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関連審決 異議2001-70744
関連ワード 発明者 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  発明の詳細な説明 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 35号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社ソフト九九コーポレーション
訴訟代理人弁理士 玉田修三
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 鈴木法明
同 藤井俊明
同 高木進
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/07/16
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2001-70744号事件について平成13年11月29日にした決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「車両用ワイパーブレード及び車両ウィンドガラスの水滴払拭方法」とする特許第3086888号発明(平成9年7月17日特許出願,平成12年7月14日設定登録,以下「本件発明」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許につき特許異議の申立てがされ,異議2001-70744号事件として特許庁に係属し,原告は,平成13年7月30日付け訂正請求書により願書に添付した明細書の特許請求の範囲等の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。
特許庁は,同特許異議の申立てについて審理した上,平成13年11月29日,「訂正を認める。特許第3086888号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年12月17日,原告に送達された。
2 本件訂正後の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 【請求項1】シリコーン系又はフッ素系の撥水剤を用いて表面処理された車両ウインドガラスと組み合わせて用いられ,かつ,天然ゴム,合成ゴム又はそれらをブレンドしたゴムを母材とするゴム材料で成形されていると共に,上記車両ウインドガラスと摺動されるリップ部がコーティング組成物でコーティングされてなる車両用ワイパーブレードであって, 上記撥水剤は,その基材がアミノ変性ポリシロキサン,ジメチルポリシロキサン,フルオロアルキルシランからなる群より選ばれたものであり, 上記コーティング組成物が,シリコーンゴム,二硫化モリブデン,グラファイト,窒化ホウ素,ナイロン,吸水性樹脂,ポリテトラフルオロエチレン樹脂から選ばれるパウダー成分と,油変性ポリウレタン樹脂,湿気硬化型ウレタン樹脂,二液型ウレタン樹脂,ブロック型ウレタン樹脂からなる群より選ばれるウレタン系樹脂でなるバインダー成分とを含んでいることを特徴とする車両用ワイパーブレード。
【請求項2】雨天時の車両走行に際して,撥水剤を用いて表面処理された車両ウインドガラスの表面で,摺動性を向上させるためのコーティングが施されたゴムブレードのリップ部を摺動させる車両ウインドガラスの水滴払拭方法であって, 上記撥水剤は,その基材がアミノ変性ポリシロキサン,ジメチルポリシロキサン,フルオロアルキルシランからなる群より選ばれたシリコーン系又はフッ素系であり,上記ゴムブレードが天然ゴム,合成ゴム又はそれらをブレンドしたゴムを母材とするゴム材料で成形されており,上記コーティングがシリコーンゴム,二硫化モリブデン,グラファイト,窒化ホウ素,ナイロン,吸水性樹脂,ポリテトラフルオロエチレン樹脂から選ばれるパウダー成分と,油変性ポリウレタン樹脂,湿気硬化型ウレタン樹脂,二液型ウレタン樹脂,ブロック型ウレタン樹脂からなる群より選ばれるウレタン系樹脂でなるコーティング組成物を用いて形成されていることを特徴とする車両ウインドガラスの水滴払拭方法。
(以下【請求項1】,【請求項2】に係る発明を「本件発明1」,「本件発明2」という。) 3 本件決定の理由 本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明1,2は,特願平8-250246号(特開平10-95314号公報)の願書に最初に添付した明細書又は図面(本訴甲3,審判甲1,以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であり,かつ,本件発明1,2の発明者が先願発明の発明者と同一であるとも,この特許出願の時にその出願人が上記他の特許出願の出願人と同一であるとも認められないから,本件発明1,2に係る本件特許は,特許法29条の2の規定に違反してされたものであり,同法113条2号に該当し,取り消されるべきものであるとした。
原告主張の本件決定取消事由
1 本件決定は,先願発明の認定を誤った(取消事由)結果,本件発明1,2が先願発明と同一であると誤って判断したものであり,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(先願発明の認定の誤り) (1) 本件決定は,先願明細書(甲3)と昭和57年2月25日第2刷丸善発行の「化学便覧応用編改訂3版」794頁,892頁(甲4,以下「甲4刊行物」という。)の記載により,「水酸基とイソシアネートが反応してウレタン系樹脂が生成することは自明であり、また、比較例4にもウレタン樹脂を用いている」(決定謄本5頁第2段落)とした上,先願明細書には,「シリコーン系又はフッ素系の撥水剤を用いて表面処理された車両ウインドガラスと組み合わせて用いられ,かつ,天然ゴム,合成ゴム又はそれらをブレンドしたゴムを母材とするゴム材料で成形されていると共に,上記車両ウインドガラスと摺動される摺接部〈リップ部〉が表面被覆層である〈コーティング組成物でコーティングされてなる〉車両用ワイパーブレードであって,上記表面被覆層〈コーティング組成物〉が,二硫化モリブデン,グラファイト,窒化ホウ素,ポリテトラフルオロエチレン樹脂から選ばれるパウダー成分と,ウレタン系樹脂でなるバインダー成分とを含んでいることを特徴とする車両用ワイパーブレード」(同)の発明が記載されていると認定したが,上記表面被覆層の構成に係る部分は誤りである。
(2) 先願発明の表面被覆層を構成する樹脂において,フッ素系樹脂の分子内に有する水酸基(-OH)とイソシアネート基(-NCO)との反応により「-NHCOO-」のウレタン系樹脂の構造基(以下「ウレタン基」という。)が生ずることは否定しないが,このウレタン基は,水酸基(-OH)を分子内に有するフッ素系樹脂の水酸基(-OH)と硬化剤のイソシアネート基(-NCO)とを反応・架橋することによりフッ素系樹脂を硬化・定着させるための架橋基とするものであり,このフッ素系樹脂の水酸基(-OH)と硬化剤のイソシアネート基(-NCO)とを反応・架橋させることにより,フッ素系樹脂被膜をワイパーブレードゴム材に接着させ,フッ素系樹脂物性を有するフッ素系樹脂被膜をワイパーブレードゴム材上に形成するためのものである。すなわち,フッ素系樹脂は,コーティング材としては非常に優れているが,撥水・撥油性というフッ素系樹脂としての物性を有していることから,溶剤に不溶あるいは難溶であるとされ,物材に塗布して硬化定着させるのが困難であるとされている。先願発明のウレタン基は,このような表面被覆層を構成するフッ素系樹脂をワイパーブレードゴム材上に硬化・定着させるために,水酸基(-OH)とイソシアネート基(-NCO)とを反応させて架橋させ(フッ素系樹脂の構造基相互間を手と手で結び合わせ),3次元構造化したフッ素樹脂被膜をワイパーブレードゴム材上に硬化・定着させるための反応・架橋基として存在するものであって,水酸基(-OH)を分子内に有するフッ素系樹脂の水酸基(-OH)と硬化剤のイソシアネート基(-NCO)とを反応・架橋することにより,ウレタン系樹脂を生成しようとするものではないから,この反応・架橋基であるウレタン基(-NHCOO-)は,先願明細書に記載する固体潤滑材のバインダーではない。強いていえば,先願明細書に記載する二硫化モリブデン,グラファイト,窒化ホウ素,ポリテトラフルオロエチレン樹脂などの固体潤滑材をバインダーするものは,水酸基(-OH)とイソシアネート基(-NCO)とが反応・架橋されることにより形成される水酸基(-OH)を分子内に有するフッ素系樹脂被膜であり,ひいては,このフッ素系樹脂が,先願明細書に記載する二硫化モリブデン,グラファイト,窒化ホウ素,ポリテトラフルオロエチレン樹脂などの固体潤滑材のバインダーといえる。したがって,表面被覆層を構成する水酸基(-OH)を分子内に有するフッ素系樹脂とイソシアネート基(-NCO-)を有する硬化剤とからはウレタン系樹脂が生成され,このウレタン系樹脂が先願明細書に記載する二硫化モリブデン,グラファイト,窒化ホウ素,ポリテトラフルオロエチレン樹脂から選ばれるパウダー成分のバインダー成分であるとした本件決定の認定は,誤りである。
(3) 先願明細書(甲3)に比較例4として記載されているポリウレタン樹脂は,ポリウレタン樹脂中の水酸基(-OH)を利用して,この水酸基(-OH)と「硬化剤-1」のイソシアネート基(-NCO)とを反応,架橋させることによりフッ素系樹脂であるポリテトラフルオロエチレン(以下「PTFE」という。)を硬化定着させるためのものであって,フッ素系樹脂であるPTFEを硬化定着させるための反応・架橋材として使用するものであることは,このポリウレタン樹脂の配合割合を100重量部としており,実施例における水酸基(-OH)を分子内に有するフッ素系樹脂と同一重量部としていることからも明らかである。また,ポリウレタン樹脂は,上記フッ素系樹脂よりも水酸基(-OH)が数多く存在するため,「硬化剤-1」のイソシアネート基(-NCO)も実施例(10〜15重量部)に比べ配合割合を増やしている(60重量部)。さらに,平成2年11月30日シーエムシー第2刷発行の「自動車用塗料の技術と市場」(甲5)185頁〜186頁には,PTFEはコーティング材としては非常に優れているが,撥水・撥油性というフッ素系樹脂としての物性を有していることから,溶剤に不溶あるいは難溶であり,物材に塗布して硬化定着させるのが困難である旨記載され,また,同表4.6.1のPTFEの構造式には,上記「硬化剤-1」のイソシアネート基(-NCO)と反応する水酸基(-OH)が存在していない。この点からも,「硬化剤-1」のイソシアネート基(-NCO)は,分子内に水酸基(-OH)を数多く存在させるポリウレタン樹脂と反応・架橋させフッ素系樹脂であるPTFEをブレードゴム上に硬化定着させるものであることが明らかである。このように,比較例4におけるポリウレタン樹脂は,このポリウレタン樹脂中に存在する水酸基(-OH)と硬化剤-1のイソシアネート基(-NCO)とを反応・架橋させることにより,PTFEフッ素系樹脂被膜をワイパーブレードゴム材に硬化定着させ,フッ素系樹脂物性を有するフッ素系樹脂被膜をワイパーブレードゴム材上に形成するためのものであって,先願明細書に記載する二硫化モリブデン,グラファイト,窒化ホウ素,ポリテトラフルオロエチレン樹脂などの固体潤滑材をバインドするためのものではない。
したがって,比較例4におけるポリウレタン樹脂が先願明細書に記載する二硫化モリブデン,グラファイト,窒化ホウ素,ポリテトラフルオロエチレン樹脂から選ばれるパウダー成分のバインダー成分であるとした本件決定の認定は,誤りである。
被告の反論
1 本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(先願発明の認定の誤り)について (1) 水酸基(-OH)とイソシアネート基(-NCO)との反応によるウレタン基(-NHCOO-)が反応・架橋基として存在していれば,当該ウレタン基の存在により固化された樹脂である以上,ウレタン系樹脂であることに違いはなく,また,主鎖にフッ素を多く含むものであっても,ウレタン基の存在により固化されたものであれば,ウレタン系樹脂の範ちゅうに入れる認識がある以上,先願明細書(甲3)の実施例にあるフッ素含有樹脂をウレタン系樹脂でないということはできないから,反応・架橋基であるウレタン基(-NHCOO-)が先願明細書に記載する固体潤滑材のバインダーではないということはできない。
(2) 先願明細書(甲3)の比較例4におけるPTFEは,実施例1のPTFEと同じものであり,パウダーとなっている固体潤滑剤の一種である。先願明細書には,「本発明に係る四フッ化エチレン樹脂(以下,PTFEと略称する)は,テトラフルオロエチレンの重合体をいう。PTFEは,塊状重合,溶液重合,懸濁重合,吹込重合,乳化重合等のいずれの重合方法により得られたものも使用できる。
また,これらの方法で得られたバージンPTFEを一度成形し,熱焼成した後,粉砕して粉末化したいわゆる再生PTFEや,バージンPTFEをガンマ線照射などの方法で処理して粉末化したいわゆるPTFE潤滑粉や,バージンPTFEを粉砕し,微粉末化したPTFE粉等が好ましく使用できる。・・・このようなPTFE粉の配合量としては,分子内に反応性基を有するフッ素系樹脂100重量部に対して,70〜150重量部であることが好ましい」(段落【0018】)との記載があり,PTFEパウダーが,固体潤滑材として認識され,かつ,比較例4の配合割合である130重量部を含む(70〜150重量部)ことも開示されている。したがって,比較例4におけるPTFEは固体潤滑剤の一種として使用するものではないということはできない。そして,比較例4においては,バインダーになり得るのはポリウレタン樹脂以外にないのであるから,比較例4におけるポリウレタン樹脂及び硬化剤1がポリテトラフルオロエチレン樹脂等の固体潤滑剤をバインドするものでないとする原告の主張は失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由(先願発明の認定の誤り)について (1) 原告は,先願発明の表面被覆層を構成する樹脂において,フッ素系樹脂の分子内に有する水酸基(-OH)とイソシアネート基(-NCO)との反応によりウレタン基が生ずることは認めるものの,@このウレタン基は,先願明細書(甲3)に記載する固体潤滑材のバインダーではなく,A先願明細書に比較例4として記載されているポリウレタン樹脂は,固体潤滑材をバインドするためのものではないと主張する。
(2) そこで,まず,上記@の主張について検討する。
ア 平成6年1月5日産業調査会事典出版センター第2刷発行の実用プラスチック事典編集委員会編集「実用プラスチック事典」281頁〜284頁(乙1)の「7.ポリウレタン樹脂塗料」の項には,「表5-20ポリウレタン樹脂塗料の分類」として「ポリオール(主剤)のOH基と硬化剤のNCO基との反応」によるものが「二液型」として分類され,「(3)ポリオール」の項には,「主剤としての主成分は,水酸基を持つポリオールであり,顔料,フィラー,触媒その他添加剤が配合されて主剤ができあがる。・・・新しいタイプとしてフッ素系ポリオール,ポリカーボネートポリオールも使われている。・・・(表5-22ポリオールの分類と特徴参照)」と記載され,特開平2-301040号公報(乙2)には,「1〉光磁気記録媒体において,少なくとも磁界発生手段に対面する側の表面に,主鎖骨格を形成する炭素原子に結合したフッ素原子を含む,含フッ素ポリウレタン系樹脂を主成分とする樹脂組成物からなる保護層を設けたことを特徴とする光磁気記録媒体。2〉前記含フッ素ポリウレタン系樹脂が,イソシアネート基に対して反応性を示す官能基を有する含フッ素化合物と,分子中に少なくとも2個以上のイソシアネート基を含有するイソシアネート化合物より誘導されるポリウレタン樹脂である請求項第1項記載の光磁気記録媒体」(特許請求の範囲)と記載され,特開平5-287240号公報(乙3)には,「主剤として含フッ素ポリオールを用い,硬化剤としてポリイソシアネートを用いる耐候性二液型ポリウレタン塗料において,種々の含フッ素ポリオールに対して高度の相溶性を有し,且つ,耐候性にすぐれる塗膜を与えるポリイソシアネートを硬化剤とする二液型ポリウレタン塗料組成物を提供することにある」(1頁,【要約】【目的】),「かかる含フッ素ポリオールは,市販品を用いることができ,例えば,旭硝子(株)製のルミフロンLF-100,LF-200,LF-300,LF-601等や,大日本インキ化学工業(株)製のK-700,K-701等を挙げることができる」(段落【0027】)と記載されている。
イ これら乙1〜3に記載された事項によれば,ポリオール,すなわち,多価アルコールから成る主剤の主鎖にフッ素を含む場合であっても,当該ポリオール中の水酸基と,硬化剤であるイソシアネート化合物中のイソシアネート基とを反応させてウレタン基を形成するものについては,ウレタン樹脂と称されていること,殊に,乙3には,「ルミフロン」LF-100,LF-200,LF-300,LF-601等を耐候性二液型ポリウレタン塗料の主剤として使用することが明記されていることが認められる。そうすると,先願明細書の実施例に記載された表面被覆層は,その内部に水酸基(-OH)とイソシアネート基(-NCO)とが反応・架橋して形成されたウレタン結合を有する点で,ウレタン樹脂といえるものである。
ウ 原告は,上記表面被覆層を構成する樹脂被膜がフッ素系樹脂であることを立証するため,甲5,6及び10を提出しているので検討すると,確かに,甲5,6に記載された樹脂は,フッ素を分子中に含有する点で,フッ素系樹脂ともいえるものであるが,同時に,分子中の水酸基(-OH)を,イソシアネート基(-NCO)を含有する硬化剤で反応・架橋して,硬化後にウレタン基を形成したものでもあるから,ウレタン系樹脂ともいえるものである。また,甲10の132頁第5図には,「いくつかの樹脂またはモノマーの構造」の一つとしてウレタンが図示されており,これによれば正にウレタン基を中央に配して,左右二つのアルキル基R1とR2とが結ばれたものをウレタン(樹脂)と称しており,アルキル基間のウレタン基の存在のみで,ウレタン樹脂と称していることが理解されるから,上記認定を何ら左右するものではない。
エ また,原告は,先願発明のウレタン基は,固体潤滑材のバインダーではなく,強いていえば,水酸基(-OH)とイソシアネート基(-NCO)とが反応・架橋されることにより形成される水酸基(-OH)を分子内に有するフッ素系樹脂被膜,ひいては,このフッ素系樹脂が,先願明細書に記載する二硫化モリブデン,グラファイト,窒化ホウ素,ポリテトラフルオロエチレン樹脂などの固体潤滑材のバインダーといえると主張する。しかしながら,原告作成に係る甲11の説明図の図(B)に図示されるとおり,ウレタン基は,ワイパーブレードゴム材上の表面被覆層の中で,当該被覆層を形成する樹脂が,高分子として存在するための結合構造の一部を構成しているものである点で,樹脂の主鎖部分を構成する結合構造と作用効果上,全く同等のものである。すなわち,主鎖を構成する結合構造も,樹脂主剤の水酸基(-OH)と硬化剤のイソシアネート基(-NCO)との反応によって形成されたウレタン基から成る結合構造も,樹脂が被膜を形成するための高分子化に寄与するものである点で一致し,同等の作用効果をもたらしていることが明らかである。上記のとおり,主鎖部分を構成するフッ素系樹脂被膜の主要部分と同等の作用効果をもたらしているウレタン基部分の作用を,水酸基(-OH)と硬化剤-1のイソシアネート基(-NCO)とを反応・架橋させることにより,PTFEフッ素系樹脂被膜をワイパーブレードゴム材に硬化定着させ,フッ素系樹脂物性を有するフッ素系樹脂被膜をワイパーブレードゴム材上に形成するためのものとしてのみとらえ,先願明細書に記載する二硫化モリブデン,グラファイト,窒化ホウ素,ポリテトラフルオロエチレン樹脂などの固体潤滑材のバインダーとしての作用を否定する原告の主張に合理的根拠は見いだせない。
オ 以上を総合して判断すると,樹脂の分子構造において,分子中のフッ素に着目すれば,その樹脂はフッ素系樹脂と称呼されるし,分子中のウレタン結合に着目すれば,その樹脂はウレタン系樹脂と称呼されるものであって,本件発明1,2と先願発明とに記載された樹脂のように,主鎖中にフッ素を含み,かつ,主剤の水酸基(-OH)と硬化剤のイソシアネート基(-NCO)との反応・架橋基であるウレタン基を持つ樹脂については,フッ素系樹脂であると同時に,ウレタン系樹脂であるということができる。したがって,反応・架橋基であるウレタン基(-NHCOO-)が先願明細書に記載する固体潤滑材のバインダーではないということはできないから,原告の上記@の主張は,採用することができない。
(3) 進んで,上記Aの主張について検討する。
ア 先願明細書(甲3)には,「フッ素系樹脂100重量部に対して固体潤滑材10〜110重量部含有する表面被覆層とすることにより,少なくとも1層の撥水処理を施した透光体表面,たとえばガラス表面に対して優れた拭き取り性や耐久性を得ることができる。さらに,四フッ化エチレン樹脂や有機ケイ素系弾性体を含有することにより,表面被覆層の耐磨耗性やすべり性がさらに向上する」(段落【0012】),「本発明に係る四フッ化エチレン樹脂(以下,PTFEと略称する)は,テトラフルオロエチレンの重合体をいう。PTFEは,塊状重合,溶液重合,懸濁重合,吹込重合,乳化重合等のいずれの重合方法により得られたものも使用できる。また,これらの方法で得られたバージンPTFEを一度成形し,熱焼成した後,粉砕して粉末化したいわゆる再生PTFEやバージンPTFEをガンマ線照射などの方法で処理して粉末化したいわゆるPTFE潤滑粉や,バージンPTFEを粉砕し,微粉末化したPTFE粉等が好ましく使用できる。PTFEの平均粒径は30μm以下であることが好ましく,とくに表面被覆層の層厚や表面粗さを均一にするためには,15μm以下であることが好ましい。ただし,最小粒径は,PTFE粉が凝集を起こさない粒径以上であることが好ましい。このようなPTFE粉の配合量としては,分子内に反応性基を有するフッ素系樹脂100重量部に対して,70〜150重量部であることが好ましい」(段落【0018】),「本発明に係る固体潤滑材は,表面被覆層に配合することにより,すべり性や耐磨耗性を向上させることのできる固体粉末であれば使用することができる」(段落【0020】),「比較例4 ポリウレタン樹脂100重量部をメチルエチルケトン350重量部で希釈して,その溶液中に表1に示す配合割合の原料を混合し,さらに表1に示す配合割合の硬化剤を配合して表面被覆形成液を得た。この表面被覆形成液を用いて,硬化条件を表1に示す条件とする以外は実施例1と同一の条件方法で,8〜15μmの層厚の表面被覆層を有するワイパーブレードおよび試験片を得た」(段落【0036】),との記載があり,【表1】には,実施例1〜5において,120又は130重量部のPTFEが添加され,比較例4において,130重量部のPTFEが添加されたことが記載されている。
イ 上記【表1】において,比較例4に添加されたPTFEは,実施例1のPTFEと同列に記載され,比較例4に添加されたPTFEが,実施例1〜5におけるPTFEと別のものである旨の記載はないから,比較例4におけるPTFEは,実施例1〜5におけるPTFEと同じものと認められる。そして,実施例1を含む先願明細書に記載された「PTFE」に関して,先願明細書の発明の詳細な説明の項の段落【0018】には,「PTFE」は,「四フッ化エチレン樹脂」を略称したものであり,成形,熱焼成後,粉砕して粉末化したいわゆる再生PTFEや,PTFE潤滑粉及び微粉末化したPTFE粉等があり,好ましい粒径範囲も明記されていることから,当然に粉末化された樹脂であると認められる。また,上記記載によれば,四フッ化エチレン樹脂(PTFE)を含有させることで,表面被覆層のすべり性や耐磨耗性が更に向上する旨記載されているが,この作用は,別途配合された固体潤滑材の作用と同一である。
ウ そうすると,比較例4に配合されたPTFEは,すべり性や耐磨耗性を向上させる固体潤滑材と同じ目的を持って添加された粉末樹脂であるということができ,比較例4に配合された他の成分のうち,有機ケイ素系弾性体,グラファイト及び二硫化モリブデンは固体潤滑材であるから,残余の「硬化剤-1」とポリウレタン樹脂とがいわゆるバインダー成分である。したがって,比較例4は,「硬化剤-1」により硬化・定着されたポリウレタン樹脂が,各種固体潤滑材及びPTFEから成るパウダー成分のバインダー成分であることを開示しているものと認められる。
エ 原告は,甲5の表4.6.1のPTFEの構造式には上記「硬化剤-1」のイソシアネート基(-NCO)と反応する水酸基(-OH)が存在していないと主張するが,PTFEにはイソシアネート基(-NCO)と反応する水酸基(-OH)が存在しないから,PTFEがバインダー成分としての役割を果たさず,残余の成分の中でその役割を果たすものは,ポリウレタン樹脂にほかならない。そして,このポリウレタン樹脂が,二硫化モリブデン,グラファイト,窒化ホウ素,ポリテトラフルオロエチレン樹脂から選ばれるパウダー成分のすべてに対してバインダー成分として働くものと認められるから,このポリウレタン樹脂が,選択的にPTFEのみを硬化定着してPTFE系フッ素樹脂被膜を形成し,この被膜が他の潤滑剤成分に対してバインダーとして働くということはできない。
オ したがって,比較例4におけるポリウレタン樹脂が先願明細書に記載する二硫化モリブデン,グラファイト,窒化ホウ素,PTFEから選ばれるパウダー成分のバインダー成分であるとした本件決定の認定を誤りということはできず,原告の上記Aの主張は,採用の限りではない。
(4) 以上によれば,先願明細書には,「上記表面被覆層〈コーティング組成物〉が,二硫化モリブデン,グラファイト,窒化ホウ素,ポリテトラフルオロエチレン樹脂から選ばれるパウダー成分と,ウレタン系樹脂でなるバインダー成分とを含んでいることを特徴とする車両用ワイパーブレード」(決定謄本5頁第2段落)の発明が記載されているとした本件決定の認定に誤りはない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴