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関連審決 無効2000-35293
関連ワード 発明者 /  使用方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明の詳細な説明 /  発明が明確 /  特許出願日 /  優先日 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 /  要旨変更 /  異議申立 /  国際公開 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 461号 審決取消請求事件
原告 グレースケミカルズ株式会社
訴訟代理人弁護士 中島和雄,弁理士 中村至
被告 株式会社エヌエムビー
訴訟代理人弁護士 清永利亮,弁理士 葛和清司,藤野清規
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/07/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2000−35293号事件について平成13年9月6日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
主文同旨の判決。
事案の概要
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,被告請求に係る無効審判において,本件特許を無効とするとの審判がされたため,同審判の取消しを求めた事案である。
1 前提となる事実等 (1) 特許庁における手続の経緯 (1-1) 本件特許 特許権者:グレースケミカルズ株式会社(原告) 発明の名称:「生コンスラッジの再使用方法特許出願日:平成2年10月2日(特願平2-263100号,優先日平成2年1月16日日本国) 設定登録日:平成9年5月23日 特許番号:第2651537号 (1-2) 本件前の手続の概要 手続補正:平成9年1月22日付け(以下,「本件補正」又は単に「補正」という。) 訂正請求:平成11年1月25日付け(異議手続中にされたもの。本件特許を維持するとの異議の決定は,平成11年2月24日付けでされ,確定した。) (1-3) 本件手続 無効審判請求日:平成12年6月2日(無効2000-35293号) 審決日:平成13年9月6日 審決の結論:「特許第2651537号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」 審決謄本送達日:平成13年9月18日(原告に対し) (2) 本件発明の要旨 (2-1) 願書に記載の特許請求の範囲の記載(本件特許出願の公開公報(特開平3-265550号公報。審判甲1,本訴甲4)に記載の特許請求の範囲の記載) 「生コンが付着した装置の洗浄廃水を,骨材分離槽に導いて骨材を分離し,次でスラッジ沈降槽に導いてスラッジを分離する工程において,洗浄水に,或いは洗浄水流出路からスラッジ沈降層に至るまでのいずれかの部位において凝結遅延剤を水に対し0.01〜0.3%の割合で添加して放置した後,該生コンスラッジをセメントの練り水として再使用することを特徴とする生コンスラッジの再使用方法。」 (2-2) 本件補正後の特許請求の範囲の記載(下記の請求項1に係る発明を本件発明という。) 【請求項1】生コンが付着した装置を洗浄するにあたり,0.01〜0.3%の凝結遅延剤を含む洗浄水で洗浄して得られたスラッジ水を,骨材分離槽に導いて骨材を分離して生コンスラッジとし,次いで生コンスラッジ貯留槽に導く工程において,生コンスラッジの固形分濃度を20.2重量%以下に調整し,該生コンスラッジを翌日以降のセメントの練混ぜ水として再使用することを特徴とする生コンスラッジの再使用方法
【請求項2】生コンが付着した装置を洗浄して得られたスラッジ水を,骨材分離槽に導いて骨材を分離して生コンスラッジとし,次いで生コンスラッジ貯留槽に導く工程において,洗浄水流出路から生コンスラッジ貯留槽に至るまでのいずれかの部位において,生コンスラッジの固形分濃度を20.2重量%以下に調整し,凝結遅延剤をスラッジ水中の水分に対し0.01〜0.3%の割合で添加し,該生コンスラッジを翌日以降のセメントの練混ぜ水として再使用することを特徴とする生コンスラッジの再使用方法
(2-3) 本件訂正後の特許請求の範囲の記載【請求項1】は,本件訂正によっては変更されず,本件補正によって補正された【請求項1】と同一である。
【請求項2】は,本件訂正によって削除された。
(3) 審決の理由 審決の理由は,【別紙】の「審決の理由」に記載のとおりである。
要するに,(@)本件補正は,願書に添付した明細書の要旨を変更するものであると認められる,(A)よって,本件特許出願は,本件手続補正書を提出した平成9年1月22日にしたものとみなす,(B)本件発明は,本件出願日(平成9年1月22日とみなされる。)の前に頒布された本件特許出願の公開公報(特開平3-265550号公報。審判甲1,本訴甲4)に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件発明の特許は無効とすべきである,というものである。 2 原告の主張(審決取消事由)の要点 (1) 本件補正前の「スラッジ沈降槽」と補正後の「生コンスラッジ貯留槽」とは,実体同一の槽である。つまり,「スラッジ沈降槽」から「生コンスラッジ貯留槽」への補正はおよそ要旨変更とはなり得ない。
(2) 本件の争点は,補正前の「スラッジを分離する工程」との必須構成を,補正後は必ずしも要しないこととした補正が,要旨変更となるか否かに絞られるべきである。
(3) 当初明細書(甲4)中の記載,とりわけ2頁上段右欄14行目〜下段左欄3行目の記載及び4頁の実施例3第4表の上から第1ないし第5例の記載によれば,「スラッジを分離する工程」を必ずしも要しない場合のあることが当業者に自明な程度に記載されている。したがって,補正前請求範囲の「スラッジを分離する工程」を削除した補正は,当初明細書の記載の範囲内の補正であるから,平成5年改正前特許法41条により明細書の要旨を変更しないものとみなされる。
なお,昭和63年7月25日刊行の「セメント新聞」(甲6)の記載にみられるように,本件出願前から,「スラッジを分離する工程」を経ない方がむしろ原則的な方法として知られていた。
(4) よって,本件補正は,要旨変更とはならない。
しかるに,審決は,補正後の「生コンスラッジ貯留槽」はスラッジ沈降分離を必ずしも目的としないのに対し,補正前の「スラッジ沈降槽」はスラッジ沈降分離を常に目的とする槽であるかのように誤認し,かかる「スラッジ沈降槽」の使用が前提となっている当初明細書中の各記載からは,スラッジ沈降分離を目的としない「生コンスラッジ貯留槽」を想起することができないとの理由により,当初明細書の「スラッジ沈降槽」を「生コンスラッジ貯留槽」に変更した補正を要旨変更と判断したものであって,かかる審決の判断は誤りである。
3 被告の主張の要点 (1) 原告の主張は,補正後の「生コンスラッジ貯留槽」の概念には「スラッジの沈降分離を目的としない生コンスラッジを貯める槽」も含まれることを看過している点において,誤りである。すなわち,生コンスラッジ貯留槽(スラッジ沈降を必ずしも目的としない生コンスラッジを貯める槽)には,「生コンスラッジ貯留中にスラッジ沈降が生ずる槽」(スラッジの沈降分離を目的とする生コンスラッジを貯める槽)と「生コンスラッジ貯留中にスラッジ沈降が生じない槽」(スラッジの沈降分離を目的としない生コンスラッジを貯める槽)の両方が含まれることは,審決の認定判断のとおリである。
(2) 審決は,「当初明細書記載の『スラッジ沈降槽』を『生コンスラッジ貯留槽』に変更した補正は当初明細書の要旨を変更するものである。」との認定判断をしたが,これ以外の事項については,何ら認定判断をしていない。したがって,当初明細書記載の「スラッジ沈降槽」を補正後は必ずしも要しないこととした補正については,審決は何ら認定判断をしていないのであるから,審決取消事由とはなり得ない。
(3) 当初明細書(甲4)の2頁上段右欄14行目〜下段左欄3行目には,スラッジ沈降槽に導入した上水を放置すると,そのセメント成分が徐々に沈降し,上澄水とセメントスラッジとに分離するので,セメントスラッジの全部と上澄水の全部又は一部を練混ぜ水として使用できる旨が記載されているだけであるから,この記載からは,セメントスラッジの全部と上澄水の全部を使用する場合であっても,スラッジ沈降槽においては,そこに導入された上水(スラッジ水,すなわち,生コンスラッジのこと)は,放置された結果,セメントスラッジ(スラッジのこと)の全部又は一部が沈降し,セメントスラッジの全部又は一部が上水から「必ず沈降分離する」ことが理解できるにとどまリ,「スラッジ沈降分離工程を必ずしも要しない」構成が自明な程度に記載されているとは到底理解できない。
また,当初明細書の実施例3は,スラッジ固形分濃度4.5%のスラッジ水に各種濃度のグルコン酸ソーダを添加したスラッジ水を練混ぜ水として使用したときのフレッシュコンクリートの凝結に与える影響を試験したもので,第4表には,試験結果として「グルコン酸濃度に応じた凝結時間のずれ」が記載されているだけであリ,試験に供した各スラッジ水中のスラッジが沈降分離しているか否かについては,何も記載されていない。また,当初明細書にはスラッジを沈降分離させる工程の説明しか記載されていない状態において,第4表の注記には,いきなり「約半量の上澄水を放流した後の…」との書き出しで,「上澄水」なる文言が記載されているのであるから,上記注記が付されていない試験例についても,スラッジ水は「上澄水」と「スラッジ」に分離していると解するのが,極めて自然であると認められる。当初明細書の実施例3第4表は,原告が主張するような「スラッジ沈降分離工程を必ずしも要しない」構成が自明な程度に記載されているのでないことは,明らかである。
以上のように,「スラッジを分離する工程」を要しない構成が当初明細書のどこにも記載されていないことが明らかなばかりでなく,「スラッジを分離する工程」を要しない生コンスラッジ再利用技術が,そもそも本件特許の出願時において当業者にも全く知られていなかったことを併せ考えると,そのような構成が本件特許の当初明細書の記載から自明であるとすることも到底できない。
(4) 審決に取消事由がないことは明らかである。
当裁判所の判断
1 本件においては,専ら,本件補正が願書に添付した明細書の要旨を変更するものであるとした審決の認定判断(平成5年法律第26号による改正前の補正に関する規定に基づく判断)が争われている(なお,前記第2,1(2)に記載のとおり,本件補正後に訂正がされているが,本件補正後の請求項1はそのまま維持されている。)。
2 審決が判断した範囲について,当事者間に争いがあるので,まずこの点を検討する。
審決(甲1)の説示をみると,審判において,原告(被請求人)は,スラッジ沈降分離工程を必ずしも要しない点について具体的に主張しており,審決もその主張に対して逐一判断を示していることが明らかである(別紙「審決の理由」のうち,「X 当審の判断」中の「1.要旨変更の有無について」の「1-5.被請求人の主張に対して」の項に記載のとおり。)。そして,審決は,要旨変更の有無に関する結論として,「以上のとおり,本件当初明細書に記載の発明及びその実施例は,すべて『スラッジ沈降槽』やその槽内での『生コンスラッジ沈降分離工程』を前提とする『生コンスラッジの再使用方法』であり,本件当初明細書のその余の記載にも,スラッジの沈降を目的としない,いわゆるスラッジを貯める目的の『生コンスラッジ貯留槽』や,生コンスラッジを貯めた状態のまま沈降分離処理しないで再利用する解決手段については何ら記載又は示唆すらされておらず,またこのような『生コンスラッジ貯留槽』が本件当初明細書の記載から自明な事項であるとする何らの根拠も見当たらない。」と説示しており(上記別紙「審決の理由」のうち,X,1,1-4の項に記載のとおり。),スラッジ沈降分離工程の要否について判断が示されていることは,明らかである。
以上によれば,審決は,「生コンスラッジ貯留槽」の点が要旨変更になるか否かを中心に論じているかのようではあるが,それと同時に,当初明細書に記載の「スラッジを分離する工程」を削除してスラッジ沈降分離工程を必ずしも要しない構成とした点が要旨変更になるか否かも検討し,判断していることが明らかである。したがって,後者の点に関する審決の認定判断についても,本訴において審理判断しなければならないものというべきである。
3 本件補正が要旨変更となるか否かについて検討する。
(1) 審決は,「生コンスラッジ貯留槽」の意味について,当初明細書や平成7年6月20日付け及び平成9年1月22日付け手続補正書には,その定義に関する記載は一切なく,また当初明細書や手続補正書の全記載からみて,「生コンスラッジ貯留槽」が「生コンスラッジ沈降槽」と同義であるとする記載がないと認定するが,この認定は,原告も認めるところでもあり,是認し得るものである(なお,審決は,同義であることの示唆もないとも認定するが,原告はこの点は争っている。)。
そして,審決は,本件発明における「生コンスラッジ貯留槽」については,「スラッジ沈降を必ずしも目的としない生コンスラッジを貯める槽」と解釈すべきものであると認定するが,この認定は,原告も認めるところでもあり,是認し得るものである(なお,審決は,「生コンスラッジ貯留槽」は当初明細書に記載の「スラッジ沈降槽」とは別異のものであるとも認定するが,原告はこの点は争っている。)。
(2) 原告は,補正前の「スラッジ沈降槽」と補正後の「生コンスラッジ貯留槽」とは,実体同一の槽であると主張するので,この点を検討する。
「スラッジ沈降槽」について,当初明細書に構造や機能についての明示の記載はないものの,記載全体の趣旨に照らせば,スラッジを沈降させる槽であって,少なくとも,スラッジの沈降を妨げるような構造ないし機能を有しないものであるとともに,沈降物と上澄水とを別々に取り出すことができる機能ないし構造を有するものであると認められる。一方,「生コンスラッジ貯留槽」は,上記の構造や機能を必須とするものではないから,これらの点では明らかに「スラッジ沈降槽」とは異なるものと認められる。したがって,両者は,槽として別異のものであると認められ,両者を実体同一の槽であって,単なる呼称の差異にすぎないなどということはできない。
なお,「スラッジ沈降槽」は,スラッジを沈降させるために,沈降に必要な時間,液を放置する必要があるから,当然に貯留機能をも有するものであり,「生コンスラッジ貯留槽」においては,貯留の間に,多かれ少なかれ沈降現象が生じることが認められ,相互に代用することができなくもないとしても,上記認定を妨げるものではない。
この点に関する原告の主張は採用することができない。
(3) 前記のとおり,「生コンスラッジ貯留槽」とは,「スラッジ沈降を必ずしも目的としない生コンスラッジを貯める槽」であるというべきである。そうすると,補正後の特許請求の範囲に記載された発明の構成である「骨材を分離して生コンスラッジとし,次いで生コンスラッジ貯留槽へ導く工程」とは,「骨材を分離して生コンスラッジとし,次いでスラッジ沈降を必ずしも目的としない生コンスラッジを貯める槽へ導く工程」ということになる。そして,この構成においては,スラッジの沈降分離を目的としない生コンスラッジを貯める場合も含まれるのであるから,貯留した生コンスラッジの沈降物と上澄水とに分離しない組成のもの,すなわち槽内の生コンスラッジと同じ成分割合のものをセメントの練り水として再使用する態様が包含されることになる。
そこで,上記のような構成が当初明細書に記載した事項の範囲内のものであるか否かを検討する。
(3-1) 当初明細書(甲4)における生コンスラッジをセメントの練り水として使用するときの成分に関する記載をみると,「発明の詳細な説明」欄には,以下のような記載がある。
(a) 「洗浄に際して骨材やセメントスラッジを含有する廃水が流出するが,この廃水を未処理で放流することはできない。特に大量の固形物からなるスラッジ成分は除去しなければならない。そのため,先ず骨材分離槽に導いて大型の骨材を分離した後,セメント成分を含む廃水をスラッジ水沈降槽に導きスラッジを沈降させている。このスラッジは濃縮脱水して廃棄する方法,或いは新しいセメントの練り水と混ぜて使用する方法などが採用されている。JIS規格によれば,セメントに対しスラッジ固形分3%までなら配合することが許容されている。」(1頁右欄) (b) 「本発明は上記課題を解決することを目的とし,その構成は,…骨材を分離し,次でスラッジ沈降槽に導いてスラッジを分離する工程において…該生コンスラッジをセメントの練り水として再使用することを特徴とする。」(2頁左上欄〜右上欄) (c) 「この洗浄廃水は…骨材を容易に分離することができる。上水はセメント成分がほとんど沈降することなく残っているため濁っている。次いで上水をスラッジ沈降槽に導入し放置する。この場合,セメント成分は徐々に沈降し,上澄水とセメントスラッジとに分離する。この生コンスラッジ及び上澄水を次回のフレッシュコンクリートの練混ぜ水として使用するが,…セメントスラッジと上澄水の全部または一部を練混ぜ水として使用することもできる。」(2頁右上欄〜左下欄) (d) 「実施例3 JIS A 5308 付属書9に準拠して,スラッジ固形分濃度4.5%のスラッジ水を用い,第4表に示した濃度のグルコン酸ソーダを添加した水を練混ぜとして使用した場合に,得られたフレッシュコンクリートの凝結に与える影響を調べ第4表に示した。
第4表(省略) ※1:約半量の上澄水を放流した後のスラッジ水を用いた。」(以上につき,4頁右上欄〜左下欄)(なお,第4表に記載された7例のうち,グルコン酸ソーダの濃度の低い方(表の上の方)から第6例と第7例に「※1」が付されている。) (e) 「実施例5 グルコン酸ソーダをアジテーター車の洗浄水でなくスラッジ沈降槽に,…添加した以外は実施例3と同様に実験を行った。…本実施例においても上澄水の一部が流出したため,スラッジの固形分濃度は約7.1重量%であった。」(4頁右下欄) (f) 「実施例6 ドラム内をグルコン酸ソーダ0.2sを水200lに溶かした水(グルコン酸ソーダとして0.1%溶液)で洗浄した以外は実施例3と同様に実験を行った…本実施例においては上澄水のかなりの部分が流出したため,スラッジの固形分の濃度は約20.2重量%であった。」(4頁右下欄) (3-2) 以上の記載のうち,(a),(e),(f)の記載においては,槽内の生コンスラッジよりもスラッジが濃縮した成分割合のものを練り水に再使用するものであることが認められる。また,(b)の記載において,スラッジ沈降槽において分離される「スラッジ」と,セメントの練り水として再利用される「生コンスラッジ」とが同じものであるか否か明らかではなく,槽内の生コンスラッジとセメントの練り水として再使用されるものとの成分割合が同じ否かについて,断定することはできない。
そこで,上記(c)についてみるに,骨材を分離した後の上水を,スラッジ沈降槽で上澄水及びセメントスラッジとに沈降分離させるものであるところ,「この生コンスラッジ及び上澄水を次回のフレッシュコンクリートの練混ぜ水として使用するが,場合によっては上澄水の一部または全部を放流し,セメントスラッジと上澄水の全部または一部を練混ぜ水として使用することもできる。」と記載されており,スラッジ沈降槽で沈降し分離したものではあるが,結局は,上澄水及びセメントスラッジの全部をセメントの練り水として使用することが記載されているものと認められる。したがって,この場合においては,槽内の生コンスラッジと同じ成分割合のものをセメントの練り水に再使用するものであることが認められる。(なお,上記記載のうち,「この生コンスラッジ」というのは,「このセメントスラッジ」の誤記と認める。)。
次に,上記(d)についてみるに,実施例3においては,実際の洗浄廃水ではなく実験のために調製されたものであり,また,どのような槽が用いられたかは明らかではないが,少なくとも沈降分離が生じたものをセメントの練り水として使用することが記載されているものと認められ,第4表おける7例のうちグルコン酸ソーダの濃度の低い方(表の上の方)から第1例ないし第5例に上澄水を放流した旨の注記がないことから,これらの例は,上澄水が放流されていないもの,すなわち,いったん沈降し分離した上澄水及びセメントスラッジの全部をセメントの練り水として使用するものであることが認められる。したがって,この場合においては,槽内の生コンスラッジと同じ成分割合のものをセメントの練り水に使用するものであることが認められる。
以上のように,上記(c)及び(d)の記載からみて,当初明細書には,生コンスラッジの「スラッジ沈降槽」など沈降現象が起こる槽において沈降分離した上澄水とセメントスラッジは,(別々に取り出すか均一にして取り出すか,前者の場合どこで再度混合させるか,また,セメント練り混ぜ等に際して成分調整が必要な場合にどこでどのようにそれを行うかは別として)その全部をセメントの練り水として使用すること,すなわち,槽内の生コンスラッジを分離させないものと同じ成分割合のものをセメントの練り水として使用することが記載されていると認められる。
(3-3) なお,当初明細書(甲4)における課題及び作用効果等に関する記載をみると,以下のような記載がある。
(@)〔産業上の利用分野〕「本発明は,…生コンと接触する容器及び機器を洗浄する際に生じる廃水を,骨材を分離した後,セメントの物性を低下させることなくセメントの練り水として再使用…する生コンスラッジの処理方法に関する」(1頁左下欄〜右下欄) (A)〔発明が解決しようとする課題〕「一般に,スラッジを濃縮脱水するには多くの手間と費用を要するため,新しいセメントの練り水としてセメントに混合して使用することが経済的に好ましい。しかしながら…セメントとしての機能を喪失した固形分を新しいセメントに配合することは…好ましい方法ではなかった。そのため,生コンスラッジの効率的処理方法が求められていた。」(2頁左上欄) (B)〔作用〕「本発明は,装置に付着した生コンまたは…洗浄廃水中に含有されるセメント成分は水和反応途上にあり,未だ水和反応が完結していないことに着眼し,凝結遅延剤を添加することにより,水硬性を維持せしめ,水和反応完結以前にセメントの練り水として再使用するものである。」(3頁左上欄) (C)〔発明の効果〕「本発明により,生コンを含む洗浄廃水をモルタルやコンクリートの物性を低下させることなくセメントの練り水として再使用することができる。」(5頁左上欄) 以上の記載によれば,当初明細書には,生コンが付着した装置等を洗浄した「洗浄廃水」すなわち「生コンスラッジ」を新しいセメントの練り水として再使用する場合の効率的処理方法を課題とし,凝結遅延剤を添加することにより生コンスラッジ中に含有されるセメント成分の水硬性を維持せしめ,水和反応完結以前にセメントの練り水とすることにより,モルタルやコンクリートの物性を低下させることなくセメントの練り水として再利用することができるという作用効果を有する発明が開示されているものと認められる。この課題及び作用効果の記載からすれば,骨材を分離した後の生コンスラッジの成分をいったん分離する必要性は,何ら認められず,槽内の生コンスラッジと同じ成分割合のものをセメントの練り水として再使用することができることは明らかである。
(3-4) 以上によれば,当初明細書には,沈降物と上澄水の全部を合わせた組成のもの,すなわち槽内の生コンスラッジと同じ成分割合のものをセメントの練り水として使用することが記載されていたことが明らかである。
そして,骨材を分離した後の生コンスラッジは,練り混ぜに使用する時まで何らかの槽で保管する必要があるが,骨材を分離した後の生コンスラッジで成分の分離をする必要がないものをセメントの練り水として再使用するとき,そのような生コンスラッジを保管するための槽としては,「必ずしも沈降を目的としない貯めるための槽」であれば足りることは明らかである。
また,本件発明の属する技術分野において,「必ずしも沈降を目的としない(液体を)貯めるための槽」としては,貯留槽はごく普通に用いられている槽であると認められ(乙2,115頁の図-4.2.3「スラッジ水槽」等),当業者であれば,そのような用途に使用する槽として,貯留槽が当初明細書に記載されているのと同視できるものである。したがって,骨材を分離した後の生コンスラッジを次いで「必ずしも沈降を目的としない生コンスラッジを貯めるための槽」すなわち「生コンスラッジ貯留槽」に導くことは,当初明細書に記載した事項の範囲内のものということができる。したがって,本件補正は,明細書の要旨を変更しないものとみなされるものである。
(4) ところで,被告は,前記のとおり,前記(3)の(c)の記載からは,セメントスラッジの全部と上澄水の全部を使用する場合であっても,スラッジ沈降槽においては,上水が放置された結果,セメントスラッジの全部又は一部が沈降し,上水から「必ず沈降分離する」ことが理解できるにとどまリ,「スラッジ沈降分離工程を必ずしも要しない」構成が自明な程度に記載されているとは到底理解できないこと,前記(3)の(d)の第4表には,試験結果として「グルコン酸濃度に応じた凝結時間のずれ」が記載されているだけであリ,試験に供した各スラッジ水中のスラッジが沈降分離しているか否かについては,何も記載されておらず,当初明細書にはスラッジを沈降分離させる工程の説明しか記載されていないのであって,第4表の注記が付されていない試験例についても,スラッジ水は「上澄水」と「スラッジ」に分離していると解するのが自然であり,第4表は,「スラッジ沈降分離工程を必ずしも要しない」構成が自明な程度に記載されているのでないこと,以上のように,「スラッジを分離する工程」を要しない構成が当初明細書のどこにも記載されていないばかりでなく,「スラッジを分離する工程」を要しない生コンスラッジ再利用技術が,そもそも本件特許の出願時において当業者にも全く知られていなかったことを併せ考えると,そのような構成が本件特許の当初明細書の記載から自明であるとすることも到底できないことを主張する。
そこで検討するに,昭和63年7月25日刊行の「セメント新聞」第10面(甲6)の記事として,「骨材を回収したあとのスラッジ水を大型調整タンクに収容し,スラッジ濃度を測定し,そのスラッジ濃度に応じてコンクリートの配合を調整したうえ,スラッジ水を練りまぜ水として使用する。この変形として,スラッジ水の一部を,沈澱槽あるいは濃縮装置によって濃縮スラッジ水と上澄水とに分離し,スラッジ水の濃度を調整してから練りまぜ水として使用する方法がある。」との記載がある。
この記載の前段には,スラッジの沈澱分離を行わないでそのままの濃度でコンクリートヘの配合量を調整する原則的な方法が記載されており,後段において,変形として,濃縮スラッジと上澄水に分離する方法が記載されているのであって,本件出願前から,生コンスラッジの再利用に関しては,「スラッジを分離する工程」を経ない場合の方がむしろ原則的な方法として知られていたものと認められる。
このことに加え,既に前記(3)で判示したところに照らせば,被告の上記主張は,いずれも失当である。
その他,被告の主張をすべて精査しても,前記(3)の認定判断を妨げるに足りる事由は認められない。
4 以上のとおりであるから,審決は,「生コンスラッジ貯留槽」を「沈降分離を必ずしも目的としない生コンスラッジを貯める槽」と認定した上で当初明細書の記載を検討したものの,前記3,(3-1)の(c)及び(d)の記載から,「沈降分離を目的としない生コンスラッジ貯留槽」を想起することはできないとの誤った認定判断をし,その結果,本件補正は,願書に添付した明細書の要旨を変更するものであると認めるのが相当であるとの誤った判断をしたものというほかない。そして,審決は,上記誤った判断を前提に,本件特許出願日を認定の上,特許要件の存在を否定したものであるから,上記の誤りは,結論に影響を及ぼすものである。
5 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由があるので,審決は,取消しを免れない。
追加
【別紙】審決の理由無効2000-35293号事件,平成13年9月6日付け審決(下記は,上記審決の理由部分について,文書の書式を変更したが,用字用語の点を含め,その内容をそのまま掲載したものである。)理由I.手続の経緯本件特許第2651537号の請求項1及び2に係る発明についての出願は、平成2年10月2日(優先日平成2年1月16日日本国)に特許出願され、平成9年5月23日に特許の設定登録がなされたが、その後、本件特許に対し特許異議の申立てがなされ、平成11年1月25日付け訂正請求(請求項2の削除等)がなされ、平成11年2月24日付けで本件特許を維持する旨の異議の決定がなされ、その異議の決定が確定したものである。
これに対して、株式会社エヌエムビーから平成12年6月2日に請求項1に係る発明の特許について無効審判の請求がなされ、平成13年2月23日に口頭審理がなされ、その後書面審理とされたものである。
II.本件発明本件特許第2651537号に係る発明(以下、「本件発明」という)は、平成11年1月25日付け訂正請求書により訂正された訂正明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】生コンが付着した装置を洗浄するにあたり、0.01〜0.3%の凝結遅延剤を含む洗浄水で洗浄して得られたスラッジ水を、骨材分離槽に導いて骨材を分離して生コンスラッジとし、次いで生コンスラッジ貯留槽に導く工程において、生コンスラッジの固形分濃度を20.2重量%以下に調整し、該生コンスラッジを翌日以降のセメントの練混ぜ水として再使用することを特徴とする生コンスラッジの再使用方法。」III.無効審判請求人の無効理由審判請求人は、本件発明の特許を無効とするとの審決を求め、以下に示す甲第1〜12号証及び参考資料1〜6を提出して、次の(1)乃至(3)の無効理由を主張している。
理由(1):本件発明についてその特許をすべき旨の査定の謄本の送達前にした平成9年1月22日付けの手続補正書による補正は、願書に添付した明細書又は図面の要旨を変更するものであるから、本件特許に係る出願は、特許法等の一部を改正する法律(平成5年法律第26号)附則第2条第2項の規定により、なお従前の例によるとされる改正前の特許法第40条の規定に基づき、その補正について手続補正書を提出した時にしたものとみなされるべきである。
そうすると、本件特許発明は、本件出願前に頒布された本件特許出願の公開公報である甲第1号証に記載された発明であるか、又はその発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第1項第3号又は同条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件発明の特許は同法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである。
理由(2):本件特許発明は、発明の詳細な説明に記載されておらず、また請求項の記載から発明が明確に把握できないから、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第2項の規定により、なお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第36条第4項第1号及び第2号の規定により特許を受けることができないものであり、本件発明の特許は特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附別第6条第2項の規定により、なお従前の例によるとされる改正前の特許法第123条第1項第4号により無効とすべきである。
理由(3):本件特許発明は、その出願前に頒布された甲第6号証及び甲第7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、
本件発明の特許は同法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである。
(証拠及び参考資料)甲第1号証:特開平3-265550号公報甲第2号証:「広辞苑第3版」株式会社岩波書店、1989年11月15日、1583頁、1587頁甲第3号証:特開平10-180238号公報甲第4号証:「生コン回収水改質剤DAREXリカバー」デンカグレース株式会社作成のパンフレット甲第5号証:「生コン回収水安定化再利用法リカバーシステム」グレースケミカルズ株式会社作成のパンフレット甲第6号証:「回収水利用の手引き」全国生コンクリート工業組合連合会発行、昭和54年12月甲第7号証:WO89/06640号国際公開公報甲第8号証:特表平2-501824号公報甲第9号証:「コンクリート工学年次論文報告集」社団法人日本コンクリート工学協会、第18巻第1号、1996年、第387頁乃至第392頁甲第10号証:「実験報告書凝結遅延剤を添加したスラッジ水の経過日数と強減量について」株式会社エヌエムビー中央研究所作成、2000年5月23日甲第11号証:「全国生コンクリート工業組合連合会20年の歩み」全国生コンクリート工業組合連合会発行、平成7年6月5日甲第12号証:「中小企業近代化促進法に基づく生コンクリート製造業実態調査報告」通商産業省生活産業局窯業建材課、平成5年2月参考資料1:本件特許に係る出願の平成7年6月20日付け手続補正書参考資料2:本件特許に係る出願の平成9年1月22日付け手続補正書参考資料3:本件特許に係る出願の平成9年1月22日付け意見書参考資料4:本件特許に係る平成11年1月25日付け訂正請求書参考資料5:本件特許に係る平成11年1月25日付け訂正請求書に添付された全文訂正書参考資料6:本件特許に係る平成11年1月25日付け特許異議意見書IV.被請求人の主張被請求人は、以下に示す乙第1〜4号証及び参考資料1を提出して、審判請求人が主張する無効理由(1)乃至(3)は全て理由がないものであるから、本件審判請求は成り立たないと主張している。
乙第1号証:本件特許に係る特許異議申立(平成10年異議第71184号)ての平成11年2月24日付け異議決定書謄本乙第2号証:特開昭62-204867号公報乙第3号証:「化学工学便覧」丸善株式会社発行、昭和51年3月25日、第898頁乃至第911頁乙第4号証:請求人作成配布のカタログ「デルボクリーン110」参考資料1:昭和53年(行ツ)第69号判決の判示事項に係る資料V.当審の判断1.要旨変更の有無について本件事件では、平成9年1月22日付け手続補正書(以下、「当該手続補正書」という)による補正が要旨変更であるか否かが主な争点となっているから、以下、
この要旨変更の有無について検討する。
1-1.当該手続補正書による補正内容当該手続補正書による補正内容は、次の(a)乃至(e)のとおりである。
(a)「特許請求の範囲を別紙の通り訂正する。」とし、その別紙には以下の記載が示されている。
「【請求項1】生コンが付着した装置を洗浄するにあたり、0.01〜0.3%の凝結遅延剤を含む洗浄水で洗浄して得られたスラッジ水を、骨材分離槽に導いて骨材を分離して生コンスラッジとし、次いで生コンスラッジ貯留槽に導く工程において、生コンスラッジの固形分濃度を20.2重量%以下に調整し、該生コンスラッジを翌日以降のセメントの練混ぜ水として再使用することを特徴とする生コンスラッジの再使用方法
【請求項2】生コンが付着した装置を洗浄して得られたスラッジ水を、骨材分離槽に導いて骨材を分離して生コンスラッジとし、次いで生コンスラッジ貯留槽に導く工程において、洗浄水流出路から生コンスラッジ貯留槽に至るまでのいずれかの部位において、生コンスラッジの固形分濃度を20.2重量%以下に調整し、凝結遅延剤をスラッジ水中の水分に対し0.01〜0.3%の割合で添加し、該生コンスラッジを翌日以降のセメントの練混ぜ水として再使用することを特徴とする生コンスラッジの再使用方法。」(b)平成7年6月20日付け提出の全文訂正明細書の第2頁第13〜14行の「部位において・・・セメント」を「部位において、スラッジ水の固形分濃度を20.2重量%以下に調整して、凝結遅延剤を洗浄水に対し0.01〜0.3%の割合で添加して放置した後、該生コンスラッジを翌日以降のセメント」に訂正する。
(c)同第2頁の23行、第7頁の表の下から5行及び7頁の表の下から10行の「沈澱槽」を「貯留槽」にそれぞれ訂正する。
(d)同3頁下から4〜2行の「水200gを加え、ラボスターラー」を「水200gを加え、生コンスラッジ試験液を生成した。ラボスターラー」に訂正する。
(e)同7頁「実施例4」の3行目の「洗浄水をスラッジ分離槽に導き、」を「洗浄水を骨材分離槽に導き、」に訂正する。
なお、当該手続補正書では「訂正」の文言を使用しているが、「補正」の誤りであると認める。
1-2.「生コンスラッジ貯留槽」の意味について(1)当該手続補正書における「生コンスラッジ貯留槽」の定義の有無当該手続補正書の補正事項についてその要旨変更が問題となっている事項は、本件出願の当初の明細書(以下、「当初明細書」という)に記載された「スラッジ沈降槽」に替えて、新たに導入された「生コンスラッジ貯留槽」という事項であるから、この「生コンスラッジ貯留槽」の定義に関する記載の有無についてみると、本件当初明細書や平成7年6月20日付け及び平成9年1月22日付け手続補正書には、その定義に関する記載は一切なく、また当初明細書や手続補正書の全記載からみて、この「生コンスラッジ貯留槽」が「生コンスラッジ沈降槽」と同義とする記載や示唆もないと云える。
(2)本件発明の「生コンスラッジ貯留槽」の解釈そうすると、「生コンスラッジ貯留槽」については、その定義が何らなされていないから、「生コンスラッジ貯留槽」については、その文字どおりに解釈し、その解釈に基づいて本件発明の目的、構成及び効果を本件特許明細書の記載に則って合理的に把握することができる場合には、「生コンスラッジ貯留槽」の意味をそのとおりに解釈して差し支えないと云えるから、この観点から検討すると、先ず「生コンスラッジ貯留槽」を文字どおりに解釈すれば、生コンスラッジを「貯留」するための「槽」であり、「貯留」とは「水をためること。水がたまること」(甲第2号証参照)であるから、「生コンスラッジ貯留槽」は「生コンスラッジを貯める槽」と解釈するのが相当であると云える。
次に、「生コンスラッジ貯留槽」をこのように解釈して本件発明を把握した場合に、本件発明の目的、構成及び効果を本件特許明細書の記載に則して合理的に把握することができるか否かについて検討する。
本件発明の目的は、本件特許明細書に「本発明は、生コン・・・と接触する容器及び機器を洗浄する際に生じる廃水を、骨材を分離した後、セメントの物性を低下させることなくセメントの練混ぜとして再使用し、或いは効率よく固形分を分離処理する生コンスラッジの処理方法に関する。」(特許公報第2欄第7行乃至第13行)と記載されており、この記載に則れば、「生コンスラッジ貯留槽」の上記解釈は、この目的に何ら影響するものではないと云える。
また、本件発明の効果は、本件特許明細書に「本発明により、生コンを含む洗浄廃水をモルタルやコンクリートの物性を低下させることなくモルタルやコンクリートの練混ぜ水として再利用することができる。」(特許公報第8欄第24行乃至第26行)と記載されており、この記載に則れば、「生コンスラッジ貯留槽」の上記解釈は、この効果にも何ら影響するものではないと云える。
さらに、本件発明の構成について検討すると、本件発明は「生コンが付着した装置を洗浄するにあたり、0.01〜0.3%の凝結遅延剤を含む洗浄水で洗浄して得られたスラッジ水を、骨材分離槽に導いて骨材を分離して生コンスラッジとし、
次いで生コンスラッジ貯留槽に導く工程において、生コンスラッジの固形分濃度を20.2重量%以下に調整し、該生コンスラッジを翌日以降のセメントの練混ぜ水として再使用することを特徴とする生コンスラッジの再使用方法。」というものであるから、この構成中の「生コンスラッジ貯留槽」を「生コンスラッジを貯める槽」と解釈しても、本件発明の構成を何ら矛盾なく合理的に把握することができるし、またこのように本件発明を把握しても、そのような発明は、本件特許明細書に記載されたとおりに上記目的及び効果を達成することができるものであると認められる。
そうであるならば、本件発明において、その「生コンスラッジ貯留槽」については、当初明細書に記載の「スラッジ沈降槽」とは別異の、すなわちスラッジ沈降を必ずしも目的としない「生コンスラッジを貯める槽」と解釈すべきものとするのが相当であると認められる。
(3)審判請求人の「生コンスラッジ貯留槽」の解釈に関する主張審判請求人は、生コンスラッジの再使用方法の技術分野において、生コンスラッジを必ずしも沈降させない用途に使用されている「生コンスラッジ貯留槽」が現実に存在すると主張し、その証拠として甲第5号証を提出しているから、この甲第5号証について検討すると、甲第5号証は、「生コン回収水安定化再利用法リカバーシステム」という本件特許権者グレースケミカルス株式会社が発行したパンフレットであり、その表紙には「特許第2651537号」と本件特許登録番号が表示されているから、本件特許発明に基づいて作成された「説明書」と云えるものである。
そして、その最終頁には「リカバーシステムの実施例」として「リカバーシステム実施例-I1槽式」や「リカバーシステム実施例-II分割添加方式」、さらには「リカバーシステム実施例-III2槽式」及び「リカバーシステム実施例-III-スラッジ定濃度装置2槽式」が図示され、これら図示例の例えば「リカバーシステム実施例-I1槽式」と「リカバーシステム実施例-II分割添加方式」とを比較すると、両者は、「スラッジ沈降分離」機能の有無の点で明確に区別されることが明らかである。
すなわち、「リカバーシステム実施例-I1槽式」では、その説明や図示されたシステム図によれば、アジテータ車から回収された洗浄廃水は、2種の骨材分級機(骨材分離槽)に送られて骨材が分離され、得られたスラッジ水は洗浄回収水槽(生コンスラッジ貯留槽に相当)に送られていることが明らかである。またこの洗浄回収水槽については、その説明中で「洗浄回収水槽に貯留されたリカバー添加量0.1%〜0.3%の洗浄回収水が練混ぜ水として一定量消費されると、新たな洗浄水が補給され、」と明記されているから、この洗浄回収水槽では、凝結遅延剤(リカバー)が添加され、その洗浄回収水がそのまま練混ぜ水として再使用されていることも明らかである。そして、システム図によれば、洗浄回収水の再使用に際し、この洗浄回収水槽では、攪拌装置による攪拌によりスラッジと上澄水の分離を防止しながらスラッジ水と雨水/清水槽からの水との混合がなされ、この処理水が生コンクリートプラントへ送られて再使用されていることも明らかであるから、上記「洗浄回収水槽」は、「生コンスラッジ貯留槽」に相当すると云えるとしても、
生コンスラッジの沈降を目的とするものではない。
一方、「リカバーシステム実施例-II分割添加方式」では、その説明や図示されたシステム図によれば、「洗浄水槽」では、撹拌装置の撹拌を定期的に停止して「沈降分離を行ない」と明記され、また水槽下部の高濃度回収水を回収水槽に移送すると明記されているから、上記「洗浄水槽」は、生コンスラッジを一時貯留する「スラッジ貯留槽」であってかつスラッジを沈降分離するための「スラッジ沈降槽」とも云えるものである。
してみると、甲第5号証に関する以上の事実によれば、「生コンスラッジ貯留槽」は、生コンスラッジの沈降分離の目的だけに供されるものではないと云えるから、この「生コンスラッジ貯留槽」の上記解釈は、甲第5号証の証拠によっても裏付けられていると云える。
(4)被請求人の「生コンスラッジ貯留槽」の解釈に関する主張また、被請求人も、本件発明の「生コンスラッジ貯留槽」の解釈に関し、先の特許異議申立て事件の特許異議意見書や本件無効審判事件の口頭審理後に提出された上申書において、次のとおり主張している。
「この記載は従来技術であるが、この記載からスラッジ沈降槽には以下の2つの機能があると判断される。第一はセメントと水を含有するスラッジを貯留し、スラッジを沈降させ、沈降させたスラッジを濃縮脱水して廃棄する。第二は新しいセメントの練り水として使用する。その際、セメントに対しスラッジ固形分3%までなら配合できる。
第一の方法はセメントを分離するための沈降槽として使用しているため沈降槽或いは沈澱槽の表現が適した用語である。
第二の方法はスラッジ固形分を新しいセメントの練り水として使用するのであるから沈降或いは沈澱させる必要がなく使用するまでの間の貯留であり、貯留槽の表現が適している。本発明はこの第二の方法を更に発展させたものである。」(平成11年1月25日付け特許異議意見書(資料6)第3頁第16行乃至第25行)「原明細書では「装置に付着した生コンまたは生コンを含む洗浄廃水中に含有されるセメント成分は水和反応途上にあり、未だ水和反応が完結していなことに着眼し、凝結遅延剤を添加することにより、水硬性を維持せしめ、水和反応完結以前にセメントの練り水として再使用するものである」(3頁左上欄)とされていて、別段沈降が必須の工程ではない。むしろ、上澄水及びセメントスラッジはいずれも練り水として再使用できることが明記されている(2頁右上欄〜左下欄)。換言すれば、水収支等の工程管理上の都合で沈降を経由することはあり得るが、いずれか一方が練り水に不適で沈降によりそれを除いているわけではない。」(口頭審理後に提出された平成13年3月26日付け「審判事件上申書」第2頁下から第11行乃至第3行)以上の被請求人の主張によれば、被請求人自身も、本件発明の「生コンスラッジ貯留槽」については「スラッジ沈降槽」に限ったものではなく、スラッジ沈降を目的としない「貯留槽」をも意味することを認めていることが明らかである。
(5)「生コンスラッジ貯留槽」の意味に関する結論してみると、本件発明の「生コンスラッジ貯留槽」の意味については、両当事者の上記主張にも鑑み、これを文字どおりに解釈して、スラッジ沈降を必ずしも目的としない「生コンスラッジを貯める槽」と解釈するのが相当であると認められる。
1-3.本件当初明細書の記載との関係(1)そうすると、次に検討すべきことは、上記意味合いの「生コンスラッジ貯留槽」が本件当初明細書に記載されているか否か、また本件当初明細書の記載からこの「生コンスラッジ貯留槽」が自明の事項として把握することができるか否かということに尽きるから、本件当初明細書の記載の中から「生コンスラッジ貯留槽」に関連する記載を摘示して検討すると、次のとおりである。
(a)「生コンが付着した装置の洗浄廃水を、骨材分離層に導いて骨材を分離し、
次でスラッジ沈降槽に導いてスラッジを分離する工程において、洗浄水に、或いは洗浄水流出路からスラッジ沈降槽に至るまてのいずれかの部位において凝結遅延剤を水に対し0.01〜0.3%の割合で添加して放置した後、該生コンスラッジをセメントの練り水として再使用することを特徴とする生コンスラッジの再使用方法。」(第1頁左欄特許請求の範囲の項)この記載によれば、当初明細書で請求されている発明はスラッジ沈降槽とその槽内でのスラッジの沈降分離工程を必須の構成とするものであるから、この記載から、沈降分離を目的としない「生コンスラッジ貯留槽」を想起することはできない。
(b)「洗浄に際して骨材やセメントスラッジを含有する廃水が流出するが、この廃水を未処理で放流することはできない。特に大量の固形物からなるスラッジ成分は除去しなければならない。そのため、先ず骨材分離槽に導いて大型の骨材を分離した後、セメント成分を含む廃水をスラッジ沈降槽に導きスラッジを沈降させている。このスラッジは濃縮脱水して廃棄する方法、或いは新しいセメントの練り水と混ぜて使用する方法などが採用されている。JIS規格によれば、セメントに対しスラッジ固形分3%までなら配合することが許容されている。」(「従来の技術」の項、第1頁右欄第9行乃至第20行)この記載によれば、セメント成分を含む廃水をスラッジ沈降槽に導きスラッジを沈降させて得られた「このスラッジ」が練り水と混ぜて再使用されるという従来技術が紹介されているだけであるから、この記載から、沈降分離を目的としない「生コンスラッジ貯留槽」を想起することはできない。
(c)「本発明は上記課題を解決することを目的とし、その構成は、・・・骨材を分離し、次でスラッジ沈降槽に導いてスラッジを分離する工程において・・・該生コンスラッジをセメントの練り水として再利用することを特徴とする。」(「課題解決の手段」の項、第2頁上段左欄第15行乃至右欄第4行)(d)「上水はセメント成分がほとんど沈降することなく残っているため濁っている。次いで上水をスラッジ沈降槽に導入し放置する。この場合、セメント成分は徐々に沈降し、上澄水とセメントスラッジとに分離する。この生コンスラッジ及び上澄水を次回のフレッシュコンクリートの練混ぜ水として使用するが・・・セメントスラッジと上澄水の全部または一部を練混ぜ水として使用することもできる。」(第2頁上段右欄第14行乃至下段左欄第3行)これら(c)及び(d)の記載によれば、当初明細書に記載の発明は、スラッジ沈降槽とその槽内でのスラッジの沈降分離工程を前提としたものであるから、これら記載からも、沈降分離を目的としない「生コンスラッジ貯留槽」を想起することはできない。
(2)また、当初明細書の「実施例」に関する記載を摘示して検討すると、次のとおりである。
(e)「実施例1ポルトランドセメント30gに水200gを加え、ラボスターラー中で1日1回撹拌して3日間経過後のスラッジの高さ(mm)を測定して第1表に示した。なお、水面の高さは100mmであった。・・・第2表に示したスラッジを固形分としてセメントに対し3%になるように添加し、・・・その際のフロー値及び1日、7日及び28日後の圧縮強度を測定して第2表に示した。」(実施例の項、第3頁上段右欄第10行乃至下段右欄第5行)(f)「実施例2アジテーター車1台の洗浄を仮定して試験を行った。・・・スラッジ250g、グルコン酸ソーダ2.0gに第3表のに示す量の水を加え1日及び5日放置後のスラッジの状態を第3表に示した。沈降したスラッジの嵩が小さく、撹拌すると粉体がさらさらと流動する場合は・・・活性を有している。嵩高で、撹拌すると重く流動しがたい場合は・・・活性を喪失している。・・・軽く撹拌すれば一層明瞭に判別できる。」(第4頁上段左欄第4行乃至第20行)これら(e)及び(f)の記載によれば、凝結遅延剤の添加によるスラッジ状態やモルタルのフロー値、圧縮強度等の影響について知り得るだけであるから、これら記載から、沈降分離を目的としない「生コンスラッジ貯留槽」を想起することはできない。
(g)「実施例3JISA5308付属書9に準拠して、スラッジ固形分濃度4.5%のスラッジ水を用い、第4表に示した濃度のグルコン酸ソーダを添加した水を練混ぜとして使用した場合に、得られたフレッシュコンクリートの凝結に与える影響を調べ第4表に示した。・・・※1:約半量の上澄水を放流した後のスラッジ水を用いた。」(第4頁上段右欄下から第9行乃至下段左欄下から第8行)この記載によれば、グルコン酸ソーダの濃度と凝結時間のずれとの関係について知り得るだけであるから、この記載からも、沈降分離を目的としない「生コンスラッジ貯留槽」を想起することはできない(h)「実施例4工場に帰ったアジテーター車のドラム内をグルコン酸ソーダ0.2kgを水1000lに溶かした水(グルコン酸ソーダとして0.02%溶液)で洗浄した。洗浄水をスラッジ分離槽に導き、骨材を分離した後スラッジ沈降槽に導入した。・・・なお、本実施例においては上澄水の一部が流出したため、スラッジの固形分の濃度は約7重量%であった。
実施例5グルコン酸ソーダをアジテーター車の洗浄水でなくスラッジ沈降槽に、・・・添加した以外は実施例3と同様に実験を行った。・・・本実施例においても上澄水の一部が流出したため、スラッジの固形分濃度は約7.1重量%であった。
実施例6ドラム内をグルコン酸ソーダ0.2kgを水2000lに溶かした水(グルコン酸ソーダとして0.1%溶液)で洗浄した以外は実施例3と同様に実験を行った・・・本実施例においては上澄水のかなりの部分が流出したため、スラッジの固形分の濃度は約20.2重量%であった。」(第4頁下段左欄下から第7行乃至下段右欄第19行)この記載は、実施例4乃至実施例6に関するものであるが、この記載中の「実施例4」は、スラッジ沈降槽での沈降分離を前提とするものである。また実施例5及び実施例6は、実施例3を引用した記載になっているが、この記載に関し、被請求人は、平成13年3月26日付け「審判事件上申書」において、「実施例5以降では実施例3が参照されているところ、・・・ここでの引用実施例番号は誤っていた。・・・実施例5以降で参照すべき先行実施例は実施例4以外ではあり得ない。」(第3頁第10行乃至第15行)と主張しており、またこの主張は妥当なものであるから、実施例5及び実施例6もスラッジ沈降槽での沈降分離を前提とするものであると云える。
してみると、当初明細書に記載の実施例4乃至実施例6も「スラッジ沈降槽」を前提としたものであるから、この記載からも、沈降分離を目的としない「生コンスラッジ貯留槽」を想起することはできない。
1-4.要旨変更の有無に関する結論以上のとおり、本件当初明細書に記載の発明及びその実施例は、すべて「スラッジ沈降槽」やその槽内での「生コンスラッジ沈降分離工程」を前提とする「生コンスラッジの再使用方法」であり、本件当初明細書のその余の記載にも、スラッジの沈降を目的としない、いわゆるスラッジを貯める目的の「生コンスラッジ貯留槽」や、生コンスラッジを貯めた状態のまま沈降分離処理しないで再利用する解決手段については何ら記載又は示唆すらされておらず、またこのような「生コンスラッジ貯留槽」が本件当初明細書の記載から自明な事項であるとする何らの根拠も見当たらない。
したがって、平成9年1月22日付けの手続補正書による補正は、願書に添付した明細書の要旨を変更するものであると認めるのが相当である。
1-5.被請求人の主張に対して被請求人は、要旨変更の有無に関し、口頭審理の結果を踏まえその後に提出された平成13年3月26日付け「審判事件上申書」において、次のとおり主張しているから、以下、これら被請求人の主張に対し検討する。
(1)被請求人は、「審判事件上申書」において、「請求人は、補正後の「貯留槽」なる語は「沈降槽」及び「撹拌槽」の両者を包含する概念であるところ、
(i)「沈降槽」には撹拌機構が具備されていない点で「撹拌槽」と相違し、且つ(ii)撹拌機構が具備されていれば沈降は生じない旨を前提としている。乙第2号証(特開昭62-204867号公報)及び乙第3号証(「化学工学便覧」第898頁乃至第911頁、昭和43年5月10日、丸善株式会社)により、この前提自体がいずれも誤っていることを示す。即ち、乙第2号証実施例1の<スラッジ水の濃縮>には、『シックナ20では撹拌機20aによりスラッジ分を強制沈降させ』(下線、被請求人)とあり、第2図でも20シックナに明らかに撹拌装置が設けられている。さらに乙第3号証によれば、沈澱濃縮を目的とするシックナー等の具体的構成では、図示された全てにおいて攪拌機が設けられている。従って、まず(i)は明らかに誤りである。一方、乙第2号証ではシックナ20だけでなく、貯水槽28、濃度調整槽30でも同じく撹拌機による強制沈降がなされている。即ち、撹拌操作は沈降を必ずしも防止するものではなく、設定条件によっては沈降促進することさえある。従って、(ii)も誤りである。
このように上記両槽は明確に区分できる概念ではなく、積極的に撹拌機構を具備し、沈降分離を目的とする「沈降槽」が現実に存在する。」(第1頁下から第2行乃至第3頁15行)と主張している。
しかしながら、当該手続補正書による補正が要旨変更であるか否かの判断は、
「生コンスラッジ貯留槽」が当初明細書に記載されているか否か、又は当初明細書の記載から自明な事項であるか否かについてなされるのであり、「生コンスラッジ沈降槽」が撹拌機構を具備するか否か、そのような「生コンスラッジ沈降槽」が現実に存在するか否かについてなされるのではない。
また、仮に、被請求人の主張のとおり、当初明細書の「スラッジ沈降槽」が撹拌機構を具備しこの撹拌機構により強制沈降がなされていることが立証されたとしても、それは依然として沈降分離を目的とした「スラッジ沈降槽」について根拠付けるだけであり、当初明細書に沈降分離を目的としない「生コンスラッジ貯留槽」が記載されていることを立証するものではない。
したがって、被請求人の上記(1)の主張は採用することができない。
(2)被請求人は、「審判事件上申書」において、「原明細書では「装置に付着した生コンまたは生コンを含む洗浄廃水中に含有されるセメント成分は水和反応途上にあり、未だ水和反応が完結していなことに着眼し、凝結遅延剤を添加することにより、水硬性を維持せしめ、水和反応完結以前にセメントの練り水として再使用するものである」(3頁左上欄)とされていて、別段沈降が必須の工程ではない。むしろ、上澄水及びセメントスラッジはいずれも練り水として再使用できることが明記されている(2頁右上欄〜左下欄)。換言すれば、水収支等の工程管理上の都合で沈降を経由することはあり得るが、いずれか一方が練り水に不適で沈降によりそれを除いているわけではない。」(第2頁第19行乃至第27行)と主張している。
しかしながら、被請求人が摘示する当初明細書(甲第1号証)の「3頁左上欄」には、「作用」の概要として、凝結遅延剤の添加による「作用」が記載されているだけであって、本件発明の「骨材分離槽に導いて骨材を分離し、・・・する工程において、」等の前提すら記載されていないから、この記載に「沈降槽」の記載がないからといって「別段沈降が必須の工程ではない」と決め付けることは妥当ではない。
また、被請求人は、当初明細書の「2頁右上欄〜左下欄」の記載を根拠に、当初明細書には、上澄水及びセメントスラッジはいずれも練り水として再使用できると明記されており、しかもこの一方を沈降分離で除いているわけではないと主張している。
しかしながら、当初明細書の「2頁右上欄〜左下欄」の記載を詳細に検討すると、そこには「上水はセメント成分がほとんど沈降することなく残っているため、
濁っている。次いで上水をスラッジ沈降槽に導入し放置する。この場合、セメント成分は徐々に沈降し、上澄水とセメントスラッジとに分離する。」(第2頁上段右欄第14行乃至第18行)と記載されており、この記載によれば、上記「2頁右上欄〜左下欄」の記載内容は、「スラッジ沈降槽」での上水の沈降分離を前提とするものであり、そして「上澄水」はセメント成分の沈降分離により生じるものであることが明らかであるから、「上澄水」と「セメントスラッジ」の一方を「沈降分離」で除いているわけではないとする被請求人の上記主張は、当初明細書の上記記載内容と矛盾するものであり、何ら根拠がない。
したがって、被請求人の上記(2)の主張も採用することができない。
(3)被請求人は、「審判事件上申書」において、「実施例においてスラッジ沈降操作が含まれていたのは、以下の理由による。1m3のコンクリートには、典型的には300kgのセメントと160l程度の水が配合される。ここにJISで許容されるセメントに対し3%のスラッジ固形分(9kg)を添加する(特許掲載公報第3欄10〜13行)ためには、スラッジ水の固形分濃度がある程度以上でないとスラッジ水だけで160lを超えてしまう。このような関係で従来は上澄水を除く処理がむしろ通例であり、発明者はその線に沿って実験した。
その結果得られた本件特許発明では、特許掲載公報第4欄27‐29行記載のとおり「アジテーター車の洗浄水に予め配合する場合は、比較的少量の洗浄水で洗浄することができる」旨の効果が得られた。このため固形分濃度がある程度大きいスラッジ水が得られ、必ずしも沈降を要さなくなったのである。」(第2頁下から第2行乃至第3頁第9行)と主張している。
しかしながら、被請求人の引用する特許公報第4欄第27行乃至第29行の記載は、「凝結遅延剤を添加する部位」に関するものであり、この「凝結遅延剤を添加する部位」と「生コンスラッジ貯留槽」が明細書の要旨を変更するか否かの判断とは直接的な関係がないと云うべきであるから、被請求人の上記主張は当を得たものではない。
因みに、被請求人が引用する記載箇所について検討すると、その引用箇所は凝結遅延剤を洗浄水に配合する場合に関するものであるが、当初明細書に記載の発明や本件発明では、「凝結遅延剤を添加する部位」がアジテーター車の洗浄水に限定されるものではなく、上記引用箇所に続く記載をみれば、その「凝結遅延剤を添加する部位」に関する記載ぶりは、「また、通常の水で洗浄し、洗浄水が骨材分離槽に流入する流路、骨材分離槽、スラッジ分離槽に流入する流路或いはスラッジ分離槽のいずれでもよく、」というものであるから、このような任意選択的な記載内容から「このため固形分濃度がある程度大きいスラッジ水が得られ、必ずしも沈降を要さなくなったのである。」と決め付けることは何ら根拠がない。
したがって、被請求人の上記(3)の主張も採用することができない。
2.無効理由(1)の特許法第29条第2項違反について2-1.本件特許出願の出願日以上の判断によれば、平成9年1月22日付け手続補正書による補正は、明細書の要旨を変更するものであると認められるから、本件特許出願は、特許法等の一部を改正する法律(平成5年法律第26号)附則第2条第2項の規定により、なお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第40条の規定に基づき、上記手続補正書を提出した時の平成9年1月22日にしたものとみなす。
2-2.甲第1号証の記載内容甲第1号証の第1頁特許請求の範囲の欄には、「生コンが付着した装置の洗浄廃水を、骨材分離層(この「層」は「槽」の誤りであると認める)に導いて骨材を分離し、次でスラッジ沈降槽に導いてスラッジを分離する工程において、洗浄水に、
或いは洗浄水流出路からスラッジ沈降槽に至るまでのいずれかの部位において凝結遅延剤を水に対し0.01〜0.3%の割合で添加して放置した後、該生コンスラッジをセメントの練り水として再使用することを特徴とする生コンスラッジの再使用方法。」が記載され、また、第4頁の「実施例4乃至実施例6」の項には、その具体例として「実施例4工場に帰ったアジテーター車のドラム内をグルコン酸ソーダ0.2kgを水1000lに溶かした水(グルコン酸ソーダとして0.02%溶液)で洗浄した。洗浄水をスラッジ分離槽に導き、骨材を分離した後スラッジ沈降槽に導入した。3日放置後も未硬化であったが、7日放置後は一部硬化していた。なお、本実施例においては上澄水の一部が流出したため、スラッジの固形分の濃度は約7重量%であった。
実施例5グルコン酸ソーダをアジテーター車の洗浄水でなくスラッジ沈降槽に、・・・添加した以外は実施例3と同様に実験を行った。1日、3日および7日放置後も未硬化であった。本実施例においても上澄水の一部が流出したため、スラッジの固形分濃度は約7.1重量%であった。
実施例6ドラム内をグルコン酸ソーダ0.2kgを水2000lに溶かした水(グルコン酸ソーダとして0.1%溶液)で洗浄した以外は実施例3と同様に実験を行った。1日、3日および7日放置後も未硬化であった。本実施例においては上澄水のかなりの部分が流出したため、スラッジの固形分の濃度は約20.2重量%であった。」と記載されている。
これら記載の特に「実施例4」の記載に徴すれば、甲第1号証に記載の「生コンスラッジの再使用方法」も、「生コンが付着した装置を洗浄する」ものであり、その洗浄は「凝結遅延剤を溶かした水(グルコン酸ソーダとして0.02%溶液)」で洗浄しており、その後洗浄水はスラッジ分離槽やその後スラッジ沈降槽に導かれていることが明らかである。また実施例4乃至実施例6には、スラッジ固形分濃度が「約7重量%、約7.1重量%及び約20.2重量%」の値が示されているから、甲第1号証に記載の「生コンスラッジの再使用方法」でも「生コンスラッジの固形分濃度を20.2重量%以下に調整」していると云えるから、これら実施例4乃至実施例6の記載と特許請求の範囲の記載とを総合すれば、甲第1号証には「生コンが付着した装置を洗浄するにあたり、0.01〜0.3%の凝結遅延剤を含む洗浄水で洗浄して得られたスラッジ水を、スラッジ分離槽(骨材分離槽に相当)に導いて骨材を分離して生コンスラッジとし、次いで生コンスラッジ沈降槽に導く工程において、生コンスラッジの固形分濃度を20.2重量%以下に調整し、該生コンスラッジをセメントの練混ぜ水として再使用することを特徴とする生コンスラッジの再使用方法。」の発明(以下、「甲第1発明」という)が記載されていると云える。
2-3.対比・判断そこで、本件発明と甲第1発明とを対比すると、両者は、「生コンが付着した装置を洗浄するにあたり、0.01〜0.3%の凝結遅延剤を含む洗浄水で洗浄して得られたスラッジ水を、骨材分離槽に導いて骨材を分離して生コンスラッジとする工程において、生コンスラッジの固形分濃度を20.2重量%以下に調整し、該生コンスラッジをセメントの練混ぜ水として再使用することを特徴とする生コンスラッジの再使用方法。」の点で一致し、次の点で一応相違していると云える。
(イ)本件発明は、骨材を分離した生コンスラッジを「生コンスラッジ貯留槽に導く工程」を有するのに対し、甲第1発明は、「生コンスラッジ沈降槽に導く工程」を有する点、
(ロ)本件発明は、生コンスラッジを「翌日以降のセメント」の練混ぜ水として再使用するのに対し、甲第1発明は、いつのセメントに再使用するか明らかでない点次に、これら相違点について検討する。
相違点(イ)について本件発明の「生コンスラッジ貯留槽」の意味は、上述したとおり、スラッジ沈降を必ずしも目的としない「生コンスラッジを貯める槽」であり、そして、この意味合いの「生コンスラッジ貯留槽」は、その槽内で放置してスラッジを沈降させる「スラッジ沈降槽」としての機能と、撹拌等によりスラッジ沈降を抑制した状態でスラッジを貯めるための、いわゆる「スラッジを貯める槽」としての機能とを有すると解することができるところ、「生コンスラッジ貯留槽」が「スラッジ沈降槽」の機能として使用される場合には、両者は、この点で実質的な差異はないと云える。
相違点(ロ)について甲第1号証の特に実施例4乃至実施例6には、生コンスラッジが3日及び7日放置後でも未硬化であることが示されているから、この生コンスラッジの性能を考慮すれば「翌日以降のセメント」の練混ぜ水として再使用することは当業者であれば容易に想到することができたと云える。
してみると、本件発明は、甲第1号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとするのが相当であると云える。
VI.むすび以上のとおり、本件請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、他の無効理由について検討するまでもなく、本件発明の特許は、同法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
平成13年9月6日
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利