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関連審決 無効2001-35536
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  課題の共通性 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 399号 審決取消請求事件
原告 日立工機株式会社
訴訟代理人弁護士 井坂光明
同 弁理士 吉岡宏 嗣、井沢博
被告 マックス株式会社
訴訟代理人弁護士 田倉保
同 弁理士 七條耕 司、田修治
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/10/09
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が無効2001-35536号事件について平成14年6月25日にした審決を取り消す、との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は、発明の名称を「空気動工具用圧縮機」とする特許第3018537号(平成3年3月27日出願、平成12年1月7日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許について、被告から、無効審判の請求(無効2001-35536号)がされ、特許庁は、平成14年6月25日、「特許第3018537号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし、その謄本を同年7月5日原告に送達した。
2 特許請求の範囲の記載【請求項1】 (以下請求項1に係る発明を「本件発明」という。) 空気釘打機、空気インパクトレンチ等の空気動工具を駆動する圧縮空気を生成する可搬型の空気動工具用圧縮機であって、
高圧の圧縮空気を生成し、生成した圧縮空気を空気タンクに貯め、空気タンクに各々から取出せる圧縮空気の最大圧力が異なる少なくとも2種類の減圧弁を取付け、これら減圧弁に取付けられ圧縮空気取出口を形成するソケットを互いに互換性のないソケットとし、前記少なくとも2種類の減圧弁から取出せる圧縮空気の最大圧力を、一方は7〜10kg/cm2 、他方はこれよりも高圧の10〜30kg/cm2としたことを特徴とする空気動工具用圧縮機 3 審決の理由の要旨 審決の理由の要旨は、本件発明は、刊行物1(米国特許第4870994号明細書、甲3)及び刊行物2(米国特許第4782861号明細書、甲4)に記載された各発明並びに周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明についての特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項2号により無効とすべきものである、というものである。
なお、審決が上記判断をするにあたって認定した本件発明と刊行物1に記載された発明との相違点3は、下記のとおりである。
【相違点3】 「本件発明の空気タンクに取付けられる減圧弁が、各々から取出せる圧縮空気の最大圧力が異なる少なくとも2種類の減圧弁であって、これらの少なくとも2種類の減圧弁から取出せる圧縮空気の最大圧力を、一方は7〜10kg/cm2 、他方はこれよりも高圧の10〜30kg/cm2としたものであり、さらに、これらの減圧弁に取付けられ圧縮空気取出口を形成する流体継ぎ手手段が、互いに互換性のないソケットであるのに対し、刊行物1に記載された発明では、取り出せる圧縮空気の圧力が異なるように調整可能な、少なくとも2つの単なる減圧弁であり、また、
流体継ぎ手手段は単なるコネクタである点。」
原告主張の審決取消事由
審決は、刊行物1記載の発明に刊行物2記載の技術的事項を適用して相違点3に係る本件発明の構成とすることは、当業者が容易になし得る旨判断したが、その判断の前提とした刊行物2に記載された技術的事項の認定を誤っている(取消事由1)のみならず、容易になし得るとした判断も誤りである(取消事由2)から、取り消されるべきである。なお、相違点1、2についての認定判断は争わない。
1 取消事由1(刊行物2に記載された技術的事項についての認定の誤り) 審決は、相違点3についての判断に際して、刊行物2に記載された事項の認定を誤っている。
(1) 減圧弁(刊行物2の「自動調圧器」)についての誤り 審決は、「刊行物2に記載される「自動調圧器32」は、減圧弁そのものであるから、高圧の圧縮ガスが貯められたガス容器10に、取り出せる圧縮ガスの最大圧力(二次側最高圧力)を規制する減圧弁を取付けることにより、この減圧弁から取り出せる圧縮ガスの最大圧力を限定して規制することは、刊行物2に記載されている。」と認定したが、誤りである。
本件発明の「減圧弁」とは、入口側の圧力にかかわりなく、出口側圧力を入口側圧力よりも低い設定圧力に調整する圧力調整弁であり、かつ、最大圧力より低い圧力であれば、任意の圧力を取り出せる減圧弁である。
これに対し、刊行物2に記載された自動調圧器32は、取り出せる圧力を自動的にある所定値を超えない圧力に制限する弁であり、取り出せる圧力を所望の圧力に調整する機能は有しないものであるから、本件発明の「減圧弁」ではない。
(2) 「減圧弁に取付けられる流体継ぎ手手段」についての誤り 審決は、「減圧弁(自動調圧器32)に、他の流体継ぎ手手段とは異なった基準の流体継ぎ手手段を取り付けることにより、流体継ぎ手手段と取り出せる最大圧力とを関連付け、誤接続することなく、必要な最大圧力の圧縮ガスを取り出すことが、刊行物2に記載されているものと認められるから、この減圧弁に取付けられた圧縮空気取り出し口を形成する流体継ぎ手手段は、他の(圧縮空気取出口を形成する)流体継ぎ手手段と互換性のないものであって、該減圧弁の出口にだけ適合して取り付けられるものであることは明らかである。」と認定した。
しかし、刊行物2には、「流体継ぎ手手段と取り出せる最大圧力を関連付け、必要な最大圧力を取り出す」ことは記載されていないから、審決の上記認定は、誤りである。すなわち、刊行物2には、「アセチレン用の機器および配給システムの最大圧力は通常は異ならないが、2つの異なったコネクタの大きさを有することはアセチレン配給システムでは一般的である。かかる場合には、タンク供給弁には異なった大きさの2つの取出口が設けられ、一方には1つの種類の機器に適合する大きさのねじを切ってあり、他方には、他の種類の機器の継ぎ手に適合する大きさにねじが切ってある」(甲4の2欄64行〜3欄8行)との記載があり、この記載は、
最大圧力が同じでコネクタの大きさが違うことを述べたものである。したがって、
「流体継ぎ手手段と取り出せる最大圧力を関連付け、必要な最大圧力を取出す」ことは、刊行物2には記載されていない。
2 取消事由2(相違点3に関し、刊行物1記載の発明に刊行物2記載の事項を適用することが容易であるとした判断の誤り) (1) 課題の認識の困難性 従来、空気動工具用の圧縮機は、高圧ガス取締法の適用により、最高圧力が10kg/cm2 以下に規制されていたが、昭和62年の法改正により30kg/cm2あるいはそれ以上の圧力まで使用することが可能となった。そこで、低圧用の工具と高圧用の工具が共存することになったとき、低圧空気動工具を誤って30kg/cm2もの高圧の圧縮機に接続すれば大きな事故につながる。本件発明は、このような法改正の裏側にある問題点をいち早く察知し、これを課題として認識した結果生まれた発明である。すなわち、本件発明は、課題の設定自体に重要な意味があるのに、審決は、本件発明の進歩性判断にあたってこれを考慮していない。
審決は、「高圧ガス取締法の改正により、空気圧縮機関連の機器のシステム構成が10kg/cm2 未満と、10〜30kg/cm2 という圧力段階に応じたものとなることが・・・当業者にとって周知の事項であったことを考慮すれば、上記の適用に際し、減圧弁の最大圧力を、10kg/cm2未満と10〜30kg/cm2とすることは、当業者が必要に応じて適宜選択し得る程度の設計的事項にすぎない。」というが、高圧ガス取締法の改正と空気タンクに取り付ける減圧弁の最大圧力を異ならせるということとの間には全く因果関係がないのであり、減圧弁の圧力設定の操作を間違えると、深刻な事故が発生するおそれがあるという課題の認識がない以上、減圧弁の最大圧力を上記のように選定することが容易であるとはいえない。
また、審決は、「流体継ぎ手手段を、互いに互換性のないソケットとすることにより、誤接続を防止し、ひいては、誤接続による危険性を回避すること(は)・・・周知・慣用の手段にすぎないから、刊行物1に記載された発明の各流体継ぎ手手段に、刊行物2に記載された発明の流体継ぎ手手段に関する事項を適用するに際し、当該流体継ぎ手手段を互いに互換性のないソケットとすることは、当業者が必要に応じて適宜選択し得る程度の事項にすぎない。」と認定するが、刊行物1は、低圧と高圧が混在するシステムを想定していないから、審決の上記認定は誤りである。
(2) 審決は、相違点3についての判断の理由として、理由(a)ないし(e)を挙げるが、理由(b)ないし(e)は、成り立たない。
ア 審決は、理由(b)として、「高圧の圧縮ガスを取り扱う時は、常用圧力と最高圧力を常に考慮しなければならないことが、当業者にとって技術常識である」と述べ、また、理由(c)として、上記技術常識は「刊行物1に記載された発明が属する高圧ガス容器の技術分野においても、また、刊行物2に記載された発明が属する高圧ガス容器の技術分野においても、常に考慮されなければならない事項である点において共通している。」と述べている。
しかし、本件発明では、市場に低圧用の釘打ち機と高圧用の釘打ち機が混在する状況を想定したときに、減圧弁操作の間違いによる事項を防止するためには、それぞれの減圧弁の最大圧力を決めておくことがどうしても必要である、という特別な事情に基づいて最大圧力を規定したのであって、単に、高圧の圧縮ガスを取り扱う時に考慮することが常識である常用圧力と最高圧力を考慮するのとは事情が異なる。また、刊行物1に記載された空気動工具が高圧ガスを扱うとはどこにも記載されていない。したがって、理由(b)及び(c)は、理由がない。
イ 審決は、理由(d)として、「刊行物1に記載された発明も刊行物2に記載された発明も、共に、単一の圧力源から最大圧力が異なる圧縮ガスを取出す点において、その技術的課題が同様のものであること」を挙げる。
しかし、単一の圧力源から最大圧力が異なる圧縮ガスを取り出すことが課題であるとは、どこにも記載されていない。
ウ 審決は、理由(e)として、「刊行物1に記載された発明に刊行物2に記載されるような当業者にとって周知の減圧弁を用いることを妨げる特段の技術的事情が存在するとは認められないこと」を挙げるが、刊行物2に記載されている自動調圧器32を刊行物の減圧弁である弁34にそのまま適用しても、自動調圧器32は最大圧力よりも低い圧力に調整する機能を備えていないから、刊行物1の空気動工具は動作しなくなり、本件発明の構成に至ることはできない。
エ 刊行物1には本件発明の課題の認識がなく、最大圧力を定めた減圧弁を使用する必要がないので、当業者が刊行物1の技術に刊行物2の技術を適用しようとする動機付けがない。
また、刊行物1と刊行物2とは、数十倍も圧力が異なり、ガスの種類も異なる配給システムであるから、刊行物1記載の発明に刊行物2の技術的事項を用することは考えられない。
被告の反論の骨子
相違点3についての審決の認定、判断に何ら誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(刊行物2に記載された技術的事項の認定)に対する判断 (1) 減圧弁(刊行物2の「自動調圧器」について) 原告は、本件発明の「減圧弁」とは、「入口側の圧力にかかわりなく、出口側圧力を入口側圧力よりも低い設定圧力に調整する圧力制御弁であり、かつ、最大圧力より低い圧力であれば、任意の圧力を取出せる減圧弁」のことであると主張し、刊行物2には、そのような減圧弁は記載されていないと主張する。
なるほど、原告が指摘する甲5の文献(1985年度版JISハンドブック「油圧・空気圧」)には、「減圧弁」の意味として「入り口側の圧力にかかわりなく、
出口側圧力を入口側圧力よりも低い設定圧力に調整する圧力制御弁」と記載されていることが認められるが、そこでいう「調整する」は、出口側圧力を必要圧に下げることができる、という程度の意味に解することが相当であり、原告の主張するように「減圧弁」を出口側圧力を使用者において「任意に調整する」ことのできるものに限定する理由は見いだし難い。かえって、乙8の文献(コロナ社発行「機械用語辞典」)の「減圧弁」についての説明には、「一般に作動流体の圧力が、使用圧よりも高すぎる時これを減圧し一定に保つための弁を言う。構造は多種多様である。」とされていて、出口側圧力が任意に変えられることについて何ら言及はされていないこと、本件明細書(甲2の2)の発明の詳細な説明中にも取り出し圧力が低圧と高圧の2種類の減圧弁が設けられることが記載されるのみで、圧力が任意に調整可能であることが条件となっているかのような記述はないことに照らすと、本件発明の「減圧弁」とは、出口側圧力を使用者において任意に調整できる形式のものに限られないというべきである。
刊行物2に記載された自動調圧器32は、使用者が任意に出口圧力を調整できるような機構は設けられていないが、出口側圧力を供給圧力よりも減圧するものであるから、本件発明にいう「減圧弁」に相当するものであることは明らかである。したがって、審決が「刊行物2に記載される「自動調圧器32」は、減圧弁そのものである」と認定したことに誤りはない。
(2) 減圧弁に取り付けられる流体継手手段について 原告は、刊行物2には、「流体継ぎ手手段と取出せる最大圧力とを関連付け、誤接続することなく、必要な最大圧力の圧縮ガスを取り出す」ことは記載されていないから、この点に関する審決の認定は誤りであると主張する。
しかしながら、原告の上記主張は、以下のとおり、採用することができない。
ア 刊行物2には、「発明の要約」の項に、「本発明によれば、圧縮ガスのための新規で改良されたタンクバルブは、複数のねじ付き出口を備える」(甲4、訳文2頁15〜16行)との記載(記載@)があり、一個のバルブが複数のねじ付き出口を備えているという点が刊行物2記載の発明の特徴であるとの認識が示されている。
そして、上記記載に続く部分では、「特定の圧縮ガス、例えば様々な最高圧力定格を持つ分配システム用の加圧状態の酸素を供給タンクが収容するという例では、
バルブの出口ポートの一つから吐出される酸素圧力がこの特定の出口ポートの最高圧力定格を越えないように作動する減圧用圧力調整器がこのポートと組み合わされる。バルブ本体により設けられる別の出口ポートは、供給タンクの内部と直接に連通して、タンク内に収容される酸素の最高圧力に対応するサイズとねじ山形状を持つ。」(甲4、訳文2頁16〜21行)との記載(記載A)があり、2つの出口ポートの出口圧力とポートのサイズやねじ形状が異なる場合について、継手と取り出す圧力を関連づけることが説明されている。
さらに、刊行物2には、「本発明の別の面によれば、所与のバルブに二つ以上の出口ポートが設けられ、各々が特定ガスの特定の規格サイズ定格に適合するようなサイズとねじ山を持つ。例えば、アセチレン用の装置又は分配システムの一部は、
一種類のサイズの雌継手を備え、アセチレン用の他の装置又は分配システムは、別のサイズの雌継手部材を備える。アセチレン用の装置と分配システムの最高圧力定格は通常では異ならないが、アセチレン分配システムが2種類の異なるコネクタサイズを持つことはよくある。このような場合、タンク供給バルブはサイズが異なる二つのポートを備え、一方は一つのタイプの装置に適合するサイズとねじ山を持ち、他方は他のタイプの装置の継手に適合するサイズとねじ山とを持つ。両方のシステムの圧力が同じであるという場合、タンクバルブは2種類の異なるサイズの二つのねじ付き出口ポートを備えて、圧力調整器は必要ない。しかしこのようなシステムでも同じ基本的長所が得られ、専用のアダプタなどを必要とせずに、多様なサイズの分配システム又は装置に接続するのに1種類のシリンダの在庫が使用されるだけである。」(甲4号証訳文 3頁8〜19行)との記載(記載B)がある。
イ 上記イに認定したところによれば、刊行物2は、「発明の要約」欄において、刊行物2記載の発明の特徴を2つの側面から説明しており、第1の側面として2つの出口ポートの圧力と規格が異なる場合、第2の側面として2つのポートの圧力は同じであるが、規格が異なる場合について、それぞれのメリットを指摘していることが理解される。
原告が、刊行物2のものには同じ圧力で2つの異なるコネクタを設けることが記載されるのみであるとの主張を根拠づけるものとして指摘する刊行物2中の記載(記載B)は、前記第2の側面(2つのシステムが同じ作動圧力で動作するがコネクタの形式が異なる場合)についての記述であるが、審決の「減圧弁(自動調圧器32)に、他の流体継ぎ手手段とは異なった基準の流体継ぎ手手段を取り付けることにより、流体継ぎ手手段と取出せる最大圧力とを関連付け、誤接続することなく、必要な最大圧力の圧縮ガスを取出すことが、刊行物2に記載されているものと認められる」との判断は、第1の側面(2つの出口ポートの圧力が異なる場合)についての記述(記載A)に基づくものであって、適切な判断であると認められる。
(3) したがって、相違点3についての判断(刊行物1記載の発明に刊行物2記載の技術的事項を適用することの容易性)に際して、前提とされた刊行物2の認定に誤りがあるとの原告の主張(取消事由1)は、理由がない。
2 取消事由2(相違点3に関し、刊行物1記載の発明に刊行物2記載の事項を適用することの容易性)に対する判断 上記1に認定したところに基づき、刊行物1記載の発明に刊行物2記載の事項を適用することの容易性について検討する。
(1) 原告は、本件発明は、低圧用の工具と高圧用の工具が共存する時代をいち早く予見し、低圧用の工具を高圧の圧縮機に接続すれば重大な事項につながるという課題の認識が本件発明につながったものであると主張し、本件特許出願当時、この課題の認識は困難であったから、刊行物1記載の発明に刊行物2記載の技術的事項を適用する動機付けがない旨主張する。
しかし、一般的に、圧縮ガスを使用する機器においては、常用圧力と最高圧力について適切な配慮をすることが必要であり、圧縮ガスを使用する機器である以上、
予定された機能を果たすために設定された常用圧力が安定して供給されるとともに、機器の破壊を招くような最高圧力以上の異常な圧力が供給されることを避ける配慮が必要であることは技術常識であり、このことは刊行物2を刊行物1に適用する充分な動機付けとなり得るというべきである。
(2) 原告は、また、刊行物1、2に記載された発明は「単一の圧力源から最大圧力が異なる圧縮ガスを取り出す点」において技術的課題が共通する、とした審決の認定を争っている。確かに、刊行物1における複数のバルブ34は独立して調整可能であるものの、取り出せる最大圧力はいずれもタンク側の元圧で一定であると解されるから、刊行物2のように、最大圧力が異なる2系統の圧縮ガスを取り出せるバルブとは相違する点がある。しかし、審決は、厳密な意味での「最大圧力」を議論しているわけではなく、「単一の圧力源から、複数系統の圧縮ガスを取り出し、
各系統のガス圧が変えられる」という点で刊行物1と刊行物2が共通すると述べたものと理解することができる。そして、審決が指摘する意味での課題の共通性があることは、明らかであるから、これを基礎として審決が刊行物2の刊行物1への適用の容易性を評価したことに誤りはない。この点に関する原告の主張は、審決を正解しない主張というほかない。
(3) 原告は、また、刊行物2の自動調圧器32を刊行物1の弁34にそのまま適用すると、自動調圧器32は最大圧力よりも低い圧力に調整する機能は備えていないから、刊行物1の空気動工具は適切に動作しなくなる、と主張する。しかし、発明の進歩性を評価するに当たっては、刊行物に開示された具体的な機器の構造のみならず、開示されている技術的な思想を踏まえて評価すべきである。この観点からみるとき、刊行物2には、単一の供給源から複数の最大圧力の異なる圧縮ガスを取り出し、その際に、異なる圧力源に対しては接続継手の形式を変えることによって誤接続のおそれを排除することが開示されており、さらに、刊行物1のバルブ34も刊行物2の圧力調整器19は、いずれも供給される最大圧力の範囲内で2次側圧力を適宜調整するものであるから、これらの思想を組み合わせれば本件発明の構成に到達することは容易になし得るものと認められる。これらを組み合わせることに原告の主張するような阻害要因があるとは認められない。
(4) なお、原告は、従来、わが国の空気動工具がすべて10kg/cm2以下の圧力で使用されてきたことを、本件発明に想到することが容易でないとする事情として指摘する。しかし、わが国の空気動工具の作動圧力が10kg/cm2以下であったことは、技術的問題点によるものではなく、法律上の規制により、それ以上の高圧機器を製造する市場性がなかったことに起因するものであ。そして、油圧や高圧ガス(酸素、アセチレン等)の分野では、低圧で使用される機器や高圧で使用される機器等、種々の種類があり、単一の圧力源から減圧弁を介して個々の機器に適した圧力を取り出すこと(例えば刊行物2)や、使用圧力によってカプラーの形状や径を変更したものが販売されている(例えば、日東工器株式会社1973年発行のカタログ「カプラガイドブック」、乙6)ことは、圧力機器の開発に従事する当業者には当然の技術常識であることは明らかである。
これらの点を踏まえれば、法改正によって、使用目的に応じた種々の常用圧力の空気動工具が使用可能となるに際し、単一の圧力供給源(圧縮機)から制御弁を介して複数の最大圧力を取り出し、さらに機器への供給圧力を前記最大圧力の範囲内で調整可能とすること、及び、その際に、機器への誤接続のおそれを考慮して高圧機器と低圧機器ではカプラーや継手の形状を変えるようにすることは、既存の技術の単なる組み合わせにすぎず、圧力機器の開発に携わる当業者であれば容易になし得たことというべきである。
原告主張の取消事由2は、理由がない。
3 結論 以上のとおり、原告主張の取消事由1、2はいずれも理由がないから、原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利