関連審決 | 不服2000-18990 |
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関連ワード | 技術的思想 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 技術的特徴 / 分割出願 / 参酌 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 拒絶査定 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 変更 / 異議申立 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
131号
審決取消請求事件
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原告 株式会社クラレ 原告 日本放送協会 両名訴訟代理人弁理士 杉本修司 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 土屋知久 同 平井良憲 同 小林信雄 同 高橋泰史 同 宮川久成 同 伊藤三男 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/10/08 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告らの請求を棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2000-18990号事件について平成14年1月28日にした審決を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告らは,平成3年5月27日,名称を「光学的ローパスフィルタおよびそれを備えた撮像装置」とする発明につき,特許出願(特願平3-152485号)をしたが,平成12年10月31日に拒絶査定を受けたので,同年11月30日,これに対する不服の審判の請求をし,不服2000-18990号事件として特許庁に係属した。 特許庁は,同事件について審理した結果,平成14年1月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年2月16日,原告らに送達された。 2 本件明細書の特許請求の範囲の記載 【請求項1】 撮像レンズと固体撮像素子との間に配置される光学的ローパスフィルタであって,表面に,凸部または凹部が互いに直交する2つの方向に沿ってドット状に形成されており,上記2つの方向がそれぞれ上記固体撮像素子における水平方向および垂直方向と同一の方向であり,上記撮像レンズにより上記固体撮像素子の水平方向および垂直方向に投影される上記凸部または凹部の像周期が,それぞれ上記固体撮像素子における水平方向および垂直方向の画素周期の1倍以下もしくは2倍に設定されていることを特徴とする光学的ローパスフィルタ。 【請求項2】 撮像レンズと表面に色フィルタアレイを有する固体撮像素子との間に配置される光学的ローパスフィルタであって,表面に凸部または凹部が互いに直交する2つの方向に沿ってドット状に形成されており,上記2つの方向がそれぞれ上記色フィルタアレイにおける水平方向および垂直方向と同一の方向であり,上記撮像レンズにより上記色フィルタアレイの水平方向および垂直方向に投影される上記凸部または凹部の像周期が,それぞれ上記色フィルタアレイにおける水平方向および垂直方向の1組の周期の1倍以下もしくは2倍に設定されていることを特徴とする光学的ローパスフィルタ。 【請求項3】 請求項1または2に記載の光学的ローパスフィルタを備え,上記光学的ローパスフィルタと固体撮像素子とが,これらの間に介挿したスペーサとともに一体化されてなることを特徴とする光学的ローパスフィルタを備えた撮像装置。 (以下,【請求項1】記載の発明を「本願発明1」,【請求項2】記載の発明を「本願発明2」,【請求項3】記載の発明を「本願発明3」という。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明1は,特開平1-254912号公報(甲2,以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用例1発明」という。)及び特公昭58-13891号公報(甲3,以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用例2発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。 |
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原告ら主張の審決取消事由
審決は,本願発明1と引用例1発明との相違点aの判断を誤る(取消事由1)とともに,相違点bの判断を誤り(取消事由2),本願発明1の顕著な作用効果を看過し(取消事由3),さらに,本願発明2及び本願発明3についての判断を遺脱した(取消事由4)違法があるから,取り消すべきである。 1 取消事由1(相違点aの判断の誤り) (1) 審決は,いずれも「撮像レンズと固体撮像素子との間に配置される光学的ローパスフィルタ」である本願発明1と引用例1発明との相違点aとして,後者が前者の「凸部または凹部が互いに直交する2つの方向に沿ってドット状に形成されており,上記2つの方向がそれぞれ固体撮像素子における水平方向および垂直方向と同一の方向」との構成を有しない点(審決謄本4頁第2段落)を認定した上,引用例2発明を引用例1発明に適用して本願発明1の構成とする際に,「ドットの2つの配列方向を固体撮像素子の水平配列および垂直方向と同一方向にすることも,光学的ローパスフィルタの特性からすれば当然のことである」(同頁「相違点aについて」)と判断しているが,誤りである。 (2) 引用例1発明における固体撮像素子として,2次元的に配列したものが通常使用されていたとしても,引用例1(甲2)には,固体撮像素子の画素配列の方向と回折格子の矩形配列の方向との関係について何らの記載も示唆もなく,第1図も両者の配列方向が同一方向になっていることを示すものではない。引用例1発明の趣旨は,固体撮像素子又は色フィルタアレイに投影される回折格子像の周期と,固体撮像素子の画素の周期又は色フィルタアレイにおける1組の周期とが特定の関係にあれば,偽信号や偽色信号が防止できるというものであり,両者が同一方向に配置されなければ,偽信号や偽色信号の防止ができないということではない。 回折格子の配列方向は,固体撮像素子の画素の配列方向に対して平行でなく,傾いていても差し支えがないことは,引用例2及び特開平9-258138号公報(甲14)の記載からも明らかである。引用例1にも,回折格子の周期について,引用例1発明における「実効的な周期とは撮像面に投影された回折格子像の周期を意味し,必ずしも回折格子の周期と一致するとはかぎらない」(2頁右下欄第2段落)と記載されており,画素の配列方向と回折格子の配列方向が傾いている場合には,画素の配列方向に沿った回折格子像の周期が実効的な周期となるのであるから,両配列方向が一致しない場合のことが開示されている。 (3) 引用例2においては,第1図(A)に,円形の位相部を中心に有する単位格子が互いに直交するxy方向に配列された光学的ローパスフィルタが図示されているものの,このxy方向と,撮像素子(固体撮像素子ではなく電子ビーム管)の走査方向及びその直角方向とを合致させる旨の記載はない。しかも,第1図(A)の光学的ローパスフィルタは一例にすぎず,ひし形形状を始め,種々の形状の実施例が第3図,第5図,第6図,第7図等に図示されている。また,引用例2に記載されているレスポンス関数は,光学的ローパスフィルタを構成する回折格子の方向と色フィルタアレイの方向を同一の方向とすることを前提としない関数である。このことは,第3図,第5図又は第6図に図示される,水平・垂直とは異なる2方向に配置された回折格子の方向を,色フィルタアレイの水平方向及び垂直方向と同一方向にできないことからも明らかである。さらに,引用例2に記載されている(2)式及び(4)式は,カラーテレビの走査方向とその直角の両方に対してローパスフィルタとしての作用を必要とする場合には,上記の式を満足する2次元位相格子である必要があるというにとどまり,固体撮像素子の画素の配列方向と回折格子の配列方向との関係を示唆するものではない。したがって,引用例2には,単位格子が互いに直交する方向に配列された光学的ローパスフィルタが,固体撮像素子の水平方向及び垂直方向と同一の方向に配置されることは開示されていない。加えて,引用例2発明のカラーテレビカメラの撮像素子は,電子ビーム走査型であり,本願発明1の構成要件である固体撮像素子を有していないから,そもそも偽信号を発生しないものであり,本願発明1との関連性を有しない。 (4) 引用例1発明では,断面形状が矩形波形状の回折格子が用いられており,本願発明1に係る「表面に,凸部または凹部が互いに直交する2つの方向に沿ってドット状に形成され」た回折格子は開示されていないのに対し,引用例2(甲3)の第1図(A)には,確かに,上記構成を有する回折格子を備えた光学的ローパスフィルタの引用例2発明が開示されているが,第3図,第5図及び第6図には,直交しない回折格子の例が図示されている。 (5) 光学的ローパスフィルタを構成する回折格子の二つの方向と固体撮像素子における水平方向及び垂直方向とを同一の方向とすることについて,本件明細書(甲4添付)には,市松模様の色フィルタアレイを有する場合に偽色信号及び偽信号の発生を防止すること(段落【0007】)は記載されているが,色フィルタアレイを構成要件としない本願発明1の撮像装置の場合にも,2方向の格子によるカットオフ周波数がそれぞれ水平方向及び垂直方向の偽信号の空間周波数になるように回折格子の形状を構成すれば,偽信号の発生を防止することができる効果があることは容易に理解できる。しかしながら,このようなことについて引用例1及び引用例2に開示ないし示唆はないから,両者を組み合わせて相違点aに係る構成を想到することは困難である。 2 取消事由2(相違点bの判断の誤り) (1) 審決は,本願発明1と引用例1発明との相違点bとして,固体撮像素子に投影される回折格子像の周期が,前者では画素周期の1倍以下若しくは2倍に設定されているのに対し,後者では画素周期の整数分の1倍若しくは2倍に設定されている点(審決謄本4頁第3段落)を認定した上,「引用例1において,回折格子の周期が整数分の1倍等の条件からずれた場合,有効画面内での回折格子の格子の数と画素の数の1倍または1/2倍の差が1/2個以内であれば色むらに関して色補正が容易になる旨記載されるように,整数分の1倍とは異なる値とする場合についても考慮されている。そうすると,回折格子像の周期と画素周期との関係を,このように実用上問題ない程度の範囲とするのは,単に一般的に用いられる設計的手法を示したにすぎず,何ら格別な技術的特徴を与えるものではない」(同5頁第2〜第3段落)と判断しているが,誤りである。 (2) 発明の技術的思想は一体の概念として把握されるべきであるから,引用例1発明の「整数分の1倍もしくは2倍」と本願発明1の「1倍以下もしくは2倍」とは発明認識として基本的に異なる。本願発明1において「整数分の1を含み,1倍以下」という発明概念が得られたのは,「回折格子の凸部または凹部がドット状に形成され」,「ドットが配列された直交する2つの方向が,それぞれ固体撮像素子における水平方向及び垂直方向と同一の方向に配置」したことによるものであり,引用例1発明とは回折格子の周期と固体撮像素子の画素の周期との関係において,偽信号及び偽色信号の発生状況が異なる。したがって,引用例1には「整数分の1倍もしくは2倍」と記載されているとして,この部分については一致する旨の被告の主張は,失当であり,また,本願発明1が,被告主張のように,引用例1発明と偽信号及び偽色信号の発生状況が変わらないのに,「1倍以下」と有効範囲を無理に拡大して設計の自由度を向上させたにすぎないものでもない。 (3) 審決が上記判断の根拠とした引用例1(甲2)の「回折格子の周期が上記の条件からずれた場合には色むらが生じるが,有効画面内での回折格子の格子の数と画素の数の1倍または1/2倍の差が1/2個以内であれば,発生する色むらが画面内で同一色の濃淡となるので色補正が容易になる」(4頁左上欄第1段落)との記載は,色むらに関する記載であり,色フィルタアレイを構成要件としない本願発明1とは関連性がないばかりでなく,この点をおいても,上記記載が示す範囲はきわめて微々たるものであり,整数分の1倍を除く1倍以下の範囲をカバーするような範囲ではないから,審決の判断は,論理の飛躍といわざるを得ない。 3 取消事由3(本願発明1の顕著な作用効果の看過) (1) 本願発明1は,モアレ縞の濃淡のコントラストを低くできる光学的ローパスフィルタを得るために,回折格子の取付精度が回折格子像の周期を画素周期の整数分の1に設定することに限定されることがなく,設計の自由度を向上させることができるという顕著な作用効果を有するのに,審決は,これを看過している。 また,審決は,「引用例1に記載のもの(注,引用例1発明)における回折格子を2次元的なものにした場合には,本願発明(注,本願発明1)と同様な,引用例2に記載のもの(注,引用例2発明)における回折格子の構成になることは明らかであり」(審決謄本5頁第5段落)としているが,引用例2には2方向に直交した回折格子のみが示されているわけではなく,引用例1発明の回折格子を2次元的なものにしても本願発明1と同様の回折格子になるとは限らないから,誤りである。 (2) 原告株式会社クラレの従業員であるA作成の技術説明書(甲15)に記載されているように,2次元格子を,「回折格子の凸部または凹部が直交する2つの方向にドット状に形成」する構成により,モアレ縞が生じても,その濃淡のコントラストが抑制される結果,見えにくくなる。さらに,「2つの方向がそれぞれ固体撮像素子における水平方向と垂直方向と同一の方向」とする構成により,回折格子像の周期が画素周期の1倍以下であるものが実用的に使用できることを見いだし,本願発明1に到達したものである。したがって,本願発明1は,設計の自由度の向上という大きな作用効果を奏するとともに,市松模様の色フィルタアレイを用いた場合においても,偽信号及び偽色信号の発生を防止できるという,引用例1発明では達成されない顕著な作用効果を奏するものであって,これらは引用例1発明及び引用例2発明からは到底予測できないことである。 (3) 引用例1発明に比べて,回折格子像の周期の有効な数値範囲が拡大していることは,本件明細書の記載から明らかであり,このように数値範囲が広がれば,回折格子の設計がしやすくなり,設計の自由度が向上することは当然の帰結である。また,被告は,2次元回折格子は,1次元回折格子よりも回折効率が劣るから,「1倍以下」が有効範囲になると主張するが,有効範囲が拡大するのは,回折効率に起因するのではない。上記甲15に記載のとおり,固体撮像素子に2次元回折格子を組み合わせた場合には,モアレ縞の輝度差が,1次元回折格子の場合の約半分となり,人間が認識可能な限界輝度差である2〜3%以下となって認識されなくなるのである。 4 取消事由4(本願発明2及び本願発明3についての判断遺脱) 本件明細書の特許請求の範囲には,【請求項1】〜【請求項3】(本願発明1〜本願発明3)の3個の発明が記載されており,本願発明3は,本願発明1及び本願発明2の従属項であるが,本願発明1及び本願発明2は,それぞれ独立項である。本件特許出願に対する拒絶査定は,拒絶理由通知を引用して,本願発明1〜3についていずれも拒絶すべきものと査定したが,審決は,本願発明1だけを出願人の意思とは無関係に一方的に選択して審理,判断し,本願発明2及び本願発明3に係る拒絶査定の当否については審理,判断することなく,本件審判の請求は成り立たないとの結論を導いている。しかしながら,特許法の目的とする発明保護の観点からすれば,拒絶査定の対象となった個々の請求項ごとの発明について,拒絶査定の違法性の有無が審理,判断されるべきであり,一つの請求項に係る発明に対する拒絶査定は維持されるべき場合であっても,他の請求項に係る発明に対する拒絶査定が取り消されるべきときは,出願人が当該請求項に係る発明について特許が取得できるように意見書の提出及び補正の機会を与えるべきである。したがって,審決は,発明保護の観点よりも審判における審理作業面の簡素化を優先させたものであり,判断遺脱の違法があるから,取消しを免れない。 |
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被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(相違点aの判断の誤り)について (1) 引用例1(甲2)の〔産業上の利用分野〕及び〔従来の技術〕欄の記載並びに第1図を参酌すれば,引用例1発明においては,回折格子と色フィルタアレイの断面におけるピッチ,すなわち,両者の同一方向のピッチが問題とされていることは明らかである。そして,固体撮像素子は画素が2次元配列されたものが通常に使用されていることは,例えば,昭和53年2月20日近代科学杜発行「電荷転送デバイスCCD,BBDの基礎と応用」(乙2)141頁によっても明らかであるから,引用例1に接する当業者は,引用例1発明は,画素が2次元配列した固体撮像素子に対して,回折格子と色フィルタアレイの固体撮像素子と同一方向のピッチを問題にし,一つのピッチ方向のみについて言及したものと把握することができる。 (2) 引用例1発明は,一つの方向の回折格子像の実効的な周期と固体撮像素子の画素周期とを比較するものであり,その回折格子像の実効的な周期を,固体撮像素子の画素周期の2倍又は整数分の1倍,あるいは,撮像素子上に設けられた色フィルタアレイの1組の周期の2倍又は整数分の1倍としたものであって,この一つの方向については本願発明1の構成と相違するものではない。また,上記構成により偽色信号や偽信号を防止するものであるから,目的において相違するものでもない。 (3) 引用例2(甲3)に位相部が直交配列した回折格子が記載されていることは,第1図を見れば明らかであって,これを採用する際に,固体撮像素子の画素配列と回折格子の凸部又は凹部の水平方向及び垂直方向を同一方向とすることは,当業者にとって何ら困難なことではない。また,その際,固体撮像素子の画素周期に対する回折格子像の周期の設定を,水平方向及び垂直方向の両方について,引用例1に記載された周期を採用することは,当業者が任意に設計し得る事項である。 (4) 固体撮像素子の画素配列の方向と回折格子の配列の方向を同一方向とすることは,特開平3-120986号公報(乙3)に示されているとおり,本件特許出願前に知られていた。また,引用例1は,固体撮像素子の画素と回折格子像の実効的な周期の関係を問題にしているが,この場合の周期とは,画素が通常配置される2次元方向(xy方向)を問題にしていることは,画素の配列方向に角度を持つ方向は通常周期とはいわないことからも,明らかである。さらに,引用例1の第1図には,固体撮像素子,色フィルタアレイ,回折格子の三者の関係の断面図が図示されており,この図面からも,固体撮像素子の画素の配列方向と回折格子の配列方向の同一方向のみを問題にしていることが理解できる。 (5) 引用例2発明は,固体撮像素子ではなく,単管式あるいは2管式カラーテレビカメラに用いたものではあるものの,引用例2(甲3)には,「カラーテレビが,その走査方向並びにその直角方向の両方向に対してローパスフィルターとしての作用を必要とする場合には,その両方向について,上記(4)式及び(2)式の条件を満たす2次元位相格子であることを要する」(4頁右欄第3段落)と記載されているから,ローパスフィルタとしての条件式を満たす方向は,走査方向並びにその直角方向,すなわち,xy方向である。そして,引用例1発明の2次元配列した固体撮像素子に用いる回折格子として,引用例2の第1図のxy方向で互いに直交するローパスフィルタを用いて,その画素方向と回折格子の配列の方向をxy方向の双方で同一方向とすることは,当業者が容易に想到し得ることである。 2 取消事由2(相違点bの判断の誤り)について (1) 本願発明1については,空間周波数フィルタの作用を撮像素子の水平又は垂直方向に分離して考察することができるから,審決における相違点bは,要するに,水平又は垂直方向における,光学的ローパスフィルタの投映される像周期と固体撮像素子の画素周期との比が,本願発明1では「1倍以下もしくは2倍」に設定されているのに対して,引用例1発明では「整数分の1倍もしくは2倍」に設定されている点に集約される。両者は,確かに,「整数分の1倍もしくは2倍」との部分については一致し,本願発明1の「1倍より下であって,整数分の1倍を除く部分」において相違するが,引用例1には,「整数分の1倍を除く部分のうち所定の条件を満足する部分」についても記載されているから,当該部分においても一致する。 (2) 本件明細書(甲4添付)には,回折格子像の実効的周期が固体撮像素子の画素の周期の整数分の1倍を除く1倍以下の場合は,実用上問題がないという程度のものであり,整数分の1倍よりもその効果は明らかに劣るものであることが記載されている(段落【0014】)。そして,引用例1発明が,整数分の1倍を除く1倍以下の場合も考慮に入れていることを考えると,設計の自由度を向上させるために,実用上問題がないという程度の,より効果が劣る数値範囲を構成要件に加えることは,当業者が容易に想到し得たことである。 (3) 引用例1には,色フィルタアレイを有さない撮像素子であっても,同様の作用により偽信号が発生することが記載されているから,審決が根拠とした引用例1の色むらに関する記載が本願発明1に無関係であるとする原告らの主張は失当である。 3 取消事由3(本願発明1の顕著な作用効果の看過)について 2次元回折格子は,1次元回折格子よりも回折格子の途切れている分だけ,特定の方向においては回折格子として劣るものとなるが,そうなることは当業者の予測の範囲内である。引用例1発明において設計の自由度を向上させるために,実用上問題がないという程度の,より効果が劣る数値範囲を構成要件に加えることは,当業者が容易に想到し得たことである。また,引用例2には位相部が直交配列した回折格子が記載されていることは明らかであって,これを採用する際に,固体撮像素子の画素配列と回折格子の凸部又は凹部の水平方向及び垂直方向を同一の方向とすることも,当業者にとって何ら困難なことではない。 4 取消事由4(本願発明2及び本願発明3についての判断遺脱)について 特許法49条及び51条は,一つの特許出願について,拒絶査定か特許査定かのいずれかの行政処分をすべきことを規定しているものであり,この点は,昭和62年の特許法改正により改善多項性が導入された際にも,何ら変更されていない。また,このことは,特許法が,特許査定という行政処分をした後には,各請求項ごとに,異議申立てないし無効審判の申立てをすることができることを113条柱書,123条1項柱書に明記しているのに対し,前記49条及び51条においては,これと対照的に「特許出願について」拒絶査定ないし特許査定をすることを明記していることからも明らかである。さらに,出願人は,複数の請求項に係る発明の一つについて特許を受けることができない事由がある場合であっても,拒絶理由通知の制度,並びに,同通知の前及び同通知の後の所定の期間内における補正又は分割出願の制度により,適切な対応をすることが可能であり,原告ら主張のように,発明保護の観点よりも審判における審理作業面の簡素化を優先させたものということはできない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点aの判断の誤り)について (1) 原告らは,引用例2発明を引用例1発明に適用する際に,「ドットの2つの配列方向を固体撮像素子の水平配列および垂直方向と同一方向にすることも,光学的ローパスフィルタの特性からすれば当然のことである」(審決謄本4頁「相違点aについて」)として,相違点aに係る構成の容易想到性を肯定した審決の判断の誤りを主張する。 そこで,まず,引用例1発明について検討すると,引用例1(甲2)には,「〔産業上の利用分野〕本発明(注,引用例1発明)は固体撮像装置あるいは単管式カラー撮像装置に関して,偽信号や偽色信号を防止するための光学的ローパスフィルタに関する」(2頁右上欄第1段落),「〔従来の技術〕固体撮像装置や単管式カラー撮像装置は,色フィルタアレイにより色信号を得ているが,撮像する被写体に色フィルタのピッチ相当の周波数成分が含まれていると,これが色信号として検出されて偽色信号が発生する。また,単板式カラー撮像装置には固体撮像素子が用いられており,画素が不連続にしかも規則正しく配置しているので,被写体に画素のピッチ以上の高周波成分が含まれていると折り返しによる偽信号が発生してしまう。したがつて,このような固体撮像装置あるいは単管式カラー撮像装置では,被写体の高周波成分を制限する光学的ローパスフィルタを用いて偽色信号や偽信号を防止している」(同欄第2段落),「〔発明が解決しようとする課題〕第3図の水晶等の複屈折板からなる光学的ローパスフィルタ6に代えて第6図の回折格子を配置したカラー撮像装置では,低域通過特性は満足されるものの,カラー撮像装置の絞りを絞り込んだときに回折格子の像が画面上に発生するという問題点があつた。この発明は上記不都合に鑑みてなされたもので,回折格子を用いた光学的ローパスフィルタであつて,回折格子の像が撮像面に形成されるという問題点を解決し,安価で量産性に富む光学的ローパスフィルタを提供することを目的とする」(2頁左下欄第2段落),「〔課題を解決するための手段〕本発明による回折格子型光学的ローパスフィルタは,上記の目的を達成するために回折格子の実効的な周期を固体撮像素子の画素周期の2倍または整数分の1倍,あるいは,撮像素子上に設けられた色フィルタアレイの1組の周期の2倍または整数分の1倍にしたことを特徴とする。なお,ここで述べる実効的な周期とは撮像面に投影された回折格子像の周期を意味し,必ずしも回折格子の周期と一致するとはかぎらない。・・・回折格子の周期が画素寸法の3倍の場合の固体撮像素子からの出力信号の例を第7図に示す。第7図のように出力信号が回折格子により強度変調されるため,画面に明暗が現われ,回折格子像が映るという現象が起こる。以上は回折格子の周期を画素周期の3倍とした例であるが,3倍以上の場合でも同様の理由から回折格子が画面に映る。・・・回折格子の周期が画素寸法の1倍と2倍の場合の出力信号を第5図に示す。第5図のように,回折格子による明暗が平均化され出力信号は強度変調されることがないため,絞り込んだ場合でも画面に回折格子像が映るという現象は起こらない。・・・回折格子を撮像レンズと撮像面の間に配置した場合には,撮像レンズの作用により撮像面における回折格子の像の周期は回折格子の周期と異なってくる。したがつて,撮像面における回折格子の実効的な周期が色フィルタアレイの1組の周期の2倍または整数分の1倍,あるいは,固体撮像素子の画素周期の2倍または整数分の1倍となるように,回折格子の周期を設定する必要がある。また,回折格子の周期が上記の条件からずれた場合には色むらが生じるが,有効画面内での回折格子の格子の数と画素の数の1倍または1/2倍の差が1/2個以内であれば,発生する色むらが画面内で同一色の濃淡となるので色補正が容易になる」(2頁左下欄最終段落〜4頁左上欄第1段落)との記載がある。 (2) 原告らは,引用例1発明における固体撮像素子として,2次元的に配列したものが通常使用されていたとしても,引用例1(甲2)には,固体撮像素子の画素配列の方向と回折格子の矩形配列の方向との関係について何らの記載も示唆もなく,第1図も両者の配列方向が同一方向になっていることを示すものではないと主張する。 しかしながら,引用例1の上記(1)の記載によれば,引用例1発明は,固体撮像素子の画素は規則正しく配置されているので,被写体に画素のピッチ以上の高周波成分が含まれていると偽信号が発生してしまうが,これを防止するために回折格子を用いた光学的ローパスフィルタを使用し,また,回折格子の実効的な周期を固体撮像素子の画素周期の2倍又は整数分の1倍とすることにより,回折格子の像が撮像面に形成されて輝度むらが生ずるという問題点を解決したものである。 固体撮像素子の画素が直交方向に2次元的に配列されていることは原告の自認するところであるから,引用例1に記載されている偽信号や回折格子の像に起因する輝度むらは,直交する2次元方向において発生することも自明であり,引用例1発明は,画素の直交する2次元方向のピッチを考慮し,回折格子像の実効的な周期を,直交する2次元方向において,画素周期の2倍又は整数分の1倍とすることを開示していると解するのが相当である。そして,本件特許出願前に公開された,偽信号や偽色信号の発生を抑制する光学的ローパスフィルタを備えた撮像装置に関する発明に係る特開平3-120986号公報(乙3)の「上記回折格子3は,互いに交差する2方向に格子を有していてもよく,個体撮像素子2の水平方向および垂直方向に対して両格子の方向が偏位していてもよい」(6頁右上欄第2段落)との記載からもうかがえるように,固体撮像素子の画素配列の方向と回折格子の配列の方向を同一方向とすることは,本件特許出願前に知られていた技術事項である。そうすると,引用例1に,回折格子の方向を固体撮像素子の水平方向又は垂直方向に一致させることが記載されていないとしても,固体撮像素子の水平方向及び垂直方向の偽信号や回折格子像に起因する輝度むらを防止するために,回折格子の方向を固体撮像素子の方向に一致させてその周期を設定するというのが上記のとおり最も一般的な考え方であることに加え,引用例1の第1図と本願発明1のカラー撮像装置の概略構成図及び第5,7,8,9,10,11図の回折格子のパターンと固体撮像素子のパターン,色ストライプフィルタのパターンの図示を併せ考えると,引用例1に接する当業者は,回折格子の方向を固体撮像素子の方向に一致させることがこれに示唆されていると認識,理解するものと認めるのが相当である。したがって,原告らの上記主張は採用の限りではない。 (3) また,原告らは,引用例1(甲2)には,回折格子の周期について,引用例1発明における「実効的な周期とは撮像面に投影された回折格子像の周期を意味し,必ずしも回折格子の周期と一致するとはかぎらない」(2頁右下欄第2段落)と記載されているとおり,かえって,引用例1には両配列方向が一致しない場合のことが開示されていると主張するが,上記(1)に認定した引用例1の「回折格子を撮像レンズと撮像面の間に配置した場合には,撮像レンズの作用により撮像面における回折格子の像の周期は回折格子の周期と異なってくる」(3頁右下欄第3段落)との記載から明らかなように,原告ら主張に係る引用例1の上記記載は,撮像面上の回折格子像の周期が,撮像レンズの集光作用により回折格子自体の周期とは異なることを意味しているにすぎない。そして,そのことは,本件明細書(甲4添付)の「図1において,撮像レンズ2により色フィルタアレイ6に投影される回折格子像の水平方向Hおよび垂直方向Vの周期Dl,D 2(実効的な周期)は,図4のように,それぞれ,色フィルタアレイ6における1組の水平方向Hおよび垂直方向Vの周期Ph,P vの例えば1倍に設定されている。ここで,実効的な周期とは,前述のように,撮像面に投影された回折格子像の周期を意味するので,必ずしも図2の格子10,20自体の周期dl,d 2と一致するとは限らない」(段落【0020】)との記載と同義であって,回折格子の配列方向と画素の配列方向との関係について開示するものではないから,原告らの上記主張は失当である。 (4) 原告らは,引用例1及び引用例2には,光学的ローパスフィルタを構成する回折格子の二つの方向と固体撮像素子における水平方向及び垂直方向とを同一の方向とすることについて開示がなく,それによる市松模様の色フィルタアレイを有する撮像装置における偽色信号及び偽信号の発生防止効果について何ら示唆するところはないから,両者を組み合わせて相違点aに係る構成を想到することは困難である旨主張する。 しかしながら,引用例2の第1図(A)に,「凸部又は凹部が互いに直交する2つの方向に沿ってドット状に形成されてなる2次元回折格子を備えた光学的ローパスフィルタ」が記載されていることは明らかであり,引用例1に,固体撮像素子の水平方向及び垂直方向の偽信号や回折格子像に起因する輝度むらを防止するために,回折格子の方向を固体撮像素子の方向に一致させることが示唆されていることは上記のとおりである。そうすると,当業者が,引用例1の回折格子として,引用例2の第1図(A)の光学的ローパスフィルタの2次元回折格子を適用し,二つの方向が固体撮像素子における水平方向及び垂直方向と同一の方向とする相違点aに係る本願発明1の構成を採ることに何ら困難性はなく,容易に想到し得るところというべきである。 (5) 原告らは,引用例2には,回折格子の方向と色フィルタアレイの方向を同一の方向とすることを前提としないレスポンス関数が記載されているとか,引用例2発明のカラーテレビカメラの撮像素子は電子ビーム走査型であり,そもそも偽信号を発生しないものであるから,本願発明1との関連性を有しないなどとも主張する。 そこで,検討すると,引用例2の第1図(A)に,本願発明1と同じ構成を有する2次元回折格子を備えた光学的ローパスフィルタが記載されており,引用例1発明の回折格子として,引用例2の第1図(A)の光学的ローパスフィルタの2次元回折格子を適用することに何ら困難性はないことは上記のとおりである。引用例2に回折格子の方向と色フィルタアレイの方向とが異なる例が示されていることや,引用例2発明が固体撮像素子を有していないことは,相違点aに係る構成の容易想到性の判断を左右するものではない。なお,引用例2発明は,固体撮像素子を有していないが,色フィルタアレイを具備しており,引用例1の上記〔従来の技術〕欄における「固体撮像装置や単管式カラー撮像装置は,色フィルタアレイにより色信号を得ているが,撮像する被写体に色フィルタのピッチ相当の周波数成分が含まれていると,これが色信号として検出されて偽色信号が発生する。また,単板式カラー撮像装置には固体撮像素子が用いられており,画素が不連続にしかも規則正しく配置しているので,被写体に画素のピッチ以上の高周波成分が含まれていると折り返しによる偽信号が発生してしまう。したがつて,このような固体撮像装置あるいは単管式カラー撮像装置では,被写体の高周波成分を制限する光学的ローパスフィルタを用いて偽色信号や偽信号を防止している」との記載にも示されているように,偽色信号と偽信号の発生及び防止のメカニズムは同じであるから,引用例2発明の色フィルタのピッチに起因する偽色信号を防止するための2次元光学的ローパスフィルタを,引用例1発明の固体撮像素子の画素ピッチに起因する偽信号を防止するための2次元光学的ローパスフィルタとして適用し得ることは明らかである。 (6) したがって,原告らの取消事由1の主張は理由がない。 2 取消事由2(相違点bの判断の誤り)について (1) 原告らは,固体撮像素子に投影される回折格子像の周期と画素周期との関係につき,本願発明1では画素周期の1倍以下若しくは2倍に設定されているのに対し,引用例1発明では画素周期の整数分の1倍若しくは2倍に設定されているとの相違点bについて,実用上問題ない程度の範囲とする設計的手法にすぎないとした審決の判断が誤りであると主張し,その理由として,発明の技術的思想は一体の概念として把握されるべきであるから,引用例1発明の「整数分の1倍もしくは2倍」と,本願発明1の「1倍以下もしくは2倍」とは発明認識として基本的に異なると主張する。 しかしながら,本願発明1の「1倍以下」は引用例1発明の「整数分の1倍」を含むことは明らかであり,また,「2倍」という点では両発明は一致している。また,取消事由1について判示したとおり,引用例1発明の回折格子として,引用例2の第1図(A)の光学的ローパスフィルタの2次元回折格子を適用することに何ら困難性はなく,その場合に,水平方向及び垂直方向の回折格子の像周期のそれぞれを,固体撮像素子における水平方向及び垂直方向の画素周期の整数分の1倍若しくは2倍に設定することは明らかである。そして,そのように設定した光学的ローパスフィルタの構成は,本願発明1の相違点bに係る構成の一部,すなわち,「整数分の1倍」若しくは「2倍」に設定されていることと一致している。そうすると,相違点bに係る構成の容易想到性を肯定した審決の判断に誤りはない。 (2) したがって,原告らの取消事由2の主張は理由がない。 3 取消事由3(本願発明1の顕著な作用効果の看過)について (1) 原告らは,本願発明1が,@2次元格子を回折格子の凸部又は凹部が直交する2つの方向にドット状に形成する構成により,モアレ縞が生じても,その濃淡のコントラストが抑制される結果,見えにくくなること,A二つの方向がそれぞれ固体撮像素子における水平方向と垂直方向と同一の方向とする構成により,回折格子像の周期が画素周期の1倍以下であるものが実用的に使用できることを見いだし,モアレ縞の濃淡のコントラストを低くできる光学的ローパスフィルタを得るために,回折格子の取付精度が回折格子像の周期を画素周期の整数分の1に設定することに限定されることがなく,設計の自由度が向上すること,B市松模様の色フィルタアレイを用いた場合においても,偽信号及び偽色信号の発生を防止できること,以上の顕著な予測し得ない作用効果を奏するのに,審決は,これらを看過したと主張する。 そこで,検討すると,本願発明1が原告ら主張に係る作用効果を奏するものであるとしても,引用例1発明の回折格子として,引用例2の第1図(A)の光学的ローパスフィルタの2次元回折格子を適用して,二つの方向が固体撮像素子における水平方向及び垂直方向と同一の方向とすることが,当業者において容易に想到し得ることは,前示のとおりであり,そうとすれば,上記作用効果を奏するものとなることは明らかである。また,本願発明1は,凹凸部の像周期が,固体撮像素子の水平方向及び垂直方向の画素周期の整数分の1倍及び2倍に設定されている光学的ローパスフィルタを一部として包含するものであり,この部分について引用例1発明及び引用例2発明に基づく容易想到性を肯定すべきものであるから,その余の部分の作用効果を主張することに格別の意義はない。原告らは,原告株式会社クラレの従業員であるA作成の技術説明書(甲15)を引用して,固体撮像素子に2次元回折格子を組み合わせた場合には,モアレ縞の輝度差が,1次元回折格子の場合の約半分となり,人間が認識可能な限界輝度差である2〜3%以下となって認識されなくなると主張するが,回折格子像の実効的な周期が固体撮像素子の周期の1/2倍よりも小さい場合には,コントラストは最大1/2に抑制されるとしても,単に1倍以下では,コントラストの抑制効果が小さい場合も含むから,本願発明1の顕著な作用効果として主張できるものではない。 (2) したがって,原告らの取消事由3の主張は理由がない。 4 取消事由4(本願発明2及び本願発明3についての判断遺脱)について (1) 原告らは,審決には本願発明2及び本願発明3について判断を遺脱した違法があると主張するので,本件の経緯を見ると,本件特許出願に係る本件明細書の特許請求の範囲には,【請求項1】〜【請求項3】(本願発明1〜本願発明3)の3個の発明が記載されており,本願発明3は本願発明1及び本願発明2の従属項であるが,本願発明1及び本願発明2はそれぞれ独立項であることは,原告ら主張のとおりである。また,審査官は,平成11年8月12日付け拒絶理由通知書(甲9)をもって,本願発明1,本願発明2及び本願発明3は,引用例1発明及び引用例2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨を出願人である原告らに通知した上,平成12年10月24日付け拒絶査定(甲11)をもって,上記拒絶理由通知書記載の理由により本件特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしたこと,これに対し,原告らは,同年11月30日付け審判請求書(甲12)により,上記査定を取り消し,本件特許出願について特許をすべき旨の審決を求める本件不服審判の請求をし,平成13年1月23日付け手続補正書(甲13)をもって,本願発明1及び本願発明2につき,引用例1発明及び引用例2発明に基づく容易想到性は否定すべきである旨主張したこと,審決は,本願発明1について判断し,本願発明2及び本願発明3に係る拒絶査定の当否については判断することなく,本件審判の請求は成り立たないとしたことが認められる。以上の経緯から明らかなように,原告らは,本願発明2及び本願発明3についても,引用例1発明及び引用例2発明に基づく容易想到性を理由に特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨の拒絶理由通知を受けている。 (2) 進んで,審決に原告ら主張の本願発明2に係る判断遺脱の違法があるか否かについて検討する。特許法は,49条柱書において,「審査官は,特許出願が次の各号の一に該当するときは,その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない」と規定し,同条2号において,「その特許出願に係る発明が・・・第29条・・・の規定により特許をすることができないものであるとき」を掲げるとともに,51条において,「審査官は,特許出願について拒絶の理由を発見しないときは,特許をすべき旨の査定をしなければならない」と規定する。これによれば,一つの特許出願について,特許査定又は拒絶査定のいずれかの行政処分をすべきものとされていることが明らかであり,上記各規定は,旧特許法(大正10年法律第96号)以来のいわゆる1出願1発明主義,すなわち,1発明につき1請求項の記載による特許出願を義務付けるいわゆる単項制の下においては自明の理であるが,現行特許法(昭和34年法律第121号)の下,昭和62年法律第27号により,独立形式であると従属形式であるとを問わず,関連する複数の請求項に係る発明を一つの願書で特許出願することを認めるいわゆる改善多項制が導入された際も,何ら変更されていない。したがって,現行特許法は,一つの願書で複数の請求項に係る発明について特許出願した場合に,そのうちの一つの請求項に係る発明について同法29条により特許をすることができない事由が存在するときは,当該請求項が独立項であると従属項であるとにかかわらず,当該特許出願の全体について拒絶査定をすることもまた,当然に予定し,許容しているところといわざるを得ない。 このことは,特許法が,特許査定後にあっては,@113条柱書後段において,「何人も,・・・特許が次の各号の一に該当することを理由として特許異議の申立てをすることができる。この場合において,二以上の請求項に係る特許については,請求項ごとに特許異議の申立てをすることができる」と規定し,同条2号において,「その特許が・・・第29条・・・の規定に違反してされたこと」を掲げ,A123条1項柱書後段において,「特許が次の各号の一に該当するときは,その特許を無効にすることについて審判を請求することができる。この場合において,二以上の請求項に係るものについては,請求項ごとに請求することができる」と規定し,同条1項2号において,「その特許が・・・第29条・・・の規定に違反してされたとき」を掲げ,いずれも各請求項ごとに独立して判断されるべきものとしていること,B二以上の請求項に係る特許については,特許処分及び特許権は一つであるが,185条において,特許権消滅後の無効審判請求に係る123条2項等の規定の解釈上の疑義をなくするため,同条掲記の各条文の解釈に際しては,請求項ごとに特許がされ,又は特許権があるものとみなしていることと対照を成していることからも,裏付けられるものというべきである。 (3) 原告らは,特許法の目的とする発明保護の観点からすれば,拒絶査定の対象となった個々の請求項ごとの発明について,拒絶査定の違法性の有無が審理,判断されるべきであり,一つの請求項に係る発明に対する拒絶査定は維持されるべき場合であっても,他の請求項に係る発明に対する拒絶査定が取り消されるべきときは,出願人が当該請求項に係る発明について特許が取得できるように意見書の提出及び補正の機会を与えるべきであると主張する。 確かに,一つの願書で複数の請求項に係る発明について特許出願した場合に,そのうちの一つの請求項に係る発明について同法29条により特許をすることができない事由が存在するとして,当該特許出願の全体について拒絶査定をすることを許容すると,そのような事由が存在しない他の請求項に係る発明について出願人が特許を受ける機会が奪われることにもなりかねず,また,上記のような取扱いが,原告らのいう,審判における審理作業面の簡素化,ひいては,大量の特許出願に対する迅速処理の要請にも結果的に資する側面のあることは,否定することができない。 しかしながら,特許法は,審査官が拒絶査定をしようとするときは,出願人に対し拒絶理由を通知し,相当の期間を指定して意見書提出の機会を与えるべきことを義務付け(50条本文),これにより,出願人は,その通知を受けた後の所定の期間内に,願書に添付した明細書又は図面について補正をする機会が与えられ(17条の2第1項,4項),拒絶査定不服の審判において,査定理由と異なる拒絶理由を発見した場合においても,同様に拒絶理由通知の制度(159条2項)と明細書又は図面の補正の機会が与えられている(17条の2第1項,4項)。したがって,出願人とすれば,拒絶理由通知により拒絶されることが予想される請求項に係る発明について補正により削除するなどの適宜の対応を採ることが可能であるばかりでなく,明細書又は図面の補正をすることができる期間内に限っては,二以上の発明を包含する特許出願の一部を分割して一又は二以上の新たな特許出願とすること(44条1項)も可能である。そうすると,原告らが主張する出願人の被ることのあり得る不利益については,特許法上,これに対する手続的な手当てが十分にされているというべきであるから,上記(2)の解釈が,同法の趣旨・目的に反し,あるいは,発明保護の観点から実質的に不合理であるということはできない。 (4) したがって,原告らの取消事由4の主張は採用することができない。 5 以上のとおり,原告らの取消事由の主張はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告らの請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 岡本岳 |
裁判官 | 長沢幸男 |