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関連審決 異議2000-72018
関連ワード 容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  発明の詳細な説明 /  援用権(援用) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 307号 特許取消決定取消請求事件
原告 ニッポン高度紙工業株式会社
訴訟代理人弁理士 田中幹人
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 酒井 美知子
同 大橋良三
同 涌井幸一
同 一色 由美子
同 沼澤幸雄
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/07/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が異議2000−72018号事件について平成13年5月28日にした決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「アルカリ電池用セパレータ紙」とする特許第2978785号の特許(平成8年9月12日特許出願,平成11年9月10日設定登録,以下「本件特許」という。請求項の数は11である。)の特許権者である。
本件特許に対し,請求項1ないし11のすべてにつき,特許異議の申立てがあり,この申立ては,異議2000-72018号事件として審理された。原告は,この審理の過程で,平成13年1月9日,本件特許の出願に係る願書に添付された明細書の訂正を請求した(以下,この訂正を「本件訂正」といい,本件訂正による訂正後の明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成13年5月28日,「訂正を認める。特許第2978785号の請求項1〜11に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年6月18日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(本件訂正による訂正後のもの。以下,【請求項1】ないし【請求項11】により特定される発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明11」といい,これらをまとめて「本件発明」という。) 「【請求項1】アルカリ電池における陽極活物質と陰極活物質とを隔離するためのセパレータ紙において,該セパレータ紙は陽極活物質と陰極活物質との内部短絡を防止するための緻密性を有する緻密層と,電解液の保液率を高めるための保液性を有する保液層とを抄紙時に積層一体化してなり,前記緻密層は叩解可能な耐アルカリ性セルロース繊維と合成繊維とを混抄し,該叩解可能な耐アルカリ性セルロース繊維を20重量%〜80重量%の範囲で含有し,かつ,該叩解可能な耐アルカリ性セルロース繊維の叩解の程度がCSFの値で300ml〜0mlの範囲であり,又前記保液層は耐アルカリ性セルロース繊維と合成繊維とを混抄し,該耐アルカリ性セルロース繊維を20重量%〜80重量%の範囲で含有し,かつ,該耐アルカリ性セルロース繊維の叩解の程度がCSFの値で700ml以上であることを特徴とするアルカリ電池用セパレータ紙。
【請求項2】 保液層に用いる耐アルカリ性セルロース繊維の叩解の程度が未叩解である請求項1記載のアルカリ電池用セパレータ紙。
【請求項3】 緻密層に用いる叩解可能な耐アルカリ性セルロース繊維として,マーセル化パルプ,リンターパルプ,ポリノジックレーヨン繊維,有機溶剤紡糸レーヨン繊維,プレハイドライドパルプから選択された1種又は複数のものを使用する請求項1又は2記載のアルカリ電池用セパレータ紙。
【請求項4】 保液層に用いる耐アルカリ性セルロース繊維として,繊維長2mm〜10mmの再生セルロース繊維を使用する請求項1,2又は3記載のアルカリ電池用セパレータ紙。
【請求項5】 緻密層及び保液層に用いる合成繊維として,耐アルカリ性に優れた1種又は複数の合成繊維を使用する請求項1,2,3又は4記載のアルカリ電池用セパレータ紙。
【請求項6】 耐アルカリ性に優れた合成繊維がポリプロピレン繊維,ポリエチレン繊維,ポリアミド繊維,ビニロン繊維,ポリビニルアルコール繊維,ポリプロピレン-ポリエチレン複合繊維,ポリプロピレン-エチレンビニルアルコール共重合体複合繊維,ポリアミド-変性ポリアミド複合繊維,ポリプロピレン合成パルプ,ポリエチレン合成パルプから選択された1種又は複数のものである請求項5記載のアルカリ電池用セパレータ紙。
【請求項7】 ポリビニルアルコール繊維又はポリビニルアルコール粉末をバインダーとして,緻密層と保液層を積層したセパレータ紙全体に対して5重量%〜20重量%配合した請求項1,2,3,4,5又は6記載のアルカリ電池用セパレータ紙。
【請求項8】 緻密層の片面又は両面に保液層を積層一体化してなる請求項1,2,3,4,5,6又は7記載のアルカリ電池用セパレータ紙。
【請求項9】 緻密層がセパレータ紙全体の坪量の50%以下で,かつ,5g/m2以上の坪量である請求項1,2,3,4,5,6,7又は8記載のアルカリ電池用セパレータ紙。
【請求項10】 セパレータ紙としての気密度が2秒/100ml〜100秒/100mlの範囲で,かつ,保液率が550%以上である請求項1,2,3,4,5,6,7,8又は9記載のアルカリ電池用セパレータ紙。
【請求項11】 セパレータ紙としての気密度が2秒/100ml〜100秒/100mlの範囲で,かつ,保液率が600%以上である請求項1,2,3,4,5,6,7,8又は9記載のアルカリ電池用セパレータ紙。」 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件訂正を認めた上,本件発明は,いずれも特開平3-53446号公報(甲第3号証。以下,決定と同様に「刊行物3」という。)に記載された発明(以下「引用発明3」という。),及び,特開昭53-115035号公報(甲第1号証。以下,決定と同様に「刊行物1」という。)に記載された発明,特開昭53-103534号公報(甲第2号証。以下,決定と同様に「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。),特開平6-231746号公報(甲第4号証。以下,決定と同様に「刊行物4」という。)に記載された発明(以下「引用発明4」という。),特開平5-343046号公報(甲第5号証。以下,決定と同様に「刊行物5」という。)に記載された発明,特開昭57-101340号公報(甲第6号証)に記載された発明,特開昭48-83334号公報(甲第7号証)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができた,とするものである。
決定が,上記判断において,本件発明1と引用発明3との一致点・相違点として認定したところは,次のとおりである(決定が,本件発明1と引用発明3との一致点・相違点の認定を,本件発明2ないし本件発明11と引用発明3との一致点・相違点の認定の一部として援用して認定していることは,その説示自体から明らかである。)。
一致点 「アルカリ電池における陽極活物質と陰極活物質とを隔離するためのセパレータ紙において,該セパレータ紙は陽極活物質と陰極活物質との内部短絡を防止するための緻密性を有する緻密層と,電解液の保液率を高めるための保液性を有する保液層とを積層してなるアルカリ電池用セパレータ紙」 相違点 「前者(判決注・本件発明1)が,「緻密層は叩解可能な耐アルカリ性セルロース繊維と合成繊維とを混抄し,該叩解可能な耐アルカリ性セルロース繊維を20重量%〜80重量%の範囲で含有し,かつ,該叩解可能な耐アルカリ性セルロース繊維の叩解の程度がCSF(判決注・カナダ標準形口水度・Canadian Standard Freenessのことであり,JIS P8121に規定される測定方法による。甲第10号証【0068】参照。)の値で300ml〜0mlの範囲である」のに対し,後者(判決注・引用発明3)はそのような規定を有しない点」(以下「第1相違点」という。) 「前者(判決注・本件発明1)が「保液層は耐アルカリ性セルロース繊維と合成繊維とを混抄し,該耐アルカリ性セルロース繊維を20重量%〜80重量%の範囲で含有し,かつ,該耐アルカリ性セルロース繊維の叩解の程度がCSFの値で700ml以上である」のに対し,後者(判決注・引用発明3)はそのような規定を有しない点」(以下「第2相違点」という。) 「前者(判決注・本件発明1)が緻密層と保液層を「抄紙時に積層一体化」するのに対し,後者(判決注・引用発明3)は積層方法が限定されていない点」(以下「第3相違点」という。)
原告主張の決定取消事由の要点
決定は,本件発明1と引用発明3との一致点の認定を誤り(取消事由1),第1相違点ないし第3相違点についての判断も誤ったものであり(取消事由2ないし4),これらの誤りが,それぞれ,請求項1ないし請求項11のすべてについての決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,決定は,すべて違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) 決定は,本件発明1と引用発明3とを対比して, 「刊行物3記載の発明(判決注・引用発明3)における「高密度の不織布層」は,亜鉛のデンドライトを有効に防止して正極合剤(陽極活物質)と亜鉛負極(陰極活物質)との内部短絡を防止するものであるから,本件発明1における「陽極活物質と陰極活物質との内部短絡を防止するための緻密性を有する緻密層」に相当し,刊行物3記載の発明における「低密度で保液性の高い不織布層」は,本件発明1における「電解液の保液率を高めるための保液性を有する保液層」に相当するから,両者は,「アルカリ電池における陽極活物質と陰極活物質とを隔離するためのセパレータ紙において,該セパレータ紙は陽極活物質と陰極活物質との内部短絡を防止するための緻密性を有する緻密層と,電解液の保液率を高めるための保液性を有する保液層とを積層してなるアルカリ電池用セパレータ紙」である点で一致する」(決定書10頁2〜13行) と認定した。
しかし,引用発明3には,「高密度の不織布層」と「低密度で保液性の高い不織布層」があるだけであり,これらは,本件発明1の「緻密層」及び「保液層」とは異なるものである。決定の上記一致点の認定は誤りである。
2 取消事由2(第1相違点についての判断の誤り) 決定は,第1相違点について, 「耐アルカリ性セルロース繊維と合成繊維を混抄したアルカリ電池用セパレータ紙は刊行物4,5にも記載されており,また,刊行物4〜7記載のいずれのアルカリ電池用セパレータ紙においても,耐アルカリ性セルロース繊維の含有量は20重量%〜80重量%の範囲と重複するものであるから,耐アルカリ性セルロース繊維を20重量%〜80重量%の範囲で合成繊維と混抄してアルカリ電池用セパレータ紙を形成することは,当業者にとって困難なことではない。ところで,刊行物4記載の耐アルカリ性セルロース繊維と合成繊維を混抄して形成したアルカリ電池用セパレータ紙は,耐アルカリ性セルロース繊維として叩解可能な有機溶剤紡糸レーヨン繊維を20〜90重量%の範囲で含有し,かつ,該セルロース繊維の叩解の程度がCSFの値で500ml〜0mlであり,緻密性として気密度3.0秒/100ml以上,保液性として保液率500%以上を有し,内部短絡を防止する緻密性と,セパレータに要求される耐アルカリ性,保液性等を備えたものである。刊行物3記載の緻密層は,透気度3〜5秒/100ml程度,保液率300%以上のものであって,亜鉛のデンドライトを有効に防止でき,かつ,保液性の低下に因る性能低下を生じないものが好ましく,レーヨン繊維,ポリプロピレン繊維,或いはビニロン繊維などを主体とするものが用いられるのであるから,そのような緻密層として,刊行物4記載の緻密性及び保液性を備えたセパレータ紙を用いることは,当業者が容易になし得ることである。」(決定書10頁2段〜11頁2段)と判断した。しかし,決定のこの判断は誤りである。
(1) 本件発明1の「緻密層」の役割は,内部短絡を防止するために亜鉛のデンドライトを有効に防止することだけではない。本件明細書の「叩解したセルロース繊維を含む緻密層は,電解液中での厚さの膨張は保液層に比べてわずかである。したがって,電解液中での膨張にともなう緻密層の孔径の拡大もわずかとなり,緻密層と保液層を積層することによって,保液率を高めてもセパレータ紙の電解液中での緻密性も損われにくくなるのである。」(甲第10号証【0028】)との記載から明らかなように,本件発明1の緻密層が有する緻密性は,単なる気密度だけではなく,実際に電解液を含浸した際における電解液中での膨張を抑制し,孔径の拡大を抑制するという観点からの緻密性も含むのである。そのために,本件発明1では,緻密層を,繊維の太さではなく,セルロース繊維の叩解の程度でコントロールするようにしたのである。
このような緻密層を叩解の程度でコントロールするとの本件発明1の技術思想は,刊行物3には開示も示唆もされていない。本件発明1における緻密層についての技術思想は,単に「気密度2〜100秒/100ml」(甲第10号証【0025】)としたことではなく,叩解セルロース繊維のCSFを300〜0mlとすることより,電解液中の膨張を抑制し孔径の拡大を抑制することにあるのである。
これに対して,引用発明3の高密度不織布層は,0.3〜0.5デニール(繊維径の単位)の小径繊維を使用し高密度化したビニロン繊維不織布であり,その気密度が本件発明1の上記気密度と部分的に重複する範囲にあったとしても,電解液中の膨張を抑制し,孔径拡大を抑制することは不可能である。 (2) 刊行物3には,「高密度層(緻密層)」の条件として,「高密度の不織布層はその透気度が3〜5sec/100cc程度,保液率が300%以上のものが好適である。透気度がこの範囲より小さいと亜鉛のデンドライトを有効に防止できず,一方この範囲より大きい場合には保液性の低下に因る性能低下が起きるようになる。」(甲第3号証2頁左下欄5〜10行)との記載がある。決定は,刊行物3のこの記載に基づき,内部短絡を防止する緻密性として気密度3.0秒/100ml以上,保液性として保液率500%以上を有する引用発明4の不織布を,引用発明3のセパレータ紙における「高密度の不織布層」として用いることは,当業者が容易になし得ることである,と判断した。
引用発明3の「高密度層(緻密層)」への適用が可能な材料であるか否かは,その材料が,引用発明3の高密度層が充足すべき「透気度3〜5sec/100ml」との条件を充足しているか否かにより判断されるべきであることは,当然である。その材料がこの条件を充足していなければ,上記のとおり「透気度がこの範囲より小さいと亜鉛のデンドライトを有効に防止できず,一方この範囲より大きい場合には保液性の低下に因る性能低下が起きるようになる」のであるから,引用発明3の「高密度層(緻密層)」への適用が可能な材料である,と判断されることはあり得ない。
しかし,刊行物4に記載された実施例1ないし6の気密度3.0ないし4.0秒/100ml(甲第4号証【0039】表1)と,引用発明3の高密度の不織布層の透気度の範囲である3〜5sec/100cc(判決注・秒/100mlと同じである。)とは,一見すると似ている数値であるとはいえ,実は,その測定方法が異なるものであるため,全く異なる数値とみるべきものなのである。すなわち,引用発明4の実施例における気密度の測定方法は,本件発明1の測定方法と同様であり,JIS P 8117のB型測定器の下部試験片取り付け部分に直径6mmの円筒形絞りを取り付け,同絞り面にセパレータ紙を挟み込み,セパレータ紙の直径6mm円筒面を100mlの空気が通過するのに要する時間(秒/100ml)が測定される(甲第4号証【0034】)ものであるのに対し,刊行物3に記載された気密度の測定方法は,同じJIS P 8117による測定方法ではあるものの,直径28.6mmの円筒形絞り面に挟み込まれた同直径のセパレータ紙の円筒面を100mlの空気が通過するのに要する時間(秒/100ml)が測定されるものであり(甲第13号証),その数値は,引用発明4及び本件発明1の測定方法の結果得られる数値の22.7分の1倍となる(刊行物3に記載された測定方法では,セパレータ紙の透過面積が引用発明4の測定方法の約22.7倍((14.3×14.3×3.14)÷(3×3×3.14)≒22.7)となり,気密度の数値は,透過面積に反比例するためである。)。このように,引用発明4の実施例1ないし6の気密度の数値を,刊行物3記載の測定方法による気密度に換算するためには「22.7」で除する必要があるため,引用発明4の実施例1ないし6のセパレータ紙の気密度3.0秒/100ml〜4.0秒/100ml(甲第4号証【0039】表1参照)を,刊行物3記載の測定方法による気密度に換算した値でみると,0.132秒/100ml〜0.176秒/100mlであり,最も気密度の高い実施例7においても0.837秒/100mlとなる。このような引用発明4のセパレータ紙の気密度は,引用発明3の「透気度3〜5秒/100ml」との適用条件より極端に数値が小さく,気密度が低いものであるため,刊行物3に「透気度がこの範囲(判決注・3〜5秒/100ml)より小さいと亜鉛のデンドライトを有効に防止できず」と記載されている範囲であって,引用発明3の「高密度層(緻密層)」として採用することができないものであることが明白である。
決定の上記判断は,刊行物4に記載された気密度測定方法と刊行物3に記載された気密度測定方法とが異なるものであることを看過し,これらが同じであるとの誤った前提に立ったものであり,明らかに誤りである。
(3) 刊行物4に,「叩解の程度がCSFの値で500〜0ml」の繊維を使用したセパレータ紙(甲第4号証・請求項1)が開示されていることは事実であり,このCSFの値は,本件発明1の緻密層のCSF(300ml〜0ml)の値と部分的に重複する。しかし,引用発明4は,「有機溶剤紡糸レーヨン繊維」という特定の繊維が有する性質を利用して,寸法収縮の小さいセパレータを実現することに関する技術であり,CSFのコントロールの観点からその課題を解決することを図っているものである。これに対して,引用発明3は,ビニロン製の高密度不織布層と低密度不織布層からなる2枚の層を積層し,高密度不織布層を内側(亜鉛負極側)にして円筒状に巻回し円筒状セパレータとするものであり,高密度,低密度をコントロールする要素は,使用するビニロン繊維の太さである。繊維の太さの観点から課題の解決を図ろうとしている引用発明3の「高密度層(緻密層)」の代替技術として,CSFのコントロールの観点から課題の解決を図ろうとしている引用発明4の,全く別異の繊維である「有機溶剤紡糸レーヨン繊維」をそのまま採用することは,何らの動機付けもないことであり,当業者といえども容易に行えることではない。
3 取消事由3(第2相違点についての判断の誤り) 決定は,第2相違点について,次のとおり判断した。
「刊行物1,5の記載から,繊維を抄いて製紙する以前に,繊維自体を叩解すると,抄造する際,叩解された繊維は,叩解されない繊維にくらべて,より密度の高い網目構造を形成し,繊維密度が増加すること(刊行物1参照),不織布の緻密性を高めるために叩解度は高いほうが望ましいが,高叩解領域ではセパレータとしての吸液量が減少し,一方,低叩解領域では不織布の緻密性が低下し,電池の内部短絡現象が発生しやすくなること(刊行物5参照),CSF値が小さい程叩解の程度が高く,CSF値が大きい程叩解の程度が低いこと(刊行物5参照)等が分かる。
また,刊行物1には,叩解により繊維密度を高めて内部短絡を防止する緻密層と,叩解しない吸液性のよい低密度層を積層一体化したセパレータ紙が,刊行物2には,叩解により繊維密度を高めた緻密層と,殆ど叩解しない低密度層を,同時抄造により一体に抄合せた二層セパレータ紙が,それぞれ記載されているが,上記刊行物1,5記載の事項を勘案すると,刊行物1,2記載の低密度層は保液層に相当し,CSF値は大きいものであると認められる。そして,刊行物1記載のものは叩解しないのであり,刊行物2記載のものは殆ど叩解しないのであるから,共にCSF値が,刊行物5記載の低叩解領域である600ml以上を超えていることは明らかであり,700ml以上のものを含むと認められる。
さらに,刊行物3の〈従来技術〉の欄には,セパレータとしては,ポリオレフィン系繊維,レーヨン繊維,あるいはビニロン繊維などを主成分とし,これにパルプやリンターなどを適宜混合した耐電解液性の不織布が使用されている(第1頁右下欄第5〜10行参照)ことが記載され,刊行物4には,耐アルカリ性セルロース繊維として,有機溶剤紡糸レーヨン繊維,リンターパルプ,マーセル化クラフトパルプ等が開示されている。
上述の事項を勘案すると,刊行物3記載の保液層は,耐アルカリ性で保液率のできるだけ高いものがよいといえるから,相違点1について述べたと同様に耐アルカリ性セルロース繊維を,20重量%〜80重量%の範囲で合成繊維と混抄したものとすると共に,叩解の程度が低くCSF値の大きいものとすることは,当業者が想到するに困難なことではなく,その際,刊行物1又は2に記載された叩解しない又は殆ど叩解しない,即ち,CSF値が700ml以上のものを採用することは,当業者が容易になし得ることである。」(決定書11頁3段〜12頁1段) しかし,決定のこの判断は誤りである。
(1) セパレータは,低密度であれば保液量が大きくなる。これは,電解液の保液はセパレータの繊維以外の空いた空間に電解液が進入し,空間が満たされることによってなされるためである。この観点に立てば,引用発明3の低密度層も保液層ということができる。
しかし,本件発明1の「保液層」は,実際に電解液を含浸した際の「保液層」に着目し,セパレータの電解液中での変化を基準としてとらえている。すなわち,セルロース繊維を配合したセパレータは,アルカリ電解液中では電解液に漬ける前に比べて,セパレータの厚さが膨張し,孔径が拡大して電解液を保液するのであり,その膨張の程度(電解液保液量)は,セルロース繊維のCSFに関係し,CSFの値の大きい,叩解の進んでいないセルロース繊維を配合したセパレータほど大きくなるのである。本件発明1は,保液層の保液量を叩解の程度でコントロールするようにしたものであり,このことについては,刊行物3に開示も示唆もされていない。
(2) 引用発明3のセパレータ紙は,合成繊維であるビニロン不織布から成るものである。このようなビニロン不織布からなるセパレータ紙は,低密度にして電解液の保液量を増しても,電解液の保持力に問題があって,重放電には適さないのであり,電池の重放電性能が重視されている現在では,アルカリ電池用セパレータ紙としては全く使用されていない。現在使用されているセパレータ紙には,セルロース系の繊維が必須成分として配合されていることは,当業者では周知の事項である。
4 取消事由4(第3相違点についての判断の誤り) 決定は,第3相違点について,「緻密層と保液層を同時抄造により一体に抄合せた二層セパレータ紙は刊行物2に記載されており,積層手段として,このような抄紙時に積層一体化する手段をアルカリ電池用セパレータ紙に適用することにより,格別な予期されない効果が奏されるものとは認められないから,刊行物3記載の緻密層と保液層を抄造時に積層一体化することは,当業者にとって容易である。」(決定書12頁2段)と判断した。
しかし,引用発明2は,アルカリ電池用セパレータに関するものではないから,これを引用発明3に適用することは,当業者にとって容易ではない。また,本件発明1は,特定の構成を有して役割分担された「緻密層」と「保液層」を「抄紙時に積層一体化」することにより,固有の作用効果を発揮するアルカリ電池用セパレータである。引用発明3のように単に2枚のセパレータを積層するものとは異なる。決定の上記判断は誤りである。
被告の反論の要点
原告が主張する取消事由はいずれも理由がなく,決定の認定判断に誤りはない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について 本件明細書の特許請求の範囲(請求項1)の,「該セパレータ紙は・・・緻密層と,・・・保液層とを抄紙時に積層一体化してなり」との記載から明らかなように,本件発明1のセパレータ紙は,緻密層と保液層とを積層して成るものである。
刊行物3には,「有底円筒状の電池缶内に,正極合剤,セパレータ,亜鉛負極を外側から順次配してなる発電要素を収納した筒形アルカリ電池において,前記セパレータとして,亜鉛負極側に設けた高密度の不織布層と,正極合剤側に配した低密度で保液性の高い不織布層からなるものを用いたことを特徴とする筒形アルカリ電池。」(甲第3号証,特許請求の範囲),及び,「透気度4.5sec/100cc,保液率380%,厚さ0.15mmのビニロン不織布Aと,透気度0.8sec/100cc,保液率450%,厚さ0.15mmのビニロン不織布Bとを重合せて積層し,またビニロン不織布Aを内周側に配した状態で,この積層物を1回巻回して筒状に丸めた後,この筒状物の一方の開口端を熱融着して塞いで底部とし,有底円筒状のセパレータを作った。」(甲第3号証3頁左上欄9行〜16行),実施例との記載がある。このように,引用発明3においても,セパレータ紙は緻密層と保液層を積層することによって作られているのである。決定が,前記のとおり,両者が「内部短絡を防止するための緻密性を有する緻密層と,電解液の保液率を高めるための保液性を有する保液層とを積層してなる」点で一致するとした点に,何ら誤りはない。
2 取消事由2(第1相違点についての判断の誤り)について (1) 本件発明1において緻密層に使用する叩解可能な耐アルカリ性セルロース繊維は,有機溶剤紡糸レーヨン繊維,及び,ポリノジックレーヨン繊維を含むものであり(本件明細書(甲第10号証)【0037】,実施例3参照),引用発明4において使用されている叩解可能な耐アルカリ性セルロース繊維と重複しているのである。本件発明1と同様に緻密層と保液層という役割分担がされている引用発明3の緻密層に,引用発明4に記載された叩解可能な耐アルカリ性セルロース繊維を使用して,本件発明1の緻密層を得ることは,当業者が容易になし得ることである。
刊行物3には,亜鉛のデンドライト及び保液性の低下に因る性能低下を有効に防止することを目的として,レーヨン繊維,ポリプロピレン繊維,あるいはビニロン繊維などを主体とする,透気度が3〜5sec/100cc程度,保液率が300%以上の高密度の不織布層を採用することが記載されている。引用発明4のセパレータ紙は,そのような特性を満たす高密度の不織布である。
(2) 原告は,本件発明1の緻密層が有する緻密性は,単なる気密度だけではなく,実際に電解液を含浸した際における電解液中での膨張を抑制し孔径の拡大を抑制するという観点からの緻密性も含むのである,そのために,本件発明1では,緻密層を,繊維の太さではなく,セルロース繊維の叩解の程度でコントロールするようにしたのである,このような緻密層を叩解の程度でコントロールするとの本件発明1の技術思想は,刊行物3に開示も示唆もされていない,と主張する。
しかし,緻密性(気密度)とセルロース繊維の叩解の程度(CSFの値)は関連し,セルロース繊維が緻密であるとは,叩解の程度が高くCSF値の小さいものであること,すなわち,緻密性(気密度)をセルロース繊維の叩解の程度でコントロールすることは,決定の「第2相違点について」に記載されているとおりであり,次のとおり,従来から知られていたのである。
刊行物5には,「・・・不織布の緻密性を高めるために,ポリノジックレーヨンの叩解度は高いほうが望ましいが,CFS値(判決注・CSF値の誤記である。以下同じ。)で400ml以下の高叩解領域ではセパレータとしての吸液量が減少し,低温,強負荷のパルス放電である1.8Ω・5秒ON/5秒OFFの放電性能が低下する。一方,叩解度がCFS値で600ml以上の低叩解領域では不織布の緻密性が低下し,5KΩ,10KΩの超弱負荷の連続放電途中において電池の内部短絡現象が発生しやすくなる。・・・」(甲第5号証【0014】,【0015】)との記載があり,刊行物4には,「叩解された有機溶剤紡糸レーヨン繊維はアルカリ乾電池の電解液による収縮を伴うことなく繊維自体に膨潤性があり,電解液の保持力が増大してセパレータとしての高い保液機能を持ち,フィブリル化した極細枝別れ繊維の紙層構造となることによって孔径が小さく緻密性を持ったセパレータ紙である。このことによりアルカリ乾電池のセパレータ紙として使用した場合,両極活物質の接触による内部短絡の防止効果が大きく・・・均一に緻密性が大きいため無水銀化に伴う陰極亜鉛からの導電性生成物による内部短絡を防止して乾電池の長期間の保存性を向上させることができる。」(甲第4号証【0049】),及び,「叩解度はCSF500ml以上を上回る場合は,叩解による繊維のフィブリル化が不充分であり緻密性に劣り,逆にCSF0ml以上に叩解された材料を更に叩解すると,抄紙する際に抄紙機の抄き網から流出することとなり,歩留まり低下等の結果を招く。」(同【0015】末文)との記載がある。これらから分かるように,アルカリ電池用セパレータ紙において,叩解により内部短絡を防止するための緻密性が得られ,セルロース繊維の叩解の程度で緻密性をコントロールすることは,従来からよく知られている事項である。
セパレータ紙が電解液中で膨張して孔径が拡大すると,陽極活物質と陰極活物質の内部短絡が生じる。引用発明4のセパレータ紙は,上記のとおり「フィブリル化した極細枝別れ繊維の紙層構造となることによって孔径が小さく緻密性を持った」もので,これにより「両極活物質の接触による内部短絡の防止効果が大きく」なるものであるから,本件発明1の緻密層のセルロース繊維と同程度に叩解された,引用発明4の「フィブリル化した極細枝別れ繊維の紙層構造」によって,電解液中の膨張が抑制され孔径の拡大が抑制されていることは明らかである。原告が本件発明1の緻密層の固有の作用・効果であると主張する「電解液中の膨張を抑制し孔径の拡大を抑制」するとの作用効果と,引用発明4のセパレータ紙の作用効果との間に格別な差異はない。
刊行物3に,緻密層を叩解の程度でコントロールすることが記載されてはいないことは,原告が主張するとおりである。しかし,決定は,本件発明1の緻密層は引用発明3の緻密層と同一である,としているのではない。決定は,上記のとおり,アルカリ電池用セパレータ紙において,叩解により内部短絡を防止するための緻密性が得られ,セルロース繊維の叩解の程度で緻密性をコントロールすることはよく知られている事項であるから,刊行物3記載の緻密層に,叩解の程度が本件発明1のセパレータ紙のものと重複する引用発明4のセパレータ紙を適用して,本件発明1の緻密層の構成とすることは容易である,と判断しているのであり,この判断に誤りはない。
(3) 引用発明3のセパレータ紙は,高密度の不織布層(緻密層)と保液性の高い不織布層(保液層)から成るものであり,緻密層により内部短絡の防止,保液層により高い保液性がそれぞれ達成され(甲第3号証2頁左下欄5〜18行参照),それにより,内部短絡を起こしにくく,かつ,セパレータにおける保液性も高くて電池性能が良好な,筒形アルカリ電池を提供することができるものである(同2頁右上欄5行〜8行参照)。
引用発明3の緻密層は,このように内部短絡を防止することを必須の機能とするものであり,刊行物3には,その目安として,「透気度が3〜5sec/100cc程度,保液率が300%以上のものが好適である。透気度がこの範囲より小さいと亜鉛のデンドライトを有効に防止でき」(甲第3号証2頁左下欄5行〜8行)ないことが記載されている。しかし,亜鉛のデンドライト等による内部短絡を有効に防止することができるセパレータ紙であれば,透気度が3〜5sec/100ccより小さくとも,引用発明3の緻密層として適用することが可能であることは,明らかである。
引用発明4のセパレータ紙は,「フィブリル化した極細なセルロース繊維がセパレータ紙中に含有されるものであり,緻密性に優れた気密度が高いものであって,アルカリ乾電池のセパレータ紙として使用した場合に両極活物質の接触による内部短絡や無水銀化に伴う内部短絡の防止効果が大きく,かつ,電気抵抗の小さな,更に活物質の充填量を増加することのできるセパレータ紙」(甲第4号証【0011】第1文)であり,「叩解によってフィブリル化された極細な枝別れ繊維によって緻密な紙層形成がされ,従来品に比べより細孔性を有することから両極のより十分な隔離性を備え陰極生成物の陽極への貫通を防止し,高い保液性と併せて乾電池の保存性を向上させることができる。よって,内部短絡を防止するとともに,セパレータ紙に要求される耐アルカリ性,緻密性,保液性,電気特性等の諸特性を高いレベルで同時に充足することができる。」(同【0011】第3,第4文)ものである。
引用発明4の実施例のセパレータ紙の気密度(透気度)は,3.0〜19.0秒/100mlであり,これを刊行物3記載の測定方法に換算すると,原告が主張するとおり,0.132〜0.837sec/100ccとなる。しかし,刊行物4に「気密度3.0秒/100ml以上」(甲第4号証【0009】)と記載されていることから分かるように,引用発明4においては,気密度の下限が規定されているだけであり,0.837sec/100cc以下のものに限定されているわけではないのであるから,引用発明4において,0.837sec/100ccより大きい気密度を採用し得ることも明らかである。
以上のとおり,引用発明4のセパレータ紙は,緻密性に優れた気密度(透気度)が高いものであって,両極活物質の接触による内部短絡を有効に防止することができるセパレータ紙であるから,具体的に示されている透気度が引用発明3の3〜5sec/100ccより小さくとも,引用発明3の緻密層として適用することが可能なものである。引用発明3の緻密層と引用発明4のセパレータ紙は,両極活物質の接触による内部短絡を有効に防止するものである点で課題が共通しているものであるから,引用発明4のセパレータ紙を引用発明3の緻密層として適用することについて動機付けはあり,両者の気密度の数値が一致していないという理由,又は,両者は,課題の解決を図るに当たっての観点が異なり,発明としての視点を異にするという理由で,引用発明4のセパレータ紙を引用発明3の緻密層として適用することについての動機付けはないとする,原告の主張は失当である。
3 取消事由3(第2相違点についての判断の誤り)について 原告は,本件発明1の「保液層」は,セルロース繊維を配合したセパレータが,アルカリ電解液中では,電解液に漬ける前に比べてその厚さが膨張し,孔径が拡大して電解液を保液するのであり,その膨張の程度(電解液保液量)が,セルロース繊維のCSFに関係し,CSFの値の大きい,叩解の進んでいないセルロース繊維を配合したセパレータほど大きくなることに着目し,保液層の保液量を叩解の程度でコントロールするようにしたものであり,このことについては,刊行物3に開示も示唆もされていない,と主張する。
しかし,アルカリ電池用セパレータ紙において「保液層」を叩解の程度でコントロールすることが,刊行物3に記載されていないとしても,決定が認定したとおり,そのことは,刊行物1,2及び5に記載されているのであるから,引用発明3の「保液層」におけるセルロース繊維の叩解の程度を,刊行物1,2に記載されているものと同程度として,本件発明1の保液層の構成に想到することは,当業者が容易になし得ることである。決定におけるこの点の判断に誤りはない。
引用発明3の「保液層」を,刊行物1,2及び5に記載されているように,セルロース繊維の叩解の程度でコントロールするとともに,刊行物4に記載されているように,耐アルカリ性セルロース系繊維を,20重量%〜80重量%の範囲で合成繊維と混抄したものとすれば,「電解液による厚みの膨潤性があって陽極壁への沿いも良く,耐アルカリ性セルロース系繊維が増量されたことにより高い保液性を持ち備えていると同時に湿潤性が著しく強く,電極間に十分な電解液を保持していることによって電気抵抗をより低下させ放電途中においても陽極亜鉛粒の間隙に電解液を補給しうる性能を持つ」(刊行物4(甲第4号証)【0011】第2文)ものになることは明らかである。本件発明1における「保液層は電解液中で膨張して,重放電に必要な電解液量をセパレータ紙に保持する」(本件明細書(甲第10号証)【0028】第2文)という作用を,格別なものとすることはできない。
原告は,引用発明3のセパレータ紙は,合成繊維であるビニロン不織布から成るものであり,このようなビニロン不織布からなるセパレータ紙は,低密度にして電解液の保液量を増しても,電解液の保持力に問題があり,重放電には適さない,と主張する。しかし,引用発明3は,ビニロン不織布から成るものに限定されるわけではなく,刊行物3には,ビニロン繊維などに「パルプやリンターなどを適宜混合した」ものも使用し得ることが示唆されている(甲第3号証1頁右下欄7行〜10行参照)。原告の主張には,根拠がない。
4 取消事由4(第3相違点についての判断の誤り)について 一般に,セパレータ紙は,正極活物質と負極活物質の間に介在して,イオン拡散による電池反応を阻害しないだけの電解液を保持し,内部短絡が生じないように両電極を隔離する役割を果たすものであって,この役割を果たすために必要な性質が要求される。アルカリ電池のセパレータ紙に求められる性質は,耐アルカリ性が加わるだけで,他は,セパレータ紙一般に求められる上記のものと同一である。
緻密層と保液層とを同時抄造により一体に抄合して二層セパレータ紙とすることは,セパレータ紙に,内部短絡を防止する緻密性と,電解液を保持する保液性を付与するとの役割を付与するための一般的技術であるから,引用発明2のセパレータ紙がアルカリ電池用のものでないとしても,引用発明2の積層方法をアルカリ電池用セパレータ紙に適用するに当たり,技術的な困難性があるわけではない。引用発明2の積層方法をアルカリ電池用セパレータ紙に適用することは,当業者にとって容易である。
原告が主張する本件発明1の固有の作用効果は,引用発明2の二層セパレータ紙においても当てはまる周知の効果であり,アルカリ電池用セパレータ紙に特有の効果ではない。
決定の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由2(第1相違点についての判断の誤り)について 決定は,第1相違点について,引用発明4のアルカリ電池用のセパレータ紙は,「セルロース繊維の叩解の程度がCSFの値で500ml〜0mlであり,緻密性として気密度3.0秒/100ml以上,保液性として保液率500%以上を有し,内部短絡を防止する緻密性と,セパレータに要求される耐アルカリ性,保液性等を備えたものである。刊行物3記載の緻密層は,透気度3〜5秒/100ml程度,保液率300%以上のものであって,亜鉛のデンドライトを有効に防止でき,かつ,保液性の低下に因る性能低下を生じないものが好ましく,レーヨン繊維,ポリプロピレン繊維,或いはビニロン繊維などを主体とするものが用いられるのであるから,そのような緻密層として,刊行物4記載の緻密性及び保液性を備えたセパレータ紙を用いることは,当業者が容易になし得ることである。」(決定書11頁2段),と判断した。しかし,この判断は,誤りである。
(1) 刊行物3には,「有底円筒状の電池缶内に,正極合剤,セパレータ,亜鉛負極を外側から順次配してなる発電要素を収納した筒形アルカリ乾電池において,前記セパレータとして,亜鉛負極側に設けた高密度の不織布層と,正極合剤側に配した低密度で保液性の高い不織布層からなるものを用いたことを特徴とする筒形アルカリ電池。」(甲第3号証1頁・特許請求の範囲),「この発明は,このような内部短絡を起こし難く且つセパレータにおける保液性も高くて電池性能が良好な,筒形アルカリ電池を提供することを目的とする。」(同2頁右上欄2段),及び,「上記の高密度の不織布層はその透気度が3〜5sec/100cc程度,保液率が300%以上のものが好適である。透気度(判決注・透気度を示す数値。小さいほど透気性が高く,大きいほど低い。)がこの範囲より小さいと亜鉛のデンドライトを有効に防止できず,一方この範囲より大きい場合には保液性の低下に因る性能低下が起きるようになる。尚,透気度とはJIS P 8117による透気度を指す。また低密度で保液性の高い不織布層の透気度は0.7〜0.9sec/100cc程度,保液率が450%以上のものが好ましく,透気度がこの範囲より大きいと十分な保液性が得られない。一方,透気度がこの範囲より小さい場合には正極の二酸化マンガンや黒鉛がセパレータ内に侵入し,内部短絡を助長する事になる。」(同2頁左下欄2段,3段)との記載がある。
刊行物3の上記記載によれば,引用発明3のセパレータ紙は,亜鉛負極側に設けた高密度の不織布層と,正極合剤側に配した低密度で保液性の高い不織布層から成るものであること,上記高密度の不織布層としては,透気度が3〜5sec/100cc程度,保液率が300%以上のものが好適であり,透気度がこの範囲より小さいと亜鉛のデンドライトを有効に防止できないこと,及び,この透気度はJIS P 8117により測定されたものであること,並びに,上記低密度で保液性の高い不織布層としては,透気度が0.7〜0.9sec/100cc程度,保液率が450%以上のものが好ましいものであること,が認められる。
(2) 刊行物4には,「アルカリ乾電池における陽極活物質と陰極活物質とを隔離するためのセパレータ紙において,前記セパレータ紙は原料として耐アルカリ性を有するとともに叩解可能な精製セルロース繊維の有機溶剤紡糸レーヨン繊維を20重量%〜90重量%の範囲で含有し,かつ,該有機溶剤紡糸レーヨン繊維の叩解の程度がCSFの値で500ml〜0mlの範囲であることを特徴とするアルカリ乾電池用セパレータ紙。」(甲第4号証2頁・特許請求の範囲),「本発明は内部短絡を防止するとともに,セパレータ紙に要求される耐アルカリ性,緻密性,保液性,電気特性等の諸特性を高いレベルで同時に充足するアルカリ乾電池用セパレータ紙,具体的には耐アルカリ性として面積収縮率5%以下,緻密性として気密度3.0秒/100ml以上,保液性として保液率500%以上,電気特性としてESR20mΩ以下のアルカリ乾電池用セパレータ紙を提供することを課題とする。」(同【0009】),「気密度はJIS P 8117(紙及び板紙の透気度試験方法)のB型測定器の下部試験片取り付け部分に直径6mmの円筒絞りを取り付け,絞り面にセパレータ紙を挟み込み,セパレータ紙の直径6mm円筒面を100mlの空気が通過するのに要する時間(秒/100ml)を測定した。」(同【0034】)との記載があり,その表1(同【0039】)に実施例1ないし7及び比較例1ないし4で得られたセパレータ紙のCSF,気密度,保液率等の数値が示されている。刊行物4には,引き続き,この表1によれば,実施例1ないし6は,CSFが500ないし100ml,気密度が3.0ないし4.0秒/100ml,保液率が530%ないし630%の範囲内の数値を示しており,気密度も保液率も比較例より優れていること,実施例7は,CSFが0ml,気密度が19.0秒/100ml,保液率が665%で,気密度と保液率が最良であったことが記載され(同【0040】ないし【0042】参照),「以上の測定結果から本発明にかかる有機溶剤紡糸レーヨン繊維を叩解して得られるセパレータ紙は内部短絡を防止するとともに,セパレータ紙に要求される耐アルカリ性,緻密性,保液性,電気特性等の諸特性を高いレベルで同時に充足するアルカリ乾電池用セパレータ紙,具体的には・・・緻密性として気密度3.0秒/100ml以上,保液性として保液率500%以上・・・のセパレータ紙を得ることができる。」(同【0044】)との記載がある。
刊行物4の上記記載によれば,引用発明4のアルカリ乾電池用セパレータ紙は,原料として有機溶剤紡糸レーヨン繊維を含有し,同繊維の叩解の程度がCSFの値で500ml〜0mlの範囲であり,その特性としては,耐アルカリ性として面積収縮率5%以下,緻密性として気密度3.0秒/100ml以上,保液性として保液率500%以上,電気的特性としてESR20mΩ以下のものであることが認められる。
(3) 以上からすれば,引用発明3のセパレータ紙が,亜鉛負極側に設けた高密度の不織布層と,正極合剤側に配した低密度で保液性の高い不織布層の2層から成るものであるのに対し,引用発明4のセパレータは,1層により上記の緻密性と保液性を実現したものである点において差異がある。また,何よりも,引用発明3のセパレータの気密度(透気度)は,JIS P 8117に定められた試験方法(ガーレー試験機法)により測定されるものであり,当該測定法においては,直径28.6±0.1mm(面積642mm2)の紙又は板紙を空気100mlが通過する時間で透気抵抗度(本件発明1,刊行物3,4でいう気密度(透気度)は,その単位(秒/100ml)から,この透気抵抗度に当たることは明らかである(以下,「気密度」という。)。)を表すものである(甲第13号証)のに対し,引用発明4のセパレート紙の気密度は,JIS P 8117に規定された方法により測定されるものである点では引用発明3のセパレート紙のものと同じではあるものの,用いられる試験片の直径が6mmであるとの相違がある(本件明細書の発明の詳細な説明の【0071】記載の測定方法によれば,本件発明1における気密度の測定方法も,刊行物4記載の上記測定方法と同じである。)。そして,一定量の空気が通過する時間は,試験片が同じ種類のものであるとき,試験片の面積に反比例するものであることが明らかであり,引用発明3の試験片の面積は,引用発明4の試験片の面積の約22.7倍((14.3×14.3×3.14)÷(3×3×3.14)≒22.7)であるから,引用発明4の実施例1ないし7の気密度の3.0秒/100ml〜19.0秒/100mlを,刊行物3に記載された測定方法による数値に換算すると0.132秒/100ml〜0.837秒/100mlとなる。いうまでもなく,この引用発明4の気密度の数値は,引用発明3の気密度3ないし5秒/100mlとは,大きく異なるものである。
決定が,引用発明3のセパレートの気密度と,引用発明4のセパレートの気密度とを,対比するに当たり,測定方法における上記差異に気付くことなく,引用発明3のセパレート紙の緻密層の気密度が3ないし5秒/100ml程度であり,引用発明4のセパレート紙の気密度が3.0秒/100ml以上であり,両者に重複した範囲のものが含まれているとして,このことを,引用発明3の緻密層として引用発明4のセパレータ紙を用いることができることの不可欠の理由としているものであることは,上記に引用した決定の記載自体から明らかである。
引用発明4の実施例のセパレータ紙の気密度を刊行物3記載の測定方法による数値に換算すると,「3.0秒/100ml以上」が「0.132秒/100ml以上」となり,引用発明3の高密度の不織布層の気密度「3〜5秒/100ml」とは大きく異なるものとなり,むしろ引用発明3の低密度の保液層の気密度の「0.7〜0.9秒/100ml」よりも小さな気密度となるのである(引用発明4の実施例7の気密度0.837秒/100mlが,引用発明3の低密度の保液層の気密度に相当することになる。)。このように,引用発明4の各実施例の気密度の各数値は,いずれも,引用発明3の緻密層の気密度の数値と大きく異なるものであり,刊行物3において「透気度がこの範囲(判決注・3〜5sec/100cc)より小さいと亜鉛のデンドライトを有効に防止できず」と記載されている数値よりはるかに低い数値であることからすれば,引用発明4のセパレータ紙を,引用発明3の「高密度層(緻密層)」に適用することに想到することを,当業者にとって容易なことであったとすることは,できることではないというべきである。
被告は,刊行物4に「気密度3.0秒/100ml以上」(甲第4号証【0009】)と記載されているように,刊行物4には気密度の下限が規定されているだけで,0.837sec/100cc以下のものに限定されているわけではないのであるから,引用発明4においては,0.837sec/100ccより大きい気密度を採用し得ることも明らかである,と主張する。しかし,気密度の値が大きくなると保液率は小さくなる性質を持っていることは当業者に周知であり,引用発明4のセパレータ紙は緻密層の役割と保液層の役割の両者を単一の層で実現するために,気密度3.0秒/100ml以上(換算値0.132秒/100ml以上)と保液率500%以上としたものであり,その気密度の上限は特定されていないものの,保液率の条件を満たすためにおのずから上限値があることが考えられ,それは実施例で示されたものの最大値19.0秒/100ml(換算値0.837秒/100ml)を大きく上回るものではないものと認められる。この引用発明4の気密度は,引用発明3の気密度と大きく隔たりがあることが明らかであり,被告の上記主張は到底採用することができない。
以上のとおりであるから,引用発明3のセパレータの高密度の不織布層(緻密層)として,「刊行物4記載の緻密性及び保液性を備えたセパレータ紙を用いることは,当業者が容易になし得ることである。」(決定書11頁2段)とした決定の判断は明らかに誤りである。決定の第1相違点に関するこの誤りは,すべての請求項につき,決定の結論に影響を与えるものというべきであるから,決定は,他の取消事由について検討するまでもなく,すべての請求項につき,取り消されるべきであることが,明らかである。
2 以上によれば,原告主張の取消事由2は理由がある。そこで,原告の請求を認容することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸