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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成14ネ6451各補償金請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  職務発明 /  相当の対価(相当な対価) /  協議 /  自然法則 /  技術的思想 /  有用性 /  創作性(創作) /  共同発明 /  公知技術 /  発明の詳細な説明 /  実施 /  交換 /  共同発明者 /  対価 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 14年 (ネ) 730号 実績報償金請求控訴事件
控訴人 X
訴訟代理人弁護士 菊池武
被控訴人 コスモ石油株式会社
訴訟代理人弁護士 佐野隆雄
同 村上久
同 高橋成明
同 佐久間 学
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/06/26
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 原判決を取り消す。
被控訴人は,控訴人に対し,金1000万円及びこれに対する平成12年9月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人 主文同旨
事案の概要
本件は,控訴人が,被控訴人が有する特許の対象となっている二つの発明(原判決にいう「本件発明A」及び「本件発明B」)は,控訴人が,被控訴人の従業者であった間に,被控訴人の他の従業者と共同で行った発明(職務発明)であるとして,これらについて特許を受ける権利承継して特許を取得した被控訴人に対し,特許法35条3項の規定に基づき,相当の対価として378億0100万円を主張して,その内金1000万円の支払を求めている事案である(原審においては,相当な対価として18億5500万円を主張し,その内金3000万円の支払を求め,全部棄却された。)。被控訴人は,本件発明A及びBについて特許出願をした際に,控訴人を共同発明者の一人として願書に記載し,控訴人に対し,社内規程による出願報償金及び登録報償金を既に支払っている。しかし,被控訴人は,控訴人が本件発明A及びBの共同発明者の一人であることを争い,これを本訴の中心的な争点としている。
争いのない事実及び当事者の主張は,次のとおり付加・訂正するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄記載のとおりであるから,これを引用する。本判決においても,「丸善石油」,「訴外組合」,「L」,「M」,「本件発明A」,「N」,「本件発明B」,「スキン層」などの語を,特に断らない限り,原判決の用法に従って用いる。
1 主たる争点 (1) 控訴人は,本件発明Aの共同発明者の一人であるか。
(2) 控訴人は,本件発明Bの共同発明者の一人であるか。
2 控訴人の当審における主張の要点 (1) 本件発明A及びBに共通する事項について (a) 控訴人は,昭和56年から,訴外組合の「残油水素化分解第2グループ(触媒グループ)幸手研究室」(以下「第2グループ」という。)の主任研究員(グループ長)を務め,昭和57年から昭和59年にかけて,本件発明AをL及びMと共同で,本件発明BをNと共同で発明したものである。触媒の開発は,新規なアイデアに基づく,触媒の試作,その反応の分析・評価,及び,問題点の解析という作業を何回も行い,目標とする特性を備えた触媒に近いものを得る,との方法により行われる。すなわち,触媒の開発は,@試作触媒の反応評価装置を24時間連続運転し,管理するグループ,A試作触媒の分析評価作業を分担するグループ,B分析評価を総合的に考察し,次期の試作触媒を企画するグループ等に別れ,Aをプロセスグループが,Bを第2グループが担当していた。そのため,第2グループの主任研究員である控訴人は,新規に開発された一連の触媒のシリーズであるMZC-2,MZC-3,MZC-500,MZC-600のすべての開発の中心となっていた。このことは,甲第10ないし第12号証,第13号証の1ないし3,第23号証,第26号証の1・2・5・6,第35号証の1・2等から明らかである。
(b) 本件発明Aが発明されたのは,昭和54年ではなく,昭和57年後半以降のことである。第2グループにおいては,控訴人が第2グループの主任研究員となる前の昭和54年から昭和56年までは,従来から存在する触媒について,単に,反応の分析,評価を行っていただけであり,何らの発明もなされたことはなかったのである。
(c) 原判決の,「その後,燃料プロセス部門は第1研究室に,触媒グループは同研究室第2グループに,プロセスグループは同研究室第1グループにそれぞれ名称が変更されるが」(原判決12頁11行〜13行)との認定のうち,「プロセスグループは同研究室第1グループに(それぞれ)名称が変更されるが」とする部分は誤りである。同グループは,昭和58年に第1研究室の「第3グループ」との名称に変更されたのである。原判決のこの誤りは,単なるグループの名称の誤認というにとどまるものではなく,控訴人が本件発明A及びBの発明者ではないとの誤った事実認定の前提となるものである。
(d) スーパーマイクロリアクターは,控訴人が企画し,製作させたものである。現実の製作は,R,S,Tのチームに一任され,同チームにより完成された。
これにより,本件発明Bに係る接触分解型試作触媒の反応試験が順調に進むことになった。控訴人は,スーパーマイクロリアクターの製作作業そのものには従事せず,触媒の開発研究に専念していたのである。
(2) 本件発明Aについて (a) 高温分解型触媒の活性度が,触媒表面積,細孔径,細孔容積に関係していることは,昭和38年6月28日発行の文献に既に明らかにされていた(甲第24号証の1)。1年間,安定して運転することが可能な高温分解型触媒も,昭和50年5月発行の文献に既に示されている(甲第24号証の2)。また,本件で問題とされている研究が開始された昭和54年ころに発行された「重油の水素化脱硫反応に関する研究」(野村宏次著。甲第29号証)には,高温分解型触媒の細孔分布特性その他の詳細な基礎研究に関する事項が記載されていた。
(b) Mは昭和54年から,Lは昭和55年から,控訴人は昭和56年から,長い寿命の高温分解型触媒を作り出すことを目標として,試作触媒について,成分分析と水銀ポロシメーターによる細孔分析,反応評価等を行っていた。しかし,昭和56年ころまでの段階では,公知技術を追試確認する程度のことしかできていなかった。
(c) 被控訴人の千葉製油所では,昭和56年当時,残渣油直接脱硫装置の高温分解型触媒として,ACC社が納入していたRF-11と,日本ケッチェン株式会社(以下「日本ケッチェン」という。)が納入していたRF-100を使用していた。両触媒は,水銀ポロシメータによる分析結果は全く同じであるにもかかわらず,その寿命に大きな差があった。控訴人は,両触媒を高倍率透過電子顕微鏡で観察し,その結果,両者の細孔構造に大差があり,日本ケッチェンが納入していたRF-100には,スキン層が存在し,スキン層表面の細かな細孔をカーボンや金属成分が閉塞するため,スキン層に囲まれた内部への原料油の拡散が阻害され,触媒活性が内部に残存するにもかかわらず,触媒機能がなくなり,触媒粒子全体の寿命が短くなることを発見した。水銀ポロシメータによる測定では,スキン層内部の大きな細孔が,スキン層表面の小さな細孔と同じものとして誤って測定されるため,水銀ポロシメータによる両者の測定結果に差異が生じなかったのである。
(d) 控訴人は,スキン層を発見してから,日本ケッチェンに対し,その是正を促し,同社は,昭和58年6月に,スキン層がない長寿命高温分解型触媒,すなわち,水銀ポロシメーターによりその細孔構造が正しく計測できる長寿命高温分解型触媒の試作品であるMZC-2Aを,従来のスプレードライ工法により完成させた。日本ケッチェンは,その後,スプレードライ装置の運用方法を改善し,MZC-3触媒も完成した。控訴人によるこのスキン層の発見がなければ,日本ケッチェンの試作触媒の水銀ポロシメーターにより測定された細孔径は,測定値そのものが誤りであることが多い,ということに気付くことはあり得ず,したがって,本件発明Aに想到することもあり得なかったのである。
(3) 本件発明Bについて (a) 水素類及び重質油の水素化分解にゼオライト及び非ゼオライト系の接触分解型触媒を利用した多数の技術が,昭和53年当時,既によく知られていた。ゼオライトが石油炭化水素を強力に分解すること,及び,ゼオライトの酸性活性点に原料中の塩基性不純物が吸着するのを防止する手段として,前処理触媒が必要なことは,昭和53年当時,既に刊行されていた特許公報や文献等で知られていた。そのため,控訴人らは,安定して使えるゼオライト触媒に仕上げること,及び,過分解のため,灯軽油の得率が下がることを防止することを,研究開発の目標として設定した。
(b) ゼオライトを使用する接触分解型触媒の開発は,石油残渣中の不純物による試作触媒の触媒活性の損失が激しかったこと,第2グループが使用することができるすべての反応評価装置が高温分解型触媒の開発に投入されたことから,昭和57年には,中断された。しかし,第2グループのR,S,Tによるスーパーマイクロリアクター方式の触媒寿命反応装置40基が完成したことにより,接触分解型触媒の開発が再開され,石油残渣油を減圧蒸留した減圧軽油を間接脱硫する装置の触媒開発が行われた。控訴人とNは,反応評価の総合的考察をし,次期試作触媒の企画を重ね,多数のゼオライトメーカーから試供品を取り寄せ,日本ケッチェン及びその親会社である住友金属鉱山研究所にそれを提供して,接触分解型触媒の試作をさせ,その反応評価の総合的考察と次期試作触媒の企画を続け,その結果,分解活性の高い,長寿命の試作触媒を開発した。ただし,この試作触媒によると,過分解を起こし,灯軽油得率が低く,その解決が必須となった。
(c) 控訴人は,電子顕微鏡で試作触媒を観察し,本来,0.2ないし0.8μmのゼオライト粒子が40μm程度のかたまりのままであり,このゼオライトの分散度の悪さが過分解の原因であることに気づき,ゼオライトを分散した試作触媒で実験した結果,過分解が劇的に減少し,灯軽油得率が向上することが立証された。
このことは,昭和59年5月30日の第2グループ月例会で「2.接触水素化分解触媒の開発,2.2原料zeolite粒子の分散度」(甲第11号証の2)として取り上げられた。
(d) 控訴人は,この知見の下に,ゼオライトメーカーである東洋ソーダの開発担当のK室長と協議し,分散性のよいゼオライトを納品させ,これを原料としてMZC-600を開発し,本件発明Bを完成させた。
(4) 相当な対価について 本件発明A及びBにつき特許を受ける権利承継に対する相当な対価は,次のとおりである。
被控訴人が,本件発明Aについての特許出願に係る出願公告日である平成5年2月27日から平成10年2月16日までの5年間に,本件発明Aを独占的に実施したことにより得た利益の額457億3500万円(30億4900万円×3基×5年)と,本件発明Bについての特許出願に係る出願公告日である平成6年4月27日から平成11年2月16日までの5年間に,本件発明Bを独占的に実施したことにより得た利益の額58億円(2億9000万円×4基×5年)とを合計すると,515億3500万円となる。これに,発明者の寄与率「3分の2」,発明者の中での控訴人の貢献度「2分の1」を乗じて得られる額は,171億7800万円である。
本件発明A及びBのいずれの特許出願においても,審査請求がなされたのは,出願から6年以上経過してからであり,これにより,出願公告日は本来の日よりも6年以上遅れたものとなった。被控訴人は,その6年間,本件発明A及びBを独占的に実施して,その利益を得ている。この6年間の実施利益も,「相当な対価」の算定において考慮すべきである。この6年間に相当する金額は,206億2300万円(171億7800万円×6÷5)である。
したがって,本件発明A及びBの係る特許を受ける権利承継に対する相当な対価の額は,378億0100万円であり,控訴人は,本訴において,その内金1000万円の支払を請求する。
3 被控訴人の当審における反論の要点 (1) 本件発明A及びBに共通する事項について (a) 第2グループのみが触媒の開発を担当し,プロセスグループは反応評価装置の運用のみを担当していた,というわけではない。すなわち,プロセスグループは,実用が可能で優れた触媒に仕上げ,これを千葉製油所の装置に実用化試験用の触媒として提供することを担当していた。第2グループのみで触媒の開発を進めることは不可能である。
(b) プロセスグループの名称は,昭和58年に,「丸善石油・中央研究所・燃料プロセス部門・プロセスグループ」から,「丸善石油・中央研究所・第1研究室・第3グループ」と変更され,これが,さらに,昭和61年に,「プロセス第1研究グループ」と変更されたものである。原判決は,この点についての被控訴人による主張立証が誤っていたため,単に名称の認定を誤ったにすぎない。
(c) 控訴人が開発したのは,MZC-500触媒(Bi-modal触媒)だけであり,これは,本件発明A及びBとは無関係である。控訴人が本件発明Aの実施品であるMZC-2,MZC-3触媒を完成させた,という事実はない。
(d) 控訴人は,原審において,スーパーマイクロリアクターを自ら製作したと主張しながら,当審では,自ら製作したものではない,と主張する。控訴人の主張は,原審での主張と矛盾するものである。
(2) 本件発明Aについて 控訴人は,触媒の寿命を短くする原因がスキン層の存在であることを,電子顕微鏡を使用することによって発見したことから,本件発明Aに想到した,と主張する。しかし,本件発明Aの特許出願の願書に添附した明細書(以下「本件明細書A」という。原判決添付の特許公報(平5-12022。以下「特許公報A」という。)は,これに係る公報である。)には,電子顕微鏡の利用に関する事項及びスキン層に対応する内容の記載は一切ない。控訴人の主張が失当であることは明らかである。
(3) 本件発明Bについて (a) 本件発明Bの特徴は,炭化水素類を水素化精製する触媒と,その特許請求の範囲に記載された結晶性触媒組成物とを併用する点にある。
(b) 控訴人は,控訴人が,電子顕微鏡で試作触媒を観察し,ゼオライトの分散度の悪さが過分解の原因であることに気付き,ゼオライトを分散した試作触媒で実験した結果,過分解が劇的に減少し,灯軽油得率が向上することが立証され,その結果,本件発明Bが完成した,と主張する。しかし,本件発明Bの特許出願の願書に添附した明細書(以下「本件明細書B」という。原判決添付の特許公報(特公平6-31333。以下「特許公報B」という。)は,これに係る公報である。)には,ゼオライトの分散性と過分解の減少との関係についての記載は一切ない。控訴人の主張が失当であることは明らかである。
(4) 相当な対価について 控訴人の主張はすべて争う。
当裁判所の判断
当裁判所は,控訴人の請求は本件発明A及びBのいずれについても理由がない,と判断する。その理由は,次のとおり付加するほか,原判決の「第3 争点に対する判断」のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決の12頁12行,13行の「プロセスグループは同研究室第1グループにそれぞれ名称が変更される」を「プロセスグループは同研究室第3ループにそれぞれ名称が変更される」と訂正する。
1 本件発明Aについて (1) 控訴人は,ACC社が納入していたRF-11と日本ケッチェンが納入していたRF-100の各触媒は,水銀ポロシメータによる分析結果は全く同じであったにもかかわらず,その寿命に大きな差があった,控訴人は,両触媒を高倍率透過電子顕微鏡で観察した結果,RF-100の方にだけスキン層が存在し,スキン層表面の細かな細孔をカーボンや金属成分が閉塞するため,スキン層に囲まれた内部への原料油の拡散が阻害され,触媒活性が内部に残存するにもかかわらず,触媒機能がなくなり,触媒粒子全体の寿命が短くなることを発見した,水銀ポロシメータによる測定では,スキン層内部の大きな細孔が,スキン層表面の小さな細孔と同じものとして誤って測定されるため,両者の測定結果に差異が生じなかったものである,と主張する。
しかし,仮に,控訴人の上記主張事実が認められるとしても,控訴人が主張する電子顕微鏡によるスキン層の発見と水銀ポロシメーターの測定誤差等は,次に述べるとおり,本件発明Aの内容となるものではなく,これにより控訴人を本件発明Aの発明者であると認めることはできない。
本件発明Aの特許請求の範囲は,特許公報A(本判決においても別紙として添付する。)の該当欄記載のとおりである。これをやや簡略に説明すれば,その【請求項1】に係る発明は,@請求項1に記載された特定の重量%のニッケルとモリブデンからなる触媒であり,Aこの触媒は0.55〜1.0ml/gの細孔容積,50〜250Åの平均細孔直径及び3〜4のP因子を有し,B細孔分布において平均細孔直径+10Åより大きく平均細孔直径+500Åより小さい細孔が全細孔容積の10〜30%を占めるものであることを特徴とする,C水素化処理触媒であり,DP因子は,P= /Sとの式で表わされ, は,平均細孔直径であり,水銀ポロシメータで測定した触媒全細孔容積の1/2が水銀で満たされたところの細孔直径(Å)を表わし,Sは,±5Åの範囲の細孔容積の全細孔容積に対する割合(%)を表わす,というものであり,その【請求項2】に係る発明は,@重質鉱油を高温加圧下及び水素の存在下において,A請求項1記載の水素化処理触媒と接触させ,Bこの水素化処理により重質鉱油の水素化脱硫と水素化分解とを同時に進行させることを特徴とする重質鉱油の水素化脱硫分解方法,というものである(別紙特許公報A【特許請求の範囲】)。
本件明細書Aの発明の詳細な説明により,本件発明Aの内容をより詳しくみることにする。そこには,以下のような記載がみられる。
(a) 「重質鉱油特に残査油その水素化脱硫反応と水素化分解反応を同時に進行させる反応方法および触媒に関するものである。」(同2欄16行〜18行) (b) 「重質油を水素化脱硫,水素化脱金属,あるいは水素化分解しうる触媒は公知である。このような作用を有する触媒であつて,特定の細孔分布を有する触媒は特公昭45-38142・・・に記載されている。しかしながら上記特公昭45-38142・・・に記載の触媒は水素化脱硫と同時に水素化分解を行なおうとすると触媒寿命の点で難点があり,これは細孔容積が小さく,また,細孔分布が適切でないためと思われる。」(同3欄15行〜29行) (c) 「従来のこれら水素化処理触媒は単一機能触媒であるため,水素化分解活性が十分でなかつたり,水素化脱硫活性が十分でなかつたり,また触媒寿命が十分でないといつた難点がある。」(同4欄14行〜17行) (d) 「そこで発明者らは・・・アルミナ系触媒を用い,その触媒物性を厳しくコントロールすることにより,脱硫反応と水素化分解反応を同時に進行させこれにより分解率がある程度高くなる反応条件下での脱硫活性が工業的に必要な脱硫レベルであり,かつ安定的に長期間運転可能な重質鉱油の水素化処理触媒を見出して本発明を確立したものである。」(同4欄36行〜43行) (e) 「本発明において用いられている「全細孔容積」という語は,・・・水銀ポロシメータによる4225kg/cm3・G(60.000psig)での測定値をもつて全細孔容積とみなしたものである。平均細孔直径,Sおよび平均細孔直径+10Å〜平均細孔直径+500Åの細孔容積の値は,水銀ポロシメータの圧力と触媒による水銀の吸収量との関係を0〜4225kg/cm3・Gについて求め,4225kg/cm3・Gにおける吸収量の1/2の吸収量を示した時の圧力から平均細孔直径 を求め,次に±5Åおよび +10Åおよび +500Åに対応する圧力における水銀の吸収量を求めることにより得たものである。」(同6欄1行〜14行) (f) 「触媒のP因子は平均細孔直径を加味した細孔分布のシャープさの尺度であり,P因子の値は小さすぎても大きすぎても触媒寿命が短くなってしまうし,また水素化分解活性または水素化脱硫活性が低くなつてしまう。平均細孔直径+10Åより大きく平均細孔直径+500Åより小さい細孔の全細孔容積に占める割合が小さすぎる触媒は触媒寿命が短かく,特に反応後期に要求温度が急上昇する。」(同6欄32行〜40行), (g) 「平均細孔径が約50Å以下であると極端に寿命が短くなり,触媒の細孔分布を特定の範囲に限定したとしても改善が見受けられない。一方,平均細孔径が約250Å以上であると極端に活性が低下し,触媒の細孔分布を特定の範囲に限定したとしても運転日数が増加したとき制限温度を超える。」(同7欄1行〜7行) (h) 「@P因子が3よりも小さい場合,または「平均細孔径+10Å〜500Åの孔の割合」が10%より小さい場合には,運転日数が増加した場合,急激な活性劣化が起こり制限温度を越える。また,AP因子が4よりも大きい場合,または「平均細孔径+10Å〜500Åの孔の割合」が30%よりも大きい場合には,活性が低下し,運転初期温度も高く,運転日数が増加したとき制限温度を越える。したがつて,特定のP因子,特定の細孔径を一定の割合で有することが不可欠となる。」(同7欄12行〜21行) (i) 「望む細孔分布および細孔容積を有する触媒を得るには,例えば,沈殿剤(もしくは中和剤)を加えて担体ゲルをつくるときの沈殿剤のpH,濃度,温度や添加速度,沈殿剤を加える系のpH,濃度や温度,あるいは沈殿剤添加終了後の系のpH,温度や熟成時間をコントロールすればよい。」(同7欄29行〜35行) 本件明細書Aの上記各記載から明らかなように,本件発明Aは,重質鉱油特に残査油について,その水素化脱硫反応と水素化分解反応とを同時に進行させる反応の方法及びこれに用いられる触媒に関するものであり,上記反応に用いられるものとして従来から公知である触媒は,その細孔容積と細孔分布のいずれも適切なものはなく,触媒寿命において難点があったことから,その触媒物性を厳しくコントロールすることにより,脱硫反応と水素化分解反応とを同時に進行させながら,安定した長期間の運転を可能とする重質鉱油の水素化処理触媒とその反応方法を見出した,との発明である。本件発明Aにおいて,触媒のP因子を3〜4とする意義は,上記(f)及び(h)に記載されたとおりであり,「平均細孔径が約50Å以下」及び「平均細孔径が約250Å以上」である場合に生じる現象については上記(g)に記載されたとおりである。そして,本件発明Aにおける細孔容積,平均細孔直径等の概念は,既に公知のものであり,本件発明Aにおける技術思想の中核となる部分は,P因子を設定したところにあることは,本件明細書Aの記載から明らかである。
本件発明Aの全細孔容積及び平均細孔直径の測定については,上記(e)の記載から明らかなように,水銀ポロシメータを使用するとの記載はあるものの,電子顕微鏡を使用してスキン層の有無を検出するとか,スキン層がないことを確認してから,水銀ポロシメータを使用して測定を開始する等の技術内容については,「スキン層」との文言のみならず,それに対応する内容も含めて,本件明細書Aには一切記載がない。また,控訴人が主張するように,スキン層がないことが触媒寿命を長くする要因となるのであれば,そのことを本件明細書Aの特許請求の範囲あるいは発明の詳細な説明の欄に記載しなければならないはずであるにもかかわらず,本件明細書Aには,スキン層に関する記載も,スキン層を生じさせないようにするための触媒の調整条件等についても,「スキン層」との文言のみならず,それに対応する技術内容も含めて,一切記載がないことは,別紙特許公報Aから明らかである。このような電子顕微鏡によるスキン層の発見とスキン層のない触媒の試作は,控訴人が,本件発明Aの創作行為として,原審においても控訴審においても,最も強調してきたものであるにもかかわらず,本件明細書Aには,本件発明Aの内容として,それらについての記載が一切ない,ということは,控訴人が,自らを本件発明Aの共同発明者であるとする主張の根拠としてきた重要な事実が,それ自体そもそも根拠になり得る性質のものではない,ということに帰するのである。
(2) 控訴人は,控訴人が本件発明Aの共同発明者の一人であることは,甲第12,第13号証の1ないし3,第26号証の5等から明らかである,とも主張する。
しかし,甲第12号証のグラフは,その表題は控訴人が記載したものであるとしても,グラフ自体の作成者が不明であり,また,どの触媒についての実験結果であるかについても記載がなく,さらに,そのグラフは,本件明細書Aに記載された第1図とは異なるものである。このような証拠によって,控訴人を本件発明Aの発明者であると認定することはできない。
甲第13号証の1ないし3は,RF-100,RF-11及びMZC-2Aについての電子顕微鏡写真である。控訴人は,これによりスキン層に関する控訴人の上記主張事実を立証しようとするものである。しかし,電子顕微鏡によるスキン層の発見と本件発明Aを結び付けるものが,本件明細書Aに記載されていないことは上記認定のとおりであるから,甲第13号証の1ないし3によっても,控訴人が本件発明Aを創作したものと認めることはできないことが明らかである。
甲第26号証の5(各枝番を含む。)は,名刺であり,これにより控訴人が本件発明Aを創作したことを認めることができないことは,明らかである。
(3) 発明とは,自然法則を利用した技術的思想創作のうち高度のものをいう(特許法2条1項)のであるから,本件発明Aの発明者ということができる者は,その技術思想を創作した者であって,少なくとも,その者の本件発明Aに対する創作的行為の内容ないし結果が,本件明細書Aに本件発明Aの内容として何らかの形で記載されているべきものである。控訴人が自ら発見したと主張するスキン層及び電子顕微鏡によるその発見の手法については,上記のとおり,本件明細書Aにおいて,直接的にも間接的にも何ら記載されていないのであり,これと本件発明Aとを結び付けるものを同明細書中に見いだすことができない。結局,本件発明Aの技術思想の中核的部分に当たるP因子についてはもちろん,本件発明Aの技術思想の一部についてでも控訴人がこれを創作したことを認めるに足りる証拠は全くないという以外にないのである。控訴人は,原判決の認定を種々非難して,その主張の要点欄記載のとおりの主張をしている。しかし,その主張は,いずれも,本件発明Aの発明者についての原判決の認定を覆すべき主張とみることができないものであることが明らかである。
以上のとおりであるから,控訴人が本件明細書Aに発明者の一人として記載され,被控訴人が控訴人に対し,その社内規程に従って出願報償金,登録報償金を既に支払っていたことを斟酌しても,控訴人を本件発明Aの発明者の一人と認定することはできない,という以外にない(控訴人が本件明細書Aに発明者の一人として記載されたのは,被控訴人において,当時,従業員の中から職務発明発明者を厳密に特定する必要があるとは考えられていなかったこと,控訴人が,第2グループの主任研究員(グループ長)として,L及びMによる本件発明Aに係る試験,研究業務を管理し,これを総括し応援する立場にいたこと等によるものと考えることができる。)。
2 本件発明Bについて (1) 控訴人は,電子顕微鏡で試作触媒を観察し,ゼオライトの分散度の悪さが過分解の原因であることに気付き,ゼオライトを分散した試作触媒で実験した結果,過分解が劇的に減少し,灯軽油得率が向上するとの知見の下に,ゼオライトメーカーに分散性のよいゼオライトを納品させ,これを原料としてMZC-600を開発し,本件発明Bを完成させた,と主張する。
しかし,仮に,控訴人の上記主張事実が認められるとしても,控訴人が主張する電子顕微鏡によるゼオライトの分散性と灯油得率の向上等の発見は,次に述べるとおり,本件発明Bの内容となるものではなく,これにより控訴人を本件発明Bの発明者であると認めることはできない。
本件発明Bの特許請求の範囲は,特許公報B(本判決においても別紙として添付する。)の該当欄記載のとおりである。これをやや簡略に説明すれば,@炭化水素類を無機酸化物等から成る前処理触媒で水素化精製し,A結晶性アルミノけい酸塩ゼオライト,無機酸化物,周期律表第6族金属成分,周期律表第8族金属成分,リン成分および/またはホウ素成分を,それぞれ請求項1記載の重量比で含む結晶性触媒組成物にて水素化分解することを特徴とする,B炭化水素類の水素化分解方法,というものである(別紙特許公報B【特許請求の範囲】)。
本件明細書Bの発明の詳細な説明により,本件発明Bの内容をより詳しくみることにする。そこには,以下のような記載がみられる。
(a) 「(産業上の利用分野) 本発明は,水素化処理を2段階で行なう炭化水素類の転化方法特に水素化分解方法に関する。水素化分解は重質油から有用性に富む軽質留分を得るための手段として重要であり,この反応の際に重質油中に含まれる硫黄,窒素,金属などの不純物が除去されるので,得られた軽質留分を除去した後の重質油の品質も改善されるという効果もある。」(同2欄1行〜8行) (b) 「(従来の技術) 一般に炭化水素類の水素化分解触媒は炭素-炭素結合を切断するための酸活性と,切断したオレフイン型分子へ水素を供与するための水素化活性との二元機能をもつ触媒であり,酸活性は触媒中の酸性点によつて発現され,水素化活性は担持された担持金属によつて発現される。結晶性アルミノけい酸塩ゼオライト(以下ゼオライトと略称することがある。)は,けい素とアルミニウムとが規則正しく整然と結合した結晶構造をしているため両元素の接点で発現する酸性点の密度がシリカアルミナのような無機化合物に較べてはるかに高く,そのためゼオライトはしばしばこの種の触媒の一成分として使用される。
しかしゼオライトは高温熱水に接した際結晶構造が破壊され易く,触媒活性が低下してしまうという難点がある。そのため高温熱水に対してゼオライトの結晶構造を安定化する種々の改良研究がなされている。例えばアメリカ特許第3536606号明細書,同第3567277号明細書,同第4036739号明細書には,ゼオライトが含有するナトリウムイオンを一部分アンモニウムイオンで交換し,温度,処理時間および水蒸気分圧をコントロールした状態で水蒸気雰囲気下にこのゼオライトを焼成し,さらにゼオライト中に残存するナトリウムイオンをアンモニウムイオンで交換し焼成することにより安定で活性の高いゼオライトを得る方法が記載されている。・・・しかしながらこれらアメリカ特許明細書に記載の方法ではゼオライトの高温熱水に対する耐性は改良されるけれども,周期律表第6族金属のようなある種の金属成分をゼオライトに担持するときその結晶構造が破壊されてしまい,十分な触媒活性が発現できないという問題がある。」(同2欄15行〜3欄34行) (c) 「(発明が解決しようとする問題点) 本発明者らは先に特定条件下に周期律表第6族金属成分をゼオライト含有担体に担持させるとゼオライトの結晶構造が破壊されないこと,およびこのようにして調製した特定組成の結晶性触媒組成物は炭化水素類の転化特に水素化分解反応において高い活性を示すことを見い出し,特許出願(特開昭59-216635)した。この水素化処理触媒は以後“結晶性触媒組成物”と称する。尚ここで言う“結晶性触媒組成物”という用語は以下の説明から明らかなように触媒全体が結晶性であるということではなく,触媒中のゼオライト成分の実質的部分がゼオライトの結晶構造を保持したまま存在しているという意味で用いられている。」(同4欄19行〜31行) (d) 「しかしながら種々研究の結果,この結晶性触媒組成物も長時間にわたる反応をおこなえば,原料油中の過剰の不純物によつて徐々にその水素化分解活性を減ずる傾向があることがわかつた。」(同4欄41行〜44行) (e) 「(問題点を解決するための手段) かかる不純物により被毒を受けた触媒は燃焼等の通常の再生方法によりその活性を再生することが可能であるが,その再生処理の間隔はできるだけ長いことが望ましく,本発明者らは,効率的な水素化分解方法について種々検討を加えた結果,上記重質油を軽質油へと水素化分解する際に,予め,油を水素の存在下,通常のハイドロフアイニングの条件下,通常のハイドロフアイニング(水素化精製)に用いられる水素化処理触媒と接触させ,しかるのちに結晶性触媒組成物と接触させることにより水素化分解反応をおこなえば長い期間にわたつて有効な水準の触媒活性を維持することができ,水素化分解反応の操作効率を高めうることを見い出した。」(同5欄4行〜16行) (f) 「本発明方法において処理できる原料炭化水素類の例としては,原油,残渣油,原油または残渣油を溶剤脱れき処理した脱れき油,ガス油,ナフサ,減圧軽油などがある。」(同5欄30行〜33行) (g) 「前処理触媒は,通常の水素化精製触媒であり,例えば水素化脱窒素触媒,水素化脱硫触媒,水素化脱メタル触媒あるいは水素化脱アスフアルテン触媒などがある。これらの触媒は従来公知であり」(同5欄36行〜39行) (h) 「前処理過程において発生したアンモニアガスとそのまま後段工程の結晶性触媒組成物に通じるとそれが塩基性であるが故に結晶性触媒組成物の酸活性点に吸着することが予想され,また同様に発生した硫化水素はJournal of Catalysis第1巻,第3号,第235頁に記されているように触媒中のアルミナによつて吸着されAl-S結合を生成し,そのため触媒の活性低下をもたらすと考えられたが,本発明者らの研究によれば上記原料油の前処理過程において発生したアンモニアや硫化水素を除去し,生成油を新しい水素とともに結晶性触媒組成物へ通じて水素化分解反応をおこなえば,有効な水準の触媒活性を長期間にわたり維持できることは勿論であるが,前処理過程において生成した生成油と発生したガスをそのまゝ結晶性触媒組成物へ通じて水素化分解反応をおこなうことによつても,前処理反応をおこなわない場合に比べて有効な水準の触媒活性をはるかに長期間にわたつて維持できることを見い出した。」(同6欄32行〜48行) (i) 「(発明の効果) 本発明により炭化水素類を先ず特定の前処理触媒により水素化精製し,その後特定の結晶性触媒組成物を用いて水素化分解することにより,長期間にわたり極めて高い水素化分解活性を維持して炭化水素類を水素化分解することができる。この長期間にわたる高い水素化分解活性は後段工程の水素化分解触媒としてゼオライトの結晶構造を保持したまま触媒中に配合した結晶性触媒組成物を用い,かつこれを前処理触媒と併用することによりもたらされる。すなわち後段工程で用いる結晶性触媒組成物は,それに配合されているゼオライトの結晶構造がほとんど破壊されずに保たれているためゼオライトの酸活性が十分に発現されており,かつ担持金属成分が高度に分散性よくゼオライトの酸性点近傍に担持されて水素化活性が発現されるために,前処理触媒と併用して用いることにより,炭化水素類の転化反応特に水素化分解反応に長期間にわたつて極めて高い活性を示す。また本発明方法では高い水素化分解活性が長期間にわたつて維持され,従来触媒を用いる場合に較べて触媒活性が極めて高く,従来触媒を用いたのでは処理の困難な重質油も処理可能で,アスフアルテン分や金属分,硫黄分,窒素分などを含有する残渣油すら処理可能である。また本発明方法では脱硫率,脱窒素率,脱金属率等も長期間比較的高水準に保たれる。」(同11欄20行〜43行) (j) 「以上の実施例1〜9および比較例1〜5にみられるとおり,常圧残渣油あるいは減圧留出油のいづれの反応においても本発明で用いる結晶性触媒組成物単独で反応を行なう場合に比べその結晶性触媒組成物を前処理触媒と組み合せて反応を行なう場合の方が,反応開始後15日目のような比較的初期においては原料油のその結晶性触媒組成物に対する液空間速度が大きいため,やや分解率が小さいものの150日以上の長期の反応においては逆に高い分解率が得られている。
このことは前処理触媒と分解触媒の充てん比率の大小によらず,また前処理触媒通過時に発生したアンモニアや硫化水素などのガスの抜き出しを行なうか否かにかゝわらず,同様にいえることがわかる。
このように本発明で用いる結晶性触媒組成物で種々の炭化水素類を水素化分解する場合,前処理触媒と組み合わせて用いるならば,より効率的な活性水準を期待できる。これに対し,触媒として結晶性触媒でなく通常の水素化分解触媒を用いると比較例4,5に示すように前処理触媒と組合せて用いても水素化分解活性は急激に低下することがわかる。また本発明方法においては水素化分解活性が高いのみならず,脱硫率,脱窒素率も高い水準を示し,しかもその高い活性が長期間持続されることがわかる。」(同21欄11行〜22欄16行) 本件明細書Bの以上の各記載から明らかなように,本件発明Bは,炭化水素類をまず特定の前処理触媒により水素化精製し,その後特定の結晶性触媒組成物を用いて水素化分解することにより,長期間にわたり極めて高い水素化分解活性を維持して炭化水素類を水素化分解することができるというものであって,この長期間にわたる高い水素化分解活性は,後段工程の水素化分解触媒としてゼオライトの結晶構造を保持したまま触媒中に配合した結晶性触媒組成物を用い,かつ,これを前処理触媒と併用することによりもたらされる,という技術思想の発明である。すなわち,本件発明Bの後段工程で用いる結晶性触媒組成物は,それに配合されているゼオライトの結晶構造がほとんど破壊されずに保たれているため,ゼオライトの酸活性が十分に発現されており,かつ,担持金属成分が高度に分散性よくゼオライトの酸性点近傍に担持されて水素化活性が発現されるために,前処理触媒と併用して用いることにより,炭化水素類の転化反応特に水素化分解反応に長期間にわたつて極めて高い活性を示す,というものである。
これに対し,本件明細書Bにおいては,電子顕微鏡で試作触媒を観察し,ゼオライトの分散度の悪さが過分解の原因であることに気付いたとの記載も,ゼオライトを分散した試作触媒で実験した結果,過分解が劇的に減少し,灯軽油得率が向上するとの知見の下に,ゼオライトメーカーに分散性のよいゼオライトを納品させ,これを原料として本件発明Bを完成させた,との記載も一切見当たらない。このような電子顕微鏡によるゼオライトの分散性の悪さの発見とゼオライトが分散した触媒の試作は,控訴人が,本件発明Bの創作行為として,原審においても控訴審においても,最も強調してきたものであるにもかかわらず,本件明細書Bには,本件発明Bの内容として,それらについての記載が一切ない,ということは,控訴人が,自らを本件発明Bの共同発明者であるとする主張の根拠としてきた重要な事実が,それ自体そもそも根拠になり得る性質のものではない,ということに帰するのである。
(2) 控訴人は,控訴人が本件発明Bの共同発明者の一人であることは,甲第10,第11号証等から明らかである,とも主張する。
しかし,甲第10号証は,昭和59年6月29日,控訴人によって作成されたメモであるとしても,そこには,単に,「T型触媒の改良」,「Zeoliteの特性」,「Zeoliteの分散性」,「Zeoliteの含有率」,「最良の分散モデル触媒の試作」,「酸強度分布分析」等の記載があるだけである。これらの記載によっては,控訴人が上記の内容の本件発明Bを共同で発明したとの事実を認めることはできない。
甲第11号証も,ゼオライト粒子の分散度を示す電子顕微鏡の写真であるにすぎず,これらの写真から,控訴人が上記の内容の本件発明Bを共同で発明したとの事実を認めることはできない。
(3) 発明とは,自然法則を利用した技術的思想創作のうち高度のものをいう(特許法2条1項)のであるから,本件発明Bの発明者ということができる者は,その技術思想を創作した者であって,少なくとも,その者の本件発明Bに対する創作的行為の内容ないし結果が,本件明細書Bに本件発明Bの内容として何らかの形で記載されているべきものである。控訴人が自ら発見したと主張する電子顕微鏡によるゼオライトの分散性の悪さの発見とその是正による灯軽油得率の向上については,上記のとおり,本件明細書Bにおいて,本件発明Bの内容として直接的にも間接的にも何ら記載されていないのであり,本件発明Bの技術思想の中核的部分に当たる前処理触媒と,後段工程の水素化分解触媒としてゼオライトの結晶構造を保持したまま触媒中に配合した結晶性触媒組成物を用い,かつ,これを前処理触媒と併用することについてはもちろん,本件発明Bの技術思想の一部についても,控訴人がこれを創作したことを認めるに足りる証拠は全くない,という以外にないのである。控訴人は,原判決の認定を種々非難して,その主張の要点欄記載のとおりの主張をしている。しかし,その主張は,いずれも,本件発明Bの発明者についての原判決の認定を覆すべき主張とみることはできないものであることが明らかである。
以上のとおりであるから,控訴人が本件明細書Bに発明者の一人として記載され,被控訴人が控訴人に対し,その社内規程に従って出願報償金,登録報償金を既に支払っていたとしても,控訴人を本件発明Bの発明者の一人と認定することはできないという以外にない(控訴人が本件明細書Bに発明者の一人として記載されたのは,被控訴人において,当時,従業員の中から職務発明発明者を厳密に特定する必要があるとは考えられていなかったこと,控訴人が,第2グループの主任研究員(グループ長)として,Nによる本件発明Bに係る試験,研究業務を管理し,これを総括し応援する立場にいたこと等によるものと考えることができる。)。
結論
以上によれば,控訴人の請求を棄却した原判決は正当である。そこで,控訴人の控訴を棄却することとし,当審における訴訟費用の負担については,民事訴訟法67条1項,61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸