けるとともに,空気調和装置の熱負荷に応じた信号により電子制御装置(ECU)39を介して駆動され,該第2通路38を開閉する電磁弁37を設け,該クランク室の内圧の制御を前記電磁弁37の開閉動作のみで行うことができるようにして成る」構成を具備するものと認められる。
すなわち,引用発明2は,「ワッブルプレートの傾斜角度,すなわち圧縮機の吐出容量制御を常時低圧空間に圧力が連続してリークするクランク室に高圧側から高圧を導入することによってクランク室の内圧を上昇させて行う」技術的思想を開示しているといえる。
そして,引用発明1も引用発明2も,「ドライブシャフトの軸方向に揺動可能に支承されたワッブルプレートを有し,前記ワッブルプレートの傾斜角を制御してピストンのストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機」である点でその技術分野を共通するものであるから,引用発明1において,上記引用発明2の構成並びに技術的思想を考慮して,「クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設ける」構成を付加し,「吸入チャンバーと連通する吸入圧力室には弁座248を間に存してクランクケース抽気弁通路240を区画形成し,該クランクケース抽気弁通路240より半径方向口148を延設させてその先端部がクランク室に臨むごとく設けるとともに,弁杆の下端には弁座248と対向させて拡大円筒形頭部244を設ける」構成を排除して,本件発明のような構成とすることは,必要に応じて当業者が格別困難なく想到し得ることにすぎないものと認める。
(5) 本件発明と第一に対比する発明を引用発明2とした場合について,以下,付加的に検討する。
本件発明と引用発明2とを対比すると,両者は,「ドライブシャフトの軸方向に揺動可能に支承されたワッブルプレートを有し,前記ワッブルプレートの傾斜角を制御してピストンのストローク量を制御することにより吐出容量を可変とする揺動斜板型圧縮機において,クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設ける一方,クランク室と吐出チャンバーとの連通状態を制御する弁機構を設けて成る揺動斜板型圧縮機におけるワッブルプレートの揺動傾斜角制御機構。」 の点で一致し,以下の点で相違する。
相違点;クランク室と吐出チャンバーとの連通状態を制御する弁機構に関し,本件発明が,吸入チャンバーと連通する吸入圧力室と,吐出チャンバーと連通する吐出圧力室を対向配置し,吸入圧力室には伸縮性の隔膜で区画された設定圧力室を設け,同設定圧力室には吸入圧力室内の吸入圧と対向する方向に付勢するばねを介装させ,吐出圧力室には弁座を間に存してポートを区画形成し,同ポートより供給通路を延設させてその先端部がクランク室に臨むごとく設けるとともに,上記伸縮性の隔膜に一端を連結させた弁杆を延設し,その他端部を吐出圧力室内に臨ませるとともに同他端部には弁座と対向させて開閉弁を取り付けて成るのに対して,引用発明2が,吐出チャンバーとクランク室とを連通する第2通路38を設けるとともに,空気調和装置の熱負荷に応じた信号により電子制御装置(ECU)39を介して駆動され,該第2通路38を開閉する電磁弁37を設け,該クランク室の内圧の制御を前記電磁弁37の開閉動作のみで行うことができるようにして成る点。
この相違点について検討するに,引用発明1は,クランク室と吐出チャンバーとの連通状態を制御する弁機構に関し,「吸入チャンバーと連通する吸入圧力室と,吐出チャンバーと連通する吐出圧力室を対向配置し,吸入圧力室には伸縮性の隔膜で区画された設定圧力室を設け,同設定圧力室には吸入圧力室内の吸入圧と対向する方向に付勢するばねを介装させ,吐出圧力室には弁座を間に存してポートを区画形成し,同ポートより供給通路を延設させてその先端部がクランク室に臨むごとく設けるとともに,上記伸縮性の隔膜に一端を連結させた弁杆を延設し,その他端部を吐出圧力室内に臨ませるとともに同他端部には弁座と対向させて開閉弁を取り付けて成る」構成を具備するものと認められる。
そして,引用発明2において,クランク室と吐出チャンバーとの連通状態を制御する弁機構に関し,上記引用発明1の構成を採用して,本件発明のような構成とすることは,必要に応じて当業者が格別困難なく想到し得ることにすぎないものと認める。
原告主張の審決取消事由
1 はじめに 本件発明の技術的課題は,自己完結型内部制御の構成を採用する引用発明1に高圧弁と中圧弁の連動構造ゆえに内在するデッドポイントを解消することであり,自己完結型内部制御の構成を維持した上で,ワッブルプレートについては,その揺動傾斜角をスムーズに変化させることができるようにすることである。
本件発明の「熱負荷の変化」に関する技術的課題は,自己完結型内部制御において,この変化に対応してスムーズに圧縮容量[ワッブルプレートの揺動傾斜角]を変化させることができるようにするということである。
引用例2における「圧縮機の通常制御時の作用」に関する記載は,確かに「ワッブルプレートの傾斜角度,すなわち圧縮機の吐出容量制御をクランク室に高圧側から高圧を導入することによってクランク室の内圧を上昇させて行う」という技術的思想を開示するが,その記載それ自体は,本件発明の技術的課題解決の思想を開示するものではない。クランク室に高圧側(吐出室)から高圧(調整ガス)を導入することによってクランク室の内圧を上昇させ,ワッブルプレートの傾斜角度(圧縮機の吐出容量)を制御することは,引用発明1において既に実現されており,その制御方法は,引用発明2によって開示されたものではない。
引用発明2において「クランク室から常時低圧空間に圧力が連続してリークする」構成,つまり「クランク室と吸入チャンバーをオリフィスを介して常時連通する通路」を採用したことは,電磁弁による外部制御を行うためであり,これが直ちに,自己完結型内部制御を維持した上で「クランク室と吸入チャンバーを常時連通する通路」を採用する本件発明の構成の教示又は示唆にはならない。
たとえ,引用例2にいう圧縮機負荷の一時的遮断により斜板傾斜角の制御をして吐出容量を減少させることが,引用発明1の斜板傾斜角の制御という広い概念に含まれるとしても,本件明細書指摘に係る引用発明1の「デッドポイント」の不具合の技術的課題は,引用発明1のみならず,引用発明2にもこれを示唆し動機付けるものはない。
2 引用発明2の構成を引用発明1の構成に適用することの困難性 引用発明1に引用発明2を適用したとしても,本件発明の「吸入チャンバーと吸入圧力室を連通する通路」が有する機能を得ることはできない。
(1) 外部制御と内部制御の構成上の相違 引用発明1は,周囲温度が高くなって吐出室の圧力(Pd)が増すことを利用して,吐出容量を確保するために,入れ側の制御弁の閉鎖状態を維持するとともに,抜き側の制御弁の開放状態を維持できるようにしたものである。この吐出室の圧力(Pd)を作用させる理由は,周囲温度が高くなる場合,空気調和装置の凝縮器内における吐出ガスの液化が十分に行われにくいことから,吐出室の圧力(Pd)が高くなることの性質を利用したものである。これが引用発明1にいう吐出圧力補償であり,本件発明はこれを踏襲するものである。
引用発明2には高圧弁(電磁弁)が存在するが,吸入室の圧力(Ps)と吐出室の圧力(Pd)のいずれにも反応作動するものではなく,高圧弁(電磁弁)は電子制御装置を介して駆動され,高圧側(吐出室)からクランク室に対する圧力ガス(調整ガス)からの導入は,電磁制御弁の開閉動作のみで行われる。
したがって,引用発明1及び本件発明の要件である「吸入圧力室には伸縮性の隔膜で区画された設定圧力室を設け,同設定圧力室には吸入圧力室内の吸入圧と対向する方向に付勢するばねを介装させ,吐出圧力室には弁座を間に存してポートを区画形成し,同ポートより供給通路を延設させてその先端部がクランク室に臨むごとく設ける」内部制御と,引用発明2の「空気調和装置の熱負荷に応じた信号により電子制御装置(ECU)39を介して駆動され,該第2通路38を開閉する電磁弁37を設け,該クランク室3の内圧の制御を前記電磁弁37の開閉動作のみで行う」外部制御は,構成及びそれらを形成する部材において技術的意義を異にする。
(2) 「クランク室と吸入チャンバーを連通する通路」の機能上の相違 引用発明2の電磁弁による制御プロセスは,熱負荷(冷房負荷),エンジンの回転数等のパラメータを用いて圧縮機に要求される目標吐出容量を設定し,それと実際の吐出容量(斜板傾斜角)との差をなくするプロセスである。
そのために,圧縮機に要求される目標吐出容量(目標斜板傾斜角)と実際の斜板傾斜角の差がなくなるように実行する際には,ブローバイガス(クランク室からの漏洩ガス)は「外乱(ノイズ)」として作用してしまうので,この「外乱(ノイズ)」を確実に排除する(キャンセル)するために,クランク室と低圧側空間(吸入室)とを連通する通路にオリフィス(絞り)を介在させ,圧縮行程にあるシリンダとピストンとの間隙を通ってクランク室に漏洩するブローバイガスを常時吸入室に流出させる構成が採用されている。
引用例2の記載(8頁左上欄11行〜19行)は,高圧側(吐出室)からクランク室に高圧ガス(調整ガス)を導入することによって,クランク室の圧力を制御する方法を開示するのであるが,その記載自体は,「冷房負荷の変動に対応してワッブルプレートの揺動傾斜角を速やかに変化させる」という効果に関するものではない。そのような制御方法は引用発明1にもあり,引用発明2に特有な効果ではない。
抜き側内部制御を採用していた米国特許3861829号発明(甲第5号証参照)との比較でみると,引用発明1と引用発明2の双方は「冷房負荷の変動に対応してワッブルプレートの揺動傾斜角を速やかに変化させる」ものである。しかしながら,このような同じ効果を奏する引用発明1と引用発明2を組み合わせたとしても,「コントロールバルブ(開閉弁)[高圧弁]の切換え時にデッドポイントを生ずることなく「スムーズに」切り換えることができる」という作用効果に想到することはできない。
(3) 「吸入チャンバーと吸入圧力室を連通する通路」の機能上の相違 引用発明1においては,クランク室は吸入圧力室と連通し,吸入圧力室が吸入チャンバーに連通するが,クランク室は吸入チャンバーと直接連通していない。引用発明1の「吸入チャンバーと吸入圧力室を連通する通路」は,吸入チャンバーの圧力を吸入圧力室の隔膜(ベローズ186)に伝達し,かつ,クランク室から流出したガスを吸入圧力室を経て吸入チャンバーに流出させる双方の機能を有する。
引用発明1においては,「クランク室と吸入圧力室を連通する通路」の構成を取るために,クランク室内のガスが吸入圧力室の隔膜(ベローズ186)の周囲に直接流れ,そのガスの圧力が高い場合にはガスの動圧が隔膜(ベローズ186)に影響を与え,それが変位する結果,吸入圧力が必要以上に低下してしまうという容量制御性の問題が生じる。
引用発明2においては,クランク室は吸入チャンバーと直接連通するのみで,クランク室は吸入圧力室と連通しておらず,さらに吸入圧力室と吸入チャンバーも連通していない。
引用発明2は外部制御の方法を採用しているから,吸入チャンバーの圧力を吸入圧力室の隔膜(ベローズ186)に伝達し,かつ,クランク室から流出したガスを吸入圧力室を経て吸入チャンバーに流出させる双方の機能を必要としない。それゆえに,クランク室と吸入圧力室の間の通路,さらには吸入圧力室と吸入チャンバーの間の連通路が存在しない。
一方,本件発明においては,「クランク室は吸入チャンバーと直接連通する通路」と「吸入チャンバーと吸入圧力室を連通する通路」が存在するが,本件発明と引用発明1の相違点として審決が認定したように,「クランク室と吸入圧力室を連通する通路」が存在していないため,本件発明においては,クランク室からのガスによる隔膜(ベローズ33)の変位が生じないので,吸入圧力が必要以上に低下せず,容量制御性が向上するという作用効果を有する。
以上から明らかなように,引用発明1及び本件発明の双方において「吸入チャンバーと吸入圧力室を連通する通路」が存在し,その通路の目的は,吸入チャンバーの圧力を吸入圧力室の隔膜に伝達するためであるが,引用発明1の「吸入チャンバーと吸入圧力室を連通する通路」はクランク室から吸入圧力室に流入したガスを吸入チャンバーに逃がすという機能を有するのに対し,本件発明の「吸入チャンバーと吸入圧力室を連通する通路」にはそのような機能は存在せず,クランク室からのガスによる隔膜(ベローズ33)の変位が生じないという機能を有している。
そして引用発明2には,吸入圧力室が存在しないので,吸入チャンバーと吸入圧力室を連通する通路は存在しない。
(4) 以上のとおりであって,引用発明1に引用発明2を適用したとしても,本件発明の「吸入チャンバーと吸入圧力室を連通する通路」が有する機能を得ることはできない。
3 付加的検討の認定判断の誤り (1) 審決は,引用発明2を主たる引用発明とし,本件発明と引用発明2の相違点の1つとして「引用発明2が,吐出チャンバーとクランク室とを連通する第2通路38を設ける」ことを認定する。
しかしながら,審決は,本件発明と引用発明2の一致点として「クランク室と吐出チャンバーとの連通状態を制御する弁機構を設けている」としているように,「吐出チャンバーとクランク室とを連通する通路」が存在することを前提とするものであるから,この点において両者に相違はなく,審決の認定は誤りである。
さらに,引用発明2においては,吸入圧力室が存在しないために,吸入チャンバーと吸入圧力室を連通する通路が存在しないのに対して,本件発明においては,吸入チャンバーと吸入圧力室を連通する通路が存在しており,この点において,両者は相違するのに,審決は認定をしておらず,この点について相違点の認定を誤っている。
(2) 上記(1)に述べた付加的検討の相違点の認定の誤りにより,その結果,相違点の判断自体が誤りとなる。
当裁判所の判断
1 引用発明2の構成を引用発明1に適用することの容易推考性 (1) 甲第4号証によれば,引用例2に以下の記載があることが認められる。
「(産業上の利用分野) 本発明は,主として車輌用空気調和装置に使用する可変容量型揺動板式圧縮機に関し,特にクランク室の圧力を制御して吐出量を可変にする可変容量型揺動板式圧縮機に関する。」(2頁右下欄)「(従来技術及びその問題点) 可変容量型揺動板式圧縮機において,吐出量を制御するために揺動板の傾斜角度を変化させる手段として,クランク室内の冷媒圧力を制御する方法は,米国特許第3861829号等により公知である。これらの圧縮機は密閉ケースと該ケース内に配された駆動軸と,該駆動軸の周囲にそれと軸線を平行にして円周方向に並設された複数のシリンダを形成されたシリンダブロックと,各々対応するシリンダ内を往復動するピストンと,駆動軸から垂直方向に延びかつそれに対し軸方向に移動可能なトラニオンピンに中心部を支承され,周縁部を駆動軸を中心にそれと一体に回転するピボットピンに支持され,上記トラニオンピンの駆動軸上の軸方向移動により上記ピボットピンを支点として傾斜角が変化する揺動板とを備え,揺動板の揺動回転に伴い前記ピストンがシリンダ内を往復動するように構成されている。この圧縮機において,圧縮作用をしている時に一部は圧縮行程にあり,一部は吸入行程にあるピストンにより与えられる反力の合力の揺動板上の作用点は,各シリンダの軸心同志を結ぶ円周のうち駆動軸に関し,圧縮行程のピストン側半円部内にあり,このため揺動板はピボットピンを可動支点として傾斜する方向に作用されている。そしてこの作用力はピストンの背圧として作用するクランク室内の圧力と対抗するので,クランク室内の圧力を減少させると上記作用力が勝り揺動板の傾斜角度が増加し,反対にクランク室内の圧力を増加させると揺動板の傾斜角度が減少し,吐出量を増加,あるいは減少させることができる。
しかして,上述の特許に係る揺動板式圧縮機においては,クランク室と冷凍サイクルの低圧側とを接続する導管の中途に該導管内の圧力に応動するダイヤフラム弁を配設し,冷凍サイクルの熱負荷の減少により導管内の冷媒圧力が低下するとダイヤフラム弁がクランク室と冷凍サイクル低圧側との連通を絞るように作動し,その結果クランク室内ではシリンダとピストンとの間からクランク室に洩れるブローバイガスの導管を介して低圧側に流出する流量が少なくなって圧力が上昇し揺動板の傾斜角度が減少し吐出量が減少するようにしている。反対に,冷凍サイクルの熱負荷の増加により導管内の冷媒圧力が上昇すると上記と逆にクランク室内の圧力が減少し揺動板の傾斜角度が増加し吐出量が増加するようになっている。
このため急速に吐出量を減少させたい時,(例えば圧縮機を車載のエンジンに直結した場合,加速,登坂時など一時的に圧縮機負荷を遮断し,全エンジン出力を車輌の駆動力にふり向けたい時,)導管の中途に介されている開閉弁(零ストローク弁)を閉じ,クランクケースと低圧力との連通を遮断すればよいが,この場合,遮断してからシリンダとピストンとの間からクランク室に洩れるブローバイガスによりクランク室圧が上昇するのを待つことになり急速な圧縮機の容量減少が得られないという欠点がある。」(2頁右下欄〜3頁左下欄) (2) ここに記載の米国特許第3861829号発明は,本件明細書(甲第2号証)の〔従来の技術〕の項においても「Aの提案」として記載される先行技術であって,引用発明2が,本件発明と同様に「Aの提案」の課題を解決しようとするものである。
本件明細書においては,ワッブルプレートの揺動傾斜角を速やかに変化させるための構成を案出するに際し,上記「Aの提案」を「@の提案」と共に先行技術と位置付けて課題解決を記載しているのであり,両者の提案における課題を解決する上で,「クランク室に洩れるブローバイガスによりクランク室圧が上昇するのを待つのでは,急速な圧縮機の容量減少が得られない」という点に着目して,高圧側からの高圧を導入することで,当該不具合を解消し得るとの共通の認識を提示しているものである。
(3) してみれば,引用発明2の迅速に容量制御がなされるための「クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設けた」構成を引用発明1に採用して同じ課題を有する本件発明とすることは,当業者が容易になし得たことであるとした審決の認定判断に,原告主張の誤りはない。
2 本件発明の課題の予測可能性について 引用例2(甲第4号証)には,「本発明の圧縮機では,揺動板の傾斜角度,すなわち圧縮機の吐出容量制御を常時低圧空間に圧力が連続してリークするクランク室に高圧側から高圧を導入することによってクランク室の内圧を上昇させて行うため,クランク室の内圧は急速に上昇されて,圧縮機のカットオフが迅速に行われ,特に車輌の加速,登坂時等において,エンジンの全出力を車輌の駆動力にふり向けたい時に圧縮機のカットオフを素早く対応させることができる。また高圧のクランク室への導入は構造が簡単な単一の弁装置でなされるから制御が容易となり,低コストである。」(10頁左上欄〜右上欄) との記載がある。ここにおける「常時低圧空間に圧力が連続してリークするクランク室」とは,「クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設けた」ことと技術的に同義であり,さらに,「圧縮機のカットオフが迅速に行われる」ことが「迅速に容量制御がなされる」ことであることは,自明である。
そうすると,ここから読み取ることのできる引用発明2の技術的思想は,本件発明と同様に先行技術のデッドポイントを解消することにあるから,引用発明1の「デッドポイント」の不具合の技術的課題について,引用発明2にはこれを示唆し動機付けるものはない,とする原告の主張は理由がない。
3 外部制御と内部制御の構成上の相違について 原告は,引用発明1及び本件発明の要件である「内部制御」と,引用発明2の「外部制御」とは,その構成及びそれらを形成する部材が技術的意義を異にすると主張する。そして,内部制御弁の構成を採用する引用発明1に,外部制御弁の構成を採用する引用発明2における「クランク室と吸入チャンバーのオリフィスを介する常時連通路」のみを適用する理由付け又は動機付けは見いだせないとも主張する。
しかしながら,前記2でみたように,引用発明2が,引用発明1の「デッドポイント」の不具合と同様の不具合を技術的課題としてその解消を図るべく案出されたものであることが明らかである以上,単に,「内部制御」と「外部制御」の構成の違いのみを指摘して,適用の理由付け又は動機付けがないとする原告の主張は理由がない。
引用発明2においては,引用発明1の技術的不具合と共通する「Aの提案」を解消するための工夫を施している以上,当業者がこれに開示される技術的内容を検討して,引用発明1の不具合解消にいかに適用し得るかを検討するであろう動機付けが十分に存在するというべきである。
4 技術的課題とそれを実現する構成の想到可能性について 原告は,審決にいう引用発明2の注目する技術事項は引用発明1においても実現されており,引用発明2に開示されている技術事項から直ちに本件発明の技術的課題である「デッドポイントの解消」,そしてそれを実現する構成である「クランク室と吸入圧力室の通路及びそれに介在する中圧弁を取り除き,クランク室と吸入チャンバーとを連通させる構成」に想到できるものではない,と主張する。
しかしながら,引用例2(甲第4号証)には,「圧縮機のあらゆる運転状態において」(8頁右上欄)と明記して,クランク室3の内圧制御が常に行われるものとして記載されている。この記載からすると,クランク室内の圧力制御が速やかなワッブルプレートの傾斜角制御に寄与し得ることは,当業者であれば十分に理解可能なものと認めることができる。
5 「クランク室と吸入チャンバーを連通する通路」の機能上の相違について 原告は,本件発明と引用発明2とでは,「クランク室と吸入チャンバーを連通する通路」の機能が相違すると主張する。
しかしながら,引用発明2が「圧縮機の吐出容量制御をクランク室に高圧側から高圧を導入することによってクランク室の内圧を上昇させて行う」という技術的思想を開示することは原告も認めている。この技術的思想を適用して,すなわち,引用発明1において生じるデッドポイントを解消すべく,クランク室と吸入室とを連通する通路に設けられた内部制御弁の構成の一部を排除することで,吐出室からの高圧導入が行い得ることは,容易に推考可能なことと認めることができる。
原告は,引用発明2における「クランク室と吸入チャンバーを連通する通路」は,「外乱の排除」機能を期待されるものであるから,オリフィス(絞り)35を含めた認定を行うべきと主張する。
しかしながら,本件発明においては,「クランク室と吸入チャンバーとを常時連通する通路を設ける」と規定するのみであって,オリフィスを設けるか否かの限定はない。圧力変動を避ける上でオリフィス(絞り)用いることは流体機械では常識的な技術的事項であって,本件発明においても,これを設けないものとして認識すべきものでもない。
6 「吸入チャンバーと吸入圧力室を連通する通路」の機能上の相違について 原告は,本件発明と引用発明1とでは,「吸入チャンバーと吸入圧力室を連通する通路」の機能が相違すると主張する。
確かに,引用発明1においては,本件発明の「吸入圧力室」に相当する「ベローズ圧力制御セル192」から「ベローズ・カバー170の半径方向口194」,「最大直径孔部分136」,「半径方向口144」及び「ヘッド内の通路146」を介して,本件発明の「吸入チャンバー」に相当する「コンプレッサのヘッド内にある吸引空洞114」へ連通する経路と,「弁ハウジング132のより直径の小さな孔部分138」から「ヘッド22の半径方向口148」,「弁板108の口150」,「シリンダブロック20の通路152及び通路154」,「中央軸方向通路156」及び「半径方向通路158」を介して「クランクケースの内部129」に至る経路を有するものとされている(甲第3号証)。そして,引用例1の記載によると,「吸入空洞114(吸入チャンバー)」-「ベローズ圧力制御セル192(吸入圧力室)」-「クランクケースの内部129(クランク室)」と連通されるのであり,本件発明におけるように,「吸入チャンバー」に対して「吸入圧力室」及び「クランク室」が連通される構成とはなっていない。
しかしながら,審決は,原告指摘の「吸入チャンバーと吸入圧力室を連通する通路」の有無も含めて,本件発明と相違する引用発明1の構成を挙げ,この構成は,引用発明2の技術的思想を適用して,当業者が格別困難なく想到し得ることにすぎないと認定判断したものである。そうすると,原告主張に係る,本件発明と引用発明1との上記構成の違いは,審決の結論に影響を及ぼすものとして理由があるということはできない。
7 その余の原告の主張について 本件発明の構成が引用発明1及び2から容易に想到し得るものである以上,本件発明の奏する作用効果もこれらから容易に想到し得るものであることは明らかである(原告が準備書面で主張する作用効果及び商業的成功の点も,引用発明1及び2から容易に想到し得るところを超えるものと認めることはできない。)。
なお,審決がした付加的検討(引用発明2を主たる公知発明として容易推考性を肯定した判断部分。審決の理由の要点(5))は傍論として説示されたものであり,本判決の上記説示に照らして引用発明1を主たる公知発明として容易推考性を肯定した審決の判断に,原告主張の誤りがない以上,付加的検討についての誤りをいう原告の主張は理由がない。
結論
以上判断したところによれば,本件発明は引用発明1及び引用発明2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとした審決の認定判断に誤りはなく,原告の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利