関連審決 | 不服2001-3967 |
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関連ワード | 頒布された刊行物 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 周知技術 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 発明の概要 / 着想 / 参酌 / 技術的意義 / 置き換え / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 加工 / 交換 / 構成要件 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / 国際公開 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
247号
審決取消請求事件
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原告 三洋電機株式会社 同訴訟代理人弁理士 松永真季 被告 特許庁長官今井康夫 同指定代理人 城戸博兒 同 大野覚美 同 大野克人 同 涌井幸一 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/09/22 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 特許庁が不服2001−3967号事件について平成14年3月29日にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 (1) 原告の請求を棄却する。 (2) 訴訟費用は原告の負担とする。 |
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前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成6年12月19日,発明の名称を「圧縮機用電動機の回転子」とする発明につき特許出願(平成6年特許願第334435号。以下「本件出願」といい,この出願に係る発明を「本願発明」という。)をした。原告は,平成12年11月21日付け手続補正書により,本願発明に係る明細書の全文を補正した。本件出願について,特許庁は,平成13年2月13日付けで特許を拒絶すべき旨の査定をした。原告は,上記拒絶査定を不服として,平成13年3月15日,これに対して審判を請求した(甲1,2,弁論の全趣旨)。 (2) 特許庁は,上記審判請求を不服2001-3967号事件として審理した上,平成14年3月29日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は同年4月15日に原告に送達された(甲1,弁論の全趣旨)。 2 本願発明の要旨は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本願発明1」という。甲2)。 【請求項1】 複数枚の回転子用鉄板を積層した回転子鉄心と,この回転子鉄心の外周側に回転軸の軸方向に沿って設けられる少なくとも4以上の挿入孔と,これら挿入孔に挿入される磁性体とからなる回転子において,前記回転子鉄心の両端面に設けられ前記挿入孔を塞ぐ端面部材と,前記両端面部材と回転子鉄心とを回転軸方向に沿って貫き前記挿入孔の内側に設けられる複数の貫通孔と,前記貫通孔を用いて前記両端面部材と前記回転子鉄心とを一体に成すリベットとを備え,前記回転子用鉄板は,前記回転子用鉄板を互いに積層しかしめるかしめ部が前記貫通孔とほぼ同心円上でかつ前記それぞれの挿入口の間に配置されると共に,前記各かしめ部は,隣接する前記磁性体間に渡って形成される磁路に沿うように形成され,更に,前記両端面部材及び回転子鉄心を貫く複数の孔が前記かしめ部の回転軸側に設けられていることを特徴とする圧縮機用電動機の回転子。 【請求項2】 前記回転子は,前記リベットで固定されるバランスウエイトを備えていることを特徴とする請求項1に記載の圧縮機用電動機の回転子。 3 本件審決の理由の要旨は,次のとおりである(甲1)。 (1) 本願発明1と特開平5-284680号公報(甲3。以下「引用例1」という。)に開示された発明(以下「引用例1発明」という。)とを対比すると,両者は「複数枚の回転子用鉄板を積層した回転子鉄心と,この回転子鉄心の外周側に回転軸の軸方向に沿って設けられる4つの挿入孔と,これら挿入孔に挿入される磁性体とからなる回転子において,前記回転子鉄心の両端面に設けられ前記挿入孔を塞ぐ端面部材と,前記両端面部材と回転子鉄心とを回転軸方向に沿って貫き前記挿入孔の内側に設けられる複数の貫通孔と,前記貫通孔を用いて前記両端面部材と前記回転子鉄心とを一体に成すリベットとを備えた電動機の回転子。」との点で一致し,@本願発明1の回転子用鉄心板が,回転子用鉄心板を互いに積層してかしめるかしめ部が貫通孔とほぼ同心円上でかつそれぞれの挿入孔の間に配置されると共に,各かしめ部は,隣接する磁性体間に渡って形成される磁路に沿うように形成されているのに対し,引用例1発明はかかる構成を備えていない点(以下「相違点@」という。),A本願発明1が両端面部材及び回転子鉄心を貫く複数の孔を有し,該孔がかしめ部の回転軸側に設けられているのに対し,引用例1発明がかかる孔を備えていない点(以下「相違点A」という。),B本願発明1の回転子が圧縮機用電動機の回転子であるのに対し,引用例1発明の回転子がその電動機につき用途が示されていない点(以下「相違点B」という。),で相違する。 (2) 相違点について検討する。 ア 相違点@について 国際公開第92/07408号パンフレット(甲5。以下「引用例3」といい,引用例3に開示された発明を「引用例3発明」という。)の9図は,界磁用永久磁石を4つ配置する例を示すものであることは図示された態様から明らかであり,また,この4つの界磁用永久磁石の間に位置するものとして示されている長方形は,引用例3の1図,2図に関する記載を参酌すれば,隣り合うけい素鋼板のカシメを意味すると解するのが自然であり,そうすると,引用例3は「各かしめ部は,隣接する磁性体間に渡って形成される磁路に沿うように形成され,」との構成を示すものということができる。 もっとも,引用例3はそのカシメを貫通孔とほぼ同心円上に配置し,かつ,それぞれの挿入孔の間に配置することまで開示するものではない。しかしながら,この回転子用鉄板を互いに積層しかしめるかしめ部を貫通孔とほぼ同心円上でそれぞれの挿入孔に配置するという構成自体は,特開平5-328645号公報(甲4。以下「引用例2」といい,この引用例に開示された発明を「引用例2発明」という。)に示されているのであるから(但し,引用例2は「ほぼ同心円上」と説明するものではないが,図示された態様を見れば,ほぼ同心円上と解することができ,また,引用例2にはこのように解することを妨げる記載は存在しない。),引用例2,引用例3に接した当業者であれば,かかる構成を引用例1発明に適用しようとすることは容易に着想でき,そして,引用例1発明にはかかる適用を阻害すべき技術的理由は存在しない。 そうであれば,本願発明1の相違点@に係る構成は当業者が容易に想到できたものというべきである。 イ 相違点Aについて 本願発明1の相違点Aに係る「孔」とはどのような目的のために設けられているものなのか,請求項1の記載からは明らかではない。この点につき明細書の詳細な説明には,「更に,端面部材66,67(この数字は同明細書記載の実施例の説明図面に係る番号である。以下において,各部分名の次に記載の各番号はいずれも各発明に係る明細書等に記載の実施例の図面に係る各番号を指す。)と回転子鉄心26を貫く複数の孔61,64をかしめ部56〜59の回転軸6側に設けているので,圧縮機内部におけるオイルの移動が円滑に行われるようになる。」(段落【0011】)と記載されており,この記載を参酌すれば,本願発明1の相違点Aに係る「孔」はオイル通路を意味すると解するのが相当である(但し,当該記載からは,かしめ部の回転軸側に設けるとオイルの移動が円滑なのか必ずしも明らかとはいえない。)。 しかるところ,特開平5-122901号公報(甲6。以下「引用例4」といい,この引用例に開示された発明を「引用例4発明」という。)には電動機の回転子にオイル通路を形成するという構成が示されており,そして,オイル通路が回転軸側に形成されていれば,その部分より周速の大きい部分に形成されている場合に比べ,オイルの移動が円滑に行われることになることは当業者が技術常識として理解できることであり,オイルの移動が円滑に行われる限度でオイル孔を回転子のどの部分に設けるかは当業者の設計事項というべきである。 したがって,本願発明1の相違点Aに係る構成は当業者が容易に想到できたものである。 ウ 相違点Bについて 引用例3に,「とりわけ空気調和機のスクロール形圧縮機のモータのように,内部を冷媒等の流体が直接通過するようなモータでは,永久磁石回転子の永久磁石が冷媒と直接接触して腐蝕され,磁石の減磁によってモータの出力が減少したり,離脱した永久磁石の磁粉が機器の細部に詰まる等の問題があった。」(1頁26行ないし2頁2行)とも記載されているように,圧縮機用電動機は周知のものであるから,引用例1発明の電動機の回転子を圧縮機用電動機の回転子として使用することは当業者が容易に想到できたものというべきである。 エ そして,本願発明1が奏する作用効果は,引用例1ないし引用例4及び周知技術から当業者が予測できる範囲のものである。 |
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当事者の主張
(原告の主張する本件審決の取消事由) 本件審決は,引用例1の内容を誤認して本願発明1と引用例1発明との一致点の認定を誤り(取消事由1),相違点@,Aに係る構成の容易想到性についての判断を誤った結果(取消事由2,3,4),本願発明は引用例1ないし引用例4及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤った判断に至ったものであり,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(引用例1の記載内容の誤解と一致点の認定の誤り) ア 本件審決は,「引用例1には,「複数枚の回転子用鉄板を積層した回転子鉄心と,この回転子鉄心の外周側に回転軸の軸方向に沿って設けられる4つの挿入孔と,これら挿入孔に挿入される磁性体とからなる回転子において,前記回転子鉄心の両端面に設けられ前記挿入孔を塞ぐ端面部材と,前記両端面部材と回転子鉄心とを回転軸方向に沿って貫き前記挿入孔の内側に設けられる複数の貫通孔と,前記貫通孔を用いて前記両端面部材と前記回転子鉄心とを一体に成すリベットとを備えた電動機の回転子。」との発明が開示されている。」と認定している。 イ しかしながら,引用例1の段落【0012】,【0013】には,第1の実施例として,「鉄心積層体は回転軸用挿入口1,磁石用開口部2,固定用挿入口3が設けられた円盤状の鉄心抜板を多数枚積層させた第1の鉄心積層体19と,この第1の鉄心積層体の両端に磁石用開口部2の外周に形成されるリング部8のない図2に示すような鉄心抜板10を永久磁石5の面取り部分mに対向するような厚さに積層させた第2の鉄心積層体20とからなる。そして,この鉄心積層体4の両端の第2の鉄心積層体20の外周に,図3に示すような円筒状の缶体11を各々被せ,次に従来と同様の端板6を,缶体を鉄心積層体の両端に配置し,固定用リベット9を挿入しかしめて固定され,永久磁石式回転子が完成する。」と記載されている。 この記載によれば,上記回転子鉄心の両端は,挿入孔のない鉄心抜板(リング部8のない鉄心抜板10,図2)の積層体(第2の鉄心積層体20)であるので,回転子鉄心は区分された4つ以上の挿入孔を備えるものではない。また,回転子鉄心に缶体をはめ込んだ後も,鉄心抜板10にリング部8がないため回転子の上部及び下部外周は連続したドーナッツ状の空間となっており,挿入孔を構成するものではない。回転子鉄心の端面に挿入孔が構成されていない以上,端板6も挿入孔を塞ぐものではない。 ウ 上記のとおり,引用例1記載の回転子の上部及び下部外周は,回転子鉄心が区分された4つ以上の挿入孔を備えるものではなく,端板6が挿入孔を塞ぐ部材であるとは認められない。したがって,本件審決の上記アの認定は,引用例1の記載内容を正解しないものであり,この誤った理解を前提として引用例1発明と本願発明1とが前記第2の3(1)記載の点で一致するとした本件審決の認定も誤りである。 2 取消事由2(相違点@についての判断の誤り) 本件審決は,相違点@に係る構成は,引用例1に引用例2,3を適用することにより,当業者において容易に想到できたことであると判断したが,次に述べるとおり,この判断は誤りである。 (1) 本願発明1の「かしめ部」の位置及び形状 ア 本願発明に係る明細書の特許請求の範囲には,「回転子用鉄板を互いに積層しかしめるかしめ部が前記貫通孔とほぼ同心円上でかつ前記それぞれの挿入孔の間に配置される」,「前記各かしめ部は,隣接する前記磁性体間に渡って形成される磁路に沿うように形成され」と記載されている。 また,その発明の詳細な説明には,「また,各回転子用鉄板27・・・のかしめ部56〜59及び孔61〜64を各貫通孔47〜50間に配置したので,かしめ部56〜59を回転子鉄心26の外周側に位置させることができるようになる。従って,かしめによる回転子用鉄板27・・・の固定強度が向上する。ここで,上記配置によってかしめ部56〜59及び孔61〜64は磁界の中心部に移動することになるが,回転子用鉄板27のかしめ部56〜59や孔61〜64は,通常貫通孔47〜50に比して極小のギャップであるため,磁界に与える影響も少ない。」(段落【0030】),「また,各かしめ部56〜59は図7から明らかな如く隣接する磁性体45,45間に渡って形成される磁路に沿うように形成されているので,同じく磁界の乱れが生じ難くなり,これによっても電動機の出力特性が向上する。尚,実施例では4極の磁極を有した回転子に本発明を適用したが,それに限らず,例えば8極等,4極以上の電動機の回転子にも本発明は有効である。」(段落【0031】)との記載がある。 以上の記載によれば,本願発明1は,「かしめ部」を,「貫通孔とほぼ同心円上で,挿入孔の間に配置する」ことにより,かしめ部が回転子鉄心の外周側に位置することになり,回転子鉄心の固定強度が向上し,また,「磁路に沿うように形成する」ことにより,磁界の乱れが生じ難くなり,電動機の出力特性が向上するものということができる。 なお,「かしめ部」(及び「孔」)は磁界の中心部に位置することになるが,通常,貫通孔に比べてギャップが極小であるため,磁界に与える影響は少ないものである。 イ かしめには,凹凸による丸型(記号:○印,MACシステム,甲7)と,切れ目を押出した長方形型(記号:中央付近に折り目のある長方形,甲7,甲8)の2通りが,当業者の技術常識として知られている。 本願発明1の「かしめ部」は上記長方形型であり,これを磁路に沿うように配置することにより,その切れ目がギャップとなり,磁束が「かしめ部」で屈曲せずにそのまま進み磁路の乱れが生じにくいものとなっている。 (2) 引用例1に引用例2,3を適用して相違点@に係る構成を想到することの困難性 ア 引用例3(甲5:FIG2,8,9)には,4つの永久磁石の間に「長方形」の図が示され,これらには「カシメ4」との付記がされている。しかし,「長方形」の作図記号には折り目がない点から見て,図示の「カシメ」は本来は丸型の凹凸を単に「長方形」の凹凸としたものにすぎず,上記長方形型(切れ目あり)とは異なり,押出し量が少なくて磁束を長手方向へ整流する効果が弱く,磁束の乱れを招くものである。 引用例3に記載の「カシメ4」は,仮に「磁路に沿うように形成され」たとしても,本願発明1の「かしめ部」の作用効果を奏するものではなく,本願発明1の「各かしめ部は,・・・磁路に沿うように形成され,」との構成を示すものではない。 なお,引用例2の図1等に記載の「カシメクランプ部11」は,磁路を遮る向きに構成されており,この構成では磁路の乱れが生ずることが容易に想到される。引用例2も,本願発明1の「各かしめ部は,・・・磁路に沿うように形成され,」との構成を示すものではない。 イ 本件審決は,引用例2,3に接した当業者であれば,かしめ部を貫通孔とほぼ同心円上に配置し,かつ,それぞれの挿入孔の間に配置する構成を引用例1発明に適用しようとすることは容易に着想できると判断している。 しかしながら,引用例1には,「かしめ部」の開示がない(図5の「○14」は「突起」であって,「かしめ部」ではない。)のであって,その開示がない以上,引用例2,引用例3の「かしめ」又は「カシメ」を引用例1に適用することは,単なる設計事項ではなく,組合せであり,組合せの阻害要因がないかどうかについて検討がなされるべきである。 この観点からみるに,引用例1には「複数の突起14とからなる円盤状の鉄心抜板15を多数枚積層して突起14により抜板15どうしに間隙を有する鉄心積層体4」(段落【0016】,図7)との記載があり,この記載から,抜板15と同抜板の間には突起14による間隙があることがわかるが,引用例1に「かしめ部」を設けるとその間隙をつぶしてしまうことになる。 したがって,引用例1には,かしめ技術の適用を妨げる阻害要因があるというべきである。 ウ 本願発明1の特徴は,圧縮機用電動機の回転子に4以上の挿入孔と,この挿入孔に挿入される磁性体と,回転子の両端面に開口する挿入孔を塞ぐ端面部材とを備え,密な磁路が形成される圧縮機用電動機の回転子に対し,磁気抵抗や磁気ギャップとなって磁束の流れを乱し磁束の減少につながる3つの構成要素,すなわち「貫通孔」,「かしめ部」と「孔」を設けた場合でも,有効磁束の減少による電動機の出力低下を抑制できるところにある。「貫通孔」と「かしめ部」と「孔」を回転子に設けることは,それぞれの構成要素による利益がある反面,有効磁束の減少を招く点で不利益があり,総和として不利益が勝った場合には性能が劣ることになり,当業者は本願発明1の構成を採用しないのが通常である。本願発明1は当該3つの構成要素の配置を,3つの構成要素及び磁路を形成する構成要素の各々と相互に関連させた状態で構成することにより,それぞれの構成要素による利益を増し(組み立ての容易性や,かしめの固定強度向上や,オイル移動の円滑化)つつ,同時に磁路の乱れを減じ,3つの構成要素すべてを回転子上に設けることが合理的であると当業者が判断できる域に到達させたものである。 しかるに,引用例3は「貫通孔」及び「孔」を備えておらず,「カシメ」の位置は,「貫通孔」や「孔」との相互関係を考慮したものではない。 また,引用例1ないし3のいずれにも,本願発明1の「孔」に該当する記載がなく,したがってまた,「かしめ部」,「貫通孔」,「孔」の各構成要素を適切に配置して,磁界に与える悪影響を抑えると同時に,各構成要素の機能を向上させ,電動機の出力低下を招かないようにするという課題を提起する記載,当該課題解決のための方策を示唆する記載もない。すなわち,上記のいずれの引用例も,「貫通孔」と「かしめ」と「孔」の3つの構成要素,及び磁路を形成する構成要素,の各々を相互に関連させた状態で構成する思想及び当該構成による作用効果を開示するものではない。 エ したがって,相違点@に係る構成が,引用例1に引用例2,3を適用することにより,当業者において容易に想到できたものであるとした本件審決の判断は誤りである。 3 取消事由3(相違点Aについての判断の誤り) 本件審決は,引用例4には電動機の回転子にオイル通路を形成する構成が示されており,オイルの移動が円滑に行われる限度でオイル孔を回転子のどの部分に設けるかは当業者の設計事項というべきであるとして,相違点Aに係る構成は当業者が容易に想到できたものである旨判断したが,次に述べるとおり,この判断は誤りである。 (1)ア 本願発明1は圧縮機用の同期電動機に関するものであり,その回転子は,積層した鉄板をかしめ等で一体化した鉄心に磁性体を挿入したものであるのに対し,引用例4発明は油圧装置用の誘導電動機に関するものであり,その回転子は,鉄板を積層したものでも,かしめ等で一体化したものでもない。このように,両者は,回転子の構成が異なるものであって,引用例1に引用例4の「通路25」(オイル孔)と「オイルの移動が円滑に行われる限度でオイル孔を回転子のどの部分に設けるか」という設計事項を適用すれば,相違点Aに係る構成が得られるというものではない。 本件審決の上記判断においては,引用例4の「通路25」を圧縮機用電動機の回転子に設けることの容易想到性について,論理付けがなされていない。上記判断は論理的根拠を欠き誤りである。 イ 以下に述べるとおり,引用例1に引用例4を適用して相違点Aに係る構成に至ることは困難というべきである。 (ア) 引用例1の回転子は,前記のとおり,「突起14により抜板15どうしに 隙間を有する」(段落【0016】)構成である。このような鉄心積層体4に引用例4の「通路25」(オイル孔)を組み合わせると,抜板間の隙間を伝ってオイルが円周方向へ飛ばされてしまい充分なオイル移動を確保できない。引用例1は,回転子に「孔」を組み合わせる動機付けを欠くものである。 (イ)a 本願発明1の圧縮機では,容器下部のオイル溜まりにあるオイル(潤滑油)がシャフト等を通じて機械摺動部に供給され,冷媒と共に上部の吐出管22に向かって吹き上げられ,容器内は,気化した冷媒とミスト状オイルとの混合気体が循環する。オイルはミスト状態のままで圧縮機内を循環するとともに,一部は冷媒から分離して液相状態となり,容器内壁や隙間等を伝ってオイル溜まりに落下し回収されるという移動過程を繰り返す。本願発明1の「孔」は,容器下部へのオイル移動を円滑にし回収を促進する作用をもつものである。 これに対し,引用例4には,@「以上に記載した全ての構成部材は1つのハウジング内に収容されており,油圧流体に浸された状態で作動する」(段落【0003】),A「電動モータのロータ15は回転され,2つのポンプ20,21はハウジング11の内部から流体を引き込むようにされ,・・・矢印で示したようにして,ステータ14の辺りからハウジング11の内側表面との間の空間24を通り,また,ロータ15の通路25を通ってエンドプレート12,13にある吸い込み通路26,27へ,そしてそれぞれのべーンポンプ20,21へと流れが確立される。」(段落【0008】),B「電動モータ駆動のインライン装置用の制御システムは,例えば,ポンプからの吐き出し流体の圧力及び流れを制御する電子的制御手段からなるものであり,これはハウジングに設けられてポンプ及びモータの作動特性を検出し,その関数として電子的な検出信号をもたらす複数のセンサと,この検出信号に応答してポンプの有効容量を変化させることによりポンプからの流体の圧力及び流れを制御する手段を含むものである。」(段落【0015】)との各記載がある。上記@ないしBの記載によれば,引用例4のロータは,油で満たされたハウジング内で使用されるものであり,ロータに形成された通路25は,圧力を伝える油圧流体を,圧力及び流れを制御した状態でべーンポンプに給送するための通路であることが明らかである。 b 上記aの相違点を考慮すれば,引用例4に,制御を受けた油圧流体をベーンポンプに給送する通路25が示されているからといって,この仕組みから,本願発明1の「孔」がもつ,オイル移動を円滑にし回収を促進する作用を予測できたとは考えられず,引用例1と引用例4を組み合わせることにより相違点Aに係る構成を想到することが容易であったということはできない。 (ウ) また,本願発明1に係る圧縮機は,圧縮空間に液相状態のオイルが入るとベーンが損傷することから,極端に液相状態のオイルの混入を嫌う装置である。これに対し,引用例4発明に係る油圧装置は,油圧流体に気相が混入するとキャビテーションの原因となり,装置性能を低下させることになることから,気相の混入を嫌うものであり,オイルに浸している状態でベーンポンプにオイルを送ることが前提条件となるものである。 引用例1に引用例4を単純に組み合わせるとすれば,磁界に悪影響を及ぼすのみならず,圧縮機用電動機を損壊するおそれを生じるものであり,この点において,両者の組合せには阻害要因があるというべきである。 ウ 要するに,相違点Aについての本件審決の判断は,引用例1と引用例4との組合せにつき,引用例4発明と圧縮機用電動機との相違点を看過し,その組合せの動機付けや阻害要因について考察することなくなされたものであり,誤りである。 (2) 被告は,本訴の段階で初めて提出した乙1ないし4の記載事項を用いて,オイルの通過孔を回転軸側に設けることは,引用例4や乙1ないし4に記載されているとおり,周知かつ技術常識にすぎない旨主張するが,乙1ないし4は,相違点Aに係る構成の容易想到性の判断に直接採用されるべきものではないので,失当である。 すなわち,本件審決は,相違点Aに係る構成につき,引用例4の記載をもって論理付けをしており,乙1ないし4に記載の「オイル通過孔」等が周知事項であることを基礎として容易想到性の判断をしているわけではない。一般的な技術水準(周知課題の立証など),又は引用例4の「通路25」の技術的意義を示すために乙1ないし4を用いるのであればともかく,乙1ないし4に記載の「オイル通過孔」等をもって相違点Aに係る構成の容易想到性を論ずることは,引用例4の差換えまたは新しい引用例の追加に該当する。審決取消訴訟において,実質的な新証拠に基づいて容易想到性の論理付けを行うことは許されるものではない。 4 取消事由4(本願発明1の容易相当性の判断について本件審決が採用した判断手法の誤り) (1) 本願発明1は,「貫通孔」,「かしめ部」及び「孔」の3つの要素のすべてを,磁路を考慮して各々相互に関連させた状態で配置することにより,各要素により利益を増しつつ磁路の乱れを減じ,上記3つの構成要素をすべて回転子上に設けることが合理的であると当業者が判断できる域に到達させたものである。 たとえ3つの構成要素それぞれに利益があるとしても,3つの構成要素すべてを回転子上に設けるという目的は,当該3つの構成要素の配置を,3つの構成要素及び磁路を形成する構成要素の各々と相互に関連させた状態で構成する,という他の構成要素との結びつきによってのみ達成されるのであり,かつ,当該構成要素を設けるためには常に付随的な問題となる不利益が発生するのであり,したがって,本願発明1の容易想到性を判断するに当たっては,これらの点を考慮して判断がなされなければならない。 しかるに,本件審決は,本願発明1の構成要件をいたずらに分節し,かかる目的を有しない各引用例の構成要素と個別的に対比するのみで本願発明1の容易想到性を判断し,その判断を誤ったものである。 (2) 次に述べるとおり,引用例1ないし4に基づいて,本願発明1が容易に想到できたことの論理付けはできないというべきである。 ア 本願発明1の特徴は,回転子という限られたスペースに密な磁路が走りかつ磁路のバランスが重視され,意図をもたずに構成を追加すると磁路の乱れ等が生じマイナスの効果が生じることが予測される特殊な環境の中で,磁気抵抗や磁気ギャップとなって磁界に悪影響を与える3つの構成,すなわち「貫通孔」,「かしめ部」,「孔」をすべて回転子上に設けた場合でも電動機の出力低下を最小限にしたところにあり,「貫通孔」,「かしめ部」,「孔」のすべての構成をそれぞれの作用がより高度になるようにし,同時に磁路の乱れを抑制して電動機の運転効率を向上させるという相反する2つの目的の両立を課題とし,その課題を解決する構成を見いだしたところにある。 イ 引用例4発明と本願発明1とはあまりに相違点が多く,引用例4の「通路25」は本願発明1のオイル移動を円滑にする「孔」に転用できるものではなく,さらに,引用例4に接した当業者が,本願発明1のオイル移動を円滑にする効果を予測することは不可能といっても過言でない。なお,引用例1ないし3にオイルの移動を円滑にする「孔」についての記載はない。 引用例1発明は,「突起14により抜板15どうしに隙間を有する鉄心積層体4を形成」しており,この鉄心積層体4に引用例4のオイル用の「通路25」を組み合わせてもオイルは鉄心積層体の隙間を伝って円周方向へ飛ばされ充分なオイルの移動が確保されない。引用例1発明においては,わざわざ磁路が密に通る鉄心自体に「孔」を穿つ利益は少ないばかりでなく,これをあえて設けることは磁路に与える悪影響を増すものであるから,引用例1発明と引用例4の「通路25」の組合せについては,組合せの動機付けを欠くというべきである。 引用例2発明は外缶式であり,同発明においては,磁石と磁石との間に回転軸の軸方向に貫通する連通孔が構成されている。当該連通孔の利用により,引用例4の「通路25」を組み合わせなくとも,既にオイルの移動は,円滑に行われていると考えられる。すなわち,本来的に,引用例2の回転子は,ヨーク鉄心上にオイルの通路を必要としない構成であることが明らかである。したがって,引用例2の回転子の磁路が密に通る鉄心自体にわざわざ「孔」を穿つ利益は少ないばかりでなく,これをあえて設けることは磁路に与える悪影響を増すものであるから,引用例2発明と引用例4の「通路25」の組合せは当業者にとって合理的ではなく,組合せの動機付けを欠くというべきである。 引用例3発明は,「孔」のみならず,磁界に与える悪影響がもっとも大きいと考えられる貫通孔をも欠くものであり,磁界に与える悪影響を抑えると同時に各構成要素の機能を向上させるために「貫通孔」,「かしめ部」,「孔」の各構成要素を連動させて配置するという動機付けをそもそも欠くというべきである。 (被告の反論) 本件審決の認定・判断は正当であり,原告の主張はいずれも理由がない。 1 取消事由1(引用例1の記載内容の誤解と一致点の認定の誤り)について (1)ア 本願発明に係る請求項1には,「複数枚の回転子用鉄板を積層した回転子鉄心と,この回転子鉄心の外周側に回転軸の軸方向に沿って設けられる少なくとも4以上の挿入孔と,これら挿入孔に挿入される磁性体とからなる回転子において」と記載されている。上記記載のとおり,本願発明1は,すべての「回転子用鉄板」に挿入孔が形成されていることを要件とするものではなく,本願発明1において,挿入孔が設けられるのは「回転子鉄心」であって「回転子用鉄板」ではない。 また,上記請求項1には,「前記回転子鉄心の両端面に設けられ前記挿入孔を塞ぐ端面部材」と記載されており,この端面部材が「回転子鉄心」の挿入孔を塞ぐものであって「回転子用鉄板」の挿入孔を塞ぐものではないことは明らかである。 イ 引用例1の図1の実施例は,積層鉄心の上下両端部を除く中間部分は,挿入孔(磁石用開口部2)が形成された鉄心抜板(図6)の積層体(第1積層体)から構成され,上下両端部に,リング部8のない鉄心抜板(図2)の積層体(第2積層体)が配置される(段落【0012】)。第2積層体の外周には,缶体11(図3)が被せられており(段落【0013】),第2積層体の4つの凹部と缶体11の内周面によって,第1積層体の挿入孔と同じ形状の孔が形成されることになる。この孔に磁性体が挿入されるとともに,孔は第1積層体上に配置される端板6により塞がれる。 引用例1の図4の実施例は,上記図1の実施例における端板6と缶体11を一体として端板6aとしたものである(段落【0015】)。この場合にも,第1積層体から第2積層体に渡って孔が形成され,これが第1積層体に配置される端板6aにより塞がれる。 なお,引用例1の図11の従来例は,すべての鉄心抜板に挿入孔(磁石用開口部2)が形成され,そして積層体に配置される端板6によって塞がれる。従来例は,回転子鉄心(挿入孔を含む。)及び端面部材において,本願発明1と悉く一致している。 ウ 以上のとおり,引用例1記載のいずれの実施例においても,回転子鉄心は挿入孔を有し,その挿入孔が端面部材により塞がれる構造であることは,明らかである。したがって,本願発明1と引用例1発明とは,「回転子鉄心の挿入孔を端面部材が塞ぐ」との構成で一致している。本件審決の一致点の認定に誤りはない。 (2) 原告は,引用例1の回転子の上部外周は連続したドーナツ状の空間となっており,区分された4つ以上の挿入孔を備えるものではなく,したがって,端面部材が挿入孔を塞ぐ構成ではない旨主張する。 ア 前記(1)のとおり,挿入孔は,上記の缶体11や円筒状突片部も含んで構成されるものである。そして,その挿入孔が塞がれていることは明らかである。原告主張は,缶体11(図1)や一体とした端板6aの円筒状突片部(図4)を無視したもので,当を得ない。 イ 原告の主張は,引用例1においては,第2積層体の外周部の4つの凸部が缶体11の内周面に達していない(引用例1の図2上,短く描かれている。)との前提に立ち,隣接する挿入孔は連通してドーナツ状の空間を形成することになるというものと考えられる。 しかし,上記図2は正確な寸法を表すものではない。引用例1の段落【0012】,【0013】の記載及び図1によれば,第2積層体は第1積層体からリング部8を省きこれに缶体11を被せたもので,リング部8をそのまま缶体11に置き換えたものに相当するから,第2積層体の部分でも各挿入孔は区分されており,ドーナツ状の空間が形成されることはない(引用例1の図4の実施例も同様である。)。原告のこの点に関する主張は失当である。 2 取消事由2(相違点@についての判断の誤り)について (1) 相違点@に係る構成が当業者において容易に想到できるものとした本件審決に誤りはない。 (2)ア 原告は,引用例1発明にかしめ部を設けることは,抜板どうしの間にある間隙をつぶしてしまうことになるため,引用例1発明には引用例2又は引用例3に示されたかしめ技術の適用を妨げる阻害要因が存在すると主張する。 しかし,本件審決が,引用例1発明の認定の基礎としたのは,同引用例の図4の実施例であって,同引用例の段落【0016】の記載及び図7の実施例を引用したのではない。したがって,抜板間の間隙の存在を根拠とした主張は,理由がない。 イ 原告は,引用例2の「カシメクランプ部11」は,磁路を遮る向きに構成されており,磁路の乱れを生じることが容易に想到され,引用例3には「貫通孔」及び「孔」がないため,かしめ部の位置は「貫通孔」や「孔」との相互関係を考慮したものではないと主張する。 しかし,本件審決が,引用例2を引用した趣旨は,かしめ部と貫通孔がほぼ同心円上に存在する構成が公知であることを示すためである。他方,磁路に沿うようにかしめ部を配置する技術思想は,後記のとおり,引用例3に示されており,このかしめ技術が引用例3に記載されている回転子鉄心にしか適用できず,本願発明1への適用を妨げる事情が存在するということはできない。 ウ 原告は,本願発明1の「かしめ部」は,切れ目を入れて押し出した長方形のかしめ部(甲8)を磁路に沿って形成したものであるところ,引用例3の長方形が示す「カシメ」は切れ目を入れたものではないと主張する。 (ア) まず,本願発明に係る請求項1には,本願発明1の「かしめ部」が切 れ目を入れて押し出した長方形の構造のかしめ部であることは何ら規定されておらず,発明の詳細な説明においてもその旨の記載はない。原告の主張は本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,誤りである。 仮に,本願発明1の「かしめ部」が上記構造のものであるとしても,甲8に「3,3は磁性板の磁路の方向(矢印で示してある。)にそって並べて設けた切断線」(2頁左上欄7〜9行),及び「切断線3,3と切断線相互間の部分を突出させた打出片4をそなえ,・・・磁性板の切断部が磁気回路にそって設けられ,磁束の通路を阻害せず,磁気特性に影響を与えることがない」(2頁左下欄13〜18行)と記載されているとおり,上記構造は周知技術にすぎないから,進歩性の根拠となるものでもない。 (イ) 引用例3のFIG8及びFIG9に「磁路」の図示はないが,磁性体の配置から見て,本願発明に係る明細書の図7に図示の磁路と同様の磁路が形成されるものと解される。そうすると,引用例3のFIG9に示される長方形が示す「カシメ」の長辺が磁路に沿っていることは明らかである。この点に関して,引用例3が本願発明1と異なることはない。 3 取消事由3(相違点Aについての判断の誤り)について (1) 原告は,本願発明1の「孔」は,冷媒と分離し落下するオイルのガス冷媒の雰囲気中での移動を円滑にし,容器下部へのオイルの回収を促進するための「孔」であるのに対して,引用例4の「通路25」は,油圧流体のみをべーンポンプに給送することを目的とするものであり,この相違点を考慮すれば,引用例4に制御を受けた油圧流体をベーンポンプに給送する「通路25」が示されているからといって,この仕組みから,本願発明1の「孔」がもつ,オイル移動を円滑にし回収を促進する作用を予測できたとは考えられず,引用例1と引用例4を組み合わせることにより相違点Aに係る構成を想到することが容易であったということはできない旨主張する。 ア 圧縮機用電動機は周知のものであり,かかる圧縮機用電動機に関しては,本件出願前に刊行された刊行物に次の記載がある。 特開昭62-118088号公報(乙1)には,「特に,スクロール圧縮機をインバータ駆動によって運転される場合には,上記油上がり現象が顕著となる。圧縮機の油上がり量が増加すると,圧縮機自体の信頼性はもとより,冷凍サイクル全体として(例えば熱交換器の伝熱性能や配管の圧力損失の増加等)性能及び信頼性を低下させる恐れがある。〔発明の目的〕 本発明は上記問題点に鑑みてなされたもので,密閉容器内の油を効率よく分離し,油の機外への流出を防止した圧縮機の構造を開示すると共に,冷凍装置全体の機能向上をはかった密閉形電動圧縮機を提供することを目的とする。」(2頁左上欄13行〜右上欄5行)と記載され,第1図に偏心穴26,27が示されるとともに,「ロータ上面の偏心穴26,27の開口位置は,下軸受部32の軸受面と同一の半径距離をとることが望ましい。」(3頁右上欄1〜3行)と記載されている。 また,特開昭63-314391号公報(乙2)には,「電動機室18内に分流する冷媒ガスに混合した潤滑油は,電動機室18でオイル分離され,その一部もロータ9のエンドリング内側の積層コアの上面に落下する。ロータ9のエンドリング内側の積層コアの上面に落下した潤滑油は,ロータ9の回転によって,エンドリング26の側面に沿って上方へ巻上げられ,電動機室18の冷媒ガスの流れに巻込まれ,吐出管19により外部に吐出される。一般に圧縮機内の潤滑油が外部へ吐出されることは避けえないが,吐出量が多くなるとシステムの能力を低下させ,また圧縮機内の潤滑油不足をきたすことにもなる。本発明は上記問題点に鑑み,ロータのエンドリング内側の積層コアの上面に落下する潤滑油を下方のオイル室へ容易に導くことができる構造とすることにより,ロータ回転による潤滑油の巻上げを抑制し,冷媒ガスの流れへの巻込みを少なくすることにより,圧縮機外部への潤滑油の吐出量を減らそうとするものである。」(2頁右下欄5行〜3頁左上欄4行)と記載され,第1図に回転子の回転軸に沿って連通溝28が示されるとともに,「28は前記凹部27より下方の積層コアに凹部と連通させて設けられ,凹部に溜った潤滑油を下部のオイル室21へ落下させるための上下に貫通する連通溝である。」(3頁右上欄13〜16行)と記載されている。 イ 上記のとおり,圧縮機用電動機の存在は周知の事項であり,圧縮機用電動機において「下部へ集まるオイルの移動を円滑にする」との技術課題も周知の事項ということができる。 しかるところ,上記周知の課題である「圧縮機用電動機において,下部へ集まるオイルの移動を円滑にする」ことは,オイルの移動を阻害する回転子にオイルが円滑に移動できる工夫を施すことにより解決できることは当業者が容易に認識できるといえるから,オイルの意味するところが圧縮機用電動機の場合と異なるとはいえ,回転子にオイル通路を形成した構造が示されている引用例4に接した当業者が,同回転子の構造(オイル通路)が上記周知の課題を解決する構成となり得ることは,十分に予測できることというべきである。 ウ また,乙1,2の記載から,「下部へ集まるオイルの移動を円滑にする」との技術課題が周知の事項というべきことは既に述べたとおりであるが,そればかりでなく,上記アに記載したとおり,乙1,2には,その技術課題を解決するために,回転子の回転軸側にオイルの通過孔を設けることが記載されている。 さらに,実願昭63-39558号(実開平1-144494号)のマイクロフィルム(乙3)には,従来技術として示す第2図に関して,ロータータイプの圧縮機構3を電動機の下方に備える圧縮機において,「圧縮機構3で圧縮されたガス冷媒は圧縮機構3から外部に出,・・・中略・・・ロータ2b内に穿設された多数の連通孔5を経て邪魔板6に衝突させ,・・・中略・・・一方,ロータ2bの上方に設けられた邪魔板6に衝突してガス冷媒から分離せしめられた潤滑油は,ステータ2aの外周部に形成される油戻し溝8を経て下方に案内され,密閉ケーシング1の下部に貯溜された油溜り9に滴下するようになっている。このコンプレッサの油分離装置は,ロータ2bに多数の連通孔5を垂直方向に穿設するため,加工が複雑かつ面倒であったり,電動機2のモータ性能が低下する等の問題があった。」(2頁12行〜3頁8行)と記載されている。また,特開平3-31599号公報(乙4)には,同じくロータリー式圧縮機構(機械部18)を下方に備える圧縮機において,第1図の「ロータ内ガス通路21」について,「吐出孔14から冷媒とともに吐出された油はミスト状になってロータ内ガス通路21を通って上方に流れ遠心分離板22に当たり,シャフトの回転にともなって発生する遠心力で油が分離して外側に飛び密閉ケーシング1壁面を伝って下方に流れ,」(2頁右下欄4〜9行)と記載されている。ここで,上記の乙3の連通孔5及び乙4のロータ内ガス通路21が,回転子の回転軸側に設けられていることは上記各図から明らかである。 したがって,「下部へ集まるオイルの移動を円滑にする」との技術課題の解決手段として,圧縮機用電動機の回転子に「孔」を設けることも周知というべきである。 そうすると,本願発明1における「孔」については,その技術課題,解決手段とも周知の事項にすぎず,また,本願発明に係る明細書に記載のように,孔が回転軸側に設けられることでオイルの移動が円滑に行われることは,乙1ないし4に開示された周知技術とともに,引用例4の「通路25」からも技術常識として明らかである。 エ ところで,周知技術ないし周知事項は当業者が熟知しているものであるから,本件審判請求の審理の過程で,審判官が,容易推考性の判断に当たり,そのことを必ず指摘して審判請求人である原告に意見を述べる機会を与えなければならないというものではなく,ましてや,本願発明のように,その明細書に「孔」(オイル通路)が解決しようとする技術課題について何ら明示の記載がない場合についてまで,その点を指摘して原告に意見を述べる機会を与える必要はないというべきである。 (2) 原告は,本願発明は「圧縮機用」であり,オイルの混入を嫌うのに対し(ポンプの圧縮空間にオイルが入るとポンプが損傷する。),引用例4発明は「油圧装置用」であり,気相の混入を嫌う(油圧流体に気相が混入するとキャビテーションの原因となり,装置性能を低下させる。)ものであり,回転子が使用される装置の使用条件も両者では異なることから,引用例4発明には「圧縮機用電動機」への適用を妨げる阻害要因があると主張する。 確かに,引用例4発明の電動モーターは電動モーター駆動インライン油圧装置に使用されるものであり,本願発明1の圧縮機に使用されるものとは異なるものであるが,その回転子の部分は軸を回転させるものとして機能する点において,引用例1の回転子と何ら変わるところはない。 本件審決は,この回転子の機能の同一性から,引用例4の回転子に「オイル通路」を形成する構成に着目し,このオイル通路が圧縮機の前記周知の課題を解決し得るかどうかの観点から検討を行ったものである。そして,引用例4に接した当業者であれば,その回転子の「通路25」が上記周知の課題を解決するための構成(オイル通路としての「孔」)となり得ることは十分に予測できることである。 本件審決は,油圧装置全体を引用しているわけではなく,また,油圧装置全体として引用しなければならないというものでもない。本件審決の判断に誤りはない。 (3) 原告は,本願発明1の「孔」は「ミスト状のオイル」をも通過するものである旨主張する。 しかしながら,本願発明に係る明細書の段落【0022】には「61〜64は・・・オイル通路を形成するための孔である。」との記載があり,段落【0011】,【0035】には「複数の孔を・・・設けているので,・・・オイルの移動が円滑に行われるようになる。」との記載があるのであって,本願発明における「孔」が,液体であるオイルを通過させるためのものであり,通過する方向としても当然下方へ流下させるものであることは明らかである。 原告の上記主張は,本願発明に係る明細書の記載に反して,全く新しい発明を捻出するもので,新規事項に該当するものであり,失当である。 また,原告が上記主張の根拠とする上記明細書の図1に記載された圧縮要素が2ロータータイプでその上方に電動機回転子が配置されているという事項は,本願発明に係る請求項1において特定されておらず,したがって,原告の主張は,本願発明の特許請求の範囲に基づかない主張でもある。 (4) 以上のとおりであるから,本件審決の相違点Aについての判断は正当である。 4 取消事由4(本願発明1の容易相当性の判断について本件審決が採用した判断手法の誤り)について (1)ア 原告の主張は,要するに,本願発明1は,「貫通孔」,「かしめ部」及び「孔」の3つの要素のすべてを,磁路を考慮して各々相互に関連させた状態で配置することにより,各要素により利益を増しつつ磁路の乱れを減じたものであるから,本願発明1の目的を有しない各引用例の構成要素と個別に対比するのみで,本願発明1の容易想到性を判断したのは誤りであるとする趣旨と解される。 イ しかしながら,「貫通孔」及び「かしめ」を回転子に形成するとの構成は引用例2に示されており,また,「孔」を回転子に形成することは,引用例4や乙1,乙2の各記載から当業者が容易に想到できることである。そして,それら「貫通孔」,「かしめ」及び「孔」はそれぞれ独自の機能を発揮するものであるから,それぞれの機能が必要とされる回転子であれば,「貫通孔」,「かしめ」及び「孔」のすべてを回転子に形成して足りることは当業者が容易に理解できることである。 また,「かしめ」の「磁路に沿うように,」との構成は,引用例3で採用され,「貫通孔とほぼ同心円で・・・挿入孔の間に配置される」との構成も引用例2(甲4)で採用されているものであり,さらに,「孔」の位置について,これを回転軸側に位置させるとオイル移動が円滑になることは当業者が容易に理解できることである。 ウ そうすると,それぞれ独自の機能を発揮する「貫通孔」,「かしめ」及び「孔」を引用例1の回転子に形成するのに,「貫通孔」及び「かしめ」の配置をすでに採用されている例(引用例2,引用例3)に倣い,また,当業者が容易に理解できる位置に「孔」を形成することにより(引用例4の記載及び乙1ないし4に示された周知技術),本願発明1の構成とすることは当業者が容易に想到できるというべきであり,その作用効果も引用例1ないし引用例4がそれぞれ奏する作用効果の総和を超えるものではない。 本件審決のこの点の判断に原告が主張する誤りはない。 (2)ア 原告は, 引用例4発明と本願発明1とはあまりに相違点が多く,引用例4の「通路25」は本願発明1のオイル移動を円滑にする「孔」に転用できるものではなく,さらに,引用例4に接した当業者が,本願発明1のオイル移動を円滑にする効果を予測することは不可能といっても過言でない旨主張する。 しかしながら,本件審決が,引用例4を引用した趣旨,当業者が引用例4からオイル戻しの効果を予測できることは,前記3に述べたとおりであり,原告の上記主張は理由のないものである。 イ 原告は,引用例1発明では,オイルが隙間を伝って円周方向へ飛ばされ充分なオイルの移動が確保されないから,「孔」を穿つ動機付けを欠くと主張する。 しかしながら,本件審決が,引用例1発明の認定の基礎としたのは,隙間につき記載のない同引用例の図4の実施例であって,同引用例の段落【0016】の記載及び図7の実施例ではないから,同図7に係る「隙間」の存在を理由とした上記主張に根拠がないことは,前記2(2)アのとおりである。原告の上記主張は失当である。 ウ 原告は,引用例2発明は外缶式であり,同発明においては,磁石と磁石との間に貫通する連通孔が構成され,これにより既にオイルの移動は円滑に行われているから,「孔」を形成する動機を欠くと主張する。 しかしながら,本件審決が,引用例2を引用した趣旨は,その「かしめ部と貫通孔とを同心円上で配置する」との構成が公知であることを示すためである。原告の上記主張は,理由のないものである。 エ 原告は,引用例3は「孔」のみならず「貫通孔」をも欠くため,「孔」の配置変更を行う動機付けを欠くと主張する。 しかしながら,本件審決が,引用例3を引用した趣旨は,「各かしめ部は,隣接する磁性体間に渡って形成される磁路に沿うように形成され,」との構成自体が公知であることを示すためである。原告の上記主張は,理由のないものである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由3(相違点Aについての判断の誤り)について (1)ア 本願発明に係る明細書(甲2,手続補正書)には,請求項1の記載に加え,以下のとおり記載されていることが認められる。 (ア) 「【発明の属する技術分野】本発明は,圧縮機用電動機の回転子の構 造に関するものである。」(段落【0001】) (イ) 「【従来の技術】従来・・・圧縮機用電動機の回転子・・・は,・・・複数枚の回転子用鉄板を積層し,かしめ固定して回転子鉄心を構成すると共に,この回転子鉄心の外周側に沿って磁極を構成する4個(4極の場合)の磁性体(永久磁石)を挿入し,回転子鉄心の外周面は磁性体間において切り欠きを形成して突極部を構成することにより,磁束の短絡を防止する構造とされていた。また,回転子鉄心の回転子用鉄板には上下の非磁性端面部材等をかしめ固定するための貫通孔が穿設され,この貫通孔にリベットを用いて前記端面部材やオイル分離用のディスク等を回転子鉄心にかしめ固定していた。」(段落【0002】,【0003】) (ウ) 「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,従来の回転子では上記貫通孔が切り欠きの内方,即ち,磁性体間に穿設されていたため,磁極が4極以上の場合,隣接する磁性体(磁極)間に渡って形成される磁路に貫通孔が存在することになる。そのため,この貫通孔部分で磁気抵抗が増大して,電動機出力の低下を来す問題が生じていた。本発明は,係る従来の技術的課題を解決するために成されたものであり,かしめ固定用の貫通孔による悪影響を低減した圧縮機用電動機の回転子を提供することを目的とする。」(段落【0004】,【0005】) (エ) 「【課題を解決するための手段】本発明の圧縮機用電動機2の回転子 5によれば,かしめ固定用の貫通孔47〜50を,・・・挿入孔41〜44の内側に設けたので,・・・磁路から貫通孔・・・が外れ,従来の如き磁気抵抗の増加を防止できる。従って,貫通孔・・・が電動機2に与える悪影響を最小限に抑えて,電動機出力の向上を図ることが可能となる。」(段落【0008】) (オ) 「また,・・・かしめ部・・・を貫通孔・・・と略同心円上でかつそれぞれの挿入孔・・・の間に配置しているので,回転子鉄心26を複数枚の回転子用鉄板27のかしめ固定により構成する際に,そのかしめ部・・・を比較的外周側に位置させることが可能となり,固定強度が向上する。尚,・・・かしめ部・・・は通常・・・貫通孔・・・に比して極小であり,殆どギャップを形成しないため,磁界に与える影響も少ないものである。」(段落【0009】) (カ) 「特に,各かしめ部は隣接する磁性体間に渡って形成される磁路に沿うように形成されているので,同じく磁界の乱れが生じ難くなり,これによっても電動機の出力特性が向上するものである。」(段落【0010】) (キ) 「更に,・・・複数の孔61〜64をかしめ部・・・の回転軸6側に設けているので,圧縮機内部におけるオイルの移動が円滑に行われるように なる。」(段落【0011】) イ 上記記載によれば,本願発明1は,圧縮機用電動機の回転子の回転子鉄心(回転子用鉄板)に,少なくとも4つの要素(挿入孔,貫通孔,かしめ部及び孔)を形成するとともに,同各要素の配置関係を規定することにより,電動機の電力特性の向上,圧縮機内部におけるオイルの移動の円滑化等の目的を達成しようとするものであることが認められる。 上記のとおり,本願発明は上記4要素の存在を前提とするものであるところ,引用例1ないし4の各引用例のいずれにも,本願発明の前提となる上記4要素のすべてを備えた回転子鉄心については記載がないばかりでなく,各引用例を通して見ても上記「孔」についてはいずれの引用例にも記載がない。 (2) 被告は,乙1,2の記載からすれば,圧縮機用電動機において「下部へ集まるオイルの移動を円滑にする」との技術課題も周知の事項というべきところ,上記周知の課題は,オイルの移動を阻害する回転子にオイルが円滑に移動できる工夫を施すことにより解決できることは当業者が容易に認識できるといえるから,回転子にオイル通路を形成した構造が示されている引用例4に接した当業者が,同回転子の構造(オイル通路)が上記周知の課題を解決する構成となり得ることは,十分に予測できることである旨主張するので,この主張の当否について検討する。 ア 本願発明における「孔」 本願発明に係る請求項1には,「孔」について「複数の孔」と記載されるだけで,「孔」がどのような作用をするかについては記載がない。しかしながら,本願発明1は少なくとも「圧縮機用電動機の回転子」に関するものであり,上記「孔」の設置が,圧縮機用電動機の回転子の使用環境における課題を解決するなり,その特性の向上に寄与するためのものであることは明らかというべきである。 そして,本願発明に係る明細書(甲2)の記載及び弁論の全趣旨によれば,本願発明1に係る明細書に記載された実施例は,上部に電動機が,下部に圧縮機が配置された縦型の2ロータリー式圧縮機であり,このような型の圧縮機においては,ガス状の冷媒とミスト状オイルの混合気体が下から吹き上げられ,これが下部へのオイルの移動を阻害する要因となること,本願発明1は,上記のような型の圧縮機を念頭におき,回転子に孔を配置することにより,上記吹き上げられる混合気体を整流させ,圧縮機内の上部空間で液化したオイルの下部への移動を円滑にし,その回収を促進しようとするものであることが認められる。したがって,上記「孔」は,ガス状の冷媒とミスト状のオイルとが混合した状態で存在する容器内で使用される圧縮機用電動機に特有のものというべきである。 イ 引用例4(甲6)におけるオイル通路 (ア) 引用例4には,以下のとおり記載されていることが認められる。 a 「電動モータ駆動のインライン油圧ポンプは,・・・全ての構成部材は1つのハウジング内に収容されており,油圧流体に浸された状態で作動する。」(段落【0003】) b 「油圧流体は電動モータのハウジング内部に供給され,ハウジング内の通路を通ってエンドプレート上のべーンポンプの吸い込みへと流れる。1つの形態では,べーンポンプはそれが設けられているエンドプレートにある吐き出しを介して流体を給送する。別の形態では,べーンポンプはポンプハウジングにある吐き出しを介して流体を給送する。」(段落【0006】) c 「電動モータ駆動のインライン油圧装置10は,ハウジング11と,エンドプレート12,13と,ステータ14及びロータ15を含みハウジング内に設けられる電動モータとからなっている。」(段落【0007】) d 「ハウジング11は,半径方向の油圧流体吸い込み11aを含む。電動 モータが付勢された場合,電動モータのロータ15は回転され,2つのポンプ20,21はハウジング11の内部から流体を引き込むようにされ,かくして矢印で示したようにして,ステータ14の辺りからハウジング11の内側表面との間の空間24を通り,またロータ15の通路25を通ってエンドプレート12,13にある吸い込み通路26,27へ,そしてそれぞれのべーンポンプ20,21へと流れが確立される。」(段落【0008】) (イ) これらの記載に照らしてみるに,引用例4は油圧装置用電動機に関するものであり,その回転子(ロータ15)は油圧流体に浸された状態で回転し,「通路25」は,吸込口からべーンポンプヘ向かって油圧流体を給送する通路を形成するものであることが明らかである。すなわち,引用例4の「通路25」の有する技術的意義は,油圧装置における循環媒体(油圧流体)の移動を円滑にすることにある。引用例4の「通路25」を通過する油圧流体は,気相の混入があってはならないものであり,圧縮機用電動機の「孔」を通過するオイル(循環媒体(気相の冷媒)に混入したミスト状オイル)とはその性状を異にするものである。引用例4の「通路25」は,油圧装置に特有の構成であり,「圧縮機用電動機の回転子の孔」と対比して,その形状(孔又は通路)は類似しているが,その作用は大きく異なるものである。 ウ ところで,乙1(特開昭62-118088号公報(発明の名称「密閉型スクロール圧縮機」))には,「〔発明の背景〕 従来の装置は,特開昭58-188887号公報に記載のように,スクロール圧縮要素部で圧縮された冷媒ガスは,一旦電動機のステータ外周部を通り,次いでチャンバ下部で油を分離したあと,再び電動機のステータ外周部を通って上昇し,電動機室の上部空間に至る。ひいては吐出管を介して外部に導かれるガス流路を形成している。主軸受部下部に位置する下軸受部への給油は主軸下端の揚油管を介して主に下軸受部の横穴(給油穴)の遠心ポンプ作用にて行なわれる。この部分に供給された油は,主として軸受隙間をぬって下方に流れ,ひいては電動機ロータ上面に至る。次に上部のロータエンド部の回転遠心力でもって,油は電動機室上部空間にふき上げられる。従って,ふきあげられた油は油粒となって,電動機室の上部空間を充満するので,圧縮機の油上り量が増加する結果となる。特に,スクロール圧縮機をインバータ駆動によって運転される場合は,上記油上り現象が顕著となる。圧縮機の油上り量が増加すると,圧縮機自体の信頼性はもとより,冷凍サイクル全体として(例えば熱交換器の伝熱性能や配管の圧力損失の増加等)性能及び信頼性を低下させる恐れがある。〔発明の目的〕 本発明は上記問題点に鑑みてなされたもので,密閉容器内の油を効率よく分離し,油の機外への流出を防止した圧縮機の構造を開示すると共に,冷凍装置全体の性能向上をはかった密閉形電動圧縮機を提供することを目的とする。〔発明の概要〕 本発明は主軸受部下方に位置する下軸受部から流出される油を容器下部へ効果的に排出するため,下軸受部と対向する電動機用ロータ部の上面に,該ロータ部を貫通し径方向に伸びる偏心穴を設けるもので,該偏心穴の遠心力作用を利用して積極的に排油する。・・・」(1頁右欄15行〜2頁右上欄12行)と記載され,第1図に偏心穴26,27が示されるとともに,「なお,下軸受部32からの排油作用をスムースに行うため,ロータ上面の偏心穴26,27の開口位置は,下軸受部32の軸受面と同一の半径距離をとることが望ましい。」(3頁左上欄19行〜右上欄3行)との記載がされている。 また,乙2(特開昭63-314391号公報(発明の名称「スクロール型圧縮機」))には,「従来の技術 ・・・潤滑油23内に浸漬された主軸4下端は,高圧の吐出圧力(Pd)の雰囲気にあり,他方,潤滑油の流れの下流となる旋回軸受5のまわりは,中間圧力(Pm)の雰囲気にあるため,(Pd-Pm)の圧力差によって密閉容器底部の潤滑油23は偏心縦孔4b内を上昇する。偏心縦孔4bを上昇した潤滑油は,補助軸受7a,7b,主軸受6及び旋回軸受5へ給油される。・・・電動機室18に到った潤滑油は,自重のためステータ8のコア外周切欠部20を通ってオイル室21へ落下する。」(1頁右欄1行,2頁右上欄9行〜左下欄8行),「発明が解決しようとする問題点 ・・・上記のように構成されたスクロール型圧縮機においては,主軸4の偏心縦孔4bを上昇し,補助軸受7aを潤滑した潤滑油の一部および補助軸受7bを潤滑した潤滑油は電動機室18内に排油され,ロータ9のエンドリング内側の積層コア上面に落下する。また連通ダクト17を介して電動機室18内に分流する冷媒ガスに混合した潤滑油は,電動機室18でオイル分離され,その一部もロータ9のエンドリング内側の積層コアの上面に落下する。ロータ9のエンドリング内側の積層コアの上面に落下した潤滑油は,ロータ9の回転によって,エンドリング26の側面に沿って上方へ巻上げられ,電動機室18の冷媒ガスの流れに巻込まれ,吐出管19により外部に吐出される。一般に圧縮機内の潤滑油が外部へ吐出されることは避けえないが,吐出量が多くなるとシステムの能力を低下させ,また圧縮機内の潤滑油不足をきたすことにもなる。本発明は上記問題点に鑑み,ロータのエンドリング内側の積層コアの上面に落下する潤滑油を下方のオイル室へ容易に導くことができる構造とすることにより,ロータ回転による潤滑油の巻上げを抑制し,冷媒ガスの流れへの巻込みを少なくすることにより,圧縮機外部への潤滑油の吐出量を減らそうとするものである。」(2頁左下欄18行〜3頁左上欄4行),「問題点を解決するための手段 上記問題点を解決するため,本発明はロータの上部の積層コアの内径をエンドリング内径以下に設定することによって凹部を設けるとともに,前記凹部より下方の積層コアに凹部と連通し且つロータの回転方向と逆方向に傾斜させた上下に貫通する連通溝を設けたものである。」(3頁左上欄5〜11行)と記載され,第1図に回転子の回転軸に沿って連通溝28が示されるとともに,この連通溝に関して,「28は前記凹部27より下方の積層コアに凹部と連通させて設けられ,凹部に溜った潤滑油を下部のオイル室21へ落下させるための上下に貫通する連通溝である。」(3頁右上欄13〜16行)との記載がされている。 上記の記載及び弁論の全趣旨によれば,本件出願当時,圧縮機用電動機の存在,圧縮機用電動機において「下部へ集まるオイルの移動を円滑にする」との技術課題は周知の事項であったと認めることができる。 エ そこで,圧縮機用電動機において「オイルの移動を円滑にする」との課題が周知事項であることを前提に検討するに,仮に,引用例1(甲3)の回転子を圧縮機用電動機に使用することとした場合にあっても(注:引用例1には,引用例1発明に係る回転子を圧縮機用電動機に用いられ得るものであることが明示的に記載されているわけではない。),引用例4は「圧縮機用電動機の回転子の孔」の構成を開示するものではないばかりでなく,引用例4の「通路25」の有する技術的意義は,「油圧流体の移動を円滑にする」という油圧流体を循環媒体とする油圧装置に特有のものであるのに対し,上記「オイルの移動を円滑にする」との課題は,冷媒(気体)を循環媒体とする圧縮機において,吹き上げられる冷媒とミスト状オイルとの混合気体から分離するオイルについての課題であり,両者は,技術分野,解決すべき課題を異にするものであるから,上記周知事項を参照したからといって,引用例4に接した当業者が,これを引用例1発明に適用することにより,上記の「圧縮機用電動機の回転子の孔」の作用を有する構成となり得ることを予測することができるということはできない。 オ また,引用例4には「誘導電動機,永久磁石モータ,ブラシレスモータ等の各種のタイプの電動モータに適用することができ」(段落【0005】)との記載はあるものの,本願発明の「挿入孔」,「かしめ部」及び「貫通孔」に相当する要素の配置について具体的記載はなく,他の要素と関連づけた「通路25」の穿設位置につき何らの情報も開示しない。したがって,仮に,引用例1に引用例4を適用するとしても,本願発明の「挿入孔」,「かしめ部」及び「貫通孔」の各構成要素との関連において配置された「孔」の位置(かしめ部の回転軸側に設けられている。)の構成が容易に想到できるということはできない カ 被告は,「油圧装置用回転子」も「圧縮機用回転子」も軸を回転させる機能において同一であるところ,機能の同一性の観点から,引用例4の回転子の「通路25」を引用したのであり,油圧装置全体を引用したわけではないので回転子の用途の相違は適用に当たっての阻害要因とはならないとの趣旨の主張をする。確かに機能(軸回転)の同一性の点が複数の発明の組合せの契機となりうることは否定できないが,引用例4の「通路25」自体の作用が本願発明の「圧縮機用電動機の回転子の孔」の作用とは大きく異なるのであるから(共通するのは孔という物理的構造にすぎない。),引用例1に引用例4を適用するについては,これを阻害する要因があるというべきである。 (3) 被告は,本願発明1における「孔」については,その技術課題,解決手段とも周知の事項にすぎず,また,本願発明に係る明細書に記載のように,孔が回転軸側に設けられることでオイルの移動が円滑に行われることは,乙1ないし4に開示された周知技術とともに,引用例4の「通路25」からも技術常識として明らかである旨の主張もしている。 しかしながら,乙1の「なお,下軸受部32からの排油作用をスムースに行うため,ロータ上面の偏心穴26,27の開口位置は,下軸受部32の軸受面と同一の半径距離をとることが望ましい。」(3頁左上欄19行〜右上欄3行)との記載によれば,乙1に記載の「偏心穴」の上端部はロータの「回転軸側」にあることが認められるが,他方,その下端部は,乙1の「ロータ偏心穴26,27を介して排出された油は,電動機3のコイルエンド部3jの内側を噴きつけ,」(3頁左上欄16〜18行)との記載及び第1図の符合3dの位置によれば,ロータの外周側にあることが認められ,上記「偏心穴」は回転軸側にのみあるものではないことが明らかである。また,乙2に開示されたオイルの通路は,ロータの軸に沿って同軸方向に連通する「溝」であり,回転子に設置された「孔」ではない。したがって,乙1,2において,「回転軸側に孔を設ける」との構成が示されているとはいえない。 加えて,乙1,2記載の圧縮機はいずれも,上部に圧縮要素部が,下部に電動機が配置された縦型のスクロール圧縮機であり,これらの圧縮機においては,主軸部の揚油管等を通じて各部に給油される潤滑油等の下部への回収を円滑にするため,オイルの通過路を設けるという構成がとられている。この型の圧縮機においては,オイルを下部へ集めるための通路は,いわゆる油上がり現象の増大を防止するため,主軸部の揚油管等を通じて各部に給油される潤滑油の回収を主たる目的とするものであり,圧縮機内における冷媒とミスト状のオイルの混合気体の存在がこの回収自体の阻害要因として影響する度合いは少ないと考えられる。これに対し,本願発明1が,前記(2)アのような縦型の2ロータリー式圧縮機を念頭におき,回転子に孔を配置することにより,上記吹き上げられる混合気体を整流させ,圧縮機内の上部空間で液化したオイルの下部への移動を円滑にし,その回収を促進しようとするものであることは既に認定したとおりである。 次に,乙3(実願昭63-39558号(実開平1-144494号)のマイクロフィルム(考案の名称「コンプレッサの油分離装置」))には,「圧縮機構3で圧縮されたガス冷媒は圧縮機構3から外部に出,電動機2のステータ2aとロータ2bの間隙やロータ2b内に穿設された多数の連通孔5を経て邪魔板6に衝突させ,・・・中略・・・一方,ロータ2bの上方に設けられた邪魔板6に衝突してガス冷媒から分離せしめられた潤滑油は,ステータ2aの外周部に形成される油戻し溝8を経て下方に案内され,密閉ケーシング1の下部に貯溜された油溜り9に滴下するようになっている。このコンプレッサの油分離装置は,ロータ2bに多数の連通孔5を垂直方向に穿設するため,加工が複雑かつ面倒であったり,電動機2のモータ性能が低下する等の問題があった。」(2頁12行〜3頁8行)と記載されているところ,この記載は,上記連通孔5がミスト状のオイルを含む圧縮された冷媒の通路であることを明らかにするものにすぎない。そして,同刊行物には,上記連通孔5がオイルの下部への移動を円滑にするためのものであるかどうか,また,それらが回転子のいかなる位置に設けられるかについて記載がないばかりでなく,乙3には,従来技術において,電動機のロータに設けられた連通孔5が,電動機のモーター性能を低下させるなどの問題があったことが指摘され,同刊行物には,当該実用新案に係るコンプレッサの電動機のロータに孔が設けられていない図が示されている。 また,乙4(特開平3-31599号公報(発明の名称「圧縮機」))には,「第1図において,・・・21はロータ内ガス通路でロータ2bの上部と下部を連通している。」(2頁左下欄14〜17行),「吐出孔14から冷媒とともに吐出された油はミスト状になってロータ内ガス通路21を通って上方に流れ遠心分離板22に当たり,シャフトの回転にともなって発生する遠心力で油が分離して外側に飛び密閉ケーシング1壁面を伝って下方に流れ,」(2頁右下欄4〜9行),「前記シャフト上端部軸受ガス通路を前記遠心分離板の外径より内側に位置させることにより大部分の吐出ガスを前記ロータ内ガス通路とシャフト上端部軸受ガス通路を通して密閉ケーシング外に吐出することにより,」(3頁左上欄7〜11行)と記載されているところ,この記載は,上記ロータ内ガス通路21がミスト状のオイルを含んだ冷媒ガスの通路であることを明らかにするものにすぎない。そして,同刊行物には,上記ロータ内ガス通路が孔であるのか,溝であるのか,また,それがオイルの下部への移動を円滑にするためのものかどうかについては記載されていない。 さらに,本願発明1は,電動機の出力特性を向上させるとの課題をも解決しようとするものであり,回転子に「挿入孔」,「かしめ部」及び「貫通孔」の他の3構成要素を備えるものであるから,磁路を妨げず,電動機の出力特性を向上させるという観点から,これらの各要素との関連において「孔」の配置位置が考えられなければならない。 上記のとおり,圧縮機用電動機において「下部へ集まるオイルの移動を円滑にする」との技術課題が周知事項であるとしても,乙1ないし4には,その課題を解決するために回転軸側に孔を設けるという思想が明確に開示されているとはいえないし,また,圧縮機の種類や電動機の構造いかんにより,上記の技術課題を解決するための方策は異ならざるを得ないと考えられるのであって,乙1ないし4の記載から,圧縮機用電動機において上記周知の技術課題を解決するため「回転軸側に孔を設ける」との構成が周知事項であると認めることはできず,他に,これを認めるに足りる証拠はない。 (4) 本件審決の判断の基礎とされていない乙1ないし4について,これを周知事項を立証するということを超えて,相違点Aに係る構成の容易想到性を論理付けるため,本件出願前に頒布された刊行物に記載の発明として引用することは許されないというべきである。 そうすると,本願発明1の相違点Aに係る構成が当業者において容易に想到できたものであるとした本件審決の判断は誤りというほかなく,原告主張の取消事由3は理由がある。 2 以上によれば,本件審決は,その余の点について判断するまでもなく違法であり,取消しを免れない。 よって,原告の本件請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 北山元章 |
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裁判官 | 青柳馨 |
裁判官 | 沖中康人 |