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関連審決 無効2001-35389
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事件 平成 14年 (行ケ) 278号 審決取消請求事件
原告 カルソニックカンセイ株式会社
同訴訟代理人弁理士 三好秀和
同 岩崎幸邦
同 中村友之
被告 株式会社豊田自動織機
同訴訟代理人弁護士 永島孝明
同 山本 光太郎
同 伊藤晴國
同訴訟代理人弁理士 恩田博宣
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/10/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が無効2001-35389号事件について平成14年4月23日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 被告は,発明の名称を「圧縮機のピストン及びピストン式圧縮機」とする特許第2941432号(平成8年6月5日国際出願(優先権主張平成7年6月5日,優先権主張国・日本。以下「本件出願」という。)。平成11年6月18日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である(甲2)。
(2) 原告は,平成13年9月5日,特許庁に対し,本件特許の請求項1ないし27,29ないし31を無効とすることを求めて審判の請求をした(甲1)。
(3) 特許庁は,上記請求を無効2001-35389号事件として審理をした上,平成14年4月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は平成14年5月7日に原告に送達された(甲1,弁論の全趣旨)。
2 本件発明の要旨は,次のとおりである(甲2。以下,請求項1ないし27に係る発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明27」と,請求項29ないし31に係る発明をそれぞれ「本件発明29」ないし「本件発明31」という。)。
【請求項1】回転軸(6)の回転に伴い,クランク室(5)内において回転軸(6)に装着された斜板(9)及びシュー(12)を介して,シリンダボア(2a)内を上死点と下死点との間で往復動する圧縮機のピストンにおいて,前記ピストン(11)はシリンダボア(2a)の内周面と摺接する外周面を備え,その外周面には,ピストン(11)の軸線(S)方向に延びる溝(17;44;46)を設け,前記ピストン(11)を回転軸(6)の回転方向(R)が時計の回転方向になる側から見た状態で,回転軸(6)の中心軸線(L)とピストン(11)の中心軸線(S)とを通る直線(M)を仮想的に設けるとともに,この直線(M)とピストン(11)の外周面との交点(P1),(P2)のうち,回転軸(6)の中心軸線(L)から遠い方の点(P1)を12時の位置としたとき,溝(17;44;46)は,ピストン(11)の周面上において,12時の位置と6時の位置とを除いた位置に設けられている圧縮機のピストン。 【請求項2】前記溝(17;44;46)は,ピストン(11)の外周面とシリンダボア(2a)の内周面との間に存在する潤滑油をクランク室(5)内に導くために,ピストン(11)が少なくとも下死点に移動したときにはシリンダボア(2a)内からクランク室(5)内に露出する請求項1に記載の圧縮機のピストン。 【請求項3】前記溝(17;44;46)は,ピストン(11)の外周面とシリンダボア(2a)の内周面との間に存在する潤滑油をクランク室(5)内に導くために,クランク室(5)と常に直接的に接続されている請求項1に記載の圧縮機のピストン。 【請求項4】前記溝(17;44;46)は,ピストン(11)の周面上において,シリンダボア(2a)の内周面に対して強く押し付けられる位置を除いた位置に設けられている請求項1に記載の圧縮機のピストン。 【請求項5】前記溝(17;44;46)は,ピストン(11)の周面上において,9時から10時半までの範囲(E)に設けられている請求項1に記載の圧縮機のピストン。 【請求項6】前記溝(17;44;46)は,ピストン(11)の周面上において,7時半から9時までの範囲(E3)に設けられている請求項1に記載の圧縮機のピストン。 【請求項7】前記ピストン(11)の外周面とシリンダボア(2a)の内周面との間に存在する潤滑油は,シリンダボア(2a)内の圧縮冷媒ガスがピストン(11)の外周面とシリンダボア(2a)の内周面との間を介してクランク室(5)に漏れることを抑制し且つ,ピストン(11)の外周面とシリンダボア(2a)の内周面との間に密着力を生じさせるものであり,前記溝(17;44;46)の深さは,冷媒ガスの漏れを抑制するという潤滑油の機能を損ねない範囲で,前記密着力を極力低減できるような深さに設定されている請求項1に記載の圧縮機のピストン。 【請求項8】前記ピストン(11)は中空形状である請求項1に記載の圧縮機のピストン。 【請求項9】前記溝(17;44;46)におけるピストン(11)の尾部側の端部の内底面は,ピストン(11)の外周面に対してなだらかに繋がる斜面をなしている請求項2に記載の圧縮機のピストン。 【請求項10】前記ピストン(11)の外周面には更に,シリンダボア(2a)の内周面に付着した潤滑油を掻き集めるための回収手段(16)が,シリンダボア(2a)内から常に露出しない位置に設けられ,回収手段(16)内の潤滑油は,ビストン(11)の軸線(S)方向に延びる溝(17)を介して,クランク室(5)内に導かれる請求項1に記載の圧縮機のピストン。
【請求項11】前記回収手段は,ピストン(11)の外周面に形成された回収溝(16)である請求項10に記載の圧縮機のピストン。 【請求項12】前記回収溝(16)はピストン(11)の周方向に沿って延びている請求項11に記載の圧縮機のピストン。 【請求項13】前記回収溝(16)はリング状をなしている請求項12に記載の圧縮機のピストン。 【請求項14】ピストン(11)の軸線(S)方向に延びる溝(17)は回収溝(16)と切り離されており,両溝(16),(17)は,ピストン(11)の外周面とシリンダボア(2a)の内周面との間の狭いクリアランス(K)を介して連通する請求項11に記載の圧縮機のピストン。
【請求項15】ピストン(11)の軸線(S)方向に延びる溝(17)は回収溝(16)と接続されている請求項11に記載の圧縮機のピストン。 【請求項16】ピストン(11)の軸線(S)方向に延びる溝(17)は,ピストン(11)の周面上において,シリンダボア(2a)の内周面に対して強く押し付けられる位置を除いた位置に設けられている請求項11に記載の圧縮機のピストン。 【請求項17】前記ピストン(11)を回転軸(6)の回転方向(R)が時計の回転方向になる側から見た状態で,回転軸(6)の中心軸線(L)とピストン(11)の中心軸線(S)とを通る直線(M)を仮想的に設けるとともに,この直線(M)とピストン(11)の外周面との交点(P1),(P2)のうち,回転軸(6)の中心軸線(L)から遠い方の点(P1)を12時の位置としたとき,溝(17)は,ピストン(11)の周面上において,12時の位置と3時の位置と6時の位置とを除いた位置に設けられている請求項16に記載の圧縮機のピストン。
【請求項18】シリンダボア(2a)及びクランク室(5)を有するハウジング(1,2,3)と,ハウジング(1,2,3)に回転可能に支持された回転軸(6)と,クランク室(5)内において回転軸(6)に装着された斜板(9)と,シリンダボア(2a)内に収容されたピストン(11)とを備え,回転軸(6)の回転に伴い,斜板(9)及びシュー(12)を介してピストン(11)がシリンダボア(2a)内を上死点と下死点との間で往復動するピストン式圧縮機において,前記ピストン(11)はシリンダボア(2a)の内周面と摺接する外周面を備え,そのピストン(11)の外周面とシリンダボア(2a)の内周面との一方には,ピストン(11)の軸線(S)方向に延びる溝(17;44;46)を設け,前記ピストン(11)を回転軸(6)の回転方向(R)が時計の回転方向になる側から見た状態で,回転軸(6)の中心軸線(L)とピストン(11)の中心軸線(S)とを通る直線(M)を仮想的に設けるとともに,この直線(M)とピストン(11)の外周面との交点(P1),(P2)のうち,回転軸(6)の中心軸線(L)から遠い方の点(P1)を12時の位置としたとき,溝(17;44;46)は,ピストン(11)の外周面上又はシリンダボア(2a)の内周面上において,12時の位置と6時の位置とを除いた位置に設けられているピストン式圧縮機。 【請求項19】前記溝(17;44;46)は,ピストン(11)の外周面とシリンダボア(2a)の内周面との間に存在する潤滑油をクランク室(5)内に導くために,ピストン(11)が少なくとも下死点に移動したときにはシリンダボア(2a)内からクランク室(5)内に露出する請求項18に記載のピストン式圧縮機。 【請求項20】前記溝(17;44;46)は,ピストン(11)の周面上において,シリンダボア(2a)の内周面に対して強く押し付けられる位置を除いた位置に設けられている請求項19に記載のピストン式圧縮機。 【請求項21】前記溝(17;44;46)は,ピストン(11)の周面上において,9時から10時半までの範囲(E)に設けられている請求項18に記載のピストン式圧縮機。 【請求項22】前記溝(17;44;46)は,ピストン(11)の周面上において,7時半から9時までの範囲(E3)に設けられている請求項18に記載のピストン式圧縮機。 【請求項23】前記ピストン(11)の外周面とシリンダボア(2a)の内周面との間に存在する潤滑油は,シリンダボア(2a)内の圧縮冷媒ガスがピストン(11)の外周面とシリンダボア(2a)の内周面との間を介してクランク室(5)に漏れることを抑制し且つ,ピストン(11)の外周面とシリンダボア(2a)の内周面との間に密着力を生じさせるものであり,前記溝(17;44;46)の深さは,冷媒ガスの漏れを抑制するという潤滑油の機能を損ねない範囲で,前記密着力を極力低減できるような深さに設定されている請求項18に記載のピストン式圧縮機。 【請求項24】前記溝(17;44;46)におけるピストン(11)の尾部側の端部の内底面は,ピストン(11)の外周面に対してなだらかに繋がる斜面をなしている請求項18に記載のピストン式圧縮機。 【請求項25】前記ピストン(11)の外周面には更に,シリンダボア(2a)の内周面に付着した潤滑油を掻き集めるための回収溝(16)が,シリンダボア(2a)内から常に露出しない位置に設けられ,回収溝(16)内の潤滑油は,ピストン(11)の軸線(S)方向に延びる溝(17)を介して,クランク室(5)内に導かれる請求項18に記載のピストン式圧縮機。
【請求項26】前記回収溝(16)はピストン(11)の周方向に沿って延びているとともに,リング状をなしている請求項25に記載のピストン式圧縮機。
【請求項27】ピストン(11)の軸線(S)方向に延びる溝(17)は回収溝(16)と切り離されており,両溝(16),(17)は,ピストン(11)の外周面とシリンダボア(2a)の内周面との間の狭いクリアランス(K)を介して連通する請求項25に記載のピストン式圧縮機。
【請求項29】前記ピストン(11)は中空形状である請求項25に記載のピストン式圧縮機。
【請求項30】前記ピストンは一端に頭部を備えた片頭ピストン(11)であり,前記駆動体は回転軸(6)に一体回転可能に装着された斜板(9)を含み,その斜板(9)とピストン (11)の尾部との間にはシュー(12)が配置され,斜板(9)の回転運動がシュー(12)を介してピストン(11)の往復運動に変換される請求項25に記載のピストン式圧縮機。 【請求項31】前記ピストンは一端に頭部を備えた片頭ピストン(11)であり,前記駆動体は回転軸(6)に傾動可能に支持された斜板(9)を含み,その斜板(9)はクランク室(5)内の圧力と吸入室(3a)内の圧力との差に応じて回転軸(6)に対する傾斜角度が変化し,斜板(9)の傾斜角度に応じてピストン(11)の移動ストロークが変化して吐出容量が調整される請求項25に記載のピストン式圧縮機。
3 本件審決の理由の要旨は,次のとおりである(甲1)。
(1) 本件発明1について ア 本件発明1と実公昭43-18930号公報(甲3の(2)。以下「刊行物1」という。)に記載の「スコッチヨーク式であって,気筒1内を上死点と下死点との間で往復動する圧縮機のピストン2において,前記ピストン2は気筒1の内周面と摺接する外周面を備え,その外周面には,ピストン2の軸線方向に延びる潤滑溝11を設け, 潤滑溝11は,ピストン2の周面 上において,上側に設けられている圧縮機のピストン。」の発明(以下「刊行物1発明A」という。)とを対比すると,両者は,「シリンダボア内を上死点と下死点との間で往復動する圧縮機のピストンにおいて,前記ピストンはシリンダボアの内周面と摺接する外周面を備え,その外周面には,ピストンの軸線方向に延びる細長いくぼみを設けている圧縮機のピストン。」である点で一致し,以下の点で相違する。
(ア) ピストンが用いられる圧縮機の形式が,前者では「回転軸の回転に伴い,クランク室内において回転軸に装着された斜板及びシューを介して,シリンダボア内を上死点と下死点との間で往復動する圧縮機」(以下「斜板式圧縮機」という。)であるのに対し,後者では「スコッチヨーク式圧縮機」である点(以下「相違点a」という。)。 (イ) ピストンの軸線方向に延びる細長いくぼみが,前者では「溝」であるのに対し,後者では「潤滑溝11」である点(以下「相違点b」という。)。 (ウ) ピストンの軸線方向に延びる細長いくぼみの位置が,前者では「前記ピストンを回転軸の回転方向が時計の回転方向になる側から見た状態で,回転軸の中心軸線とピストンの中心軸線とを通る直線を仮想的に設けるとともに,この直線とピストンの外周面との交点のうち,回転軸の中心軸線から遠い方の点を12時の位置としたとき,12時の位置と6時の位置とを除いた位置に設けられている」のに対し,後者では「上側に設けられている」点(以下「相違点c」という。)。 イ そこで,上記相違点a,bについて検討する。 (ア) 本件発明1に係る明細書の記載(甲2の4頁8欄13〜33行)から みて,本件発明1の斜板式圧縮機のピストンの軸線方向に延びる溝は,斜板式圧縮機の作動時において,ピストンの往復動に伴って,シリンダボアの内周面に付着している潤滑油を溝内に溜め,ピストンの往復動に伴い溝がシリンダボア内からクランク室内に露出したとき,溝内の潤滑油をクランク室内に供給し,その潤滑油によってクランク室内の駆動体等を潤滑し,しかも,ピストンの軸線方向に延びる溝はシリンダボアの開口縁と干渉しないので,ピストンがスムーズに移動する機能を有するものであると解される。そのため,本件発明1の溝は,圧縮機の作動時において必ずしも潤滑油に満たされる必要がなく,ピストンとシリンダボアとの摺動において,潤滑のために機能する必要がないものということができる。 これに対し,刊行物1の別紙(1)のイ,ロ,ニの記載事項からみて,刊行物1発明Aのスコッチヨーク式圧縮機の「ピストン2」の軸線方向に延びる「潤滑溝11」は,スコッチヨーク式圧縮機の作動時において,「潤滑溝11」に供給された潤滑油が圧縮冷媒の漏洩を防止し,該圧縮機の停止時において,圧縮冷媒を通過させる機能を有するものであって,少なくとも,圧縮機の作動時において,「潤滑溝11」内の潤滑油をピストンと異なる箇所に供給したり,圧縮冷媒の漏洩を意図する機能を有するものではない。そのため,刊行物1発明Aの「潤滑溝11」は,圧縮機の作動時において必ず潤滑油に満たされる必要があることから,ピストンとシリンダボアとの摺動において,潤滑のために機能又は寄与する必要があるものということができる。 さらに,刊行物1発明Aのようなスコッチヨーク式圧縮機においては,ピストンの往復動を行うための駆動部の潤滑は,ピストンの駆動軸を介して行われることが一般的であって,通常,ピストンの軸方向を縦断して供給する必要がないものである。 してみると,本件発明1の「溝」と刊行物1発明Aの「潤滑溝11」は,形状としては「軸線方向に延びる細長いくぼみ」の限度において一致するものの,その技術的意義は,全く別異のものというほかない。 (イ) したがって,相違点a及びbは,密接不可分のものであって,該相違点a及びbに係る本件発明1の構成要件は,特開平5-302570号公報(甲3の(4),以下「刊行物3」という。)に記載されるような斜板式圧縮機に刊行物1発明Aを適用することにより,当業者が容易に想到することができたものということができない。 ウ 次に,相違点cについて検討する。
(ア) 相違点cに係る本件発明1の構成を特定するための事項,すなわち,「ピストンの軸線方向に延びる溝が,前記ピストンを回転軸の回転方向が時計の回転方向になる側から見た状態で,回転軸の中心軸線とピストンの中心軸線とを通る直線を仮想的に設けるとともに,この直線とピストンの外周面との交点のうち,回転軸の中心軸線から遠い方の点を12時の位置としたとき,12時の位置と6時の位置とを除いた位置に設けられている」との点は,本件発明1に係る明細書の記載からみて,ピストンの軸線方向に延びる溝を過大な力を受ける側に設けることが不利であることを前提として,過大なサイドフォースを受ける側を避けるように溝の位置を設定するためのものと解される。 一方,刊行物1発明Aの「ピストン2」では,「潤滑溝11」を設ける位置をどのように設定したかは不明である。 (イ) これに対して,原告(請求人)は,刊行物1発明Aに関し,「刊行物1における潤滑溝11は,ピストン外周面の上下に配設されており,すなわち,サイドフォースの作用しない箇所に設けられている。(中略)刊行物1には「圧縮機の運転時には潤滑溝11内に潤滑油が適当な手段にて供給されるものであり,」と記載されている(甲3の(2)の2頁左欄11〜12行)とし,したがって,刊行物1には,運転時のサイドフォースを考慮して,サイドフォースの作用しない特定の箇所に潤滑溝を配置し,潤滑油の流通を確保するという技術手段を開示している。」(平成14年1月23日付け口頭審理陳述要領書3頁12〜28行)と主張し,「刊行物1における「潤滑溝11」は,ピストン外周面の上方に配設されており,すなわち,サイドフォースの作用しない箇所に設けられている。」との主張の根拠として特開昭54-79807号公報(甲3の(3)。以下「刊行物2」という。)を提示している。 a しかしながら,@刊行物1において,「潤滑溝11」をピストン外周面の上部の方に設けた意味合いについては全く記載されていないこと,A刊行物2には,別紙(2)のホ,ヘの記載事項から,「スコッチヨーク式圧縮機において,水平方向に往復動するピストン2の外周面の左右側に局部面圧による摺動摩耗2b,2cが発生する」ことが示唆されているといえるが,該「ピストン2」の外周面の左右側に発生する局部面圧が,本件発明1のサイドフォースと同種のものとは必ずしもいえないばかりでなく,この局部面圧による摺動摩耗による問題点の解決を,本件発明1のサイドフォースによる問題点の解決と異なる,応力の集中する必要最小部の硬度アップによっていること,また,B実願昭51-119874号(実開昭53-38014号)のマイクロフィルム(甲4。以下「実願昭51-119874号マイクロフィルム」という。)に記載された技術的事項を参酌すれば,刊行物1における「潤滑溝11」がピストン外周面の上方に配設されているのは,上方より供給される潤滑油を受け入れやすくしたものとも解されること,さらに,C上記マイクロフィルムに記載された技術的事項を参酌すれば,「潤滑溝11」に保持された潤滑油はシリンダボアとピストン間の耐摩耗性を向上するのであるから,刊行物2に記載されるようなスコッチヨーク式圧縮機において,水平方向に往復動する「ピストン2」の外周面の左右側に局部面圧による摺動摩耗2b,2cが発生することの問題点の解決には,水平方向に往復動する「ピストン2」の外周面の左右側に潤滑溝を設けることがよいとも解されること,を総合すれば,刊行物1には,「潤滑溝11」がサイドフォースの作用しない箇所に設けられていることが記載されていないばかりか,示唆もされていないので,上記原告の主張は採用できない。 b また,刊行物3には,「斜板7」の揺動によって「片頭ピストン13」に働くモーメントMが生じ,このモーメントMにより「片頭ピストン13」が局部的に押圧されて集中押圧力FM1 が発生することが記載 されている(別紙(3)のチの記載事項)。そして,この「片頭ピストン13」にかかる集中押圧力FM1 の位置が,揺動する斜板の向きに伴って 変化するモーメントMの方向に追随してピストンの外周面上を移動することは,当業者には容易に理解されるものと認められる。
そうすると,当業者は刊行物3の記載から,集中押圧力FM1 がピストンの全周 にわたって作用することまでは認められるが,ピストン外周のどの位置に最大の集中押圧力が発生するかということまでは,刊行物3に記載された発明では考慮されておらず,不明であるといわざるを得ない。さらに,そのような集中押圧力の強さと位置との関係についての解析を行って最大集中押圧力の位置を求めることが,当業者に容易であるという根拠も特に認められない。 したがって,これらのことを総合して勘案すると,相違点cに係る本件発明1の構成要件は,刊行物3に記載された発明及び刊行物1発明Aに基づいて,当業者が容易に想到することができたものということができない。
エ そして,本件発明1は,上記相違点a,b及びcに係る構成要件を備えたことにより,@斜板とピストンとの連結部等のクランク室内の各部位が良好に潤滑され,A溝の部分がシリンダボアに強く圧接されることが防止され,ピストン及びシリンダボアの磨耗や損傷がより確実に防止される,という本件特許に係る明細書に記載された顕著な効果を奏するものである。
オ したがって,本件発明1は,刊行物1ないし3に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。
(2) 本件発明18について ア 本件発明18と刊行物1記載の「スコッチヨーク式であって,ピストン2が気筒1内を上死点と下死点との間で往復動するピストン式圧縮機において,前記ピストン2は気筒1の内周面と摺接する外周面を備え,そのピストン2の外周面には,ピストン2の軸線方向に延びる潤滑溝11を設け,潤滑溝11は,ピストン2の外周面上に設けられているピストン式圧縮機。」の発明(以下「刊行物1発明B」という。)とを対比すると,両者は,「ピストンがシリンダボア内を上死点と下死点との間で往復動するピストン式圧縮機において,前記ピストンはシリンダボアの内周面と摺接する外周面を備え,そのピストンの外周面には,ピストンの軸線方向に延びる細長いくぼみを設けているピストン式圧縮機。」である点で一致し,以下の点で相違するものと認められる。
(ア) ピストン式圧縮機の形式が,前者では「シリンダボア及びクランク室 を有するハウジングと,ハウジングに回転可能に支持された回転軸と,クランク室内において回転軸に装着された斜板と,シリンダボア内に収容されたピストンとを備え,回転軸の回転に伴い,斜板及びシューを介してピストンがシリンダボア内を上死点と下死点との間で往復動するピストン式圧縮機」であるのに対し,後者では「スコッチヨーク式ピストン圧縮機」である点(以下「相違点d」という。)。 (イ) ピストンの軸線方向に延びる細長いくぼみが,前者では「溝」であるのに対し,後者では「潤滑溝11」である点(以下「相違点e」という。)。 (ウ) ピストンの軸線方向に延びる細長いくぼみの位置が,前者では「前記ピストンを回転軸の回転方向が時計の回転方向になる側から見た状態で,回転軸の中心軸線とピストンの中心軸線とを通る直線を仮想的に設けるとともに,この直線とピストンの外周面との交点のうち,回転軸の中心軸線から遠い方の点を12時の位置としたとき,12時の位置と6時の位置とを除いた位置に設けられている」のに対し,後者では「上側に設けられている」点(以下「相違点f」という。)。 (エ) ピストンの軸線方向に延びる細長いくぼみが,前者では「ピストンの 外周面上とシリンダボアの内周面上との一方」に設けられるのに対して,後者では「ピストンの外周面上」にのみ設けられる点(以下「相違点g」という。)。 イ そこで,上記相違点について検討する。
相違点dないしfについては,前記(1)で説示したのと同様の理由によって,相違点dないしfに係る本件発明18の構成要件は,刊行物1発明B及び刊行物3に記載された発明に基づいて,当業者が容易に想到することができたものということができない。 そして,本件発明18は,相違点dないしfに係る構成を備えたことにより,@斜板とピストンとの連結部等のクランク室内の各部位が良好に潤滑され,A溝の部分がシリンダボアに強く圧接されることが防止され,ピストン及びシリンダボアの磨耗や損傷がより確実に防止される,という本件特許に係る明細書に記載された顕著な効果を奏するものである。
したがって,上記相違点gについて検討するまでもなく,本件発明18は,刊行物1ないし3に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。 (3) 本件発明2ないし17,19ないし27及び29ないし31について 本件発明2ないし17は,本件発明1の構成を特定するための事項をすべて含み,さらに他の構成を特定するための事項を付加したものに相当するから,前記(1)で説示したのと同様の理由により,刊行物1ないし3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。 また,本件発明19ないし27及び29ないし31は,本件発明18の構成を特定するための事項をすべて含み,さらに他の構成を特定するための事項を付加したものに相当するから,前記(2)で説示したのと同様の理由により,刊行物1ないし3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。 (4) 以上のとおりであるから,原告の主張する理由及び提示した証拠方法によっては,本件発明1ないし27,29ないし31に係る本件特許を無効とすることはできない。
当事者の主張
(原告の主張する本件審決の取消事由) 本件審決は本件発明1と刊行物1発明Aとの一致点・相違点の認定を誤り(取消事由1),相違点aないしcについての容易想到性判断を誤り(取消事由2,3),本件発明1の作用効果に関する判断を誤った(取消事由4)ものであり,違法として取り消されるべきものである。
1 取消事由1(一致点の看過・相違点の認定の誤り) 本件審決は,本件発明1の「溝」と刊行物1発明Aの「潤滑溝11」とは,外観上において「細長いくぼみ」の限度において一致していると認めることができるので,両発明は,「シリンダボア内を上死点と下死点との間で往復動する圧縮機のピストンにおいて,前記ピストンはシリンダボアの内周面と摺接する外周面を備え,その外周面には,ピストンの軸線方向に延びる細長いくぼみを設けている圧縮機のピストン。」である点で一致していると認定しているが,誤りである。
すなわち,本件発明1の「溝」は,本件特許に係る明細書における「本発明の目的」(甲2の4頁8欄13〜33行)の記載からみて,圧縮機の作動時,クランク室内に露出して該溝内に満たされた潤滑油をクランク室内に供給し,クランク室内の駆動体等を潤滑し(請求項2参照),該「溝」自体を介して圧縮された流体が漏洩することを防止するために潤滑油を貯留するものであり(請求項7参照),作動時,「溝」には潤滑油が満たされており,その潤滑油がピストンとシリンダボアとの摺動に対し潤滑していることは明らかであるから,上記「溝」は,作動時,潤滑油に満たされており,貯留された潤滑油は,クランク室へ供給されて駆動体等を潤滑するとともにピストンとシリンダボアとの間の潤滑に供され,さらに,該「溝」を介して圧縮冷媒が漏洩することを防止するところに技術的意義を有している。
これに対し,刊行物1発明Aの「潤滑溝11」も,そこに貯留される潤滑油によりピストンと気筒間を潤滑するとともに,「潤滑溝11」がクランク室内に露出すれば,溝内の潤滑油はクランク室内に当然供給され,クランク室内の駆動体等を潤滑するものと解され,さらに,該「潤滑溝11」に潤滑油が貯留され圧縮冷媒の漏洩抵抗を大ならしめて気筒内の圧縮冷媒を完全に吐出させるという技術的意義を有しているものである。
したがって,刊行物1発明Aの「潤滑溝11」は,技術的意義において本件発明1の「溝」と何ら異なるところはない。
よって,本件審決における前記一致点の認定は,両者の技術的意義を正しく捉えて検討することなく,「細長いくぼみ」とその形状だけから認定したものであり,両者の技術的意義における一致点を看過したものである。
また,これに伴い,本件審決は相違点b(ピストンの軸線方向に延びる細長いくぼみが,前者では「溝」であるのに対し,後者では「潤滑溝11」である点)を本件発明1と刊行物1発明Aの相違点と認定したが,上記のとおり,この点は一致点であり,相違点の認定においても誤っている。
2 取消事由2(相違点a,bに関する判断の誤り) (1) 本件審決は,相違点a,bに関し,前記第2の3(1)イのとおり認定判断している。
(2) しかしながら,上記認定判断は,次のとおり誤りである。
ア 本件審決は,「本件発明1の「溝」は,圧縮機の作動時において必ずしも潤滑油に満たされる必要がなく,ピストンとシリンダボアとの摺動において,潤滑のために機能する必要がないものということができる。」と判断しているが,誤りである。
すなわち,まず,圧縮機の作動時,「溝」がクランク室に露出して溝内の潤滑油をクランク室内に供給できるということは,「溝」に潤滑油が満たされていることにほかならないから,本件発明1の「溝」は潤滑油で満たされているものと解すべきであり,次に,潤滑油で満たされている以上,その潤滑油によってピストンとシリンダボアとの摺動部が潤滑されることは技術常識上明らかであり,「溝」は潤滑油を保持しているということで,潤滑のために機能していることは明らかである。さらに,ピストンの軸方向に延びる「溝」がシリンダボアの開口縁と干渉しないことと潤滑を要しないこととは関係がないことである(開口縁と干渉する円環状の溝である場合,潤滑しても干渉が解決するわけではないことから明らかである。)。
したがって,この認定判断は誤りである。
イ 本件審決は,刊行物1発明Aの「潤滑溝11」につき,「少なくとも,圧縮機の作動時において,「潤滑溝11」内の潤滑油をピストンと異なる箇所に供給したり,圧縮冷媒の漏洩を意図する機能を有するものではない。」と認定しているが,刊行物1発明Aのスコッチヨーク式圧縮機においても,「潤滑溝11」がクランク室に露出することは明らかであり,クランク室に露出したとき,そこに満たされた潤滑油はピストンとは異なる箇所であるクランク室内に供給されることが明らかであるから,この認定は誤りである(先にも述べたとおり,本件発明1において,クランク室の駆動体等に潤滑油を供給するための構成は,「ピストン11はシリンダボア2aの内周面と摺接する外周面を備え,その外周面には,ピストン11の軸線S方向に延びる溝(17;44;46)を設け,」との構成以外にはなく,刊行物1発明Aのピストンも「気筒の内周面と摺接する外周面を備え,その外周面には,ピストンに軸線方向に延びる潤滑溝が設けられている」のであるから,上記「潤滑溝11」もクランク室の駆動体等に潤滑油を供給するための構成を備えていると解すべきである。)。
ウ 本件審決は,「してみると,本件発明1の「溝」と刊行物1発明Aの「潤滑溝11」は,形状としては「軸線方向に延びる細長いくぼみ」の限度において一致するものの,その技術的意義は,全く別異のものというほかない。」と認定判断している。
しかしながら,この認定判断は,@斜板式圧縮機である本件発明1の「溝」は,ピストンとシリンダボアとの摺動において,潤滑のために機能する必要がないものであること,Aスコッチヨーク式圧縮機である刊行物1発明Aの「潤滑溝11」はピストンとシリンダボアとの摺動において,潤滑のために機能又は寄与する必要があることとの認定を前提とするものであるところ,本件発明1の「溝」がピストンとシリンダボアとの摺動において,潤滑のために機能していることは,先に述べたとおり技術常識上明らかであり,本件発明1の「溝」と刊行物1発明Aの「潤滑溝11」との技術的意義は全く別異のものというほかない,との上記認定判断は,その前提を欠くものであり,誤りというほかない。
エ 本件審決は,「したがって,相違点a及びbは,密接不可分のものであって,当該相違点a及びbに係る本件発明1の構成要件は,刊行物3に記載されるような斜板式圧縮機に刊行物1発明Aを適用することにより,当業者が容易に想到することができたものということができない。」と認定判断している。
しかしながら,相違点aと相違点b,すなわち,ピストンの圧縮機における形式が一方が斜板式で,他方がスコッチヨーク式である点の相違と,ピストンの軸線方向に延びる細長いくぼみが一方は「溝」で,他方が「潤滑溝11」である点の相違とは,何ら密接不可分のものではない。本件発明1の「溝」であれ,刊行物1発明Aの「潤滑溝11」であれ,ともに潤滑油が貯留され,その貯留された潤滑油がピストンとシリンダボアとの摺動面の潤滑に供されるものであることは明らかであり,さらに「溝」も「潤滑溝11」もクランク室に露出した際,そこに満たされている潤滑油がクランク室に供給され,駆動体等を潤滑する機能(技術的意義)を有するものであることは既に述べたとおりであり,圧縮機の形式如何によりこの機能(技術的意義)が変わるものでは全くない。
(3) したがって,相違点a及びbは密接不可分の関係にはなく,相違点a及びbに係る本件発明1の構成要件は,刊行物3に記載されるような斜板式圧縮機に刊行物1発明Aを適用することにより,当業者が容易に想到することができたものというべきであって,これに反する本件審決の認定判断は誤りである。
3 取消事由3(相違点cに関する判断の誤り) (1) 本件審決は,本件発明1と刊行物1発明Aとの対比において,相違点cを相違点として認定した上,相違点cに関して,前記第2の3(1)ウ(イ)aの@ないしCのとおり判断しているが,本件審決の上記認定判断は,以下のとおり誤りである。
ア 「刊行物1において,「潤滑溝11」をピストン外周面の上部の方に設けた意味合いについて全く記載されていないこと」(上記@)との認定判断について 刊行物1に「潤滑溝11」がピストンの外周面の上部と下部に設けた意味合いについて記載されていないことは,本件審決の説示するとおりである。そこで,その意味合いを如何に解釈すべきかということで,刊行物2が提示されているのである。
イ 「刊行物2には,別紙(2)のホ,ヘの記載事項から,「スコッチヨーク式圧縮機において,水平方向に往復動する「ピストン2」の外周面の左右側に局部面圧による摺動摩耗2b,2cが発生する」ことが示唆されているといえるが,当該「ピストン2」の外周面の左右側に発生する局部面圧が,本件発明1のサイドフォースと同種のものとは必ずしもいえないばかりでなく,この局部面圧による摺動摩耗による問題点の解決を,本件発明1のサイドフォースによる問題点の解決と異なる,応力の集中する必要最小部の硬度アップによっていること」(上記A)との認定判断について 本件審決は,刊行物2に「スコッチヨーク式圧縮機において,水平方向に往復動する「ピストン2」の外周面の左右側に局部面圧による摺動摩耗2b,2cが発生する」ことが示唆されていると正しく認定しており,この認定は「「ピストン2」の外周面の左右側にシリンダ内周面から受ける局部面圧によって摺動摩耗が発生する」というものである。
これに対し,本件審決は,「該「ピストン2」の外周面の左右側に作用する局部面圧が本件発明1のサイドフォースとは同種のものといえない」と認定しているが,本件特許に係る明細書においては,サイドフォースを次のように記載している。すなわち,「ピストン11はその往復動中に,圧縮反力や自身の慣性力に起因して,シリンダボア2aの内周面からの反力(以下,サイドフォースという)を受ける。」(甲2の13欄20〜22行)と記載している。この記載によれば,本件発明1におけるサイドフォースは,「シリンダボア2a」の内周面からの反力であると定義していることが明らかであり,刊行物2におけるピストンがその外周面の左右側にシリンダ内周面から受ける局部面圧と何ら変わるものではなく,したがって,本件審決の上記同種のものとはいえないとの認定は明らかに誤りである。
次に,本件審決は,「この局部面圧による摺動摩耗による問題点の解決を本件発明1のサイドフォースによる問題点の解決と異なる応力の集中する必要最小部の硬度アップによっていること」と認定しているが,このような認定は刊行物2による立証の趣旨を理解していないものであり,当を得たものではない。
すなわち,刊行物2による立証の趣旨は,刊行物1における潤滑溝設置箇所(ピストン外周面の上側と下側)に如何なる技術的意義があるかを示すところにあり,刊行物2が示唆する前記局部面圧を受ける箇所(ピストン外周面の左右側)との対比により,刊行物1における潤滑溝設置箇所に上記局部面圧(サイドフォース)が作用しないことを,換言すれば,刊行物1は,ピストン外周面の局部面圧が作用しない箇所に潤滑溝を設置することを示しているのである。
ウ 「実願昭51-119874号マイクロフィルムに記載された技術的事項を参酌すれば,刊行物1における「潤滑溝11」がピストン外周面の上方に配設されているのは,上方より供給される潤滑油を受け入れやすくしたものとも解されること」(上記B)との認定判断について 上方より供給される潤滑油を受け入れやすくしたものとも解されるとの認定判断は,刊行物1における「潤滑溝11」はピストン外周面の上側と下側とにあることを無視して上側のみにあり,かつ,実願昭51-119874号マイクロフィルムを参酌した場合にのみ言えることであるが,スコッチヨーク式圧縮機における潤滑方法は上記マイクロフィルムに記載されたものに限られるわけではなく,米国特許第2102403号の明細書(甲5。訳文11頁3〜23行)に記載されているように,圧縮機の作動時において冷媒に混合された潤滑油をピストンの軸線方向に移動させて他の部分の潤滑に供することも知られているのであるから,上記マイクロフィルムのみを参酌してなされた上記認定判断は,当を得たものではない。
エ 「実願昭51-119874号マイクロフィルムに記載された技術的事項を参酌すれば,「潤滑溝11」に保持された潤滑油はシリンダボアとピストン間の耐摩耗性を向上するのであるから,刊行物2に記載されるようなスコッチヨーク式圧縮機において,水平方向に往復動するピストン2の外周面の左右側に局部面圧による摺動摩耗2b,2cが発生することの問題点の解決には,水平方向に往復動する「ピストン2」の外周面の左右側に潤滑溝を設けることがよいとも解されること,を総合すれば,刊行物1には,「潤滑溝11」がサイドフォースの作用しない箇所に設けられていることは記載されていないばかりか,示唆もされていない」(上記C)との認定判断について 実願昭51-119874号マイクロフィルムには,「ピストン8の外径部に振り掛けられた潤滑油はピストンの外周を伝わって下側に滴下してしまい潤滑機能を充分に果たしているとは言えなかった。」と問題点が記載され(甲4の4枚目下5〜下2行),それを解決する手段として,「ピストン外径のスライドカン11側にピストン先端迄通じない適当な長さの細溝10を設け」る構成(同4枚目末行〜5枚目2行)を採用して,「この溝に前記クランク軸先端7より飛散する潤滑油を貯えてシリンダボア内の給油を行うものである。」(同5枚目2〜4行)との作用を達成させる密閉形電動圧縮機が記載されているのであって,溝は単に流下する潤滑油を貯留するためのものであって,面圧の作用する箇所に溝を配置するということを何ら教示するものではない。そもそも,面圧の作用する箇所に溝を設けるということは,狭い面積で面圧を受けることとなり,摺動摩耗が増加することは明らかであって,技術常識上採用されるはずのないものであり,刊行物2における摺動摩耗の発生問題を解決するために,「水平方向に往復動するピストン2の外周面の左右側に潤滑溝を設けることがよいとも解される」との本件審決の認定判断は,上記技術常識に反する全く誤った認定判断である。
(2) また,本件審決は,相違点cに関して,前記第2の3(1)ウ(イ)bのとおり認定判断しているが,誤りである。
ア 「当業者は,刊行物3の記載から,集中押圧力FM1 がピストンの全周に わたって作用することまでは認められるが,ピストン外周のどの位置に最大の集中押圧力が発生するかということまでは,刊行物3に記載された発明では考慮されておらず,不明であるといわざるを得ない。」との認定判断について 本件審決が引用した刊行物3の別紙の(3)ト,チの記載事項には,本件審決記載のとおり,集中押圧FM1 (F M2 )について記載がされており,刊行 物3の図2,図3の図面の記載を参酌すれば,集中押圧力が発生する位置が本件発明1でいうところの12時と6時の位置であることが明らかである。
したがって,どの位置に最大の集中押圧力が発生するかは不明であるとの本件審決の認定判断は誤りである。
イ 「そのような集中押圧力の強さと位置との関係についての解析を行って最大集中押圧力の位置を求めることが,当業者に容易であるという根拠も認められない。」との認定判断について 本件発明1におけるような斜板式圧縮機は本件出願時既に市販されていたのであるから,解析するまでもなく,市販品を分解してみれば,ピストン外周面の摩耗の状況から集中押圧力が発生する位置はきわめて容易に知ることができるのであり,解析以外に最大集中押圧力の位置を求めることができないことを前提とした上記認定判断は誤りである。
(3) 以上要するに,本件発明1の「溝」も,刊行物1発明Aの「潤滑溝11」も,シリンダボア内周面とピストン外周面との間を潤滑するとともに,「溝」,「潤滑溝11」を介して圧縮流体が漏洩することを防止するために潤滑油を貯留するものである点で全く差異はなく,クランク室内に露出した際にクランク室内の駆動体等を潤滑するように潤滑油を供給するという技術的意義においても全く差異はない。また,刊行物1発明Aの「潤滑溝11」が上側と下側に設けられている技術的意義は,刊行物2を参酌すれば,サイドフォース(シリンダボア内周面からの反力)を受けない箇所に設けることであり,本件発明1のような斜板式圧縮機のピストンに「溝」を設けるに際し,サイドフォースを受けない箇所,すなわち,本件発明1にいうところの12時の位置と6時の位置を除いた箇所とすることは,刊行物1及び刊行物3の教示に従って容易に決定できることである。
4 取消事由4(作用効果に関する判断の誤り) 本件審決は,本件発明は,相違点a,b及びcに係る構成要件を備えたことにより,@斜板とピストンとの連結部等のクランク室内の各部位が良好に潤滑され,A「溝」の部分がシリンダボアに強く圧接されることが防止され,ピストン及びシリンダボアの摩耗や損傷がより確実に防止される,という明細書に記載された顕著な作用効果を奏する旨認定している。
しかしながら,ピストンが下死点に移動したとき潤滑溝がクランク室内に露出してクランク室内の各部位を良好に潤滑することは,刊行物1発明Aにおいても奏する効果であり,上記@の効果を本件発明1の奏する格別顕著な効果ということはできず,また,刊行物1発明Aの「潤滑溝11」の部分はその設置位置からシリンダボアに強く圧接されるものではないのであるから,上記Aの効果を格別顕著なものということはできない。
(被告の反論) 1 取消事由1(一致点の看過・相違点の認定の誤り)について (1) 本件発明1の「溝」の技術的意義 本件発明1の「溝」の技術的意義に関する原告の解釈は,本件特許に係る明細書における開示内容を全く無視する恣意的な主張に依拠するものであり,採用されるべきものではない。本件発明1の「溝」がクランク室へ供給されて駆動体を潤滑する目的を有することに加えて,原告は,本件発明1の「溝」は「作動時,潤滑油に満たされており」,かかる「貯留された潤滑油」は,「ピストンとシリンダボアとの間の潤滑に供され」,かつ,「・・・「溝」を介して圧縮冷媒が漏洩することを防止するところに技術的意義を有している」と主張する。この主張は請求項1及び本件特許に係る明細書及び図面の記載に基づくものではない。
第1に,本件発明1の「溝」は,「作動時,潤滑油に満たされて」いる必要はなく,第2に,「溝」に貯留される潤滑油は,「ピストンとシリンダボアとの間の潤滑に供され」るものでもなく,第3に,同潤滑油は,「圧縮冷媒が漏洩することを防止する」ものでもない。
(2) 刊行物1発明Aの「潤滑溝」の技術的意義 刊行物1発明Aの「潤滑溝11」の技術的意義が,「溝」内の潤滑油をクランク室内に供給しクランク室内の駆動体等を潤滑する点にも存するとする原告の主張は,スコッチヨーク式圧縮機の潤滑油供給に関する技術水準に反する特異な解釈論に依拠するものであって,採用されるべきではない。
特公昭37-7540号公報(乙1)及び実願昭51-119874号マイクロフィルム(甲4)は,スコッチヨーク式圧縮機においては,ピストン先端部へ向けてブローバイガスの流れと逆向きに流れるように,「適当な手段」によって気筒外から潤滑溝11に潤滑油が強制的に又は意図的に供給されることを開示又は示唆しているのである。刊行物1発明Aが,潤滑油が「潤滑溝11」に「適当な手段にて」供給されるという表現を使用していることから,「潤滑溝11」は,特公昭37-7540号公報の「潤滑溝9」及び実願昭51-119874号マイクロフィルムの「細溝10」と同様,圧縮機の運転時にはクロススライド側のピストン尾部で潤滑油が強制的に又は意図的に供給されるのである。そして,かかる強制的又は意図的供給によってはじめて,圧縮機の運転時に「圧縮冷媒の漏洩抵抗を大ならしめて気筒内の圧縮冷媒を吐出弁6を通じて完全に吐出せしめる」ことができるのである。
したがって,刊行物1発明Aの「潤滑溝11」は,運転時において,クランク室側からの滴下又は飛散等の手段によって供給された潤滑油をピストンとシリンダボアとの間の潤滑に供するためにピストン頭部側へ移動できるようにガイドする機能と,「潤滑溝11」に供給された潤滑油によって圧縮冷媒の漏洩を防止する機能を有しているのである。かかる機能から,刊行物1発明Aの「潤滑溝11」は,クランク室からピストン頭部側へ潤滑油を流すことと逆の流れとなるピストン頭部側からクランク室内への潤滑油の供給という機能を有していないことは明らかである。すなわち,スコッチヨーク式圧縮機特有の,クランク室側からピストン頭部へ向けての潤滑油の流れと,原告の主張するピストン頭部側からクランク室側への潤滑油の動きは正反対となるため,両者は論理的に両立し得ないのである。
(3) 本件審決が,本件発明1の「溝」と刊行物1発明Aの「潤滑溝11」とは,外観上において「細長いくぼみ」の限度において一致していると認定したことに対し,原告は,この「一致点の認定は,両者の技術的意義を正しく捉えて検討することなく,「細長いくぼみ」とその形状だけから認定したものであり,両者の技術的意義における一致点を看過している。」と主張する。
しかしながら,上記(1),(2)に詳述した如く,本件発明1の「溝」と 刊行物1 発明Aの「潤滑溝11」とは,技術的意義において,全く異なるものであり,原告の主張は正しくない。
2 取消事由2(相違点a,bに関する判断の誤り)について (1) 既に述べたごとく,本件発明1の「溝」と 刊行物1発明Aの「潤滑溝11」とはその技術的意義において全く別異のものである。刊行物1発明Aはスコッチ ヨーク式圧縮機に関するものであるからこそ,ピストンに形成される「潤滑溝11」には潤滑油が貯留され,その貯留された潤滑油がピストンとシリンダボアと の摺動面の潤滑に供され,かつ,圧縮冷媒の漏洩を防止するように機能するのである。
(2) 一方,本件発明1が対象とする斜板式圧縮機においては,一般に多気筒であり,ハウジング底面に対して駆動軸が平行に配置されるため,クランク室底部に溜まった潤滑油をくみ上げて潤滑部位に供給するための潤滑機構が,スコッチヨーク式圧縮機に比べて複雑となる。したがって,斜板式圧縮機においては,冷媒ガスに潤滑油を混合させ,シリンダボアから漏出するブローバイガスにより駆動部へ潤滑油を供給する潤滑方式が採用されている。かかる潤滑方式を採用する斜板式圧縮機において,「運転時に潤滑油で満たされて圧縮冷媒の漏洩を防止する」ための「潤滑溝」をピストンに形成することは,ブローバイガスによりクランク室内の駆動部等へ潤滑油を供給するという潤滑方式に反するのである。「ピストンが用いられる圧縮機の形式が本件発明1では斜板式なのに対して,刊行物1発明Aではスコッチヨーク式である」という相違点aについて,本件審決において,「斜板式とスコッチヨーク式とは技術分野が異なる」という表現を使用していないが,相違点aと「ピストンの軸線方向に延びる細長いくぼみが本件発明1では「溝」であるのに対して,刊行物1発明Aでは「潤滑溝11」であるという相違点bが,それぞれ密接不可分の関係にあるという本件審決の判断は,実質的に「斜板式とスコッチヨーク式とは技術分野が異なる」と判断していることなのである。換言すれば,技術分野が違う上に,本件発明1の「溝」と刊行物1発明Aの「潤滑溝」は,外形上似ているとしても,実質的にはその技術的意義が異なると判断しているのである。このことは,刊行物1に記載された「潤滑溝11」が,斜板式圧縮機において潤滑油を駆動部へ供給するためにピストンに軸線方向の溝を形成することへの動機付けにはなり得ないことを意味するのである。
(3) よって,刊行物1発明Aに刊行物3を適用することによって,相違点a,bに係る本件発明1の構成要件容易に想到されることができないと判断した本件審決には誤りはない。
3 取消事由3(相違点cに関する判断の誤り)について (1) 取消事由3の(1)アないしエについて ア 取消事由3の(1)アについて 原告は,刊行物1発明Aにおいて,「潤滑溝11」がピストンの外周面の上部と下部とに設けられていると主張するが,刊行物1発明Aにおいては,刊行物1の第1図に示されるとおり,ピストンの外周面の下部には「潤滑溝11」は設けられていない。したがって,原告の主張は,刊行物1の記載に基づくものでなく,根拠がない。前述したとおり,刊行物1発明Aの「潤滑溝11」は,クランク室側から供給された潤滑油をピストンとシリンダボアとの間の潤滑に供するためにピストン頭部側へガイドするように機能する点を考え併せると,「潤滑溝11」から溢れ出した潤滑油がまんべんなくピストン外周面に行き渡るように,上側に設けられているのである。
原告も認めるように,刊行物1には,「潤滑溝11」をピストン外周面の上側に設けた意味合いについて記載されていない。後述するように,刊行物2がその意味合いを補完するものではない。
イ 取消事由3の(1)イについて 本件発明1は,回転軸に装着された斜板及びシューを介してシリンダボア内を往復動する斜板式圧縮機のピストンを前提とするもので,かかる斜板式圧縮機のピストンに作用するサイドフォースの解析に基づくものである。サイドフォースがピストン外周面のどの部位にどれほどの力で作用するのかという解析は,本件発明1と刊行物1発明Aの相違点cを採用する上で最も重要なものである。
刊行物2は,刊行物1発明Aと同様のスコッチヨーク式圧縮機のピストンを前提とするもので,スコッチヨーク式圧縮機のピストンに作用する局部面圧の解析に基づくものである。刊行物2に示された局部面圧の解析はあくまでもスコッチヨーク式圧縮機に適用されるピストンに対するものであって,この解析をそのまま斜板式圧縮機のピストンに適用することはできないのである。また,刊行物2における局部面圧とは,その第3図及び第4図に2b,2cとして示す部分に作用すると説明されているのみで,圧縮・吐出行程中にピストン外周面上を回るように時々刻々と作用位置を変えるような,斜板式圧縮機におけるピストンのサイドフォースとは全く異なるのである。したがって,斜板式圧縮機のピストンの場合,サイドフォースがピストン外周面のどの部位にどれほどの力で作用するのか,ということは,刊行物2から読み取ることはできないものである。
ウ 取消事由3の(1)ウについて 米国特許第2102403号の明細書(甲5)に記載された発明は,ケーシング下部の潤滑油をポンプを用いて吸い上げ,回転軸内の潤滑油通路を介して駆動機構及びピストンとシリンダボアとの摺動部分に直接供給する技術を開示するものであって(甲5の翻訳文6頁14行〜7頁21行),ブローバイガスによって駆動機構及びピストンとシリンダボアとの摺動部分を潤滑するものではない。ちなみに,上記明細書における「ピストン49」の「環状溝97」は,「ブローバイガス中の潤滑油を集める」ものではなく,オイルポンプによって「通路95」から供給される潤滑油を貯留するものである(甲5の翻訳文8頁11〜14行)。したがって,上記明細書に記載された発明と特公昭37-7540号公報(乙1)及び実願昭51-119874号マイクロフィルム(甲4)に記載された発明とは,潤滑油供給の点で同じ技術を開示するものである。米国特許第2102403号の明細書は,スコッチヨーク式圧縮機の作動時に冷媒ガスに混合された潤滑油をその圧縮機の潤滑方法として使用していることは何ら開示していない。
したがって,この点に関する原告の主張は理由がない。
エ 取消事由3の(1)エについて 実願昭51-119874号マイクロフィルム(甲4)は,考案の効果として,「本考案は,ピストン外径部に外径軸心と平行に油溝を設けてシリンダボアとピストン外径間の潤滑油の保持性を良くしてシリンダボアとピストン間の耐摩耗性の向上を図るものである。」(5枚目7〜10行)と記載する。上記マイクロフィルムにおいては,ピストンとシリンダボアとの間の耐摩耗性の向上を図る方途として,潤滑油の保持性をよくするために油溝を形成することが提案されている。
刊行物2は,スコッチヨーク式圧縮機特有のピストン運動(左右に局部面圧を受けながら前後運動をするピストン運動)から生じるピストンの特異な摩耗を防止することを発明の目的としているから,局部面圧のかかるピストン外周面の硬度をアップさせて耐摩耗性の向上を図る方途に代えて,甲第4号証に記載されるように油溝を局部面圧が作用するピストン外周面に形成することも当然に想到され得るのである。
原告は,上に述べたように,「そもそも,面圧の作用する箇所に溝を設けるということは,狭い面積で面圧を受けることとなり,摺動摩耗が増加することは明らかであって技術常識上採用されるはずのないもの」と主張するが,刊行物1発明Aでいう「環状溝10」は,ピストン外周面全周にわたって形成されているから,刊行物2で局部面圧がかかると指摘される箇所にも形成される。また,特公昭37-7540号公報(乙1)の「潤滑溝9」及び実願昭51-119874号マイクロフィルムの「細溝10」も,同様に刊行物2で局部面圧がかかると指摘される箇所に対しても形成されている。したがって,原告の上記主張は独善的なものであって失当である。
(2) 原告は,「刊行物3の図2,図3の図面の記載を参酌すれば,集中押圧力が発生する位置が本件発明1でいうところの12時と6時の位置であることが明らかである」と主張する。
しかしながら,少なくとも,刊行物3の図1〜図3に係る第1実施例では「摺動リング18」が全周に設けられていることから,集中押圧力FM1 は,シリンダボアの全周にわたって作用することが前提となっている。そして,刊行物3の図2及び図3は,ピストンによる圧縮行程途中において,集中押圧力FM1 が「6時の方向」に向けて作用する瞬間が存在することを開示しているにすぎず,どの位置に最大の集中押圧力が作用するかについて開示はおろか,示唆もされていない。
さらに,刊行物3は,本件発明1の前提となる斜板式圧縮機のピストンにおいて,サイドフォースがピストンのいわゆる「12時の位置」及び「6時の位置」を含む全周又は所定範囲にわたって作用することを示しているだけであって,サイドフォースが作用する範囲内において,サイドフォースの大きさがどのように変化するかを開示するものではない。ましてや,「12時の位置」及び「6時の位置」が周方向の他の位置よりもサイドフォースがより大きく作用することを示すものでもない。したがって,本件審決の「ピストン外周のどの位置に最大の集中押圧力が発生するかということまでは,刊行物3に記載された発明では考慮されておらず,不明であるといわざるを得ない」という判断には誤りはない。
原告は,サイドフォースの解析について,「市販品を分解してみれば,ピストン外周面の摩耗の状況から集中押圧力が発生する位置はきわめて容易に知ることができる」と主張するが,そもそも,本件審決は,解析方法自体の容易性について議論しているのではない。本件発明1の構成を導き出す上で必要となるサイドフォースの解析を行うことが当業者に容易であるという根拠を刊行物3に見出すことができるかを議論しているのである。
刊行物1発明Aにおいて,「潤滑溝11」をピストン外周面の上側に設けるのは,ピストン尾部側からガイドされる潤滑油をピストンとシリンダボアとの間に効率よく供給するためであり,刊行物2に示されているスコッチヨーク式圧縮機におけるピストン外周面の局部面圧とは全く関係がない。刊行物1及び刊行物3のいずれも,「斜板式圧縮機において,ピストンの軸線方向に延びる溝をピストンの外周面のどの位置に設けるべきか」という本件発明1の課題を解決するための具体的手段を開示していないのである。
よって,「相違点cに係る本件発明1の構成要件は,刊行物3に記載された発明及び刊行物1発明Aに基づいて,当業者が容易に想到することができたものということができない。」という本件審決の判断に誤りはない。
4 取消事由4(作用効果に関する判断の誤り)について 原告は,「刊行物1発明Aの「潤滑溝11」の部分はその設置位置からシリンダボアに強く圧接されるものではないのであるから,「溝」の部分がシリンダボアに強く圧接されることが防止され,ピストン及びシリンダボアの磨耗や損傷がより確実に防止されるという効果を格別顕著なものということはできない。」と主張する。
しかしながら,刊行物1発明Aには,「「潤滑溝11」の部分がシリンダボアに強く圧接されることが防止される」という効果については何らの開示も,示唆もない。これに対して,本件発明1では,作動時にピストン外周面に作用するサイドフォースの解析を経て得られた構成により,「ピストン11の第2溝17の部分がシリンダボア2aに強く圧接されることが防止され,ピストン11及びシリンダボア2aの摩耗や損傷がより確実に防止される」という効果が得られるのである。刊行物1ないし刊行物3に記載された発明は,本件発明1の構成を有しないので,本件発明1の上記効果を奏し得ない。
本件審決のこの点に関する判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の看過・相違点の認定の誤り)について 原告は,本件審決が,本件発明1における「溝」と刊行物1発明Aにおける「潤滑溝11」の技術的意義が全く同じであるにもかかわらず,これを相違するものと誤認し,相違点b(ピストンの軸線方向に延びる細長いくぼみが,前者では「溝」であるのに対し,後者では「潤滑溝11」である点)を本件発明1と刊行物1発明Aの相違点として認定したことは誤りであるとするので検討する。
(1) 本件発明1の「溝」について ア 本件特許に係る明細書(甲2)には,ピストンの設けられた「溝」に関して,次のとおり記載されている。
(ア) 「本発明によれば,ピストンの往復動に伴って,シリンダボアの内周 面に付着している潤滑油が溝内に溜まる。そして,例えばピストンの往復動に伴い溝がシリンダボア内からクランク室内に露出すれば,溝内の潤滑油はクランク室内に供給され,その潤滑油によってクランク室内の駆動体等が潤滑される。」(4頁8欄25〜30行) (イ) 「圧縮機では,ピストン11が上死点から下死点へ移動する吸入行程のときに,吸入室3a内の冷媒ガスがシリンダボア2a内に吸入される。このとき,冷媒ガス中に含まれる濶滑油の一部が,シリンダボア2aの内周面に付着する。一方,ピストン11が下死点から上死点へ移動する圧縮行程のときには,シリンダボア2a内の冷媒ガスが圧縮されて吐出室3bに吐出される。このとき,シリンダボア2a内の冷媒ガスの一部がブローバイガスとして,ピストン11の外周面とシリンダボア2aの内周面との間の狭いクリアランスKを介してクランク室5へ漏れ出る。その際,ブローバイガス中に含まれる潤滑油の一部は,シリンダボア2aの内周面に付着する。
シリンダボア2aの内周面に付着した潤滑油は,ピストン11の往復動に伴い,ピストン11の第1溝16の開口縁16aによって掻き取られて第1溝16内に貯留される。
ピストン11が圧縮行程にあるとき,シリンダボア2aから漏れ出た冷媒ガス(ブローバイガス)によって第1溝16内の圧力が高くなる。第2溝17は,ピストン11が上死点付近に移動されたときのみ,その全体がシリンダボア2aの内周面によって塞がれ,それ以外のときは第2溝17の少なくとも一部がクランク室5内へ露出する。このため,第2溝17内の圧力はクランク室5内の圧力と比較して,同じ若しくは若干高い程度である。第1溝16は狭いクリアランスKを介して第2溝17と連通している。従って,ピストン11が圧縮行程にあるとき,第1溝16内の潤滑油は,第1溝16内の圧力と第2溝17内の圧力との差に基づき,クリアランスKを介して第2溝17内に流入する。第2溝17内に流入した潤滑油は,第2溝17のクランク室5内へ露出した部分を通してクランク室5内に流入する。この潤滑油は,斜板9とピストン11との連結部,言い換えれば斜板9とシュー12との間及びシュー12とピストン11との間等に供給されて,それらの部分を良好に潤滑する。」(6頁12欄26行〜7頁13欄8行) イ 上記明細書の記載によれば,本件発明1に係る斜板式圧縮機において,潤滑油は冷媒ガスに混合されてミスト状態で「シリンダボア2a」内に供給され,その一部は「シリンダボア2a」の内周面(内壁)に付着してピストンとシリンダ間を潤滑し,また,「シリンダボア2a」と「ピストン11」の間の潤滑油は,ピストン外周に設けられた「円周溝(第1溝)16」によって掻き取られ,同「円周溝16」内に溜まり,ここに貯留された潤滑油は,シリンダボア内とクランク室間に生じる圧力差によって上記「第1溝16」とシリンダ長手方向の「第2溝17」間の狭いクリアランスKを介して「第2溝17」内に押し出され,該溝内を流れて「クランク室5」に流入し,クランク室内を潤滑することが認められる。すなわち,上記記載からすれば,ピストン外周の長手方向の「第2溝17」は,上記「第1溝16」がシリンダボア内壁から掻き取って貯留した潤滑油をクランク室に導くための流路としての機能を果たすものであり,その場合,「第1溝16」に貯留された潤滑油は圧力差によって徐々に「第2溝17」に押し出されてくるものであって,運転中,潤滑油は必ずしも「第2溝17」内を満たすものではない。
(2) 刊行物1発明Aの「潤滑溝11」について ア 刊行物1の明細書(甲3の(2))には,スコッチヨーク式の冷凍機用圧縮機に係る発明が開示され,「考案の詳細な説明」の欄には,次のとおり記載されている。
「而して第1図に示す如くピストン2が気筒1内にて圧縮時に停止した場合,気筒1内にある圧縮冷媒は矢印にて示す如く気筒1とピストン2との間隙を通じて所定の間隔lを徐々に漏洩し環状溝10に至り,該溝より潤滑溝11及び中子抜取用孔12よりピストン部7の円筒中空部13内に流出し,気筒1内の冷媒圧力が低下するものである。
又圧縮機の運転時には潤滑溝11内に潤滑油が適当な手段にて供給されるものであり,圧縮冷媒の漏洩抵抗を大ならしめて気筒内の圧縮冷媒を吐出弁6を通じて完全に吐出せしめるものである。
本案による冷凍機用圧縮機は上述の如くせるをもって,起動時軽負荷となりうると共に運転時に於ても圧縮効率を何等低下せしめない圧縮機を得るものである。」(2頁左欄4行〜右欄6行) イ 上記記載及び弁論の全趣旨によれば,刊行物1発明Aに係る圧縮機において,圧縮機の停止時には,「気筒1」内の圧縮された冷媒は,「環状溝10」,「潤滑溝11」,「中子抜取用孔12」を介して徐々に流出し,「気筒1」内の冷媒圧力を低下させ,次回の起動時の負荷を低下させること,また,圧縮機の運転時には,「適当な手段」によって「潤滑溝11」内に供給された潤滑油は,圧縮冷媒の漏洩抵抗を増大させて「気筒1」からの冷媒の排出効率を高めることが認められる。
すなわち,刊行物1発明Aにおける「潤滑溝11」は,圧縮機の停止時には気筒内に残留した高圧の冷媒を外部へ流出させる流路となり,圧縮機の運転時には潤滑油で満たされて,冷媒の流出を防止するものとなるものであり,したがって,「潤滑溝11」は圧縮機の運転時には「適当な手段」によって供給された潤滑油で満たされていなければならないものである。
この点に関し,実願昭51-119874号マイクロフィルム(甲4)には,スコッチヨーク式の密閉型電動圧縮機に係る考案が開示され,「考案の詳細な説明」の欄には,「機械部分への給油は密閉容器1の下部に貯えられた潤滑油4がクランク軸5の回転に依り軸の外周方向に向けてあけられた油穴6内を上昇して各摺動部を潤滑させているが,特にシリンダボアとピストンの間の摺動部は,クランク軸ピン部7上端より周囲に飛散させた油をピストン8の露出した摺動面に振り掛けて給油を行っている。」(4枚目2〜8行),「従来はクランク軸ピン部7の先端よりピストン8の外径部に振り掛けられた潤滑油はピストン外周を伝わって下側に滴下してしまい,潤滑機能を充分に果たしているとは言えなかった。そこで第3図に示す如く,ピストン外径のスライドカン11側にピストン先端迄通じない適当な長さの細溝11(「細溝10」の誤記と認める。)を設けてこの溝に前記クランク軸先端7より飛散する潤滑油を貯えてシリンダボア内の給油を行うものである。」(4枚目16行〜5枚目4行)との記載がされている。
また,米国特許第2102403号の明細書(甲5)には,「図4は,図1に図示のコンプレッサーのスコッチ・ヨーク(Scotch yoke)機構を示す部分底面図である。」(甲5の訳文2頁20〜21行),「モーター16の運転中,潤滑剤は同モーター16のシャフト32によって駆動されるロータリー式ポンプ64によって管路63を通って上方に汲み上げられる。・・・保持プレート41内の出口開口部73を通って排出された潤滑剤はカバープレート71に形成されたクボミ部74の内部に流れ,次いでモーター16のシャフト32に形成された軸方向に延在する中心通路75を通って上方に送られる。通路75を上方に流れる潤滑剤の一部は,同通路75の下部と連通する通路76に入り,そして同通路76を通って,シャフト32の下方軸受39に形成された溝77に入り同軸受39を潤滑する。シャフト32には前記通路75とその上部で連通する水平通路78も形成され,そして同通路78は上方の軸受38中に形成された円形溝79と連通している。・・・通路75内を圧送される潤滑剤のさらに別の一部分は同通路75よりクランク44内に形成された通路80を経由して上方に流れ同クランクの頂部まで供給され,クランク44とスライド46との間の接触面,およびクロスヘッド47の接触面の潤滑を行う。・・・モーター16の上方側のエンドシールド35には通路82が設けられ(図2),同通路82は上方側軸受38内に形成された溝79と連通し,加圧潤滑剤が同溝79よりアンローダー83に供給されるようになっている。・・・通路82を経由しアンローディング・シリンダー85のボア84に圧送された潤滑剤の一部は,同ボアよりスリーブ87内に形成された薄刃オリフィス94を通って通路95に流れる。同通路95内の潤滑剤は,以下に詳細に説明するように,コンプレッサー15のピストン49を潤滑するために通路97に流入する。」(甲5の訳文6頁14行〜8頁14行)と記載されている。
さらに,特公昭37-7540号公報(乙1)には,特にケース内に密封収容された小型冷凍機用のモーター駆動式プランジヤピストン圧縮機(スコッチヨーク式)の発明が開示され,「発明の詳細な説明」の欄には,「シリンダの外方には,ピストン表面に滴下給油するための供給導管8が設けられている。ところでピストンには溝9が刻まれていて,これはピストンの端面から点10に到るまでラセン状に延びており,その際にこの点10はピストンが上死点位置にある場合にシリンダの下縁11から数ミリメートル上方に位置するように選ばれている。運転の際に,潤滑溝9は周期的にシリンダの外方で油を満たされ,この油は次にピストン端面に向かって移動する。これによって充分な封隙が行われ,従って圧縮すべき冷凍の一部分がこの通路を通って逃げるようなことはない。これに対し静止状態においては,シリンダ室7内に吸込圧力よりも高い圧力が存在する場合に,冷媒が溝9から押出すので,従ってこの溝9は圧力逃し通路として作用することができる。」(1頁の「「発明の詳細な説明」欄の右欄22〜36行)との記載がされている。
上記のとおり,実願昭51-119874号マイクロフィルム(甲4)及び米国特許第2102403号の明細書(甲5)には,スコッチヨーク式の圧縮機において,駆動軸がハウジングの底面に対して垂直に配置され,クランク室底部に溜まった潤滑油を駆動軸に設けられた油穴を通じて汲み上げて,潤滑部位に供給する仕組みが取られ,ピストンとシリンダボアとの間の潤滑もクランク室側からの潤滑油の滴下や飛散によって行うことが開示されており,また,特公昭37-7540号公報(乙1)にも,ピストンとシリンダボアとの間の潤滑をクランク室側からの潤滑油の滴下によって行うことが開示されているのであって,これらのことに弁論の全趣旨を併せれば,刊行物1発明Aのようなスコッチヨーク式圧縮機においては,ピストンとシリンダボアとの摺動部は,クランク室の駆動体等を潤滑するクランク室側に存在する潤滑油を適当な手段によりピストンのシリンダ内に供給して潤滑するのが一般的であり,刊行物1発明Aにおいても,そのような潤滑形式が採用されているものと考えるのが合理的である。
(3) 以上検討したように,本件発明1の「溝」と刊行物1発明Aの「潤滑溝11」は,圧縮機のピストンの外周に設けられた長手方向の溝であって,作動中に潤滑油の流路になるという点では共通するものの,本件発明1においては,シリンダ中には潤滑油が冷媒中にミスト状に混合した状態で供給され,シリンダボア内壁に付着した後,「円周溝16」の開口縁により掻き取られ,同所に貯留するものであり,「溝」は,「円周溝16」に滞留した潤滑油をクランク室側に導く流路として設けられており,必ずしも作動時に油で満たされるものではないのに対し,刊行物1発明Aにおいては,シリンダ中には潤滑油がクランク室側から滴下や飛散によって供給され,「潤滑溝11」は,上記のように供給される液体状の潤滑油で満たされて,ピストン内の冷媒が流出することを防止するものである。
このように,両者は,外観形状としては近似する溝であるものの,基本的に異なる潤滑方式の下において,その果たす役割は全く異なるものであるから,本件審決が,本件発明1と刊行物1発明Aとは,相違点a,bにおいて相違すると認定したことに誤りはない。
(4) 原告は, 本件発明1の「溝」は,本件特許に係る明細書(甲2)における「本発明の目的」(甲2の4頁8欄13〜33行)の記載からみて,圧縮機の作動時,@クランク室内に露出して該溝内に満たされた潤滑油をクランク室内に供給し,クランク室内の駆動体等を潤滑し(請求項2参照),A該溝自体を介して圧縮された流体が漏洩することを防止するために潤滑油を貯留するものであり(請求項7参照),作動時,溝には潤滑油が満たされており,その潤滑油がピストンとシリンダボアとの摺動に対し潤滑していることは明らかであるから,上記「溝」は,作動時,潤滑油に満たされており,貯留された潤滑油は,クランク室へ供給されて駆動体等を潤滑するとともにピストンとシリンダボアとの間の潤滑に供され,さらに,該溝を介して圧縮冷媒が漏洩することを防止するものであり,上記「溝」の技術的意義はこの点にある旨主張する。
しかしながら,既に説示したとおり,本件発明1において,ピストンとシリンダボアとの間の潤滑は冷媒に混入された潤滑油がシリンダボアの内壁に付着することによって行われており,「溝」は滞留した油を通過させる流路として機能しているだけであり,また,作動時に潤滑油で満たされている必要はなく,したがって,該溝自体を介して圧縮された流体が漏洩することを防止するものでもなく,本件発明1の「溝」と刊行物1発明Aの「潤滑溝11」とは,その有する技術的意義を異にするものである。
なお,原告は,本件発明1の「溝」が上記Aの機能を果たすとするその主張の根拠として,本件特許の請求項7を挙げるが,この請求項は,ピストン11の外周面とシリンダボア2aの内周面との間に存在する潤滑油が,シリンダボア2a内の圧縮冷媒ガスがピストン11の外周面とシリンダボア2aの内周面との間を介してクランク室に漏れることを抑制するなどの要件の下に,溝の深さを上記潤滑油の機能を損なわない範囲に設定するなどの要件を付加した構成を示しているものであり,溝自体が潤滑油に満たされた状態で圧縮冷媒ガスのクランク室5への漏洩を防止する構成を示しているものとはいえない。
原告の主張は,本件特許に係る明細書の記載を正解しないものであり,採用することができない。
2 取消事由2(相違点a,bに関する判断の誤り)について (1) 前記1において説示したとおり,本件発明1の「溝」と刊行物1発明Aの「潤滑溝11」は,外観,形状としてはピストンの「軸線方向に延びる細長いくぼみ」という限度で一致しているものの,その技術的意義は全く異なるものである。
そして,前記1(1)及び(2)の認定によれば,本件発明1に係る斜板式圧縮機においては,潤滑油が冷媒ガスに混合されてミスト状態でシリンダボア内に供給され,この潤滑油により,クランク室の動力機等や,ピストンとシリンダボアとの摺動部を潤滑する形式が採用されている(弁論の全趣旨によれば,斜板式圧縮機は,一般に多気筒のピストンを備え,ハウジング底面に対して駆動軸が平行に配置されているなどの構造上の問題から,クランク室に溜まった潤滑油を汲み上げて潤滑部位に供給するという潤滑方式では不十分であるため,このような潤滑方式が採用されているものと認められる。)のに対し,刊行物1発明Aに係るスコッチヨーク式の圧縮機においては,ピストンとシリンダボアとの摺動部は,クランク室の駆動体等を潤滑しているクランク室側に存在する潤滑油を適当な手段によりシリンダ側に供給して潤滑する方式が採用されていることが明らかであり,この潤滑形式の差異に伴い,本件発明1と刊行物1発明Aの各「ピストン外周上の溝」の技術的意義に差異が生じているというべきである。相違点aと相違点bとは,この意味において,密接不可分ということができる。
上記したところから明らかなとおり,相違点bは,異なる構造の圧縮機における異なる潤滑形式に起因する差異であって,刊行物1発明Aを刊行物3に適用することには阻害要因があるというべきである。刊行物3に記載の斜板式圧縮機に刊行物1発明Aを適用することにより,相違点bに係る本件発明1に係る構成要件を当業者が容易に想到することができたとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。
(2) 原告の取消事由2(2)のアないしエの主張は,いずれも,刊行物1発明Aの「潤滑溝11」及び本件発明1の「溝」の有する技術的意義について上記と異なる見解に立つものであって,採用することができない。なお,原告の上記主張ア及びイについて付言すると,次のとおりである。
ア 原告は,本件審決の,本件発明1の「溝」は,圧縮機の作動時において必ずしも潤滑油に満たされる必要がなく,ピストンとシリンダボアとの摺動において,潤滑のために機能する必要がないものということができる旨の認定判断は誤りであるとし,その理由として,作動時,上記「溝」がクランク室に露出して上記「溝」内の潤滑油をクランク室内に供給できるということは,上記「溝」に潤滑油が満たされていることにほかならない旨主張する。
しかしながら,前記1(1)に認定したとおり,本件発明1において,「連通手段としての第2溝17」は,「回収手段としてのリング状の第1溝16」がシリンダボア内壁に付着した潤滑油を掻き取り,これを滞留させたものをクランク室へ導く流路としての役割を果たすものであるところ,そのために流路が潤滑油で満たされていなければならないという必然性はない。 原告は,本件発明1の「溝」が潤滑油で満たされている以上,その潤滑油によってピストンとシリンダボアとの摺動部が潤滑されることは技術常識上明らかであるとも主張する。
確かに,上記「溝」の中に潤滑油が滞留している以上,この一部がピストンとシリンダボアとの間の潤滑に寄与するということはあり得るが,前記1(1)に認定したとおり,本件発明1においては,ピストンとシリンダボアとの摺動部は,潤滑油が冷媒ガスに混合されてシリンダー内に導かれて壁面に付着し,その潤滑油により潤滑される仕組みが採用されているのであって,これ以外に潤滑油の供給源は存在しないから,上記「溝」内に回収された潤滑油がピストンとシリンダボアとの間の潤滑に寄与することがあっても,それは第2義的なものであり,本件発明1においては,構成上,圧縮機を作動する上で,上記「溝」の中に滞留した潤滑油による上記潤滑を必要不可欠の要素としているものとは考えられない。
本件審決が,「本件発明1の「溝」は,圧縮機の作動時において必ずしも潤滑油に満たされる必要がなく,ピストンとシリンダボアとの摺動において,潤滑のために機能する必要がないものということができる。」とした認定判断に誤りがあるということはできない。
イ 次に,原告は,本件審決が,刊行物1発明Aについて,「少なくとも,圧縮機の作動時において,「潤滑溝11」内の潤滑油をピストンと異なる箇所に供給したり,圧縮冷媒の漏洩を意図する機能を有するものではない。」とした認定は誤りであるとし,その根拠として,刊行物1発明Aにおいても,「潤滑溝11」がクランク室に露出すること,その際にそこに満たされた潤滑油がピストンとは異なる箇所であるクランク室内に供給されることは明らかである旨主張する。
しかしながら,前記1(2)で認定したとおり,刊行物1発明Aのような,スコッチヨーク式圧縮機において,潤滑油は液状でクランク室側から滴下するなど適当な手段により供給されるものであるから,ピストンの外周上の溝内に溜まった潤滑油を再びクランク室に戻すという構成は必要でないと考えられる。
3 取消事由3(相違点cに関する判断の誤り)について (1)ア 本件特許に係る明細書(甲2)には,次のとおり記載されている。
(ア) 「連通手段としての第2溝17は,ピストン11の外周面に同ピストン11 の中心軸線Sに沿って延びるように形成されている。第2溝17の基端は,第1溝16の近傍に位置している。第2溝17は,ピストン11の周面上において,以下に説明するような位置に設けられている。図6(b)に示すように,ピストン11を回転軸6の回転方向Rが時計の回転方向になる側から見た状態で(この図では,ピストン11をその尾部側から見ている。),回転軸6の中心軸線Lとピストン11の中心軸線Sとを通る直線Mを仮想的に設ける。この直線Mとピストン11の周面との交点P1,P2のうち,回転軸6の中心軸線Lから遠い方の点P1を12時の位置とする。この場合,第2溝17は,ピストン11の周面上において,9時から10時半までの範囲Eに設けられている。」(6頁11欄42行〜12欄5行) (イ) 「ピストン11はその往復動中に,圧縮反力や自身の慣性力に起因して,シリンダボア2aの内周面から反力(以下,サイドフォースという)を受ける。
このため,第2溝17は,ピストン11の周面上において,サイドフォースの影響を極力受けない位置{(図6(b)に示す範囲Eに相当する位置}に形成されることが望ましい。」(7頁13欄20〜25行)。
(ウ) 「図6(a)は,回転軸6の回転角度(言い換えればピストン11の移動位置)とピストン11に作用するサイドフォースFaの大きさとの関係を示すグラフである。このグラフでは,ピストン11が上死点にあるときの回転軸6の回転角度を0°としている。グラフの横軸の下方に描かれている概略図は,ピストン11に作用するサイドフォースFaの方向を,横軸に示される回転軸6の回転角度に対応して示した図である。この概略図は,ピストン11をその尾部側から見たものである。この概略図は,サイドフォースFaが作用するピストン11の周面の部位が,回転軸6及び斜板9の回転に伴って,それらの回転方向Rと同方向に変化することを示している。言い換えれば,ピストン11が吸入及び圧縮行程を行うために上死点と下死点との間を1回往復動する間に,サイドフォースFaがピストン11の全周に対して順次作用する。」(7頁14欄32〜46行) (エ) 「図6(a)に示すように,ピストン11が上死点にある状態から回転 軸6が90°回転するまでの間,言い換えれば,斜板9が図2の状態から図3の状態となるまでの間には,サイドフォースFaが負の値になることがある。これは,斜板9が図3の手前の状態のときに,その図3に示す各力の方向が逆方向になることを意味している。
図6(a)のグラフは,回転軸6の回転角度が0°(=360°)のとき,つまりピストン11が上死点にあるときに,ピストン11に作用するサイドフォースFaが最も大きくなることを示している。ピストン11の周面上において,この最も大きなサイドフォースFaを受ける位置は,図6(b)に示すように,6時の位置である。ピストン11の周面上の6時の位置に大きなサイドフォースFaが作用したときには,その6時の位置を中心とした3時から9時までの範囲E1が,シリンダボア2aの内周面に対して強く押し付けられる。このため,範囲E1に第2溝17を設けると,第2溝17の開口縁がシリンダボア2aの内周面に強く圧接されて,ピストン11やシリンダボア2aが摩耗したり損傷したりする可能性が生じる。従って,第2溝17は,ピストン11の周面上において,3時から9時までの範囲E1を除いた範囲,つまり9時から3時までの範囲E2に設けられるのが望ましい。」(7頁14欄47行〜8頁15欄18行) (オ) 「加えて,図6(a)に示すように,ピストン11が下死点に配置されたとき,そのピストン11の周面上における12時の位置にも比較的大きなサイドフォースFaが作用する。ピストン11は,下死点付近に移動されたときには,シリンダボア2aによる支持長さが短くなって不安定になり易い。このため,第2溝17は,ピストン11の周面上における12時の位置の近傍に設けない方が望ましい。」(8頁15欄42〜48行) イ 上記記載からすれば,相違点cに係る本件発明1の構成,すなわち,「ピストンの軸線方向に延びる溝が,前記ピストンを回転軸の回転方向が時計の回転方向になる側から見た状態で,回転軸の中心軸線とピストンの中心軸線とを通る直線を仮想的に設けるとともに,この直線とピストンの外周面との交点のうち,回転軸の中心軸線から遠い方の点を12時の位置としたとき,12時の位置と6時の位置とを除いた位置に設けられている」との点は,本件審決の認定するとおり,ピストンの軸線方向に延びる溝を過大な力を受ける側に設けることが不利であることを前提として,過大なサイドフォースを受ける側を避けるように溝の位置を設定するためのものと解される。 これに対し,刊行物1には,刊行物1発明Aの「ピストン2」の外周部の上部に「潤滑溝11」を設けるについて,その位置をどのようにして決定したかについては何ら記載がない。
(2) 原告は,本件審決における相違点cに関する判断について,「潤滑溝11」はピストン外周面の上部と下部に設けられており,刊行物2において局部面圧が作用する部位を硬化処理している趣旨を考慮すれば,刊行物1における上下の潤滑溝はピストン外周面の局部面圧が作用しない箇所,すなわち,サイドフォースの作用しない箇所に「潤滑溝11」を設置することを示しているのであるとして,縷々主張をしている。
ア 取消事由3の(1)アについて 既に説示したとおり,刊行物1発明Aに係る明細書(甲3の(2))には,潤滑溝11をピストン外周部の上部に設けた意味について何ら記載がない。
しかしながら,上記明細書には,「圧縮機の運転時に於てはピストンの潤滑溝内に潤滑油が存在する事により圧縮冷媒の漏洩抵抗が大で」と記載されている(甲3の(2)の1頁の「考案の詳細な説明」欄の右欄27〜29行)ところ,刊行物1発明Aにおいて「潤滑溝11」がピストン外周の側面や下面にあるとすると,潤滑油が重力で流出して溝を満たすことができず,冷媒の漏出を防止するという機能を果たせないことになるものと解される。すなわち,刊行物1発明Aにおいて「潤滑溝11」がピストンの鉛直方向頂部に一本だけ設けられているのは,発明の目的を果たすための必然的な配置であると考えるのが合理的である。
なお,原告は,刊行物1発明Aにおいて,ピストンの下部にも潤滑溝があるとするが,同発明に係る明細書及び図面にはピストンの下部にも潤滑溝が設けられているとは認められないし,そもそも,上記のとおり,刊行物1発明Aにおいてピストンの下部に潤滑溝を設けることは発明の奏する作用を阻害するものであると考えられるから,そのような潤滑溝は存在しないものと認めるのが相当である。
イ 取消事由3の(1)イについて 原告は,本件発明1におけるサイドフォースと刊行物2(甲3の(3))におけるピストン外周面に加わる局部面圧とは何ら変わらないから,本件審決がこれを同種のものといえないと認定したことは誤りであると主張する。
確かに,本件特許に係る明細書(甲2)には,「ピストン11はその往復動中に,圧縮反力や自身の慣性力に起因して,シリンダボア2aの内周面から反力(以下,サイドフォースという)を受ける。」(7頁13欄20〜22行)と記載されており,圧縮機のピストンがシリンダ内周面から受ける反力を「サイドフォース」としているのであるから,その意味では両者は共通しており,同種類の力といえる。
しかしながら,刊行物2(甲3の(3))に記載のピストン外周に加わる局部面圧は,スコッチヨーク式圧縮機においてピストンが受ける左右側面の反力に関するものであり,本件発明1における斜板式圧縮機の斜板の回転によってピストン外周に生じる反力とは応力の発生するメカニズムが全く異なり,これを同種のものということはできない。本件審決も,この2種類の圧縮機の構造の相違を踏まえた上で,両者の各ピストンにおける反力発生のメカニズムが同種のものとはいえないとしたものであり,これと異なる見解に立つ原告の主張は,採用することができない。
ウ 取消事由3の(1)ウについて 原告は,刊行物1発明Aにおいて,「潤滑溝11」は上方より供給される潤滑油を受け入れやすくしたものとも解されるとの本件審決の認定判断は,「潤滑溝11」はピストン外周面の上側と下側とにあることを無視して上側のみにあり,かつ,実願昭51-119874号マイクロフィルム(甲4)を参酌した場合にのみいえることであるが,スコッチヨーク式圧縮機における潤滑方法は上記マイクロフィルムに記載されたものに限られるわけではなく,米国特許第2102403号の明細書(甲5)に記載されている(甲5の訳文11頁3〜23行)ように,圧縮機の作動時において冷媒に混合された潤滑油をピストンの軸線方向に移動させて他の部分の潤滑に供することも知られているのであるから,上記マイクロフィルムのみを参酌して上記のとおり認定判断するのは,当を得たものではない旨主張する。
しかしながら,米国特許第2102403号の明細書(甲5)は,スコッチヨーク式圧縮冷凍機において,「ケーシング10」の底に貯留された「潤滑剤62」が「モーター16」によって吸い上げられて「モーター16」の「中心軸32」内の「通路75」内を上昇し,スコッチヨークの回転機構の潤滑を行い,また,潤滑油の一部は「ピストン49」及び「シリンダー51」との間の接触表面を潤滑するために「通路97」に流入していること,すなわち,ピストンとシリンダボアとの摺動部を含む装置内部の潤滑が,ケーシング内で潤滑油をモーターによって吸い上げて各所に供給する形式であることを開示しているものと認められる。
したがって,上記明細書に係るスコッチヨーク式圧縮機の潤滑方式は,冷媒中に潤滑油を混合して給油する本件発明1の方式とは全く異なるものであり,むしろ,前記1(2)に認定したところから明らかなとおり,特公昭37-7540号公報(乙1)や実願昭51-119874号マイクロフィルム(甲4)の開示する潤滑方式と共通するものである。
原告は,米国特許第2102403号の明細書(甲5)に「シリンダーボア50内で圧縮された冷媒ガスには,ピストン49とシリンダー51の周辺壁との間から漏れる傾向がある」(甲5の訳文11頁12〜13行)との記載があることをもって,上記明細書では,ブローバイガスによる潤滑が行われているかのごとく主張するが,上記の記載は,ピストンとシリンダの間から冷媒ガスが漏れ出すことの問題点を指摘しているだけで(上記記載に引き続いてその解決策も記載されている。),当該漏出ガスが直接クランク室の機器の潤滑に関与していることを示すものではない。
なお,「潤滑溝11」がピストン外周面の上側のみに設置されていることは,前記アに説示したとおりである。
原告の上記主張は採用することができない。
エ 取消事由3の(1)エについて 原告は,本件審決は,実願昭51-119874号マイクロフィルム(甲4)に記載された技術的事項を参酌すれば,潤滑溝に保持された潤滑油はシリンダボアとピストン間の耐摩耗性を向上するのであるから,刊行物2(甲3の(3))に記載されるような「スコッチヨーク式圧縮機」において,「水平方向に往復動するピストン2の外周面の左右側に局部面圧による摺動摩耗2b,2cが発生すること」の問題点の解決には,水平方向に往復動するピストン2の外周面の左右側に潤滑溝を設けることがよいとも解されると判断しているが,上記マイクロフィルムには,ピストンに設けられる細溝10は単に流化する潤滑油を貯留するためのものとして記載されているだけであり,上記マイクロフィルムの記載は,ピストンの面圧の作用する箇所に溝を配置するということを何ら教示するものではないし,また,そもそも,面圧の作用する箇所に溝を設けるということは,狭い面積で面圧を受けることとなり,摺動摩耗が増加することは明らかであって技術常識上採用されるはずのないものであるから,本件審決の上記判断は,技術常識に反する全く誤ったものである旨主張する。
しかしながら,上記マイクロフィルム(甲4)には,「従来はクランク軸ピン部7の先端よりピストン8の外径部に振り掛けられた潤滑油はピストン外周を伝わって下側に滴下してしまい,潤滑機能を充分に果たしているとは言えなかった。そこで第3図に示す如く,ピストン外径のスライドカン11側にピストン先端迄通じない適当な長さの細溝11(「細溝10」の誤記と認める。)を設けてこの溝に前記クランク軸先端7より飛散する潤滑油を貯えてシリンダボア内の給油を行うものである。」(4枚目16行〜5枚目4行),「本考案は,ピストン外径部に外径軸心と平行に油溝を設けてシリンダボアとピストン外径間の潤滑油の保持性を良くしてシリンダボアとピストン間の耐摩耗性の向上を図るものである。」(5枚目7〜10行)と記載されており,シリンダボアとピストン間の耐摩耗性の向上を図る手段として,ピストン外径に細溝を設けて潤滑油を貯える方法が開示されている。しかして,刊行物2(甲3の(3))記載の発明は,スコッチヨーク式圧縮機特有のピストン運動から生じるピストンの摩耗を防止することを目的とするものであるから,上記発明において,局部摩擦の発生するピストンの外周面の強度をアップさせて耐摩耗性の向上を図る方途に代えて,ピストンに設ける溝を局部面圧が作用するピストン外周面に形成することも一つの選択肢として考えられるところである。
原告は,面圧がかかる部分に油溝を設けることは狭い面積で面圧を受けることになり,摺動摩耗が増加するから技術常識上採用されるはずがないと主張する。確かに,応力の発生する面積の観点からは油溝があると局部面圧が上昇することは否定できないが,潤滑溝をどこに配置するかは,ピストンに加わる負荷,ピストンとシリンダボアとの摺動部分の潤滑をするには潤滑油の流れをどのように作ればよいか,冷却の必要性等,種々のファクターを考慮して決定されるべきであって,荷重がかかる位置には潤滑溝を設けることが技術常識に反すると断ずることはできない。実際にも,上記マイクロフィルム(甲4)及び特公昭37-7540号公報(乙1)には,スコッチヨーク式の圧縮機において,潤滑油が満たされる各溝は,いずれも,刊行物2(甲3の(3))において,局部面圧がかかるとされたピストンの部分にも形成されていることがうかがわれる。
原告の上記主張は採用することができない。
オ 結局,刊行物2において局部面圧が作用する部位を硬化処理している趣旨を考慮すれば,刊行物1における上下の潤滑溝はピストン外周面の局部面圧が作用しない箇所,すなわち,サイドフォースの作用しない箇所に潤滑溝を設置することを示しているとする原告の上記主張は,根拠を欠くものというべきである。
(3) さらに,原告は,本件審決は,当業者は刊行物3(甲3の(4))の記載から,集中押圧力FM1 がピストンの全周にわたって作用することまでは認められるが,ピストン外周のどの位置に最大の集中押圧力が発生するかということまでは,刊行物3に記載された発明では考慮されておらず,不明であるといわざるを得ない旨判断したが,刊行物3の別紙ト,チの記載事項及び図2,図3の記載を参酌すれば,集中押圧力がかかる点が本件発明1でいうところの12時と6時の位置であることが明らかであり,上記判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,刊行物3の別紙ト,チの記載事項によれば,刊行物3に記載の圧縮機の圧縮行程において,集中押圧力がピストンの6時の方向に作用することがあることと,サイドフォースの方向が斜板の回転に伴って変化することが示唆されているが,ピストン外周のどの位置に最大のサイドフォースが加わるかということまでは開示されていないというほかない。
また,原告は,本件審決は,上記集中押圧力の強さと位置との関係についての解析を行って最大集中押圧力の位置を求めることが,当業者に容易であるという根拠も特に認められないと判断したが,本件発明1におけるような斜板式圧縮機は本件出願時既に市販されていたのであるから,解析するまでもなく市販品を分解してみれば,ピストン外周面の摩耗の状況から集中押圧力が発生する位置はきわめて容易に知ることができるのであり,上記判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,本件発明1は,斜板式圧縮機のピストンの潤滑性能を向上させることを目的(課題)として,ピストン外周の長手方向に潤滑油を流す流路である溝を設けることを発案し,その溝を配置する最適な位置を決定するためにピストン周囲に作用する集中押圧力の大きさを解析したものである。すなわち,本件審決は,本件発明1が上記の新たな目的(課題)の認識のもとに押圧力の解析を行ったことを評価しているのであって,解析の手法の容易性を評価しているものではない。
さらに,原告は,本件発明1のピストンに係る集中押圧力の数値解析について,特開昭64-45976号公報(甲7)に開示された式から容易に計算することができるものとして,解析結果(甲8,9)を提示する。
しかしながら,上記公報(甲7)に記載の斜板式圧縮機のピストンは,両頭方式のものであって,本件発明1に係る斜板式圧縮機における片頭方式のピストンとは力学的な構造が相違しているから(特に両頭ピストンでは,動作ストローク両端で最大圧縮荷重を受ける。),上記公報に記載の集中押圧力の数値解析式を本件発明1にそのまま適用することはできず,また,上記公報では,圧縮力に関する考察だけが行われており,高速回転時の慣性力の影響については考慮されていない。
このように,基本的な力学構造が相違し,慣性力の影響も考慮されていない両頭式ピストンについての上記公報記載の集中押圧力の数値解析式から,本件特許に係る明細書において最大押圧力の算定の根拠となった数値解析を行うことは当業者といえども容易とは認めることはできない。
(4) 以上検討したところからすれば,相違点cに係る本件発明1の構成要件は,刊行物3に記載された発明及び刊行物1発明Aに基づいて,当業者が容易に想到することができたものということができないとした本件審決の判断を誤りということはできない。
4 取消事由4(作用効果に関する判断の誤り)について 前記1,3の認定判断に弁論の全趣旨を併せれば,本件審決の認定するとおり,本件発明1は,相違点a,b及びcに係る構成要件を備えたことにより,@斜板とピストンとの連結部等のクランク室内の各部位が良好に潤滑され,A溝の部分がシリンダボアに強く圧接されることが防止され,ピストン及びシリンダボアの摩耗や損傷がより確実に防止される,という本件特許に係る明細書(甲2)に記載された顕著な作用効果を奏するものであると認められる。
この点に関し,原告は,ピストンが下死点に移動したとき潤滑溝がクランク室内に露出してクランク室内の各部位を良好に潤滑することは,刊行物1発明Aにおいても奏する効果であり,上記@の効果を本件発明1の奏する格別顕著な効果ということはできず,また,刊行物1発明Aに係るピストンの潤滑溝の部分はその設置位置からシリンダボアに強く圧接されるものではないのであるから,上記Aの効果を格別顕著なものということはできない旨主張する。
しかしながら,刊行物1発明Aにおいて,ピストンに設けられた「潤滑溝11」がクランク室内の潤滑に寄与するものではないこと,刊行物1発明Aが,本件発明1のような斜板式圧縮機のピストンに設けられるべき溝の位置について,何ら示唆するものでもないことは前記1,3に認定したとおりであり,原告の上記主張は採用することができない。
5 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,本件審決に他にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
別紙刊行物1ないし3の記載事項(1)刊行物1(実公昭43-18930号公報。甲3の(2))には,以下の事項が記載されている。
イ「更に又他の例としてピストンの表面にて気筒内に位置する端面より螺旋状溝を設け,ピストンが上死点に位置する時に前記溝の他端が気筒内に位置する如く設けられる事により,ピストンの停止位置が上死点にない限り気筒内の圧縮された冷媒が前記溝を通じて徐々に放出されて冷媒圧力を低下せしめ,且運転時に於ては前記溝内に潤滑油の存在により圧縮冷媒の漏洩を防止せしめた構造も提案されている。」(1頁右欄4〜12行)ロ「又圧縮機の運転時に於てはピストンの潤滑溝内に潤滑油が存在する事により圧縮冷媒の漏洩抵抗が大で且環状溝及び潤滑溝内に存した冷媒は圧縮又は膨張を繰返す事なく,かくして圧縮機の起動時軽負荷とすると共に運転時の圧縮効率を低下しないものである。」(1頁右欄27〜32行)ハ「1は気筒,2はピストン,3,4は気筒1の端部に装着された弁板及び気筒頭部,5,6は弁板3の両側に夫々設けられた吸込弁及び吐出弁である。而して前記ピストン2はスコッチヨーク式ピストンを示すもので,端面を閉鎖した円筒状ピストン部7と同じく円筒状をなし上下対向面に透孔8,8を有したクロススライド部9を一体に鋳造形成している。10は前記ピストン部7の表面にて気筒1内に位置した端面より所定の間隔lを存して設けられた環状溝11は前記環状溝10より気筒1外に位置した端面に向つて延びる潤滑溝,12は前記潤滑溝11の気筒外側端部に位置しピストン部7の中子抜取用孔である。」(1頁右欄33行〜2頁左欄3行)ニ「而して第1図に示す如くピストン2が気筒1内にて圧縮時に停止した場合,気筒1内にある圧縮冷媒は矢印にて示す如く気筒1とピストン2との間隙を通じて所定の間隔lを徐々に漏洩し環状溝10に至り,該溝より潤滑溝11及び中子抜取用孔12よりピストン部7の円筒中空部13内に流出し,気筒1内の冷媒圧力が低下するものである又圧縮機の運転時には潤滑溝11内に潤滑油が適当な手段にて供給されるものであり,圧縮冷媒の漏洩抵抗を大ならしめて気筒内の圧縮冷媒を吐出弁6を通じて完全に吐出せしめるものである。」(2頁左欄4行〜右欄2行)(2)刊行物2(特開昭54-79807号公報。甲3の(3))には,以下の事項が記載されている。
ホ「・・・スコッチヨーク方式圧縮機構を採用した全密閉形電動圧縮機に於て,そのシリンダ及びピストン間に負荷するスコッチヨーク方式圧縮機構特有の局部面圧による摺動面摩耗対策として,その応力の集中する必要最小部を硬度アップし摩耗対策手段を講じたピストンを使用したことを特徴とする全密閉形電動圧縮機。」(特許請求の範囲第1項)ヘ「第2図に示す様な面圧の分布を示し,第3図に示す様な部分に摩耗が生じるのが例である。」(1頁右下欄18〜20行)(3)刊行物3(特開平5-302570号公報。甲3の(4))には,以下の事項が記載されている。
ト「さらに,従来の圧縮機として図7に示すように片頭ピストン36の首部36aに対し,斜板33の両面をシュー34を介して係留した片頭ピストン型斜板式圧縮機がある。(特開昭61-171886号公報)上記の圧縮機においては,斜板33が圧縮行程を開始する際,圧縮力F1とそれと直交する方向への分力F2とが作用したとき,片頭ピストン36は図7に示すように反時計周り方向へのモーメントMを受けることになる。このため片頭ピストン36の外周面と,シリンダボア31aの端部内周面との接触部P1において前記モーメントMにより集中押圧力FM1が作用することになる。このためシリンダボア31a内周面あるいはピストン36の外周面が早期に摩耗するという問題があった。又,片頭ピストン36の先端部外周面とシリンダボア31a内周面との接触部P2にも集中押圧力FM2が作用するので,この部分での摩耗も前記接触部P1側ほどではないが問題となる。」(2頁右欄5〜21行)チ「この片頭ピストン13による圧縮行程途中においては,図2に示すように片頭ピストン13の首部13aが斜板7の揺動によりシュー14を介して軸線方向の圧縮力F1を受けるとともに,それと直交する方向の分力F2を受ける。このため,片頭ピストン13はシリンダボア1a内で反時計周り方向へのモーメントMを受ける。このモーメントMにより片頭ピストン13の外周面13cが摺動リング18の内周面18aに局部的に押圧され,この押圧部に集中押圧力FM1が作用する。ところが,この押圧力FM1は弾性を有する摺動リング18の内周面18aにより支持されるので,押圧部における局部摩耗が抑制され,ピストン13の耐久性が向上する。」(3頁右欄29〜41行)リ「従って,この実施例においては圧縮行程において前述したモーメントMによりピストン13の先端部がシリンダボア1aの内周面に局部的に接触して集中押圧力FM2を受けた場合に,シリンダボア1a内周面及ピストン13の局部的な摩耗が抑制され,耐久性が向上する。」(4頁左欄4〜9行)
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青蜉]
裁判官 清水節