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関連審決 不服2000-5909
関連ワード 創作性(創作) /  物の発明 /  製造方法 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明特定事項 /  相違点の認定 /  慣用技術 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  交換 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 432号 審決取消請求事件
原告A
被告 特許庁長官太田信一郎
同指定代理人 涌井幸一
同 長島和子
同 田中弘満
同 大野克人
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/07/09
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が不服2000-5909号事件について平成14年7月8日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成9年4月14日,発明の名称を「空気清浄機能付き水洗トイレタンク」とする発明につき特許出願(平成9年特許願129100号。この出願を「本件出願」といい,同出願に係る発明を「本願発明」という。)をした。上記特許出願について,特許庁は,平成12年2月21日付けで特許を拒絶すべき旨の査定(以下「本件拒絶査定」という。)をした(甲3,8,弁論の全趣旨)。
(2) 原告は,本件拒絶査定を不服として,平成12年3月21日,審判請求(以下「本件審判請求」という。)をするとともに,同日付けで手続補正の申立て(以下「本件手続補正」という。)をした。特許庁は,本件審判請求事件を不服2000-5909号事件として審理し,平成14年7月8日,本件手続補正を却下する旨の決定(以下「本件補正却下決定」という。)をするとともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」をし,本件補正却下決定及び本件審決の謄本はいずれも同月28日に原告に送達された(甲1,2,4,弁論の全趣旨)。
2 本願発明の要旨は,次のとおりである(甲3)。
【請求項1】 水洗トイレのタンクをフィルターに用い,タンク内の水洗用水を通った新鮮な空気を,建物内に循環させる事を特徴とする空気清浄機能付き 水洗トイレタンク。
3 本件手続補正は,本願発明の名称を「換気機能付き水洗トイレタンク」に変更し,特許請求の範囲減縮することを目的とするものであるところ,本件手続補正による補正後の本願発明(以下「本願補正発明」という。)の要旨は,次のとおりである(甲4)。
【請求項1】 水洗トイレのタンク内用水に建物外部から空気を取り入れ,外気中に含まれるチリ・ホコリ等をタンク内用水に吸着させ取り除いて室内に循 環させる事を特徴とする換気機能付き水洗トイレタンク。
4 本件補正却下決定及び本件審決の理由の要旨 (1) 本件補正却下決定の要旨(甲1) ア 本願補正発明は,次に述べるとおり,その出願前に頒布された特開昭61-18417号公報(甲5。以下「刊行物1」という。)及び実願平5-75451号(実開平7-42821号公報)のCD-ROM(平成7年8月11日発行。甲6。以下「刊行物2」という。)記載の発明等に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
(ア) 本願補正発明と刊行物1記載の発明を対比すると,両者は「タンク内 用水に空気を取り入れ,空気中に含まれるチリ・ホコリ等をタンク内用水に吸着させ取り除いて室内に循環させるタンク」であるという点で一致し,@チリ・ホコリ等を吸着させ取り除くものとして,本願補正発明は,水洗トイレのタンク内用水を用いているのに対し,刊行物1記載の発明は,タンク内用水を用いていない点(以下「相違点1」という。),Aチリ・ホコリ等を除去する空気が,本願補正発明では建物外部から取り入れる外気であるのに対し,刊行物1記載の発明ではそのようになっていない点(以下「相違点2」という。)の2点で相違する。
(イ) 空気中の臭気を水洗トイレのタンク内用水で取り除くことは,刊行物2に記載されており,当該技術を刊行物1記載の発明に適用し,本願補正発明の上記相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到できたことである。
また,刊行物1には,刊行物1記載の発明のタンクが,ビル空調用などに用いられることが示唆されており,ビル空調用であれば,外気を導入することは慣用された技術であるから,刊行物1記載の発明における空気を外気とすることは,当業者が容易に想到できたことである。
(ウ) そして,本願補正発明の構成によってもたらされる効果も,刊行物1及び2記載の各発明及び慣用技術から当業者が容易に予測し得る程度のものである。
イ したがって,本件手続補正は,特許法17条の2第5項で準用する同法126条4項に規定する要件を満たしていないので,不適法である。
(2) 本件審決の理由の要旨(甲2) ア 本件手続補正は,却下されたので,本願発明は,前記2記載の請求項1に記載された事項により特定されたものと認められる。
イ 本願発明は,次に述べるとおり,出願前に頒布された刊行物1及び2記載の各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(ア) 本願発明と刊行物1記載の発明を対比すると,両者は「タンクをフィ ルターに用い,タンク内の水を通った新鮮な空気を,建物内に循環させる空気清浄機能付きタンク」であるという点で一致し,フィルターに用いるタンクを,本願発明では水洗トイレのタンクとしているのに対し,刊行物1記載の発明ではそのようになっていない点で相違している。
(イ) 水洗トイレのタンクをフィルターとして用いることは,刊行物2に記載されており,当該技術を刊行物1記載の発明に適用し,本願発明の上 記相違点に係る構成とすることは,当業者が容易に想到できたことである。
(ウ) そして,本願発明の構成によってもたらされる効果も,刊行物1及び2記載の各発明から当業者が容易に予測し得る程度のものである。
当事者の主張
(原告の主張) 1 取消事由1(本件拒絶査定の特許法50条違反の看過) (1) 特許法50条は,審査官は,拒絶すべき旨の査定をしようとするときは,特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない旨規定している。
(2) 本件出願について,担当審査官は,原告に対し,平成11月8月18日付けで拒絶理由通知を発したが,同通知書には,「刊行物1等の水を通った新鮮な空気を,建物内に循環させる空気清浄機において,該水に水洗トイレのタンク内の水を用いた点は,刊行物2等記載の事項に基づいて,当業者が格別困難なく発明できたものと認められる。」旨の理由が記載されていた。これに対し,本件拒絶査定においては,原告が提出した意見書に対する見解として,「空気清浄機のタンクを水洗トイレのタンクに結び付けることは,従来から水洗トイレのタンクを空気清浄(脱臭)のために用いることが行われているのであるから,当業者が格別困難なく想到できたものと認められる」旨の記載がされている。
(3) 本件拒絶査定の上記見解は,上記拒絶理由通知で示された拒絶の理由を変更するものであるから,担当審査官は,この点に関し原告に意見を述べる機会を付与すべきであった。
しかるに,担当審査官は,原告に対し上記意見を述べる機会を与えずに本件拒絶査定をしたものであり,本件拒絶査定は特許法50条に違反するものである。
本件拒絶査定の上記違法を看過した本件審決は違法である。
2 取消事由2(本件補正却下決定の違法性と本件審判請求の対象となる発明の要旨の認定の誤り) (1) 本願補正発明と刊行物1記載の発明の一致点が前記第2の4(1)ア(ア)に記載 のとおりであり,両発明が同4(1)ア(ア)記載の相違点1,相違点2で相違することは,本件補正却下決定に認定されたとおりであるが,両発明には他にも相違点がある。
すなわち,本願補正発明と刊行物1記載の発明は,@前者が,フィルター交換の手間を省き,資源の有効活用を可能にすることを課題にしているのに対し,後者は従来の空気清浄機のフィルターのコストをおさえることを課題としている点,A前者が,上記課題の解決策として空気清浄機のフィルター部分にトイレタンクを使うことで,フィルター交換の手間なしに,建物内へきれいで新鮮な空気を取り入れることを可能にし,また,フィルターの代用として用いる水洗タンク内の水は,便器洗浄に使用しているため,資源の有効活用を可能にするという効果を有しているが,後者がこのような効果を有しない点,の各点でも相違している。
本件補正却下決定は,この相違点を看過して,本願補正発明が,その出願前に頒布された刊行物1及び2記載の各発明及び慣用技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたと判断したものであり,この判断はその前提を誤るものである。
(2) 仮に上記主張が認められないとしても,本願補正発明は,その出願前に頒布された刊行物1及び2記載の各発明及び慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとした本件補正却下決定の判断は,容易想到性に関する判断を誤るものである。
(3) 上記のとおり,本件補正却下決定の判断は誤りであり,本願発明につき本件手続補正は認められるべきである。したがって,本件手続補正が認められないことを前提にした本件審決は,本件審判請求の対象となる発明の要旨の認定を誤ったものというべきである。
3 取消事由3(本願発明と刊行物1記載の発明の相違点の看過) 本願発明と刊行物1記載の発明の一致点は前記第2の4(2)イ(ア)に記載のとお りであり,両発明には同4(2)イ(ア)記載の相違点があるが,両発明には他にも相 違点がある。
すなわち,本願発明と刊行物1記載の発明は,@前者がチリ,ホコリ等を除去する空気が建物外部から取り入れる外気であるのに対し,後者はそのようになっていない点,A前者が,フィルター交換の手間を省き,資源の有効活用を可能にすることを課題にしているのに対し,後者は従来の空気清浄機のフィルターのコストをおさえることを課題としている点,B前者が,上記課題の解決策として空気清浄機のフィルター部分にトイレタンクを使うことで,フィルター交換の手間なしに,建物内へきれいで新鮮な空気を取り入れることを可能にし,また,フィルターの代用として用いる水洗タンク内の水は,便器洗浄に使用しているため資源の有効活用を可能にするという効果を有しているのに対し,後者はこのような効果を有しない点,の各点でも相違している。
本件審決は,これらの相違点を看過して,本願発明はその出願前に頒布された刊行物1及び2記載の各発明及び慣用技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたと判断したものであり,この判断はその前提を誤るものである。
4 取消事由4(容易想到性の判断の誤り) 本願発明はその出願前に頒布された刊行物1及び2記載の各発明及び慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと判断した本件審決の判断は,容易想到性の判断を誤るものである。
(被告の反論) 1 取消事由1(本件拒絶査定の特許法50条違反の看過)について 取消事由1に関する主張は争う。
2 取消事由2(本件補正却下決定の違法性と本件審判請求の対象となる発明の要旨の認定の誤り)について (1) 本件補正却下決定においては,本願補正発明と刊行物1記載の発明の構成を対比して一致点,相違点を認定しているものであって,発明の奏する効果について一致点,相違点の認定をしているものではなく,原告の主張するような相違点の看過はない。
なお,発明の効果については,本件補正却下決定において,「本願補正発明の構成によってもたらされる効果も,刊行物1及び2記載の各発明及び慣用技術から当業者が容易に予測しうる程度のものである」との判断を行っているものであり,この判断に誤りがないことについては,後記(2)記載のとおりである。
したがって,本件補正却下決定の進歩性に関する判断について,その前提を誤るものであるとする原告の主張は理由がない。
(2) 本願補正発明はその出願前に頒布された刊行物1及び2記載の各発明及び慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたということができ,この点に関する本件補正却下決定の判断に誤りはない。
本願補正発明の効果についていえば,次のとおりである。
すなわち,本願補正発明の効果は,「フィルター交換の必要なしに,建物内への,きれいで,新鮮な外気の取り入れが可能であり,更に,フィルターの代用として用いる水洗トイレのタンク内用水は,便器洗浄に使用している為,資源の有効活用をも可能にしている」という点にある。一方,刊行物1記載の発明は,従来技術では,清浄な空気を得るためにフィルターを使用していたのを,フィルター交換の必要なしに清浄な空気を取り入れることを可能したものであり,この点で本願補正発明と共通の効果を有しており,その空気を外気とすることは,慣用技術を適用して達成し得るものである。また,水洗トイレタンク内用水を空気中の不要物の除去に用いることは,刊行物2に記載されており,刊行物2記載の発明は,フィルターの交換の必要なしに資源の有効活用を可能にしている。したがって,本願補正発明は,刊行物1及び2記載の各発明及び慣用技術から生じる効果の総和以上の格別の効果を有するものとはいえない。
また,原告主張の課題の相違点は,効果の相違に関して上記に述べたところと同様,本願補正発明の進歩性を基礎付けるような格別のものではない。
3 取消事由3(本願発明と刊行物1記載の発明の相違点の看過)について 本願発明に係る請求項1の記載は,「水洗トイレのタンクをフィルターに用い,タンク内の水洗用水を通った新鮮な空気を,建物内に循環させる事を特徴とする空気清浄機能付き水洗トイレタンク」というものであり,原告が主張する各相違点のうち,「本願発明がチリ・ホコリ等を除去する空気が建物外部から取り入れる外気であるのに対し,刊行物1記載の発明はそのようになっていない点」((原告の主張)3の@)は,上記請求項1には記載されていない事項であって,原告のこの点に関する主張は上記請求項1の記載に基くものではなく,許されない。
本件審決においては,本願発明と刊行物1記載の発明の構成を対比して一致点,相違点を認定しているものであって,両発明の奏する効果について一致点,相違点の認定をしているものではなく,(原告の主張)3のA,Bに記載のような相違点の看過はない。
したがって,本件審決の進歩性に関する判断がその前提を誤るものであるとする原告の主張は,理由がない。
なお,発明の効果については,本件審決において,「本願発明の構成によってもたらされる効果も,刊行物1及び2記載の各発明から当業者が容易に予測しうる程度のものである」との判断を行っているものであり,この判断に誤りがないことについては,後記4に説明するとおりである。
4 取消事由4(容易想到性の判断の誤り)について 本願発明はその出願前に頒布された刊行物1及び2記載の各発明及び慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたということができ,この点に関する本件審決の判断に誤りはない。
本願発明の効果についていえば,次のとおりである。
すなわち,本願発明の効果は,「フィルター交換の必要なしに,建物内への,きれいで,新鮮な空気の取り入れが可能で,更に,フィルターの代用として用いる水洗タンク内の洗浄用水は,便器洗浄に使用している為,資源の有効活用をも可能にしている」という点にあるが,当該効果が進歩性を基礎付けるものかどうかに関しては,外気の点を除いて,前記2(2)に記載のとおりである。
また,原告主張の課題の相違点は,効果の相違に関して上記に述べたところと同様,本願発明の進歩性を基礎付けるような格別のものではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件拒絶査定の特許法50条違反の看過)について 証拠(甲7,8)によれば,前記第3の(原告の主張)1(2)の事実が認められる。
原告は,本件拒絶査定に示された原告の意見書に対する見解が,本件拒絶理由通知に示された拒絶の理由を変更するものであるというが,両者は同趣旨のものと解されるのであって,前者が後者を変更したものということはできない。 なお,刊行物2(甲6)記載の発明は,トイレ内に臭気が放散しないように,当該臭気を洗浄水中に直接放出するというものであり,トイレ内の臭気を含んだ空気を臭気を含まない空気とする性格を有するから,この点において,刊行物2記載の発明は,一種の空気清浄機能を有すると考えることができる。
原告の主張は,その前提を欠き,理由がない。
2 取消事由2(本件補正却下決定の違法性と本件審判請求の対象となる発明の要旨の認定の誤り)について (1) 本件補正却下決定は,本願補正発明と刊行物1記載の発明とを対比して,両者の一致点及び相違点1,2について,前記第2の4(1)ア(ア)記載のとおり 認定しているところ,両発明の一致点が上記認定のとおりであること,両発明に上記認定のとおり相違点1,2の相違があることは,当事者間に争いがない。
原告は,本願補正発明と刊行物1記載の発明とは,その効果に前記第3の(原告の主張)2(1)の@,A記載のとおりの相違があるので,本件補正却下決定の容易想到性の判断はその前提において誤っている旨主張する。
しかしながら,本件補正却下決定は,本願補正発明と刊行物1記載の発明の構成を対比して,その一致点及び相違点を認定し,当該相違点に係る構成が刊行物1記載の発明等から容易に想到できるものであるか否かを判断した上,本願補正発明の構成が奏する効果の点を斟酌して,当該発明が特許法29条2項の規定する特許要件としての進歩性を有するか否かの判断をしているものである。
ところで,出願に係る発明が進歩性を有するか否かの判断は,当該発明を特許請求の範囲に記載された事項に基づき特定した上,当該発明と特許法29条1項に掲げる発明(以下「公知発明」という。)のうち特定のものとを発明を特徴付ける要素である発明の課題,構成等の特許発明特定事項(以下「構成等」という。),効果の点で対比し,その一致点及び相違点を把握し,これらを総合的に評価してなされるべきである。
そして,上記課題,構成等,効果の要素を具体的にどのように勘案するかは,当該発明の性格等に応じて考えられるべきであるが,技術思想の創作の実体は,創作に係る物や製造方法の構成をいかにするかにかかっており,上記課題はその発明の動機付けとなるものにすぎず,また,発明の効果は,発明の備える構成によりもたらされるものであり,その構成により規定されるという関係にあることからすれば,進歩性の有無の判断に当たっては,一般には,当該発明の構成等と上記特定の公知発明のそれとを対比して一致点及び相違点を明らかにした上,この相違点に係る構成等が容易に想到できるものか否かの判断を第1次的に行い,同判断に加え,あるいは同判断の過程において,当該発明の課題,効果と上記公知発明のそれとの対比の結果を斟酌してこれを行うのが相当と考えられる。
本件補正却下決定は上記の判断手法を採用し,効果の相違点に関しても前記第2の4(1)ア(ウ)のとおり評価をした上で,本願補正発明の進歩性の有無について判断をしているのであって,上記決定が,効果の相違点を看過したようにいう原告の主張は理由がない。また,本件補正却下決定が,本願補正発明の進歩性の有無の判断に当たり,前記第3の(原告の主張)2(1)の@(課題)の相違点を斟酌したかどうかは明らかでないが,仮にこの点を看過したものとしても,そのことが上記決定の結論に影響を及ぼすものでないことは,後記(2)エに説示するとおりである (2) 原告は,本件補正却下決定における本願補正発明の容易想到性の判断が誤っていると主張する。
ア 本件補正却下決定の認定する本願補正発明と刊行物1記載の発明の相違点1,2は,前記(1)に記載のとおりである。
イ 相違点1(チリ・ホコリ等を吸着させ取り除くものとして,本願補正発明は,水洗トイレのタンク内用水を用いているのに対し,刊行物1記載の発明は,タンク内用水を用いていない点)について 刊行物1(甲5)記載の発明は,刊行物1に「この発明は塵埃を含んだ空気を水の中に通すことによって,空気中の塵埃を水の中に浮遊させて残留させることによって,清浄な空気を得ることを目的とする」(1頁左下欄10行目ないし13行目)と記載されているように,空気清浄を目的とするものである。そして,刊行物1に「一方清水入口管8よりつねに清浄な水をタンク1内に導入し,汚水吐出管9より汚水を排出することによって,タンク1内の水10の水面11をつねに一定に保ちながら水10を交換する。なお,水10の交換は,清水入口管8より導入する水と,汚水吐出管9より排出する汚水の間欠的な流入流出によって行ってもよい。」(1頁右下欄18行目ないし2頁左上欄4行目)と記載されていることからも明らかなように,塵埃を浮遊する汚水の排出と清水の導入により,水は「つねに」あるいは「間欠的に」交換されるものである。
一方,刊行物2(甲6)記載の発明は,【産業上の利用分野】に「本考案は水洗式和風トイレ用脱臭装置,特に水洗式和風トイレ内の臭気を,空気の吸引作用で洗浄水中に放出することにより,除去するようにした脱臭装置に関する。」と記載されているように,いわば,空気の清浄を目的とするものであり,刊行物2の段落【0019】に「上記本考案の構成によれば,従来と異なり,水洗式和風便器100から発生した臭気Aは,トイレ内に一旦放散されることなく,洗浄水410内に直接放出される。」と記載されているように,臭気を形成する空気中の不要物を水に吸着させて除去するものである。そして,水洗トイレのタンク内用水は,水洗トイレ使用時に新鮮な水に交換されることは明らかである。
そうすると,刊行物1及び2記載の各発明は,いずれも空気中の不要物を水で吸着させて除去し,その不要物を吸着させた水を,新鮮な水に交換して,不要物吸着機能を保つ機能を有するものとして共通しており,空気中の塵埃(チリ,ホコリ等)を除去するものとして,刊行物1記載の発明のタンク内用水に代え,刊行物2記載の水洗トイレのタンク内用水を適用することに格別の困難性があるものとはいえない。
したがって,本件補正却下の決定の相違点1に係る判断は相当として是認することができる。
ウ 相違点2(チリ・ホコリ等を除去する空気が,本願補正発明では建物外部から取り入れる外気であるのに対し,刊行物1記載の発明ではそのようになっていない点)について 刊行物1(甲5)には,刊行物1記載の発明の目的に関し,後記エ(ア)に 認定する記載がされており,この記載からして,刊行物1記載の発明が,ビル空調用への適用も視野に入れて創意されたものであることは明らかである。そして,このようなビル空調において外気導入を行うことは慣用手段であると考えられるから,清浄な空気を得る上で,外気を用いる発想は当業者であれば容易に想到し得たことといえる。
したがって,本件補正却下決定の相違点2に係る判断も相当として是認することができる。
エ 進んで本願補正発明の課題,効果が同発明の進歩性を基礎付けるものか否かについて判断する。
(ア) 原告は,本願補正発明が,フィルター交換の手間を省き,資源の有効 活用を可能にすることを課題にしているのに対し,刊行物1記載の発明は,従来の空気清浄機のフィルターのコストをおさえることを課題としている点で相違する旨主張する。
そこで,検討するに,本願補正発明に係る明細書には,「発明が解決しよとする課題」(本願発明と本願補正発明とでこの点に変更はない。)として,「現在,窓を開ける事での換気では,外気中に含まれるチリ,ホコリ等も一緒に建物内に取り込んでしまっている為,花粉症や喘息等のアレルギーを引き起こす原因にもなっている。又,従来のフィルター式の換気扇等では,その使用頻度に応じて,フィルター交換等のメンテナンスが必要で,それをしなければ,効果,効率が落ちる原因になっていた。従って,本発明では,フィルター部分に,トイレ用水洗タンク内用水を用いる事によって,きれいで新鮮な空気を,建物内に取り入れ,フィルター交換の手間を省き,又,資源の有効活用を可能にし,前述の欠点を解決しようとする物である。」との記載があり(甲3),他方,刊行物1記載の発明に係る明細書には,発明の目的に関して,「従来電子工業用,病院,およびビル空調用などの清浄な空気を得るためには,例えばガラス繊維・紙などを・材としたフィルターを使用していたので,製作に多くの費用を要し,フィルターの清掃や交換のためにも多くの費用を要した。本発明はこれらの欠点を排除し改良したものである。」との記載がある(甲5の1頁左下欄14行目ないし右下欄2行目)。
上記の各記載から明らかなように,本願補正発明と刊行物1記載の発明とは,いずれもフィルターの交換の手間を省くという点において課題を共通にするということができる。
刊行物1には,刊行物1記載の発明の目的に関し,資源の有効活用という点に明示の記載はない。しかし,本願補正発明のような物の発明の場合,製造コストや資源の有効活用という観点は,発明に当たって多かれ少なかれ考慮されるべき一般的事項と考えられる。現に,刊行物1記載の発明に関しても,フィルターを用いない以上,フィルターを製造するための資源の有効活用を図るという観点が含まれているとみることができる。したがって,資源の有効活用ということを発明の課題として明細書に記載しただけで,当該発明の進歩性が基礎付けられるということにはならず,この場合,進歩性の判断要素として重要性を有するのは,上記課題をいかにして解決したかという点であるというべきである。しかして,本願補正発明が上記課題の解決のために用いた手段については,刊行物2にこれを示唆する記載があることは後記(イ)に説示するとおりである。
(イ) 原告は,本願補正発明が,空気清浄機のフィルター部分にトイレタンクを使うことで,フィルター交換の手間なしに,建物内へきれいで新鮮な空気を取り入れることを可能にし,また,フィルターの代用として用いる水洗タンク内の水は,便器洗浄に使用しているため資源の有効活用を可能にするという効果を有しているのに対し,刊行物1記載の発明は,このような効果を有しない点で相違すると主張する。
そこで検討するに,本願補正発明の効果は,「フィルター交換の必要なしに,建物内への,きれいで,新鮮な外気の取り入れが可能であり,更に,フィルターの代用として用いる水洗トイレのタンク内用水は,便器洗浄に使用している為,資源の有効活用をも可能にしている。」(甲4の【手続補正5】。本願発明の効果と同じ。)という点にあるとされる。これに対して,刊行物1記載の発明は,上記(ア)に摘示した目的の記 載にあるように,従来,清浄な空気を得るためにフィルターを使用していたので,フィルターの清掃や交換のために多くの費用を要していたという欠点を排除することを目的として発明されたものである。
したがって,本願補正発明と刊行物1記載の発明とは,フィルター交換の必要なしに清浄な空気を取り入れることが可能であるという点で共通の効果を有しており,その空気を外気とすることは,慣用技術を適用して達成し得るものと認められる。
また,水洗トイレタンク内用水を空気中の不要物の除去に用いることは,刊行物2(甲6)に記載されており,水洗トイレのタンク内用水が,水洗トイレ使用時に新鮮な水に交換されることは自明のことであり,刊行物2記載の発明は,タンク内用水が本来のトイレを洗浄することに加えて,臭気吸着をも行わせるものであるから,フィルター交換の必要なしに資源の有効活用を可能にするという効果を有するものということができる。
したがって,本願補正発明は,刊行物1及び2記載の各発明及び慣用技術から生じる効果の総和以上の格別の効果を有するものとはいえない。
(ウ) 以上のとおり,本願補正発明の課題及び効果は,同発明の進歩性を基礎付けるものとはいえない。
オ 原告は,本件補正却下決定が,刊行物1記載の発明が,水を使う空気清浄機であるのに,換気機能を備えるものと認定したのは誤りである旨主張する。
しかしながら,本件補正却下決定は,刊行物1記載の発明が換気機能を備えるものと認定したものではなく,刊行物1記載の発明のタンクはビル空調用に使用することも念頭に置いて発明されたものであるところ,ビル空調用に使用する場合に,外気導入を行うことは一般的であるから,刊行物1記載の発明において,外気を導入するものとすることは当業者であれば容易に想到し得る旨の判断を示したにすぎない。原告の主張は本件補正却下決定の説示を誤解している。
また,原告は,刊行物2記載の発明がトイレ用の脱臭装置である以上,それは臭気を含んだ空気をトイレ使用時の水に閉じこめる機能を果たすものにすぎず,本件補正却下決定が上記発明に換気機能があると認定することには矛盾があると主張する。
しかしながら,換気とは,室内のよごれた空気を,きれいな空気と入れかえることを呼称するものであって,上記イに摘示した刊行物2の【産業上の利用分野】及び段落【0019】の記載にあるとおり,刊行物2記載の発明は,トイレ内に臭気が放散しないように,当該臭気を洗浄水中に放出するもの,すなわちトイレ内の臭気を含んだ空気を臭気を含まない空気とするものであるから,その意味において,刊行物2記載の発明は「換気機能」を備えるものということができるのであって,この点に関する本件補正却下決定の判断は相当というべきである。原告の上記主張は理由がない。
(3) 以上のとおり,本件補正却下決定における認定・判断に誤りはなく,これが誤りであることを前提として,本件審決に審理の対象となる発明の要旨の認定を誤った違法があるとする原告主張は採用できない。
3 取消事由3(本願発明と刊行物1記載の発明の相違点の看過)について (1) 本件審決は,本願発明と刊行物1記載の発明とを対比して,両者の一致点及び相違点について,前記第2の4(2)イ(ア)記載のとおり認定しているところ,両発明の一致点が上記認定のとおりであること,両発明に上記認定のとおりの相違点があることは,当事者間に争いがない。
(2) 原告は,本願発明と刊行物1記載の発明は,@前者がチリ,ホコリ等を除去する空気が建物外部から取り入れる外気であるのに対し,後者はそのようになっていない点,A前者が,フィルター交換の手間を省き,資源の有効活用を可能にすることを課題にしているのに対し,後者は従来の空気清浄機のフィルターのコストをおさえることを課題としている点,B前者が,上記課題の解決策として空気清浄機のフィルター部分にトイレタンクを使うことで,フィルター交換の手間なしに,建物内へきれいで新鮮な空気を取り入れることを可能にし,また,フィルターの代用として用いる水洗タンク内の水は,便器洗浄に使用しているため資源の有効活用を可能にするという効果を有しているのに対し,後者はこのような効果を有しない点,の各点でも相違している旨主張する。
しかしながら,本願発明は,その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるものというべきところ,上記請求項1には,前記第2の2に記載したとおり,「タンク内の水洗用水を通った新鮮な空気を,建物内に循環させる事を特徴とする」と記載されているだけであり,その空気を建物外部から取り入れる旨の記載はない。したがって,本願発明と刊行物1記載の発明とが上記@の点で相違するとの原告の主張は,本願発明の特許請求の範囲の請求項に記載されていない事項を前提とするものというほかなく,かかる相違点の主張は許されないというべきである。
また,発明の進歩性の有無の判断に当たっては,当該発明と特定の公知発明の構成を対比して一致点及び相違点を明らかにした上,相違点に係る構成が容易に想到できるものか否かの判断を第1次的に行い,同判断に加え,あるいは同判断の過程において,当該発明の課題,効果と上記公知発明のそれとの対比の結果を斟酌してこれを行うのが相当と考えられることは,前記2(1)に説示したとおりである。本件審決も上記の判断手法を採用し,本願発明と刊行物1記載の発明との効果の相違点に関しても前記第2の4(2)イ(ウ)のとおり評価をした上で,本願発明の進歩性の有無について判断をしているのであって,本件審決が,効果の相違点を看過したようにいう原告の主張は理由がない。また,本件審決が,本願発明の進歩性の有無の判断に当たり,上記Aの相違点を斟酌したかどうかは明らかでないが,仮にこの点を看過したものとしても,そのことが本件審決の結論に影響を及ぼすものでないことは,後記4(3)に説示するとおりである。
4 取消事由4(容易想到性の判断の誤り)について (1) 本件審決の認定する本願発明と刊行物1の相違点は,前記3(1)記載のとおりである。
(2) そこで,上記相違点(フィルターに用いるタンクを,本願発明では水洗トイレのタンクとしているのに対し,刊行物1記載の発明ではそのようになっていない点)について検討するに,前記2(2)イで説示したとおり,刊行物1及び2記載の各発明は,いずれも空気中の不要物を水で吸着させて除去し,その不要物を吸着させた水を,新鮮な水に交換して,不要物吸着機能を保つ機能を有するものとして共通しており,それらを組み合わせ,空気中の塵埃(チリ,ホコリ等)を除去するフィルターとして,刊行物1記載の発明のタンク内用水に代え,刊行物2記載の水洗トイレのタンク内用水を適用することは,当業者であれば容易に想到できたことである。
したがって,本件審決の上記相違点に関する判断は相当として是認することができる。
(3) 進んで本願発明の課題及び効果が同発明の進歩性を基礎付けるものであるか否かについて判断する。
原告は,本願発明が,フィルター交換の手間を省き,資源の有効活用を可能にすることを課題にしているのに対し,刊行物1記載の発明は,従来の空気清浄機のフィルターのコストをおさえることを課題としている点で相違する旨,また,本願発明が,上記課題の解決策として空気清浄機のフィルター部分に水洗トイレタンクを使うことで,フィルター交換の手間なしに,建物内へきれいで新鮮な空気を取り入れることを可能にし,また,フィルターの代用として用いる水洗タンク内の水は,便器洗浄に使用しているため資源の有効活用を可能にするという効果を有しているのに対し,刊行物1記載の発明は,このような効果を有しない点で相違する旨主張する。
しかしながら,原告主張の上記各相違点は,前記2(2)エに説示したのと同様の理由により,本願発明の進歩性を基礎付けるものとはいえない。
5 以上によれば,原告が取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,その他本件審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青蜉]
裁判官 沖中康人