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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16ネ35職務発明の対価請求控訴事件 判例 特許
平成11ネ3208補償金請求控訴事件 判例 特許
平成17ワ14399職務発明対価請求事件 判例 特許
平成16ネ2790損害賠償等請求控訴事件 判例 特許
平成11ワ12699売買代金等請求事件 判例 特許
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  職務発明 /  現在または過去の職務(現在又は過去の職務) /  相当の対価(相当な対価) /  技術的思想 /  有用性 /  創作性(創作) /  共同発明 /  物質発明 /  補償金請求権 /  共有 /  時効 /  ライセンス /  薬事法 /  援用権(援用) /  権利の濫用(権利濫用) /  存続期間 /  製造承認 /  均等 /  置換 /  特許発明 /  実施 /  算定方法 /  実施料 /  共同発明者 /  実施権 /  通常実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  対価 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 / 
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事件 平成 15年 (ワ) 29080号 補償金請求事件
原告A
同訴訟代理人弁護士 飯沼春樹
同 児玉譲
同 竹山拓
同 櫻井和子
同 小出卓哉
同 武内正樹
同 平田啓子
同 棚橋美緒
被告 大塚製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士 松本司
同 山形康郎
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2005/11/16
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,金1億円及びこれに対する平成15年12月26日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,被告の有していた2件の特許権に係る発明について,被告の元従業員である原告が,同発明2件は,被告在籍中にした職務発明であり,被告に特許を受ける権利(共有持分)を承継させたとして,特許法35条3項に基づいて,その相当の対価(内金5000万円ずつ合計1億円)及び遅延損害金の支払を求めたのに対し,被告が,内1件については,原告が発明者ではないとするとともに,対価請求権は時効により消滅していると主張し,他の1件については,被告において利益を得ておらず,既に支払った対価を超える請求権は発生しないので,原告の対価請求権は認められないと主張して争っている事案である。
1 前提となる事実等(争いがない事実以外は証拠を末尾に記載する。) (1) 当事者 ア 原告は,昭和48年9月,被告徳島工場第一研究所に技術員として入社し,以下のような異動を経て,平成15年2月に被告を退社した,被告の元従業員である。
昭和49年4月 徳島工場第3研究室(後に徳島研究所生物研究部と改称)研究員,研究主任(呼吸循環器U班リーダー) 昭和60年1月 大阪支店開発課課長 昭和61年1月 徳島研究所新薬研究1部主任研究員 昭和62年1月 徳島研究所新薬研究3部部長 昭和63年1月 徳島研究所応用研究部部長 平成10年4月 育薬研究部血栓血管研究所所長 平成11年10月 医薬第一研究所応用研究部部長 平成13年8月 薬効開拓研究所兼医薬営業本部学術支援担当部長 イ 被告は,医薬品,栄養製品,飲料等の製造及び販売等を業とする株式会社である。
(2) 被告の特許権 ア 被告は,以下の特許権を有していた(以下,同特許権を「本件物質特許権」といい,特許請求の範囲記載の発明を「本件物質発明」という。)が,平成11年8月25日,本件物質特許権は,存続期間満了により消滅した(甲1の1,1の2,14)。
発明の名称 テトラゾリルアルコキシカルボスチリル誘導体 特許番号 第1471849号 出願年月日 昭和54年8月25日 登録年月日 昭和63年12月27日 イ 被告は,以下の特許権を有していたが,平成17年5月2日,同特許権を放棄し,同月18日,放棄による抹消登録がされた(以下,同特許権を「本件用途特許権」といい,特許請求の範囲記載の発明を「本件用途発明」といい,本件物質発明とともに「本件各発明」という。)(甲12,15,乙10の1,10の2,15の1,15の2)。
発明の名称 内膜肥厚の予防,治療剤 特許番号 第2548491号 出願年月日 平成4年7月10日 登録年月日 平成8年8月8日 (3) 本件物質特許権及び本件用途特許権(以下「本件各特許権」という。)の特許公報における発明者の記載 本件物質特許権の公開特許公報(甲1の1)及び特許公報(甲1の2)には,発明者として,B及びCが記載されている。
本件用途特許権の特許公報(甲12)には,発明者として,原告,D,E及びFが記載されている。
(4) 従業員の発明に関する被告の定め 被告は,従業員の発明に関し,昭和47年1月1日から施行された「発明考案取扱規程」(以下「被告規程」という。)(乙6)を定めている。被告規程には,以下の規定がある。
(工業所有権の譲渡) 第4条 従業員は,前条によって届け出た発明等でそれをなすに至った行為がその者の現在または過去の職務に属する場合(以下特許法第35条職務発明という)のものについては,それに基づく日本国および,外国における工業所有権を受ける権利および工業所有権を会社に譲渡しなければならない。
(出願補償) 第9条 第7条により特許等の出願を行った場合,会社はその発明等 をなした者に対して次の補償金を支給する。 区 分特 許 実用新案 意 匠金 額 3,000円 2,000円 2,000円 第2項 補償金を支給される発明等が2人以上の共同のものであるときは,原則として補償金額はこれを各人に等分して支給するものとする。
(登録補償) 第10条 第7条による特許等の出願が登録になった場合には,会社はそ の発明等をなした者に対して次の補償金を支給する。 区 分特 許 実用新案 意 匠金 額 5,000円 5,000円 5,000円 第2項 補償金を支給される発明等が2人以上の共同のものであるときは,第9条第2項の規定を準用する。
(実績補償) 第11条 委員会は工業所有権として登録された発明等の実施状況を調査し,委員会が当該発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場合においては,その発明等をなした者に対して補償金を支給する。(50,000円以上) 第2項 補償金を支給される発明等が2人以上の共同のものであるときは,第9条第2項の規定を準用する。
第3項 第7条第2項の会社が特許等の出願を行わずかつ発明者に返却をもしない発明等については,その実施状況を調査し,委員会が当該発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場合においてはその発明等をなした者に対して第11条第1項に準じた補償金を支給する。ただし,その発明等が工業所有権として登録される性質を有しないものと認められた場合はこの限りではない。
(5) 特許を受ける権利の被告に対する承継 本件各発明は,いずれも,被告の従業者による職務発明であり,それらの発明についての特許を受ける権利は,被告規程4条に基づいて,被告に承継された。
(6) 原告に対する補償金の支払 被告は,本件用途発明について,原告に対し,被告規程に基づく出願補償として,平成4年12月下旬に750円,登録補償として,平成8年12月下旬に1250円の支払をした。
(7) 特許を受ける権利承継についての相当対価 被告の従業者は,被告規程により,職務発明についての特許を受ける権利が被告に承継された時点,すなわち,本件物質発明については昭和54年8月25日の出願以前,本件用途発明については平成4年7月10日の出願以前の時点で,被告に対する相当対価の請求権を取得したものであり(特許法35条3項),相当の対価を定めるに当たっては,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条4項が適用される(平成16年法律第79号附則2条1項)(以下,同改正前の条文については,「改正前の特許法」として示す。)。
(8) 本件訴訟の提起 原告は,平成15年12月19日,本件訴訟を提起した。
(9) 被告による消滅時効援用の意思表示 被告は,平成16年11月30日の本訴第4回弁論準備手続期日において,原告に対し,本件物質発明対価請求権の消滅時効援用する旨の意思表示をした。
2 争点 (1) 原告は,本件物質発明発明者か(争点1)。
(2) 本件物質発明に係る原告の相当対価請求権は時効により消滅しているか-相当対価の支払時期はいつか(争点2)。
(3) 本件各発明について,特許法35条3項所定の相当の対価の額はいくらか(争点3)。
3 争点についての当事者の主張 (1) 争点1(原告は本件物質発明発明者か)について (原告の主張) ア 医薬品の物質発明の場合の合成系研究者及び生物系研究者の協働関係 医薬品の物質発明,すなわち創薬は,一般に,@疾患の選択,A薬物標的の選択,Bバイオアッセイの確立,Cリード化合物の発見,D構造活性相関の検証,E薬理活性の基本骨格の同定,F標的との相互作用の向上,G薬力学的特性の向上,H薬物の特許取得という経過をたどる。ここで,Cのリード化合物の発見というのが,目的とする薬理活性をもつ化合物を発見することであり,新薬開発の出発点であるが,この化合物の構造が決定されると,当該構造のどの部分が生物学的活性に重要であるのかを見極めていくことになる。具体的には,もとの分子の構造を少し変えた一連の化合物を合成し(合成系の研究),その生物活性を検証していく(生物系の研究)。合成系研究者による合成の後,生物系研究者が動物,細胞等を用いて目的とする生物学的性質の有無でふるい分けを行い,合成系研究者が,ふるい分けされた化合物を変化させた化合物を合成し,さらに,生物系研究者がふるい分けを行うといった過程を繰り返し行うことで,目的とする性質をもった候補化合物に辿り付くのである(被告は,構造活性相関の検証を合成系研究者が行う旨主張するが,事実に反する。)。
このように,創薬においては,合成系と生物系の双方の研究者の協働が必要不可欠である。
イ 本件物質発明の成立過程 本件物質発明に至る発端は,被告が開発中であったカルテオロールに抗血小板作用があることを原告が発見したことにあった。そこで,薬物標的を血小板とし,疾患を動脈血栓症に規定し,血小板凝集測定というバイオアッセイを確立して創薬研究に突入した。このバイオアッセイの確立も原告が行った。
そして,カルボスチリル骨格を用いて誘導体をデザインし,合成し,血小板凝集阻害作用のスクリーニングに供した。それを繰り返してシード化合物に至り,さらに,リード化合物に辿り着き,生体内でも効くシロスタミドに至ったものである。ところが,シロスタミドが薬物として好ましくないという生物情報(心拍数の上昇作用等)が得られたことから,抗血小板作用に加えて血管拡張作用を持たせるようにコンセプトを再考し,心拍数を上昇させないことをバイオアッセイしながら合成を進め,構造活性相関を研究して,抗血小板作用及び血管拡張作用を有するシロスタゾールに至った。原告は,脳血流増加作用,血小板凝集阻害作用及び心拍数増加指標という3要件の関係を明解に表した「代表的化合物のスクリーニング結果」の図を編み出して,これらの目標を達成する化合物の選択という困難な課題の解決に貢献した。
ウ 本件物質発明の責任者の認識 本件物質発明の合成系研究責任者であるCは,著書(「創薬:十六年間(1972-1987)の軌跡」(甲16)において,本件物質発明に至る過程で,化合物の合成方法をアミド体の合成からテトラゾール基を導入する方法に変更したが,その後,活性の高い化合物を得るために構造変換をしていく際に,それまでのアミド体をスクリーニングする過程で得られた構造活性相関情報が役立ち,初めから活性の高い化合物が次々と得られた旨述べている。
また,Cは,上記著書において「合成研究陣と生物研究陣は車(研究)の両輪であり,一方が強すぎたり,また,他方を従属的に見なしていたのでは,車(研究)は同じ所をぐるぐる廻るばかりで,前には進まない」と記載し,本件物質発明についても,合成分野ではBが,薬理生化学分野では原告が中心となり,発明を成就したと記載している。
このように,本件物質発明の合成系研究責任者であるCも,一連のスクリーニングが本件物質発明にとって必須であったと認識していた。
エ 本件物質発明に至る過程で作成された月報の記載 本件物質発明に至る過程で研究者が作成した月報では,合成系研究者が作成する合成月報(乙8の1〜8の53)において,スクリーニングを意味する「検索」という用語と生物実験の結果の記載が継続的に記載されている。他方,生物系研究者が作成する生物部門月報(乙9の1〜9の52)においても,「側鎖の2重結合は効力にあまり影響を与えないが,側鎖のつく位置は重要でOPC-3399のように5位にしたものでは明らかに効力が弱くなっている。骨格はオキシインドール骨格では効力が弱い。」(乙9の9),「血小板凝集抑制における作用は直鎖型が強いと思われた。」(乙9の12)と記載されている。
このように上記月報には,生物系研究者が重大な構造上の方向性示唆を行い,また,構造と活性について考察を加えながら一連のスクリーニングを行っていたことが示されているから,これらのスクリーニングが,本件物質発明において必須であり,重要な役割を担っていたということができる。
オ 他の特許の発明者との整合性 被告は,特許第2964029号の特許権を有している(甲11)ところ,この特許に係る発明と本件物質発明の過程はほとんど同じであるにも関わらず,この特許では原告が共同発明者として記載されている。
また,被告が出願登録している他の特許についてみると,医薬品に関わる物質特許と考えられるものについては,平成元年を境に,生物系研究者が発明者として加えられるようになっており,被告の発明者に対する考え方に関する変貌が明らかである。
カ 小括 以上から,本件物質発明に至る過程において,生物活性測定すなわちスクリーニングを担当した原告は,単なる補助者ではなく,発明者の1人である。
(被告の反論) ア 発明者 発明者とは,当該発明の創作行為に現実に加担した者を指し,単なる補助者は発明者ではない。発明は技術的思想創作であるから,思想の創作自体に関係しない者,例えば,研究者の指示に従い,単にデータをまとめた者又は実験を行った者は単なる補助者であって,発明者ではない。
イ 医薬品の物質発明の場合の生物系研究者の役割 原告は,創薬について@からHまでの一般的な過程を挙げ,生物系研究者の役割が重要である旨主張するが,医薬品の開発においては,A薬物標的の選択やBバイオアッセイの確立が必要で,生物系研究者が関与しなければならない製剤とは,どのような部位(標的)の病変で発症しているのか明確でない疾患に対する有効成分の合成,製剤の開発の場合である。これに対して,本件に関しては,後記ウのとおり,A薬物標的の選択もされており,Bバイオアッセイの確立,すなわち,テスト系(測定方法)の選択も公知のものが使用されただけであって,原告は何らの関与もしていない。 また,D構造活性相関の検証とは,化合物の骨格,側鎖等の構造の相互関係が,薬効にどのように影響するかを検証することであるが,これは化合物の合成研究者が担当するのが通常である。
ウ 本件物質発明に至る経緯 (ア) 被告の徳島研究所生物研究部課長待遇であったGは,昭和47年1月に被告において合成に成功していたカルテオロールに血小板凝集阻害作用(抗血小板作用)があることを発見し,昭和48年11月10日,「血栓症の予防および治療剤」の特許を出願した。同出願の公開特許公報(乙3)には,血栓形成に血小板の作用が影響していることが記載され,薬物標的の選択が行われており,また,測定方法として記載されている「BRYSTON社製のアグリゴメーターによる比濁法」は,本件物質発明における血小板凝集抑制作用の測定方法と同じであるところ,この時点で,バイオアッセイも公知の測定方法で行われていたことが明らかである。
(イ) その後,CとBにより,カルテオロールの側鎖を種々の基に置換することにより,抗血小板作用を有する化合物の合成を目的とする研究が開始された。
まず,6位の側鎖をエステル体とする一群の化合物を合成したが,in vivoテストにおいて不活性との結果が出たため,アミド体を研究対象とするようになったが,心拍増加作用が強いために開発を断念した。そして,昭和53年6月ころから,テトラゾール誘導体(1位置換テトラゾール誘導体,正確にはテトラゾリルアルコキシカルボスチリル誘導体)の合成が開始された。一群の化合物の合成及びその一部についての薬理効果の確認が完了された後,出願されたのが本件物質発明である。ここでは,エステル体からアミド体へ,次に,エステル体からテトラゾール体へ,置換基の選択が行われたが,これらは,生物学的等価性(bioisosterism)(医薬化合物の構造設計に際して,置換基の選択等の指針に用いる概念)の知見に基づいて行われており,原告の知見,寄与等に基づくものではない。
本件物質発明の特許出願時点では,製造承認申請する候補化合物の選定,すなわち,スクリーニングが終了していなかったため,出願当初の明細書の特許請求の範囲では一群の化合物が記載されている。そして,同明細書には,これら化合物の薬理効果の測定方法が,公知の測定方法によりなされたことが記載されている。
被告は,その後,一群の化合物であるテトラゾール誘導体をスクリーニングし,その薬理効果を比較検討し,本件物質発明出願後である昭和55年10月,シロスタゾールを開発化合物に選定した。したがって,本件物質発明の出願においても,昭和58年12月6日付手続補正書において,シロスタゾール,すなわち,6-[4-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)ブトキシ]-3,4-ジヒドロカルボスチリルを,第2,4,6,8,10及び12項の実施態様項として具体的に掲げる補正を行ったのである。
この経過からも明らかなように,シロスタゾールを含む一群の化合物であるテトラゾール誘導体は,合成研究者の合成研究,すなわち,エステル体,アミド体と続く血小板抑制剤の合成研究により得られた知見に基づき,合成されたものである。
また,合成研究者にドラッグデザインされて合成されたシロスタゾールを含む一群の化合物であるテトラゾール誘導体は,公知の測定方法により薬理効果が測定されたのであって,原告の主張するような新たな測定方法により測定されたわけでもない。
エ 原告の貢献と社長賞 原告は,本件物質発明の出願後,シロスタゾールの薬理機序,作用機序の詳細を研究した。この研究は,製剤製造承認申請に必要な資料作成のためであり,また,製剤として販売した際に医療機関に対する説明のためである。そして,原告のこの研究成果は,平成元年の被告社長賞につながるのであるが,原告の受賞は,シロスタゾール自体の合成ではなく,シロスタゾールの合成後に血小板凝集抑制作用の生化学的な解明,すなわち,薬効の作用機序の研究により,その「特性の発見」に貢献したことによるものである。
オ 小括 以上から,原告は本件物質発明発明者ではない。
(2) 争点2(本件物質発明についての相当対価請求権は時効消滅しているか-相当対価の支払時期はいつか)について (被告の主張) ア 被告規程(乙6)は,職務発明に係る特許を受ける権利の被告への承継について,その対価として,出願補償,登録補償及び実績補償を定めている。そして,それぞれの対価の支払を受ける権利の消滅時効は,それぞれの支払時期を起算点とするものと解される。
イ 被告規程中,出願補償について支払時期を明示した条項はないが,出願補償に係る条項(第9条)から解釈すると,支払時期は特許出願時であり,同時点が消滅時効の起算点となる。
本件物質発明の出願日は昭和54年(1979年)8月25日であるが,被告における実際の運用は,毎年12月の給与支給日に出願補償を併せて支払っていたから,本件物質発明の出願補償に係る対価請求権の消滅時効の起算点は,同年12月下旬となる。
なお,被告は,C及びBに対し,同年12月下旬に,本件物質発明の出願補償の支払をした。
ウ 被告規程中,登録補償について支払時期を明示した条項はないが,登録補償に係る条項(第10条)から解釈すると,特許権の登録時となる。
本件物質特許権の登録日は,昭和63年(1988年)12月27日であるが,被告における実際の運用は,出願補償の場合と同様,毎年12月の給与支給日に登録補償を併せて支払うというものであり,昭和63年中の支払は不可能であったから,その支払時期は平成元年12月下旬となり,同時点が,登録補償に係る対価請求権の消滅時効の起算点となる。
なお,被告は,C及びBに対し,平成元年12月下旬に,本件物質発明の登録補償の支払をした。
エ 被告規程中,実績補償について支払時期を明示した条項はないが,実績補償に係る条項(第11条)から解釈すると,特許登録後かつ当該特許発明実施後が実績補償の支払時期となる。
本件物質発明実施品である,シロスタゾール(本件物質発明が対象とするテトラゾリルアルコキシカルボスチリル誘導体の一種)を有効成分とするプレタール(以下「本件製剤」という。)の販売開始時は,昭和63年4月である。
そうすると,本件物質発明の実績補償の支払時期は,本件製剤販売開始時の昭和63年4月以降で,かつ,本件物質特許権が登録された同年12月27日以降となり,登録に係る登録補償の支払時期は平成元年12月中旬ないし下旬であるから,実績補償に係る対価請求権の消滅時効の起算点も遅くとも同月下旬となる。
オ 本件訴訟は,平成15年12月19日に提起されたものであるところ,その時点では,前記各対価請求権の起算日より10年以上経過しているから,いずれも,時効により消滅している。
(原告の反論) ア 時機に後れた攻撃防御方法 被告は,平成16年11月30日の本訴第4回弁論準備手続期日において初めて補償金請求権の消滅時効を主張するに至っている。それまでの間に,第1回口頭弁論期日も含めて4回の期日が重ねられており,かつ,平成15年12月の訴訟提起以来約11か月の期間が経過している。本件訴訟の争点が発明者の確定であることについて,幾度となく整理及び確認がされ,これに関する主張は概ね終了し,裁判所がその判断をなすことが予定されており,その判断によっては,次の段階として補償金請求額が争点になることについて,裁判所及び当事者双方において合意されていた。
このような状況において,消滅時効の主張を提出するということは,時機に後れたものであることは明らかである。そして,被告において,本件物質発明実施品の製造開始時期,特許登録時期及び被告規程を十分に把握している以上,消滅時効の主張は,訴訟提起を受けた段階で即座に,かつ,容易に行うことができるものであり,このように時機に後れたことは,被告の故意又は重大な過失に基づくものであることも明白である。
したがって,被告の消滅時効の主張は,時機に後れた攻撃防御方法であるとして,民事訴訟法157条1項に基づき却下されるべきである。
時効期間未了 被告規程11条は,「(発明考案)委員会は工業所有権として登録された発明等の実施状況を調査し,委員会が当該発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場合」に支払う旨規定する。
これは,実績補償金の算定・支払時期を,相当対価の額を正しく算定し得る時期,すなわち,対価額算定の基礎となる「会社が受けるべき利益の額」が確定的に判明する時期にまで遅らせた規定であると解することが合理的である。そして,特許権の存続期間満了まで特許発明実施を継続していた本件においては,「会社が受けるべき利益の額」が確定的に判明するのは,当該存続期間満了時以降であるから,実績補償金の支払時期は,上記存続期間満了時以降となる。
この解釈は,被告規程11条の規定が設けられた趣旨が,改正前の特許法35条4項に従った場合に生ずる対価額算定の困難さを回避し,相当対価の額の算定における合理性を確保するため,同法条により規定される算定・支払時期の修正を図ったところにあると解されることから導かれるものである。すなわち,特許法35条3項によれば,職務発明に係る特許を受ける権利承継に対する相当の対価の請求権は,権利承継のときに発生するものであり,相当の対価の額についても,対価請求権の発生時(権利承継時)において,「会社が受けるべき利益の額」等を考慮の上で定められるべきものと解されているが,権利承継の時点において会社が受けるべき利益の額を考慮することは,現実的には極めて困難である。とりわけ,医薬品販売による利益は,患者数の変動,臨床医による効果の認知度,競合製品の登場,副作用の発生,再審査による承認等の様々な後発事情による影響を受けるものであり,一定期間,販売及び使用がされる前の時点で「会社が受けるべき利益の額」を正しく見積もることが,ほぼ不可能であることは明らかである。
本件物質特許権の存続期間は,平成11年(1999年)8月25日に満了しており,本件物質発明に係る特許を受ける権利対価請求権の支払時期は,これ以降となる。そして,消滅時効の起算点も同様に考えられるのであるから,実績補償金の請求権の消滅時効期間は満了しておらず,同請求権は時効消滅していない。
権利の濫用 (ア) 仮に,被告規程11条について,被告が主張するような解釈が成り立つとしても,当該条項の文言は,従業者等に上記原告主張の解釈のような誤信を与えるものであり,従業者等が会社を相手に補償金請求訴訟を提起することには強い抵抗が伴う風潮の下で,かかる誤信を与えるような規程を作成し,また,後記(イ)のように,現実に自らの主張するところとは異なった取扱いを行ってきた被告において,当該規程により請求権の存在及び支払時期について誤信し,請求すべき時機を逸した従業者等からされた補償金請求に対し,消滅時効援用することは,権利の濫用である。
(イ) 被告の主張によると,本件物質発明の実績補償に係る対価請求権の消滅時効は,平成11年(1999年)12月下旬には完成していることになるが,被告が本件物質発明共同発明者として認めるところの他の従業者に対しては,平成11年12月下旬以降に実績補償を支払っている。
すなわち,被告は,Bに対し,同人の退職後の平成14年12月ころに,実績補償金約2000万円を支払っている(なお,Cに対しても,同人の退職時である平成9年ころに実績補償金を支払っている。)。また,当該特許権の直接の発明者ではないGに対しても,被告が主張する消滅時効完成後の時期に,実績補償金に相当する金員が支払われている。
職務発明に係る相当の対価請求権は,労働法的性格を有する権利である。そして,雇用関係において,使用者は,労働条件について差別待遇を行うことは禁じられており(労働基準法3条),また,相当の対価の支払に係る勤務規則等の規定は,労働条件を構成するものであるから,被告は,当然に,相当対価の支払時期ないし時効期間経過後の支払の有無について,各労働者を均等に待遇すべき義務を負っているものである。
被告においては,Bを始めとする他の発明者に対しては,被告の主張する消滅時効完成後の時期に実績補償金を支払っておきながら,原告についてのみ異なる取扱いをし,補償金支払時期を他の者より早い時点に置く,又は,原告のみ時効期間経過後の支払を認めないなどという取扱いをすることは許されない。
したがって,被告の取扱いは,労働基準法3条又は民法90条により無効とされるべきであるし,被告規程11条についての被告による解釈は,Bらに対する補償金支払に係る取扱いに反する限りにおいて,当然に無効である。
(3) 争点3(本件各発明についての相当の対価の額)について (原告の主張) ア 本件各特許権の自己実施 (ア) 本件物質特許権について 被告は,昭和63年4月,血小板凝集抑制作用及び末梢血管拡張作用を併せ持つ新しいタイプの抗血小板剤であるシロスタゾールを有効成分とした本件製剤(プレタール)を,慢性動脈閉塞疾患者の治療薬(慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍,疼痛,冷感等の虚血性諸症状の改善薬)として発売した。
(イ) 本件用途特許権について a 本件用途特許権は,平成8年8月8日に成立しているところ,同特許権成立後,本件製剤は,医療機関によって,内膜肥厚抑制の効果を目的として購入されるようにもなっており,被告は,本件用途特許権を自己実施しているということができる。また,以下の事情からも,被告による本件用途特許権の自己実施の事実は明らかである。
(a) 公開医薬品情報における本件用途発明に係る作用及び効果の表示 被告は,本件製剤の販売に当たり,本件用途発明に係る内膜肥厚抑制作用を公然と表示している。
すなわち,薬事法52条に基づいて,医薬品情報が提供される「添付文書」(甲23)では,薬効薬理の項目において,血管細胞に対する作用として,「ヒトの培養血管平滑筋における3H-チミジンの取り込みを抑制する」と記載されているが,この作用は,まさにかかる細胞ないし分子レベルでの作用が,血管内膜肥厚抑制という現象につながるものであり,本件用途発明で訴求している内膜肥厚抑制作用の本質を述べたものに他ならない。
また,製薬企業が,日本病院薬剤師会の依頼に応じて,薬剤師による医薬品の評価のために作成・配布している文書が「医薬品インタビューフォーム」(以下「IF」という。)であるところ,本件製剤に関する被告作成のIF(甲24)では,「Y.薬効薬理に関する項目 2.薬理作用 (2)薬効を裏付ける試験成績1)非臨床試験 C血管細胞に対する作用」の項目において,『(d)頸動脈内膜剥離後内膜肥厚に対する影響(ラット)』との項が設けられ,シロスタゾールの内膜肥厚抑制作用を示す記述がされている(33頁)。当該項目の記載内容は,シロスタゾールの投与方法に差はあるものの,その科学的内容においては,本件用途特許権の明細書(甲12)記載の「薬理試験1 PTCA(経皮的冠動脈形成術)による血管内膜肥厚に対する抑制作用」とほぼ同内容であり,シロスタゾールが内膜肥厚抑制作用を持つことを訴求する内容である。さらに,「Y.薬効薬理に関する項目 2.薬理作用 (2)薬効を裏付ける試験成績2)臨床試験 Bその他の作用」の項目においては,『(d)頸動脈における内膜中膜肥厚進展抑制作用』と題して,臨床効果をも記載している(50頁)。
(b) 内膜肥厚抑制作用の宣伝 被告は,本件用途特許権が登録された平成8年(1996年)ころから,循環器科における本件製剤の臨床採用を促進するため,循環器科系の臨床医に対し,積極的にシロスタゾールの内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防効果)を宣伝している。
すなわち,被告内では,同時期ころから,製品育成の責任者であるプロダクト・マーケティング・マネジャー(PMM),製品情報をコントロールする学術部,製品の新規情報の構築と発信を担う応用研究部及び応用開発部等の各担当者がチームを組み,医薬情報担当者(以下「MR」という。)をしてシロスタゾールの内膜肥厚抑制効果を積極的に宣伝させる態勢を整えている。このことは,被告内においてMR教育用資料として毎年作成され,個々のMRに配布されている「医薬品PPT集」や「プレタール科別story PPT」等と題する資料(甲27の1〜27の4)の内容に明らかである。当該資料の中には,「ステント植え込み症例におけるCilostazolの再狭窄予防効果」,「シロスタゾール・プロブコール投与によるステント実施後の再狭窄率の検討」,「ステント留置による内膜肥厚の抑制」,「AspirinやTiclopidineとの違い」等と題された,シロスタゾールの内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防効果)を視覚的に示すためのデータが数多く並べられ,同効果が重ねて表示されているのである。
また,被告においては,MRによる宣伝だけではなく,原告を含む担当者,担当責任者自身をして,各地の病院,臨床医の会合等での講演・説明を行わせ,循環器科系医師及び薬剤師に対して,直接,シロスタゾールの再狭窄予防のための有用性を宣伝させている。原告自身,被告内において「プレタールの父」として,MR・営業担当者からの依頼を受け,日本各地での講演・説明会等に出向き,シロスタゾールの効能効果及び安全性について説明を行い,あるいは,同様の事項に関する説明方法,内容等についてアドバイスを求められ,指示をしたケースは多数ある。
(c) シロスタゾールの内膜肥厚抑制効果の浸透 被告による,前記のような,シロスタゾールの内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防効果)に関する情報の伝達・宣伝の結果,本件製剤の同効果は,循環器科系臨床医に広く認知され,同効果を期待して一般に臨床使用されるようになった。社団法人日本循環器学会発行の「循環器病の診断と治療に関するガイドライン(1998-1999年度合同研究班報告)」(甲25)においても,「PTCA後の管理」の項目中に,「再狭窄予防」の標準的治療法として,シロスタゾールが他の2薬とともに挙げられている。
なお,同ガイドラインには,シロスタゾールを含む3薬ともに保険適応はない(独立した効能としての承認を受けていない。)ことが明記されており,承認の有無と実施の有無とが全く関係のないことが示されている。
もともと,承認された効能以外の効果を目的として医薬品が使用されること(適応外使用)は,薬事法の予定するところであり,現に多数の医薬品が適応外使用されていることは周知である。
(d) 日本心血管インターベンション学会における被告の発表 被告は,本件製剤の販売に当たり,その内膜肥厚抑制効果を積極的に宣伝し,その結果,本件製剤は,再狭窄予防を目的として広く臨床使用され,再狭窄予防の標準的治療法として認知されるまでに至り,確固たる地位を築いたものである。そして,被告は,本件用途特許権を放棄した後においてもなお,積極的に本件製剤の再狭窄予防効果の宣伝に務めている。
すなわち,平成17年6月16日に開催された日本心血管インターベンション学会のランチョンセミナーにおいて,被告は,講師である医師をして,シロスタゾールの再狭窄予防効果が改めて確認された大規模な臨床試験の結果を含め,同薬の再狭窄予防効果についての発表を行わせた。ランチョンセミナーとは,一般に,学術集会において,集会主催者にとっては,科学的情報提供という学術上の貢献が見込め,企業にとっては,科学的情報の提供を通しての自社製品のメリット訴求が見込める場合に,学術集会の会期中に当該企業が提供催行することが通例となっている。
(e) 本件用途特許権の被告売上への貢献 本件製剤の再狭窄予防を目的とする使用が一般化するに伴い,本件製剤の循環器科での売上げは,平成8年を境に激増し,平成10年には,循環器科系での売上げが本件製剤の総売上げの内の相当割合を占めるようになっている。
このような循環器科における売上げの激増は,被告が本件製剤の内膜肥厚抑制効果を宣伝した結果,該効能を期待しての臨床使用が一般に広まったことが,その原因と考えられる。
b また,本件物質特許権の存続期間満了後に他社が後発製剤を販売しているが,被告が,本件用途特許権による独占権を有している限り,被告において当該効能の承認を得ようが得まいが,他社は,再狭窄予防効能の承認を得ることができないことはもちろん,同効果を目的としての製造販売をなし得ないことは当然であって,被告は,本件用途特許権により,他社の再狭窄予防効果を目的とした製造販売を抑止してきたのである。
c なお,被告は,本件用途特許権を放棄した旨主張するが,そのことにより,原告の対価請求権は影響を受けるものではない。ノウハウに関しても判例上補償金請求権が認められていること及び被告規程11条3項の趣旨に照らすと,特許権を放棄した後に得られる利益であっても,再狭窄予防を目的として本件製剤が使用されることにより被告が得る利益は,実績補償金算定の基礎とされるべき「使用者等が受けるべき利益の額」に含まれることは当然である。
(ウ) 第三者への実施許諾のないこと 被告は,現在に至るまで,日本国内において,本件物質特許権及び本件用途特許権のいずれについても,第三者に実施を許諾したことはない。
イ 自己実施の場合の対価算定方法 (ア) 計算式 被告による本件製剤の販売実績は,特許法35条1項による通常実施権に基づく部分及び独占権に基づく部分から構成されるところ,これらの2構成要素の優劣を算定することは困難であるが,本件各特許権について被告が自己実施しており,第三者に使用許諾されていない場合,原告の本件各発明譲渡の対価は,被告が第三者に使用許諾したと仮定し,その場合,当該第三者から受け取る実施料を基準とし,これに共同発明者全体の貢献割合を乗じた上で,共同発明者間の貢献割合を乗じて算定すべきである。
したがって,本件各発明の譲渡対価の計算方式としては,以下のとおりと考えるのが妥当である。
「特許権存続期間中の被告の本件製剤売上額(ただし,本件物質特許権及び本件用途特許権の存続期間が競合する期間については,それぞれの貢献度を乗ずる)×ライセンス実施料率×共同発明者全体の貢献度×共同発明者間における原告の貢献度」 (イ) 自社売上額を用いる理由 自社売上額にライセンス実施料率を乗ずるのは,被告が医薬品業界において特別著名な会社であるとか,著名な営業力があるとは認められないので,第三者は少なくとも被告と同額の売上げを得ることができたと推認できるからである。
(ウ) 本件各特許権の貢献度の比率 本件物質特許権及び本件用途特許権が競合して売上げに貢献した時期における,売上額に対する貢献度の比率は,本件物質特許権:本件用途特許権=9:1と評価できる。
(エ) ライセンス実施料率 本件各特許権のライセンス実施料率は,他の技術分野の場合と異なり,医薬品の技術のライセンス料率が高額であることや,シロスタゾールの研究開発に関して,財団法人日本薬学会の技術賞を受賞したこと,本件用途発明についても,北米放射線学会において優秀賞を受賞したことからすれば,少なくとも30パーセントと評価される。
(オ) 共同発明者の貢献度 本件物質発明は,抗血小板作用及び血管拡張作用を併せ持つ新しいタイプの新薬に関するものであるところ,抗血小板剤という新しい分野の研究を早くから開拓してきたことのみならず,実際の病気治療に重要であり,医薬品開発を早く実現できることを重視して血管拡張作用を持たせるという前例のない薬剤プロファイルを目標設定したことが成功の要因であったこと,単一の候補化合物の選択が原告主導で行われたこと等に鑑みれば,発明者の貢献度は30パーセントを下らない。
本件用途発明のアイディアは,原告の発露によるものであるところ,当時の学問的常識から,被告内部では,内膜肥厚抑制無効説が主流であったことに鑑みれば,原告の本件用途発明に係る貢献度は非常に高く,発明者の貢献度は,最低でも70パーセントであると考えられる。
(カ) 共同発明者間における原告の貢献度 本件物質発明の完成についての貢献割合は,Cが合成研究所所長という職務に就いている関係から特許出願願書に発明者として記載されているにすぎないこと,本件物質発明に関して被告社長賞を受賞したのは原告及びBの2名であることなどから,原告:B:C=4:4:1であり,原告の貢献度は4/9である。
本件用途発明の共同発明者は,特許出願願書記載のとおり,原告,D,E及びFの4名であるが,具体的な研究開発における関与度に鑑みて,貢献割合は,原告:D:E:F=3:1:1:1であり,原告の貢献度は3/6である。
ウ 本件物質発明対価 (ア) 本件用途特許権と競合しない期間 本件用途特許権は平成8年8月8日に成立したので,本件用途特許権と競合しない期間である平成元年から平成7年の売上合計額1837億0884万0845円を基礎に計算すると,以下のとおりとなる。
1837億0884万0845円×ライセンス実施料率0.3×発明者貢献度0.3×共同発明者間における原告の貢献度4/9=73億4835万3633円 (イ) 本件用途特許権と競合する期間 本件用途特許権と競合する期間である平成8年から平成10年の売上合計額は631億6325万0422円であり,この金額を基礎に計算すると,以下のとおりとなる。
631億6325万0422円×当該売上げにおける本件物質発明の貢献度0.9×ライセンス実施料率0.3×発明者貢献度0.3×共同発明者間における原告の貢献度4/9=22億7387万7015円 (ウ) 合計 (ア)及び(イ)の合計は96億2223万0648円となる。
エ 本件用途発明の対価 (ア) 本件物質特許権と競合する期間 本件物質特許権の存続期間は平成11年8月25日までであり,本件物質特許権と競合する期間である平成8年から平成10年の売上合計額631億6325万0422円を基礎に計算すると,以下のとおりとなる。
631億6325万0422円×当該売上げにおける本件用途発明の貢献度0.1×ライセンス実施料率0.3×発明者貢献度0.7×共同発明者間における原告の貢献度3/6=6億6321万4129円 (イ) 本件物質特許権と競合しない期間 本件物質特許権と競合しない期間である平成11年から平成14年までの売上合計額は938億2847万0835円であり,この金額を基礎に計算すると,以下のとおりとなる。
938億2847万0835円×当該売上げにおける本件用途発明の貢献度0.1×ライセンス実施料率0.3×発明者貢献度0.7×共同発明者間における原告の貢献度3/6=9億8519万8943円 (ウ) 合計 (ア)及び(イ)の合計は16億4841万3072円となる。
オ まとめ 以上により,本件物質発明対価は96億2223万0648円,本件用途発明の対価は16億4841万3072円であり,原告は,この内,本件物質発明について5000万円,本件用途発明について5000万円をそれぞれ請求するものである。
(被告の反論) ア 原告の主張は否認する。
イ 本件用途発明の対価について (ア) 被告は,本件製剤を「慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍,疼痛及び冷感等の虚血性諸症状の改善・脳梗塞(心原性脳塞栓症を除く)発症後の再発抑制」の効能・効果を有する抗血小板剤として販売しているのであって,「内膜肥厚の予防,治療剤」又は「PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療剤」として販売していない。すなわち,本件用途発明を実施していない。内膜肥厚抑制は,薬事法上承認されていない効能であり,この用途で本件製剤を販売することはできないのである。
仮に,医療機関が,承認されていない上記効能で本件製剤を使用していたとしても,被告は,本件用途特許権により利益を受けていない。すなわち,職務発明の相当対価の算定の考慮事項である「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」(改正前の特許法35条4項)とは,使用者等が発明の実施を排他的に独占しうる地位を取得することにより受けることになると見込まれる利益を意味するが,他社の後発製剤も内膜肥厚抑制の効能を掲げて販売されているわけではないので,本件用途特許権により他社の後発製剤の製造販売を差し止めることはできない。換言すれば,被告は,本件用途特許権の実施を排他的に独占し得る地位を取得していない。
(イ) 原告は,被告が平成8年ころから,MR・営業担当者に再狭窄予防効果を積極的に宣伝させていること,被告が添付文書及びIFに内膜肥厚抑制作用に関して記載し,内膜肥厚抑制作用の存在を宣伝していることなどを主張する。
しかしながら,これらは宣伝ではなく,薬事法77条の3に定める情報の提供にすぎない。原告は,同条が,副作用等に関する情報のみを対象とするかのように主張するが,同条は「その他医薬品または医療用具の適正な使用のために必要な情報」と定めており,安全性に関する情報のみに限定されていない。
争点に対する判断
本件では,本件物質発明について,原告が発明者の1人であるか否かが争われているところ,仮に,原告が発明者であるとしても,被告は,当該発明に係る特許を受ける権利(共有持分)の承継に伴う相当対価請求権は時効により消滅していると主張するので,事案に鑑み,本件物質発明に係る相当対価請求権の消滅時効の成否(争点2)について,まず検討する。
なお,原告は,被告の本件物質発明に係る相当対価請求権が時効により消滅した旨の主張は,時機に後れた攻撃防御方法であるとして,民事訴訟法157条1項に基づき却下されるべきである旨主張する。
しかしながら,被告の時効消滅に係る主張は,被告による答弁書及びそれを敷衍した平成16年3月8日付第1準備書面に対する原告の反論を踏まえて,同年11月24日付第2準備書面に基づいて行われたものであって,弁論準備手続において当事者間の主張整理が行われている時期において述べられたものであるし,本件訴訟の経過に照らしても,同主張が時機に後れた攻撃防御方法であるということはできない。したがって,原告の主張を採用することはできない。
1 争点2(本件物質発明についての相当対価請求権は時効により消滅しているか-相当対価の支払時期はいつか)について (1) 相当対価の支払時期について 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。使用者等が従業者等に支払うべき相当の対価の額については,勤務規則等の定めによる支払額が,改正前の特許法35条4項の規定に基づいて算定される額に満たない場合は,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができるのであるが,勤務規則等に対価の支払時期が定められている場合は,当該支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。そうすると,勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点になると解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1256号平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁)。
(2) 被告における職務発明の相当対価の支払時期 ア 被告は,前記のとおり,従業員のなした職務発明に関し,昭和47年1月1日から施行された被告規程(発明考案取扱規程)を定めている(乙6)。被告規程では,職務発明について,被告に承継されなければならない旨の規定が置かれており(4条),承継時に,従業員は,被告に対する特許を受ける権利の相当対価の請求権を取得するものと認められる。そうすると,被告規程に基づいて被告に承継された特許を受ける権利対価請求に関しては,まず,被告規程の適用を受けるものと解される。
イ そこで,被告規程における,特許を受ける権利対価の支払時期に関する規定の有無等を検討すると,被告規程では,職務発明に関する相当対価の支払について,出願補償(9条),登録補償(10条)及び実績補償(11条)が設けられ,それぞれについて,以下のように規定されている。
(出願補償) 第9条 第7条により特許等の出願を行った場合,会社はその発明等 をなした者に対して次の補償金を支給する。 区 分特 許 実用新案 意 匠金 額 3,000円 2,000円 2,000円 第2項 補償金を支給される発明等が2人以上の共同のものであるときは,原則として補償金額はこれを各人に等分して支給するものとする。
(登録補償) 第10条 第7条による特許等の出願が登録になった場合には,会社は その発明等をなした者に対して次の補償金を支給する。 区 分特 許 実用新案 意 匠金 額 5,000円 5,000円 5,000円 第2項 補償金を支給される発明等が2人以上の共同のものであるときは,第9条第2項の規定を準用する。
(実績補償) 第11条 委員会は工業所有権として登録された発明等の実施状況を調査し,委員会が当該発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場合においては,その発明等をなした者に対して補償金を支給する(50,000円以上)。
第2項 補償金を支給される発明等が2人以上の共同のものであるときは,第9条第2項の規定を準用する。
第3項 第7条第2項の会社が特許等の出願を行わずかつ発明者に返却をもしない発明等については,その実施状況を調査し,委員会が当該発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場合においてはその発明等をなした者に対して第11条第1項に準じた補償金を支給する。ただし,その発明等が工業所有権として登録される性質を有しないものと認められた場合はこの限りではない。
なお,被告規程11条所定の委員会とは,同規程8条1項に基づき,対価の支払等を公正適切に行うために被告に設置されるものである。
また,被告は,特許を受ける権利を取得した場合には,委員会が審査の上,必要と認めたものについては特許の出願を行い(被告規程7条1項),出願を行わないものについては,なお承継の必要を認めたものを除いて,当該特許を受ける権利を発明をなした従業員に返却する(被告規程7条2項)旨が定められている。
そうすると,被告に承継された職務発明特許を受ける権利について,特許出願がなされ,特許として登録され,その後実施されている場合,当該特許を受ける権利承継に係る相当対価の請求権は,当該承継時に発生するものの,その支払時期は,上記被告規程9条及び10条に基づいて,出願に係る対価としての出願補償については出願時,登録に係る対価としての登録補償については登録時となることが明らかである。これに対し,実施に係る対価としての実績補償の支払時期については,被告規程11条の定めは必ずしも明確ではないが,被告の委員会が登録された当該発明等の実施状況を調査し,その実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場合に補償金を支給するものとされる以上,当該発明の実施以前に従業者等が使用者等に実績補償金の支払を求めることは困難であり,相当対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものと認められるが,実施時以降においては,従業者等による実績補償に関する同権利の行使が可能となるものと解するのが相当である。なお,実施時よりも登録時が遅い場合には,前記11条の「登録された発明等の実施状況」との規程の趣旨に照らし,登録時が支払時期になるものと解される。
(3) 本件物質発明特許を受ける権利承継に係る相当対価の支払時期 ア 本件物質発明特許を受ける権利が,被告規程に基づいて被告に承継されたものであることについて,当事者間に争いはなく,本件物質発明発明者である従業者は,当該承継時に,被告に対し,相当対価の支払請求権を取得したと認められる。
そして,本件物質発明の特許出願及び登録がそれぞれ昭和54年8月25日及び昭和63年12月27日であることは当事者間に争いがなく,本件物質発明実施品である,シロスタゾール(本件物質発明が対象とするテトラゾリルアルコキシカルボスチリル誘導体の一種)を有効成分とする本件製剤(プレタール)の販売開始時期は,本件製剤の添付文書やIFなどによれば,昭和63年4月であることが認められる(甲2,23,24,乙11〜14)。
したがって,本件物質発明特許を受ける権利の相当対価の支払時期は,被告規程によれば,出願に係る対価としての出願補償について出願時である昭和54年8月25日,登録に係る対価としての登録補償について登録時である昭和63年12月27日,そして,実施に係る対価としての実績補償について,実施時である同年4月よりも登録時が遅いため,登録時である同年12月27日となると考えられる。ただし,被告は,出願補償及び登録補償の支払について,毎年12月の給与支給日に併せて行うとの運用が行われていた旨主張し,原告においてもそれを争うものではないと認められるので,それらの支払時期は,各時期経過後最初の12月の給与支給日となるものと解される。そして,それぞれの給与支給の具体的な日付けは判然としないので,遅くとも当該月の最終日と解するのが相当である。
そうすると,出願補償については,昭和54年12月31日,登録補償については,平成元年12月31日,実績補償についても,前記のとおり,登録補償と同様に考えるべきであるので,平成元年12月31日が,それぞれの支払時期と認めるのが相当である。
イ 原告は,被告規程11条では,「(発明考案)委員会は工業所有権として登録された発明等の実施状況を調査し,委員会が当該発明等の実施効果が顕著であって会社業績に貢献したと認めた場合」に支払う旨規定されており,これは,実績補償金の算定・支払時期を,相当対価の額を正しく算定し得る時期,すなわち,対価額算定の基礎となる「会社が受けるべき利益」の額が確定的に判明する時期まで遅らせたものであるから,特許権の存続期間満了まで実施を継続していた本件においては,「会社が受けるべき利益」の額が確定的に判明するのは,当該存続期間満了時以降であって,実績補償の支払時期は,本件物質特許権の存続期間満了時である平成11年8月25日以降となる旨主張する。
原告の上記主張は,実績補償金の算定が,当該特許権の存続期間の満了時まで不可能,あるいは,著しく困難であることを前提としたものと解されるところ,特許を受ける権利承継に伴う相当対価の価額は,「使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して」定められるものであり(改正前の特許法35条4項),一定程度の不確定要素が伴わざるを得ないとしても,その承継時において,使用者等の受けるべき利益額を客観的に推測して算定することは可能であり,とりわけ,被告規程11条の場合のように,登録された当該発明が実施された時点以降においては,既に実現化されている実施の状況等を具体的に勘案して使用者等が受けるべき利益を比較的容易に推測できるのであるから,原告の上記主張は,その前提において誤りがあるといわなければならない。そして,本件のように,対象となる特許を受ける権利が医薬品に関する発明に係るものであり,医薬品販売による利益の額を考慮すべき場合であっても,その算定の手法及び容易性の程度は,他の発明の場合と質的に異なるものということはできない。
しかも,原告が主張するように,「使用者等が受けるべき利益」が確定的に判明する時点,すなわち,特許権の存続期間満了時以降まで,相当対価請求権の支払時期が到来しないとすることは,その時点まで従業者等が対価を請求できないことを意味するのであって,従業者等にとってかえって不利益な状況となり得るのであるから,勤務規則等に明確な定めがある場合にのみ,そのような解釈が可能となると解すべきであるところ,被告規程11条の文言は,原告が主張するように特許権の存続期間の満了時期を支払時期とする旨を明確に示すものとは到底認められない。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
また,原告は,被告規程11条について前記認定のような解釈がされる場合には,同条項の文言が,被告が受けるべき利益が確定的に判明する時点まで支払時期を遅らせたものであるとの誤信を招くものであるから,これによって相当対価を請求すべき時機を逸した従業者からされた対価請求に対して消滅時効援用することは,権利の濫用である旨主張する。
しかし,被告規程11条は,被告において,発明等をなした者に対して実績補償を行う場合の手順,補償金額等を具体的に定めたものであり,前記のとおり,特許権の存続期間の満了時期まで実績補償金の支払時期を遅らせたものとは到底認められないから,原告が主張するような誤信を招く規定文言であるということはできず,このことをもって,被告による消滅時効援用権利の濫用であるということもできない。したがって,原告の上記主張も採用できない。
さらに,原告は,被告において,被告が主張するところの本件物質発明の実績補償に係る対価請求権の時効消滅後である平成14年12月ころに,本件物質発明発明者の1人であるBに対し,実績補償に相当する金員を支払っており,原告についてのみ異なる取扱いをして,補償金の支払時期を他の者より早い時期に置くことは,労働基準法3条又は民法90条により無効とされるべきであるし,このような被告規程11条の解釈は,Bらに対する補償金支払に係る取扱いに反する限りにおいて当然に無効であると主張する。
しかしながら,相当対価の請求権の行使は,個々の従業者等の意思に委ねられているというべきであり,その支払請求に対して使用者等が消滅時効の主張を行うか否かについても,個々の対価請求権ごとに個別に検討することが許される事柄であって,使用者等がこれを一律に取り扱わなければならないと解することはできないから,被告がBに対して実績補償金の支払をした事実が認められるとしても(Bは,平成15年ころに「何がしかの補償」を受けている旨述べている(甲19)。),この事実のみをもって,原告による相当対価の支払請求に対する消滅時効の主張が無効とされる,あるいは,許されなくなると解することはできない。したがって,原告のこの点の主張も採用することはできない。
(4) 消滅時効の成否 以上からすれば,本件物質発明に係る特許を受ける権利(共有持分)の承継に伴う対価の支払時期は,出願補償について昭和54年12月31日,登録補償について平成元年12月31日,実績補償についても平成元年12月31日とそれぞれ認定すべきであり,これらの請求権は,それぞれ,当該支払時期から10年間の経過,すなわち,出願補償について平成元年12月31日,登録補償及び実績補償について平成11年12月31日の経過によって,時効により消滅したものと認められる。
そして,本件において原告は,被告による本件製剤の製造販売が,本件物質特許権を含む本件各特許権の実施に基づくものであることを前提として,職務発明としての相当対価の請求を行っているのであるから,その実績補償を求めていることが明らかであり,したがって,本件物質特許権に係る相当対価の請求権は,平成11年12月31日の経過によって,時効により消滅したものといわなければならない。
2 争点3(本件物質発明及び本件用途発明についての相当の対価の額)について 前記1で検討したとおり,本件物質発明について,原告が発明者の1人であったとしても,同発明に係る特許を受ける権利(共有持分)の承継に伴う相当対価請求権は,時効により消滅したと認められるから,以下,本件用途発明の特許を受ける権利(共有持分)の承継に伴う相当対価の額について検討する。
(1) 特許法35条3項は,従業者等が,契約,勤務規則その他の定めにより,職務発明について使用者等に特許を受ける権利承継させたときは,相当の対価の支払を受ける権利を有すると定め,改正前の特許法35条4項は,当該対価の額は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めるものと定めており,これらの定めによれば,勤務規則等において職務発明承継に伴う対価に関する条項がある場合でも,これによる対価の額が前記の規定(改正前の特許法35条4項)に従って定められる額に満たないときは,特許法35条3項に基づいて,不足額を請求することができると解される。
そして,この場合の相当対価の額とは,職務発明に係る特許権について,本来,使用者等が有する通常実施権(特許法35条1項)を行使することによる利益を超えて,使用者等が従業者等から当該職務発明特許を受ける権利承継を受けることにより,当該発明を排他的に独占することが可能となることから受けるべき利益を基礎として,これに使用者等の発明に対する貢献を考慮した金額であると解すべきである(原告も,被告による本件製剤の販売実績が,特許法35条1項による通常実施権に基づく部分及び独占権に基づく部分の両要素から構成されることを認めている。)。
(2) 以下,被告において,本件用途発明を排他的に独占することが可能となったことから受けるべき利益があるかどうかについて検討する。
ア 本件製剤の販売について,前記前提となる事実等及び証拠によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 本件製剤の有効成分であるシロスタゾールは,本件用途発明(請求項2)において,有効成分として構成要素となっている6-[4-(1-シクロヘキシルテトラゾール-5-イル)ブトキシ]-3,4-ジヒドロカルボスチリルである(甲2,12,23,乙11)。
(イ) 被告は,本件製剤について,慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍,疼痛及び冷感等の虚血性諸症状の改善,脳梗塞(心原性脳塞栓症を除く)発症後の再発抑制の効能・効果を有する抗血小板剤として薬事法14条1項の規定による承認を受け,昭和63年4月から同効能・効果を有する製剤として本件製剤を販売している(甲2,23)が,「内膜肥厚の予防,治療剤」又は「PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防及び治療剤」としては,同条項の規定による承認を受けておらず,その結果,本件製剤を,承認されていない効能・効果である「内膜肥厚の予防,治療剤」等として広告して販売することは,薬事法68条により禁止されている。
(ウ) 本件製剤の添付文書(薬事法52条に基づいて提供される医薬品情報を記載した書面)には,平成15年(2003年)4月改訂(改訂第4版)に至って,「薬効薬理」の項目に,「4.血管細胞に対する作用」として,「ヒトの培養血管平滑筋における3H-チミジンの取り込みを抑制する。」と記載されている(甲2,23)。この作用は,血管内膜肥厚抑制という現象にもつながるものである。
(エ) 本件製剤に関するIF(製薬企業が,日本病院薬剤師会の依頼に応じて,薬剤師による医薬品の評価のために作成・配布している文書)には,平成14年(2002年)12月改訂(改訂第5版)(乙12)に至ってから,「薬効薬理に関する項目」中に,「頸動脈内膜剥離後内膜肥厚に対する影響(ラット)」及び「動脈内ステント留置後の新生内膜増生に対する影響(イヌ)」との記載がされ,また,平成15年(2003年)4月改訂(改訂第6版)(乙13)に至ってから,同じく,「薬効薬理に関する項目」中に,「頸動脈における内膜中膜肥厚進展抑制作用」との記載がされている。
(オ) 社団法人日本循環器学会発行の「循環器病の診断と治療に関するガイドライン(1998-1999年度合同研究班報告)」(甲25)には,「PTCA後の管理」の項目中に,「再狭窄予防」の標準的治療法として,シロスタゾールが他の2薬とともに記載されている。
(カ) 被告内のMR(医薬担当者)に対して配布される「医薬品PPT集」(外部へのプレゼンテーション用資料)(甲27の1〜27の4)には,「ステント植え込み症例におけるCilostazolの再狭窄予防効果」,「シロスタゾール・プロブコール投与によるステント実施後の再狭窄率の検討」,「ステント留置による内膜肥厚の抑制」,「AspirinやTiclopidineとの違い」等と題するスライドが用意され,シロスタゾールの内膜肥厚抑制作用(再狭窄予防効果 )を示すデータが記載されている。
(キ) 被告は,各地の病院,臨床医の会合等において,循環器科系医師及び薬剤師に対して,シロスタゾールの再狭窄予防の効果を説明することがあり(甲29の1〜29の3),また,原告自身が,被告に在籍中,被告内の営業担当者等から依頼を受けて,同様の説明,講演等を行うことがあった(甲28の1〜28の11)。
イ 以上の認定事実に基づいて検討すると,本件では,被告において,本件用途発明を排他的に独占することが可能となったことによって受けるべき利益があると認めることはできない。以下,理由を述べる。
発明を排他的に独占することによる利益とは,他者が実施することのできない態様(他者が実施する場合には,それを差し止めることができる態様)において利用すること(又は当該発明を実施していないとしても,他者に対して当該発明の実施を禁止すること)によって受けるべき利益であると解されるところ,本件用途発明のように,医薬品の用途に関する発明の場合,発明を他者が実施することのできない態様において利用することによる利益というためには,特段の事情がない限り,当該用途について薬事法上の承認を受けた上,当該医薬品の効能・効果として掲げて製造又は販売等を行うことを要 すると解するのが相当である。 すなわち,もともと,物質の用途に関する発明は,物質そのものの発明ではないことから,当該用途について使用された場合についてのみ排他的な効力を有するものである。当該用途としての効果は,当該物質を他の用途として用いた場合においても出現する可能性があり,そうであるからこそ,用途に関する発明の効力は,当該用途を有するものであることを前提として当該物質を製造したり,販売する場合に限って及ぶものと考えられるところである。他方,医薬品については,承認された効能・効果のほかにも,「用法,容量その他使用及び取扱い上の必要な注意」(薬事法52条1号)などを記載することが義務づけられ,さらに,「医薬品又は医療機器の有効性及び安全性に関する事項その他医薬品又は医療機器の適正な使用のために必要な情報」の提供が求められている(同法77条の3第1項)。
これは,医薬品としての性質上,社会公衆に対して,医薬品の持つ薬効や薬理作用について広く情報提供される必要があるとして規定されているものと解される。そうすると,医薬品については,社会公衆に対する保健衛生の観点から,当該医薬品が有する薬効・薬理作用を広く示す強い要請が存在しているということができるのであって,薬効・薬理作用として開示された情報に,発明の対象となっている用途が含まれていたとしても,そのことのみで,当該用途を前提として当該医薬品を製造し,販売しているということはできず,医薬品の用途に関する発明を,他者が実施することのできない態様において利用しているということもできないと解するのが相当である。
これを本件についてみると,本件用途発明は,「内膜肥厚の予防,治療剤」(請求項1及び請求項2),あるいは,「PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防および治療剤」(請求項3)の用途を有することがその内容となっている。他方,本件製剤は,前記のとおり,慢性動脈閉塞症に基づく潰瘍,疼痛及び冷感等の虚血性諸症状の改善,脳梗塞(心原性脳塞栓症を除く)発症後の再発抑制の効能・効果を有する抗血小板剤として薬事法上の承認を受け,同効能・効果を有する製剤として販売されているのであり,内膜肥厚の予防,治療剤,あるいは,PTCA後やステントの血管内留置による冠状動脈再閉塞の予防及び治療剤としての承認を受けておらず,それを製剤の効能・効果として掲げていないのであるから,被告による本件製剤の販売が,本件用途発明を排他的に独占する利用形態であるということはできない。したがって,被告において,本件用途発明を排他的に独占することが可能となったことによって受けるべき利益があると認めることはできない。
原告は,薬事法上求められている情報は,適正使用及び有効性・安全性の確保に必要な情報の提供であって,当該医薬品に関連する情報であればその性質を問わず提供が求められるというわけではなく,被告による本件製剤のプレゼンテーション用資料は,薬事法の規定に則った情報提供などではあり得ないし,その必要性もないと主張する。
しかしながら,被告において,本件製剤の有する内膜肥厚抑制効果を説明し,それをもとに販売促進している面があるとしても,このことをもって,被告による本件製剤の販売が本件用途発明を排他的に独占する利用形態であるとまではいえないと解するのが相当であることは,前記の説示に照らして明らかであり,原告の主張は採用することができない。
ウ 本件用途特許権については,被告から他者に対する実施許諾等がされたことはなかったものであり(争いがない。),その他,被告が本件用途特許権を実施し,あるいは,これによって受けるべき利益があることを示す事情は認められず,他者に当該発明の実施を禁止することにより得られた利益があることを示す事情も認められないので,本件用途特許権が存続期間の満了前に被告により放棄されていることも考慮すれば,結局,本件用途発明により被告が受けるべき利益を認めることはできないというべきである。
そうすると,他の点について論ずるまでもなく,本件用途発明の承継に伴い,被告から原告に支払われた出願補償,登録補償を超えて,原告に支払われるべき対価は認められないことになる。
結論
以上の次第で,原告の請求は,いずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 清水節
裁判官 山田真紀
裁判官 片山信
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