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関連審決 不服2000-6056
関連ワード 発明者 /  考案者 /  技術的思想 /  物の発明 /  製造方法 /  相違点の判断 /  公知技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  実質的同一 /  出願公開 /  技術常識 /  実質的に同一 /  参酌 /  数値限定 /  技術的意義 /  実質的同一性 /  実施 /  請求の範囲 /  公知事実 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 439号 審決取消請求事件
原告 株式会社ブリヂストン
訴訟代理人弁理士 鈴木悦郎
同 渡邊公義
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 須藤康洋
同 石井淑久
同 高木進
同 高橋泰史
同 宮川久成
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/10/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2000-6056号事件について平成14年7月2日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成2年11月13日,発明の名称を「ゴムホース」とする特許出願(特願平2-306712号)をし,平成11年10月18日,その願書に添付した明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載等を補正した(以下,この補正に係る明細書を「本件明細書」といい,その特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本願発明」という。)が,本件特許出願について平成12年2月14日に拒絶の査定を受けたので,同年3月22日,これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は,同請求を不服2000-6056号事件(以下「本件審判事件」という。)として審理した結果,平成14年7月2日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月24日,原告に送達された。
2 本願発明の要旨 内面ゴム及び外被ゴムとその間にある耐圧補強層を有するゴムホースであって,外被ゴムの表面に分子量10万〜500万のポリエチレン樹脂層を形成させるとともに,前記ポリエチレン樹脂層が0.05〜0.3mmの厚さであることを特徴とするゴムホース。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,本件出願の日前の他の出願であって,本件出願後に出願公開された実願平1-88723号(実開平3-28386号のマイクロフィルム参照)の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「先願明細書」という。)に記載された考案(以下「先願考案」という。)と実質的に同一であり,しかも,本願発明の発明者が先願考案の考案者と同一であるとも,本件出願時にその出願人が先願考案に係る出願人と同一であるとも認められないので,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由
1 審決は,本願発明と先願考案との実質的同一性に関する認定判断を誤った(取消事由)結果,本願発明は,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないとの誤った結論に至ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(本願発明と先願考案との実質的同一性に関する認定判断の誤り) (1) 審決の認定判断 審決も認定(審決謄本3頁第2段落)するとおり,本願発明と先願考案とは,「内面ゴム及び外被ゴムとその間にある耐圧補強層を有するゴムホースであって,外被ゴムの表面に分子量100万〜500万のポリエチレン樹脂層を形成させたゴムホース」である点で一致し,ポリエチレン樹脂層(被覆層3’)に関し,「本願発明が0.05〜0.3mmの厚さであるのに対して,先願考案にはその厚さに関する具体的記述がない点」で相違する。
審決は,上記相違点について,@「先願考案において用いられているポリエチレン樹脂層からなる被覆層3’は,フィルムを螺旋状に捲回することにより形成され・・・ゴムホースの持つ可撓性等の利点を保持しつつ,ホース外面の耐摩耗性,耐薬品性等の向上を目的とするために形成されたものである」(審決謄本3頁,4の第2段落)とした上で,A「プラスチックの『フィルム』という名称が有する厚さについては,プラスチックフィルムとは厚さが0.25mm以下の厚さのものを指す(例えば,「プラスチックフィルム(増補版)」(昭和49年8月30日,日刊工業新聞社発行)の第1〜2頁を参照ありたい。・・・・)というような定義も,先願考案の出願前において通常に知られているところであること」(同第3段落)も勘案すると,B「厚さについて具体的記述のない先願考案におけるフィルムよりなるポリエチレン樹脂層の厚さは,本願発明におけるポリエチレン樹脂層と同程度の厚みのものが実質的に記載されていると解するのが妥当である」(同第3段落〜4頁第1段落)とした。
しかしながら,本願発明が先願考案と実質的に同一であるとする審決の上記認定判断は誤りである。
(2) 「プラスチックフィルム(増補版)」を勘案した誤り 上記(1)のとおり,審決は,相違点につき判断するに当たり,昭和49年8月日刊工業新聞社発行「プラスチックフィルム(増補版)」(以下,単に「プラスチックフィルム(増補版)」という。)の記載を勘案しているが,本件においては,このような「勘案」はそもそも許されない。
明細書の記載を解釈するに当たり,その出願前の公知技術あるいは公知事実参酌することは許されないわけではないが,それは飽くまで当該明細書自体から知ることができる具体的内容に関連する場合に限られるものと解すべきであって,極めて抽象的な記載についてまでこのような解釈方法を持ち込むことは,いたずらに明細書の記載内容を技術的に広く認めることとなり,後願者に対する関係で不当に有利に扱うこととなり相当とは認め難いというべきである(東京高裁昭和60年9月30日判決・無体裁集17巻3号428頁,判例時報1177号114頁)。
これを本件についてみると,先願明細書(甲4)には,「マンドレルに超高分子量ポリエチレン製のテープ又はフィルムを螺旋状に捲回してホース内面側の被覆層3を形成し,その外側に加硫剤として硫黄を含有する未加硫ゴム層,布層および該未加硫ゴム層を順次積層してホース主体層2を形成し,その外側に再び上記テープ又はフィルムを螺旋状に捲回してホース外面側の被覆層3’を形成する」(4頁最終段落〜5頁第1段落)と記載されているにすぎず,そこで用いられるテープやフィルムの厚さはもとより,テープやフィルムによって形成される被覆層の厚さについても具体的な記載は全くなく,唯一,「薄肉の被覆層3,3’」との極めて抽象的な記載があるだけである(4頁下から6行目)。
そうすると,「薄肉」というような極めて抽象的な記載についてまで,公知技術あるいは公知事実を斟酌することは許されないというべきであるから,先願考案におけるフィルムよりなるポリエチレン樹脂層の厚さについて,「プラスチックフィルム(増補版)」の記載を勘案した審決の誤りは明白である。
(3) 「プラスチックフィルム」の厚さが定義できるとした誤り ア 審決は,上記(1)のとおり,「プラスチックフィルムとは厚さが0.25mm以下の厚さのものを指す」としているが,このような定義は,確かなものではなく,通常知られているものでもない。
イ そもそも,「プラスチックフィルム(増補版)」(甲5)の該当頁には,「一般に海外においては10ミル(0.25mm)日本においても0.25mm以上のものがシートでそれ以下の厚さのものをフィルムとしているようである(食品包装用プラスチックフィルムJIS原案参照)」と記載され,審決の引用部分に続けて「ようである」と述べられている。また,同書と同じ筆者の著書である昭和41年12月日刊工業新聞社発行「プラスチックフィルム」(甲6)には,「フィルムとシートは・・・両者の区別は単に厚さによるようで,一般に海外においては10ミル(0.25mm)日本においては0.1mm以上のものがシートでそれ以下の厚さのものをフィルムとしているようである。はたしてこのような定義でよいものかどうかは筆者にも確かではない」(1頁第1段落),「プラスチックフィルムには厚さが0.005mmから0.100mmにわたる広い範囲のものが製造されていて,おのおのの用途に適した厚さのフィルムが使用されている」(2頁第3段落)とある。すなわち,少なくとも日本におけるフィルムの厚さの定義は,審決の引用する「プラスチックフィルム(増補版)」の筆者自らが「確かではない」と認識しているのである。
また,「JIS K 6900 プラスチック用語」(甲7の1,2)によれば,平成5年以前は,「フィルム」の意味について「一般にシートの薄いものをいう」としか記載がなく,平成6年以後の「フィルム」の定義では,「長さ及び幅に比べて厚さが極めて小さく,最大厚さが任意に限定されている薄い平らな製品・・・。その任意の厚さの限界は国により,かつしばしば材料によって異なるが,ある場合には0.25mmである」と記載されている。すなわち,少なくとも先願考案の出願(平成元年)前においては,「フィルム」の厚さは「シート」よりも薄いという程度の抽象的なものでしかなく,平成6年以後でも0.25mmを厚さの限界とする場合はあるが,それは国により,かつしばしば材料によって異なるのであるから,「フィルム」の厚さに確固たる定義など存在しない。
さらに,昭和46年5月丸之内リサーチセンター発行「プラスチックフィルムの新展開」(甲8)には,0.7μ(0.0007mm)から500μ(0.5mm)の厚さのものが「フィルム」として生産・使用されていること,昭和46年以前の一時期においては,厚さ350μ(0.35mm)で「フィルム」と「シート」とが区別されていたこともあったが,現状ではその区分が「あいまい」であることが記載され,昭和45年6月工業調査会発行「新版プラスチック技術読本」(桜内雄二郎著,甲9)では,ライニングするプラスチックの厚さが「0.3〜1mm程度」のものが「(薄膜)フィルム」と称され,特開平2-86436号公報(甲10)では,厚みが「0.2mm〜1.5mm」の樹脂組成物の捲き付けを「(ブレンド)フィルム」の捲き付けと表現している。
ウ 以上から明らかなように,厚さによる「フィルム」と「シート」との区別はあいまいで,実際には幅広い厚さのものを適宜「フィルム」と称しているのが実情であるから,「フィルム」という用語から特定の厚さを導き出すことはできないというべきである。審決が引用する「プラスチックフィルム(増補版)」によるプラスチックフィルムの厚さの定義は,先願考案の出願前,通常知られていたようなものではないし,さらに,フィルムの厚さは用途や材料によって異なるのであるから,ポリエチレン樹脂という特定の材料からなり,ゴムホースの表面を被覆するという特定の用途で使用するフィルムの具体的な厚さを,プラスチックフィルム全般についての一般的な厚さに関する記載から特定することもできない。
したがって,「フィルム」という言葉のみから,その厚さを導き出した審決の誤りは明白である。
(4) 先願考案におけるポリエチレン樹脂層の厚さが本願発明のものと実質的に同一である判断とした誤り ア 上記(2)のとおり,先願明細書には,先願考案におけるポリエチレン樹脂層の厚さについて具体的な記載はなく,また,上記(3)のとおり,「フィルム」という語も厚さに関して用いられたものではないから,先願考案におけるポリエチレン樹脂層の厚さは,先願明細書の記載全体を総合して判断すべきである。
先願明細書(甲4)に,「従来のゴムホースは帯電し易く摩耗し易い欠点があるが,本考案はかかる欠点に鑑み,制電性,耐摩耗性に優れ・・・」(2頁,考案が解決しようとする問題点),「超高分子量ポリエチレンの被覆層が被着されており,・・・摩擦係数が著しく低く自己潤滑性が優れているので,ホース内外壁面と他物が接触したり摺動しても静電気が発生し難く帯電防止性を発揮する。
この場合,帯電防止性をより完全にするため,超高分子量ポリエチレン層内に導電性カーボン等を混入して用いてもよい」(3〜4頁,作用),「被覆層自体の優れた耐摩耗性と相俟って,ホース内外面の耐摩耗性は格段に向上し耐久性に優れる。
更に,耐薬品性,耐衝撃性,低温特性,無毒性等にも優れるので,ゴムホースの持つ可撓性,耐圧性等の利点を保持しつつ,その使用範囲の拡大を図ることができる」(4頁,作用)と記載されていることからすれば,先願考案におけるポリエチレン樹脂層(被覆層3’)の厚さは,専ら,超高分子量ポリエチレンの被覆層による帯電防止性と,被覆層の耐摩耗性と相まったホース外面の耐摩耗性から判断するのが相当である。そして,「帯電防止性」の面からは,他物が接触したり摺動しても自己潤滑性が発揮できればそれでよく,帯電防止性をより完全にする場合であっても導電性カーボン等を混入すればよいから,超高分子量ポリエチレンの被覆層は被着さえされていればよいのであって,その厚さは問題にならない(非常に薄くてもよい)といえる。「耐摩耗性」の面からは,被覆層単独ではなく,「被覆層自体の優れた耐磨耗性と相まって」発揮されるから,超高分子量ポリエチレンの被覆層を被着する最大の理由は「帯電防止性」にある。また,「耐摩耗性」を考えても,被覆層単独で耐摩耗性を保持する場合に比べ,薄くてもよいといえる。
イ これに対し,本願発明におけるポリエチレン樹脂層の厚さは,0.05〜0.3mmの範囲に規定されており,この範囲は,「ポリエチレン樹脂自体のシーティング,ゴムホース外表面への巻きつけ性,耐油性,耐摩耗性の効果,ゴムホースの可撓性保持等を総合的にみる」(本件明細書(甲3)5頁第3段落)ことにより決定したものである。すなわち,ポリエチレン樹脂層の厚さが0.05mmより薄くなると,「第1にシーティングが困難となり,ゴムホースの外表面への巻きつけ作業性が悪くなる。更にはゴムホース外表面へ巻きつけた場合でもゴムの加硫中に流れを起こしやすく膜厚が不均一となってしまう。そして,特に問題となるのは耐油性,耐摩耗性が余り期待できない」(同4頁第4〜第5段落)一方,ポリエチレン樹脂層の厚さが0.3mmより厚くなると,「シーティングに際してエアー入り等を生じ,かつゴムホース外表面への巻きつけ作業も悪くなる・・・耐油性,耐摩耗性がこれ以上効果を増すということもなく,逆に言えば無駄な厚さということにもなる」(同5頁第1〜第2段落)のである。言い換えれば,本願発明におけるポリエチレン樹脂層の厚さは,ポリエチレン樹脂自体で耐油性と,耐摩耗性とを発揮し得る程度になっている。
ウ 以上に基づき両者を比較すると,上記アのとおり,先願考案のポリエチレン樹脂層の厚さは,飽くまで主体は「帯電防止性」の面からみた厚さであり,「耐摩耗性」の面においてもポリエチレン樹脂単独ではなく,「被覆層自体の・・・耐油性,耐摩耗性の効果」を期待する厚さとは当然に相違する(先願考案の厚さの方が薄くてよい。)。しかも,本願発明は,ポリエチレン樹脂層の厚さを特定したことにより,「耐油性,耐摩耗性,耐食性等が良好で,しかもゴムホースの可撓性を充分保持できるため,ゴムホースが悪環境下において使用された際でも高寿命が期待できる」(本件明細書8頁,効果)という顕著な作用効果を奏するものである。
そうすると,ポリエチレン樹脂層の厚さについて具体的記述のない先願考案について,本願発明と同程度の厚みのものが実質的に記載されていると解することは誤りであるというほかはない。
エ 被告は,プラスチック製のフィルムの厚さは,一般的には,0.25mm未満(あるいは0.254mm以下)であると解されるところ,先願考案のポリエチレン樹脂層は,当該フィルムをホース外面側に螺旋状に捲回して形成されるものであるから,当該樹脂層の厚さもおおよそ0.25mm以下であると認められる旨主張する。
しかしながら,被告の上記主張は,先願明細書の記載に基づかない主張というべきである。すなわち,一定の厚さのフィルムを重ねずに1層だけ巻き付ければ,素材としてのフィルムの厚さと製造された樹脂層の厚さとは同程度になると解されるが,フィルムを2層以上にわたって,巻き付けることも慣用的に行われている手法であり,この点,先願明細書には,ポリエチレン樹脂層について,素材として「フィルム」,製造方法として「螺旋状に捲回」,製品として「薄肉の被覆層」としか記載がなく,フィルムを何層捲回するのかについては何ら記載されていないのであるから,「フィルム」の厚さをもって「被覆層」の厚さと等しいとする被告の上記主張は失当というほかはない。
被告の反論
1 審決の認定判断は正当であり,原告の取消事由の主張は理由がない。
2 取消事由(本願発明と先願考案との実質的同一性に関する認定判断の誤り)について (1) 「プラスチックフィルム(増補版)」を勘案した誤りについて 原告は,審決が,相違点の判断に当たり,「プラスチックフィルム(増補版)」の記載を勘案したこと自体がそもそも許されない旨主張する。
しかしながら,審決は,先願明細書中のプラスチック製の「フィルム」との記載が有する技術的な意味を解釈するに当たり,「プラスチックフィルム(増補版)」の記載を参酌し,先願考案の出願前における技術水準として,フィルムとはおおよそ0.25mm以下の厚みのものを意味することは周知であることを示したにすぎない。明細書は当該発明に関するすべての技術常識を前提とした上で作成されるのが通常であるから,特に明細書に記載がなくても,当該発明を理解するに当たって当業者の有する技術常識を証拠により認定し,これを参酌することを禁ずべき理由はない(東京高裁昭和61年(行ケ)第29号事件,昭和61年9月29日判決)し,また,原告の主張によっても,先願明細書に記載された「フィルム」という抽象的でない具体的記載について,「プラスチックフィルム(増補版)」の記載を参酌することは当然に許されるというべきであるから,原告の上記主張は失当である。
(2) 「プラスチックフィルム」の厚さが定義できるとした誤りについて 原告は,「フィルム」の厚さについて確固たる定義は存在しない旨主張する。しかしながら,「フィルム」という語の有する技術的意味については,審決の挙げる「プラスチックフィルム(増補版)」の記載のほか,いずれも先願考案の出願前の頒布刊行物の,「フィルムとシートはその厚さによって区別される。すなわち,厚さが1/100in(0.254mm)以下のものをフィルムといい,これ以上のものをシートと呼ぶ」(乙1,大阪市立工業研究所プラスチック課編「実用プラスチック用語辞典」フィルム film の項),「長さおよび幅に比較して,厚さのきわめて薄い形状のプラスチックの総称である。しかし通常,シートの厚さは0.25mm以上とされており,0.25mm未満のものはフィルムとしている」(乙2,牧廣他著「図解 プラスチック用語辞典」シート sheet の項)との記載から,一般的には,「0.25mm未満(あるいは0.254mm以下)の厚さのもの」と定義することができるというべきである。
(3) 先願考案におけるポリエチレン樹脂層の厚さが本願発明のものと実質的に同一であると判断とした誤りについて ア 上記(2)のとおり,プラスチック製のフィルムといった場合には,一般的には,0.25mm未満(あるいは0.254mm以下)の厚さであると解されるところ,先願考案の超高分子量ポリエチレン樹脂層は,当該フィルムをホース外面側に螺旋状に捲回して形成されるものであるから,当該樹脂層の厚さも,おおよそ0.25mm以下であると認めることができる。
イ 原告は,本願発明におけるポリエチレン樹脂層の厚さの数値限定について,その厚さは,0.05〜0.3mmの範囲に規定されており,この範囲は,ポリエチレン樹脂自体のシーティング,ゴムホース外表面への巻きつけ性,耐油性,耐摩耗性の効果,ゴムホースの可撓性保持等を総合的にみることにより決定したものであると主張する。
しかしながら,本願発明は飽くまでゴムホースという「物の発明」であるから,本願発明のポリエチレン樹脂層の厚みが奏する効果,すなわち,この厚さの数値限定の意味は,「物(ゴムホース)」の発明自体が奏する効果の域を出て解されるべきではなく,物の発明自体とは直接関連のない,ポリエチレン樹脂のシーティングや巻きつけ作業時における効果に関する本件明細書の記載は考慮すべきでない。そうすると,本願発明の上記数値限定の意味は,ポリエチレン樹脂層の厚さが0.05mmより薄くなると,「耐油性,耐摩耗性が余り期待できない」,ポリエチレン樹脂層の厚さが0.3mmより厚くなると「耐油性,耐摩耗性がこれ以上効果を増すということもなく,逆に言えば無駄な厚さということにもなる」といったゴムホース自体が有する耐油性,耐摩耗性の観点からのみ考慮すべきである。
他方,原告は,先願考案におけるポリエチレン樹脂層(被覆層3’)の厚さは,専ら,帯電防止性と耐摩耗性の見地のみから判断すべきである旨主張するが,先願明細書の記載によれば,先願考案は,従来のゴムホースが「帯電したり摩耗したり」(1頁,従来の技術)していた課題を解決するために考案されたものであって,その効果として,先願考案の複合ゴムホースは,「ゴムホースの特長を維持しつつ優れた制電性,耐摩耗性,耐薬品性,耐衝撃性等を発揮」(6頁,考案の効果)するものであるから,先願考案は,帯電防止性とともに,耐摩耗性,耐薬品性(耐油性)等を奏するものであると解するのが自然であり,原告の上記主張は不合理である。そうすると,先願考案のポリエチレン樹脂層の厚さは,先願明細書に記載のとおり,帯電防止性もさることながら,本願発明の如く耐摩耗性,耐薬品性等をも発揮する程度の厚みを有するものと理解することができる。換言すれば,先願考案のポリエチレン樹脂層が本願発明と同じ分子量である超高分子量ポリエチレンの樹脂層である以上,その厚さは,耐薬品性(耐油性),耐摩耗性が期待できないような薄い層などではない。また,先願考案の超高分子量ポリエチレンは,「ゴム層と加硫接着しかつ加硫成形時に溶融変形しないものが好適」(先願明細書3頁第1段落)であるとの記載から,加硫成形時に溶融変形するほどの薄い厚さではないことも理解できる。
ウ 原告は,先願考案のポリエチレン樹脂層が超高分子量ポリエチレン製フィルムを1層だけ巻き付けることにより形成されたことを前提とする被告の主張は,先願明細書の記載に基づかない主張であり,失当であるとする。
しかしながら,基体に対してプラスチックフィルムを螺旋状に巻き付ける際には,フィルム端部を少し重ねた状態でスパイラル状に1層だけ巻き付ける,いわゆる単層巻き付けも普通に知られている技術である(乙4,5)。
そして,先願明細書には,「被覆層自体の優れた耐摩耗性,・・・ゴムホースの持つ可撓性,耐圧性等の利点を保持しつつ,その使用範囲の拡大を図る」(4頁第2〜第3段落)ことを目的としつつ,製品として「薄肉の被覆層」(同第5段落)が接着一体化されて形成されていると記載されていることから,先願明細書にはフィルムを「薄肉」に巻き付けるべきとする技術的思想を含むものということができるのであり,そうである以上,フィルムを複数層,すなわち厚く巻きつけるものと解することは不合理である。
当裁判所の判断
1 取消事由(本願発明と先願考案との実質的同一性に関する認定判断の誤り)について (1) 本願発明と先願考案とが,「内面ゴム及び外被ゴムとその間にある耐圧補強層を有するゴムホースであって,外被ゴムの表面に分子量100万〜500万のポリエチレン樹脂層を形成させたゴムホース」である点で一致することは,当事者間に争いがなく,本願発明が,ポリエチレン樹脂層の厚さについて限定を付したこと以外には,先願考案と構成上の差異がないものであることは,原告もその主張の前提として自認するところであるから,ポリエチレン樹脂層(被覆層3’)に関し,「本願発明が0.05〜0.3mmの厚さであるのに対して,先願考案にはその厚さに関する具体的記述がない点」という一応の相違点を実質的に同一であるとした審決の認定判断の当否が本件の争点である。
(2) 本願発明におけるポリエチレン樹脂層の厚さは0.05〜0.3mmの範囲に規定されているところ,本件明細書(甲3)の記載によれば,この範囲は,「ポリエチレン樹脂自体のシーティング,ゴムホース外表面への巻きつけ性,耐油性,耐摩耗性の効果,ゴムホースの可撓性保持等を総合的にみる」(5頁第3段落)ことにより決定したものであり,下限については,「ポリエチレン樹脂層の厚さが0.05mmより薄いと,第1にシーティングが困難となり,ゴムホースの外表面への巻きつけ作業性が悪くなる。更にはゴムホース外表面へ巻きつけた場合でもゴムの加硫中に流れを起こしやすく膜厚が不均一となってしまう。そして,特に問題となるのは耐油性,耐摩耗性が余り期待できない」(同4頁第4〜第5段落)と記載され,上限については,「ポリエチレン樹脂層の厚さが0.3mmより厚い場合には,シーティングに際してエアー入り等を生じ,かつゴムホース外表面への巻きつけ作業も悪くなる・・・。更には0.3mmを越える厚さにあっては,耐油性,耐摩耗性がこれ以上効果を増すということもなく,逆に言えば無駄な厚さということにもなる」(同4頁末行〜5頁第2段落)と記載されている。
なお,本件明細書が数値限定の根拠として掲げる上記の各事由のうち,ポリエチレン樹脂のシーティングや巻きつけ作業時における作業性等の点については,そうした観点のみからの限定であれば,当業者が実施に当たり適宜工夫すれば足り,本願発明と先願考案との実質的同一性を左右しないことは自明というべきであるから,以下においては,「物(ゴムホース)」の発明である本願発明が奏する作用効果,すなわち,当該ゴムホースが有する耐油性,耐摩耗性の観点からの限定について検討する。
(3) まず,上限の0.3mmについて見ると,本件明細書に記載された限定の理由自体,耐油性,耐摩耗性の観点からは,それより厚くても無駄な厚さであるというにすぎず,他方,先行発明である先願考案がポリエチレン樹脂層を「無駄な厚さ」とすることを想定していたと解する理由もないから,この上限の点が,当業者が実施に当たり適宜選択し得る設計的事項にすぎないことは,本件明細書の記載自体から明らかというほかはない。
次に,下限の0.05mmについて検討すると,この点について,原告は,先願明細書(甲4)に,「従来のゴムホースは帯電し易く摩耗し易い欠点があるが,本考案はかかる欠点に鑑み,制電性,耐摩耗性に優れ・・・」(2頁,考案が解決しようとする問題点),「超高分子量ポリエチレンの被覆層が被着されており,・・・摩擦係数が著しく低く自己潤滑性が優れているので,ホース内外壁面と他物が接触したり摺動しても静電気が発生し難く帯電防止性を発揮する。この場合,帯電防止性をより完全にするため,超高分子量ポリエチレン層内に導電性カーボン等を混入して用いてもよい」(3〜4頁,作用),「被覆層自体の優れた耐摩耗性と相俟って,ホース内外面の耐摩耗性は格段に向上し耐久性に優れる」(4頁,作用)とあること等を根拠に,先願考案におけるポリエチレン樹脂層(被覆層3’)の厚さは,専ら,帯電防止性と耐摩耗性の見地のみから判断すべきである旨主張する。
しかしながら,先願明細書のその余の記載を見れば,先願考案は,「帯電したり摩耗したり」(1頁,従来の技術)するという課題を解決するために考案されたものであって,「・・・耐摩耗性は格段に向上し耐久性に優れる。更に,耐薬品性,耐衝撃性,低温特性,無毒性等にも優れる」(4頁第2〜第3段落)との作用を有し,さらに,効果として,「ゴムホースの特長を維持しつつ優れた制電性,耐摩耗性,耐薬品性,耐衝撃性等を発揮」(6頁,考案の効果)するものとされているから,先願考案が,帯電防止性とともに,耐摩耗性,耐薬品性(耐油性)等を奏するものであることは明らかというほかはなく,原告の上記主張は採用することができない。
上記の各記載に加え,先願明細書が,ポリエチレン樹脂層3’につき,ホース主体層2の外側に超高分子量ポリエチレン製の「テープ又はフィルムを螺旋状に捲回」(5頁第1段落)することにより,「薄肉」(4頁第5段落)に形成されるべきものとしていることを併せ考慮すれば,先願考案においても,本願発明と同様,耐油性すなわち耐薬品性と,耐摩耗性とは,いずれも考案の主要な作用効果として想定されており,かつ,ホース外表面のポリエチレン樹脂層を形成するに当たっては,そうした作用効果を失わない程度に,できるだけ薄くポリエチレン樹脂層を形成すべきであるとの技術的思想が開示されていたものと認めることができる。
そして,先願明細書の「超高分子量ポリエチレンは,ゴム層と加硫接着しかつ加硫成形時に溶融変形しないものが好適」(2頁最終段落〜3頁第1段落)との記載をも考慮すれば,上記ポリエチレン樹脂層の厚さについて下限の数値を明記していない先願明細書に接した当業者は,先願考案の実施に当たり,上記の技術的思想を基礎に,加硫成形時の適性等をも加味して判断すれば,おのずから定まる事項,すなわち,適宜選択し得る設計的事項であると理解するものと認めるのが相当である。
(4) 以上によれば,本願発明におけるポリエチレン樹脂層の厚さの限定は,その上限,下限とも,先願考案が実施者の適宜の選択にゆだねていた設計的事項について適宜数値を特定してみたものにすぎず,その限定に格別の技術的意義ないし臨界的意義を見いだすことができないから,本願発明は,先願考案と実質的に同一であって,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないというべきである。審決は,これと同旨をいうものとして是認するに足り,原告の取消事由の主張は採用することができない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 早田尚貴