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関連審決 異議2001-71633
関連ワード 協議 /  技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  分割出願 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  交換 /  構成要件 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 398号 特許取消決定決取消請求事件
原告 三菱レイヨン株式会社
訴訟代理人弁理士 野口武男
同 塩澤克利
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 野田直人
同 石井良夫
同 高木進
同 宮川久成
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/06/23
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2001-71633号事件について平成14年5月21日にした決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成2年2月19日にした特許出願(特願平2-38129号)の一部を,平成9年5月9日に分割出願して名称を「浄水器」とする新たな特許出願(特願平9-119110号)をし,平成12年10月6日,特許第3116053号として設定登録を受けた(以下「本件特許」という。)。
本件特許につき特許異議の申立てがされ,異議2001-71633号事件として特許庁に係属したところ,原告は,平成13年10月23日,願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲等を訂正する旨の訂正請求をした後,訂正拒絶理由通知を受けて,平成14年2月22日付け手続補正書(訂正請求書)により,先にした訂正請求の内容を補正した(以下,この補正後の訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)。
特許庁は,上記特許異議の申立てについて審理した上,同年5月21日,「訂正を認める。特許第3116053号の訂正後の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年7月8日,原告に送達された。
2 本件訂正に係る本件明細書の特許請求の範囲の記載 【請求項1】浄水器を流し台の下方に配設する浄水システムであって, 前記浄水器は,その上部に入口部と出口部とを有しており,その内部に活性炭及び中空糸膜が配設されてなるものであり, 前記浄水器の入口部は,切換弁を介して延びる浄水器入口側配管と自動開閉バルブを有するワンタッチジョイントにより着脱可能に接続され, 前記浄水器の出口部は,一端に浄水用ノズルを有する浄水器出口側配管の基端と自動開閉バルブを有するワンタッチジョイントにより着脱可能に接続されており, 前記切換弁と浄水用ノズルとがそれぞれ分離独立して配され,前記浄水用ノズルが前記切換弁を内蔵する給水栓と一体化されるとともに,同給水栓が流し台の上面に配され, 前記給水栓の入口の上流側にバルブが取り付けられてなる, ことを特徴とする浄水システム。
【請求項2】 浄水器の内部に配設されている前記活性炭が,該活性炭に銀が添着されてなるものであることを特徴とする請求項1に記載の浄水システム。
【請求項3】 浄水器の内部に配設されている前記活性炭及び中空糸膜が,容器本体内に設置される浄水用カートリッジ内に配設されてなるものであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の浄水システム。
(以下,上記請求項1〜3に係る発明を「本件訂正発明1〜3」という。) 3 本件決定の理由 本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件訂正を認めた上,本件訂正発明1〜3は,実願昭59-61395号(実開昭60-176216号)のマイクロフィルム(甲2,以下「刊行物1」という。),特開昭60-220107号公報(甲3,「以下「刊行物2」という。),実願昭63-32865号(実開平1-137795号)のマイクロフィルム(甲4,以下「刊行物3」という。),特開昭64-22394号公報(甲5,以下「刊行物4」という。),特開昭62-53797号公報(甲6,以下「刊行物5」という。),実願昭58-104231号(実開昭60-13215号)のマイクロフィルム(甲7,以下「刊行物6」という。),実願昭63-77433号(実開平1-180563号)のマイクロフィルム(甲8,以下「刊行物7」という。),昭和58年10月1日社団法人日本水道協会発行「型式承認申請書の書き方及び審査基準の解説(昭和58年7月改正)」(甲9,以下「刊行物8」という。),特開平1-254218号公報(甲10,以下「刊行物9」という。)及び昭和58年8月31日社団法人日本水道協会発行「給水装置に係わる器具等関係規程・規則および審査基準(昭和58年7月改正)」(甲11,以下「刊行物10」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,本件特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により取り消されるべきであるとした。
原告主張の本件決定取消事由
本件決定は,本件訂正発明1と刊行物1記載の発明(以下「刊行物1発明」という。)の相違点(ニ)の認定を誤る(取消事由1)とともに,相違点(イ),(ロ),(ニ)についての判断を誤り(取消事由2〜4),本件訂正発明2及び3の容易想到性についての判断を誤った(取消事由5)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点(ニ)の認定の誤り) (1) 本件決定は,相違点(ニ)として,「本件訂正発明1では,浄水用ノズルが給水栓と一体化されているのに対し,刊行物1発明では,取付板を利用して流量調節弁と浄水蛇口とを取り付けてある点」(決定謄本12頁相違点(ニ))を認定しているが,誤りである。すなわち,本件訂正発明1は,「浄水用ノズルと給水栓とが分離独立して配されている」構成と「それらが一体化されている」構成とが有機的に相互の関連を持って結び付いた構成であるのに,本件決定は,その点を看過した結果,これら二つの構成を相互に関連性のない別個の構成としてとらえた上,浄水用ノズルと給水栓の一体化の点だけを分離して上記相違点を誤って認定したものである。
(2) 本件訂正発明1の「浄水器入口側配管」と「浄水器出口側配管」は,浄水器を介して分離独立して配されるため,それにより,浄水用ノズルに流れる浄水中に切換弁に流れる原水が混ざり合うことがなくなり,浄水用ノズルからは浄水器で浄化された浄水のみが流れ出ることになる。このように,本件訂正発明1の「浄水器入口側配管」と「浄水器出口側配管」とはそれぞれ分離独立しているにもかかわらず,浄水用ノズル及び給水栓は一体化されているため,原水と浄水とが混じり合うことが確実に防止されると同時に,切換レバーの操作により,あたかも給水栓から浄水が直接給水されるようになり,極めて見栄えと操作性に優れたものとすることができるのである。
(3) 被告は,上記効果のうち,「切換レバーの操作によりあたかも給水栓から浄水が直接給水されるようになる」との点は,「一体化」の効果であると主張しているが,この効果は,被告が「分離独立」の効果であるとしている「原水と浄水とが混じり合うことが確実に防止される」という効果が達成された上で初めて達成されるものである。このことは,一体化と分離独立が有機的に結び付いて新たな効果を奏していることにほかならない。
2 取消事由2(相違点(イ)についての判断の誤り) (1) 本件決定は,相違点(イ)として,「本件訂正発明1では,浄水器内部に活性炭及び中空糸膜が配設されてなるものであるのに対して,刊行物1発明では,その点が不明である点」(決定謄本12頁相違点(イ))を認定した上,同相違点について,「水を浄化する際に,浄水において,活性炭と中空糸膜を使用することは普通に行われていることであり(刊行物6参照),浄水器において活性炭や中空糸膜を配設することは本件出願前周知の事項(刊行物2〜5参照)であるから,刊行物1発明において,浄水器内部に活性炭や中空糸膜を配設することは格別のこととは認められない」(同頁末行〜13頁第1段落)と判断しているが,誤りである。
(2) 刊行物1発明の浄水器においては,「浄水器には高圧がかからない」(甲2の5頁),あるいは,「浄水器及び管路等に高水圧がかかるのを防止することができ,そのため,浄水器及び管路の構造や材質に耐圧性を考慮する必要がなく」(同7頁)とされている。他方,浄水器内部に中空糸膜を配設する場合には,長期の使用により目詰まりが生じ,浄水器に掛かる圧力が次第に上昇するようになるため,継手による管路の接続が完全でなかった場合,圧力の上昇に伴って水漏れが起こる懸念がある。
したがって,中空糸膜を浄水器内部に設置するためには,浄水器自体の構成や浄水器と接続する配管や継手を,高圧の掛からない構成から圧力が次第に高くなっても耐え得る構成に変更する必要があるが,本件決定は,その点を考慮せず,圧力上昇の発生源である中空糸膜を,高圧が発生しないことを前提とする刊行物1発明の浄水器内部に配設することは格別のことではないとの誤った判断をしたものである。
(3) 被告は,浄水器に掛かる圧力は水道水の圧力以外のものによってもたらされるものではないから,刊行物1発明の浄水器に中空糸膜を適用することに何ら問題はない旨主張する。確かに,本件発明の浄水器や刊行物1発明の浄水器内にも水道水が流れて水道水の圧力が加わっているが,それはマクロ的にとらえた見方であり,ミクロ的には,甲19(実験成績証明書)の実験結果が示すとおり,中空糸膜を用いた浄水器の上流側での圧力上昇は極めて大きいものとなる。
被告は,また,甲19の実験結果によっても動水圧(浄水器通水時の水道圧)は元圧(止水時に水道管に加わっている圧力)を超えることはないのであるから,同実験結果は被告の上記主張を覆すものではないとも主張するが,水道の元圧こそが高圧にほかならない。刊行物1発明の浄水器が水道の元圧に近い圧力が掛かることを全く想定していないことは明らかである。
中空糸膜を備えた浄水器では,長期間にわたって使用していると目詰まりが生じ,水道水が流れ難くなるので,中空糸膜を備えた浄水器の上流側での圧力上昇は大きい。このため,浄水器の入力側配管と浄水器の入口部との接合部が十分な強度で接合されていないと,目詰まりの発生による圧力上昇に伴って接合部から水道水が漏れ出てしまうことになる。本件訂正発明1においては,自動開閉バルブを有するワンタッチジョイントを用いることにより,素人の操作によっても所望の接合強度が得られ,長期にわたって接合部から水漏れが発生するおそれがない。
3 取消事由3(相違点(ロ)についての判断の誤り) (1) 本件決定は,相違点(ロ)として,「本件訂正発明1では,継手が自動開閉バルブを有するワンタッチジョイントであるのに対し,刊行物1発明では,袋ナットである点」(決定謄本12頁相違点(ロ))を認定した上,同相違点について,「一般に,浄水器は着脱可能な構造にするように定められており(刊行物8参照),加えて刊行物9に,浄水器を着脱するための継手端部が挿入固定されたときだけ開く止め弁を内蔵した急速脱着形管継手が記載されているとおり,自動開閉バルブを有するワンタッチジョイントは本件出願前周知の事項であり,その場合,着脱時の漏れ防止効果は知られていたのであるから・・・,刊行物1発明の袋ナットに代えて自動開閉バルブを有するワンタッチジョイントとすることは当業者が容易に想到し得ることである」(同13頁第2段落)と判断しているが,誤りである。
(2) 本件決定における「一般に浄水器は着脱可能な構造にするように定められており(刊行物8参照)」との認定は,刊行物8(甲9)を誤解したものである。すなわち,刊行物8は,既設の給水栓の自在管(吐出管)を取り外したり改修したりすることなく,給水栓につながる蛇口,すなわち吐出管に直接取り付ける形式の浄水器について記載しているものであり,本件訂正発明1の浄水器や刊行物1発明の浄水器のように給水装置に固定的に直結しておくような,形式の異なる浄水器についてまで,給水栓から容易に着脱可能とすることを記載するものではない。また,刊行物8が昭和58年7月改正(同年10月1日発行)のものであるにもかかわらず,昭和59年4月27日に出願された刊行物1発明は,刊行物8の「本器(注,浄水器の意)の設置使用は使用者の責任において自由であるが,給水装置に固定的に直結しておくような取り付けは認められない」(433頁左欄)とする規制に反する構造を採用している。このことは,刊行物8の上記規制は多様な形式の浄水器に対する一般的な規制ではないことを意味するものである。
(3) 本件決定は,刊行物9(甲10)を引用して,自動開閉バルブを有するワンタッチジョイントは本件特許出願前周知の事項であるとし,刊行物1発明の袋ナットに代えて自動開閉バルブを有するワンタッチジョイントとすることは当業者が容易に想到し得ることであると判断している。
しかし,刊行物9に記載されたワンタッチジョイントは,自動販売機内で使用される業務用のフィルタ装置を装着する場合に用いられているものであって,自動販売機内で侵食性の液がこぼれるのを防止するものであるから,家庭用の浄水器における脱着,特に,流し台の下という環境下における浄水器の交換作業時に水漏れや細菌の侵入を防止するために使用することができることは開示も示唆もされておらず,本件訂正発明1とは技術分野の異なる発明である。流し台の下に設置する浄水器,特に活性炭と中空糸膜を配設した浄水器の交換作業においては,水漏れの防止とともに細菌の侵入を防止することが必要不可欠であるが,本件訂正発明1における細菌の侵入防止効果は,自動開閉弁を有するワンタッチジョイントを採用することによって初めて得られる特有の効果である。また,水漏れ防止効果は,流し台の下方という劣悪なスペース内での浄水器の交換,設置作業を安全かつ容易なものとするとともに,中空糸膜を使用した浄水器の圧力上昇に起因する水漏れの問題をもワンタッチジョイントを採用することで解決できたという特有の効果である。
(4) 被告は,実願昭63-55566号(実開平1-160062号)のマイクロフィルム(乙1)を提出して,アンダーシンク型の浄水器においても着脱自在とすることが本件特許出願前に普通のことであったと主張するが,乙1においては,着脱自在機構部7は着脱自在に構成されているものの,連結部80は着脱自在に構成されておらず,浄水器の入口部及び出口部に着脱自在なワンタッチジョイントが配置され浄水器自体を容易に着脱できる本件訂正発明1のものとは明確に構造が異なる。
4 取消事由4(相違点(ニ)についての判断の誤り) (1) 本件決定は,相違点(ニ)について,刊行物7を引用して,「刊行物1発明において,取付板を利用して流量調節弁と浄水蛇口とを取り付ける代わりに浄水用ノズルと給水栓とを一体化することは当業者が容易に想到し得ることである」(決定謄本13頁第5段落)と判断しているが,誤りである。
(2) 刊行物7(甲8)には,原水導入管2から出口通路9までの通路と浄水戻り管13から出口連通管15を介してスワン吐出管17までの通路とはそれぞれ分離独立した構成とすることは開示されておらず,まして原水導入管2から出口通路9までの通路と浄水戻り管13から出口連通管15を介してスワン吐出管17までの通路とをそれぞれ分離独立した状態で一体化する技術は開示も示唆もされていない。
取消事由1において主張したとおり,本件訂正発明1では,「浄水器入口側配管」と「浄水器出口側配管」とは浄水器を介して分離独立して配されるものであるとともに,一体化した構成となっており,分離独立した構成と一体化した構成とは,有機的に結び付いた不可分の構成であるが,本件決定は,この点についての判断を遺脱し,誤った結論を導いたものである。
(3) 被告は,刊行物7記載の例自体が,原水と浄水とが混ざらないという分離独立した状態で一体化するという具体例であると主張するが,同例においては,圧力バランス室28及び給水室4からの原水がシール部分を介して出口通路管15に侵入して,浄水に原水が混入することがあり得るのであって,切替弁と浄水用ノズルがシール部材などを介することなく独立分離している本件訂正発明1とは異なる。
(4) 被告は,また,乙1に記載されている例において,カウンタープレート上に位置するノブ及び吐水管は一体化することも可能であると主張するが,そこでは,ノブで開閉操作される水栓それ自体と吐水管とを一体化することについては記載も示唆もされていない。
5 取消事由5(本件訂正発明2及び3に関する判断の誤り) 本件訂正発明1を容易想到とする本件決定の判断は,上記取消事由1〜4によって取り消されるべきものであるから,その誤った判断を前提とする本件訂正発明2及び3に関する判断も取り消されるべきである。
被告の反論
本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(相違点(ニ)の認定の誤り)について (1) 刊行物1(甲2)には,「流量調節弁」と「浄水蛇口」とを分離独立して配されていることが明確に記載されている(5〜6頁)から,給水栓と浄水用ノズルとがそれぞれ分離独立して配されているとの点を相違点として認定することはできない。
(2) 原告は,本件訂正発明1は,「分離独立」と「一体化」とが有機的に相互の関連を持って結び付いた構成であるとして,その効果を主張するが,刊行物1発明においても原水と浄水は混ざり合っていないことは明らかであるし,「極めて見栄えと操作性に優れたものとすることができる」という効果は,あくまで浄水用ノズルと給水栓を一体化したことによる効果であって,有機的に「分離独立」と「一体化」とが結び付いた構成を採用することによって初めて奏する効果ではない。すなわち,原告が有機的に結びついた構成によるものと主張する効果は,原水と浄水が混じり合うことが確実に防止されるという「分離独立」による効果と,切替レバーの操作によりあたかも給水栓から浄水が直接給水されるようになるという「一体化」による効果との総和効果にすぎない。
2 取消事由2(相違点(イ)についての判断の誤り)について (1) 刊行物1発明の浄水器に掛かる圧力は水道水の圧力以外のものによってもたらされるものではなく,他の刊行物に記載された中空糸膜を用いた浄水器も水道の蛇口に接続され水道水の圧力で作動するものであるから,刊行物1発明の浄水器に中空糸膜を適用することに何ら問題はない。水道の蛇口に接続された浄水器には常時「高圧」が掛かるものではないし,掛かったとしても最大で水道水の圧力という点では,他の刊行物記載の発明でも刊行物1記載の発明でも大差はない。
(2) 甲19の実験結果を見ても,動水圧(浄水器通水時の圧力)は元圧(止水時に水道管に加わっている圧力)を超えることがない。浄水器には基本的に給水器具として要求される耐圧性が必要であり(甲9,11),活性炭を用いたからといって極端に耐圧性が低くてよいわけではないから,ミクロ的な判断をしても中空糸膜を用いた場合と活性炭を用いた場合とで大きな相違があるとはいえない。
3 取消事由3(相違点(ロ)についての判断の誤り)について (1) 本件決定が「一般に,浄水器は着脱可能な構造にするように定められており」とする趣旨は,一般的技術課題の存在をいうものであって,家庭用浄水器の一般技術常識を記載したものであるから,これを引用例1発明の浄水器に適用した点に誤りはない。
(2) 刊行物9記載のワンタッチジョイントは自動販売機内で使用される業務用のフィルタ装置のみに限定されるものではないし,「フィルタ装置の交換中に機器から液がこぼれるおそれがない」という点で「浄水器の交換作業時の水漏れを防止する」という本件訂正発明1の効果と共通している。ワンタッチジョイントにした場合,着脱時に配管部からの水漏れがないように継手に自動開閉バルブを付設することは本件特許出願前に知られており(刊行物9),原告の主張する本件訂正発明1の水漏れ防止効果は,自動開閉バルブを付設したことによる当然の効果にすぎない。
原告は細菌侵入防止の効果についても主張するが,その主張は,本件明細書の記載に基づかず,また,仮に存在するとしてもワンタッチジョイントに付随する当然の効果にすぎないから,失当である。
(3) 家庭用浄水器が着脱可能に設けられることは本件特許出願前に普通に行われていたことであり,アンダーシンク型の浄水器においても例外ではない(乙1)。
4 取消事由4(相違点(ニ)についての判断の誤り)について (1) 刊行物7(甲8)には,原水の流量を調節しているパイプ弁は摺動しているが,出口連通管は微動だにせず浄水を連通しているという,分離独立した状態で一体化する具体例が記載されている(5,6頁)。
(2) 原告は,刊行物7の例においては,シール部材を介して浄水に原水が混入することがあり得るとするが,刊行物7は,浄水用ノズルを給水栓と一体化して見栄えを良くする例として引用したもので,刊行物7記載のスワン自在水栓において浄水用ノズルと給水栓とが一体化されており,現実に浄水と原水が混ざっていなければ十分である。また,「一体化」に関しては,乙1において,「この実施例においてはカウンタープレート上に位置するノブ及び吐水管は一体化することも可能である」とされているとおり,格別の創意工夫を要することではない。
5 取消事由5(本件訂正発明2及び3に関する判断の誤り)について 原告主張の取消事由1〜4はいずれも理由がないから,これを前提とする本件訂正発明2及び3の容易想到性を肯定した本件決定の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点(ニ)の認定の誤り)について (1) 原告は,本件訂正発明1においては,「浄水用ノズルと給水栓とが分離独立して配されている」構成と「それらが一体化されている」構成とが有機的に相互の関連を持って結び付いた構成が採られており,それによって,「原水と浄水とが混じり合うことが確実に防止されると同時に,切換レバーの操作により,あたかも給水栓から浄水が直接給水されるようになり,極めて見栄えと操作性に優れたものとすることができる」という効果を奏しているのに,本件決定は,それを看過した結果,これら二つの構成を相互に関連性のない別個の構成としてとらえた上,浄水用ノズルと給水栓の一体化の点のみを分離して上記相違点を認定したことは誤りである旨主張する。
そこで,本件訂正発明1の効果について見るに,本件訂正に係る本件明細書(甲18)には,「浄水用ノズル4が給水栓3と一体化されているため,流し台周辺の見栄えを良くすることができる」,「切換弁6を備えた給水栓3に対して浄水用ノズル4は,浄水器1を介して切換弁6とは分離独立して,前記給水栓3に一体化させてあるため,給水栓3を通って浄水が流出するように見えるので,給水及び止水の操作を容易に行なうことができるばかりでなく,浄水用ノズル4には常に浄化された水だけが供給される」(段落【0016】〜【0017】)と記載されている。しかし,この記載は,もともと本件訂正前の本件明細書(甲12)において,「浄水用ノズル4が給水栓3と一体化されているため,流し台周辺の見栄えを良くすることができる」,「給水栓3に対して浄水用ノズル4を一体化させてあるため,給水栓3を通って浄水が流出するように見えるので,給水及び止水の操作を容易に行なうことができる」(段落【0016】〜【0017】)と,「一体化」による効果について記載されていたところ,本件訂正により,特許請求の範囲に「切換弁と浄水用ノズルとがそれぞれ分離独立して配され」という構成要件が加わったことに伴い,発明の詳細な説明に「分離独立」による効果の記載が加えられたものと解される。
そうすると,原告が主張する本件訂正発明1の効果のうち,「極めて見栄えと操作性に優れたものとすることができる」との効果は,本件訂正の前後における本件明細書の記載から見て,「浄水用ノズルと給水栓が一体化されている」構成によりもたらされる効果であり,他方,「原水と浄水とが混じり合うことが確実に防止される」との効果は,本件訂正により加えられた「浄水用ノズルと給水栓とが分離独立して配されている」構成によりもたらされる効果であると認めるのが相当である。なお,原告は,「切換レバーの操作によりあたかも給水栓から浄水が直接給水されるようになる」との効果は,「分離独立」の効果である「原水と浄水とが混じり合うことが確実に防止される」という効果が達成された上で初めて達成されるものであるとも主張するが,本件訂正前の本件明細書には,上記のとおり,「給水栓に対して浄水用ノズルを一体化させてあるため,給水栓を通って浄水が流出するように見える」と,「分離独立」とは無関係に「一体化」の効果として記載されていたのであるから,原告の上記主張は明細書の記載に基づかない主張であって採用することができない。
(2) 他方,刊行物1(甲2)には,「上記のように構成されるこの考案の浄水装置は,例えば第2図に示すように,台所の流し台13の後方側の上面に取付版4を利用して流量調節弁5と浄水蛇口8とを取り付け,浄水器7をその下方の任意の位置に配設するようにして配管される」(5頁末行〜6頁5行目)と,流量調節弁と浄水蛇口とが分離独立して配されていることが記載されており,これは,給水栓と浄水用ノズルが分離独立して配されていることに相当するものである。
(3) そうすると,本件訂正発明1と刊行物1発明とは,本件決定も認定(決定謄本12頁23行目)しているとおり,「浄水用ノズルと給水栓とが分離独立して配されている」点においては一致するといわざるを得ないから,本件決定が「浄水用ノズルが給水栓と一体化されている」点のみを取り上げて,これを相違点(ニ)として認定したことに誤りはなく,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点(イ)についての判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物1発明における浄水器は,高圧が発生しないことを前提とするものであるから,長期の使用により中空糸膜部に目詰まりが生じ圧力上昇を発生させる中空糸膜を刊行物1発明の浄水器内部に配設することを,格別のことではないとする本件決定の判断は誤りであると主張する。
しかしながら,刊行物1発明の浄水装置は,浄水器の一次側(上流側)に流量調節弁を配することにより浄水器部分に水道の元圧に近い高圧が掛からないようにすることを特長とするものであるとはいえ,水に接するものである以上,そこで用いられる浄水器は,ある程度の水圧に耐え得る構造となっていることは自明というべきである。そして,甲19(実験成績証明書)の図2によれば,中空糸膜と活性炭をろ材とする浄水器に掛かる動水圧(浄水器通水時の水道圧)は,総ろ過流量25m3を超える場合でさえ,元圧(止水時に水道管に加わっている圧力)より相当程度低い圧力であることが認められるから,内部に中空糸膜を配設した浄水器を刊行物1発明の浄水装置に適用することにつき,格別の技術上の障害があるとはいえない。
(2) 加えて,本件訂正に係る本件明細書(甲18)に,「浄水器1の上流側に給水栓3を配置した元止め方式にしてあるので,浄水器1の容器本体の耐圧性の小さいものにも適用することができるため,浄水器1のコストダウンを図ることが可能である」(段落【0018】)と記載されているように,内部に中空糸膜を配設した浄水器を用いる本件訂正発明1においても,中空糸膜を用いることによる圧力上昇について特に考慮は払われていないと見られるのであって,そうとすれば,刊行物1記載の浄水装置も,浄水器の上流側に流量調節弁が配置されている「元止め方式」である以上,本件訂正発明1と同様,内部に中空糸膜を配設した浄水器を用いることに格別の問題はないと認めるのが相当である。なお,原告は,本件訂正発明1においてワンタッチジョイントを採用したことの効果の一つとして,浄水器内部に中空糸膜を配設した場合における目詰まりの発生による圧力上昇に備えるという効果もあるかのような主張もするが,本件訂正に係る本件明細書の記載に基づかない主張であって,採用の限りではない。
(3) 以上によれば,刊行物1発明において,浄水器内部に活性炭や中空糸膜を配設することは格別のこととは認められないとした本件決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 取消事由3(相違点(ロ)についての判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物8(甲9)における「浄水器は給水せんより容易に着脱可能な構造であること」(436頁右欄)との記載は,そもそも,既設の給水栓の自在管(吐出管)を取り外したり改修したりすることなく,給水栓につながる蛇口,すなわち吐出管に直接取り付ける形式の浄水器を対象とするものであって,本件訂正発明1の浄水器や刊行物1発明の浄水器のように給水装置に固定的に直結しておくような,形式の異なる浄水器についてまで対象とするものではないし,このことは,刊行物8の昭和58年7月改定後に出願された刊行物1発明が刊行物8の上記記載に反する構造を採用していることからみても明らかであるとして,本件決定が,「一般に浄水器は着脱可能な構造にするように定められており(刊行物8参照)」と認定したことは,刊行物8の記載内容を誤解したものであると主張する。
しかしながら,刊行物8には,「適用範囲」として,「この規格は,活性炭等のろ材を用いて,残留塩素等水中の溶存物質を減少させることを主目的とした水処理器具で,給水せんにとりつけ主として,家庭用に用いるもの(以下浄水器という)について規定する」(435頁右欄)と明確に記載されているのであるから,その文面上,原告主張のように適用範囲を限定することはできないというべきである。また,浄水器の構造に関する上記規制は,刊行物8の記載から判断して,「全国家庭用浄水器協議会」が定めたいわゆる自主規格であって,もとより法的拘束力を有する性格のものではないと認められるから,刊行物8の改定後に出願された刊行物1がこれに反する構造を採用しているからといって,そのことのみを根拠に,刊行物8が多様な形式の浄水器に対する一般的な規制を記載したものではないと断定することができないことも当然である。
そうとすれば,刊行物8の記載は,法的拘束力を有するものではないにしても,家庭用浄水器一般に対する業界の自主規格として,これに接した当業者に対して,刊行物1発明の浄水装置における袋ナットを,容易に着脱可能な接続手段に代えるための動機付けを与えるものであると認めるのが相当である。
(2) 原告は,刊行物9(甲10)に記載されたワンタッチジョイントは自動販売機内で使用される業務用のフィルタ装置を装着ブロック31に装着する場合に用いられているものであって,流し台の下という環境下における浄水器の交換作業時に水漏れや細菌の侵入を防止するために使用される本件訂正発明1のものとは技術分野を異にする旨主張する。
しかしながら,刊行物9は,「管継手29は上側の部分の中に,各継手端部28が挿入固定されたときだけに開く止め弁を内蔵している。それゆえにフィルタ装置の交換中に機器から液がこぼれるおそれがない」(5頁右上欄)と,水漏れ防止効果を示唆しており,刊行物9に記載されたワンタッチジョイントは,水漏れ防止が必要とされる技術分野に適用可能であると解されるから,刊行物9記載のワンタッチジョントと本件訂正発明1のものとは技術分野を異にするとの主張は成り立たない。また,本件訂正に係る本件明細書には,自動開閉弁を有するワンタッチジョイントを用いることで細菌の侵入が防止されるとの効果について記載も示唆もされていないから,細菌侵入防止効果を根拠として,刊行物9記載のワンタッチジョントと本件訂正発明1のものとは技術分野が異なると主張することは,明細書の記載に基づかないものであって,採用することができない。
(3) 以上によれば,刊行物1発明の浄水装置における袋ナットに代えて自動開閉バルブを有するワンタッチジョイントを用いることは,当業者が容易に想到し得ることであるとした本件決定の判断は相当であり,原告の取消事由3の主張は理由がない。
4 取消事由4(相違点(ニ)についての判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物7(甲8)には,原水導入管2から出口通路9までの通路と浄水戻り管13から出口連通管15を介してスワン吐出管17までの通路とはそれぞれ分離独立した構成とすることは開示されておらず,まして原水導入管2から出口通路9までの通路と浄水戻り管13から出口連通管15を介してスワン吐出管17までの通路とをそれぞれ分離独立した状態で一体化する技術は開示も示唆もされていないから,刊行物7を引用して相違点(ニ)を容易想到とすることは誤りである旨主張する。
しかしながら,取消事由1について検討したとおり,浄水ノズルと給水栓とが分離独立していることと,それらが一体化されていることとは別個の構成であって,「分離独立」の点は,本件訂正発明1と刊行物1発明との相違点には当たらないというべきであるから,相違点(ニ)についての判断においては,浄水用ノズルと給水栓との「一体化」について判断すれば足り,「分離独立」について判断する必要はない。したがって,刊行物7に「分離独立」の技術が開示されてないないことを理由とする原告の上記主張は,それ自体失当であるばかりでなく,刊行物7において,給水栓と浄水ノズルを一体化し,流し台周辺の見栄えを良くするという技術的思想が開示されていることは明らかであり,刊行物7と同様に本件特許出願前の刊行物である実願昭63-55566号(実開平1-160062号)のマイクロフィルム(乙1)にも,カウンタープレート上に位置する,水栓につながるノブと吐水管とを一体化することも可能であるとの技術的思想が開示されている。
(2) そうすると,刊行物1発明において,取付板を利用して流量調節弁と浄水蛇口とを取り付ける代わりに,給水栓と浄水用ノズルとを一体化することは当業者が容易に想到し得ることであるとした本件決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由4の主張は理由がない。
5 取消事由5(本件訂正発明2及び3に関する判断の誤り)について 本件訂正発明2及び3は,本件訂正発明1の構成を前提とするところ,上記説示のとおり,本件訂正発明1に係る取消事由1〜4はいずれも理由がないから,原告の取消事由5の主張も理由がないことに帰する。
6 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 早田尚貴