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関連審決 異議2000-74161
関連ワード 発明者 /  製造方法 /  一致点の認定 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  出願公開 /  技術常識 /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 182号 特許取消決定取消請求事件
原告 セイコーエプソン株式会社
訴訟代理人弁理士 西川慶治
同 木村勝彦
同 上柳雅誉
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 砂川克
同 鈴木秀幹
同 大野克人
同 宮川久成
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/09/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が異議2000−74161号事件について平成14年2月27日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「インクジェット式記録ヘッド,圧電振動体,及びこれらの製造方法」とする特許第3041952号(平成2年11月30日出願,平成12年3月10日設定登録。以下,この発明を「本件発明」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。その後,本件特許につき特許異議の申立てがされ,この申立ては,異議2000-74161号事件として特許庁に係属した。特許庁は,上記事件につき審理した結果,平成14年2月27日,「特許第3041952号の請求項1ないし4に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年3月18日,原告に送達された。
2 本件発明の要旨(以下,【請求項1】〜【請求項4】に係る発明を,順次「本件発明1」〜「本件発明4」という。) 【請求項1】圧電材料と導電材料とをそれぞれ層状に交互に積層し,それぞれが一端側が基台に固着され,他端側を自由端とした複数の圧電振動体と,ノズル開口に連通するインク溜部を形成する流路形成部材とを備え,前記圧電振動体の前記自由端側の先端により前記インク溜部の容積を膨張,収縮させるように,前記流路形成部材と前記基台とを固定部材を介して固定してなるインクジェット式記録ヘッド。
【請求項2】前記流路形成部材が,ノズルプレート及び振動板により構成され,前記インク溜部が少なくとも前記ノズルプレートと前記振動板との一方に形成された凹部により構成されている請求項1に記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項3】前記流路形成部材が,ノズルプレート,スペーサ,及び振動板とにより構成され,前記インク溜部が少なくとも前記スペーサに形成された凹部により形成されている請求項1に記載のインクジェット式記録ヘッド。
【請求項4】前記ノズル開口が,前記圧電振動体の前記自由端の先端面と非対向な位置に形成されている請求項1に記載のインクジェット式記録ヘッド。
3 本件決定の理由 本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明1ないし本件発明4は,本件出願の日前の他の出願であって,その出願後に出願公開された特願平2-15807号の願書に最初に添付した明細書(以下「先願明細書2」という。)に記載された発明(以下「先願発明2」という。)と同一であると認められ,かつ,本件発明1ないし本件発明4の発明者が先願発明2の発明者と同一であるとも,また,本件出願時に,その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないから,特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができず,本件発明1ないし本件発明4についての特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであって,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項により,取り消されるべきものとした。
原告主張の決定取消事由
1 本件決定は,本件発明1ないし本件発明4と先願発明2の一致点の認定を誤った(取消事由)結果,本件発明1ないし本件発明4と先願発明2とが同一であり,特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができないとの誤った判断をしたものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(一致点の認定の誤り) (1) 本件決定は,先願明細書2(甲3)の記載について,「e.第3図には,基板1上に圧電素子の凸部4が並んで配置されているとともに,基板1上の右端に他より幅広の圧電素子2が図示されており,この圧電素子2にインクタンクとインク供給部とを結ぶ穴が図示されている。上記記載eからみて,他より幅広の圧電素子2は基板1と振動板8との間で『支柱』となっている」(決定謄本4頁[先願明細書2])と認定した上,「先願発明2の・・・『支柱』・・・は・・・本件発明1の・・・『固定部材』・・・に相当する」(同5頁2-4)と認定するが,誤りである。
(2) 先願明細書2の圧電素子2と基板の全体構造を示す第3図(以下「第3図」という。)は,振動板8,加圧室形成部材9,ノズルプレート10が取り外された状態で示され,第3図から,振動板8,加圧室形成部材9及びノズルプレート10と圧電素子2との取付け関係は全く不明である。
一方,先願明細書2の第1図(以下「第1図」という。)には,振動板8,加圧室形成部材9,ノズルプレート10及び圧電素子2が,ヘッド部を構成するように一体に組み付けられた状態が示されている。第1図は,加圧室5,ノズル6の断面構造を示すものであるから,圧電素子2についての断面と対応させると,幅広に形成された圧電素子2以外の圧電素子の中心での断面構造であることは明らかである。このことから,第1図において符号2として示されている部材は,スリットを形成する以前の圧電素子を意味するか,又は符号4として示されるべきものであって,換言すれば,第1図において符号2により示された部材と,第3図において幅広に形成された圧電素子2とは,スリット3を形成する以前の状態での圧電素子としては一致するかもしれないが,その機能を踏まえて判断する場合には,同一ということはできない。
先願明細書2の第4図(以下「第4図」という。)には,圧電素子2の断面構造が示されており,中心部及び両側は一方の電極だけが配置されていて非変位領域が形成され,これらに挟まれる中央部だけに複数の電極が対向するように設けられた変位領域が形成されている。そこで,第1図を見ると,加圧室形成部材9は,圧電素子2の中心及び両側で接する構造となっており,圧電素子2の非変位領域で支持され,同一の圧電素子2の中央部の変位領域の変位を受けて,インクをノズルから吐出させるものである。すなわち,先願発明2は,圧電素子の中央及び両側に非変位領域を形成し,圧電素子の非変位領域を介して振動板8,加圧室形成部材9,ノズルプレート10を固定し,同一の圧電素子の変位領域によりインクを吐出させるものである。そうすると,第3図の符号2により示された幅広の圧電素子が本件発明1の「固定部材」と同等の機能を有するとはいえないばかりか,従来技術を勘案しても,同等の機能を有するものと推認することはできない。
その他,先願明細書2には,幅広の圧電素子2により加圧室形成部材9を支持した状態を明確に示す図や記述が存在しない以上,幅広の圧電素子2が本件発明1の「固定部材」に相当するとした本件決定の認定は誤りである。
(3) 先願明細書2には,振動板8と圧電素子2が積層されていると記載されているだけで,固定されているとは記載されていない。圧電素子2に設けられたインクタンクとインク供給部とを結ぶ孔とインク供給部との間でインク漏れを防止するためには,圧電素子2と振動板8との間に接続部材,例えばパッキンが介装されていれば十分であり,固定されていることが必要ではないことは,技術常識である。
また,積層された二つの部材を固定する場合,二つの部材の外側から積層方向に押圧する手段を用いることも多用されている。
「積層体」とは,複数の部材を積み重ね,かつ,各部材を相互に固定して形成された一つのものであるが,「積層」は,これと異なり,積み重ねることを意味するが相互に固定されていることまでは意味しない。
(4) 本件決定は,本件発明2〜本件発明4についても,先願発明2と同一であると認定するが(決定謄本5〜6頁2-4),請求項2〜請求項4は,いずれも,請求項1を引用するものであるから,本件発明1と同様,上記認定は誤りである。
被告の反論
1 本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の本件決定取消事由は理由がない。
2 取消事由(一致点の認定の誤り)について (1) 第1図の符号2の部材と第3図の幅広の圧電素子2とが同一でないことは明らかであって,本件決定においても,これを区別して判断している。すなわち,圧電素子に付された符号2については,先願明細書2の記載を勘案すると,基板1の上面に積層された全体としての圧電素子を表示しているのであり,スリット3形成後の圧電素子について,別の符号を付すこともできたが,先願明細書2では,これを付さなかったものと考えられる。そのように解すると,技術常識に照らし,第1図において符号2として示された部材は,実際にインク噴射に寄与する圧電素子部を指すものであり,第1図及び第3図のように,圧電素子に符号2を付すことに別段問題はない。
先願発明2の積層圧電素子は,スリット3の長手方向とアレイ方向に垂直な方向に電界をかけることにより,電界と同方向に厚み変位する。すなわち,第4図(b)のような積層圧電素子は,その下部が基板1に固定され,個別電極11,共通電極12間に電圧が印加されることにより,その上面が自由端として上下に伸縮可能となっており,この自由端が振動板8に作用し,必要なノズル6からインクが噴射されるものである。また,先願明細書2の第2図(以下「第2図」という。)において,加圧室形成部材9の外形全面に振動板8が設けられていると考えるのが普通であり,加圧室形成部材9と振動板8との空間部にインクが貯留されるインク供給部7が形成されるもので,第2図(a)の図面上でその上方に位置するインク供給部7の共通液室に対応する部位に,第3図に示された他より幅広の圧電素子2の設けられたインクタンクとインク供給部とを結ぶ穴が共通液室に連結すべく設けられていると考えるのが技術的にも当然のことである。そして,振動板8を通過してインクタンクからインクを供給するためには,インクの漏れ等を防ぐ意味からも,他より幅広の圧電素子2と振動板8とは固定されていると考えるのが自然である。その際,振動板8と基板1との関係で見ると,他より幅広の圧電素子部2は,両者を結びつける部材,すなわち,「支柱」ないし「固定部材」となっているものである。
(2) 先願発明2に係る従来技術においては,インクジェットヘッドを構成する各部材は,単に積層されているだけでなく,相互に接着固定されているのである。
また,一般に,積層体とは,複数の部材が単に積み重ねられているのではなく,複数の部材相互が関連付けられているものである。したがって,先願発明2においても,同様に,インクジェットヘッドを構成する各部材は,単に積層されるだけではなく,相互に必要箇所で接着固定されていると解するのが自然である。
(3) 原告は,本件発明1が先願発明2と同一でないことを前提に,本件発明2〜本件発明4もこれと同一でないと主張するが,本件発明1に係る本件決定の上記認定が誤りでない以上,原告の本件発明2〜本件発明4についての主張も理由がない。
当裁判所の判断
1 取消事由(一致点の認定の誤り)について (1) 本件特許出願の願書に添付した明細書(甲2,以下「本件明細書」という。)には,以下の記載がある。
ア 特許請求の範囲の【請求項1】 「固定部材」について,「前記圧電振動体の前記自由端側の先端により前記インク溜部の容積を膨張,収縮させるように,前記流路形成部材と前記基台とを固定部材を介して固定してなる」との記載がある。
イ 発明が解決しようとする課題 「圧電振動体は,インク溜部を構成する流路形成部材が固定されている固定部材にノズル開口のピッチに合わせて固定する必要があるが,圧電振動体のサイズが小さいため組立て作業が困難であるという問題がある。・・・本発明は,このような問題に鑑みてなされたものであって,その目的とするところは圧電振動体の取付け強度を大きくする・・・ことである」(5欄) ウ 課題を解決するための手段 「このような問題を解消するために本発明においては・・・圧電振動体の前記自由端側の先端により前記インク溜部の容積を膨張,収縮させるように,前記流路形成部材と前記基台とを固定部材を介して固定するようにした」(5欄) エ 作用 「圧電振動体が基台に固着されているため,基台の強度により圧電振動体に大きな強度を必要とすることがなく,また基板を介して流路形成部材に圧電振動体を位置決めできるため,固定部材と基台の位置を調整することにより流路形成部材に対して圧電振動体を正確に位置決めすることができる」(5〜6欄) オ 発明の効果 「本発明においては・・・圧電振動体の自由端側の先端によりインク溜部の容積を膨張,収縮させるように,流路形成部材と基台とを固定部材を介して固定したので,基台を固定部材に相対的に位置調整することにより圧電振動体を流路形成部材に高い位置精度で当接させることが可能となり,また基台に圧電材料板の一端部側を固着した状態で歯割加工してから,固定部材に位置決めできる」(16欄) 「基台と固定部材とが別部材として構成できるため,それぞれの目的に合致した材料,つまり基台には圧電振動体からの反力を受け止めるに十分な剛性の高い材料を,また固定部材には射出成形等により製造することが可能な高分子材料を選択することができ・・・る」(16欄) (2) 以上の本件明細書の記載を総合すると,本件発明1は,圧電振動体の取付け強度を大きくするため,圧電振動体の自由端側の先端によりインク溜部の容積を膨張,収縮させるように,流路形成部材と基台とを固定部材を介して固定するようにしたことにより,圧電振動体に大きな強度を必要とすることがなく,また,固定部材と基台の位置を調整することにより流路形成部材に対して圧電振動体を正確に位置決めすることができるものである。また,本件発明1は,基台を固定部材に相対的に位置調整することにより圧電振動体を流路形成部材に高い位置精度で当接させることができるという効果を奏するものであり,さらに,基台と固定部材それぞれの目的に合致した材料として,例えば,固定部材に高分子材料を選択することができるという効果も奏するものと認められる。
(3) 一方,先願明細書2(甲3)には,以下の記載がある。
ア 特許請求の範囲 「基板の上面に圧電素子を積層し,該圧電素子に複数の平行なスリットを形成して,該スリット間の各圧電素子の凸部に対応して上面に複数の加圧室を形成・・・することを特徴とするインクジェット記録装置」(1頁左下欄) イ 構成 「基板1の上面に圧電素子2を積層し,該圧電素子2に複数の平行なスリット3を形成して,該スリット間の各圧電素子の凸部4に対応して上面に複数の加圧室5を形成し」(2頁右上欄) 「第1図は,本発明によるインクジェット記録装置の一実施例を説明するための構成図で,図中,1は基板,2は圧電素子,3はスリット,4は圧電素子の凸部,5は加圧室,6はノズル,7はインク供給部,8は振動板,9は加圧室形成部材,10はノズルプレート,15はノズル側流路である。基板1,圧電素子2,振動板8,加圧室形成部材9とノズルプレート10が積層されている」(2頁右上欄〜左下欄) 「第3図は,スリット加工された圧電素子の斜視図である。第1図のように振動板8を用いても良いが,スリット部に弾性体を充填して振動板を用いないで積層しても良い」(2頁左下欄) ウ 第3図 第3図には,基板1上にスリット3及び圧電素子の凸部4が交互に並んで配置されているとともに,基板1上の右端に圧電素子の凸部4より幅広の部分が圧電素子2として図示され,この圧電素子2にインクタンクとインク供給部とを結ぶ穴が図示されている。
エ 第1図 第1図には,振動板8,加圧室形成部材9,ノズルプレート10及び圧電素子2が,ヘッド部を構成するように一体に組み付けられた状態が示されている。第1図において,基板1上に圧電素子2が,その上に順次,振動板8,加圧室5及び加圧室形成部材9,ノズル6が図示されている。また,加圧室形成部材9は,圧電素子2の中心及び両側で接する構造となっている。
オ 第4図 第4図には,圧電素子2の断面構造が示されており,中心部及び両側は一方の電極だけが配置されていて非変位領域が形成され,これらに挟まれる中央部だけに複数の電極が対向するように設けられた変位領域が形成されている。
(4) 以上の先願明細書2の記載を総合すれば,以下の事実を認定することができる。
先願発明2は,基板1の上面に圧電素子2を積層し,該圧電素子2に複数の平行なスリット3を形成して,該スリット間の各圧電素子の凸部4に対応して上面に複数の加圧室5を形成することを特徴とするインクジェット記録装置である。
振動板8,加圧室形成部材9,ノズルプレート10及び圧電素子2が,ヘッド部を構成するように一体に組み付けられ,加圧室形成部材9は,圧電素子2の中心及び両側で接する構造となっており,圧電素子2の非変位領域で支持されて,同一の圧電素子2の中央部の変位領域の変位を受けて,インクをノズルから吐出させるものである。すなわち,先願発明2は,圧電素子の中央及び両側に非変位領域を形成し,圧電素子の非変位領域を介して振動板8,加圧室形成部材9,ノズルプレート10を固定し,同一の圧電素子の変位領域によりインクを吐出させるものである。
第3図には,基板1上にスリット3及び圧電素子の凸部4が交互に並んで配置されているとともに,基板1上の右端に圧電素子の凸部4より幅広の部分が圧電素子2として図示されている。そうすると,第3図の符号2により示された幅広の圧電素子2は,たまたま圧電素子2にスリット3を形成したことにより生じた部分であって,独立した部材として構成されているということはできず,上記幅広の圧電素子2が,本件決定の認定(決定謄本4頁18行目〜19行目)するように,基板1と振動板8との間で「支柱」すなわち「ささえる柱・棒。つっかい柱。つっぱり。」(広辞苑第3版)となっているということもできいばかりか,他の圧電素子2と材質及び作用効果において異なるところはなく,基台を固定部材に相対的に位置調整することにより圧電振動体を流路形成部材に高い位置精度で当接させることができるとか,固定部材の目的に合致した材料として高分子材料を選択することができるなど,本件発明1の「固定部材」が奏するような効果も有しない。
(5) 被告の主張は,以下のとおり,採用することができない。
ア 被告は,第1図の符号2の部材と第3図の幅広の圧電素子2とが同一でないことは明らかであるとか,圧電素子に付された符号2は基板1の上面に積層された全体としての圧電素子を表示していると主張する。しかしながら,上記認定のとおり,先願明細書2によれば,第3図の他より幅広の圧電素子2は,たまたま圧電素子2にスリット3を形成したことにより生じた部分であって,その意味においては,圧電素子2と同一の部材であるというべきである。また,その材質及び効果において第1図の符号2の部材が圧電素子2の他の部分と異ならないことも,上記認定のとおりである。
イ 被告は,また,振動板8を通過してインクタンクからインクを供給するためには,インクの漏れ等を防ぐ意味からも,他より幅広の圧電素子2と振動板8とは固定されていると考えるのが自然であるとし,その際,他より幅広の圧電素子2は,振動板8と基板1を結びつける部材,すなわち,「支柱」ないし「固定部材」となっているとも主張する。確かに,第3図に,他より幅広の圧電素子2とその下の基板1にインクタンクとインク供給部とを結ぶ穴が図示されているところからすれば,他より幅広の圧電素子2とその下の基板1とはその機能上「固定」されていると認識するのが技術常識であり,また,振動板8と加圧室形成部材9及びノズルプレート10がそれぞれ「固定」されていることは上記のとおりである。
しかしながら,先願明細書2には,振動板8と圧電素子2が「積層」されていると記載されており,これが被告主張のように「接着固定」を意味するとしても,振動板8に代えてスリット部に弾性体を充填して積層してもよいとの記載もあることは上記のとおりであって,インクタンクとインク供給部とを結ぶ上記の穴とインク供給部との間でインク漏れを防止するには,圧電素子2と振動板8との間にパッキン等の接続部材を介装することも当業者の想到し得るところである。そうすると,他より幅広の圧電素子2が振動板8と基板1を結びつけているとしても,このことから直ちに,これが本件発明1における「固定部材」に一致するということはできない。本件発明1における「固定部材」に一致するというためには,材質,効果等において一致することを要するが,先願発明2の他より幅広の圧電素子部2がこれらの点において異なることは,上記のとおりである。
(6) したがって,先願発明2の「他より幅広の圧電素子2」を「支柱」であるとした上,これが本件発明1の「固定部材」に一致するとした本件決定の認定は誤りであるから,請求項1を引用する本件発明2〜本件発明4に係る本件決定の一致点の認定も,同様に誤りというべきである。
2 以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由があり,この誤りが本件決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,本件決定は取消しを免れない。
よって,原告の請求は理由があるからこれを認容し,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 長沢幸男