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事件 平成 17年 (行ケ) 10331号 審決取消請求事件
原告 株式会社SNKプレイモア
訴訟代理人弁理士 岩永和久,永田健太郎
被告 オムロン株式会社
被告 オムロンエンタテインメント株式会社
被告ら訴訟代理人弁護士 清永利亮,弁理士 水谷好男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が無効2003-35324号事件について平成16年8月12日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,被告ら請求に係る無効審判において,本件発明のうち請求項1,3,4,6に記載された発明についての特許を無効とするとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
なお,本訴提起後に原告が訂正審判の請求(訂正2004-39265号)をしたが,平成17年5月25日,請求不成立の審決がされたため,原告は,同審決の取消訴訟を提起し(知財高裁平成17年(行ケ)第10551号事件),本訴と同日に口頭弁論が終結され,本訴と同日に判決言渡期日が指定された。
1 特許庁における手続の経緯等 (1) 本件特許(甲13) 特許権者:株式会社SNKプレイモア(原告。設定登録時の特許権者は株式会社エス・エヌ・ケイであり,登録後,原告に特許権が移転された。) 発明の名称:「フォトブース及び撮影方法」 特許出願日:平成10年5月6日(特願平10-545485号。優先権主張:平成9年5月9日,同年6月25日,同年7月29日・日本) 設定登録日:平成12年7月28日 特許番号:第3093286号(なお,設定登録後,特許異議申立てがあり,平成13年10月9日付けで訂正請求がされ,これが認められている。同訂正後の特許請求の範囲の記載は,甲14に記載のとおり。)。
(2) 本件無効審判に関する手続 無効審判請求日:平成15年8月8日(無効2003-35324号。請求項1,3,4及び6に係る発明についての特許を無効とすることを求めたもの。) 訂正請求日:平成15年10月27日(甲12。以下「本件訂正請求」という。) 審決日:平成16年8月12日 審決の結論:「訂正を認める。特許第3093286号の請求項1,3,4,6に記載された発明についての特許を無効とする。」 審決謄本送達日:平成16年8月24日(原告に対し) 2 本件訂正請求に係る特許請求の範囲の記載(甲12。以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「訂正発明1」などといい,各発明を総称して「訂正発明」ということがある。本件で争われている請求項1,3,4,6のみを記載し,請求項2,5の記載は省略。)【請求項1】被撮影者が自ら動いている間,表示装置の表示映像を被撮影者自身にリアルタイムで視認させつつ前記被撮影者を撮影可能に配置した1つのカメラと,前記表示映像を印刷または印面などに再現する映像再現手段とからなり金銭投入スイッチにより作動するフォトブースにおいて,前記フォトブースには,前記1つのカメラにより同じ被撮影者の2回以上の撮影を行い,前記1つのカメラにより撮影した映像を一旦記憶する記憶部と,この記憶部に記憶した映像のうちから前記被撮影者により前記映像再現手段で再現することが決定された映像に対して追加補正を行う追加補正部とを備え,前記記憶部に記憶した2回以上の撮影により得られた映像を合成回路により合成可能に構成することを特徴とするフォトブース。
【請求項3】被撮影者が自ら動いている間,表示装置の表示映像を被撮影者自身にリアルタイムで視認させつつ前記被撮影者を撮影可能に配置した1つのカメラと,前記表示映像を印刷または印面などに再現する映像再現手段とからなり金銭投入スイッチにより作動するフォトブースであって,かつ,当該フォトブースはタイマーシャッタを備え,そのタイマーシャッタのシャッタタイミングは当該フォトブースからの音声によって被撮影者がタイミングを取れるフォトブースにおいて,前記フォトブースには,前記1つのカメラにより同じ被撮影者の2回以上の撮影を行い,前記1つのカメラにより撮影した映像を一旦記憶する記憶部と,この記憶部に記憶した映像のうちから前記タイマーシャッタの作動により前記映像再現手段で再現することが決定された映像に対して追加補正を行う追加補正部とを備え,前記記憶部に記憶した2回以上の撮影により得られた映像を合成回路により合成可能に構成することを特徴とするフォトブース。
【請求項4】表示装置の表示映像を被撮影者自身にリアルタイムで視認させつつ被撮影者の操作によりカメラで第1回目の被撮影者の撮影を行い,この撮影した映像を第1の映像処理部で一旦記憶し,次に,表示装置の表示映像を被撮影者自身にリアルタイムで視認させつつ被撮影者の操作により,前記第1回目の撮影を行ったカメラと同一のカメラで第2回目の被撮影者の撮影を行い,撮影した映像から人物映像だけを切り取り第2の映像処理部で記憶し,前記第1の映像処理部に記憶した映像に,第2の映像処理部に記憶した映像を上書きし,前記第1回目の被撮影者の撮影を行った映像と,第2回目の被撮影者の撮影を行った映像とを合成して,それぞれの映像を表示装置に表示すると共に,被撮影者が第2回目の撮影映像を固定し,前記第2の映像処理部の記憶部への更なる書き換えがなくなってから,当該記憶部に記憶された映像電子情報に基づき追加補正を行い,それによって先に行った背景の切り取りの処理時間に比べて長い処理時間を取れるようにすることを特徴とするフォトブースにおける撮影方法。
【請求項6】表示装置に(判決注:「に」は「の」の誤記と認める。)表示映像を被撮影者自身にリアルタイムで視認させつつ被撮影者の操作によりカメラで第1回目の被撮影者の撮影を行い,この撮影した映像を第1の映像処理部で一旦記憶し,次に,表示装置の表示映像を被撮影者自身にリアルタイムで視認させつつ,フォトブースからの音声によりシャッタタイミングを知らせ,被撮影者の操作により,前記第1回目の撮影を行ったカメラと同一のカメラで第2回目の被撮影者の撮影を行い,撮影した映像から人物映像だけを切り取り第2の映像処理部で記憶し,前記第1の映像処理部に記憶した映像に,第2の映像処理部に記憶した映像を上書きし,前記第1回目の被撮影者の撮影を行った映像と,第2回目の被撮影者の撮影を行った映像とを合成すると共に,前記音声によるシャッタタイミングに基づいて,被撮影者が第2回目の撮影映像を固定し,前記第2の映像処理部の記憶部への更なる書き換えがなくなってから,当該記憶部に記憶された映像電子情報に基づき追加補正を行い,それによって先に行った背景の切り取りの処理時間に比べて長い処理時間を取れるようにすることを特徴とするフォトブースにおける撮影方法。
3 審決の理由の要点 (1) 審決は,本件訂正請求に係る訂正事項につき,特許請求の範囲減縮を目的とするもの又は明りょうでない記載の釈明を目的とするものに該当し,いずれも,願書に添付した明細書及び図面に記載された範囲内のものであり,実質的に特許請求の範囲拡張又は変更するものではないと判断した。
(2) 審決は,特表平4-506264号公報(審判甲1,本訴甲1。これに記載された発明を以下「甲1発明」という。),審判甲2ないし6(本訴甲2ないし6)などを摘示した上,以下のとおり,訂正発明について順次検討を加えた。
(3) 訂正発明1について (a) 審決は,訂正発明1と甲1発明との一致点を次のように認定した。
「被撮影者が自ら動いている間,表示装置の表示映像を被撮影者自身にリアルタイムで視認させつつ前記被撮影者を撮影可能に配置した1つのカメラと,前記表示映像を印刷または印面などに再現する映像再現手段とからなり金銭投入スイッチにより作動するフォトブースにおいて,前記フォトブースには,前記1つのカメラにより被撮影者の撮影を行い,前記1つのカメラにより撮影した映像を一旦記憶する記憶部と,前記記憶部に記憶した撮影により得られた映像を合成回路により合成可能に構成することを特徴とするフォトブース。」 (b) 審決は,訂正発明1と甲1発明との相違点を次のように認定した。
「相違点1 訂正発明1においては,カメラにより「同じ」被撮影者の「2回以上」の撮影を行い,また,2回以上の撮影により得られた映像を合成回路により合成可能に構成するのに対して,甲1発明ではそのようになされていない点。
相違点2 上記フォトブースには,訂正発明1においては,「記憶部に記憶した映像のうちから前記被撮影者により前記映像再現手段で再現することが決定された映像に対して追加補正を行う追加補正部」を備えているのに対して,甲1発明ではそれを備えていない点。」 (c) 審決は,上記相違点2について,次のように判断した(相違点1についての審決の判断については,原告が争わないので,記載を省略する。)。
「被請求人も認めているように画像の合成処理に際し,追加補正を行うことは引用例を挙げるまでもなく必然的な要件であること,また,最終的に合成画像をプリント出力することがフォトブースの利用目的といえるから,プリント出力すべき映像,即ち,記憶部に記憶した映像のうちから前記被撮影者により前記映像再現手段で再現することが決定された映像に対して追加補正を行うことは当業者が当然になし得ることである。」 (d) 審決は,相違点の判断として次の点を指摘した。
「そして,これらを総合的に検討しても,当業者が容易に推考し得るものであり,また,上記相違点に基づく訂正発明1の効果に格別顕著なものがあるともいえない。」 (4) 訂正発明3について (a) 審決は,訂正発明3と甲1発明との一致点を次のように認定した。
「被撮影者が自ら動いている間,表示装置の表示映像を被撮影者自身にリアルタイムで視認させつつ前記被撮影者を撮影可能に配置した1つのカメラと,前記表示映像を印刷または印面などに再現する映像再現手段とからなり金銭投入スイッチにより作動するフォトブースであって,かつ,当該フォトブースはタイマーシャッタを備え,被撮影者がタイミングを取れるフォトブースにおいて,前記フォトブースには,前記1つのカメラにより被撮影者の撮影を行い,前記1つのカメラにより撮影した映像を一旦記憶する記憶部と,前記記憶部に記憶した撮影により得られた映像を合成回路により合成可能に構成することを特徴とするフォトブース。」 (b) 審決は,訂正発明3と甲1発明との相違点を次のように認定した。
「相違点1 訂正発明3においては,上記1つのカメラにより,「同じ」被撮影者の「2回以上」の撮影を行い,また,2回以上の撮影により得られた映像を合成回路により合成可能に構成するのに対して,甲1発明ではそのようになされていない点。
相違点2 タイマーシャッタのシャッタタイミングは,訂正発明3においは,「音声によって」いるのに対して,甲1発明では,時計などの映像を表示して通告される点。
相違点3 前記フォトブースには,本件発明1(判決注:「訂正発明3」の誤記と認める。)においては,「記憶部に記憶した映像のうちから前記タイマーシャッタの作動により前記被撮影者により前記映像再現手段で再現することが決定された映像に対して追加補正を行う追加補正部」を備えているのに対して,甲1発明ではそれを備えていない点。」 (c) 審決は,上記相違点3について,次のように判断した(相違点1,2についての審決の判断については,原告が争わないので,記載を省略する。)。
「被請求人も認めているように画像の合成処理に際し,追加補正を行うことは引用例を挙げるまでもなく必然的な要件であること,また,最終的に合成画像をプリント出力することがフォトブースの利用目的といえるから,プリント出力すべき映像,即ち,記憶部に記憶した映像のうちから前記タイマーシャッタの作動により前記被撮影者により前記映像再現手段で再現することが決定された映像に対して追加補正を行うことは当業者が当然になし得ることである。」 (d) 審決は,相違点の判断として次の点を指摘した。
「そして,これらを総合的に検討しても,当業者が容易に推考し得るものであり,また,上記相違点に基づく訂正発明3の効果に格別顕著なものがあるともいえない。」 (5) 訂正発明4について (a) 審決は,訂正発明4と甲1発明との一致点を次のように認定した。
「表示装置の表示映像を被撮影者自身にリアルタイムで視認させつつ被撮影者の操作により,カメラで被撮影者の撮影を行い,撮影した映像から人物像だけを切り取り,第1の映像に上書きし,前記第1の映像と,被撮影者の撮影を行った映像とを合成して,それぞれの映像を表示装置に表示すると共に,被撮影者が撮影映像を固定することを特徴とするフォトブースにおける撮影方法。」 (b) 審決は,訂正発明4と甲1発明との相違点を次のように認定した。
「相違点1 被撮影者の撮影に関し,訂正発明4では,同一のカメラで「第1回目」と「第2回目」の撮影を行っているのに対して,甲1ではそのようにしていない点。
相違点2 第1の映像が,訂正発明4においては,第1の映像処理部に記憶した第1回目の被撮影者の撮影映像であるのに対して,甲1発明では,予め記憶されている補助的画像である点。
相違点3 訂正発明4においては,(第2回目の)被撮影者の撮影映像から人物映像だけを切り取り映像処理部で記憶しているのに対して,甲1発明には,そのことが明記されていない点。
相違点4 訂正発明4では,「映像処理部の記憶部への更なる書き換えがなくなってから,当該記憶部に記憶された映像電子情報に基づき追加補正を行い,それによって先に行った背景の切り取りの処理時間に比べて長い処理時間を取れるようにする」構成であるのに対して,甲1発明ではそのような構成を備えていない点。」 (c) 審決は,上記相違点4について,次のように判断した(相違点1ないし3についての審決の判断については,原告が争わないので,記載を省略する。)。
「被請求人も認めているように画像の合成処理に際し,追加補正を行うことは引用例を挙げるまでもなく必然的な要件であること,また,最終的に合成画像をプリント出力することがフォトブースの利用目的といえるから,甲1において,プリント出力すべき画像,即ち,映像処理部の記憶部へ更なる書き換えがなくなってから,当該記憶部に記憶された映像電子情報に基づき追加補正を行うことは当業者が当然になし得ることである。
なお,追加補正の処理時間をどの程度にするかは追加補正の処理方法に伴う設計的事項である。」 (d) 審決は,相違点の判断として次の点を指摘した。
「そして,これらを総合的に検討しても,当業者が容易に推考し得るものであり,上記相違点に基づく訂正発明4の効果に格別顕著なものがあるともいえない。」 (6) 訂正発明6について (a) 審決は,訂正発明6と甲1発明との一致点を次のように認定した。
「表示装置の表示映像を被撮影者自身にリアルタイムで視認させつつ,シャッタタイミングを知らせ,被撮影者の操作により,カメラで被撮影者の撮影を行い,撮影した映像から人物映像だけを切り取り,第1の映像に,上書きし,前記第1の映像と,被撮影者の撮影を行った映像とを合成すると共に,前記シャッタタイミングに基づいて,被撮影者が撮影映像を固定することを特徴とするフォトブースにおける撮影方法。」 (b) 審決は,訂正発明6と甲1発明との相違点を次のように認定した。
「相違点1 被撮影者の撮影に関して,訂正発明6においては,同一のカメラにより,「第1回目」と「第2回目」の撮影を行うのに対して,甲1発明ではそのようになされていない点。
相違点2 訂正発明6では,上記第1の映像は,カメラで撮影された被撮影者の第1回目の撮影映像を一旦記憶した映像処理部の映像であるのに対して,甲1では,補助的画像である点。
相違点3 タイマーシャッタのシャッタタイミングは,訂正発明6においては,「音声によって知らせて」いるのに対して,甲1発明では,時計などの映像を表示して通告される点。
相違点4 訂正発明6においては,(第2回目の)撮影映像から人物映像だけを切り取り第2の映像処理部で記憶するのに対して,甲1発明では,そのことが明記されていない点。
相違点5 訂正発明6においては,「映像処理部の記憶部への更なる書き換えがなくなってから,当該記憶部に記憶された映像電子情報に基づき追加補正を行い,それによって先に行った背景の切り取りの処理時間に比べて長い処理時間を取れるようにしているのに対して,甲1発明ではそのようにされていない点。」 (c) 審決は,上記相違点5について,次のように判断した(相違点1ないし4についての審決の判断については,原告が争わないので,記載を省略する。)。
「被請求人も認めているように画像の合成処理に際し,追加補正を行うことは引用例を挙げるまでもなく必然的な要件であること,また,最終的に合成画像をプリント出力することがフォトブースの利用目的といえるから,プリント出力すべき画像,即ち,映像処理部の記憶部への更なる書き換えがなくなってから,当該記憶部に記憶された映像電子情報に基づき追加補正を行うことは当業者が当然になし得ることである。
なお,追加補正の処理時間をどの程度にするかは追加補正の処理方法に伴う設計的事項である。」 (d) 審決は,相違点の判断として次の点を指摘した。
「そして,これらを総合的に検討しても,当業者が容易に推考し得るものであり,上記相違点に基づく訂正発明6の効果に格別顕著なものがあるともいえない。」 (7) 審決は,被請求人(原告)の主張に対して,次のとおり説示した。
(a)「被請求人は,…概略次のとおり主張している。
本審決で係争対象となっている特許発明では「表示画面上に表示される映像については,敢えて追加補正を行わずに表示し,他方再現(シール印刷)する映像に対しては追加補正を行った後に印刷する」ように構成されています。これは,シール上でアミューズメント性に富んだ映像を再現することを目的としたフォトブースでは,顧客を満足させる観点から要求される事項に鑑みると,「被撮影者(以下,「使用者」と称することもある)が最終的に獲得する再現映像がシール上できれいな状態で表示することは副次的な要素にすぎない」ことを意味し,それゆえに上記係争対象特許発明では「複数回撮影を行った後に,そのうちの特定の映像(換言すると,使用者がシール印刷に採用することを決定した映像)に対して追加補正を行って当該特定映像をきれいな状態として,最終的にかかる追加補正された映像を印刷することによって,表示画面上の映像にぶれが生じていたとしても,シール上に印刷された映像は,きれいな状態で補正されたものとなって再現される」。
言い換えれば,表示画面上に表示される全ての映像に対して厳密又は精密な補正を行おうとすると「リアルタイムで補正を行って表示する必要が生じ,これを達成するためには,高速で映像処理を行うことが余儀なくされる」,これに対し,本件係争対象特許発明では「使用者が印刷により再現したい映像として採用したもの,即ち記憶部への更なる書き換えがなくなった時点の映像を追加補正の対象としているので,かかる追加補正を行うのに十分な映像処理時間を確保でき,その結果簡略化した計算処理であっても違和感のないきれいな再現映像を提供できる」。」 (b)「そこで,上記被請求人の主張について検討する。
(b-1)「訂正発明1及び訂正発明3について 訂正発明1及び訂正発明3に係る構成を検討すると,表示装置の表示映像に関し,「表示装置の表示映像を被撮影者自身にリアルタイムで視認させつつ」と規定されているにすぎず,被請求人が主張する「表示画面上に表示される映像に対して高速で映像処理を行うこと」即ち,後での追加補正を必要とする映像処理(実施例ではリアルタイムでの切り取り処理を行い,表示装置に表示させる)を限定するものはないので,結局,被請求人の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,採用することはできない。」(b-2) 「訂正発明4及び訂正発明6について 訂正発明4及び訂正発明6に係る構成を検討すると,表示装置の表示映像に関し,「第2回目の被撮影者の撮影を行い,撮影した映像から人物像だけを切り取り第2の映像処理部で記憶し,前記第1の映像処理部に記憶した映像に,第2の映像処理部に記憶した映像を上書きし,前記第1回目の被撮影者の撮影を行った映像と,第2回目の被撮影者の撮影を行った映像とを合成して,それぞれの映像を表示装置に表示すると共に,被撮影者が第2回目の撮影映像を固定し,」と記載されているにすぎず(固定とは,被撮影者が表示装置に表示された合成画像を視認して映像再現手段で再現する映像を決定するもの(被請求人の口頭審理陳述要領書)),後での追加補正を必要とする映像処理(実施例では,リアルタイムでの切り取り処理を行い,表示装置に表示させる)を限定するものではないので,結局,被請求人の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,採用することができない。」 (8) 審決は,次のとおり結論付けた。
「以上のとおりであるから,他の無効理由について検討するまでもなく,訂正発明1,3,4,6は,甲1ないし6に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。よって,訂正発明1,3,4,6は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,同法123条1項2号の規定に該当するから,その特許は無効とすべきものである。」
原告の主張(審決取消事由)の要点
1 取消事由1(審判における手続上の違法) 審判手続における第1回口頭審理後に,特許庁審判長の命を受けて,原告及び被告らの双方から1通の上申書(甲7-3,8)が提出された後,被告らは,原告提出の上申書(甲8)を受けて,さらなる上申書(甲7-4)を提出している一方,原告に被告ら提出の上申書(甲7-3と7-4の各1通)が送付されたのは,審決謄本の送達と同時である(甲7-1・2)。
上申書に関する取扱いについては,あくまでも特許庁審判官の合議体の裁量に委ねられているが,被告ら提出の上申書の送付が審決謄本送達と同時であったことは,被告らには原告の上申内容に対する意見陳述の機会を与える一方で,原告には被告らの上申内容に対する意見陳述の機会を与えることなく審決をしたことになり,審理不尽及び極めて審理の公平性を欠いたものであって,著しく不合理で明らかに裁量の濫用・逸脱といえる。
特許法156条1項は,審理終結通知について「審判長は,事件が審決をするのに熟したときは,審理の終結を当事者及び参加人に通知しなければならない」と規定し,書面審理において審理に必要な事実をすべて参酌する等して,不意打ちの審決を防止するためにあるところ,当事者に不意打ちとならない審決を出すためには,審判手続において提出された一切の書類を,審理終結通知を発する日までに送付しておく必要がある。しかし,審理終結通知の後に,被告ら提出の上申書が審決謄本と同時に原告に発送された。事件が審決をするのに熟しているか否かの判断は,あくまでも特許庁審判官の合議体の裁量に委ねられているが,少なくとも原告に被告らの上申内容に対する意見陳述の機会を与えてその陳述内容を斟酌した上で判断すべきであり,これを経ることなく事件が審決をするのに熟したとの判断を下したことは,著しく不合理で明らかに裁量の濫用・逸脱といえる。
また,被告ら提出の上申書が審理終結通知の送付後に審決謄本と同時に発送されたことは,上申書の内容いかんにかかわらず,不意打ちの審決を防止するという特許法156条1項の規定に則らない手続であり,事件が審決をするのに熟していない状態で審理終結通知がなされたことになる。
さらに,本件については,被告ら提出の上申書によって原告に不意打ちとなるような審決がなされており,明らかに特許法156条1項の規定に違反する手続となっている。
2 取消事由2(審判における原告の主張の誤解に基づく認定判断の誤り) 原告は,本件発明の特徴部分である追加補正を周知・慣用であるとは,自認していない,しかし,審決は,「被請求人も認めているように画像の合成処理に際し,追加補正を行うことは引用例を挙げるまでもなく必然的な要件である」(前記第2,3(3)(c),(4)(c),(5)(c),(6)(c)の各冒頭部分)と判断したことは,審決が当事者の主張の理解を誤ったものであるから,審決には,それを違法とする実体判断の瑕疵があることが明らかである(甲10(第1回口頭審理調書),甲11(平成16年3月11日に提出の口頭審理陳述要領書),甲7-4(平成16年4月19日に提出した被告らの上申書))。
3 取消事由3(相違点の判断の誤り) (1) 訂正発明と甲1発明と大きく異なる点が,映像を処理する際に追加補正が行われるか否かにある(原告及び被告ら並びに特許庁審判官の共通認識である。)。
訂正発明が有する追加補正によれば,製造コストの低廉化を図る一方で,より良い品質の映像が再現されたシートの提供とそのための機能アップとを図らなければならないという,相反する課題を解消できる。これに対し,甲1発明は,上記の追加補正を行うための要素を有していないので,上記の相反する課題を解消することができない。
このように,訂正発明は,追加補正に伴う上記の特有の効果を奏するのにもかかわらず,審決は,「被請求人も認めているように画像の合成処理に際し,追加補正を行うことは引用例を挙げるまでもなく必然的な要件であること,また,最終的に合成画像をプリント出力することがフォトブースの利用目的といえるから,プリント出力すべき映像,即ち,記憶部に記憶した映像のうちから前記被撮影者により前記映像再現手段で再現することが決定された映像に対して追加補正を行うことは当業者が当然になし得ることである。」と判断し(訂正発明1に関する相違点2,訂正発明3に関する相違点3,訂正発明4に関する相違点4,訂正発明6に関する相違点5の判断において同旨の判断がされている。前記第2,3(3)(c),(4)(c),(5)(c),(6)(c)),さらに,「なお,追加補正の処理時間をどの程度にするかは追加補正の処理方法に伴う設計的事項である。」と判断したものであって(訂正発明4に関する相違点4,訂正発明6に関する相違点5の判断において同旨の判断がされている。前記第2,(5)(c),(6)(c))),これらの判断には,実体判断の瑕疵があることが明らかである。
なお,上記判断には,取消事由2で主張した誤りも含まれている。
(2) 補充して主張するに,訂正発明1,3において,追加補正を行う対象となる「プリント出力すべき映像」は,「映像再現手段で再現することが決定された映像」のことであるが,訂正発明の効果を奏するために追加補正の対象が必然的に導かれるようなものではなく,追加補正の対象が,本件出願当時に当業者に周知の技術的事項であったとも考えられない。
また,訂正発明4,6においては,「プリント出力すべき映像,…に対して追加補正を行う」という追加補正の対象を規定したものではなく,「前記第1回目の被撮影者の撮影を行った映像と,第2回目の被撮影者の撮影を行った映像とを合成して表示装置に表示し,その後,被撮影者が前記表示装置に表示された合成画像を視認し,映像再現手段で再現する映像を決定することによって前記第2の映像処理部の記憶部への更なる書き換えがなくなってから,当該記憶部に記憶された映像電子情報に基づき追加補正を行い」という追加補正のタイミングを規定したものであるから,訂正発明1,3と同列にして追加補正の対象について記述している審決は的を射ていない。
その上,訂正発明4,6おいて,本件訂正発明の効果を奏するために追加補正のタイミングが必然的に導かれるようなものではなく,追加補正のタイミングが,本件出願当時に当業者に周知の技術的事項であったとも考えられない。
さらに,「プリント出力すべき映像,…に対して追加補正を行うことは当業者が当然になし得ること」との判断について,本件出願当時の技術常識からすれば,追加補正された後のものが「プリント出力すべき映像」になるのが通常であって,訂正発明4,6のように,「プリント出力すべき映像」が追加補正を行う対象になるということを当業者が容易に想到し得るものではない。
以上のことから,審決が,「プリント出力すべき映像,…に対して追加補正を行うことは当業者が当然になし得ること」との判断を下したことは,訂正発明と甲1発明との相違点の検討判断の誤りであるから,審決には,それを違法とする実体判断の瑕疵があることが明らかである。
(3) 審決は,「追加補正の処理時間をどの程度にするかは追加補正の処理方法に伴う設計的事項である。」と判断したが,設計的事項に関しては,「設計変更であるか否かの問題は,その目的のために具体的に如何なる構造を採用したのか,それが具体的に如何なる点で至便であるという効果をもたらし得たかの点からみる必要があり,その構造と効果とが機能的に結合されているかぎり,これを設計上の問題ということはできない。」(東京高判昭和44年3月25日・同昭和40年(行ケ)第24号)というべきである。
訂正発明では,「追加補正」を採用したことに伴い「先に行った人物映像の切り取りの処理時間に比べて長い処理時間を取れるようにする」という効果をもたらすことから,その構造と効果とが機能的に結合されていることは特許請求の範囲上明確であり,「追加補正の処理時間をどの程度にするかは追加補正の処理方法に伴う設計的事項である。」との判断を下したことは,訂正発明4,6の判断の誤りであるから,審決には,実体判断の瑕疵があることが明らかである。
4 取消事由4(訂正発明の効果の看過) 訂正発明の進歩性の有無を判断するにあたって,審判において被告らが提示した一連の証拠のいずれにも,「追加補正を行うに当たって十分に長い映像処理時間が取れることができるようにして,簡略化した計算による映像処理であっても再現された映像の違和感を少なくすることで,上記カ)の効果を発するに至った。」というような訂正発明の動機付け及び技術的思想は一切存在しておらず,また,そのための具体的手段も一切記載されていない。
したがって,当業者といえども上記一連の証拠に基づいて訂正発明を容易に想到し得るものではないから,訂正発明は,特許法29条2項に該当せず,十分特許を維持し得るのに十分な進歩性を有している。
それにもかかわらず,審決は,取消事由2及び3の誤りに加えて,「訂正発明は当事者が容易に推考し得るものであり,また,上記相違点に基づく訂正発明の効果に格別顕著なものがあるともいえない。」と判断したこと(前記第2,(3)(d),(4)(d),(5)(d),(6)(d)),その上で,特許を無効と結論付けたこと(前記第2,3(8))には,訂正発明の進歩性の判断を誤ったことが明らかである。
被告らの主張の要点
1 取消事由1に対して 上申書に対する反論の機会が与えられなかったので手続上の瑕疵があるとする原告の主張は,手続の面から見ても,実質的にみても,根拠がなく,失当である。
2 取消事由2,3に対して 原告は,輪郭補正,色補正等の画像合成技術と「追加補正」とは異なるものと根拠なく主張する。しかし,本件明細書によれば,「追加補正」は,輪郭補正,色補正等の画像合成技術と理解できるので,原告主張は失当である。
3 取消事由4に対して 取消事由4は,取消事由2,3が成立することを前提とする主張であるが,前記のとおり取消事由2,3は成り立たず,したがって,前提において誤りがあるから,取消事由4についての原告主張は,失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(審判における手続上の違法)について 証拠(甲7-1〜4,甲8〜10)及び弁論の全趣旨によれば,平成16年3月11日,審判手続において第1回口頭審理がされ,特許庁審判長の命を受けて,同月23日付けで,原告及び被告らの双方から各1通の上申書が提出されたこと,被告らは,同年4月19日付けの上申書を特許庁に同日提出したこと,同年7月29日付けで審理終結通知書が発送されたこと,同年8月12日付けで本件審決がされ,同年8月24日,原告に対し,審決謄本とともに,上記3月23日付け及び4月19日付けの被告らの上申書が送付されたことが認められる。
上記の本件審判手続の経緯,上記各証拠によって認められる被告らが提出した上申書の内容(特に問題とされているのは,4月19日付け上申書であるところ,同上申書は,原告が上記3月23日付け上申書において,訂正の用意がある旨を記載したことに起因して,被告らが作成した上申書であって,主として,原告が用意があるとする訂正が認められるべきか否かについての反論が記載されたものである。),さらには,審判で争われた争点などの諸事情に照らせば,上記特許庁の措置が,本件審判手続として,特許法156条1項に違反するものとは認められず,また,実質的にみても,本件審判において原告にとって不意打ちとなるべきものではなかったというべきである(なお,不意打ちとなるか否かは,手続上の公正の観点から,上記のように具体的な事実関係に基づいて判断されるべきである。商標に関する事案であるが,最高裁平成14年9月17日第三小法廷判決・判例時報1801号108頁参照)。
前記第3,1の原告の主張は,採用し得ないものであり,取消事由1は,理由がない。
2 取消事由2(審判における原告の主張の誤解に基づく認定判断の誤り)について 本件証拠(甲7-4,甲10,11)及び弁論の全趣旨に照らせば,審判以来,「追加補正」の技術的意義について争点になっていることは明らかであり,審決が「被請求人も認めているように画像の合成処理に際し,追加補正を行うことは引用例を挙げるまでもなく必然的な要件である」として,あたかも,原告が訂正発明における「追加補正」が周知・慣用であると自認したかのように説示したことは,誤解を招く,配慮に欠けた不適切な説示であるというほかない。
しかし,上記説示は,「画像の合成処理に際し,追加補正を行うことは…必然的な要件である」ことは,「引用例を挙げるまでもない」ということであって,「追加補正」についての審決の理解を前提としてではあるが(審決の理解が正しいか否かは別の争点であり,後に検討する。),それが必然的な要件であると認定しているのであって,いずれにしても,「被請求人が認めた」ということのみから,直ちに上記のように認定判断した趣旨ではないのであるから,上記の不適切な説示の点は,審決の結論に影響しないものである。
したがって,前記第3,2の原告の主張は採用の限りではなく,取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(相違点の判断の誤り)について (1) 本件では,訂正発明の要旨認定,特に,「追加補正」の意義が争われているので,この点から検討する。
(2) 証拠(甲12〜14)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許査定の段階では,特許請求の範囲には,「補正」はもとより,「追加補正」という構成要件は存在せず,発明の詳細な説明中の「(実施の形態1)」の説明において,「追加補正部」,「追加補正」との記載がみられること(甲13の段落【0087】〜【0091】),前記の異議審における平成13年10月9日付けの手続補正によって,特許請求の範囲に「追加補正部」,「追加補正」との構成要件が追加されたが,「補正」という構成要件は依然として記載がないこと(甲14),その限りでは,本件訂正請求においても同様の状況にあること(甲12)が認められる。
(3) 「追加補正」の一般的な意義について検討すると,広辞苑第5版(甲16-2)の定義にかんがみれば,日常的な用語として「追加○○」といった場合には,「○○」と同一ないし同質のものが既にあって,これに「○○」を後から増し加えることを意味するのが通常であろうと解されるが,その余の解釈があり得ないとはいえず,訂正発明の特許請求の範囲の記載(前記第2,2)における記載によるだけでは,記載はないものの「(1回目の)補正」が先行して存在し,それに「追加補正」がされるものであると,一義的に確定することは困難である。
(4) そこで,発明の詳細な説明欄の記載をも参酌すべきことになる。本件訂正明細書(甲12)において,「補正」ないし「追加補正」の記載(この部分に下線を付した。)がある段落は,以下のとおりである。念のため,背景除去コントローラ31による背景抜きに関係する記載も挙げておく。
(a) 「さらに,別の発明では,前記映像処理部の少なくとも1つには,背景除去コントローラを有し,この背景除去コントローラによって,前記カメラで撮影した映像から背景を切り取り人物映像のみを残し記憶するように構成することを特徴としている。」(【0013】) (b) 「フォトブースシステムの少なくとも1つには,背景除去コントローラによって背景を除去された人物映像だけが記憶されるから,他のフォトブースシステムで記憶された映像を合成する場合,他のフォトブースシステムで撮影された映像を背景として人物映像が溶け込んだ映像を作成することができる。また,背景を除去された人物映像を他の映像に上書きする簡単な制御で合成映像が作成可能となる。」(【0014】) (c) 「(実施の態様1)」(【0048】【発明の実施の形態】) (d) 「前記第2の映像処理部30は,カメラJで撮影された映像をA/Dコンバータ15によりA/D変換し,この変換した映像電子情報から人物映像だけを残し背景を切り取る背景除去コントローラ31と,この背景除去コントローラ31によって切り取られた人物映像の電子情報のみを記憶する第2の記憶部32とから構成されている。」(【0081】) (e) 「前記背景除去コントローラ31によって行われる背景除去は,一般的に周知なクロマキー法を用い,このクロマキー法を行うために,第3図の背景カーテンKのカメラJでの撮影される面はブルー色としている。このようにブルー色としたのは,クロマキー法が色調の変化を検出して切り取りを行う方法であり,一般的に知られるように人間の肌色と最も色調が明確に検出できるのがブルーと言われているからで,このブルー色に限らずクロマキー法により人物映像を切り取ることができれば他の色に変更しても良いのは勿論である。」(【0082】) (f) 「第2の記憶部32には,フィールドメモリを採用しており,前記背景コントローラ31によって一画面(第2の記憶部32のメモリ領域)を1/60秒でブルーの単色背景部位を切り取りながらラスタ走査順各ピクセルごとに書き込まれると共に,書き込まれた前記ピクセルごとの映像電子情報は一画面分を1/60秒で合成回路50に送られ,他の背景や前景と合成されて前記表示画面G1に表示される。このように1/60秒で背景の切り取りを行うようにしているのは,前述したように先に固定した背景や前景に被撮影者が自ら動いて位置決めを行わせるようにしているため,リアルタイムで背景を切り取り表示させる必要があるからである。」(【0085】) (g) 「しかしながら,このような人間の目で見て違和感のない画面の書き換えを行う1/60とか1/50秒とかの短時間では,違和感なく背景を切り取ることは非常に難しい。すなわち,1/50とか1/60秒とかのリアルタイムで違和感なく背景を切り取るためには,その切り取りに複雑な計算を要するため,非常に処理速度の早い高価な計算機を必要とするなど問題がある。したがって,リアルタイムで表示画面G1に表示させるため,短時間で処理を終了させようと前述した複雑な計算の幾つかを簡略化した計算で間に合わせるしかない。しかしながら,このような簡略化した計算処理での背景抜きを行った場合には,抜き取られた人物映像の輪郭がギザギザで,明らかに背景を抜いた人物映像を他の背景等に合成したことが人目で明らかに分かってしまう問題がある。」(【0086】) (h) 「そこで,本形態の更に好ましい例として,図1の点線で示す追加補正部33を設けること良い。この追加補正部は第2の記憶部32と入力側と出力側にそれぞれ接続され,被撮影者が第2回目の撮影映像を固定し,第2の記憶部32への更なる書き換えがなくなってから,第2の記憶部32に記憶された映像電子情報に基づき追加補正 を行う。」(【0087】) (i) 「この追加補正は,先に行った背景の切り取りの処理時間1/60秒に比べて十分長い処理時間を取ることができるから,人物映像の輪郭のギザギザの違和感を少なくする。あるいは,隣接するピクセルの色調を比較し,誤って前述した背景抜き時に抜いてしまった可能性のあるピクセルを色補正する。この補正 は隣り合うピクセルを考慮して補間処理を行うなどの追加処理を行い,再度,前記2の記憶部32に戻し記憶させる。」(【0088】) (j) 「つまり,この好ましい例では,前記背景除去コントローラ31で簡単な計算による背景抜きを行い表示画面G1にリアルタイムで表示させ,使用者に対し切り取られた人物映像の位置決めを行わせ,位置決めが終了した後に,前記第2の記憶部32の映像電子情報を基に追加補正部33により更なる計算を施す追加補正 を行い,第2の記憶部32に戻すようにしている。この第2の記憶部32に記憶される電子情報は,画面G1に表示しても違和感の少ない背景抜きした人物映像に処理されている。
また,53はプリンタコントローラであって,前記制御部51の命令により,合成回路から送られる映像データをプリンタで再現するための制御を行う。」(【0089】) (k) 「このように背景除去コントローラ31によってカメラJで撮影した映像から人物映像を簡単な計算で仮抜きした映像でリアルタイムに画面G1に表示させるようにしているから,背景や前景に被撮影者たる使用者が自ら動いて位置合わせすることが可能で,且つ,追加補正部33により仮抜きした人物映像を追加補正 するようにしているから,最終的にプリンタなどの映像再現手段で印刷物などに再現される場合には,違和感の少ない人物映像をして再現されるといったメリットがある。」(【0090】) (l) 「前記背景除去コントローラ31で行う簡略化された計算とは,ラスタ走査順に隣り合うピクセル色との比較を行い,カーテンKの色であるブルーから人物の顔の色(肌色)との色調の変化を見ながら人物映像の輪郭を抽出し,背景を切り取るといった計算が考えられる。また,違和感のないような追加補正を行うとは,前述した補正のほか,輪郭のぼかしや輪郭の強調,合成回路50で合成する前景や背景とのコントラストと比較し,合成した場合にコントラストでの違和感が生じることを低減する補正を行うなどが考えられる。」(【0091】) (m) 「前記第1の記憶部20は,カメラJで撮影した第1回目の撮影映像を記憶する第1の記憶部21のみから構成されている。しかしながらこのような構成に限らず前記背景除去コントローラ31を設けて,ここでも他の被撮影者の人物映像だけを切り取り前記第1の記憶部21に記憶させ,前記ロジック映像発生回路40から抽出した背景に,第1の記憶部21と第2の記憶部32に記憶された2人の人物映像を重ね書きした合成映像を作成できるように構成することも可能である。」(【0092】) (5) 上記記載によれば,訂正発明の「追加補正」は,被撮影者が再現しようと決定した映像に対してのみに行う(再現が決定されなかった映像に対しては行われない)ものであって,映像再現手段における再現のための仕上げの補正であり,最終的にプリンタで印刷物などに再現される合成された映像データに対して行う,輪郭補正等の補正からなる追加処理を意味するものと解される。
そして,画像の合成処理に際し,「補正」を行うことが必然的な要件であることや,最終的に合成画像をプリント出力することがフォトブースの利用目的であることは明らかであるところ,プリント出力する映像に対する補正は,最終的にプリント出力するまでに行えばよく,フォトブースにおける合成処理のどの段階で行うかは,当業者が必要に応じて適宜決定し得る設計事項と認められる。
したがって,最終的にプリント出力すべき映像が確定した段階だけで,輪郭補正等の補正を行うようにすること,すなわち,訂正発明にいう上記「追加補正」をすることに困難性はないというべきである。結局,訂正発明の「追加補正」は,画像の合成処理に際し必然的に行う「補正」を,最終的にプリント出力すべき映像が確定した段階だけで行うようにしたものであると認められる。よって,審決が「画像の合成処理に際し,追加補正を行うことは引用例を挙げるまでもなく必然的な要件」であるとした認定判断は,是認し得るものである。
(6) 背景除去コントローラ31による背景の切り取りに際して(1回目の)「補正」が行われていないかをみておく。
(a) 上記(4)の明細書の記載によれば,「背景除去コントローラ」は,映像から背景を切り取り,人物映像を残す処理のみを行うものであり,背景の切り取りに際しては,「補正」は行われていないと理解するほかない。上記記載によれば,背景除去コントローラ31による背景抜きにおいてクロマキー法が用いられることとされているものの,その処理の際に補正が行われていることを認め得る記載は存在しない上,本件全証拠によって技術常識を検討しても,クロマキー法による処理の際に補正を行うことが多いであろうことはうかがえるものの,クロマキー法による処理の際に補正を行うことが技術的に不可欠であると認めることはできないし,その際に補正を行わずに後の段階で補正を行うこととしても,技術常識に反するものとは認められない。
結局,上記明細書の記載によれば,訂正発明では,背景除去時においては補正を行わず,最終的にプリント出力すべき映像が確定した段階においてのみ,輪郭補正等の補正からなる(訂正発明にいう)「追加補正」を行っているものであり,訂正発明では,「追加補正」と区別される「補正」は,行われていないと理解せざるを得ない。
(b) 「追加」という用語の意味との整合性という観点から補足して説明しておく。
(b-1) 前記(4)のうち「追加補正」を説明した段落【0088】の文脈を追うと,「追加補正」は,「先に行った背景の切り取りの処理」の結果に対して,「色補正する」ものであり,「この補正は隣り合うピクセルを考慮して補間処理を行うなどの追加処理を行い」とされている。すなわち,補正の具体例として「色補正」が挙げられ,その「補正」は,補間処理などの「追加処理」というのであり,「追加」というのは,いみじくも「追加処理」と明記されているように,「補正」を含む上位概念としての「処理」のレベルでみて「追加」というものであることが認められる。すなわち,「先に補正が行われたものに補正が追加される」ということが記載されているわけではなく,「先に処理が行われたものに補正という処理が追加される」ということが記載されているものと理解される。
(b-2) 同様に段落【0089】の文脈を追うと,「背景除去コントローラ31で簡単な計算による背景抜きを行い…」,「追加補正部33により更なる計算を施す追加補正を行い」とされている。ここでは,「簡単な計算による背景抜き」という処理が先行し(ここで「補正」が行われるとは記載されていない。),「更なる計算を施す」という処理が追加されることが記載されていると理解されるのであり,この「更なる計算を施す」ことを「追加補正」と称していることが明らかである。ここでも,「処理」のレベルでみて「追加」というものであることが認められる。
(b-3) 段落【0090】では,「背景除去コントローラ31によって…人物影像を簡単な計算で仮抜きした映像…」,「追加補正部33により仮抜きした人物映像を追加補正するようにしているから,…違和感の少ない人物影像…」とされているが,上記(b-1)及び(b-2)で指摘したことと平仄が合っている。
(b-4) 段落【0091】では,「背景除去コントローラ31で行う簡略化された計算とは」として,その計算の具体例が挙げられ,「違和感のないような追加補正を行うとは」として,既に記載されたもののほかに考えられる補正の例が挙げられているが,上記(b-1)及び(b-2)で指摘したことと平仄が合っている。
(b-5) 前判示のとおり,特許請求の範囲に記載された「追加補正」は,上記の明細書の記載に根拠をおくものと解されるが,特許請求の範囲はもとより発明の詳細な説明欄においても,先行する補正(1回目の補正)が存在することは記載されていないのみならず,明細書の記載を子細に検討すると,「追加」というのは,「補正」を含む上位概念としての「処理」のレベルでみて「追加」というものであることが認められる。したがって,「追加」という用語の意味を前記(3)に記載した通常の意味として解しても,前記(5)のように理解することは,何ら矛盾するものではないというべきである。
(7) 原告は,訂正発明特有の効果に関連して,前記第3,3(1)のように主張する。
しかし,最終的にプリント出力すべき映像が確定した段階だけで,輪郭補正等の補正を行うようにすること,すなわち,訂正発明にいう「追加補正」をすることに困難性はないことは,前判示のとおりである。
そうすると,原告の主張する効果は,プリント出力すべき映像が確定した段階だけで輪郭補正等の補正を行うことによって,当然に生じるものと予測される程度のものであって,格別顕著なものではない。
したがって,「追加補正」及び特有の効果に関する原告の主張は,採用し得ないのであって,これを前提として審決の判断の誤りをいう主張は,採用し得ない。
(8) 原告は,「追加補正」を行う対象とタイミングに関して,前記第3,3(2)のとおり主張する。
プリント出力する映像に対する補正は,最終的にプリント出力するまでに行えばよく,フォトブースにおける合成処理のどの段階で行うかは,当業者が必要に応じて適宜決定し得る設計事項と認められ,最終的にプリント出力すべき映像が確定した段階だけで,輪郭補正等の補正を行うようにすること,すなわち,訂正発明にいう「追加補正」をすることに困難性はないこと,訂正発明の「追加補正」は,画像の合成処理に際し必然的に行う「補正」を,最終的にプリント出力すべき映像が確定した段階だけで行うようにしたものであると認められること,訂正発明では,「追加補正」と区別される「補正」は,行われていないと理解せざるを得ないことは,既に判示したとおりである。
これらに照らせば,原告の上記主張が採用し得ないことは,明らかである。
なお,審決は,訂正発明4,6に関し,「プリント出力すべき画像,即ち,映像処理部の記憶部への更なる書き換えがなくなってから,当該記憶部に記憶された映像電子情報に基づき追加補正を行うことは当業者が当然になし得ることである。」と説示しているところ,追加補正のタイミングについて認定判断していることは明らかであって,審決に誤りがあるとはいえない。
(9) 原告は,追加補正の処理時間に関して,前記第3,3(3)のとおり主張する。
しかし,最終的にプリント出力すべき映像が確定した段階だけで,輪郭補正等の補正を行うようにすること,すなわち,訂正発明にいう「追加補正」をすることに困難性はないことは,前判示のとおりである。
そうすると,「先に行った人物映像の切り取りの処理時間に比べて長い処理時間を取れるようにする」などという原告主張の作用効果は,プリント出力すべき映像が確定した段階だけで輪郭補正等の補正を行うことによって,当然に生じるものと予測される程度のものであって,格別顕著なものとはいえない。したがって,追加補正の具体的な処理時間について,「追加補正の処理時間をどの程度にするかは追加補正の処理方法に伴う設計的事項である。」とした審決の判断は,是認し得るものである。
(10) 結局,前記第3,3の原告の主張は,補充して主張されたものも含め,いずれも採用の限りではなく,取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(訂正発明の効果の看過)について 最終的にプリント出力すべき映像が確定した段階だけで,輪郭補正等の補正を行うようにすること,すなわち,訂正発明にいう「追加補正」をすることに困難性はないこと,原告主張の作用効果が格別顕著なものとはいえないことは,既に判示したとおりである。
よって,前記第3,4の原告の主張は採用し得ず,取消事由4は理由がない。
5 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 田中昌利
裁判官 佐藤達文