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関連審決 不服2000-2208
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  パリ条約 /  優先権 /  容易に想到(容易想到性) /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 303号 審決取消請求事件
原告 ルークラメレン ウント クツプルングスバウ ベタイ リグングス コマンディート ゲゼルシャフト
訴訟代理人弁護士 加藤義明
同 角田邦洋
同 弁理士 久野琢也
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 舟木進
同 大野克人
同 内田博之
同 宮川久成
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/07/18
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2000-2208号事件について平成13年3月27日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,昭和61年4月4日にした特許出願(パリ条約による優先権主張日1985年〔昭和60年〕4月4日,同年5月10日,同年9月7日・ドイツ連邦共和国,特願昭61-76832号)の一部につき,平成10年1月30日,名称を「互いに相対的に回動可能な少なくとも2つのはずみ質量体の間に設けられた緩衝装置を有する装置」とする新たな特許出願(特願平10-18513号)をしたが,平成11年11月16日,拒絶査定を受けたので,平成12年2月22日,これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は,同請求を不服2000-2208号事件として審理した上,平成13年3月27日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年4月10日,原告に送達された。
2 平成11年4月15日付け手続補正書により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載(以下「本願発明」という。) 互いに相対的に回動可能な少なくとも2つのはずみ質量体の間に設けられた緩衝装置を有し,この緩衝装置の回動抵抗が回転数もしくは遠心力に関連して変化可能であってかつ前記緩衝装置が少なくとも周方向に有効な蓄力器と出力側のはずみ質量体に形状接続で結合された摩擦装置とを有しており,回転数もしくは遠心力に関連した前記緩衝装置の回動抵抗が回転数の増大もしくは遠心力の増大に伴って上昇することを特徴とする,互いに相対的に回動可能な少なくとも2つのはずみ質量体の間に設けられた緩衝装置を有する装置。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,特開昭55-20964号公報(甲5,以下「引用例1」という。)記載の発明(以下「引用発明1」という。)及び特開昭59-151624号公報(甲6,以下「引用例2」という。)記載の発明(以下「引用発明2」という。)並びに周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由
1 審決は,引用発明1には引用発明2の技術的思想の適用を阻害する事由があるのにこれを看過し,相違点についての判断を誤った(取消事由)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(相違点についての判断の誤り) (1) 審決は,本願発明と引用発明1の相違点イとして認定した,「本願発明では,『回転数もしくは遠心力に関連した緩衝装置の回動抵抗が回転数の増大もしくは遠心力の増大に伴って上昇する』ように変化可能となっているのに対し,引用発明1では,そのようになっていない点」(審決謄本4頁〈相違点イ〉,以下「相違点イ」という。)について,「引用例2には・・・『緩衝装置の回動抵抗を回転数の増大もしくは遠心力の増大に伴って上昇するように変化可能とする』技術思想が開示されているものと解することができる。そして,引用発明1及び2は,フライホイール部に設けた緩衝装置の点で同様な技術分野に属するものであること,及び,引用発明1に上記技術思想の適用を妨げる特段の事情も見当たらないことより,上記相違点イに係る本願発明の構成は,引用発明1に上記引用発明2に係る上記技術思想を適用して,当業者が容易になし得た」(同頁下から第2段落〜5頁第1段落)と判断した。しかしながら,引用発明1には引用発明2の技術的思想の適用を阻害する事由があり,審決の上記判断は,この阻害事由を看過した誤りがある。
(2) 引用例1(甲5)には,解決すべき従来技術の問題点として,「従来技術は,エンジンの高速回転領域で,著しい効果を達成しているが,反面,エンジンの低速回転領域での激しいトルク変動に,効果的でないことが経験上知られている。
実際面から云えば,トルク変動が最も多く且つ激しく生じるのは,エンジンの低速回転領域であるから,従来装置は,これらの点の対策に不充分であったと云える」(2頁右上欄〜左下欄)と記載され,発明の目的として,「この発明(注,引用発明1)は,これら従来技術の問題点に着目して開発したもので,一定値以上のトルク変動が入力軸に生じた場合,このトルク変動を出力軸に伝達させないようにするため,回転トルク伝達機構に組み込まれる慣性体を,ドライブプレートとフライホイールとに2分割し,これらの間にトルク制限機構を有するクラッチ機構とダンパー機構とを介在させた装置を提供することを目的とし,かような装置の提供により,低速回転領域で生じるトルク変動の吸収を可能にさせている」(2頁左下欄)と記載されている。これらの記載によれば,引用発明1は,低速回転領域で発生する激しいトルク変動の対策が不充分であったという従来技術の問題点から出発するもので,一定値以上のトルク変動が入力軸に生じた場合に,回転数に関係なく,このトルク変動を出力軸に伝達させないようにすることで,低速回転領域で生ずる激しいトルク変動の吸収を可能にすることを目的ないし技術的課題としているものといえる。すなわち,引用発明1は,低速回転領域において発生する一定値以上の激しいトルク変動を回転数に関係なく出力軸に伝達させないようにすることを目的としている。
そうすると,トルク変動に際してはエンジンの回転数も相応に変動することになるので,出力軸に伝達される回転トルクの上限値をエンジンの回転数に関連して変化させると,トルク変動に際して出力軸に伝達される回転トルクの上限値も変化し,一定値以上の激しいトルク変動を出力軸に伝達させないようにするという目的が達成されなくなるから,出力軸に伝達されるトルク変動の上限値,すなわち回転トルクの上限値を,エンジンの回転数に関連して変化させる技術的思想は,むしろ目的達成の妨げになるものとして,排除されていると考えるべきである。上記出力軸に伝達される回転トルクの上限値とは,引用例1の「クラッチライニング24」の摩擦力によって決定される伝達許容回転トルク値のことであって,緩衝装置の回動抵抗を意味するものであり,また,遠心力は回転数の関数であることから,結局,引用発明1にとって,緩衝装置の回動抵抗が回転数,遠心力に関連して変化させられ得るようにするという技術的思想,ひいては緩衝装置の回動抵抗を回転数の増大若しくは遠心力の増大に伴って上昇するように変化可能とする技術的思想は,回避すべきものというべきである。
したがって,引用発明1に引用発明2の「緩衝装置の回動抵抗が回転数もしくは遠心力に関連して変化させられ得るようにする」技術的思想を適用することを妨げる特段の事情があるから,引用発明1との相違点イに係る本願発明の構成は,引用発明2の上記技術的思想の適用によって,当業者が容易に想到し得たものということはできない。
被告の反論
1 審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(相違点についての判断の誤り)について 当業者が引用発明1を具現化する場合には,「トルク変動が最も多く且つ激しく生じる低速回転領域において生じるトルクの変動の吸収を可能にする」ために,「トルク変動が最も多く且つ激しく生じる低速回転領域」が具体的にどのようなエンジンの回転数の範囲であるかについて調べ,次いで,その範囲を考慮して,どの程度までの発生トルクの伝達を許容し,それより大きい発生トルクの伝達を遮断することが効果的かを検討して,具体的な値を決定するのが技術常識であり,このような具体的な値は,当業者が必要性に応じて適宜決定する設計的事項であって,現実には幅のある値と解される。そして,本願発明における伝達許容回転トルク値について見ると,その特許請求の範囲の請求項1の記載「緩衝装置の回動抵抗が回転数もしくは遠心力に関連して変化可能であって,回転数もしくは遠心力に関連した前記緩衝装置の回動抵抗が回転数の増大もしくは遠心力の増大に伴って上昇する」のように具体的な値が特定されていないし,また,引用発明2の「摩擦伝達装置の滑りによって動力伝達系の捩り振動吸収を行う装置において,当該摩擦伝達装置の摩擦力を回転数もしくは遠心力の増大に伴って増大させるようにする」との技術的思想における伝達許容回転トルク値について見ても,具体的な値が特定されていない。そうすると,本願発明との対比において,引用発明1に引用発明2の技術的思想を適用する際,回転数若しくは遠心力の増大に伴って増大させる摩擦伝達装置の摩擦力の値,すなわち伝達許容回転トルク値を,「トルク変動が最も多く且つ激しく生じる低速回転領域」において「トルク変動が最も多く且つ激しく生じる低速回転領域において生じるトルクの変動の吸収を可能にする」範囲にすることは当然であって,これを,あえて原告が主張する「トルク変動が最も多く且つ激しく生じる低速回転領域」において「トルク変動が最も多く且つ激しく生じる低速回転領域において生じるトルクの変動の吸収を可能にする」範囲を超えるものとしなければならない必然性はない。
したがって,引用発明1において,伝達許容回転トルク値をエンジンの回転数に関連して変化させるという引用発明2の技術的思想を適用することを妨げる事情は存在しない。また,引用例1(甲5)の記載によれば,引用発明1は,エンジンの高速回転領域において,クランク軸のねじり振動,急激なトルク変動あるいは所望値以上の高トルクの遮断を行った後,出力軸に伝達されるようにして著しい効果を達成することを肯定した上で,トルク変動が最も多くかつ激しく生ずる低速回転領域において生じるトルクの変動の吸収を可能にすることを優先して,伝達許容回転トルク値を設定したものであると解される。そうとすれば,少なくとも,エンジンの高速回転領域において,クランク軸のねじり振動,急激なトルク変動あるいは所望値以上の高トルクの遮断を行った後,出力軸に伝達されるようにして著しい効果を達成するという技術的思想を排除するものではない。
当裁判所の判断
1 取消事由(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は,引用発明1にとって,緩衝装置の回動抵抗が回転数,遠心力に関連して変化させられ得るようにするという技術的思想,ひいては緩衝装置の回動抵抗を回転数の増大若しくは遠心力の増大に伴って上昇するように変化可能とする技術的思想は,回避すべきものというべきであるから,引用発明1に引用発明2の「緩衝装置の回動抵抗が回転数もしくは遠心力に関連して変化させられ得るようにする」技術的思想を適用することを妨げる特段の事情があると主張するので,検討する。
(2) 引用例1(甲5)には,「内燃機関のクランク軸の回転トルクは,クラッチ機構を構成するクラッチディスク又はフライホイールにダンパー機構を組み込み,クランク軸のねじり振動の減衰或いは所望値以上の高トルクの遮断を行なった後,被動軸即ち出力軸に伝達させている。しかしこれら従来技術は,エンジンの高速回転領域で,著しい効果を達成しているが,反面,エンジンの低速回転領域での激しいトルク変動に,効果的でないことが経験上知られている。実際面から云えば,トルク変動が最も多く且つ激しく生じるのは,エンジンの低速回転領域であるから,従来装置は,これらの点の対策に不十分であったと云える。この発明は,これら従来技術の問題点に着目して開発したもので,一定値以上のトルク変動が入力軸に生じた場合,このトルク変動を出力軸に伝達させないようにするため,回転トルク伝達機構に組み込まれる慣性体を,ドライブプレートとフライホイールとに2分割し,これらの間にトルク制限機構を有するクラッチ機構とダンパー機構を介在させた装置を提供することを目的とし,かような装置の提供により,低速回転領域で生じるトルク変動の吸収を可能にさせている」(2頁右上欄〜左下欄),「駆動軸2からの回転トルクは,摩擦板24を介して,そのねじり振動をコンプレッションスプリング26で吸収しながら,被動軸3に伝達されるが,しかし,ダイヤフラムスプリング25のバネ力およびクラッチライニング24の摩擦係数等で決められる伝達許容回転トルク値以上の回転トルクがドライブプレート7と第1,第2のドライブディスク20,21間に生じると,第2図に破線部A1或いはB2で示すように,摩擦板24にすべり現象が生じ,トルク伝達がA2或いはB3に制限される。駆動軸2と被動軸3の間に生じた急激なトルク変動は,2分割された慣性体4を構成するドライブプレート7とフライホイール9との間で制限され,フライホイール9からディスク27へ伝達されるトルク変動を吸収する。かくして,たとえば,エンジンの低速回転領域で多く生じる激しいトルク変動を,被動軸に減衰させて伝達するので,出力側の機器へ何んら悪影響を与えない」(3頁左下欄〜右下欄)との記載がある。これらの記載によれば,引用発明1においては,従来,クラッチディスク等にダンパー機構を組み込んで,エンジンから生ずるトルク変動を吸収することが行われてきたが,ダンパー機構だけではエンジンの低速回転領域で典型的に生ずる大きなトルク変動に対処するには不十分であるとの課題を解決するため,一定値以上の大きなトルク変動への対策として滑り変動を生ずるクラッチ機構を設けたものであることが理解される。すなわち,引用発明1は,小さなトルク変動を吸収するダンパーと大きなトルク変動を吸収するクラッチの2段階の振動吸収機構を備えることによって,エンジンから生ずる不快な振動が被動軸に伝達されることを防止しようとするものであると認められる。そうすると,引用発明1が備える構成は,確かに,エンジンの低速回転領域においては,原告の主張するように,「一定値以上のトルク変動が入力軸に生じた場合,回転数に関係なく,このトルク変動を出力軸に伝達させないようにする」ものであるから,回転数に応じて伝達トルクの上限値を変化させるという本願発明の技術的思想とは異なるものである。
(3) しかしながら,引用発明1は,引用例1(甲5)の「従来技術は,エンジンの高速回転領域で,著しい効果を達成しているが,反面,エンジンの低速回転領域での激しいトルク変動に,効果的でないことが経験上知られている」(2頁右上欄)との記載に照らせば,エンジンの回転の安定した高速回転領域では従来のダンパーだけのトルク吸収機構でも十分に効果があることを指摘した上で,当該ダンパーだけでは低速回転領域で典型的に生ずる激しいトルク変動に対応できないことから,この激しいトルク変動を吸収することを発明の課題として,低速回転領域で典型的に生ずる激しいトルク変動を吸収するために,上記のとおり,クラッチ機構を備えることを課題解決の手段としたものであり,高速回転領域ではダンパーにより,低速回転領域ではクラッチにより,それぞれ適切な振動吸収が行われることを期待しているものと認めることができる。このように,引用発明1の二つの振動吸収機構は,それぞれその機能を発揮する回転数領域を分担し,回転数に関係させて作用するようにされているものである。加えて,上記のとおり,引用例1には,高速回転領域では従来のダンパー機構だけでも著しい効果があること,また,激しいトルク変動は低速回転領域で典型的に生ずるものであることが記載され,これらの記載は,吸収すべきトルク変動の大きさは回転数に依存して変化するものであることを示唆しているから,緩衝装置の回動抵抗を回転数若しくは遠心力に関連して変化させることを許容しているものであることが明らかであり,引用発明1に引用発明2の「緩衝装置の回動抵抗が回転数もしくは遠心力に関連して変化させられ得るようにする」技術的思想を適用することを妨げる特段の事情があるということはできない。
(4) したがって,相違点イについて,「引用例2には・・・『緩衝装置の回動抵抗を回転数の増大もしくは遠心力の増大に伴って上昇するように変化可能とする』技術思想が開示されているものと解することができる。そして,引用発明1及び2は,フライホイール部に設けた緩衝装置の点で同様な技術分野に属するものであること,及び,引用発明1に上記技術思想の適用を妨げる特段の事情も見当たらないことより,上記相違点イに係る本願発明の構成は,引用発明1に上記引用発明2に係る上記技術思想を適用して,当業者が容易になし得た」(審決謄本4頁下から第2段落〜5頁第1段落)とした審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由の主張は採用することができない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴