関連審決 | 異議2000-70474 |
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関連ワード | 発明者 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 周知技術 / 下位概念 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / クレーム / 参酌 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 変更 / 取消決定 / |
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元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
272号
特許取消決定取消請求事件
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原告 ジェンテックス・コーポレーション 訴訟代理人弁護士 鈴木修,岡本義則,弁理士 狩野剛志,松本謙,訴訟復代理 人弁理士末吉剛 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 藤井昇,高木進,林栄二,八日市谷正朗,大橋信彦 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/10/23 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が異議2000-70474号事件について平成13年1月31日にした決定を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は,本件特許第2930202号「自動車用可変反射率ミラー」の特許権者である。本件特許は,昭和62年3月31日に出願された原出願である特願昭62-79562号(優先権主張日・昭和61年3月31日,優先権主張国・米国)の一部を,平成9年8月28日に特許法44条1項に規定の新たな特許出願(特願平9-232379号)としたものに係り,平成11年5月21日設定登録となった。 平成12年2月3日,本件特許の特許請求の範囲第1ないし第16項,第17ないし第25項,第26ないし第34項に記載の発明につき特許異議の申立てがあり(異議2000-70474号),平成13年1月31日,本件特許の上記項に記載された発明についての特許を取り消すとの決定があり,その謄本は同年2月19日原告に送達された。 2 本件発明の要旨 特許請求の範囲第1ないし第16項,第17ないし第25項,第26ないし第34項に記載の発明は,それぞれ特許請求の範囲の構成に欠くことのできない事項を記載した第1項,第17項,第26項に記載された次のとおりのものである。 (1) 特許請求の範囲第1項記載の発明「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可逆的可変透過率を持つ構成成分によって与えられ,ここで,当該エレクトロクロミックデバイスの透明な電極層のシート抵抗が1〜40オームパースクエアであることを特徴とし」(構成要件(a)),ただし,上記単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスから,次の「(A)溶剤;」(構成要素(A))「(B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少なくとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,カソードエレクトロクロミック化合物;」(構成要素(B))「(C)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2種の化学的可逆酸化波を表示し,これらの酸化のうち第1のものが可視領域の少なくとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,アノードエレクトロクロミック化合物;」(構成要素(C))及び「(D)カソード化合物及びアノード化合物がすべてそれらのゼロ電位平衡状態で該溶液中でイオン性でない場合は,不活性の電流搬送電解質」(構成要素(D))を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスを除く,前記自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。 (2) 特許請求の範囲第17項記載の発明「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可変透過率を持つ構成成分によって与えられ,当該エレクトロクロミックデバイスが,最高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未満でなければならないような反射率範囲を与えることを特徴とし」(構成要件(b)),ただし,上記単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスから,次の:「(A)溶剤;」(構成要素(A))「(B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少なくとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,カソードエレクトロクロミック化合物;」(構成要素(B))「(C)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2種の化学的可逆酸化波を表示し,これらの酸化のうち第1のものが可視領域の少なくとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,アノードエレクトロクロミック化合物;」(構成要素(C))及び「(D)カソード化合物及びアノード化合物がすべてそれらのゼロ電位平衡状態で該溶液中においてイオン性でない場合は,不活性の電流搬送電解質」(構成要素(D))を含む単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスを除く,前記自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。 (3) 特許請求の範囲第26項記載の発明「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可変透過率を持つ構成成分によって与えられ,自己消去式溶液相媒質が空間をおいて離れた二つの電極層により画定された空間中に保持され,当該エレクトロクロミックミラーは反射層を有し,当該反射層が,前記エレクトロクロミックデバイスの溶液を通り,前記溶液を通過した後当該反射層に到達する光を反射し,ここで,前記エレクトロクロミックデバイスが,印加した電位差の関数として反射率の全範囲にわたって連続的に変化可能な反射率を与えることを特徴とし,」(構成要件(c))ただし,当該単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスから,次の:「(A)溶剤;」(構成要素(A))「(B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少なくとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,カソードエレクトロクロミック化合物;」(構成要素(B))「(C)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2種の化学的可逆酸化波を表示し,これらの酸化のうち第1のものが可視領域の少なくとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,アノードエレクトロクロミック化合物;」(構成要素(C))及び「(D)カソード化合物及びアノード化合物がすべてそれらのゼロ電位平衡状態で該溶液中においてイオン性でない場合は,不活性の電流搬送電解質」(構成要素(D))を含む単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスを除く,前記自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。 3 決定の理由の要点 (1) 対比する本件発明の認定 本件特許の発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載した第1項,第17項,第26項の発明は,共通する構成要素とそれぞれの発明の構成要件(a),(b),(c)の単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスであって,次の,構成要素(A),構成要素(B),構成要素(C)及び,カソード化合物及びアノード化合物がすべてそれらのゼロ電位平衡状態で該溶液中でイオン性でない場合は,構成要素(D)を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスを除く,自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーとなっており,いわゆる「除くクレーム」であって,発明の構成に欠くことができない事項が多岐にわたるので,進歩性の判断を行う発明として,本件発明に含まれる発明を以下に特定する。 (1)-1 第1項の発明について 本件特許における第1項の発明を構成要件及び構成要素に従って記載すれば, 「構成要件(a),ただし,上記単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスから,次の,構成要素(A),構成要素(B),構成要素(C),及び,カソード化合物及びアノード化合物がすべてそれらのゼロ電位平衡状態で該溶液中でイオン性でない場合は,構成要素(D)を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスを除く,自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。」となるが,本件明細書の詳細な説明の記載からみて,第1項の発明は,以下の(1-1)記載の発明を包含するものと認める。 (1-1) 「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可逆的可変透過率を持つ構成成分によって与えられ,ここで,当該エレクトロクロミックデバイスの透明な電極層のシート抵抗が1〜40オームパースクエアであることを特徴とする単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスであって(構成要件(a)), (A)溶剤;(構成要素(A)) (B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少なくとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,カソードエレクトロクロミック化合物;(構成要素(B)) を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。」 (1)-2 第17項の発明について 本件特許における第17項の発明を構成要件及び構成要素に従って記載すれば, 「構成要件(b),ただし,上記単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスから,次の,構成要素(A),構成要素(B),構成要素(C)及び,カソード化合物及びアノード化合物がすべてそれらのゼロ電位平衡状態で該溶液中でイオン性でない場合は,構成要素(D)を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスを除く,自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。」となるが,本件明細書の詳細な説明の記載からみて,第17項の発明は,以下の(2-1)の発明を包含するものと認める。 (2-1) 「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可変透過率を持つ構成成分によって与えられ,当該エレクトロクロミックデバイスが,最高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未満でなければならないような反射率範囲を与えることを特徴とする単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスであって,(構成要件(b)) (A)溶剤;(構成要素(A)) (B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少なくとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,カソードエレクトロクロミック化合物;(構成要素(B)) を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。」 (1)-3 第26項の発明について 本件特許における第26項の発明を構成要件及び構成要素に従って記載すれば, 「構成要件(c),ただし,当該単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスから,次の,構成要素(A),構成要素(B),構成要素(C),及び,カソード化合物及びアノード化合物がすべてそれらのゼロ電位平衡状態で該溶液中でイオン性でない場合は,構成要素(D)を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスを除く,自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。」となるが,本件明細書の詳細な説明の記載からみて,第26項の発明は,以下の(3-1)の発明を包含するものと認める。 (3-1) 「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可変透過率を持つ構成成分によって与えられ,自己消去式溶液相媒質が空間をおいて離れた二つの電極層により画定された空間中に保持され,当該エレクトロクロミックミラーは反射層を有し,当該反射層が,前記エレクトロクロミックデバイスの溶液を通り,前記溶液を通過した後当該反射層に到達する光を反射し,ここで,前記エレクトロクロミックデバイスが,印加した電位差の関数として反射率の全範囲にわたって連続的に変化可能な反射率を与えることを特徴とする単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスであって,(構成要件(c)) (A)溶剤;(構成要素(A)) (B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少なくとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴う,カソードエレクトロクロミック化合物;(構成要素(B)) を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。」 (2) 決定が引用した刊行物 刊行物2:特開昭57-208530号公報(本訴甲第4号証) 刊行物5:特開昭60-247226号公報(本訴甲第5号証) 刊行物6:特開昭61-32037号公報 刊行物7:特開昭60-216333号公報 (3) 第1項の発明についての対比・判断 (3)-1 第1項の発明が包含する発明において,本件明細書には,カソードエレクトロクロミック化合物に関し,「本発明の溶液に適したカソードエレクトロクロミック化合物には式II既知の化合物(バイオロゲン) {式中,R21及びR22は・・・それぞれ,1〜10個の炭素原子を有するアルキル基・・・,X―23 及びX―24 は・・・それぞれクロリド,ブロミド,ヨージド・・・から選ばれる}・・・が含まれる。」(【0056】欄)との記載があり,溶剤に関し,「溶剤として適したものは,・・・,メタノール,・・・,アセトニトリル,N,N-ジメチルホルムアミド,・・・が含まれる。」(【0053】欄)との記載がある。 そこで,第1項の発明が包含する発明と刊行物2に記載された発明とを対比すると,刊行物2のミラー装置は「本発明は,後続車のヘッドランプ等の光線によって運転者が眩惑するのを防止すべくなした防眩ミラー装置に関する」の記載(1頁右欄7〜9行)から,自動車類用ということができ,「すなわち,電解液の発色濃度の度合と電気量とが相対的な比例関係にあるので,第8図に示すように電気量に応じて透光率が減少する。その結果反射ミラー1の反射率を無段階にかつ連続的に変更させることができる。」の記載(3頁右上欄12〜16行)から,可変反射率ミラーであるといえ,刊行物2の発明における不活性溶媒及び電解液14を構成する構造式(1) を有する前記有機物質が,それぞれ,第1項の発明が包含する発明における溶剤及び式II のカソードエレクトロミック化合物と一致しているので,刊行物2の上記構造式(1)の有機物質も,「溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少なくとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴うカソードエレクトロクロミック化合物」といえ,請求項1の記載及び3頁右上欄12〜1 6行の記載と,「減光状態からスイッチ機構2をオフさせると,電解液14は可逆反応が起こって速やかに透明状態に戻るので,高い反射率を維持することができる」の記載(3頁右上欄2〜5行)から,刊行物2のものも自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスであって,可逆的可変透過率を持つものといえ,請求項1と2頁右上欄8〜19行の記載から,単一区画型ということができる。 そして,刊行物2の発明における不活性溶媒及び電解液14を構成する構造式(1) を有する前記有機物質は,ゼロ電位平行状態で該溶液中でイオン性であるといえるので,両者は, 「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可逆的可変透過率を持つ構成成分によって与えられ,上記単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスが, (A)溶剤; (B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少なくとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴うカソードエレクトロクロミック化合物; を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。」 である点で一致し,以下の点で相違している。 【相違点1】 第1項の発明が包含する発明においては,「透明な電極層のシート抵抗が1〜40オームパースクエアである」のに対して,刊行物2に記載の発明においては,透明な電極層のシート抵抗値について言及されていない点。 (3)-2 そこで相違点1について検討する。 まず,透明な電極層について本件明細書では「電極層に適した材料は・・・酸化スズ,・・及びインジウムドープした酸化スズ(“ITO”)の薄い透明な層・・好ましいものはITOである。導電性材料を層10及び13の固体材料に施して適切な電極層を形成する方法は当技術分野で知られている。・・・電極層の厚さは好ましくは,これが100オームパースクエア以下,より好ましくは40オームパースクエア以下の抵抗率を持つものである。しかし電極層との電気接点を作成することができ,かつデバイスの作動に際し溶液空間内の溶液が電極層と接触している限り,電極層が本発明のデバイスの溶液容積全体を覆う必要はなく,あるいはデバイスの電極保有壁を離れた状態に保持するスペーサーの外側にまで広がる必要はない。さらに,電極層が均一な厚さを持つこと,又は100オームパースクエア以下の抵抗率を持つことも要求はされない。」(本件明細書【0038】欄)なる記載から,第1項の発明が包含する発明の電極層の材料はITOが好ましく,電気接点を作成できればよいものである。 そこで,上記相違点1について検討すると,刊行物2には,「各透明電極12,12′にはリード線17,17を接続し,そのリード線を前記スイッチ機構21に接続させるようにしている」(2頁右上欄11行〜13行)ことが記載され,上記記載によれば,刊行物2に記載のものにおいても,透明電極12,12′にリード線17,17′を接続しているので,透明電極12,12′の厚さはリード線17,17′を接続できる程度のものであることは明らかである。 さらに,刊行物5には,エレクトロクロミック調光体に反射層を設けた調光ミラーにおいて,「表基板1上に形成する透明電極2として酸化インジウム・酸化錫(ITO)や酸化錫・・・等を用いる。この透明電極2は,例えばITOを材質として用いた場合には,・・・表基板1上に表面抵抗値が20Ω以下程度に形成することが望ましい。」(2頁左上欄17行〜右上欄3行)との記載があり,この記載によれば,基板1上に20Ω/□以下の程度の透明電極2を形成することが実質的に開示されているものと認められる。 そして,刊行物5において従来技術として提示されている特公昭57-7418号公報及び特開昭57-208530号公報の調光ミラーは,自動車のバックミラーとして利用されるものであるので,刊行物5と刊行物2とは自動車用の可変反射率エレクトロクロミックミラーとして技術分野が同一であり,刊行物2には透明電極の素材について特に言及されてはいないが,透明電極として酸化インジウム・酸化錫(ITO)が用いられることは従来周知の技術事項(例えば,特開昭52-107596号公報,特開昭50-128197号公報,トヨタ技術会「エレクトロニクス用語辞典」昭和61年12月26日発行305頁,「とうめいでんきょく(透明電極)」及び「とうめいどうでんガラス(透明導電ガラス)」の項参照)であるので,刊行物2に記載の透明電極の素材として,刊行物5に記載されている酸化インジウム・酸化錫(ITO)を用い,基板上に形成する透明電極層の面抵抗を20Ω/□以下程度のものとすることは容易に想到することができるものというべきである。 したがって,相違点1に係る第1項の発明が包含する発明の構成は,刊行物2及び刊行物5に記載の技術的事項に基づいて当業者が容易になし得たものといえる。 そして,第1項の発明が包含する発明の作用効果も,刊行物2及び周知技術から予測される範囲内のものである。 したがって,第1項の発明は,当業者が刊行物2,5及び周知技術から容易になし得たものである。 (4) 第17項の発明についての対比・判断 (4)-1 第17項の発明が包含する発明と刊行物2に記載された発明を対比すると,刊行物2に記載のものと第1項の発明が包含する発明との対比に関する前記理由((3)-1)と同様の理由により,刊行物2に記載のものと第17項の発明が包含する発明との対比における両者の一致点の認定は,刊行物2に記載のものと第1項の発明が包含する発明との一致点の認定と同様であるので,両者は, 「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可逆的可変透過率を持つ構成成分によって与えられ,上記単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスが, (A)溶剤; (B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少なくとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴うカソードエレクトロクロミック化合物; を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。」 である点で一致し,以下の点で相違している。 【相違点2】 エレクトロクロミックデバイスが,第17項の発明が包含する発明においては,「最高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未満でなければならないような反射率範囲を与える」のに対して,刊行物2に記載の発明においては,この点について言及されていない点。 (4)-2 そこで相違点2について検討する。 一般に,透明導電ガラスにおいて光透過率が90%以上であることは周知(例えば,特開昭52-107596号公報,トヨタ技術会「エレクトロニクス用語辞典」昭和61年12月26日発行305頁,「とうめいどうでんガラス(透明導電ガラス)」の項参照)である。そして,エレクトロクロミック化合物を用いるものではないが,防眩ミラーにおいて,最高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未満とすることは従来周知(例えば,社団法人自動車技術会編「新編 自動車工学便覧」,昭和62年6月20日第3刷,社団法人自動車技術会発行第7編1-103,104における「12・1・2インサイドミラー」,特開昭54-66158号公報参照)である。 そして,刊行物2には「電解液14は,電気化学的に酸化還元可能な有機物質が不活性溶媒に溶解されたものである。そして,この電解液14は,常態では透明であるが,透明電極12及び12′に電圧又は電流を印加することにより発色するとともに,その発色濃度が電気量に対応して変化することにより透光率を減少できるようになっている」(2頁左下欄6〜11行)との記載があり,この記載によれば,刊行物2に記載のエレクトロクロミック化合物が常態では透明であることは明らかである。 そうすると,自動車ミラーにおいて昼間には後方の状況を確認し得る程度の反射率にすることは当然のことであり,刊行物2に記載の防眩ミラーにおいては,透明導電ガラス及び常態における刊行物2に記載のエレクトロクロミック化合物はほぼ透明であるので,刊行物2の防眩ミラーについて最高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未満となるようなエレクトロクロミック化合物を用いてみようとの目標設定自体は,当業者が容易に想到し得る設計事項であるといえる。 そして,第17項の発明が包含する発明の効果も,自己消去式溶液層エレクトロクロミックデバイスに最高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未満となるようなエレクトロクロミック化合物を用いることが可能となった時に奏する効果であるから,刊行物2及び周知技術から予測される範囲内のものといえる。 したがって,第17項の発明は,当業者が刊行物2及び周知技術から容易になし得たものである。 (5) 第26項の発明についての対比・判断 (5)-1 第26項の発明が包含する発明と刊行物2に記載された発明を対比すると,刊行物2に記載のものと第1項の発明が包含する発明との対比に関する理由((3)-1)に加えて,2頁右上欄8〜19行の記載から刊行物2のものも「自己消去式溶液相媒質が空間をおいて離れた二つの電極層により画定された空間中に保持され,当該エレクトロクロミックミラーは反射層を有し,当該反射層が,前記エレクトロクロミックデバイスの溶液を通り,前記溶液を通過した後当該反射層に到達する光を反射」するものといえ,請求項1と,2頁右上欄8〜19行及び3頁右上欄2〜5行の記載から「エレクトロクロミックデバイスが,印加した電気量の関数として反射率の全範囲にわたって連続的に変化可能な反射率を与える」ものであるといえるので,両者は, 「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラーであって,可変反射率が単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである可変透過率を持つ構成成分によって与えられ,自己消去式溶液相媒質が空間をおいて離れた二つの電極層により画定された空間中に保持され,当該エレクトロクロミックミラーは反射層を有し,当該反射層が,前記エレクトロクロミックデバイスの溶液を通り,前記溶液を通過した後当該反射層に到達する光を反射し,ここで,前記エレクトロクロミックデバイスが,電気量の関数として反射率の全範囲にわたって連続的に変化可能な反射率を与える自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスであって, (A)溶剤; (B)上記溶剤中で室温において行われたボルタモグラムにおいて少なくとも2種の化学的可逆還元波を表示し,これらの還元のうち第1のものが可視領域の少なくとも1種の波長において分子吸光係数の増大を伴うカソードエレクトロクロミック化合物; を含む自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスである自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー。」 である点で一致し,以下の点で相違している。 【相違点3】 第26項の発明が包含する発明においては,反射率は印加した電位差の関数であるのに対して,刊行物2に記載の発明では,反射率は電気量の関数であって,その具体例として電圧又は電流が例示されている点。 (5)-2 そこで相違点3について検討する。 刊行物2には,電解液の発色濃度の度合いと電気量との関係に関し,「この電解液14は,常態では透明であるが,透明電極12及び12′に電圧又は電流を印加することにより発色するとともに,その発色濃度が電気量に対応して変化することにより透光率を減少できるようになっている」(2頁左下欄6〜11行)との記載,「電解液の発色濃度の度合と電気量とが相対的な比例関係にあるので,第8図に示すように電気量に応じて透光率が減少する。その結果反射ミラー1の反射率を無段階にかつ連続的に変更させることができる。」(3頁右上欄12〜16行)との記載,及び,透明電極に印加する電気量に関し「電気量(電圧又は電流)可変装置23」(3頁右上欄8〜9行)の記載がある。 そして,電気量は,アンペア(電流)×時間 であって,オームの法則から,電位差/抵抗値×時間 でも表現できることは技術常識である。 そうすると,刊行物2には,電解液の発色濃度の度合いと電気量との関係に関して,エレクトロクロミックデバイスが,印加した電位差の関数として反射率の全範囲にわたって連続的に変化可能な発射率を与えることが実質上開示されているので,相違点3に係る第26項の発明が包含する発明の構成は,刊行物2の記載に基づいて,当業者が容易に想到し得たことといえる。 そして,第26項の発明が包含する発明の作用効果も,刊行物2から予測される範囲内のものである。 したがって,第26項の発明は,当業者が刊行物2から容易になし得たものである。 (6) むすび 以上のとおりであるから,本件特許の第1項,第17項,第26項の各発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。 したがって,本件各発明についての特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してなされたものと認める。 |
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原告主張の決定取消事由
1 取消事由1(本件発明の認定の誤り) (1) 決定が第1項,第17項及び第26項の発明に含まれる発明として認定した(1-1),(2-1),(3-1)の各発明において,カソード化合物のみを挙げ,アノード化合物に言及していないのは,誤りである。第1項,第17項及び第26項の発明が,カソード化合物とアノード化合物を必須の構成要素とすることは,本件明細書(特許公報7欄最下行〜8欄4行,8欄19〜23行)の記載から明らかである。 (2) 「単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイス」という言葉は,本件発明者が本件発明を表現するために特に採用した用語であり,全体として一つの概念を示すものであって,本件出願以前には用いられていなかったから,その技術的意義は,当業者にとって一義的に明らかなものとして知られていたものではなく,発明の詳細な説明を参酌して理解する必要がある。 (3) 自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスにおいて,カソード化合物はアノード化合物の対概念であって,片方しか存在しない場合には,カソード化合物とはいわない。したがって,決定が認定した(1-1),(2-1),(3-1)の各発明が構成要素(B)を満たすのであれば,必ずカソード化合物と対になるアノード化合物も含まなければならない。 (4) 本件発明は「除くクレーム」となっており,除く部分の「単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイス」がカソード化合物とアノード化合物を含むことを前提にしている以上,除く前の「単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイス」もカソード化合物とアノード化合物を含むことを前提にしていると解すべきである。 2 取消事由2(刊行物2の認定の誤り) (1) 「カソードエレクトロクロミック化合物」について 刊行物2における構造式(I)を有する有機物質は,アノードエレクトロクロミック化合物と対にして用いられているわけではなく,単に酸化還元可能な有機物質として用いられているにすぎないから,刊行物2がカソードエレクトロクロミック化合物という技術思想を開示しているわけではない。 (2) 「自動車類用」について 第1項,第17項及び第26項の発明において「自動車類用」とは「自動車類に用いられるのに特に適した」ものである(明細書【0008】〜【0014】において,自動車用ミラーとして商業的に使用するのに適切な条件が詳細に検討されている。)ところ,刊行物2に記載のミラーは,デバイスを作動させるのに必要な電位の範囲内において不可逆反応を起こすなど,自動車類用に用いられるに相応しい性能も安全性も備えていない(甲第7号証の供述書,甲第6号証の宣言書)から,刊行物2は,自動車類用に適さないミラーを開示しているにすぎない。したがって,刊行物2のミラー装置は自動車類用ということができるとした決定の認定は誤りである。 3 取消事由3(相違点1についての判断の誤り) 決定は,相違点1について,「刊行物2及び刊行物5に記載の技術的事項に基づいて当業者が容易になし得たものといえる」とするが,以下の理由で誤りである。 @ 刊行物5に記載の技術的事項は,自動車用ミラーへの応用を予測させるものではない。 A 刊行物5に記載の多区画型の固体デバイスは,単一区画型とは原理が異なる。 B 刊行物2に記載の技術的事項と刊行物5に記載の技術的事項とでは,透明電極を光が通過する回数が異なるため,要求される特性が異なる。透明電極の性能として,透過率とシート抵抗との間には,トレードオフの関係があるから,透過率が高くなおかつシート抵抗が低い透明電極を作ることは難しい。 C 電極層のシート抵抗を小さくすることには,デメリットが伴う。特定のシート抵抗以下で自動車用に適した均一な着色性とクリアリングの速さが実現されるという顕著な効果が生じるものである(甲第6号証の宣言書)。 D 甲第10号証(赤塚隆夫編「エレクトロニクス用語事典」トヨタ自動車株式会社昭和61年12月26日発行305頁)には,光透過率が90%以上ある透明電極は,面抵抗数十Ω/□(すなわち40〜50Ω/□程度)が限界であったことが示されており,40オームパースクエア以下のシート抵抗を自動車類用ミラーに用いることは当時の技術常識を超えていた。 4 取消事由4(相違点2についての判断の誤り) 決定は,相違点2について,刊行物2の電解液14が常態で透明であることを根拠に,「刊行物2の防眩ミラーについて最高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未満となるようなエレクトロクロミック化合物を用いてみようとの目標設定自体は,当業者が容易に想到し得る設計事項であるといえる。」と判断するが,最高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未満とするために,実現不能と考えられていた自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスを採用することは,当業者が容易に発明し得ないものである。 5 取消事由5(相違点3についての判断の誤り) 刊行物2は,商業的に許容できるグレースケール制御性を有する自動車類用可変反射率ミラーをいかにして得るかという点についても,連続的に変化可能な反射率が反射率の全範囲にわたっているという第26項の発明の構成についても,教示も示唆もしていない。これに対して,第26項の発明は,「連続的に変化可能な反射率が反射率の全範囲にわたっている」という構成により,自動車類に用いるに適したグレースケール制御性を有する自動車類用可変反射率ミラーを提供できたという顕著な効果を有するから,当業者が容易に発明することができたものではない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1及び取消事由2(1)について (1) 決定は,第1項,第17項,第26項の発明は,決定の理由の要点の(1)のとおり,それぞれ,(1-1),(2-1),(3-1)記載の発明を包含するものと認めると認定した。 原告は,第1項,第17項及び第26項の発明はカソード化合物とアノード化合物を必須の構成要素とするものであるから,決定が認定した(1-1),(2-1),(3-1)の各発明において,カソード化合物のみを挙げアノード化合物に言及していないのは誤りであり(取消事由1),刊行物2における構造式(I)を有する有機物質をカソードエレクトロクロミック化合物であると認定したことも誤りである(取消事由2(1))と主張する。 (2) しかしながら,特許請求の範囲1,17,26においては,エレクトロクロミックデバイスを構成する具体的な成分は特定されておらず,本件明細書の発明の詳細な説明【0006】に,「溶液は溶剤及び少なくとも1種の“アノード”化合物(中性でも帯電していてもよい)及び少なくとも1種の“カソード”化合物(これも中性でも帯電していてもよい)を含む。」(特許公報7欄最終行〜8欄4行,甲第3号証),「デバイスが“溶液相”であるということは,アノード化合物及びカソード化合物を含めて溶液中の成分がすべて,アノード化合物の酸化及びカソード化合物の還元を伴うデバイスの作動中に溶液状に保たれることを意味する。」(特許公報8欄19〜23行)と記載されているものの,特許請求の範囲1,17,26に記載された発明が,アノード化合物とカソード化合物とを含むものに限定して解釈されなければならない特段の事情があるとは認められない。 原告は,「単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイス」という用語は本件出願以前には用いられていなかったから,その技術的意義は発明の詳細な説明を参酌して理解する必要があると主張するが,本件明細書(特許公報,甲第3号証)【0033】に「別種の可逆的可変透過率溶液を含む単一区画型自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスは当技術分野において知られている。」と記載されていることからすると,原告の主張は理由がない。したがって,第1項,第17項及び第26項の発明は,カソード化合物とアノード化合物を必須の構成要素とするものであるということはできず,取消事由1及び取消事由2(1)は,決定を取り消すべき事由にはならない。 2 取消事由2(2)について 本件特許請求の範囲1,17,26の「自動車類用可変反射率エレクトロクロミックミラー」との記載は,単にエレクトロクロミックミラーの用途を自動車類に限定したことを意味すると解するのが相当であり,「自動車類用」との文言が記載されているというだけで,「自動車類に用いられるのに特に適した」ことを意味するとまでは認めることはできない。そして,原告指摘の本件明細書【0008】〜【0014】には,自動車類用ミラーに必要な条件が記載されてはいるものの,これらの記載は,特許請求の範囲に記載された構成要件によって特定された第1項,第17項及び第26項の発明が,これらの条件を実際に達成したことを意味するものではない。一方,刊行物2には,「本発明は,後続車のヘッドランプ等の光線によって運転者が眩惑するのを防止すべくなした防眩ミラーに関するものである。」(1頁右下欄)と記載されているから,刊行物2に記載されたミラーは自動車類に用いられるものであると解することができる。 したがって,刊行物2のミラー装置は自動車類用ということができるとした決定の認定に,誤りはない。 3 取消事由3について (1) 本件明細書(特許公報,甲第3号証)には,シート抵抗について,「電極層の厚さは好ましくは,これが100オームパースクエア以下,より好ましくは40オームパースクエア以下の抵抗率を持つものである。」(15欄45〜47行)と記載されているのみで,シート抵抗を40オームパースクエア以下とすることの技術的意義については何も記載されておらず,「例」においても,シート抵抗の値は具体的に示されていない。 甲第6号証(Tの宣言書)において,ジオクチルビオロゲンと5-エチル,10-メチルフェナジンとの混合物について,100オームパースクエアのサンプル1と,12オームパースクエアのサンプル2とを作成し,自動車用ミラーとしての特性を測定した結果,第1項の発明で規定されたシート抵抗の範囲内であるサンプル2のみが自動車用可変反射率ミラーとして使用できると結論づけているが,甲第6号証の実験で使用された2つの化合物は,それぞれ本件明細書に記載された式II,式Vの下位概念の化合物であることは認められるものの,この特定の2成分の組合せは,本件明細書に具体的に記載されていないばかりでなく,前記のとおり,シート抵抗40オームパースクエア以下という範囲が特定の特性を発揮する等の技術的意義を有するものであることについて,本件明細書に記載されていないのであるから,甲第6号証は,明細書に記載されていない事項を証明しようとするものにすぎない。 シート抵抗の範囲の技術的意義が明らかでない以上,第1項の発明において規定されたシート抵抗の範囲は,好ましい範囲を単に設定したという以上の意味を持たないものと解するほかない。 (2) 刊行物5(甲第5号証)には,「エレクトロクロミック調光体に反射層を設けた調光ミラー」に関して,「この透明電極2は,例えばITOを材質として用いた場合には,蒸着法やスパッター法により表基板1上に面抵抗値が20Ω以下程度に形成することが望ましい。」(2頁左上欄下から2行〜右上欄3行)と記載されている。刊行物5に規定された面抵抗値20Ω以下という数値範囲を有する電極を,刊行物2に直接適用することが,原告が主張する両者の原理や特性の相違などの理由により困難であるとしても,刊行物5の上記記載からは,エレクトロクロミック物質を用いるミラーにおいて電極の面抵抗値を望ましい範囲に設定することが公知であったことが認められるから,刊行物2のミラーにおいても電極の面抵抗値を好ましい範囲に設定することは,当業者が容易になし得ることと認められる。 原告は,透過率が高くてなおかつシート抵抗が低い透明電極を作ることは難しいとか,特定のシート抵抗以下で自動車用に適した均一な着色性とクリアリングの速さが実現されるなどの主張をするが,本件明細書には,透過率が高くてなおかつシート抵抗が低い透明電極を実現したことや特定のシート抵抗値以下にすることによる効果についての記載はないので,原告の主張は明細書の記載に基づかないものであって採用することができない。また,原告は,甲第10号証(赤塚隆夫編「エレクトロニクス用語事典」トヨタ自動車株式会社,昭和61年12月26日発行,305頁)の記載を根拠に,シート抵抗値40オームパースクエア以下のシート抵抗を自動車類用ミラーに用いることが当時の技術常識を超えていたとも主張するが,甲第10号証の該当記載は「現在,光透過率90%以上,面抵抗数10Ω/□の物が得られている。」というものであり,この記載が原告の主張を裏付けるものということはできない。 (3) したがって,相違点1に係る構成が容易推考であるとした決定の判断は,結論において誤りはない。 4 取消事由4について (1) 第17項の発明は,(A)〜(D)の要件を満足するものを除くことによって定義されるものであるところ,本件明細書に記載されたいずれの「例」においても,それぞれの例で使用された化合物が(B)あるいは(C)の要件を満足するものであるか否かについて具体的に記載されていないので,これらの「例」は第17項の発明を具体化した実施例であると認めることはできない。 この点について,原告は,甲第6号証のサンプル2は本件明細書に記載されたものであるし,本件明細書の例7の表1の4番目の化合物の組合せは本件発明に対応する実施例であり,この組合せを使用したミラーは,最高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未満であると主張する。しかしながら,本件明細書には,前記のとおり,甲第6号証の実験で使用された2つの化合物の組合せが具体的に記載されていないばかりでなく,この特定の組合せをミラーに使用することや,ミラーに使用した場合にどのような反射率となるのかについての記載がないから,甲第6号証は,明細書に記載されていない事項についてのものにすぎない。 原告は,甲第24号証(Journal of the American Chemical Society, Vol.123, No.37, 2001, pp.9112-9118)及び甲第21号証(Tの第2宣言書)をもって,例7の表1の4.の10-メチルフェノチアジンが一つの可逆的酸化波と一つの不可逆酸化波を有するものであることの立証とし,甲第22号証(Tの第3宣言書)及び甲第29号証(Tの第6宣言書)をもって,例7の表1の4.の組合せをミラーに適用すると,70%を超える反射率から10%未満の反射率が得られることの立証としている。 しかしながら,本件明細書(特許公報,甲第3号証)の例7には,「例3に示したデバイスと本質的に同じ方法で作成し,下記の表1に示すエレクトロクロミック化合物の炭酸プロピレン溶液を充填したデバイスは例1〜6に示したものと同様に自己消去式溶液相エレクトロクロミックデバイスとして作動することが認められた。」(【0122】)と記載され,例7を引用する部分のある例8には「多数の化合物を本発明の単一区画型自己消去式溶液相デバイスにおいて,炭酸プロピレンを溶剤として,アノード又はカソードエレクトロクロミック化合物としての受容可能性につき試験した。・・・炭酸プロピレンを溶剤としてこれらの受容可能性及び望ましさの基準に適合することが認められた化合物はすべて,例1〜7のいずれかに詳述したもの・・・であった。」(【0124】,【0129】)ことなどが記載されているだけで,反射率の測定値についてはもちろん,ミラーとして作動することについての記載すらない。原告の上記主張のように,例7に記載された特定の化合物の組合せでミラーを作成してその反射率を測定することは,明細書に記載されていない事項を証明しようとするものであって,理由がない。 そうすると,第17項の発明において(A)〜(D)の要件を満足するものを除くことによって定義される,「最高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未満である」ミラーは,本件明細書には具体的に記載されていなかったと認められ,そうである以上,第17項の発明において規定された上記反射率の範囲は,発明の詳細な説明において具体的に裏付けられていない範囲を,単に設定したにすぎないものである。 (2) 刊行物2(甲第4号証)には,「反射ミラー1の電解液14が透明状態にある時,スイッチ機構21をオンして電源22を反射ミラー1の透明電極12,12′に入力させると,電解液14は,酸化還元反応を起こすが,その還元反応の時に発色(青色)現象が生じて,第6図に示すように発色濃度が高まる。したがって,発色現象によって電解液14の透光率が減少するので,反射ミラー1からの反射光を減光させることができる。また,前記の減光状態からスイッチ機構2をオフさせると,電解液14は可逆反応が起こって速やかに透明状態に戻るので,高い反射率を維持することができる。」(3頁左上欄13行〜右上欄5行),「以上の実施例より明らかなように,本発明は,酸化還元可能な有機物質を不活性溶媒に溶解させて電解液を生成し,この電解液の発色現象を利用して反射率を変更できるように構成したので,・・・」(3頁右上欄18行〜左下欄1行)と記載されており,刊行物2の反射ミラーは,電解液が透明状態と発色状態をとることにより反射率が変化するものであることが認められるから,このように変更可能な反射率の望ましい範囲を設定することは,当業者が容易になし得ることと認められる。 (3) したがって,「刊行物2の防眩ミラーについて最高反射率が70%を超え,最低反射率が10%未満となるようなエレクトロクロミック化合物を用いてみようとの目標設定自体は,当業者が容易に想到し得る設計事項であるといえる」とした決定の相違点2についての判断に,誤りはない。 5 取消事由5について (1) 本件明細書(特許公報,甲第3号証)には,第26項の発明の「エレクトロクロミックデバイスが,印加した電位差の関数として反射率の全範囲にわたって連続的に変化可能な反射率を与える」という性能を実際に達成したことを裏付ける具体的な記載がないことが認められる。そして,甲第6号証,甲第22号証,甲第29号証の各宣言書には,反射率%対印加電圧のグラフが添付されているが,これらの宣言書の記載は,明細書に記載されていない事項についてのものにすぎない。 そうすると,第26項の発明の構成要件は,自動車類用ミラーとしての望ましい性能を単に特定したにすぎないものと認められるから,第26項の発明が「連続的に変化可能な反射率が反射率の全範囲にわたっている」という構成により顕著な効果を有することを根拠として,第26項の発明の進歩性が肯定されるべきとする原告の主張は,理由がない。 (2) 刊行物2(甲第4号証)には,「第7図及び第8図は本発明による他の実施例を示している。この実施例は駆動回路2のスイッチ機構21と電源22との間に,電気量(電圧又は電流)可変装置23を介装させ,該電気量可変装置23によって電気量を任意に調節することにより,電解液14の透光率を無段階に変更できるようなっている。すなわち,電解液の発色濃度の度合と電気量とが相対的な比例関係にあるので,第8図に示すように電気量に応じて透光率が減少する。その結果反射ミラー1の反射率を無段階にかつ連続的に変更させることができる。」(3頁右上欄6〜16行)と記載があって,第8図に電気量と透光率との関係が連続した実線のグラフで示されている。第8図は透光率の全範囲にわたって透光率が連続的に変化可能であることを示すもので,反射率は透光率に対応して変化するものであると解されるから,結局,刊行物2には,電位差の関数として反射率の全範囲にわたって反射率が変化可能であることが示されているものと認められる。そうすると,刊行物2は,連続的に変化可能な反射率が反射率の全範囲にわたっているという第26項の発明の構成について教示も示唆もしていないとの原告の主張は,理由がない。 (3) したがって,相違点3に係る構成は,刊行物2に基づいて当業者が容易に想到し得たものとする決定の判断に,誤りはない。 |
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結論
以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 塩月秀平 |
裁判官 | 古城春実 |