運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2002-3830
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10197審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10312審決取消請求事件 判例 特許
平成16ワ14321特許権譲渡代金請求事件 判例 特許
平成14行ケ199特許取消決定取消請求事件 判例 特許
不服20058936 審決 特許
関連ワード 発明者 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  拡張 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 17年 (行ケ) 10389号 審決取消請求事件
原告 興和株式会社
訴訟代理人弁理士 有賀三幸,高野登志雄,中嶋俊夫,村田正樹,山本博人,大 野詩木
被告 特許庁長官中嶋誠
指定代理人 横尾俊一,森田ひとみ,柳和子,青木博文
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/11/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が不服2002-3830号事件について平成17年1月24日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成10年12月1日,発明の名称を「解熱鎮痛消炎剤」とする特許出願をした。
(2) 原告は,平成14年1月30日付けの拒絶査定を受けたので,同年3月6日,拒絶査定に対する審判を請求した(不服2002-3830号事件として係属)。
(3) 特許庁は,平成17年1月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年2月8日,その謄本を原告に送達した。
2 請求項1記載の発明の要旨(平成13年10月19日付け手続補正書による補正後のもの) 「エテンザミド及びトラネキサム酸を含有する解熱鎮痛消炎剤」 3 審決の理由の要旨 審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,請求項1記載の発明(以下「本願発明」という。)はその出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
(1) 引用例の記載事項 ア 特開平9-286726号公報(本訴甲1,以下「引用例1」という。) (ア-1) 「トラネキサム酸は抗プラスミン作用が知られており止血,抗アレルギー,抗炎症剤として用いられている。」(段落【0002】) (ア-2) 「さらにトラネキサム酸を他の有効成分と同時に配合した液剤は安定性の点で問題があり処方化が困難であると言われ,解熱鎮痛消炎剤を併用した製剤としては錠剤の開発にとどまっている。」(段落【0003】) (ア-3) 「本発明者らはトラネキサム酸配合のシロップ製剤あるいはトラネキサム酸と他の有効成分,例えば解熱鎮痛消炎剤,抗ヒスタミン剤,抗アレルギー剤等とを含有する経口液剤にクエン酸等の可食性酸あるいはその塩を添加することにより,製剤化した場合でもトラネキサム酸の安定性を長期に亙り維持向上できることを見い出し,さらに検討を重ねた結果,本発明を完成するに至った。」(段落【0004】) (ア-4) 「本発明で配合される解熱鎮痛消炎剤としては,例えばアセトアミノフェン,フェナセチン,メフェナム酸,アスピリン,エテンザミド,......イブプロフェン,ケトプロフェン,......サリチルアミド等が挙げられ,これらの中から一種以上が選択され,一般処方で用いられる量が配合される。」(段落【0006】) (ア-5) トラネキサム酸及びアセトアミノフェンを含む液剤の実施例(実施例2〜4) イ 特開平9-48728号公報(本訴甲2,以下「引用例2」という。) (イ-1) 「イブプロフェンとトラネキサム酸を含む解熱鎮痛剤」(請求項1) (イ-2) 「......イブプロフェンと共にトラネキサム酸を配合することにより,イブプロフェンの副作用を軽減しつつ,消炎効果解熱鎮痛効果を向上させることができることを見出し,本発明を完成するに至った。」(段落【0004】) (イ-3) 「......イブプロフェンの胃粘膜障害が両群で大幅に緩和された原因はトラネキサム酸の添加にあると推測された。」(段落【0025】) (2) 対比判断 引用例1には,抗プラスミン作用が知られ,止血,抗アレルギー,抗炎症剤として用いられているトラネキサム酸と,解熱鎮痛消炎成分を含有した錠剤や液剤の製剤について記載されている。
本願発明と引用例1記載の発明とを比較すると,両者は解熱鎮痛消炎成分及びトラネキサム酸を含有する解熱鎮痛消炎剤である点において一致するが,解熱鎮痛消炎成分が前者ではエテンザミドであるのに対し,後者では特に限定されていない(実施例としてアセトアミノフェンが記載されている)点において相違する。
以下,相違点について検討する。
引用例1には,摘示事項(ア-4)のとおり,トラネキサム酸を含む液剤に配合される解熱鎮痛消炎成分として,アセトアミノフェン以外にフェナセチン,アスピリン,エテンザミド,イブプロフェン等(これらはいずれも解熱鎮痛消炎剤として汎用の薬剤である)多数の薬剤が列挙されており,これらの中から一種以上選択されると記載されている。
したがって,トラネキサム酸は実施例のアセトアミノフェンに限らず,例示されたいずれの成分とも配合できることが教示されている。
また,引用例2には,上記引用例1に例示されたイブプロフェンとトラネキサム酸を含む解熱鎮痛剤が具体的に記載され,この配合によりトラネキサム酸がイブプロフェンの副作用を軽減し,消炎効果解熱鎮痛効果を向上させることが実験的に確認されている。
してみれば,アセトアミノフェンやイブプロフェン以外の引用例1に記載されている他の解熱鎮痛消炎成分についても,消炎効果,解熱鎮痛効果を期待してトラネキサム酸との配合を試みることは当業者が容易に想到しうる範囲のことである。なかでも,エテンザミドは解熱鎮痛作用が強く胃障害が比較的少ないことがよく知られている成分であるから(必要であれば,廣川書店「医薬品化学 第4版」昭和62年4月5日発行の53頁(本訴乙4)等参照),特にエテンザミドを選択する点についても格別な困難はない。
本願発明の成分の組み合わせの効果について,本願明細書には,「本発明の解熱鎮痛消炎剤は,解熱鎮痛消炎効果が高く,副作用が少ないので,風邪などの疾患に起因する発熱,頭痛,各種炎症の抑制を目的とする医薬として有用である。」(段落【0019】)ことが挙げられているが,解熱鎮痛消炎剤,トラネキサム酸は上述の通り発熱や関節痛,咽頭痛など風邪に伴う諸症状の緩和に有効であることは周知である。そして,引用例2にはトラネキサム酸とイブプロフェンと併用により消炎効果解熱鎮痛効果の向上,イブプロフェンの副作用である胃粘膜障害の緩和も報告されていること,エテンザミドにしても比較的胃障害の副作用は少ないとはいえ,かかる副作用の存在は否定できないものであることを考慮すれば,当業者であれば,エテンザミドとトラネキサム酸の配合によって同様の消炎効果解熱鎮痛効果の向上,副作用の緩和効果を予測ないし期待するのは当然であって,上記の効果も当業者が予測できる範囲のものである。
なお,請求人は,エテンザミドとトラネキサム酸との抗炎症効果の増強作用は相乗的であって予測し得ない旨主張しているが,エテンザミドもトラネキサム酸も共に消炎作用を有するのであるから,両者の併用によって通常相加的あるいは相乗的効果が得られることは当業者が容易に予測しうることであり,本願発明では,上記の組み合わせで得られる消炎作用の程度を実験的に示したにすぎない。
したがって,本願発明はその出願前に頒布された刊行物である引用例1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3) 審決のむすび 以上のとおりであるから,本願発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
当事者の主張の要点
1 原告主張の審決取消事由 審決は,本願発明と引用例1記載の発明との相違点についての判断を誤ったものであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取り消されるべきである。
(1) 引用例1記載の発明の認定の誤り 審決は,引用例1(甲1)に列挙された,エテンザミドを含むアセトアミノフェン等の解熱鎮痛消炎成分について,「トラネキサム酸は実施例のアセトアミノフェンに限らず,例示されたいずれの成分とも配合できることが教示されている。」と認定した。
ア 引用例1記載の発明は,経口液剤の提供を課題としているところ,引用例1には,「本発明の経口液剤は慣用の手段を用いて調製することができ,その方法は特に制限されるものではないが,通常,各成分と精製水等の溶剤の一部とを混合溶解し,残りの溶剤を加えて液量を調整する。」(段落【0010】),実施例1ないし10のすべてについて,「精製水の一部に上記各成分を室温で溶解し,水酸化ナトリウムでpHを・・・に調整した後,全量を・・・mlとなるように調製した。」との記載があることから明らかなように,引用例1記載の発明の経口液剤は,水を主溶剤とする溶媒中に薬効成分が溶解してなるものである。
仮に引用例1記載の発明の経口液剤がシロップ剤を包含するものであるとしても,当業者であれば,薬効成分そのものは溶媒中に溶解していると理解するものであって,引用例1記載の発明の経口液剤が水に溶けにくい成分を含むと認識することはない。
イ 「第十三改正日本薬局方」(甲6)にあるように,エテンザミドが「水にほとんど溶けない」こと,その1gを溶かすに要する水の量が「10000mL以上」であることは,当業者の技術常識であるところ,昭和45年9月30日付け薬発第842号厚生省薬務局長通知「かぜ薬の製造(輸入)承認基準について」(昭和62年4月1日付け薬発第316号による改正後のもの,甲7)によれば,1回に服用できるかぜ薬に配合できるエテンザミドの量は250ないし500mgであるから,エテンザミド250mgを溶解した経口水溶液剤は2500mL以上となってしまい,到底1回で服用できる量ではない。
また,「第十三改正日本薬局方」(甲6)にあるように,エテンザミドは「エタノール又はアセトンにやや溶けやす」いものであり,引用例1には,「また本発明では・・・可溶化剤,・・・等を,一般の経口液剤に配合される量で一種以上選択し添加してもよい。」(段落【0008】)との記載があるが,エタノールは解熱鎮痛消炎剤と同時に服用することを避けるべきであり,また,アセトンは急性毒性物質に分類されるものであるから,いずれも,解熱鎮痛消炎剤含有の経口液剤の可溶化剤として使用することはできない。
ウ したがって,引用例1記載の発明において,解熱鎮痛消炎成分として水にほとんど溶けないエテンザミドを選定しようとする発想は生じ得ないものであり,少なくとも,引用例1には,トラネキサム酸をエテンザミドと配合できることは教示されていないから,審決の認定は誤りである。
(2) 引用例2記載の発明の認定の誤り 審決は,「引用例2には,上記引用例1に例示されたイブプロフェンとトラネキサム酸を含む解熱鎮痛剤が具体的に記載され,この配合により・・・,消炎効果解熱鎮痛効果を向上させることが実験的に確認されている。」と認定した。
ア 引用例2(甲2)の図1(ラットカラゲニン足蹠浮腫に対する薬剤の作用の説明図)によれば,イブプロフェン単独の試料Aとトラネキサム酸を添加した試料Bとの間には明確な差がなく,むしろ,イブプロフェンにトラネキサム酸を添加しても消炎効果増強作用がないことを実験的に示している。
また,引用例2に記載された試験のうち,鎮痛作用試験は,用いた動物数の記載がなく,また,統計学的な検定結果の記載もないから,イブプロフェンにトラネキサム酸を添加すると鎮痛効果が向上したとの試験結果は,薬理学的にも統計学的にも不十分であって,およそ信頼できるものではない。
イ したがって,イブプロフェンとトラネキサム酸との併用による効果が確認されているのは胃粘膜障害作用の軽減だけであるから,審決の認定は誤りである。
(3) 本願発明における格別顕著な効果の看過 審決は,「本願発明の成分の組み合わせの効果について,・・・解熱鎮痛消炎剤,トラネキサム酸は上述の通り発熱や関節痛,咽頭痛など風邪に伴う諸症状の緩和に有効であることは周知である。そして,引用例2にはトラネキサム酸とイブプロフェンと併用により消炎効果解熱鎮痛効果の向上,イブプロフェンの副作用である胃粘膜障害の緩和も報告されていること,エテンザミドにしても比較的胃障害の副作用は少ないとはいえ,かかる副作用の存在は否定できないものであることを考慮すれば,当業者であれば,エテンザミドとトラネキサム酸の配合によって同様の消炎効果解熱鎮痛効果の向上,副作用の緩和効果を予測ないし期待するのは当然であって,上記の効果も当業者が予測できる範囲のものである。」と判断した。
ア エテンザミドとトラネキサム酸との併用投与した場合に得られる抗炎症効果の増強作用は,相乗的なものであって,格別顕著であり,このことは,明細書の段落【0015】,【0016】の記載によって裏付けられている。
イ そして,エテンザミドはサリチル酸系抗炎症剤であるが,サリチル酸系抗炎症剤としては,アスピリン,サリチル酸ナトリウム及びサリチルアミドがよく知られているので,これらの薬剤とトラネキサム酸とを併用した場合の抗炎症効果を試験したところ,試験成績証明書(甲12)にあるように,いずれの場合にも,併用による抗炎症効果の増強作用は認められなかった。また,ブラジキニン-プラスミン足浮腫モデルを用いて,引用例1に記載されたアセトアミノフェンとトラネキサム酸とを併用した場合の抗炎症効果を試験したところ,試験成績証明書(甲13)にあるように,併用による抗炎症効果の増強作用は認められなかった。
ウ 本願発明のエテンザミドとトラネキサム酸との併用による抗炎症効果の相乗的増強作用は,引用例1に記載されたアセトアミノフェンや他のサリチル酸系抗炎症剤とトラネキサム酸との併用によっては全く得られないものであって,エテンザミドとトラネキサム酸との併用によって得られる格別な効果であり,したがって,当業者がこのような効果を予測することができなかったことは,明らかであるから,審決の判断は誤りである。
2 被告の反論 本願発明と引用例1記載の発明との相違点についての審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由は,理由がない。
(1) 引用例1記載の発明の認定の誤りに対して ア 引用例1には,「さらにトラネキサム酸を他の有効成分と同時に配合した液剤は安定性の点で問題があり処方化が困難であると言われ,解熱鎮痛消炎剤を併用した製剤としては錠剤の開発にとどまっている。一方,即効性や服用のし易さ等の点から複合処方の液剤あるいはシロップ剤の開発が強く要望されている。」(段落【0003】),「本発明者らはトラネキサム酸配合のシロップ製剤あるいはトラネキサム酸と他の有効成分,例えば解熱鎮痛消炎剤,抗ヒスタミン剤,抗アレルギー剤等とを含有する経口液剤にクエン酸等の可食性酸あるいはその塩を添加することにより,製剤化した場合でもトラネキサム酸の安定性を長期に亙り維持向上できることを見い出し,さらに検討を重ねた結果,本発明を完成するに至った。」(段落【0004】)との記載があるから,引用例1記載の発明の経口液剤は,シロップ剤を包含するものである。さらに,引用例1には,「ビタミンE等の脂溶性成分を含む場合には,適当な前述の界面活性剤,可溶化剤,乳化剤,懸濁剤を選択し,一般に使用される適量添加することにより可溶化,乳化,懸濁し配合することができる。」(段落【0010】)との記載があるところ,脂溶性成分は水に溶けにくいものであるから,引用例1記載の発明の経口液剤は,水に溶けにくい成分を含むのである。
イ また,特公平5-16405号公報(乙2)に「本発明者等は,さらに,上述の欠点を解消した長期間安定な水性懸濁組成物を開発するため,鋭意研究を重ねた結果,懸濁化剤として結晶性セルロースゲルおよびカルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC-Na)から成る複合体(・・・)を用いることにより,エテンザミドおよびカンゾウエキスの均一分散性,経時的な沈降およびケーキングの防止に優れた安定な水性懸濁組成物が得られることを見出した。」(2頁左欄18行ないし右欄5行)との記載があるように,エテンザミドのシロップ剤を製造することは可能である。
ウ そして,トラネキサム酸と解熱鎮痛消炎剤との併用が治療効果を向上させるという認識が広くあったから,引用例1の「本発明で配合される解熱鎮痛消炎剤としては,例えばアセトアミノフェン,フェナセチン,メフェナム酸,アスピリン,エテンザミド,・・・イブプロフェン,ケトプロフェン,・・・サリチルアミド等が挙げられ,これらの中から一種以上が選択され,一般処方で用いられる量が配合される。」(段落【0006】)との記載は,トラネキサム酸製剤への配合成分としてすぐに応用可能な解熱鎮痛消炎剤の成分についての有用な情報として当業者に理解される。したがって,審決が「トラネキサム酸は実施例のアセトアミノフェンに限らず,例示されたいずれの成分とも配合できることが教示されている。」と認定したことに誤りはない。
(2) 引用例2記載の発明の認定の誤りに対して ア 引用例2の表1(カラゲニン足蹠浮腫抑制作用)によれば,カラニゲン投与の4時間後の浮腫率において,トラネキサム酸を添加した試料Bの48.4%は,トラネキサム酸とカフェインの両方を加えた試料Cの35.3%ではないにしても,イブプロフェン単独の試料Aの52.8%に比べて増強効果があることは明らかである。
また,引用例2に記載された試験のうち,鎮痛作用試験は,定量的な比較を行うには不十分であるとしても,効果の有無という定性的な評価は可能であり,例えば,30分後の平均でみると,トラネキサム酸を添加した試料Bの71.4%は,イブプロフェン単独の試料Aの33.3%に比べて効果があると評価することができる。
イ したがって,審決が,「この配合により・・・,消炎効果解熱鎮痛効果を向上させることが実験的に確認されている。」と認定したことに誤りはない。
(3) 本願発明における格別顕著な効果の看過に対して ア トラネキサム酸と解熱鎮痛剤との併用が有効であることは,本件出願前に臨床分野において既に知られており,引用例1及び2にあるように,アセトアミノフェン,イブプロフェンにおいても有効であることが報告されているから,同じく汎用の解熱鎮痛剤の一つであるエテンザミドとの併用による協力作用は,当業者が同様に期待する効果である。そうであるから,実際の実験によって期待に沿う効果が得られたとしても,それは当業者の予測の範囲内であり,顕著なものと評価することはできない。
イ そして,試験成績証明書(甲12,13)にあるように,原告が実施した試験において,トラネキサム酸との併用による抗炎症効果の増強作用が認められなかったとしても,このような知見は本件出願前に知られていたものではないから,サリチル酸系抗炎症剤とトラネキサム酸との併用を阻害する理由とはならないし,エテンザミドとトラネキサム酸との併用によって得られる効果が顕著であるとする事情にもならない。
ウ したがって,審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 引用例1記載の発明の認定の誤りについて (1) 引用例1記載の発明について ア 引用例1(甲1)には,次の記載がある。
「【特許請求の範囲】【請求項1】(1)トラネキサム酸,(2)甘味剤及び(3)可食性酸またはその塩を含有してなる経口液剤。
・・・【請求項6】さらに解熱鎮痛消炎剤,抗ヒスタミン剤または/および抗アレルギー剤を含有してなる請求項1記載の経口液剤。
・・・【請求項8】かぜ薬経口液剤である請求項1記載の経口液剤。
【請求項9】鎮咳去痰経口液剤である請求項6記載の経口液剤。
【請求項10】解熱鎮痛消炎経口液剤である請求項6記載の経口液剤。」 「【0001】【発明の属する技術分野】本発明はトラネキサム酸配合のかぜ薬あるいは咳止め薬の安定な経口液剤に関する。」 「【0002】【従来の技術】トラネキサム酸は抗プラスミン作用が知られており止血,抗アレルギー,抗炎症剤として用いられている。・・・」 「【0003】【発明が解決しようとする課題】・・・さらにトラネキサム酸を他の有効成分と同時に配合した液剤は安定性の点で問題があり処方化が困難であると言われ,解熱鎮痛消炎剤を併用した製剤としては錠剤の開発にとどまっている。一方,即効性や服用のし易さ等の点から複合処方の液剤あるいはシロップ剤の開発が強く要望されている。」 「【0004】【発明の課題を解決するための手段】本発明者らはトラネキサム酸配合のシロップ製剤あるいはトラネキサム酸と他の有効成分,例えば解熱鎮痛消炎剤,抗ヒスタミン剤,抗アレルギー剤等とを含有する経口液剤にクエン酸等の可食性酸あるいはその塩を添加することにより,製剤化した場合でもトラネキサム酸の安定性を長期に亙り維持向上できることを見い出し,さらに検討を重ねた結果,本発明を完成するに至った。・・・」 「【0006】本発明で配合される解熱鎮痛消炎剤としては,例えばアセトアミノフェン,フェナセチン,メフェナム酸,アスピリン,エテンザミド,サリチル酸コリン,サリチル酸ナトリウム,アンチピリン,フェニルブタゾン,スルピリン,ジクロフェナクナトリウム,アルミノプロフェン,イブプロフェン,・・・等が挙げられ,これらの中から一種以上が選択され,一般処方で用いられる量が配合される。・・・」 「【0010】・・・なお,ビタミンE等の脂溶性成分を含む場合には,適当な・・・懸濁剤を選択し,一般に使用される適量添加することにより可溶化,乳化,懸濁し配合することができる。・・・」 イ 以上の記載によれば,引用例1には,引用例1記載の発明として,解熱鎮痛消炎成分及びトラネキサム酸を含有する解熱鎮痛消炎剤が記載されているところ,その解熱鎮痛消炎剤は,有効成分を懸濁化したシロップ剤を包含するものであると認められる。
ウ 原告は,引用例1記載の発明の経口液剤は,引用例1の段落【0016】の記載から明らかなように,水を主溶剤とする溶媒中に薬効成分が溶解してなるものであり,仮にこれがシロップ剤を包含するものであるとしても,当業者であれば,薬効成分そのものは溶媒中に溶解していると理解するものであって,引用例1記載の発明の経口液剤が水に溶けにくい成分を含むと認識することはないと主張する。
しかし,引用例1の段落【0010】は,「本発明の経口液剤は慣用の手段を用いて調製することができ,その方法は特に制限されるものではない」とした上,「通常,各成分と精製水等の溶剤の一部とを混合溶解し,残りの溶剤を加えて液量を調整する。なお,ビタミンE等の脂溶性成分を含む場合には,適当な・・・懸濁剤を選択し,一般に使用される適量添加することにより可溶化,乳化,懸濁し配合することができる。」としているから,上記の「通常,各成分と精製水等の溶剤の一部とを混合溶解し,・・・」との記載や実施例についての「精製水の一部に上記各成分を室温で溶解し,・・・」との記載があるとしても,当業者において,薬効成分が溶解していないものが排除されていると理解するとは考え難く,したがって,引用例1記載の発明の経口液剤が水に溶けにくい成分をも含むと認識するということができる。原告の上記主張は,採用の限りでない。
(2) そして,「薬理と治療」第18巻2号(平成2年2月)中の「二重盲検法による扁桃炎・咽喉頭炎に対するK-ATの臨床評価」と題する論文(乙3)には,「扁桃炎・咽喉頭炎などによるのどの疼痛,腫脹,発赤などの炎症症状に対し,解熱鎮痛作用を有するアセトアミノフェンと,鎮痛作用はないが抗炎症作用を有する抗プラスミン剤トラネキサム酸を併用することは,その相互作用により治療効果がさらに向上するものと考えられる。」(521頁右欄末行ないし522頁左欄6行),「炎症とプラスミンの関係が明らかにされ,特に扁桃および咽喉頭の炎症時には・・・プラスミン活性を高め,炎症症状をさらに悪化させるとされている。このプラスミンに拮抗するものとして開発された抗プラスミン剤トラネキサム酸は現在では耳鼻咽喉科領域の炎症症状に対して抗生物質,消炎鎮痛剤と併用されることが多い。」(533頁左欄下12ないし4行)との記載がある。
以上の記載によれば,本願発明の特許出願当時,解熱鎮痛消炎剤とトラネキサム酸とを併用することは,少くとも拮抗作用ではなく,協力作用が得られる組合せであって,解熱鎮痛消炎剤とトラネキサム酸とを併用することの効果が相加的であるのか相乗的であるのかはともかくとして,治療効果を向上させる配合として考えられていたということができる。
(3) また,廣川書店刊行の「第十三改正日本薬局方解説書 1996」(乙1)には,「シロップ剤は,白糖の溶液又は白糖,そのほかの糖類若しくは甘味剤を含む医薬品を比較的濃稠な溶液又は懸濁液などとした液状の内用剤である。」(A-105頁),「最近では不溶性,難溶性医薬品の液剤化のみでなく,特に不快な味を有する医薬品を難溶性誘導体として味を隠蔽する目的,又は医薬品の安定化,効力の持続化を目的として,医薬品微粒子を均一に分散,懸濁した懸濁シロップ剤も多く使用される。」(A-106頁)との記載があり,また,特公平5-16405号公報(乙2)には,「エテンザミドは水難溶性であるため,錠剤,カプセル剤等の固形製剤には既に配合されているが,液剤に配合することは,極めて困難である。一般に患者が小児または老人である場合は,錠剤,カプセル剤,またはその他の固形製剤を服用するのが困難であるため,エテンザミドを配合した服用し易い,長期間安定な液剤が望まれている。」(1頁1欄21行ないし2欄5行),「本発明は,・・・水難溶性の解熱鎮痛成分エテンザミドと,エテンザミドの薬効を強化しかつエテンザミドの有する副作用をさらに緩和し得るカンゾウエキスとを配合した服用し易い安定な水性懸濁組成物を提供することを目的とする。」(3欄11ないし16行),「本発明者等は,さらに,上述の欠点を解消した長期間安定な水性懸濁組成物を開発するため,鋭意研究を重ねた結果,懸濁化剤として結晶性セルロースゲルおよびカルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC-Na)から成る複合体(・・・)を用いることにより,エテンザミドおよびカンゾウエキスの均一分散性,経時的な沈降およびケーキングの防止に優れた安定な水性懸濁組成物が得られることを見出した。」(3欄18行ないし4欄5行),「以上述べたように本発明の水性懸濁組成物によれば,解熱鎮痛効果の優れているエテンザミドと幅広い薬理作用を有すると共に配合薬として広く薬用に供されているカンゾウエキスを配合したので,各成分の薬理作用を強化することができると共に副作用をさらに緩和することができ,また水性懸濁液状なので服用し易く,・・・極めて有用である。」(6頁12欄5ないし16行)との記載がある。
以上の記載によれば,不溶性,難溶性の薬剤をシロップ剤とすること自体は本願発明が属する分野における慣用手段であり,本願発明の特許出願当時,水難溶性のエテンザミドについて,懸濁化剤として結晶性セルロースゲル及びカルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC-Na)からなる複合体を用いた水性懸濁組成物があることが知られていたことが認められる。なお,上記水性懸濁組成物は,引用例1の段落【0010】に「本発明の経口液剤は慣用の手段を用いて調製することができ,その方法は特に制限されるものではない」と記載された範囲内の一つの具体的手段であるということができる。
(4) 以上によれば,引用例1,特にその中の段落【0006】の記載(上記第2の3(1)ア(ア-4)のとおり)に接した当業者は,審決が説示するように,「トラネキサム酸は実施例のアセトアミノフェンに限らず,例示されたいずれの成分とも配合できることが教示されている。」と認識し,かつ,引用例1に例示された解熱鎮痛消炎剤の一つであるエテンザミドについて,シロップ剤としてトラネキサム酸と配合され得ることが示唆されていると認識すると認められる。
したがって,審決が「トラネキサム酸は実施例のアセトアミノフェンに限らず,例示されたいずれの成分とも配合できることが教示されている。」と認定したことに誤りはない。
2 引用例2記載の発明の認定の誤りについて (1) 引用例2(甲2)には,次の記載がある。
「【0003】【発明が解決しようとする課題】一方,イブプロフェンには胃粘膜障害作用なども知られており,解熱鎮痛効果の改良と共に,この様な副作用の緩和を行なうことが強く要望されている。本発明は前記従来技術の課題に鑑みなされたものであり,その目的はイブプロフェンによる胃粘膜障害作用などの副作用を緩和させつつ,その消炎効果ならびに解熱鎮痛効果を向上させた解熱鎮痛剤を提供することにある。
【0004】【課題を解決するための手段】前記目的を達成するために本発明者らが鋭意検討を行なった結果,イブプロフェンと共にトラネキサム酸を配合することにより,イブプロフェンの副作用を軽減しつつ,消炎効果解熱鎮痛効果を向上させることができることを見出し,本発明を完成するに至った。・・・」 「【0012】【実施例】以下,本発明の実施例をより詳細に説明する。・・・【0013】[効果試験]被験試料試料A:イブプロフェンのみ試料B:イブプロフェン+トラネキサム酸=(15:14)試料C:イブプロフェン+トラネキサム酸+カフェイン=(15:14:7.5)・・・【0016】<抗炎症試験>ラットカラゲニン足蹠浮腫に対する作用体重190g前後のウィスター系雄性ラットに被験薬30mg/5ml/kgを経口投与した後,直ちに0.1%カラゲニン液0.1mlを左後足蹠皮下に投与した。
2時間後より1時間おきに左後足の容積をPlethysmometer(Ugo Basil)を用いて測定し,起炎前の足容積より浮腫率を算出した。・・・【0017】【表1】 カラゲニン足蹠浮腫抑制作用 ──────────────────────────────────── 群 投与量 N 浮腫率(%)(平均) (mg/Kg) ─────────────────────── 2hr 3hr 4hr 5hr ──────────────────────────────────── コントロール - 9 64.2 68.0 57.2 56.2 試料A 30.0 8 48.4 57.3 52.8 50.2 試料B 58.0 8 48.8 53.4 48.4 46.7 試料C 73.0 8 38.2 37.4 35.3 32.7────────────────────────────────────【0018】イブプロフェン単独(試料A)ではいずれの測定ポイントにおいても浮腫をほとんど抑制しなかった。トラネキサム酸の添加(試料B)により抑制傾向が現れた。さらにトラネキサム酸とカフェインの両方を加えた試料Cは非常に強力な抑制作用を示し,全ての測定ポイントにおいてコントロール群に対する有意差が検出された。
3時間目以降はイブプロフェン単独投与群に対しても有意な差が認められた。
【0019】<鎮痛作用試験>ラット酢酸Writhingに対する作用前夜より絶食した体重170g前後のウィスター系雄性ラットに被験薬6mg/5ml/kgを経口投与した後,酢酸を1%含む生理食塩液1mlを腹腔内に投与し,10分経過後よりWrithing回数を10分間計測した。コントロール群の平均値の1/2以下のWrithing回数を示したラットを有効ラットとし,有効率を計算した。
・・・【0021】【表2】 鎮痛作用(ラット酢酸Writhing) Writhing回数,平均(有効率) ──────────────────────────────────── 群 投与量 試料の経口投与から酢酸の腹腔投与までの時間(分) (mg/kg) 15 30 120 ──────────────────────────────────── コントロール - 44.6(0%) 54.7(0%) 44.8(12.5%) 試料A 6.0 34.3(25.0%) 36.3(33.3%) 33.9(28.6%) 試料B 11.6 24.0(37.5%) 22.9(71.4%) 24.1(62.5%) 試料C 14.6 14.2(77.8%) 17.6(66.7%) 15.6(75.0%) ────────────────────────────────────【0022】試料Aでは,いずれの測定ポイントでも有効率25-33%と非常に作用が弱く,コントロール群との間に有意差は認められなかった。試料Bは投与15分〜30分にかけて有意な抑制作用を示した。試料Cでは投与直後(15分後)より有効率67〜78%と非常に強力な鎮痛作用を示し,しかも,投与120分後までの同程度の効果が持続した。試料Cは全測定ポイントにおいてコントロール群との間に有意な差が検出され,15-30分では試料Aとの間にも有意差がみられた。試料Bと試料Cの間に有意な差が検出されなかったことから,酢酸Writhing抑制作用に関してはトラネキサム酸の寄与が大きいと思われた。
【0023】<胃粘膜障害作用試験>20時間前より絶食した体重190g前後のドンリュー系雄性ラットに被験薬60mg/5ml/kgを経口投与した後,14時間後にラットを殺して胃を摘出した。1%ホルマリンで半固定した後,胃粘膜障害の有無を観察し,潰瘍が生じていた場合は,その長径を測定して合計を求め,潰瘍係数とした。・・・【0024】【表3】 ──────────────────────────────────── 群 投与量(mg/kg) 潰瘍を生じたラット数 潰瘍係数(mm) ──────────────────────────────────── 試料A 60.0 10/10 45.0±6.14 試料B 116.0 10/10 23.6±4.81 試料C 146.0 10/11 14.6±5.93 ────────────────────────────────────【0025】試料A群では長径が2-9mmに達する潰瘍が一面に生じており,潰瘍係数の平均は45mmであった。試料Bでは24mmと約1/2に,試料Cでは15mmと潰瘍係数が1/3以下に大幅に減少していた。試料BとCでは差は小さく有意差も検出されなかったため,イブプロフェンの胃粘膜障害が両群で大幅に緩和された原因はトラネキサム酸の添加にあると推測された。」 (2) 以上の記載によれば,引用例2において,イブプロフェンに対するトラネキサム酸の併用効果が検討され,抗炎症作用については,「イブプロフェン単独(試料A)ではいずれの測定ポイントにおいても浮腫をほとんど抑制しなかった。」のに対し,「トラネキサム酸の添加(試料B)により抑制傾向が現れた。」と評され,鎮痛作用については,「試料Bは投与15分〜30分にかけて有意な抑制作用を示した。」,「酢酸Writhing抑制作用に関してはトラネキサム酸の寄与が大きいと思われた。」と評され,胃粘膜障害作用については,「イブプロフェンの胃粘膜障害が・・・大幅に緩和された原因はトラネキサム酸の添加にあると推測された。」と評されているのであるから,本件発明の特許出願当時,引用例1に例示された解熱鎮痛消炎剤の一つであるイブプロフェンについて,トラネキサム酸との併用による抗炎症効果,鎮痛効果及び副作用緩和効果を確認するための試験が実施され,イブプロフェンとトラネキサム酸との配合により,トラネキサム酸がイブプロフェンの副作用を軽減し,消炎効果解熱鎮痛効果を向上させることが実験的に確認されていたということができる。
(3) 原告は,抗炎症作用については,イブプロフェン単独の試料Aとトラネキサム酸を添加した試料Bとの間に明確な差がなく,むしろ,イブプロフェンにトラネキサム酸を添加しても,消炎効果増強作用がないことを実験的に示しており,また,鎮痛作用については,用いた動物数の記載がなく,統計学的な検定結果の記載もないから,イブプロフェンにトラネキサム酸を添加すると,鎮痛効果が向上したとの試験結果は,薬理学的にも統計学的にも不十分であって,およそ信頼できるものではないと主張する。
しかし,上記(2)のとおり,引用例2において,抗炎症作用については,「イブプロフェン単独(試料A)ではいずれの測定ポイントにおいても浮腫をほとんど抑制しなかった。」のに対し,「トラネキサム酸の添加(試料B)により抑制傾向が現れた。」と評され,鎮痛作用については,「試料Bは投与15分〜30分にかけて有意な抑制作用を示した。」,酢酸Writhing抑制作用に関してはトラネキサム酸の寄与が大きいと思われた。」と評されているところ,引用例2にこれと矛盾し,トラネキサム酸との併用による効果を否定するような記載はなく,むしろ,抗炎症作用及び鎮痛作用においても,有意な効果が得られることが示唆されているというべきである。原告の上記主張は,採用することができない。
(4) したがって,審決が「引用例2には,上記引用例1に例示されたイブプロフェンとトラネキサム酸を含む解熱鎮痛剤が具体的に記載され,この配合により・・・,消炎効果解熱鎮痛効果を向上させることが実験的に確認されている。」と認定したことに誤りはない。
3 本願発明における格別顕著な効果の看過について (1) 本願明細書(甲4)には,次の記載がある。
「【0001】【発明の属する技術分野】本発明は解熱鎮痛消炎効果に優れるとともに副作用の少ない解熱鎮痛消炎剤に関する。
【0002】【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】風邪等の疾患に起因する発熱,頭痛,各種炎症を抑制するため,解熱鎮痛消炎剤として,アセトアミノフェンに代表されるアニリン系薬剤,アスピリンに代表されるサリチル酸系薬剤,イブプロフェンに代表されるフェニルプロピオン酸系薬剤等を配合したものが市販されている。
しかしながら,これらの解熱鎮痛消炎剤の多くは,高い解熱鎮痛炎症効果を得る目的で投与量を増加させると胃粘膜損傷等の副作用を生じるという問題がある。このため,副作用を生じることなく高い解熱鎮痛消炎効果を得ることのできる薬剤が望まれている。
【0003】【課題を解決するための手段】斯かる実状に鑑み,本発明者は鋭意研究を行った結果,サリチル酸系抗炎症剤とトラネキサム酸を併用すれば,サリチル酸系抗炎症剤の解熱・鎮痛・消炎作用が増強され,胃粘膜損傷等の副作用が生じないことを見出し,本発明を完成するに至った。
【0004】すなわち,本発明はサリチル酸系抗炎症剤及びトラネキサム酸を含有する解熱鎮痛消炎剤を提供するものである。
【0005】【発明の実施の形態】本発明に用いられるサリチル酸系抗炎症剤としては特に制限されないが,アスピリン,エテンザミド,サリチル酸メチル,サリチル酸ナトリウム,サリチル酸アミド,アスピリンアルミニウム等が好ましく,エテンザミドが特に好ましい。
【0006】また,サリチル酸系抗炎症剤とトラネキサム酸の好ましい配合比は,重量比で20:1〜1:10であり,より好ましい配合比は,10:1〜1:5である。
【0007】本発明の解熱鎮痛消炎剤には,必要に応じて例えば鎮咳去痰剤,抗ヒスタミン剤,ビタミンB1,ビタミンB2,ビタミンC,サリチル酸系抗炎症剤以外の解熱鎮痛消炎剤,気管支拡張剤,カフェイン類,制酸剤,生薬及び漢方薬等を配合する事が出来る。」 (2) 以上の記載によれば,本願発明は,市販の解熱鎮痛消炎剤であるアニリン系薬剤,サリチル酸系薬剤,フェニルプロピオン酸系薬剤等のうち,特にサリチル酸系抗炎症剤について,これにトラネキサム酸を配合したものが,サリチル酸系抗炎症剤の解熱,鎮痛,消炎作用を増強し,胃粘膜損傷等の副作用を生じさせなくするとの知見を得て完成されたものであり,用いられるサリチル酸系抗炎症剤としては,アスピリン,エテンザミド,サリチル酸メチル,サリチル酸ナトリウム,サリチル酸アミド,アスピリンアルミニウム等が好ましいものの,特に制限されないと認められる。
(3) もっとも,本願明細書には,上記のように,「本発明に用いられるサリチル酸系抗炎症剤としては・・・エテンザミドが特に好ましい。」(段落【0005】)との記載があり,さらに,「【0015】表1より,エテンザミド50mg/kg及びトラネキサム酸200mg/kg単独での抑制率は,それぞれ10%及び14%であり,両薬剤とも軽度の抑制作用が認められた。一方,両薬剤を併用投与した場合の抑制率は56%であり,対照群との間に有意差が認められた。また,この作用をバルジの方法にて検討したところ,併用投与群の相対指数(0.44)は,各単独投与群の相対指数の積(0.77)よりも小さく,併用による相乗効果が認められた。【0016】表2より,エテンザミド100mg/kgおよびトラネキサム酸50mg/kgを併用した場合の抑制率は42%であり,対照群との間に有意差が認められた。また,この作用をバルジの方法にて検討したところ,併用投与群の相対指数(0.58)は,各単独投与群の相対指数の積(0.83)よりも小さく,併用による相乗効果が認められた。」との記載がある。
しかし,本願明細書には,エテンザミド以外のサリチル酸系抗炎症剤にトラネキサム酸を配合した例の記載がなく,エテンザミドを採用することが,それ以外のサリチル酸系抗炎症剤を採用することと比較して,格別に顕著な効果を奏するものであることをうかがわせるような記載もない。そうであれば,本願明細書の段落【0005】,【0015】及び【0016】に上記のような記載があるだけでは,エテンザミドを特定した本願発明が,それ以外のサリチル酸系抗炎症剤を採用する態様に比較して,格別に顕著な効果を奏すると認めることはできない。
そして,上記1(2)のとおり,本願発明の特許出願当時,解熱鎮痛消炎剤とトラネキサム酸とを併用することは,協力作用が得られる組合せであって,治療効果を向上させる配合として考えられていたのであるから,本願発明の特許性判断において,格別顕著な効果があると認めるためには,単に相乗的な協力作用が得られるというだけでは足りず,エテンザミド以外の解熱鎮痛消炎剤成分であるサリチル酸系抗炎症剤との配合によっては得ることのできない固有の効果がなければならないが,上記のとおり,本願明細書には,その評価に必要な根拠となるべき記載がないから,結局,本願発明が格別に顕著な効果を奏するとは認めることはできない。
(4) 原告は,試験成績証明書(甲12,13)にあるように,サリチル酸系抗炎症剤としてよく知られたアスピリン,サリチル酸ナトリウム及びサイチルアミド並びに引用例1に記載されたアセトアミノフェンとトラネキサム酸とを併用した場合の抗炎症効果を試験したところ,併用による抗炎症効果の増強作用は認められなかったから,本願発明のエテンザミドとトラネキサム酸との併用による抗炎症効果の相乗的増強作用は,格別顕著なものであると主張する。
しかし,上記(3)のとおり,本願明細書には,エテンザミドを採用することが,それ以外のサリチル酸系抗炎症剤を採用することと比較して,格別に顕著な効果を奏するものであることをうかがわせるような記載はないから,原告の主張は,本願明細書の記載に基づかないものである。そして,引用例1の段落【0006】には,解熱鎮痛消炎剤としてのエテンザミドと抗炎症剤としてのトラネキサム酸とを配合する点について,少くともその組合せが示唆されているものであり,また,上記1(2)のとおり,本願発明の特許出願当時,解熱鎮痛消炎剤とトラネキサム酸とを併用することは,協力作用が得られる組合せであって,治療効果を向上させる配合として考えられていたのであるから,本願発明のエテンザミドとトラネキサム酸との併用による効果についても,協力作用が期待され,治療効果の向上が予測されるところである。そうであれば,本願発明が格別に顕著な効果を奏するとは認めることができないのであって,原告の上記主張は,採用することができない。
(5) したがって,審決の判断に誤りはない。
結論
以上のとおりであって,審決の認定判断に誤りはなく,原告の主張する審決取消事由は理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 野輝久
裁判官 佐藤達文