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関連審決 無効2000-35301
関連ワード 技術的思想 /  公然実施(29条1項2号) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の判断 /  抵触 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  変更 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 588号 審決取消請求事件
原告 日本車輛洗滌機株式会社
訴訟代理人弁護士 野上邦五郎
同 杉本進介
同 冨永博之
被告 株式会社ヒラマツ
訴訟代理人弁護士 塩見渉
同 弁理士 笠井美孝
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/07/18
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2000−35301号事件について平成13年11月26日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「洗車機」とする発明(特許第1743117号,昭和58年9月9日出願,平成5年3月15日設定登録,以下「本件発明」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。被告は,平成12年6月6日,本件特許につき無効審判の請求をし,特許庁は,同請求を無効2000-35301号事件として審理した結果,平成13年11月26日,「特許第1743117号を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同年12月6日,原告に送達された。
2 本件発明の要旨 先端部に長手方向及び幅方向に突出する突出物を有する被洗車輌を幅方向に跨ぎ,該車輌の長手方向に沿って走行可能な門型フレームと, 該門型フレームに垂下され,該門型フレーム上を幅方向に走行可能な洗車ブラシと, 該洗車ブラシが被洗車輌の前後面に接触していることを検出する接触検出器と, 該洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた幅方向中央側の限界位置に到来したことを検出する幅方向限界位置検出器と,(以下「構成要件d」という。) 該洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた幅方向端側の退避位置に到来したことを検出する幅方向退避位置検出器と,(以下「構成要件e」という。) 前記洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた長手方向先端側の退避位置に門型フレームが到来したことを検出する長手方向退避位置検出器と,(以下「構成要件f」という。) 前記洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた長手方向中央側の限界位置に門型フレームが到来したことを検出する長手方向限界位置検出器と,(以下「構成要件g」という。) 少なくとも被洗車輌の前面と側面を前記洗車ブラシにより洗滌させ,前面洗滌から側面洗滌への移行又は側面洗滌から前面洗滌への移行に際して,前記各位置検出器からの位置信号及び接触検出器からの接触信号により門型フレームを前後進させ且つ前記洗車ブラシを横行させ,前記突出物を洗車ブラシと当接させずに被洗車輌の洗滌を行わせる制御装置と,(以下「構成要件h」という。) を備えたことを特徴とする洗車機。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件発明は,株式会社東友サービス(以下「東友」という。)が昭和58年8月小松島市に納入した「TWB-S2800R型」洗車機(以下「小松島洗車機」という。)に係る発明(以下「公然実施発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり(以下「無効理由1」という。),また,「洗車給油所新聞」第222号(宏文出版株式会社昭和57年4月10日発行)第1頁(本訴甲10,以下「第1引用例」という。),実公昭50-24052号公報(本訴甲11,以下「第2引用例」という。)及び特公昭57-12705号公報(本訴甲12,以下「第3引用例」という。)に記載された発明(以下,第1引用例に係る発明を「引用例発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである(以下「無効理由2」という。)から,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号により無効とされるべきであるとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,無効理由1について,公然実施発明の認定を誤り(取消事由1),本件発明と公然実施発明の相違点2の認定を誤り(取消事由2),同相違点の判断を誤った(取消事由3)結果,本件発明について,公然実施発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った判断をし,無効理由2について,本件発明と引用例発明の一致点の認定を誤り(取消事由4),両発明の相違点の判断を誤り(取消事由5),本件発明の格別の効果を看過した(取消事由6)結果,本件発明について,引用例発明並びに第2引用例及び第3引用例に記載された各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った判断をしたものであり,違法として取消しを免れない。
1 無効理由1(公然実施発明に基づく容易想到性)について (1) 取消事由1(公然実施発明の認定の誤り) 小松島洗車機は,大ブラシで車輌前面と左側面を洗滌し,小ブラシで右側面を洗滌するものである。これに対し,特殊自走式自動洗車機取扱説明書(審判甲31・本訴甲4,以下「甲4」という。)の洗車機は,大ブラシが車輌前面と右側面を洗滌し,小ブラシが左側面を洗滌するものであって,小松島洗車機と異なる。
審決は,甲4及び同じく別の取扱説明書(審判甲32・本訴甲5,以下「甲5」という。)の共通部分の作動が小松島洗車機の作動である旨認定するが(審決謄本8頁(4)第1段落),甲4を考慮するのは誤りである。
また,小松島洗車機は,設置当初,大ブラシが前面洗滌から側面洗滌に移行する際に,いったん前方に離れることなく横行している点で,現在の作動が設置当初のものから変更されており,この点を看過した審決の認定は誤りである。
(2) 取消事由2(本件発明と公然実施発明の相違点2の認定の誤り) 審決は,本件発明と公然実施発明の相違点2として,「公然実施発明では,上記の『構成要件d及びf』(注,本件発明の幅方向限界位置検出器及び長手方向待避位置検出器)を備えること,並びに,当該構成要件に係る,フレームの前後進や洗車ブラシを横行させる制御が行われることの有無については不明である点」(審決謄本9頁[相違点2])を認定する。しかしながら,甲5には,幅方向限界位置検出器(構成要件d)及び長手方向退避位置検出器(構成要件f)は存在していないことが明確に示されており,審決の認定は誤りである。
(3) 取消事由3(相違点2の判断の誤り) 審決は,上記の相違点2について、「車両の前方に突出しているバックミラーへの当接を回避しつつ前面洗車から側面洗車に移行するためには,洗車ブラシを,突出物(バックミラー)の近傍で,一旦,前方(車両前面から離れる方向)に戻す必要性が存在しうることは当業者であれば容易に想到できるし,そのようなブラシ移動の制御を『全自動』で行うために,上記構成要件dに係る『幅方向・・・を検出する幅方向限界位置検出器』に加え,同じくfに係る,フレームの・・・を検出する『長手方向退避位置検出器』とを設けるようにすることは,常識的な手段であって,格別困難とはいえない」(審決謄本10頁第2段落)と判断するが,誤りである。
甲4は,昭和57年5月に御岳交通に納入された洗車機のものであるが,この洗車機においては,車輌右側の突出物は余り前方に突出していないから,車輌の前面及び右側面を洗滌する大ブラシが前面洗滌から側面洗滌へ移行するに際して前方に突出する突出物を回避するという技術課題は,全く意識されていなかった。
その約1年後に工事請負契約がされた小松島洗車機においては,甲4の洗車機と配置が左右逆になったため,大ブラシで前面及び左側面を洗滌することとなり,このとき初めて,前面洗滌から側面洗滌に移行するに際して前方に突出する突出物を回避するという技術課題が意識された。小松島洗車機における作動は,前方に突出している車輌左側の突出物を回避しつつ前面洗滌から側面洗滌へ移行するために,洗車機本体を車輌前方へ戻すことはせずに,前面を洗滌していた洗車ブラシの回転を止めることにより,回転中は遠心力によって広がっていた洗車ブラシの半径を減少させて突出物を回避するというものである。審決の判断のように,上記の構成が容易想到であり,格別困難とはいえないのであれば,小松島洗車機においても,洗車ブラシをいったん前方へ戻して「幅方向限界検出器」及び「長手方向退避位置検出器」を設け,本件発明と同様の作動がされたはずであるが,現実はそうではない。
東友の代表取締役Aの報告書(審判甲10・本訴甲8,以下「甲8」という。)には,昭和53年以前は2本の洗車ブラシで側面のみしか洗滌できなかったのを,前後面を洗滌できる3本目のブラシを導入したとの記載がある。この前後面洗滌専用の洗車ブラシは,大型車の場合には運転席と反対側(左側)のミラーが前方に突出しているので,右側の洗車ブラシと同じ側に設けられ,障害物のない運転席側から横行して前面洗滌を行い,左側のミラーの手前で停止して引き返していた。小松島洗車機においても,左側の突出物を回避しなければならないという課題が生じたため,昭和61年8月頃に改造されて現在の作動に変更されている。
本件特許出願当時には,前方及び側方へ突出した突出物を回避しながらブラシで洗滌を行う洗車機は,作動を始めると,いずれも,洗車機本体は前進及び停止を繰り返して,前面洗滌,側面洗滌,後面洗滌を行っているのであり,本件発明のように前進,停止,後退,停止,前進という作動を行うものは皆無である。洗車機本体は,フレームが前進及び停止を繰り返して洗滌を続け,一度前進中のフレームが突出物を避けるために後退するという発想はなかった。また,ブラシの左右への横行は,ブラシの重量が洗車機本体の重量に比べ軽いため,比較的容易に行われたが,洗車機本体を後退させることは,その重量が大きいため,起動時の駆動電力が大きく,電力コスト,洗滌時間の点からも,当業者にとって,容易に想到し得なかった。このように,洗車機においては,ブラシを左右へ横行させる作動と,洗車機本体を前後に移行させる作動とは,その容易性において大きく異なるのであり,大型車輌の前面と側面を洗滌するに当たり,ミラー等の突出物を回避して同一の洗車ブラシで洗滌するために,本件発明の構成を採用することは,本件特許出願当時の技術水準では,当業者にとって,容易に想到し得なかった。
審決は,このような洗車機開発の歴史を無視して,現在の技術水準に立って,「車両の前方に突出しているバックミラーへの当接を回避しつつ前面洗車から側面洗車に移行するためには,洗車ブラシを,突出物(バックミラー)の近傍で,一旦,前方(車両前面から離れる方向)に戻す必要性が存在しうることは当業者であれば容易に想到できる」(審決謄本10頁第2段落)と判断するが,誤りである。
2 無効理由2(引用例発明に基づく容易想到性)について (1) 取消事由4(本件発明と引用例発明の一致点の認定の誤り) 審決は,引用例発明が「幅方向退避位置検出器」,「長手方向退避位置検出器」及び「長手方向限界位置検出器」を備えており,この点で本件発明と一致すると認定するが(審決謄本13頁<一致点>),誤りである。
ア 引用例発明の洗車機は,トップブラシ1本とサイドブラシ2本を備え,車輌前面をトップブラシにより洗滌するものであって,サイドブラシが車輌前面へ近接しているのは,車輌位置を検知して,側面洗滌の初期位置を設定するためであり,車輌前面を洗滌するためではない。これに対し,本件発明は,一つのサイドブラシがミラー等の突出物を避けて前面と側面とを洗滌するものであり,本件発明と引用例発明とは,その技術的思想が全く異なる。
審決は,原告のこの主張について,「ミラー等が前方に大きく張り出す車両の前面を,水平方向に配置されるトップブラシで洗滌することは,不可能ではないにしても極めて困難であるか,洗滌部分が大きく限定されて,合理的ではない」(審決謄本16頁第2段落)と認定するが,第1引用例の洗車機である「DUAL-X」のカタログ(甲14,以下「甲14」という。)には,トップブラシで前面洗滌を行っている写真が掲載されているのであるから,この認定は誤りである。
また,第1引用例は,車輌左側に前方及び側方に突出するミラーを備えない車種を対象としたものであり,大型車における突出物を回避するという課題そのものが存在しない。
イ 第1引用例には,ALS検知によってミラーを避けているかどうかは全く記載がなく,「長手方向退避位置検出器」は存在しない。また,再前進について,どのようにサイドブラシがミラーを回避するのか全く明らかではなく,サイドブラシがそのまま再前進すればミラーと当接するような位置の説明図がある。したがって,第1引用例の上記の記載から,「幅方向退避位置検出器」,「長手方向限界位置検出器」が存在すると認定することはできない。
さらに,甲14の洗車機の操作盤には,車種選択(3種類),洗車モード(6種類)の各選択ボタンがあり,その右側に「手動操作ボタン」6個が設けられ,その「手動操作ボタン」の上から4番目の操作ボタンを押すことによって手動でサイドブラシが開くようになっている。すなわち,引用例発明の「サイドミラー逃がし機構」とは,サイドブラシがサイドミラーに接近したことを人が見ていて,手動操作でサイドブラシの開閉を行うものである。
したがって,引用例発明は,本件発明のように,あらかじめ定められた位置に検出器を設けることでブラシが自動的に突出物を回避して前面及び側面の洗滌を行うものとは全く異なる。
ウ 第1引用例には,マイコンにより18の洗車コースが設定可能であるとしか記載されておらず,その詳細は定かではないから,そのマイクロコンピュータが本件発明の「制御装置」に該当すると認定することはできない。
(2) 取消事由5(相違点の判断の誤り) 審決は,「車輌の前面も含めて,できるだけ広い面積を自動的に洗滌するという要請がある一方で,第1引用例記載のものも・・・サイドブラシを車輌前面に近接させる以上,当該サイドブラシの近接時に,車輌の前面を洗車するように構成することは必然的に想到されるところであ・・・る」(審決謄本14頁<上記相違点2について>第1段落)と判断する。
引用例発明の洗車機は「1本のトップブラシと2本のサイドブラシ」を備え,車輌前面はトップブラシで,車輌側面はサイドブラシで各々洗滌するものであるし,サイドブラシが車輌に接近しているのは,車輌の位置を検知して側面洗滌の初期位置を設定するためのものであるから,審決のいうように「必然的に想到される」ものではない。
また,審決は,第1引用例が「サイドミラーを逃がす」ことも主要な目的の一つとしているが(同段落),上記のように,甲14では,手動でボタンを押すことによりサイドミラーを逃がしているのであり,「突出物に当接しない予め定められた位置を検知することにより突出物を自動的に回避する」という本件発明の技術的思想とは全く異なる。
したがって,第1引用例からは,サイドブラシによって前面洗滌を行うことも,前面洗滌から側面洗滌への移行に際して幅方向限界位置を検出する検出器を設けてサイドブラシの制御を行うことも,容易に想到できないことは明らかであり,「『幅方向限界位置検出器』・・・を設けて・・・制御を行うようにすることは,当業者が容易に想到しうる設計事項」(審決謄本14頁<上記相違点2について>第2段落)とする審決の判断は,誤りである。
(3) 取消事由6(格別な作用効果の看過) 審決は「本件発明の作用効果について検討しても,上記各引用例(注,第1ないし第3引用例)の記載から予測しうる域を超えるものではない」と判断する(審決謄本14頁(5))。
しかしながら,上記のように,本件発明は,従来の3本のブラシで行ってきた前後面及び側面の洗滌を,2本のサイドブラシにより可能としたものであり,第1ないし第3引用例から予測し得る域を超える格別な作用効果がある。
被告の反論
1 無効理由1(公然実施発明に基づく容易想到性)について (1) 取消事由1(公然実施発明の認定の誤り)について 審決は,甲4,5に共通する記載の範囲内で,公然実施発明の構成を認定したものであり,甲4と甲5のいずれが小松島洗車機の取扱説明書であるかを認定しなかったことについて,何ら誤りはない。
(2) 取消事由2(本件発明と公然実施発明の相違点2の認定の誤り)について 原告は,甲5の記載を根拠として審決の誤りを主張するが,甲5は,小松島洗車機の構造や作動を具体的かつ正確に表すものではない。
(3) 取消事由3(相違点2の判断の誤り)について 甲5は,記載が極めて粗雑である上に,単に操作を説明するにすぎないから,この記載のみに基づく原告の小松島洗車機の作動に係る主張は,理由がない。
審決のいうとおり,小松島洗車機が設置された昭和58年7,8月当時においても,洗車に際して車体突起物を避けるために洗車ブラシを車輌表面から離れる方向に後退させることは,当業者にとって,容易に想到し得たものである。東友は,その当時,バックミラーを逃げるように洗車ブラシを車輌前面から退避させて走行させる作動を図面上明確に記載し,それを小松島市に対して提示していた。洗車機本体が前後進機構を備えており,洗車に際して前後進する以上,原告の主張するような動力や時間のロスがあるからといって,当業者が本件発明の構成に想到することが困難であったということはできない。現に,第1引用例には,本件特許出願前から,車輌前方に突出するミラーから洗車ブラシを逃がすために洗車機本体を後退させるという作動が明示されている。
2 無効理由2(引用例発明に基づく容易想到性)について (1) 取消事由4(本件発明と引用例発明の一致点の認定の誤り)について ア 第1引用例の中央上部に掲載された写真において,明らかに車体左前端部から斜め前方に向かって大きく突出したバックミラーを備えたワゴン車の洗車状態が示されるとともに,安全装置として「サイドミラー逃げ装置」が記載され,ブラシ機構について,サイドブラシは,サイドミラー逃し回路を採用したためミラーの巻込みの心配がない旨記載されていることから,第1引用例に記載された洗車機が,車輌の左側に突出するミラーを備えた車種を対象とするものであることが認められる。
回転軸をほぼ鉛直方向に向けて吊り下げたサイドブラシによって車輌の前面と側面とを洗滌することは,本件特許出願前から一般的に行われていたことであり,その際,車輌前面の洗滌工程では,サイドブラシが車輌前面に当接するまでは二つのサイドブラシを正転させ,先ず車輌前面の中央だけを洗滌し,その後,サイドブラシを逆転させてから二つのサイドブラシを左右に開く方向に移動させることにより車輌前面を洗滌するというのが一般的であるから,第1引用例の「サイドブラシ逆転し,開くと同時に,ALS検知まで本機後退」との記載から,洗車機の分野に属する当業者であれば,サイドブラシが車輌前面を洗滌する意図をもって作動させられていると認識する。仮に,サイドブラシによって車輌前面を洗滌しないとすれば,わざわざサイドブラシを車輌前面に当接させて,更にその後,サイドブラシがサイドミラーを逃げるように本機を後退させ,所定量の後退後に再び本機を前進作動させるような複雑な作動を行わせるという記載事項に何らの理由も見いだせない。
イ 引用例発明の洗滌作動が,スタートボタンを押すだけで,センサ等の信号に基づくシーケンス制御によって全自動で実施されることは,第1引用例に「全自動洗車」と記載され,コインを投入してスタートボタンを押すだけの操作で洗車が行われると明記されていること等からも明らかである。
したがって,第1引用例のようにバックミラーを避けるようにしてサイドブラシの軌跡を制御するためには,「幅方向退避位置検出手段」,「長手方向退避位置検出手段」及び「長手方向限界位置検出手段」を備える必要があることは,当業者にとって明白である。
ウ 第1引用例に記載の洗車機が全自動洗車機である以上,そのマイクロコンピュータが本件発明の構成要件hの「制御装置」に該当するとした審決の認定にも誤りはない。
(2) 取消事由5(相違点の判断の誤り)について 原告の主張は,引用例発明が車輌前面をトップブラシによって洗滌するものであり,また,手動でサイドブラシの開閉を行うものであることを前提としているが,これらの前提が成り立たないことは上記のとおりである。
(3) 取消事由6(格別な作用効果の看過)について 原告は,本件発明が,従来3本のブラシで行ってきた前後面の洗滌と側面洗滌を,2本のブラシで行うようにしたこと自体に大きな特徴があるとの作用効果を主張するが,このような技術は,本件特許の出願時に,既に公知ないし容易想到の技術にすぎず,何ら格別な技術的効果を見いだすことはできない。
当裁判所の判断
1 無効理由1(公然実施発明に基づく容易想到性)について (1) 取消事由3(相違点2の判断の誤り)について ア 審決は,本件発明と公然実施発明の相違点2として,「公然実施発明では,上記の『構成要件d及びf』(注,本件発明の幅方向限界位置検出器及び長手方向待避位置検出器)を備えること,並びに,当該構成要件に係る,フレームの前後進や洗車ブラシを横行させる制御が行われることの有無については不明である点」(審決謄本9頁[相違点2])を認定した上,同相違点について,「甲第31号証(注,甲4)あるいは甲第32号証(注,甲5)の上記ロの記載(注,審決謄本7頁第2段落)からみて,公然実施発明においても,車両洗滌時に,『バックミラー逃げ』の作動を『全自動』で行おうとする技術課題が意識されていたといえるし,当該『バックミラー』の少なくとも一方は,同甲号証の第3ページに図示されているように,車両の長手方向及び幅方向に突出するものが想定されていたことが明らかである」(同10頁第1段落)と判断する。
そうすると,審決の判断によれば,公然実施発明において,車輌の長手方向及び幅方向に突出するものが想定されていたことが明らかなのであるから,洗車ブラシが突出物に当接しないように,車輌の幅方向において,大ブラシが突出物に当接しないように,ブラシの回転を開始し得る位置を検出するための「幅方向限界位置検出器」が存在すると認定し得るはずであるが,審決は公然実施発明の構成を認定するに際して,「洗車ブラシが前記突出物に当接しない予め決められた幅方向中央側の限界位置に到来したことを検出する幅方向限界位置検出器(構成要件d)」を備えることは不明であると認定しており,審決の上記判断は,この認定事実に抵触する。
イ 審決は,さらに,「上記技術課題に関し,車両の前方に突出しているバックミラーへの当接を回避しつつ前面洗車から側面洗車に移行するためには,洗車ブラシを,突出物(バックミラー)の近傍で,一旦,前方(車両前面から離れる方向)に戻す必要性が存在しうることは当業者であれば容易に想到できるし,そのようなブラシ移動の制御を『全自動』で行うために,上記構成要件dに係る『幅方向中央側の限界位置に到来したことを検出する幅方向限界位置検出器』に加え,同じくfに係るフレームの『長手方向先端側の退避位置』を検出する『長手方向退避位置検出器』とを設けるようにすることは,常識的な手段であって,格別困難とはいえない」(審決謄本10頁第2段落)と判断する。
しかしながら,上記のように,公然実施発明において,幅方向限界位置検出器(構成要件d)及び長手方向退避位置検出器(構成要件f)を備えていたことを認定し得ないとしているのであるから,この部分の判断も,審決自身による公然実施発明の認定と矛盾するものである。審決は,上記のようなブラシ移動の制御を全自動で行うために「長手方向退避位置検出器」を設けるようにすることは,常識的な手段であると判断するが,上記の目的を達成するために構成要件d及びfが必然的に導かれるようなものではなく,これらの構成要件に係る構成が,本件特許出願当時,当業者に周知の技術的事項であったと認め得る証拠はなく,また,これらの構成を公然実施発明に適用することが当業者にとって容易であったことを裏付ける事情もうかがわれない。そうすると,特段の理由も証拠も掲げることなく,これらの点について肯定した審決の認定判断は,是認することができない。
ウ なお,被告は,第1引用例(甲10)及び甲14について,これらには,「車輌前方に突出するミラーから洗車ブラシを逃がすために,洗車機本体を後退させる」という作動が明示されており,この記載に基づき,審決の上記判断に誤りはないと主張する。しかしながら,審決は,本件発明と公然実施発明との相違点として構成要件d及びfを認定した上,その相違点に係る技術事項が当業者にとって周知の技術的事項であったなどとしているのであって,本件特許出願時にいずれも公知であった公然実施発明と引用例発明を組み合わせることにより本件発明をすることが容易であったかどうかについて判断するものではないから,被告の上記主張は,審判において審理判断を経ていないものであって,本件訴訟において主張することは許されない。
(2) したがって,前記の「幅方向限界位置検出器」(構成要件d)及び「長手方向退避位置検出器」(構成要件f)が,本件特許出願時,当業者にとって,周知の技術的事項であったとも,これを公然実施発明に適用することが容易想到であったともいえないのであるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,無効理由1を肯定した審決の判断は,誤りである。
2 無効理由2(引用例発明に基づく容易想到性)について (1) 取消事由4(本件発明と引用例発明の一致点の認定の誤り)について ア 甲10左欄の「『デュアル-X』の仕様」には,その「8.動力内訳」に「トップブラシ」及び「サイドブラシ」が挙げられており,甲14の図面を参酌すれば,「トップブラシ」が車輌の上方に,「サイドブラシ」が車輌の両側に存在することが認められる。また,甲10の記載によれば,引用例発明の洗車機が乗用車及びワゴン車を洗車するものと認められ,他方,「トップブラシ」及び「サイドブラシ」が乗用車及びワゴン車のそれぞれを洗車する場合に,どのように作動するかは明記されていない。そうすると,引用例発明は,「トップブラシ」及び「サイドブラシ」を作動させることで,乗用車及びワゴン車を洗車する洗車機であって,「サイドブラシ」を作動させてバス,パネルバス,トラック等の前後面及び側面を洗車する本件発明(甲2,2欄最終段落)とは,ブラシの作動が基本的に異なることが推認される。そして,このような基本的相違点がある両発明において,なおブラシ等の作動が同一であることをうかがわせる記載は甲10にもなく,その作動のために設置された位置検出手段が同一であることをうかがわせる記載も見当たらない。
イ 審決は,引用例発明が「長手方向退避位置検出器」(構成要件f)及び「長手方向限界位置検出器」(構成要件g)を具備しており,この点で本件発明と一致すると認定するが(審決謄本13頁<一致点>),そのように認定するためには,引用例発明のブラシが洗車に際しどのように作動するかを認定する必要があるところ,そのような認定が困難であることは,上記のとおりである。審決は,上記一致点について,甲10の「サイドブラシ車体検知」との記載及び説明図により認められるとするが(同11頁(2)<第1引用例の記載事項>,同12頁(3)発明の対比),いずれも簡潔な記載にすぎず,これらの記載から,乗用車及びワゴン車の洗車に際し,引用例発明及び本件発明におけるサイドブラシの具体的作動及びその異同並びに検知装置の異同について認定することはできない。
また,審決は,「ミラー等が前方に大きく張り出す車両の前面を,水平方向に配置されるトップブラシで洗滌することは,不可能ではないにしても極めて困難であるか,洗滌部分が大きく限定されて,合理的ではない」(審決謄本16頁第2段落)と認定するところ,仮に,このような一般論を是認するとしても,乗用車及びワゴン車等の洗滌に際し,引用例発明におけるトップブラシ及びサイドブラシの作動が本件発明のものと同一であると認定し得るものではなく,検知手段において両発明が一致すると認定し得るものでもない。このことは,審決が「幅方向限界位置検出器」を両発明の相違点と認定していること(同13頁<相違点2>)からも明らかである。
ウ 被告は,引用例発明の洗車機がサイドブラシにより車輌前面を洗滌する理由として,サイドブラシによって車輌の前面及び側面を洗滌することは,本件特許出願前から一般的に行われており,その場合,サイドブラシが車輌前面に当接するまでは正転させ,まず車輌前面中央だけを洗滌し,その後にサイドブラシを逆転させてから,二つのサイドブラシを車輌側方に向かい左右に開くように移動させることで,車輌前面を洗滌することが一般的な車輌前面の洗滌態様であり,第1引用例(甲10)の「4.ブラシ機構」の記載がこれに合致すること,また,同記載は,サイドブラシを車輌前面に当接させた後,サイドブラシがサイドミラーを逃げるように本機を後退させ,所定量の後退後に再び本機を前進作動させるものであるが,サイドブラシによって車輌前面を洗滌しないとすれば,このような複雑な作動を行わせる理由が不明であることを主張する。しかしながら,第1引用例の「4.ブラシ機構」の記載が本件特許出願時に一般的な洗滌態様であると認めるに足りる証拠はない上,サイドブラシにより車輌前面を洗滌するからといって,その際のブラシの具体的作動態様を一義的に確定し得ないことは,上記のとおりであって,被告の上記主張は,いずれも,採用することができない。
(2) したがって,本件発明と引用例発明が,「幅方向待避位置検出器」(構成要件e),「長手方向退避位置検出器」(構成要件f)及び「長手方向限界位置検出器」(構成要件g)において一致するとした審決の認定は誤りであるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,無効理由2を肯定した審決の判断は,誤りである。
3 以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由は理由があり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は取消しを免れない。
よって,原告の請求は理由があるからこれを認容し,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 長沢幸男