関連審決 | 異議1999-70326 |
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関連ワード | 反復(反復可能性) / 有用性 / 物の発明 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 上位概念 / 下位概念 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / パリ条約 / 優先権 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 加工 / 設定登録 / 請求の範囲 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
232号
特許取消決定取消請求参加事件
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参加人 ソルベイ・アドバンスト・ポリマーズ・エルエルシー 訴訟代理人弁護士 鈴木修 同 深井俊至 同 弁理士 細川伸哉被参加事件原告(脱退)ビーピー・コーポレーション・ノース・アメリ カ・インク 被告 特許庁長官太田信一郎 指定代理人 森田 ひとみ 同 一色 由美子 同 井出隆一 同 伊藤三男 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/07/07 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
特許庁が平成11年異議第70326号事件について平成13年3月15日にした決定中,特許第2781595号の請求項1ないし9及び13に係る特許を取り消すとの部分を取り消す。 参加人のその余の請求を棄却する。 訴訟費用は,これを4分し,その1を参加人の負担とし,その余を被告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が平成11年異議第70326号事件について平成13年3月15日にした決定を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 参加人は,名称を「ポリアミド-ポリアリーレンスルフィドのブレンド」とする特許第2781595号発明(パリ条約による優先権主張日1988年〔昭和63年〕9月30日・アメリカ合衆国,平成元年4月17日出願,平成10年5月15日設定登録,以下「本件発明」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。 本件特許につき特許異議の申立てがされ,平成11年異議第70326号事件として特許庁に係属した。特許庁は,上記特許異議の申立てについて審理した上,平成13年3月15日,「特許第2781595号の請求項1ないし13に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年4月2日,被参加事件原告に送達された。 参加人は,被参加事件原告から本件特許に係る特許権を譲り受け,平成14年2月8日その旨の登録がされ,被参加事件原告は訴訟から脱退した。 2 願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 【請求項1】ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドからなる組成物であって,ポリアミド成分はテレフタルアミド単位,イソフタルアミド単位およびアジパミド単位からなる群から選ばれる少なくとも2種類の反復単位から構成されるポリフタルアミドであり,そしてこのポリフタルアミドは,ポリフタルアミドとガラス繊維との合計重量を基準として33重量パーセントのガラス繊維を充填すると,ASTM D-648により測定して1820kPa(264psi)で少なくとも240℃の熱撓み温度を有することを特徴とする組成物。 【請求項2】ポリフタルアミド成分は: A COCONH R NH B CONH R1NHCO C CO(CH2)4CONH R2NH (式中,R,R1およびR2は独立して2価炭化水素基である)からなる群から選ばれる少なくとも2種類の反復単位を含む請求項1記載の組成物。 【請求項3】R,R1およびR 2はヘキサメチレンである請求項2記載の組成物。 【請求項4】単位A,BおよびCに含まれるジカルボン酸成分のモル比は65〜90:25〜0:35〜5である請求項3記載の組成物。 【請求項5】単位A,BおよびCに含まれるジカルボン酸成分のモル比は40〜65:0〜15:20〜60である請求項3記載の組成物。 【請求項6】単位A,BおよびCに含まれるジカルボン酸成分のモル比は70〜99:30〜1:0である請求項3記載の組成物。 【請求項7】ポリフタルアミド成分はポリ(ヘキサメチレンフタルアミド)成分であり,ポリフタルアミドとガラス繊維との合計重量を基準として33重量%のガラス繊維を充填すると,ASTM D-648により測定して1820kPa(264psi)で少なくとも240℃の熱撓み温度を有し,そして,次式: A NH(CH2)6COCONH B (CH2)6NHCOCONH C CO(CH2)4CONHNH(CH2)6 からなる群から選ばれる少なくとも2種類の反復単位から主としてなり,A,BおよびC単位中のジカルボン酸成分の合計に基づきB単位中のジカルボン酸成分のモル%は0乃至35%であり,ただし,このパーセントが19乃至35%であるときには,A,BおよびC単位中のジカルボン酸成分に基づきA成分中のジカルボン酸のモル%は,B単位中のジカルボン酸成分の前記モル%の少なくとも4倍から75%引いた値である請求項2記載の組成物。 【請求項8】ポリフタルアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分との総重量に基づき10乃至90重量%のポリフタルアミド成分と90乃至10重量%のポリアリーレンスルフィド成分が存在する請求項1乃至7のいずれかに記載の組成物。 【請求項9】ポリアリーレンスルフィド成分はポリフェニレンスルフィドである請求項1乃至8のいずれかに記載の組成物。 【請求項10】繊維状または粒状の物質を含む請求項1〜9のいずれかに記載の組成物。 【請求項11】粒状あるいは繊維状物質の量は組成物の重量に基づき10乃至60重量%である請求項1〜10のいずれかに記載の組成物。 【請求項12】請求項1〜11のいずれかに記載の組成物を含む成形品。 【請求項13】請求項1〜9のいずれかに記載の組成物を含む繊維。 (以下【請求項1】〜【請求項13】に係る発明を「本件発明1」〜「本件発明13」という。) 3 本件決定の理由 本件決定は,別添本件決定謄本写し記載のとおり,本件発明1〜12は,いずれも特開昭63-205358号公報(甲3,以下「刊行物1」という。),特開昭63-69832号公報(甲4,以下「刊行物2」という。),特開昭63-146939号公報(甲5,以下「刊行物3」という。)及び米国特許第4603166号明細書(甲6,以下「刊行物4」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明13は,刊行物2,4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1〜13は,特許法29条2項により特許を受けることができないものであり,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令205号)4条2項の規定により,取り消すべきものであるとした。 |
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参加人主張の本件決定取消事由
本件決定は,本件発明1〜13の認定を誤り(取消事由1),本件発明1〜12に係る容易想到性の判断を誤った(取消事由2)ものであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(本件発明1〜13の認定の誤り) 本件決定は,「本件請求項1〜12項に係る各発明(注,本件発明1〜12)と上記刊行物2に記載された発明を対比すると,上記刊行物2には,『テレフタルアミド単位とアジパミド単位,またはテレフタルアミド単位とイソフタルアミド単位とアジパミド単位とを反復単位とするポリアミドとポリアリーレンスルフィドの1つであるポリフェニレンスルフィドとを90〜10:10〜90(重量%)からなる組成物と,さらにこの組成物にガラス繊維を5〜70容積%含有させた組成物,及び,これらの組成物は機械的性質などが改良されたものであることと,成形品用途に使用されること』が記載されているから,『ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドからなる組成物にガラス繊維を充填してなる組成物又は該組成物を含む成形物であって,本件請求項1〜11項に係る各発明の組成物及び本件請求項12項に係る発明の成形品とポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とガラス繊維の配合割合が重複するもの』が記載されている」(決定謄本10頁第3段落)とし,また,「本件請求項13に係る発明について 上記刊行物2には,そこに記載される組成物を繊維に適用することについては記載されていないが,『ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドからなる組成物にガラス繊維を充填してなる組成物又は該組成物を含む成形物であって,本件請求項1〜11項に係る各発明の組成物及び本件請求項12項に係る発明の成形品とポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とガラス繊維の配合割合が重複するもの』が記載されており,樹脂組成物から繊維を製造することが本件発明が出願される以前から広く行われていることであるからみて,上記刊行物2に記載された樹脂組成物を繊維にも適用することは,当業者が容易になし得る」(同11頁下から第2段落)として,本件発明1〜13は,すべてガラス繊維が充填されたものであると認定しているが,上記各発明はガラス繊維が充填されたものではなく,本件決定は,この点において誤っている。 本件発明1に係る請求項1の「このポリフタルアミドは,ポリフタルアミドとガラス繊維との合計重量を基準として33重量パーセントのガラス繊維を充填すると,ASTM D-648により測定して1820kPa(264psi)で少なくとも240℃の熱撓み温度を有する」との記載は,どのようなポリフタルアミドを同発明で使用するかということを記載した部分である。すなわち,本件発明1に使用されるポリフタルアミドを「ガラス繊維を充填すると・・・240℃の熱撓み温度を有する」性質のポリフタルアミドであると特定したものであって,本件発明1の組成物にガラス繊維が充填されているのではない。 本件決定は,本件発明1〜13の認定を誤った結果,刊行物2記載の発明との一致点として,上記のとおり「ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドからなる組成物にガラス繊維を充填してなる組成物又は該組成物を含む成形物であって,本件請求項1〜11項に係る各発明の組成物及び本件請求項12項に係る発明の成形品とポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とガラス繊維の配合割合が重複するもの」と誤って認定した上,本件発明1〜13は,刊行物1〜4に開示されたガラス繊維充填物から上記各発明を容易に想到できると判断したものであるから,本件発明1〜13の認定の誤りが,本件決定の結論に影響を及ぼすことは明らかである。 2 取消事由2(本件発明1〜12に係る容易想到性の判断の誤り) 本件決定は,「刊行物1〜3(注,甲3〜5)に記載された発明におけるポリアミド成分として上記刊行物4(注,甲6)に記載された発明におけるポリアミドを採用することは当業者であれば容易に想到し得る・・・それ故,本件請求項1〜12項に係る各発明は,いずれも,上記刊行物1〜4に記載された発明に基づいて当業者であれば容易に発明をすることができた」(決定謄本11頁第3段落,第4段落)と判断したが,誤りである。刊行物1には,ポリフェニレンスルフィド,ポリアミド,マレイミド化合物及びガラス繊維から成る組成物が開示され,刊行物3には,ポリフェニレンスルフィド,ポリアミド,エポキシ樹脂及びガラス繊維から成る成形物が開示されている。刊行物1,3のポリアミドに刊行物4のポリアミドを使用しても,組成物又は成形物中には必ずマレイミド化合物又はエポキシ樹脂が存在することになるが,本件発明1〜12においては,マレイミド化合物又はエポキシ樹脂は存在しないので,本件発明1〜12には到達しない。マレイミド化合物又はエポキシ樹脂が,ポリフェニレンスルフィドと刊行物4のポリフタルアミド(ガラス繊維充填時の熱撓み温度で定義されるような高い結晶性を有する)の相溶化剤となるかどうか,また,このような相溶化剤なしにポリフェニレンスルフィドと刊行物4のポリフタルアミドのブレンドが有用性を有するかどうかは,刊行物1,3に基づいては当業者は全く分からないから,マレイミド化合物が必須である刊行物1の組成物又はエポキシ樹脂が必須である刊行物3の成形物のポリアミドに刊行物4のポリフタルアミドを採用することは当業者にとって容易とはいえない。 また,本件特許の優先権主張日前の技術常識及び刊行物1〜3(甲3〜5)の開示に基づけば,当業者が,ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドから成る組成物にガラス繊維を充填して成る組成物又は当該組成物を含む成形物を製造するに際し,押出又は金型成形が極めて困難となると考えられる刊行物4記載のポリアミドを採用することは考えられない。本件決定は、「ポリアミド成分の中からより特性の良いものを採用することは当業者であれば当然留意することである」(決定謄本11頁第2段落)としたが、高い熱撓み温度や高い引張り強度という性質のみに着目し,製造時における処理の容易性という別の性質を全く無視し,誤った結論を導いたものである。 |
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被告の反論
本件決定の認定判断は正当であり,参加人主張の取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(本件発明1〜13の認定の誤り)について 本件明細書(甲1)の特許請求の範囲の請求項1には,「ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドからなる組成物であって・・・ことを特徴とする組成物」と記載されており,「ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分だけを含むブレンドからなる組成物」と記載されているわけではない。また,同請求項10の「繊維状または粒状の物質を含む請求項1〜9のいずれかに記載の組成物」,同請求項11の「粒状あるいは繊維状物質の量は組成物の重量に基づき10乃至60重量%である請求項1〜10のいずれかに記載の組成物」という記載は,いずれも請求項1〜9を引用し,これらの請求項に記載の組成物が繊維状又は粒状の物質を含む場合があることを明らかにしている。すなわち,請求項10,11は請求項1〜9と異なる組成物を記載したのではなく,請求項1〜9の組成物に含まれるポリアミド成分,ポリアリーレンスルフィド成分以外の成分としてガラス繊維が存在することを明記したものであり,請求項1に対しては下位概念に相当する組成物と解されるものである。本件明細書の「これらのブレンドは,ガラス,グラファイト,硼素,セラミックおよびアラミドの繊維,ガラスビーズ,炭酸カルシウム,グラファイト粉末,および軽石などの繊維状および粒状の物質をも含むことができる」(9欄下から第2段落),「本発明のブレンドはブレンドの性質を改良しまたは変性するために顔料・・・他の適当な添加剤を含むことができる」(17欄最終段落〜18欄第1段落)との記載は,「ブレンド」という技術用語が,単に樹脂成分の混合物というのみではなく,ガラスや他の添加物を含む場合もある混合物を意味することを明らかにしたものである。このように,本件明細書における請求項自体の記載からも,発明の詳細な説明の記載からも,請求項1〜9には,ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分のみのブレンドから成る組成物の発明も当然含まれるが,樹脂成分以外に繊維状又は粒状の物質や適当な添加物をも含むブレンドからなる組成物の発明も含まれ,請求項1〜9の組成物と請求項10,11の関係は上位下位の関係にあることが明りょうに理解できる。本件決定は,請求項1〜12において共通する組成物(特にガラス繊維が含まれる場合の組成物)を念頭におき,「『ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドからなる組成物にガラス繊維を充填してなる組成物又は該組成物を含む成形物であって,本件請求項1〜11項に係る各発明の組成物及び本件請求項12項に係る発明の成形品とポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とガラス繊維の配合割合が重複するもの』が記載されている」(決定謄本10頁第3段落)と認定したものである。したがって,本件決定がした本件発明1〜12の認定に誤りはない。 2 取消事由2(本件発明1〜12に係る容易想到性の判断の誤り)について ポリフェニレンスルフィド(ポリアリーレンスルフィドの一種)は本件特許出願前である昭和63年当時には,既にエンジニアリングプラスチックとして広く知られており,耐衝撃性,成形性の改善の目的でポリアミドなどのポリマーとの配合が広く検討されていたのであって,このような技術常識を有する当業者は,刊行物1,3(甲3,5)のエポキシ樹脂やマレイミド化合物の存在は,ポリフェニレンスルフィドに添加するポリアミドの記述を参照するに当たって何ら影響を与えるものでないことを理解し,これらが同じポリアミドに属する刊行物4(甲6)のポリアミドと置換可能であることも容易に理解し得るのである。 また,刊行物1〜3(甲3〜5)には,周知の広い範囲のポリアミドがポリフェニレンスルフィドの配合剤として使用可能であるとされ,その中から特性の良好なものを適宜選ぶという手法が採られていることが理解される。例示の中にはナイロン11,ナイロン12のように融点が200℃以下のものからナイロン66のように融点が250℃を超えるものがあり(昭和63年1月30日日刊工業新聞社発行の福本修編「ポリアミド樹脂ハンドブック」〔乙2〕23頁図1.1,表1.8),各種ナイロンが示す融点(同23頁図1.1)の範囲から見て,低溶融温度の樹脂が選択的に使用されているわけではない。さらに,具体的な樹脂の中でも最も溶融点の高いナイロン66が,刊行物1〜3及び甲7のいずれにも好適な例として記載されている。エンジニアリングプラスチックとして実用的なポリフェニレンスルフィドの開発が課題とされ(昭和63年6月5日初版4刷共立出版発行の高分子学会編片岡俊郎外著「エンジニアリングプラスチック」〔乙1〕64頁〜65頁),事実,刊行物1〜3のように種々の既存の各種ポリアミドの使用可能性が広く検討されていたという本件特許出願時の状況下においては,上記刊行物4(甲6)のポリアミドについても,他の既存のポリアミドについて検討したのと同様に,ポリフェニレンスルフィドへの配合適性の有無を検討することは,当業者が普通に行う範囲のことというべきである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1〜13の認定の誤り)について (1) 本件決定は,本件発明1〜12について,「本件請求項1〜12項に係る各発明(注,本件発明1〜12)と上記刊行物2に記載された発明を対比すると,上記刊行物2には,『テレフタルアミド単位とアジパミド単位,またはテレフタルアミド単位とイソフタルアミド単位とアジパミド単位とを反復単位とするポリアミドとポリアリーレンスルフィドの1つであるポリフェニレンスルフィドとを90〜10:10〜90(重量%)からなる組成物と,さらにこの組成物にガラス繊維を5〜70容積%含有させた組成物,及び,これらの組成物は機械的性質などが改良されたものであることと,成形品用途に使用されること』が記載されているから,『ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドからなる組成物にガラス繊維を充填してなる組成物又は該組成物を含む成形物であって,本件請求項1〜11項に係る各発明の組成物及び本件請求項12項に係る発明の成形品とポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とガラス繊維の配合割合が重複するもの』が記載されている」(決定謄本10頁第3段落),「本件請求項1〜12項に係る各発明(注,本件発明1〜12)と上記刊行物1および3に記載されたものとを対比すると,上記刊行物1及び3には,『ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とを含むブレンド(上記刊行物1に記載されたものは『マレイミド化合物』をも含むものであり,また,上記刊行物3に記載されたものは『エポキシ樹脂』をも含むものである。)からなる組成物にガラス繊維を充填してなる組成物又は該組成物を含む成形物であって,本件請求項1〜11項に係る各発明の組成物及び本件請求項12項に係る発明の成形品とポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とガラス繊維の配合割合が重複するものであって,機械的性質などが改良されたもの』が記載されている」(同頁第4段落),「本件請求項1〜12項に係る各発明(注,本件発明1〜12)と上記刊行物4に記載されたものとを対比すると,上記刊行物4には,本件請求項1〜請求項12に係る発明におけるものと同一のポリフタルアミドからなるポリアミド,このポリアミドにガラス等からなる繊維状または粒状の物質を配合した組成物,上記ポリアミドまたは上記組成物からなる成形品及び繊維が開示されているとともに,上記組成物が高い熱撓み温度や高い引張り強度を有すること及び上記ポリアミドにガラス繊維,ガラスビーズ,鉱物あるいはその混合物を充填し成形するとASTM法D648により約245℃から305℃の範囲内の熱撓み温度を有するものが得られることが記載されている」(同頁最終段落〜11頁第1段落)と認定した上で,「上記刊行物1〜3には上記ポリアミド成分として広範なものが記載されており・・・ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドからなる組成物にガラス繊維を充填してなる組成物又は該組成物を含む成形物を製造するに際して,ポリアミド成分として上記刊行物1〜3に記載されている広範なポリアミド成分の中からより特性の良いものを採用することは当業者であれば当然留意する・・・上記刊行物4に記載された発明におけるポリアミド・・・にガラス繊維,ガラスビーズ,鉱物あるいはその混合物を充填し成形したものがASTM法D648により約245℃から305℃の範囲内の熱撓み温度を有することが上記刊行物4に記載されているのであるから,上記刊行物1〜3に記載された発明におけるポリアミド成分として上記刊行物4に記載された発明におけるポリアミドを採用することは当業者であれば容易に想到し得ることである。それ故,本件請求項1〜12項に係る各発明は,いずれも,上記刊行物1〜4に記載された発明に基づいて当業者であれば容易に発明をすることができた」(同頁第2段落〜第4段落)と判断した。 また,本件発明13について,「上記刊行物2には,そこに記載される組成物を繊維に適用することについては記載されていないが,『ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドからなる組成物にガラス繊維を充填してなる組成物又は該組成物を含む成形物であって,本件請求項1〜11項に係る各発明の組成物及び本件請求項12項に係る発明の成形品とポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とガラス繊維の配合割合が重複するもの』が記載され」(同頁下から第2段落),「上記刊行物4には,本件請求項1〜請求項12に係る発明におけるものと同一のポリフタルアミドからなるポリアミドに繊維状または粒状の物質を配合した組成物からなる繊維が開示されており,また,上記刊行物4に記載された発明におけるポリアミドに繊維状または粒状の物質を配合した組成物が高い熱撓み温度や高い引張り強度を有するという優れた特性を有するものであること,及び,上記ポリアミドにガラス繊維,ガラスビーズ,鉱物あるいはその混合物を充填し成形したものがASTM法D648により約245℃から305℃の範囲内の熱撓み温度を有することが記載されている」(同頁最終段落〜12頁第1段落)と認定した上,「樹脂組成物から繊維を製造することが本件発明が出願される以前から広く行われていることからみて,上記刊行物2に記載された樹脂組成物を繊維にも適用することは,当業者が容易になし得る」(同11頁下から第2段落),「上記刊行物2に記載された樹脂組成物を繊維に適用するに際して,ポリアミド成分として上記刊行物4に記載された発明におけるポリアミドを採用することは当業者が容易になし得るものといえる。したがって,本件請求項13に係る発明は上記刊行物2及び4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた」(同12頁第2〜第3段落)と判断した。 そうすると,上記説示から,本件決定は,本件発明1〜13は,すべてガラス繊維が充填されたものであると認定した上で,刊行物1〜4記載の各発明と対比し,その容易想到性の判断をしたことが明らかである。 (2) これに対して,被告は,本件明細書(甲1)における請求項自体の記載からも,発明の詳細な説明の記載からも,請求項1〜9には,ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分のみのブレンドから成る組成物の発明も当然含まれるが,樹脂成分以外に繊維状,粒状物質や適当な添加物をも含むブレンドからなる組成物の発明も含まれ,請求項1〜9の組成物と請求項10,11の関係は上位下位の関係にあることが明りょうに理解でき,本件決定(甲2)は,請求項1〜12において共通する組成物(特にガラス繊維が含まれる場合の組成物)を念頭におき,「『ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドからなる組成物にガラス繊維を充填してなる組成物又は該組成物を含む成形物であって,本件請求項1〜11項に係る各発明の組成物及び本件請求項12項に係る発明の成形品とポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とガラス繊維の配合割合が重複するもの』が記載されている」(決定謄本10頁第3段落)と認定したものであって,本件発明1〜13の認定に誤りはないと主張する。 (3) そこで,本件発明1の特許請求の範囲の請求項1が規定する「ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドからなる組成物」にガラス繊維が充填されたものが含まれるか否かについて検討する。 「ブレンド」の語は,通常,「構成成分がそれぞれ見分けがつかないように混ぜあわせた混合物」(マグローヒル科学技術用語大辞典第3版)を意味するところ,本件明細書(甲1)においても,「与えられたポリマーに1種類またはそれ以上の他のポリマーを配合すると,個々の成分の中間の性質を組み合わせたブレンドとなるかもしれない;しかしながら,加工条件は,所望の性質の改質を達成するために与えられたポリマーに配合できる候補となる物質の数をしばしば制限し,そしてブレンドの性質はその成分との互いの親和性,配合または加工条件下での反応性および他の因子により成分の性質を反映したりしなかったりする」(5欄第2段落),「種々の目的のためにある種のポリアミドとポリアリーレンスルフィドとを配合して,正味の樹脂の性質と比べて性質を変えたブレンドを得ることが提案されている」(同欄最終段落)など,多くの箇所で使用され,その使用態様からすれば,2種以上の成分を「配合した物」ないし「混合した物」という通常の意味で用いられていると解されるから,「ブレンド」という用語だけから,そこに明示されていない成分が含まれているか否かを一義的に決めることはできない。しかしながら,組成物の性質に一切変化を与えない成分を加える意味がないことは自明であるから,一般に,ある物質を組成物の成分として加えた場合には,例えば,顔料を加えると組成物の色調という性質が変化し,熱安定剤を加えると熱安定性という性質が変化するように,組成物の性質は何らかの形で変化するものということができる。これを本件発明1について見ると,本件明細書(甲1)の第13表(24頁)及び第14表(25頁)によれば,ガラス繊維をポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分との組成物に追加した場合,曲げ強度等の物理的性質が変化することが明らかである。そして,「本発明(注,本件発明)の目的は,テレフタルアミド単位,イソフタルアミド単位およびアジパミド単位からなる群から選ばれる少なくとも2種類の反復単位からなるポリフタルアミド成分であって,23重量%のガラス繊維を充填するとASTM D-648により測定して1820kPa(264psi)で約240℃以上の熱撓み温度を有するポリフタルアミド成分と,ポリアリーレンスルフィド成分とのブレンド,並びに成形等の用途を有するこのブレンドからの充填組成物を提供すること・・・ポリフタルアミド成分と比べて水分吸収性,耐メタノール性,熱耐久性あるいは難燃性等の性質が改良されたブレンドを提供すること」(甲1,7欄最終段落〜8欄第1段落)であり,その曲げ強度等の物理的性質は成形等の用途を有する本件発明1の組成物にとって重要な性質であるところ,その特許請求の範囲には,上記のとおり,組成物の成分としてガラス繊維を含むことについての記載はなく,かえって「ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドからなる組成物であって・・・このポリフタルアミドは,ポリフタルアミドとガラス繊維との合計重量を基準として33重量パーセントのガラス繊維を充填すると,ASTM D-648により測定して1820kPa(264psi)で少なくとも240℃の熱撓み温度を有する」と記載されているのである。そうすると,ガラス繊維はブレンドの組成物の成分ではなく,本件発明1の「ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドからなる組成物」にはガラス繊維は含まれないものと解するのが相当である。 また,上記第2の2の本件明細書の特許請求の範囲の記載によれば,本件発明2〜9及び13は,いずれも本件発明1を引用しているところ,その請求項2〜9及び13には,ガラス繊維を含むことについての記載はないから,本件発明2〜9の組成物及び本件発明13の繊維にも,ガラス繊維は含まれないものというべきである。 (4) ところが,本件決定は,上記のとおり,本件発明1と対比される刊行物1〜4記載の各発明を,いずれもガラス繊維ないしガラス等から成る繊維を含むものと認定しているのであるから,本件発明1がガラス繊維を含まない点は,本来,両発明の相違点であると認められる。また,本件発明2〜9は,いずれも本件発明1を引用しているから,本件発明1と同様,刊行物1〜4記載の各発明との上記相違点を有することが明らかである。しかしながら,本件決定が,上記相違点について判断をしていないことは,甲2の記載自体から明らかであり,上記のとおり,ガラス繊維ないしガラス等から成る繊維を含む点を誤って一致点であると認定した結果,上記相違点を看過したものというほかない。そして,ガラス繊維を含むか否かは,本件発明1〜9の組成物にとって重要な性質である曲げ強度等の物理的性質を変化させるものであることは上記のとおりであって,その容易想到性の判断に影響があるから,本件発明1〜9の認定の誤りは,本件決定の結論に影響を及ぼすものというべきである。 また,本件発明13は,「請求項1〜9のいずれかに記載の組成物を含む繊維」(請求項13)であり,請求項1〜9記載の組成物は,ガラス繊維を含まないものであることは上記のとおりであるから,本件発明13の繊維は,ガラス繊維を含まないことが,その文言から明らかである。しかしながら,本件決定は,上記(1)のとおり,本件発明13についても,本件発明1〜9と同様,ガラス繊維を含むものとして対比していることが明らかであり,ガラス繊維を含むか否かは,本件発明13の繊維にとって重要な性質である曲げ強度等の物理的性質を変化させるものであることは上記のとおりであって,その容易想到性の判断に影響があるから,本件発明13の認定の誤りは,本件決定の結論に影響を及ぼすものというべきである。 (5) これに対し,本件発明10の「繊維状または粒状の物質」及び本件発明11の「粒状あるいは繊維状物質」は,「ガラス繊維」の上位概念であるから,本件発明10,11は,ガラス繊維を含むものを包含し,これらを引用する本件発明12も,ガラス繊維を含むものを包含するものと認められるから,本件発明10〜12については,本件決定に参加人主張の認定の誤りはなく,上記相違点の看過はない。 (6) 以上検討したところによれば,参加人の取消事由1の主張は,本件発明1〜9及び13については理由があるが,本件発明10〜12については理由がない。 2 取消事由2(本件発明10〜12に係る容易想到性の判断の誤り)について (1) 本件発明10〜12については,上記のとおり取消事由1が理由がないので,進んで,取消事由2について検討するに,参加人は,刊行物1(甲3)には,ポリフェニレンスルフィド,ポリアミド,マレイミド化合物及びガラス繊維から成る組成物が開示され,刊行物3(甲5)には,ポリフェニレンスルフィド,ポリアミド,エポキシ樹脂及びガラス繊維から成る成形物が開示されているところ,刊行物1,3のポリアミドに刊行物4(甲6)のポリアミドを使用しても,組成物又は成形物中には必ずマレイミド化合物又はエポキシ樹脂が存在することになるが,本件発明10〜12においては,これが存在しないとして,上記刊行物1〜4に基づく容易想到性を肯定した本件決定の判断は誤りであると主張する。しかしながら,昭和63年6月5日初版4刷共立出版発行の高分子学会編集,片岡俊郎外著「エンジニアリングプラスチック」(乙1)によれば,ポリフェニレンスルフィド(ポリアリーレンスルフィドの一種)は,本件特許の優先権主張日前である昭和63年当時には既にエンジニアリングプラスチックとして広く知られており,耐衝撃性,成形性の改善の目的でポリアミドなどのポリマーとの配合が広く検討されていたことが認められるから,当業者は,刊行物1,3(甲3,5)のエポキシ樹脂やマレイミド化合物の存在はポリフェニレンスルフィドに添加するポリアミドの記述を参照するに当たって何ら影響を与えるものでないことを理解することができ,これらが同じポリアミドに属する刊行物4(甲6)のポリアミドと置換可能であることも容易に理解し得るものと認められる。したがって,参加人の上記主張は採用することができない。 (2) 参加人は,マレイミド化合物又はエポキシ樹脂が,ポリフェニレンスルフィドと刊行物4(甲6)のポリフタルアミド(ガラス繊維充填時の熱撓み温度で定義されるような高い結晶性を有する)の相溶化剤となるかどうか,また,このような相溶化剤なしにポリフェニレンスルフィドと刊行物4のポリフタルアミドのブレンドが有用性を有するかどうかは,刊行物1,3(甲3,5)に基づいては当業者は全く分からないから,マレイミド化合物が必須である刊行物1の組成物又はエポキシ樹脂が必須である刊行物3の成形物のポリアミドに刊行物4のポリフタルアミドを採用することは当業者にとって容易とはいえないとも主張する。しかしながら,刊行物2(甲4)には,相溶化剤を使用しないポリアミドとポリフェニレンスルフィドの組成物(ガラス繊維を配合したものと配合していないもの)が記載されており,両者のブレンドに相溶化剤が必須のものではないということは当業者に理解可能なものであって,刊行物1や刊行物3のポリアミドとして刊行物4のポリフタルアミドを採用したときに,マレイミドやエポキシ樹脂を相溶化剤として加えることについて検討することはあるとしても,その成分から排除不可能なものであると当業者が認識するものであるとまでいうことはできない。したがって,参加人の上記主張も採用することができない。 (3) 参加人は,さらに,本件特許の優先権主張日前の技術常識及び刊行物1〜3(甲3〜5)の開示に基づけば,当業者が,ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分とのブレンドから成る組成物にガラス繊維を充填して成る組成物又は当該組成物を含む成形物を製造するに際し,押出又は金型成形が極めて困難となると考えられる刊行物4記載のポリアミドを採用することは考えられないから,「ポリアミド成分の中からより特性の良いものを採用することは当業者であれば当然留意することである」(決定謄本11頁第2段落)とした本件決定は、高い熱撓み温度や高い引張り強度という性質のみに着目し,製造時における処理の容易性という別の性質を全く無視し,誤った結論を導いたものであると主張する。 参加人の上記主張は,本件発明10〜12のポリフタルアミドは,ポリフェニレンスルフィドより融点が高いことを前提とするものであるが,本件明細書の特許請求の範囲には,使用成分として「ポリフェニレンスルフィド」を一例として含む上位の概念である「ポリアリーレンスルフィド」と記載されており,ポリフェニレンスルフィドのみに限定されているものではなく,また,ポリアミド成分とポリアリーレンスルフィド成分の融点の関係についても何ら規定するところがない。 そして,ポリアリーレンスルフィドの融点が通常約260℃〜約400℃であること(米国特許第4528335号公報〔甲9〕1欄64行目〜67行目)からすると,本件発明10〜12のポリアミドの融点が300℃を超えるとしても,ポリアリーレンスルフィドの融点がそれより低いとする根拠はないから,参加人の上記主張は,本件明細書の記載に基づかない主張であり,失当というほかない。参加人は,刊行物1〜3記載のポリアミドにポリフェニレンスルフィドより融点の高い刊行物4のポリフタルアミドを採用することは極めて困難であることを立証する証拠として上記甲9及び米国特許第4292416号公報(甲8)を提出するが,上記のとおり,本件発明10〜12は,使用成分として「ポリフェニレンスルフィド」の上位の概念である「ポリアリーレンスルフィド」と記載されており,「ポリフェニレンスルフィド」のみの使用に限定されるものではないから,これらの証拠は上記判断を左右するものではない。また,1973年(昭和48年)ジョン・ワイリー・アンド・サンズ・インク発行の「ナイロン・プラスチック」(甲10)は,ナイロン(ポリアミド)についての一般的性質を説明するものであって,ガラス繊維を有するポリマーやポリマー鎖に環を有するポリマーが成形技術に利用できないことを述べているものではないし,ガラス繊維が溶融粘度を増加させる傾向があると記載されている点も,それにもかかわらず当業者はナイロン樹脂にガラス繊維を配合することを広く行っていることに照らすと,成形技術にナイロンを適用するに当たって他成分の添加ないし改質(ポリマー鎖への環の導入)を阻害する格別の要因を形成するような意味を有しないことは明らかである。 (4) したがって,参加人の取消事由2の主張は理由がない。 3 以上のとおり,参加人主張の取消事由2は理由がないが,取消事由1は,特許第2781595号の請求項1〜9及び13に係る特許を取り消すとの部分について理由があるから,本件決定中,上記部分を取り消し,参加人のその余の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 岡本岳 |
裁判官 | 早田尚貴 |