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関連審決 異議2000-73670
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  公知技術 /  手続違反 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  共有 /  援用権(援用) /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 371号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社日立製作所
訴訟代理人弁護士 井坂光明
同 市橋智峰
訴訟代理人弁理士 中村守
同 戸田裕二
同 川野浩史
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 小川謙
同 小林信雄
同 大橋良三
同 高橋泰史
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/09/04
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2000-73670号事件について平成13年7月4日にした決定を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「ファクシミリ装置」とする特許第3027067号の特許(平成5年3月9日特許出願(以下「本件出願」という。),平成12年1月28日設定登録,以下「本件特許」という。請求項の数は7である。)の特許権者である。
本件特許に対し,請求項1ないし7のすべてにつき,特許異議の申立てがなされた。特許庁は,この申立てを,異議2000-73670号事件として審理し,その結果,平成13年7月4日,「特許第3027067号の請求項1ないし7に係る特許を取り消す。」との決定をし,平成13年7月24日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(各請求項により特定される発明を,以下,「本件発明1」,「本件発明2」などといい,これらをまとめて「本件発明」という。別紙図面A参照) 「【請求項1】1つ以上の情報処理装置が接続されているLANと電話回線とに接続されるファクシミリ装置において,上記情報処理装置との間で, 上記LANを介して,データを送受信するためのLANインタフェース手段と,上記電話回線を介して受信したファクシミリデータを記憶する第1の記憶手段と,上記第1の記憶手段に記憶されているファクシミリデータに,該ファクシミリデータの送信元であるファクシミリ装置の識別情報が付加されている場合に,該ファクシミリ装置の識別情報に基づいて,該ファクシミリデータの送信先となる情報処理装置を決定する決定手段を備え, 上記LANインタフェース手段を介して,上記決定手段により決定された情報処理装置に,該ファクシミリデータを送信することを特徴とするファクシミリ装置。 【請求項2】請求項1記載のファクシミリ装置において, 上記情報処理装置のうちの1つが,1つ以上のファクシミリ装置の識別情報と上記情報処理装置のうちの少なくとも1つの情報処理装置の識別情報とを対応付けて記憶している第2の記憶手段を備えている場合に, 上記決定手段は,上記LANインタフェース手段を用いて,上記第2の記憶手段の記憶内容を参照し,上記参照結果に基づいて,送信元であるファクシミリ装置の識別情報に対応する情報処理装置の識別情報が示す情報処理装置を,上記ファクシミリデータの送信先となる情報処理装置であると決定することを特徴とするファクシミリ装置。 【請求項3】請求項1記載のファクシミリ装置において, 1つ以上のファクシミリ装置の識別情報と上記情報処理装置のうちの少なくとも1つの情報処理装置の識別情報とを対応付けて記憶している第2の記憶手段を備えており, 上記決定手段は,上記第2の記憶手段の記憶内容を参照し,上記参照結果に基づいて,送信元であるファクシミリ装置の識別情報に対応する情報処理装置の識別情報が示す情報処理装置を,上記ファクシミリデータの送信先となる情報処理装置であると決定することを特徴とするファクシミリ装置。 【請求項4】請求項2または3記載のファクシミリ装置において, 上記第2の記憶手段の記憶内容は,外部から入力/変更可能であることを特徴とするファクシミリ装置。 【請求項5】請求項2,3または4記載のファクシミリ装置において, 上記決定手段は,送信元であるファクシミリ装置の識別情報に対応する情報処理装置の識別情報が上記第2の記憶手段に記憶されていない場合,または,送信元であるファクシミリ装置の識別情報がファクシミリデータに付加されていない場合は,上記ファクシミリデータを自身で記録出力することを特徴とするファクシミリ装置。 【請求項6】請求項1,2,3,4または5記載のファクシミリ装置において, 上記識別情報として,G3ファクシミリ通信手順において,送信元であるファクシミリ装置から送信されてくる送信端末識別信号を利用することを特徴とするファクシミリ装置。 【請求項7】請求項1,2,3,4または5記載のファクシミリ装置において, 上記識別情報として,送信元であるファクシミリ装置において読み取られた送信原稿の,予め決められた場所に記入されている情報を利用することを特徴とするファクシミリ装置。」 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明1ないし4及び6は,いずれも特開平4-302256号公報(以下,決定と同様に「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。別紙図面B参照),並びに,特開平3-289756号公報(審判甲第4号証,本訴甲第6号証。以下「甲6文献」という。)及び特開昭64-12657号公報(審判甲第1号証,本訴甲第7号証。以下「甲7文献」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明5は,これらの引用例に記載された発明と,特開平2-65439号公報(甲第5号証。以下,決定と同様に「刊行物2」という。)記載された周知技術とに基づいて,本件発明7は,これらの引用例に記載された発明と,特開平4-18844号公報(以下,決定と同様に「刊行物5」という。)に記載された発明とに基づいて,それぞれ当業者が容易に発明をすることができた,とするものである。
決定が,上記認定判断において,本件発明1と引用発明1との一致点・相違点として認定したところは,次のとおりである(決定が本件発明1と引用発明1との一致点・相違点の認定を,本件発明2ないし本件発明7と引用発明1との一致点・相違点の認定の一部として援用して認定していることは,その説示自体から明らかである。)。
一致点 「1つ以上の情報処理装置が接続されているLANと電話回線とに接続される装置において,上記情報処理装置との間で, ファクシミリデータに,該ファクシミリデータの送信元であるファクシミリ装置の識別情報が付加されている場合に,該ファクシミリ装置の識別情報に基づいて,該ファクシミリデータの送信先となる情報処理装置を決定し, 決定された情報処理装置に,該ファクシミリデータを送信することを特徴とする装置。」 相違点 「請求項1に係る発明では,「LANを介して,データを送受信するためのLANインタフェース手段と,電話回線を介して受信したファクシミリデータを記憶する第1の記憶手段と,上記第1の記憶手段に記憶されているファクシミリデータに,該ファクシミリデータの送信元であるファクシミリ装置の識別情報が付加されている場合に,該ファクシミリ装置の識別情報に基づいて,該ファクシミリデータの送信先となる情報処理装置を決定する決定手段を備え,上記LANインタフェース手段を介して,上記決定手段により決定された情報処理装置に,該ファクシミリデータを送信するファクシミリ装置」であるのに対して,刊行物1では,ファクシミリデータに,該ファクシミリデータの送信元であるファクシミリ装置の相手局ID,登録電話番号(識別情報)が付加されている場合に,該ファクシミリ装置の相手局ID,登録電話番号(識別情報)に基づいて,該ファクシミリデータの送信先となるワークステーション(情報処理装置)を探し,見つけたワークステーション(情報処理装置)に,該ファクシミリデータを送信しているが,「LANインタフェース手段」,「第1の記憶手段」,および「決定手段」を備えるとも,また,それぞれの手段がどこに設けられているかについても明記されていない点」(以下「相違点1」という。) 決定が,相違点1のほかに,本件発明5と引用発明1との相違点として認定したところのうち,本訴において原告が問題とするものは,次のとおりである。
「請求項5に係る発明は,決定手段は,送信元であるファクシミリ装置の識別情報に対応する情報処理装置の識別情報が上記第2の記憶手段に記憶されていない場合,または,送信元であるファクシミリ装置の識別情報がファクシミリデータに付加されていない場合は,上記ファクシミリデータを自身で記録出力するのに対して,刊行物1では,相手局のIDあるいは登録電話番号が認識できない場合,また認識できてもメールアドレス対応テーブルに対応するものがない場合は,受信文書はファイル格納装置に格納され,プリントアウトについては,ファイル格納装置の格納容量が不足したとき,あるいは格納されたファイルに保存期限がきたときのプリントアウトすることが記載されている点。」(以下「相違点5」という。)
原告主張の決定取消事由の要点
決定は,本件発明1と引用発明1との一致点の認定を誤って,相違点を看過し(すべての請求項に共通する取消事由1),本件発明1と引用発明1との相違点(相違点1)についての判断を誤り(すべての請求項に共通する取消事由2ないし5),特許法120条の4第1項の規定に反し,取消理由通知に記載した理由と異なる理由で決定をしたものであり(すべての請求項に共通する取消事由6),また,本件発明5と引用発明1との相違点(相違点5)についての判断を誤り(請求項5のみについての取消事由1,2),これらの誤りが,すべての請求項又は請求項5について,それぞれ決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,すべての請求項につき違法として取り消されるべきである。
1 すべての請求項に共通する取消事由1(引用発明1との一致点認定の誤り) (1) 本件発明1は,本件出願の願書に添附した明細書(以下,同願書に添付された図面と併せて「本件明細書」という。)の請求項1に記載されたとおり,「ファクシミリ装置」である。当業者は,「ファクシミリ装置」といえば,当然にLAN(ローカル・エリア・ネットワーク)の端末器であるファクシミリ装置として理解するものであり,引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」のようなネットワークシステムをも含むものとして理解するものではない。
本件発明1は,本件明細書の請求項1に記載されたとおり,「・・・LANと電話回線とに接続されるファクシミリ装置において,・・・LANインタフェース手段と,・・・第1の記憶手段と,・・・決定手段を備え,・・・ることを特徴とするファクシミリ装置」というものである。また,本件明細書の請求項1には,「LANと電話回線とに接続されるファクシミリ装置」と記載されているから,本件発明1は,LANの端末器である「ファクシミリ装置」であって,外部のLANと電話回線とに接続されるものである。本件発明1は,このような「ファクシミリ装置」に「LANインタフェース手段」,「第1の記憶手段」及び「決定手段」を備えたものであって,ネットワークを介して複数台の装置を接続させた引用発明1のようなネットワークシステムを包含するものではない。
このことは,本件明細書の請求項1に,「情報処理装置との間で,上記LANを介して,データを送受信するためのLANインタフェース手段と,・・・を備え,・・・上記LANインタフェース手段を介して,・・・情報処理装置に,該ファクシミリデータを送信することを特徴とするファクシミリ装置」と記載されていることからも明らかである。すなわち,本件発明1は,「ファクシミリ装置」であることを前提として,「ファクシミリ装置」の外部のLANとの間に「LANインタフェース手段」を有し,これを介して「ファクシミリ装置」外部の情報処理装置にファクシミリデータを送信するものである,と理解される。
本件発明1は,このような「LANインタフェース手段」を有することにより,「ファクシミリ装置」と別に制御装置を必要とすることなくLANに接続されることが可能となるのである。仮に,本件発明1が,「ファクシミリ装置」でなく,引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」のようなネットワークシステムであるとすると,そこでは,そもそもネットワークシステムの外部にLANと「LANインタフェース手段」を見いだす必要があることになる。しかし,このようなものを刊行物1に見いだすことはできない。本件発明1の「ファクシミリ装置」が,引用発明1のようなネットワークシステムを含むものではなく,LANの端末器である「ファクシミリ装置」であることは,明白である。
本件発明1の「ファクシミリ装置」は,本件明細書の請求項1に記載されているとおり,「ファクシミリ装置」であるから,「ファクシミリ装置」の語の通常の語義に従って,一台の,あるいは,LANの端末器であるファクシミリ装置であるものと理解すべきは,当然である。本件明細書の請求項1に「一台」又は「一台の装置」という記載があるか否かとは関係なく,本件発明1は,請求項1に記載された「ファクシミリ装置」の語義自体と同請求項の内容により,一台の,あるいは,LANの端末器である「ファクシミリ装置」に関する発明であると理解されるべきである。
被告は,本件明細書の請求項1において,「一台」または「一台の装置」との記載がないことのみを根拠として,本件発明1が一台の「ファクシミリ装置」であるとの原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものである,と主張する。しかし,被告の上記主張は,「一台」との文言の記載の有無に拘泥し,ファクシミリ装置の語義,及び,請求項1の記載内容を無視するものである。そもそも「一台のファクシミリ装置」という用語は,決定書12頁25行において,被告が用いたものである。原告は,このような決定に対して,本件発明1と引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」との相違点を説明し,理解しやすくするとともに,決定における認定判断の誤りを説明し,理解しやすくしようとして,「一台のファクシミリ装置」という用語を用いているにすぎない。
以上からすれば,本件発明1は,その請求項1の記載からみて,「LANと電話回線とに接続される」,一台の,あるいは,LANの端末器である「ファクシミリ装置」であり,「ファクシミリ装置」として「LANインタフェース手段」,「第1の記憶手段」及び「決定手段」を備えるものであると解すべきである。本件発明1の「ファクシミリ装置」は,電話回線の端末器である「ファクシミリ装置」でありながら,ファクシミリデータを記憶する「第1の記憶手段」を「ファクシミリ装置」内に設けてデータの消失を防止するとともに,第1の記憶手段に記憶されたファクシミリデータに付加された識別情報に基づいて送信先の情報処理装置を決定する「決定手段」を設けることによって,送信先の情報処理装置を決定し,「LANインタフェース手段」により「ファクシミリ装置」をLANに接続するだけでファクシミリデータの自動配信を可能としたものである。
(2) @本件発明1の「ファクシミリ装置」が電話回線の端末器であることは,本件明細書の【0003】の説明,及び,図1の符号4等に記載されている。A本件発明1の「ファクシミリ装置」が当該ファクシミリ装置内に「LANインタフェース手段」を設けており,LANに接続される端末器であることは,本件明細書の【0001】,【0007】,【0018】,及び,図1の符号4,5等に記載されている。B本件発明1の「ファクシミリ装置」が当該ファクシミリ装置内に「第1の記憶手段」を設けることは,本件明細書の【0032】,【0033】,【0049】,【0050】,及び,図1の符号9等に記載されている。C本件発明1の「ファクシミリ装置」が当該ファクシミリ装置内に「決定手段」を設けることは,本件明細書の【0013】,【0018】〜【0020】,【0032】,【0033】,【0049】,【0050】,及び,図1の符号6,図2ないし図5等に記載されている。D本件発明1の「ファクシミリ装置」が受信したデータを自動配信することができることについては,本件明細書の【0007】,【0014】,【0034】,【0051】,【0057】に記載されている。
本件明細書の【発明の詳細な説明】の上記記載及び図面からみても,本件発明1の「ファクシミリ装置」は,一台の,あるいは,LANの端末器である「ファクシミリ装置」を意味するものであることが明らかである。
(3) 決定は,本件発明1が「ファクシミリ装置」であるのに対し引用発明1が「ファクシミリ受信文書管理装置」である点を,両発明の相違点として認定していない。しかし,引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」は,複数台の装置をLANによって接続したものであるのに対し,本件発明1のものは,一台の,あるいは,LANの端末機である「ファクシミリ装置」であり,両者は明らかに相違している。
本件発明1のものは,それ自体は,LANの端末器である「ファクシミリ装置」であって,外部のLANと電話回線とに接続されるものである。
これに対して,引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」は,刊行物1に「図1は本発明によるファクシミリ受信文書管理装置の一実施例の説明図であって,1はLAN等のネットワーク,2はネットワーク管理装置,3はファイル格納装置,4は電子メール管理装置,5-1,5-2はワークステーション,6はプリンタ制御装置,61はプリンタ,7はファクシミリ制御装置,71はファクシミリ,8は他社のファクシミリ装置,9は自社のファクシミリ装置である。」(甲第4号証2頁2欄47行〜3頁3欄4行)と記載されていることからも分かるように,「ファクシミリ受信文書管理装置」自体が複数台の装置をLANを介して接続したものである(このような「ファクシミリ受信文書管理装置」をさらに外部の物とLANで接続するという概念は刊行物1には全く記載も示唆もされていない。)。
決定は,本件発明1の「ファクシミリ装置」の認定を誤り,その結果,複数台の装置によって構成されている引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」が本件発明1に含まれると誤って認定し,この点に関する両発明の相違点を看過したものである。
2 すべての請求項に共通する取消事由2(相違点1中の「LANインターフェース手段」に関する部分についての判断の誤り) 決定は,相違点1中の「LANインターフェース手段」に関する部分について,「一般的にネットワークに接続されていれば,LANインターフェース手段を有することは自明のことであるから,刊行物1のものにもLANインターフェース手段が存在することは明かである。」(決定書11頁18行〜20行)と判断した。しかし,この判断は,誤りである。
確かに,引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」でも,ネットワークに接続された各装置に着目すれば,それらがそれぞれLANインターフェース手段を有していることが推測される。しかし,本件発明1においては,「ファクシミリ装置」自体に「LANインターフェース手段」が設けられているのであるから,それに対応させるとすれば,引用発明1のネットワークシステムから成る「ファクシミリ受信文書管理装置」自体に,LANインターフェース手段とLANとを設けるべきことになるはずである。ところが,刊行物1には,そのような「LANインターフェース手段」については,直接の記載もこれを示唆する記載も全くない。当業者が同刊行物に接しても,どこにどのような態様でこれを設けるのかについて想像することはできない。
本件発明1は,端末器である「ファクシミリ装置」と接続される外部のLANとの間に「LANインタフェース手段」を有するものである。これに対して,刊行物1には,「ファクシミリ受信文書管理装置」を更に他の物と接続するということも,「ファクシミリ受信文書管理装置」に対する外部の物の存在も,全く記載も示唆もされておらず,同刊行物に接しても,本件発明1でいうところの「LANインタフェース手段」に相当するものが存在することは,想像することができない。
本件発明1の「ファクシミリ装置」と無理やり対応させる目的で,引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」に含まれるLANを,内部のLANと外部のLANという概念に区切って考えることを試みた場合であっても,「ファクシミリ受信文書管理装置」に含まれるLANは,そもそも一つながりのケーブルであるから,当然のこととして,内部のLANと外部のLANとの境界に相当する部分には何らのインタフェースも存在しないことになるはずである。現に,刊行物1をみても,このようなものは何ら示唆されていない。したがって,この場合においても,引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」につき,本件発明1でいうところの「LANインタフェース手段」に相当するものが存在することは,想像し得る事柄ではない。
以上のとおり,引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」については,そもそも,本件発明1でいうところの「LANインタフェース手段」に相当するものが存在するということができないのである。決定の上記判断は誤りである。
3 すべての請求項に共通する取消事由3(相違点1中の「第1の記憶手段」に関する部分についての判断の誤り) 決定は,相違点1中の「第1の記憶手段」に関する部分について,「このような対応関係の決定に際し,電話回線を介して受信したファクシミリデータを記憶する記憶手段を配備することは,当業者にとって常套手段であるから,刊行物12(判決注・「刊行物1に」の誤りである。)は記憶手段としては明示されていないが,記憶手段があることは当業者が容易に想像がつくことである。」(決定書11頁31行〜34行)と判断した。しかし,決定のこの判断は,誤りである。
引用発明1においては,その「ファクシミリ受信文書管理装置」を構成する複数台の装置のうちの一台の装置として,「ファイル格納装置3」が明示されている。
これが記憶手段であることは明らかである。しかし,決定は,「刊行物1には記憶手段としては明示されていない」としている。すなわち,決定は,上記のとおり,引用発明1の「ファイル格納装置3」は,本件発明1の「第1の記憶手段」に相当するものではないと認定しているものである。結局のところ,決定の上記認定は誤りである。
引用発明1の目的を考慮すれば,本件発明1の「第1の記憶手段」に相当するものが,刊行物1記載の「ファクシミリ装置71」又は「ファクシミリ制御装置7」に備えられている,と考えることは困難である。その他,本件発明1の「第1の記憶手段」に相当するような記憶手段が,引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」に存在することは,刊行物1中に全く記載も示唆もされておらず,当業者が同刊行物の記載からこれを容易に想像することはできない。
4 すべての請求項に共通する取消事由4(相違点1中の「決定手段」に関する部分についての判断の誤り) 決定は,相違点1中の「決定手段」に関する部分について,「刊行物1の上記(ア)には,「受信時に相手局ID,登録電話番号が認識できるかどうかの判定を行う(S-2)。相手局IDあるいは登録電話番号が認識できた場合(Yes),図2(a)および(b)に示した管理テーブル(メールアドレス対応テーブル)を参照して,対応するネットワーク上のワークステーションのメールアドレス(電子メールの送り先)を探す(S-3,S-4)。対応するメールアドレスが見つかった場合(Yes)は受信文書をそのメールアドレスに対して送信を行う(S-5)。」と記載されており,刊行物1では相手先IDや電話番号に基づいて対応するネットワーク上のワークステーションを決定していると認められるから,刊行物1には実質的に決定するための手段が存在していると言うことができる。」(決定書11頁21行〜30行)と判断した。しかし,決定のこの判断は,誤りである。
本件発明1の「決定手段」は,本件明細書の請求項1に記載されたとおり,「ファクシミリ装置」に設けられた「第1の記憶手段に記憶されているファクシミリデータ」に関して,このような「ファクシミリ装置」において「ファクシミリデータの送信先となる情報処理装置を決定する」ものである。このような情報処理装置に対しては,端末器である「ファクシミリ装置」に設けられた「LANインタフェース手段を介して」,「ファクシミリデータ」が送信されるものである。
これに対して,引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」は,ネットワークに接続された複数台の装置から構成されるネットワークシステムであり,本件発明1の「LANインタフェース手段」に相当するものを備えていないから,「LANインタフェース手段」を介して,本件発明1の「決定手段」に相当するものにより決定された情報処理装置に,当該ファクシミリデータを送信することはあり得ない。刊行物1においては,「ファクシミリ受信文書管理装置」に対する外部の物という存在も全く示唆されていないため,「ファクシミリ受信文書管理装置」に対して外部に存在するものであって,なおかつ決定手段によって決定される情報処理装置という概念さえも,見いだすことができない。
以上より,本件発明1の「決定手段」に相当するものが引用発明1に存在するということができないことは明白である。決定における「刊行物1には実質的に決定するための手段が存在していると言うことができる。」とした上記判断は誤っている。
5 すべての請求項に共通する取消事由5(相違点1中の一台の「ファクシミリ装置」に関する部分についての判断の誤り) 決定は,引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」を一台のファクシミリ装置とすることについて,甲6文献及び甲7文献に記載された発明を引用した上で,「これらのこと,刊行物1の目的が,ファイル格納装置,プリンタ制御装置,電子メール管理装置を利用してネットワーク上のファイル格納領域などの共有資源を効率よく利用することであることを考え併わせれば,ファクシミリ,ファクシミリ制御装置,ファイル格納装置,及び電子メール管理装置等を持つ一台のファクシミリ装置とすることは当業者が容易に推考することができることと認められる。」(決定書12頁21行〜26行)と判断している。しかし,決定のこの判断は誤りである(被告は,決定のこの判断を,結論を導く上で必要のない,審判合議体の補足的見解である,と主張する。被告主張のとおりであれば,決定の上記判断に反論する意味はないことになる。しかし,被告の上記主張は,本件発明1が一台のファクシミリ装置に限られないことを前提にするものであり,この前提が認められないことは,前記(1参照)のとおりである。)。
(1) 甲6文献及び甲7文献に記載されているのは,本件発明1と全く異なる技術であり,およそ,本件発明1の「ファクシミリ装置」を示唆するものとなり得るようなものではない。すなわち,甲6文献,甲7文献及び刊行物1のいずれにも,「ファクシミリサーバ」,「ファクシミリステーションFS」または「ファクシミリ受信文書管理装置」を,電話回線の端末器である「ファクシミリ装置」に構成していくような概念は,何ら開示されていない。
引用発明1は,「従来のシステムは,・・・受信操作に関してはファクシミリ装置に直接接続されたファイル格納装置に順次蓄積していく程度の機能しか持たされておらず,・・・受信文書に対して検索・確認・再編集といった効率の良い処理を行うことができないという問題があった。」(甲第4号証2頁1欄40行〜2欄1行)という課題を解決すべく,「ファクシミリ制御装置の接続されたLAN等の通信ネットワークあるいはコンピュータネットワークシステムにファイル格納装置と電子メール管理装置を設け」(甲第4号証4頁5欄15行〜17行)ることを大前提とした発明である。すなわち,引用発明1の目的,課題及び効果を考慮した場合,ファイル格納領域などの共有資源の効率利用を図るためには,ネットワークシステム上の個々の装置が別個独立に存在することが大前提であり,そこには,個々の装置をLAN及び電話回線の端末器である「ファクシミリ装置」としてまとめる動機となるものはない。仮に,引用発明1において,個々の装置をまとめることとなると,ファイル格納領域などの資源が効率よく共有されないこととなり,引用発明1の目的に反することとなるからである。
以上のとおりであるから,甲6文献及び甲7文献の記載に「刊行物1の目的」を併わせて考えても,刊行物1に記載された個々の装置をまとめる動機とはならないのである。むしろ,引用発明1の目的を考慮すると,逆に,個々の装置を個別に独立させて設けることになるのである。
(2) 引用発明1のように,複数台の装置がLANで相互にネットワーク接続され,ネットワークシステム全体として特定の機能を達成する「装置群」から成る「ファクシミリ受信文書管理装置」を,本件発明1のように,「ファクシミリ装置」にまとめ上げて,そのまとめ上げた「ファクシミリ装置」をLANに接続するためには,次のことをすべて満足させる必要があり,このことは,当業者にとって,決して,容易に成し得ることではない。
@ ネットワーク接続されている各「装置」を,「ファクシミリ装置」を構成するための各「構成ユニット」に置き換えること A ネットワーク接続されている各「装置」のLANインタフェースを,各「構成ユニット」のバスインタフェースに置き換えること B 各「装置」間のネットワークを,各「構成ユニット」間のバスに置き換えること C 各「構成ユニット」のバスインタフェースをバスに接続させることにより,まとめて「ファクシミリ装置」を構成すること D この「ファクシミリ装置」にLANインタフェースを備えて,LANに接続させることにより,他のワークステーションと接続することができるようにすること 6 すべての請求項に共通する取消事由6(決定の理由と取消理由通知における理由との齟齬) 決定は,平成13年1月15日付けの取消理由通知書(以下「本件取消理由通知書」という。)で通知された取消しの理由と全く異なる論点を生じさせる理由により,決定の結論を導いた。このため,原告は,取消理由に対し意見を述べる機会及び特許法120条の4第2項に規定する訂正請求の機会を奪われた。決定の上記手続違反はこのように重大なものであるから,取り消されるべきである。
(1) 本件取消理由通知書で通知された取消しの理由においては, 「請求項1に係る発明(前者)と,刊行物1に記載された発明(後者)とを比較すると,・・・「ファクシミリ装置」が「ファクシミリ制御装置7およびファクシミリ装置71」に,・・・各々相当していることが明らかである。」(甲第2号証1頁18行〜24行) とされていた。
このように,本件取消理由通知書で通知された取消しの理由では,引用発明1の「ファクシミリ71」及び「ファクシミリ制御装置7」という関連のある二台の装置を一台の装置としてまとめて,そのまとめられたものが本件発明1の「ファクシミリ装置」に相当するとして,他の手段を「ファクシミリ装置内に設ける」ことが容易であるか否かを認定判断していた。
これに対して,決定においては,本件発明1の「ファクシミリ装置」と引用発明1とを対比して,「これらのこと,刊行物1の目的が,ファイル格納装置,プリンタ制御装置,電子メール管理装置を利用してネットワーク上のファイル格納領域などの共有資源を効率よく利用することであることを考え併せれば,ファクシミリ,ファクシミリ制御装置,ファイル格納装置,及び電子メール管理装置等を持つ一台のファクシミリ装置とすることは当業者が容易に推考することができることと認められる。」(決定書12頁4段)と認定判断している。
これにより,決定では,引用発明1における,ネットワークシステム内で独立の地位を有するファイル格納装置及び電子メール管理装置までも取り込んで複数台の装置によって構成された全体を,本件発明1の「ファクシミリ装置」に対応させており,本件取消理由通知書で通知された取消しの理由とは異なった理由で本件特許を取り消している。決定の判断は,引用発明1のネットワークシステムを構成する複数台の装置のほとんどすべてをまとめて一台の「ファクシミリ装置」とすることが容易であるという,極めて奇異な判断であり,原告の予測の範囲を超えている。
本件取消理由通知書で通知された取消しの理由に対する原告の反論においては,本件発明1の「決定手段」が引用発明1の「ファクシミリ制御装置7およびファクシミリ71」の内部に設けられているか,外部にネットワークを介して設けられているかが論点であった。これに対して,決定の認定判断に従えば,それは論点となり得ない。
以上のように,決定と本件取消理由通知書との間の実質的な理由の変更により,取消理由通知書で通知された取消しの理由における論点は消失し,他方,ネットワークシステムを構成する複数台の装置を一台の装置にまとめることに容易推考性があるかが新たな論点として生じた。しかも,この新たな論点は,原告の予測の範囲をはるかに超えており,原告がとるべき対応に格別の相違が生じたこととなる。
(2) 本件取消理由通知書においては,本件発明1は,引用発明1と刊行物2記載の発明に基づいて容易に推考し得るものとされていた(甲第2号証2頁7行〜9行)。しかし,決定においては,本件発明1は,引用発明1と甲6文献及び甲7文献に記載された発明とに基づき,当業者が容易に推考することができるものと認められている(決定書12頁23行〜26行)。したがって,本件取消理由通知書と決定とでは,本件発明1の進歩性を否定する認定判断の根拠となる引用文献が全く異なっている。
拒絶理由通知書に示された拒絶理由と審決の認定判断とが相違する場合に,それが違法となるかどうかは,出願人がとるべき対応に格別の相違が生じたか否かによって判断すべきである(東京高等裁判所平成4年3月5日判決・平成3年(行ケ)第109号)。
本件取消理由通知書と決定とでは,上記のとおり,その認定判断が全く異なっているものであり,決定における取消しの理由は,本件取消理由通知書で通知された取消しの理由からは全く予測できないものである。このような論点の相違が,原告がとるべき対応についても格別の相違を生じさせるものであることは,明らかである。
このように,本件取消理由通知書で通知された取消しの理由と決定における理由とは実質的に相違しており,決定は,実質的には,取消しの理由の通知がないままになされている。この手続違反は,原告から適切な意見を述べる機会を奪い,また,特許法120条の4第2項に規定する訂正請求の機会をも奪ったものであり,手続違反として重大であって,決定自体を違法とするものというべきである。
7 請求項5のみについての取消事由1(相違点5についての判断の誤り-周知技術認定の誤り) 決定は,相違点5について,「刊行物2の第3頁下右欄第17行目〜同頁下左欄第3行目に「ここで,発呼側の加入者番号が発呼側ID領域52に記憶されている全ての加入者番号のうちのいずれとも一致しない場合は,着呼に応答し,これにより該他の通信端末から伝送されてきた画情報を受信し,記録部3で該画情報に対応する画像を記録紙に記録する(ステップ102)。」と,刊行物2の第3頁上右欄第5〜10行目に「そして,発呼側の加入者番号が含まれていないと判定された場合,生制御部7は着呼応答の制御を行い,これにより該他の通信端末から伝送されてきた画情報を網制御部2を介して記録部3に入力する。記録部3は該画情報に対応する画像を記録紙に記録する(ステップ102)。」と記載されており,ファクシミリの転送サービスを行う場合に,発呼側の加入者番号が発呼側ID領域52に記憶されている全ての加入者番号のうちのいずれとも一致しない場合,または,発呼側の加入者番号が含まれていないと判定された場合に記録紙に記録することが周知のことであるから,これより,刊行物1において,相手局のIDあるいは登録電話番号が認識できない場合,また認識できてもメールアドレス対応テーブルに対応するものがない場合に,記録出力するようにすることは当業者が容易に推考することができることである。」(決定書14頁第2段)と判断した。
しかし,刊行物2記載の技術を周知技術であるとした決定の認定は誤っている。
被告は,刊行物2のほかに,甲6文献も挙げ,甲6文献では,個人識別番号の入力がない場合に,プリンタによりプリントアウトされることが記載されている,このように,ファクシミリデータを転送する場合に,送信元が不明,あるいは転送先が不明等の場合に印刷出力することは周知のことである,と主張している。
確かに,刊行物2には,送信元が不明のときに記録紙に記録するとの技術が記載されている(3頁右上欄17行〜左下欄3行)。しかしながら,甲6文献記載の技術は,送信元が明確なときに,送信元に対して個人識別番号の入力を要求した後,プリントアウトするものである(甲第6号証第2図,第3図のS-3〜S-8,3頁右下欄2行〜15行,又は4頁右上欄1行〜8行等参照)。
したがって,そもそも刊行物2記載の技術と甲6文献記載の技術とは,全く異なる技術であり,これらを一まとめにしたうえで,刊行物2記載の技術を周知であるとする被告の主張は誤りである。
8 請求項5のみについての取消事由2(相違点5についての判断の誤り) 引用発明1に対して刊行物2記載の発明を組み合わせること自体が困難である。
刊行物2記載の発明は,送信元が不明である場合,伝送されてきた画情報を受信して,「記録部3」で画情報に対応する画像を記録紙に記録する(図3のステップ102,甲第5号証3頁右上欄2行〜10行,右上欄17行〜左下欄3行等参照)。
これに対して,引用発明1においては,送信元が不明である場合,必ず,受信文書が「ファイル格納装置3」に格納されて,Unknownに対応するネットワーク上の「ワークステーション5」に対してファクシミリ文書の着信を示すメールのみが送信される(甲第4号証図5のS-6,S-7,3頁右欄6行〜15行等参照)。引用発明1は,ファクシミリ制御装置が接続されたLAN等の通信ネットワークあるいはコンピュータネットワークシステムに接続されたファイル格納装置と電子メール管理装置を有効に利用するものであり,送信元が不明である場合に,必ず,受信文書を「ファイル格納装置3」に格納して,ネットワーク上の「ワークステーション5」に対してファクシミリ文書の着信を示すメールのみを送信することにより,刊行物1に記載されている「ネットワーク上の任意・・・のワークステーションに対して受信報告を送ったり,受信文書に対して検索・確認・再編集といつた効率の良い処理を行うことができない」(第2頁左欄第47行〜第50行等参照)という課題が解決できるのである。
このように,引用発明1においては,送信元が不明であることを条件として,印刷作業が行われることはあり得ず,引用発明1と刊行物2記載の発明とでは,そもそも印刷作業の態様が全く異なるのである。このような二つの発明を組み合わせることが困難であることは,明らかである。
被告は,刊行物1には,相手局のIDあるいは登録電話番号を認識することができない場合,また認識することができてもメールアドレス対応テーブルに対応するものがない場合は,受信文書はファイル格納装置に格納され,ファイル格納装置の格納容量が不足したとき,あるいは格納されたファイルに保存期限がきたときに印刷出力されることが記載されている,このことは,結局,相手局のIDあるいは登録電話番号が認識できないもの,また認識できてもメールアドレス対応テーブルに対応するものがないものが印刷されることが記載されていることになる,と主張する。しかしながら,刊行物1の上記記載によれば,ファイル格納装置の格納容量が不足しない場合等にはプリントアウトされることはないのであるから,刊行物1には,送信元が不明であることを条件として印刷されることは全く記載も示唆もされていないのである。
被告の反論の骨子
決定の認定判断は,いずれも正当であって,決定を取り消すべき理由はない。
1 すべての請求項に共通する取消事由1(引用発明1との一致点認定の誤り)について 本件発明1が,複数の装置から構成されるファクシミリ装置を排除するものではないことは,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載(「一台の」ファクシミリ装置とは記載されていない。)及び本件明細書の他の部分の記載に照らし,明らかである。
決定は,本件発明1を,「一台の」ファクシミリ装置であるとの限定を付すことなく認定し,一致点及び相違点の抽出においても,「一台の」との文言は問題としていない。これは,本件発明1を請求項1の記載のとおりに認定したからである。本件発明1のファクシミリ装置は一台の装置である,との原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。
引用発明1の「ファクシミリ装置」とは,少なくとも,ファクシミリ71,ファクシミリ制御装置7,ファイル格納装置3,及び電子メール管理装置4等から構成されたファクシミリ装置を指している。
決定は,引用発明1は,複数の装置から構成された装置であり,また,その装置を一台のファクシミリ装置とすることも容易に想到することができると判断しており,原告が主張するように,引用発明1が「一台のファクシミリ装置」であるとは認定していない。
一台の装置も,複数の装置から構成されるシステムも,装置であることには変わりはないから,決定が,本件発明1と,引用発明1を,それぞれ「装置」である点で,一致しているとしたことに誤りはない。
決定は,結論を導く上では必要のないものではあったけれども,補足的に,引用発明1の装置を一台のファクシミリ装置とすることが容易であるとの判断もしている。決して,原告が主張するように,引用発明1が複数の装置群であることを看過しているわけではない。
2 すべての請求項に共通する取消事由2ないし4(相違点1中の「LANインターフェース手段」,「第1の記憶手段」及び「決定手段」の各部分についての判断の誤り)について 引用発明1に,LANインターフェース手段,決定手段,及び記憶手段が存在していることは,そもそも自明のことであるため,刊行物1に明記されていないだけである。決定の判断に誤りはない。
3 すべての請求項に共通する取消事由5(相違点1の一台の「ファクシミリ装置」に関する部分についての判断の誤り)について 引用発明1を一台のファクシミリ装置とすることは当業者が容易に推考することができることである。決定の判断に誤りはない。なお,決定の本論は,相違点1に係る「LANインタフェース手段」,「第1の記憶手段」,「決定手段」についての判断までであり,一台のファクシミリ装置に係る上記判断(決定書11頁末段〜12頁4段)は,本来,不要な判断であり,審判合議体の補足的見解である。
4 すべての請求項に共通する取消事由6(決定の理由と取消理由通知における理由との齟齬)について 決定も,本件取消理由通知書も,同じ刊行物(刊行物1・特開平4-302256号公報)を引用した上,本件発明1とその刊行物に記載された発明(引用発明1)とを比較して,一致点・相違点を認定し,その相違点につき,当業者が容易に推考できることにすぎないと認定判断している。その相違点の認定及び相違点についての判断のいずれにおいても,本件取消理由通知書のものと決定のものとはほぼ同じである。
原告は,決定の前に,本件取消理由通知書を受け取っており,その後は,決定の前後を通じて訂正の機会があったのである。訂正の機会を奪われたとの原告の主張も誤りである。
5 請求項5のみについての取消事由1(相違点5についての判断の誤り-周知技術認定の誤り)について 決定は,刊行物2の3頁右上欄17行ないし同左下欄3行の記載及び3頁右上欄5行ないし10行の記載に基づいて,刊行物2記載の発明では,ファクシミリの転送サービスを行う場合に,発呼側の加入者番号が発呼側ID領域52に記憶されているすべての加入者番号のうちのいずれとも一致しない場合,又は,発呼側の加入者番号が含まれていないと判定された場合に記録紙に記録することが周知のことである,と認定しており,この認定に誤りはない。
さらに,甲6文献でも,個人識別番号の入力がない場合に,プリンタによりプリントアウトされることが記載されている。
このように,ファクシミリデータを転送する場合に,送信元が不明,あるいは転送先が不明等の場合に印刷出力することは,本件出願時既に周知となっていたことである。
6 請求項5のみについての取消事由2(相違点5についての判断の誤り)について 刊行物1には,相手局のIDあるいは登録電話番号を認識することができない場合,また認識することができてもメールアドレス対応テーブルに対応するものがない場合は,受信文書はファイル格納装置に格納され,ファイル格納装置の格納容量が不足したとき,あるいは格納されたファイルに保存期限がきたときにプリントアウト(印刷出力)されることが記載されている。
このことは,結局,相手局のIDあるいは登録電話番号が認識できないもの,また認識できてもメールアドレス対応テーブルに対応するものがないものが印刷されることが記載されていることを意味する。
このことと,刊行物2等に示すように,「ファクシミリデータを転送する場合に,送信元が不明,あるいは転送先が不明等の場合に印刷出力すること」が周知のことであることとを併せ考えれば,「刊行物1において,相手局のIDあるいは登録電話番号が認識できない場合,また認識できてもメールアドレス対応テーブルに対応するものがない場合に,記録出力するようにすることは当業者が容易に推考することができることである。」とした決定の判断に誤りはないことが明らかである。
当裁判所の判断
1 すべての請求項に共通する取消事由1(引用発明1との一致点認定の誤り)について (1) 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1には,「・・・LANと電話回線とに接続されるファクシミリ装置において,・・・LANインタフェース手段と,・・・第1の記憶手段と,・・・決定手段を備え,・・・ることを特徴とするファクシミリ装置」と記載されているから,本件発明1は,「LANインタフェース手段」,「第1の記憶手段」及び「決定手段」を備えた「ファクシミリ装置」ということになる。そして,本件発明1のファクシミリ装置は,「1つ以上の情報処理装置が接続されているLANと電話回線に接続される」(同請求項1)ものであり,「上記情報処理装置との間で,上記LANを介して,データを送受信するためのLANインターフェース手段を・・・備え」るものであるから,複数台の情報処理装置を接続させたLAN(ローカル・エリア・ネットワーク)の端末器である。
また,上記「第1の記憶手段」は,「電話回線を介して受信したファクシミリデータを記憶する」(同請求項1)ものであり,上記「決定手段」は,「第1の記憶手段に記憶されているファクシミリデータ・・・の識別情報に基づいて」(同請求項1),送信先を決定するものである。このように,本件発明1のファクシミリ装置は,「LANインタフェース手段」,「第1の記憶手段」及び「決定手段」を備え,かつ,その「LANインタフェース手段」を介してLANと接続されるものであり,また,「電話回線を介して受信したファクシミリデータを記憶する」第1の記憶手段を備えたものであるから,このような各手段を一体として備えた装置として,LANインターフェース手段を介して,LANに接続されるものである。もっとも,本件発明1のファクシミリ装置が,上記の各手段を備えたものであると解すべきことは,物理的に一台の筺体の中にこれらの手段を備えたファクシミリ装置であると解する必要はなく,上記の各手段をLANを介することなく,LANの端末機としてのファクシミリ装置自体に備えたものであれば,複数台の筺体の中にこれを備えたものであっても構わないものというべきである(決定が相違点1についての判断においていう「一台のファクシミリ装置」(決定書12頁25行)も,決定書の記載全体からその趣旨を合理的に解釈すれば,物理的に一台の筺体の中に上記の各手段を備えたものという意味ではなく,LANの端末器としてのファクシミリ装置自体に一体としてこれらの手段を備えたもの,という意味に理解すべきである。)。
(2) 甲第4号証(特に【0005】,【0006】,【0008】,【0011】,図1ないし図3)によれば,引用発明1は, @LAN等のネットワーク1,ネットワーク管理装置2,ファイル格納装置3,電子メール管理装置4,ワークステーション5-1,5-2と,プリンタ制御装置6,プリンタ61,ファクシミリ制御装置7と,ファクシミリ71とから成り,ネットワーク1には上記各装置が1又は複数接続されており,ネットワーク1上あるいはネットワーク1の外部にあるファクシミリ装置との間で,ファクシミリ制御装置7を介してファクシミリ送受信を行なうファクシミリ装置において, Aファクシミリ受信時に,相手先ID,登録電話番号が認識できるかどうかの判定を行い, B相手先IDあるいは登録電話番号を認識し,それに対応するあて先(アドレス)が確認できるものについては,それに対応するネットワーク上のワークステーションに対し,受信文書の送信を行い, C相手先のIDあるいは登録電話番号から対応するあて先が確認できない場合は,その受信文書をファイル格納装置に格納し,Unknownに対応するネットワーク上のワークステーションユーザに対してファクシミリ文書の着信を示すメールのみが送信されるようにしたことを特徴とするファクシミリ受信文書管理装置,であると認められる。
(3) 決定は,前記のとおり,「請求項1に係る発明では,「・・・LANインタフェース手段と,・・・第1の記憶手段と,・・・決定手段を備え,上記LANインタフェース手段を介して,上記決定手段により決定された情報処理装置に,該ファクシミリデータを送信するファクシミリ装置」であるのに対して,刊行物1では,ファクシミリデータに,該ファクシミリデータの送信元であるファクシミリ装置の相手局ID,登録電話番号(識別情報)が付加されている場合に,該ファクシミリ装置の相手局ID,登録電話番号(識別情報)に基づいて,該ファクシミリデータの送信先となるワークステーション(情報処理装置)を探し,見つけたワークステーション(情報処理装置)に,該ファクシミリデータを送信しているが,「LANインタフェース手段」,「第1の記憶手段」,および「決定手段」を備えるとも,また,それぞれの手段がどこに設けられているかについても明記されていない点」を相違点1として認定している。
決定は,本件発明1との対比において,引用発明1には,「「LANインタフェース手段」,「第1の記憶手段」,及び「決定手段」を備えるとも,また,それぞれの手段がどこに設けられているかについても明記されていない点」を相違点1として認定しているのであるから,決定のこの内容を本件発明1との対比から合理的に解釈すれば,引用発明1においては,「ファクシミリ71」及び「ファクシミリ制御装置7」等との関係においても,上記各手段が備えられているかどうか,及び,どこに設けられているか明記されていないと認めているものと理解することができる。
原告は,決定は,本件発明1が「ファクシミリ装置」であるのに対し,引用発明1は「ファクシミリ受信文書管理装置」である,ということを相違点として認定し,これについて判断することをしていない,引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」は,複数台の装置をLANを介して接続したものであるのに対し,本件発明1は,一台の,あるいは,LANの端末機である「ファクシミリ装置」であり,両者はこの点において明らかに相違している,決定は,本件発明1の「ファクシミリ装置」の認定を誤り,その結果,LANによって接続された複数台の装置によって構成されている引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」が本件発明1に含まれると誤って認定し,その相違点を看過したものである,と主張する。
確かに,本件発明1の「ファクシミリ装置」は,LANに接続される端末器であり,同端末器に,「LANインタフェース手段」,「第1の記憶手段」,及び「決定手段」を備えたものであるのに対し,引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」は,ファクシミリ制御装置7及びファクシミリ71,ファイル格納装置3,電子メール管理装置4などの複数台の装置をLANを介して接続したものであり(甲第4号証),両者は,この点でその構成を異にする,ということができる。
しかし,決定は,前記のとおり,本件発明1と引用発明1との一致点として,「1つ以上の情報処理装置が接続されているLANと電話回線とに接続される装置において,上記情報処理装置との間で,ファクシミリデータに,該ファクシミリデータの送信元であるファクシミリ装置の識別情報が付加されている場合に,該ファクシミリ装置の識別情報に基づいて,該ファクシミリデータの送信先となる情報処理装置を決定し,決定された情報処理装置に,該ファクシミリデータを送信することを特徴とする装置。」(決定書10頁5段)として,上記特徴を有する「装置」である点を認定しているだけであり,決して,本件発明1の「ファクシミリ装置」と引用発明1の「ファクシミリ装置受信文書管理装置」とが一致すると認定しているわけではない。そして,決定は,刊行物1には,「「LANインタフェース手段」,「第1の記憶手段」,および「決定手段」を備えるとも,また,それぞれの手段がどこに設けられているかについても明記されていない点で両者は相違する。」(同11頁1段)と相違点(相違点1)を認定した上で,相違点についての判断において,「ファクシミリ,ファクシミリ制御装置,ファイル格納装置,及び電子メール管理装置等を持つ一台のファクシミリ装置とすることは当業者が容易に推考することができることと認められる」(同12頁4段)として,本件発明1が一台のファクシミリ装置であることを当然の前提とする判断を明示しているのであり,本件発明1の「ファクシミリ装置」に引用発明1のLANにより構成される「ファクシミリ受信文書管理装置」が含まれると認定しているわけではない。したがって,決定が,本件発明1のLANの端末である「ファクシミリ装置」と,引用発明1のLANにより接続された複数の装置から成る「ファクシミリ受信文書管理装置」との相違点を看過したとの原告の主張は理由がない。
2 すべての請求項に共通する取消事由2(相違点1中の「LANインターフェース手段」に関する部分についての判断の誤り)について 引用発明1において,「ファクシミリ71及びファクシミリ制御装置7」をLANに接続するときに,LANインターフェース手段を用いることは,当業者にとって技術常識に属する事柄である(原告も,このこと自体は争っていない。)。
引用発明1においては,「ファクシミリ71」が受信した文書を,受信した文書の送信先が登録されているときは,「ファクシミリ制御装置7」から「電子メール管理装置4」を介して,該当するワークステーションに受信文書が送信されるのであるから(甲第4号証【0008】,図3),引用発明1の「ファクシミリ制御装置7」がLANインターフェース手段を備え,これを介してLANと接続されているものであることは明らかである。
決定が,「刊行物1のものにもLANインターフェース手段が存在することは明かである。」(決定書11頁19行〜20行)としたのは,このことを述べたものであると理解することができ,決定のこの判断に誤りはない(決定の「刊行物1のものにも・・・」との趣旨は,いささか不明確ではあるものの,本件発明1との対比から,決定の内容を合理的に解釈すれば,引用発明1の「ファクシミリ制御装置7」がLANインターフェース手段を備えることは当然である,と判断しているものと解すべきである。)。
原告は,本件発明1においては,LANの端末器である「ファクシミリ装置」自体に「LANインターフェース手段」が設けられているのであるから,それに対応させるとすれば,引用発明1のネットワークシステムから成る「ファクシミリ受信文書管理装置」自体にLANインターフェース手段とLANとを設けるべきことになるはずであるのに,刊行物1には,そのような「LANインターフェース手段」については,直接の記載もこれを示唆する記載も全くない,当業者が刊行物1に接しても,本件発明1でいうところの「LANインタフェース手段」に相当するものが存在することは想像することができない,と主張する。
しかし,本件発明1との対比からすれば,引用発明1のネットワークシステムの外部にLANインターフェース手段を設けることが容易かどうか考える必要はなく,引用発明1の「ファクシミリ制御装置7」にLANインターフェース手段を設けることが容易かどうかを考えれば足りることは,上記したところから明らかである。原告は,本件発明1の「ファクシミリ装置」と引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」とを対応させるとの前提の下に,上記主張をするものである。
しかし,決定が,両者を一致するものとして認定しているわけではないことは,前記のとおりであり,決定が両者を対応させて対比しているわけでもないことは,決定自体から明らかである。原告の主張は失当である。
3 すべての請求項に共通する取消事由3(相違点1中の「第1の記憶手段」に関する部分についての判断の誤り)について 決定は,相違点1中の「第1の記憶手段」に関する部分について,「このような対応関係の決定に際し,電話回線を介して受信したファクシミリデータを記憶する記憶手段を配備することは,当業者にとって常套手段であるから,刊行物12(判決注・「刊行物1に」の誤りである。)は記憶手段としては明示されていないが,記憶手段があることは当業者が容易に想像がつくことである。」(決定書11頁31行〜34行)と判断している。
原告は,決定は,刊行物1に記載された「ファイル格納装置3」は,本件発明1の「第1の記憶手段」に相当するものではないと認定しており,この認定は誤りである,引用発明1の目的を考慮すれば,本件発明1の「第1の記憶手段」は,刊行物1記載の「ファクシミリ装置71」又は「ファクシミリ制御装置7」に備えられておらず,備えると考えることは困難である,と主張する。
しかし,刊行物1には,「【0011】対応するメールアドレスが見つかった場合(Yes)は受信文書をそのメールアドレスに対して送信を行う(S-5)。このときの受信文書の流れは前記図3の処理1の矢印で示されたようになり,ファイル格納装置には格納されない。」(甲第4号証3頁4欄2行〜6行)と記載されており,引用発明1においては,対応するメールアドレスが見つかった場合に,ファイル格納装置を受信文書の記憶手段として利用しないことは明らかであるから,このファイル格納装置が本件発明1の「第1の記憶手段」に当たらないことを前提とした決定の認定に誤りはない。ファクシミリ装置において,電話回線を介して受信したファクシミリデータを記憶する記憶手段を配備することは,当業者にとって技術常識に属する事柄であるから,このことと,刊行物1の上記記載(【0011】)からすれば,引用発明1において,「ファクシミリ71」(あるいは「ファクシミリ制御装置7」)に,「電話回線を介して受信したファクシミリデータを記憶する記憶手段を配備することは,当業者にとって常套手段である」(決定書11頁31行〜33行)とした決定の判断に誤りはない。原告の上記主張は採用し得ない。
4 すべての請求項に共通する取消事由4(相違点1中の「決定手段」に関する部分についての判断の誤り)について 決定は,相違点1中の「決定手段」に関する部分について,「刊行物1の上記(ア)には,「受信時に相手局ID,登録電話番号が認識できるかどうかの判定を行う(S-2)。相手局IDあるいは登録電話番号が認識できた場合(Yes),図2(a)および(b)に示した管理テーブル(メールアドレス対応テーブル)を参照して,対応するネットワーク上のワークステーションのメールアドレス(電子メールの送り先)を探す(S-3,S-4)。対応するメールアドレスが見つかった場合(Yes)は受信文書をそのメールアドレスに対して送信を行う(S-5)。」と記載されており,刊行物1では相手先IDや電話番号に基づいて対応するネットワーク上のワークステーションを決定していると認められるから,刊行物1には実質的に決定するための手段が存在していると言うことができる。」(決定書11頁21行〜30行)と判断した。
刊行物1には,決定が認定したとおりの記載がある(甲第4号証【0010】【0011】)。決定は,上記のとおり,引用発明1に本件発明1における「決定手段」に相当するものが存在すると認定しているのであり,その認定自体に誤りがないことは明らかである。
原告は,本件発明1の「決定手段」は,本件明細書の請求項1に記載されたとおり,「ファクシミリ装置」に設けられた「第1の記憶手段に記憶されているファクシミリデータ」に関して,このような「ファクシミリ装置」において「ファクシミリデータの送信先となる情報処理装置を決定する」ものである,これに対し,引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」は,ネットワークに接続された複数台の装置から構成されるネットワークシステムであり,本件発明1の「LANインタフェース手段」に相当するものを有していないから,「LANインタフェース手段」を介して,本件発明1の「決定手段」により決定された情報処理装置に,当該ファクシミリデータを送信することはしない,と主張する。
しかし,引用発明1のネットワークシステムの外部にLANインターフェース手段を設けることが容易かどうかを考える必要はなく,引用発明1の「ファクシミリ制御装置7」にLANインターフェース手段を設けることが容易かどうかを考えれば足りることは,前記のとおりであり,原告の主張は,そもそもその前提において失当である。また,本件発明1においては,LANの端末器であるファクシミリ装置が決定手段を備えることが必要であることは前記のとおりであり,これに対し,引用発明1におけるLANの端末器である「ファクシミリ制御装置7」と,決定手段の一部である「電子メール管理装置」とはLANを介して接続されているものである。しかし,決定は,この相違点については,前記のとおり,別途判断しているものであり,この決定の判断の当否については,次に述べるとおりである。
5 すべての請求項に共通する取消事由5(相違点1中の一台の「ファクシミリ装置」に関する部分についての判断の誤り)について 決定は,甲6文献及び甲7文献記載の発明を認定した上で,「これらのこと,刊行物1の目的が,ファイル格納装置,プリンタ制御装置,電子メール管理装置を利用してネットワーク上のファイル格納領域などの共有資源を効率よく利用することであることを考え併せれば,ファクシミリ,ファクシミリ制御装置,ファイル格納装置,及び電子メール管理装置等を持つ一台のファクシミリ装置とすることは当業者が容易に推考することができることと認められる。」(決定書12頁4段)と判断した。
甲6文献には,「1はファクシミリサーバである。該ファクシミリサーバ1は,次の構成要件11〜19により構成されている。11は電話回線に接続されたファクシミリ用網制御装置(NCU),12はモデム,13は個人識別情報判別装置である。該個人識別情報判別装置13は,ハード的には,CPU,ROM,音声合成器等から構成されている。14はメモリである。また,15はプリンタ制御装置,16はプリンタであり,受信画情報をハードコピーで出力したり,原稿情報をコピーするとき等の場合に使用される。17は画像入力用装置,18はスキャナであり,原稿情報を読取るときに使用される。19は電子メール発信装置であり,ハード的には,バス20に接続されたバス制御部と,イーサネット2に接続されたワークステーションと,該バス制御部とワークステーションとを結ぶバスとから構成されている。」(甲第6号証3頁右上欄17行〜左下欄16行)との記載がある。
この記載と甲6文献の図1からすれば,甲6文献には,電話回線を介して受信したデータをLANに送出するファクシミリに関し,本件発明1のLANインタフェース手段と決定手段に相当する,LANに接続されファクシミリデータの送信先となる情報処理装置を決定する電子メール発信装置19と,本件発明1の第1の記憶手段に相当する,ファクシミリデータを記憶するメモリ14とが,LANの端末器であるファクシミリサーバ1を構成していることが記載されている,ということができる。
甲7文献にも,そこに記載されたファクシミリステーションFSは,フロッピディスク装置1,ハードディスク装置2,フロッピディスク・ハードディスク・コントローラ3,イメージプロセッサユニット4,メモリ5,プリンタ6,ファクシミリ通信ユニット8,LAN通信制御ユニット9,及びCPU10から構成されており,電話回線を介して受信したデータをLANに送出するファクシミリに関するものにおいて,本件発明1のLANインタフェース手段に相当するLAN通信制御ユニット9と,本件発明1の第1の記憶装置に相当するメモリ5と,各部を制御するCPU10とを設け,受信された情報に,送信先アドレスが指定されていた場合,メモリ5に格納している画情報を読みだし,ワークステーションWS1〜WS nに転送するものであることが記載されている,ということができる(甲第7号証2頁右上欄5行〜右下欄18行,第1図,第2図)。
甲6文献及び甲7文献についての上記認定によれば,これらの文献には,電話回線を介して受信したデータをLANに送出するファクシミリ装置に関して,引用発明1における「ファクシミリ71」,「ファクシミリ制御装置7」,「ファイル格納装置3」及び「電子メール管理装置4」に相当する複数の装置を,LANの端末器である「ファクシミリサーバ1」あるいは「ファクシミリステーションFS」に一体として備えたものが記載されていると認められる。このことを前提にすると,ファクシミリ装置と複数の装置とをLANを介して接続するか,これらの複数の装置と同等の機能を持った手段をLANの端末器であるファクシミリ装置に一体に備えるかどうかは,当業者にとっては適宜なし得る設計的事項であると認められるから,引用発明1の「ファクシミリ71」,「ファクシミリ制御装置7」,「ファイル格納装置3」及び「電子メール管理装置4」をLANの端末器であるファクシミリ装置に一体として構成することは,当業者からみれば容易に想到し得る事項であると認められ,これと同旨の決定の判断に誤りはない。
原告は,甲6文献,甲7文献及び刊行物1のいずれにおいても,「ファクシミリサーバ」,「ファクシミリステーションFS」又は「ファクシミリ受信文書管理装置」を,電話回線の端末器である「ファクシミリ装置」に構成していくような概念は何ら開示されていない,と主張する。しかし,甲6文献及び甲7文献記載の上記各発明のいずれも,電話回線と接続される端末器であるファクシミリ装置でもあることは上記に認定したところから明らかであり,このようなものの開示がないとする原告の主張は理由がない。
原告は,引用発明1の目的,課題及び効果を考慮した場合,ファイル格納領域などの共有資源の効率利用を図るためには,ネットワークシステム上の個々の装置が別個独立に存在することが大前提であり,個々の装置をLAN及び電話回線の端末器である「ファクシミリ装置」としてまとめる動機となるものはない,と主張する。しかし,ファクシミリ装置と複数の装置をLANを介して接続するか,これらの複数の装置と同等の機能を持つ手段をLANの端末器であるファクシミリ装置に一体に備えるかどうかは,正に資源の効率的利用,あるいは,低コスト等を考慮した上で適宜なし得る設計的事項というべきであるから,引用発明1に甲6文献及び甲7文献に記載された発明をみれば,当業者が容易に本件発明1に想到し得るものであるというべきである。原告の主張は採用することができない。
原告は,引用発明1のもの,すなわち,LANで接続された,特定の機能を奏する個々の装置群から成る「ファクシミリ受信文書管理装置」を,本件発明1のように,「ファクシミリ装置」にまとめ上げて,そのまとめ上げた「ファクシミリ装置」をLANに接続することは,当業者にとって,決して,容易に成し得るものではない,として,具体的には,@ネットワーク接続されている各「装置」を,「ファクシミリ装置」を構成するための各「構成ユニット」に置き換え,Aネットワーク接続されている各「装置」のLANインタフェースを,各「構成ユニット」のバスインタフェースに置き換え,B各「装置」間のネットワークを,各「構成ユニット」間のバスに置き換え,C各「構成ユニット」のバスインタフェースをバスに接続させることにより,まとめて「ファクシミリ装置」を構成し,Dこの「ファクシミリ装置」にLANインタフェースを備えて,LANに接続させることにより,他のワークステーションと接続することができるようにすることは,当業者にとって容易ではない,と主張する。しかし,原告の主張するこれらの事項が,いずれも,個々の装置群から成る引用発明1の「ファクシミリ受信文書管理装置」を,本件発明1のように,「ファクシミリ装置」にまとめ上げるために必要な適宜の設計的事項であり,当業者にとって具体化することに困難性があると認めることができるような事柄でないことは,明らかである。
被告は,決定の本論は,相違点1に係る「LANインタフェース手段」,「第1の記憶手段」,「決定手段」についての判断までであり,一台のファクシミリ装置に係る判断(決定書11頁末段〜12頁4段)は,本来,不要な判断であり,審判合議体の補足的見解である,と主張している。しかし,決定が本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点として認定したところ,及び,それについて判断したところから見て,この部分の判断が結論を導く上で必要なものであること,及び,この部分は,本件発明1と引用発明1との相違点の一つに係る本件発明1の構成が,容易に想到し得るものであるとの判断を示している部分であることは明らかである。この部分が,結論を導く上で本来は必要のない,審判合議体の補足的見解であるとの被告の上記主張は,採用することができない(原告は,被告のこの主張にもかかわらず,決定のこの判断についても反論しているものであるから,被告のこの主張が,原告が取消事由の主張をすることを妨げたとの事情は認められない。)。
6 すべての請求項に共通する取消事由6(決定の理由と取消理由通知における理由との齟齬)について 原告は,決定は,本件取消理由通知書で通知された取消しの理由が生じさせるのと全く異なる論点を生じさせる理由により,決定の結論を導いたために,取消理由に対し意見を述べる機会及び特許法120条の4第2項に規定する訂正請求の機会を原告から奪う結果となった,その手続違反は決定を違法とするほどに重大である,と主張する。
(1) 本件取消理由通知書で通知された取消の理由は,次のとおりである。
第29条第2項違反について 刊行物1:特開平4-302256号公報 刊行物2:特開平2-65439号公報 刊行物3:特開平4-74059号公報 刊行物4:特開昭63-30059号公報 刊行物5:特開平4-18844号公報 (請求項1に係る発明について) 請求項1に係る発明(前者)と,刊行物1に記載された発明(後者)とを比較すると,前者の「1つ以上の情報処理装置」が後者の「ワークステーション5-1,5-2」に相当し,同様に「LAN」が「ネットワーク1」に,「ファクシミリ装置」が「ファクシミリ制御装置7およびファクシミリ装置71」に,「送信元であるファクシミリ装置」が「自社のファクシミリ装置9」に,「ファクシミリ装置の識別情報」が「相手先IDや電話番号(図2(a),(b)参照)」に,各々相当していることが明らかである。
すると,前者が「LANインターフェース手段」,「第1の記憶手段」および「決定手段」を具備するのに対し,後者はこれを明記していない点で両者は相違する。しかし,後者のファクシミリ制御装置7はネットワーク1に接続されていることから,これがLANインターフェース手段を実質的に有することが自明である。また,後者に記載された「電子メール管理装置には,・・・相手先ID,電話番号,個人アドレス,グループアドレス・・・が登録されている」([0005]参照),「管理テーブルを参照して,対応するネットワーク上のワークステーションのメールアドレスを探す」([0010]参照)および「対応するメールアドレスが,見つかった場合は受信文章をそのメールアドレスに対して送信を行う」([0011]参照)などの点から見て,後者が上記相手先IDや電話番号に基づいて対応するネットワーク上のワークステーションを決定していると認められ,実質的に決定手段が存在していると言うことができる。加えて,このような対応関係の決定に際し,電話回線を介して受信したファクシミリデータを記憶する記憶手段を配備することは,例えば刊行物2(特に第2図のメモリ部5参照)に記載されているように,当業者にとって本願出願前の常套手段である。
また,刊行物1,2のものは,受信したファクシミリデータの転送先決定という共通の課題を解決するものであるから,刊行物1記載の発明に刊行物2記載の発明を適用することは当業者であれば容易に推考しうることにすぎない。
したがって,請求項1に係る発明の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。」(甲第2号証) このように,本件取消理由通知書においては,本件発明1と引用発明1と比較し,両者の相違点として,本件発明1は,「LANインターフェース手段」,「第1の記憶手段」及び「決定手段」を具備するのに対し,引用発明1はこれを明記していない点で両者は相違するとし,その相違点については,それぞれ,LANインターフェース手段を有することは自明である,決定手段は引用発明1にも実質的に存在している,第1の記憶手段を設けることは,例えば,刊行物2等で常套手段であるとして,本件発明1は当業者であれば容易に推考し得ることにすぎないから,特許法29条2項の規定に違反してなされたものである,としている。
本件取消理由通知書の上記記載は,「LANインターフェース手段」,「第1の記憶手段」及び「決定手段」に関する決定の前記認定判断とほぼ同じであり,決定においては,これに引き続き,引用発明1の「ファクシミリ,ファクシミリ制御装置,ファイル格納装置,及び電子メール管理装置等を持つ一台のファクシミリ装置装置とすることは当業者が容易に推考することができる」(決定書12頁4段)との判断をしている点のみが異なるだけである。そして,一台のファクシミリ装置とすることが,当業者にとって設計的事項の範囲内の選択の問題にすぎないことは,前記のとおりである。そうである以上,決定は,本件取消理由通知書が引用した主引例(引用発明1)と本件発明1との相違点をほぼそのまま相違点として認定し(その書きぶりがやや詳しくなった程度である。),その相違点についての判断を本件取消理由通知書より詳細に記載しただけである,ということが可能であるから,本件取消理由通知書と決定との間に実質的な齟齬はないというべきである。
(2) 原告は,本件取消理由通知書で通知された取消しの理由では,引用発明1の「ファクシミリ71」及び「ファクシミリ制御装置7」という関連のある二台の装置を一台の装置としてまとめて,本件発明1の「ファクシミリ装置」に相当するとして,他の手段を「ファクシミリ装置内に設ける」ことが容易であるか否かを認定判断していたのに対して,決定においては,引用発明1における,ネットワークシステム内で独立の地位を有するファイル格納装置及び電子メール管理装置までも取り込んで複数台の装置によって構成された全体を,本件発明1の「ファクシミリ装置」に対応させており,本件取消理由通知書で通知された取消しの理由とは異なった理由で本件特許を取り消している,決定と本件取消理由通知書との間の実質的な理由の変更により,取消理由通知書で通知された取消しの理由における論点は消失し,他方,ネットワークシステムを構成する複数台の装置を一台の装置にまとめることに容易推考性があるかが新たな論点として生じた,と主張する。
しかし,本件取消理由通知書と決定とで,ネットワークシステムを構成する複数台の装置を一台の装置にまとめることに容易推考性があるかどうかの点を除き,実質的な理由の変更がなかったことは,上記のとおりであり,この点を別とすれば,決定が本件取消理由通知書と異なった理由で判断をしているとの原告の上記の主張に理由がないことは明らかである。そして,ネットワークシステムを構成する複数台の装置を一台の装置にまとめることに容易推考性があるかどうかは,本件取消理由通知書において引用発明1を主引例として引用していた以上,客観的にはもとから存在していた論点であり,しかも,前記のとおり,当業者にとって設計的事項の範囲内における選択によって決定すべき事柄に関する問題であるから,単に,本件取消理由通知書における認定判断中にその点が明記されていなかっただけであるということができる。取消理由通知は,特許権者に対し,意見書を提出する機会を与え,願書に添附した明細書又は図面の訂正を請求する機会を与えるものであるから(特許法120条の4・1,2項),決定の取消理由の概要を事前に通知すれば足り,特許を取り消すべき理由を決定で記載するほどに詳細に記載する必要があるものではない。本件取消理由通知書において示された認定判断に比べ,決定において示された認定判断がより詳細なものになり,相違点の認定及びこれについて判断が一部補充されたとしても,決定の判断に実質的な変更がない限り,これを違法ということはできない。原告の主張は,理由がない。
(3) 原告は,次のように主張する。
本件取消理由通知書においては,本件発明1は,引用発明1と刊行物2記載の発明に基づいて容易に推考しうるものとされていた(甲第2号証2頁7行〜9行),しかし,決定においては,本件発明1は,引用発明1と甲6文献及び甲7文献に記載された発明に基づき,当業者が容易に推考することができるものと認められている(決定書12頁23行〜26行)。したがって,本件取消理由通知書と決定とでは,本件発明1の進歩性を否定する認定判断の根拠となる引用文献が全く異なっている。本件取消理由通知書で通知された取消しの理由と決定における理由とは実質的に相違しており,決定は,実質的な取消しの理由通知がなくなされた決定であり,原告から適切な意見を述べる機会を奪い,また,特許法120条の4第2項に規定する訂正請求の機会を奪ったものであり,手続違反として重大なものである。
しかし,本件取消理由通知書においては,刊行物2記載の発明は,第1の記憶手段に関して,ファクシミリ装置がファクシミリデータを記憶する記憶手段を配備することが,当業者にとって,本件出願時の常套手段であることの例示として挙げられているだけであり,決定においても,刊行物2記載の発明を明示しなかったものの,「ファクシミリデータを記憶する記憶手段を配備することは,当業者にとって常套手段である」(決定書11頁32行〜33行)と認定しているのであるから,単に周知技術の1例である刊行物2記載の発明を明示しなかっただけであって,この点について変更はない,ということができる。
決定は,本件発明1と引用発明1との相違点の一つ(相違点1)について,甲6文献及び甲7文献に記載された発明を挙げて,これに引用発明1の目的をも併せて考えて,上記のとおり,ファクシミリ,ファクシミリ制御装置,ファイル格納装置,及び電子メール管理装置等を持つ一台のファクシミリ装置とすることは当業者にとって容易であると判断しているものである。決定は,本件取消理由通知書で引用した引用発明1を主引用発明として,本件発明1と対比し,その相違点について判断したものであり,本件取消理由通知書で通知された取消しの理由と決定における理由とは実質的に相違していないことは,上記のとおりである。ただし,甲6文献及び甲7文献は,決定において,上記相違点1についての判断の資料となる公知技術(補助的引用発明の記載されたもの)として引用されたのであるから,本来,本件取消理由通知書に記載されるべきものであったというべきである。しかし,甲6文献及び甲7文献は,本件の異議申立手続きにおいて異議申立人から提出されている公知文献であり(甲6文献は審判甲第4号証,甲7文献は審判甲第1号証),その内容からみても,本件発明1と主引用発明である引用発明1との相違点に関連して,補助的な引用発明となる公知技術ないし周知技術を認定するための証拠として引用され得る文献であることは,原告にとっても予想し得る範囲内のことというべきであるから,本件においては,甲6文献及び甲7文献が,本件取消理由通知書に明示的に記載されなかったことが,原告の対応に格別の相違を生じさせたものということはできない。したがって,本件取消理由通知書において,甲6文献及び甲7文献が補助的な引用例として記載されていなかったことが,決定の結論に影響し,これを取り消すべきほどの重大な手続違反であるとまでいうことはできない。原告の主張は採用することができない。
7 請求項5のみについての取消事由1(相違点5についての判断の誤り-周知技術認定の誤り)について 刊行物2(特開平2-65439号公報)には,ファクシミリの転送サービスを行う場合に,発呼側の加入者番号が発呼側ID領域に記憶されているすべての加入者番号のうちのいずれとも一致しない場合,又は,発呼側の加入者番号が登録されたものではないと判定された場合に,記録紙に記録する,との技術が記載されていると認められる(甲第5号証3頁右上欄5行〜10行,同右上欄17行〜左下欄3行参照。原告もこの点は争わない。)。そして,このような,送信元が明確でないときにプリントアウト(印刷出力)するとの技術は,甲6文献(特開平3-28976号公報)にも,「一方個人識別番号の入力がなかった場合には,プリンタ制御装置15に送られ,プリンタ16によりすぐにプリントアウトされることになる。」(甲第6号証4頁上右欄6行〜8行,第3図)という形で明確に記載されているから,本件出願時既に周知であったと認められる。
原告は,甲6文献には,このような技術の記載がない,と主張する。しかし,原告のこの主張は,甲6文献の明確な記載に反した主張であり,理由がないことが明らかである。決定の認定判断に誤りはない。
8 請求項5のみについての取消事由2(相違点5についての判断の誤り)について 原告は,引用発明1において,送信元が不明であることを条件として,印刷作業が行われることはあり得ず,引用発明1と刊行物2記載の発明とでは,そもそも印刷作業の態様が全く異なるのであり,引用発明1に刊行物2記載の発明を組み合わせることは困難である,と主張する。
しかし,刊行物2及び甲6文献には,上記認定のとおり,ファクシミリデータを転送する場合に,送信元が不明,あるいは転送先が不明等の場合に印刷出力するとの技術が記載されており,このような技術は周知の技術である。また,刊行物1にも,相手局のIDあるいは登録電話番号が認識できない場合,また認識できてもメールアドレス対応テーブルに対応するものがない場合は,受信文書はファイル格納装置に格納され,ファイル格納装置の格納容量が不足したとき,あるいは格納されたファイルに保存期限がきたときにプリントアウト(印刷出力)することが記載されていることは前記のとおりである。以上からすれば,決定が「刊行物1において,相手局のIDあるいは登録電話番号が認識できない場合,また認識できてもメールアドレス対応テーブルに対応するものがない場合に,記録出力するようにすることは当業者が容易に推考することができることである。」(決定書14頁3段)と判断したことに誤りはない。原告の上記主張は理由がないことが明らかである。
9 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸