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関連審決 不服2000-7160
関連ワード 発明者 /  反復(反復可能性) /  物の発明 /  引用発明の認定 /  一致点の認定 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  実施 /  混同 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 155号 審決取消請求事件
原告 ゼネラル・エレクトリック・カンパニイ
訴訟代理人弁理士 松本研一
同 松井光夫
同 五十嵐 裕子
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 谷口浩行
同 大橋良三
同 一色 由美子
同 涌井幸一
同 井出隆一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/07/15
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が不服2000-7160号事件について平成13年10月29日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文1,2項と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成3年6月19日,米国において1990年(平成2年)6月22日にした出願に基づく優先権を主張して,名称を「増強されたウエルドライン強度をもつポリカーボネート,ABS樹脂及びポリアルキルメタクリレートの難燃性配合物」とする発明につき特許出願(平成3年特許願第173315号。以下「本件出願」という。)をし,平成12年1月21日に拒絶査定を受けたので,平成12年5月15日,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,これを不服2000-7160号事件として審理した。原告は,この審理の過程で,平成12年6月14日付けの手続補正書により明細書の特許請求の範囲の補正をした(以下,この補正後の明細書及び図面をまとめて「本願明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成13年10月29日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年12月5日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 「【請求項1】ポリカーボネート重合体,メタクリレート単量体を含まないABS樹脂,ホスフェート系難燃化化合物及びポリアルキルメタクリレート重合体を含有してなる重合体配合物組成物。」(以下,審決と同様に「本願第1発明」という。) (【請求項2】ないし【請求項5】は省略。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願第1発明は,特開昭49-132143号公報(甲第3号証。以下,審決と同様に「引用刊行物」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)と同一のものである,とするものである。
審決が,上記結論を導く過程において,本願第1発明と引用発明との一致点・一応の相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「ポリカーボネート重合体,メタクリレート単量体を含まないABS樹脂,難燃化化合物及びポリアルキルメタクリレート重合体を含有したなる(判決注・「してなる」の誤記である。)重合体配合物組成物」 一応の相違点 「前者(判決注・本願第1発明)が難燃化化合物をホスフェート系のものに限定しているのに対して,後者(引用発明)では難燃化化合物が限定されていない点」(以下「一応の相違点」という。)
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,引用発明の認定を誤ることにより,本願第1発明と引用発明との一致点の認定を誤り(取消事由1),本願第1発明の顕著な作用効果を看過したものであり(取消事由2),これらの誤りがそれぞれ結論に影響することは明らかであるから,違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(引用発明の認定の誤りによる一致点の認定の誤り) 審決は,引用発明につき,「上記引用刊行物における特許請求の範囲の記載によると上記引用刊行物に記載された発明は上記引用刊行物の第1図(判決注・別紙図面A参照)のb-c線で示される部分の組成のものをも含むものである。そして,上記引用刊行物の第1図のb-c線で示される部分はメタクリル酸エステル単量体の含有量が0であるから,上記引用刊行物に記載されている発明は樹脂(A)としてポリブタジエンもしくはブタジエンを50重量%以上含有するブタジエン共重合体に,メタクリル酸エステル単量体を含まず,芳香族ビニル単量体及びシアン化ビニル単量体からなるビニル系単量体とだけグラフト共重合して得られたものをも包含していることになる。」(審決書4頁最下段〜5頁1段)と認定し,これに基づいて本願第1発明との一致点を認定した。しかし,審決のこの引用発明の認定は誤りである。
引用刊行物には,「ポリカーボネートにポリメタクリル酸エステルをブレンドせしめた組成物が知られているが,このものは特殊な真珠様光沢を有する反面,ポリカーボネート本来の優れた耐衝撃性を著しく低下せしめ,更には剥離現象が生じ易いという欠点を有する。」(甲第3号証1頁右欄),「本発明者は,かかるポリカーボネートとポリメタクリル酸エステルとのブレンド体における耐衝撃性の低下や剥離現象が生じない改良されたポリカーボネート組成物について鋭意研究した。その結果,前記ブレンド体に耐衝撃性に優れたポリブタジエンやポリイソプレンをゴム成分として配合したものは,ゴム成分が前記ブレンド体成分中に単に混在するだけであつて前記の欠点の改良効果は小さい。しかし,ブタジエン系重合体に特定のビニル系単量体をグラフト共重合せしめることによりポリカーボネート及びポリメタクリル酸エステルに対して良好な相溶性を有するように変性したポリカーボネート組成物は,ポリカーボネートの耐衝撃性を実質的に保持し,その上剥離現象が生ぜずしかも真珠様光沢をも損なわずに有することを見出し,本発明に到達したものである。」(同1頁右下欄末行〜2頁左上欄16行),及び,「本発明の樹脂組成物(D)が,優れた衝撃強度及び耐剥離性を有するのはブタジエン系グラフト共重合体(A)がその含有ゴム成分によつて優れた耐衝撃性を付与し,同時にそのグラフト成分によつてポリメタクリル酸エステル樹脂(B)とポリカーボネート(C)との相溶性を増加せしめる役割を果し,その結果剥離現象がなくなると共に優れた衝撃強度を有するものと考えられる。」(同2頁右上欄12行〜19行)」との記載がある。 引用刊行物の上記記載から明らかなように,引用発明は,ポリブタジエンにグラフトされた(接ぎ木された),ビニル系単量体(グラフト部分)が,ポリカーボネートとポリメタクリル酸メチルエステル(以下「PMMA」という。)の仲立ちをして互いをなじませているものである。そして,ここにおいてポリカーボネートとPMMAとのなじみを良くするビニル系単量体(グラフト部分)は,PMMAと同類のメタクリル酸エステル(代表的にはメタクリル酸メチル(以下「MMA」ともいう。)であろうことは,当業者が容易に予想することである。
このように,グラフト共重合体中にグラフトされたメタクリル酸エステルは,引用発明において,重要な成分であり,同発明に欠くことができないものである。実際に,引用刊行物に記載されている実施例1ないし5における,ポリブタジエン60部にグラフトされたビニル系単量体の内訳は,MMA24部,スチレン16部,アクリロニトリル8部であり,多量のMMAが用いられている。
審決が,引用刊行物の第1図のビニル系モノマーの組成割合について,「b-c線上の組成割合も含む」(審決書4頁6行)と認定し,メタクリル酸エステル(メチル)単量体の量がゼロであることもあり得る,と認定したのは,引用発明における,上記のポリブタジエン上のMMAグラフトの役割を無視し,引用刊行物の第1図のみを機械的に見た解釈である。審決のこのような解釈は,本願第1発明でのグラフトコポリマー(ブタジエン共重合体)においてメタクリル酸エステル(メタクリル酸メチル)単量体の量がゼロであることを知った上で,それとの類似性を見つけようとしなければ出てこない,不自然な解釈である。
引用刊行物に,「それぞれの使用比率は第1図で示した記号イ,ロ,ハ,ニ(判決注・記号a,b,c,dの誤記である。)で囲まれた範囲の組成比になるような比率,特に2種以上を用いた場合が好ましい。」(甲第3号証2頁右下欄12行〜14行)との記載があるのは,事実である。しかし,引用発明のグラフト共重合体中にグラフトされたメタクリル酸エステルの上記重要性を考慮すれば,この記載を,メタクリル酸エステル(メチル)単量体の量がゼロであってもよいことを意味するものと理解することはできないというべきである。
本願第1発明は,ポリカーボネートとABS(アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン)樹脂の組成物から出発し,その成形品のウエルドライン強度が低いという問題点をPMMAを加えることにより解決したものである。そして,本願第1発明のABS樹脂は,メタクリル酸エステルを含まない点で,引用発明とは明らかに異なるのである。審決の前記一致点の認定は誤りである。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過) 審決は,「上記引用刊行物には耐衝撃性を向上することが記載されているのである(上記摘示4,8)から,本願第1発明におけるウエルドラインの強度特性を増加させるという効果は上記引用刊行物に記載されていない新らたな効果を単に発見したに過ぎないものであるといえる。それ故,本願第1発明は上記引用刊行物に記載された発明と同一のものであるといえる。」(審決書5頁5段,6段)と判断した。
審決が,引用発明における耐衝撃性の向上と本願第1発明におけるウエルドラインの強度の向上とを相異なる効果であると認めた点は正しい。しかし,審決が,本願第1発明と引用発明との構成が同一であると認定したことを反映して,本願第1発明におけるウエルドラインの強度の改善を,単なる新たな効果の発見にすぎないと認定したのは誤りである。引用発明は,ポリカーボネートとPMMAとの組成物の衝撃性及び剥離しやすさを特定のグラフト共重合体によって改善したものであるのに対し,本願第1発明は,ABS樹脂とポリカーボネートとの組成物のウエルドラインの強度を,PMMAを加えることによって改善したものであり,このような構成の差異から見ても,本願第1発明による効果は顕著である。
被告は,引用発明は「成形性に優れその上高い衝撃強度を有するポリカーボネート組成物」を提供するものであることが明らかである,このことは,引用発明に係る樹脂組成物は,成形性に優れ,その上高い衝撃強度を有するものであるから,樹脂組成物の成形にともない生じる可能性のあるウエルドライン等の欠陥が何ら発生しない樹脂組成物であることを意味する,と主張する。
しかし,被告の主張は,審決の論理と矛盾するだけでなく,引用刊行物に記載された「成形性」を「成形不良」と混同するものである。「図解プラスチック用語辞典」(昭和62年9月30日初版6刷発行・日刊工業新聞社。甲第5号証・269頁)によれば,「成形性」とは,「プラスチック成形材料の成形の難易を表す概念で,材料の溶融流動性,硬化速度,ガス抜きの難易,収縮の大小,離型の難易,熱安定性,成形温度・・・そのほかの種々の材料特性が含まれている。」とされている。すなわち,成形性とは,成形作業における特性である。これに対し,成形不良は出来上がった成形品における不良である。成形性が良くなった結果ウエルドライン強度が向上する,というようなことはない。
したがって,引用刊行物における「成形性に優れ」との記載は,本願第1発明の効果である「ウエルドラインの強度」の向上を予測させるものではない。被告の上記主張は誤りである。
被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(引用発明の認定の誤りによる一致点の認定の誤り)について 原告は,引用発明において,グラフト共重合体中にグラフトされたメタクリル酸エステルは重要な成分であり,引用発明に欠くことができないものである,と主張する。
引用発明における,ポリブタジエン(イ)若しくはブタジエンを50重量%以上含有するブタジエン共重合体(イ’)にグラフトすべきグラフト成分は,メタクリル酸エステル単量体(ロ),芳香族ビニル単量体(ハ)及びシアン化ビニル単量体(ニ)からなるビニル系単量体であり,このグラフト成分の組成比は,引用刊行物の第1図における記号a,b,c,及びdで囲まれた割合であること,及び,第1図のb-c線上の組成割合もこれに含まれることは,明らかである。
引用刊行物において,メタクリル酸エステル単量体は,芳香族ビニル単量体及びシアン化ビニル単量体と並んで,グラフト成分となる三つの成分のうちの一つとして記載されているものにすぎない。引用刊行物には,メタクリル酸エステル単量体が他のグラフト成分である芳香族ビニル単量体及びシアン化ビニル単量体よりも重要な成分であるとか,メタクリル酸エステル単量体が必須の成分であるとかという記載はない。
原告の前記主張は,引用刊行物の記載を独断的に解釈したものであり,誤りである。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について 引用刊行物の「本発明は成形性及び機械的,熱的特性に優れた熱可塑性樹脂組成物に関するものであり,更に詳しくは,成形性に優れその上高い衝撃強度を有するポリカーボネート組成物に関する。」(甲第3号証1頁右下欄2行〜5行)等の記載によれば,引用発明は,「成形性に優れその上高い衝撃強度を有するポリカーボネート組成物」を提供するものであることが明らかである。
引用発明に係る樹脂組成物は,このように,成形性に優れ,その上高い衝撃強度を有するものなのであり,このことは,同組成物が,樹脂組成物の成形に伴い生じる可能性のあるウエルドライン等の欠陥が何ら発生しない樹脂組成物であることを,意味するのである。
したがって,審決が,本願第1発明と引用発明との構成を同一と認定した上で,本願第1発明における「本願第1発明におけるウエルドラインの強度特性を増加させるという効果は上記引用刊行物に記載されていない新らたな効果を単に発見したに過ぎないものである」(審決書5頁5段)と判断したことに,誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明の認定の誤りによる一致点の認定の誤り)について 原告は,審決が,「上記引用刊行物における特許請求の範囲の記載によると上記引用刊行物に記載された発明は上記引用刊行物の第1図(判決注・別紙図面A参照)のb-c線で示される部分の組成のものをも含むものである。そして,上記引用刊行物の第1図のb-c線で示される部分はメタクリル酸エステル単量体の含有量が0であるから,上記引用刊行物に記載されている発明は樹脂(A)としてポリブタジエンもしくはブタジエンを50重量%以上含有するブタジエン共重合体に,メタクリル酸エステル単量体を含まず,芳香族ビニル単量体及びシアン化ビニル単量体からなるビニル系単量体とだけグラフト共重合して得られたものをも包含していることになる。」(審決書4頁最下段〜5頁1段)と認定したことは誤りである,と主張する。しかし,この主張を採用することはできない。
引用刊行物には,「ポリブタジエン(イ)もしくはブタジエンを50重量%以上含有するブタジエン共重合体(イ’)にメタクリル酸エステル単量体(ロ),芳香族ビニル単量体(ハ)及びシアン化ビニル単量体(ニ)からなるビニル系単量体を第1図における記号a,b,c及びdで囲まれた割合でグラフト共重合して得られた樹脂(A),ポリメタクリル酸エステル樹脂(B)及び芳香族ポリカーボネート樹脂(C)よりなる樹脂組成物(D)において,組成物(D)当たり5〜95重量%の前記の(A)成分及び(B)成分と95〜5重量%の前記(C)成分とからなり,且つ前記の(イ)成分もしくは(イ’)成分を前記の(A)成分と(B)成分との総量に対して1〜30重量%含有せしめたことを特徴とする耐衝撃性樹脂組成物。」(甲第3号証・特許請求の範囲)との記載がある。このように,引用刊行物は,引用発明を構成するグラフト共重合樹脂(A)を,「ポリブタジエン(イ)もしくはブタジエンを50重量%以上含有するブタジエン共重合体(イ’)に,メタクリル酸エステル単量体(ロ),芳香族ビニル単量体(ハ)及びシアン化ビニル単量体(ニ)からなるビニル系単量体を第1図における記号a,b,c,及びdで囲まれた割合でグラフト共重合して得られた」ものと,明確に定義している。
そして,引用刊行物の第1図の「記号a,b,c,及びdで囲まれる範囲」(正確には「記号a,b,c,d及びaの各点を順次結ぶ各直線で囲まれる範囲」)とは,引用刊行物の「第1図は,本発明に用いられるビニル系単量体をグラフト共重合したポリブタジエン系樹脂(A)におけるグラフト鎖を構成するビニル系単量体(メタクリル酸エステル単量体,芳香族ビニル単量体及びシアン化ビニル単量体)3成分の組成比を示した組成図である。図中の記号a,b,c及びdの点の各座標は 記号 メタクリル酸エステル単量体 芳香族ビニル単量体 シアン化ビニル単量体 a 1.00 0.00 0.00 b 0.00 1.00 0.00 c 0.00 0.60 0.40 d 0.70 0.00 0.30 をそれぞれ示す。」(甲第3号証4頁右下欄8行〜20行)との記載からすれば,直線b-c線上の組成割合のもの,すなわち,芳香族ビニル単量体(ハ)及びシアン化ビニル単量体(ニ)の2種類をグラフト共重合し,メタクリル酸エステル単量体(ロ)がグラフトされるものとしては含まれないグラフト共重合体の場合もあることを示していることが明らかであるから,審決の上記認定に誤りはない。
引用刊行物の第1図のような,正三角形の内部を3成分の組成割合に1対1に対応させる図示方法において,正三角形の各頂点は,それぞれの成分の純粋成分を表し,三つの辺は,2成分系の成分比を表すことになること,すなわち,三つの辺は,3成分のうち,対向する頂点の成分を含まない2成分系の組成割合を,具体的には,辺a-bはメタクリル酸エステル単量体-芳香族ビニル単量体系を,直線b-cを含む辺b-eは芳香族ビニル単量体-シアン化ビニル単量体系を,そして,直線d-aを含む辺e-aはメタクリル酸エステル単量体-シアン化ビニル単量体系を,それぞれ示すことになることは,引用刊行物の上記記載から明らかである(引用刊行物の第1図において,仮に,3成分が常に含まれることを必須の条件とするのであれば,「a,b,c,及びdで囲まれた範囲,ただし,a-b,b-c,d-a上を除く。」と記載することになるはずである。)。
以上からすれば,引用刊行物の第1図の記号a,b,c,及びdで囲まれた範囲には,直線b-cの場合も含まれているとした審決の認定に誤りはない。
原告は,審決の上記認定を誤りとする理由として,引用発明において,ポリカーボネートとPMMAとのなじみを良くするビニル系単量体(グラフト部分)は,PMMAと同類のメタクリル酸エステルであろうことは,当業者が容易に予想することである,引用発明において,グラフト共重合体中にグラフトされたメタクリル酸エステルは重要な成分であり,引用発明に欠くことができないものである,などと主張する。
しかし,原告の主張が理由がないことは,上述したところから既に明らかである。のみならず,原告の主張が理由がないものであることは,引用刊行物の発明の詳細な説明における,次の記載を見れば,更に明らかとなるのである。
「本発明の樹脂組成物(D)が,優れた衝撃強度及び耐剥離性を有するのはブタジエン系グラフト共重合体(A)がその含有ゴム成分によつて優れた耐衝撃性を付与し,同時にそのグラフト成分によつてポリメタクリル酸エステル樹脂(B)とポリカーボネート(C)との相溶性を増加せしめる役割を果し,その結果剥離現象がなくなると共に優れた衝撃強度を有するものと考えられる。」(同2頁右上欄12行〜19行), 「前記ゴム成分・・・にグラフト重合するビニル系単量体は,メタクリル酸エステル単量体・・・,芳香族ビニル単量体・・・,シアン化ビニル単量体・・・であり,」(同2頁左下欄18行〜右下欄7行), 「それぞれの使用比率は第1図で示した記号イ,ロ,ハ,ニ(判決注・記号a,b,c,dの誤記である。)で囲まれた範囲の組成比になるような比率,特に2種以上を用いた場合が好ましい。 その範囲の組成比にある単量体を重合して得られるポリブタジエン系グラフト共重合体(A)を用いた場合,得られる樹脂組成物(D)の衝撃強度及び熱変形温度が特に高く,また成形性も特に良好なものが得られる。」(同2頁右下欄12行〜18行。下線付加) 引用刊行物には,上に示したように,引用発明においてポリブタジエンにグラフトされるビニル系単量体として,3種類のものが明記され,特に2種以上を用いることが好ましい旨が記載されているのであるから(このことは,特に好ましいものを望まない限り,1種類でもかまわないことを意味する。),正に,グラフトされるビニル系単量体として,引用刊行物の第1図の3角形のa-b,b-c及びd-aの3直線上のもの,すなわち,2種類のビニル系単量体をグラフトさせる場合があることを明示している,ということができるのである。これに対し,引用発明において,グラフト共重合体中にグラフトされるものとして,メタクリル酸エステル単量体が欠くことができないものである,との原告主張の事項を明示する記載もこれを示唆する記載も,引用刊行物には一切見当たらない(甲第3号証)。原告の上記主張は,引用刊行物の明示的な記載に反するものであって,原告独自の推測に基づくものという以外になく,到底採用することができない。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について 原告は,審決が,「上記引用刊行物には耐衝撃性を向上することが記載されているのである(上記摘示4,8)から,本願第1発明におけるウエルドラインの強度特性を増加させるという効果は上記引用刊行物に記載されていない新らたな効果を単に発見したに過ぎないものであるといえる。それ故,本願第1発明は上記引用刊行物に記載された発明と同一のものであるといえる。」(審決書5頁5段,6段)と判断した点は,誤りであると主張する。原告のこの主張が,本願第1発明と引用発明との間に構成の相違が存在することを前提とするものであることは,その主張自体で明らかである。
原告が問題とする審決のこの判断部分は,その直前において,本願第1発明と引用発明との一応の相違点について,「ポリカーボネートとABSとのブレンドに使用する難燃化化合物としてホスフェート系のものを使用することは本願出願前から普通に行われていることである(必要ならば,例えば,特開昭57-207642号公報,特開昭63-265942号公報,特開昭63-265960号公報参照)から,本願第1発明において上記の難燃化化合物をホスフェート系のものに限定した点は単なる慣用手段の限定を付したに過ぎない。」(審決書5頁4段)と判断したのに引き続く部分である。すなわち,原告が問題とする審決の上記判断部分は,審決が,本願第1発明の構成が引用発明の構成と同一であるとの結論に至るに必要な判断をすべて行った上での説示である。
二つの発明の構成が同一であるとき,それらの効果が異なるということは,客観的にはおよそあり得ないことである。また,既存の構成についての効果の発見は,それが新たな構成に結び付かない限り,単なる効果の発見にとどまり,特許性の根拠とはなり得ない。そうである以上,本願第1発明と引用発明との間に構成における相違はないとする審決の判断を前提にすると,仮に,本願第1発明の効果とされているものの中に,引用発明の効果とはされていないものがあったとしても,それは,単に,「引用刊行物に記載されていない新たな効果を単に発見したに過ぎないもの」にとどまる。これがそれ以上のものとなることはあり得ない。したがって,両発明の間に構成における相違がないとした上で行った審決の上記判断は,いわば同義反復であって,無意味なものという以外にない。
本願第1発明と引用発明との間の構成の同一性を否定する原告の主張(取消事由1)が失当であることは,既に述べたとおりである。原告は,両発明の構成上の相違の存在について,取消事由1以外に具体的な主張をしていない。このような状態でなされた効果についての主張は,主張自体として失当というべきである。
上記の点を離れても,本願第1発明の効果を格別予想外のものとすることはできず,これを顕著なものとする原告の主張は,採用することができない。
ウエルドライン(ウエルドマーク)とは,「射出またはトランスファ成形において,成形材料が金型中でピンやコアなどの周囲を流れて合流するためにできる線状のマーク。外観上のみならず強度的にも欠陥となる場合があるので,この部分はできるだけ完全な融着を起こさせるよう考慮しなければならない。」ものである(乙第1号証)。
引用刊行物には,「本発明は成形性及び機械的,熱的特性に優れた熱可塑性樹脂組成物に関するものであり,更に詳しくは,成形性に優れその上高い衝撃強度を有するポリカーボネート組成物に関する。」(甲第3号証1頁右下欄2行〜5行)との記載,及び,「本発明の樹脂組成物(D)が,優れた衝撃強度及び耐剥離性を有するのはブタジエン系グラフト共重合体(A)がその含有ゴム成分によつて優れた耐衝撃性を付与し,同時にそのグラフト成分によつてポリメタクリル酸エステル樹脂(B)とポリカーボネート(C)との相溶性を増加せしめる役割を果し,その結果剥離現象がなくなると共に優れた衝撃強度を有するものと考えられる。」(同2頁右上欄12行〜19行)との記載がある。
引用発明がこのように高い衝撃強度を有するものであることは,製品全体の中で耐衝撃性に弱いウエルドラインの強度の強化にもつながることであるから,ウエルドラインの強度について改善がなされたとする本願第1発明の作用効果は,格別予想外のものではなく,これを顕著な効果であると認めることは到底できない。
審決が,この効果を新たな効果の単なる発見にすぎないとした趣旨は,この効果は,引用刊行物に明示的に記載されてはいないものの,引用発明から十分に予想し得る効果であるにすぎないということを述べる点にあると理解することができる。
この説示は,本来無用なものであるとはいえ,それ自体として誤りはないことが明らかである。
いずれにせよ,原告の主張は採用することができない。
3 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の付与について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久