関連審決 | 訂正2001-39163 異議1998-76135 |
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関連ワード | 発明者 / 改良発明 / 新規性 / 29条1項3号 / 頒布された刊行物 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 慣用技術 / 同一の発明 / 技術常識 / 優先権 / 明瞭でない記載 / 特許出願日 / 優先日 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 訂正審判 / 請求の範囲 / 減縮 / 変更 / 釈明 / 訂正明細書 / 異議申立 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
623号
審決取消請求事件
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原告 ダイアバクトAB 訴訟代理人弁理士 小田島 平 吉,江角洋治 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 竹林則 幸,一色 由美子,林栄 二,渕野留 香,大橋信彦 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/08/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が訂正2001-39163号事件について平成14年8月7日にした審決を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
原告は,後記本件発明の特許権者である。しかし,特許異議の申立て(平成10年異議第76135号)を受けた特許庁は,平成13年1月30日,本件特許のうち請求項1,3,6,7に係る特許を取り消す旨の決定をした(請求項2,4,5に係る特許は維持)。そこで,原告は,同決定の特許取消部分の取消しを求めて提訴した(東京高裁平成13年(行ケ)第284号事件)。 原告は,前記訴訟の係属中に,本件訂正審判の請求をしたが,特許庁は,審判請求は成り立たないとの審決をした。そこで,原告は,同審決の取消しを求めて本訴を提起した。 1 前提となる事実等 (1) 特許庁における手続の経緯 (1-1) 本件特許 特許権者:原告 発明の名称:「ヘリコバクテル・ピロリ(Helicobacter Pylori)の検出のための診断用調剤」 特許出願日:平成7年10月17日(優先権主張1994年11月2日スウェーデン国) 設定登録日:平成10年4月10日 特許番号:第2768559号 (1-2) 異議手続及び決定取消訴訟(別件) 特許異議事件番号:平成10年異議第76135号 訂正請求日:平成11年10月18日付け 異議の決定日:平成13年1月30日 決定の結論:「特許第2768559号の請求項1,3,6,7に係る特許を取り消す。同請求項2,4,5に係る特許を維持する。」(訂正は認めず。出訴期間として90日を付加。) 決定謄本送達日:平成13年2月28日(原告に対し) 決定取消訴訟提起:平成13年6月25日(東京高裁平成13年(行ケ)第284号) (1-3) 本件訂正審判の手続 訂正審判請求日:平成13年9月17日(訂正2001-39163号,本件訂正) 審決日:平成14年8月7日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」(出訴期間90日付加) 審決謄本送達日:平成14年8月19日(原告に対し) (2) 本件発明の要旨 (2-1) 本件訂正審判請求前の請求項の記載【請求項1】ヘリコバクテル・ピロリ(Helicobacter Pylori)の活性により影響を受けて,呼気空気に伴い,そこで分析される検出可能な反応生成物を生成する同位体-標識尿素を含む固体の,本質的に水を含有しない組成物から成ることを特徴とするヘリコバクテル・ピロリ感染に伴う胃におけるウレアーゼ活性の存在を検出するための製薬学的調剤。 【請求項2】固体の水溶性酸を含むことを特徴とする請求の範囲第1項に記載の調剤。 【請求項3】同位体-標識尿素が11C,13C及び/又は14Cで標識されていることを特徴とする請求の範囲第1又は2項に記載の調剤。 【請求項4】酸がアスコルビン酸,酒石酸,クエン酸及びアシグルミンの1つ又はそれ以上であることを特徴とする請求の範囲第2又は3項に記載の調剤。 【請求項5】酸が胃において4より低いpHを生ずる量で存在することを特徴とする請求の範囲第2〜4項のいずれか1つに記載の調剤。 【請求項6】投与後に胃において迅速に溶解するように調製されていることを特徴とする請求の範囲第2〜5項のいずれか1つに記載の調剤。 【請求項7】同位体-標識尿素が本質的に200μmより小さい,好ましくは20μmより小さい粒径を有することを特徴とする請求の範囲第2〜6項のいずれか1つに記載の調剤。 (2-2) 本件訂正審判請求に係る請求項の記載(下線部分が訂正箇所。以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「訂正発明1」などという。)【請求項1】ヘリコバクテル・ピロリ(Helicobacter Pylori)の活性により影響を受けて,呼気空気に伴い且つそこで分析される検出可能な反応生成物を生成する同位体-標識尿素を含む固体の,本質的に水を含有しない組成物から成ることを特徴とするヘリコバクテル・ピロリ感染に伴う胃におけるウレアーゼ活性の存在の検出用の,固形調剤 の形態 で経口投与 するための製薬学的調剤。」【請求項2】ヘリコバクテル・ピロリ (Helicobacter Pylori )の活性 により 影響 を受けて ,呼気空気 に伴い且つそこで 分析 される 検出可能 な反応生成物 を生成 する 同位体-標識尿素 を含む固体 の,本質的 に水を含有 しない 組成物 から 成り,且つ固体の水溶性酸を含むことを特徴とするヘリコバクテル・ピロリ 感染 に伴う胃における ウレアーゼ 活性 の存在 を検出 するための 製薬学的調剤 。 【請求項3】同位体-標識尿素が11C,13C及び/又は14Cで標識されていることを特徴とする請求の範囲第1又は2項に記載の調剤。 【請求項4】酸がアスコルビン酸,酒石酸,クエン酸及びアシグルミンの1つ又はそれ以上であることを特徴とする請求の範囲第2又は3項に記載の調剤。 【請求項5】酸が胃において4より低いpHを生ずる量で存在することを特徴とする請求の範囲第2〜4項のいずれか1つに記載の調剤。 【請求項6】投与後に胃において迅速に溶解するように調製されていることを特徴とする請求の範囲第2〜5項のいずれか1つに記載の調剤。 【請求項7】同位体-標識尿素が本質的に200μmより小さい,好ましくは20μmより小さい粒径を有することを特徴とする請求の範囲第2〜6項のいずれか1つに記載の調剤。 (3) 審決の理由 審決の理由は,【別紙】の「審決の理由」(第3項以下の抜粋)に記載のとおりである。要するに,訂正発明1は,刊行物1(米国特許第4830010号明細書,甲3-3)に記載された発明であると認められるので,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであり,たとえ訂正発明1と刊行物1に記載された発明が「固形調剤の形態で経口投与」するという点で相違するとしても,訂正発明1は,刊行物1及び刊行物3(The American Journal of Gastroenterology Vol.86,No.4,1991,p438-445,甲3-5)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものと認められるので,同法29条2項の規定により特許を受けることができないのであるから,結局,訂正発明1は,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであって,本件訂正審判の請求は,同法126条4項の規定に適合しない,というものである。 2 原告の主張(審決取消事由)の要点 (1) 取消事由1(新規性の認定判断の誤り) 審決は,訂正発明1は刊行物1に記載された発明と認められるので,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないとしたが,誤っている。 (1-1) 審決は,「一般に経口で投与される錠剤やカプセル剤は,格別の指示がない限りは,通常は固形調剤の形態で経口投与されると理解されるものであり,刊行物1には,これと反する格別の投与形態を指示する記載はない。」とか,「刊行物1に記載された『経口摂取』する形態は,通常の固形調剤の形態で経口投与することとして理解するのが妥当」などと認定しているが,以下のとおり,誤りである。 (a) 「錠剤」には,内服用に限ってみても,「通常の錠剤」,「咀嚼錠」,「発泡錠」及び「持続性錠剤」の4種が知られており,「錠剤」であるからといって,必ずしも,固形調剤の形態で経口投与されるとは限らない(本訴甲7,審判甲6)。事実,錠剤であっても,あらかじめ水又は微温湯に溶解して経口投与することが推奨されているものがある(本訴甲8,審判甲7)。また,刊行物2(「ヘリコバクター・ピロリ感染症」株式会社医学書院1994年10月15日発行144〜155頁。甲3-4)には,尿素-息試験に使用する同位体-標識尿素(13C尿素)をゼラチンカプセル状態で供給し得ることが示されているが,そのオリジナル英語版(甲3-2)134頁34〜37行に,「英国で入手可能な市販のキット(付録参照)には,100mgの13C尿素は便宜上ゼラチンカプセル内に含有されており,それは開けられそしてその内容物は50mlの飲料水中に滴下される。」と記載されているとおり,ゼラチンカプセル状態で供給される13C尿素は,尿素-息試験に使用するに際してカプセルから出して水に溶解し投与されるものである。 以上述べたとおり,錠剤及びカプセル剤は,必ずしも,固体調剤の形態で経口投与されるとは限らないのであって,本件特許の出願前から,必要に応じて,あらかじめ水や微温湯に溶解して経口投与することもよく知られていたのである。 (b) 尿素-息試験においては,従来,同位体-標識尿素を固体製剤の形態で投与した場合には,尿素を胃全体に迅速に行き渡らせることができず,胃粘膜に斑点状に局在するヘリコバクテル・ピロリとの接触は期待されないと考えられ,尿素-息試験においては,尿素は溶液状態で投与するというのが本件特許の出願当時の当該技術分野の常識であった。 尿素-息試験において,胃粘膜に斑点状に局在するヘリコバクテル・ピロリに対して尿素を確実に行き渡らせるためには,尿素は液状で経口投与する必要があるというのが,本件特許の出願当時の技術常識であり,尿素を固体調剤の形態で経口投与することは全く知られていなかったことである(刊行物1の出願当時においても同様である。)。 見解書(本訴甲9,審判甲8。明治薬科大学薬品化学教室教授,バイオ・ベンチャー研究開発センター長,薬学博士Bによるもの)でも,刊行物1に尿素の投与剤型の例として固体製剤の例が記載されているとしても,尿素-息試験の特殊性からみて,該試験では,尿素を固体製剤のままで経口摂取しようなどとは考えなかったとの見解が示されている。 (c) 刊行物1には,尿素の水溶液を用いた尿素-息試験についての実施例が示されているのみであり,錠剤又はカプセル剤を直接経口投与して尿素-息試験を行うことについては何ら記載も示唆もされていない。 刊行物1の発明者が,尿素を錠剤やカプセル剤の形態で直接投与しても,尿素-息試験でヘリコバクテル・ピロリを精度よく検出することが可能であることを実際に確認していたのであれば,そのことが刊行物1に積極的に記載され,そのことを裏付ける実施例が具体的に開示されていてしかるべきである。しかし,刊行物1の発明者であるCは,その後に出願したWO98/53808(甲3-1)において,刊行物1の方法では,同位体-標識尿素は液状で投与されるものであることを自ら明らかにしているのである(2頁17〜24行)。したがって,刊行物1においては,尿素を錠剤やカプセル剤の形態で直接経口投与して尿素-息試験を実施することは全く意図されていなかったことは明らかである。 (d) 以上のとおり,審決の上記認定判断は,尿素-息試験における従来の技術常識を無視したものであり,誤っていることは明らかである。 (1-2) 審決は,刊行物1の記載に関し,「特許明細書には…発明の全ての実施形態を実施例として示す必要がない」とか,「刊行物1の実施例での投与形態が液剤であることをもって,刊行物1の発明の投与形態が液剤に限られ,具体的な投与剤型として同様に記載されている他の形態は含まれないとすることはできない」などと認定しているが,以下のとおり,誤りである。 米国特許明細書の記載内容は,「発明を実施するために発明者が考える最良の態様(ベストモード)に基づく」ものでなければならず,刊行物1のような化学関係の特許の明細書にあっては,「ベストモード」は一もしくは複数の実施例によって開示するのが普通である。したがって,尿素を水溶液の形態で被験者に投与した場合の実施例しか示されていない刊行物1においては,同位体-標識尿素を固体製剤の形態で被験者に直接投与することは,少なくとも「ベストモード」として何ら認識されていなかったことは明らかである。しかも,前記のとおり,尿素-息試験において,胃粘膜に斑点状に局在するヘリコバクテル・ピロリに対して尿素を確実に行き渡らせるためには,尿素は液状で経口投与する必要があるというのが,本件特許の出願当時の技術常識であり,尿素を固体調剤の形態で経口投与することは全く知られていなかった。 (1-3) 審決は,「甲第1号証(注:本訴甲3-1)における刊行物1への言及は,甲第1号証の発明の背景技術として簡潔に触れたものであり,甲第1号証の発明と対比するため刊行物1に最も具体的に記載された態様(すなわち実施例として記載された態様)に言及したものと理解するのが自然であるので,刊行物1の発明の投与形態が液剤に限られ他の形態は含まれないとする根拠とはなり得ない。」と認定しているが,以下のとおり,誤りである。 上記の審判甲第1号証において,その発明者であり,かつ,刊行物1の発明者でもあるCは,刊行物1に記載の尿素-息試験において尿素は水溶液の形態で投与されるものであることを前提に,尿素を水溶液の形態で投与する場合には多々問題があることを認め,それらを課題として挙げているのである(2頁17行〜3頁5行)。したがって,もし,刊行物1の発明において,尿素を水溶液で投与する場合のデメリットを十分に認識し,かつ,当時の技術常識に反して尿素を固体製剤の形態で経口投与することの可能性を認識していたのであれば,そのことが積極的に記載されていてしかるべきであり,上記のように問題のある尿素を水溶液の形態で投与する場合を「ベストモード」として実施例に記載するようなことはしなかったはずである。 (1-4) 審決は,刊行物3(刊行物1の発明者がその後に発表したもの)の記載について,「この記載は,錠剤製剤の形態での投与態様を示唆しているものであって,それを排除しているものでないことは明らかである」と認定するが,以下のとおり誤りである。 刊行物3には,審決が引用する記載に引き続いて,「我々は現在これらの種々の提案のそれぞれを評価しつつある。」との記載があり,尿素を錠剤の形態で供給することは,将来の課題としての単なる1つの可能性として示唆されているだけであって,現実性をもって記載されているわけではなく,いわゆる「絵に描いた餅」にすぎない。刊行物3のような提案によれば,尿素-息試験において錠剤製剤を直接経口投与しようなどという発想ないし動機は生じてこないものであり,当業者は,むしろ,大量投与による弊害を懸念して,錠剤製剤を直接経口投与するのは避けようと考えるのが普通である。 (2) 取消事由2(進歩性の判断の誤り) 審決は,「たとえ訂正発明1と刊行物1に記載された発明が「固形調剤の形態で経口投与」するという点で相違するとしても,訂正発明1は,刊行物1及び刊行物3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものと認められるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない」と判断したが,以下のとおり誤っている。 (2-1) 訂正発明1の錠剤によれば,刊行物1の実施例で用いられている尿素含有水溶液に比べて,尿素-息試験において,はるかに迅速にかつ正確な診断を下すことができるという顕著に優れた作用効果が得られる。訂正発明1によって達成されるこのような顕著な作用効果は,尿素を固体調剤の形態で直接経口投与して尿素-息試験を行うことについて積極的に記載されていない刊行物1からは到底予測されるものではない。訂正発明1は,刊行物1の記載から当業者が容易に想到し得ないものであることは明らかである。 (2-2) 審決は,「刊行物3には,既に同位体-標識尿素を錠剤形態で投与することが水溶液での投与の改良法として提案されている」と述べている。 しかし,前記のとおり,刊行物3の記載は,尿素を錠剤の形態で供給することを単なる1つの可能性として示唆しているにすぎず,また,当時の技術常識も前記のとおりである。 また,刊行物3には,錠剤製剤の投与について,「したがって,大量の14C-尿素が必要であるかも知れない。」と記載されているが,この記載は非現実的である。放射性同位体-標識尿素を大量に投与すると,被験者が受ける放射能がそれだけ強くなって,人体に与える影響が懸念され,倫理的にも問題がある。この点に関し,審決は,「請求人が主張する非現実的な『大量投与』というようなものは記載されていない。』と述べているが,放射性同位体-標識尿素は人体に有害な放射能を放出する同位体原子を含有しているから,「大量」でなくそれより少ない「多量」であっても,使用しようなどとは考えないものである。 このようなことから,前記のとおり,刊行物3からは,錠剤製剤を直接経口投与しようなどという発想ないし動機は生じてこず,当業者は,むしろ,大量投与による弊害を懸念して,錠剤製剤を直接経口投与するのは避けようと考えるのが普通である。 訂正発明1の特徴及び作用効果は,刊行物3には何ら記載も示唆もされておらず,刊行物3からは到底容易に想到されるものではない。 (2-3) 審決は,「一般に錠剤やカプセル剤は,格別の指示がない限りは,通常固形調剤の形態で経口投与され,服用後,消化器官内で崩壊・溶解するものであって,崩壊時間の調整に崩壊剤等を使用することは周知慣用技術であるから,液剤として投与した場合には口中ウレアーゼによる問題が生じることが一旦認識されれば,上記のような慣用技術を適宜用い,錠剤やカプセル剤で投与することは,当業者が容易に想到し得ることである。」と認定し,また,「錠剤やカプセル剤の消化器官内での崩壊時間を崩壊剤等により調整することは周知慣用技術であり,また,尿素は水に対する溶解性が高いことも知られているのであるから,このような慣用技術を適宜用い,水と共に服用するなどの通常の投与方法により検査に必要な程度にヘリコバクテル・ピロリに接触することを考慮することは,当業者が容易に想到し得ることである。」と認定し,さらに,「刊行物3の該当個所の記載が同位体-標識尿素を水溶液で投与する方法の問題点を認識し,その現実的な解決策のひとつとして,錠剤の形態で投与することを提案していることは,その記載自体から明らかである。」などと認定したが,これらは,いずれも,本件特許の出願当時の技術水準を無視してなされた典型的な後知恵であって,明らかに失当である。 なお,審決は,「甲第3号証(注:本訴甲4)及び甲第5号証(注:本訴甲6)の記載は,生検における採取部位による偽陰性の問題に関するものであって,同位体-標識尿素を固体製剤で投与した場合の問題を論じているものではない。」と述べているが,的外れである。 以上の審決の認定判断は,その根拠を欠くものであり,明らかに失当である。 本件特許の出願当時,尿素-息試験に使用する同位体-標識尿素を固形製剤の形態で直接経口投与することは,偽陰性が生ずる可能性があり,かつまた大量に投与すると危険であると考えられ,当該分野ではタブー視されてきた。本件発明者らは,このタブーを打ち破り,同位体-標識尿素を固形製剤として実際に経口投与したところ,意外にも,何ら偽陽性を生ずることなく,精度よくかつ簡便に胃の中のヘリコバクテル・ピロリを検出することができることを見出し,本件発明を完成するに至ったものである。尿素-息試験を実際の臨床診断に応用する場合,その検査結果の精度は,該検査の成否にかかわる重要な問題である。この点の問題を解決したのが本件発明であって,本件発明は,刊行物1記載の発明の「改良発明」として特許されてしかるべきものである。 3 被告の主張の要点 原告主張の審決取消事由は,いずれも争う。 原告の主張は,審判段階からの従前の主張を繰り返すものであって,審決はこれらの主張について十分検討した上でされたものである。これらの主張に対する判断は,既に審決に説示されたとおりであり,原告の主張にはいずれも理由がなく,審決は違法なものではない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(新規性の認定判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲3-3)は,同位体-標識された尿素の安全かつ有効な量を被験者に投与するカンピロバクター・ピロリディス(注:甲3に添付の訂正明細書と対照すると,訂正発明1の「ヘリコバクテル・ピロリ」と同一のものと認められる。)により惹起又はそれによって介在される上部胃腸管の疾患の診断方法に関するものである(第6欄1行〜11行。訳文3頁)。 刊行物1には,(@)「尿素を『投与する』又は尿素の『投与』なる用語は,被験者の胃の中に尿素を導入する良好な医学手段による任意の方法を意味する。このような投与は好ましくは単回又は複数回に分けての尿素の経口摂取によって行われる。」(甲3-3第3欄42行〜47行。訳文2頁9行〜12行)との記載に続いて,(A)「尿素を投与するために使用される特定の剤型は,例えば,固形の錠剤又はカプセル剤,或いは液剤又は懸濁剤であることができる。」(同第3欄47行〜51行。訳文2頁12行〜14行)との記載がある。 (2) 上記(@)の「投与(する)」の定義を(A)に当てはめれば,「尿素を『被験者の胃の中に導入する良好な医学手段による任意の方法,好ましくは経口摂取によって行う』ために使用される特定の剤型は,例えば,固形の錠剤又はカプセル剤…であることができる。」ということになる。 また,(A)においては,具体的投与形態として,「例えば,固形の錠剤又はカプセル剤,或いは液剤又は懸濁剤であることができる。」と記載され,固形の錠剤やカプセル剤が液剤などと明確に区別して例示されている。 仮に,原告が主張するように刊行物1に記載された固形の錠剤やカプセル剤が,投与時にはすべて水に溶解して投与するもののみを意味するのであれば,投与形態は「液剤」のみということになり,投与形態についての(@)の「胃の中に尿素を導入する任意の方法」という記載とも,(A)における具体的投与形態として,固形の錠剤やカプセル剤と液剤とを区別した記載とも整合しないことになる。 刊行物1の記載が上記のようなものである以上,これに接した当業者が,尿素-息試験を実施するとき,同位体-標識された尿素を「固形調剤の形態で経口投与」するという発明の構成が記載されていると認識することは,明らかである。 (3) したがって,原告の取消事由1の主張は,以上の説示したところから既に理由のないことが明らかであるが,原告は,前記のとおり,審決の説示に沿って逐次その誤りを詳細に主張するので,取消事由1に関する原告の主張を要約整理しつつ検討しておく。 (3-1) 原告は,錠剤及びカプセル剤は,必ずしも,固体調剤の形態で経口投与されるとは限らないのであって,本件特許の出願前から,必要に応じて,あらかじめ水や微温湯に溶解して経口投与することもよく知られていたと主張する。 しかしながら,前判示のとおり,刊行物1には,尿素-息試験を実施するとき同位体-標識尿素を「固形調剤の形態で経口投与」されるものであることが記載されているのであって,錠剤及びカプセル剤をあらかじめ水や微温湯に溶解して経口投与する場合があるとしても,そのことゆえに,刊行物1の(A)の記載を上記のように理解することの妨げとなるものではない。原告の主張は採用することができない。 (3-2) 原告は,尿素-息試験においては,従来,同位体-標識尿素を固体製剤の形態で投与した場合には,尿素を胃全体に迅速に行き渡らせることができず,胃粘膜に斑点状に局在するヘリコバクテル・ピロリとの接触は期待されないと考えられ,ヘリコバクテル・ピロリに対して尿素を確実に行き渡らせるためには,尿素は溶液状態で経口投与する必要があるというのが,本件特許の出願当時の技術常識であり,尿素を固体調剤の形態で経口投与することは,全く知られていなかったと主張する。 上記主張は,尿素-息試験を同位体-標識尿素を錠剤又はカプセル剤の形態で経口投与して実施することは,検査の精度の点で欠点があるというのが当時の技術常識であったという趣旨であろうと解される。 しかしながら,このような技術常識が存在したとしても,そして,刊行物1に接した当業者が,そこに記載された方法にも上記欠点があると考えたと仮定しても,刊行物1において,尿素-息試験を実施するときに同位体-標識尿素を「固形調剤の形態で経口投与」するという技術思想が示されているという事実に変わりはない。つまり,原告主張の点は,刊行物1において,尿素-息試験を同位体-標識尿素を固形調剤の形態で経口投与して実施することが開示されているとすることを妨げるものではない。原告の主張は採用することができない。 (3-3) 原告は,刊行物1には,尿素の水溶液を用いた尿素-息試験についての実施例が示されているのみであり,錠剤又はカプセル剤を直接経口投与して尿素-息試験を行うことについては何ら記載も示唆もされておらず,少なくとも「ベストモード」として認識されていなかったことは明らかであること,刊行物1の発明者は,その後に出願したWO98/53808(甲3-1)において,刊行物1の方法では,同位体-標識尿素は液状で投与されるものであることを自ら明らかにしていることなどを挙げ,刊行物1においては,尿素を錠剤やカプセル剤の形態で直接経口投与して尿素-息試験を実施することは全く意図されていなかったことは明らかであると主張する。 しかしながら,刊行物1において,尿素-息試験を固形の錠剤又はカプセル剤の形態で直接経口投与した実施例が示されていないとしても,発明者の意図がどのようなものであったとしても,刊行物1に,尿素-息試験を実施するとき同位体-標識尿素を「固形調剤の形態で経口投与」するという訂正発明1と同一の構成が記載されているとの前記認定を妨げるものではない(換言すれば,特許出願前に頒布された刊行物に当該出願に係る発明と同一の構成が記載されている以上,その刊行物に記載された発明者の意図ないし認識がいかにあれ,両者は同一の発明であるといわざるを得ないのである。)。原告の主張は採用することができない。 (3-4) 原告は,そのほか,刊行物1の発明者がその後に発表したという刊行物3について,尿素を錠剤の形態で供給することは,単なる1つの可能性として示唆されているだけであり,当業者は,むしろ,大量投与による弊害を懸念して,錠剤製剤を直接経口投与するのは避けようと考えるのが普通であるなどとも主張する。 しかし,刊行物3の記載も錠剤製剤の形態での投与態様を排除する趣旨であるとは認められないばかりか,原告主張の点は,刊行物1において,尿素-息試験を同位体-標識尿素を固形調剤の形態で経口投与して実施することが開示されているとすることを妨げるものではない。原告の主張は採用することができない。 (4) 以上の説示したところによれば,訂正発明1は,刊行物1に記載された発明であると認められるとした審決の認定判断に誤りはなく,これを理由に訂正発明1は特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないとした審決の判断も正当として是認し得るものである。原告が主張するところをすべて精査しても,取消事由1は理由がない。 2 原告主張の取消事由1に理由がなく,この点に関する審決の認定判断が是認し得るものである以上,取消事由2について判断するまでもなく,本件訂正審判の請求を成り立たないとした審決に誤りはないものといえる。 なお,審決が明示的に特許性の判断を示したのは,訂正発明1についてのみである。しかし,審判請求書(甲3)によれば,訂正後の請求項2は,訂正前の請求項1を引用する形式から独立形式とするように表現形式を変えただけで実質的な変更はない上(前掲異議の決定において維持された請求項4,5も同様。),本件審決は,前掲異議の決定が各請求項について判断したところ(原告はこれを争うものではない。)を含むものとして判断しているとも解し得ること,一方,訂正後の請求項3ないし7は,訂正後の請求項1又は2を引用し相互に複雑に関連し,重複する部分もあることなどにかんがみれば,本件は,いずれにしても,上記の点を理由に審決を取り消すべき事案であるとは解されない。 3 結論 以上のとおり,原告の請求は棄却されるべきである。 |
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【別紙】審決の理由訂正2001-39163号事件,平成14年8月7日付け審決(下記は,上記審決の理由部分(第3項以下の抜粋)について,文書の書式を変更したが,用字用語の点を含め,その内容をそのまま掲載したものである。)理由(1.2.…省略)3.請求項1に係る訂正のうち、「固形調剤の形態で経口投与」するという要件の追加は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であることが明らかであり、他の訂正個所は明瞭でない記載の釈明を目的とするものであることが明らかであるので、以下では訂正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下、訂正発明1とする。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否かについて検討する。 (1)引用刊行物及びその記載(引用刊行物の番号は、審判請求書に添付された刊行物番号による。)刊行物1及び刊行物3には、それぞれ以下の事項が記載されている。 刊行物1米国特許第4830010号明細書・「同位体で標識された尿素の安全かつ有効な量を被験者に投与し、そして、同位体で標識された二酸化炭素、同位体で標識されたアンモニア又は両者の加水分解生成物の存在について該被験者の呼気を分析する段階から成る、細菌のカンピロバクター・ピロリディス(Campyrobacterpyloridis)により惹起、又はそれによって介在される上部胃腸管の胃腸疾患の、ヒト又は下等動物被験者における診断方法であって、該加水分解生成物のいずれか、又は両者の存在が該被験者における該胃腸疾患の陽性を示す方法」(Claim1)・「本発明の基礎として、胃腸疾患のあるヒト又は他の動物から得た胃内物質は、 比較的大量のウレアーゼ〔ウレアアミドヒドラーゼ(ureaamidohydrolase)〕を含み、これが尿素を加水分解して炭酸アンモニウム、又はアンモニアと二酸化炭素を生成させる。本発明の方法はある程度は尿素の加水分解を通してウレアーゼの存在を検出する役目を果たすことが発見された。」(3欄34〜41行)・「ここで使われるように、尿素を「投与する」又は尿素の「投与」の用語は、被験者の胃の中に尿素を導入する良好な医療技法による任意の方法を意味する。このような投与は、好ましくは単回又は複数回に分けての尿素の経口摂取によって行なわれる。尿素を投与するために用いる具体的な投与剤型として、例えば、固形の錠剤もしくはカプセル剤又は液剤もしくは懸濁剤が挙げられる。」(3欄42〜49行)・「投与された尿素の二酸化炭素加水分解生成物を目的として被験者の呼気を分析することを意図する方法においては、同位体標識尿素、即ち炭素13又は炭素14同位体で標識された尿素を該被験者に投与することが特に望ましい。」(4欄22〜26行)刊行物3TheAmericanJournalofGastroenterologyVol.86.No.4,1991,p438-445.・「ヘクトバクテル・ピロリの20分呼気試験」(表題、438頁)・「試験の可能な改善及び理論上の制限」(443頁右欄27〜28行)・「もし、アセトヒドロキサム酸などのウレアーゼ抑制剤を含むマウスウォシュで口内のウレアーゼを除去すれば、試験時間は10分に短縮できるかもしれない。これに代えて、同位体を錠剤の形態で供給することによっても、 14C-尿素は口中のウレアーゼに曝されないだろう。しかしながら、錠剤製剤は水性ベヒクルと同程度に良好に胃粘膜に接触することは期待できないかもしれない-その結果、より多くの量の14C-尿素が必要となるかもしれない。我々は現在これらの種々の提案のそれぞれを評価しつつある。」(443頁右欄39〜47行)(2)対比・判断a.訂正発明1と刊行物1に記載された発明を対比すると、訂正発明1の「ヘリコバクテル・ピロリ(HelicobacterPylori)」が刊行物1のカンピロバクター・ピロリディスと同一のものであることは、例えば本件特許に対する特許異議申立事件で引用された「最新医学大辞典(医歯薬出版株式会社、1996年3月31日第2版発行)、1565頁)」にあるように周知であり、両者は、 ヘリコバクテル・ピロリ(カンピロバクター・ピロリディス)により引き起こされる胃における疾患の検査のための製剤である点、製剤は同位体標識尿素を成分としている点、検査は呼気空気を分析することにより行なわれるものである点、検査はウレアーゼ活性の存在を検出するものである点で一致し、さらに、投与剤型についてみると、刊行物1には固形の錠剤についても記載があり、固形の錠剤は通常水を含むものではないから、両者は固体の、本質的に水を含有しない組成物である点でも一致し、訂正発明1では、「固形調剤の形態で経口投与」するということを明記しているのに対し、刊行物1には、これに相当する明示の記載がない点でのみ、一応相違している。 しかしながら、一般に経口で投与される錠剤やカプセル剤は、格別の指示がない限りは、通常は固形調剤の形態で経口投与されると理解されるものであり、刊行物1には、これと反する格別の投与形態を指示する記載はない。刊行物1では「「投与」の用語は、被験者の胃の中に尿素を導入する良好な医療技法による任意の方法を意味する」としている。そして、具体的な「投与剤形」として固形の錠剤もしくはカプセル剤を液剤もしくは懸濁剤と明確に区別して記載しており、錠剤やカプセル剤は水に溶解して液剤として服用しなければならないというような特段の事情は読み取れない。そうすると、刊行物1に記載された固形の錠剤又はカプセル剤について、刊行物1に記載された「経口摂取」する形態は、通常の固形調剤の形態で経口投与することとして理解するのが妥当であり、訂正発明1と刊行物1に記載された発明が、この点において、実質的に相違すると認めることはできない。 この点に関して、請求人は、甲第6号証(井口定男監修「新総合薬剤学 固形調剤形態で投与されるとは限らないのである。」(平成14年4月22日付け意見書9頁)と主張している。当審は、錠剤であれば必ずそのまま経口投与されるとしているのではなく、「一般に」、「格別の指示がない限りは」、「通常は固形調剤の形態で経口投与されると理解される」としているのであって、甲第6号証にも、「通常の錠剤(conventionaltablet):経口的に散剤と同じように内服し、 消化管内で崩壊または溶解して作用するもの」と記載され、固形調剤は、通常は、 そのままの形状で服用することが一般的であることを示している。また、請求人が「錠剤ではあっても、予め水又は微温湯に溶解して経口投与することが推奨されている」として提出した甲第7号証のものは、「格別の指示」がある例であって、上記の一般的な理解に反するものではない。 したがって、訂正発明1は刊行物1に記載された発明と認められるので、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。 b.審判請求人は、上記a.で一応の相違点とした点に関して、以下の3点を挙げて、刊行物1では、錠剤などの固体製剤をそのまま経口投与することは全く意図されていないことが明らかであると主張している。 (i)刊行物1には尿素の水溶液を用いた尿素-息試験についての実施例が記載されているのみであり、上記の錠剤又はカプセル剤を用いた尿素-息試験については具体的には何ら記載されていない。 (ii)刊行物1の発明者がその後に出願した特許明細書(甲第1号証)において刊行物1に言及した中で、「14C-尿素は液状で投与され」と記載されている。 (iii)刊行物1の発明者がその後に発表した本件審判請求書に添付した刊行物3には、「同位体を錠剤の形態で供給することにより、 14C-尿素は口中のウレアーゼに影響されないであろう。しかしながら、錠剤製剤は水性ベヒクルと同程度に良好に胃粘膜に接触することは期待できない-したがって、大量の14C-尿素が必要となる可能性がある」と記載されている。 そこで、この主張について検討する。 (i)について刊行物1には、「具体的な投与剤型として、例えば、固形の錠剤もしくはカプセル剤又は液剤もしくは懸濁剤が挙げられる」として、投与形態として液剤、懸濁剤と共に固形の錠剤、カプセル剤が記載されていることは、上述のとおりである。そして、特許明細書には技術常識から当業者が当然理解できることを記載する必要はなく、発明の全ての実施形態を実施例として示す必要がないことは論ずるまでもないので、刊行物1の実施例での投与形態が液剤であることをもって、刊行物1の発明の投与形態が液剤に限られ、具体的な投与剤型として同様に記載されている他の形態は含まれないとすることはできない。 (ii)について甲第1号証における刊行物1への言及は、甲第1号証の発明の背景技術として簡潔に触れたものであり、甲第1号証の発明と対比するため刊行物1に最も具体的に記載された態様(すなわち実施例として記載された態様)に言及したものと理解するのが自然であるので、刊行物1の発明の投与形態が液剤に限られ他の形態は含まれないとする根拠とはなり得ない。 (iii)について請求人が引用する刊行物3の該当箇所は、呼気試験の改善に関する部分であり、 「ウレアーゼ抑制剤を含有するマウスウォッシュで口中のウレアーゼを除去するとテスト時間が10分に短縮されるかもしれない」とした上で、その代替方法として、「これに代えて、同位体を錠剤の形態で供給することによっても、 14C-尿素は口中のウレアーゼに曝されないだろう。しかしながら、錠剤製剤は水性ベヒクルと同程度に良好に胃粘膜に接触することは期待できないかもしれない-その結果、 より多くの量の14C-尿素が必要となるかもしれない。」と述べたものである。この記載は、錠剤製剤の形態での投与態様を示唆しているものであって、それを排除しているものでないことは明らかである。 以上のとおり、請求人の上記(i)〜(iii)の主張を検討しても、刊行物1には実質的に訂正発明1と同一の発明が記載されているという認定を覆すべき根拠は見出せない。 c.ところで、刊行物1には、錠剤又はカプセル剤を用いた尿素-息試験が実施例として記載されていないことは、請求人が主張するとおりである。 そこで、仮に「固形調剤の形態で経口投与」するという点が、本件訂正発明1と刊行物1記載の発明の相違点であるとした場合に、訂正発明1が独立して特許を受けることができるものであるか否かについて、以下に検討する。 訂正発明1と刊行物1の発明との一致点については、上述のとおりであり、訂正発明1では、「固形調剤の形態で経口投与」するということを明記しているのに対し、刊行物1にはこれに相当する明示の記載がない点で、両者は相違することとなる。 しかしながら、一般に錠剤やカプセル剤は、格別の指示がない限りは、通常固形調剤の形態で経口投与され、服用後、消化器官内で崩壊・溶解するものであって、 崩壊時間の調整に崩壊剤等を使用することは周知慣用技術であるから、液剤として投与した場合には口中ウレアーゼによる問題が生じることが一旦認識されれば、上記のような慣用技術を適宜用い、錠剤やカプセル剤で投与することは、当業者が容易に想到し得ることである。このことは、刊行物1と同様に同位体標識尿素を使用してヘリコバクテル・ピロリのウレアーゼ活性を検出する呼気分析試験が開示された刊行物3に、「同位体を錠剤の形態で供給することによっても、 14C-尿素は口中のウレアーゼに曝されないだろう。しかしながら、錠剤製剤は水性ベヒクルと同程度に良好に胃粘膜に接触することは期待できないかもしれない-その結果、より多くの量の14C-尿素が必要となるかもしれない。我々は現在これらの種々の提案のそれぞれを評価しつつある。」と記載され、ヘクトバクテル・ピロリの呼気試験方法として、同位体標識尿素を錠剤の形態で投与する方法が提案されていることからも明らかであり、刊行物1に記載された固形の錠剤やカプセル剤を「固形調剤の形態で経口投与」することに、格別の困難性があるとは認められない。 請求人は、ヘリコバクテル・ピロリが胃壁(胃粘膜上)に斑点状に局在していることを理由に、「同位体-標識尿素を固体製剤の形態でそのまま経口投与した場合には、尿素を胃壁全体に迅速に行き渡らせてヘリコバクテル・ピロリと接触させることができず、同位体-標識尿素の固形製剤の投与によるヘクトバクテル・ピロリの検出は期待できないと考えられていた。」旨を主張している。 しかし、請求人がこの主張の根拠として提出した甲第3号証及び甲第5号証の記載は、生検における採取部位による偽陰性の問題に関するものであって、同位体-標識尿素を固体製剤で投与した場合の問題を論じているものではない。そして、上述したように、錠剤やカプセル剤の消化器官内での崩壊時間を崩壊剤等により調整することは周知慣用技術であり、また、尿素は水に対する溶解性が高いことも知られているのであるから、このような慣用技術を適宜用い、水と共に服用するなどの通常の投与方法により検査に必要な程度にヘリコバクテル・ピロリに接触することを考慮することは、当業者が容易に想到し得ることである。 請求人は、さらに、当審による審尋に対する平成14年6月21日付け回答書において、「同位体-標識尿素を含む固形製剤を少量の水と共に燕下した場合、該固形製剤が胃の底の部分に滞留して崩壊・溶解するとしても、尿素を胃壁全体に行き渡らせることができず、ヘリコバクテル・ピロリが胃壁の中・上部に局在する場合には、尿素とこれらのヘリコバクテル・ピロリとの接触が期待できず、偽陰性の結果が生ずる可能性が大きい、と認識されていた。そのため、本件特許の優先日当時においては、同位体-標識尿素を、専ら、水溶液の形態で経口投与するのが、尿素-息試験のための唯一の方法である、と考えられ、それが常識となっていたのである。」(上記回答書3頁)とした上で、「これに対して、本願発明において、このような従来の技術常識ないし固定概念にとらわれず、・・・・固体製剤をそのまま経口投与したところ、意外にも、・・・・・正確な診断ができることが偶然にも発見され、かかる知見をもとに、本件発明が完成されるに至ったのである。」(上記回答書3頁)と主張している。 しかし、上述したように、本件特許の優先日(1994年11月2日)以前である1991年に頒布された刊行物3には、既に同位体-標識尿素を錠剤形態で投与することが水溶液での投与の改良法として提案されているのであるから、請求人の主張は採用することができない。 刊行物3の記載に関して、請求人は「「水性ベヒクル」とは、その前後の文脈から考えて、同位体-標識尿素を含有する水溶液であると理解される」こと及び「14C-尿素が口中のウレアーゼに曝されることが、 14C-尿素を含有する水溶液を経口投与する場合の問題点と認識されている」ことを認めている。(上記回答書6頁)そのうえでも、本件発明は刊行物1及び刊行物3に記載された発明から当業者が容易に発明できないとして、刊行物3の「我々は現在これらの種々の提案をそれぞれ評価しつつある。」との記載は、将来の課題としての単なる可能性ないし願望を記載しただけであって、具体的現実性を以て記載されている訳ではないとし、さらに、刊行物3の「したがって、大量の14C-尿素が必要であるかもしれない。」との記載は、非現実的で、大量投与には問題があると主張する。 しかしながら、刊行物3の該当個所の記載が同位体-標識尿素を水溶液で投与する方法の問題点を認識し、その現実的な解決策のひとつとして、錠剤の形態で投与することを提案していることは、その記載自体から明らかである。 そして、その場合の胃粘膜との接触については、水溶液として投与した場合と比較して同程度には良好でない可能性がある旨の懸念は示されているものの、一方、 それを克服できる可能性も示唆されているといえる。すなわち、請求人が「大量の14C-尿素が必要であるかもしれない。」としている箇所は、原文では、"alargerdoseof14C-ureamightberequired."であり、先に摘示したように「より多くの量の14C-尿素が必要となるかもしれない。」と記載されているのであって、水溶液で投与した場合に比べて相対的に使用量を増加させれば対応できる可能性を示したものといえ、請求人が主張する非現実的な「大量投与」というようなものは記載されていない。 したがって、たとえ訂正発明1と刊行物1に記載された発明が「固形調剤の形態で経口投与」するという点で相違するとしても、訂正発明1は、刊行物1及び刊行物3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。 なお、甲第8号証として提出された見解書には、「本件特許の優先日当時の学識経験者や医療従事者は、刊行物1を読んでも刊行物1における「錠剤もしくはカプセル剤」という記載は、尿素を含む錠剤もしくはカプセル剤をそのまま経口投与することを意図して記載されたものではなく、単に一般的製剤形態を羅列しただけのものと考える」旨の見解が示されているが、上に述べたように、本件優先日前に頒布された刊行物3において、錠剤形態で投与することが既に提案されている以上、 上記見解書の内容は本件発明の特許性についての判断を左右するものではない。 4.むすび以上のとおりであるから、訂正後の請求項1に係る発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるので、本件訂正審判の請求は、特許法第126条第4項の規定に適合しない。 よって、結論のとおり審決する。 平成14年8月7日 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 塩月秀平 |
裁判官 | 田中昌利 |