関連ワード | 協議 / 組立方法 / 加工方法 / 公知技術 / 技術情報 / 加工 / 対価 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
14年
(ネ)
1551号
損害賠償請求控訴事件
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控訴人 株式会社オータマ 訴訟代理人弁護士 河合一郎 被控訴人 株式会社イワタニ |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/09/09 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。 (2) 被控訴人は,控訴人に対し,金500万円及びこれに対する平成12年11月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 (3) 訴訟費用は第1,2審とも,被控訴人の負担とする。 2 被控訴人 主文と同旨 |
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事案の概要等
1 控訴人は,電子機器及び電子機器部品(磁気シールドパネル等)の製造・加工販売等を目的とする株式会社であり,被控訴人は,パネルの製造販売等を目的とする株式会社である。 控訴人と被控訴人との間には,控訴人が商品化した,パーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネル(パーマロイをパネルに埋め込む方式で製造された磁気シールドパネル)を,控訴人が発注し,被控訴人が製造して納入する,という関係があった。これに関し,両者の間で,このパネルの製法及び技術情報の開示・使用の制限等を内容とする,平成10年5月30日付け覚書(甲第1号証。以下「本件覚書」という。本件覚書による約定を「本件約定」ということがある。)が取り交わされた。 本件は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人が,本件約定に反し,パーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルを製造・販売したとして,営業損害等の損害の賠償を,一部請求として求めた事案である。 2 原判決は,被控訴人が,有限会社スリーアロー(もともとは控訴人の従業員であり,パーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルの製法を知っている者が設立した会社)から,発注を受け,その指示どおりにパネルを製造した点をとらえて,本件約定によって禁止されている製法ないし技術情報の開示があったとすることはできず,他にも被控訴人に本件約定違反の事実は認められない,として,控訴人の請求をすべて棄却した。 |
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当事者の主張
当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」(ただし,1(3)ウを除く。)のとおりであるから,これを引用する。 1 当審における控訴人の主張の要点 (1) 本件覚書の解釈 ア 2条 原判決は,「・・・製法や技術情報などの秘密情報が被告から(有)スリーアローに漏れたとは到底認められない。」(6頁12行目〜13行目),「被告が第三者から受注して製作したパネルの製法や構造が原告のそれと同じか類似していたとしても,これを被告が開示したわけではなく,第三者の指導や指示に基づいて製作したにすぎなければ,このような受注や製作そのものは本件覚書の趣旨に何ら反しないというべきであり,本件覚書に違反するものということはできない。」(6頁20行目〜25行目),としている。しかし,これは誤りである。 (ア) 本件覚書の2条は,「(使用等の制限・秘密保持)」の見出しの下に,「乙(判決注・被控訴人を指す。)は甲(判決注・控訴人を指す。)より委託され加工する磁気シールドルームを組み立てるための磁気シールドパネルの製法及び技術情報について,これを自己又は第三者のために使用し或いは,これを第三者に開示してはならない。委託終了後も同様とする。」としている。 本件覚書は,このように,製法・技術情報の流出防止だけでなく,被控訴人が,第三者から受注して,パーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルを製造すること自体も禁止している。 (イ) パーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルにおいて,最も重要な技術は,パネル製作能力(パネルとシールド材を一体化するウレタン発泡注入のための設備等を含む。),実際の作業経験,磁気シールドルームの製作図に基づいてパネル製作工程を遂行する能力であり,これら全体についてのノウハウが,本件覚書で,使用・開示が禁止される対象となるものである。 (ウ) 被控訴人が,第三者(有限会社スリーアロー)の指示通りに磁気シールドパネルを製造したにすぎないとしても,被控訴人が,控訴人の開発した製法そのものないしこれと類似した製法を用いるか,あるいは,被控訴人の製品の構造が控訴人の製品の構造と同一ないし類似の関係にあるか,のいずれかがあれば,被控訴人は,控訴人のため以外に使用することを禁止されている製法や技術情報を,「第三者のために使用し」たことになる,というべきである。 被控訴人が,控訴人の製法を第三者に開示していないからといって,決して,被控訴人が本件約定に反していないことになるものではない。 イ 4条 原判決は,本件約定の有効期間について,「出願中の特許(出願番号「特願平7-184357」)に係る発明(甲21)の効力が継続し,かつ,原告が被告に対する委託加工を終了させるまで存続する。」(2頁16行目〜18行目)と適示しているが,誤りである。 (ア) 本件覚書の1条は,「(対象)」の見出しの下に,「@特許出願番号通知(事件の表示)の特願平7-184357による識別番号100074284 A磁気シールドパネル及び磁気シールドルーム B前Aの構造若しくは構成に関するもの C前ABについての技術情報」と定めており,4条は,「(有効期限)」の見出しの下に,「この覚書の効力は第1条の発明の効力が継続し,かつ,甲が乙に対する委託加工を終了させるまで存続する。」と定めている。 (イ) 控訴人が先に特許出願した発明(本件覚書1条@の発明)は,「磁気シールドパネル材の組立方法」を発明の名称として,「磁気シールド材料と一般断熱パネル材料の一体化により,組立方法が容易になる。磁気シールドパネル製作時に,接合されるべき部分に凹凸を設け,組立時における,シールド材へのネジ等の使用が無くなることを特徴とする磁気シールド材の組立方法」を,特許請求の範囲とするものであり,いわゆる嵌め込み式による製作工程を意図していた(甲第21号証)。もっとも,この発明については,平成11年1月28日付けで拒絶通知理由書が発送された上(甲第27号証),拒絶査定がなされ,これが確定している。 しかし,本件覚書1条@の発明についての本件約定の効力が消滅しても,そのことは,本件覚書1条AないしCの製法及び技術情報についての効力に何ら消長を来すものではない。本件約定の効力は,上記@ないしCの発明のいずれかに係る効力が継続する限り,存続するのである。 (2) 控訴人の被控訴人に対する技術指導の内容 控訴人は,被控訴人に対し,例えば以下のような事項について,技術指導をした。 ア 各化粧板と周囲の各枠とを,前者の差込片を後者の差込間隙に差し込むことにより,一体化状に組み合せる点 イ パーマロイ板を表面化粧板の裏面に接着する点。 ウ パーマロイ板相互の接続は,一方のパーマロイ板の接続側に継ぎ板をかぶせて溶接し,両パーマロイ板の接合部相互を突き合わせた状態で,前記継ぎ板に他方のパーマロイ板の接続側を接着して行う点 エ 表面化粧板に各縦枠及び横枠を組み合せる際に,パーマロイ板の周縁部上面に各枠の接続板を重ねる要領で,各縦枠及び各横枠を,その一方の差込間隙と表面化粧板の差込片とが一致する状態で表面化粧板に押し付け,前記一方の差込間隙に差込片を限界まで差し込んだ後,粘着テープにより各枠の接続板をパーマロイ板に接着する点 2 被控訴人の反論の要点 (1) 本件覚書の解釈について ア 2条 (ア) 本件覚書は,被控訴人が,パーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルを製造してはいけない,とは定めていない。本件覚書は,控訴人が開発した技術情報が流出することを防止するためのものにすぎない。 (イ) 被控訴人が,第三者から受注して製作したパネルの製法や構造が,控訴人のそれと同じものあるいは類似しているものであったとしても,技術情報が漏れていない以上,本件覚書の趣旨には反しない。 (ウ) 本件覚書で対象とされる技術情報は,控訴人が開発した,パーマロイ(被控訴人が製作する製品である磁気シールドパネルの素材として,控訴人から被控訴人に支給されるもの)の製法・加工法と,シールドルーム製造技術である。 被控訴人は,控訴人以外のシールドルームメーカーとも取引があり,パーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルの構造に類似する構造のパネル(冷蔵庫パネル,クリーンルームパネル,環境試験室パネル,パーテーションパネル等)を製作してきた。パーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルの製作技術は,それらのパネルの製作技術と同様であり,何ら特殊なものではない。 パネル内部への材料の埋め込みには,一般に,ベニヤ埋め込み方式,鉄板埋め込み方式,アルミ埋め込み方式,ハニカム方式等,種々の方式がある。パーマロイ埋め込み方式における工法が特殊である,ということはなく,他のものと共通である。 被控訴人が,控訴人との取引に関係なく従来から有していた製造技術について,本件覚書により使用を禁止されるいわれはない。 (エ) 本件覚書2条にいう「使用」とは,パーマロイが大変高価なものであり,加工も特殊であることから,控訴人からの支給材を控訴人以外の者のために流用してはならない,ということである。 (2) 被控訴人が,控訴人から提供された技術情報について ア 被控訴人は,原材料としてのパーマロイ自体の製造,その加工,シールドルーム自体の製造には,全く関与していない。被控訴人は,これらに関するノウハウも技術情報も,もともと有しておらず,したがって,これらを管理しているということもない。 イ 被控訴人が,控訴人から指導されたのは,主に,支給材の取扱いないしそれに関連する事項である。 被控訴人は,控訴人から,パーマロイは大変高価であること(ステンレスの10倍以上),原材料としてのパーマロイの製造・加工に当たり,板金加工・溶接加工・熱処理等の加工方法が,パーマロイの特性に影響することを注意された。そして,曲げ加工・溶接方法等は大切なノウハウなので,これらが外部に漏れないようにするため,支給材は,余ったものについても,その保管に十分注意してほしい,との指導を受けていた。 そのほかは,注文対象である個々のパネル製作に必要な事項,すなわち,各支給材の取付位置,支給材が合わないときの対処方法等であり,これら以外の製造技術は,すべて被控訴人の既存のものでまかなわれていた。 |
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当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は,原判決の「第3 争点に対する判断」の「1」を引用するほかは,次のとおりである。 1 本件覚書2条の「使用」の解釈について (1) 本件覚書(甲第1号証)は,控訴人と被控訴人の間で,「磁気シールドパネル及び磁気シールドルームの製法」の取扱いについて,定めるものである(前文)。 本件覚書は,1条で,「(対象技術)」の見出しの下に,「@特許出願番号通知(事件の表示)の特願平7-184357による識別番号100074284 A磁気シールドパネル及び磁気シールドルーム B前Aの構造若しくは構成に関するもの C前ABについての技術情報」とし,その2条で,「(使用等の制限・秘密保持)」の見出しの下に,「乙(判決注・被控訴人を指す。)は甲(判決注・控訴人を指す。)より委託され加工する磁気シールドルームを組み立てるための磁気シールドパネルの製法及び技術情報について,これを自己又は第三者のために使用し或いは,これを第三者に開示してはならない。委託終了後も同様とする。」,としている。 (2) 本件覚書2条からは,被控訴人は,対象とされる製法及び技術情報につき,開示だけでなく,それを「自己又は第三者のために使用」することも,禁止されていることが明らかである。 この「使用」の内容を明らかにする文言は,本件覚書中に存在しない。しかし,控訴人が,独自に研究・開発した技術について,それに要した投下資本を回収し,さらにそれを活用して利益を得ようとすることは当然であり,被控訴人も,本件覚書の締結において,そのことを当然理解していたと解すべきである。そして,被控訴人が,控訴人の開発した技術を使用して第三者向けの製品を製造すると,これが市場において控訴人の製品と競合し,その結果,控訴人製品の売上高が下がって得べかりし利益が減少し得ることは明らかである。そのような事態を防止するために,被控訴人が正当な対価を支払うことなく控訴人の独自技術を使用して第三者向けの製品を製造・販売すること,を禁止するのは,何ら不当なことではない。 本件覚書2条の「使用」には,控訴人の委託や許諾に基づかずに,本件覚書1条に挙げられた技術を使用して,製品を作り,これを販売することも含まれる,と解すべきである。 被控訴人は,本件覚書の趣旨は,控訴人の技術の流出を防止することにあると主張し,2条の「使用」も,パーマロイ等の控訴人からの支給材の流用のみを指すものである,と主張する。しかし,本件覚書2条の「使用」を,そのように狭く解すべき理由は認められない。その他,本件全証拠によっても,上記解釈と反対の解釈を採用すべき理由は認められない。 2 本件覚書2条の対象となる「製法及び技術情報」について (1) 本件覚書の2条は,前記のとおり,控訴人の開発した技術を保護するために,それを被控訴人が勝手に使用するのを禁止する条項である。そうである以上,本件覚書1条において定められた対象技術や2条の「製法及び技術情報」も,基本的に控訴人が開発したものを指し,公知の技術や,被控訴人が従来から有していた技術は含まれない,と解すべきである。 本件では,公知の技術や,被控訴人が従来から有していた技術についてまで,本件覚書2条により,その使用が禁止されると解すべき事由(一定期間あるいは一定額の取引の保証などの,相当額の経済的対価の提供等)は、本件全証拠によっても認めることができない。 以下,本件覚書2条の「製法及び技術情報」について,パーマロイを用いる磁気シールドパネルを,パーマロイをパネル内部に埋め込む方式で製作すること自体が,これに該当するか否かも含めて,検討する。 (2) パーマロイの性質 パーマロイ(parmalloy)とは,主に鉄とニッケルとの合金から成る軟質磁性材料のことである。この,鉄とニッケルとの合金は,一定の条件による熱処理を加えることにより,通常の鉄板や鋼板と比較して,極めて高い透磁率を獲得することができる。そして,磁束は,透磁率の高いパーマロイを専ら通過し,その外部には漏れないことから,これを磁気遮蔽の用途に用いることができる。 パーマロイは,熱的衝撃(温度の変化)や物理的な力(衝撃,歪み,圧力等)により,その高い透磁率が容易に激減してしまうため,その加工等を始めとして,取り扱いに細心の注意を要することが,従来から知られていた。 (甲第6号証,第25号証,第34号証ないし第37号証,第42号証等)。 (3) 控訴人によるパーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルの研究・開発 控訴人は,従来,パーマロイをパネルの外側に貼り付ける構造の磁気シールドパネルを用いた,磁気シールドルームを製造・販売してきていた。この方式は,パーマロイに穴開けし,そこにねじを通してパネルの外側に固定するものであり,この穴開け部から磁界の漏れがあるため,シールドルーム内に設置する計測機械等の精度の向上に伴い,それが大きな問題となっていた。また,熱的及び物理的衝撃に弱いというパーマロイの弱点に対処する必要と,磁気シールドルームの製造全体のコストを下げる必要とから,現場での作業をなるべく減らしたいとの要求も存在した。 そこで,平成7年,控訴人は,パーマロイ埋め込み方式,すなわち,パーマロイに穴を開けてこれをパネルの外側に貼り付けるのではなく,パーマロイに穴を開けることなくこれをパネルの内側に埋め込む方式,のパネルの開発に着手した。控訴人は,平成9年に,パーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルの試作品を完成させ,平成10年初めころから,被控訴人と,このシールドパネルの製造委託に関する協議を始め,その結果,同年5月30日,本件覚書を取り交わした。 (甲第3号証,第4号証,第6号証,第22号証,第29号証ないし第32号証,第36号証,第37号証,第42号証,第47号証,第49号証,原審における原告代表者A本人尋問の結果) (4) パーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルの構造 控訴人が被控訴人に製造させていたパーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルは,アルミ又は亜鉛引鋼板等から成るパネルの内側の1側面に,両面粘着テープや接着剤を用い,パーマロイを貼り付け,パネル内の残りの空隙にウレタン等の発泡剤を充填して成るものである。 このパネルにおいては,磁気遮蔽を完璧なものとするため,パネルの内部に貼られるパーマロイ同士の継ぎ目に,パーマロイ製の継ぎ板をかぶせて接合している。パネルの端部,すなわち,他のパネルとの接合部には,パーマロイ製の縦横枠を採用し,さらに,必要に応じて,このパネル端部の縦枠・横枠に,凹凸の形状を採用し,組み合せて確実に接合できるようにするなどしている。これらにより,完成した磁気シールドルームにおいて,パーマロイの空隙が全く生じないようになる。 (甲第6号証,第24号証,第36号証,第38号証,第40号証,第45号証,第49号証) (5) 控訴人と被控訴人との間の工程の分担 控訴人と被控訴人との間の取引においては,パネルの材料(外側の鋼板,スポット溶接等の加工を既に施したパーマロイ等)は,すべて控訴人側が提供した。上記の材料以外の必要な器具(発泡剤注入器等)は,被控訴人が,従来から持っていたものを使用し,パネルを組み立てて,これを控訴人に納入した。控訴人は,納入されたパネルを使って,磁気シールドルームを製作し,また,出来上がったパネルの性能検査もした。 結局,被控訴人は,控訴人から与えられた材料を用いて,磁気シールドパネルを組み立てることと,注文された個々のパネルの製作に必要な範囲での図面作成を行っていたにすぎない。また,出来上がったパネルの性能試験も行っていない。 前記のようなパーマロイの性質に鑑み,控訴人は,被控訴人に対し,パーマロイのパネルへの取付けや発泡ウレタンのパネルへの注入の際などに,パーマロイに物理的・熱的衝撃を与えないようにすること,パーマロイを変形させないようにすること,パネル間で導通性を確保するようにすること(磁気の円滑な流れの確保)などを教えつつ,パネルを製作するよう指示した。そのほか,パーマロイの加工(切断,穴開け,曲げ,スポット溶接等)は難しく,その技術は,すべて控訴人のものである,との説明もした。 (甲第8号証,第39号証,第41号証,第43号証,第49号証,第51号証,第52号証,乙第8号証,弁論の全趣旨) (6) 被控訴人固有の技術・機械設備 被控訴人は,パネルの製造・販売を業とする会社であり,控訴人との間で,パーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルの製造に関する協議を始める前に,冷蔵室や防音室に用いるシールドパネルを製造していた。 これらのシールドパネルの製造の基本的な構造は,表面化粧板の裏側面に,両面粘着テープや接着剤で鉄板やグラスウールを貼り付け,二つの表面化粧板を塩ビ性の縦枠ないし横枠で接合し,必要に応じて,パネル内に発泡剤(ウレタン)を注入する,というものである。これら縦枠ないし横枠には,隣り合うパネル同士の接合が容易にできかつ強固なものとなるように,雄型と雌型の形としたものもある。 この基本的構造(個々の部品の形状も含む。)は,パネルに貼り付ける材料や,縦枠及び横枠の材料がパーマロイでないことを除けば,控訴人が開発したパーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルと同一である。 ウレタン発泡剤を注入する機械も,被控訴人がもともと使用していたものであり,これに控訴人が何らかの改良を加えたということはない。 (乙第5号証,第8号証,第14号証,弁論の全趣旨) 3 以上を前提に,本件覚書2条でいうところの,「製法及び技術情報」(被控訴人が使用及び開示を禁じられているその対象)について,判断する。 (1) 控訴人は,「パーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネル」を製造すること自体が,本件覚書により禁止されている,とする。 本件覚書1条は,「・・・A磁気シールドパネル及び磁気シールドルーム,B前Aの構造若しくは,構成に関するもの・・・」,としており,2条は「乙は甲より委託され加工する磁気シールドルームを組み立てるための磁気シールドパネルの製法及び技術情報」としており,使用が禁止される製法及び技術情報について,具体的な限定は一切ないから,少なくとも,文言上は,パーマロイをパネル内部に埋め込むこと自体も,パネルの構造ないし製法として,本件覚書2条の対象となり得る余地がある。また,前記のとおり,パーマロイを内部に埋め込む方式の磁気シールドパネル自体は,控訴人が初めて製品化したものと認められる。 しかし,防音ルームや冷蔵室等に用いられる,音や熱を遮蔽するパネルにおいて,パネル内部にそのためのシールド材料(鉛,グラスウール,断熱材)を入れること自体は,公知かつ普遍的な技術である。被控訴人も,控訴人との協議を開始する前から,上記公知技術をパネル製造に用い,豊富な作業経験を有していたと認められる。そして,このことを前提にすると,磁気シールドパネルにおいても,磁気を遮蔽する材料(パーマロイ)をパネル内部に埋め込むという発想そのものは,普遍的な考えというべきであるから,少なくとも,従前から,様々な遮蔽材料を内部に入れたパネルを製造してきた被控訴人との関係で,磁気シールドパネルの構造として,パーマロイをパネル内部に埋め込むこと自体を,本件覚書により,被控訴人が使用を禁止される技術である,とするのは相当でないというべきである。 (2) 磁気シールドパネルは,一般に,それに要求される磁気を遮蔽するという機能から,磁気シールドルームとして組み立てられたとき,どの部分においても,パーマロイの空隙があってはならず,また,パーマロイ同士の接合も十分なものでなければならないのはいうまでもないことである。パーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルも,当然のこととして,そのような要求を満たすような構造でなければならない。また,上記のとおり,パーマロイは機械的変形や,物理的・熱的衝撃に極めて弱いから,パーマロイの加工には,高い技術を要すると認められる。 本件覚書で,被控訴人が使用・開示を禁止されている対象となり得る製法・技術情報も,そのような具体的なパネル構造や,パネル部品の加工技術を指す,と解すべきである。 (3) 控訴人は,被控訴人に対して行った技術指導の内容として,第3の1(2)において摘示したとおり,「ア 各化粧板と周囲の各枠とを,前者の差込片を後者の差込間隙に差し込むことにより,一体化状に組み合せる点」,「イ パーマロイ板を表面化粧板の裏面に接着する点」,「ウ パーマロイ板相互の接続は,一方のパーマロイ板の接続側に継ぎ板をかぶせて溶接し,両パーマロイ板の接合部相互を突き合わせた状態で,前記継ぎ板に他方のパーマロイ板の接続側を接着して行う点」,「エ 表面化粧板に各縦枠及び横枠を組み合せる際に,パーマロイ板の周縁部上面に各枠の接続板を重ねる要領で,各縦枠及び各横枠を,その一方の差込間隙と表面化粧板の差込片とが一致する状態で表面化粧板に押し付け,前記一方の差込間隙に差込片を限界まで差し込んだ後,粘着テープにより各枠の接続板をパーマロイ板に接着する点」を挙げる。 (4) これらの点のうち,ア,イ及びエについては,パネル組立てにおける通常の工法にすぎず,これらを控訴人が開発した技術とすることはできない。エに関しては,パーマロイ同士の接合が確実になるようにする,との付加的な内容が認められるとはいえ,このことも,磁気シールドパネル・磁気シールドルームの製法に関するものとしては当然の注意事項にすきない,というべきである。 ウについて,接合部を継ぎ板で覆うという方法自体は,公知の技術と認められ,また,磁気シールドパネルにおいて,同じパーマロイを継ぎ板として用いることも,公知の技術と認められるから,これを控訴人独自の技術と認めることはできない。そもそも,これは,控訴人が行っていた加工であり,被控訴人は,接合済みのパーマロイをパネル内面に貼り付けていたにすぎないから,厳密には,被控訴人が行っていたパネルの組立て自体の技術ではない。 (甲第21号証,弁論の全趣旨) (5) 上記エに関して,控訴人の開発したパーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルは,パネル同士の接合部に,パーマロイ製の縦枠ないし横枠を用い,これを接合させることにより,導通性を完全なものとしている。このような構造のパネル,すなわち,内部に埋め込む材料(鉛板やグラスウール等)と同一の材料がパネルの端部として露出し,この端部同士を接合できるような構造のパネルを,被控訴人が従前から製造していたと認めるに足りる証拠はない(ただし,前記のとおり,上記縦枠及び横枠と同じ構造・形態のものを用いたパネルは,従前から存在していた。)。 しかし,控訴人は,この構造のパネルの製法,すなわち,他のパネルとの接合部に凹凸型の高透磁率材料を使用してこれを接合する方式について特許出願したものの(1条@に記載されている出願),拒絶査定がなされ,これが確定している(甲第21号証,第27号証,弁論の全趣旨)。本件覚書4条は「この覚書の効力は第1条の発明の効力が継続し,かつ,甲が乙に対する委託加工を終了させるまで存続する。」と定めており,これからは,少なくとも,上記技術については,本件覚書による使用禁止の効力が及ばない,と解するのが相当である。本件覚書1条は,4条の定めの下で,1条に列挙された技術等のどれか一つについてでも本件覚書の効力が存続している限り,特許が認められないことが確定した1条@の技術についても,被控訴人がそれを使用することができない,と解することはできないというべきである。 (6) 結局,本件覚書2条の対象となる製法・技術情報としては,高品質のパーマロイの製造,その加工(曲げ,穴開け,溶接等),性能検査,シールドルームの組立てが考えられるにすぎず,しかも,これらについては,被控訴人は一切関与しておらず,製法や技術情報の提供も受けていないから,そもそも直接の使用も開示もあり得ないことになるのである。 前記のとおり,パーマロイをパネル内部に埋め込むこと,継ぎ板を用いてパーマロイを接合したパーマロイを用いること,パネルの接合部に用いる縦枠・横枠をパーマロイ製とすることのいずれも,本件覚書2条の製法・技術情報ということはできず,そのような状況の下で,被控訴人がこれらの構成をまとめて採用する磁気シールドパネルを製造することを約定違反とみることを正当化する事情は,本件全証拠によっても認めることができない。したがって,被控訴人がこのような磁気シールドパネルを製造したとしても,それを,本件約定違反ということはできない。 (7) 本件において,控訴人が,被控訴人に対し,一定程度の経済的対価を保証したと認めるに足りる事情はなく,他方,控訴人が被控訴人に提供した製法・技術情報は,基本的に,パーマロイの性質と,その取扱い上の注意だけである(実際のパネルの製造について細かい指示を与えていることはうかがえるが,これは,注文された個々のパネルの製作に必要な範囲にとどまるものと認められ,取り立ててノウハウといえるようなものとは認められない。)。 このような事情の下では,本件覚書2条の対象の範囲を広く解するのは相当でなく,被控訴人が,控訴人の技術を用いて作成されたパーマロイ製の部品を用いて,第三者のためにパーマロイ埋め込み方式の磁気シールドパネルを製造したとしても,これをもって,本件覚書の「使用」に該当し本件約定に反するとすることは,被控訴人の営業を不当に制限するものであって相当でない,というべきである。 (8) 以上のとおりであるから,本件において,被控訴人に本件約定に違反する,磁気シールドパネルの製法及び技術情報についての使用や開示があったとすることはできない。 4 以上検討したところによれば,控訴人の請求は理由がないことが明らかであり,これを棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。そこで,これを棄却することとし,控訴費用の負担について民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 高瀬順久 |