関連審決 | 無効2000-35675 無効2000-35411 |
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関連ワード | 産業上利用(29条1項柱書) / 自然法則 / 反復(反復可能性) / 反復実施 / 容易に実施 / 容易に発明 / 試行錯誤 / 先行技術 / 発明の詳細な説明 / 参酌 / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
586号
審決取消請求事件
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原告 渡邊機開工業株式会社 訴訟代理人弁護士 塩見渉 同 弁理士 鈴木正 次、涌井謙一 被告 株式会社親和製作所 訴訟代理人弁護士 松本直樹 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/09/09 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
特許庁が無効2000-35675号事件について平成13年12月4日にした審決を取り消す、との判決。 |
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事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 (1) 被告は、発明の名称を「生海苔の異物分離除去装置」とする特許第2662538号(平成6年11月24日出願、平成9年6月20日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。 (2) 原告は、平成12年12月13日、本件特許の請求項1及び2に係る発明(以下併せて「本件発明」という。)についての特許を無効とすることを求める審判(本件無効審判)を請求した。特許庁は、この請求を無効2000-35675号事件として、訴外フルタ工業の請求に係る無効審判事件(無効2000-35411号)と併合審理し、平成13年12月4日、両事件について「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年12月14日、その審決謄本を原告に送達した。 2 本件特許請求の範囲の記載【請求項1】 筒状混合液タンクの底部周端縁に環状枠板部の外周縁を連設し、この環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし、 この第一回転板を軸心を中心として適宜駆動手段によって回転可能とするとともに前記タンクの底隅部に異物排出口を設けたことを特徴とする生海苔の異物分離除去装置。 【請求項2】 前記第一回転板の表面を回転中心から周縁に向かうに従って下がり傾斜にしたことを特徴とする請求項1の生海苔の異物分離除去装置。 (請求項3、4は無効審判請求の対象となっていないので記載省略。) 3 審決の理由の要旨 被告が審判において主張した無効理由は、本件発明は未完成であり(特許法29条1項柱書き違反)、また、本件明細書の請求項1の記載及び発明の詳細な説明の記載は同法36条4項又は5項に違反するというものであり、これに対する審決の判断の要旨は、以下のとおりである(証拠の表示を改めるほかは、審決の理由欄「III.当審の判断」の「2.2000年審判第35675号について」をそのまま引用する。)。なお、本判決中の「特許法」は、平成6年法律第116号による改正前の特許法を指す。 2.2000年審判第35675号について 請求人の特許法29条1項柱書き、及び同36条4項又は5項の規定に違反するという主張は次のとおりである。 (a)本件請求項1及び2に記載された構成要件では、生海苔と水との混合液中、生海苔はクリアランスをほとんど通過しない(審判甲2の1)、又は特別の条件によっては僅かに通過する(審判甲3の1及び2、審判甲4)。 しかし、元来異物分離装置は、全部の生海苔がクリアランスを通過することにより異物を分離するのであるから、通過する生海苔が僅かでは産業上利用できないことが自明である。 したがって、特許法29条1項柱書きの規定により、特許を受けることができない。 或いは、明細書中に当業者が容易に実施し得る程度の説明がないので、同法36条4項又は5項の規定に違反している。 (b)本件請求項1に係る「僅かなクリアランス」という記載は、比較の基準又は程度が不明確な表現であるから、特許を受けようとする発明の外延が不明確であって、特許法36条4項又は5項の規定に違反している。 よって、以下に検討する。 (a)について 審判甲2の1では、「親和式原草海苔異物除去洗浄機CFW-37型」を使用し、水100リットルに長さ3cm位に切断した冷凍乾燥生海苔3Kgを入れ、均一に撹拌した混合液を実験に供し、次のように考察している。 「1.前記生海苔の異物分離の実験によれば、回転板を停止し、減圧吸引しない場合には、排水中の生海苔は皆無であった(生海苔はクリアランスを通過しなかった)。 2.同じく減圧吸引しないで回転板を回転した場合にも、生海苔は、クリアランスを通過しないことが判明した。但し、水は前記より通過量が多くなることが認められた(生海苔によるクリアランスの閉塞が少ない為か)。 3.実験機械は、減圧吸引しなければ、水と生海苔との混合液から異物を分離することはできないことが判明した。従って生海苔異物分離機として利用することはできない。」 また、審判甲3では、「CFW-37型」を使用し、水50リットルに生海苔200枚分を6枚刃の超硬刃でφ9穴(φ9mm、穴数が90ヶ)のプレートを使用して生海苔を荒切りした海苔を使用し次のように結果報告している。 「(1)吸引ポンプを使用しない場合は、ほんの少ししか生海苔が排出しない。 (第1撹拌槽内の外周付近に殆ど残っている。) (2)吸引ポンプを使用した場合はビデオテープの通り殆ど排出している。 (第1撹拌槽には殆ど残っていない。) 」 上記審判甲2の1及び審判甲3の1によると、「親和式原草海苔異物除去洗浄機CFW-37型」において、吸引ポンプを使用しない場合には、生海苔は、排出しない、 或いはほんの少ししか排出しないと結論付けている。 しかるに、審判甲1の1によると、「CFW-37型」は、排出ポンプが装備されている異物分離除去装置であると認められるところ、このような装置であれば、回転板及びクリアランスは、排出ポンプが作動されることを前提として調整されていると解される。 そうすると、「CFW-37型」を排出ポンプを使用しないで実験を行うと、本来「CFW-37型」が有する機能は、十分に発揮することができないが、排出ポンプ(吸引ポンプ)を使用するとクリアランスから生海苔と水との混合物が良好に排出されることは当然のことである。 かえって、2000年審判第35411号に係る甲第4号証(本訴甲6)によると、本件特許の実施品である「CFW-36型」で、ポンプを使用しない状態での自然流下による海苔流出試験を実施した場合、実用領域の240rpm(40Hz)〜360rpm(60Hz)近辺で流出水量の最大値を示し、海苔の流出量もこれに比例しているとの結果が得られており、この結果を踏まえると、審判甲2の1及び審判甲3の1の実験結果を根拠にした請求人の上記主張は採用することができない。 なお、審判甲4では、「生海苔の異物除去洗浄機としては、吸引ポンプを使用した場合にはじめて、実用的な使用が可能になる。」との総合的結論を得ているが、 この結論を参酌しても上記判断が左右されることはない。 したがって、本件請求項1及び2に係る発明の特許は、特許法29条1項柱書きの規定或いは、同法36条4項又は5項の規定に違反していない。 (b)について クリアランスに関して、本件明細書には「24は環状固定板であり、前記環状枠板23の内周縁に螺子止めされている。この環状固定板24は前記環状枠板23の内周側に延出し、後記第一回転板51の外周縁とのクリアランスCを調節する(図4を参照のこと)。」(特許公報2頁4欄38〜42行)、及び「この第一回転板51は真円状であり、前記環状固定板24の内周内に面一の状態で適宜クリアランスCを介して配置されている(図4参照のこと)。このクリアランスCは生海苔と水との混合液が通過する個所である。」(同3頁5欄23〜27行)との記載はあるものの、「僅かなクリアランス」について具体的な数値で記載しているところはない。 しかし、「このため、生海苔のみが水とともに前記クリアランスCを通過して下方に流れる。このとき、第一回転板51は回転しているため、前記クリアランスCに生海苔は詰まりにくいものである。」(同3頁6欄40〜43行)、及び「なお、第一回転板51,81の回転を停止した場合、クリアランスC、Sに生海苔が詰まるため、 このクリアランスC、Sを通過する混合液(生海苔及び水)は僅かなものとなり、 作業に差し支えることはない。」(4頁7欄7〜10行)との記載を考慮すれば、当業者であれば、「僅かなクリアランス」とはどれくらいの寸法のものになるかは容易に決定できる事項であるから、比較の基準又は程度が明示されていないことをもって、本件明細書が不明確であるとはいえない。 したがって、本件請求項1及び2に係る発明の特許は、特許法36条4項又は5項の規定に違反してなされたということはできない。 |
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原告主張の審決取消事由の骨子
1 取消事由1(異物の分離不能による発明未完成又は特許法36条4項、5項違反) 本件発明は、異物の分離について、明細書記載の作用効果を奏することがなく、 自然法則に反するものであるから、産業上利用することのできない未完成発明であり(特許法29条1項柱書き違反)、そうでないとしても、本件明細書の記載は、 特許法36条4項、5項に違反している。審決は、これらの点についての判断を誤ったものである (1) 本件発明の異物の分離不能について ア 本件発明では、遠心力による異物の分離(遠心分離)を主要な分離に位置付けているが、生海苔混合液中の異物の大部分は、遠心分離によっては分離することができない。 本件明細書(甲2の1、本件特許公報)によれば、本件発明は、「生海苔の異物(ゴミ、エビ、アミ糸等、以下同じ)の分離除去装置に関し、生海苔混合液から異物を分離する際に使用されるものである。」とされ、異物分離については、「第一回転板を回転させると混合液に渦が形成されるため生海苔よりも比重の大きい異物は遠心力によって第一回転板と前記環状枠板部とのクリアランスよりも環状枠板部側、即ちタンクの底隅部に集積する結果、生海苔のみが水と共に前記クリアランスを通過して下方に流れるものである。」と記載されている。 ここで、異物とは「ゴミ、エビ、アミ糸」などとされているところ、これらは比重が1前後であるから、遠心分離することができない。比重が1より大きい異物としては貝片が考えられるが、これは生海苔混合液を異物分離装置に入れる以前に分離される(例えば活性タンク内での比重分離)ので、残った貝片は生海苔に緊密に付着されていて、クリアランスによる分離(隙間分離)でなければ、分離はできず、遠心分離はできないものである。 イ 本件発明では、クリアランスによる異物の分離もできない。すなわち、本件発明の実施装置のクリアランスは、0.15〜0.20oである。生海苔は、自然法則上、水圧差のような小さい力では、このようなクリアランスをほとんど通過することができず、通過しない以上、クリアランスによって異物を分離することもできない。 水に混じった生海苔がクリアランスを通過するようにするためには、吸引ポンプで減圧吸引することが不可欠である。ところが、本件発明は、減圧吸引の構成を備えていないため、生海苔がクリアランスをほとんど通過せず、減圧吸引なしでも生海苔が通過するようにクリアランスを大きくすれば、異物もクリアランスを通過してしまうから、結局、異物分離の目的は達成されない。 ウ 結局、本件発明は、本件明細書に記載された異物分離の作用効果を奏することがなく、前提とする異物分離の技術的原理が自然法則に反しており、生海苔の異物分離除去装置としては実用にならないものであって、産業上利用することができない。 (2) 実験結果について 審決は、審判で証拠として提出された実験結果についての評価を誤っている。 ア 原告が行った実験によれば、次の事項が明らかである。 異物分離機にかける生海苔は、粗切りして、大きさを幅10mm〜15mm、長さ10mm〜50mmとしていることが普通であるが、審判甲2の1(本訴甲3の2の1)の実験報告書(以下「審判甲2の1実験報告書」という。)及び審判甲4(本訴甲4の一部)の「鑑定意見書」(以下「審判甲4鑑定意見書」という。)によれば、 このような生海苔は、水圧差程度の圧力では0.15mm〜0.2mmのクリアランスを通過することはできない。このことは、本訴甲8の1、2の実験報告書及びビデオによって明らかである。 審決は、「(審判)甲2の1によると「CFW-37型」は排出ポンプが装備されている異物分離除去装置であると認められるところ、このような装置であれば回転板及びクリアランスは、排出ポンプが作動されることを前提として調整されていると解される。そうすると、「CFW-37型」を排出ポンプを使用しないで実験を行うと、本来「CFW-37型」が有する機能は、十分に発揮することができないが、排出ポンプ(吸引ポンプ)を使用すると、クリアランスから生海苔と水との混合物が良好に排出されることは当然のことである。」(審決書7頁30行〜37行)」と判断しているが、機械の構造を比較検討しておらず、誤りである。 イ 審決は、本訴甲6の「ダストールと親和の自然流下による海苔流出試験」と題する実験報告書(判決注:2000年審判第35411号に係る甲第4号証。 以下「甲6実験報告書」という。)に基づき、本件発明を実施した装置(被告製品「CFW-37型」)で生海苔が通過するから産業上利用できるとしたが、実験の趣旨を誤認しており、この誤認に基づく判断も誤りである。甲6実験報告書は、異物分離の能力について実験したものではなく、円盤(本件発明の回転板)の回転数と海苔の通過量とを比較し、親和製作所(被告)の機械の方が海苔の通過量の多いことを示したにすぎない。つまり、異物が分離できることを立証した実験ではなく、小さい海苔がクリアランスを通過できるとし、その量を示した実験にすぎない。 この結果は本件発明が産業上利用できることを示したものではない。 (3) 本件発明は、明細書記載の実施例の装置により明細書記載の効果を奏するものとして、特許されたが、理論上はもとより、実際上も産業上利用できず、未完成発明といわざるを得ない。 すなわち、本件発明は、現在使用されている吸引装置を備えた装置と比較して、 若干性能が劣るというレベルではなく、本件明細書に記載された装置は異物分離機として全く使用に耐えないものである(実際上、本件発明の実施例に示された機械は販売されていない。)。原告は、審判手続の中で、審判甲4鑑定意見書を示して、本件発明は生海苔を遠心力によってクリアランスの外方へ流動させながら水圧のみによりクリアランスを通過させるという、自然法則に反する技術思想により構成されていることを指摘したが、審決は、本件明細書の記載と同報告書との矛盾について、何らの説明も判断もしていない。 本件発明は、前記(1)のように、遠心力で異物を分離することがなく、生海苔がほとんどクリアランスを通過することができないのであるから、本件明細書の「生海苔の異物分離除去作業の作業能率を向上させることができる」との記載は全く誤りであって、産業上利用し得ない発明である。 2 取消事由2(「僅かなクリアランス」について具体的数値の記載がないことによる明細書の記載不備の看過) 審決は、本件明細書に、「僅かなクリアランス」について具体的数値の記載がないことについて、「当業者であれば「僅かなクリアランス」とはどれくらいの寸法のものになるかは容易に決定できる事項である。」とするが、誤りである。 比重の大きい異物を遠心分離し、異物の大部分を占める比重の小さい異物を分離できるクリアランスを決めることは至難の業である。本件明細書にはこの点に関する記載も示唆も全くない。 したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者がその発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず、特許法36条4項に違反している。 |
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被告の反論の骨子
1 取消事由1(異物の分離不能による発明未完成又は36条4項、5項違反の主張)に対して (1) 異物の分離不能について ア 原告は、本件発明が遠心分離だけであるとして、それでは異物分離ができないと主張するが、本件発明を曲解している。本件発明でもクリアランスを通過できない異物を除去する機能があるのは当然であり、そのために、特許請求の範囲にわざわざ「僅かなクリアランス」と記載してあるのである。本件明細書が遠心力の利用を強調しているのは、それが従来の装置になかったものであるからである。遠心分離だけで異物の完全な分離除去がされるわけではないが、すべての異物が隙間(クリアランス)の所に貯まってしまう先行技術とは異なり、遠心分離によって貝殻などがクリアランスの所にかからないようになっており、十分に有用な働きをしている。 イ 原告は、クリアランスの通過に関して、およそ現実に反する主張を行っている。生海苔は極薄で柔軟で、しかも、表面にヌメリのあるものであるから、塩水と共にクリアランスを通過していくことができる。ただし、大量に通過させようとすると、隙間を塞ぐ形になってしまうので、本件発明の装置では、回転板の回転によってクリアランスが横滑りの動きを持つことで、これを避けているのである。 原告は、本件明細書の実施例では、装置に吸引ポンプが備わっておらず、ゆえに機能しないと主張するが失当である。本件発明のもともとの発明課題は、生海苔は極薄フィルム状であるがために、大量に隙間通過させるのは難しいというところにある。これを回転板円周部のクリアランスを使い、横滑りの動きによって生海苔を詰まりにくくして解決したのが本件発明である。同時に、回転板式の構成をとることにより、タンク中の混合液に回転流が生じ、それによる遠心力によって、重い異物は隙間のところに来るまでもなく排除されるという機能をも合わせ有する。本件発明の実施例には吸引ポンプがないが、作業能率を高めるために吸引ポンプを使うことは、ろ過などで一般に行われて来たことであり、これを本件発明に適用するというだけのことである(吸引ポンプを付けても動作に原理的な違いはない。)。 (2) 生海苔流出実験の結果について 審判甲3の1実験報告書(本訴甲4の一部)では、クリアランスを「0.15mm〜0.20mm」に設定しており、海苔が多少残る傾向にあるが、塩水を追加して投入すれば、十分に生海苔を回収することが可能である。この原告の実験結果でも、それなりの海苔の流出が認められるのであり、審決の解釈は適切で妥当である。 現に、0.6oのクリアランス、吸引ポンプなしで実施した流出実験(乙3のCD-R)では、生海苔がクリアランスを通過して流出している。 (3) 原告は、本件発明が未完成と主張するが、事実に反する主張である。 本件明細書の装置は、その後に改良された市販装置に比べれば劣るものではあるが、十分に使用可能な装置である。特に、当時の他の技術と比較するなら、極めて優れたものであり、広く実施されている。 2 取消事由2(本件明細書の記載不備の看過の主張)に対して (1) 「僅かなクリアランス」について具体的数値を記載することは必要がない。 本件明細書において、クリアランス大きさ(数値)を特定していないのは、本件発明は回転板式異物除去機そのものを内容としたものであって、そのクリアランスの大きさの限定などに内容のあるものではないからである。本件特許請求の範囲には、特許法36条5項に求める「発明を特定する」に十分な記載がされている。 クリアランスは、より狭い方が小さな異物まで除去できるが、作業効率の点では広い方が良好である、というだけのことである。ベストの幅を決定するには多少の試行錯誤が必要となるが、それなりに運転できる幅を決めるのには何の困難もないのであり、審決の結論は妥当である。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(異物の分離不能による発明未完成又は特許法36条4項、5項違反)について (1) 発明未完成の主張について 原告は、本件発明が「産業上利用することのできる」ものではないと主張するが、特許法29条1項柱書きにいう「産業上利用することのできる」発明であるためには、何らかの「産業」において利用可能性があることをもって足り、それ以上に商業的な実施を可能とする程の完成度が必要とされるものではない。本件発明の対象である「生海苔の異物分離除去装置」が乾燥海苔の製造という産業において利用され得るものであることは明らかであるから、本件発明が「産業上利用することのできる」発明ではないとの原告の主張は、理由がない。 本件発明に産業上の利用可能性がないという原告の主張は、本件発明は異物分離除去装置を通過する生海苔がわずかで、実用に耐えるほどの異物分離能力を持たないというものであるが、「産業上利用することのできる」発明とは上記のとおり解されるものであるから、原告の上記主張は、産業上の利用可能性の欠如を理由づけるものとはいえず、その主張に理由がないことは明らかである。 ところで、特許法29条1項柱書きにいう「発明」とは、反復実施して所期の技術的課題を達成し得る程度にまで技術内容が具体的・客観的なものとして構成されているものをいい、技術内容がその程度にまで構成されていないものは、いわゆる未完成発明として、特許要件を欠くといわなければならない。原告は、本件明細書に記載された異物分離の作用効果は、技術的に成り立たず、自然法則に反していると主張しているので、以下、この観点から本件発明を検討する。 ア 本件特許公報(甲2-1)によれば、本件明細書の発明の詳細な説明欄には、本件発明の技術的課題(目的)、構成、作用及び効果に関して、以下の記載がある(下線を付加)。 @「【0001】【産業上の利用分野】この発明は生海苔の異物(ゴミ、エビ、アミ糸等、以下同じ)分離除去装置に関し、生海苔混合液(生海苔と塩水とを適宜濃度に調合したもの)から異物を分離する際に使用されるものである。」 A「【0002】【従来の技術】従来におけるこの種の異物分離除去装置は、分離ドラムの周壁に所要数の分離孔を設け、前記分離ドラムを軸心を中心として回転させながらこのドラム内に生海苔混合液を供給し、前記分離孔を通過させることによって、前記生海苔混合液中の異物を分離除去していた。」 B「【0003】【発明が解決しようとする課題】しかしながら、かかる従来の異物分離除去装置にあっては、生海苔混合液中の異物をこの分離孔の周縁に引っ掛けて排出口に流れるのを防止するものであるため、当該分離孔の周縁に異物が蓄積し、 目詰まりが発生する結果、当該分離除去を能率良く行うためには、目詰まり噴射水によって洗浄するという洗浄装置を別途に設けなければならないという不都合を有した。【0004】この発明の課題はかかる不都合を解消することである。」 C「【0005】【課題を解決するための手段】前記課題を達成するために、この発明に係る生海苔の異物分離除去装置においては、筒状混合液タンクの底部終端縁に環状枠板部の外周縁を連設し、この環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし、この第一回転板を軸心を中心として適宜駆動手段によって回転可能とするとともに前記タンクの底隅部に異物排出口を設けたものである。」 D【0009】【作用】この発明に係る生海苔の異物分離除去装置は上記のように構成されているため、第一回転板を回転させると混合液に渦が形成されるため生海苔よりも 比重 の大きい 異物 は遠心力 によって 第一回転板 と前記環状枠板部 との クリアランス よりも 環状枠板部側 、即ち、タンク の底隅部 に集積 する 結果 、生海苔 のみが水とともに 前記 クリアランス を通過 して 下方 に流れるものである 。このとき、第一回転板は回転しているため、前記クリアランスには生海苔が詰まりにくいものである。」 E「【0028】【発明の効果】この発明に係る生海苔の異物分離除去装置においては、筒状混合液タンクの底部周端縁に環状枠板部の外周縁を連設し、この環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし、この第一回転板を軸心を中心として適宜駆動手段によって回転可能とするとともに前記タンクの底隅部に異物排出口を設けたため、第一回転板を回転させると混合液に渦が形成されるため生海苔よりも比重の大きい異物は遠心力によって第一回転板と前記環状枠板部とのクリアランスよりも環状枠板部側、即ち、タンクの底隅部に集積する結果、生海苔のみが水とともに前記クリアランスを通過して下方に流れるものである。このとき、第一回転板は回転しているため、前記クリアランスには生海苔が詰まりにくいものである。」 F「【0029】よって、この異物分離除去装置を使用すれば、異物が前記クリアランスに詰まりにくいため、従来のように目詰まり洗浄装置等を別途に設ける必要がない結果、装置の維持がしやすいとともに取扱いが簡易になり、この結果、生海苔の異物分離除去作業の作業能率を向上させることができる。」 イ 上記各記載によれば、本件発明は、生海苔混合液(生海苔と塩水と適宜調合したもの)から異物を分離除去するための装置に関わるものであって、その異物分離除去の技術的原理は、比重の大きい異物を遠心力によって分離し(回転板の回転に伴う生海苔混合液の回転により、比重の大きい異物は遠心力の作用によりタンクの外周底部に移動し集積する。)、それ以外の異物を回転板と環状枠板部との間に形成された「僅かなクリアランス」によって除去する(異物がクリアランスに引っ掛かるので、クリアランスを通過して外に流れ出た生海苔混合液からは除去されている。)というものであると認められる。 本件明細書には、「僅かなクリアランス」による異物除去について明示の記載はないが、生海苔と水がクリアランスを通って流出するときに、クリアランスを通過することのできない大きさの異物がタンク内に残るのは自明のことであって、「生海苔のみが水とともに前記クリアランスを通過して下方に流れる」との説明も、 「僅かなクリアランス」が持つ上記のような異物除去機能を当然の前提としていることが明らかである。 ウ 原告は、本件発明が未完成である理由として、回転による遠心力が働いている状態で水圧程度の小さな力では生海苔はタンク底部の「僅かなクリアランス」を通過することができないから、異物の除去された生海苔を得ることはできず、本件発明はその前提としている異物分離除去の技術的原理が自然法則に反すると主張する。 確かに、審判甲2の1実験報告書によれば、本件発明の構成を備えた装置と認められる親和式原草海苔異物除去洗浄器「CFW-37型」によって原告が実施した実験(審判甲2の1実験報告書記載)において、吸引ポンプによる減圧吸引をしないで回転板を回転した場合に、生海苔は、排出しないか又はほんの少ししか流出しないことが認められ、この実験結果は、原告の上記主張に沿うものであるかにみえる。 しかし、甲6実験報告書によれば、同じく本件発明の構成を備えると認められる親和式原草海苔異物除去洗浄器「CFW-36型」によって吸引ポンプを使用しない状態で実施した実験においては、回転板の回転が実用領域の240rpm〜360rpmの近辺で流出水量の最大値を示し、海苔の流出量もこれに比例していることが認められるから、回転板の回転数とクリアランス等の条件を適宜調節すれば、生海苔は水圧程度の力でも、回転板の回転による遠心力が働いている状態でクリアランスを通過し得ることが明らかである(このことは、乙6のCD-Rに収録された海苔流出実験において、吸引ポンプの使用なしで生海苔の流出が認められることからも裏付けられる。)。原告の依拠する審判甲2の1実験報告書の実験は、審決が述べているように、吸引ポンプ(排出ポンプ)を使用することを前提として回転板及びクリアランスを調整した装置によるものであるから、この実験結果によっては、生海苔が回転している回転板と環状枠板部との間の「僅かなクリアランス」を通過してタンクの外に流れ出るという本件発明が前提としている技術的事項が自然法則に反するということはできない。 原告は、甲6実験報告書の実験は異物分離の能力について実験したものではなく、審決は甲6実験報告書の実験の趣旨を誤認していると主張するが、実験を行った目的がいかなるものであれ、その客観的な結果は、前記のとおり、生海苔が回転板の回転による遠心力が働いている状態でクリアランスを通過し得ることを示していることが明らかであるから、原告の上記主張は理由がない。 エ 原告は、また、本件発明において、回転板の回転によって生ずる生海苔混合液の回転により遠心力で分離することのできる異物はわずかであり、大部分の異物はクリアランスによって分離されるところ、吸引ポンプを付けない装置では、生海苔はクリアランスを通過しないか、通過してもごくわずかでしかないと主張する。しかし、審判甲2の1実験報告書の実験は、吸引ポンプを使用しない前提でクリアランス等の調整をした実験装置によるものであるから、その実験結果のみから吸引ポンプを使用しなければ生海苔は実質上クリアランスを通過しないと結論づけることはできない。仮に、原告主張のとおり吸引ポンプを付けない装置でクリアランスを通過する生海苔の量がわずかであったとしても、前記認定のとおり、生海苔がクリアランスを通過し、クリアランスの幅より大きい異物がクリアランスに引っ掛かって生海苔混合液から除去されると認められる以上、本件発明が技術的に成り立たないということはできない。 また、吸引ポンプを使用しなければ生海苔が通過しないとの原告の主張は、吸引ポンプの使用が本件発明から排除されているとの前提に基づく主張と解されるところ、この種の装置において作業効率を向上させるために減圧吸引のための吸引ポンプを使用し得ることは当業者の常識に属する事項であり、本件明細書中に吸引ポンプの使用を積極的に排除する記載も存在しないことからすれば、本件発明は、吸引ポンプを使用する場合も包含すると解することが相当である。原告の主張は、結局、本件明細書に実施例として開示された、吸引ポンプを備えない構成の装置が効率という点で実用性が低いことをいうものにすぎず、本件発明についての発明未完成の主張としては失当であるといわざるを得ない。 オ 以上によれば、本件発明が特許法29条1項柱書きの要件を満たしていないとの原告の主張は、理由がない。 (2) 特許法36条4項、5項違反の主張について 平成6年法律第116号による改正前の特許法36条は、4項で発明の詳細な説明には当業者が容易に発明の実施をすることことができる程度に発明の目的、構成及び効果を記載すべきことを規定し、5項で特許請求の範囲には特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載すべきこと規定する。 ア 原告は、特許法36条4項の要件に関して、本件明細書の「比重の大きい異物は遠心力によって・・・タンクの底隅部に集積する結果、生海苔のみが水と共に前記クリアランスを通過して下方に流れるものである」との記載を取り上げ、明細書記載の異物除去分離の効果は、本件発明において達成され得ないと主張する。 しかし、その主張に理由がないことは、既に説示したところから明らかである。 原告は、生海苔の異物分離において実際に問題となる異物の大きさ、比重、異物の存在態様その他種々の観点から、本件明細書記載の効果は得られないというが、 その主張は、結局、本件明細書の実施例のものでは異物分離除去の効率が悪くて実用に向かないということに尽きるものである。特許法36条4項は、当業者が容易に発明の実施をすることができる程度の開示を要求しているが、商業的に効率のよい実施ができるための条件の開示までも要求しているものではない。この点に関する原告の主張は失当である。 イ 本件発明について、特許法36条5項違反をいう原告の主張は、その理由とするところが必ずしも明確ではないが、本件明細書の特許請求の範囲が「発明の構成に欠くことのできない事項」の記載に欠けるということはできないことは、既に説示したところから明らかである。原告の主張は失当である。 (3) 結論 以上のとおり、原告主張の取消事由1は理由がない。 2 取消事由2(「僅かなクリアランス」について具体的数値の記載がないことによる特許法36条4項違反)について 原告は、「当業者であれば「僅かなクリアランス」とはどれくらいのものになるかは容易に決定できる事項である。」とした審決の判断は誤りであり、比重の大きい異物を遠心分離し、比重の小さい異物を分離できるクリアランスの大きさを決めることは至難の業であると主張する。 しかし、実用上異物の分離除去ができるクリアランスの大きさ(幅)は、生海苔混合液に含まれる海苔の種類、量、状態、異物の種類(原料となる生海苔の産地、 採取条件等によって異なり得る。)といった要素に加えて、回転板の回転速度、吸引装置を使用するか否か等の各種条件によって当然異なるものであるから、クリアランスの大きさは、元来、具体的数値をもって特定し難いものであり、また、具体的数値で特定することが適切であるともいえないものである。 本件明細書には、「僅かなクリアランス」について、具体的数値の記載はないものの、クリアランスの作用、効果についての本件明細書の記載(【0009】、前記1(1)アのD)及び効果の記載(【0028】、【0029】、同E、F)を参酌すれば、当業者にとってクリアランスがおよそどの程度のものであるかは容易に理解し得ることであり、本件発明の実施に当たり、異物分離に適したクリアランスを決めることも、当業者であれば、ある程度の試行錯誤をすれば容易になし得ることであると考えられる。本件発明を実施するに当たって「僅かなクリアランス」の大きさを決めることに原告の主張するような多大な困難があるとは本件全証拠によっても認めることができない。 したがって、原告主張の取消事由2も理由がない。 3 結論 以上のとおり、原告主張の取消事由1、2はいずれも理由がないから、原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 古城春実 |
裁判官 | 田中昌利 |