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関連審決 異議2000-70863
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成17行ケ10197審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10066審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  物の発明 /  新規性 /  引用発明の認定 /  周知技術 /  公知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  参酌 /  置換 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 199号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社片山化学工業研究所
訴訟代理人弁理士 野河 信太郎
同 堀川 かおり
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 岩瀬 眞紀子
同 板橋一隆
同 森田 ひとみ
同 大橋良三
同 一色 由美子
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/09/04
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が異議2000−70863号事件について平成14年2月26日にした決定を請求項1ないし3のいずれについても取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 (1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「イソチアゾロン水性製剤の安定化方法」とする特許第2943816号の特許(平成2年5月16日特許出願(優先権主張日平成元年5月17日。以下「本件優先権主張日」という。),平成11年6月25日設定登録,以下「本件特許」という。登録時における請求項の数は4である。)の特許権者である。
本件特許に対し,請求項1ないし4のすべてにつき,特許異議の申立てがあり,特許庁は,これを異議2000-70863号事件として審理した。原告は,この審理の過程で,平成12年11月20日,本件出願に係る願書に添付された明細書の訂正を請求した(以下,この訂正を「本件訂正」という。本件訂正により,請求項の数は3となった。)。特許庁は,審理の結果,平成14年2月26日に,「訂正を認める。特許第2943816号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」との決定をし,平成14年3月27日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(本件訂正による訂正後のもの。以下,請求項1に記載された発明を「本件発明1」といい,各請求項に記載された発明をまとめて「本件発明」という。) 「【請求項1】殺菌有効成分としての一般式(I): (式中,Xは水素原子または塩素原子,Yはメチル基)SNOY X で表されるイソチアゾロン化合物(判決注・以下「イ ソチアゾロンa」ともいう。)が1〜20重量%配合 されてなる水性製剤に,一般式(II): Y1Y2CX1Br 〔式中,X1はニトロ基またはシアノ基,Y1,Y2は各々臭素原子,ニトロ基,シアノ基,アミノカルボニル基,またはヒドロキシル基,臭素原子もしくはシアノ基で置換されている低級アルキル基,または CR1R2COO R3 (式中,R1,R2,R3は各々低級アルキル基または水素原子)で示される基, またはY1もしくはY 2のいずれか一方が Y3CHAm (式中,Y3は水素原子またはハロゲン原子,Aは水素原子,ハロゲン原子,ニトロ基または低級アルキル基,mは1〜3の整数)で示される基で他方が水素原子もしくは臭素原子であるか,Y1とY 2が共同して HCAm (式中,Aは水素原子,ハロゲン原子,ニトロ基または低級アルキル基,mは1〜3の整数)で示される基を構成するか,Y1とY 2が結合して低級アルキル基によって置換されていてもよいジオキサン残基を示す。〕で表される安定化成分を配合して,イソチアゾロン化合物に長期貯蔵安定性を付与することを特徴とするイソチアゾロン水性製剤の安定化方法。 【請求項2】水が,水性製剤中に5重量%からイソチアゾロン化合物と安定化成分との合計量の残部まで配合されてなる請求項1に記載の安定化方法。 【請求項3】安定化成分が,イソチアゾロン化合物1に対して重量比で0.004〜0.1配合されてなる請求項1または2に記載の安定化方法。」 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,いずれも特開昭62-70301号公報(甲第2号証。以下,決定と同様に「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)と同一のものである,とするものである。
決定は,上記結論を導く過程において,「刊行物1には「本件発明1での一般式(I)で表されるイソチアゾロン化合物が本件発明1で規定する範囲内の量配合されてなる水性製剤に,有効成分として本件発明1での一般式(II)で表される化合物を配合して,効果の持続性に優れ貯蔵安定性の高いイソチアゾロン水性製剤とする方法」・・・が記載されていると認められる。」(決定書6頁17行〜22行)と認定し,「本件発明1と引用発明は,共に貯蔵安定性の高いイソチアゾロン水性製剤の製法であって,イソチアゾロン化合物の種類と配合量および配合する化合物において一致し,前者が,配合する一般式(II)の化合物を「安定化成分」としているのに対し,後者は「有効成分」としている点で一応相違する。しかし,刊行物1には,DBNPA(判決注・2,2-ジブロモ-3-ニトリロプロピオンアミドである。以下「DBNPA」と略記する。)を配合した組成物が「抗菌力が強く,しかも相乗効果がある」と共に「貯蔵時および使用時の安定性が高い」,「効果の持続性に優れている」の効果をも有することが記載されている(上記摘示事項E)のであるから,本件発明1でいう「安定化成分」はDBNPAの奏する複数の効果の内の一つを示したに過ぎないものと認められ,該相違点は実質的な差違とは認められない。」(決定書6頁23行〜33行)と判断した。
原告主張の決定取消事由の要点
決定は,引用発明の認定を誤り(取消事由1,2),その結果,本件発明1の新規性を否定したものであり,上記誤りが本件発明のそれぞれについての決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,いずれの請求項についても違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(刊行物1に安定な遊離イソチアゾロンaの水性製剤が開示されている,との認定の誤り) 刊行物1に,本件発明1の一般式(I)のイソチアゾロン(イソチアゾロンa)の金属塩ないしコンプレックス(以下「金属塩コンプレックス」という。)の水性製剤についての開示があるのは,事実である。しかし,同刊行物には,金属塩コンプレックスではないイソチアゾロンa(以下「遊離イソチアゾロンa」という。)の水性製剤は記載されていない。
(1) 刊行物1の請求項1の記載は, 「一般式 SNOR2R1 〔式中,R 1は水素原子またはハロゲン原子を,R 2は水素原子または炭素数1〜18のアルキル基を示す〕で表わされる3-イソチアゾロン化合物(イソチアゾロンaを包含するものであるから,以下,「イソチアゾロンA」という。)またはその金属塩コンプレックスの1種または2種以上と,2,2-ジブロモ-3-ニトリロプロピオンアミドおよび/またはヘキサクロロジメチルスルホンとを有効成分として含有する工業用殺菌組成物」 というものである。この記載から明らかなように,刊行物1の請求項1には,単に,その対象物がイソチアゾロンAと2,2-ジブロモ-3-ニトリロプロピオンアミド(DBNPA)との両成分を有効成分として含有することと,その対象物が工業用殺菌組成物であることのみが記載されているにすぎない。
刊行物1の発明の詳細な説明を見ても,金属塩コンプレックスではないイソチアゾロンA(以下「遊離イソチアゾロンA」という。)を工業用殺菌組成物として水性製剤とすることの裏付けとなる記載は,全く見いだすことができない。
(2) 決定は,刊行物1には,「それ(判決注・イソチアゾロンAとDBNPAの組成物)が,水溶剤に調整されること(上記摘示事項B)」(決定書6頁8行)が記載されていることを挙げ,これを,同刊行物に遊離イソチアゾロンAの水性製剤が記載されている,との認定の根拠にしているとして,「水溶剤」をイソチアゾロンAの水性製剤のように認定している。しかし,決定の挙げる刊行物1の上記記載は,決定の上記認定の根拠になるものではない。
「水溶剤」とは,水溶性の有効成分を粉末,粒状などにした固形剤で水に溶かすと容易に水溶液となる製剤を意味するものであり,水性製剤とは異なる。すなわち,刊行物1には,イソチアゾロンAとDBNPAとを適当な液体に溶解することは記載されているものの,その液体担体の例としては,水溶性有機溶媒が挙げられているだけであり,その中に水は例示されていない。したがって,刊行物1における「水溶剤」が遊離イソチアゾロンAの水性製剤を開示するものではないことは,明らかである。
(3) 決定は,刊行物1の「実施例1には本件発明1での一般式(I)の化合物に該当する5-クロロ-2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン3.0重量%および2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン1.0重量%と本件発明1での一般式(II)の化合物に該当するDBNPAなどとジエチレングリコール,水を混合溶解し製品とすることも記載されている」(決定書6頁12行〜17行)と認定し,刊行物1に,遊離イソチアゾロンaの水性製剤の実施例が記載されているような認定をしている。しかし,刊行物1の実施例1は,多価金属塩(または多価金属イオン)を含有するものであって,遊離イソチアゾロンaの水性製剤の実施例を開示するものではない。
(4) 決定は,「刊行物1に係る発明の出願当時において,多価金属塩(または多価金属イオン)を含有しないイソチアゾロン化合物(遊離イソチアゾロン)の水性製剤は当業者に知られていたところであり(例えば,特開昭53-118527号公報(特許請求の範囲,第2頁左下欄第19行〜同右下欄第8行),特公昭61-25004号公報(特許請求の範囲,実施例5),特開昭50-95429号公報(特許請求の範囲の請求項4,第5頁右上欄第8〜13行)など参照)」(決定書7頁11行〜17行)と認定する。しかし,この認定は誤りである。
(ア) 刊行物1に,本件発明1に係る遊離イソチアゾロンaの水性製剤が記載されているか否かは,刊行物1の明細書全体の記載及び刊行物1の公開時における技術常識参酌して認定すべきである。決定が,「刊行物1に係る発明の出願当時に」おける技術常識参酌するかのようにいったのは明らかな誤りである。
(イ) 決定が上記認定の根拠として挙げた三つの文献中,特公昭61-25004号公報(甲第4号証の1。以下「甲4文献」という。)には,その実施例5として,金属塩コンプレックスではないイソチアゾロン(遊離イソチアゾロンA等を包含するものである。以下,単に「遊離イソチアゾロン」という。)の水性製剤が記載されている。しかし,他の二つの文献(特開昭53-118527号公報(甲第5号証。以下「甲5文献」という。)及び特開昭50-95429号公報(甲第6号証。以下「甲6文献」という。))には,遊離イソチアゾロンそのものの水性製剤についての具体的な記載はない。甲5文献及び甲6文献における,水を溶媒として用いてもよい旨の記載における「水」とは,殺菌剤として現実に使用するに当たってイソチアゾロンを溶解するために用いられる溶媒のことであって,イソチアゾロンを長期間保存するための「製剤」を調製するに当たって用いられる溶媒のことではない。
(ウ) 遊離イソチアゾロンは,本件発明の出願時(本件優先権主張の日当時),優れた抗菌性を示す物質として,よく知られていた化合物である。しかし,遊離イソチアゾロンは,水に対して不安定であること,そのため,これを水性製剤とするには多価の金属塩コンプレックスとする必要があることが,当時の技術常識であった。
(エ) 刊行物1の公開時において,遊離イソチアゾロンの水性製剤が安定して存在し得ることは,当技術分野において一般的に知られている周知技術ではない。
そのころ,遊離イソチアゾロンの水性製剤が安定して存在し得ることを示す多数の公知文献が存在した,という事実はない。文献を例示する必要がないほど,このことが当技術分野に知れわたっていたということもない。当業者における経験則から自明な事項でもないことは,いうまでもないところである。
(オ) 引用発明の発明者は,もし,遊離イソチアゾロンAの水性製剤を安定化する発明を見いだしていたのであるならば,これを同発明の実施例として刊行物1に記載し,その特許性を主張していたはずである。なぜならば,遊離イソチアゾロンAの水性製剤の貯蔵安定性は,同発明の出願時の技術的課題であるとともに,特許性を主張することができる意外な効果であるからである。
(5) 以上のとおり,刊行物1には,遊離イソチアゾロンAの溶媒としての「水」が記載されていない。したがって,遊離イソチアゾロンaの水性製剤がそこに具体的に記載されているとすることはできない。刊行物1の公開時の技術常識参酌して同刊行物をみても,そこに遊離イソチアゾロンaの水性製剤についての記載があると解することはできない。
2 取消事由2(刊行物1に記載されたDBNPAが安定化成分であるとの認定の誤り) 決定は,前記のとおり,刊行物1には,DBNPAを配合して,効果の持続性に優れ貯蔵安定性の高いイソチアゾロンAの水性製剤とする方法(引用発明)が記載されていると認定し,本件発明1では,DBNPAを「安定化成分」としているのに対し,引用発明ではDBNPAを「有効成分」としている点で一応相違するものの,これは実質的な差違とは認められない,と判断した。
しかし,この認定判断は誤りである。刊行物1には,DBNPAを安定化成分として使用することができる,との技術思想の開示はない。
(1) 引用発明は,公知の殺菌剤である遊離イソチアゾロンA又はその金属塩コンプレックスと,同じく公知のDBNPA等とから成る,いわゆる「合剤」の発明である。合剤の発明の効果としては,2成分を組み合わせることにより,それぞれの成分のみから成る剤に比べて,抗菌力が強くなるとか,相乗効果が得られるとか,持続性に優れるとかの,合剤の効果として考えられる効果を記載するのが通常である。毒性が低くなることも,安定性が高くなることも,一般に,よく記載される事項である。
刊行物1には,効果が持続することは極めて具体的に示されているのに対し,引用発明の効果として抽象的に記載されている「貯蔵安定性及および使用時の安定性が高い」(甲第2号証5頁左上欄17行)ことについては,具体的には何も示されていない。仮に,引用発明中にそのような効果のあるものがあったとしても,それは,遊離イソチアゾロンAとDBNPA等を組み合わせたものではない。
刊行物1には,イソチアゾロンAの金属塩コンプレックスとDBNPA等とを組み合わせた水性製剤についての記載だけあって,遊離イソチアゾロンAとDBNPA等を組み合わせた水性製剤についての記載はなく,刊行物1のこのような記載状況の下で,同刊行物において,遊離イソチアゾロンAとDBNPAとの水性製剤についてまで,「貯蔵安定性及び使用時の安定性が高い」という効果があるとされているとは,到底考えられないからである。
(2) 刊行物1においては,DBNPAは,イソチアゾロンA1重量部に対して,0.1〜9重量部配合され,実施例においては,イソチアゾロンaと同程度あるいは2重量倍と多量に使用されている。しかも,このように多量のDBNPAを用いても,実際にイソチアゾロンAが「安定化」したという記載はない。本件発明1においては,イソチアゾロンA1に対して,DBNPAを重量比で0.004〜0.1と,非常に微量に加えることにより安定化効果が期待できるのである。
引用発明における,DBNPAの上記のような配合量も,引用発明のDBNPAが遊離イソチアゾロンAの水性製剤の安定化剤であるわけではないことを物語るものというべきである。
(3) 本件発明1の技術分野で使用され,それ自体に抗菌性があるとされている化合物を8種類選択して,安定化効果があるかどうかを試験した実験結果(甲第13号証)から分かるように,遊離イソチアゾロンの水性製剤に対する安定化は,抗菌性があるとされた化合物のうちの特定の化合物によってのみ達成することができるものである。
したがって,刊行物1に,イソチアゾロンAの金属塩コンプレックスと本件発明の安定化成分に対応する抗菌性がある化合物(DBNPA)とが一つの製剤中に存在すると記載されているからといって,そのことから,当業者が,その化合物(DBNPA)が安定化成分としても働き得ることを容易に予測することができる,ということになるものではない。
刊行物1において,DBNPAが遊離イソチアゾロンAに対して分解を防止するような安定化成分と成り得ることは,記載も示唆もされていないと判断されるべきである。
被告の反論の要旨
決定の認定判断は,いずれも正当であって,決定を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(刊行物1に安定な遊離イソチアゾロンaの水性製剤が開示されている,との認定の誤り)について (1) 決定は,刊行物1につき,その請求項1に,遊離イソチアゾロンA自体を殺菌組成物の成分とすることが記載されていること,その発明の詳細な説明には,遊離イソチアゾロンAを,「水」を溶媒として使用することができる「水和剤」とするほか溶液剤ともすることが記載されていること,及び,実施例1に,多価の金属塩コンプレックスではあるものの,イソチアゾロンaとDBNPA等とジエチレングリコール,水を混合溶解し製品とすることが記載されていることを認定した上,これらの記載と技術常識とに基づき,同刊行物には遊離イソチアゾロンaの水性製剤が記載されていると認定したものである。決定の引用発明の認定に誤りはない。
(2) 技術常識について 原告は,決定の「刊行物1に係る発明の出願当時において,多価金属塩(または多価金属イオン)を含有しないイソチアゾロン化合物(遊離イソチアゾロン)の水性製剤は当業者に知られていたところであり」(決定書7頁11行〜13行)との認定は誤りである,と主張する。
(ア) 原告は,刊行物1の解釈は,同刊行物の明細書全体の記載及び同刊行物の公開時における技術常識参酌して認定すべきである,と主張する。しかし,このような場合の技術常識は,本件発明1の出願時(本件優先権主張日)を基準時として判断するべきである。
(イ) 本件優先権主張日において,多価の金属塩コンプレックスとしたイソチアゾロンの水性製剤だけでなく,多価の金属塩コンプレックスとしない遊離イソチアゾロンの水性製剤も存在していた。
「水性製剤」には,水のみを溶媒とするものだけではなく,水性溶媒(親水性有機溶媒と水の混合溶媒)を溶媒とするものがあり,特開昭61-56174号公報(甲第7号証の3。以下「甲7の3文献」という。)には,遊離イソチアゾロンの水性溶媒(親水性有機溶媒と水との混合溶媒)を溶媒とする水性製剤であって,本件発明1で得られる水性製剤の貯蔵安定性に勝るとも劣らないものが記載されている。
(ウ) 遊離イソチアゾロンの水性製剤が周知であったことは,決定において周知例として例示した,甲4文献,甲5文献,甲6文献の記載からも明らかである。
甲4文献の実施例5は,補正により追加されたものである。しかし,甲4文献は,この補正の内容も含めて,その記載内容のすべてが本件優先権主張日前に公知となった刊行物である。
本件特許に対応する欧州特許である欧州特許第EP-B-0398795号を取り消す欧州特許庁の異議の決定においても,甲5文献には遊離イソチアゾロンの水性製剤が開示されている,と認定されている。
(エ) 以上のとおり,イソチアゾロンが,多価の金属塩コンプレックスの水性製剤だけではなく,遊離イソチアゾロンの水性製剤としても存在することは,本件優先権主張日当時において,技術常識として知られていたことである。
(3) 刊行物1に開示された発明を,発明の実施態様の一つである実施例のものに限定して認定しなくてはならない理由はない。刊行物1には,その実施例の記載と本件優先権主張日当時の技術常識からみれば,遊離イソチアゾロンa自体の水性製剤も開示されていると認定することができるのである。
2 取消事由2(刊行物1に記載されたDBNPAが安定化成分であるとの認定の誤り)について 刊行物1には,DBNPA等を配合した引用発明の組成物について,「@)抗菌力が強く,しかも相乗効果がある。・・・B)貯蔵時および使用時の安定性が高い。」(甲第2号証5頁左上欄15行〜17行)との効果を有することが記載されている。この記載は,DBNPA等が奏する複数の効果のうちの一つであるイソチアゾロンAの安定化という効果を示したものである。そうである以上,刊行物1には,本件発明の特定の安定化成分であるDBNPAを安定化剤として使用することが開示されている,ということができるのである。
刊行物1には,DBNPA等を安定化成分として使用する,遊離イソチアゾロンA(イソチアゾロンaを含むものである。)の水性製剤を安定化する方法が開示されている,とした決定の認定に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(刊行物1に安定な遊離イソチアゾロンaの水性製剤が開示されている,との認定の誤り)について 原告は,刊行物1には,イソチアゾロンaの金属塩コンプレックスの水性製剤についての開示はあるものの,遊離イソチアゾロンの水性製剤は記載されていない,と主張する。
(1) 刊行物1には,次の事項が記載されている。 (ア) 「一般式 SNOR2R1 〔式中,R1は水素原子またはハロゲン原子を,R 2は水素原子または炭素数1〜18のアルキル基を示す〕で表わされる3-イソチアゾロン化合物またはその金属塩コンプレックスの1種または2種以上と,2,2-ジブロモ-3-ニトリロプロピオンアミド・・・とを有効成分として含有することを特徴とする工業用殺菌組成物。」(甲第2号証1頁,特許請求の範囲) (イ) 「本発明組成物はラテックスエマルション,織物エマルション,エマルションペイント,エマルションワックス,紡糸油,工業用冷却水,白水,フラッドウオーターなどの含水組成物の防腐防黴に優れた効果を発揮し,・・工業用殺菌剤として極めて有用である。」(同3頁右上欄9行〜17行) (ウ) 「本発明組成物は@IT(判決注・イソチアゾロン化合物の略。)またはその金属塩コンプレックスの1種または2種以上とDBNPA・・・を適当な液体(たとえば通常の溶媒)に溶解するか,あるいは分散させ,または適当な固体担体(・・)と混合するか,あるいはこれに吸着させ・・・,たとえば油剤,乳剤,水和剤,水溶剤,懸濁剤,粉剤,粒剤,微粉剤,ぺースト剤などの適宜の剤型として使用する。これらの製剤はそれ自体公知の方法で調製することができる。」(同3頁右上欄18行〜左下欄13行) (エ) 「適当な液体担体としては,たとえばアルコール類・・,ケトン類(・・),エーテル類(・・),脂肪族炭化水素類(・・),芳香族炭化水素類(・・)や,その他ハロゲン化炭化水素類(・・),酸アミド類(・・),エステル類(・・),またはニトリル類(・・)などが使用できるが,たとえばグリコール類(たとえばエチレングリコール,プロピレングリコール・・)・・・などの水溶性溶媒が好適である。」(同3頁右下欄18行〜4頁右上欄1行) (オ) 「実施例1. 5-クロロ-2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン3.0%,(以下本明細書中の%は全て重量百分率を示す),2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン1.0%,2,2-ジブロモ-3-ニトリロプロピオンアミド6.0%,塩化マグネシウム2.5%,硝酸マグネシウム4.0%,ジエチレングリコール66.5%,水17.0%を混合溶解し製品とする。使用に際しては,そのまま,あるいは溶剤で所定の濃度に希釈して添加する。」(同5頁右上欄4行〜13行) (カ) 「実験例2. 実施例1により得られる液剤を製紙工場の中性抄紙マシンチエストへ抄紙量当り100ppmを8時間毎に1回(30分間)添加した。」(同6頁右上欄10行〜13行) (2) 刊行物1には,上記のとおり,引用発明の殺菌組成物は,遊離イソチアゾロンA自体を適宜の剤型とすることができること(上記(ウ)),溶液剤の液体担体(溶媒)としてはエチレングリコール,プロピレングリコールなどの水溶性溶媒が好適であること(上記(エ))が記載され,液体の担体の具体例として,実施例1に水とジエチレングリコールとの水性溶媒が記載されている(上記(オ))。刊行物1にこれらの記載がなされていることからすれば,同刊行物には,引用発明の殺菌組成物を水性製剤とすることが記載されていることが認められるということができる(ただし,その実施例は,上記のとおり,イソチアゾロンAに属するイソチアゾロンaの金属塩コンプレックスであり,遊離イソチアゾロンA自体を水性製剤とすることについては具体的な記載がない。そこで,後記のとおり,この点に関する周知技術について,念のため検討する。)。
原告は,刊行物1において,液体担体の例示に水が挙げられていないことを挙げて,刊行物1に係る殺菌組成物を水性製剤とすることは記載されていないと主張する。しかし,上記のとおり,刊行物1の実施例1には水とジエチレングリコールを溶媒とする水性製剤が記載されているのであるから,水が液体担体として例示されていないことを根拠にして刊行物1に係る殺菌組成物を水性製剤とすることが記載されていないとする原告の主張は,理由がない。
(3) 刊行物1の上記の記載事項と本件優先権主張日当時の技術常識から見て,刊行物1に,遊離イソチアゾロンAあるいはaを水性製剤とすることが実施例として具体的に記載されていないとしても,遊離イソチアゾロンAあるいはaを水性製剤とすることが記載されているに等しい,とみることができるか,あるいは,当時の技術常識から見て,そのように解することはできないとみるべきかどうかについて,次に検討する(本件においては,刊行物1の記載内容の解釈について,刊行物1が公開された当時の技術常識を基準とすべきか,本件発明1の出願時(本件優先権主張日)における技術常識を基準とすべきかについて争いがある。本件発明1の特許性の判断については,同発明の出願時(本件優先権主張日)における技術水準を基準として判断をすべきであることは当然であるから,刊行物1に接した当業者がその記載内容からどのような情報を得ることができるか(これこそが,本件発明1の特許性(現実に問題とされているのは新規性)を判断する上で同刊行物の有する意義である。)を検討するに当たっても,当業者は本件優先権主張日における技術常識に基づいてこれを行う,ということが前提とされなければならないというべきである。その意味では,刊行物1の記載内容の解釈については,本件発明の出願時(本件優先権主張日)の技術水準を基準として解釈するのが相当であるというべきである。ただし,刊行物1の作成者自身は作成当時の技術常識に基づいてこれを作成していると考えるべきことも当然のことであるから,作成者自身が同刊行物の記載によって何を示そうとしたのか自体が問題になるときには,同刊行物が作成された当時の技術常識に基づいた判断がなされなければならないことになるのは当然である。)。
(ア) 刊行物1に記載されたイソチアゾロンAを含め,イソチアゾロンが,水溶液中において容易に分解する性質を有するものであることは,次のとおり,明らかである。
@ 米国特許第3870795号(甲第7号証の1,1975年発行。以下「甲7の1文献」という。)の表6において,イソチアゾロン25%の水溶液が,金属塩「なし」の例で,50℃の温度,10日間で,そのうちの70%が分解している,との記載がある。(判決注・甲第7号証の1の訳文の「表4」とあるのは「表6」の誤りである。) A 甲7の3文献(昭和61年3月20日公開)における7頁左上欄表中「番号1」の例においては,イソチアゾロン1%水溶液のとき,65℃の温度,3日間で,その100%が分解している(甲第7号証の3・6頁右下欄1行〜7頁左上欄) B 特開平1-104059号公報(甲第10号証,平成元年4月21日公開)の8頁第1表のヒドロキノン(判決注・安定剤)「添加なし」の例においては,イソチアゾロン11.6%水溶液のとき,50℃の温度,8日間で,その67%が分解し,同頁第2表ヒドロキノンの添加「なし」の例においては,イソチアゾロン15%水溶液のとき,50℃の温度,15日間で,その85%が分解している,との記載がある(同6頁右上欄,8頁左上欄)。
水溶液中におけるイソチアゾロンの分解率は,温度やイソチアゾロンの濃度に依存するものであり,これらの経過日を室温についてのものに換算すると,甲第7号証の3(5頁左下欄)によれば,50℃の7日は室温の2月に,65℃の7日は室温の7月に相当し,換算関係は数週間の範囲においては変化しないものと認められるから,1月を30日とすると,上記@の表6の金属塩「なし」のイソチアゾロン25%水溶液は約86日で70%,上記Aの「番号1」のイソチアゾロン1%水溶液は約90日で100%,上記Bの第1表ヒドロキノン「添加なし」のイソチアゾロン11.6%水溶液は約70日で67%,同第2表ヒドロキノン添加「なし」のイソチアゾロン化合物15%水溶液は,約130日で85%がそれぞれ分解しており,イソチアゾロンは,室温の水溶液中で貯蔵すると,その濃度による影響はあるものの,数か月もすればそのかなりの部分が分解してしまうものであることが認められる。
イソチアゾロンを水性製剤とするためには,これを貯蔵し流通させるために必要な期間,例えば,室温で1年以上,同製剤の分解が抑えられる必要があるから(甲第7号証の3・5頁右下欄1行〜4行),イソチアゾロンの水溶液は,そのままでは不安定であるため製剤としては使用することができないものであると認められる。
(イ) イソチアゾロンの水性製剤として使用することが可能な程度の安定性,例えば室温で1年以上の安定性を得るために,イソチアゾロンの水溶液中にカルシウム,マグネシウム,銅等の多価金属塩を添加することは,本件優先権主張日において広く知られていたことであり,このような安定化組成物が市販されていた。すなわち,甲7の1文献の表6の硝酸カルシウムをイソチアゾロンに対して1モル当量を添加した例では,3-イソチアゾロン濃度25%のものは50℃の温度で3月(前記の換算率によれば,室温で約2年に相当する。)で分解率は0%であると記載され(甲第7号証の1),水性製剤として使用することが可能な程度に安定化されることが記載されている。また,甲7の3文献には,イソチアゾロンは「2価の硝酸塩を含有する水溶液として市販されており」(甲第7号証の3・4頁左上欄13行〜14行)と記載されている。なお,ここで2価の硝酸塩の金属成分は,カルシウム,マグネシウムなどである(甲第7号証の3・4頁右上欄)。
(ウ) イソチアゾロンの安定化法として,溶媒を水と特定の有機溶媒とする方法も,本件優先権主張日において知られていた。
甲7の3文献には,「本発明においては,安定化塩を使用することなしにイソチアゾロンを安定化することができる」(甲第7号証の3・4頁左上欄16行〜17行),「本発明の組成物は,約0.5〜約7重量%の・・・イソチアゾロン,好ましくは約4〜約14重量%の水及び安定化量のヒドロキシ溶媒を含有するものであり」(同3頁左下欄13行〜16行)との記載があり,これらのヒドロキシ溶媒が,その特許請求の範囲の1に記載される特定のジオールやポリプロピレングリコール等(以下「特定ヒドロキシ溶媒」という。)であって,具体的には,ジエチレングリコールなどであり,その発明の詳細な説明には,「好ましい安定化溶媒としてはプロピレングリコール,・・・ジプロピレングリコール」(同3頁右下欄10行〜12行)などが挙げられている。同文献の発明の詳細な説明に記載されている具体的な水性組成物の例として,92%のジプロピレングリコール及び8%の水を溶媒とするものについて(同7頁左上欄の表の「番号2」),その分解率はイソチアゾロンが1%の溶液の場合に,65℃の温度,2週間(前記の換算方法によれば,室温で約14月に相当する。)で,5%であり,溶媒が水の場合の分解率(65℃,3日後(同換算方法によれば,約90日に相当する。)で100%)に比し長期間安定化することが記載されている。上記のように,イソチアゾロンについて,5%程度の分解があるにしてもわずかなものであるから,甲7の3文献には,92%のジプロピレングリコール及び8%の水とからなる溶媒を使用すれば,低濃度のイソチアゾロン(遊離イソチアゾロン)の水性製剤を安定した形で調製することができることが示されていると認められる。
なお,甲7の3文献には,「本発明では,安定化塩を使用することなしにイソチアゾロンを安定化することができるが,さらに安定化塩をほんのわずかの濃度で使用することもできる。」(同4頁左上欄16行〜19行)とも記載され,2価金属硝酸塩の添加によって,イソチアゾロンを更に安定化することができることが具体的に示されている(同7頁左上欄の表の「4」及び「6」)。
(エ) 甲7の3文献には,「イソチアゾロン殺生剤は,その中に含まれる水,塩,および硝酸塩の含有率を最小限にするのが望ましい。例えば,ある種のエマルジョンまたは分散液は,殺生剤による保護を必要とするが,塩,特に2価のイオンを含む塩を添加すると突然沈殿物になり,不安定である。沈殿を生じないようにするためには幾分の塩を含有している殺生剤は利用できなくなり」(甲第7号証の3・3頁右上欄5行〜12行),「本発明の製品は,下記のもの等の防腐剤として特に有用である。1.化粧品:アミン又はアミン先駆物質があると特定の条件下にニトロソアミンを生成してしまう硝酸塩を,除去したり実質的に低減させることができる。・・・3.塩の添加に対して敏感に反応するエマルジョンまたは分散液:これらのエマルジョンまたは分散液の例としては,塗料,化粧品,床のつや出し剤および接着剤のような広範囲のものを含有したものがある。」(同5頁右上欄13行〜左下欄7行)との記載がある。このように,甲7の3文献には,上記のような多価金属や硝酸塩を含有しない遊離イソチアゾロンの水性製剤は,上記のとおり,突然に沈殿物が生じることがないため,エマルジョン又は分散液に対して有用であり,あるいは,硝酸塩を含有しないため,硝酸塩を含むことにより生成する有害物質とみなされているニトロソアミンを含むべきではない化粧品,塩の添加がない方が好ましい塗料,化粧品,床等に対しても有用なものであることが,その発明の効果として記載されている。
甲7の3文献の上記記載からすれば,本件優先権主張日において,遊離イソチアゾロンの水性製剤として,そのための製剤に2価金属を含有したものが周知であり,その製剤が市販されていたとしても,そのための製剤に2価金属や硝酸塩が含まれることが望ましくない対象物,例えば,塗料,つや出し剤,化粧品などのエマルジョン又は分散体の殺菌に有用な製剤として,その貯蔵性が2価金属を含有したものに比し多少劣るものであるにしても,2価金属を含有しない遊離イソチアゾロンの水性製剤が知られていた,ということができる。
(オ) 本件優先権主張日当時において,遊離イソチアゾロンの水性製剤がエマルジョン以外の添加対象にも用いられていることは,甲4の1文献(公告日昭和61年6月13日)の実施例5においてスライム防除剤が水性製剤(溶媒はジエチレングリコール73%及び水5%。遊離イソチアゾロン5%)として調製されていることから明らかである(甲第4号証の1)。
(カ) 刊行物1には,引用発明の殺菌組成物が添加される対象は様々な工業製品ないし工業材料であり,エマルジョンはその主要な対象であることが示されている(前記(1)(イ))。そして,本件優先権主張日当時知られていた上記諸事項を前提にすると,同刊行物には,引用発明の殺菌組成物を,これら様々な対象のうち2価金属の存在が望ましくない対象のための製剤として調製する場合には,2価金属を含まない製剤とするものであることも示されているものと認められる。すなわち,刊行物1には,実施例として,安定性が優れたものとして知られる特定ヒドロキシ溶媒の一つであるジエチレングリコールを用い,さらに2価金属硝酸塩をも含有する水性製剤が好適な組成として示されているとしても,2価金属の存在が望ましくない添加対象のための製剤として,その実施例の組成例から2価金属を除いた,ジエチレングリコールなど特定ヒドロキシ溶媒と水とを含む水性製剤とすることも,優に示されているということができる。
(キ) 以上のとおりであるから,刊行物1の上記のような記載及び本件優先権主張日当時の技術水準に基づき,刊行物1の記載内容を解釈すれば,刊行物1には,遊離イソチアゾロンAの,具体的にはイソチアゾロンaの水性製剤が記載されているということができる(なお,甲5文献及び甲6文献には,「水」をイソチアゾロンの溶媒とする旨の記載が認められるが,水溶液における遊離イソチアゾロンの安定性が低いこと,また,イソチアゾロン水溶液の濃度がppm程度の薄いものとして調製されるもの(甲第6号証5頁右上欄8行〜19行)であることからみると,上記各文献における「水」は,イソチアゾロンの水性製剤の溶媒としてではなく,イソチアゾロンを処理対象に使用するときに添加される希釈溶媒として用いられるものであると認められる。したがって,甲5文献及び甲6文献の上記記載をもって,遊離イソチアゾロンの水性製剤が本件優先権主張日における技術常識であったということはできない。)。
決定は,「刊行物1に係る発明の出願当時において,多価金属塩(または多価金属イオン)を含有しないイソチアゾロン化合物(遊離イソチアゾロン)の水性製剤は当業者に知られていたところであり(例えば,特開昭53-118527号公報(特許請求の範囲,第2頁左下欄第19行〜同右下欄第8行),特公昭61-25004号公報(特許請求の範囲,実施例5),特開昭50-95429号公報(特許請求の範囲の請求項4,第5頁右上欄第8〜13行)など参照)」(決定書7頁11行〜17行)と認定判断し,刊行物1の記載内容の解釈における,上記の技術常識の判断の基準時を,あたかも引用発明の出願時であるかのように記載し,また,遊離イソチアゾロンの水性製剤が当業者に知られていたとの認定判断の根拠として,甲4文献のみならず,甲5,甲6文献も挙げている。決定が,刊行物1の記載内容の解釈における技術常識の判断の基準時を引用発明の出願時としたこと,及び,甲5文献,甲6文献をその認定の根拠としたことは。それぞれ上記の意味で誤りである。しかし,決定のこれらの誤りは,刊行物1に記載された技術(引用発明)の認定に影響するものではなく,結論に影響しない誤りであるということができることは,上述したところから明らかである。
(4) 上記認定のとおり,刊行物1には遊離イソチアゾロンaの水性製剤が示されているということができるから,決定の「刊行物1には「本件発明1での一般式(I)で表されるイソチアゾロン・・・水性製剤に,有効成分として本件発明での一般式(II)で表される化合物を配合して,効果の持続性に優れ貯蔵安定性の高いイソチアゾロン水性製剤とする方法」・・・が記載されていると認められる。」(決定書6頁17行〜22行)との認定のうち,「刊行物1には本件発明1での一般式(I)で表されるイソチアゾロン・・・水性製剤に,有効成分として本件発明での一般式(II)で表される化合物を配合して,・・・イソチアゾロン水性製剤とする方法」が記載されているとの認定に誤りはない。
2 取消事由2(刊行物1に記載されたDBNPAが安定化成分であるとの認定の誤り)について 本件発明1は,請求項1に記載されているとおり,イソチアゾロンaが1〜20重量%配合されてなる水性製剤に,DBNPA等の安定化成分を配合して,イソチアゾロンaに長期貯蔵安定性を付与することを特徴とするイソチアゾロンaの水性製剤の安定化方法,であり,公知の物質であるDBNPA等がイソチアゾロンaの水性製剤の安定化成分として使用されるところに,発明としての特徴があるものである(甲第3号証)。
決定は,「前者(判決注・本件発明1)が,配合する一般式(II)の化合物を「安定化成分」としているのに対し,後者(判決注・引用発明)は「有効成分」としている点で一応相違する。」(決定書6頁25行〜27行)と認定した上で,「刊行物1には,DBNPAを配合した組成物が「抗菌力が強く,しかも相乗効果がある」と共に「貯蔵時および使用時の安定性が高い」,「効果の持続性に優れている」の効果をも有することが記載されている(上記摘示事項E)のであるから,本件発明1でいう「安定化成分」はDBNPAの奏する複数の効果の内の一つを示したに過ぎないものと認められ,該相違点は実質的な差違とは認められない。」(決定書6頁28行〜33行)と認定判断した。
決定の上記認定判断が最終的に是認されるかどうかを判断するに当たっては,本件発明1と引用発明との相違点(本件発明1においてはDBNPA等を安定化成分として配合するとされているのに対し,引用発明では単に「有効成分」とされていること)が,同発明と引用発明とを対比するに当たり,本件発明1の特許性(具体的には新規性)との関係で,どのような意味を有するのか,を正確に認識することが必要である。たとい,引用発明が,DBNPAを安定化成分として配合するという技術思想を伴わないものであったとしても,それが,DBNPAを有効成分として配合するものである以上,DBNPAを安定化成分として配合する,との認識の有無を除いて,他の構成において両発明に相違が認められないのであれば,本件発明1のなしたところは,公知技術である引用発明が,客観的には有する効果のうちの,それまでに知られていなかったものの一つを発見した,ということ以上には出ないことになる。この場合,本件発明は,単なる効果の発見をしたにすぎないものとして,新規性が否定されるのは当然である。それに対し,DBNPAを安定化成分として配合するとの認識の有無が,単なる認識の有無にとどまらず,他の構成の相違をもたらしているときは,本件発明1に新規性が認められるのは,当然である。
本件発明1は,DBNPA等を安定化成分とすることを特徴とするイソチアゾロンaの水性製剤であるから,水性製剤の安定化のために,他の手段は講じられていないものであるというべきである。しかし,遊離イソチアゾロンは水との関係で極めて不安定であり,何らかの安定化の手段を講じなければ水性製剤と成し得ないことが技術常識であったことは,前記のとおりであるから,引用発明においては,もし,DBNPAに安定化の役割が負わされていないとすれば,遊離イソチアゾロンAの安定化のために何らかの手段が講じられていると考えるのが合理的である。そして,このような安定化の手段の講じられたものが,そのような手段の講じられていない本件発明1とは別の発明であることは,いうまでもないところである。
上記の観点から決定の上記認定判断をみると,決定は,引用発明においても,遊離イソチアゾロンAの安定化のために,DBNPAに安定化成分としての役割が負わされており,同発明においても,他に安定化のための手段は講じられていない,としているものと理解することができる。そして,確かに,刊行物1には,「(発明の効果)本発明組成物は以下に述べるような特徴を有する優れた工業用殺菌剤である。・・・B)貯蔵時及び使用時の安定性が高い。C)効果の持続性に優れている。」(甲第2号証5頁左上欄12行〜18行)との記載がある。しかし,決定の上記認定判断は,次の述べるとおり,誤りである。
(1) 引用発明は,イソチアゾロンA又はその金属塩コンプレックスと,DBNPA等とを,いずれも殺菌剤の有効成分として含有することを特徴とする工業用殺菌組成物の発明である。また,決定の挙げる刊行物1の上記の記載は,引用発明のイソチアゾロンAとDBNPAとを有効成分として含有することを特徴とする工業用殺菌組成物の発明について,「貯蔵時の・・・安定性が高い」ことを述べたものであるとは認められるものの,どのような組成の殺菌剤に比べて貯蔵時の安定性が高いのか,その比較対象を具体的に明示するものではないのみならず,刊行物1においては,DBNPAは,殺菌剤の有効成分(殺菌成分)であると明示的に記載されているだけであり,イソチアゾロンAの水性製剤の安定化成分であるとは,何ら記載も示唆もされていない。すなわち,刊行物1には,もともと貯蔵時の安定性に優れたイソチアゾロンAの金属塩コンプレックスの水性製剤が,DBNPAを含有したことによって,貯蔵時の安定性が更に高いものになるとの直接記載もこのことを示唆する記載もなく,もともと貯蔵時の安定性に劣るヒドロキシ溶媒を含む遊離イソチアゾロンAの水性製剤が,これにDBNPAを含有させた水性製剤とすることにより,DBNPAを含有しないものに比べて貯蔵時の安定性の高いものとなるとの直接の記載もそのことを示唆する記載もないのである(甲第2号証)。
(2) 刊行物1には,上記1認定のとおり,本件発明1での一般式(T)で表されるイソチアゾロン化合物の水性製剤に,有効成分として本件発明1での一般式(II)で表される化合物を配合したイソチアゾロン水性製剤,すなわち,遊離イソチアゾロンaに,有効成分としてDBNPA等を配合したイソチアゾロンaの水性製剤が記載されている。しかし,刊行物1に具体的に記載された遊離イソチアゾロンAの水性製剤は,特定のヒドロキシ溶媒を含む水性製剤であり,特定のヒドロキシ溶媒を含まない水性製剤については,具体的な形でも一般的な形でも,何も記載されていない(甲第2号証)。そして,遊離イソチアゾロンは,何らかの形で安定化の手段を講じない限り,水の存在下で不安定となることは,従前から技術常識であったこと,このように,水の存在下で不安定となる遊離イソチアゾロンは,上記特定ヒドロキシ溶媒がその水性製剤の安定剤として機能するために安定するものであることが,甲7の3文献に記載されている技術常識であることは,前記認定のとおりである。
このことに,刊行物1には,上記のとおり,DBNPAがイソチアゾロンAの水性製剤の安定化剤としての機能を有することは,具体的な形では記載されていないこと,本件優先権主張日当時において,DBNPAがイソチアゾロンAの水性製剤の安定化剤としての機能を有することを具体的に記載している文献があることを認めるに足りる証拠がないことを加えて総合的に考えると,当業者は,引用発明における遊離イソチアゾロンAの水性製剤においても安定化のための手段が講じられており,それは,DBNPAを加えることではなく,別の手段,例えば,甲7の3文献に示されたものである特定のヒドロキシ溶媒を用いることであると理解するものであると認められる。
(3) 刊行物1の実施例1及び3には,イソチアゾロンaの金属塩コンプレックスの形の水性製剤で,特定のヒドロキシ溶媒を含む具体例が記載されている。当業者は,本件優先権主張日当時において,技術常識として,イソチアゾロンAの金属塩コンプレックスの形の水性製剤は,金属塩コンプレックスが存在するために,イソチアゾロンAの貯蔵時の安定性が高いものと理解するものであることは,前記のとおりであるから,引用発明のイソチアゾロンAの金属塩コンプレックスの水性製剤についても,金属塩コンプレックスが存在するために(あるいは,さらに特定ヒドロキシ溶媒も存在するために),貯蔵時の安定性が高いものと理解するものと認められる。
(4) 以上からすれば,引用発明のイソチアゾロンAとDBNPA等とを有効成分とする殺菌剤組成物の水性製剤は,貯蔵時の安定性が高いものであると刊行物1に記載されているとしても,当業者は,本件優先権主張日当時における上記の技術常識と刊行物1の上記の各記載から見て,そこでいう安定化作用は,引用発明の実施例において開示されている特定ヒドロキシ溶媒又は2価金属塩によるものであると理解し,把握するものであると認められ,そこでいう安定化作用が,DBNPAによるものであると理解し,把握するものと認めることはできないのである。決定の前記認定判断は,刊行物1に,DBNPAがイソチアゾロンAの安定化成分として記載されていること,換言すれば,そこでは,DBNPAを用いること以外に他に安定化のための手段を講じる必要がないとされていることを前提とした認定判断であり,その前提となる認定に誤りがある以上,その結論も誤りである,という以外にない。
3 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由2は理由がある。
そこで,原告の請求を認容することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸