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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16ワ11060職務発明の対価請求事件 判例 特許
平成11ネ5303特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成12ネ2645各損害賠償請求控訴事件 判例 特許
昭和60ワ4297特許権に基づく侵害差止等請求事件 判例 特許
平成13ネ959損害賠償請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  改良発明 /  技術的思想 /  方法の発明 /  製造方法 /  新規性 /  インターネット /  進歩性(29条2項) /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  明細書の記載要件 /  共有 /  置換 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  販売数量(販売数) /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 / 
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事件 平成 14年 (ネ) 2232号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人 ケミテック株式会社
訴訟代理人弁護士 長谷川 純
補佐人弁理士 中島幹雄
同 岩崎幸邦
同 高久 浩一郎
同 中嶋知子
同 原裕子
被控訴人 根本特殊化学株式会社
訴訟代理人弁護士 飯田秀郷
同 栗宇一樹
同 早稲本 和徳
同 七字賢彦
同 鈴木英之
補佐人弁理士 黒田博道
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/10/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原判決を次のとおり変更する。
2(1) 控訴人は,別紙物件目録記載(1)の物品を輸入又は販売してはならない。
(2) 控訴人は,別紙物件目録記載(2)ないし(4)の物品を製造又は販売してはならない。
(3) 控訴人は,控訴人の本店,支店,営業所及び倉庫に存する別紙物件目録記載(1)ないし(4)の物品を廃棄せよ。
3 控訴人は,被控訴人に対し,4133万4870円及び内2775万4146円に対する平成10年10月16日から,内1358万0724円に対する平成12年9月30日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを2分し,その1を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事案の概要
1 争いのない事実等 (1) 被控訴人の特許権 ア 被控訴人は,以下の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特許」,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。
発明の名称 蓄光性蛍光体 特許番号 第2543825号 出願日 平成6年1月21日 登録日 平成8年7月25日 イ 本件特許出願の願書に添付した明細書(平成10年3月23日付け訂正請求書による訂正に係るもの。以下「本件明細書」という。)の【特許請求の範囲】の【請求項1】及び【請求項2】の記載は,以下のとおりである。(以下,【請求項1】,【請求項2】の発明を「本件発明1」,「本件発明2」という。) 【請求項1】 MAl2O 4で表わされる化合物で,Mは,カルシウム,ストロンチウム,バリウムからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の金属元素からなる化合物を母結晶にすると共に,賦活剤としてユウロピウムをMで表わす金属元素に対するモル%で0.002%以上20%以下添加し,さらに共賦活剤としてセリウム,プラセオジム,ネオジム,サマリウム,テルビウム,ジスプロシウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム,ルテチウムからなる群の少なくとも1つ以上の元素をMで表わす金属元素に対するモル%で0.002%以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
【請求項2】 SrAl2O 4で表わされる化合物を母結晶にすると共に,賦活剤としてユウロピウムをSrに対するモル%で0.002%以上20%以下添加し,さらに共賦活剤としてジスプロシウムをSrに対するモル%で0.002%以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
ウ 本件発明の構成要件を分説すると,以下のとおりである。
(ア) 本件発明1 A MAl2O 4で表わされる化合物で, B Mは,カルシウム,ストロンチウム,バリウムからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の金属元素からなる化合物を母結晶にすると共に, C 賦活剤としてユウロピウムをMで表わす金属元素に対するモル%で0.002%以上20%以下添加し, D さらに共賦活剤としてセリウム,プラセオジム,ネオジム,サマリウム,テルビウム,ジスプロシウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム,ルテチウムからなる群の少なくとも1つ以上の元素をMで表わす金属元素に対するモル%で0.002%以上20%以下添加したことを特徴とする E 蓄光性蛍光体 (イ) 本件発明2 A SrAl2O 4で表わされる化合物を母結晶にすると共に, B 賦活剤としてユウロピウムをSrに対するモル%で0.002%以上20%以下添加し, C さらに共賦活剤としてジスプロシウムをSrに対するモル%で0.002%以上20%以下添加したことを特徴とする D 蓄光性蛍光体 (2) 控訴人の行為 ア 控訴人は,別紙物件目録記載(1)の蓄光性蛍光体原末を輸入し,「ケミテックピカリコCP-05」(以下,この商品を「CP-05」という。)及び「ケミテックピカリコCP-05B」(以下,この商品を「CP-05B」といい,両商品を「控訴人原末」と総称する。)の商品名で販売している。
イ 控訴人は,控訴人原末を含有する別紙物件目録記載(2)ないし(4)の製品(以下「第2次製品」という。)を販売している。
(3) CP-05の組成 控訴人が輸入販売しているCP-05には,賦活剤としてEu(ユウロピウム)が,共賦活剤としてDy(ジスプロシウム)が,それぞれ,別紙物件目録(1)記載の量が含有されている(弁論の全趣旨)。
2 本件は,控訴人原末及び第2次製品を輸入し,製造し,販売する控訴人の行為が本件特許権を侵害するとして,被控訴人が控訴人に対し,これら行為の差止め,これら物品の廃棄及び被控訴人が被った損害の賠償を求める事案である。
原判決は,侵害を肯定した上,被控訴人の差止請求中,控訴人原末の輸入又は販売並びに第2次製品の製造又は販売の差止め,控訴人原末及び第2次製品の廃棄請求,並びに損害賠償請求中,8516万3063円及び内5718万2426円に対する平成10年10月16日から,内2798万0637円に対する平成12年9月30日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求の限度で認容した。これに対し,控訴人は,上記認容部分を不服として控訴した。
3 本件の争点 (1) 本件発明の「母結晶」の意義 (2) 控訴人原末が本件発明の技術的範囲に属するか。
(3) 本件特許の無効理由 (4) 第2次製品の差止めの必要性 (5) 被控訴人が受けた損害の額
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(「母結晶」の意義)について (被控訴人) (1) 結晶蛍光体 結晶蛍光体とは,無機化合物の結晶とその中に分散する不純物イオンとから構成されている機能性物質であり,その不純物が発光中心として働く。発光中心となる希土類等の金属イオンは賦活剤,賦活剤の機能を助長する第2の成分は共賦活剤と呼ばれる。
(2) 母結晶 本件発明の母結晶とは,蛍光体の母体を構成する結晶のことである。母結晶という用語は,本件特許出願前,蛍光体学の分野で一般的に用いられていたものである。すなわち,蛍光体とは,無機化合物の結晶とその中に分散する賦活剤及び共賦活剤となる不純物イオンとから構成されている機能性物質であり,無機化合物の結晶は,賦活剤及び共賦活剤の分散媒である。
母結晶は,賦活剤の分散系又は分散媒質であるばかりでなく,発光そのものに深く関わっている。結晶に光を照射すると,透過したり,反射したりするが,一部は結晶に吸収される。光の吸収は光子のエネルギーが結晶中の電子や格子に与えられて消滅するからである。電子が光子からエネルギーをもらうと,より高いエネルギー準位に上がる。その確率は,結晶に固有のエネルギー準位の状態に依存する。
(3) 理想結晶 結晶とは,原子が規則正しく周期的に配列した多面体を成す固体をいい,このような規則正しく配列した完全無欠な歪みのない結晶を理想結晶という。SrAl2O 4結晶は,Sr2+イオンとAl-O四面体から構成される結晶である。Sr2+イオンとAl-O四面体が過不足なく,規則正しく配列した完全無欠な歪みのない結晶が結晶体学上のSrAl2O 4の理想結晶である。
(4) 格子欠陥 現実の結晶の大きさは有限であり,どのように注意深く精製しても必ず不純物が含まれるため,完全無欠な結晶体は存在せず,結晶の規則性に何らかの欠陥を含むのであるが,この欠陥を格子欠陥という。しかし,結晶構造が歪んでいても,結晶体学的に,他の結晶構造に変化するわけではない。すなわち,結晶構造に変化がない限り,格子欠陥により歪みが生じても,このような歪みのある結晶構造を含めて同一の結晶構造であると把握される。結晶は,原子が規則的に複数配列するもので,ある構造の結晶に不純物が分散して,格子欠陥を生じても,化合物の結晶構造が保たれている間は格子欠陥と呼ばれ,その限度を超えると別異の結晶構造を持った別異の化合物に成る。
(5) 蛍光体の表記方法 蓄光性蛍光体の表記方法として,先ず母結晶の化合物の化学式を書き,「:」で区切り,その後に賦活剤を書くという表記方法が用いられている。すなわち,SrAl2O 4:Eu,Dyの前段であるSrAl 2O 4は母結晶の化合物を意味している。
蓄光性蛍光体では,母結晶と賦活剤の関係が化学的に十分研究されており,賦活剤が母結晶のいずれかの原子を置換していることが判明している場合は,その原子の一部を賦活剤が配合した比率だけ置換したものとして表記することがある。例えば,SrAl2O 4母結晶中のSr2+のサイトが2mol%だけEu2+によって置換されたSrAl2O 4:Euを,Sr 0.98 Eu 0.02 Al 2O 4のように表記するが,蛍光体における母結晶は,理想結晶体を意味しているから,その母結晶は,SrAl2O 4に変わりない。
(6) 本件発明の新規性進歩性 本件特許出願前にSrAl2O 4という化合物の結晶は公知物質であった。また,SrAl2O 4の結晶を母結晶としてEuを添加した蛍光体SrAl 2O 4:Euも公知であったが,この蛍光体は持続する燐光があるが非常に暗いことも公知であった。本件発明は,SrAl2O 4という化合物の結晶にEuを添加した蛍光体に,更に,Dyを共賦活剤として添加することにより,非常に明るく,かつ,長時間持続する燐光が得られる機能性物質として新規性が認められた。
本件特許の高輝度,長残光性蛍光体は,SrAl2O4:Eu蛍光体にDy3+などの3価の希土類元素イオンを配することによって,適度の深さのトラップを母体に高密度に形成することができ,Dy3+を共賦活剤とすることにより,所望の深さのトラップが形成されることは,本件発明が完成するまで知られておらず,その効果は驚くべきものであった。その結果,高輝度で数時間から十数時間視認可能な程度に発光する蛍光体を創出することができた。このように,本件特許の高輝度,長残光性蛍光体の本質は,Dy3+を共賦活剤とすることにより,SrAl 2O 4:Eu蛍光体の持つ,視感度に一致する520nm付近の黄緑色の発光が高輝度で,長時間持続するものである。これは,母結晶がSrAl2O 4であること,賦活剤がEu2+であること,共賦活剤がDy3+であることが, 三位一体となって始めて達成されたものである。
(控訴人) (1) 置換 母結晶,賦活剤及び共賦活剤のみを構成要件とする蓄光性蛍光体は,本件特許出願前に既に知られていたから,本件発明は,飽くまで,本件明細書の特許請求の範囲に記載された蓄光性蛍光体であり,かつ,Alの一部がB(硼素)で置換されていない蓄光性蛍光体である。
(2) 残光特性 本件発明であるSrAl2O 4:Eu,Dyは,長残光性を有する蛍光体として周知なSrAl2O 4:Euに共賦活剤としてDyを添加し,Eu及びDyの添加量に一定の限定を付したことで,わずかな化学成分の相違により結晶構造中の格子欠陥の変化を生じた,高い初期輝度を有する新しい蓄光性蛍光体に関する用途発明である。CP-05が蓄光性蛍光体であって,母結晶,賦活剤及び共賦活剤が本件発明の構成要件を充足し,その特性が本件発明の蛍光体に極めて類似しているからといって,本件発明の構成にない成分が含まれれば,本件発明とは物質が異なるものであり,本件発明の構成要件を充足しない。
蓄光性蛍光体も,半導体などと同様,わずかな化学成分の相違が結晶構造の相違となって表われ,性質が大幅に変動することはよく知見されることであり,少なくとも,その長残光性や輝度の点において,飛躍的に改善する可能性があることは,よく知られていることである。本件発明の性質,すなわち,長残光性や輝度等の増大は,わずかな化学成分や結晶構造の相違によるわずかな格子欠陥に起因するところが多い。
(3) 母結晶 本件発明の母結晶の意味が明確になっていなければ,CP-05の結晶が本件発明の母結晶に該当するかどうかについて判断することはできない。本件明細書の特許請求の範囲には,SrAl2O 4の母結晶が記載され,発明の詳細な説明には,SrAl 2O 4の母結晶を主体とする旨記載され,本件明細書全体を通してSrAl 2O 4の母結晶が表記されている。このことは,SrAl2O 4の母結晶がSr,Al,Oの3原子を必須の構成要件とする結晶であって,それ以外の成分を含んではならないことを示している。
本件明細書中には,これ以外の原子を含んでもよい旨の積極的な記載が全くない以上,母結晶に構成要素として他の原子を含む余地はない。したがって,本件明細書の特許請求の範囲に記載されたSrAl2O 4の母結晶は,Bを含まないSrAl 2O 4の母結晶であり,Bのような他の成分を含有するものは,これに当たらない。
母結晶である化合物を構成する元素の一部を別な元素で置換させ変化させることは,蛍光体の効果を高めるために従来から研究されてきた重要な改良手法である。蛍光体の母結晶について,その構成元素が置換された化合物までも同一であるとすると,これまで蛍光体分野において開発された膨大な数の母結晶のすべてを同一のものと評価するに等しい。
2 争点2(控訴人原末の属否)について (1) CP-05の組成 (被控訴人) ア A物相・B物相の混合 物相とは,成分とその結晶構造のことであるから,A物相とB物相とが同時に生成した複相物質とは,Aという特定の化学成分と構造から成る結晶とBという特定の化学成分と構造から成る結晶とが同時に生成した混合物にすぎない。
蛍光体学では,SrCO3とAl 2O 3のモル比を1:2とし,Bをフラックス(融剤)として焼成した場合,フラックスとしてのBの量を変化させることにより主生成物がSrAl2O 4からSr 4Al 14O 25に変化すること,Sr 4Al 14O 25の結晶が斜方晶系に属することがそれぞれ知られている。このことから,焼成の過程で単斜晶系結晶のSrAl2O 4と斜方晶系結晶のSr 4Al 14O 25とが同時に生成することは極めて自然に理解できる。
Sr4Al14O25を母結晶とする蛍光体が焼成体としてのCP-05に含有されていても,それは混合物として含有されているにすぎず,CP-05が主成分としてSrAl2O 4を母結晶とする蛍光体を含有している以上,これは本件発明の技術的範囲に属する。したがって,Sr4Al 14O 25の結晶が存在するからといって,CP-05の母結晶がSrAl 2O 4の結晶でないということはできない。
置換,固溶 CP-05においてB2O 3がSrAl 2O 4に溶け込んだとしても,固溶にすぎない以上,その結晶構造はSrAl2O 4に変わりがない。固溶体とは,ある一つの結晶相の格子点の原子が全く不規則に別種の原子と置換するなど,ある結晶相に他物質が溶け込んだ混合相をいい,結晶相としては均一相であって2相の共存でないものに限られる。また,2成分又は3成分が結晶格子の特定の格子点をそれぞれ占めている場合は,別の新しい結晶相といい,固溶体とはいわない。
結晶の単位胞は,理想結晶においては,規則正しく無限に繰り返し配列されている。そして,この単位格子の格子点の原子が統計的に他の原子に置換され,置換型固溶が生じた時の置換部分の単位胞は,その結晶構造を変えずに歪む。
置換型固溶体では,置換が不規則に行われるため,置換が生じた単位胞と置換が生じていない単位胞が不規則に混合して並ぶ。このような置換の結果,その結晶格子は,全体として歪むが,結晶体全体をみれば,理想結晶の単位胞が有しているのと同一の結晶構造である。これに対し,理想結晶の格子点の原子が他の原子によって規則的に占められる場合は,別の化合物の結晶構造となる。SrAl2O 4の母結晶中AlのサイトがBによって置換しても,不規則な置換である場合には,その結晶相はSrAl2O 4のままである。
化合物であるSrAl2O 4には,Eu,Dyが固溶するが,この場合,EuはSrの一部分と置換型の固溶をする。しかし,その置換は不規則であって,混合物となる。化合物であるSrAl2O 4と化学反応をすることによって別の化合物が生ずるときは,当該化合物を構成する元素の配列は規則的となる。
ウ Bの置換 Srなどのアルミン酸塩は存在するが,アルミン酸塩のAlの一部がBによって置換された化合物は存在しない。アルミン酸塩中にBが固溶した固溶体が存在する可能性はあるが,固溶体は混合物であるから,SrAl2O 4という化合物の結晶とBの混合物である。
無機物の化合物結晶では,現実の結晶すべてに格子欠陥があり,格子欠陥の存在が結晶の物性に影響を与える場合があるので,格子欠陥の存在をも包含するものとして一般の化合物の概念を拡張したものが不定比化合物である。しかしながら,Sr(Al,B)2O 4とは,固溶体を表す式であり,元の化合物はSrAl 2O 4の結晶であって,Sr(Al,B)2O 4という化合物は存在しないから,不定比化合物ではない。
仮に,CP-05の母結晶がSrAl2-xB xO 4と表記されるべき置換型固溶体であったとしても,それはランダムな置換にすぎないのであるから,結晶構造はSrAl2O4に他ならない。X線回折でも,CP-05の母結晶においては,SrAl 2O 4の結晶構造が維持されている。したがって,仮に,CP-05が,Alの一部がBで置換された置換型固溶体を形成していたとしても,光学的特性においても,何らSrAl2O 4:Eu,Dyと区別できないから,CP-05は,SrAl2O 4を母結晶とし,Euを賦活剤とし,Dyを共賦活剤とする蓄光性蛍光体に他ならない。
SrAl2O4のSrの一部をCaなどの物質が有意に置換した混晶を母結晶とする蛍光体が実在し,SrxCa 1-xAl 2O 4 は,CaAl 2O 4 及びSrAl 2O 4のいずれとも異なる位置に回折ピークを示す混晶を形成する。混晶とは,2種又はそれ以上の結晶質の混合物であるが,結晶相としては均一な溶相を呈するものをいう。蛍光体の分野において,このような混晶を母結晶としたものとしては,硫化亜鉛と硫化カドミウムの混晶がもっともよく知られている。
これに対して,SrAl2O 4のAlの一部をBが有意に置換した混晶は存在しないから,これを母結晶とする蛍光体も存在しない。仮に,SrAl2O 4のAlの一部をBが有意に置換した新たな結晶構造の母結晶が生成され,EuとDyがそれぞれ賦活剤,共賦活剤を形成して蓄光性蛍光体になり得たとすれば,その新規物質は,X線回折においてSrAl2O 4とは異なるピークが確認されるとともに,発光波長が変化し,残光特性にも変化が現れる可能性がある。しかしながら,CP-05においては,X線回折パターンを精密化してもSrAl2O 4の回折パターンを示すだけであり,SrAl 2O 4:Euに特徴的な520nm付近にピークを持つ発光スペクトルを示し,残光特性においても,本件発明の実施品を上回ることがない。よって,CP-05中のBは,蛍光体学的には何の機能も有しない単なる不純物であり,フラックスの残渣にすぎない。
本件明細書にはSrAl2O4のAlの一部をBが置換するという記述はないが,それは,そのような物質が存在しないからに他ならない。この点,本件特許出願以後の一部の学術論文には,SrAl2O 4の結晶構造を変えることなくBがSrAl 2O 4結晶中に固溶する可能性を報告したものが存在するものの,それらの文献ですら,Alの一部をBが置換する事実を立証していない。
エ X線回折 結晶体学的に見ると,SrAl2O 4:Eu,Dy蓄光性蛍光体の母結晶であるSrAl 2O 4結晶には,結晶中にEuイオン及びDyイオンが分散したことにより格子欠陥が生じており,X線回折の観察により,歪みを持ったSrAl2O 4結晶が観察される。BとAlとの間で規則的な置換が生ずれば,Bの含有量とは関係なく,その結晶構造は,SrAl2O 4とは異なることになり,X線回折によってその構造の違いは明らかになる。
X線回折はそのような構築物の構造を解明する最も優れた手段である。
すなわちX線回折の精密化によってもSrAl2O 4特有の結晶構造が維持されたままであると確認されるならば,その結晶構造がSrAl2O 4のものであると確定することができ,Alの一部がBで置換され別異の結晶構造を有することは否定される。賦活剤Euが母結晶のSrを置換しているSr0.98 Eu 0.02 Al 2O 4のX線回折パターンは,精密化してもSrAl2O 4のパターンと変わりはない。
CP-05について結晶組成及び構造をX線回折法を用いて解析したところ,主成分がSrAl2O 4,副生成物がSr 4Al 14O 25であることが同定された。フラックスを用いないで焼成した高輝度長残光性の特許実施品SG-1000Rは,X線回折の結果,ほぼ100%,SrAl2O 4から成り,控訴人原末のA物相はこれによく一致した。
オ 光学特性 本件明細書記載の条件に従って測定したCP-05の残光輝度特性は,本件明細書の実施例試料2-(1)とかなりよく一致し,本件発明の実施品であるN夜光G-300Mの残光輝度特性をかなり上回った。CP-05の発光スペクトルは,母結晶であるSrAl2O 4の結晶中に賦活剤として注入したEu2+に固有なものであった。さらに,CP-05の励起スペクトルは,本件特許の実施品であるN夜光GL-300M及び本件明細書の実施例試料2-(1)とよく一致した。残光輝度特性についても,本件特許の実施品とよく一致した。CP-05の熱発光特性は,本件明細書の実施例試料2-(1)とよく一致した。したがって,CP-05の主成分は,SrAl2O 4:Eu,Dyである。
(控訴人) ア CP-05の特定 控訴人原末について,「主成分がSrAl2O 4結晶であり,EuをSrに対するモル%で0.1%以上2.0%以下含有し,DyをSrに対するモル%で0.1%以上2.0%以下含有する蓄光性蛍光体原末」等とする特定方法は,本件明細書の特許請求の範囲の記載をわずかに限定したものにすぎない。
しかしながら,控訴人原末が一定の製法に基づき製造される具体的な商品であり,Bが化合物の一成分として含まれているSr(Al,B)2O 4・Sr 4(Al,B) 14O 25の結晶であることに照らすと,単なる商品名又は本件明細書の特許請求の範囲によって控訴人原末を特定するべきではなく,一定の成分組成により特定するべきである。
CP-05Bは,CP-05と全く異なった原材料,製法で製造されており,これらを一括して特定することは誤りである。控訴人は,原材料及びその添加量,焼成温度,焼成時間,焼成方法など,一定品質の製品として控訴人原末を製造しているが,それでも,製造された蓄光性蛍光体は,微妙に異なった性質を有する。控訴人原末の色,発光色,輝度,残光時間などは,微妙に異なっているが,これらの相違も,自ずから限定されるものであり,また,EuやDyのモル%の範囲も,被控訴人の主張のように広範なものではない。
イ A物相・B物相の共生 CP-05は,原料にB2O 3を添加し,均一に混合されるまで長時間混合する工程を経て製造されているものであるから,得られた焼成体には,Bが統計的に均一な格子点にあるAlと置換しており,すなわち,BがAlと規則的に置換している。CP-05の母結晶は,SrAl2O 4及びSr 4Al 14O 25と表記されるものではなく,(Sr,Eu,Dy)1-x(Al,B) 2O 4-xで表されるA物相と,(Sr,Eu,Dy) 4-y(Al,B) 14O 25-y で表されるB物相とが存在し,かつ,これらは,単なる混合物ではなく,両者が結合状態にある複合物質として共生している。
置換・固溶 固溶体は,狭義の混合物と同一のものではない。狭義の混合物とは,2種類以上の物質が互いに化学反応せずに物理的に混ざり合っているものであり,結晶体としては不純なものとなるので,結晶体特有の性質については性能が劣ることはあれ,性能が向上することはない。性能が向上し,固溶体特有の性能を有するものについては,結晶体について何らかの化学変化が生じていると考えるべきであるから,新規な物質というべきである。
CP-05のICP分析でBが0.55%〜0.57%含まれていることが明確になり,また,XPS分析の結果,CP-05の191.8eVの位置にピークが存在し,これはBのピークと一致すること,酸素の結合エネルギーは3種類あり,これはAl,Sr及びBとOとの三つの結合エネルギーであると考えられ,酸素と結びついたBが存在すること,O,B,Sr及びAlの原子数がSr:Al:B:O=0.958:1.238:0.357:4となり,Bの存在が矛盾無く認められたこと,赤外線吸収スペクトル法による分析で,CP-05の1500-1100cm-1間の振動バンドは,Bのものであると考えられるところ,CP-05には1431cm-1,1340cm-1,1181cm-1にピークが認められたことなどから,控訴人原末にBの存在することは明らかである。
CP-05は,Sr(Al,B)2O 4 及びSr 4(Al,B) 14O 25が単なる混合ではない結合状態で存在しているが,このBは,本件発明の実施品のように不純物として結晶表面に付着しているのではなく,結晶構造中でもAlの一部を置換して歪みを生じさせ,この歪みにより格子欠陥のある結晶となっている結果,本件発明の蛍光体よりも優れた効果を奏している。
結晶中に異種の原子,分子,イオン等が溶け込んで固溶体となる場合,結晶構造は元のものと類似しているとしても,結晶体それ自体は,化合物として異なるものである。化合物を特定する場合,結晶中に異種の原子,分子,イオン等が溶け込んでいると,化学成分が相違する以上,化合物として異なるものである。例えば,SrAl2O 4:EuとSrAl 2O 4:Eu,Dyとでは,Dyを有することにより,化合物が異なる。したがって,Bが単なる混合ではなくCP-05に存在するならば,CP-05のAlの一部がBで置換されているのであって,CP-05の母結晶はSrAl2O 4の結晶ではない。
CP-05においては,SrAl2O 4及びSr 4Al 14O 25の結晶のAlがBと部分的に置換しており,置換型固溶体を形成している。結晶体学上,Bは,原子径がほぼ同じAlと置換し,原子径がBのものよりはるかに大きいSrとは置換しない。そして,CP-05の格子定数を厳密に測定するため,標準物質として粉体ケイ素を採用し,2θ角の誤差が±0.02°以下となるように調整し,CP-05のXRD分析を行った結果,CP-05のA物相の格子定数を計算すると,SrAl2O 4の単位結晶と比較して小さい。この事実は,BがAlと比較して元素が小さいことから,CP-05においてBがAlと置換した結果,単位格子が縮小したことを示している。
B2O3含量の増加により,約5%までのB2O3含量では,蛍光体結晶中の均一歪みが引き起こされ,更にB2O 3を増加すると,SrB 2O 4,SrAl 4O 7等の化合物が形成され,B2O 3含量を5%とするものが発光の相対強度において最高値であった。これらの事実は,蛍光体中のB2O 3成分が5%の範囲までは固溶体が形成され,B2O 3が結晶中の均一歪み源としての役割を講じていることを示している。そして,この歪みにより,Eu2+の励起により生ずる正孔をトラップし得る結晶欠陥が生じ,残光特性は約5%含量までB2O 3を添加することによって高められる。
したがって,CP-05のBは,単なる混合物として結晶外に存在するものではなく,固溶しており,かつ,CP-05の結晶体中のAlの一部を置換しているのであって,単なる混合物ではない。仮に,一種の混合物というにしても,全く特殊な形態であり,このような特殊な形態の混合物からそれぞれの成分を分離することは,物理的手段によってできないことに照らしても,Sr(Al,B)2O 4 ・Sr 4(Al,B) 14O 25は,SrAl 2O 4及びSr 4Al 14O 25と別異のものである。
本件明細書に記載されていない理想結晶の理論を採用し,本件発明の母結晶の意義について拡張した解釈をすることは誤りであって,CP-05の母結晶はSrAl2O 4ではない。CP-05は,Sr,Al,O,Eu,Dy及びBの各元素により構成されているから,CP-05の母結晶をもって,SrAl2O 4及びSr 4Al 14O 25の結晶により構成されているとか,又はSrAl2O 4の結晶が主成分であるということはできない。控訴人原末の母結晶にB-O三角形結合の存在が認められること,格子定数の減少量が誤差範囲ではないこと,CP-05と本件明細書の蛍光体の発光スペクトルが520nmであることなどをもって,本件発明の母結晶と結晶構造が同一であるということはできない。
蓄光性蛍光体の効果を改善するために結晶構造の一部に変更を加えた場合,母結晶は同一であるというのか,また,どの程度結晶構造を変化させれば母結晶が異なるといえるのかについて判断することなしに,本件特許権侵害の有無は判断できない。本件発明はSr,Al及びOのみを必須の構成要件として形成された結晶中に生成される格子欠陥に係る発明であり,結晶中に自然にできる格子欠陥を利用する。これに対して,CP-05はBを用いることが必須の構成要件であり,Bを利用して結晶中に意図的に格子欠陥を造成した点において,本件発明と技術的思想が異なる。
CP-05を製造する時,焼成される結晶体の化学成分を想定して,原料であるSrCO3,α型Al 2O 3,γ型Al 2O 3,Eu 2O 3,Dy 2O 3,硼酸のモル比を厳密に設定する。このモル比の設定に誤りがあると,結晶体に不純物が混入することとなり,輝度や残光時間に著しい低下が見られるためである。控訴人は,この際,BがAlと共有結合により置換するように,Al2O 3の量をSrAl 2O 4の場合のモル比より少なくすることなどにより,意図的にSr(Al,B)2O 4・Sr 4(Al,B) 14O 25の結晶を生成させている。
蛍光体中に不純物が混入した場合には,大幅に発光効率が低下するが,CP-05において置換されたBは,蛍光体の特性を向上させる点で不純物ではなく,蛍光体を構成する一成分として作用している。これに対し,本件発明では,硼酸はフラックスとして用いられており,蓄光性蛍光体の結晶構造に入ることを予定していない。
エ X線回折 CP-05の母結晶は,Sr(Al,B)2O 4・Sr 4(Al,B) 14O 25という置換型固溶体であり,単なる混合物ではない。X線回折による観察では,SrAl2O 4とSrAl 1.8B 0.2O 4には違いが見られず,X線回折のみにより物質又は結晶の同定ができないから,CP-05のX線回折の結果がSrAl2O 4と相違が認められないからといって,両者が同一物質であるとはいえない。
オ 光学特性 SrAl2O 4:Eu蛍光体の発光波長は520nmであり,Dyで賦活されているかどうかとは関係がないから,CP-05と本件明細書の蛍光体の発光スペクトルが520nmであり発光波長が520nm付近にピークを持つことは,その蛍光体がSrAl2O 4:Eu蛍光体であることを示しているだけであって,CP-05がEu,Dyで賦活したSrAl2O 4蛍光体であるということはできない。
本件発明の実施例とCP-05を比較すると,残光性の点において約2倍の開きがあり,本件発明の実施例は約8時間の残光時間なのに対し,CP-05には約16時間の残光時間がある。蓄光性蛍光体の主眼は,残光特性,科学的安定性及び耐光性であり,中でも,残光特性の改良に各発明者とも力を注いできた。CP-05は,本件発明の実施例に比較し,2倍の残光特性を有しているのであるから,本件発明の効果をはるかにしのいでいるというべきである。したがって,作用効果の点からも,CP-05は本件発明の技術的範囲に属しない。
(2) CP-05の構成要件充足性 (被控訴人) ア CP-05は,SrAl2O 4結晶を主成分とするものであって,SrAl 2O 4を母結晶とする。そして,CP-05は,この母結晶に,賦活剤としてEuが,共賦活剤としてDyが別紙物件目録(1)記載の量が含有されている蓄光性蛍光体であるから,本件発明の各構成要件を充足する。
イ CP-05には,Sr4Al 14O 25を母結晶とする蛍光体が含まれているが,これは,SrAl2O 4を母結晶とする蛍光体のほかに別個の蛍光体が含まれているということにすぎず,CP-05が本件発明の各構成要件を充足することに影響するものではない。
ウ CP-05には,Bが含まれているが,BがAlの一部に置換していることはない。仮に,BがAlの一部に置換しているとしても,Bは,SrAl2O 4の結晶構造を変えることなくAlの格子点を不規則に占有しているから,CP-05は,SrAl2O 4を母結晶とするものである。
(控訴人) ア 本件明細書によれば,本件発明の「母結晶」とは,蓄光性蛍光体における賦活剤及び共賦活剤との組合せにおいて,賦活剤及び共賦活剤が添加されている母体と成る化合物それ自体を意味するというべきであって,【請求項1】の記載において,母結晶となり得る化合物は,「MAl2O 4で表される化合物」で,「Mは,カルシウム,ストロンチウム,バリウムからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の金属元素からなる化合物」に限定される。また,本件発明2においては,母結晶は,SrAl2O 4に限定される。
したがって,母結晶となる化合物において一部の元素が他の元素によって置換される場合を含まない。
イ CP-05は,(Sr,Eu,Dy)1-x(Al,B) 2O 4-xで表されるA物相と,(Sr,Eu,Dy) 4-y(Al,B) 14O 25-y で表されるB物相とが共生して成る複相物質であって,A物相及びB物相とも,Alの一部がBで置換されている点において,本件発明とは母結晶が異なる。
(3) CP-05Bについて (被控訴人) CP-05Bは,CP-05と同一の物質であり,本件発明の技術的範囲に属する。
(控訴人) CP-05Bは,CP-05とは異なる物質である。CP-05Bは,原材料にEuを用いず,CP-05と同様の方法で製造するものであり,構造式は,(Sr,Dy)(Al,B)2O 4・(Sr,Dy) 4(Al,B) 14O 25とされるべきものである。
被控訴人は,損害論の審理に入った段階で,CP-05Bを請求の対象に加えたが,このような変更は認められるべきではない。
3 争点(3)(無効理由)について (控訴人) (1) 特許法(平成6年法律第116号による改正前のもの。以下「旧法」という。)36条5項1号違反 本件発明がBを必須とするCP-05を含むものであるならば,Bを必須とする母結晶は本件明細書に開示されていないので,本件明細書は,その特許請求の範囲に規定する「母結晶」の意義が,発明の詳細な説明に記載されていないこととなり,旧法36条5項1号に違反するから,本件特許には明白な無効理由がある。
本件明細書には,Bの存在によって輝度と残光性を発揮する蛍光体に関する技術は全く開示されていない。本件明細書におけるBに関する記載は,フラックスの例としてであって,Bを本件発明に必須のものとしていない。このことは,本件発明がBについて,輝度と残光性を発揮する手段として利用することを全く予定していないばかりか,それを認識すらしていないことを意味する。このような場合には,本件発明とBの存在を必須とするCP-05との間において利用関係も成立しない。
ここで,本件明細書の記載をみると,Bについては,フラックスの例として記載があるのみであり,実施例においても,フラックスとして硼酸を5g(0.08 mol)添加したものが記載されているだけである。Alの一部がBによって置換された実施例はもちろん,Bを蓄光性蛍光体の必須の構成とする実施例すら挙げられていない。【請求項2】では,母結晶にする化合物は,SrAl2O 4で表される化合物であることは,一義的に明確である。本件明細書の実施例にも,SrAl2O 4と記載され,これを裏付けている。本件発明の技術的範囲を,Alの一部がBによって置換したSr(Al,B)2O 4にまで拡大して解釈するためには,少なくとも実施例による裏付けが必要である。
(2) 旧法36条5項2号違反 本件発明は,その「母結晶」の意義が不明確であり,したがって,旧法36条5項2号に違反し,その特許には明白な無効理由がある。すなわち,本件特許出願当時,本件発明の蓄光性蛍光体の技術分野において「母結晶」という用語は一般的に明確な意義を有するものとは理解されておらず,また,「母結晶」,「母体」及び「母体結晶」の各用語は客観的にみて一義的に明確なものとしては使用されていなかった。上記のとおり,「母結晶」という用語は本件明細書の特許請求の範囲にのみ記載されており,発明の詳細な説明には記載されておらず,その内容の説明もない。
(被控訴人) (1) 旧法36条5項1号違反 「母結晶」という用語は,蛍光体,燐光体の主体と成る成分を示す用語として,本件特許の出願前から学界や業界で受け入れられてきた。そして,蛍光体は,「母体」となる無機化合物の透明な微結晶中に賦活剤と呼ばれる微量の不純物が分散して成る物質であり,この「母体」が結晶であることから「母体結晶」と呼ばれ,それが短縮されて「母結晶」という用語で呼ばれている。「母結晶」の用語は,蛍光体,燐光体の主体と成る成分を示すものとして当業者に共通に認識され,蓄光性蛍光体とは燐光体のことであるから,「母結晶」の用語は蓄光性蛍光体の主体と成る成分を示すものとして当業者に共通に認識されていた。本件明細書の発明の詳細な説明には,「母結晶」の用語がそのまま用いられているが,これは,「母結晶」の用語を蛍光体,燐光体の主体と成る成分を意味するという当業者の共通の認識に基づくものである。
(2) 旧法36条5項2号違反 【請求項1】における「母結晶」とは,MAl2O 4で表される化合物の結晶が本件発明の蓄光性蛍光体の主体と成る成分であるとの意味で,本件明細書の発明の詳細な説明に記載され,また,【請求項2】における「母結晶」とは,SrAl2O 4で表される化合物の結晶が本件発明の蓄光性蛍光体の主体と成る成分であるとの意味で,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている。
SrAl2O 4:Eu,Dyの前段であるSrAl 2O 4は化合物である母結晶を意味している。したがって,本件発明は,発明の詳細な説明に記載されたものであるから,旧法36条5項2号に違反するものではない。
4 争点(4)(差止めの必要性)について (被控訴人) 控訴人は,第2次製品をいずれも販売しているから,これらの販売を差し止める必要性がある。
(控訴人) 控訴人は,別紙物件目録記載(3)の「ピカリコシート」(以下「製品(3)」という。)及び同(4)の「ピカリコシルクインク」(以下「製品(4)」という。)を販売していることは認めるが,現在は同(2)の「ピカリコペレット」(以下「製品(2)」という。)は販売していないから,少なくとも製品(2)は差止めの必要性を欠く。
5 争点(5)(損害額)について (被控訴人) (1) 主位的主張(大蔵省貿易統計に基づく主張) ア 被控訴人は,平成6年から,SrAl2O 4:Eu,Dy蓄光性蛍光体の中国における製造と輸入を開始した。他方,控訴人は,平成7年1月ころから,税表番号「3206.50ルミノホア」(以下,この製品を「ルミノホア」という。)として中国から輸入し,蓄光性蛍光体の販売を開始した。ところで,ルミノホアの日本への輸入総数量に関しては,大蔵省貿易統計によって明らかとなる。そして,被控訴人及び控訴人以外の第三者のルミノホアの輸入量はわずかであり,その輸入量は,被控訴人及び控訴人の輸入量の増加にかかわらず,ほぼ一定であるとみなすことができる。そうすると,上記統計における中国からのルミノホアの全輸入量から,この第三者のほぼ一定数量の輸入量及び被控訴人の輸入量をそれぞれ控除すると,その残量が控訴人のルミノホアの輸入量であると推認することができる。
そうすると,平成7年1月から平成12年9月までの間における控訴人のルミノホアの輸入総数量は,4万3139sとなる。
イ 控訴人の仕入単価は,1s当たり1万5390円であり,販売単価は,1s当たり3万1216円であるから,粗利益率は,50.7%となる。
ウ 控訴人が輸入したものをすべて販売したものとすると,同販売による控訴人の粗利益額は,以下のとおりとなる。
(ア) 平成8年8月から平成10年7月まで 総輸入量 1万5532s 仕入額 2億3903万7480円 販売額 4億8484万6912円 粗利益額 2億4580万9432円 (イ) 平成10年8月から平成12年9月まで 総輸入量 1万5380s 仕入額 2億3669万8200円 販売額 4億8010万2080円 粗利益額 2億4340万3880円 (ウ) 上記総粗利益額 4億8921万3312円 エ 被控訴人が輸入したルミノホアには,PC-05であるSrAl2O 4:Eu,Dy蓄光性蛍光体の他に,Sr4Al 14O 25:Eu,Dy蓄光性蛍光体が含まれているところ,被控訴人の輸入数量の88%が前者,12%が後者である。
オ そこで,控訴人がPC-05の輸入販売により得た粗利益額を算定すると,以下のとおり,4億3050万7714円となり,当該金額が,被控訴人が受けた損害額である。
(ア) 平成8年8月から平成10年7月の期間の控訴人の粗利益額 2億4580万9432円×0.88=2億1631万2300円 (イ) 平成10年8月から平成12年9月までの期間の控訴人の粗利益額 2億4340万3880円×0.88=2億1419万5414円 (ウ) 上記(ア)+(イ)=4億3050万7714円 (2) 予備的主張(控訴人提出の書証に基づく主張) ア CP-05の販売に係る被控訴人の損害 控訴人による平成8年7月25日から平成12年9月25日までの期間におけるCP-05の売上金額は,1億9080万6000円であり,その販売数量は,6104.9sである。また,上記期間の平均輸入単価は,1s当たり1万7196円であったから,6104.9sに対する仕入金額は1億0498万円となる。したがって,売上金額から仕入金額を差し引いた粗利益額は,8582万6000円となり,その売上金額に対する比率は,45.0%である。
損益計算書に基づいて,控訴人における販売管理費の売上金額に対する割合を算出すると,17.5%となるので,上記売上金額に対する販売管理費の額は,3346万4000円となる。
上記売上金額から上記仕入金額及び販売管理費の額を差し引くと,控訴人がCP-05の原末販売によって得た利益額は,5236万2000円となり,これが,CP-05原末の販売により被控訴人の受けた損害の額となる。
イ CP-05Bの販売に係る被控訴人の損害 控訴人による平成8年7月25日から平成12年9月25日までの期間におけるCP-05Bの輸入数量は,3500sであり,控訴人は,これらをすべて販売したと考えられる。その輸入金額は,カナダ銀行がインターネット上のウェブサイトに公開しているドル-円為替レートによって換算すると,2718万5000円となる。
上記のとおり輸入されたCP-05Bの売上金額は,上記アの粗利益率45.0%によって上記輸入金額から逆算すると,4942万7000円となる。
上記アのとおり,控訴人における販売管理費の売上金額に対する割合は17.5%であるので,上記売上金額に対する販売管理費の額は,865万円となる。
上記売上金額から上記仕入金額及び販売管理費の額を差し引くと,控訴人がCP-05Bの販売によって得た利益額は,1359万2000円となり,これが,CP-05B原末の販売により被控訴人の受けた損害の額となる。
ウ 第2次製品の販売に係る被控訴人の損害 控訴人が,第2次製品の販売によって得た利益額は,上記アの利益額を下回ることはないから,これが,第2次製品の販売により被控訴人の受けた損害の額となる。
エ 以上のとおり,被控訴人の損害額は1億1831万6000円を下らない。
(控訴人) (1) 控訴人の売上額等 平成8年7月25日から平成12年9月25日までの間における控訴人原末及び第2次製品の販売数量,売上金額,製造原価,粗利益額は,別紙控訴人主張売上一覧表(1)〜(5)記載のとおりである。なお,上記製造原価は,輸入原価の10%に当たる関税,輸入費用,控訴人工場までの運送費を含めた金額である。
(2) 製造管理費用等 控訴人は,控訴人原末を工場に搬入した後,管理,仕分け等を行っている。また,控訴人は,控訴人原末の粒子を細かくする分級作業を行っており,その分級作業の費用(そのための運賃を含む)の額は,別紙分級費用一覧表記載のとおりである。分級作業の費用以外の製造管理費用は,全商品の製造管理費用から,売上げによる案分計算によって求めると,別紙間接製造費一覧表記載のとおりとなる。
(3) 販売管理費 控訴人原末及び第2次製品に係る販売費用を個別に計算することは困難であるので,全商品の販売管理費用から,売上げによる案分計算によって求めると,その額は,別紙販売管理費一覧表記載のとおりとなる。
(4) 利益額 控訴人原末及び第2次製品の利益額は,以上の売上額から製造原価,販売管理費,分級作業費用及び製造管理費用を控除することによって計算することができ,その総額は,別紙ケミテック営業利益一覧表記載のとおり,4133万4870円となる。
しかし,第2次製品については,一度加工会社に売却し,加工後のものを購入して再度ユーザーに売却するという方法を採っていることから,CP-05の売上げに二重に計上されている。また,控訴人は,平成8年度,平成9年度は,CP-05等の売上げを拡大するために多くの営業費を投入しており,その概算額は,平成8年度が800万円,平成9年度が700万円である。
(5) 以上によると,控訴人原末及び第2次製品の販売により控訴人が得た利益の額は,おおむね2600万円程度である。
当裁判所の判断
1 争点(1)(「母結晶」の意義)について (1) 証拠(甲29,30,乙38〜41)によれば,蛍光体学上の定説が以下のとおりであり,本件特許出願時,当業者にとっても,これらが周知の技術的事項であったと認めることができる。
ア 結晶蛍光体 結晶蛍光体とは,無機化合物の結晶とその中に分散する不純物イオンとから構成されている機能性物質(以下「蛍光体」という。)であり,その不純物イオンが発光中心として働く。発光中心となる希土類金属等の不純物イオンは,賦活剤と呼ばれ,さらに,賦活剤の機能を助長する第2の不純物イオンがあるときは,共賦活剤と呼ばれる。
イ 母結晶 本件発明の母結晶とは,蛍光体の母体を構成する結晶のことである。母結晶という用語は,本件特許出願前,蛍光体学の分野で一般的に用いられていたものである。すなわち,上記のとおり,蛍光体とは,無機化合物の結晶とその中に分散する賦活剤及び場合により共賦活剤となる不純物イオンとから構成されている機能性物質であるが,この無機化合物の結晶が母結晶であり,賦活剤及び場合により共賦活剤を有するときは,それらの分散系又は分散媒質である。
母結晶は,上記のような分散系又は分散媒質であるばかりでなく,発光そのものに深く関わっている。結晶に光を照射すると,透過したり,反射したりするが,一部は結晶に吸収される。光の吸収は,光子のエネルギーが結晶中の電子や格子に与えられて消滅することによる。結晶の電子は,光子からエネルギーをもらうと,より高いエネルギー準位に上がる。その確率は,結晶に固有のエネルギー準位の状態に依存する。
ウ 理想結晶 結晶とは,原子が規則正しく周期的に配列した多面体を成す固体をいい,このような規則正しく配列した完全無欠な歪みのない結晶を理想結晶という。SrAl2O 4結晶は,Sr2+イオンとAl-O四面体から構成される結晶である。Sr2+イオンとAl-O四面体が過不足なく,規則正しく配列した完全無欠な歪みのない結晶が結晶体学上のSrAl2O 4の理想結晶である。
エ 格子欠陥 現実の結晶は,どのように注意深く精製しても必ず不純物が含まれるため,理想結晶は存在せず,結晶の規則性に何らかの欠陥を含むのであるが,この欠陥を格子欠陥という。しかし,格子欠陥により結晶構造が歪んでいても,結晶体学上,直ちに別の結晶構造のものというわけではない。すなわち,ある結晶構造が保たれている限り,部分的に格子欠陥により結晶構造に歪みが生じても,このような歪みのある結晶構造を含めてその結晶構造であると把握される。結晶は,原子が規則的に複数配列するもので,ある構造の結晶に不純物が分散して,格子欠陥を生じても,その結晶構造が保たれている限りは格子欠陥であり,その限度を超えるような別異の結晶構造を持ったとき,別異の結晶構造に成る。
オ 蛍光体の表記方法 蓄光性蛍光体の表記方法として,まず母結晶の化合物の化学式を書き,「:」で区切り,その後に賦活剤を,共賦活剤を有するときは更にこれを書くという表記方法が用いられている。すなわち,SrAl2O 4:Eu,Dyの前段であるSrAl 2O 4は母結晶の化合物を意味している。
蓄光性蛍光体では,母結晶と賦活剤の関係が十分研究されており,賦活剤が母結晶のいずれかの原子を置換していることが判明している場合は,賦活剤が配合した比率だけ母結晶の原子の一部を置換したものとして表記することがある。
例えば,SrAl2O 4母結晶中のSr2+のサイトが2mol%だけEu2+によって置換されたSrAl 2O 4:Euを,Sr 0.98 Eu 0.02 Al 2O 4のように表記するが,その蛍光体における母結晶の結晶構造は,理想結晶のSrAl2O 4のものに変わりない。
(2) 本件発明の母結晶の意義 ア 特許請求の範囲の記載 本件明細書の特許請求の範囲の記載は,以下のとおりである。
【請求項1】MAl2O 4で表わされる化合物で,Mは,カルシウム,ストロンチウム,バリウムからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の金属元素からなる化合物を母結晶にすると共に,賦活剤としてユウロピウムをMで表わす金属元素に対するモル%で0.002%以上20%以下添加し,さらに共賦活剤としてセリウム,プラセオジム,ネオジム,サマリウム,テルビウム,ジスプロシウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム,ルテチウムからなる群の少なくとも1つ以上の元素をMで表わす金属元素に対するモル%で0.002%以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
【請求項2】SrAl2O 4で表わされる化合物を母結晶にすると共に,賦活剤としてユウロピウムをSrに対するモル%で0.002%以上20%以下添加し,さらに共賦活剤としてジスプロシウムをSrに対するモル%で0.002%以上20%以下添加したことを特徴とする蓄光性蛍光体。
イ 母結晶の解釈 上記【請求項1】における「MAl2O 4で表わされる化合物で,Mは,カルシウム,ストロンチウム,バリウムからなる群から選ばれる少なくとも1つ以上の金属元素からなる化合物を母結晶にする」の意義,【請求項2】における「SrAl2O 4で表わされる化合物を母結晶にする」の意義は,いずれも,上記(1)の蛍光体学上周知の技術的事項を踏まえ,当業者がどのように理解するかに基づいて解釈されるべきである。
そこで,判断すると,上記(1)のとおり,蛍光体とは,無機化合物の結晶とその中に分散する不純物イオンとから構成されている機能性物質であり,その不純物イオンが発光中心として働くものであって,その母結晶とは,蛍光体の母体を構成する無機化合物の結晶のことである。ところで,現実には,蛍光体における母結晶は,不純物イオンが分散しているために,必ず格子欠陥により結晶構造に歪みを生じているから,上記【請求項1】における「MAl2O 4」及び【請求項2】における「SrAl2O 4」は,いずれも,不純物としてEu及びDyが分散しているために,理想結晶ではあり得ない。そうすると,【請求項1】における「MAl2O 4」及び【請求項2】における「SrAl2O 4」の意義は,格子欠陥を生ずる前の理想結晶がこれらの化合物の結晶構造であったものであり,かつ,格子欠陥を生じているとしても結晶構造としての同一性が保たれているものを意味すると解すべきである。
(3) 控訴人の主張について 母結晶の意義に関する控訴人の主張について判断する。
置換 控訴人は,母結晶,賦活剤及び共賦活剤のみを構成要件とする蓄光性蛍光体は,本件特許出願前に既に知られていたから,本件発明は,飽くまで,本件明細書の特許請求の範囲に記載された蓄光性蛍光体であると主張するところ,特許発明技術的範囲は,明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定められるから,本件発明が本件明細書の特許請求の範囲に記載された蓄光性蛍光体であることは,当然のことである。
また,控訴人は,本件発明について,Alの一部がB(硼素)で置換されていない蓄光性蛍光体であると主張するが,上記のとおり,【請求項1】における「MAl2O 4」及び【請求項2】における「SrAl 2O 4」の意義は,格子欠陥を生ずる前の理想結晶がこれらの化合物の結晶構造であったものであり,かつ,格子欠陥を生じているとしても結晶構造としての同一性が保たれているものを意味するから,Alの一部がBで置換されていないことを必須の要件と解すべき根拠はない。
イ 残光特性 控訴人は,本件発明について,長残光性を有する蛍光体として周知なSrAl2O 4:Euに共賦活剤としてDyを添加し,Eu及びDyの添加量に一定の限定を付したことで,わずかな化学成分の相違により結晶構造中の格子欠陥の変化を生じたため,高い初期輝度を有する新しい蓄光性蛍光体に関する発明であると主張し,この主張は,本件明細書の記載に照らし,正当というべきであるし,上記のとおり,本件発明が本件明細書の特許請求の範囲に記載された蓄光性蛍光体であることは,当然のことであるから,CP-05が蓄光性蛍光体であって,母結晶,賦活剤及び共賦活剤が本件発明の構成要件を充足し,その特性が本件発明の蛍光体に極めて類似しているからといって,本件発明の構成にない成分が含まれれば,本件発明とは物質が異なるものとして本件発明の構成要件の充足性が否定され得ることも,また,当然である。しかしながら,控訴人原末にSrAl2O 4,Eu及びDy以外の物質が含まれていても,それが単なる不純物であり,又は不可避的に混入するものであるなど,控訴人原末が本件発明の構成要件を充足することの妨げとならないような場合には,Bなど,SrAl2O 4,Eu及びDy以外の物質が含まれているからといって,本件発明の構成要件充足性を否定することはできない。
また,控訴人は,蓄光性蛍光体において,わずかな化学成分の相違が結晶構造の相違となって表われ,性質が大幅に変動することがよく知られていると主張するが,本件発明は,上記のとおり,母結晶について格子欠陥を生ずる前の理想結晶により規定し,不純物を上記のもの及び混入量により規定しているから,構成要件充足性は,飽くまで,このような要件が控訴人原末において具備されているかどうかによって判断されるべきものである。
ウ 他物質の含有 控訴人は,本件発明の母結晶の意味が明確になっていなければ,CP-05の結晶が本件発明の母結晶に該当するかどうかについて判断することはできないと主張し,もとより当然の主張であるが,控訴人も主張するように,本件明細書の特許請求の範囲には,SrAl2O 4の母結晶が記載され,発明の詳細な説明には,SrAl 2O 4の母結晶を主体とする旨記載され,本件明細書全体を通してSrAl2O 4の母結晶が表記されており,このことは,SrAl2O 4の母結晶がSr,Al,Oの3原子を必須の構成要件とする結晶であることを意味する。しかしながら,上記のとおり,控訴人原末にSrAl2O 4,Eu及びDy以外の物質が含まれていても,それが単なる不純物であり,又は不可避的に混入するものであるなど,控訴人原末が本件発明の構成要件を充足することの妨げとならないような場合には,Bなど,SrAl2O 4,Eu及びDy以外の物質が含まれているからといって,本件発明の構成要件充足性を否定することはできないから,本件明細書の記載が,母結晶がSr,Al,Oの3原子以外の原子を含んではならないことを示しているということはできない。本件明細書中に,これら3原子以外の原子を含んでもよい旨の積極的な記載が全くないことから,母結晶の構成要素として他の原子を含む余地はないけれども,母結晶内に不純物として他の原子を含む余地があることは,否定されるものではないし,本件明細書の特許請求の範囲に記載されたSrAl2O 4の母結晶がBを含まないSrAl 2O 4の母結晶であることを意味するものではない。
控訴人は,母結晶である化合物を構成する元素の一部を別な元素で置換させ変化させることは,蛍光体の効果を高めるために従来から研究されてきた重要な改良手法であると主張するが,蛍光体の母結晶について,その構成元素が置換された化合物が当該発明の技術的範囲に含まれるかどうかは,専ら,明細書の記載,当業者の技術水準等によって定まることであり,母結晶である化合物を構成する元素の一部を別な元素で置換させ変化させることが蛍光体の効果を高めるための重要な改良手法であることとは次元を異にする。
2 争点(2)(控訴人原末の属否)について (1) CP-05の組成 ア CP-05の特定 控訴人は,控訴人原末について,「主成分がSrAl2O 4結晶であり,EuをSrに対するモル%で0.1%以上2.0%以下含有し,DyをSrに対するモル%で0.1%以上2.0%以下含有する蓄光性蛍光体原末」等とする特定方法は,本件明細書の特許請求の範囲の記載をわずかに限定したものにすぎないとした上,CP-05という単なる商品名又は本件明細書の特許請求の範囲によって控訴人原末を特定するべきではないと主張する。しかしながら,控訴人原末の特定が不十分であるために本件訴え自体が不適法となるような場合は格別,そのような場合でない限り,控訴人原末をどのように特定するかは,被控訴人が自由に決定し得る事柄であり,特定が不適当であるために,控訴人が控訴人原末に係る実施をしていることの立証ができず,又は控訴人原末が本件発明の技術的範囲に属すると判断されなくなるような場合には,そのように控訴人原末を特定した被控訴人が自ら不利益を被るにすぎない。本件において,控訴人原末は,商品名と組成とを組み合わせて特定されており,その特定に不適法な点は見当たらない。
控訴人は,控訴人原末の組成について,Bが化合物の一成分として含まれているSr(Al,B)2O 4・Sr 4(Al,B) 14O 25の結晶であることも主張するが,この主張は,控訴人原末の組成について被控訴人の主張を否認するものであって,控訴人原末の特定を不適法とすべき理由とはならない。
また,控訴人は,CP-05BがCP-05と全く異なった原材料,製法で製造されており,微妙に異なった性質を有するとして,これらを一括して特定することは誤りであると主張するが,商品名を異にする複数の商品について,その組成が微妙に異なっても,本件発明の技術的範囲に属するかどうかの判断に影響しない場合に,一括して特定することは許される。特に,控訴人は,CP-05BがCP-05と異なる商品であることを商品名により特定しているから,この点でも物件の特定に問題はない。
控訴人は,EuやDyのモル%の範囲も,被控訴人の主張のように広範なものではないと主張するが,これも,控訴人原末の組成について被控訴人の主張を否認するものであって,控訴人原末の特定を不適法とすべき理由とはならない。
イ X線回折 証拠(甲5の1,2,甲14,25,27,乙13の1,2,乙23の1,2,乙27,36の1,2)によれば,CP-05について結晶組成及び構造をX線回折法を用いて解析することにより,その主成分がSrAl2O 4,副生成物がSr 4Al 14O 25であることが同定されたと認めることができ,フラックス(融剤)を用いないで焼成した高輝度長残光性の特許実施品SG-1000Rは,X線回折の結果,ほぼ100%,SrAl2O 4から成り,控訴人原末のA物相はこれによく一致したと認められる。
上記のとおり,結晶体学的に見ると,SrAl2O 4:Eu,Dy蓄光性蛍光体の母結晶であるSrAl2O 4結晶には,結晶中にEuイオン及びDyイオンが分散したことにより格子欠陥が生じており,X線回折の観察により,歪みを持ったSrAl2O 4結晶が観察されるから,BとAlとの間で規則的な置換が生ずれば,Bの含有量とは関係なく,その結晶構造は,SrAl2O 4とは異なることになり,X線回折によってその構造の違いは明らかになる。また,X線回折の精密化によってもSrAl2O 4特有の結晶構造が維持されたままであると確認されるならば,その結晶構造がSrAl2O 4のものであると確定することができ,Alの一部がBで置換され別異の結晶構造を有することは否定される。
そうすると,CP-05の主成分はSrAl2O4,副生成物はSr4Al14O25であると認められる。
控訴人は,X線回折による観察では,SrAl2O 4とSrAl 1.8B 0.2O 4には違いが見られず,X線回折のみにより物質又は結晶の同定ができないことを前提として,CP-05のX線回折の結果がSrAl2O 4と相違が認められないからといって,両者が同一物質であるとはいえないと主張する。しかしながら,上記のとおり,BとAlとの間で不規則的な置換が生ずると,X線回折により歪みを持ったSrAl2O 4結晶が観察されるのに対し,BとAlとの間で規則的な置換が生ずれば,Bの含有量とは関係なく,SrAl2O 4とは異なる結晶構造が観察され,X線回折によって結晶構造の相違が明らかになるというのが結晶体学上の定説であり,X線回折のみにより物質又は結晶の同定ができないという控訴人の主張は,その前提を欠き,採用することができない。また,X線回折による観察でSrAl2O 4とSrAl 1.8B 0.2O 4に違いが見られないとしても,AlとBが不規則に置換している場合には,結晶構造としてはSrAl2O 4結晶のものが観察されるのであるから,この点において,控訴人の主張は,X線回折による結晶の同定結果に影響を及ぼすものではない。
(2) CP-05の構成要件充足性 ア 上記(1)のとおり,CP-05の主成分がSrAl2O 4,副生成物がSr 4Al 14O 25であると認めることができ,上記第2の1(3)のとおり,CP-05には,賦活剤としてEuが,共賦活剤としてDyが,それぞれ,別紙物件目録(1)記載の量が含有されているから,CP-05は,本件発明1及び2の構成要件を充足し,その技術的範囲に属するというべきである。
イ A物相・B物相の共生 控訴人は,CP-05は,Bが統計的に均一な格子点にあるAlと置換しており,その母結晶は,SrAl2O 4及びSr 4Al 14O 25と表記されるものではなく,(Sr,Eu,Dy)1-x(Al,B) 2O 4-xで表されるA物相と,(Sr,Eu,Dy) 4-y(Al,B) 14O 25-y で表されるB物相とが存在し,かつ,これらは,単なる混合物ではなく,両者が結合状態にある複合物質として共生していると主張するので,BとAlの置換の点はひとまずおき,A物相・B物相の共生について判断する。
A物相とB物相とが同時に生成した複相物質とは,Aという特定の化学成分と構造から成る結晶とBという特定の化学成分と構造から成る結晶とが同時に生成した混合物にすぎない。Sr4Al 14O 25を母結晶とする蛍光体が焼成体としてのCP-05に含有されていても,それは混合物として含有されているにすぎず,CP-05が主成分としてSrAl2O 4を母結晶とする蛍光体を含有している以上,副生成物としてSr4Al 14O 25を含有しても,本件発明の技術的範囲に属する。したがって,Sr 4Al 14O 25の結晶が存在するからといって,CP-05の母結晶がSrAl 2O 4の結晶であることを否定することはできない。
ウ Bの置換,固溶 控訴人は,CP-05のICP分析,XPS分析,赤外線吸収スペクトル法による分析などから,控訴人原末にBの存在することは明らかであると主張し,BがAlと置換,固溶していると主張する。しかしながら,控訴人原末にBが含まれているからといって,直ちにAlと置換,固溶しているとはいえないから,更に,控訴人の上記主張について,その根拠を検討する必要がある。
まず,控訴人は,結晶中に異種の原子,分子,イオン等が溶け込んで固溶体となる場合,結晶構造は元のものと類似しているとしても,結晶体それ自体は,化合物として異なるものであるとして,SrAl2O 4:EuとSrAl 2O 4:Eu,Dyとでは,Dyを有することにより,化合物が異なると主張する。しかしながら,SrAl2O 4:EuとSrAl 2O 4:Eu,Dyのいずれも,SrAl 2O 4を母結晶とする蓄光性蛍光体であることに変わりはなく,母結晶の化合物としての異同が問題となる本件において,上記の例は適当ではない。したがって,Bが単なる混合ではなくCP-05に存在するからといって,CP-05の母結晶がSrAl2O 4の結晶であることは否定し得ない。
控訴人は,本件明細書に記載されていない理想結晶の理論を採用し,本件発明の母結晶の意義について拡張した解釈をすることは誤りであると主張するが,この理論が本件特許出願時に当業者にとって周知の技術事項であることは,上記1(1)のとおりである。また,控訴人は,CP-05の母結晶が本件発明にないBを含む元素により構成されているから,SrAl2O 4の結晶により構成されているとか,SrAl2O 4の結晶が主成分であるということはできないと主張するが,上記のとおり,蓄光性蛍光体である控訴人原末がBを含むからといって,その母結晶がBを含むとか,SrAl2O 4の結晶が主成分ではないということはできない。
次に,控訴人は,CP-05のXRD分析を行った結果,CP-05のA物相の格子定数がSrAl2O 4の単位結晶と比較して小さく,この事実は,BがAlと比較して元素が小さいことから,CP-05においてBがAlと置換した結果,単位格子が縮小したことを示していると主張し,乙13,23,36,100(中国地質大学教授a作成の鑑定書等)には,その旨の記載がある。しかしながら,BがAlと置換しているとしても,その置換が規則的でない場合には,格子欠陥が生じているということはできても,結晶構造として別のものとなっているということはできないのであるから,BがAlと置換しているからといって,CP-05の母結晶がSrAl2O 4の結晶であることは否定し得ない。控訴人が指摘する,控訴人原末の母結晶にB-O三角形結合の存在が認められること,格子定数の減少量が誤差範囲ではないこと,CP-05と本件明細書の蛍光体の発光スペクトルが520nmであることなども,BがAlと置換していることは意味するものの,その置換が規則的であるとはいえない以上,これをもって,本件発明の母結晶と別異の結晶構造を有するということはできない。
仮に,SrAl2O4のAlの一部をBが有意に置換した新たな結晶構造の母結晶が生成され,EuとDyがそれぞれ賦活剤,共賦活剤の作用をして蓄光性蛍光体になり得たとすれば,その新規物質は,X線回折においてSrAl2O 4とは異なるピークが確認されるはずである。しかしながら,CP-05においては,X線回折パターンを精密化してもSrAl2O 4の回折パターンを示すだけであるから,SrAl 2O 4のAlの一部をBが有意に置換した新たな結晶構造の母結晶が生成されたということはできない。
なお,控訴人は,CP-05のBは,本件発明の実施品のように不純物として結晶表面に付着しているのではなく,CP-05の結晶体中のAlの一部を置換して固溶しているのであって,単なる混合物ではないから,新規な物質というべきであると主張する。しかしながら,固溶体とは,ある一つの結晶構造の格子点の原子が全く不規則に別種の原子と置換するなど,ある結晶相に他物質が溶け込んだ混合相をいうのであって,別種の原子が結晶格子の特定の格子点を占めている場合は,別の結晶相といい,固溶体とはいわない。したがって,CP-05においてBがSrAl2O 4に溶け込んだとしても,固溶にすぎない以上,その結晶構造はSrAl2O 4に変わりがない。
さらに,控訴人は,本件発明がSr,Al及びOのみを必須の構成要件として形成された結晶中に生成される格子欠陥に係る発明であり,結晶中に自然にできる格子欠陥を利用するのに対して,CP-05はBを用いることが必須の構成要件であり,CP-05を製造する時,焼成される結晶体の化学成分を想定して,原料であるSrCO3,α型Al 2O 3,γ型Al 2O 3,Eu 2O 3,Dy 2O 3,硼酸のモル比を厳密に設定することによって,Bを利用して結晶中に意図的に格子欠陥を造成した点において,本件発明と技術的思想が異なると主張する。しかしながら,本件発明は,特許請求の範囲に記載された特定の組成を有する蓄光性蛍光体の発明であり,その製造方法の発明ではないから,どのような方法でCP-05が製造されたかは,これが本件発明の技術的範囲に属するかどうかとは関係がなく,まして,これを製造する際の控訴人の意図については,技術的範囲の属否に何ら影響するものではない。
エ 光学特性 控訴人は,CP-05と本件明細書の蛍光体の発光スペクトル及び発光波長について,CP-05がEu,Dyで賦活したSrAl2O 4蛍光体であるということの根拠とはならないと主張するが,上記のとおり,X線回折によりCP-05の母結晶はSrAl2O 4であるということができるから,この控訴人の主張は,本件の結論に影響を及ぼさない。
また,控訴人は,本件発明の実施例とCP-05を比較し,残光性の点において約2倍の開きがあることを主張し,CP-05が本件発明の効果をはるかにしのいでいることから,本件発明の技術的範囲に属しないと主張する。しかしながら,一般に,発明の実施例が所期の作用効果を奏するかどうかは,諸条件に左右され,発明の一実施例と作用効果が異なることから,当該発明の技術的範囲に属しないという判断はできない上,当該発明をしのぐ作用効果を奏することは,その構成をすべて具備した改良発明実施品である可能性を何ら否定するものではないから,本件においても,CP-05が本件発明の効果をはるかにしのいでいることは,本件発明の技術的範囲に属することを何ら左右するものではない。
(3) CP-05Bについて ア 上記(1)及び(2)の認定判断に加え,証拠(甲49)によれば,CP-05BのX線回折の像は,CP-05と同様,SrAl2O 4:Eu,Dyを主成分とするものであって,母結晶の組成に影響を及ぼさない不純物の混入はあり得ても,別紙物件目録(1)の記載により特定された蓄光性蛍光体原末として同一のものということができるから,本件発明の技術的範囲に属するというべきである。
イ 控訴人は,CP-05BがCP-05と異なる物質である根拠として,CP-05Bは,原材料にEuを用いずCP-05と同様の方法で製造されると主張する。しかしながら,上記のとおり,CP-05Bにも,CP-05と同様にEuの含有が認められるのであるから,原材料にEuを用いずに製造されるとは認め難い。したがって,控訴人の主張するように,CP-05Bの構造式がEuを含まない(Sr,Dy)(Al,B)2O 4・(Sr,Dy) 4(Al,B) 14O 25であるとも認められない。
ウ 控訴人は,被控訴人が原審において損害論の審理に入った段階でCP-05Bを請求の対象に加えたことを問題とするが,一審の審理中に,特許を侵害する物件として,従前の組成と同一で商品名のみ異なる商品を追加する訴えの変更は,一般に,著しく訴訟手続を遅滞させることとなるものではなく,本件においても,CP-05Bを追加することは,民訴法143条1項ただし書により訴えの変更が許されない場合には当たらない。
3 争点(3)(無効理由)について (1) 旧法36条5項1号違反 控訴人は,本件発明がBを必須とするCP-05を含むものであるならば,Bを必須とする母結晶は本件明細書に開示されていないので,本件明細書は,その特許請求の範囲に規定する「母結晶」の意義が,発明の詳細な説明に記載されていないこととなり,旧法36条5項1号に違反するから,本件特許には明白な無効理由があると主張する。しかしながら,上記1(争点(1)「母結晶」の意義)のとおり,本件発明の母結晶がBを必須とするものではなく,CP-05が結晶中にBを含んでいても,不純物として含まれている場合には,その母結晶が本件発明のSrAl2O 4であるということができる。そうすると,本件発明がBを必須とするものであるとか,本件明細書がBを必須とする母結晶を開示していることを要するということはできない。
また,控訴人は,本件明細書には,Bの存在によって輝度と残光性を発揮する蛍光体に関する技術は全く開示されていないと主張するが,上記のとおり,本件発明は,母結晶としてSrAl2O 4,賦活剤としてEu,共賦活剤としてDyを用いる蓄光性蛍光体であり,Bが必須の物質ではないから,本件明細書にBの存在によって輝度と残光性を発揮する蛍光体に関する技術は全く開示されていないことは,むしろ当然のことである。したがって,本件明細書において,Bがフラックスとして用いられ,輝度と残光性を発揮する手段として利用することを全く予定していないことも,明細書の記載要件として不適法な点はないというべきである。
さらに,控訴人は,本件発明の技術的範囲を,Alの一部がBによって置換したSr(Al,B)2O 4にまで拡大して解釈するためには,少なくとも本件明細書において実施例による裏付けが必要であるとも主張するが,上記のとおり,CP-05中のBは,不純物として混入しているのであって,だからこそ,結晶中にBが含まれている場合において,本件発明の母結晶をSr(Al,B)2O 4にまで拡大して解釈しなくても,CP-05の母結晶はSrAl2O 4であるとして本件発明の「SrAl 2O 4で表わされる化合物を母結晶にする」との要件を充足するということができる。
(2) 旧法36条5項2号違反 控訴人は,本件発明の「母結晶」の意義が不明確であり,したがって,本件明細書は旧法36条5項2号に違反し,本件特許には明白な無効理由があると主張する。しかしながら,上記1(争点(1)「母結晶」の意義)のとおり,蛍光体とは,無機化合物の結晶とその中に分散する賦活剤及び場合により共賦活剤となる不純物イオンとから構成されている機能性物質であり,このような無機化合物の結晶が「母結晶」と呼ばれることは,本件特許出願当時,当業者にとって周知の技術的事項であったと認めることができる。したがって,本件発明の「母結晶」の意義が不明確であるということはできない。また,このように,当業者にとって周知の技術的事項については,明細書の特許請求の範囲にのみ記載され,発明の詳細な説明に記載がなくても,特許請求の範囲の意義が不明確であるということはできない。
4 争点(4)(差止めの必要性)について (1) 控訴人が,控訴人原末を加工した第2次製品中,製品(3)及び製品(4)をいずれも販売していることは,当事者間に争いがなく,また,上記2(争点(2)控訴人原末の属否)のとおり,製品(3)及び製品(4)の原料である控訴人原末が本件発明の技術的範囲に属するから,製品(3)及び製品(4)の販売は,本件特許権を侵害する行為として,これを差し止める必要性がある。
(2) 控訴人は,控訴人原末を加工した第2次製品中,製品(2)を販売していないとして,販売差止めの必要性を欠く旨主張するが,特許権を侵害する行為の差止請求は,現に侵害行為が継続している場合の中止請求としてのみならず,将来侵害行為が行われる蓋然性が高い場合に,この予防請求としてもすることができる。控訴人がかつて製品(2)を販売して本件特許権を侵害したことが認められる以上,控訴人が製品(2)を販売し得ない客観的状況が生じたことが証明されるなど,将来侵害行為が行われる蓋然性が消失ないし低下したことが認められない本件において,侵害行為の予防請求として製品(2)について差止めの必要性を認めることができる。
5 争点(5)(損害額)について (1) 控訴人の得た利益の額 ア 控訴人の売上額等 平成8年7月25日から平成12年9月25日までの間における控訴人原末及び第2次製品の販売数量,売上金額,製造原価並びに粗利益額が,少なくとも別紙売上一覧表(1)〜(5)記載のとおりであることは,当事者間に争いがない。
イ 製造管理費用等 証拠(乙87〜91の各1)によれば,控訴人は,控訴人原末を工場に搬入した後に管理,仕分け等を行ってその製造管理費用を支出しており,また,控訴人原末の粒子を細かくする分級作業を行ってその費用を支出しており,その額は,分級のための運賃を含め,別紙分級費用一覧表記載のとおりと認められる。分級作業以外の製造管理費用は,全商品の製造管理費用から,売上げによる案分計算によって求めると,別紙間接製造費一覧表記載のとおりとなる。
ウ 販売管理費 証拠(乙87〜91の各2)によれば,全商品の販売管理費用から,控訴人原末及び第2次製品に係る販売費用を売上げによる案分計算によって求めると,その額は,別紙販売管理費一覧表記載のとおりと認められる。
エ 利益額の算出 控訴人が得た控訴人原末及び第2次製品の利益額は,以上の売上額から製造原価,分級作業費用,製造管理費用及び販売管理費を控除することによって計算することができ,その総額は,別紙ケミテック営業利益一覧表記載のとおり,4133万4870円となる。
控訴人は,第2次製品については,一度加工会社に売却し,加工後のものを購入して再度ユーザーに売却するという方法を採っていることから,CP-05の売上げに二重に計上されているとか,平成8年度及び平成9年度において,CP-05等の売上げを拡大するために多くの営業費を投入しており,その概算額が,平成8年度800万円,平成9年度700万円であると主張するが,このような事実関係を証明するに足りる確たる証拠はなく,これら控訴人の主張事実を理由として,控訴人が得たと認められる上記利益を減額することはできない。
オ 以上によると,控訴人原末及び第2次製品の販売により控訴人が得た利益の額は,4133万4870円と認められるから,これをもって被控訴人の受けた損害の額と認めるのが相当である。
(2) 被控訴人の主位的主張(大蔵省貿易統計に基づく主張)について ア 被控訴人は,控訴人が平成7年1月ころから,ルミノホアを中国から輸入し,蓄光性蛍光体の販売を開始したが,ルミノホアの日本への輸入総数量に関しては,大蔵省貿易統計によって明らかとなると主張する。そして,被控訴人及び控訴人以外の第三者のルミノホアの輸入量はわずかであり,その輸入量は,被控訴人及び控訴人の輸入量の増加にかかわらず,ほぼ一定であるとみなすことができるとした上,上記統計における中国からのルミノホアの全輸入量から,この第三者のほぼ一定数量の輸入量及び被控訴人の輸入量をそれぞれ控除すると,その残量が控訴人のルミノホアの輸入量であると推認することができると主張する。
イ しかしながら,ルミノホアにPC-05以外の蓄光性蛍光体が含まれていることは,被控訴人も認めるところであり,ルミノホアの88%がPC-05であることを証明するに足りる確たる証拠はないから,これを前提として,控訴人のPC-05の輸入量等を算出する被控訴人の主張は,採用することができない。
(3) 被控訴人の予備的主張(控訴人提出の書証に基づく主張)について 被控訴人は,控訴人提出の書証に基づく予備的主張をするが,当審において控訴人が乙87〜91を提出し,これら書証に記載された内容が虚偽であると疑うべき事情もうかがわれないから,上記(1)のとおり,これら書証及び争いのない事実に基づき,被控訴人が受けた損害の額を算出すべきである。
(4) 遅延損害金の算定 証拠(乙53,乙80ないし82の各1,2,乙84)と弁論の全趣旨によると,別紙売上集計表記載のとおり,控訴人が得た粗利益の額のうち,@平成8年7月25日から平成10年7月24日までの間における粗利益の合計額は,7738万7142円であり,A平成10年7月25日から平成12年9月25日までの間における粗利益の合計額は,3786万7256円であると認められる。そして,上記(1)エの控訴人が得た利益額4133万4870円を上記粗利益の額によって案分すると,内2775万4146円については,平成10年10月16日から,内1358万0724円については,平成12年9月30日から,それぞれ年5分の割合による遅延損害金が認められることとなる。
6 そうすると,被控訴人の控訴人に対する請求は,控訴人原末の輸入又は販売並びに第2次製品の製造又は販売の差止め,控訴人原末及び第2次製品の廃棄,並びに4133万4870円及び内2775万4146円に対する平成10年10月16日から支払済みまで,内1358万0724円に対する平成12年9月30日から支払済みまで,いずれも年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。
よって,これと異なる原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 長沢幸男
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