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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成15ワ18472特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
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関連ワード 技術的思想 /  創作性(創作) /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  公知技術 /  上位概念 /  技術的範囲 /  出願公開 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  警告 /  優先日 /  技術的意義 /  均等 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施料 /  誤訳の訂正 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  特許協力条約 /  国際出願 / 
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事件 平成 14年 (ワ) 4276号 特許権侵害差止等請求事件
原告 ノイマークゲゼルシャフト ミット ベシ ュレンクテル ハフツング ウント コンパニー コマンディートゲゼルシャフト
訴訟代理人弁護士 加藤義明
同 川田篤
補佐人弁理士 久野琢也
被告 TSTM株式会社
訴訟代理人弁護士 野上 邦五郎
同 冨永博之
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2003/08/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
1 被告は、別紙物件目録記載の物件を製造、販売してはならない。
2 被告は、その本店、営業所及び工場に存する前項記載の物件の完成品及び半製品(前項記載の物件の構造を具備しているが、未だ製品として完成に至らないもの)を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、76万6937.82ユーロ及びこれに対する平成13年4月5日(権利侵害警告書の到達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、「ワインダ」に係る特許発明の特許権者である原告が、被告の製造、販売するワインダは特許発明技術的範囲に属するとして、被告に対し、被告製品の製造、販売の差止め等と損害賠償を求めた事案である。
1 争いのない事実 (1) 原告は、次の特許権(以下、「本件特許権」といい、特許請求の範囲請求項4記載の発明を「本件発明」といい、その明細書を「本件明細書」という。)を有している。
特許番号 第2771333号 発明の名称 ワインダ 出願日 平成7年(1995年)7月8日(特願平8-504664号) 公表日 平成9年(1997年)8月12日(特表平9-507824号) 優先日 平成6年(1994年)7月15日 優先権主張国 ドイツ 登録日 平成10年(1998年)4月17日 特許請求の範囲 別紙特許公報(甲第2号証、以下「本件公報」という。)該当欄記載のとおり (2) 本件発明は、次の構成要件に分説することができる。
A パッケージ管(2)用の緊締装置(1)とトラバース装置(4)と、前記の緊締装置(1)とトラバース装置(4)との間に配置されている接触ローラ(6)とから夫々成る少なくとも2つの巻成部(C,D)を備え、
B しかも前記トラバース装置(4)が、伝動装置によって連結された2つの互いに逆向きに駆動可能なロータ(7,8)を備え、前記の両ロータ(7,8)が、プロペラ状に配置された少なくとも2枚の羽根(13,14;13C,14C;13D,14D)を夫々有し、かつ、前記の一方のロータ(7)の羽根(13,13C,13D)が下位回転平面(15,15C,15D)内で回転し、また他方のロータ(8)の羽根(14,14C,14D)が、前記下位回転平面より上方に短い間隔dをおいて位置している上位回転平面(16,16C,16D)内で回転し、
C トラバース運動の両反転点(29,30)間に間隔Hが存在し、トラバース運動三角形の平面が反転点(29,30)において、前記回転平面(15,16;15C,16C;15D,16D)に対して角度αを形成しており、
D かつ隣り合った巻成部(C,D)の前記ロータ(7,8)の回転円が互いに交差している形式のワインダにおいて、
E 巻成部(C,D)における両回転平面(15C,16C,15D,16D)とトラバース運動三角形の平面との交線が、下位のロータ(7)の羽根(13C,13D)が両反転点(30,29)間を運動する方向(28)で、同一方向及び同一角度βで上り勾配を成し、
F 前記角度が次の関係式: 0<β<2arctan〔d/(H・sinα)〕 を満たし、
G 回転平面(15C,16C)の交線が隣接した他方の巻成部(D)の方へ向かって上り勾配を成すところの、一方の巻成部(C)の下位回転平面(15C)が、前記他方の巻成部(D)の上位回転平面(16D)の羽根(14D)と噛み合っている H ことを特徴とする、ワインダ。
(3) 訂正請求 原告は、平成14年11月21日、特許法134条2項ただし書2号の規定(誤記又は誤訳の訂正)に基づく本件明細書の訂正請求を行った(甲第12号証)。訂正請求に係る本件発明の特許請求の範囲は、次のとおりである(下線部訂正箇所)。
「[請求項4]パッケージ管(2)用の緊締装置(1)とトラバース装置(4)と、前記の緊締装置(1)とトラバース装置(4)との間に配置されている接触ローラ(6)とから夫々成る少なくとも3つの巻成部(C,D)を備え、しかも前記トラバース装置(4)が、伝動装置によって連結された2つの互いに逆向きに駆動可能なロータ(7,8)を備え、前記の両ロータ(7,8)が、プロペラ状に配置された少なくとも2枚の羽根(13,14;13C,14C;13D,14D)を夫々有し、かつ、前記の一方のロータ(7)の羽根(13,13C,13D)が下位回転平面(15,15C,15D)内で回転し、また他方のロータ(8)の羽根(14,14C,14D)が、前記下位回転平面より上方に短い間隔dをおいて位置している上位回転平面(16,16C,16D)内で回転し、トラバース運動の両反転点(29,30)間に間隔Hが存在し、トラバース運動三角形の平面が反転点(29,30)において、前記回転平面(15,16;15C,16C;15D,16D)に対して角度αを形成しており、かつ、隣り合った巻成部(C,D)の前記ロータ(7,8)の回転円が互いに交差している形式のワインダにおいて、巻成部(C,D)における両回転平面(15C,16C,15D,16D)とトラバース運動三角形の平面との交線が、下位のロータ(7)の羽根(13C,13D)が両反転点(30,29)間を運動する方向(28)で、同一方向及び同一角度βで上り勾配を成し、前記角度が次の関係式: 0<β<2arctan〔d/(H・sinα)〕 を満たし、回転平面(15C,16C)の交線が隣接した他方の巻成部(D)の方へ向かって上り勾配を成すところの、一方の巻成部(C)の下位回転平面(15C)の羽根(13C)が、前記他方の巻成部(D)の上位回転平面(16D)の羽根(14D)と噛み合っていることを特徴とする、ワインダ。」 (4) 被告は、業として、別紙物件目録記載のワインダ(以下、「被告製品」という。)を製造、販売している。
(5) 被告製品は、本件発明の構成要件AないしEを充足する。
2 争点 (1) 被告製品は、本件発明の技術的範囲に属するか。
構成要件H充足性 イ 構成要件F充足性 ウ 構成要件G充足性 (2) 本件特許には明白な無効理由があるか。
ア 明細書の記載不備 イ 進歩性欠如 (3) 原告の損害
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告製品は、本件発明の技術的範囲に属するか)について (1) 同ア(構成要件H充足性)について 【原告の主張】 ア 被告製品はワインダであるから、本件発明の構成要件Hを充足する。
イ 被告は、構成要件C、構成要件Eにいう「トラバース運動三角形の平面」は1つの平面であるところ、そのためには、構成要件Hの「ワインダ」を、
「両反転点において、糸ガイドと接触ローラとの間を糸が直線状に結ばれるように、糸ガイド、直定規部材、トラバース装置及び接触ローラが配置された構造のワインダ」に限定しなければならないと主張する。しかし、この主張は以下のとおり失当であり、本件発明の構成要件Hにいう「ワインダ」は被告が主張するようなワインダに限定されない。
(ア) まず、本件発明の特許請求の範囲には「ワインダ」とのみ記載されており、直定規部材は構成要素とされておらず、糸ガイドと接触ローラ間の糸と直定規部材との配置関係につき何ら限定していない。
本件明細書の発明の詳細な説明の記載(本件公報10欄33行ないし36行参照)からも、本件発明は、糸のトラバース運動をガイドするため直定規部材を付加した構成を含むものであることを予定している。そして、本件発明の出願前から、羽根のトラバース運動中に、糸をガイドするための直定規部材を、糸ガイドと接触ローラとの間の糸が反転点において前方に突出するように配置する構成は、当業者に周知かつ慣用の構成であった。
したがって、構成要件Hの「ワインダ」は、「直定規部材によって糸が突出させられていない構造のワインダ」に限定されるものではない。
(イ) 被告は、構成要件Hの「ワインダ」の解釈の前提として、本件発明の特許請求の範囲に記載された「トラバース運動三角形の平面」の意義に関して主張するので、この点につき反論する。
本件発明にいう「トラバース運動三角形の平面」(構成要件C、E)とは、本件明細書の記載、本件特許出願前に公知であった従来技術、本件発明の課題からすれば、両反転点における羽根回転平面の糸走行方向に対する傾斜角度α、
及び羽根回転平面の接触ローラ軸線(水平線)に対する羽根運動方向における傾斜角度βを明確に規定するための平面であるから、羽根のトラバース運動によって現実の糸が形成する軌跡全体から両反転点での糸全体の軌跡のみを残して反転点間における直定規部材による湾曲を捨象した便宜上の平面であって、「糸ガイド点と、
両反転点において接触ローラ上に糸が乗り上げる両終端点2点とを角隅点とし、両反転点を含む三角形の平面」と解釈すべきである。
「トラバース運動三角形の平面」を上記のように解すると、直定規部材によって両反転点において糸が突出させられた構成のワインダにおいては、トラバース運動三角形の平面は直定規部材の箇所において前方に屈曲する。しかし、両反転点において糸が突出させられた構成のワインダは、(ア)で述べたとおり本件特許出願当時公知であった。本件発明は、羽根の両回転平面間の間隔d/sinαに応じて両反転点におけるトラクト長さに差異が生じるという従来技術の問題点を解消するために、両反転点におけるトラクト長さの差を、反転点において糸走行方向に垂直な方向から見た場合の羽根の両回転平面の間隔たるd/sinαより小さくすることを課題の1つとするものであるが、このような課題は、直定規部材によって両反転点において糸が突出させられるか否かを問わず存在する。直定規部材の位置あるいは存否は、本件発明の課題、構成、効果に対して何の技術的意義も有しない。
本件発明の課題(目的)・効果に照らせば、トラバース運動三角形の平面は、前記解釈のような三角形平面が観念できれば足りるのであって、幾何学的な厳密な意味での「三角形」及び「平面」でなければならないと解すべき特段の技術的意義は認められない。「平面」とは、一般的用語としての「平らな表面」であれば足りるから、屈曲されている場合も含む。仮に、1つの平面が屈曲された場合には「平面」に当たらないと解した場合でも、本件発明の特許請求の範囲には「トラバース運動三角形の平面」と記載されているだけであるから、複数の平面からなる場合も包含されるものと解すべきである。
(ウ) 上記のような本件発明における「トラバース運動三角形の平面」の意義からすれば、被告製品においては、被告が主張するところの三角形平面(別物件目録添付図2の「平面T」)と、被告が主張するところの四角形平面(同図2の「平面U」)とからなる平面全体が「トラバース運動三角形の平面」に相当する。
【被告の主張】 ア 本件発明の構成要件Hにいう「ワインダ」は、特許請求の範囲の文言上は単に「ワインダ」であるが、反転点間における湾曲を捨象すれば、糸が折れ曲がらない一つの平面内でトラバース運動する「両反転点において、糸ガイドと接触ローラとの間を糸が直線状に結ばれるように、糸ガイド、直定規部材、トラバース装置及び接触ローラが配置された構造のワインダ」に限定される。
イ(ア) 本件発明に係るワインダは、本件公報第1a図、第1b図に示されるように、両反転点において、糸ガイド5を通る糸Fが直定規部材17の箇所で屈曲せずに、糸ガイド5から接触ローラ6まで直線状に接触ローラ6に乗り上げ、巻き取られるようになっている。すなわち、糸ガイドと直定規部材位置における両反転点で形成されるトラバース運動三角形の平面の延長上に、糸が接触ローラ表面に乗り上げる点が存在するのである。このことは、本件明細書に、「巻成スピンドル1より上位では、糸ガイド5を介して上方から垂直に供給される糸Fのためのトラバース装置4が、やはり機械架台に装着されている」(本件公報10欄4行ないし6行)と記載されていることからも明らかである。
(イ) 本件発明の課題は、「両反転点におけるトラクト長さの差を、両回転平面がトラバース運動三角形の平面と交わる2本の交線間の間隔よりも小さくする」(本件公報7欄24行ないし27行)というものであり、そのために、「0<β<2arctan〔d/(H・sinα)〕」との要件(構成要件F)を設けているものである。本件発明が、両反転点において、糸ガイドと接触ローラとの間を糸が直線状に結ばれるように、糸ガイド、直定規部材、トラバース装置及び接触ローラが配置された構造のワインダを想定しているからこそ、構成要件Cにおいて、トラバース運動三角形の平面とロータの羽根の回転平面がなす角度が「α」とされ、このαを用いて上記構成要件Fの式が規定されているのである。
(ウ) 本件発明の構成要件C及びEにいう「トラバース運動三角形」について、本件明細書では、「3つの角隅点によって規定されている。2つの底辺角隅点は、糸が接触ローラに乗り上げる線の終端点である。第3の角隅点は、実地では大抵はワインダの上方に装着された定置の糸ガイドエレメントである。」(本件公報5欄47行ないし6欄2行)と記載されている。すなわち、本件発明の「トラバース運動三角形」とは、「糸ガイド」を頂点とし、接触ローラ上の糸が接する点の集合を底辺とする三角形であるとされている。
「トラバース運動三角形の平面」とは、上記三角形を含む平面であり、左右の反転点は、その平面上にある。そして、「平面」とは、「平らな面」のことであって(甲第7号証)、折れ曲がった面ではない。原告は、「トラバース運動三角形の平面」にいう「三角形」とは、幾何学的厳密な意味での「三角形」でなければならないと解する特段の技術的意義は認められないと主張する。しかし、
「三角形」とは、幾何学的にはもちろん、幾何学の原理を基にトラバース装置の斜交角度を規定する本件発明が属する羽根トラバース型ワインダの技術分野においても、また一般の技術分野においても、折れ曲がったものではなく、1つの平面上に存在するものである。
したがって、構成要件C及びEにおける「トラバース運動三角形の平面」とは、糸ガイドと糸が接触ローラに乗り上げる線の終端2点とを角隅点とする、折れ曲がりのない1つの平面である。そのような折れ曲がりのない1つの平面である「トラバース運動三角形の平面」を有するには、「両反転点において、糸ガイドと接触ローラとの間を糸が直線状に結ばれるように、糸ガイド、直定規部材、
トラバース装置及び接触ローラが配置された構造」でなければならない。
本件明細書における上記の「トラバース運動三角形」の定義(本件公報5欄47行ないし6欄2行)は、本件発明の実施例と同様に糸が糸ガイドから接触ローラまで直線状に結ばれている公知のワインダ(ドイツ連邦共和国特許出願公開第3307915号明細書、乙第2号証の1)に関して説明されているが、本件発明も上記公知のワインダも、両反転点において糸が糸ガイドから接触ローラまで屈曲せずに直線状になるワインダを想定しているため、トラバース運動三角形は、
糸ガイド支点(第3の角隅点)と、「糸が接触ローラに乗り上げる点の集合からなる線」の2つの終端点(左右の1番端の点)により形成されるとされている。
以上からすれば、本件発明は、両反転点において糸が糸ガイドから接触ローラまで屈曲せずに直線状になるワインダを想定しているということができる。
(エ) 仮に、トラバース運動三角形の平面が原告が主張するように複数の平面でよいと解すると、構成要件Cにおける角度αは「トラバース運動三角形の平面」とロータの羽根の回転平面とでなす角度とされているため、平面Tとロータの回転平面とで作られる角度を意味するのか、平面Uとロータの回転平面とで作られる角度を意味するのか分からず、角度αが一義的に定まらないこととなり、その結果、構成要件Eにおける、トラバース装置の傾斜角度βも一義的に定まらないこととなる。
ウ 被告製品は、両反転点において、ガイドレール(本件発明における「直定規部材」に相当)位置で糸が折れ曲がるように、綾振り支点ガイド(本件発明における「糸ガイド」に相当)、ガイドレール(「直定規部材」)、トラバースユニット(本件発明における「トラバース装置」に相当)及びコンタクトローラ(本件発明における「接触ローラ」に相当)が配置されており、糸が折れ曲がらない一つの平面内でトラバース運動する構成になっていない。
したがって、被告製品は構成要件Hにいう「ワインダ」に当たらず、構成要件Hを充足しない。
(2) 同イ(構成要件F充足性)について 【原告の主張】 ア 構成要件Fは、「前記角度が次の関係式:0<β<2arctan〔d/(H・sinα)〕を満た」すとされている。角度αは、「トラバース運動三角形の平面が反転点において、前記回転平面に対して角度αを形成しており」とする構成要件Cによって定められているところ、「トラバース運動三角形の平面」とは、前記(1)【原告の主張】イ(イ)で主張したとおり、「糸ガイド点と、両反転点において接触ローラ上に糸が乗り上げる両終端点2点とを角隅点とし、両反転点を含む三角形の平面」と解すべきであるから、被告製品では、「被告主張の三角形平面」(平面T)と「被告主張の四角形平面」(平面U)とからなる平面全体(これを「平面V」と呼ぶ。)が「トラバース運動三角形の平面」に当たる。そうすると、被告製品における角度αは、ガイドレールより下方の平面(平面U)部分において、羽根の回転平面が平面Vとなす角度68.55°となる。また、角度βは、構成要件Eによって定められており、反転点においてトラバース運動三角形の平面に垂直な方向から見た該回転平面がコンタクトローラの軸線方向に対してなす角度であるが、
被告製品においては、この角度βは1.72°である。
イ 本件発明の「回転平面」(構成要件B)とは、羽根の厚さの中心点を通る平面であるから、構成要件Fにおける「d」とは、羽根の厚さの中心点を通る上位・下位回転平面間の間隔をいうと解すべきである。被告製品におけるこの数値dは、2.8oである。
(ア) 「d」を定める構成要件Bは、羽根の先端の構成について何ら言及しておらず、本件明細書中も羽根の先端の構成についての記載はない(本件公報3欄33行ないし35行参照)。
また、本件明細書では、羽根と糸が接触する部分を、「羽根」と区別して「糸ガイド縁」と記載している(本件公報8欄26行、10欄21行)。これに呼応して、実施例を示す第2図では、糸ガイド縁を示す13aと区別して、羽根を示す13が図示されている。
したがって、特許請求の範囲において、「糸ガイド縁」が記載されていない以上、特許請求の範囲に記載された「羽根」とは羽根全体(本件公報第2図で図示された13参照)を指すものであるから、「羽根の回転平面」は、羽根の先端のみに着目して解すべきではなく、「羽根全体が形成する回転平面」と解すべきである。
一般に、厚みのある物体が回転する場合の回転平面とは、該物体の厚みの中心が描く平面を指すのが技術常識である(甲第9号証参照)。従来技術においても、羽根の回転平面とは、羽根の厚さのほぼ中心点を通る平面を意味している(ドイツ連邦共和国特許出願公開第3307915号明細書(甲第6号証の1)のFIG.2、FIG.7、FIG.10)。
以上からすれば、本件発明の「回転平面」とは、羽根の先端を基準とする平面ではなく、羽根の厚さの中心点を通る平面を指す。
(イ) 本件明細書に、「本発明の全部で3つ構成は、互いに並列配置された巻成部の斜向した回転平面を互いに鱗状にオーバーラップさせるという共通の基本思想に基づいている。それ自体としては公知の回転平面を斜向させるという構成手段は、本発明によれば、複数の巻成部を1列に並列されて狭い空間に収容するために利用されるので、個々のトラバース運動領域間には狭い間隙が介在するにすぎなくなる。」(本件公報8欄33行ないし40行)と記載されているとおり、本件明細書に記載された本件発明を含む3つの発明(請求項1、4及び5の各発明)の本質は、複数の巻成部を水平線上に並置させるとの前提の下、従来技術の2つの利点(各巻成部の幾何学的形状が同一であること、及び各巻成部間の間隔を極めて小さくすること)を同時に実現するために、「斜向させた回転平面を鱗状にオーバーラップさせる」という技術的思想創作した点(本件発明の構成要件E及びGに相当)に存する。そして、上記の「個々のトラバース運動領域間には狭い間隙が介在するにすぎなくなる」との効果を得るためには、隣接する巻成部の羽根の回転平面を最大限オーバーラップさせることが必要である。すなわち、隣接する巻成部間の間隔を極めて小さくするためには、羽根先端部分においてのみ回転平面が鱗状にオーバーラップされるだけでは足りず、ロータのベース体近傍に至るまで回転平面が鱗状にオーバーラップされることが必要である。そうすると、幾何学的形状が同一の各巻成部間の間隔を極めて小さくするために、回転平面を最大限オーバーラップさせるという技術思想において意味のある回転平面とは、羽根本体の厚みの中心点を通る回転平面であって、羽根先端部分において観念すべき回転平面ではない。
回転平面を最大限オーバーラップさせて隣接する巻成部間の間隔を最小にするという構成を、本件明細書に記載された上記3つの発明(これらは、羽根及び羽根の回転平面の相互関係に特徴がある。)がもれなく包含するためには、
「回転平面」は羽根本体を基準とする回転平面を指すものでなければならない。したがって、本件発明の本質から導かれる「羽根の回転平面」とは、「羽根本体の中心点を通る回転平面」である。
すべて同一の幾何学的形状からなる巻成部を水平線上に配置するという前提の下では、隣接する巻成部間の間隔を最小限とするための構成である構成要件E及びGを満たせば、トラバース運動両端部のトラクト長さの差の上限値に基づき羽根の回転平面の傾斜角度の許容範囲を定める構成要件Fの構成は、付加的に実現されることになる。本件明細書にも「従来技術によって公知になっている前記のように斜向させることによって奏せられる効果、つまりトラバース運動領域の両端側でのトラクト長さを少なくとも実質的に均等化するという効果が付加的に実現される。」(本件公報8欄40行ないし43行)と記載されている。したがって、構成要件Fにおける「回転平面」は、構成要件Gにおいて観念すべき「回転平面」を指す。
よって、本件発明の本質から導かれる「羽根の回転平面」とは、「羽根本体の中心点を通る回転平面」である。
(ウ) 仮に、回転平面を羽根の先端部に限定して、同先端部の厚さの中心点を通る平面と解するならば、同回転平面の位置は、羽根先端部の位置や形状によっていたずらに変化してしまい、基準値としての意味を喪失する。
ウ そこで、構成要件Fの式の、Hに119.5、βに1.72、αに68.55、dに2.8の数値を代入すると、
2arctan〔2.8/(119.5・sin68.55)〕 =2.88>1.72 となって、0<β<2arctan〔d/(H・sinα)〕の式を充足する。
したがって、被告製品は構成要件Fを充足する。
【被告の主張】 ア 本件発明の角度αは、「トラバース運動三角形の平面」と回転平面のなす角度であるが、原告主張の「トラバース運動三角形の平面」の意義等に関しては、前記(1)【被告の主張】イ(ウ)のとおり争う。
本件発明の「トラバース運動三角形の平面」をそのまま被告製品に適用すると、別紙物件目録添付図2の平面Aがそれに当たることになるが、被告製品においては、糸はどのような時点でも平面A上になく、平面Aを現実のトラバース運動三角形の平面とはいえない。したがって、被告製品における角度αを、平面Aとロータの羽根の回転平面とがなす角(θ0)とすることはできない。
そこで、本件発明における角度αの物理的意味を考えると、αの値は被告製品においても一義的に定まる。すなわち、角度α=90°で、かつ角度β=0°の場合には、上位と下位のロータの2つの回転平面の間隔dそのものが両反転点におけるトラクト長さの差に等しくなり、αが90°より小さくなると両反転点におけるトラクト長さの差はd/sinαとなる。したがって、被告製品のように両反転点において糸がガイドレール位置で屈曲する構成のワインダにおいては、トラクト長さの実長が表れる方向から見てαを決めるべきである。そうすると、被告製品においては、αは、ガイドレール(本件発明における「直定規部材」に相当)とコンタクトローラ(本件発明における「接触ローラ」に相当)の間のトラバース運動四角形の平面(平面U)とロータの羽根の回転平面とがなす角度(θ3)である68.55°となる。
また、角度βは、トラバース装置が接触ローラの軸線方向(水平方向)に対して有する上り勾配の角度である。角度βは、角度β1(ロータの羽根の回転平面に平行な方向から見て該回転平面がコンタクトローラ(本件発明における「接触ローラ」に相当)の軸線方向に対してなす角度)と角度θ3の関係式、tanβ=tanβ1/sinθ 3によって導かれるところ、被告製品においてβ 1=1.6°、θ 3=68.55°であるから、β=1.72°となる。
構成要件Bにいう「回転平面」とは羽根先端部の回転平面である。したがって、被告製品における構成要件Fの「d」の値は、上位の羽根先端部の回転平面と下位の羽根先端部の回転平面との間隔1.6oである。
(ア) 本件発明の本質は、反転点における左右のトラクト長さの差があることにより、サドル(反転点における糸の受け渡し時に生じる糸のたるみによって、パッケージの両端で糸の巻高さが高くなること)の高さが不均衡になり、サドルの高さが高い方が接触ローラからより強い接触圧力を受けるため、他方に比して、糸切れ、解舒(パッケージとして巻き取られた糸をほどくこと)不良等の不都合が生じるという問題を、左右の両反転点におけるトラクトの長さがほぼ同一となるようにトラバース装置を傾斜させることによって解決したところにある。
ここで「トラクト長さ」とは、「糸を反転点へガイドする羽根と、糸が接触ローラ周面に乗り上げる点との間の自由な糸長さ」であり(本件公報6欄18行ないし21行)、両反転点におけるトラクト長さとは、糸が放出される直前の糸が接している羽根先端部とプリント点との間の長さである。
「反転点」については、「両ロータの逆向きに運動する羽根の尖端は特定の出会い点において相会する。・・・前記の両出会い点はトラバース運動の反転点である。」(本件公報5欄28行ないし39行)と記載され、第8図の説明として「下位の羽根13E、13Fが糸を放出する図面右手の反転点におけるトラクト長さは・・・」(本件公報14欄17行ないし18行)と記載されている。
つまり、本件発明における「反転点」とは、「互いに逆向きに回転する羽根が出会って糸の受け渡しをする際の糸を放出する側の羽根上の点」であり、
糸の左右への移動及び放出は羽根先端部によって行われることからすれば、「糸を放出する直前に糸と接している側の羽根先端部の点」を意味する。
本件発明の構成要件Cは、「トラバース運動三角形の平面が反転点において、前記回転平面に対して角度αを形成しており」と規定しているが、この文言から「反転点」は「トラバース運動三角形の平面」と「羽根の回転平面」のどちらにも存在していることになる。
以上からすれば、本件発明における構成要件Bにいう「羽根の回転平面」とは、反転点を含む羽根先端部の回転平面と解すべきである。
(イ) 本件発明のワインダは、ロータの羽根先端で糸を左右に導いて(綾振って)糸を巻き取る装置であるから、パッケージの巻き姿(品質)に影響を与えるのは、「羽根の先端部分の形状」及び「羽根先端部の上下の羽根の間隔」であることは当業者にとって自明であり、技術常識である。本件発明は、パッケージの巻き姿(品質)の改善を課題とするものであるから、解決のための手段において影響を与えるのは、羽根の先端部及び上下の羽根の先端部の間隔であることになる。
(ウ) 原告は、構成要件Gから回転平面の意義を導き出すが、羽根同士が最大限オーバーラップすることに本件発明の特徴があるとしても、オーバーラップによって隣り合うロータの羽根同士の干渉が生じるのは羽根の根元同士ではなく、
羽根先端と羽根の根元であるから、回転平面を羽根先端部を中心に考えるか羽根の根元を中心に考えるかの結論が導かれるものではない。
また、本件明細書においては、「左右のトラクト長さの差を小さくする」という課題が、「複数の巻成部を幾何学的に合致させる」という課題と並列して記載されており、前者の課題を後者の課題との関係で、付加的、従であるということはできない。したがって、後者の課題から前者の課題の解決に関する「羽根の回転平面」を定義付けることはできない。
ウ そこで、構成要件Fの式の、Hに119.5、βに1.72、αに68.55、dに1.6の数値を代入すると、
2arctan〔1.6/(119.5/sin68.55)〕 =1.65<1.72 となって、0<β<2arctan〔d/(H・sinα)〕の式を満たさない。
したがって、被告製品は構成要件Fを充足しない。
(3) 同ウ(構成要件G充足性)について 【原告の主張】 ア 構成要件Gに記載された「一方の巻成部(C)の下位回転平面(15C)が、前記他方の巻成部(D)の上位回転平面(16D)の羽根(14D)と噛み合っている」とは、「一方の巻成部(C)の下位回転平面(15C)の羽根が、
他方の巻成部(D)の上位回転平面(16D)の羽根と噛み合っている」という意味に解すべきである。
本件明細書の請求項1及び請求項5の発明は、「鱗状に羽根をオーバーラップさせる構造」の基本思想としており、本件発明(請求項4の発明)も、請求項1の発明と請求項5の発明と共通の思想に基づいているものであるから(本件公報8欄33行ないし35行)、本件発明の2つの隣接する巻成部間の配置は、羽根と羽根との関係で規定された請求項1及び請求項5と同様に、羽根と羽根との関係に着目したものというべきである。したがって、本件発明の構成要件Gは、「羽根と羽根が噛み合っている構成」を指すと解すべきである。このことは、本件発明の実施例に関し、「回転円の交差範囲において羽根13Cは、さながら2つの歯車の歯のように羽根14Dと噛み合うことが可能になる。その場合の前提条件は、羽根13Cが羽根14Dに対して逆向きに回転することである。図6に示した駆動装置を使用する場合、位相位置は、1つの羽根13Cが2つの羽根14Dの間隙内へ係合し、またその逆に1つの羽根14Dが2つの羽根13Cの間隙内へ係合するように調和されている。」(本件公報13欄28行ないし14欄1行)と記載されていることからも明らかである。
なお、本件特許出願は、ドイツ国における特許出願に基づく優先権を主張して、日本国を指定国とする特許協力条約に基づく国際出願であるところ、国際出願当初明細書(甲第10号証)の原文には、ドイツ語で「下位回転平面(15C)の羽根(13C)が・・・上位回転平面(16D)の羽根(14D)と噛み合っている」旨記載されている。
イ 被告製品は、一方の巻成部のトラバースユニット(7C)の下位ロータ(11C)の羽根(12C)と、他方の巻成部のトラバースユニット(7D)の上位ロータ(8D)の羽根(9D)とが、厚さ0.6oの範囲において噛み合っている。したがって、被告製品は、本件発明の構成要件Gを充足する。
ウ なお、原告は、構成要件Gについて、念のために「一方の巻成部の下位回転平面の羽根と隣接する他方の巻成部の上位回転平面の羽根との噛み合い」とする訂正請求をした。被告製品は、訂正後の構成要件Gを充足する。
【被告の主張】 ア 構成要件Gは、「一方の巻成部の下位回転平面が隣接した他方の巻成部の上位回転平面の羽根と噛み合っている」というものである。
これに対し、被告製品においては、一方の巻成部の下位回転平面と隣接した他方の巻成部の上位回転平面の羽根断面の回転軌跡とは上下に1o離れており、全く交差することはない。
したがって、被告製品は本件発明の構成要件Gを充足しない。
イ 原告は訂正請求を行ったが、訂正前の「『回転平面』と『羽根』との噛み合い」では回転平面と羽根断面の回転軌跡とが交差していなければならないのに対し、訂正後の「羽根同士の噛み合い」では、「羽根断面の回転軌跡同士が交差しているだけでよく、「回転平面」と「羽根断面の回転軌跡」とが交差していない場合であっても「噛み合い」を認めることになる。したがって、この訂正は、実質上特許請求の範囲拡張する訂正であって、許されない。
2 争点(2)(本件特許には明白な無効理由があるか) (1) 明細書の記載不備 【被告の主張】 本件発明の傾斜角度βの範囲には、本件発明の効果を実現できないものがあるので、本件発明には記載不備の無効理由がある。
本件発明では、トラクト長さの差がゼロとなる角度β0を基準として、傾斜角度が0(下限値)から2β0(上限値)の間の角度であれば、「トラクト長さをほぼ等しくする」という効果が達成できることになっている。
しかし、傾斜角度βにつき0度近傍値あるいは2β0近傍値において本件発明を実施すると、発明の目的とは逆に、トラクト長さの差が拡大した。トラクト長さの差が拡大することは、角度βが0度近傍で実施した場合にはパッケージ径が順次小さくなり、2β0近傍で実施した場合にはパッケージ径が順次大きくなることを意味する。その結果、各パッケージ間の糸品質差が拡大し、小径巻きとなるパッケージはコンタクトローラ(本件発明における「接触ローラ」に相当)との接圧が不足し、パッケージの高速回転中での巻糸暴発現象が生じる。
したがって、0<β<2β0の範囲内には、本件発明の効果を生じない実施不能の部分を含み、本件明細書の発明の詳細な説明の記載が当業者が実施できる程度に記載されていない。
よって、本件特許には、特許法36条4項1号に反する記載不備の無効理由がある。
【原告の主張】 複数の巻成部を接触ローラの軸線に対して斜めに並列配置すれば、必然的に各巻成部毎にトラクト長さが連続的に変化して、被告が指摘するような不都合が生じることは容易に予見可能な技術常識である。この不都合を回避すべく、従来から複数の巻成部を接触ローラの軸線に対して平行に並列配置することが当然とされていた。本件発明のワインダにおいても、前記技術常識に従い、複数の巻成部を接触ローラの軸線に対して平行になるよう並列配置するという従来からの慣用の構成を前提とすることは必然的である。したがって、本件発明によれば、回転平面とトラバース運動三角形の平面との交線の傾斜角βは、羽根の厚さをt、隣接する巻成部の反転点間の距離をδとすれば、
β1=arctan〔(d+t)/(H・sinα)〕を上限とし β2=arctan〔(d-t)/((H+δ)・sinα)〕を下限として、
最適の角度β0=arctan〔d/(H・sinα)〕 に近い値となるのであり、それゆえ、すべての巻成部の両反転点におけるトラクト長さの差は、
t/sinα又は(δd+Ht)/〔(H+δ)・sinα〕 を誤差の限度としてほぼ等しい大きさとなる。
よって、本件明細書には被告が主張するような記載不備はない。
(2) 進歩性欠如 ア 乙第3号証の2と乙第3号証の3ないし7からの進歩性欠如 【被告の主張】 本件発明は、本件特許出願の優先権主張日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である、米国特許第3489360号明細書(乙第3号証の1)と、特開昭59-143869号公報(乙第3号証の3)、特開昭59-194977号(乙第3号証の4)、特開平5-24740号公報(乙第3号証の5)、実開平5-12448号全文明細書(乙第3号証の6)及び特開平6-64838号公報(乙第3号証の7)から、当業者が容易に想到できたものである。
(ア) 本件発明は、従来から公知であった「短い間隔(d)を置いて羽根が逆向きに回転するロータを複数個並べ、隣り合う羽根同士がオーバーラップするように配置されたトラバース装置によって、糸を綾振って、接触ローラを介して複数のパッケージ管に巻き取るワインダ」において、ロータの回転軸を接触ローラの回転軸に垂直な方向から所定の角度βだけ傾斜させ、かつ、隣り合う一方の下位ロータの回転平面が、他方のロータの上位ロータの羽根と噛み合っていることを特徴とするものである。
(イ) すなわち、上記「短い間隔(d)を置いて羽根が逆向きに回転するロータを複数個並べ、隣り合う羽根同士がオーバーラップするように配置されたトラバース装置によって、糸を綾振って、接触ローラを介して複数のパッケージ管に巻き取るワインダ」は、乙第3号証の3ないし7に記載されており、本件特許出願時には周知、慣用の技術であった。
(ウ) そして、乙第3号証の2には「ロータの回転軸を所定の角度β(本件のβ0=arctan〔d/(H・sinα)〕)だけ傾斜させたもの」が記載されている。すなわち、乙第3号証の2には、「互いに逆向きに回転して羽根先端で糸を綾振るトラバース装置において、ストロークの両端部(左右の両反転点)におけるトラクト長さを同一とするために該トラバース装置の回転軸を接触ローラの回転軸に垂直な方向から角度β0だけ傾斜させる技術思想」が開示されている。
(エ) したがって、乙第3号証の2に開示された「左右両端のトラクト長さを同じにするために、一つのトラバース装置の回転軸を接触ローラの回転軸に垂直な方向から角度β0だけ傾斜させる」という技術思想を、乙第3号証の3ないし7に記載された公知のワインダの各トラバース装置に適用することにより、当業者は容易に本件発明に想到できた。
(オ) なお、本件発明においては、ロータの軸の傾斜角を 0<β<2arctan〔d/(H・sinα)〕 つまり、0<β<2β0としているが、この範囲の限定は当業者が極めて容易に見いだすことができるものであり、このような条件をつけることは、当業者が適宜実施し得る単なる設計事項にすぎない。
【原告の主張】 乙第3号証の3ないし7には、各トラバース装置のロータの羽根の回転平面が、それぞれ隣接しているトラバース装置のロータの羽根の回転平面と互いに一致し、かつ羽根の回転円が互いに重なり合うという特定の位置関係を達成するように、各トラバース装置を構成し配置するという技術思想が開示されている。すなわち、乙第3号証の3ないし7に記載されたいずれのワインダにおいても、各トラバース装置のロータの羽根が隣り合うトラバース装置のロータの羽根との間で特定の位置関係を維持することを、個々の発明の目的達成のために不可欠な事項としている。それゆえ、乙第3号証の3ないし7に記載された発明では、隣り合うトラバース装置のロータの羽根同士の新たな位置関係を生ぜしめるという構成の変更は、
個々の発明の本来の技術思想を否定し、しかも羽根相互の新たな干渉の危険性を惹起させることであって、全く受け入れることができない。
したがって、乙第3号証の3ないし7に記載されたワインダにおける隣接する各トラバース装置に、乙第3号証の2に記載された一つのトラバース装置の回転軸を傾斜させるという技術的範囲実思想を適用することには、明らかな阻害要因が存在する。
イ 乙第4号証の2と乙第4号証の3からの進歩性欠如 【被告の主張】 特開平5-24740号公報(乙第4号証の2〔乙第3号証の5と同じ〕)には、「短い間隔(d)を置いて羽根が逆向きに回転するロータを複数個並べ、隣り合う羽根同士がオーバーラップするように配置されたトラバース装置によって、糸を綾振って、接触ローラを介して複数のパッケージ管に巻き取るワインダ」であって、「隣り合う一方の下位ロータの羽根の回転平面と、他方の上位ロータの羽根を噛み合わせ、前記一方の下位ロータの羽根と前記他方の上位ロータの羽根とが互いに逆回転となる形式のワインダ」が示されている。また、ドイツ連邦共和国特許出願公開第1710068号明細書(乙第4号証の3)には、「一つのトラバース装置について、左右両端のトラクト長さを同じにするために、該トラバース装置の回転軸を傾斜させる」という技術思想が示されている。
したがって、乙第4号証の2に記載された発明に、乙4号証の3の技術思想を適用することにより、当業者が容易に本件発明に想到できた。
【原告の主張】 アで述べたのと同様、乙第4号証の2(乙第3号証の5)のワインダの各トラバース装置に、乙第4号証の3(このドイツ特許に対応する米国特許が乙第3号証の2のものである)に開示された、一つのトラバース装置の回転軸を傾斜させるという技術思想を適用することには、明らかな阻害要因が存在する。
乙第4号証の2のワインダは、少なくとも3個のトラバース装置が隣接して配列されていることを前提とするものであるから、端位置又は中間位置のトラバース装置における下位回転平面の羽根は、隣接するトラバース装置の羽根とは全く噛み合うことがない。さらに、乙第4号証の2の技術的思想とは、「複数のトラバース装置全体において、羽根同士が噛み合う平面は1つしか存在しない構成」を必須の要素とするものであって、羽根の新たな干渉を惹起することとなる、複数のトラバース装置全体において羽根の噛み合う平面が複数存在する構成は明らかに排除されている。さらに、乙第4号証の2に記載されたワインダは、各巻成部の幾何学的形状が異なり、そもそも本件発明の前提とする同一の幾何学的形状からなる巻成部を水平線上に並置するものではない。そして、すべての羽根の回転平面が3つの平面のみに存するため、隣接する巻成部ごとにトラクト長さが異なる。トラクト長さが長いほど、パッケージ両端に発生するサドルの高さも綾外れの発生頻度も増大するから、本件発明とはおよそかけ離れた技術思想である。
ウ 乙第4号証の4と乙第4号証の3からの進歩性欠如 【被告の主張】 特開昭59-143869号公報(乙第4号証の4〔乙第3号証の3と同じ〕)には、「短い間隔(d)を置いて羽根が逆向きに回転するロータを複数個並べ、隣り合う羽根同士がオーバーラップするように配置されたトラバース装置によって、糸を綾振って、接触ローラを介して複数のパッケージ管に巻き取るワインダ」であって、「隣接する上位の羽根同士が同一回転平面内で回転し、下位のロータの羽根同士が同一平面内で回転し、上位の羽根の軸芯と、下位の羽根の軸芯との偏位の距離と方向が隣接するロータ間で同型であるワインダ」、すなわち「隣り合うトラバース装置の形状が同型であるワインダ」が示されている。
乙第4号証の4の発明に係る各トラバース装置に、ドイツ連邦共和国特許出願公開第1710068号明細書(乙第4号証の3)に示された、「一つのトラバース装置について、左右両端のトラクト長さを同じにするために、該トラバース装置の回転軸を傾斜させる」という技術思想を適用することにより、当業者は容易に本件発明に想到できた。
【原告の主張】 アで述べたのと同様、乙第4号証の4記載のワインダに乙第4号証の3に開示された技術思想を適用することには、明らかな阻害要因が存在する。
乙第4号証の4記載の発明は、すべてのトラバース装置の羽根全部がただ2つの回転平面に分配されていることを必須の構成とするものであるから、本件発明の「互いに並列配置された巻成部の斜向した回転平面を互いに鱗状にオーバーラップさせる」という基本思想(本件公報8欄33行ないし35行)についての示唆すら存在しない。
3 争点(3)(損害)について 【原告の主張】 被告は、少なくとも平成11年6月以降、被告製品を600台以上製造、
販売している。
原告は、本件特許発明実施料として、1台当たり年間2500ドイツマルクを得ていた。
したがって、本件特許権侵害によって原告の被った損害は、1、500、
000ドイツマルクを下らず、これを1ユーロ=1.95583ドイツマルクの固定レートで計算すると766、937.82ユーロとなる。
【被告の主張】 争う。
争点に対する判断
1 争点(1)イ(構成要件F充足性)について (1) 本件発明の構成要件Fは、角度βが関係式 0<β<2arctan〔d/(H・sinα)〕 を満たすことを要件としている。
角度βは、構成要件Eにおいて、「巻成部における両回転平面とトラバース運動三角形の平面との交線が、下位のロータの羽根が両反転点間を運動する方向で、同一方向及び同一角度βで上り勾配を成し」とされている。また、上記関係式において、Hは、構成要件Cから、「トラバース運動の両反転点間の間隔」であり、角度αは、構成要件Cから、「トラバース運動三角形の平面が反転点において回転平面(構成要件Cより、2つのロータの羽根の上位・下位各回転平面)に対して形成される角度」である。一方、上記関係式中のdは、構成要件Bにおいて、トラバース装置のロータの羽根の「上位回転平面と下位回転平面との間隔」とされている。
(2)ア 被告製品が別紙物件目録記載の構造のものであることは当事者間に争いがないところ、同目録の「4 構造の説明」〔4〕によれば、「各々のトラバースユニット(7)において、糸(1)を左右に綾振るトラバース運動の両反転点における糸の間隔はH(H=119.5o)である。」とされており、このHが構成要件Fの関係式中の「H」に相当する。したがって、被告製品におけるHの数値は119.5oであり、この点は当事者間に争いがない。
イ 角度αについては、上記のとおり、「トラバース運動三角形の平面が反転点においてロータの羽根の回転平面に対して形成される角度」であるところ、ここにいう「トラバース運動三角形の平面」について、本件明細書には、「トラバース運動三角形は、3つの角隅点によって規定されている。2つの底辺角隅点は、糸が接触ローラに乗り上げる線の終端点である。第3の角隅点は、実地では大抵はワインダの上方に装着された定置の糸ガイドエレメントである。」(本件公報5欄47行ないし6欄2行)と記載されており、ワインダのトラバース装置における糸の綾振り運動(トラバース運動)に関連して用いられているから、上記のように規定された「トラバース運動三角形」の平面がトラバース運動中に糸が通過する面と正確には一致しないにしても(本件公報6欄2行ないし4行参照)、糸の動きと全く一致しない面をいうとは解されない。「トラバース運動三角形の平面」が折れ曲がらない1つの平面である必要があるかどうかについては、構成要件Hの「ワインダ」の解釈に関連して当事者間に争いがある(争点(1)ア)。この点についての判断にここでは立ち入らないが、角度αに関していえば、ワインダのトラバース装置の、糸を綾振るトラバース運動の反転点において、ロータの羽根の回転平面と一定の角度(α)を形成する平面が「トラバース運動三角形の平面」であるところ、被告製品においては、別紙物件目録記載のように、糸は綾振り支点ガイド(2)からロータの上下の羽根でトラバース運動を行い、コンタクトローラ(15)に乗り上げるが、ガイドレール(14)が備えられているので、糸はガイドレールの位置で、側方(コンタクトローラの軸線方向)から見て下向きに屈曲している(同目録添付図2参照)。したがって、被告製品では、綾振り支点と糸がコンタクトローラに乗り上げる点の集合により形成される線の左右の終端点を結んだ平面である上記図2の平面Aは、糸がその平面上を通過することが全くない平面であるから、この平面を「トラバース運動三角形の平面」とすることはできず、この平面とロータの羽根とのなす角度(図2のθ0)を角度αとすることはできない。角度αを被告製品において求めるとすれば、被告が主張するように、角度αの物理的な意義に照らして、ガイドレール上の糸の位置と糸がコンタクトローラに乗り上げる点の集合によって形成される線の左右の終端点とにより形成される平面(上下のロータの羽根の回転平面を糸が通過する点を含んでいる。)である上記図2の平面U(ないしその延長した平面である平面B)とロータの羽根の回転平面とがなす角をいうものとせざるを得ない。
そうすると、被告製品において本件発明の角度αに相当する角度は、上記図2のθ3=68.55°ということになる。被告製品における角度αがこの数値であること自体は、当事者間に争いがないところである。
ウ 次に、被告製品における角度βは、別紙物件目録「4 構造の説明」〔6〕に記載されているように、各トラバースユニットの2個の位置決めピンが、
ロータの羽根本体の回転平面に平行な方向から見て、コンタクトローラの軸線方向に対し、角度β1(β 1=1.6°)の上り勾配を有している(同目録添付図1参照)。そして、これにより、被告製品では、トラバースユニットにおける上下のロータの羽根本体の両回転平面と、糸がコンタクトローラに乗り上げる点の集合により形成される線の左右の終端点、及びトラバース運動の両反転点におけるガイドレール上の糸の位置より形成される平面との交線が、下位ロータの羽根が両反転点間を運動する方向で、同一方向及び同一角度βで上り勾配をなしているものである。
この角度βが本件発明の角度βに相当するところ、
β=arctan〔(tanβ1)/sinθ3〕 の式で求められるから、被告製品のβはβ=1.72°となる。この数値も、当事者間に争いがない。
エ 被告製品では、別紙物件目録「4 構造の説明」〔2〕記載のとおり、
トラバースユニットの上下のロータはそれぞれプロペラ状に配置された3枚の羽根を有し、上位ロータの羽根の糸ガイド部(糸に接する部分)の半径方向断面形状が、先端に向かって上面のみが階段状に薄くなる形状をしており、下位ロータの羽根の同様の断面形状が、先端に向かって下面のみが階段状に薄くなる形状をしている(同目録添付図4B、写真6C参照)。そして、上位ロータの羽根本体の回転平面と下位ロータの羽根の糸ガイド部の回転平面との間隔dg(同目録添付図2、図4B、写真6C参照)はdg=1.6oであり、上位ロータの羽根本体の回転平面と下位ロータの羽根本体の回転平面との間隔d’(同目録添付図4B、写真6C参照)はd’=2.8oである。
本件発明の「d」が、被告製品の場合、上記dgとd’のいずれを指すか、言い換えれば、構成要件Bにおいて、回転平面とは羽根のどの部分の回転平面を指すのかについて、当事者間に争いがある。この点が構成要件F充足性に関しての実質的な争点である。以下、検討する。
(3)ア 本件発明の特許請求の範囲は、「d」の意義について、構成要件Bにおいて、「一方のロータ(7)の羽根(13,13C,13D)が下位回転平面(15,15C,15D)内で回転し、また他方のロータ(8)の羽根(14,14C,14D)が、前記下位回転平面より上方に短い間隔dをおいて位置している上位回転平面(16,16C,16D)内で回転し」とあり、dがトラバース装置の上下のロータのそれぞれの羽根の回転平面(下位回転平面と上位回転平面)間の間隔をいうことが規定されているが、特許請求の範囲中には、それ以上の記載はない。本件明細書では、図面に記載されている羽根は、扁平な形状の羽根が示されているが、特に羽根の形状について言及した箇所は見当たらないから、本件発明の羽根の形状に特段の限定がされているとはいえない。上記のとおり、被告製品のように、上位ロータの羽根においては上面が先端に向かって階段状に薄くなっており、
下位ロータの羽根においては、下面が先端に向かって階段状に薄くなっているような形状を有している場合には、間隔dが、@厚みのある羽根の中心点を通る回転平面(羽根全体が形成する回転平面)間の間隔(d’)なのか、A羽根の先端部(羽根が糸と接触する部)の回転平面(羽根先端の回転平面)間の間隔(dg)なのか、によって差が生じることになる。
イ そこで、dの意義について、更に本件明細書の記載を検討する(甲第2号証)。
(ア) 本件明細書には3つの発明(請求項1、請求項4〔本件発明〕、請求項5)が記載されているところ、これらの発明が共通して前提とするワインダは、本件発明の構成要件AからDまでに記載された構成のワインダであり、各トラバース装置のロータは羽根が上下各回転平面で互いに逆向きに回転し、糸ガイドから出た糸が接触ローラに乗り上げるまでに交互に糸を掴んでガイドすることによって、糸の交互綾振り運動(トラバース運動)を行わせるものである(本件公報の発明の詳細な説明中の「技術分野」及び「背景技術」の項)。
公知のワインダでは、トラバース運動三角形の平面とロータの両回転平面との交線が、接触ローラ面とトラバース運動三角形の平面との接線に対して平行に位置している(要するに、接触ローラの軸線に対しても平行に位置する。)ため、「前記接線からの両交線の距離が異なることに応じて、上位回転平面の羽根が糸を供給する反転点におけるトラクト長さは、下位回転平面の羽根が糸を供給する反転点におけるトラクト長さよりも大である」(本件公報6欄14行ないし18行)。なお、ここに「トラクト長さ」というのは、「糸を反転点へガイドする羽根と、糸が接触ローラ周面に乗り上げる点との間の自由な糸長さ」(本件公報6欄18行ないし20行)を意味する。そして、このような公知のワインダでは、「両反転点におけるトラクト長さ間の差は、操業中にパッケージの両端部におけるパッケージ構造の品質を異ならせることになる。」(本件公報6欄21行ないし23行)という問題があった。
(イ) 本件発明の課題に関し、「本発明の課題は、請求項1、請求項4及び請求項5に上位概念として記載したワインダを改良して、両反転点におけるトラクト長さ間の差を、両回転平面がトラバース運動三角形の平面と交わる2本の交線間の間隔よりも小さくし、かつ複数の巻成部が互いに並列配置されている場合には、幾何学的に合致させるようにすることである。」(本件公報7欄23行ないし29行)とされている。
上記の「反転点」について、「両ロータの逆向きに運動する羽根の尖端は特定の出会い点において相会する。該出会い点は、回転円上に均等な角度間隔で配分されている。…前記の出会い点はトラバース運動の反転点である。両反転点間の区分内で夫々運動する羽根が糸をガイドする。前記区分の端部において前記羽根は、該羽根から糸を引取る他方のロータの羽根に出会う。」(本件公報5欄28行ないし42行)とされており、一方で、構成要件Cにおいて「トラバース運動三角形の平面が反転点において、前記回転平面に対して角度αを形成して」とされていることからすると、反転点は、トラバース運動三角形の平面と回転平面の双方に存在することになる。
また、「回転平面がトラバース運動三角形の平面に交わる2本の交線間の間隔」は、トラバース運動三角形の平面が反転点において回転平面に対し角度αを形成している(構成要件C)ことから、d/sinαとなる(本件公報11欄43、44行)。
(ウ) 本件明細書に記載された前記各発明は、前記課題を解決するために、それぞれの請求項に記載した構成手段を採用したものであり(各発明は、本件発明の構成要件Gに相当する部分以外の構成は同じであるが、複数の巻成部の相互関係において構成が異なっている。)、本件発明(請求項4)の構成手段は、「巻成部における両回転平面とトラバース運動三角形の平面との交線が、下位のロータの羽根が両反転点間を運動する方向で、同一方向及び同一角度βで上り勾配を成し、前記角度が次の関係式; 0<β<2arctan〔d/(H・sinα)〕 を満たし、回転平面の交線が隣接した他方の巻成部の方へ向かって上り勾配を成すところの、一方の巻成部の下位回転平面が、前記他方の巻成部の上位回転平面の羽根と噛み合っている点」(本件公報7欄48行ないし8欄9行)に特徴部分があるとされている。
(エ) 本件発明の作用効果に関し、「本発明の全部で3つ構成は、互いに並列配置された巻成部の斜向した回転平面を互いに鱗状にオーバーラップさせるという共通の基本思想に基づいている。それ自体としては公知の回転平面を斜向させるという構成手段は、本発明によれば、複数の巻成部を1列に並列されて狭い空間に収容するために利用されるので、個々のトラバース運動領域間には狭い間隙が介在するにすぎなくなる。従来技術によって公知になっている前記のように斜向させることによって奏せられる効果、つまりトラバース運動領域の両端側でのトラクト長さを少なくとも実質的に均等化するという効果が付加的に実現される。」(本件公報8欄33行ないし43行)、「(本件発明の)構成では、すべての反転点におけるトラクト長さがほぼ等しい大きさになる。」(本件公報9欄26、27行)と記載されている。
ウ 本件明細書の上記のような記載に照らすと、次のようにいうことができる。
すなわち、本件発明が前提とした公知のワインダでは、トラバース装置の、互いに逆向きに羽根が回転する上下の回転平面(この上下の回転平面の間隔がdである。)が、接触ローラの軸線に水平であることにより、反転点におけるトラクト長さに差を生じ、これがために、品質上の問題を生じていた(羽根形トラバース装置においては、一方ロータの羽根が他方ロータの羽根に糸を受け渡す瞬間に、
不安定な状態が生じるため、出来上がったパッケージの両端部では中央部分と比較して耳高な状態(いわゆるサドル)が生じる(乙第9号証)。)。本件発明は、トラクト長さの差を小さくする(トラクト長さをほぼ等しくする)ことにより、この問題を解決するために、関係式:0<β<2arctan〔d/(H・sinα)〕を満たすような角度βで、「巻成部における両回転平面とトラバース運動三角形の平面との交線が、下位のロータの羽根が両反転点間を運動する方向で」上り勾配を形成する、すなわち、回転平面を接触ローラの軸線方向に対して傾斜させるようにしたものである。
エ そこで、上記のような明細書の記載及び本件発明の技術的意義に照らして、「上下の回転平面間の短い間隔d」の意味を検討する。
上述したところからすれば、この「d」は、反転点における上下回転平面で、羽根と接触ローラ周面に糸が乗り上げる点との間の糸の長さ(トラクト長さ)の差(トラクト長さ間の差)に関して、前記傾斜角βの範囲を導く関係式に用いられる数値であるから、ここにいう「回転平面」とは、糸と羽根との接触点を基準に測定されるものでなければ、技術的意義を有しないといわざるを得ない。したがって、「d」を導く「回転平面」とは、糸が羽根にガイドされる際の糸と羽根の接点を含む平面、すなわち、「羽根の先端の回転平面」をいうものと解すべきである。
そうすると、被告製品において本件発明の「d」に相当するのは、「上位ロータの羽根の糸ガイド部の回転平面と下位ロータの羽根の糸ガイド部の回転平面との間隔」を示す別紙物件目録のdgであるから、その数値は1.6oである。
オ 原告は、本件明細書では、羽根と糸が接触する部分を、「羽根」と区別して「糸ガイド縁」と記載しており、特許請求の範囲において、「糸ガイド縁」が記載されていない以上、特許請求の範囲に記載された「羽根」とは羽根全体を指すものであるから、「羽根の回転平面」は、羽根の先端のみに着目して解すべきではなく、「羽根全体が形成する回転平面」と解すべきであると主張する。しかし、本件明細書において「羽根」と「羽根ガイド」とが区別されているということから、
ただちに、「羽根の回転平面」の意義を原告主張のように解釈すべきものとはいえず、上記の「回転平面」の技術的意義に照らして、原告の上記主張は採用できない。
原告は、一般に、厚みのある物体が回転する場合の回転平面とは、該物体の厚みの中心が描く平面を指すのが技術常識であり、従来技術においても、羽根の回転平面とは、羽根の厚さのほぼ中心点を通る平面を意味している旨主張する。
しかし、本件明細書に記載されているような扁平な形状の羽根について、一般的な意味での該羽根の回転平面を指すのであれば、原告主張のようにいえるかもしれないが、被告製品のように特殊な形状の羽根であって、先端の糸ガイド部と羽根本体のいずれを基準とするかで回転平面が異なってくるようなものについてまで、原告の主張が当てはまるものとは解されず、そのようなことを裏付ける証拠もない。また、原告主張のような一般的な「回転平面」の解釈は、本件明細書の記載に基づき、本件発明の技術的意義からみて、「回転平面」を上記認定のように解することを妨げるものではない。
さらに、原告は、本件発明は、「斜向させた回転平面を鱗状にオーバーラップさせる」という技術的思想創作した点が本質であり、この本件発明の本質から導かれる「羽根の回転平面」とは、「羽根本体の中心点を通る回転平面」であると主張する。しかし、本件発明において、隣り合った巻成部の間隔を短くし、複数の巻成部を狭い空間に収容するために、「斜向させた回転平面を鱗状にオーバーラップさせる」との構成を採用した点にも特徴があることは、原告主張のとおりであるとしても、上記のとおり、本件発明において、反転点におけるトラクト長さの差を小さくする(トラクト長さをほぼ等しくする)ためにトラバース装置を傾斜させた点に関しても、本件明細書には、公知技術の課題、課題解決のための構成、それによる作用効果等にわたって記載されているのであって、「回転平面」の意義を解釈するに当たって、この点からの技術的意義を考慮するのは当然である。原告主張の「斜向させた回転平面を鱗状にオーバーラップさせる」との点が本件発明の特徴であるからといって、この関係からは、上下の回転平面間の間隔dについて特段の技術的意義を持つものではない。また、原告主張の上記特徴部分は、必ずしも、
「回転平面」を羽根全体が形成する回転平面とみるか、羽根先端の回転平面とみるかのいずれかに結びつくものともいえない。なぜなら、隣り合った巻成部のロータの羽根の回転平面をオーバーラップさせる際に、問題となる羽根同士の干渉は、必ずしも常に羽根全体ないし羽根の根元部同士で生じるとはいえないと考えられるからである。
(4) 以上を基にして、被告製品において構成要件Fの関係式を満たすかどうかをみると、関係式:0<β<2arctan〔d/(H・sinα)〕 において、α=68.55°、H=119.5o、d=1.6oであるから、これらの数値を上記関係式に代入すると、
2arctan〔d/(H・sinα)〕 =2arctan〔1.6/(119.5・sin68.55)〕 =1.65 となり、一方、β=1.72°であるから、被告製品では上記関係式を満たさないことになる。
よって、被告製品は本件発明の構成要件Fを充足しないから、本件発明の技術的範囲に属しない。
2 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用し、同法96条2項により控訴のための付加期間を定めることとし、主文のとおり判決する。
追加
〔別紙〕物件目録下記構造を有する商品形式「NS-612-8A」と称するワインダ(以下、
「イ号物件」という。)1写真の簡単な説明写真1イ号物件全体(前部のカバーを外した状態)を前方斜め上方から撮影した写真写真2イ号物件から8個のトラバースユニットを外した状態で、イ号物件とトラバースユニットを斜め上方から撮影した写真写真3A連結材の一部を前方より撮影した写真写真3B写真3Aの位置決めピンと取付ボルト孔付近を拡大して撮影した写真写真4写真2の状態のイ号物件に2個のトラバースユニットを取り付けた状態で、イ号物件の一部を上方から撮影した写真写真5Aイ号物件をコンタクトローラの駆動用モータを取り外した状態で、
側方(コンタクトローラの軸線方向)から撮影した写真写真5B写真5Aのコンタクトローラ付近を拡大して撮影した写真写真6Aイ号物件のトラバースユニットを正面やや斜め上方から撮影した写真写真6Bイ号物件のトラバースユニットを背面やや斜め上方から撮影した写真写真6Cイ号物件の上下ロータの羽根先端を側方から撮影した写真写真6Dイ号物件の上位ロータの羽根尖端を斜め上方から撮影した写真写真7前方の斜め下方からイ号物件の2つのトラバースユニットを撮影した写真2図面の簡単な説明図1連結材とトラバースユニットの取付状況を示す図図2写真5A、5Bに対応したイ号物件の側面図図3トラバース運動の両反転点間の間隔Hを説明するための図図4Aイ号物件の2つのトラバースユニットを斜め下方(ロータの羽根の回転平面に平行な方向)から見た図図4B図4Aのロータの羽根先端部の断面形状及び位置を説明するための図3図面の符号の説明1糸2綾振り支点ガイド3連結材4位置決めピン5取付ボルト孔6ラインシャフト7トラバースユニット8上位ロータ9上位ロータの羽根10上位ロータの羽根の糸ガイド部の回転平面11下位ロータ12下位ロータの羽根13下位ロータの羽根の糸ガイド部の回転平面14ガイドレール15コンタクトローラ16ボビンホルダ17ボビン18上位ロータの羽根本体の回転平面19下位ロータの羽根本体の回転平面θ1側方(コンタクトローラの軸線方向)から見て、トラバース運動の両反転点において、綾振り支点からガイドレールに達する糸が、ガイドレールからコンタクトローラに向かって下向きに屈曲する角度(図2参照)θ2綾振り支点、及びトラバース運動の両反転点におけるガイドレール上の糸の位置により形成される三角形の平面と、ロータの羽根の糸ガイド部の回転平面とがなす角度(図2参照)θ3糸がコンタクトローラに乗り上げる点の集合により形成される線の左右の終端点、及びトラバース運動の両反転点におけるガイドレール上の糸の位置により形成される四角形の平面と、ロータの羽根の糸ガイド部の回転平面とがなす角度(図2及び写真5A参照)β1ロータの羽根本体の回転平面に平行な方向から見て、該回転平面がコンタクトローラの軸線方向に対してなす角度(図1参照)dg上位ロータの羽根の糸ガイド部の回転平面と下位ロータの羽根の糸ガイド部の回転平面との間隔(図2参照)Hトラバース運動の両反転点における糸の間隔(図3参照)e一方のトラバースユニットの下位ロータの羽根の下面と、上り勾配側(正面から見て右側)の隣り合う他方のトラバースユニットの上位ロータの羽根の上面との間隔(図4B参照)e′一方のトラバースユニットの下位ロータの羽根の糸ガイド部の回転平面と、上り勾配側(正面から見て右側)の隣り合う他方のトラバースユニットの上位ロータの羽根の上面との間隔(図4B参照)d′上位ロータの羽根本体の回転平面と下位ロータの羽根本体の回転平面との間隔(図4B及び写真6C参照)4構造の説明〔1〕イ号物件は綾振り支点ガイド(2)と、連結材(3)で連結された8個のトラバースユニット(7)と、該トラバースユニット(7)を一連に駆動するラインシャフト(6)を含む駆動装置からなるトラバース装置と、ボビン(17)緊締用のボビンホルダ(16)と、ボビンホルダ(16)とトラバース装置との間に配置されているコンタクトローラ(15)からなり、綾振り支点ガイド(2)によって規定される綾振り支点を通る糸(1)をトラバースユニット(7)によって綾振ってボビン(17)に巻き取るワインダである(写真1、写真5A及び図2)。
〔2〕トラバースユニット(7)は、伝動装置によって連結された2つの互いに逆向きに駆動可能な上位ロータ(8)と下位ロータ(11)、及びガイドレール(14)を備え、両ロータ(8、11)はプロペラ状に配置された3枚の羽根(9、12)をそれぞれ有し、写真6C,6D及び図4Bに示すように、上位ロータの羽根(9)の糸ガイド部(糸に接する部分)の半径方向断面形状が、先端に向かって上面のみが階段状に薄くなる形状をしていて、下位ロータの羽根(12)の糸ガイド部の半径方向断面形状が、先端に向かって下面のみが階段状に薄くなる形状をしており、上位ロータの羽根(9)の糸ガイド部の回転平面(10)と下位ロータの羽根(12)の糸ガイド部の回転平面(13)とが、間隔dg(dg=1.6o)をおいて配置されており(写真6C及び図2参照)、上位ロータの羽根(9)本体の回転平面(18)と下位ロータの羽根(12)本体の回転平面(19)とが、間隔d′(d′=2.8o)をおいて配置されている(図4B参照)。
なお、羽根(9、12)本体の両回転平面(18、19)及び糸ガイド部の両回転平面(10、13)は、それぞれロータの羽根本体及び糸ガイド部の厚みの中心を通るものであり、互いに平行である。
〔3〕隣り合ったトラバースユニット(7)の上下のロータの羽根(9、12)の回転円は、上方から見ると互いに重なり合っている(写真4及び図4A参照)。
〔4〕各々のトラバースユニット(7)において、糸(1)を左右に綾振るトラバース運動の両反転点における糸の間隔はH(H=119.5o)である(図3参照)。
〔5〕綾振り支点ガイド(2)によって規定される綾振り支点を通ってコンタクトローラ(15)に接触する糸(1)は、トラバース運動の両反転点において、
ガイドレール(14)の位置で側方(コンタクトローラの軸線方向)から見て角度θ1(θ1=10.75度)だけ下向きに屈曲しており、綾振り支点、及びトラバース運動の両反転点におけるガイドレール(14)上の糸(1)の位置により形成される平面(平面T)と、ロータの羽根(9、12)の糸ガイド部の回転平面(10、13)とが側方から見て角度θ2(θ2=57.8度)を形成しており、糸(1)がコンタクトローラ(15)に乗り上げる点の集合により形成される線の左右の終端点、及びトラバース運動の両反転点におけるガイドレール(14)上の糸(1)の位置により形成される平面(平面U)と、ロータの羽根(9、12)の糸ガイド部の回転平面(10、13)とが、側方から見て角度θ3(θ3=68.55度)を形成している(写真5A及び図2参照)。
〔6〕各トラバースユニット(7)は、連結材(3)に形成された2個の位置決めピン(4)を該トラバースユニット(7)の位置決め孔に差し込み、2本のボルトで取り付けられるが、2個の位置決めピン(4)は、ロータの羽根(9、12)本体の回転平面に平行な方向から見て、コンタクトローラ(15)の軸線方向に対し、角度β1(β1=1.6度)の上り勾配を有しており(写真3A、3B及び図1)、また、該角度β1に基因して、トラバースユニット(7)における上下のロータ(8、11)の羽根(9、12)本体の両回転平面(18、19)と、糸(1)がコンタクトローラ(15)に乗り上げる点の集合により形成される線の左右の終端点、及びトラバース運動の両反転点におけるガイドレール(14)上の糸(1)の位置により形成される平面との交線が、下位ロータ(11)の羽根(12)が両反転点間を運動する方向で、同一方向及び同一角度βで上り勾配をなしており、この場合、
β=arctan〔(tanβ1)/sinθ3〕=arctan〔(tan1.6°)/sin68.55°〕=1.72°であり、1つのトラバースユニットCの下位ロータの羽根(12C)の下面と、上り勾配側(正面から見て右側)の隣り合うトラバースユニットDの上位ロータの羽根(9D)の上面とが図4Bに示すように間隔e(e=0.6o)だけ重なり合って、トラバースユニットCの下位ロータの羽根(12C)とトラバースユニットDの上位ロータの羽根(9D)とが噛み合っている。
また、1つのトラバースユニットCの下位ロータの羽根(12C)の糸ガイド部の回転平面(13C)と、上り勾配側(正面から見て右側)の隣り合うトラバースユニットDの上位ロータの羽根(9D)の上面とが図4Bに示すように間隔e′(e′=1.0o)を有している。
以上(別紙)写真1写真2写真3A、3B写真4写真5A写真5B写真6A、6B写真6C、6D写真7図1図2図3図4A
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 中平健
裁判官 大濱寿美