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事件 平成 14年 (行ケ) 135号 審決取消請求事件
原告 ジョンソンエレクトリック ソシエテ アノニム
訴訟代理人弁護士 中村稔,辻居幸一,相良由里子 弁理士 今城俊夫
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 須田勝巳,大野克人,大橋信彦,片岡栄一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/10/14
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が訂正2001―39066号事件について平成14年2月7日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,名称を「永久磁石直流モータ」とする発明(本件発明)について,1986年(昭和61年)4月21日にイギリス国においてした特許出願ほか2件の特許出願に基づく優先権を主張して,昭和62年4月21日に特許出願をし,その特許は平成9年9月12日に設定登録された(本件特許第2694949号)。
(2) マブチモーター株式会社は,平成10年9月11日,原告を被請求人として,本件特許のうち明細書の特許請求の範囲の請求項1〜3に記載された発明に係る特許につき無効審判の請求をし,平成10年審判第35443号事件として審理され,平成11年12月27日,審判請求は成り立たないとする審決があった。
(3) マブチーモーター株式会社は,上記審決を不服として,東京高等裁判所に対し審決取消請求訴訟を提起し,平成12年(行ケ)第84号事件として審理された結果,平成13年3月14日に「特許庁が平成10年審判第35443号事件について平成11年12月27日にした審決を取り消す。」との判決があった。
(4) そこで,原告は,上記判決の上告期間中である同年4月26日に,引用例との相違を明確にするために,本件特許の訂正審判を請求したが(訂正2001―39066号),平成14年2月7日「本件請求は成り立たない。」との審決(訂正拒絶審決)があり,その謄本は同月19日原告に送達された。本訴は,この訂正拒絶審決の取消訴訟である。
(5) なお,上記審決取消判決に基づき上記(2)の無効審判請求について再び審理された結果,平成13年10月23日に「特許第2694949号の特許請求の範囲の請求項1〜3に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決(第2次審決)があり,その審決取消訴訟が係属中である(平成14年(行ケ)第99号)。
2 特許請求の範囲の記載(登録時の請求項第1項) カン状のモータケーシング,このモータケーシングを閉じるエンドキャップ,モータケーシング内に取り付けた永久磁石,モータケーシングとエンドキャップとにより支持されたベアリングに支えられたモータシャフト,永久磁石に向き合ってモータシャフトに取り付けられたアーマチャ・コアとアーマチャ巻線とを備え,アーマチャ・コアはアーマチャ巻線を巻いた拡大頭部を有する複数の半径方向に延びる磁極を有し,隣合う磁極は巻線を施す巻線トンネルを形成し,隣合う頭部を分離している狭い空間は半径方向に巻線トンネルを開いている,巻線を施したアーマチャ,このアーマチャのコアの一端に隣接してモータシャフトに取り付けられ,アーマチャ巻線に接続された接続部片をそれぞれが有する複数のセグメントを備える整流器,エンドキャップが支持しているモータ端子,エンドキャップが支持しており,整流器と滑り接触してモータ端子をアーマチャ巻線へ電気的に接続するブラシを含むブラシギヤ及び整流器に隣接してアーマチャのコアの端に,アーマチャのコアの半径方向外周に取り付けられたファンを備え,このファンはアーマチャのコアの端に当たる環状プレートと,この環状プレートにより支持されアーマチャのコアから離れて軸方向に延び整流器の接続部片の周囲空間内に入り込むが,接続部片から半径方向に離されている複数の半径方向に延びるファンブレードと,磁極間のそれぞれの巻線トンネルに沿って軸方向に環状プレートから延びてファンをアーマチャのコアの半径方向外周に固定する複数の取付けタブとを有することを特徴とした永久磁石直流モータ。
(訂正事項a) 第1項の「このファンはアーマチャのコアの端に当たる環状プレートと,」の記載の「このファンはアーマチャのコアの端に当た」の後ろの「る」を「り,」と訂正し,「る」に続く「環状プレートと,」の前に「中央開口を有する」を明瞭でない記載釈明を目的として挿入する。
(訂正事項b) 第1項の「接続部片から半径方向に離されている」の記載の「接続部片から半径方向に離されて」と「いる」の間に「,中央開口に連通する空間を形成して」を特許請求の範囲減縮明瞭でない記載釈明を目的として挿入する。
3 審決の理由の要点 別紙審決の理由のとおりであるが,その要点は,「訂正請求による請求項1に係る発明は下記刊行物1〜4記載発明に基づいて当業者が容易に想到することができるから,特許法29条2項の規定により出願時独立して特許を受けることができない。」というものである。
記 刊行物1:実願昭55-190928号の願書に添付された明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(実開昭57-111068号公報参照)(甲第4号証) 刊行物2:旧東ドイツ特許公報DD-213798(1984年(昭和59年)9月19日発行)(甲第5号証) 刊行物3:昭和14年実用新案出願公告第15552号公報(甲第6号証) 刊行物4:実願昭54-018528号(実開昭55-120288号)の願書に添付した明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(甲第7号証)
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(刊行物1記載の発明に関する認定の誤り) (1) 刊行物1記載の発明が教示していることは,ハブ17を整流器にぴったりと嵌めた中実な(ソリッドな)水車風のファンであって,ハブ17と整流器との間には隙間はない。すなわち,刊行物1記載の発明においては,ファンは,整流器に直接接触しており,「整流器に隣接してアーマチャのコアの端に」取り付けられていないし,また,「中央開口を有する環状プレート」を有しておらず,さらに,ファンブレードは「整流器の接続部片の周囲空間内に入り込」んで環状プレートの「中央開口に連通する空間を形成」してはいない。このような,訂正に係る請求項1記載の発明(訂正発明1)との構成上の相違により,刊行物1記載の発明では,整流器の周囲全体を覆う高温の空気層を取り除くことはできない。
審決は,「訂正発明1と刊行物1記載の発明が『整流器に隣接してアーマチャのコアの端に,アーマチャのコアの半径方向外周に取り付けられたファンを備える』点において一致する」(甲第1号証6頁33ないし34行)と認定するが,刊行物1記載の発明においては,ファンは整流器に直接接触して(嵌め込まれて)いるのであって,整流器に隣接して設けられているのではない。訂正発明1に係る整流器の冷却作用を有するためには,ファンは整流器に隣接していなければならず,決して直接接触して(嵌め込まれて)はならないのである。「整流器に隣接して」とは,文字どおり,整流器に隣り合っていることであって,整流器に接触してはならないことは,明らかである。
(2) 訂正発明1は,永久磁石直流モータにおいて,アーマチャのコアの側に整流器に隣接してその周囲に環状空間を形成し,低圧区域をつくって,火花の発生のため最も高温となる整流器の周囲全体の空気層を軸方向に沿って効率良く吸い込み,モータケーシングの窓を通して放出することにより,整流器全体を効率良く冷却するという目的を達成するものである。しかしながら,刊行物1記載の発明には,デッドスペースの活用という技術課題は開示されていても,最も高温となる整流器全体を効率良く冷却するという訂正発明1の技術課題は,開示も示唆もなく,両発明の技術課題は同一ではない。
(3) 刊行物1記載の発明は,訂正発明1と異なる整流器の冷却という目的を有するため,構成上,「ファンブレードをアーマチャのコアから離れて軸方向に延び整流器の接続部片の周囲空間内に入り込む」点だけでなく,ファンブレードが,「接続部片から離されて,中央開口に連通する空間を形成している」点,及び,ファンが,「中央開口を有する環状プレート」を有している点においても異なっている。
2 取消事由2(刊行物2記載の発明に関する認定の誤り) 刊行物2記載の発明では,ファンは,整流子側コイルに隣接しており,「整流器に隣接して」取り付けられていない,また,「中央開口を有する環状プレート」を有しておらず,さらに,ファンブレードは,「整流器の接続部片の周囲空間内に入り込」んで環状プレートの「中央開口に連通する空間を形成」していない。したがって,刊行物2記載の発明では,整流器の周囲全体を覆う高温の空気層を効率良く取り除くことはできない。
刊行物2記載の発明は訂正発明1の構成のうち,「整流器に隣接してアーマチャのコアの端に,アーマチャのコアの半径方向外周に取り付けられたファンを備え,このファンは(1)アーマチャのコアの端に当たり,中央開口を有する環状プレートと,(2)この環状プレートにより支持されアーマチャのコアから離れて軸方向に延び整流器の接続部片の周囲空間内に入り込むが,接続部片から半径方向に離されて,中央開口に連通する空間を形成している複数の半径方向に延びるファンブレードと,(3)磁極間のそれぞれの巻線トンネルに沿って軸方向に環状プレートから延びてファンをアーマチャのコアの半径方向外周に固定する複数の取付けタブとを有すること」(原告準備書面では「構成要件I」と表記) を有していないのであるから,刊行物2記載の発明における「ファン構成及び取付手段」が公知であったとしても,これを刊行物1記載の発明に置換したとしても訂正発明1を構成することはできない。したがって,訂正発明1との対比において,「モータの冷却ファンの構成と取付構造を開示する刊行物2・・・記載発明を刊行物1記載の永久磁石直流モータの冷却ファンの構成として置換することそれ自体の技術的困難性はない」とする審決の認定は,誤りである。
3 取消事由3(刊行物3記載の発明に関する認定の誤り) 刊行物3(甲第6号証)は交流による誘導電動機であり,整流器を備えていない。したがって,刊行物3記載の発明は,訂正発明1にかかる整流器との関係でのファンの構造及び配置,すなわち,訂正発明1にかかる環状プレートとファンブレードの構造及び配置を教示するものではない。
刊行物3記載の発明は,訂正発明1の構成要件I(上記取消事由2参照)を有していないのであるから,刊行物3記載の発明における「ファン構成及び取付手段」が公知であったとしても,これを刊行物1記載の発明に置換したとしても訂正発明1を構成することはできない。したがって,訂正発明1との対比において,「モータの冷却ファンの構成と取付構造を開示する刊行物・・・3記載発明を刊行物1記載の永久磁石直流モータの冷却ファンの構成として置換することそれ自体の技術的困難性はない」との審決の認定判断(別紙審決の理由197行〜199行)は,誤りである。
4 取消事由4(進歩性判断の誤り) 審決には,当業者が刊行物1記載の発明,刊行物2記載の発明及び刊行物3記載の発明を組み合わせることの動機づけについての認定がない。
刊行物3記載の発明は交流による誘導電動機の発明であり,整流器は開示されていない。このような整流器の開示されていない刊行物記載の発明のうちファンの構成について整流器を有する永久磁石直流モータに置換する必然性はない。
したがって,当業者が刊行物1記載の発明のうち,ファンを固定する手段として拡大頭部を有する回転子3間の溝部に刊行物2記載の発明の溝嵌合具を用いて固定することの必然性や,さらには,刊行物2記載の溝嵌合具に相当する脚片7を有する刊行物3記載のファンを採用する必然性はなく,しかも,訂正発明1の技術課題である最も高温となる整流器全体を効率良く冷却するという点については,刊行物1ないし3記載のいずれの発明にも開示も示唆もなく,当業者がこれらの発明を組み合わせて訂正発明1を想到することは到底容易とはいえないものである。審決の認定は,正に後知恵(hindsight)によるものである。
5 取消事由5(顕著な作用効果を看過したことの誤り) (1) 訂正発明1は,永久磁石直流モータにおいて,アーマチャのコアの側に整流器に隣接して,その周囲に環状空間を形成し,低圧区域をつくって,火花の発生のため最も高温となる整流器の周囲全体の空気層を軸方向に沿って効率良く吸い込み,モータケーシングの窓を通して放出することにより,整流器全体を効率良く冷却するという顕著な作用効果を奏するものである。原告の実施した甲第8号証の実験では,訂正発明1にかかるファンは刊行物1記載の発明のファンに比し整流器の温度は摂氏10度も低くなることが確認されている。いずれの刊行物においても,このような訂正発明1の作用効果は開示ないし示唆されていない。したがって,訂正発明1の整流器の冷却にかかる作用効果は当業者の予測し得ない顕著な作用効果を奏するものであり,訂正発明1が進歩性を有することは明らかである。
(2) また,このような整流器の冷却にかかる作用効果により,訂正発明1ではファンブレードをサーモプラスチックではなく,安価でかつモールドしやすい普通のプラスチックで形成することができるので,製作コストが著しく安くなる。このような作用効果についても,訂正発明1の構成によりもたらされる整流器の冷却作用に伴う作用効果であるから,訂正発明1の作用効果といえる。整流器の冷却にかかる作用効果により,ファンブレードをサーモプラスチックではなく普通のプラスチックで形成することができるという点についても,いずれの刊行物においても開示ないし示唆はなく,当業者が予測し得ないものである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(刊行物1記載の発明に関する認定の誤り)について (1) 原告は,刊行物1記載の発明においては,ファンは整流器に直接接触して(嵌め込まれて)いるのであって,整流器に隣接して設けられているのではない旨主張する。
しかしながら,刊行物1(甲第4号証)には,「該冷却ファンは,上記端子収容凹部及び巻線収容凹部が上記整流子と上記回転子巻線との接続部を構成する整流子の端子部に嵌挿され,かつ上記フィンの設けられた支持脚が上記回転子に接触する形で上記回転子に対して固着されている」(実用新案登録請求の範囲)と記載されていて,また,「隣接」には,「隣り合って続くこと」の意味があることは自明であり(広辞苑第五版など),隣り合って続くといえる関係であれば,嵌挿された関係にあったり直接接触する関係にある場合も,隣接しているということができる。
そうすると,刊行物1記載の発明において,ファンは整流器に隣接しているということができる。また,訂正発明1と刊行物1の発明が,「整流器に隣接してアーマチャのコアの端に,アーマチャのコアの半径方向外周に取り付けられたファンを備える」点において一致するとした審決の認定に,誤りがあるとは認められない。
(2) 原告は,刊行物1記載の発明には,デッドスペースの活用という技術課題は開示されていても,最も高温となる整流器全体を効率良く冷却するという訂正発明1の技術課題は,開示も示唆もなく,両発明の技術課題は同一ではない旨主張する。
しかしながら,刊行物1には,「(小型モータにおいて),高出力,高トルクを出させるためには,例えば大きい電機子電流を供給することが必要となる。この場合特に整流装置部分において発熱しモータ寿命を短くする最大の要因の1つとなっている。したがって,何らかの手段を用いて上記整流装置部分及びその他に発生する熱を放散させることが不可欠となる。従来このために,回転子の回転自体を利用して空気を循環せしめて整流子を冷却したり,冷却ファンをモータの内部あるいは外部に設けて強制冷却することが行われている。」(明細書2頁13行〜3頁3行),「(冷却ファンを取り付けた小型モータにおいて),流通媒体(空気)が回転子の巻線間の僅かな隙間を通り抜けている形となり必ずしも十分な冷却を行えない。」(明細書3頁4行〜4頁17行),「本考案は上記の各種難点を解決することを目的とし,複数個のフィンと所定の支持脚とを有する冷却ファンを整流子の非摺動円筒部に直接取り付けた小型モータを提供することを目的としている。」(明細書6頁8行〜11行),「そこで,モータを外部電源により駆動すると,回転軸5が回転し,それに伴い,冷却ファン16も回転し,吸入孔13及び14より空気がモータ・ケース1内に流入し,排出口15より流出して第2図の実線及び点線矢印で示す空気の流れを生じる。この空気流によって整流子6は直接冷却され,その他の部分も十分冷却される。」(明細書9頁10行〜16行)と記載されている。
そうすると,刊行物1記載の発明は,最も高温となる整流器全体を効率良く冷却するという技術課題を備えていることは明らかであり,「両発明の技術課題は同一ではない」との主張は採用することができない。
(3) 原告は,訂正発明1においては,ファンブレードが,「接続部片から離されて,中央開口に連通する空間を形成している」点,及び,ファンが,「中央開口を有する環状プレート」を有している点でも,刊行物1記載の発明とは異なっていると主張する。
しかしながら,これらの構成は,審決において,相違点(イ)の点について判断されているところである(別紙審決の理由173行以下の項)。原告の上記主張をもって,相違点の看過の違法があるとして審決取消しの事由とすることはできない。
2 取消事由2(刊行物2記載の発明に関する認定の誤り)について (1) 刊行物2(甲第5号証)には「本発明は,電気機器,特に巻線電機子を備えた小型モータの冷却用渦流装置に関する。本発明の目的及び課題は,コイル端及び整流子の強力な冷却を保証し,整流子側コイル端への炭塵及び整流子の磨耗粒子の堆積を防止し,工学的に簡単に製造可能である渦流装置を既存の部品から創造することにある。本発明によれば,この課題は,巻線電機子を備えた電機機器の場合に使用されるスロットウェッジリングの周囲または各スロットウェッジの端に半径方向に外向きに延びる渦流エレメントを備えることにより解決される。」,「図1によれば,電気機器の巻線回転子2の整流子側コイル端1上に,スロットウェッジリングの周囲に均等に配分された直線の半径方向渦流エレメント4及びスロットウェッジ5を備えた渦流装置3が配置されている。渦流装置3は整流子6を越えてスロットウェッジ5と共に巻線回転子2の回転子プレートパケット8の部分密閉スロット7の中に押込まれる。渦流装置3の内部寸法はスロットの充填及び整流子側コイル端1の外部輪郭にぴったりと適合するものにしてある。」,「渦流装置3の渦流エレメント4の長さは整流子側コイル端の大きさにより決まることになる。この長さは可能な限り完全に利用するものとする。渦流エレメント4の高さはコイル端1と電気機器の固定子との間の自由スぺ-スに適合する高さが適当である。回転子2のプレートパケットの長さが固定子プレートパケットの長さよりも短い場合は,渦流エレメント4の外径は最大でも回転子の直径以下でなければならない。しかしながら,回転子2のプレートパケットの長さが固定子プレートパケットの長さよりも長い場合は,渦流エレメント4は回転子の直径よりも大きくすることができる。」,「図2及び図3から分かるように,渦流装置3は構造的に一体化して製造可能なリングである。このリングは小型モータ用としてはプラスチック材から圧縮または吹付け成形するのが適当である。
これにより,電気機器,特に巻線回転子2を備えた小型モータ用の工学的に簡単で,追加的な部品なしで製造及び取付け可能な渦流装置3が得られる。この渦流装置3により,回転子2の回転時には,整流子側コイル端1及び整流子6の領域において,常に乱流の発生が保証され,これらの乱流がコイル端1及び整流子6の強力な冷却を保証し,巻線の一部への炭塵及び磨耗粒子の堆積を防止する。」との記載と,図1(整流子側渦流装置を備えた電気機器の巻線回転子の側面図),図2(渦流装置の正面図),図3(渦流装置の断面図)の記載がある。
これらの記載からすると,刊行物2には,ファン構成及び取付手段について,原告準備書面でいう構成要件Iを備えているものということができる。審決に,ファン構成及び取付手段についての刊行物2の認定誤りがあるということはできない。
(2) そして,刊行物2記載の発明は,上記(1)の記載のとおり,モータの冷却ファンの構成及び取付手段に関する技術分野に属しており,この技術分野は刊行物1記載の発明が属している技術分野と同じであること,また,当業者が,モータの冷却ファンを設計する場合,モータがいかなるものであってもその冷却機能を考慮し,取付手段を工夫するのは当然の課題であって,モータの冷却ファンは,モータがいかなるものであっても,モータ全体を冷却するという機能は変わらず,当業者であれば,冷却ファンの他種のモータへの転用は当然考慮するものであると認められ,かつ,それが困難であるという特別な事情があるとは認められないから,刊行物2記載の発明におけるファン構成及び取付手段を刊行物1記載の永久磁石直流モータの冷却ファン(ファン構成及び取付手段)の構成として置換することの技術的困難性はないというべきである。
3 取消事由3(刊行物3記載の発明に関する認定の誤り)について 刊行物3記載の発明についても,刊行物2に記載された発明と同様の理由により(上記2(2)),刊行物3記載の発明におけるファン構成及び取付手段を刊行物1記載の永久磁石直流モータの冷却ファン(ファン構成及び取付手段)の構成として置換することの技術的困難性を認めることはできない。
原告は,刊行物3に記載されたモータは,「誘導電動機」であることを前提とする主張をするが,刊行物3記載のモータの種類に限定はなく,「誘導電動機」を例示しているわけではない。仮に,「誘導電動機」であるとの認定が可能であったとしても,冷却ファンはモータ全体を冷却するものであることは明らかであるから,モータを整流器を有するモータに置換することになれば,当然,冷却ファンは,整流器も含めモータ全体を冷却することになるから,刊行物1記載のモータの構成に置換する技術的困難性を認めることはできない。
4 取消事由4(進歩性判断の誤り)について (1) 上記で検討したとおり,@刊行物1に記載された発明,刊行物2に記載された発明及び刊行物3に記載された発明は,いずれも,モータの冷却ファンの構成及び取付手段に関する技術分野に属しており,すなわち,当業者が,同一技術分野の共通の知識として認識されている,A刊行物1に記載された発明の課題として,最も高温となる整流器全体を効率良く冷却するという技術課題を備えており,刊行物2に記載された発明,刊行物3に記載された発明も,当業者が,モータの冷却ファンを設計する場合,モータがいかなるものであってもその冷却機能を考慮し,取付手段を工夫する当然の課題を備えていて,課題の共通性があるといえるから,当業者が刊行物1記載の発明,刊行物2記載の発明及び刊行物3記載の発明を組み合わせることの動機づけを認めることができる。審決は,これに基づき,相違点の判断を行っているものと理解することができる。
(2) そうすると,当業者が刊行物1記載の発明のうち,ファンを固定する手段として拡大頭部を有する回転子3間の溝部に刊行物2記載の発明の溝嵌合具を用いて固定すること,刊行物2記載の溝嵌合具に相当する脚片7を有する刊行物3記載のファンを採用することは容易に推考することができ,しかも,訂正発明1の技術課題である最も高温となる整流器全体を効率良く冷却するという点については,刊行物1の発明に開示されており,当業者がこれらの発明を組み合わせて訂正発明1を想到することは容易に行えることであって,これと同旨の審決の認定判断に誤りはない。
5 取消事由5(顕著な作用効果を看過したことの誤り)について (1) 甲第8号証「技術研究報告書」の温度試験結果(6,7頁)は,「両方のモータの温度上昇率は同じであるが,「目を開けた」羽根車の最終温度は元の羽根車の温度より約10度低い。「目を開けた」羽根車がその系から多くの熱を運び去っていることを証明している。」というものであり,上昇温度対時間の図には,横軸140秒で,縦軸元の羽根車約160℃,「目を開けた」羽根車約145℃が記載されている。
しかしながら,刊行物1(甲第4号証)には,「第7図はモータを駆動した際,刷子及び整流子の温度上昇を時間的に測定した測定曲線図である。第7図に示す実験においては,モータは出願人の会社において生産されているマブチモータのRS-750S Longを使用した。この場合の測定条件としては電圧9.6V,700g-pのトルク計負荷を使用した。スタート後5分で電流は15.3〜16.1A,回転数は16,070〜17,260r.p.m,出力は115〜124Wとなった。なお,A曲線は冷却ファンのないモータの場合,B曲線は整流子6が存在しない側に冷却ファンを取付けてファンの外径を27.5φとした場合,C曲線は本考案にかかるモータで整流子6の非摺動円筒部に冷却ファン16をもうけ該ファンの外径を38φとした場合に対応している。
この結果,冷却ファンを取付けないAの場合には,カーボン刷子が著しく摩耗し,整流子は著しく変色し,刷子温度は急上昇してスタート後10分で170℃に達し,使用に耐えなくなったため運転を中止した。次に冷却ファンを整流子6の存在しない側に取り付けたBの場合でも,カーボン刷子の摩耗がひどく,整流子は変色し,刷子温度はスタート後10分で150℃となり20分では160℃となり使用に耐えないものとなったため20分で運転を中止するにいたった。これに対し,本考案にかかる整流子の非摺動円筒部に冷却ファンをもうけたCの場合にはスタート後2分で刷子温度70℃,4分で78℃,6分で79℃,10分で80℃に上昇したが,それ以後は殆んど温度は上昇することなく,80℃一定に保ち,1時間を連続運転しても温度には変化が認められず,しかも刷子,整流子共に全然変化は見られなかった。以上詳述した如く,本考案は冷却ファンを整流子の非摺動円筒部に取り付けた構成としたので,冷却空気を直接整流子に吹き付けることができる。そして,従来のモータのように固定子の高さだけ冷却ファンが小さく制限されることなく,冷却ファンの外径はモータ・ケースの内径内で許される最大限の寸法とすることができるので,十分な冷却風量を得られる。」(9頁17行〜11頁17行) との記載があり,刊行物1に記載された発明の羽根車は,第7図横軸10分以降,縦軸80℃であり,冷却空気を整流子に直接吹き付けることができるというものである。
以上のとおり,刊行物1の上記記載によれば,刊行物1記載の発明では,設計によっては80℃となり得るものと認められるのに対し,訂正発明1の冷却ファンでは,145℃の冷却効果以外を示す証拠はないので,訂正発明1の冷却ファンの方が冷却能力が優れているとはいえない。
また,刊行物3に記載された発明の冷却ファンは,その構造からすると,ファンブレードの中央開口に連通する空間は低圧になり,ファンブレードに空気が吸い込まれることは,明らかであるから,刊行物1に記載された発明に刊行物3の冷却ファンを採用することにより,ファンブレードの中央開口に連通する空間は低圧になり,ファンブレードに空気が吸い込まれることは予想されるものといえる。
(2) そして,刊行物1に記載された発明の整流器の温度は80℃と低温とすることができ,低温であれば,冷却ファンも,技術常識に基づき,ファンのファンブレードをサーモプラスチックではなく,安価でかつモールドしやすい普通のプラスチックで形成することができるものということができる。
(3) よって,取消事由5も理由がない。
結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 古城春実