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関連審決 無効2001-35404
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  公知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 378号 審決取消請求事件
原告 黒沢建設株式会社
訴訟代理人弁理士 佐々木 功
同 川村恭子
被告 日本ゼニスパイプ株式会社
被告 東亜グラウト工業株式会社
両名訴訟代理人弁理士 江藤聡明
同 佐竹和子
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/09/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2001−35404号事件について平成14年6月18日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
請求
主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「プレキャストコンクリート部材」とする特許第3167576号発明(平成7年4月19日出願,平成13年3月9日設定登録,以下,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。被告らは,平成13年9月17日,本件特許について無効審判の請求をし,無効2001-35404号事件として特許庁に係属した。
特許庁は,同事件について審理した結果,平成14年6月18日,「特許第3167576号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同月28日,原告に送達された。
2 設定登録時の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の【請求項1】の記載 先端部から中央部に向かって高く形成され,かつ全長にわたってプレストレスが付与された腕部が交差して一体形成された法面擁壁用のプレキャストコンクリート板の前記中央部に,周側面をテーパー面にした緊張材の定着凹部が形成され,該定着凹部の内面に沿ってその定着凹部の形成による断面欠損分を補填するための補強体である鋼製の函体が密着して設けられ,該函体の底部及び側部に突設したアンカー筋がプレキャストコンクリート板内に埋設され,函体の開口部周縁の鍔部で定着凹部の開口部における周縁を覆ったことを特徴とするプレキャストコンクリート部材。
(以下,上記発明を「本件発明」という。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件発明は,実願平4-49494号(実開平6-4147号)のCD-ROM(本訴甲9・審判甲6,以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び特開平7-26896号公報(本訴甲5・審判甲2,以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づき,特開平5-179656号公報(本訴甲4・審判甲1,以下「甲4公報」という。)記載の発明及び周知技術を勘案することにより,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に違反して特許されたものであり,同法123条1項2号により無効とすべきものとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本件発明と引用発明1との一致点の認定を誤り(取消事由1),また,本件発明及び引用発明2並びに周知技術の認定を誤った結果,相違点1の判断を誤った(取消事由2)ほか,相違点2の判断を誤り(取消事由3),さらに,本件発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由4)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) 審決は,引用発明1の法面擁護用プレキャストコンクリート部材について,「凹部内の耐圧部材が底部に密着していることは自明」(審決謄本6頁「(1)対比」第1段落)であるとした上,本件発明と引用発明1とは「定着凹部の底部には耐圧部材が密着して設けられたプレキャストコンクリート部材である点で一致する」(同第2段落)と認定するが,誤りである。
(1) 引用発明1の法面擁護用プレキャストコンクリート部材は,強度を上げるために,腕部の下面を先端から中央部にかけて下方に湾曲させた構成としたものであり,中央の凹部には耐圧部材は取り付けられていない。審決が引用する引用例1(甲9)の図5を参照しても,引張材の一端部側に支圧板を配して定着凹部内に緊張固定した状態が示されているのみである。支圧板は,引張材の引張力を分散させる役目を果たすものであるが,コンクリートブロックに掛かる曲げモーメントに対抗する補強にはならず,また,定着凹部の形成によって生ずる,断面欠損分による構造上の弱点部分に対する補強にもならない。
(2) 引用発明1の耐圧部材は,緊張材を取り付ける段階で,定着凹部の底部に設置するものであって,コンクリート部材に最初から取り付けられているものではないことは明らかであり,その意味で,本件発明の鋼製の函体のように,最初からコンクリート部材に一体に取り付けられているものとは構成を異にする。
2 取消事由2(相違点1の判断の誤り) 審決は,本件発明と引用発明1との相違点1として認定した,「前者(注,本件発明)では,定着凹部に設けられる耐圧部材として,定着凹部の内面に沿ってその定着凹部の形成による断面欠損分を補填するための『補強体である鋼製の函体』が設けられ,かつ該函体の底部及び側部に突設したアンカー筋がプレキャストコンクリート板内に埋設されるのに対し,後者(注,引用発明1)では,耐圧部材がそのような構造であることが記載されていない点」(審決謄本6頁「(1)対比」第2段落)について,引用発明1及び引用発明2並びに周知技術により当業者が容易に発明をすることができた事項ないし当業者が必要に応じて適宜し得る設計的事項にすぎない(同7頁〜8頁「相違点(1)について」)と判断するが,誤りである。
(1) 本件発明の認定の誤り ア 審決は,定着凹部に内に密着して設けられた鋼製の函体が,「本件発明における『断面欠損分を補填するための補強体である』という構成は,自明の事項を単に明記したに過ぎない」(審決謄本8頁第5段落)と認定するが,誤りである。
本件発明において,「定着凹部の内面に沿ってその定着凹部の形成による断面欠損分を補填するための補強体である鋼製の函体が密着して設けられ」ることは,極めて重要な構成要件である。敷設面の凹んだ部分にブロックの中央部が位置すると,定着凹部には設計時の2倍以上の曲げモーメントが付与され,ひび割れが生じて破損するという,断面欠損分による構造上の弱点部分を生ずるが,その弱点を解消するために,鋼製の函体は,断面欠損分を補填するための必要かつ十分な補強体として極めて重要な役割を果たしているのであり,従来技術には全く存在しないのであるから,自明の事項ではない。
本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明中において,従来の技術として具体的に記載されたものは,法面擁壁用のプレキャストコンクリート板とプレキャストコンクリート梁のみであり,これらは比較的大きな曲げモーメントが生ずる点で共通している。これらの部材の上面側に凹部を形成することは,部材の断面を小さくすることであり,凹部の大小にかかわらず,いずれも曲げモーメントに対する断面欠損となることは技術常識であり,その中でも,法面擁壁用のプレキャストコンクリート板は,その緊張材を定着させるための定着凹部の形成による断面欠損は,曲げモーメントに対してより一層構造上の弱点になることは明らかである。
これらの事項から,本件明細書中の【発明が解決しようとする課題】欄に記載された,「定着凹部がプレキャストコンクリート部材にとっては断面欠損となるため,これが構造上の弱点となっていた」(段落【0005】)との点は,曲げモーメントが生ずる法面擁壁用のプレキャストコンクリート板とプレキャストコンクリート梁であるからこそ有する特有のものであって,本件発明が,曲げモーメントが生じない他のプレキャストコンクリート部材全般を対象としていないことは,本件明細書の記載から明確に認識し,理解されるところである。
イ 審決は,引用例1及び甲4公報の記載に基づいて,「中央部に定着凹部が設けられ,腕部が交差して一体形成された法面擁護用のプレキャストコンクリート板においては,引張力を十分に受け止め得るようにするため,定着凹部を含むプレキャストコンクリート板の強化は当然に求められる技術課題である」(審決謄本8頁第2段落)と認定しているが,誤りである。
本件発明の技術課題は,全体の厚みを薄くし,質量を少なくして,しかも,定着強度を高めるために定着凹部を含む全体を強化することであり,そのために,断面欠損分による構造上の弱点部分に対する対策及び曲げモーメントに対する対策が重要な課題となったものである。したがって,審決の認定する上記技術課題は,相違点1に係る本件発明には当てはまらない。
(2) 引用発明2の認定の誤り ア 審決は,引用発明2の支承金具について,「定着凹部内において緊張用部材7の端部を支持する『短辺部分14,19』(アンカー筋で固定)が,その取付部分を壁に沿って拡大し,拡大部もアンカー筋で固定することにより,定着凹部が引張力に対しより耐え得るように強化している構造であることを教示している」(審決謄本7頁「(@)相違点(1)について」第5段落)と認定しているが,誤りである。
引用発明2は,複数のセグメントを円形に配し,このセグメント内に挿通した緊張用部材の端部を固定してリングを形成するものであって,その緊張用部材の端部を固定するために,セグメントの内面側に凹部を形成し,この凹部内に支承金具を取り付けたものである。緊張用部材の端部を緊張固定しても,軸方向に圧縮力が付与されるだけであり,凹部には緊張用部材の緊張による曲げモーメントが加えられるような構成ではない。このように,支承金具は,単に耐圧板として作用するだけであり,また,凹部の壁に沿って拡大しアンカー筋で固定した拡大部は,凹部に緊張による曲げモーメントが加わらないのであるから,単なる凹部の保護及び支承金具自身の脱落を防止するためのものでしかなく,緊張用部材の緊張力に対して耐えるための強化にはなっていない。
イ 審決は,また,引用発明2の「支承金具は,拡大した取付部分が凹部内の壁に沿っており,アンカー筋により凹部のコンクリート内壁に固定される・・・から,・・・支承金具が固定された凹部は引張りに対して保護又は補強されることは当業者であれば容易に理解し得ることである」(同第4段落)と認定しているが,誤りである。
デルタ状の凹部に取り付けられた支承金具は,断面L字状を呈するものであり,その短辺側に緊張用部材の端部が定着され,緊張用部材に緊張力が付与されると,その緊張力は短辺側に対して圧縮力になり,短辺側が反力板になるにすぎず,支承金具の長辺側(拡大した取付部分)には圧縮力はほとんど影響しない。したがって,支承金具が固定された凹部は,引張りに対して保護又は補強されていることにはならない。
ウ さらに,審決は,引用例2記載の「『アンカー筋で固定された他の拡大面部分』(支承金具の拡大された取付部分)は,特定用途のコンクリート部材で用いる耐圧部材でないと適用できないという構造ではな」(同8頁第3段落)いと認定している。しかしながら,凹部に取り付けられた支承金具の構成は,短辺側と長辺側とがほぼ直角に一体的に接続された断面L字状を呈するものであるから,長辺側を勝手に短辺側から分離し,拡大解釈して,当該部分は「特定用途のコンクリート部材で用いる耐圧部材でないと適用できないという構造ではない」と認定することは,著しく不当である。
(3) 周知技術の認定の誤り 審決は,コンクリート製品の耐圧部材について,「底部とこれに連続する拡大部分を有し,拡大部分は凹部内の壁に沿う形状をしたコンクリート体に設ける耐圧部材は,本願出願前周知」(審決謄本8頁第4段落)であるとして,実公平4-13297号公報(甲28),実願昭56-73424号(実開昭56-173411号)のマイクロフィルム(甲29),実願昭50-106397号(実開昭52-19917号)のマイクロフィルム(甲30)及び実公昭58-38093号公報(甲31)を引用する。
しかしながら,従来周知の耐圧部材は,いずれもコンクリート構造物にプレストレスを付与するPC鋼材(緊張材)を緊張するときに,PC鋼材における端部の固定(PC定着部)に使用されるものであって,緊張材の緊張力によってPC定着部に曲げモーメントが働くようなコンクリート構造物ではない。上記甲28〜甲31に開示されている定着部は,使用される部位に曲げモーメントが生じないものであり,断面欠損分による構造上の弱点部分を補填するためのものではない。
(4) 容易想到性の判断の誤り 審決は,引用発明2の支承金具の取付け構造は定着凹部が引張力に対し強化している構造であること,引用発明1において,引張力を十分に受け止めるため,定着凹部を含むプレキャストコンクリート板の強化は当然に求められる技術課題であること,引用発明2の支承金具の拡大された取付部分は,特定用途のコンクリート部材で用いる耐圧部材でないと適用できないという構造ではないことから,引用発明1の法面擁護用プレキャストコンクリート部材において,耐圧部材を,底部とそれに連続して凹部の壁に沿って拡大する取付部分を備えた鋼製の部材とし,底部と取付部分にアンカー筋を設けることは当業者が容易に想到し得ることであり,底部とこれに連続する拡大部分を有し,拡大部分は凹部内の壁に沿う形状をしたコンクリート体に設ける耐圧部材は,甲28〜甲31により本願出願前周知であるから,引用発明1の耐圧部材として,定着凹部の内面に沿って函体を密着して設け,この函体の底部及び側部に突設したアンカー筋がプレキャストコンクリート板内に埋設されるようにすることは当業者が必要に応じて適宜し得る設計的事項にすぎない(審決謄本7頁〜8頁「(@)相違点(1)について」)と判断しているが,誤りである。
引用発明1及び引用発明2並びに周知技術に関する審決の認定が誤りであることは上記のとおりであり,特に,引用発明1の法面擁護用プレキャストコンクリート部材には,耐圧部材は取り付けられていないから,存在しない耐圧部材に対して,底部とそれに連続して凹部の壁に沿って拡大する取付部分を備えた部材とすること自体が不可能であり,当業者の容易に想到し得る事項ないし設計的事項ではない。
3 取消事由3(相違点2の判断の誤り) 審決は,本件発明と引用発明1との相違点2として認定した,「前者(注,本件発明)では,函体の開口部周縁の鍔部で,定着凹部の開口部における周縁を覆うのに対し,後者(注,引用発明1)では,そのような構造であることが記載されていない点」(審決謄本6頁「(1)対比」第2段落)について,昭和53年9月20日コロナ社8版発行,六車熙著「プレストレストコンクリート」83頁(甲32)の周知技術を引用した上,引用例1記載の「耐圧部材を,底部とそれに連続して凹部の壁に沿って拡大する取付部分を備えた部材とする場合に,それに定着凹部の開口部周縁を覆う鍔部を設けることも当業者が適宜なし得る設計事項である」(同8頁〜9頁「(A)相違点(2)について」)と判断しているが,誤りである。
引用発明1の法面擁護用プレキャストコンクリート部材には,耐圧部材は取り付けられていないから,存在しない耐圧部材に対して,底部とそれに連続して凹部の壁に沿って拡大する取付部分を備えた部材とし,それに加えて,定着凹部の開口部周縁を覆う鍔部を設けることは不可能であり,当業者の設計事項となるはずはない。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過) 審決は,本件発明における全体的な作用効果も,引用例1,2の記載事項,荷重の分散に関する甲4公報の記載事項及び技術常識から当業者が予測し得る程度のものであって,格別顕著なものとはいえない(審決謄本9頁第2段落)と判断しているが,誤りである。
本件発明においては,プレキャストコンクリート板全体を薄くし,かつ,定着凹部の形成によって生ずる断面欠損分による構造上の弱点部分に対する対策と,その定着凹部に加えられる緊張材の緊張による曲げモーメントに対する対策とを図ることが重要な課題である。この課題を解決し,鋼製の函体が定着凹部の形成によるコンクリートの断面欠損分を補填することにより構造上の弱点部分を補強することができるという,本件発明に独特な作用効果は,引用例1,2及び甲4公報の記載事項からは到底奏することができず,当業者の予測し得ない格別顕著なものである。本件発明における「断面欠損分の補填」の技術的意義は,凹部の形成によって断面が減じ,曲げモーメントとせん断力とに対する耐力が弱くなった分,すなわち,断面欠損分を補うことであって,鋼製の函体は,従来から使用されている支圧板又は耐圧板とは全く異なった作用効果をもたらすものである。
被告らの反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 原告は,引用発明1のコンクリート部材には耐圧部材は設けられていないと主張するが,引用例1(甲9)の図3(断面図)に図示されたコンクリートブロックは,引張材(緊張材)を取り付ける前の状態を示したものであり,図5(実施例)及び図6(従来構成)には,引張材9の引張力を定着凹部の底部との接触面で受ける耐圧部材(符号は付されていない)が明示されている。これらの図5及び図6に図示されたコンクリート部材に形成された定着凹部は,緊張材の外径に対して本件発明の実施例に示されたものほど大きくはないので,耐圧部材のサイズも小さいものとなっているが,定着凹部の底部のほぼ全面にわたる大きさであることは看取し得るものである。耐圧部材は,緊張材の引張力を面で受けて定着凹部に伝える周知技術である。
(2) 原告は,引用発明1には引張材の引張力を分散させる役目を果たす支圧板は配置されているが,曲げモーメントに対抗する補強ではないので,断面欠損分による構造上の弱点部分に対する補強にならないとも主張するが,本件特許出願の願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)及び本件明細書の記載と矛盾し,その特許請求の範囲の記載を超えるものであり,失当である。
2 取消事由2(相違点1の判断の誤り)について (1) 本件発明の認定の誤りについて ア 当初明細書(甲14,乙1)の発明の詳細な説明中,「コンクリートの断面欠損分を補填すること」に関する記載は,【作用】欄の「プレキャストコンクリート部材本体における緊張材の定着凹部の内面に沿って設けた補強体の断面が,コンクリートの断面欠損分を補填することにより,構造上の弱点部を補強する」(段落【0008】)との記載と【実施例】欄の「函体7が定着凹部に埋設されることにより,その断面がコンクリートの断面欠損分を補填するので構造上の弱点部分を補強できる」(段落【0014】)との記載のみである。このように,補強体の断面がコンクリートの断面欠損分を補填するという記載にすぎず,更に加えて,その内容を具体的に明らかにした記載はない。この補強体による断面欠損分の補填の技術的意義を本件明細書の記載及び本件発明に係る補強体の実際の機能に基づいて判断すると,緊張材による引張力を補強体のコンクリート部材接触面で分散させるという作用,すなわち,耐圧部材としての作用であり,それ以上のものではない。
イ 本件明細書(甲2)に記載された【発明が解決しようとする課題】である「定着凹部がプレキャストコンクリート部材にとっては断面欠損となるため,これが構造上の弱点となっていた」(段落【0005】ことは,法面に使用される板状のプレキャストコンクリートやその他梁状のプレキャストコンクリートに形成される定着凹部に関して共通する課題である。さらに,実施例では,段落【0017】及び段落【0018】において,板状や梁状のプレキャストコンクリートに限らず,プレキャストコンクリート柱やプレキャストコンクリート床までが発明の対象となることが明示されている。本件発明の補強体は曲げモーメントに抗するものであるとする原告の主張は,本件明細書及び図面の記載並びに技術常識から見て成り立たない。本件発明は,特許請求の範囲の記載の補正により,法面擁壁用の略十字状のプレキャストコンクリート板に限定されているが,その発明の要旨あるいは本質を検討するに当たっては,当初明細書に記載されている課題や実施例の適用範囲等を参酌すべきことは当然である。
ウ 以上のとおり,本件発明の補強体が補填されることによる機能は,緊張材による引張力の分散と凹部内側面を覆うという作用であり,公知技術に対して,何ら新たな効果を付加するものではなく,凹部内側面を覆う範囲の量的な差にすぎないものである。なお,プレキャストコンクリート部材に緊張材の取付けのために定着凹部が形成されることは本件特許出願前に周知の技術であり,その部分が他の部分よりも厚さが薄くなっていることも事実であるが,このようなプレキャストコンクリート部材が,その定着凹部の部分で破壊するというような状況はこれまでに生じておらず,定着凹部の部分からの破壊防止というような現実的な課題も存在していなかった。ただ,定着凹部では緊張材が締結部材などで固定されるので,クラックの発生等を防止するためその定着凹部の底部に,耐圧部材を補強のために設ける必要はあるが,このことは公知技術にほかならない。
(2) 引用発明2の認定の誤りについて ア 原告は,引用発明2のセグメントの定着凹部に設置される支承金具は,曲げモーメントに抗するための部材ではないと主張する。しかしながら,上記主張が前提とする,曲げモーメントが加わるようなものにのみ本件発明が機能するとの点は,本件明細書には「曲げモーメント」との記載がなく,当初明細書に表されている技術的思想の範囲を超えることからしても,主張自体失当であり,引用発明2の支承金具が,曲げモーメントに抗するための部材ではないことをもって引用例として採用すべきでないとの主張もまた,本件発明の要旨から逸脱するものというほかはない。
イ 引用発明2の支承金具は,緊張材の引張力を面で受けているものであり,緊張材の取り付けられる定着凹部の補強機能を奏しているものである。支承金具が,少なくとも定着凹部を構成する四つの内側面のうち二つの内側面を覆っていることは,引用例2(甲5)の図面から確認できるものであり,その面の上端の角部の保護もされているから,実質的な補強になっていないとする原告の主張は失当である。
ウ 原告は,引用発明2の支承金具が固定された凹部は引張りに対して保護又は補強されていないと主張する。しかしながら,支承金具は,緊張用部材の緊張力に対する反力板として機能し,かつ,凹部を覆うことで,支承金具が固定された凹部を引張りに対して保護又は補強しているのであり,このことは,本件明細書(甲2)の図5に図示されているプレキャストコンクリート梁への応用例の場合の作用効果と同様である。本件発明の補強体との技術的な実質的差異は,定着凹部の内側面を覆う量の差のみである。
(3) 周知技術の認定の誤りについて 原告の主張は,周知例に例示された技術が曲げモーメントが働くようなコンクリート構造物でないというものであるが,上記のとおり,原告において,本件発明は曲げモーメントが働くようなコンクリート構造のみを対象にする技術であると主張することは,本件発明の要旨を変更することとなり,許されない。
(4) 容易想到性の判断の誤りについて 審決の引用発明1及び引用発明2並びに周知技術に関する認定に誤りはなく,相違点1に係る容易想到性の判断に関する原告のその余の主張は,引用発明1に耐圧部材が存在しないことを前提にするものであって,失当である。
3 取消事由3(相違点2の判断の誤り)について 原告の主張は,引用発明1に耐圧部材が存在しないことを前提にするものであり,失当である。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過)について 原告主張の作用効果は,「緊張材の定着凹部の内面に沿って密着して設けた補強体である鋼製の函体」から成る本件発明の構成から予測し得る範囲内のものである。本件明細書の記載からすれば,種々のプレキャストコンクリート部材に適応可能な作用効果でなければならないところ,それは定着凹部の内側面に接触するように設けた部材により,引張力を分散し,内側面を保護するという公知の一般的な作用効果にほかならない。
当裁判所の判断
1 取消事由2(相違点1の判断の誤り)について (1) 審決は,本件発明と引用発明1との相違点1として認定した,「前者(注,本件発明)では,定着凹部に設けられる耐圧部材として,定着凹部の内面に沿ってその定着凹部の形成による断面欠損分を補填するための『補強体である鋼製の函体』が設けられ,かつ該函体の底部及び側部に突設したアンカー筋がプレキャストコンクリート板内に埋設されるのに対し,後者(注,引用発明1)では,耐圧部材がそのような構造であることが記載されていない点」(審決謄本6頁(1)「対比」第2段落)について,引用発明1及び引用発明2並びに周知技術により当業者が容易に発明をすることができたもの(同7頁〜8頁「(@)相違点(1)について」)と判断して,本件発明の進歩性を否定しているが,その判断過程は,次のとおりである。
すなわち,@まず,引用例2(甲5)には「支承金具」の機能,取付け理由についての説明はないが,「緊張用部材7を緊張させると円筒状に配したセグメント(図1)が締め付けられるが,そのとき緊張用部材7の端部を支持する凹部10内の支承金具12,17に緊張力(引張力)が掛かることは自明である」(審決謄本7頁「(@)相違点(1)について」第2段落),「支承金具は,拡大した取付部分が凹部内の壁に沿っており,アンカー筋により凹部のコンクリート内壁に固定される(即ち,支持部分が広い。)から,支承金具が,引張りに対しより強い抵抗力を示すこと,言い換えれば,支承金具が固定された凹部は引張りに対して保護又は補強されることは当業者であれば容易に理解し得ることである」(同第4段落),「支承金具の取付け構造・・・は,定着凹部内において緊張用部材7の端部を支持する『短辺部分14,19』(アンカー筋で固定)が,その取付部分を壁に沿って拡大し,拡大部もアンカー筋で固定することにより,定着凹部が引張力に対しより耐え得るように強化している構造であることを教示している」(同第5段落)と認定した上,A引用発明1のような,「中央部に定着凹部が設けられ,腕部が交差して一体形成された法面擁壁用のプレキャストコンクリート板においては,引張力を十分に受け止め得るようにするため,定着凹部を含むプレキャストコンクリート板の強化は当然に求められる技術課題である」(同8頁第2段落)として,B引用発明2の「『アンカー筋で固定された他の拡大面部分』(支承金具の拡大された取付部分)は,特定用途のコンクリート部材で用いる耐圧部材でないと適用できないという構造ではなく,又,鋼は耐圧部材の材料としてごく普通のものである。したがって,甲第6号証(注,引用例1)に記載の法面擁護用プレキャストコンクリート部材において,耐圧部材を,底部とそれに連続して凹部の壁に沿って拡大する取付部分を備えた鋼製の部材とし,底部と取付部分にアンカー筋を設けることは当業者が容易に想到し得る」(同第3段落)とし,Cさらに,本件特許出願前の頒布刊行物である甲28〜甲31を引用して,「底部とこれに連続する拡大部分を有し,拡大部分は凹部内の壁に沿う形状をしたコンクリート体に設ける耐圧部材は,本願出願前周知」であるから,引用発明1の耐圧部材として,底部とそれに連続して凹部の壁に沿って拡大する取付部分を備えた部材を採用する場合に,「定着凹部の内面に沿って函体を密着して設け,該函体の底部及び側部に突設したアンカー筋がプレキャストコンクリート板内に埋設されるようにすることは当業者が必要に応じて適宜なし得る設計的事項に過ぎない」(同第4段落)と判断している。
(2) そこで,まず,審決が容易想到性の判断の前提とした引用発明2に関する上記(1)の@の認定について,原告主張の誤りがあるか否かについて検討する。
ア 引用例2(甲5)には,発明の詳細な説明中,【実施例】として,「緊張部用セグメント4の内面側4cの一方の端部には,外面側に向かって斜めに形成された凹部10が設けられ,他方の端部には凹部10とは逆向きの凹部11が同様に設けられている」(段落【0016】),「凹部10には支承金具12が埋め込まれ,アンカー筋13によってセグメント本体に固着されている。支承金具12の斜めに立ち上がった短辺部分14にはシース5の受孔15を設けてあり,ワッシャー16を介して緊張用部材7の可動定着具8が支承される」(段落【0017】),「凹部11には支承金具17が埋め込まれ,アンカー筋18によってセグメント本体に固着されている。支承金具18の斜めに立ち上がった短辺部分19にはシース6の受孔20を設けてあり,ワッシャー21を介して緊張用部材7の固定定着具9が支承される」(段落【0018】)と,【発明の効果】として,「本発明(注,引用発明2)では,セグメント1と緊張部用セグメント4は緊張用部材7によってプレストレスを付与されリング3を構成しており,隣り合うセグメント1,1の接合端面1a,1b同志の間およびセグメント1の接合端面1a,1bと緊張部用セグメント4の接合端面4a,4bの間には圧縮方向の力が働いている。
そのため,リング3を軸線方向に順次接合して築造された大断面のトンネルに大量の雨水が流入してトンネルの内側圧力が外側圧力より大きくなっても,緊張用部材7が切断したりセグメント1,4が破断しない限り,セグメント1,4の各接合端面間の開離は的確に阻止され,内部雨水の漏出による地下水汚染の問題は発生しない」(段落【0020】)と記載され,また,図4及び図5には,緊張部用セグメントの端部の拡大縦断面図が図示されており,支承金具12及び支承金具17は,ほぼL字形状であることが示されている。
イ これらの記載及び図面によれば,支承金具はほぼ断面L字形状であるから,その短辺側に定着された緊張用部材に緊張力が付与されると,その緊張力は短辺側の面に対しては引張力が働くが,長辺側は短辺側とほぼ直交しているから,その表面には引張力はほとんど働かないものと認められる。また,セグメント1の接合端面と緊張部用セグメント4の接合端面との間に圧縮方向の力が働いているとの記載はあるが,凹部に引張力に対する補強が必要であること,支承金具が凹部を補強していることなどの記載はない。そうすると,引用発明2の構成について,支承金具が固定された凹部は拡大した取付部分の存在により引張りに対して保護又は補強されており,支承金具の取付け構造はその取付部分を壁に沿って拡大することにより定着凹部が引張力に対しより耐え得るように強化しているとする審決の上記認定は,誤りであるといわなければならない。
ウ この点について,被告らは,引用発明2の支承金具は緊張材の引張力を面で受けているから定着凹部の補強機能を奏しているものであり,支承金具は,緊張用部材の緊張力に対する反力板として機能し,かつ,凹部を保護することで,凹部を引張りに対して保護又は補強しているのであって,このことは,本件明細書(甲2)の図5に図示されているプレキャストコンクリート梁への応用例の場合の作用効果と同様であると主張する。
しかしながら,審決は,引用発明2の拡大部分を引用発明1に適用していることに照らすと,引用発明2では,支承金具の拡大した取付部分が定着凹部を引張力に対し強化していると認定しているのであり,引張力を面で受けていること,あるいは,凹部を保護していることを理由に補強しているとの認定をしているわけではない。また,本件発明は,プレキャストコンクリート板に係る発明であるから,被告ら主張のように,プレキャストコンクリート梁に関する記載に言及することは意味がないが,プレキャストコンクリート梁に係る実施例においても,函体は凹部を形成する四つの面すべてに密着して設けられているから,引用発明2の支承金具とは異なることは明らかである。したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
エ 審決は,上記(1)のA及びBのとおり,引用発明1においては引張力を十分に受け止めるために定着凹部を含むプレキャストコンクリート板の強化は当然に求められる技術課題であり,引用発明2に前記支承金具の拡大した取付部分が定着凹部を引張力に対し強化していることを前提として,引用発明1に引用発明2を適用することの容易想到性を判断しているが,引用発明2の上記認定が誤っていることは前示のとおりであるから,審決は,上記判断の前提において誤っているものといわざるを得ない。
(3) 次に,周知技術に関する上記(1)のCの認定に原告主張の誤りがあるか否かについて検討する。
ア 審決は,コンクリート製品の耐圧部材について,「底部とこれに連続する拡大部分を有し,拡大部分は凹部内の壁に沿う形状をしたコンクリート体に設ける耐圧部材」は,本件特許出願前周知であるとして,実公平4-13297号公報(甲28),実願昭56-73424号(実開昭56-173411号)のマイクロフィルム(甲29),実願昭50-106397号(実開昭52-19917号)のマイクロフィルム(甲30)及び実公昭58-38093号公報(甲31)を引用した上,引用発明1の耐圧部材として,底部とそれに連続して凹部の壁に沿って拡大する取付部分を備えた部材を採用する場合に,定着凹部の内面に沿って函体を密着して設け,この函体の底部及び側部に突設したアンカー筋がプレキャストコンクリート板内に埋設されるようにすることは当業者が必要に応じて適宜し得る設計的事項であると判断している。
イ この点について,原告は,従来周知の耐圧部材は,いずれもコンクリート構造物にプレストレスを付与する緊張材の端部に使用されるものであって,緊張材の緊張力によって定着部に曲げモーメントが働くようなコンクリート構造物ではなく,断面欠損分による構造上の弱点部分を補填するためのものではないと主張する。本件発明において,上記主張のように定着凹部に曲げモーメントが働いているか否かはさておき,本件発明は,本件明細書(甲2)の特許請求の範囲の【請求項1】に規定されているとおり,「定着凹部の内面に沿ってその定着凹部の形成による断面欠損分を補填するための補強体である鋼製の函体が密着して設けられ」るものであり,鋼製の函体は,定着凹部の形成による断面欠損分を補填するための補強体である。これに対して,甲28〜甲31に開示されている定着部について見ると,甲28(コンクリート構造物等のブレストレス力を与えるPC鋼材の定着部)には,「アンカーヘッド嵌合部13内にモルタル等を充填して定着を完了する」(4欄41行目〜42行目)と,甲29(PC鋼材用定着体)には,「注入口17より緊張用孔7およびグラウト用孔20を通じてシース2内にグラウト(例えばモルタル,グリース等)を注入する」(5頁下から2行目〜6頁2行目)と,甲30(プレストレストコンクリート用定着装置)には,「その後,スペーサ4および型枠5を取り外し,アンカー領域にモルタル10を充填する」(2頁下から4行目〜2行目)と,甲31(PC鋼材用定着体)には,「次に入口内面のねじ9に注入口17を有する蓋16をねじ込んで取付け,注入口17より緊張用孔7およびグラウト用孔8を通じてシース2内にグラウト(例えばモルタル,グリース等)を注入する」(4欄6行目〜9行目)と記載されているとおり,凹部にモルタル等が充填されるため,定着凹部の形成による断面欠損分は存在しないことが明らかである。したがって,審決が周知技術として認定した事項は,本件発明の鋼製の函体の作用である,定着凹部の形成による断面欠損分の補填とは関係がないものであり,これを相違点1に係る本件発明の容易想到性の判断の基礎とした審決は,誤りというべきである。
ウ 被告らは,本件特許出願の当初明細書の記載によれば,本件発明の補強体による断面欠損分の補填とは,緊張材による引張力を補強体のコンクリート部材接触面で分散させるという作用,すなわち,耐圧部材としての作用であり,それ以上のものではなく,本件発明の補強体が補填されることによる機能は,緊張材による引張力の分散と凹部内側面を覆うという作用であり,公知技術に対して新たな効果を付加するものではなく,凹部内側面を覆う範囲の量的な差にすぎない旨主張する。
しかしながら,本件明細書(甲2)の特許請求の範囲の【請求項1】が規定する「定着凹部の形成による断面欠損分の補填」との構成は,凹部を形成したことによる構造上の弱点全般の補填を意味するものであり,また,凹部を形成すると凹部の底面及び側面の耐圧力が低下することは技術常識であるから,凹部の底面に負荷される引張力のみならず,側面に負荷される横方向の圧力に対する抵抗力の低下をも補填することを意味していると解するのが相当である。また,本件発明においては,定着凹部の形成による断面欠損分を補填するために,定着凹部の内面に沿って鋼製の函体が密着して設けられ,鋼製の函体は凹部の底面及び四つの側面をすべて密着して覆うことが必須の構成要件となっているものである。したがって,定着凹部の形成による断面欠損分を補填するとの課題の開示のない審決引用の各証拠と比較して,本件発明が,公知技術に対して新たな効果を付加するものではなく,凹部内側面を覆う範囲の量的な差にすぎない旨の被告らの主張は失当といわなければならない。
(4) そうすると,審決は,引用発明2及び周知技術の認定を誤り,これらを前提として相違点1に係る本件発明の容易想到性を判断したものであって,相違点1の判断は誤りであるといわざるを得ず,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
2 以上のとおり,原告の取消事由2の主張は理由があるから,その余の点について判断するまでもなく,審決は違法として取消を免れない。
よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 長沢幸男