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関連審決 無効2000-35087
関連ワード 有用性 /  創作性(創作) /  製造方法 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  技術常識 /  技術情報 /  着想 /  クレーム /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  交換 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 444号 審決取消請求事件
原告 川崎重工業株式会社
訴訟代理人弁護士 滝澤巧治、羽田由可、鈴木亮
同 弁理士 鳥巣実、中嶋慎一、細見吉生
被告 株式会社日立製作所
訴訟代理人弁護士 飯田秀郷、早稲本和徳
同 弁理士 中村守、小岩幸人
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/07/03
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2000−35087号事件について平成13年8月31日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
主文同旨の判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 本件は、無効審判請求を成り立たないとした審決に対する審決取消訴訟であり、
原告は、下記イの無効審判の請求人、被告は下記アの本件特許の特許権者(無効審判被請求人)である。
ア 本件特許 発明の名称 「メッキ設備及びその運転方法」 登録番号 特許第2799275号 出願 平成5年2月26日(特願平5-38135号) 設定登録 平成10年7月3日 イ 無効審判 無効審判請求 平成12年2月9日 審判番号 無効2000-35087号 訂正請求 平成12年5月29日 審決 平成13年8月31日 「訂正を認める。本件の請求項1ないし5に係る特許に ついての審判の請求は成り立たない。」 (平成13年9月14日原告に謄本送達) 2 本件発明の要旨(訂正後の特許請求の範囲の記載) (以下、請求項1ないし5に係る発明を、「本件発明1ないし5」という。)【請求項1】 熱延コイル巻出機、ストリップ溶接機、酸洗装置、加熱・還元炉、メッキ浴槽、コイル巻取機をこの順序で配置して有し、熱延ストリップコイルを材料として板表面にメッキを行うメッキ設備において、
前記酸洗装置と前記加熱・還元炉との間に少なくとも1スタンドの冷間圧延機を配置し、前記熱延ストリップコイルを1パス圧延し得るようにするとともに、
前記冷間圧延機 に対し、メッキ 製品 の種類 に応じて 、前記熱延 ストリップコイルを冷間圧延 を行うか 、空パス させるかを 選択的 に行わせる 制御手段 を設けた ことを特徴とするメッキ設備。
【請求項2】 請求項1記載のメッキ設備において、前記少なくとも1スタンドの冷間圧延機は、冷間圧延機を複数スタンドタンデム状に配置したものであり、該複数スタンドの冷間圧延機を選択的に使用して前記熱延ストリップコイルを冷間圧延することを特徴とするメッキ設備。
【請求項3】 熱延コイル巻出機、ストリップ溶接機、酸洗装置、加熱・還元炉、メッキ浴槽、コイル巻取機をこの順序で配置して有し、熱延ストリップコイルを材料として板表面にメッキを行うメッキ設備の運転方法において、
前記酸洗装置と前記加熱・還元炉との間に少なくとも1スタンドの冷間圧延機を配置し、メッキ製品の種類に応じて、前記冷間圧延機をオープンにして空パスさせそのまま前記メッキ浴槽にてメッキ処理を施す第1の工程と、前記冷間圧延機にて冷間圧延を行った後に前記メッキ浴槽にてメッキ処理を施す第2の工程とを選択的に行なうことを特徴とするメッキ設備の運転方法。
【請求項4】 請求項3記載のメッキ設備の運転方法において、メッキ製品の板厚の厚いものは前記第1の工程を選択してメッキ処理を施し、メッキ製品の板厚の薄いものは前記第2の工程を選択してメッキ処理を施すことを特徴とするメッキ設備の運転方法。
【請求項5】 請求項3記載のメッキ設備の運転方法において、熱延ストリップコイルでの材料の板厚は同じとし、前記第1の工程または第2の工程の選択と、第2の工程において前記冷間圧延機での圧下率を変えることにより多種の板厚を有するメッキ製品を製造することを特徴とするメッキ設備の運転方法。
(下線部は訂正による付加箇所。なお、訂正前の請求項2は削除され、訂正前の請求項3ないし6がそれぞれ訂正後の請求項2ないし5に対応する。) 3 審決の理由 審決の理由は、別紙審決書のとおりである。その骨子は、次のとおりである。
(1) 本件発明1と甲第2号証(特開昭57-19105号公報、審判甲2)に記載の発明(甲第2号証発明)とを対比すると、両者は、
「熱延コイル巻出機、ストリップ溶接機、酸洗装置、コイル巻取機をこの順序で配置して有し、熱延ストリップコイルを材料として板表面にメッキを行うメッキ設備において、前記酸洗装置とコイル巻取機の間に少なくとも1スタンドの冷間圧延機を配置し、前記熱延ストリップコイルを1パス圧延し得るようにすることを特徴とするメッキ設備である点」において一致し、次の1.及び2.の点で相違する。
1.本件発明1は、酸洗装置とコイル巻取機の間に、冷間圧延機、加熱・還元炉、メッキ浴槽をこの順序で配置したメッキ設備であるのに対し、甲第2号証発明は、酸洗装置とコイル巻取機の間に、冷間圧延機、連続焼鈍設備をこの順序で配置したメッキ設備であるものの、メッキ浴槽の位置及び連続焼鈍設備が加熱・還元炉であることについては記載がない点(以下、メッキ浴槽の位置の点を「相違点1-a」、連続焼鈍設備が加熱・還元炉であることの記載がない点を「相違点1-b」といい、両者を併せて「相違点1」という。)。 2.本件発明1は、「冷間圧延機に対し、メッキ製品の種類に応じて、熱延ストリップコイルを冷間圧延を行うか、空パスさせるかを選択的に行わせる制御手段を設けたメッキ設備」であるのに対し、甲第2号証発明は、そのことについて何も規定していない点(以下「相違点2」という。)。
(2) 甲第2号証発明は、少なくとも相違点2に係る構成を備えるものでないから、本件発明1が甲第2号証発明と同一(特許法29条1項3号該当)ということはできない。
(3) 本件発明1ないし5は、少なくとも相違点1及び2において、甲第2号証発明と相違する。相違点1-a(メッキ浴槽の位置)は実質的な相違点ではなく、相違点1-bに係る構成(連続焼鈍設備を加熱還元炉とすること)は容易であるものの、相違点2(空パス)に係る本件発明の構成は、技術常識、又はさらに甲第1号証(製鉄機械設備総覧編集委員会編「’80製鉄機械設備総覧」重工業新聞社昭和55年発行、審判甲1)に記載の発明と総合しても、当業者が容易に想到し得たものとはいえないから、本件発明1ないし5は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた(特許法29条2項該当)ものとはいうことができない。
原告主張の審決取消事由
審決は、本件発明1と甲第2号証発明との一致点の認定を誤ったことにより、本件発明1は甲第2号証発明と同一ではないとの誤った判断をし(取消事由1)、また、相違点2についての判断を誤ったことにより、本件発明1ないし5は当業者が容易に発明をすることができたものではないとの誤った判断をした(取消事由2)ものである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り:特許法29条1項3号) (1)相違点2(空パス)について 審決は、甲第2号証発明が少なくとも相違点2に係る構成を備えるものでないと認定したが、誤りである。
ア 甲第2号証発明の出願当時において、鋼板等の一連の加工工程において圧延機を設置した場合、素材の圧延が不要とされるときや部品交換のときなどに選択的に圧延素材を空パスさせることは技術常識であった(甲7〜9)。また、圧延機の圧下率等を変更するときや部品交換時などに、複数の圧延機のうちの1つを使用しつつ他の圧延機を空パスさせることは、甲第2号証に係る出願以前から当然のこととして行われていた。
さらに、連続亜鉛メッキ製造ラインで、熱延素材と冷延素材の両方を製造するのは一般的であった(甲1、21)。いくつもの亜鉛メッキラインを持ち、熱延鋼板用と冷延鋼板用とを使い分ける会社などほとんど存在しない。製品構成では冷延亜鉛メッキ鋼板の方が大部分であるため、大きな製鉄会社でも冷延鋼板専用のラインは少ないし、ましてや熱延鋼板専用などめったにあるものではない。甲第21号証(川鉄テクノリサーチ技術情報センター編「鉄鋼主要設備動向」平成元年5月発行)は、溶融メッキラインについて、入り側素材として熱延鋼板と冷延鋼板を使うという原告の主張を裏付けるものである。
したがって、圧延機を空パスさせることは、甲第2号証に記載されている事項から上記技術常識参酌することによって当業者が当然に導き出せる事項であるから、甲第2号証に記載されているに等しい事項である。
イ 甲第7ないし第9号証に記載のものにおいて、圧延機の機能を一時停止ないし調整する機能を制御する手段がなければ、圧延ロールの部品交換や圧延率の変更は行えないから、甲第2号証の頒布当時、およそ圧延機において、素材に対して圧延を行うか空パスをさせるかを選択的に行わせる制御手段は必須の構成であったというべきである。本件訂正明細書(甲12)の段落【0031】【0023】の記載によれば、本件発明1における空パスの制御手段も従来のものと特別変わるものではない。
ウ したがって、相違点2に係る事項は、甲第2号証に記載されているに等しい事項である。
(2)相違点1(メッキ浴槽の位置及び連続焼鈍設備が加熱・還元炉であることにつき記載がない点)について 甲第2号証発明の出願当時、その技術分野において、表面処理鋼板の一つとして亜鉛メッキ鋼板があることや、亜鉛メッキ鋼板の製造設備において連続焼鈍に焼鈍まで加熱された還元炉を用いることは周知の技術であった(甲1)。当業者にとって連続焼鈍装置が加熱・還元炉を意味することは、技術常識から当然に導き出せる事項である。
また、審決も認定するとおり、メッキ浴槽は当然連続焼鈍設備(加熱・還元炉)の直後に設けられるものである(後記2(1)も参照)。
したがって、相違点1に係る事項は、甲第2号証に記載されているに等しい事項である。
(3)以上のとおり、本件発明1と甲第2号証発明との間に相違点は存在しない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り:特許法29条2項) (1)相違点1について(被告の主張に対する反論) 審決が、相違点1-a(メッキ浴槽の位置)について、「本件発明1がメッキ浴槽の位置において甲第2号証発明と実質的に相違するとすることはできない。」と判断し、相違点1-b(連続焼鈍炉が加熱・還元炉であること)について、「甲第2号証発明に係る表面処理鋼板の製造設備における連続焼鈍設備として加熱・還元炉を用いることは当業者にとって容易なことであり」と判断したことに対し、被告は、甲第2号証にはメッキ装置を組み合わせた連続ラインは開示されておらず、メッキ装置の位置についても開示されていないと主張する。しかし、被告の主張は失当であり、相違点1についての審決の判断は、正当である。
ア 甲第2号証の2頁右下欄17行目には、表面処理工程(メッキ)も連続化の中に含むことが明記されている。冷間圧延機を組み合わせた表面処理鋼板製造設備の連続ラインが具体的な実施例で示されていないとしても、少なくとも、その技術思想は記載されている。
冷間圧延機と表面処理製造設備を連続化することに、技術的に困難な問題はなく、実際に連続化されるかどうかは、経済合理性によって決まるのである。被告は、冷間圧延設備とメッキ処理スピードとのアンマッチを取り上げて、メッキ装置まで連続ラインとすることは不可能であると主張するが、スピードの遅いメッキラインに速い冷間圧延機を入れること自体が本来バランスしないことであり、設備間の速度のアンマッチを考慮してもライン連続化の価値が大きいところに、甲第2号証発明の目的ないし有用性がある。異なる生産設備を連続化する場合、その処理速度のミスマッチによるデメリットを技術的に解消することは十分可能である。
イ 甲第2号証発明におけるメッキ浴槽の位置が、酸洗、冷間圧延、電気清浄、連続焼鈍、精製の各工程を終了した最終工程としてのメッキ工程に位置し、コイル巻取り装置より前であることは、審決の認定(審決書16頁)のとおりである。
亜鉛メッキ設備を含む表面処理鋼板製造設備において連続焼鈍設備(加熱・還元炉)の直後にメッキ設備が配置されることは周知である(甲1)。なぜなら、ライン上の鋼板は、加熱によって表面が酸化し、メッキを施すことが困難となるため、
還元工程を経る必要があり、せっかく還元した鋼板が空気に触れて酸化しないように、還元からメッキまでの時間は短いのが合理的であるからである。甲第23号証(三菱重工技報29巻3号267頁、平成4年5月発行、審判乙1)にも、酸化還元炉のすぐ下流側にメッキ槽を設けることが記載されている。
(2)相違点2(空パスのための制御手段)について 審決は、相違点2(空パス)に係る本件発明の構成は、当業者が容易に想到し得たものではないと判断したが、誤りである。
ア 本件発明と同一技術分野において、必要に応じて圧延機に冷間圧延を行ったり空パスさせたりするための制御手段を備えることは周知であった(甲3、6〜9)。また、前述のとおり、同一メッキラインにおいて熱延メッキ鋼板と冷延メッキ鋼板を製造するという設備の使用も周知であった(甲1、21)。
本件発明の低コスト化や品種の多様化を図るという課題は一般的な課題であり、
甲第1、2号証の発明を基礎とした場合、本件発明の目的を達成するために空パス手段を設けることは当業者の通常の創作能力の発揮という域を出ない。
甲第2号証発明は、一連の作業をライン上に一体化することによって設備費の増大などの不利益を回避することなどを目的としている。審決は、「冷間圧延機をパスさせるように制御することが甲第2号証の目的に添わない」(審決書17頁)とするが、そのようなことはない。
イ 被告は、甲第1号証には、冷延コイルと熱延コイルを適宜選択して亜鉛メッキをするラインであるとの記載はなく、かえってその材料コイルは冷延コイル一種類であることが明示されていると主張するが、甲第1号証は、冷延・熱延両方のコイルを材料として使用することを前提に、ライン内焼鈍式では、冷延コイルが主として使用されることを示したにすぎない。
ウ メッキ鋼板の製造過程において、冷間圧延機を使ったり使わなかったりすることは、酸洗、冷間圧延、メッキの各工程を不連続なラインで行う場合にも(甲2)、一般的に行われてきたものである(甲19)。亜鉛メッキ鋼板の板厚に合わせて、冷間圧延機を使用するかしないかを決めることは、当業者にとって当たり前の技術である。
エ 被告は、甲第2号証発明において必須の冷間圧延工程を省略することはあり得ないので、空パスをさせることは甲第2号証発明の目的に添わないと主張するが、連続亜鉛メッキ鋼板において冷延コイル及び熱延コイルの両方を材料として使用することは従来から行われてきた(甲1、21)。
熱延亜鉛メッキ鋼板を製造する場合は冷間圧延が不要になるから、冷間圧延工程を省略(パス)することは当然に予定されている。そして、冷間圧延亜鉛メッキ鋼板を製造する場合は、設備費や製品の仕掛り日数の低減という甲第2号証に記載された目的を達成し得る。
被告の反論の要点
1 取消事由1(29条1項3号)に対して (1)相違点2(空パス)について 甲第2号証には、クレームに「少なくとも冷間圧延機を含む組合わせの連続ライン」と記載されており、必須の要件である「冷間圧延機」を通さずに「空パス」させる技術が甲第2号証に記載されているに等しい事項であるということはできない。
原告が空パスの周知例とする甲号各証は、いずれかの圧延機で圧延をしており、
全ての圧延機で圧延を行わない空パスとは技術的な意味が相違する。圧延、空パスを選択的に行わせる制御をメッキ製品の種類に応じて行わせることは、原告主張の技術常識からは導き出せない。
甲第21号証は、連続ラインを形成していないメッキ設備ラインに熱延鋼板と冷延鋼板が供給されることを示しているにすぎない。
(2)相違点1(メッキ浴槽の位置及び加熱・還元炉)について 相違点1に係る構成は、甲第2号証に記載されているに等しい事項とはいえず、
審決が相違点1の存在を認定したことは正当である。
2 取消事由2(29条2項)に対して (1)相違点1(メッキ浴槽の位置及び加熱・還元炉)について そもそも、甲第2号証には、メッキ装置を組み合わせた連続ラインは開示されていない。
処理スピードの点からも、甲第2号証においてメッキ装置までを連続ラインとして構成することは不可能である。甲第2号証発明は、冷延ストリップの製造における作業能率の向上を目的とするものであるから、冷間圧延機を含む連続ラインに処理速度の大幅低下を招くメッキ装置を組み入れることは、甲第2号証発明の目的からみても現実的でない。冷間圧延を主体とした設備においては、酸洗設備の速度は460m/minまでであり、メッキ装置200m/minを一気通貫で連続化することは、主体設備である冷間圧延機の圧延速度の低下によるデメリットの方が大きいので、これを一気通貫で連続化した例はない。なお、本件発明では、メッキ浴槽での最大処理スピードに見合った圧延速度を有する冷間圧延機を用いるので、問題はない。
メッキ装置を連続焼鈍炉の後におくのは、ライン内焼鈍方式のメッキ設備の場合に周知であるということにすぎず、ライン外焼鈍方式ではメッキ装置を連続焼鈍設備の直後に置くことはできないし、メッキ装置の直前で予熱炉で再加熱する必要がある。
(2)相違点2(空パス)について ア 原告が「空パス」が周知技術である根拠として挙げる甲第3号証は2基の調質圧延機を、一方を調質圧延側に、他方をロール替えを行う側に交互に切替可能に配列したもの、甲第6号証はホットストリップミル仕上げスタンド間厚さ計の開発に関するもの、甲第7号証は板幅水準に対応したL’を有する圧延機を使用して圧延を行うようにしたもの、甲第8号証は1又は数スタンドの圧延機予備を持ち圧延機を交互に使うもの、甲第9号証はビームブランクの製造方法に関するもので、いずれも、本件発明とは技術分野が異なり、本件発明で規定する「空パス」を行うものではない。
イ 甲第1号証には、冷延コイルと熱延コイルを適宜選択して亜鉛メッキするラインであると記述されているのではなく、むしろ、材料コイルが冷延コイル一種類であることが明示されている。
ウ 本件発明の目的は、熱延メッキ材に近い安いコストで、ホットストリップミルで圧延困難な薄物圧延を行わずに、ユーザーの希望する多品種のメッキ鋼板を即刻生産できるメッキ設備及びその運転方法を提供することであり、これらは一般的な課題とはいえない。
エ 甲第2号証では、必須の構成である冷間圧延の工程そのものを省略することはあり得ないのであって、審決が圧延材料供給時に冷間圧延機を空パスさせるように制御することは甲第2号証の目的に添わないと判断したことは、正当である。
オ 素材が熱延コイルか冷延コイルかで、要求されるメッキ設備の仕様が異なる。例えば、熱延材メッキ鋼板を製造する場合には、酸化膜を除去するためにメッキ設備に酸洗装置が設けられるが、冷延材メッキ鋼板を製造する場合には、熱延コイルを冷延する前に酸洗が行われ、メッキ設備では改めて酸洗する必要がないから、酸洗装置は不要である。また、冷延材メッキ鋼板を製造する場合には、冷延コイルを焼き鈍す必要があるので、メッキ設備の中に連続焼鈍炉が設けられるが、熱延材メッキ設備には不要で予熱炉で十分である。さらに、熱延材メッキ鋼板を製造する場合と冷延材メッキ鋼板を製造する場合とでは、メッキ装置における処理速度が大幅に異なるため、メッキ装置の性能も異なる。このように要求される仕様、性能が異なるのであるから、甲第1号証の亜鉛メッキ鋼板製造設備では、同一の亜鉛メッキ設備ラインを使用して熱延及び冷延亜鉛メッキ鋼板の双方を製造しているとみることはできない。
当裁判所の判断
取消事由2について検討する。
なお、審決が、甲第2号証(特開昭57-19105号公報)にはメッキ装置を組み合わせた連続ライン(酸洗装置、冷間圧延機、連続焼鈍設備、コイル巻取機を含む。)が開示されている旨認定したのに対し、被告は、原告主張の取消事由に対する反論の前提として、同号証にはそもそもメッキ装置を組み合わせた連続ラインは記載されていないと主張し、それが取消事由2に対する被告の反論の前提ともなっているので、その点についての判断も織り込みつつ、当裁判所の判断を示すことにする。
1 相違点1について (1)甲第2号証にメッキ装置を組み合わせた連続ラインは開示されているか。
ア 甲第2号証には、以下の記載がある(下線を付加)。
@「デスケーリング装置、冷間圧延機、清浄装置、連続焼鈍設備、調質圧延機、精整装置、メッキ装置 で構成されている冷延プロセスでこれら 各装置 の少なくとも 冷間圧延機 を含む組合 せの 連続 ライン において、ストリップを挟んで相対向する上下ワークロールに任意に径差を付与し、少なくとも一方をクラスターロールとした圧延機を単スタンドあるいは複数スタンド有する冷間圧延設備を配することを特徴とする冷延鋼板および表面処理鋼板製造設備。」(特許請求の範囲)A「冷延ストリップおよび表面処理鋼板の一般的な製造プロセスは、ホットコイルを出発材料として(1)酸洗、(2)冷間圧延、(3)電気清浄、(4)連続焼鈍、(5)精整、(6)メッキの各工程から構成されている。従来の製造プロセスでは、材料は各工程でコイル単位ごとに処理あるいは加工される、すなわち不連続なプロセスとなっている。・・・このように製造プロセス が不連続 であると 、各工程間 に巻取 りおよび巻戻 しリール を要し、製造 ライン が長くなり 設備費 が増大 すると 同時 に鋼板表面に疵等 の欠陥 を生ずる 。また、省エネルギー、省力化が十分行われず、生産性も低く、さらに各工程間において製造仕掛品が生じ、製品の待ち時間が長くなると同時に各設備間での多くの輸送費用がかかる。また、従来の冷延ストリップの製造プロセスでは5〜6基の圧延スタンドによるタンデム圧延あるいは1基の圧延スタンドによる5〜6パス圧延が行われる。このような圧延では圧延スタンド数が多いため多額の設備費及びランニングコストを要し、また圧延パス数が多いため作業能率の低下を免れることはできない。この発明は、冷延ストリップの製造における上記のような問題を解決したもので、設備費およびランニングコストを低減するとともに、製造仕掛日数を著しく短縮することができる冷延鋼板および表面処理鋼板製造設備を提供しようとするものである。」(第1頁左下欄18行〜第2頁左上欄9行)B「・・・この発明は、冷延鋼板および表面処理鋼板製造設備において、冷間圧延工程と連続焼鈍工程とを連続化、あるいは全工程を連続化 するとともに、超異径ロール圧延機を用いることにより圧延スタンド数を減らしているので次のような利点を有している。1)圧延スタンド数の減少、各工程間に設けられる巻取り・巻戻しリールの省略および製造ラインの短縮により設備費を著しく低減することができる。2)省エネルギー、省力、およびコイルのトップ・ボトムにおけるオフゲージの減少による歩留向上および高生産性によりランニングコストの低減を図ることができる。3)製造仕掛り日数を短縮することができる。例えば、従来11日であった仕掛り日数を0にすることができる。」(第2頁右下欄17行〜第3頁左上欄13行)C 第1図に、デスケーリング装置3、圧延機4、電気清浄装置5、連続焼鈍装置6、調質圧延機7までを連続した設備が示されている。
イ 上記アの@、Bの記載(特に下線部)を併せてみると、甲第2号証は、
メッキ工程を含む全工程を連続化した表面処理鋼板製造設備を包含する記載となっている。さらに、上記アAの記載(特に下線部)によれば、甲第2号証発明は、表面処理鋼板の一般的な製造プロセスにおいてメッキ工程を含む各工程が不連続であると各工程間に巻取り及び巻戻しリールを要し、そのために生じる製造ラインが長くなり設備費が増大すると同時に鋼板表面に疵等の欠陥を生ずる等の問題を解決することを、発明の目的の一つとするものであるから、メッキ工程をも含めて全工程を連続化した表面処理鋼板製造設備とすることは、上記発明の目的にも合致する。
以上のことからすれば、甲第2号証には、メッキ工程をも含めて全工程を連続化した表面処理鋼板製造設備が記載されているというべきである。甲第2号証に図示されたものがメッキ装置を含まない冷延鋼板製造設備であることは、上記認定を左右するものではない。
ウ 被告は、冷間圧延機を含む連続ラインに処理速度の大幅低下を招くメッキ装置を組み入れることは、処理スピードの点から不可能であり、作業能率の向上という甲第2号証の目的からみても現実的でないから、甲第2号証にメッキ装置を組み合わせた冷間圧延の連続ラインが記載されているとすることはできないと主張する。
しかし、被告の主張するように、冷間圧延機の処理スピードとメッキ設備における処理スピードに違いがあるとしても、甲第1号証(「’80製鉄機械設備総覧」573〜582頁)の記載に照らすと、表面処理設備においては、減速したり停止したりすると直接に製品の品質に影響を与えるため、運転を続行できるようにするルーパーを設けることは、周知の事項と認められ、処理スピードの違いは、このようなルーパーを設置したり、あるいは、冷間圧延機の処理スピードを低下させてメッキのスピードにあわせる等の手段で解決ができるものであって、連続化することが技術的に不可能であるとは認められない。 また、甲第2号証には、従来技術の問題点として「圧延パス数が多いため作業能率の低下を免れることはできない。」との記載(記載A)があるが、これは、従来の冷延ストリップの製造プロセスにおいて行われる「1基の圧延スタンドによる5〜6パス圧延」による作業能率の低下の問題点を指摘するものであることが明らかであって、連続化に伴う処理スピードの低下を直接問題にするものであるとは認められない。むしろ、前述のとおり、甲第2号証発明は、各工程間に巻取り及び巻戻しリールを要するために生じる、製造ラインが長くなり設備費が増大すると同時に鋼板表面に疵等の欠陥を生ずるという不連続設備の問題点を解決することを目的とするものであるから、連続化に伴って生じる冷間圧延機の処理スピードの低下をも考慮に入れたうえで、なおかつ、それを上回る連続化のメリットを追求した発明であると解される。
したがって、この点に関する被告の主張は採用することができない。
(2)相違点1-aについて(メッキ設備の位置) 甲第1号証には、冷間圧延されたままの未焼鈍コイルを材料コイルとして使用するライン内焼鈍式の亜鉛メッキ設備の代表的なものとして、還元炉(=焼鈍炉)の直後にメッキポットを設置した設備が記載されており(580頁図12)、甲第2号証にもメッキ装置が連続焼鈍設備の後にあることを示唆する記載(前記(1)アの@、A参照)があることから、甲2号証発明におけるメッキ設備は、連続焼鈍設備の後に配置されると解される。
なお、被告は、ライン外焼鈍では、メッキ装置を連続焼鈍設備の直後におくことはできないしメッキ装置の直前で予熱炉で再加熱する必要があると主張するが、甲第2号証のメッキ工程までを連続化したプロセスにおいては、連続ラインの中に焼鈍設備が設置されるのであるから、焼鈍済みの冷延薄板を用いるライン外焼鈍の場合を根拠とする被告の主張は、それ自体失当である。
(3)相違点1-b(加熱・還元炉)について 審決は、相違点1-b(連続焼鈍設備が加熱・還元炉であることについて記載がない点)について、「表面処理鋼板の1つとして亜鉛メッキ鋼板は周知であり、亜鉛メッキ製造鋼板の製造設備において連続焼鈍に焼鈍温度まで加熱された還元炉を用いることは甲第1号証にも記載されているところであるから、甲第2号証発明に係る表面処理鋼板の製造設備における連続焼鈍設備として加熱・還元炉を用いることは当業者にとって容易なことであ(る)。」と判断した。
当裁判所も、同様の理由により審決と同様に判断するものである。
(4)相違点1についてのまとめ 以上のとおり、甲第2号証には、酸洗装置、冷間圧延機、連続焼鈍設備及びメッキ浴槽をこの順序で配置し、メッキ工程を含む全工程を連続化した表面処理鋼板製造設備が記載されていると認められ、その連続焼鈍設備を加熱・還元炉とすることは当業者の容易になし得ることと認められるものであるから、相違点1に係る本件発明1ないし5の構成は、審決が認定判断したとおり、当業者が容易に想到し得たことというべきである。
2 相違点2(空パス)について (1)大型の設備を必要とする製造業において、設備費の増大や設置面積の増大等の不利益を回避し、設備の稼働能率を向上させて製造コストを下げることは、一般的な要請であり、そのための方策の1つとして同一設備を複数の目的に使用しようとすることについては、特にそれを不合理とする技術的あるいは経済的な事情がない限り、一般的な動機付けがあるといえる。
これをメッキ鋼板(表面処理鋼板)の製造設備に関連する技術分野についてみるに、甲第21号証(「鉄鋼主要設備動向」1989年5月発行、8〜34頁)には、「63年 堺・溶融メッキラインの新設を決定。(10月)・・・・熱延鋼板(3mm以下)、冷延鋼板兼用。」と記載されており、これによれば、同一のメッキラインで熱延鋼板と冷延鋼板の両方をメッキすることが、本件発明の出願前に知られ、実行に移されていたことを認めることができる。
このような同一のメッキ装置を熱延鋼板・冷延鋼板兼用とする試みが既に存在したことからすれば、同一の装置を使用して冷延鋼板のみならず熱延鋼板のメッキも行えるように、メッキ装置を含む連続工程設備を改良しようという動機付けは、当然に働くというべきである。
ところで、メッキ鋼板には熱延メッキ鋼板と冷延メッキ鋼板とがあり、熱延メッ鋼板とは、熱延鋼板の板表面にメッキを施したものをいい、冷延メッキ鋼板とは、
熱延鋼板を冷間圧延して得られる冷延鋼板の板表面にメッキを施したもの(本件明細書の段落【0002】【0003】参照)であるから、冷延メッキ鋼板と熱延メッキ鋼板の製造工程との相違は、冷間圧延工程の有無にあることが明らかである。
そうすると、前記の動機付けに従い、メッキ工程まで連続化した連続ラインを冷延メッキ鋼板の製造だけでなく熱延メッキ鋼板の製造にも使用可能なものにしようとすることは、着想として何ら格別のものではない。また、この着想に基づいて、
連続ラインの構成を、熱延鋼板を材料とする場合には不要となる冷間圧延工程をスキップ可能な構成とすることも、当業者が容易に想到し得ることといってよい。
そして、必要に応じて冷間圧延機を空パスさせること及びそのための手段は、特開平1-208445号公報(甲3)、特開昭53-48048号公報(甲7)、
特開昭53-87957号公報(甲8)及び特開昭56-19904号(甲9)中の記載によれば、周知の事項と認められるから、メッキ工程まで連続化した連続ラインにおいて、冷間圧延が不要な場合(熱延メッキ鋼板を製造する場合)に冷間圧延機を「空パス」をさせる構成を採用することは、当業者が容易になし得ることというべきである。
(2)被告は、熱延鋼板の場合にはメッキ設備に酸洗装置が設けられるが、冷延鋼板の場合には冷延前に酸洗されるので不要であること、冷延鋼板の場合にはメッキ設備の中に連続焼鈍炉が設けられるが、熱延鋼板の場合には不要で予熱炉で十分であること、冷延鋼板と熱延鋼板とでは処理速度が大幅に異なることを挙げて、素材が熱延コイルか冷延コイルかで要求されるメッキ設備の仕様が異なることから、
1つの設備を異なる用途に使用することはできないと主張する。
しかしながら、冷延メッキ鋼板を製造する場合も熱延メッキ鋼板を製造する場合も工程中に酸洗装置が必要であることは同じであって、不連続装置においてメッキ設備と呼ばれる設備の中に酸洗装置があるかどうかは全工程連続装置においては無意味であること、連続焼鈍炉も予熱炉も加熱炉には違いないこと、処理速度は製造する鋼板の種類によって変えればよいことを考えれば、被告の指摘する点はいずれも甲第2号証に記載された連続ラインを熱延鋼板と冷延鋼板との両方に適用することの阻害要因となるものではない。
被告は、また、甲第2号証に記載された装置において必須の要件である「冷間圧延機」を通さずに「空パス」させることはあり得ないとも主張するが、従来技術を改良するに当たっては、たとえ従来技術において必須の構成であっても、これを省略することに十分な動機付けが存在する場合には省略することも不合理とはいえない。
(3)以上によれば、メッキ工程まで連続化した連続ラインにおいて、製造するメッキ製品の種類に応じて冷間圧延機を空パスさせる構成を採用し、そのための制御手段を設けることは、当業者が容易に想到し得たことというべきであり、相違点2に係る本件発明1ないし5の構成に想到することが容易でないとした審決の判断は、誤りである。
3 結論 審決が本件発明1ないし5と甲第2号証発明との相違点として認定した相違点1に係る構成は、審決が認定したとおり、当業者が容易に想到し得たものであると認められるが、相違点2に係る構成は、当業者が容易に想到し得たものであって、これを想到容易でないとした審決の判断は誤りであり、この判断の誤りが、本件発明1ないし5の進歩性を肯定した審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
よって、原告主張の取消事由2は理由があるから、他の取消事由について判断するまでもなく、審決は取り消されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利