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事件 平成 14年 (行ケ) 25号 審決取消請求事件
原告 フルタ電機株式会社
訴訟代理人弁理士 竹中一宣
被告 株式会社親和製作所
訴訟代理人弁護士 松本直樹
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/06/19
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が無効2000-35411号事件について平成13年12月4日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「生海苔の異物分離除去装置」とする特許第2662538号の特許(平成6年11月24日出願(以下「本件出願」という。),平成9年6月20日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は4である。)の特許権者である。
原告は,平成12年7月27日,本件特許を請求項1に関し無効にすることについて審判を請求した。
特許庁は,この請求を無効2000-35411号事件として審理し,その結果,平成13年12月4日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,審決の謄本を同年12月14日に原告に送達した。
2 特許請求の範囲(以下,請求項1の発明を「本件発明」という。別紙図面A参照) 「【請求項1】 筒状混合液タンクの底部終端縁に環状枠板部の外周縁を連接し,この環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし,この第一回転板を軸心を中心として適宜駆動手段によって回転可能とするとともに前記タンクの底隅部に異物排出口を設けたことを特徴とする生海苔の異物分離除去装置。」 (【請求項2】ないし【請求項4】は省略。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである(ただし,無効2000-35675号事件に係る部分を除く。)。要するに,本件出願の願書に添附した明細書(以下,添付した図面と併せて「本件明細書」という。)の請求項1の記載及び発明の詳細な説明の記載は,いずれも,平成6年法律第116号改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)36条4項又は5項の規定に違反しているということはできない,と判断して,原告主張の無効理由をすべて排斥するものである。
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本件明細書の発明の詳細な説明には,異物の遠心分離の構造について,当業者が「容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果」(旧特許法36条4項)が記載されていないのに,同項違反の記載不備はない,と誤って判断し(取消事由1),本件明細書の請求項1及び発明の詳細な説明には,筒状混合壁の直径について,明確な記載がないのに,旧特許法36条4項及び同条5項2号違反がないと誤って判断し(取消事由2),本件明細書の請求項1について,第一回転板と環状枠板部との間のクリアランス(以下「本件クリアランス」という。)の各構成について,「発明の構成に欠くことができない事項」(旧特許法36条5項2号)の記載がないのに,同号の違反はないと誤って判断したものであり(取消事由3),これらの誤りが,それぞれ,結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取消しを免れない。
1 取消事由1(異物の遠心分離のための構造に関する36条4項違反についての判断の誤り) 本件明細書には,「この発明に係る生海苔の異物分離除去装置は上記のように構成されているため,第一回転板を回転させると混合液に渦が形成されるため生海苔よりも比重の大きい異物は遠心力によって第一回転板と前記環状枠板部とのクリアランスよりも環状枠板部側,即ち,タンクの底隅部に集積する結果,生海苔のみが水とともに前記クリアランスを通過して下方に流れるものである。」(甲第1号証3欄45行〜4欄1行)との記載がある。しかし,原告が審判において提出した実験報告書(本訴甲第3号証(審判甲第1号証,以下「甲3報告書」という。)及び本訴甲第4号証(審判甲第2号証,以下「甲4報告書」という。))により,本件発明に係る装置においては,タンクの底隅部に生海苔よりも比重の大きい異物を分離し,集積することは困難であることが立証されている。にもかかわらず,審決は,本件発明の内容を誤って認定したため,本件明細書の発明の詳細な説明について,旧特許法36条4項に反する記載不備はない,と誤って判断したのである。
(1) 甲3報告書について 審決は,「甲第1号証(判決注・甲3報告書)では,「フルタ製のFD-380C内ばめ方式」の試験装置を使用し,海水及びヒメハマトビムシや海藻の茎等を含む原藻を試験流体(異物)として試験を実施しており,「フルタ電機(株)で改造したFD-380C内嵌め方式,すなわち「親和」と同じ方式であっても,異物はすべての領域に満遍なく分散され,かつ軽い異物は,回転中心部の方へ集積して行き,遠心力で異物が外周底部に集積することは無い。」との結論を得ている。」(審決書4頁「(a)について」の最初の6行)という点について,「甲第1号証に係る異物は「ヒメハマトビムシや海藻の茎等」であって,このものが生海苔より比重がはるかに大きいとは解されないので,甲第1号証での結論が上述のようなものであったとしても,そのことにより本件発明の構成が不明瞭であるとはいえない。」(審決書5頁8行から)と判断した。
しかし,本件発明が分離除去の対象としている異物中に「エビ」が含まれることは,本件明細書の「異物(ゴミ,エビ,アミ糸等,以下同じ)」(甲第1号証3欄1行〜2行)との記載から明らかであり,「ヒメハマトビムシ」(通称エビ)は,その比重が1.2程度であって(甲第19号証),海水又は生海苔よりも明らかにその比重が大きいものであるから,本件明細書の上記記載によれば,遠心力の働きによって,海水や生海苔より比重が大きい異物としてタンクの外周底部に集積されるべきものである。審決が,上記のとおり,本件発明においては,「生海苔より比重がはるかに大きい」異物のみが遠心分離による分離除去の対象であるとし,「ヒメハマトビムシ」を遠心分離による除去の対象にならないと認定したのは誤りである。
(2) 甲4報告書について 審決は,「甲第2号証(判決注・甲4報告書 )では,「「ダストール」FD-380C内ばめ方式」の試験装置を使用し,貝殻(比重2.61),細い網糸(同1.02),太い網糸(同1.02),ポリアセタール樹脂成型用のチップ(同1.33),及び海苔(同1.02)を試験用異物として試験を実施しており,甲第2号証の「4.結果の検討」の項には,「貝殻」の場合,「以上より比重の重い異物を外周底部に集積させる運転条件は,実用領域をはるかに離れた10Hz以上20Hz以下の範囲すなわち15Hz前後の極めて限られた狭い条件設定が必要である。」,及び「ポリアセタールチップ」の場合,「以上より比重が1.33前後の異物を遠心力により外周底部に集積させる運転条件は,実用領域をはるかに離れた10Hz程度のきわめて遅い条件設定が必要である。」と記載されている。」(審決書4頁最下段及び5頁1行)ことについて,「甲第2号証において,試験用異物として供される「細い網糸」や「太い網糸」は,「海苔」と同じ比重(1.02)であるから,これらが,タンク外周底部に集積しないことは,上記本件明細書の記載に照らし当然のことである。また,海苔より比重の大きい異物である「貝殻」や「ポリアセタール樹脂成型用のチップ」を,外周底部に集積させる運転条件は,実用領域をはるかに離れた条件設定が必要であるとしても,「貝殻」や「ポリアセタール樹脂成型用のチップ」が,外周底部に集積するという本発明の効果は奏されており,しかも,試験に供された試験装置は,FD-380Cを改造したものであって,必ずしも本件発明の最良の実施の態様でないことを勘案すると,甲第2号証に係る結果を根拠に,本件発明の構成が不明瞭であるとはいえない。」(審決書5頁13行から)と判断している。
しかし,本件発明は,生海苔と比重が同程度の異物も分離除去の対象としているのであるから,この生海苔と比重が同程度の異物も遠心分離の作用によって,タンクの外周底部に集積させることが必要であり,そのための構成が必要不可欠であるにもかかわらず,本件明細書の発明の詳細な説明には,この点についての記載がない。したがって,本件明細書が,旧特許法36条4項に違反していることは明らかである。
本件発明に係る装置において,比重の大きい「貝殻」等について,実用領域外での条件設定で運転した場合においてのみ,遠心分離の働きによりタンクの外周底部に集積させることができるということは,本件明細書においては,当業者に対し,実用領域の条件で運転し得る装置を開示していないということである。本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,前同様に,旧特許法36条4項に違反しているのである。審決の上記判断は誤りである。
(3) 比重の小さい異物の遠心分離について 審決は,「請求人は,平成13年8月15日付上申書にて,「明細書における【0001】の【産業上の利用分野】の説明では,比重の小さい異物(軽い異物)であるゴミ,エビ,アミ糸が列挙されており,明らかに,この比重の小さい異物であるゴミ,エビ,アミ糸の除去を目的とした技術思想となっている。従って,この度の被請求人の主張とは,全く正反対な説明となっており,当該被請求人の主張は矛盾する。」と主張している。しかし,生海苔よりも比重のはるかに大きいゴミ,エビ,アミ糸である場合には,除去されるのであるから,上記請求人の主張は採用できない。」(審決書5頁下から9行目から)と判断した。
しかし,本件明細書には,「よって,この異物分離除去装置を使用すれば,異物が前記クリアランスに詰まりにくいため,従来のように目詰まり洗浄装置等を別途に設ける必要がない結果,装置の維持がしやすいとともに取扱いが簡易になり,この結果,生海苔の異物分離除去作業の作業能率を向上させることができる。」(甲第1号証7欄30〜35行)との記載がある。
本件発明の「生海苔の異物分離除去装置」における「異物」は,生海苔よりも比重の「はるかに大きい」ものだけでなく,異物である以上,比重が小さいものも同程度のものもすべて分離除去の対象としていることは明らかである。本件発明は,生海苔よりも小さい異物をも遠心力によって分離し,その結果,従来技術では必要とされた清掃装置(本件明細書【0003】欄)を必要としないという効果を奏するものである(甲第1号証【0003】【0029】参照)。したがって,本件発明においては,生海苔よりも比重が小さいゴミ,アミ糸等をも遠心力によって分離しなければならず,そのための構成が必要不可欠であるのに,本件明細書においては,その点についての十分な記載がない。審決の上記判断は,誤りである。
2 取消事由2(筒状混合壁の直径等に関する36条4項,5項2号違反についての判断の誤り) 審決は,「甲第3号証(判決注・本訴甲第5号証(審判甲第3号証),以下「甲5報告書」という。)には,親和型ダストールの円盤が回転したとき,発生する渦流の速度を計算する目的で試験を実施し,異物の集積に必要なパンチメタル壁の直径として,約1870mmという数値を提示している。しかし,本件発明に係る「異物分離除去装置」において,「パンチメタル壁」は,その構成要件とはなっておらず,本件発明とは無関係の事項である。そうすると,甲第3号証を根拠とした請求人の上記主張は失当である。」(審決書5頁半ばよりやや下から)と判断した。
しかし,本件明細書の請求項1においては,「筒状混合液タンク」と記載されており,このタンクについて,異物の集積に必要な直径として約1870oが必要なのである。筒状混合タンクの外壁として,パンチメタル壁が除外されているわけではない。上記装置における筒状混合タンクの外壁をパンチメタルで作ろうが,鋼板で作ろうが,異物の集積に必要な壁の直径が約1870o必要であることに変わりはない。したがって,本件発明において,遠心分離により異物を分離するとの効果を奏するためには,筒状混合液タンクの直径が1870o必要であると,本件明細書において記載すべきであったのである。審決の判断は,本件発明の「筒状混合液タンク」の構造について,本件明細書の請求項1には「筒状混合液タンク」の構成材料についての限定がないにもかかわらず,パンチメタル壁から成る「筒状混合液タンク」は本件発明に含まれないことを前提として,上記のような判断したものであるから,誤りである。
3 取消事由3(クリアランスの構造についての36条5項2号違反についての判断の誤り) 原告が審判において提出した実験報告書(本訴甲第6号証(審判甲第4号証,以下「甲6報告書」という。))においては,本件クリアランスの向きが上下方向ではなく,斜め水平方向である原告製品「ダストール」(以下「原告製品」という。)では,生海苔を分離するために吸い込み用ポンプが必要であるのに対し,本件発明の実施品である被告製品「CFW-36型」では,本件クリアランスの向きが上下方向であるため,生海苔を分離するために吸い込み用ポンプが必要ではないことが示されている。これに対し,審決は,「本件発明においては,「環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌め」する構造に係るものであるから,このような構造と異なる「ダストール」における試験結果を根拠に,本件発明に係る異物分離除去装置の「クリアランス」は,上下方向に限定すべきであるという請求人の主張は,失当である。」(審決書6頁「(c)について」)と判断した。しかし,審決のこの判断は誤りである。
本件明細書の請求項1には,「環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし」としか記載されておらず,本件クリアランスの向き,及び,ポンプ等の吸い込み手段の要否についての記載はない。
本件明細書には,「生海苔のみが水とともに前記クリアランスを通過して下方に流れる 」(甲第1号証3欄50行〜4欄1行),「生海苔のみが水とともに前記クリアランスSを通過して下方に流れる。」(6欄30行〜32行),「生海苔のみが水とともに前記クリアランスを通過して下方に流れる」(7欄26行〜27行)と記載されている(下線付加)。
本件発明のこの記載及び本件発明の実施例から明らかなように,本件発明においては,生海苔及び水が下方に流れるのであるから,本件クリアランスは上下方向(垂直方向)のものに限られるのである。そのため,本件発明においては,ポンプ等は不要であり,その実施例にもポンプ等の記載はない。
これに対し,クリアランスの向きが上下方向でなく,斜め水平方向である原告製品では,ポンプ等の吸い込み手段がないと生海苔等の落下がないことが甲6報告書から明らかである。
原告製品のように,クリアランスの向きが水平方向の構造であるものが本件発明の技術的範囲に含まれるものではないことは,本件明細書のみならず,甲6報告書からも明らかとなっている。にもかかわらず,本件明細書の請求項1においては,本件クリアランスの向きを上下方向に限定する記載はなく,単に,「環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし」とのみ記載されているだけである。本件明細書の請求項1の記載は,明らかに「発明の構成に欠くことができない事項」が記載されておらず,旧特許法36条5項2号に違反しているのである。審決の上記判断は誤りである。
被告の反論の骨子
1 取消事由1(異物の遠心分離のための構造に関する36条4項違反についての判断の誤り)について (1) 原告は,本件明細書の「比重の大きい異物は遠心力によって・・・タンクの底隅部に集積する結果,生海苔のみが水とともに前記クリアランスを通過して」との記載を取り上げ,異物の分離除去が遠心力の働きだけで達成される必要がある,と主張する。
しかし,本件明細書が開示している本件発明の構造によれば,遠心力の作用によって除くことができない,一定以上の大きさの有形の異物を,本件クリアランスにより除去するものであることは明らかである。
遠心力が働き得るような重い異物は,遠心力の働きにより,本件クリアランスの所に来るまでもなく分離される。しかし,比重が1.02よりも少し大きい程度のものは,本件クリアランスにより,分離除去されるのである。本件明細書には,比重の小さい異物も含めて,すべての異物を遠心力の働きにより分離除去するとは記載されていない。
原告は,本件明細書には当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成,効果が記載されていない,と主張する。しかし,本件発明に係る異物分離装置は,異物を高度に分離するとの実際上の要請を現実に達成しているからこそ,広く海苔生産者に利用されているのであり,原告の主張が失当であることは明らかである。
(2) 原告は,本件発明に係る装置において,比重の大きい「貝殻」等について,実用領域外での条件設定で運転した場合においてのみ,遠心分離の働きによりタンクの外周底部に集積させることができるということは,本件明細書においては,当業者に対し,実用領域の条件で運転し得る装置を開示していないということである,と主張する。
しかし,本件発明に係る装置において,比重が大きい異物が遠心力の作用により分離されることは,乙第2号証に示される実験結果から明らかである。
(3) 原告は,本件発明は,生海苔と比重が同程度の異物も,より比重が小さい異物も,分離除去の対象としているのであるから,これらの異物を遠心分離の作用によって,タンクの外周底部に集積させることが必要であり,そのための構成が必要不可欠であるにもかかわらず,本件明細書の発明の詳細な説明には,この点についての記載がない,と主張する。
しかし,本件明細書が開示する本件発明の構成によれば,生海苔よりも比重が小さい異物も,生海苔と比重が同程度の異物も,本件クリアランスを通過することができず,これにより除去されるものであることは,明らかである。原告の主張は失当である。
2 取消事由2(筒状混合壁の直径等に関する36条4項,5項2号違反についての判断の誤り)について 争う。
3 取消事由3(クリアランスの構造についての36条5項2号違反についての判断の誤り)について 原告製品のような,クリアランスが水平方向の構造のものであっても,海苔と水を通過させる機能はそれなりに果たしているのみならず,吸引ポンプを付ければ実用として十分な能力を持つのである。
本件明細書においては,本件発明の実施例として,吸引ポンプを備えていないものが記載されているものの,本件発明において,吸引ポンプを付加的な構成として備えることは何ら排除されていないのである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(異物の遠心分離のための構造に関する36条4項違反についての判断の誤り)について (1) 本件明細書(甲第1号証)には,本件発明の作用効果に関して,次の記載がある。
「【産業上の利用分野】この発明は生海苔の異物(ゴミ,エビ,アミ糸等,以下同じ)分離除去装置に関し,生海苔混合液(生海苔と塩水とを適宜濃度に調合したもの)から異物を分離する際に使用されるものである。」 「【0009】【作用】この発明に係る生海苔の異物分離除去装置は上記のように構成されているため,第一回転板を回転させると混合液に渦が形成されるため生海苔よりも比重の大きい異物は遠心力によって第一回転板と前記環状枠板部とのクリアランスよりも環状枠板部側,即ち,タンクの底隅部に集積する結果,生海苔のみが水とともに前記クリアランスを通過して下方に流れるものである。このとき,第一回転板は回転しているため,前記クリアランスには生海苔が詰まりにくいものである。」 「【0028】【発明の効果】この発明に係る生海苔の異物分離除去装置においては,筒状混合液タンクの底部周端縁に環状枠板部の外周縁を連設し,この環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし,この第一回転板を軸心を中心として適宜駆動手段によって回転可能とするとともに前記タンクの底隅部に異物排出口を設けたため,第一回転板を回転させると混合液に渦が形成されるため生海苔よりも比重の大きい異物は遠心力によって第一回転板と前記環状枠板部とのクリアランスよりも環状枠板部側,即ち,タンクの底隅部に集積する結果,生海苔のみが水とともに前記クリアランスを通過して下方に流れるものである。このとき,第一回転板は回転しているため,前記クリアランスには生海苔が詰まりにくいものである。」 「【0029】よって,この異物分離除去装置を使用すれば,異物が前記クリアランスに詰まりにくいため,従来のように目詰まり洗浄装置等を別途に設ける必要がない結果,装置の維持がしやすいとともに取扱いが簡単になり,この結果,生海苔の異物分離除去作業の作業能率を向上させることができる。」 本件明細書のこれらの記載からすれば,本件発明においては,生海苔よりも比重の大きい異物は,遠心力の働きによりタンクの外周底部に集積されて生海苔から分離される構成であるとされていること,第一回転板と前記環状枠板部との間に本件クリアランスを設けることにより,生海苔と水のみをクリアランスを通過させ,異物と分離するとされていること,及び,第一回転板が回転しているため,本件クリアランスに生海苔が詰まりにくいとされていることが,明らかである。
(2) 甲3報告書について 原告は,「ヒメハマトビムシ」(通称エビ)は,その比重が1.2程度であり(甲第19号証),海水又は生海苔よりも明らかにその比重が大きいものであるから,本件明細書の上記記載によれば,遠心力の働きによって,海水や生海苔より比重が大きい異物としてタンク集積部に集積されるべきものであり,したがって,審決が,「ヒメハマトビムシ」を本件発明における遠心分離による分離除去の対象にならないと認定したのは誤りである,と主張する。
しかし,本件明細書においては,生海苔より比重の大きいものを遠心分離の対象とするとは記載しているものの,ゴミ,ヒメハマトビムシ及び海藻の茎等の異物の中で,生海苔と比べてどの程度に比重が大きいものを遠心分離の対象とするかまでを具体的に特定しているわけではない。また,遠心分離の働きは,第一回転板の回転速度,タンクの直径,タンクに投入された生海苔や異物等の質量その他の要素(回転によって生じる渦の流れがタンク内壁から受ける反力の影響も加わる。)によって決定されるものであって,実際上は,これら種々の要素により,どの程度の比重の異物がタンクの外周底部に蓄積されるかが決定されるものであるから,本件発明において,あらかじめ遠心力の働きのみにより分離されるべき異物の比重を特定する必要がないことは明らかというべきである。
本件発明は,本件明細書に記載された実施例の構造と,その請求項1の記載及び本件発明の作用効果に関する上記記載を総合すれば,遠心力の働きのみならず,本件クリアランスの働きによっても,生海苔から異物を分離する装置であり,この両者の働きにより,生海苔と異物とを分離することができればよいのであり,ヒメハマトビムシや海藻の茎については,仮に,遠心分離のみによりヒメハマトビムシと海藻の茎をタンク底隅部に集積することができない場合があったとしても,第一回転板と環状枠板部との間の本件クリアランスにより分離することができればよいのである。
したがって,甲3報告書で使用された特定の装置において,ヒメハマトビムシ及び海藻の茎等の異物が,遠心力の働きのみによっては分離されず,タンクの外周底部に集積されないとしても,その比重が生海苔よりはるかに大きいものではなく,また,本件クリアランスによる分離が十分に可能なものなのであるから,このような実験報告書のみから,本件明細書の発明の詳細な説明において,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明,構成及び効果が記載されていないということはできない。審決が,本件発明においては,「生海苔より比重がはるかに大きい」異物のみが遠心分離による分離除去の対象であると記載した趣旨も,遠心分離による分離集積効果が顕著に現れるのは,「生海苔より比重がはるかに大きい」異物においてであることを述べたにすぎないと理解することができるのであり,この審決の判断に誤りはない。原告の上記主張は,理由がない。
(3) 甲4報告書について 原告は,本件発明は,生海苔と比重が同程度の異物も分離除去の対象としているのであるから,この生海苔と比重が同程度の異物も遠心分離の作用によって,「タンクの底隅部に集積させる」ことが必要である,と主張する。しかし,この原告の主張は,生海苔と同じ比重の異物も,遠心分離の働きのみにより分離集積される必要がある,というものであり,本件発明が,上記のとおり,遠心分離と本件クリアランスとの働きにより,生海苔と異物を分離するものであることを忘れた議論であり,失当である(異物の中には,例えば,比重を含む性状が生海苔と類似していることなどのため,上記いずれによっても分離することのできないものも存在し得る。このような異物が分離の対象から外されていることは,本件明細書に明示されていなくとも,自明のことというべきである。)。
原告は,本件発明に係る装置において,比重の大きい「貝殻」等について,実用領域外での条件設定で運転した場合においてのみ,遠心分離の働きにより異物をタンクの外周底部に集積させることができるということは,本件明細書においては,当業者に対し,実用領域の条件で運転し得る装置を開示していないということである,と主張する。しかし,甲4報告書は,審決が述べているように,原告製の特定の装置を改良した装置を用いた実験結果であるにすぎず,このような実験結果のみから,本件明細書においては,当業者に対し,実用領域の条件で運転し得る装置を開示していないということはできない。しかも,乙第2号証によれば,原告装置であっても,通常の条件で運転して,生海苔より比重の大きい異物が,タンクの外周底部に集積することが認められるのであり,実験条件の設定の仕方によっては,甲4報告書の結果と異なる実験結果も生じるのである。原告の主張は採用することができない。
(4) 比重の小さい異物の遠心分離について 原告は,本件発明においては,生海苔よりも比重が小さいゴミ,アミ糸等をも遠心力によって分離しなければならず,そのための構成が必要不可欠であるのに,本件明細書においては,その点についての記載がない,と主張する。しかし,原告のこの主張も,本件発明において,生海苔よりも比重が小さいゴミ,アミ糸等の異物の分離についても,遠心分離の働きのみによりなされる,との誤った前提に立つものであり,その主張自体失当である。
2 取消事由2(筒状混合壁の直径等に関する36条4項,5項2号違反についての判断の誤り)について 原告は,甲5報告書から,本件発明において,遠心分離により異物を分離するとの効果を奏するためには,筒状混合液タンクの直径が約1870o必要であると本件明細書に記載すべきであったのである,などと主張する。
しかし,本件発明は,第一回転板を回転させ,それから生じる遠心力と,本件クリアランスにより,生海苔の異物を分離する装置との発明であって,遠心分離によってのみ生海苔の異物を分離するものではないことは,前記1のとおりである。また,遠心分離の働きは,第一回転板の回転速度,タンクの直径,タンクに投入された生海苔や異物等の質量その他の要素(回転によって生じる渦の流れがタンク内壁から受ける反力の影響も加わる。)によって決定されるものであることも,前記1のとおりであるから,筒状混合液タンクの直径は,本件発明の実施に当たって,当業者が,その設計段階で,第一回転板の回転速度等の要素を考慮しながら,適宜決定すべき事項であるというべきである。したがって,原告の上記主張は理由がないことが明らかである。審決は,甲5報告書における直径1870oが必要であるとの記載について,「本件発明・・・において,「パンチメタル壁」がその構成要件となっておらず,本件発明とは無関係の事項である」と判断したものであり,その判断は,原告の主張に正面から答えたものにはなっていないものの,上記のとおり,原告の主張は理由がないことは明らかなものであるから,審決の上記判断をもって,必要な判断を怠ったものとすることはできないというべきである。
3 取消事由3(クリアランスの構造についての36条5項2号違反についての判断の誤り)について 原告は,本件発明においては,生海苔及び水が下方に流れるのであるから,そのクリアランスが上下方向(垂直方向)のものに限られることは,本件明細書から明らかである,原告製品のように,クリアランスの向きが水平方向の構造のものが本件発明の技術的範囲に含まれるものではないことは,本件明細書のみならず,甲6報告書からも明らかとなっているにもかかわらず,本件明細書の請求項1においては,本件クリアランスの向きを上下方向に限定する記載はなく,単に,「環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし」とのみ記載されているだけである,本件明細書の請求項1の記載は,明らかに「発明の構成に欠くことができない事項」が記載されておらず,旧特許法36条5項2号に違反している,と主張する。
しかし,本件明細書の請求項1は,「環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし」と記載されているものであり,この請求項1の記載は,本件明細書に記載された本件発明の実施例及び本件明細書のその余の発明の詳細な説明の記載に開示されたところからみても,本件発明の構成に欠くことができない事項を記載したものということができる。
本件特許に基づく侵害訴訟において,東京地判平成12年3月23日及び東京高判平成12年10月26日は,原告製品について,本件発明と均等である,との判断を示している。これらの判断は,原告製品が本件発明の請求項1の構成を文言どおり充足するものではないことを前提とした上での判断である(乙第1号証,第3号証)。原告製品のように,クリアランスの向きが水平方向の構造のものは,本件発明の請求項1の「環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし」との構成中の,「第一回転板を略面一の状態で・・・内嵌めし」との要件を文言どおりに充足することはない。すなわち,本件発明の同要件は,本件クリアランスの向きを間接的に規定しているものとみることができるのである。原告の主張は,請求項1に本件クリアランスの向きを上下方向に限定するとの記載がなければ,原告製品のように,クリアランスの向きが水平方向の構造のものが,本件発明の構成要件を文言どおり充足することになる,との誤った前提に基づくものであり,失当である。
原告は,本件明細書に,「生海苔のみが水とともに前記クリアランスを通過して下方に流れる」(甲第1号証3欄50行〜4欄1行),「生海苔のみが水とともに前記クリアランスSを通過して下方に流れる。」(同6欄30行〜32行),「生海苔のみが水とともに前記クリアランスを通過して下方に流れる」(同7欄26行〜27行)と記載されていることを,その主張の根拠として挙げている(下線付加)。しかし,本件明細書のこの記載は,生海苔と水とがクリアランスを通過した後に下方のバッチ水槽等に流れることを記載しているのであり,クリアランス自体が「上下方向のもの」であることを記載しているものと解することができないことは明らかである。この原告の主張も失当である。
以上のとおりであるから,本件明細書の請求項1の記載が,旧特許法36条5項2号に反するものということはできない。
4 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は,いずれも理由がないことが明らかであり,その他,審決にこれを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸