関連審決 | 異議2001-73517 |
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関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の認定 / 技術常識 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 請求の範囲 / 変更 / 訂正明細書 / 取消決定 / 異議申立 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
404号
特許取消決定取消請求事件
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原告 セイコーエプソン株式会社 同訴訟代理人弁理士 西川慶治 同 木村勝彦 同 上柳雅誉 被告 特許庁長官太田信一郎 同指定代理人 涌井幸一 同 渡辺努 同 佐田 洋一郎 同 番場得造 同 大野克人 同 大橋良三 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/06/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2001-73517号事件について平成14年6月17日にした決定を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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争いがない事実等
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成2年10月8日,発明の名称を「インクジェット記録ヘッド」とする発明につき特許出願(特願平2-270298号)をした。同出願について,特許庁は,平成13年3月13日付けで特許をすべき旨の査定をし,平成13年4月27日,特許第3182760号として設定登録された(以下,この設定登録により生じた特許権を「本件特許」といい,同特許に係る発明を「本件発明」という。)。 (2) Aは,平成13年12月26日,本件特許について,特許異議の申立て(異議2001-73517号として係属。)をした。特許庁は,同事件について,平成14年3月25日付けで,原告に対し,本件特許の取消しの理由を通知した。これを受けて,原告は,平成14年5月30日,特許庁に対し,訂正請求書及び訂正明細書並びに意見書を提出した。 (3) 特許庁は,平成14年6月17日,上記異議申立事件について,「訂正を認める。特許第3182760号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は平成14年7月6日に原告に送達された。 2 前記訂正後の本件発明の要旨は,次のとおりである(以下,請求項1ないし4に係る発明を,それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明4」という。)。 【請求項1】インク滴を噴射するノズルと,前記ノズルと連通する流路空間が形成された流路基板と,前記流路基板に積層された振動板とからなる流路構成部材を有したインクジェット記録ヘッドであって, 前記振動板上に該振動板を変位させる圧電素子が配置され,前記圧電素子が配置された側から該圧電素子を覆う様に前記流路構成部材を,前記流路構成部材の外周でのみ支持するヘッドケースを有しており,且つ前記ヘッドケースにはインク貯蔵部からのインクを前記流路構成部材に供給するインク経路を形成し,該インク経路は,前記流路基板及び振動板の積層面と垂直方向に前記インク貯蔵部と接続され,前記圧電素子の駆動により前記流路基板および振動板の積層面と垂直な方向にインク吐出することを特徴とするインクジェット記録ヘッド。 【請求項2】前記インク経路を前記ヘッドケースに一体に形成したことを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載のインクジェット記録ヘッド。 【請求項3】前記ヘッドケースの印字方向に移動させるキャリッジを備え,前記ヘッドケースが前記キャリッジに固定されていることを特徴とする特許請求の範囲第1項又は第2項に記載のインクジェット記録ヘッド。 【請求項4】前記流路基板のノズル面側に共通インク室を有し,且つ前記流路基板の厚み方向に形成した貫通口で前記流路空間を構成したことを特徴とする特許請求の範囲第1項乃至第3項のいずれかに記載のインクジェット記録ヘッド。 3 本件決定の理由の要旨は,次のとおりである(甲1)。 (1)ア 本件発明1と特開昭60-135262号公報(以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「刊行物1発明」という。)とは, 「インク滴を噴射するノズルと,前記ノズルと連通する流路空間が形成された流路基板と,前記流路基板に積層された振動板とからなる流路構成部材(以下「流路構成部材」という。)を有したインクジェット記録ヘッドであって,前記振動板上に該振動板を変位させる圧電素子が配置され,前記圧電素子が配置された側から該圧電素子を覆う様に前記流路構成部材を支持するヘッドケースを有しており,且つ前記ヘッドケースにはインク貯蔵部からのインクを流路構成部材に供給するインク経路を形成し,該インク経路は,前記流路基板及び振動板の積層面と垂直方向に前記インク貯蔵部と接続され,前記圧電素子の駆動により前記流路基板および振動板の積層面と垂直な方向にインク吐出することを特徴とするインクジェット記録ヘッドである点」で一致し,次の点で相違する。 すなわち,「本件発明1のヘッドケースは,流路構成部材をその外周でのみ支持するのに対し,刊行物1発明の支持ブラケット1(判決注:この数字「1」は刊行物1記載の実施例の説明図面記載の番号である。以下,インクヘッドの各部分名の次に記載の各番号はいずれも上記図面記載の各番号を指す。)は,内側に延在する突起4及び5を設け,全構造部品をこれら突起4及び5と支持ブラケット1の上部内面との間で締結し補足的に固着しており,外周でのみ支持しているか否かは不明である点」で相違する。 イ そこで,上記相違点について検討するに,一般に,ケース状のもので内部のものを覆う場合には,様々な形態のものが想起され,例えば,スナップ止めのように外周で支持するような構成は良く知られたものである。さらに,刊行物1発明の支持ブラケット1についても,支持ブラケット1の材質によっては,側面2,3が内部を支持するような構成すなわち外周で支持するような構成となることも当然に考えられ,刊行物1発明の支持ブラケット1が,外周と突起4及び5の双方で支持するものと考えることも可能である。 そうすると,刊行物1発明において,外周と突起4及び5の双方で支持する代わりに,いずれか一方すなわち本件発明1のヘッドケースのように外周でのみ支持するような構成を採用することは当業者が必要に応じて採用する程度の事項にすぎない。 そして,このようにして構成されたもの全体を見ても,その作用効果は,刊行物1に記載されたものから予測しうる程度のものにすぎない。 ウ したがって,本件発明1は,刊行物1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (2) 本件発明2及び3も,刊行物1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものにすぎず,また,本件発明4も刊行物1及び特開昭62-111758号公報に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (3) 以上によれば,本件発明1ないし4は,特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないものであるから,本件発明1ないし4についての特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものというべきである。 |
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当事者の主張
(原告の主張する本件決定の取消事由) 1 本件発明1の進歩性について (1) 本件決定は,次に述べるとおり,本件発明1と刊行物1発明の一致点及び相違点に関する認定を誤り,この誤った認定を前提に本件発明1の進歩性について判断をした結果,その判断を誤ったものである。 そもそも刊行物1発明において,刊行物1記載の実施例のFig.1の符号1で示される部材は,「支持ブラケット」であり,ヘッドケースではない。「支持ブラケット」は,外周と他の領域,刊行物1発明では22により示されるノズル板の表面をも支持部とする必要がある。すなわち,ブラケットとは,その言葉の意味からしても2つの略直交する片(「の形あるいは「の形)を有する支持体を意味するだけで,本件発明1の「流路構成部材を外周でのみ支持するヘッドケース」とは明らかに形状が相違する。 本件決定は,刊行物1記載の支持ブラケット1を本件発明1のヘッドケースに相当するとし,刊行物1発明が本件発明1と同様に「流路構成部材の支持部材としてヘッドケースを有して」いる点で一致していると誤って認定し,ひいては両発明の相違点の認定を誤ったものである。 (2) 本件決定は,刊行物1発明において,外周と突起4及び5の双方で支持する代わりに,いずれか一方すなわち本件発明1のヘッドケースのように外周でのみ支持するような構成を採用することは当業者が必要に応じて採用する程度の事項にすぎないと判断したが,この判断は,次のとおり誤りである。 ア 本件決定は,上記進歩性に関する判断をする前提として,「一般にケース状のもので内部のものを覆う場合には,様々な形態が想起され,例えばスナップ止めのように外周で支持するような構成は良く知られたものである」と認定した。 被告は,上記スナップ止めの意味について,「例えば,インスタントコーヒーの瓶と蓋の関係のように,ねじ込み式ではなく,瓶の上部外周面と,蓋の内周面とを締結させる場合において,瓶の上部外周に設けられた凹部に,プラスチック等の弾性変形する蓋の内側に設けた凸部が,該蓋を押し込むことにより,瓶側の凹部の山を弾性変形で,蓋が広がりながら乗り越え,乗り越えた直後に凹部に蓋が復元しながらカチッとはまりこむことによって,瓶の口に蓋ははまりこみ締結される。この場合,蓋は上から押し込む動作のみで極めて容易に締結され,瓶の上部外周のみで締結支持され,広く一般に使われているものである。」と説明し,また,本件発明1のように外周で支持する構造は,石鹸箱,朱肉入り容器,アルミ製弁当箱等の例からも明らかなとおり,一般的に良く知られたものである旨主張している。 しかし,被告が例示したスナップ止めは,別紙2参考図Bに示すように受け部1(刊行物1発明の「突起4,5」に相当)が,内側部に傾斜していることが必要である。つまり,係合する相手(2)の押圧により継目板(3)に外側の分力を作用させて押し広げることができる形状を備える必要がある。これに対し,刊行物1発明の突起4,5は,これを誇張して記載すると,別紙2参考図Cに示すように外側に傾斜した斜面を有している。この状態で流路構成部材を押し込むと,突起4,5は,内側に倒れ込み,流路構成部材は突起4,5に邪魔されることになる。したがって,刊行物1発明は,スナップ止めを示唆するものではない。また,被告が主張する「石鹸箱」等は,いわゆる箱体と蓋体とからなる構造物で,被収容物を外周で支持する部材ではない。 以上のとおり,本件決定の上記認定は,根拠を欠くものである。 イ また,本件決定は,上記進歩性に関する判断をする前提として,「支持ブラケット1の材質によっては,側面2,3が内部を支持するような構成,すなわち外周で支持するような構成となることも当然考えられる」と認定した。 被告は,上記認定の趣旨について,刊行物1発明において,支持ブラケット1に流路構成部材を装填するについては,支持ブラケット1を被せる手法を採用するのが通常であるとの前提に立って,この手法を採用するとすると,刊行物1発明のように,「内側に延在する突起4及び5を設けた2つの継目板2及び3を側面に有している」構成の場合,上部から,支持ブラケット1を被せるようにするためには,突起4及び5が圧電セラミック板10,ダイヤフラム板9,本体19,及びノズル板22の積層面に引っ掛からないように,継目板2,3はある程度外側に広がるような弾性的な素材のものである必要があるが,このような弾性的な素材を使用した場合においては,継目板2,3によって,本体19,及びノズル板22等の流路構成部材の積層面を維持していることから,継目板2及び3は,外周でも支持するような構成となるということを説明したものであると主張する。 しかし,刊行物1発明には,圧電セラミック板10,ダイヤフラム板9,本体19,及びノズル板22をブラケットに装填する方法についての記載は一切ないところ,「或る物」を「他の物」に装填する場合,「他の物」をこじ開けるよりも,「他の物」に開口が存在する場合は,その開口から押し込むと考えるのが素直な解釈であることは明らかである。すなわち,刊行物1発明に即していえば,流路構成部材を支持ブラケットに装填する場合,別紙1参考図のように側部(別紙1参考図の矢印Aで示す方向)から装填するものと考えるのが自然である。そして,エンボス部分12,16にカバー材を設ければ,このように側部から装填しても,これによりエンボス部分等を損傷することはない。 また,そもそも,刊行物1には,継目板2,3と本体部(上面部)とが一体で構成されていて,継目板2,3だけが別部材(弾性材料)で構成される構造は何ら示されていないし,また,継目板2,3が本体部より厚く構成されていて,継目板だけが選択的に弾性変形可能な構造であるとは到底推定できない。 なお,被告は,継目板2,3によって,本体19及びノズル板22等の流路構成部材の積層面の外周を支持していることから,状況によっては,突起4及び5については必ずしもこれを存在させる必要がなくなる旨主張する。しかし,同主張は,上述したとおり,継目板2,3が弾性を有するとの根拠のない事実を前提にするものであり,誤りである。 以上のとおり,本件決定の上記認定は根拠を欠くものである。 (3) 本件発明1は,刊行物1発明では達成できない,次に述べるような作用効果を奏するものであり,同発明の奏する作用効果は,刊行物1に記載されたものから予測し得る程度のものであるとした本件決定の判断は誤りである。 ア 流路構成部材の支持部材としてブラケット等を使用する刊行物1発明では,流路構成部材を構成する複数の部材,すなわち圧電セラミック板10,ダイヤフラム板9,本体19,及びノズル板22の積層面に平行な方向(別紙1参考図の矢印Aで示す方向)から上記各部材を支持ブラケット1に装填し,所定の位置までスライドさせて固定させる必要があるところ,これらの部材がインク供給管8の開口面に平行に押し込まれるため,パッキン等や接着材を介装しようとすると,これらがずれるおそれがある。これに対し,流路構成部材の支持部材としてヘッドケースを使用する本件発明1は,流路構成部材の外周でのみ支持するようにヘッドケースが形成されているため,流路基板及び振動板の積層面と垂直な方向に流路構成部材を装着すると,流路が接続でき,刊行物1発明について生じ得る上記の問題,すなわちパッキン等や接着剤のずれの発生を可及的に防止することができる。 イ また,刊行物1発明においては,仮に被告が主張するように,継目板2,3を弾性変形させた状態で流路構成部材を装填する場合には,流路構成部材を予め組み立てておくか,又は特別な治具を用意する必要がある。これに対し,本件発明1は,流路構成部材の外周のみで支持するから,流路構成部材を構成する複数の部材を,その積層順にヘッドケースに装填することにより記録ヘッドに組み立てることが可能となり,ヘッドケースを自動組み立ての際の組立て治具として利用することができる。 2 本件発明2ないし4の進歩性について 本件発明1は,当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件発明1に従属している本件発明2ないし4は,当業者が容易に発明をすることできたものではない(本件発明2ないし4のうち,本件発明1を技術的に限定した部分についての本件決定の判断は争わない。)。 (被告の主張) 1 原告が本件決定の取消事由として主張するところは,すべて争う。 なお,本件決定にいう「スナップ止め」の意味は,前記(原告主張の本件決定の取消事由)1(2)アに記載のとおりであり,また,本件決定のうち,「支持ブラケット1の材質によっては,側面2,3が内部を支持するような構成,すなわち,外周で支持するような構成となることも当然考えられる」とした認定部分の趣旨は,同1(2)イに記載のとおりである。 2 原告主張の相違点について 仮に,原告が主張するように,刊行物1に示されているブラケットが,両側の2面にて支持するのに対し,本件発明1のヘッドケースが4面にて支持するという点で両者の形状に相違があるとしても,両側の2面で支持するか,4面を囲うことにより支持するかということは,覆い支持するものであるという観点からすれば,両者ともに共通するものであり,その時の技術状況に応じて,例えば,支持体を軽量化したり,流路構成部材等を視認するなどの必要があれば,支持体の側壁を2面にすればよく,強度を上げたいとか,周囲を囲いたいなどの必要があれば,支持を3面あるいは4面ですればよいという程度のものであり,これらは当業者が必要に応じて適宜行い得る設計事項にすぎない。したがって,本件発明1と刊行物1発明に上記の相違点があるとしも,そのことは,本件発明1の進歩性を否定した本件決定の結論に影響を及ぼすものではない。 3 本件発明1の奏する作用効果は刊行物1に記載されたものから予測し得る程度のものであるとした本件決定の判断は誤りである旨の主張について (1) 刊行物1発明の明細書において,圧電セラミック板10,ダイヤフラム板9,本体19,及びノズル板22を支持ブラケットに装填する方法についての記載は一切ない。刊行物1の発明のような構成の場合,上記各部分を支持ブラケットに装填する場合には,上部から支持ブラケットを被せるという手法を採用するのが自然であることは,原告がその主張において引用するとおりである。 (2) 本件発明の明細書には,ヘッドケースを自動組み立ての際の組み立て治具として利用できる旨の記載は一切ない。もし仮に,本件発明において,原告が主張するように,ヘッドケースを自動組立ての際の組立て治具として利用できるものであるとしても,刊行物1発明においても,流路構成部材を,その積層順にブラケットに装填することにより組み立てることは可能であるし,その場合,支持ブラケットを自動組立ての際の組立て治具として利用することにおいて,両発明は同じである。 (3) したがって,この点に関する原告の主張は失当である。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明1の進歩性について (1) 原告は,本件発明1と刊行物1発明の一致点及び相違点に関する本件決定の判断は誤りである旨主張する。 ア そこで検討するに,刊行物1に記載されたブラケットは,その言葉の意味からして,本体にその両端で略直交する2つの継目板(別紙1参考図の右側記載の物体参照)を有する支持体を意味するものと考えられる。そして,刊行物1にも,本件発明1の流路構成部材に相当する本体19,ダイヤフラム板9等を支持することに関し,「プリントヘッドは,外部支持ブラケット1を具え,このブラケットは,内側に延在する突起4及び5を設けた2個の継目板2及び3を側面に有している。インクジェット式プリントヘッドの残りの全構造部品をこれら突起4及び5と支持ブラケット1の上部内面との間で締結し補足的に固着する。」(3頁左下欄11〜17行)と記載されているのみであり,刊行物1記載の実施例の図面をみても,外部支持ブラケット1が本体19,ダイヤフラム板9等をその外周でのみ支持するものであることを窺わせる記載はない。 これに対し,本件発明1の「ヘッドケース」は,我が国で使用される「ケース」の通常の意味からして,「箱」の形状をした支持部材をいうものと認めるのが相当であり,そうすると,外部支持ブラケット1は,本件発明1の「ヘッドケース」,すなわち「流路構成部材を外周でのみ支持するヘッドケース」と一致するものとはいえない。 イ 本件発明1の「ヘッドケース」も刊行物1発明の「ブラケット」も,流路構成部材の支持部材であることには変わりがなく,本件決定は,その意味で,上記「ブラケット」は,上記「ヘッドケース」に相当するものと判断したものであると考えられるが,上記アの認定からすれば,本 件決定がした本件発明1と刊行物1発明との一致点及び相違点の認定(前記第2の3の(1)ア記載)には一部適正を欠く点があるというべきであり,上記一致点及び相違点の認定は次のように改められるべきである。 すなわち,本件決定が認定した上記一致点のうち「流路構成部材を支持するヘッドケースを有しており,且つ前記ヘッドケースにはインク貯蔵部からのインクを流路構成部材に供給するインク経路を形成し」とある部分は,「流路構成部材を支持する支持部材を有しており,且つこの支持部材はインク貯蔵部からのインクを流路構成部材に供給するインク経路を形成し」とすべきである。また,両者の相違点は,「本件発明1は,流路構成部材の支持部材にヘッドケースを使用し,同ヘッドケースは,流路構成部材をその外周でのみ支持するのに対し,刊行物1発明は,流路構成部材の支持部材にブラケットを使用し,同発明の支持ブラケット1は,内側に延在する突起4及び5を設け,全構造部品をこれら突起4及び5と支持ブラケット1の上部内面との間で締結し補足的に固着しており,外周でのみで支持しているか否かは不明である。」とすべきである。 (2) そこで進んで,前記(1)で認定した本件発明1と刊行物1発明との相違点について検討する。 まず,本件発明1の流路構成部材のような積層組成物を覆いこれを支持する支持部材としてケース様のものを用いることは慣用手段であり,したがって,刊行物1発明において,支持部材としてブラケットに代えてヘッドケースを用いることは,当業者が適宜選択し得る設計変更にすぎない。 また,ケース様の支持部材で,上記積層組成物を覆いこれをその外周のみで支持する方法については,様々な態様が考えられ,支持部材の側面板に弾性を持たせ,この側面板で上記積層組成物をその外周で支持する方法もその1つと考えられるが,このような上記積層組成物の支持の方法は,技術常識に属する事柄であり,一般の機器製造業者が適宜選択することのできるものであると考えられる。例えば,刊行物1発明においても,刊行物1記載の外部支持ブラケット1の継目板2,3を弾性のある素材のものとし,外部支持ブラケット1により流路構成部材をその外周のみで支持するように構成することは十分可能であるというべきである。 なお,本件発明に係る前記訂正明細書には,本件発明1は「流路構成部材の外周のみで支持するヘッドケースを有して」いると記載されているものの,ヘッドケースで流路構成部材をその外周のみで支持する具体的方法については何ら記載されておらず,このことは上記外周でのみ支持する方法が技術的常識に属することを前提としているものというべきである。 したがって,刊行物1発明の外部支持ブラケット1の代わりにヘッドケースを用いて,流路構成部材をその外周のみで支持するようにすることは格別困難を伴うものではなく,当業者が容易に想到できるものであると認められる。また,本件発明1と刊行物1発明の一致点及び相違点に関する認定が適切を欠くことは,上記(1)に説示したとおりであるが,このことが上記結論に影響を与えるものではないことも明らかである。 (3) 次に,本件発明1の奏する作用効果が刊行物1に記載されたものから予測し得る程度のものであるとした本件決定の判断の当否について判断する。 ア 原告は,流路構成部材の支持部材として支持ブラケット等を使用する刊行物1発明では,流路構成部材を構成する複数の部材,すなわち圧電セラミック板10,ダイヤフラム板9,本体19,及びノズル板22の積層面に平行な方向(別紙1参考図の矢印Aで示す方向)から上記各部材を支持ブラケット1に装填し,所定の位置までスライドさせて固定させる必要があるところ,これらの部材がインク供給管8の開口面に平行に押し込まれるため,パッキン等や接着材を介装しようとすると,これらがずれるおそれがあるのに対し,本件発明1では,上記の問題を可及的に防止することができる旨主張する。 しかしながら,上記のような作用効果は,本件発明の明細書には何ら記載がないものである。のみならず,刊行物1発明において,圧電セラミック板10,ダイヤフラム板9,本体19,及びノズル板22の積層体を外部支持ブラケット1に装填するについては,外部支持ブラケット1の継目板2,3を外に広がるように押し広げ,これを上記積層体の上部から被せるという手法を採用することが可能であるから,本件発明1と刊行物1発明との間に原告主張のような作用効果の差異があるか否か疑問であるが,仮に,そのような作用効果の差異があるとしても,その差異は,本件発明1において流路構成部材の支持の方法を変更したことによる自明の効果であり,刊行物1発明から予測し得ないような格別のものとはいえない。 イ 原告は,刊行物1発明においては,仮に被告が主張するように,継目板2,3を弾性変形させた状態で流路構成部材を装填する場合には,流路構成部材を予め組み立てておくか,又は特別な治具を用意する必要があるのに対し,本件発明1は,流路構成部材の外周のみで支持するから,流路構成部材を構成する複数の部材を,その積層順にヘッドケースに装填することにより記録ヘッドに組み立てることが可能となり,ヘッドケースを自動組み立ての際の組立て治具として利用することができる旨主張する。 しかしながら,上記のような作用効果も,上記アと同様に本件発明の明細書には何ら記載がないものである。のみならず,本件発明1と刊行物1発明との間に,流路構成部材の装填,組立ての容易性の程度に差異があるとしても,その差異は,本件発明1において流路構成部材の支持の方法を変更したことによる自明の効果であり,刊行物1発明から予測し得ないような格別のものとは到底いえない。 ウ したがって,本件発明1の奏する作用効果が刊行物1に記載されたものから予測し得る程度のものであるとした本件決定の判断に誤りがあるとはいえない。 2 本件発明2ないし4の進歩性について 原告は,本件発明1は,当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件発明1に従属している本件発明2ないし4は,当業者が容易に発明をすることができたものではない旨主張するが,本件発明1に進歩性が認められないことは前記1に説示したとおりであるから,原告の上記主張はその前提を欠き理由がない。 なお,原告は,本件発明2ないし4のうち,本件発明1を技術的に限定した部分についての本件決定の判断については取消事由を主張しない。 3 以上によれば,原告が取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,その他本件決定にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 北山元章 |
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裁判官 | 青蜉] |
裁判官 | 沖中康人 |