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関連審決 不服2001-508
関連ワード 技術的思想 /  容易に発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  優先日 /  容易に想到(容易想到性) /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 340号 審決取消請求事件
原告 ザ リージェンツオブ ザ ユニバーシティオブ カリフォ ルニア
同訴訟代理人弁護士 熊倉禎男
同 吉田和彦
同 渡辺光
同訴訟代理人弁理士 西島孝喜
被告 特許庁長官 今井康夫
同指定代理人 渡部利行
同 大野克人
同 森竜介
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/09/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が不服2001-508号事件について平成14年2月22日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文第1,2項と同旨
前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成3年1月14日,発明の名称を「レーザー励起共焦点顕微鏡によるけい光スキャナとその方法」(後に「ゲルスキャナとゲル内のDNA断片からの蛍光を検出する方法」と補正)とする発明につき特許出願(平成3年特許願第216662号。以下「本件出願」といい,この出願に係る発明を「本願発明」という。)をした(パリ条約によりいずれも米国を優先権主張国とする優先日平成2年1月12日,同平成2年6月1日を主張)。本件出願について,特許庁は,平成12年10月11日付けで,特許を拒絶すべき旨の査定をした(甲1ないし3,弁論の全趣旨)。
(2) 原告は,上記拒絶査定を不服とし,平成13年1月15日,審判の請求をし,同請求は不服2001-508号事件として特許庁に係属した。原告は,平成13年11月28日付け手続補正書により,本願発明に係る明細書の特許請求の範囲変更を行った。特許庁は,上記補正後の明細書により本願発明の要旨を特定した上,上記事件について審理を遂げ,平成14年2月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」とする審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は平成14年3月11日,原告に送達された(甲1,3,弁論の全趣旨)。
2 前記補正後の本願発明の要旨は,次のとおりである(甲2,3。以下,請求項1に係る発明を「本願発明1」という。)。
【請求項1】 走査しようとするゲルを支持するキャリヤーと,所定の波長の光ビームを形成する手段と,前記の所定の波長の光ビームを受け,走査しようとするゲルの方にその光ビームを向けるダイクロイック・ビームスプリッタと,前記の光ビームを受け,そしてその光ビームをゲルの選択した部分に焦点を結ばせて異なる波長の蛍光を発生させ,そのゲルの選択した部分から発生した蛍光を集めて,その蛍光を通すが,前記の所定の波長の光は反射する前記のダイクロイック・ビームスプリッタへ向ける対物レンズと,前記のゲルの選択した部分から発生した蛍光が前記の対物レンズにより焦点を結ぶ位置に配置された空間フイルタであって,バックグラウンド光と散乱光とを排除して,その蛍光を受け,そしてそれを通過させる空間フイルターと,この空間フイルターを通過した光をスペクトル・フイルターして蛍光波長以外の波長の迷光を排除するスペクトルフイルターと,このスペクトルフイルターを通過し,フイルターされた光を検出し,そして出力信号を与える手段と,ゲルの異なる部分を走査するために焦点を結んだ前記の光ビームとゲルとの間で相対移動をさせる手段と,前記の出力信号を受け,ゲルの選択された部分からの蛍光像をつくるプロセッサとを備えることを特徴とするゲルスキャナ。
【請求項2】 ゲルの所定の部分に対物レンズで焦点を結ばせて所定の波長の光エネルギーで前記のゲルの所定の部分を励起してその部分から異なる波長の蛍光を放出させ,前記のゲルの所定の部分から放出された蛍光を前記の対物レンズで集め,その対物レンズからの光をスペクトル・フィルタして前記の所定の波長や他の波長の光を反射し,そして前記の異なる波長の蛍光を通過させ,この異なる波長の蛍光を空間的にフィルターし,そしてスペクトル・フイルターしてバックグラウンド光や散乱光を排除し,そして前記のゲルの所定の部分から放出された蛍光を通過させ,そしてこのフイルターされた光エネルギーを検出器に加え,ゲル内のDNA断片からの蛍光を表す出力信号を発生することを特徴としたゲル内のDNA断片からの蛍光を検出する方法。
3 本件審決の理由の要旨(甲1) (1) 本願発明1と特開昭63-263458号公報(甲4。以下「刊行物A」という。)に記載された従来技術に係る発明(以下「引例A発明」という。)とを対比すると,両者は「走査しようとするゲルを支持するキャリヤーと,所定の波長の光ビームを形成する手段と,前記の所定の波長の光ビームを受け,走査しようとするゲルの方にその光ビームを向けるダイクロイック・ビームスプリッタと,前記の光ビームを受け,そしてその光ビームをゲルの選択した部分に焦点を結ばせて異なる波長の蛍光を発生させ,そのゲルの選択した部分から発生した蛍光を集めて,その蛍光を通すが,前記の所定の波長の光は反射する前記のダイクロイック・ビームスプリッタへ向ける対物レンズと,前記のダイクロイック・ビームスプリッタを透過した蛍光をスペクトル・フイルターして蛍光波長以外の波長の迷光を排除するスペクトルフイルターと,このスペクトルフイルターを通過し,フイルターされた光を検出し,そして出力信号を与える手段と,ゲルの異なる部分を走査するために焦点を結んだ前記の光ビームとゲルとの間で相対移動をさせる手段と,を備えることを特徴とするゲルスキャナ。」である点で一致し,次の各点で相違する。
ア 本願発明1においては,ゲルの選択した部分から発生した蛍光が対物レンズにより焦点を結ぶ位置に空間フイルターが配置され,当該空間フィルターがバックグラウンド光と散乱光とを排除して,その蛍光を受け,そしてそれを通過させるものであるのに対して,刊行物Aに記載された発明においては,ゲルの選択した部分から発生した蛍光が対物レンズにより焦点を結んでいるか否かが明確でなく,また,空間フィルターが設けられていない点(以下「相違点(1)」という。) イ 本願発明1においては,出力信号を受けてゲルの選択された部分からの蛍光像をつくるプロセッサが設けられているのに対し,刊行物Aに記載された発明においては,出力信号を受けてゲルの選択された部分からの蛍光像をつくるプロセッサが設けられているのか否か明確でない点(以下「相違点(2)」という。) (2) 相違点(1),(2)について検討する。 ア 相違点(1)について 特開昭63-306413号公報(甲5。以下「刊行物B」という。)には,試料上の特定領域から蛍光を検出する際,対物レンズと空間フィルターに相当するピンホールからなる共焦点構成を用いて当該領域以外からの外乱となる光が除去されるようにする発明(以下「刊行物B発明」という。)が記載されている。
バックグラウンド光(背景光)や散乱光などの外乱となる光の影響がある引例A発明において,外乱となる光を除去するために本件出願前に公知である刊行物B発明を採用することは,光を検出する際,目的とする光を感度良く検出するために外乱となる光を除去するという目的が本件出願前に周知であり,また,引例A発明において刊行物B発明を採用することを阻害する要因も見出せないから,当業者であれば容易に想到し得ることである。そして,引例A発明において刊行物B発明を採用する際,対物レンズとしてどのようなレンズを用いるかや空間フィルターとスペクトルフィルターの配置関係をどのようにするかは,当業者が適宜決定し得る事項である。
また,引例A発明における光学系と刊行物Bに記載された共焦点構成の光学系とを組み合わせることによって得られる効果は,それぞれの光学系が有する効果の総和以上のものではない。 イ 相違点(2)について 引例A発明では,DNA断片につけた蛍光物質をレーザー光で励起し,蛍光波長の光のみを受光し測定することによりDNA断片の泳動パターンを検出している以上,蛍光像をつくる手段があるのは明らかであり,当該手段をプロセッサで構成することは,当業者であれば容易に想到し得ることである。 (3) 以上のことから,本願発明1は,引例A発明及び刊行物B発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができず,前記2の請求項2に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は拒絶されるべきものである。
当事者の主張
(原告の主張する本件決定の取消事由) 1 本件審決は,相違点(1)の判断において,目視も可能なゲル中のDNA断片の分散状況の観測を自動化するための装置である引例A発明に,極微細な(解像度が1μm以下の)画像を得るための装置である刊行物B発明を組み合わせて,本願発明1の相違点(1)に係る構成にすることが容易であると判断したが,以下に述べるとおり,この判断は誤りである。
(1) 引例A発明と刊行物B発明とを組み合わせる動機づけがないことについて ア 引例A発明は,DNAの塩基配列を解析する装置であって,いわゆるバイオテクノロジーの技術分野に属するのに対し,刊行物B発明は,光学顕微鏡であって,多方面に使用されることはあっても光学の技術分野に属し,両発明の技術分野は大きく異なる。
イ また,引例A発明は,電気泳動法によってゲル中に分散(展開)されたDNA断片の分布状態を調べることを目的とする装置ないし技術である。換言すれば,DNAを直接目視可能なように拡大して,DNA中のA(アデニン),T(チミン),C(シントン)及びG(グアニン)の各塩基の存在を確認するためのものではなく,単に,DNA断片がゲル中のどこに多く分布しているかさえ観察できればよい。
これに対し,刊行物B発明は,光学顕微鏡であって,ある物(試料)の微細な構造を目視できるように拡大するための装置であり,ゲル中のDNA断片の分布状態の解析とは無縁である。また,A,T,C及びGの各塩基は,極めて小さく(数nm以下),これに対し,光学顕微鏡で解析できるのは,可視光(波長約400〜700nm)の回折限界まで絞ったとしても,せいぜい波長程度の大きさであって,各塩基の存在を光学顕微鏡で目視することは不可能である。
ウ さらに,このような相違から,観測対象となる領域の大きさも,全く異なる。引例A発明では,蛍光の有無(強弱)によって,一定の領域に多数のDNA断片が分布しているかどうかを判断するのであるから,ある程度の拡がりをもった領域内全体について,蛍光の有無を判断することが可能であり,むしろその方が,微弱な蛍光光を多く集め,感度を高くし,最適な条件で解析ができる。逆に,微小な範囲に絞り込んで蛍光の有無を判断することは,当該測定点を含む領域内にDNA断片が集中して存在していたとしても,たまたま当該測定点にDNA断片が存在しなければ,当該測定点を含む領域内にDNA断片が存在しないとの判定になりかねず,また,仮に,当該測定点にDNA断片が存在していたとしても,DNA断片から発せられる蛍光は極めて弱いため,微小な範囲内から発せられる微弱な蛍光に測定装置が反応せず,やはり当該領域にはDNA断片が存在しないと判断される可能性が高く,DNAの塩基配列の解析装置としては全く用をなさない。
これに対し,刊行物B発明では,試料の構造を可及的に細かく観察することを目的としており,極めて小さな点を連続的に観察し(走査型),これを連続的に表示することで1つの画像を得るのであって,観測領域を小さくすればするほど,より良い解像度が得られるのである。したがって,刊行物B発明について,大きい領域内の光を観測することは,その目的や構成に反する結果となる。
エ(ア) 被告は,刊行物Bの記載を引用し,「刊行物B発明の走査型光学顕微 鏡は「生物・医学分野」にも有効なものであり,DNAの微細構造等の観察に好適なものである。」と主張する。
しかしながら,「DNAの微細構造」には,当然ながら,DNAの塩基の配列は含まれない。
すなわち,光学顕微鏡は,観察対象から発せられる(反射される)光を観察し,対象物の形状を把握するものであるから,光の性質上,概ね波長より小さい構造を観察することはできない。具体的には,解像度が数百nm程度のものが限界である。これに対し,DNAの二重螺旋の直径は約2nmであり,A,T,C及びGの各塩基の大きさは,せいぜい1nmであるから,光学顕微鏡でこれを直接観察することは,原理的に不可能である。刊行物B記載の「DNAの微細構造」が何を意味しているかは不明であるが,少なくとも,DNAの二重螺旋やこれを構成する個々の塩基まで含む趣旨ではないことは,当業者には明らかである。
(イ) また,被告は,「生物学的材料が観察の対象である点,照明された生物学的材料からの蛍光を検出できるものである点において,引例A発明と刊行物B発明の技術分野は共通している。」と主張する。
しかしながら,このような「技術分野」の主張は,極めて恣意的といわざるを得ない。すなわち,引例A発明は,DNAの塩基配列を特定するためのみに使用される装置に係る技術であり,他方,刊行物B発明に係る装置は,汎用的な光学顕微鏡である。刊行物B発明に係る装置を用いて生物の微細構造を観察できることは,被告も指摘するとおりであるが,解像度に限界があり,塩基配列を特定することは全くできない。また,「生物学的材料」を観察する方法においても,引例A発明が,DNA断片を電気泳動させた試料(ゲル)について,どこにDNA断片が集中して存在しているかのみを観察するものであって,ある程度の拡がりをもった領域を対象とし,その輪郭,形状,構造をほとんど問題としないのに対し,刊行物B発明では,「生物学的材料」をそのまま試料とし,可能な限り小さい「点」を観察し,これをつなぎ合わせる(走査する)ことで,微細構造を明らかにするものである。
したがって,引例A発明と刊行物B発明とでは,観察する対象,観察手段などが全く異なるのであって,技術分野が同じであるということはできない。
(ウ) さらに,被告の主張するとおり,バックグラウンド光や散乱光がS/N比を低下させる以上,当業者であれば,引例A発明においてそれらの光を除去しようと考えるのが自然な発想であることはそのとおりである。
しかしながら,このような「自然な発想」に対し,引例A発明(従来技術)を改良した刊行物Aに記載の発明は,従来技術において,S/N比を低下させる原因となっている背景光を排除して蛍光波長のみを分離することは,「実験的に可能な物理系」では不可能であるとの認識に立って,これを光学的な手法ではなく,電気信号的な処理によって解決している。換言すれば,刊行物A記載の技術的思想は,刊行物B発明におけるようなピンホールを用いる共焦点光学系を含む「実験的に可能な物理系」による背景光の除去が不可能であるというものであり,それだからこそ電気的な信号処理による解決を提案しているのである。したがって,刊行物Aの記載からは,引例A発明と刊行物B発明とを結び付ける動機づけがないというのみならず,引例A発明と刊行物B発明とを結び付けないようにする動機が記載されているというべきである。
オ 以上のとおり,両引例発明の技術分野,目的等は大きく異なるのであるから,当業者がこれらを組み合わせる動機は,全く存在しない。
(2) 引例A発明と刊行物B発明とを組み合わせたとしても本願発明1の構成に到らないことについて ア 仮に,引例A発明及び刊行物B発明を組み合わせることに想い到ってこれらを組み合わせたとしても,本願発明1の構成に到るわけではなく,DNAの塩基配列解析用の装置としては,全くといってよいほど使用できない性能の悪い装置にしかならない。
すなわち,刊行物B発明に係る顕微鏡は,対物レンズで光線を回折限界まで絞り,可及的に小さい点に光を集中させる。この光が集中する点を,試料の観測したい点に当てると,当該点から反射光ないし蛍光が発せられる。そこで,この光を対物レンズを用いて焦点に集め,当該焦点位置に設けたピンホールを通過させることで,試料の当該観測点以外からの光のほとんどを遮断し,これによって,試料の当該点の構造ないし状況を観察するのであり,走査することで全体の映像として構成することができる。このような構成をDNA塩基配列解析用装置に組み込んで,ゲル中のDNA断片の蛍光の発光の有無を観察する装置を製作したとしても,ゲルの極めて小さい1点しか観測することができず,走査させて広い範囲を観測しようとすれば,著しく多くの時間が必要となる。また,前述のとおり,点を測定することから,十分な蛍光を集めることができず,DNA断片の分布を測定することは実際上不可能である。
結局,引例A発明と刊行物B発明とを組み合わせても,解析速度を速くすることはできないし,感度が低くなるのであって,本願発明1の目的を達成することは到底不可能である。
イ また,引例A発明と刊行物B発明とを組み合わせた上で,照射光を回折限界まで小さく絞る構成を変更し,一定の拡がりのある領域に照射できるよう,拡がりをもった光となるような構成を想到することは,困難といわざるを得ない。
すなわち,そもそも,刊行物B発明に係る光学顕微鏡において共焦点方式が採用された理由は,反射光(蛍光)を可及的に小さく絞り,ピンホールを通すことで,照射した部分以外からくる光(外乱となる光)のほとんどを,ピンホールで遮断できるからである。これに対し,一定の拡がりのある領域を観察するためには,光を拡がりをもった部分に照射する必要があり,そこからの反射光又は蛍光をレンズで集光しても,やはり拡がりをもったものとなる。このような光をピンホールに通すと,観測の対象となる光まで遮断してしまい,ピンホールを透過した光は極めて弱くなり,観測に必要なだけの光を得ることができない。
この場合,ピンホールの穴を大きくすれば,問題は解決するが,そのような解決方法は,まさに後知恵であって,当業者が想到できるものではない。すなわち,ピンホールを用いた理由が前述のとおり外乱となる光を遮断することにある以上,これを大きくすることは,外乱となる光を多く通すことになってピンホールを使用する意味が著しく減少すると考えられるからである。
2 被告の反論 以下に述べるとおり,本願発明1に係る相違点(1)は,引例A発明と刊行物B発明に基づいて当業者が容易に想到することができたものであるとした本件審 決の判断に誤りはない。
(1) 引例A発明と刊行物B発明とを組み合わせる動機づけがないとの主張について ア 刊行物Bには,刊行物B発明に係る走査型光学顕微鏡は,通常の光学顕微鏡に比べて,注目している画素以外からの散乱光が無くてコントラストの良い画像が得られ,あるいは共焦点法,微分位相差法等の特殊で有効な画像形成ができ,更にOBIC(光誘起電流)像,光音響像など種々の物理現象の画像化ができるなどの利点を有しているため,「生物・医学分野」にも有効な顕微鏡として期待されている旨,また,刊行物B発明によれば,厚い試料の反射光断面像及び蛍光断面像を実時間で観察できることから,生物試料を生きたまま観察でき,「DNAの微細構造等の観察」に好適である旨が記載されている。
上記のとおり,刊行物B発明は,「生物・医学分野」「DNAの微細構造等の観察」にも有効な微小領域の光学的検出系であり,しかも,光ビームを走査し,光ビームが照射される微小領域の「蛍光」を検出できる光学的検出系に関するものである。このような光学的検出系が生物学的材料の観察に用いられることは,特開平1-102342号公報(乙1)にも記載されているように周知である。
他方,引例A発明は,DNA断片の泳動パターンの光学的検出に関するものであり,光ビームを走査し,光ビームが照射されるDNA断片からの蛍光を検出できる光学的検出系である。
したがって,引例A発明と刊行物B発明とは,生物学的材料が観察の対象である点,照明された生物学的材料からの蛍光を検出できるものである点において,技術分野を共通にしている。
イ また,刊行物Bには,対物レンズと空間フィルターに相当するピンホールからなる構成により,蛍光を検出しようとする特定領域以外からの光を除去することができる旨の説明がされており,刊行物Aには,バックグラウンド光(背景光)や散乱光などの光が,蛍光検出のS/N比を低下させる要因であることが記載されている。
この刊行物Aに記載されたバックグラウンド光や散乱光は,蛍光を検出しようとする特定領域以外からの光であり,S/N比を低下させる以上,当業者であれば,これらの光を除去しようと考えるのが自然な発想であり,その除去手段として刊行物Bに記載された構成が存在することは本件出願前に知られていたから,引例A発明に刊行物B発明を採用することに困難性は認められない。
ウ したがって,引例A発明と刊行物B発明とを組み合わせる動機づけがないとする原告の主張は理由がない。
(2) 引例A発明と刊行物B発明とを組み合わせたとしても本願発明1の構成に到らないとの主張について ア 原告は,上記主張の根拠として,刊行物B発明に係る装置は顕微鏡であり,DNA断片の分布を測定するにしては,観測範囲の大きさが小さく,また,ピンホールの穴の大きさが小さい旨主張している。
しかしながら,本願発明に係る明細書の特許請求の範囲には,「そしてその光ビームをゲルの選択した部分に焦点を結ばせて異なる波長の蛍光を発生させ,・・・バックグラウンド光と散乱光とを排除して,その蛍光を受け,そしてそれを通過させる空間フイルター」と記載されているのみであり,空間フィルターの大きさについては記載されておらず,刊行物B発明における「光ビームを試料の観察領域に焦点を結ばせる」こと,及び,ピンホールの大きさが,本願発明1のそれらと異なると認める根拠はない。さらに,上記明細書の詳細な説明をみても,本願発明1における光学系が共焦点顕微鏡であるのは明らかであるが,その共焦点顕微鏡が刊行物B発明や乙1に記載のものと異なるとする根拠は見出せない。
イ そもそも,測定対象や測定環境に合うように倍率の調整及び部品の選択をすることは,光学的測定を行う際に当業者が当然に考慮すべき事項であって,刊行物B発明の共焦点構成を引例A発明の光学系に採用する際に,引例A発明の蛍光検出のための光学系が,DNA断片の泳動パターンを検出するためのものであることを考慮して,光学系の倍率を調整したり,ピンホールなどを調整することは,当業者が適宜なし得ることである。
ウ したがって,原告の上記主張も理由がない。
当裁判所の判断
本件の争点は,本願発明1に係る構成が引例A発明及び刊行物B発明に基づき容易に想到できるとした本件審決の判断の当否である。以下,本件の争点について判断する。
1 引例A発明と刊行物B発明とを組み合わせる動機づけがないとの主張について 原告は,引例A発明に係る装置は,DNAの塩基配列を解析する装置であって,いわゆるバイオテクノロジーの技術分野に属するのに対し,刊行物B発明に係る装置は,光学顕微鏡であって,多方面に使用されることはあっても光学の技術分野に属し,両発明の技術分野は大きく異なること,また,引例A発明は,電気泳動法によってゲル中に分散(展開)されたDNA断片の分布状態を調べることを目的とする装置ないし技術に関するものであるのに対し,刊行物B発明は,光学顕微鏡であって,ある物(試料)の微細な構造を目視できるように拡大するための装置に関するものであり,引例A発明と刊行物B発明とでは,技術分野,目的等が大きく異なるから,当業者がこれらを組み合わせる動機は,全く存在しないと主張しているので,まずこの点について検討する。
(1)ア 刊行物A(甲4)には次の記載がある。
(ア) 「(産業上の利用分野) 本発明は,サンガーの方法によって核酸の 塩基配列を決定する過程で,特に予めプライマーを蛍光物質や燐光物質などの標識色素でラベルしておき,最終段階のゲル電気泳動からの配列の読取りをその標識色素からの発光を利用して分光学的方法により行なう装置に関するものである。」(1頁左下欄19行〜右下欄5行) (イ) 「(従来の技術) 従来の塩基配列決定装置としては,例えば「Nature誌」,第321巻,第674〜679ページ(1986年)のものや,・・・などがある。これらの塩基配列決定装置は,予めサンガー法・・・で処理したDNA断片にその末端塩基の種類(A(アデニン),G(グアニン),T(チミン),C(シトシン))に応じて別々の蛍光物質をつけたものを単一の泳動レーンで泳動させるか,又は同じ蛍光物質をつけたものを別々の泳動レーンで泳動させるかし,その蛍光物質をレーザ光で励起し,蛍光波長の光のみを受光し測定することによりDNA断片の泳動パターンを検出し,最終的に塩基配列を決定している。・・・ 第3図において,2(判決注:この数字は刊行物Aの説明図面記載の番号である。以下,各装置の各部分名の次に記載の各番号はいずれも各刊行物の説明図面記載の各番号を指す。)はポリアクリルアミドにてなる泳動ゲルであり,その両端が電極槽4,6に浸されている。・・・泳動ゲル2の一端には試料を注入するためのスロット10が設けられており,このスロット10に末端塩基別の試料が注入され,泳動電源8からの泳動電圧によって試料が泳動ゲル2中を矢印12方向に電気泳動し展開されていく。
14は励起光光源としてのレーザであり,励起光はハーフミラー又はダイクロイックミラー16で反射され,対物レンズ18を経て泳動ゲル2に照射される。泳動ゲル2中を泳動してきた試料の蛍光ラベルからの蛍光は再び対物レンズ18で集光され,ハーフミラー又はダイクロイックミラー16を透過して蛍光選択用干渉フィルタ20を通り,光電素子としての光電子増倍管22に受光され検出される。
第3図の装置では,1つの対物レンズ18を励起光照射用及び蛍光受光用に共用し,対物レンズ18及びそれと関連する光学系全体を試料の配列方向23(泳動方向12と直交する方向,図では横方向)に機械的に走査する。」(1頁右下欄6行〜2頁右上欄10行) (ウ) 「(発明が解決しようとする問題点) 第3図の塩基配列決定装置を初め,従来の塩基配列決定装置は,レーザ光で蛍光物質を励起し,その蛍光光を分光し検出しているが,蛍光光は非常に弱いので,泳動ゲルによる励起光のレーリー散乱成分や水のラマン散乱による成分が蛍光光の強力や(「な」の誤記と認める。)背景光となってS/N比を低下させる。
以下,第3図の塩基配列決定装置を例にして問題点を詳しく説明する。 光電子増倍管22で受光される光はダイクロイックミラー16及び蛍光選択用干渉フィルタ20を透過してくるが,光電子増倍管22で受光される光は蛍光光のみではなく,厳密に言えば励起光のレーリー散乱光や水のラマン散乱光が背景光として入っている。
レーザ光による励起ではレーザ光のスペクトルは極めて狭く,ラマン散乱もそのスペクトルが極めて狭くなる。レーリー散乱光やラマン散乱光は蛍光光とは波長が異なるので,もし,蛍光光を完全な波長フィルタ(干渉フィルタ)20で取り出せるものならば光電子増倍管22で受光される光の中にレーリー散乱光やラマン散乱光が混入することはなく,背景光が高くなることはなく,したがってS/N比が悪化することはない筈である。
ところが,ダイクロイックミラー16や干渉フィルタ20を用いているにも拘わらず励起光成分や水のラマン散乱光成分が光電子増倍管22に入射してくるのは,ダイクロイックミラー16や干渉フィルタ20が完全に波長を分離することができないためである。例えば,干渉フィルタ20が理想的な干渉フィルタであっても,波長を分離できるのは入射光が干渉フィルタ20に直角に入射するときだけである。実際には蛍光光はインコヒーレントであり,蛍光光源の大きさをもっているので,たとえ対物レンズ18で平行光を得てもこの条件は満たされない。
仮に,干渉フィルタ20の代りに回折格子を用いても,入射スリットがある大きさをもち,また回折格子の本数も無限ではなく,蛍光光がインコヒーレントでもあるので,その回折格子は同様に理想的波長フィルタとはならない。
すなわち,実験的に可能な物理系では完全に蛍光波長のみを分離することはできず,光電子増倍管22に背景光としてレーリー散乱による励起波長成分や水のラマン散乱波長成分の混入は避けられない。・・・ 本発明は泳動ゲルに励起光照射をして検出した信号から背景光の変動分を除去することによって測定感度の高い塩基配列決定装置を提供することを目的とするものである。」(2頁右上欄11行〜3頁左上欄14行) イ 上記アの記載によれば,刊行物Aには,従来技術として,蛍光物質の標識色素をつけたDNA断片を泳動ゲルに泳動させ,泳動ゲルに励起光照射して蛍光物質を検出した信号から塩基配列を決定する装置の発明(引例A発明)が開示されており,その構成は,蛍光物質の標識色素をつけたDNA断片を泳動ゲルに電気泳動させる機構と,前記泳動ゲルに励起光レーザービームを照射するためのレーザー,ダイクロイックミラー及び対物レンズと,DNA断片の蛍光ラベルからの励起光である蛍光を受光して検出するための対物レンズ,ダイクロイックミラー,蛍光選択用干渉フィルタ及び光電子増倍管と,対物レンズ及び関連する光学系全体を試料の配列方向に機械的に走査する手段とからなり,対物レンズとダイクロイックミラーは励起光照射用及び蛍光受光用に共用しているものである。
上記のとおり,引例A発明は,その検出対象がDNA断片が泳動する泳動ゲルであるから,DNAの塩基配列を解析する,いわゆるバイオテクノロジーの技術分野に属し,DNA断片の分布状態を調べることを目的とするものではあるが,同発明は,そのための手段として,光ビームが照射されるDNA断片からの蛍光を検出する光学的検出装置を備えるものである。
(2)ア 一方,刊行物B(甲5)には,蛍光を利用した共焦点走査型光学顕微鏡に関する発明が開示されており,発明の詳細な説明の項には,次の記載がある。
(ア) 「走査型光学顕微鏡は,通常の光学顕微鏡に比べて,注目している画素以外からの散乱光が無くてコントラストの良い画像が得られ,或は共焦点法,微分位相差法等の特殊で有効な画像形成ができ,更にOBIC(光誘起電流)像,光音響像など種々の物理現象の画像化ができる等の利点を有しているため,半導体関連分野及び材料関連分野や生物・医学分野にも有効な顕微鏡として期待されている。」(1頁右下欄17行〜2頁左上欄5行) (イ) 「試料10で反射された光及び走査ビームによって生じた蛍光は,対物レンズ8,結像レンズ7,瞳投影レンズ6,第二の光偏向器5,瞳伝送レンズ4,3,第一の光偏向器2を通って戻って来る。そして,戻ってきた反射光及び蛍光はビームスプリッタ1により取り出されて検出ビーム17となる。検出ビーム17は光偏向器5,2を再び経由して戻って来ているので,軸外を走査されても動かない。検出ビーム17は集光レンズ11により集光され,ピンホール12を介して検出器13で検知される。これにより反射光及び蛍光による高解像な像が得られる。」(2頁左下欄14行〜右下欄5行) (ウ) 「 第6図は,ピンホールを用いた場合に反射像或は蛍光像の断面像が得られる原理即ち共焦点法の原理を説明するものである。ここでは簡単の為に光走査光学系は略している。21は点光源,22はビームスプリッタ,23は対物レンズ,24は試料,25はピンホール,26は検出器であって,ピンホール25は光源21と共役な位置即ち光源21が対物レンズ23によって試料24中のある平面27上に結像され,それが同じ対物レンズ23によって再び結像される点にピンホール25が設けられている。よって,以上の系を共焦点(confocal)系という。 点光源21からの光は対物レンズ23に入射して試料24中の平面27の1点を照射する。反射光或は生じた蛍光は光束29となってビームスプリッタ22で反射し,ピンホール25を通って検出器26によって検出される。ここで厚さのある試料24の中の別の平面28からの反射光或は蛍光を考えてみる。そこからの光束30はピンホール25の上では拡がりを持つことになるので,ほとんど検出器26には到達しない。よって,点光源21によって照射した点を含む平面27(実際に走査すれば平面27中を走査することになる。)以外からの光は検出しないので,厚い試料24中の断面像を簡単に得ることができる。」(2頁右下欄9行〜3頁左上欄13行) (エ) 「以上のように、厚い試料の反射光断面像及び蛍光断面像を実時間で観 察できる。従って,厚い試料を実時間で観察できることから生物試料を生きたまま観察でき,DNAの微細構造等の観察に好適である。」(5頁右上欄15〜19行) イ 共焦点の構成が,蛍光を検出しようとする特定領域以外からのバックグラウンド光や散乱光を除去することを目的とするものであることは技術常識に属することであるというべきところ,上記ア(ウ)のとおり,刊行物Bには,試料上の特定領域からの蛍光を検出する際に,対物レンズとピンホールからなる共焦点構成を用いて当該領域以外からの外乱となる光を除去する構成が示されているということができる。
(3) 上記(1)アのとおり,刊行物Aには,引例A発明に係る塩基配列決定装置において,蛍光光は非常に弱いので背景光によりS/N比が低下する旨が記載されているところ,背景光としては,波長の異なる励起光のレーリー散乱成分や水のラマン散乱による成分のみならず,蛍光光を検出しようとする特定領域以外からの光であるバックグラウンド光(背景光)や散乱光などの光が存在することは当業者の技術常識である(このことは,本願発明の明細書(甲2)に「本発明のほかの目的は,核酸,たんぱく質などからけい光放射を検出し,一方で不要なバックグラウンド放射を遮断することである。」(3頁3欄32〜35行)と記載されていることからも明らかである。)。そうすると,引例A発明において,このようなS/N比を低下させる要因を排除し,その測定感度を高めるため,上記泳動ゲルに励起光照射をして検出した信号を受信するにあたり,バックグラウンド光や散乱光などの外乱をできるだけ除去しようとすることは,当業者として自然な発想であると考えられる。このほか,刊行物Aの備える光学的検出装置の構成自体は,蛍光を利用する刊行物B発明に係る走査型光学顕微鏡の構成と異なるものではなく,両発明はこの点において技術分野を共通にするものであること,また,上記(2)ア(ア),(イ),(エ)に記載のとおり,刊行物B発明は,光ビームを走査し,光ビームが照射される微小領域の「蛍光」を検出できる光学的検出系に関するものであり,「生物・医学分野」,「DNAの微細構造等の観察」にも有効な光学的検出系であること等を併せ考慮すれば,引例A発明に刊行物B発明を組み合わせることの動機づけは十分にあるということができる。そして,引例A発明に刊行物B発明を適用することについて格別の阻害要因は見当たらないから,これらの組合せは,当業者であれば,容易に想到できたことであると認めるのが相当である。
原告は,引例A発明は,DNA断片がゲル中のどこに多く分布しているかを観察するものであり,ある程度の拡がりをもった領域内全体について,蛍光の有無を判断するものであるのに対し,刊行物B発明は,試料の微細な構造を目視できるように拡大するための装置であり,極めて小さな点を連続的に観察し(走査型),これを連続的に表示することで1つの画像を得るものであり,刊行物B発明により大きい領域内の光を観測することは,その目的や構成に反する結果となる旨主張する。
しかしながら,ゲル中のDNA断片の分布状態を観察する場合,ある程度の拡がりをもった領域について蛍光の有無の判断をすれば足りるものとしても,小さな点を連続的に観察し,これを連続的に表示して1つの画像を得るという方法により,同様の観察ができないとは直ちにはいえず,共焦点方式の採用による上記メリットをも考慮すれば,このような観察方法が刊行物B発明の目的や構成に反する結果をもたらすということもできない。このことは,本願発明に係る明細書(甲2)の【産業上の利用分野】に,「本発明は,一般的には,けい光走査に関し,具体的には,共焦点顕微鏡検出装置を採用したレーザー励起けい光ゲル・スキャナに関する。」(2頁2欄9〜11行)と記載されているとおり,本願発明1が,引例A発明と同じレーザー励起蛍光ゲル・スキャナに,刊行物B発明と同じ共焦点顕微鏡を採用していることからも明らかというべきである。
(4) 原告は,刊行物Aには,刊行物B発明におけるようなピンホールを用いる共焦点光学系を含む「実験的に可能な物理系」によっては,背景光の除去が不可能であるという技術思想が記載されているから,引例A発明と刊行物B発明とを結び付けないようにする動機が記載されていると主張する。
原告は,刊行物A(甲4)において,「実験的に可能な物理系では完全に蛍光波長のみを分離することはできず,光電子増倍管22に背景光としてレーリー散乱による励起波長成分や水のラマン散乱波長成分の混入は避けられない。」(2頁右下欄12〜16行)と記載されていることをとらえ,上記のとおり主張するものと解されるが,刊行物Aの上記記載部分は,実験的に可能な物理系では,蛍光以外の波長の背景光を完全に分離する波長分離ができないという趣旨をいうものにすぎず,同物理系では,試料の標本点以外からの背景光を完全に分離する空間分離ができないといっているわけではない。 したがって,原告の,刊行物Aには,引例A発明と刊行物B発明とを結び付けないようにする動機が記載されているとの主張は,その前提を誤ったものであり失当である。
(5) したがって,引例A発明と刊行物B発明とを組み合わせる動機づけがないとの原告主張は,理由がない。
2 引例A発明と刊行物B発明とを組み合わせたとしても本願発明1の構成に到らないとの主張について 原告は,刊行物B発明に係る顕微鏡は,対物レンズで光線を回折限界まで絞って試料に当て,試料の可及的に小さい点からの蛍光を検出し,走査することで試料の構造を観察するものであるから,このような構成をDNA塩基配列解析用装置に組み込んだとしても,ある程度の大きさを有する領域内から発せられる蛍光を集めて観測する本願発明1の構成に到るものではなく,また,引例A発明と刊行物B発明を組み合わせた上で,一定の拡がりのある領域に照射できるよう,拡がりをもった光とし,ピンホールの穴を大きくすることは,外乱光を遮断するというピンホールを用いた目的に反するものとなるから困難である旨主張するので,進んで,この点について検討する。
(1)ア 本願発明に係る明細書(甲2)には次の記載がある。
「ここに教示されたレーザー励起共焦点けい光走査装置は,ゲル内のDNA及びRNAを検出する非常に高感度な方法である。本発明は,最高の集光効率を達成するため,大口径の対物レンズを備えた共焦点顕微鏡を採用している。本発明は,最高の検出限度を得るためにバックグラウンド光を効率的低減する偏光,分光濾過,空間濾過,及び屈折率整合の原理を教示している。周波数-電圧変換で光子を計数するノイズの電子的ゲートは,信号対ノイズをさらに改善する。レーザービームを横切ってゲルを送る方式を採用することにより,高い感度と空間解像度とによって大きい電気泳動ゲルを撮像する装置が形成された。このけい光撮像装置の最大空間解像度は,本発明で説明された光学構成要素を使用して,直径で1〜2μm程度に小さいレーザーのスポットの大きさにより決定される。このけい光撮像装置の高い空間解像度と高感度の検出限度との組合せは,自動放射線写真の限度に近い非常に高感度の検出限度が容易に得られることを意味する。」(5頁7欄16〜33行) イ 上記アの記載によれば,本願発明1のレーザー励起共焦点蛍光走査装置は,ゲル内のDNA及びRNAを非常に高感度に検出するために,大口径の対物レンズを備えた共焦点顕微鏡を採用し,直径で1〜2μm程度の最大空間解像度を有するものであると認められる。また,本願発明に係る請求項1には,「光ビームを受け,そしてその光ビームをゲルの選択した部分に焦点を結ばせて異なる波長の蛍光を発生させ,そのゲルの選択した部分から発生した蛍光を集めて,その蛍光を通すが,前記の所定の波長の光は反射する前記のダイクロイック・ビームスプリッタへ向ける対物レンズ」と記載されているところ,対物レンズにより焦点を結ばせるとは,直径で1〜2μm程度のレーザースポットにすることであると解される。したがって,本願発明1の光学系は,高い空間解像度を有するものであり,刊行物B発明で想定される蛍光を当てる試料上の点とは異なる,ある程度の大きさを有する領域内から発せられる蛍光を集めて観測するものと認めることはできない。
(2) 刊行物B(甲5)には次の記載がある。
「スリット41の細長開口の幅は,スポット光の回折径より小さくても良いし,大きくても良い。小さい場合には理論的に焦点深度方向の分解能(断面像の厚さ)を小さくできる。大きくすれば,それに従って焦点面以外の面の情報も徐々に入ってくる。」(4頁左下欄1〜6行) 上記記載によれば,刊行物Bには,ピンホールの代替としたスリット(「一次元走査光であれば必ずしもピンホールでなくてもスリットを用いることにより共焦点方式を構成できることを利用したもの」(3頁右下欄18行〜4頁左上欄1行))の幅をスポット光の回折径より大きくしてもよいことが開示されている。
(3) 上記(1),(2)に指摘した点を前提に考えれば,刊行物B発明において,レーザー光の集光される領域及びピンホールの径が,本願発明1のものよりも小さいとしても,引例A発明と本願発明1とはレーザー光の集光される領域の大きさが同じであることは明らかであり,刊行物Bにピンホールの径を大きくすることが開示されていることは前記(2)に認定したとおりであるから,刊行物B発明の高い空間解像度を有する共焦点顕微鏡の構成を引例A発明のDNA塩基配列解析用装置に組み込むことについて,原告主張のような困難があるとは認めることはできず,刊行物B発明の共焦点構成を引例A発明の光学系に適用する際に,レーザー光の集光される領域及びピンホールの径の大きさを本願発明1のものと同じにすることは,当業者が適宜なし得ることと考えられる。
(なお,本件審決が認定した本願発明1と引例A発明との一致点及び相違点並びに刊行物B発明の内容については,原告はこれを自認するところ,この事実を前提にすると,本件においては引例A発明と刊行物B発明とを組み合わせれば,本願発明1の構成になる筋合いというべきである。) (4) したがって,引例A発明と刊行物B発明とを組み合わせたとしても本願発明1の構成に到らないとの原告主張は,理由がない。
3 以上のとおりであるから,原告の主張する取消事由は理由がなく,本件審決に他に取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は,理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青蜉]
裁判官 沖中康人