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関連審決 異議2001-71224
関連ワード 発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 290号 特許取消決定取消請求事件
原告 三菱化学株式会社
同訴訟代理人弁理士 津國肇
同 束田 幸四郎
同 伊藤 佐保子
被告 特許庁長官今井康夫
同指定代理人 石井 あき子
同 井出隆一
同 大橋良三
同 一色 由美子
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/09/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2001-71224号事件について平成14年4月15日にした決定を取り消す。
争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,特許庁に対し,平成3年9月13日,発明の名称を「難燃性樹脂組成物」とする発明につき特許出願を行い,平成12年8月25日,特許第3102814号として,特許権の設定登録を受けた(以下「本件特許」という。)。
鐘淵化学工業株式会社らは,特許庁に対し,本件特許につき,特許異議の申立て(異議2001-71224号)を行ったところ,原告は,特許庁より取消理由の通知を受けたことから,平成14年1月15日,訂正請求を行い,特許異議意見書を提出した。
特許庁は,平成14年4月15日,「訂正を認める。特許第3102814号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という)を行い,その謄本は,同年5月8日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲 前記訂正後の本件特許の特許請求の範囲は,次のとおりである。
【請求項1】下記の成分(A),(B),(C)及び(D)並びに組成からなるポリアルキレンテレフタレート系難燃性樹脂組成物。
(A) 固有粘度が0.3〜1.5dl/gのポリアルキレンテレフタレート 100重量部 (B) 繊維状の強化充填材 30〜250重量部 (C) メラミン・シアヌル酸付加物 5〜50重量部 (D) 式(T) (式中,R1〜R9及びR′5〜R′9はそれぞれ水素原子又はアルキル基を表す) で示されるリン系難燃剤 5〜50重量部 (以下,この請求項1に記載された発明を「本件発明」といい,また,式(T)で示されるリン系難燃剤を単に「(D)」という。) 3 本件決定の理由の要旨(甲13) (1) 本件発明は,以下に述べるとおり,次の各刊行物に記載された発明等に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものである。
刊行物1:特開昭54-112958号公報(甲1) 刊行物2:特開昭53-9849号公報(甲2) 刊行物3:特開昭54-85242号公報(甲3) 刊行物4:特公昭60-33850号公報(甲4) 刊行物5:特公昭51-19858号公報(甲5) 刊行物6:米国特許第4,203,888号明細書(甲6) 刊行物7:特開平3-24135号公報(甲7) 刊行物8:特公平2-18336号公報(甲8) 刊行物9:特開平2-225555号公報(甲9) 刊行物10:湯木和男編「飽和ポリエステル樹脂ハンドブック」初版1刷1989年12月22日 日刊工業新聞社 p.298〜357(甲10) 刊行物11:特開昭63-227632号公報(甲11) (2) すなわち,本件発明と刊行物1記載の発明(以下「刊行物1発明」という。)を対比すると,両者は「ポリアルキレンテレフタレート,繊維状の強化充填材,メラミン・シアヌル酸付加物およびリン系難燃剤からなるポリアルキレンテレフタレート系難燃性樹脂組成物」の発明である点で一致し,また,ポリアルキレンテレフタレート100重量部に対するメラミン・シアヌル酸付加物の配合量も,5〜20重量部の範囲で重複一致し,次の点において相違している。すなわち,「前者では,ポリアルキレンテレフタレートとして,固有粘度が0.3〜1.5dl/gのものを使用しているのに対し,後者では,このような特定がなされていない点」(以下「相違点1」という。),「前者における繊維状の強化充填材の配合量が,ポリアルキレンテレフタレート100重量部に対し,30〜250重量部であるのに対し,後者では,このような特定がなされていない点」(以下「相違点2」という。),「前者におけるリン系難燃剤は(D)であるのに対して,後者には(D)についての記載がなく,また,その配合量も特定されていない点」(以下「相違点3」という。)である。
(3) これらの相違点について検討すると,相違点1については,刊行物2,9及び10の各記載から,また,相違点2については,刊行物1及び10の各記載から明らかなように,これらの構成を採用することは常套手段にすぎない。
相違点3については,刊行物6には,ポリアルキレンテレフタレート100重量部に対して,難燃剤として,(D)を5〜20重量部配合することが記載されている。また,刊行物5,7及び11には,ポリアルキレンテレフタレートに対して,(D)が難燃剤となること,及び(D)の配合割合が記載され,あるいは,少なくとも示唆されている。さらに,刊行物8には,(D)がポリアミドやポリカーボネートの難燃剤であること,その難燃効果が,トリクレジルホスフェートに比べて優れていることが記載されている。したがって,上記各記載又は示唆に基づいて,刊行物1発明につき,相違点3に示されるように,リン系難燃剤として(D)を特定の配合割合で使用することは,当業者にとって容易である。
(4) したがって,相違点1〜3に係る各構成の採用は容易であり,また,相違点1〜3に係る各構成を組み合わせる点にも困難は認められない。
さらに,ポリアルキレンテレフタレートに対して,メラミン・シアヌル酸付加物を配合することは,刊行物1のみならず,刊行物3及び4にも記載されている。
したがって,本件発明は,刊行物1,3〜8,11の記載及び刊行物2,9,10に記載されたような常套手段に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
原告主張に係る本件決定の取消事由
本件決定は,以下に述べるとおり,本件発明と刊行物1発明との相違点3に関する進歩性の判断を誤ったものであり,その誤りは本件発明についての決定の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,その決定は違法として取り消すべきである。
1 本件発明と刊行物1発明とは,目的とする難燃性レベル,及びリン系難燃剤に期待する作用効果が異なるから,本件発明は刊行物1発明に基づいて容易に想到し得ないものである。
(1) 本件発明は,以下のとおり,繊維状の強化充填材が配合されたポリアルキレンテレフタレート(以下「強化系ポリアルキレンテレフタレート」ともいう。)に,難燃剤としてメラミン・シアヌル酸付加物と(D)とを併用した難燃性樹脂組成物であり,それにより高度の難燃性レベルを達成することを目的とするものである。
ア 本件発明の樹脂組成物は,UL-94規格で「1/32インチV-0」と規定される高度の難燃性レベルを達成することを目的とするものであり,この点は,本件明細書にも具体的に記載されている。
UL(Underwriters Laboratories Inc.)は,1894年に設立された米国の非営利団体であり,火災その他の事故から,人命,財産を保護するため,材料,器具等の安全性を確保することを目的とする団体である。ULでは,材料,器具等について,研究,試験,検査を行い,それらに関する安全規格であるUL規格を定めている。UL規格は,中央政府による電気安全規則が制定されていない米国では,電気製品等の事実上の強制規格として位置づけられているため,UL規格に適合しなければ,米国のほとんどの州において,製品等の販売が困難になる。また,UL規格は,米国以外の国に対しても影響力を及ぼし,日本においてもUL規格に準ずる安全規格が多く設けられている。
UL-94規格では,プラスチック材料の難燃性を,材料そのものの燃焼時間(有炎燃焼時間,赤熱燃焼時間)と,材料からの有炎滴下物の着火性の両方から評価し,加えて,燃焼時間等の試験結果にばらつきがある場合の再試験が規定されており,評価の精度が確保されている(以下,難燃性レベルについての記載は,特段断るまでもなく,UL-94規格に基づくものである。)。
難燃性レベルとしては,高い順からV-0,V-1,V-2の3段階が設けられている。V-0では,短い燃焼時間しか許容されず,有炎滴下物による綿への着火も許されないのに対し,V-2では,より長い燃焼時間が許容され,有炎滴下物により綿着火しても良いとされる。このように,UL-94規格において,V-0とV-2では,難燃性に大きな隔たりがある。
さらに,UL-94規格では,試料の厚みを選択して試験することができ,一般に,1/8インチ,1/16インチ,1/32インチの厚みから選択されるが,同じ難燃性レベルの中では,使用した試料の厚みが薄いものほど,高度の難燃性を有することになる。
以上から明らかなように,本件発明の目的とする「1/32インチV-0」は,最高度の難燃性レベルといえる。
なお,被告が指摘する,ポリアルキレンテレフタレート100重量部,ガラス繊維250重量部,メラミン・シアヌル酸付加物5重量部,(D)5重量部の組成物(以下「本件例a」という。)については,本件発明の目的である「1/32インチV-0」を達成することはできないが,これは,本件発明の特許請求の範囲において,当業者が通常選択することのない条件を組み合わせた1点であり,前記目的から外れているから,本件発明の範疇に属さないものである。
イ 本件発明は,強化系ポリアルキレンテレフタレートの高度の難燃化を達成するものである。これは,繊維状の強化充填材が配合されていないポリアルキレンテレフタレート(以下「非強化系ポリアルキレンテレフタレート」ともいう。)の難燃化よりも困難である(甲12)。また,本件発明のリン系難燃剤を使用した場合でも,強化系ポリアルキレンテレフタレートの難燃化が,非強化系ポリアルキレンテレフタレートの難燃化よりも困難であることが,実験により確認された(甲24)。
ウ 同様に,本件発明は,非ハロゲン系難燃剤であるメラミン・シアヌル酸付加物と(D)とを併用することにより,高度の難燃性を達成するものである。本件発明の出願時には,ポリアルキレンテレフタレートに,V-0の難燃性レベルを付与することは,ハロゲン系難燃剤を用いてのみ達成されており,非ハロゲン系難燃剤は,到底ハロゲン系難燃剤に難燃性能が及ばないとされていた。
本件発明において,メラミン・シアヌル酸付加物と(D)との併用が相乗効果を発揮することは,本件明細書の第5段落の記載から明らかであり,この点は実験により再確認されている(甲27)。すなわち,実験の結果,難燃剤としてメラミン・シアヌル酸付加物又は(D)を単独で使用した場合には,有炎滴下物による脱脂綿の着火が生じ,V-2の難燃性レベルであるのに対し,メラミン・シアヌル酸付加物と(D)を併用した場合には,それらの合計の使用量が単独使用の場合と同量であっても,有炎滴下物による脱脂綿の着火がなく,V-0の難燃性レベルが達成されることが判明した。これは,メラミン・シアヌル酸付加物と(D)との併用による相乗効果が発揮されたものとみるべきである。
(2) これに対して,刊行物1においては,リン系難燃剤は,メラミン・シアヌル酸付加物との併用により,難燃性とは異なる特性である耐アーク性を向上させるものとして記載されているが,難燃性レベルの向上を図る成分であることは記載されていない。したがって,刊行物1発明から,特定のリン系難燃剤を選択してメラミン・シアヌル酸付加物と併用することにより,難燃性レベルを向上させることを想到することはできない。
また,刊行物1では,メラミン・シアヌル酸付加物を用いた場合の難燃性レベルとしてV-2が挙げられているが,リン系難燃剤を併用すれば難燃性が向上する,との記載がないことは前記のとおりであるから,併用した場合の難燃性レベルもV-2しか期待できない。しかも,このV-2レベルは,非強化系ポリアルキレンテレフタレートで把握される難燃性レベルであり,強化系ポリアルキレンテレフタレートでは,これに達しないことも予測される。そうすると,刊行物1発明が目的とする難燃性レベルはせいぜいV-2ということになる。そして,前記のとおり,V-0とV-2の難燃性レベルの間には,大きな隔たりがあり,通常,V-2の難燃性レベルを達成したのと同様の取り組みをしたのでは,V-0のそれは達成することができない。したがって,V-0,その中でも「1/32インチV-0」という最高度の難燃性レベルを達成する樹脂組成物を得ようというときに,V-2を目的とする刊行物1発明は,示唆にならない。
2 刊行物1発明において(D)を選択して使用する合理的根拠(動機付け)がないから,このような選択は,容易に想到し得ないものである。刊行物5〜8及び11には,上記選択についての合理的根拠(動機付け)となる記載は存在しない。
すなわち,本件発明の出願時において,膨大な数のリン系難燃剤が知られていたが,その中から,メラミン・シアヌル酸付加物と一緒に,しかも繊維状の強化材が配合されたポリアルキレンテレフタレートに配合するリン系難燃剤として,あえて(D)を選択して使用するからには,その合理的根拠(動機付け)が必要である。
しかしながら,刊行物1,5〜8,11のいずれにも,非ハロゲン系難燃剤を用いて強化系ポリアルキレンテレフタレートにおいてV-0の難燃性レベルという高度の難燃性を付与し得ることは記載されていない。そのような状況下で,本件発明において,特定のリン系難燃剤を用いて,かかる難燃性レベルの付与が達成されたのである。この点のみをもってしても,刊行物1発明において(D)を選択して使用することが容易に想到し得ないものであることが明らかである。
被告の反論
以下述べるとおり,本件決定における相違点3についての判断には誤りはないから,原告の主張する本件決定の取消事由には理由がない。
1 原告は,(D)とメラミン・シアヌル酸付加物との併用により相乗効果が得られる旨主張するが,本件明細書にはそのような記載はなく,また,本件明細書から相乗効果を確認することもできないから,その主張は,本件明細書の記載に基づくものではない。また,相乗効果の裏付けもない。
しかも,実施例1〜7で示されたランクV-0が,本件発明全体の効果であると認め得る記載もない。例えば,本件発明には,ポリアルキレンテレフタレート100重量部,ガラス繊維250重量部,メラミン・シアヌル酸付加物5重量部,(D)5重量部の組成物(本件例a)が含まれるが,この場合の難燃性の程度は本件明細書に記載がない。また,本件例aは実施例1〜7よりも難燃剤の量が少ないから,実施例1〜7と同じランク(ランクV-0)であると推定することができないし,また,ガラス繊維が難燃化を妨げるとすれば,本件例aは実施例1〜7よりもガラス繊維の量が多い点でも,実施例1〜7と同じランクであると推定できない。
したがって,本件発明の効果は格別顕著なものとはいえず,相違点3の判断に誤りはない。
2 原告は,(D)を使用する動機付けとなる記載が,刊行物5〜8,11に存在しない旨主張するが,動機付けとなる記載は刊行物1に存在する。すなわち,刊行物1発明でリン系難燃剤が配合されていることが動機付けとなる。リン系難燃剤として知られている化合物の多さは,(D)の使用を妨げない。
しかも,刊行物6には,(D)がトリフェニルホスフェート等の従来の有機リン酸エステル難燃剤と比較して,高い加工温度でも揮発しない,優れた難燃剤であることが記載されているから,(D)の採用はなおのこと容易である。
当裁判所の判断
1 原告は,「本件発明と刊行物1発明とは,目的とする難燃性レベル,及びリン系難燃剤に期待する作用効果が異なるから,本件発明は刊行物1発明に基づいて容易に想到し得ないものである。」旨主張するので,検討する。
(1) まず,本件発明と刊行物1発明とは,リン系難燃剤に期待する作用効果が異なる旨の上記主張について検討する。
ア 原告は,本件発明が「1/32インチV-0」という高度の難燃性を作用効果として有する旨主張する。
なるほど,本件明細書に「1/32インチV-0」の難燃性を達成する実施例が記載されていることから明らかなとおり,本件発明には原告主張の上記作用効果を有する実施例が存在することが認められる。しかしながら,本件発明には,ポリアルキレンテレフタレート100重量部,ガラス繊維250重量部,メラミン・シアヌル酸付加物5重量部,(D)5重量部の組成物(本件例a)が含まれることは,本件発明の特許請求の範囲の記載上明らかであるところ(なお,これが本件発明に属さない旨の原告の主張は,本件発明の特許請求の範囲の記載に基づかないものであるから,採用できない。),これが「1/32インチV-0」の難燃性を達成することができないものであることは,当事者間に争いがない。
してみると,本件発明には,「1/32インチV-0」の難燃性を達成することができない例,すなわち原告主張の上記作用効果を奏することができない例が含まれているのであるから,本件発明が全体として原告主張の上記作用効果を有すると解することはできない。
(なお,本件明細書には,本件発明全体について,当業者が容易に原告主張の上記難燃性を達成するために必要な発明の構成は一切記載されていないものである。) イ また,原告は,本件発明は,非強化系ポリアルキレンテレフタレートに比較して難燃化が困難である強化系ポリアルキレンテレフタレートにおいて,高度の難燃化を達成するものであり,このことは,参考資料(甲12)や実験(甲24)により立証された旨主張する。
なるほど,上記証拠によると,ガラス繊維強化ポリエチレンテレフタレート樹脂の方が非強化ポリエチレンテレフタレート樹脂よりも燃焼しやすいこと(甲12),また,ガラス繊維強化系ポリエチレンテレフタレート樹脂では「1/32インチV-0」レベルの難燃化が達成できなかったのに対し,非強化系ポリエチレンテレフタレート樹脂では「1/32インチV-0」レベルの難燃化が達成できたこと(甲24)が認められる。
しかしながら,繊維状強化充填材のうちでも,たとえば,アスベスト繊維を使用した場合には一般に難燃性のレベルが向上することは技術常識であるから,全部の強化系ポリアルキレンテレフタレートにおいて,その難燃化が困難であるということはできない。また,本件発明においては,「繊維状の強化充填材の例としては,ガラス繊維,アルミナ繊維,炭化ケイ素繊維,セラミック繊維,アスベスト繊維,セッコウ繊維,ステンレススチール繊維,ボロン繊維,炭素繊維,ケブラー(商品名:デュポン社製,ポリパラフェニレンテレフタルアミド)繊維などが挙げられる。」と記載されているところ(本件明細書【0013】),上記参考資料は,特定の難燃剤等の使用条件下において繊維状強化充填材がガラス繊維である場合の知見を提示しているにすぎず,また,上記実験は,ガラス繊維強化系ポリアルキレンテレフタレートと非強化系ポリアルキレンテレフタレートを比較したにすぎないから,上記実験等により,本件発明における強化充填材全般についての原告の上記主張が立証されたということはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ さらに,原告は,本件発明においては,非ハロゲン系難燃剤であるメラミン・シアヌル酸付加物と(D)との併用が相乗効果を発揮し,高度の難燃性を達成する旨主張する。
しかしながら,本件明細書には,単なる難燃性の向上に止まらない上記相乗効果についての記載は一切ないから,上記主張は,本件明細書の記載に基づかないものといわざるを得ない。なお,原告は,本件明細書の第5段落【0005】の「メラミン・シアヌル酸付加物と特定のリン系難燃剤を配合することにより,ハロゲン系難燃剤を使用せずに,高度の難燃性の付与が可能であることを見出し,本発明に到達した。」との記載が相乗効果を意味する旨主張するが,相乗効果とは,相加効果を上回る効果のことであって,相乗効果自体は,効果達成値の大小とは無関係であるから,上記記載をもって相乗効果の記載ということはできない。
また,原告は,実験(甲24,27)により上記相乗効果が立証された旨主張するが,同実験は,繊維状強化充填材としてガラス繊維のみを,(D)としてレゾルシノール ビス(ジフェニルホスフェート)(RBDPP)のみをそれぞれ用いたものにすぎないばかりでなく,メラミン・シアヌル酸付加物及び(D)の各配合量も,各5〜50重量部という本件発明の特許請求の範囲のうちのごく一部を用いたものにすぎない。したがって,これらの実験によっては,本件発明全体の相乗効果を立証したとすることはできない。
したがって,原告の上記主張も採用することができない。
エ 結局,本件発明が格別顕著な作用効果を有することにより容易に想到することができないものであるとの原告の主張は,いずれも理由がない。
(2) 次に,本件発明は「1/32インチV-0」という最高度の難燃性レベルの達成を目的とするのに対し,刊行物1発明はせいぜい「1/32インチV-2」レベルの達成を目的とするにすぎない旨の主張について検討する。
本件明細書には,難燃性レベルに関する記載として, 「【0004】 【発明が解決しようとする課題】従来,このような問題点を解決するための検討が種々なされてきたが,有効な解決策は見出されていない。特公昭60-33850号公報では,メラミン・シアヌル酸付加物をポリアルキレンテレフタレート系ポリエステルに対し3〜30重量%添加して難燃化を図ることが提案されているが,この手法においても難燃性のUL(Underwriter's Laboratory)規格のうち,特に難燃規格として重要なV-0レベルには到達し得なかった。本発明は,かかる問題点を解決することを目的とする。
【0005】 【課題を解決するための手段】本発明者らは,鋭意検討を重ねた結果,ポリアルキレンテレフタレートに,メラミン・シアヌル酸付加物と特定のリン系難燃剤を配合することにより,ハロゲン系難燃剤を使用せずに,高度の難燃性の付与が可能であることを見出し,本発明に到達した。」 「【0028】 【発明の効果】実施例及び比較例から,明らかなように,本発明の難燃性樹脂組成物は,難燃性が非常に優れており,かつ,ハロゲン系難燃剤を含まないので,有害ガスの発生及び腐食性がなく,電気・電子機器部品材料として,工業的利用価値が極めて高い。」 との記載があり,また,実施例1〜7及び比較例1〜3の難燃性について,UL-94規格に定める手法に基づき,1/32インチ(0.794mm)の厚みで試験したところ,実施例はいずれもV-0ランクであったのに対し,比較例はいずれもV-0ランクに達しなかった旨の記載がある(段落【0025】【0026】)。
なるほど,上記記載によると,本件発明はUL-94規格で最高度の難燃性である「1/32インチV-0」レベルの達成を目的ないし課題としていることが認められるが,前記(1)認定のとおり,本件発明には上記目的を実現することができない例が含まれているのであるから,本件発明の目的が上記「1/32インチV-0」レベルの達成であることを前提とする原告の上記主張は,その前提を欠き理由がない。
(なお,目的の達成とは異なり,目的それ自体についてみても,難燃剤において難燃性レベルが高いものほど望ましいことは明らかであり,事実,刊行物1発明も「すぐれた難燃性を付与すること」(甲1の1頁右欄〜2頁左上欄)を目的としていること,及び前記(1)認定のとおり,本件発明が格別顕著な作用効果を有するものではないことから,原告主張の本件発明と刊行物1発明の目的の相違を理由として,本件発明が刊行物1発明に基づき容易に想到できないものであるということはできない。) 2 次に,原告は,刊行物5〜8及び11には,刊行物1発明において(D)を選択して使用する合理的根拠(動機付け)となる記載は存在しないから,このような選択は,容易に想到し得ないものである旨主張するので,検討する。
(1) 刊行物1には,その特許請求の範囲の文言から明らかなように,難燃性ポリエステル樹脂組成物に関する発明が記載されており,また, 「本発明の組成物によれば,従来のハロゲン系難燃剤を添加する場合にしばしば生起する電気特性,耐アーク性の低下やリン系難燃剤を添加する場合に生起する熱変形温度の低下がなく,シアヌール酸を難燃剤として添加する場合の成形時の分解,着色,ガス発生も認められない。たとえばポリブチレンテレフタレート(以下,PBTと略称する。)100重量部にメラミン・シアヌレート10重量部を添加することにより,UL-94規格にもとずく難燃材料であるV-2を満たすことができ,」(2頁左上欄〜右上欄) 「本発明の組成物には・・・繊維強化剤・・・などの他の添加剤を必要量加えることができ,とくにガラス繊維・・・などの繊維強化剤・・・を配合する際や,メラミン・シアヌレートを予めアミノシランやエポキシシランなどの表面処理剤で処理する場合には一層望ましい機械的性質を得ることができる。」(3頁右上欄) 「本発明のメラミン・シアヌレートは公知のハロゲン系またはリン系難燃剤と併用することができ,その場合には公知の難燃剤のみを添加した場合に比し,耐アーク性が著しく向上した組成物を得ることができる。・・・リン系難燃剤としてはトリ(ノニルフェニル)リン酸エステル,リン酸トリフェニル,ジフェニルホスフィン酸アルキルエステル,ビス(ブチレングリコール)ジフェニルホスフィネート,ポリビスフェノール-Sフェニルホスフェート,などが挙げられるが,とくに公知の範囲を制限するものではない。」(3頁右上欄〜左下欄) との記載があるから,これらによれば,刊行物1には,難燃性ポリエステル樹脂組成物を製造する際,ポリブチレンテレフタレート等のポリアルキレンテレフタレートにメラミン・シアヌル酸付加物とリン系難燃剤を併用すること,及び難燃性ポリエステル樹脂組成物にガラス繊維などの繊維強化剤を配合して一層望ましい機械的性質を得ることができることが記載されていると認められる。してみると,刊行物1には,ポリアルキレンテレフタレートにガラス繊維を配合し,難燃剤として,メラミン・シアヌル酸付加物に加えて,さらにリン系の難燃剤を併用することが示唆されているというべきである。
他方,刊行物5,7,11には,ポリアルキレンテレフタレートに対して(D)が難燃剤となることが記載されているか,少なくとも示唆されていることが認められる(この点は,当事者間に争いがない。)ところ,(D)がリン系難燃剤であることは明らかである。
したがって,これらの記載に基づき,ポリアルキレンテレフタレートにガラス繊維を配合し,難燃剤として,メラミン・シアヌル酸付加物に加えて(D)を併用して本件発明とすることは当業者が容易になし得ることというべきである。
(2) これに対し,原告は,@本件発明の出願時において,膨大な数のリン系難燃剤が知られていたこと,また,A審決の引用する刊行物1,5〜8,11のいずれにも,非ハロゲン系難燃剤を用いて強化系ポリアルキレンテレフタレートにおいてV-0レベルという高度の難燃性を付与し得ることは記載されていないことを挙げて,刊行物1発明において(D)を選択して使用する動機付けがない旨主張する。
しかしながら,上記(1)認定の事実を勘案すると,@については,リン系難燃剤の数が多数であることのみをもって,難燃剤(D)を選択し組み合わせることを特段阻害する要因ということはできない。また,Aについても,上記(1)認定の事実のほか,本件発明全体がV-0レベルの作用効果を有している訳ではないこと,及び難燃剤の使用に際して,難燃化のレベルが高いほど好ましいことは当然であることから,引用刊行物にV-0という難燃性のレベルが記載されていなくても,このことをもって,難燃剤(D)を選択し組み合わせることを特段阻害する要因ということはできない。
したがって,原告の上記主張はいずれも理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青蜉]
裁判官 沖中康人