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関連審決 無効2004-35147
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  物の発明 /  新規性 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  公知技術 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  抵触 /  参酌 /  技術的意義 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  異議申立 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10047号 審決取消請求事件

原告 ソニー株式会社 代表者代表執行役
訴訟代理人弁護士 熊倉禎男
同 田中 伸一郎
同 渡辺光
同 高石秀樹
同 弁理士 小川信夫
同 市川 さつき
被告 比(並のうち,上の「、、」が無い文字)迪股(偏は「イ」,つ くりは「分」という文字)有限公司 (日本における登記上の名称 深(偏は「土」,つくりは「川」という文字) 市ビーワイディー実業有限会社) 日本における代表者
訴訟代理人弁護士 城山康文
同 関山 和華子
同 弁理士 津国肇
同 束田 幸四郎
同 伊藤温
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/11/07
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2004-35147号事件について平成17年1月25日にした審決を取り消す。
当事者間に争いがない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「非水電解液二次電池」とする特許第2646657号〔昭和63年5月23日出願(以下「本件出願」という。),平成9年5月9日設定登録。以下「本件特許」という。〕の特許権者である。
(2) 本件特許に対しては,平成10年2月20日の特許異議の申立てを始めとして3件の特許異議の申立てがされ,原告は,同異議申立事件の審理中である平成12年4月13日に本件特許の出願の願書に添付した明細書(甲48の1)の訂正請求(甲48の2)を行った。特許庁は,同異議申立事件について,同年6月6日,上記訂正を認め,本件特許を維持する旨の決定をした。
(3) 被告は,平成16年3月19日,原告を被請求人として,本件特許を無効とすることを求めて特許無効審判の請求をした。
特許庁は,上記請求を無効2004-35147号事件として審理した上,平成17年1月25日,「特許第2646657号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は同年2月4日に原告に送達された。
2 上記1(2)の訂正後の明細書(甲48の1,2。以下,「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本件発明」という。)の要旨 【請求項1】 有機焼成体よりなる負極と,LixMO2(MはCo又はNiの少なくとも1種を表し,0.05≦x≦1.10である。)を含んだ正極と,電解液とが容器内に収納されてなり,上記電解液量を調整することで容器内に容量1AH当たり0.4cc以上の空隙が設けられてなることを特徴とする非水電解液二次電池。 3 審決の理由 (1) 審決の理由は,別添審決謄本写し記載のとおりであり,その要旨は,本件発明は,特開昭62-55875号公報(甲1,以下「甲1刊行物」という。)及びDavid Linden主編「HANDBOOK OF BATTERIES AND FUEL CELLS」McGraw-Hill Book Company・1984年〔昭和59年〕(甲4,以下「甲4刊行物」という。)に記載された発明(以下,甲1刊行物に記載された発明を「甲1発明」と,甲4刊行物に記載された発明を「甲4発明」という。)及び特開昭63-114056号公報(甲36,以下「甲36刊行物」という。)の記載事項,並びに@非水電解液二次電池においては,発生ガスの蓄積により徐々に内圧が上昇し,究極的には,電池容器の破裂や安全弁の作動により電池寿命が終焉となる,A空隙を大きくすることにより,安全弁の作動ないし電池容器の破裂までにより多くのガスを収容,蓄積でき,そのガスが充放電に伴い発生し,容器内で消費されず順次蓄積される場合においても,充放電期間を長期化できるという周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきである,というものである。 (2) なお,審決が認定した,本件発明と甲1発明との一致点及び相違点は,それぞれ次のとおりである。
ア 一致点(審決謄本25頁最終段落〜26頁第1段落) 「有機焼成体よりなる負極と,LiCoO2を含んだ正極と,電解液とが容器内に収納されてなる非水電解液二次電池。」である点 イ 相違点(同26頁第2段落) 「本件発明では,『電解液量を調整することで容器内に容量1AH当たり0.4cc以上の空隙が設けられてなる』のに対し,甲1発明では,そのような空隙を設けることについて規定されていない点。」
原告主張の審決取消事由
審決は,甲1刊行物の開示内容についての認定を誤る(取消事由1)とともに,非水電解液二次電池において電池容器内の空隙を所定以上の大きさにすることの容易想到性の判断を誤り(取消事由2),その結果,相違点に係る本件発明の構成の容易想到性の判断を誤ったものであり,その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(甲1刊行物の開示内容についての認定の誤り) 審決は,「甲1発明の封口された・・・非水電解液二次電池は,負極材外周面と負極缶内面との間に第1図に示された符号の付されていない『空白部分』であって電解液が存在しない空間,すなわち,『空隙』が存在する」(審決謄本27頁第3段落)と認定しているが,誤りである。甲1刊行物は,電池容器内に「空隙」を設けることなど一切開示するものではない。
(1) そもそも,甲1刊行物は,発明の名称を「二次電池」とする発明の特許出願に係る公開特許公報であるところ,その第1図は同特許出願の願書に添付した図面であり,出願に係る発明を説明する単なる模式図にすぎないものである。それは,実際の状況を記述するものではなく,このような願書に添付した図面においては,実際には何らかの構成要素が存在するとしても,当該発明の説明に必要がなければ描出されないことが多々あるのである。したがって,その図面に何ら描出がされていないとしても,それをもって何らの構成要素も存在しないなどということはできないから,甲1刊行物の第1図における何ら符号の付していない部分(審決のいう「空白部分」)について,それが空隙を示すなどということはできない。
上記の点を措くとしても,甲1発明の非水電解液二次電池におて,電池容器内に空隙が生じることのないことは,原告会社の従業員A作成の陳述書(甲38,甲68,以下,一括して「甲68陳述書」という。)及びB作成の「ご連絡(U)」と題する書面(甲71,以下「甲71陳述書」という。)からも明らかであるほか,甲1発明の発明者の一人である上記のBは,その作成した「ご連絡」と題する書面(甲64,以下「甲64陳述書」という。)において,甲1刊行物の第1図の「空白部分」について「空隙を意図して描いたものではなく,この部分には電解液が入っているつもりで同図を作成致しました。」と明確に説明している。
(2) のみならず,以下に述べるとおり,甲1刊行物の他の部分の記載及び甲1発明の出願時における技術常識から考えて,甲1発明に係る非水電解液二次電池の電池容器内に「空隙」が存在することなどあり得ない。
ア 甲1刊行物の発明の詳細な説明には,「本発明の電池の一例を第1図に基づいて説明する。図において,(1)は正極缶(正極集電体),(2)は集電用金属製ネット,(3)は正極材,(4)は非水電解液を含有したセパレーター,(5)はガスケット,(6)は負極材,(7)は集電用金属製ネット,(8)は負極缶(負極集電体)である。次に具体的に電池の作製法を説明する。正極缶(1)の底面に集電用金属製ネット(2)を置き,その上に正極材(成型体)(3)を圧着する。次に正極材(3)上に非水電解液を含有したセパレーター(4)を載置した後,L字状のガスケット(5)を正極缶(1)の壁面に沿って挿入する。次いで負極材(6)を負極缶(8)に集電用金属製ネット(7)を介在させて密着させた後,セパレーター(4)上に載置し正極缶(1)の開口部を内方へ折曲し封口する。」(4頁左下欄5行目〜下から2行目)と記載されている。
イ 甲1刊行物の上記アの記載から明らかなように,甲1刊行物の第1図は,すべての実施例を説明する図面とされているところ(4頁左下欄5行目〜10行目),同刊行物の実施例1の説明においては,「非水電解液を注入し,ガスケットを挿入した。」と記述されている(4頁右下欄11行目〜12行目)。そうすると,同刊行物の実施例3の説明においては,実施例1のような「非水電解液を注入し,」という記述は存在しないが,文言上やはり非水電解液が注入されていると解さざるを得ない。ちなみに,セパレーターに非水電解液を含有させるだけで,電池容器内に電解液を注入しないリチウムイオン二次電池は,充放電サイクルを繰り返すことができず,電池として機能しない。このことは,原告会社作成の実験報告書5(甲55,以下「甲55実験報告書」という。),株式会社P作成の結果報告書(甲66,以下「甲66実験報告書」という。)により確認されており,甲64陳述書,教授・C作成の陳述書(甲65,甲72,以下,それぞれ「甲65陳述書」,「甲72陳述書」という。)及び甲71陳述書においても指摘されている。
ウ 甲1発明の特許出願時及び本件出願時の当業者の間では,リチウムイオン二次電池の場合,電池容器内を電解液で満たすことが技術常識とされていたものである。
(ア) 本件出願時以前においては,リチウムイオン二次電池においては,その性能を最大限にするという観点から,電池容器内にできるだけ多くの電解液が存在することが望ましいと認識されていた。
また,リチウムイオン二次電池は,電池を小型化,かつ,高容量化する目的で開発が進められた経緯から,当業者は,同二次電池においては,電池容器に最大限の電池内容物(正/負極板,セパレータ,電解液等)を詰め込むことを念頭に置いていた。そして,同二次電池は充放電の繰り返しにより電解液が分解されて減少した場合や,電解液が正負極板に沁み込んだ場合等であっても,また,電池が傾いた状態で保持されている場合や,逆さまの状態で保持されている場合であっても,常に,正/負極板全体が電解液に完全に浸されていることが要求されると認識していた。実際に,本件出願時における数少ない当業者である原告所属の研究員も,本件出願時以前は,リチウムイオン二次電池の試作に際しても,従来技術であるコイン型リチウムメタル一次電池と同様に,電解液を容器内一杯に注入することを当然の前提としていた。
(イ) 一次か二次かを問わず,リチウム電池においては,リチウムイオン(Li+)を利用して充放電を行うものであるが,リチウムは水分と反応しやすく,その反応生成物は充放電を阻害するため,電池内への水分進入をできる限り抑える必要がある。したがって,リチウム電池においては,水系の電解液(H2Oを含む電解液)を用いることができない。また,非水系の電解液を使用したとしても,電池容器内に水分が侵入すると電解液中の水分とリチウムが反応するため,電池容器内の非水電解液が水分と接触しないようにする必要がある。
特に,リチウムイオン二次電池についていえば,リチウムが電解液中の水分(H2O)と接触すると,化学反応を起こして充放電反応に寄与しない化合物に変化して容量劣化や内部インピーダンス上昇,サイクル劣化の原因となること,また,リチウムイオン電池において電解質塩として通常使用されているLiPF6が水分と反応するとフッ化水素酸(HF)が遊離するところ,このフッ化水素酸はリチウムや正極活物質と反応して容量劣化やサイクル劣化の原因となることから,電池容器内の非水電解液が水分と接触することを防止する必要性は更に高いといえる。
このため,原告の工場においては,リチウムイオン二次電池の組立工程を,通常(露点温度12℃,絶対湿度10.8g/m3)の1350分の1という,極端に乾燥させたドライルーム(露点温度マイナス60℃,絶対湿度0.008g/m3)において行っている。この点は,従来の「水系」電池においては,電池容器内に(水蒸気を含んだ)空気が存在することを防止する理由も必要性もないことと対極的であり,電池特性に関する技術常識が大きく転換されたものである。
(ウ) 上記のとおり,リチウムイオン二次電池においては,正/負極板,セパレータ等の内容物が入れられた電池容器を電解液で充満させることが,本件出願時の技術常識であったのである。
(エ) 本件出願後にされた各特許出願の明細書においても,リチウムイオン二次電池において,電解液を容器内一杯に注入することが記載されている。
a 特許第3518945号公報(平成8年出願,甲59,以下「甲59刊行物」という。) 同刊行物には,リチウムイオン二次電池を含む「非水電解液を有するコイン型電池」を対象とする「コイン型電池の洗浄方法」に関する発明が記載され,その明細書の段落【0003】には,「従来技術」として,以下の記載がある。
「非水電解液を使用する場合は,電気伝導度が低いため,電池中に電解液を十分に入れる必要がある。また,非水電解液系は水溶液系と違って,クリーピング特性がなく,電解液で封口部が濡れていても進行性を示さないため,電解液を過剰に注液させて電池組立を実施している。そのため,電池封口時に電解液が溢れ出てしまっている。これによって,電池組立後に電池外周面に付着した電解液中のリチウム塩の影響により錆が発生し,電池機能を低下させるほか,電解液に含まれているリチウム塩が結晶化し,負極端子平面部,正極端子平面部等に析出したり,不揮発溶媒による汚染等で電池外観の鮮麗さを失ってしまうことがある。そのため洗浄を行いこれらの発生を防いでいた。」 b 特開2003-168480号公報(平成13年出願,甲58,以下「甲58刊行物」という。) 同刊行物には,リチウムイオン二次電池を含む「リチウム二次電池」を作製する手順の説明として,「・・・最後に,電池Aの周囲にこぼれて付着した電解液を蒸留水で洗浄し,水分をふき取り,乾燥した。」(段落【0034】)と記載されている。
上記記載は,リチウムイオン電池とリチウムメタル電池との区別なく,甲59刊行物に「従来技術」として記載された電池容器内への電解液の注入方法が技術常識であったことを示すものである。
c 特開平1-294356号公報(甲62,以下「甲62刊行物」という。)の第1図の「電解液3」及び特開平1-286262号公報(甲63,以下「甲63刊行物」という。)の第1図の「電解液5」は,リチウム二次電池において,電池容器内を電解液で充満させることを明確に示している。 (3) 審決は,「密閉型の電池では,温度変化や電池反応に伴い,容器内の電解液や電極材料等が膨張したり,ガスが発生したりして,容器内圧が高くなり,液漏れや容器の破裂が発生する恐れがあるので,そのような膨張や発生ガスを収容し液漏れや容器の破裂を防止するなどのために,電池容器内に空隙を設けることは,本件特許の出願前において通常のことである。」(審決謄本26頁最終段落〜27頁第1段落),「このような事情は,・・・電解液が非水系である非水電解液二次電池においても当てはまると云える。」(同27頁第2段落)とし,そのことを,甲1刊行物の第1図の「空白部分」を「空隙」と認定する根拠としているが,その判断が誤りであることは,上記(1)及び(2)で述べたことから明らかである。
なお,審決は,上記判断を裏付ける資料として各種刊行物を引用しているが,いずれも適切を欠く。すなわち,@特開昭58-121563号公報(甲32,以下「甲32刊行物」という。)には,特殊な電解液を85℃〜100℃という高温条件下で使用する場合の膨張による電池の膨れを防止するために,電池内に「特定容積の空間」を設けたリチウムメタル一次電池が開示されている(1頁右欄4行目〜11行目)が,同刊行物には,ガスの発生への対応ということについては一切言及がない。A「電池及び蓄電池」共立出版株式会社・昭和28年12月1日発行(甲49,以下「甲49刊行物」という。)は,「電槽内の空所に溜った酸水素混合ガスに引火」する事態を回避するために,酸水素混合ガスを脱気する「防爆構造」が必要であることを説明する文献であり,そもそも密閉型ではなくするという技術的思想を開示するものである。B「電池ハンドブック」株式会社電気書院・昭和50年4月15日発行(甲50,以下「甲50刊行物」という。)は,一次電池であるマンガン乾電池であり,電池容器内に電解液を多量に存在させる必要がないから,空隙を設けるという技術的思想を開示するものではない。C「新訂版 新しい電池」東京電機大学出版局・昭和53年11月20日発行(甲53,以下「甲53刊行物」という。),特開昭61-294755号公報(甲51,以下「甲51刊行物」という。)及び特開昭61-294772号公報(甲52,以下「甲52刊行物」という。)は,ニッケル-カドミウム電池に関するものであるが,この系の電池においては,過充電時に正極から酸素(O2)が発生するものの,発生した酸素(O2)は即時に負極で吸収され,また,本件発明に係る非水系リチウムイオン電池と異なり,安全弁作動後も電池は寿命を失わないものであり,非水系リチウムイオン電池とは全く異なる。D特開昭58-111265号公報(甲31,以下「甲31刊行物」という。)の第5図は,何ら実用のものではなく,「充放電試験用のセル」の縦断面図にすぎず,したがって,ガスの蓄積というような課題は存在しない。E特開昭61-39464号公報(甲33,以下「甲33刊行物」という。)に記載された発明は,電池容器内に混入した水分と非水電解液が反応してガスが発生するという問題を解決するために,電池容器内に乾燥剤を入れるという,本件発明とは異なる解決方法を開示するものである。
したがって,これらの刊行物は,上記(1)及び(2)で説明した状況において,非水電解液二次電池において電池容器内に空隙を設けるという,相違点に係る本件発明の構成について,何ら示唆を与えるものではない。
2 取消事由2(非水電解液二次電池において電池容器内の空隙を所定以上の大きさにすることの容易想到性の判断の誤り) 審決は,甲4刊行物及び周知事項によれば,「甲1発明の非水電解液二次電池において,安全弁の作動乃至電池容器の破裂までの電池寿命を永くするために,電池容器内の『空隙』を所定以上の大きさとすることは,当業者が容易に想到し得ることと云うべきである。」(審決謄本31頁下から第2段落)と判断しているが,誤りである。
(1) 上記判断は,甲1刊行物に,電池容器内に「空隙」を設けることが開示されていることを前提とするものであるが,その前提が存在しないことは上記1で述べたとおりである。
(2) また,上記判断の前提として,審決は,甲1発明に係る非水電解液二次電池においては,「発生ガスの蓄積により徐々に内圧が上昇」(審決謄本31頁下から第2段落)するとした上で,「空隙を大きくすることにより,安全弁の作動乃至電池容器の破裂までにより多くのガスを収容,蓄積でき,充放電時間を長期化できることも当業者に周知のことである」(同段落)と認定しているが,誤りである。
すなわち,リチウムイオン二次電池の性能を最大限にするという観点から,電池容器内には,できるだけ多くの電解液が存在することが望ましいのである。そのような中で,水系電池のようにガスの再吸収あるいは大気中への放出という形での解決が不能な非水系リチウムイオン電池において,空隙の大きさを電気容量との関係で所定のものとして提示することは当業者が容易に行い得ることではない。
この点については,上記1で主張したとおり,本件出願時には,リチウムイオン二次電池の電気容器内に空隙を設けるという技術的思想自体存在しなかったのであるから,当然であるが,一次電池,あるいはニッケル-カドミウム電池等の他の二次電池において,空隙の大きさを電気容量との関係で所定のものとして提示している例が見られないことからも明らかである。
(3) 審決の上記判断は,本件発明の構成の内容を分析しただけで,何ら本件出願時の当業者の技術水準からの検討を経てないものであり,失当である。
被告の反論
1 取消事由1(甲1刊行物の開示内容についての認定の誤り)について 甲1刊行物の開示内容について,「甲1発明の封口された・・・非水電解液二次電池は,負極材外周面と負極缶内面との間に第1図に示された符号の付されていない『空白部分』であって電解液が存在しない空間,すなわち,『空隙』が存在する」(審決謄本27頁第3段落)とした審決の認定判断に誤りはない。
(1) 電池の安全性に関する本件出願時の技術常識について ア 審決が,甲1発明に係る非水電解液二次電池には,「第1図に示された符号の付されていない『空白部分』であって電解液が存在しない空間,すなわち『空隙』が存在する」(審決謄本27頁第3段落)と認定したのは,電池の安全性に関する本件出願時の技術常識及び公知技術(甲32刊行物,甲53刊行物,甲49刊行物,甲50刊行物,甲51刊行物,甲52刊行物,甲31刊行物及び甲33刊行物)を参酌したからにほかならない。
イ そもそも,電池は,消費者耐久製品であるがゆえに,通常使用時の充電末期(過充電時)や消費者が犯すおそれのある電気的・物理的な誤使用における放出ガス及び漏液に対する安全性の確保は,一次電池,二次電池を問わず最も重要な課題である。ましてや,有毒・可燃性物質である有機溶媒系の電解液(非水電解液)を使用する電池においては,安全性の確保はとりわけ重要である(甲4刊行物,11-20頁)。当業者は,通常使用時の充電末期(過充電時)や誤使用時の安全性を常に念頭において電池を設計し,製造しており,このことは,甲4刊行物の頒布時に実用化されていなかった非水電解液二次電池においても例外ではない。
ウ 原告も,審決の「密閉型の電池では,温度変化や電池反応に伴い,容器内の電解液や電極材料等が膨張したり,ガスが発生したりして,容器内圧が高くなり,液漏れや容器の破裂が発生する恐れがあるので,そのような膨張や発生ガスを収容し,液漏れや容器の破裂を防止するなどのために,電池容器内に空隙を設けることは,本件特許の出願前において通常のことである・・・このような事情は,密閉型の電池であれば,電池の種類,電解液の種類等によって変わらず,電解液が水系であるニッケル-カドミウム二次電池,鉛蓄電池,乾電池等だけでなく,電解液が非水系である非水電解液二次電池においても当てはまると云える」(審決謄本26頁最終段落〜同27頁第2段落)との認定そのものは決して否認していない。
すなわち,原告は,飽くまでも,リチウムイオン二次電池の電池容器内を電解液で満たすことが技術常識であったと主張するのみであり,リチウムイオン二次電池に先立ち,開発,実用化されていた各種の密閉型一次,二次電池において,電解液が水系であるか非水系であるかにかかわらず,ガス発生等による破裂を防ぐために電池容器内に空隙を設けるのが通常の技術常識であったこと自体については,原告は認めていたものである。
しかし,当業者であれば,リチウムイオン二次電池に先立ち開発,実用化されていた各種の密閉型一次,二次電池における技術常識は,リチウムイオン二次電池にも同様に該当するものと考えるはずである。したがって,リチウムイオン二次電池の実用化に際して当業者の認識を変える格別の事情がなければ,リチウムイオン二次電池の実用化に際しても,ガス発生等による破裂を防ぐために電池容器内に空隙を設けるということは,依然として当業者の技術常識であるはずである。
仮に,原告が主張するように,リチウムイオン二次電池には,それまでの各種の密閉型一次,二次電池における技術常識は適用されず,リチウムイオン二次電池の場合に限っては,容器内に「空隙」を設けずに,容器一杯に電解液を満たすことが必須であるということが当業者の技術常識であったというのであれば,そのことが甲1刊行物やその他の当時のリチウムイオン二次電池に関する特許公報又はその他の技術文献に記載されていなければならないはずである。ところが,甲1刊行物の頒布当時のリチウムイオン二次電池に関する技術文献にはこのような記載は全く存在しない。そのような記載があるのは,本件訴訟のために用意された甲64陳述書及び甲65陳述書等の陳述書類のみである。
また,リチウムイオン二次電池の製造に際して電解液を電池容器内に満たしたとする理由として,甲64陳述書や甲65陳述書等が述べる点も,ただ「セパレータに電解液を含浸させるのみでは電解液が不足して,電池として機能しない」(甲64陳述書)とか,「長時間にわたり使用されるこの種の電池において,電解液量が不足して電池が機能しなくなることが無いようにするため」(甲65陳述書)といったものであり,すべての二次電池に共通の要請を述べるにすぎず,リチウムイオン二次電池に特有の理由を述べるものではない。
したがって,リチウムイオン二次電池にも,それに先立ち開発,実用化されていた各種の密閉型一次,二次電池における技術常識が該当すると当業者が考えることを阻害する理由や原因は何ら存在せず,当業者間には,リチウムイオン二次電池についても,ガス発生等による破裂を防ぐために電池容器内に空隙を設けるという技術常識が該当するとの認識があったのである。
エ 非水電解液二次電池を含む電池分野の著名な研究者であるD教授は,その作成の意見書(乙4の1)において,電池容器内に「空隙」を設けることが電池の安全設計の基本であり,リチウムイオン二次電池についても先行するニッケル-カドミウム電池等の一次,二次電池と同じく当業者の技術常識であることを明らかにしている。
(2) 当業者における空隙の図示の手法と特許明細書における図面の意義について ア 審決が正しく認定し,原告も認めているように,リチウムイオン二次電池に先立ち実用化されていたニッケル-カドミウム電池においては,電池容器内に空隙を設けることが必須とされていた。そこで,ニッケル-カドミウム電池に関する図面において,このような空隙がどのように図示されているかを見てみる。
甲4刊行物の18.1及び2図は,円筒形及びボタン形の密閉型ニッケル-カドミウム電池の構成図である。ここには,正極,陰極,カバー及びガスケット等が図示されているとともに,「空白部分」が描かれている。ここには,電解液が存在しない空間,すなわち,「空隙」が存在することが必須なのであるが,「空隙」を図示する場合に単に「空白部分」として描くのが当業者の手法であることが明らかである。同様に,充電時に発生するガス対策として,電池容器内に空隙部を備え,空隙部に安全弁を内蔵した甲51刊行物に記載のボタン形ニッケル-カドミウム二次電池に係る発明は,構成要素としての「空隙部」を同刊行物の第1図中の符号のついていない「空白部分」で示している。甲52刊行物記載の発明においても,同様である(甲52の第1図)。
そして,これら甲4刊行物,甲51刊行物及び甲52刊行物等における「空隙」を示すことに争いのない図面中の「空白部分」と甲1刊行物の第1図に描かれた「空白部分」とを比較すれば,そこに何らの相違も見いだすことはできない。また,甲1刊行物の発明の詳細な説明にも,リチウムイオン二次電池に限っては「空白部分」に「空隙」が存在しないことを示唆するような記載は一切存在しない。
したがって,甲1刊行物の第1図に描かれた「空白部分」についても,それまでの技術常識と当業者の描写手法に従い,「空隙」が存在するものと当業者は理解することは明らかである。
イ ちなみに,図面中の「空白部分」が「空隙」以外の構成要素,例えば電解液であることを示す場合は,原告が引用する,本件出願後に頒布された刊行物である甲63刊行物の第1図の「電解液5」のように図示することができる。それにもかかわらず,電解液を使用する電池において,図面中に特定の構成要素であることを明記することなく「空白部分」を存在させる場合は,その「空白部分」は電解液が充満されているのではなく,構成要素としての「空隙」であると解することが素直な解釈である。
(3) 甲64陳述書は,客観性のある資料とはいえず,信用できないことについて ア 甲1発明の発明者の一人であるBは,甲64陳述書において,自らの特許出願に係る数多くの発明の明細書にある「電解液を含有したセパレータ(又は吸液材)を載置」という記載が通常有する意味を否定し,甲1刊行物の実施例3の電池には,何ら記載されていない注液工程が存在すると述べているが,その根拠については,何ら合理的な説明がない。
(ア) 甲1刊行物の発明の詳細な説明では,ボタン形二次電池において,第1図に基づく電池の作製法及び実施例3の電池の作製法として,「正極材上に非水電解液を含有した(ガラス繊維からなる)セパレーターを載置」(4頁左下欄11行目〜19行目及び5頁右上欄7行目〜16行目)している。一方,実施例1の電池では,「前記成型体(正極)上にポリプロピレン製セパレーターを載置した後,・・・非水電解液を注入し」(4頁右下欄3行目〜下から2行目)と記載されている。もっとも,後者においても,電解液をどの程度の量,すなわち,容器一杯にするまで注入したのか否かは明記されていない。
(イ) ところが,甲64陳述書には,「同公報中の実施例3においても,電池の内部一杯に電解液を注入しました。」と,甲1刊行物の実施例3の電池の作製法とは異なる方法によった旨が記載されている。すなわち,甲1刊行物では,電解液を注入する作業が必要な場合には,実施例1のように,「非水電解液を注入する」と明記されているのであり,このような記載のない実施例3においては,「非水電解液を注入する」ことが別途行われることはないものと理解される。そして,甲1刊行物の実施例3の記載において電解液に言及する「非水電解液を含有したガラス繊維からなるセパレーター」なる記載が,何ゆえに「電池の内部一杯に電解液を注入する」(甲64陳述書)ことになるのか,甲64陳述書には何も説明がない。
Bは,本件出願前に,甲1発明のほかにも,有機物焼成体負極材料を用いる非水電解液二次電池を数多く発明している。これらの発明に係る公開特許公報〔特開昭60-109182号公報(乙5),特開昭60-112264号公報(乙6),特開昭60-235372号公報(乙7),特開昭61-277157号公報(乙8),特開昭63-2247号公報(甲2)〕の図面に記載されたボタン形電池には,すべて電池容器内に「空白部分」が存在し,かつ,乙5の刊行物を除き,共通して「正極活物質(成型体)上に有機電解液を含有した(ガラス繊維マットよりなる)セパレーターを載置」しているのみであって(乙6の刊行物の4頁右下欄7行目〜8行目,乙7の刊行物の5頁右下欄10行目〜13行目,乙8の刊行物の5頁左下欄5行目〜8行目,甲2の刊行物の4頁右上欄2行目〜5行目),その工程後に電解液を注液する旨の記載は一切ない。このように,甲1刊行物のみならず,Bのほとんどの出願について注液の記載が一切されていないということは,甲1刊行物において注液の記載を単に失念したり,省略したということではなく,電解液を含浸させたセパレータの載置後には注液の工程は行われていなかったと解するほうが明らかに合理的である。
(ウ) 甲1刊行物の実施例3(実施例1でも同様)の電池の作製方法に従えば,空白部分に非水電解液が満つるように注入することは,以下のとおり,物理的に不可能である。したがって,甲64陳述書の,「また,同発明(注,甲1発明)を含め当社の開発実験の際には,電解液を電池の内部一杯に満たして実験を行っておりました。」との記載は,甲1刊行物の実施例3の電池の作製方法と,明らかな矛盾があり,到底信用できるものではない。
実施例3では,まず,「ステンレス製正極缶の底面にニッケル製ネットを置き,・・・正極材240mgを圧着した。」(5頁右上欄8行目〜11行目)とされる。ここで,第1図の説明(4頁左下欄5行目〜10行目)によれば,正極缶は第1図の1で示される部分(上面が開口した短円筒形状の缶)であり,ここに2で示されるネットを置き,3で示される正極材をその上から圧着するのである。そして,「非水電解液を含有した・・・セパレーターを載置し,ガスケットを挿入した」(5頁右上欄14行目〜16行目)とされる。セパレータは,第1図の4で示されるものであり,ガスケットは5で示されるものである。この段階でも,正極缶1とガスケット5とは,いずれも内側にかしめられていない。ここに,仮に,甲64陳述書に記載されているように,電解液を正極缶内一杯に注ぐと,別紙1の図1のようになるはずである。そして,そのあとで,負極材(第1図の6)をネット(第1図の7)を介して密着させた負極缶(第1図の8)をセパレータ上に載置する(5頁右上欄17行目〜同左下欄2行目)。これを,仮に,可能な限り空隙を排除する方法で載置しようとすると,負極缶を斜めに傾けた状態で正極缶内に満たされた電解液に浸していくことになろう。しかしながら,その場合でも,別紙1の図2のように,必ず空隙が生じてしまうのであり,空隙を一切排除することは構造上不可能である。
イ 甲64陳述書には,電解液を容器一杯に注入して容器を封口したと記載されているが,Bは,電解液が容器一杯に満たされていたことを確認していない。
(ア) 甲1刊行物の第1図の「空白部分」に電解液を一杯に注入して電池を組み立てたと仮定しても,電解液が容器一杯に満たされていたことにはならず,Bは,電解液が容器一杯に満たされていたことを確認していない。
(イ) 甲55刊行物には,「組立てた電池は,電解液が電極に充分に染込むよう,組立て後48時間・・・,72時間・・・放置した」(3頁)と記載され,また,特開昭59-178866号公報(甲21,以下「甲21刊行物」という。)にも,「電解液は電池外装缶内の空気との置換や電極及びセパレータとのなじみを経て発電要素の上部より下部へと浸潤する。」(2頁1行目〜3行目)こと及び「電解液(6)を注液し液面が降下するとさらに注液する・・・電解液の発電要素への浸潤を確かめながら少量ずつ注液を行なう」(4頁4行目〜7行目)ことが記載されており,電解液は電極やセパレータの発電要素に吸収されることは公知である。
したがって,甲1発明の有機物焼成体負極を使用し,電解液を注入して製造した実施例2の電池において,甲64陳述書に記載されているように,電解液を容器一杯にして電池缶を封口して組み立て,組み立て直後は容器一杯に電解液が充填されていたと仮定しても,時間の経過とともに,電解液は電極等の発電要素に吸収され,電池容器内に空隙を生じさせることになる。電池容器内に空隙を生じさせないようにするならば,「電解液が電極に充分に染込むように,組み立て後48時間,72時間放置した」後に,電解液の液面が下がった容器内に再度電解液を注入する必要があるが,甲1刊行物や甲64陳述書には,そのような記載は一切ない。
ウ 甲1発明のリチウム含有有機物焼成体負極は,繰り返し充放電により電解液を分解してガスを発生させることが周知であるところ,甲64陳述書には,電池容器内に「空隙」が存在しないことによる電池容器の膨張・破裂のおそれと良好な充放電特性との相反する事象の合理的な説明がない。
(ア) 甲1発明は,正極に遷移金属のカルコゲン化合物,負極にリチウム含有有機物焼成体,電解液にプロピレンカーボネート等の非水電解液を使用する(特許請求の範囲の請求項1)。有機物焼成体は,合成ポリマー,コークス,ピッチ等の有機物を加熱,熱処理したものであり(甲1刊行物の2頁右上欄15行目〜3頁左下欄10行目),本件発明の負極の有機焼成体と同一である。また,甲1発明では,正極の導電材としてアセチレンブラック(カーボン材料)を使用している。
(イ) 非水電解液として使用されるプロピレンカーボネートは,黒鉛やカーボンブラック等の有機物焼成体電極上での電極反応により分解してガスが発生することが周知である(甲10ないし14)。加えて,正極のカルコゲン化合物に導電材として混合されるカーボン材料も,電解液を分解してガスを発生させる(甲34,35)。したがって,甲1発明のボタン形非水電解液二次電池は,充放電サイクル中に電解液が分解してガスが繰り返し発生することが容易に予測できる。
(ウ) それにもかかわらず,甲1発明の非水電解液二次電池は,500サイクルの繰り返し充放電を行っても良好な充放電特性を得ている。このサイクル数は,本件発明の非水電解液二次電池において,ガス発生による弁の変形の有無を判断した10サイクルの実に50倍に当たる。すなわち,本件発明の非水電解液二次電池では,空隙容量が足りない場合にはわずか10サイクルの繰り返し充放電で安全弁が変形してしまっているのに対し,甲1発明では,500サイクルもの繰り返し充放電を行っても良好であることが確認されているのである。そして,500サイクルもの繰り返し充放電で良好な特性が得られたことは,この間に,ガス発生による電池の膨れ・破裂が生じていないことを意味する。
したがって,甲1発明の非水電解液二次電池には「空隙」が存在しており,電解液は容器一杯に満たされていなかったことが強く推認される。
エ 以上のとおり,甲64陳述書は,客観性のある資料とはいえず,信用できない。
(4) 本件出願時,電池容器内を電解液で満たすことが技術常識であったとの原告の主張について ア リチウムイオン二次電池に対する小型化,高容量化は,他の電池の開発と同様に,あくまでも電池の安全性の確保が前提となる。
リチウムイオン二次電池の性能を向上させるアプローチは,最適な電極材料(活物質),電解液の電池材料の開発が第一である。この場合は,二次電池の性能に影響を与えるかもしれない他の要因は一定にするのが研究開発の常である。甲1発明を始めとする引用発明は,ほぼすべてが電池材料の開発発明であり,そこでは,電池材料の優劣を明らかにするために,電解液をセパレータに含有していても十分なのである。
電池材料が一定の下では,電解液の多い方が性能が向上することは定性的には理解できるが,原告は,電解液を電池容器一杯に充填することが技術常識であることを立証していない。電解液が多いことと,電池容器内に空隙を一切設けないこととは,同義ではない。ましてや,密閉容器の安全性を軽視してまで,「常に,正/負極板全体が電解液に完全に浸っていることが要求されていた」ことを示す刊行物は存在しない。
むしろ,リチウムメタル二次電池の発明に関する特開昭60-65479号公報(乙19,以下「乙19刊行物」という。)には,電解液量が多い方が電池性能(正極利用率)を向上させるが,正極活物質量との関係で容器内に所定量以上の電解液が存在すれば,正極利用率は確保できることが示されている(1頁右下欄6行目〜2頁左下欄5行目及び第1表)。すなわち,所定の大きさのボタン形二次電池に電解液を100〜20μ?の範囲で注入したとき,正極活物質量の少ない電池では,40μ?の電解液注入(電池H)でも性能が良いことが示されている。ここで,乙19刊行物には,電解液を100μ?注入した電池も,電池容器内一杯に電解液を注入したとの記載はなく,電解液を80〜20μ?の範囲で注入した電池には,当然に「空隙」が存在している。
したがって,原告が客観的な証拠を示すことなく,本件出願時,非水電解液二次電池においては,「常に,正/負極板全体が電解液に完全に浸っていることが要求されていた」ということは,乙19刊行物の記載に照らしても誤りである。
イ 原告は,電池容器内の非水電解液がリチウムと反応する水分と接触しないようにする必要性からも,電池容器内を非水電解液で満たすことが技術常識とされていた旨主張する。
しかしながら,特開昭60-109177号公報(甲69,以下「甲69刊行物」という。)には,従来技術として,「これらの発電要素を用いて電池を組む時には水分を含まない乾燥空気中か又は不活性ガス雰囲気中で行なう」(1頁右下欄下から4行目〜下から2行目)と記載されており,乾燥空気中又は不活性ガス雰囲気中で電池の組立作業を行うことが本件出願前には既に当然の技術常識となっていたことを示している。このように,電池容器内の非水電解液がリチウムと反応する水分と接触しないようにするためには,甲69刊行物に記載の上記方法で対処されていたものである。甲69刊行物は,電池容器内を電解液で一杯に満たすことや,電池組立の際に電解液を溢れ出させて空気を押し出すことまでを対策として講じる必要があることを言及するものではない。乾燥空気中又は不活性ガス雰囲気中で電池の組立作業を行えば,電池容器内に空隙が残存したところで,そこに水分が入り込む余地はないから,原告の主張するような問題は何ら発生しない。
ウ 甲58刊行物,甲59刊行物,甲62刊行物及び甲63刊行物について (ア) 原告は,「電解液を容器一杯に注入することは,本件特許出願後ではあるが,下記の各特許出願の明細書に記載されている。」として,上記各刊行物を挙げている。
しかし,これらの刊行物は,原告が認めるように,本件出願後に頒布されたものであるから,これらの刊行物を,本件発明の新規性,進歩性を判断するに際して,先行の技術的思想ないし本件出願時の技術水準を立証する証拠方法とすることはできない。
(イ) のみならず,上記各刊行物は,「電解液を容器一杯に注入する」という技術的思想を開示するものではない。
a 甲58刊行物においては,電解液を過剰に注液させて電池封口時に電解液を溢れ出させると記載され,甲59刊行物においては,電解液が電池の周囲にこぼれて付着していると記載されている。しかし,このことが直ちに,電池容器内に電解液が充満していることを示すものということはできない。電池封口時に電解液が容器一杯に満たされているとしても,電池組立後の時間経過とともに,電解液は電極材料やセパレータに吸収され,吸収された電解液量の分だけ「空隙」が生じることは,上記(3)イ(イ)で述べたとおりである。
また,甲58刊行物に記載の電池の構造と組立て加工の手順に従えば,電池容器内に空隙ができることを排除することは不可能である。すなわち,甲58刊行物においては,組立時点では,図1の天地が逆転しており,「正極缶10に,アルミニウムスペーサ7,正極層2を上向きにして正極電極を配し,セパレータ5,負極層を下向きにして負極電極を配し,最後に銅スペーサ6の順に配置した後,電解液・・・を注液した。」(段落【0034】)とされる。したがって,電解液をいかに多量に注液しようとも,正極電池缶10の壁面以上に電解液を注入することは不可能である。そこで,図1をよく見ると,正極電池缶10の壁面は,セパレータの辺りまでしか到達していない。そうすると,その後に「負極缶9を被せた後,負極缶9と正極缶10とをガスケット8を介して機械的にカシメ」(上記段落)たとすれば,別紙2の図(甲58刊行物の図1の天地を逆転させた図)のように,正極電池缶10の壁面より上部の空隙部分には電解液が満たされるはずがなく,当該部分は必ず空隙として残るはずである。
b 甲62刊行物及び甲63刊行物には,電池容器内が電解液で充満している図面が示されているが,これらの図面で重要なことは,電解液が充満している場合にはその旨が明示され,空白部分で示されているのではないということである。
一方,電池容器内に「空白部分」を有し,明細書の記載から,この「空白部分」は「空隙」であると認められる多数の先行技術(甲1等)が存在することは,上記(3)ア(イ)に述べたとおりである。
(5) 刊行物1の図面の開示内容と相違点に係る本件発明の構成の容易想到性 二次電池の電池容器内に空隙が存在することは本件出願時の当業者の技術常識であったから,仮に,甲1刊行物の第1図の空白部分が空隙を示すものといえないとしても,相違点に係る本件発明の構成を当業者が容易に想到し得るものであるとした審決の結論に影響を及ぼすものではない。
ア 密閉型電池において空隙を設けることが技術常識であって,それをリチウムイオン二次電池に適用することに何ら困難は存在しないことは,上記1(1)に述べたとおりである。
イ また,甲1刊行物の第1図に示されているのは,ボタン形のリチウムイオン二次電池であるものの,甲1発明は,リチウムイオン二次電池の電池容器の形状を何ら限定するものではない。一次電池であるか二次電池であるかを問わず,電池容器の形状として,ボタン形と円筒形のものとが含まれることは,当業者のみならず世間一般の常識であるから,リチウムイオン二次電池の形状として,ボタン形のものと円筒形のものとが可能であることも,本件出願時の当業者の技術常識であったというべきである。
そして,円筒形の電池においては,以下のとおり,ボタン形の電池にも増して,電池容器内に空隙が存在することは様々な文献から明らかな技術常識である。
(ア) 甲51刊行物には,「特に,二次電池化する時に考慮しなければならないことは,充電時に発生するガス対策である。筒形電池は電池系内に余裕空間を十分とっており・・・前述の問題はない。」(1頁右下欄12行目〜15行目)と記載され,また,甲52刊行物には,「円筒型電池では,電池内の余裕空間が比較的大きく,ガスの収容能力が大きい。」(1頁右下欄14行目〜15行目)と記載されている。甲51刊行物及び甲52刊行物において,実施例として挙げられているのは密閉型ニッケル-カドミウム電池であるが,特許請求の範囲においては対象をニッケル-カドミウム電池に限定しておらず,上記各刊行物記載の発明は,すべての密閉電池に適用可能なものとして開示されたものであることは明らかである。
(イ) 円筒形の非水電解液二次電池の一般的な形状は,実開昭63-75945号公報(甲8),特開昭63-119171号公報(甲9),特開昭61-296652号公報(乙22)や特開昭60-253157号公報(乙23)の各第1図に示されている。
上記各文献を一見すれば,「円筒型電池では,電池内の余裕空間が比較的大きく,ガスの収容能力が大きい。」ことは明らかである。そして,上記各文献には,当然のことながら,電池容器内を電解液で一杯に満たすという記載はない。むしろ,大容量である円筒形電池の安全性に対する基本的な技術常識及び二次電池の性能評価の指標として重量エネルギー密度が重視されることからすれば,電解液は電池性能に貢献するのに必要十分な限りに限定し,電池性能に貢献しない余剰な電解液を電池容器内に充満させることは避けたはずである。また,甲21刊行物は,電解液を渦巻型のセパレータに均一に含浸させるための発明であるが,電池容器内のすべてを電解液で満たすのであれば,このような工夫は不要なのであり,セパレータへの均一な電解液の含浸が必要となるのは,余剰な電解液が電池容器内に充満しているわけではないからである。
(ウ) 甲64陳述書及び甲65陳述書の各作成者も,円筒形のリチウムイオン二次電池については,電池容器に電解液を充満させていたとは述べていない。
ウ したがって,甲1発明の空白部分に空隙が存在すると断定することが仮に容易ではないとしても,甲1発明と技術常識との組合せにより本件発明の進歩性が認められないことは明らかである。
2 取消事由2(非水電解液二次電池において電池容器内の空隙を所定以上の大きさとすることの容易想到性の判断の誤り)について 「甲1発明の非水電解液二次電池において,安全弁の作動乃至電池容器の破裂までの電池寿命を永くするために,電池容器内の『空隙』を所定以上の大きさとすることは,当業者が容易に想到し得ること」(審決謄本31頁下から第2段落)とした審決の判断に,誤りはない。
(1) 上記1で述べたとおり,甲1刊行物の第1図の電池断面図における符号のついていない「空白部分」は「空隙」を示していると認められるから,原告の取消事由2(1)の主張は,失当である。
(2) 原告は,水系電池のようにガスの再吸収あるいは大気中への放出という形での解決が不能な非水系リチウムイオン電池において,空隙の大きさを電気容量との関係で所定のものとして提示することは当業者が容易に行い得ることではないと主張する。
しかし,「水系電池のようにガスの再吸収あるいは大気中への放出という形での解決」は,電池容器内に「空隙」を設けることにより,リチウムイオン二次電池においても可能である。
水系のニッケル-カドミウム二次電池では,通常は,容器内の内圧が約15kg/cm2に達するとガスを電池外に放出する安全弁を使用する〔「電池ハンドブック」株式会社電気書院・昭和50年4月15日発行(乙21)〕。一方,充電末期に発生する酸素ガスにより,容器内の内圧は「空隙」の大きさにも依存するが,内部ガス圧は7kg/cm2程度にまで達し(乙2),同様のアルカリ二次電池であるニッケル・水素電池ではガス内圧が10kg/cm2を超える圧力にまで達している(乙3)。すなわち,水系二次電池に設けられている「空隙」は,正極で発生したガスを負極で吸収させる「通路」としての機能に加え,審決で認定されているように,「正極で発生し,負極で消費されるまでの一時的な期間ではあるが,安全弁が作動する前段階において,充電に伴い発生するガス(酸素)を『空隙』に収容,蓄積すること,すなわち,二次電池における『空隙』が,安全弁の作動前において,充放電に伴い発生するガスを収容,蓄積する機能を持つ」(審決謄本30頁第1段落)ものである。しかも,水系二次電池で1回の充電により発生するガスの内圧上昇は,安全弁の耐圧基準の50%〜70%にも達するほど大きい。
そうすると,蓄積されるガス圧が一時的か累積的かの相違はあるものの,安全弁の作動する前段階において,水系二次電池における1回の充電で発生したガスによるガス圧を収容する「空隙」の機能と,本件発明の非水電解液二次電池における繰り返し充放電で累積的に発生したガスによる累積的なガス圧を収容する「空隙」の機能との間に,何ら差異はない。
(3) 原告は,空隙の大きさを電気容量との関係で所定のものとして提示することは当業者が容易に行い得ることではないと主張する。
しかし,充放電に伴って発生するガスの量は電極材料や電解液の種類によって異なるところ,本件発明において空隙の大きさの下限値を示す「0.4cc」は,実施例で使用した条件の下で得られた実験結果に基づく数値である。
そうすると,「本件発明における『0.4cc』は,特定の条件で実験をした結果から,0.4cc以上としておけば,他の条件でもある程度安定的な結果が得られるであろうという推定に基づいて出された数値と認められる。したがって,その数値自体には臨界的な意義はないから,『空隙』の大きさを『容量1AH当たり0.4cc以上』とすることは,電池容器内の『空隙』を所定以上の大きさとする際に,当業者ならば実験により簡単に導き出すことができる程度のものと云える。」(審決謄本31頁最終段落〜32頁第1段落)とした審決の認定判断に誤りはない。
また,そもそも,原告は,上記「0.4cc」の数値の臨界的意義については,本件審判の段階でも本件訴訟でも,具体的な主張を一切行っていないのであるから,空隙の大きさを電気容量との関係で所定のものとして提示することは当業者が容易に行い得ることではないとの原告の上記主張は,何らの具体的な主張や証拠に基づくものでもなく,それ自体失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(甲1刊行物の開示内容についての認定の誤り)について 原告は,審決は,「甲1発明の封口された・・・非水電解液二次電池は,負極材外周面と負極缶内面との間に第1図に示された符号の付されていない『空白部分』であって電解液が存在しない空間,すなわち,『空隙』が存在する」(審決謄本27頁第3段落)と認定しているが,誤りであり,甲1刊行物は,電池容器内に「空隙」を設けることなど一切開示するものではないと主張するので,以下検討する。
(1) 甲1発明と甲1刊行物の第1図について ア 甲1刊行物には,以下の記載がある。
(ア) 「1.遷移金属のカルコゲン化合物からなる正極材と;リチウム金属を含む物質からなる負極材と;(a)プロピレンカーボネート・・・,(b)tert-ブチルメチルエーテル・・・ならびに(c)リチウム塩からなる非水電解液とから構成されることを特徴とする二次電池。
2.負極材がリチウム含有有機物焼成体である特許請求の範囲第1項記載の電池。」(特許請求の範囲第1,2項) (イ) 「従来,リチウム金属を含む物質を負極材として用いる二次電池としてLiClO4/プロピレンカーボネートにニトロメタン,SO 2等の添加剤を加えたもの・・・等を非水電解液として用いたものがある。・・・しかしながらこれらは充放電サイクルが短いというリチウム二次電池の問題点を充分解決していない。・・・本発明者らは充放電サイクルを向上させた二次電池を得ることを目的として・・・本発明(注,甲1発明)に至った。」(1頁左下欄下から2行目〜右下欄15行目) (ウ) 「遷移金属のカルコゲン化合物の具体例としてはTiO2,・・・LiCoO 2・・・などの酸化物;・・・があげられる。」(4頁右上欄14行目〜18行目) (エ) 「本発明における負極材においてリチウム金属を含む物質としては・・・リチウム含有有機物焼成体があげられる。」(2頁右上欄8行目〜12行目) (オ) 「リチウム含有有機物焼成体において有機物としては合成ポリマー,天然高分子化合物,石炭,コークスおよびピッチがあげられる。・・・ 有機物焼成体を製造する方法としては,通常,有機物を不活性ガスたとえば窒素ガス雰囲気下で加熱,熱処理する方法があげられる。加熱温度は通常300℃以上,好ましくは500〜1500℃,加熱時間は・・・この焼成体は多孔質(好ましくは密度1.8g/cm3以下)で高い電導性・・・を示す。」(2頁右上欄15行目〜3頁左下欄末行) (カ) 「本発明の電池の一例を第1図に基づいて説明する。図において(1)は正極缶(正極集電体),(2)は集電用金属製ネット,(3)は正極材,(4)は非水電解液を含有したセパレーター,(5)はガスケット,(6)は負極材,(7)は集電用金属製ネット,(8)は負極缶(負極集電体)である。」(4頁左下欄5行目〜10行目) (キ) 「次に具体的に電池の作製法を説明する。正極缶(1)の底面に集電用金属製ネット(2)を置き,その上に正極材(成型体)(3)を圧着する。次に正極材(3)上に非水電解液を含有したセパレーター(4)を載置した後,L字状のガスケット(5)を正極缶(1)の壁面に沿って挿入する。次いで負極材(6)を負極缶(8)に集電用金属製ネット(7)を介在させて密着させた後,セパレーター(4)上に載置し正極缶(1)の開口部を内方へ折曲し封口する。」(4頁左下欄11行目〜19行目) (ク) 「実施例1 二酸化マンガン,アセチレンブラックおよびポリエチレン粉末を混合して加圧成型して作製した正極材180mgをステンレス製正極缶の底面に置いたニッケル製ネット上に圧着した。次に前記成型体上にポリプロピレン製セパレーターを載置した後,プロピレンカーボネート75容積%とtert-ブチルメチルエーテル25容積%の混合溶媒に1モル/?の濃度で過塩素酸リチウムを溶解させた非水電解液を注入し,ガスケットを挿入した。その後リチウム箔8mgを密着させたステンレス製負極缶をセパレーター上に載置し,正極缶の開口端部分を内方へ折曲し封口部分をガラスハーメチックシールして電池を作製した。」(4頁右下欄3行目〜16行目) (ケ) 「実施例2 ポリ(1-クロロ-2-フエニルアセチレン)の粉末43gを電気炉に設けられた石英管中に入れ,窒素ガスを石英管中に通じながら室温から500℃まで2時間で昇温し,・・・次に500℃から800℃まで90分間で昇温し800℃で3時間焼成した。その後・・・冷却を行ない・・・ポリ(1-クロロ-2-フエニルアセチレン)焼成体・・・を得た。この焼成体2gとポリエチレン粉末0.2gとを混合してよく混練した後金型に入れて,400kg/cm2Gの圧力下で厚み1mmの成型体を得,直径16mmの円板上(注,「円板状」の誤記と認める。)に切り出した。・・・この成型体を・・・正極とし,リチウム箔を負極とし実施例1と同じ非水電解液が入ったガラス製容器内に両極を入れ密封した。次に・・・通電し,その結果・・・リチウムが(注,「リチウムを」の誤記と認める。)含有したポリ(1-クロロ-2-フエニルアセチレン)焼成体の成型体を得た。実施例1においてリチウム箔の代わりに上記リチウムを含有した成型体を用い,それ以外は同様に操作して電池を作製した。・・・充放電サイクル試験を実施したところ500サイクルまでは可逆性良好な充放電特性が得られた。」(4頁右下欄末行〜5頁右上欄6行目) (コ) 「実施例3 ステンレス製正極缶の底面にニッケル製ネットを置き,その上に五酸化バナジウムにアセチレンブラックおよびテフロンを添加し,混練,成型した正極材240mgを圧着した。次に正極材上にプロピレンカーボネート85容積%とtert-ブチルメチルエーテル15容積%の混合溶媒に1モル/?の濃度で過塩素酸リチウムを溶解させた非水電解液を含有したガラス繊維マツトよりなるセパレーターを載置し,ガスケットを挿入した。次いで,実施例2と同様に作製したポリ(1-クロロ-2-フエニルアセチレン)焼成体100mgに金属リチウム箔8mgをはり合わせ,ステンレス製負極缶にニッケル製ネットを介在させて密着させた後,セパレーター上に載置し,正極缶の開口部を内方へ折曲し封口した。・・・充放電サイクル試験を実施したところ500サイクルまでは可逆性良好な充放電特性が得られた。」(5頁右上欄7行目〜左下欄5行目) (サ) 第1図には,全周に鍔のある帽子状で,内部に負極材(6)が設けられた負極缶(8)の鍔部を正極缶内の断面L字状のガスケット(5)の水平部分上に載置し,正極缶(1)の開口部の折曲に伴い,断面L字状のガスケット(5)の垂直部分を負極缶(8)の鍔部上面に圧接させて封口したボタン形電池の断面図が図示されている。
イ 甲1刊行物の上記アの記載によれば,同刊行物には,「有機焼成体よりなる負極と,LiCoO2を含んだ正極と,電解液とが容器内に収納されてなる非水電解二次電池」という発明が記載されていることが認められる(このことは原告の自認するところである。)。そして,甲1刊行物の第1図のボタン型電池断面図を見ると,非水電解液を含有したセパレータ4の上下に,負極材6と正極材3が各々斜線で図示されている。そして,下側の正極材3は,ガスケット5で区画される空間幅一杯に描画されているのに対し,負極材6は,負極缶8で区画される空間のやや内側に引かれた垂直線の内側に限って描画されていることが見て取れ,負極缶8の垂直壁の内側に方形の「空白部分」が存在することが認められる。
(2) 電池容器内に空隙を設けることと本件出願時の当業者の技術常識について ア 非水電解液二次電池以外の密閉電池に関する各刊行物には,以下の記載がある。
(ア) 甲49刊行物 ペースト式鉛蓄電池で据置用電池の目的に使用されるものに関し,「密閉型据置蓄電池は,電槽内の空所に溜った酸水素混合ガスに引火すると,爆発して電槽を破壊する懼れがあるので,電槽に防爆構造を施さねばならない。」(77頁下から10行目〜下から8行目)と記載されている。
(イ) 甲50刊行物 マンガン乾電池の素電池である円筒形素電池に関し,「UM-1形の,金属封口式の内部構造を第2・47図に示す。この図に示すように中央に正極としての炭素棒があり,・・・この炭素正極の周囲に,二酸化マンガンと電導性の炭素粉末・・・および塩化アンモニウム粉末とこれらを電解液・・・で練り固めて成形した正極の減極剤,いわゆる合剤(mix)が密着されており,この正極部分と容器を兼ねた負極亜鉛缶との間に塩化アンモニウムと塩化亜鉛を主成分とする電解液を通常コーンスターチと小麦粉とでゼリー化されたペーストが存在する。合剤の上部は放電によるガスの発生でペーストや合剤が膨張した場合の余地として空気室があり,その上部は素電池内部の水分の逸散を防ぐためにピッチのような封口剤を流し込む。」(2-66頁2行目〜17行目)と記載されている。
(ウ) 甲53刊行物 密閉型ニッケル-カドミウム蓄電池に関し,従来蓄電池においては充電末期に正極より酸素,負極より水素が発生するため完全に密閉することができないという欠点があったこと,そのため密閉化に当たってはガスを発生させないようにするか,又は,発生したガスを消費させる必要があるとの認識に基づき,そのための方法が考えられ,試みられてきたこと,1938年,A.E.Langeらは,過充電中,正極で発生した酸素をカドミウム負極において消費させることができることを発明し,その後1948年,G.Neumanらは一つの具体策として,正極活物質量に対する負極活物質量の比を従来の開放形のそれより大きくし,かつ電極が露出する程度に電解液を少なくし,また,ガス透過性のセパレータを用いることを提案したこと,現在密閉化において問題となるガス消費方法には種々の考え方があり,大別すると,@負極における酸素消費反応を主体とするものと,A補助電極におけるガス消費反応を主体とするものに分けられることなどが記載されている(246頁13行目〜末行)。
(エ) 甲32刊行物 a 「塩化チオニル,塩化スルフリル,塩化ホスホリルなどのオキシハロゲン化物を電解液の溶媒および正極活物質とし,アルカリ金属を負極活物質とする無機電解質電池において,電池内に電解液の10〜30容量%に相当する空間を設けたことを特徴とする無機電解質電池。」(特許請求の範囲) b 「従来構造の電池はそのような高温下(注,85〜100℃という高温下)で使用すると電池容器にふくれが生じ,場合によっては電池容器と金属蓋との溶接部分が剥れて破裂するということすら生じる。本発明者らはそのような電池のふくれの原因の究明とそれに対する防止対策を見出すべく種々研究を重ねた結果,そのような高温下での電池のふくれは電解液の膨脹によって引き起こされること,そして電池内に電解液の10〜30容量%に相当する空間を設けるときは,高温下での使用においてもふくれが生じず,かつ電池性能の低下がない無機電解質電池が得られることを見出し,本発明を完成するにいたった。」(1頁右欄12行目〜2頁左上欄4行目) c 「第2図に示すように,従来電池と同程度の体積比率〔(空間/電解液)×100〕を持つ電池A,Bではふくれが見られるが,電解液に対する空間の体積比率を10%に増加させた電池Cではふくれがほとんど認められず,さらに体積比率を増加させた電池D,E,Fではふくれがまったく認められなかった。」(3頁左上欄8行目〜14行目) d 第2図には,電解液に対する空間の体積比率が電池Aの5%から電池Cの10%へ増加するにつれて,電池のふくれが直線的に減少すること,空間の体積比率が10%を超える電池D〜Fは,電池のふくれがほとんど0であること,が示されている。(2頁第1表,3頁第2図) (オ) 甲51刊行物 ボタン型(密閉型)ニッケル-カドミウム電池に関し,「第1図は本発明の実施例におけるボタン型のニッケル-カドミウム電池・・・の断面図である。図中1は正極ケース,2は負極封口板,3,4は正負極の活物質であり,正極には水酸化ニッケル,負極にカドミウムと水酸化カドミウムとの混合体が用いられそれぞれ1と2に密着されている。・・・5はセパレータで正,負極間に介在し,その中心に通気孔としての孔eを備えている。・・・又,正,負極のドーナツ部の空隙の大きさは,セパレータの孔よりも大きくしなければならない。・・・7は安全弁であり,正負極側いずれかに空隙部内に位置し,1,2のいずれかに固定して内圧が一定になるように維持する。この時,作動圧力は5〜15s/cm2になる様に設計されている。5s/cm2以下ではボタン電池の様に小さな電池では,電池内の余裕空間が小さく,少しのガス量ですぐ内圧が上昇するため,ガス消失反応が進行する前に安全弁が作動する。」(2頁左下欄下から6行目〜3頁左上欄4行目)と記載されている。
(カ) 甲52刊行物 ボタン型(密閉型)ニッケル-カドミウム電池に関し,「第1図は,本発明の実施例におけるボタン型のニッケル-カドミウム電池の断面図であって,図中1は正極ケース,2は負極封口板,3,4は正負極の活物質で,正極は水酸化ニッケル,負極はカドミウムと水酸化カドミウムとの混合体からなり・・・5は正,負極を隔離するセパレータであって,正,負極間に介在し,かつその中心に通気のための孔があけられている。・・・セパレータの孔に対応した正,負極の空隙部の大きさはセパレータの孔よりも大きくする必要がある。・・・eは正極物質の空隙部内に位置した気相反応触媒であって・・・過充電を行なった時の内圧挙動を第2図に示す。従来の電池[A]では直線的に内圧が上昇する。これは,電池系内の余裕空間が小さいため,少量のガスでもって内圧が上昇するからであり,スムーズなガス吸収が行なわれていないためである。・・・本発明の構成[C]では,具備した気相反応触媒eによって負極から発生した水素ガスが正極から発生した酸素と反応して水に還元されるため内部圧力の上昇は大幅に抑制される。」(2頁左下欄9行目〜3頁左上欄14行目)と記載されている。
イ 非水電解液二次電池に関する各刊行物には,以下の記載がある。
(ア) 甲31刊行物 a 「リチウム塩を溶解した有機溶媒を電解液とし,負極材料として,リチウム-水銀合金を用いることを特徴とする有機電解液二次電池。」(特許請求の範囲) b 「正極材料は,リチウムとの反応に対してすぐれた可逆性をもつといわれているバナジン酸銅(Cu2V 2O 7)を活物質として用いた。」(2頁右下欄14行目〜16行目) c 「本発明の負極材料について急速充放電に対する依存性を検討するために第5図に示すようなセルを構成した。セル構成は,負極材料(リチウムアマルガムまたはリチウム金属単体)16,2枚で・・・セパレータ17をはさみ,負極材料の外側にニッケル線リード18を溶接したニッケルネット19をそれぞれ圧着し,さらにその外側から,フッ素樹脂製の板20で固定したもので,これをガラスセル21中の・・・プロピレンカーボネート電解液22に浸漬し,シリコーンゴム栓23で密封したものである。・・・10mA定電流充放電では,リチウム金属単体の場合,試験直後から充電されている側でガス発生がみられたが,リチウムアマルガムの場合,数サイクル充放電を繰り返した後にはじめて充電側のガス発生がみられた。」(4頁左上欄14行目〜左下欄2行目) d 第5図には,2枚の負極材料16でセパレータ17をはさみ,ガラスセル21中のプロピレンカーボネート電解液22に浸漬し,シリコーンゴム栓23で密封して構成した負極材料についての充放電試験用のセルの縦断面図が示されている。(6頁第5図) (イ) 甲33刊行物 a 「軽金属からなる負極と,導電性高分子からなる正極と,有機電解質を溶媒に溶かした(注,「有機電解質を溶媒に溶かした」は,「電解質を有機溶媒に溶かした」の誤記と認める。)有機電解液とを備えた二次電池であって,この二次電池内に,前記有機電解液と接触する状態で乾燥剤が挿入されていることを特徴とする有機電解液二次電池。」(特許請求の範囲第1項) b 「電池に水分が混入すると,電池作動時にガスを発生したり,電極の劣化を促進する等不具合の原因となる。・・・本発明は・・・電池製作時に空気中の水分が電池内に混入したとしても,その水分が電池に悪影響を及ぼさない状態とすることにある。」(1頁右下欄8行目〜2頁左上欄1行目) c 第1図には,第1実施例の有機電解液二次電池の断面図が,第2図には,第2実施例の有機電解液二次電池の断面図が示されており,これらの図示によれば,電池容器内には空隙を残して溶解液が充填されていることは明らかである。
ウ 本件出願前に頒布された,以上の刊行物の記載に基づいて,非水電解液二次電池の電気容器内に空隙を設けることが,本件出願時の当業者の技術常識であったかどうかについて検討する。
(ア) 上記アの各刊行物の記載によれば,密閉型電池,例えば,ペースト式鉛蓄電池(甲49刊行物),マンガン乾電池(甲50刊行物),塩化チオニルなどのオキシハロゲン化物を電解液の溶媒及び正極活物質とし,アルカリ金属を負極活物質とする無機電解質電池(甲32刊行物),密閉型ニッケル-カドミウム蓄電池(甲51刊行物,甲52刊行物,甲53刊行物)においては,温度変化や電池容器内の化学反応により,容器内の電解液や電極材が膨張し,あるいは,ガスが発生して,容器内の内圧が上昇し,液漏れや容器の破裂が発生するおそれがあること,そのような膨張やガス発生による液漏れや容器の破裂を防ぐために,電池容器内に空隙を設けることは,本件出願時の当業者の技術常識であったと認められる。
(イ) 一方,甲31刊行物には,2枚の負極材料16でセパレータ17をはさみ,ガラスセル21中のプロピレンカーボネート電解液22,すなわち,非水電解液に浸漬し,シリコーンゴム栓23で密封して構成した負極材料について,充放電試験を行うためのセルが開示され,充電側でガスが発生することが記載されており,そのセルの縦断面図である第5図の図示によれば,ガラスセル21内にはプロピレンカーボネート電解液22が「空隙」を残して充填されていることが示されている。また,甲33刊行物には,軽金属からなる負極と,導電性高分子からなる正極と,電解質を有機溶媒に溶かした有機電解液,すなわち,非水電解液とを備えた二次電池が開示され,その実施例を示す第1図,第2図の図示によれば,電池容器内には空隙を残して非水電解液が充填されていることが認められる。
(ウ) 消費者耐久製品である電池の安全性の確保は,当業者にとって重要な課題であり,当業者は,通常使用時の充電末期(過充電時)や誤使用時の安全性を常に念頭において電池を設計し,製造していることは公知の事実であり,有毒・可燃性物質である有機溶媒系の電解液を使用する非水二次電池においては,安全性の確保の要請がとりわけ重要な課題である(甲4刊行物,11-20頁)ところ,非水電解液二次電池に関して充放電に伴うガスが発生しないなどの特段の事情は認められないし,甲31刊行物及び甲33刊行物の上記記載に照らしても,非水電解液二次電池の分野にも上記(ア)で説示した技術常識が当てはまるものであったと認めるのが相当である。
(3) そこで,甲1刊行物の第1図の空白部分についてみると,同図は,特許出願に係る発明を説明する単なる模式図にすぎないから,このような図面において何ら描出がされていないとしても,それをもって,直ちに,何らの構成要素も存在しないと断定することはできないが,空隙が存在することが必須とされるボタン型(密閉型)ニッケル-カドミウム電池に関する発明の公開特許公報である甲51刊行物や甲52刊行物において,空隙部は願書に添付した図面において「空白部分」で示されており,本件出願時において,特許出願の願書に添付した図面において空隙を図示する場合に,これを「空白部分」として描くことは一般的な手法であったと認められる。
そして,甲1刊行物の上記(1)アの(ク)ないし(コ)の記載によれば,甲1発明の実施例1及び2においては,正極材(成型体)の上にセパレータを載置した後に非水電解液を注入するとされているものの,電池容器内部に一杯になるように注入することについては言及がなく,また,実施例3においては,正極材(成型体)の上に非水電解液を含有したガラス繊維マットよりなるセパレータを載置するものとされ,非水電解液を注入する過程については一切言及がないことが認められる。
そして,電解液を電池容器内に一杯に満たさなければ,電池容器内に空隙が残ることは明らかである。また,甲1刊行物の上記記載によれば,実施例1及び2において,電池の組立ては,正極材の上にセパレータを載置した後,非水電解液を正極缶内に注入し,その後に負極材をセパレータ上に載置するという手順で行われることになるが,その場合,非水電解液を正極缶内に一杯になるように注入し,負極材を空隙をできる限り排除する方法で載置しようとしても,鍔付き帽子状の負極缶の構造から,帽子状内部の上辺に残留した空気の逃げ道がなく,別紙1の図2のように,その分だけ空隙が生じることは避けられない。仮に,甲1刊行物記載の実施例3において電解液を一杯に注入するものとしても,そのことに変わりはない。
さらに,甲21刊行物には,「電解液は電池外装缶内の空気との置換や電極及びセパレータとのなじみを経て発電要素の上部より下部へと浸潤する。」(2頁1行目〜3行目)及び「電解液(6)を注液し液面が降下するとさらに注液する・・・電解液の発電要素への浸潤を確かめながら少量ずつ注液を行なう」(4頁4行目〜7行目)と記載されており,これらの記載によれば,電池容器内に注入される電解液は,その一部が電極やセパレータの発電要素に吸収されるものと認められる。電池容器内に空隙を生じさせないようにするならば,少なくとも,電解液が電極に十分に染込むように,組立て後相当時間放置した後に,電解液の液面が下がった容器内に再度電解液を注入する必要があるが,甲1刊行物にはその点に関して言及した記載はない。
上記説示した点に加え,上記(2)ウ(ア)及び(ウ)の技術常識を併せ考えれば,甲1刊行物の第1図に図示された,上記(1)イの負極缶8の垂直壁の内側の「空白部分」は,少なくともその一部に,密閉型の非水電解液二次電池の電池容器内に電解液が充填されない空隙が存在することを開示するものと認めるのが相当である。
原告は,甲1発明の非水電解液二次電池においては,電池容器内に空隙が生じることはない旨主張し,これを裏付ける証拠として,甲68陳述書及び甲71陳述書を提出するが,これら各陳述書に引用された非水電解液二次電池の容器の形態は,甲1刊行物の第1図が図示する電池容器の形態と異なるものであることが,一見して明らかであり,したがって,これらの陳述書は,原告の上記主張を裏付けるものとはいうことができない。
なお,審決は,上記「空白部分」の全体を空隙を示すものと判断しているように解される。しかしながら,そのように断定する根拠はなく,この点に関する審決の判断は,上記説示に抵触する限度で誤りといわざるを得ないが,その誤りが,相違点に係る本件発明の構成の容易想到性の判断に影響を及ぼすものでないことは,後記に説示するところから明らかというべきである。
(4) 原告は,甲1発明の発明者の一人であるBは,甲64陳述書において,甲1刊行物の第1図の「空白部分」について,「空隙を意図して描いたものではなく,この部分には電解液が入っているつもりで同図を作成致しました。」と明確に説明している旨主張する。
甲64陳述書の上記内容は,実施例1ないし3のいずれにおいても,電池容器内に一杯になるように電解液を注入したことを前提とするものであるが,甲1発明の実施例1及び2においては,正極材(成型体)の上にセパレータを載置した後に非水電解液を注入するとされているものの,電池容器内部に一杯になるように注入するとの言及はなく,また,実施例3においては,正極材(成型体)の上に非水電解液を含有したガラス繊維マットよりなるセパレータを載置するものとされ,非水電解液を注入する過程については一切言及されていないことは,上記(3)で認定したとおりである。そうすると,甲64陳述書の記載内容は,甲1刊行物記載の甲1発明の実施例1及び2の作製法とは必ずしも一致しないものであり,また,同実施例3の作製法とは矛盾するものである。
また,甲64陳述書には,電解液を電池容器一杯に注入した旨記載されているが,上記(3)で説示したとおり,甲1刊行物記載の実施例の作製法により,同刊行物に記載の作製条件以外の要素を考慮しなければ,電池容器内に空隙を排除することは物理的に困難であると考えられるところ,その物理的困難性を克服する手段について,同陳述書は何ら言及するところがない。
さらに,電池容器内に注入される電解液は,その一部が電極やセパレータの発電要素に吸収されるから,電池容器内に空隙を生じさせないようにするならば,少なくとも,電解液が電極に十分に染込むように,組立て後相当時間放置した後に,電解液の液面が下がった容器内に再度電解液を注入する必要があることは,上記(3)に説示したとおりであるが,甲64陳述書には,その点の言及は一切ない。
上記したところから明らかなとおり,甲1刊行物記載の実施例において,電解液を一杯に注入して電池を組み立てたとしても,最終的に,電池容器内が電解液で満たされ,空隙がない状態になっているとは必ずしもいえないところ,甲64陳述書には,電池の組立て後に電池容器内が電解液で満たされ,空隙が存在しないことを確認したことについては何ら言及がない。したがって,甲64の陳述書は,原告の上記主張を裏付けるものとはいえないし,甲71陳述書についても同様である。
また,甲65陳述書には,「コイン型(注,ボタン形)リチウム電池を製造する場合は,開発当初から,東芝電池株式会社出願にかかる特許第3518945号の段落【0003】(注,甲59刊行物の特許公報の段落【0003】)記載のとおり,電解液を溢れるほど過剰に注液して電池組立を行っており,空隙を設けるという認識はありませんでした。このように電解液を電池内に満たしたのは,長期間にわたり使用されるこの種の電池において,電解液量が不足して電池が機能しなくなることが無いようにするためでした。」と記載されている。しかしながら,電解液を溢れるほど過剰に注液して電池の組立てを行うことと,電池容器内に空隙ができないようにすることとが同義でないことは,上記(3)に説示したところから明らかである。ところが,同陳述書には,製造に係る電池に空隙がないことを確認する作業を行っていたことについては何ら言及していない。したがって,甲65陳述書は,原告の上記主張を裏付けるものとはいえない。同趣旨の甲72陳述書の記載も,同様の理由により,採用することができない。
(5) 原告は,セパレータに非水電解液を含有させるだけで,電池容器内に電解液を注入しないリチウムイオン二次電池は,充放電サイクルを繰り返すことができず,電池として機能しないとし,このことを裏付ける証拠として,甲55実験報告書及び甲66実験報告書を提出している。
しかしながら,これらの実験報告書に記載された実験に用いられた正極活物質,負極活物質,セパレータ,電解液の溶媒,電解質などの発電要素,放充電条件が,甲1刊行物記載の実施例3の電池とは異なっており,特に,実施例3では,電解液を含有させるセパレータとしてガラス繊維マットが用いられているのに,甲55実験報告書の実験では,ポリプロピレン製微多孔膜が,甲66実験報告書の実験では,不織布と微多孔膜を重ねたものが用いられており,これらの実験結果をもって,実施例3の電池の性能を再現するものということはできない。
のみならず,一般に,電池は,正極材と負極材の間において電解液に代表される電解質を介してイオンの移動を行い,外部に電流を取り出すものであるから,正極材と負極材を分離するセパレータのみに含有させた電解液量がわずかであれば,正極材,負極材にまで電解液が十分に含浸せず,電池として機能しないことは,当然に予測されるところである。そうであれば,甲1刊行物記載の実施例3について,電解液を注入しなくとも,電池として機能するか否かを実験するに当たっては,セパレータのみでなく,正極材と負極材にも十分電解液を含浸させるようにして実験するのが相当であり,そうすれば,上記各実験とは異なった結果が得られたものと予測できる。
したがって,甲55実験報告書及び甲66実験報告書をもって,原告の上記主張を裏付けるものということはできないし,甲64陳述書,甲65陳述書,甲71陳述書及び甲72陳述書の記載も,同様に,原告の上記主張を裏付けるものとはいえない。
(6) 原告は,甲1刊行物の頒布時及び本件出願時の当業者は,リチウムイオン二次電池の電池容器内を電解液で満たすことが技術常識であった旨主張する。
確かに,本件出願後に頒布された甲59刊行物には,リチウムイオン二次電池を含む「非水電解液を有するコイン型電池」を対象とする「コイン型電池の洗浄方法」に関する発明に関して,上記(4)の甲65陳述書中においても指摘されているとおり,「従来技術」として,「非水電解液を使用する場合は,電気伝導度が低いため,電池中に電解液を十分に入れる必要がある。」(段落【0003】)との記載があり,この記載は,リチウム二次電池を含む「非水電解液を有するコイン型電池」において,電池材料が一定の条件にある下では,非水電解液の多い方が性能が向上するものであることを示している。しかしながら,電解液が多いほど電池の性能が向上するからといって,製造工程やコストの面,あるいは電池の安全性について配慮することなく,電池容器内に電解液を一杯に満たさなければならないということにはならないはずであり,本件出願時において,当業者の間にそのような技術常識が存在したことを示す証拠はない。
むしろ,特開昭60-65479号公報(乙19刊行物)には,リチウム二次電池(遷移金属カルコゲン化合物を正極活物質,リチウム又はリチウム合金を負極活物質とする。)の発明に関し,電解液量が多い方が電池性能(正極利用率,充放電サイクル特性)は向上するが,正極活物質量との関係で,リチウム二次電池の電池容器内に所定量以上の電解液が存在すれば,良好な正極利用率,充放電サイクル特性が確保できること,すなわち,所定の大きさのボタン型二次電池の電池容器に電解液を100μ?〜20μ?の範囲で注入すると,正極活物質量の少ない電池では,40μ?の電解液を注入すれば,良好な電池性能が得られることが開示されている。同公報の開示内容に従えば,良好な電池性能を得るために必要な所定量以上の電解液量という一定の幅の範囲内において,電解液量を少なくすれば,電池容器内に空隙が生じることは明らかであり,その空隙の大きさは,電池の安全性と効率性の調和を図った構造設計,電池の組立ての工程いかんによって相違してくるものと考えられる。
原告は,非水電解液二次電池においては,電池容器内の非水電解液がリチウムと反応しやすい水分と接触しないようにする必要性があるという理由からも,電池容器内を非水電解液で満たすことが技術常識とされていた旨主張する。しかしながら,甲69刊行物には,有機電解液電池の製造法に関する発明が開示され,「電池系としては通常,正極にフッ化炭素・・・や,二酸化マンガン等の金属酸化物が用いられ,負極にはリチウム,電解液には高誘電率で・・・粘度が高い炭酸プロピレンと,低誘電率で粘度が低い1,2-ジメトキシエタン等の混合溶媒にホウフッ化リチウム,過塩酸リチウム等を溶質として溶解して用いられる。これらの発電要素を用いて電池を組む時には水分を含まない乾燥空気中か又は不活性ガス雰囲気中で行なう」(1頁右下欄8行目〜下から2行目)と記載されているのであって,本件出願時,電池容器内の非水電解液がリチウムと反応しやすい水分と接触しないようにするために,通常は,同刊行物に記載の方法が採用されていたものと認められ,原告も,そのことを一部自認している。同刊行物には,電池容器内を電解液で一杯にすることについての言及はなく,甲1刊行物にもその点の言及がないことは既に説示したとおりであるから,原告のこの点に関する主張は,採用することができない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(7) 以上のとおり,甲1刊行物には,非水電解液二次電池において,負極材外周面と負極缶内面との間に空隙が存在することが開示されているとした審決の認定に誤りはなく,原告の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(非水電解液二次電池において電池容器内の空隙を所定以上の大きさにすることの容易想到性の判断の誤り)について (1) 甲1刊行物には,非水電解液二次電池において,負極材外周面と負極缶内面との間に第1図に示された符号の付されていない「空白部分」の少なくとも一部に「空隙」が存在することが開示されていると解すべきことは,前記1で説示したとおりである。
そこで,甲1刊行物の上記開示内容に接した当業者において,相違点に係る本件発明の構成である「容量1AH当たり0.4cc以上の空隙」を設けることを容易に想到し得るか否かについて,以下検討する。
(2) 本件発明に係る非水電解液二次電池において,相違点に係る本件発明の構成である「容量1AH当たり0.4cc以上の空隙」を設けたことの技術的意義 ア 本件明細書(甲48の1,2)には,以下のとおり記載されている。
(ア) 「このような課題を解決するために有機物焼成体を,電極の電極材料を用いることが提案され,また正極活物質としては,高い放電電位を有するLiを含む化合物であるLixCoO2(x=0.05〜1.10)を用いることが提案されている。しかしながら,このような有機物焼成体を負極の電極材料に用い,LixCoO2(x=0.05〜1.10)を用いると,充放電中にガスが発生し,このガスの発生による内圧の上昇によって電解液の漏出や電池の破損の原因となり,実用上不都合を生じている。」(甲48の1の2頁左欄31行目〜40行目) (イ) 「本発明は上述のような非水電解液二次電池の充放電の繰り返しにより発生するガスを原因とした電解液の漏出及び電池の破損等を防止し,長期間充放電を繰り返すことができる信頼性の高い非水電解液二次電池を提供することを目的として提案された」(同頁41行目〜45行目) (ウ) 「本発明は,上記目的を達成するために,有機焼成体よりなる負極と,LixMO2・・・を含んだ正極と,電解液とが容器内に収納されてなり,上記電解液量を調整することで容器内に容量1AH当たり0.4cc以上の空隙が設けられてなることを特徴とするものである。」(上記第2の1(2)の訂正後の同頁左欄下から4行目〜右欄2行目) (エ) 「該空隙の位置は限定されるものではない。上記空隙は,充放電により発生するガスの量により決定されることから,少なくとも該ガスの量と同量のガスを収容し得る広さの空隙であることが必要であるが,逆にこの空隙を余り広く設けると該電池の容量が低下することから,上限は該電池に必要な容量となるように適宜設定すれば良い。」(同3頁左欄9行目〜15行目) (オ) 「本発明に係る非水電解液二次電池によれば,充放電の繰り返しによりガスが発生した場合でも,当該ガスは容器内に設けられた空隙に収容され,電池内部の気圧が当該電池内に収納された電解液が外部に漏出たり変形したりする程上昇することがない。」(同頁左欄29行目〜33行目) (カ) 「本発明に係る非水電解液二次電池によれば,・・・該電池が変形したり,また該電池内部に充填した電解液が外部に漏れ出ることを防止することができるので,長期間充放電を繰り返し使用することができる信頼性の高い非水電解液二次電池を提供することができる。」(5頁右欄下から14行目〜下から9行目) イ 本件明細書の上記記載によれば,本件発明に係る非水電解液二次電池における上記空隙は,充放電の繰り返しにより発生するガスを収容,蓄積し,電池容器の内圧の上昇を緩和することにより,電池が変形したり,電池容器内に収容された電解液が外部に漏出したりすることを防止し,長期間充放電を繰り返すことができるという作用効果を奏するものであるということができる。
そして,本件明細書(甲48の1,2)の実施例の記載(4頁右欄下から10行目〜末行,5頁表1)によれば,「容量1AH当たり0.4cc以上」という値は,各種実施例において,10サイクル後及び10サイクル(終了)後60日保存後の弁の状態の変化がないか少ないものにおける空隙の値の最小値から導き出されていることが認められ,0.4ccという数値に臨界的意義があるものとは認められない。
(3) そこで,本件出願時において,甲1発明に係るボタン型非水電解液二次電池おいてガスの発生があるか否か,それに起因する安全上の問題を当業者が予測し得たか否かについて検討する。
甲1刊行物の上記1(1)アの記載によれば,甲1発明は,正極に遷移金属のカルコゲン化合物,負極にリチウム含有有機物焼成体,電解液にプロピレンカーボネート等の非水電解液を使用するものであり,有機物焼成体は,合成ポリマー,コークス,ピッチ等の有機物を加熱,熱処理したものである。また,甲1発明では,正極の導電材としてアセチレンブラック(カーボン材料)を 使用している。有機物焼成体を製造する場合の加熱温度は通常300℃以上,好ましくは500℃〜1500℃とされており,高い熱処理温度で製造されることが技術常識である黒鉛などは好ましくはないとされているものの,排除されているわけではない。
そして,証拠(甲10ないし甲14)によれば,甲1発明において非水電解液として使用されるプロピレンカーボネートは,黒鉛やカーボンブラック等の有機物焼成体電極上での電極反応により分解してガスを発生させること,そのことは,本件出願時,当業者に周知であったことが認められ,また,証拠(甲34,甲35)によれば,正極のカルコゲン化合物に導電材として混合されるカーボン材料も,電解液を分解してガスを発生させるものであること,そのことも,同様に,本件出願時,当業者に周知であったことが認められる。
また,甲36刊行物には,水素/炭素(H/C)の原子比が0.15未満,波長5145Åのアルゴンイオンレーザー光を用いたラマンスペクトル分析におけるG(1580±100cmー1の波長域におけるスペクトル強度の積分値/1360±100cmー1の波長域におけるスペクトル強度の積分値)値が2.5未満,X線広角回析法(002 )面の面間隔(d 002 )が3.37Å以上,C軸方向の結晶子の大きさ(Lc)が150Å以下である炭素質物を担持体とし,活物質がリチウム又はリチウムを主体とするアルカリ金属である負極体を具備した非水溶媒二次電池の発明が開示され,同電池において,炭素質物のこれらパラメータのいずれもが,とりわけH/C及びd002 ,Lcのいずれもが,特定範囲から逸脱している場合は,負極体における充放電時の過電圧が大きくなり,その結果,負極体からガスが発生して電池の安全性が著しく損われること,このようなパラメータを逸脱する炭素質物は,有機高分子化合物等の熱処理温度が高すぎ,炭素質状態から黒鉛に転化してG値が大きくなってしまったものであること(特許請求の範囲,3頁左上欄1行目〜左下欄4行目)が記載されており,この記載からすれば,上記ガスは,充放電時の過電圧による非水電解液の分解に基づくものであり,電池容器内で消費されずにガス状態のまま順次蓄積され,究極的には,電池の安全性を損なう可能性があるものということができる。
上記周知事実及び甲36刊行物の示唆するところからすると,甲1発明に係るボタン型非水電解液二次電池において,充放電中に電解液が分解してガスが繰り返し発生し,それがそのまま蓄積されて,密閉型の電池容器内の内圧の上昇を招いて,その安全性を損なうおそれがあることは,本件出願時において,当業者において容易に予測し得ることということができる。
(4) 次に,ガスの発生に起因する安全上の問題を解決するための本件出願時の技術状況についてみると,密閉型電池,例えば,ペースト式鉛蓄電池(甲49刊行物),マンガン乾電池(甲50刊行物),塩化チオニルなどのオキシハロゲン化物を電解液の溶媒及び正極活物質とし,アルカリ金属を負極活物質とする無機電解質電池(甲32刊行物),密閉型ニッケル-カドミウム蓄電池(甲51刊行物,甲52刊行物,甲53刊行物)においては,温度変化や電池容器内の化学反応により,容器内の電解液や電極材が膨張し,あるいは,ガスが発生して,容器内の内圧が上昇し,液漏れや容器の破裂が発生するおそれがあること,そのような膨張やガス発生による液漏れや容器の破裂を防ぐために,電池容器内に空隙を設けることが,本件出願時の当業者の技術常識であったこと,その技術常識は非水電解液二次電池にも当てはまることは,上記1(2)ウに説示したとおりである。そして,密閉型の電池において,空隙が小さければ,電池容器内の構成物質の膨張や少量のガス発生ですぐに内圧が上昇し,安全弁が作動したり,電池容器が破裂したりする結果となることは,当業者に自明のことであるし,甲51刊行物及び甲52刊行物の記載から,当業者に周知の事項であったと認められる。
一方,発生するガスの量についてみると,電池は,化学反応によって電力を生じるものであるから,電力量と化学反応量とは比例関係にあることは自明であり,化学反応に随伴して発生するガスの量もまた,電力量に比例するであろうことも容易に予測される。そうした場合に,電力量は,その単位がWH(ワット時)であり,電力(W)=電圧(V)×電流(A)の関係があることは,一般的な常識であるから,ガス発生量は,電圧(V)×電流(A)×時間(H)に比例した量となるが,リチウムイオン電池の場合,V(電圧)がほぼ定数であることは公知であり,したがって,電池ごとのガス発生量はA×Hに比例したものになることが明らかである。
(5) 以上の検討結果によれば,甲1発明に係る非水電解液二次電池において,充放電中にガスが発生し,それが蓄積して,電池容器内の内圧を上昇させ,電池の安全性を損なうおそれがあることを当業者が容易に予測できることは,上記(3)のとおりであるから,当業者であれば,甲1刊行物の第1図の符号を付さない空白部分には,少なくとも一部に空隙が存在するとの同刊行物の開示内容と上記(4)の技術常識からして,上記安全上の問題の解決のため,電池容器内に空隙を所定の大きさ以上にすること,具体的には実施態様に応じて必要な空隙の最小値をAH当たりの値として設定することは容易に想到し得たものと認められる。なお,本件特許請求の範囲の請求項1の記載中の「容量1AH当たり0.4cc」という数値が臨界的意義を有しないことは,上記(2)で認定したとおりである。
したがって,相違点に係る本件発明の構成の容易想到性を肯定した審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 以上の次第で,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 青蜉]
裁判官 宍戸充