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関連審決 異議2001-71158
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成18行ケ10470審決取消請求事件 判例 特許
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平成13行ケ424特許取消決定取消請求事件 判例 特許
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関連ワード 発明者 /  創作性(創作) /  使用方法 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  一致点の認定 /  上位概念 /  下位概念 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  着想 /  参酌 /  数値限定 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 65号 特許取消決定取消請求事件
原告 東興建設株式会社
原告 有限会社シモダ技術研究所
両名訴訟代理人弁理士 柳田良徳
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 鈴木紀子
同 雨宮弘治
同 一色 由美子
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/10/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告ら (1) 特許庁が異議2001-71158号事件について平成13年12月11日にした決定を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告らは,発明の名称を「ダブルパッカー注入工法用グラウト材」とする特許第3100545号の特許(平成8年1月24日特許出願(以下「本件出願」という。),平成12年8月18日設定登録,以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。請求項の数は1である。)の特許権者である。
本件特許に対して特許異議の申立てがあり,特許庁は,これを異議2001-71158号事件として審理し,その結果,平成13年12月11日に「特許第3100545号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,平成14年1月9日にその謄本を原告らに送達した。
2 特許請求の範囲 「【請求項1】グラウト注入による地盤改良を行うダブルパッカー工法に用いる二次注入グラウトにおいて,微粒子スラグを主剤としてこれに配合1000l当たりの消石灰の配合量と水ガラス中のSiO2含有量が,(A)消石灰の配合量が8〜16Kgの範囲であること,(B)水ガラス中のSiO2含有量が23〜55Kgの範囲であること,(C)前記消石灰に対する前記水ガラスのSiO2含有量の比が4.5以下であることの各条件を満足する一液性グラウトで,ゲルタイムが30分以上であることを特徴とするダブルパッカー注入工法用グラウト材。」 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,特開平7-166163号(甲第3号証,以下,決定と同様に「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。),及び,島田,佐藤,多久共著「最先端技術の薬液注入工法」平成3年6月10日・理工図書株式会社発行・110-111頁(甲第4号証),岡田,六車編「改訂新版コンクリート工学ハンドブック」1985年6月1日 朝倉書店発行・122-125頁(甲第5号証),日本化学会編「改訂2版化学便覧 基礎編I」昭和55年8月20日・丸善株式会社発行・98頁(甲第6号証),「薬液注入工法の設計・施工指針」平成元年6月(社)日本薬液注入協会発行・8-9頁(甲第7号証,以下,決定と同様に「刊行物5」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に該当する,と判断した。
決定が,上記結論を導くに当たり,本件発明と引用発明との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「微粒子スラグを主剤とし,これに水ガラスと消石灰とが配合された地盤改良を行う一液性グラウトでゲル化時間が30分以上であるダブルパッカー注入工法用二次注入グラウト材」 相違点 「消石灰の配合量が,本件発明では配合 1000l当たり(A)8〜16Kgの範囲であると数値をもって特定されているのに対し,刊行物1のダブルパッカー工法用一液式二次注入用三成分系薬液では規定されていない点」(以下「相違点1」という。) 「水ガラス中のSiO2含有量(以下,「水ガラス由来のSiO 2含有量」という。)が,本件発明では配合 1000l当たり(A)23〜55Kgの範囲であると数値をもって特定されているのに対し,刊行物1のダブルパッカー工法用一液式二次注入用三成分系薬液では規定されていない点」(以下「相違点2」という。) 「消石灰に対する水ガラスのSiO2含有量の比(以下,「水ガラス由来のSiO2/消石灰比」という。)が本件発明では4.5以下であると数値をもって特定されているのに対し,刊行物1のダブルパッカー工法用一液式二次注入用三成分系薬液では規定されていない点」(以下「相違点3」という。)
原告ら主張の決定取消事由の要点
決定は,引用発明の認定を誤って,本件発明と引用発明との相違点を看過し(取消事由1ないし3),また,相違点1ないし3についての判断を誤ったものであり(取消事由4ないし7),これらの誤りが,それぞれ,結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(微粒子スラグを主剤とし水ガラスと消石灰とが配合されたグラウト材であることを一致点と認定した誤り) 決定は,本件発明と引用発明とが「微粒子スラグを主剤とし,これに水ガラスと消石灰とが配合された・・・グラウト材」(決定書11頁5段)である点で一致すると認定した。しかし,この認定は,誤りである。
(1) 本件発明は,微粒子スラグを主剤にし,微粒子スラグの水和反応を制御するために消石灰の配合量と水ガラス中のSiO2含有量とを,特許請求の範囲の(A),(B),(C)記載の条件に設定した一液性グラウトであり,スラグが硬化するゲルタイムを30分以上にすることができるダブルパッカー注入工法用グラウト材である。
刊行物1に記載されているのは,微粒子スラグを主剤にするものではなく,水ガラスを主剤にし,水ガラスのゲル化剤として,微粒子スラグ,セメント及び/又は石灰類を用いるグラウト材である。刊行物1の表6には,15,29ないし42において,水ガラスを一定の量(1000g中318g)にして,スラグ,セメント及び消石灰のうちの少なくともいずれかの量を変化させることにより,グラウト材のゲルタイム等の特性が変化する状態が記録されている。引用発明のグラウト材が水ガラスを主剤にするものであることは,この記載からも明らかである。
刊行物1には,本件出願時における従来技術と同様に,水ガラスを主剤にして,水ガラスのゲル化剤として微粒子スラグを用いる地盤注入用薬液に関し,水ガラスと微粒子スラグとを特定の範囲に数値限定すること,すなわち,「モル比が1.5〜2.8の範囲」(刊行物1の請求項1)にある水ガラス,「平均粒子径が10μm以下で比表面積が5000cm2/g以上」(同)の微粒子スラグの2成分,若しくはこれに「セメントおよび/または石灰類を含有させる」(同・請求項3)地盤注入用薬液についての記載があるだけであり,それ以外の記載はない。刊行物1には,本件発明におけるように,微粒子スラグを主剤にして,微粒子スラグの水和反応を制御するために消石灰と水ガラスとを用いる地盤注入用薬液については,これを明示する事項はもちろん,これを示唆する事項も一切記載されていない。
(2) 決定は,刊行物1に記載された表5,表6において,グラウト材中の微粒子スラグの含有量が,水ガラスからのSiO2含有量と同量もしくはそれ以上であることを根拠にして,「二成分系薬液,および,三成分系薬液のいずれにおいても微粒子スラグは主材であると解することができる」(決定書11頁16行〜18行)と認定した。しかし,この認定は,誤りである。
(ア) 引用発明において,微粒子スラグが主剤であるか否かは,単に量の比較をすることにより判断されるべきものでなく,微粒子スラグに対してゲル化剤としての水ガラスや消石灰がどのようにして調整機能を与えるかによって判断されるべきである。
グラウト材について表を記載する場合,主剤を表の左端に表示すると同時に,ゲル化剤としての働きを示すものをその右側に表示しながら,ゲル化剤が主剤に対してどのように反応するかによって,一液性グラウト材の硬化やゲルタイムにどのような調整機能を与えているかを表の右側に表示するのが一般的な表記方法である。刊行物1に記載された表5,表6においても,水ガラスを表の左端に表示しており,その量を一定の量(1000g中318g)にして,その右側に表示されたスラグ,セメント及び消石灰の量を変化させることにより,グラウト材のゲルタイム等の特性が変化する状態が記録されている。この表記方法からも,引用発明が,水ガラスを主剤にしていることは明らかである。このように,刊行物1には,水ガラスが主剤であるものは示されているものの,微粒子スラグが主剤であるものは全く示されていない。
(イ) 被告は,本件発明の「主剤」は,グラウト材中で量的に最多である成分を意味するのではなく,その作用,機能からみて,グラウト材の,ゲルタイムを長くし,かつ,固結強度を大きくする成分を意味する,として,引用発明の微粒子スラグは,長いゲルタイムを有し,かつ,浸透性,固結強度に優れたグラウト材を構成している成分であるから,本件発明の主剤である微粒子スラグに当たる,と主張する。
しかし,グラウト材における主剤は,社団法人日本薬液注入協会が発行している「薬液注入工法の設計・施工指針」(平成元年6月発行)(甲第15号証,以下「甲15文献」という。)における「用語の定義」の項において,「注入材の主な成分となる材料」と定義されており,業界においてもこの意味の語として定着しているものであり,被告の主剤についての上記主張は誤りである。刊行物1には,水ガラスを主剤とするグラウト材が開示されているだけであり,本件発明のように微粒子スラグを主剤とするグラウト材については,開示も示唆もないのである。
(3) 決定は,「本件発明で微粒子スラグの微粒度を特定していないことにより,本件発明の微粒子スラグはあらゆる粒度であり得るから,刊行物1に記載される微粒子スラグの平均粒子径および比表面積でもあり得る。したがって,本件発明と刊行物1に記載される微粒子スラグの平均粒子径および比表面積は重複するものであり,本件発明の微粒子スラグと刊行物1の微粒子スラグとには平均粒子径および比表面積の点に実質的に相違はない。」(決定書15頁5段),及び,「本件発明では水ガラスのモル比についても特定されていない。したがって,本件発明の水ガラスについてもあらゆるモル比のものであり得るから,刊行物1に記載される水ガラスのモル比でもあり得る。上記したように水ガラスのモル比について本件発明と刊行物1に記載される水ガラスのモル比とは重複するものであり,本件発明の水ガラスと刊行物1に記載される水ガラスとにはモル比の点に実質的に相違はない。」(決定書16頁2段)と認定判断した。
しかし,引用発明におけるAという構成と,本件発明におけるBという構成とを一致点として認定することができるのは,Bより広い概念のAが既に存在していて,これより狭い概念のBがAの後になって存在する場合だけである。狭い概念のAが公知の状態で既に存在していたとしても,広い概念のBは,公知のAに依存しない新規な概念に基づくことによって初めて構成できるものであるから,引用発明のAと本件発明のBとを一致点として認定することはできない。
決定は,微粒子スラグの微粒度を特定していない広い構成である本件発明の微粒子スラグと,平均粒子径及び比表面積を特定することにより狭い構成となっている引用発明の微粒子スラグとを一致点として認定している。決定は,モル比を特定していない広い構成である本件発明の水ガラスと,モル比を特定することにより狭い構成となっている引用発明の水ガラスとを,一致点として認定している。しかし,上記のとおり,これらを一致点として認定することはできない。
2 取消事由2(ダブルパッカー注入工法用グラウト材であることを一致点と認定した誤り) 決定は,刊行物1の「ゲル化時間を長く調整した一液式の本発明薬液をつくり,・・・あらかじめ地盤中にセメント系注入材を注入しておき,その後この注入個所に前記薬液を注入することにより行われる」(甲第3号証【0022】)との記載について,刊行物5に「一般に使用されている注入方式」として記載されている3種の注入方式を参考にして検討すると,刊行物1記載の上記注入方式は,「数秒〜数十秒の注入材を使用する二重管ストレーナー方式の単層型,複層型のいずれでもなく,数秒〜数十秒の注入材を使用しない二重管ダブルパッカー方式に相当する方式と考えられる。」(決定書9頁5行〜8行)と判断した上,これを前提に,「刊行物1の段落【0022】には二次注入グラウトという文言も記載されていないが,刊行物1の地盤注入用薬液の一液性でゲルタイムの長い薬液の注入方法は,ダブルパッカー注入方式であり,一液性でゲルタイムの長い薬液は二次注入用一液性グラウト材になることが刊行物1には記載されているものと認められる。」(決定書9頁5段)と認定した。
しかし,刊行物1には,その地盤注入用薬液をダブルパッカー工法に用いることは一切記載されていない。決定のこの認定は,誤りである。
刊行物1の「あらかじめ地盤中にセメント系注入材を注入しておき,その後この注入個所に前記薬液を注入する」との上記記載は,注入方式のことではなく,通常の注入作業において,注入工法を適用する前に地盤を一様にするための前処理として施工される,注入メカニズムについて述べたものであるから,この記載は,一般的にいうところの「複合注入」についての記載であると解するのが相当である。
パッカーの構成に大きな特徴のあるダブルパッカー工法では,注入外管と注入内管との関連において,セメントベントナイトを用いて一次注入をしながら,緩結型の注入材を用いた2次注入を1ショットで行うものである。刊行物1に,これらの具体的な文言が記載されていない限り,刊行物1の上記記載は,ダブルパッカー工法に関する記載ではない,と解すべきである。
業界における技術常識によると,ダブルパッカー工法あるいは二次注入グラウト材という文言を用いることなく記述されている場合には,注入工事の注入メカニズムとして実施される複合注入と解するのが妥当であり,決定が,地盤中にあらかじめセメント系注入材を注入するという記述をもって,ダブルパッカー工法における「注入方式」の一次注入であると解釈したことは明らかな誤りである。
3 取消事由3(ゲルタイムが30分以上のグラウト材であることを一致点と認定した誤り) 決定は,「ゲル化時間を30分以上とすることも刊行物1には記載されているものと認められる」(決定書10頁1段)と認定した。しかし,この認定は誤りである。
(1) 刊行物1の表6の実施36のデータは虚偽の記載であって信憑性に欠けるものであり,薬液としての実態を示すものではなく,引用発明のグラウト材のゲルタイムを認定する根拠とはなり得ない。
(ア) ゲルタイムとは,業界において,「グラウト材がB型粘度計により測定して100cpsになるまでの時間をいう。」と定義されている。刊行物1に記載された表6の36は,ゲルタイムが30分であるのに,その粘度は,開始から2分後の段階において75cpsと異常に高い粘性を示すとともに,20分後の段階において300cpsの粘性を示しており,水ガラス-微粒子スラグ-石灰系における浸透性薬液では考えられない異常に高い粘性を発揮している。この36の粘度の値が異常であることは,B型粘度計で測定した本件発明のグラウトなどの粘度と対比した甲第11号証を参照すれば明らかである。
被告は,ゲルタイムについての上記の定義は,一つの定義例にすぎない,刊行物1の表6の36のグラウト材のゲルタイムにつき,粘度100cpsになった時間とすることはできない,と主張する。しかし,被告は,刊行物1の表6の36のグラウト材のゲルタイムにつき,B型粘度計による計測方法以外のどの計測方法によって測定された場合に計測することが可能であるかを主張立証していない。このような主張立証をしないまま,上記36のグラウト材のゲルタイムを粘度100cpsになった時間とすることはできない,と断定して主張することは許されない。
(イ) 特開平8-295882号特許公報(甲第12号証,以下「甲12文献」という。)には,その【0044】(水ガラスと高炉スラグ微粉末とのホモゲルに関して,高炉スラグ微粉末の濃度を一定にした場合の水ガラスのモル比の変化がホモゲルのゲルタイムと強度にどのような影響を与えるかについての記載)及びその【図6】により,水ガラスのモル比を1.5及び2.0にしたホモゲルはゲル化しないことが示されている。このことは,これらホモゲルと同じモル比の水ガラスと高炉スラグ微粉末とのホモゲルである刊行物1の表6の36の実験結果が異常であって信憑性に欠けることを,実証するものでる。
(ウ) 刊行物1の表6の36のものと同程度のモル比の水ガラス及び平均粒子径,比表面積の微粒子スラグ,消石灰を同じ配合とした試料について実施した実験報告書(甲第20号証の1・2)によれば,そのグラウト材のB型粘度計法による粘度は,24時間経過後も粘度20であり,結局,ゲル化しなかったためにゲルタイムを測定することができなかったこと,また,スラグの硬化は認められていないことが記録されている。このように,上記36のものと同等の材料及び配合によるグラウト材では,30分というゲルタイムは存在し得ないものである。同表6の36に一軸圧縮強度として記載されている18.1Kgf/cm2も,予想し得ない値である。結局,同表6の36に記録されている数値は,すべて信憑性に欠けるという以外にないのである。
(2) 刊行物1の【請求項1】に規定する範囲のモル比の水ガラス及び平均粒子径,比表面積の微粒子スラグから構成される試料について実施した実験報告書(甲第13号証,甲第22号証,甲第23号証)によれば,そのグラウト材のゲルタイムを確認することができず,一軸圧縮強度も測定不能である。 引用発明は,これらの実験結果から検証すると,刊行物1の表6の36の数値を含めて,実施することが可能かどうかが極めて疑わしいものである。
4 取消事由4(相違点1についての判断の誤り) 決定は,相違点1について,「表6の実施36の地盤注入用薬液のゲル化時間が30分と短くなり,強度も向上していることからも,水ガラス-微粒子スラグ系の地盤注入用薬液に消石灰を配合することによりゲル化時間の短縮と強度の増強が図れることは明らかである。」(決定書12頁3段)と認定し,本件発明におけるグラウト材について「消石灰の配合量の調節をすることにより30分以上の所望のゲル化時間と所望の強度とを有するものを得ることを着想することは当業者が容易になし得たことと判断される。」(決定書12頁6段)と判断し,刊行物1の表6の36〜40の消石灰の配合量とそのゲルタイムを参考にして,消石灰の配合量を「8〜16Kg/1000lとすることも当業者が容易に推考し得た」(決定書13頁1段)と判断した。しかし,これらの認定判断は,誤りである。
刊行物1の表6の36の地盤注入用薬液のゲルタイムは,上述したように,信憑性のない異常な粘性を示しているものであるから,これを根拠とする決定の認定判断は,そもそも誤りである。
決定においては,本件発明の特許請求の範囲の(A)の構成により,30分以上の所望のゲルタイムと所望の強度とが得られることが,上記36の地盤注入用薬液から容易に想到し得るものであることの根拠が,何ら記載されていない。そもそも,刊行物1記載の上記36の地盤注入用薬液において,どのような技術思想によって30分以上の所望のゲルタイムと所望のスラグ強度とが得られたかが不明なのであるから,決定は,これを明確にした上で,消石灰の配合量を「8〜16Kg/1000l」の範囲に設定することが,その技術思想によれば,当業者にとって容易になし得たことであるゆえんを,明示すべきであったのである。
5 取消事由5(相違点2についての判断の誤り) 決定は,相違点2について,「刊行物1に記載される水ガラス由来のSiO2濃度である0.5〜20%という数値は,本件請求項1に(B)として特定される数値23〜55Kgを包含する。そして,刊行物1に記載される幅広の数値範囲である5Kg強〜200Kg強/1000lの中から,固結強度や浸透性を勘案しつつ最適数値範囲を検討し,23〜55Kg/1000lとすることも当業者が容易に推考し得たことと認められる。」(決定書13頁6段,7段)と認定判断した。しかし,この認定判断は,誤りである。
引用発明における水ガラス由来のSiO2濃度は,水ガラスを主剤にした水ガラス-スラグ-石灰系のグラウト材におけるものである。また,引用発明における水ガラス由来のSiO2濃度0.5〜20%という数値は,本件発明の構成要件である(B)として特定される数値23〜55Kgと比べ,幅が広く同一ではない。
決定は,水ガラスを主剤とした引用発明の構成から,本件発明のように微粒子スラグを主剤として水ガラスと消石灰とを配合して地盤改良を行う一液性グラウトに,なぜ想到することができるかについて,その根拠を論述していない。
6 取消事由6(相違点3についての判断の誤り) 決定は,相違点3について,刊行物1には,「水ガラス-スラグ-石灰系で,水ガラスと石灰とは反応が早くゲル化に密接に関係している旨のことが開示されているので,ゲル化時間を調節する要素としてゲル化時間の短縮に密接に関与する相互に反応する成分である水ガラスと石灰との濃度比を規定してみることも当業者が容易に着想し得たことである」(決定書14頁2段)と判断し,「「水ガラス由来のSiO2/消石灰比」を,・・・表6の実施36の値の3.2・・・を参考に,4.5以下と決めることも当業者が容易に推考し得たことと認められる。」(決定書14頁3段)と判断した。しかし,これらの判断は,誤りである。
上述したように,刊行物1の表6の36に記載された地盤注入用薬液の数値自体に信憑性がない。
上記36における消石灰に対する水ガラスのSiO2含有量の比も3.2であり,本件発明における,消石灰に対する水ガラスのSiO2含有量の比4.5以下であることと同一ではない。
当業者が,一液性グラウトにおいて,スラグが硬化して得られる固結強度や浸透性を勘案しつつ,水ガラス由来のSiO2と消石灰との比率の最適数値範囲を検討しながら,これを4.5以下と決めることは,地盤注入用薬液において消石灰に対する水ガラスのSiO2含有量の比率がどのように固結強度等に影響するかが明確にされた上で,その論拠に則って具体的な範囲を決められるものである。決定は,そのよって来る論拠を明らかにしないままに上記の判断を下している。
7 取消事由7(相違点1ないし3相互の関連性についての判断の遺脱) 決定は,相違点1ないし3の相互の関連性について論じていない。
本件発明は,微粒子スラグを主剤にして,微粒子スラグの水和反応を制御するために,配合1000l当たりの消石灰の配合量と水ガラス中のSiO2含有量とを,特許請求の範囲の(A),(B),(C)に記載した構成に設定する一液性グラウトであり,これによってゲルタイムを30分以上にすることができるというものである。
決定は,本件発明の特許請求の範囲の(A),(B),(C)の各構成に関する相違点1ないし3につき,それぞれ別個,独立のものとして判断している。しかし,本来は,上記(A),(B),(C)の各構成を相互に関連付けながら,各構成相互の技術的機能を考慮して,相違点1ないし3を全体として評価し,それらに係る本件発明の構成の全体として容易想到性を判断すべきである。決定は,相違点1ないし3の各相違点に係る本件発明の構成について個別に当業者が容易に推考し得たとするのみで,相違点1ないし3に係る本件発明の構成全体,すなわち,特許請求の範囲の(A),(B),(C)の構成全体の容易想到性について判断をしていない。重大な判断遺脱というべきである。
被告の反論の骨子
決定の認定判断はいずれも正当であって,決定を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(微粒子スラグを主剤とし水ガラスと消石灰とが配合されたグラウト材であることを一致点と認定した誤り)について (1) 本件出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)には,本件発明における「主剤」という文言の意味を一義的に明確にする記載はない。
本件明細書の発明の詳細な説明参酌すると,本件発明において,「主剤」の語は,量的な側面に着目して,グラウト材中で量的に最多量である成分を意味するものとして用いられているのではなく,作用及び機能に着目して,グラウト材のゲルタイムを長くし,かつ,固結強度を大きくする成分を意味するものとして用いられている,と解すべきである。
一方,刊行物1に記載されている薬液は,全体としてみれば,広範囲にわたるゲルタイムに調整された薬液であり,当該薬液中には,長いゲルタイムを有し,しかも,浸透性に優れ,固結強度も向上した薬液も含まれている。
引用発明の微粒子スラグは,水ガラスに対して多量に使用する場合も少量しか使用しない場合もあるものの,作用及び機能からみて,長いゲルタイムを有し,かつ,浸透性,固結強度に優れたグラウト材中においては,本件発明の微粒子スラグと同様の作用及び機能を有するものである。その意味において,引用発明の微粒子スラグは,本件発明における主剤に当たるということができる。
決定は,本件発明の「主剤」という意味を,上記のとおりであると解して,刊行物1の微粒子スラグ含有量と水ガラスからのSiO2含有量を比較するだけでなく,長いゲルタイムを確保し固結強度をも向上させる点が担保されていることを確認して,主剤を認定したものであって,単純に両者の量の多寡をもって判断したものでない。
(2) 原告らは,引用発明のモル比の特定された水ガラスや比表面積及び平均粒子径で特定された微粒子スラグと,これらの特定のない本件発明の水ガラスや微粒子スラグとを一致点と認定した決定は誤りである,と主張している。
しかし,本件発明の水ガラス及び微粒子スラグは,刊行物1で特定されている水ガラスや微粒子スラグを排除していない。また,本件発明では特定していないものの,本件明細書中に「好ましい」として記載されている微粒子スラグの比表面積や水ガラスのモル比の数値範囲が,引用発明で特定されている数値範囲と重複する部分を包含し,この部分で一致している。そうである以上,本件発明と引用発明とは,特定の範囲の水ガラスと微粒子スラグを含有するという点で一致していることが明らかであり,この点に関する決定の一致点の認定に誤りはない。
2 取消事由2(ダブルパッカー注入工法用グラウト材であることを一致点と認定した誤り)について 本件発明における「ダブルパッカー注入工法」は,「薬液注入工法の調査・設計から施工まで」(社団法人・土質工学会 昭和60年2月発行,乙第2号証,以下「乙2文献」という。)に記載されている「二重管ダブルパッカー注入方式」と同義であり,刊行物5の「表1-3 一般に使用されている注入方式」,あるいは,乙2文献の「表-5.1 注入方式の種類」からみて,注入工法の代表的なものである。
刊行物1の段落【0022】ないし【0028】に記載されている各種注入工法は,注入工法の代表的なもののいずれかであると解するのが自然である。
したがって,刊行物1の段落【0022】に記載された地盤注入用薬液につき,ゲルタイムを長く調整されたもので,一液式(1ショット)であることから,前述の刊行物5の「表1-3」や乙2文献の「表-5.1」の一般的な注入方式と照らし合わせて,二重管ダブルパッカー工法すなわちダブルパッカー工法であると解することに,何ら誤りはない。
3 取消事由3(ゲルタイムが30分以上のグラウト材であることを一致点と認定した誤り)について 原告らは,刊行物1の表6の36に記載されたグラウト材のゲルタイムについて,B型粘度計による測定方法が一般的であることを前提として,その数値が異常である,と主張する。
しかし,ゲルタイムには明確な定義はなく(乙第5号証113頁末7行〜114頁2行),原告らが主張する「B型粘度計による測定方法において100cpsになった時点をいう。」との定義は,ゲルタイムの一定義例にすぎない。
しかも,懸濁型粒子を含むグラウト材について,B型粘度計によって得られた値はそれほど意味をもたないものである(乙第2号証158頁末9行〜159頁1行)ことからすれば,引用発明のグラウト材のゲルタイムをB型粘度計を使用する方法で測定することは適当でない。
原告らは,甲第20号証の1・2の実験報告書を提出して,刊行物1の表6の36のグラウト材についての数値は異常な値であり,虚偽の数値である,と主張する。
しかし,甲第20号証の1・2の実験報告書の性能試験に供されたスラグ系グラウト材を調製するために用いられた個々の材料についてみると,同性能試験において使用された水ガラスのモル比は試験報告者が試験し確認した数値ではない。
また,甲第20号証の2の実験報告書の性能試験については,微粒子スラグ,消石灰の比表面積が不明である。
2種類の異なる測定法により得られたゲルタイムの数値を相互に比較して,刊行物1の表6の36の数値の信憑性を論ずることはできない。供試体を作製した試料の砂とそれ以外の成分との配合比が同じか否か不明なものにつき,一軸圧縮強度の数値を相互に比較して同36の数値の信憑性を論ずることもできない。
このように,甲第20号証の1・2のスラグ系グラウト材は,刊行物1の表6の36の地盤注入用薬液の性能試験を追試したものではないから,同号証をもって,刊行物1の表6の36の信憑性を判断することはできず,まして,刊行物1に記載される全測定値の信憑性を判断することはできない。
原告らは,甲第13号証,甲第22号証,甲第23号証の各実験報告書によれば,刊行物1の【請求項1】の範囲のモル比の水ガラス及び平均粒子径,比表面積の微粒子スラグから構成されるグラウト材においてはゲルタイムを確認することができず,一軸圧縮強度も測定不能であるから,刊行物1に記載された発明は,同表6の36のものも含め,すべてその成立性が疑わしい,と主張する。
しかし,これらの実験報告書のグラウト材の配合は,水ガラスとスラグの2成分から成るもので,刊行物1の表6の36のものとは消石灰を含有しない点でその構成成分が異なる。したがって,これらの実験報告書をもって,上記36のグラウト材についての数値に信憑性がないとすることはできない。また,これらの実験報告書におけるゲルタイムは,B型粘度計で測った粘度が100mPa・s(cpsに同じ)になった時間であり,刊行物1における実験と,ゲルタイムの測定方法が異なるものであるから,これらの報告書の測定結果をもって,引用発明のゲルタイムが疑わしいとすることはできない。したがって,刊行物1に記載されたグラウト材についての数値は信憑性がない,という原告らの主張には,根拠がない。スラグは,難溶性アルカリ剤や水ガラスの刺激により硬化が促進され,最終的には硬化するものである(乙第1号証29頁(2))から,刊行物1に記載された微粒子スラグと水ガラスから成るグラウト材が固結することに疑義はない。
4 取消事由4(相違点1についての判断の誤り)について 原告らは,刊行物1の表6の36のグラウト材についての実験結果の数値に信憑性がないとした上で,本件発明におけるように,消石灰の配合量を「8〜16Kg/1000l」の範囲に設定することが,上記36の地盤注入用薬液に内在しているどのような技術思想に基づいて思考されるかについての論拠が不明である,と主張している。
しかし,前述のとおり,上記36の実験結果は信憑性のないものではない。
また,相違点1に係る本件発明の構成を当業者が容易に創意し得たものであると認める論拠は,決定に記載されたとおりである(決定書12頁6行〜13頁3行)。要するに,ゲルタイム30分以上のグラウト材を得るという課題解決のために,消石灰の量を調整することは,刊行物1に石灰がゲルタイムを短縮すると記載されていることから,当業者が容易に着想し得ることであり,消石灰の配合量を数値をもって特定することは当業者が適宜できる設計的事項である,ということである。
決定における相違点1の判断に誤りはない。
5 取消事由5(相違点2についての判断の誤り)について 原告らは,引用発明は特定された水ガラスを主剤とするグラウト材である,として,これを前提に,決定は,その水ガラス中のSiO2濃度を,本件発明のように微粒子スラグを主剤として水ガラスと消石灰とを配合したグラウト材になぜ適用できるのか論述していない,と主張する。
しかしながら,前述のとおり,刊行物1には,微粒子スラグを主剤とし,これに水ガラスと消石灰とが配合されたグラウト材が記載されている。刊行物1に記載されている水ガラス由来のSiO2濃度を考慮して本件発明の水ガラス由来のSiO2濃度を特定することは容易である,とする決定の判断に誤りはないことは明らかである。
6 取消事由6(相違点3についての判断の誤り)について 原告らは,引用発明の地盤注入用薬液は水ガラスが主剤であること,刊行物1の表6の36の実験結果が信憑性のないものであることを前提とした上で,決定においては,上記36の実験結果から算出される3.2という水ガラス由来のSiO2と消石灰との比を,相違点3の判断の論拠とする論拠が明確にされていない,と主張する。
しかしながら,刊行物1に,水ガラスと石灰とは反応が速くゲル化に密接に関係していることが記載されている以上,ゲルタイムを30分以上とするために,上記反応に関係する両成分の配合比を特定してみることは当業者が容易に着想し得ることであり,特定に当たり,ゲルタイムが30分である上記36の比(3.2)を参考にし,併せて,両成分のゲル化反応の化学量論的な比(60/74)をも参考にして数値を4.5以下と特定することは当業者が容易に着想し得ることである。
決定における相違点3の判断に誤りはない。
7 取消事由7(相違点1ないし3相互の関連性についての判断の遺脱)について 原告らは,本件発明の構成(A),(B),(C)について個別に当業者が容易に推考し得たとするのみで,(A),(B),(C)のすべての構成を同時に想到し得るかどうかについて判断していない,と主張している。
しかし,相違点1ないし3について当業者が容易に想到し得るものであることは前述したとおりである。決定は,そのような好ましい特定事項を組み合わせて,全体としてより好ましい効果を実現しようとすることは,当業者が通常行うことであって,相違点1ないし3に係る事項を組み合わせることにつき,特段の阻害要因も見当たらないから,相違点1ないし3に係る特定事項を組み合わせることは当業者が容易になし得ることであり,その効果も予測し得るものである,と判断したものである。
刊行物1に,「微粒子スラグを主剤とし,これに,水ガラスと消石灰とを配合した地盤注入用薬液の,水ガラス量と消石灰量及びそれらの比率を調整することで,水ガラスと消石灰との素早い反応に起因する粘性(浸透性)やゲルタイムを所望のものとし,かつ,長期的にはスラグの潜在水硬性に起因する硬化反応も加わって固結強度の優れた地盤注入用薬液にすることができ,ゲルタイムが数十分という長さの緩結型のものは,ダブルパッカー注入工法用の一液性の二次注入グラウト材とすることができる」という技術思想が記載されていることは,既に述べたところから明らかである。この技術思想の下で,目的に適う地盤注入用薬液を得るために,水ガラス量,消石灰量,それらの比率を数値化してみることは,当業者が容易に着想し得ることである。そして,刊行物1に数値範囲が記載されている「水ガラス由来のSiO2量」を参考とし,「消石灰の量」,「水ガラス由来のSiO 2/消石灰比」については,ゲルタイムが30分である実施例で設定している数値を参考に,本件発明の特許請求の範囲の(A),(B),(C)として特定されている数値範囲にしてみることも,当業者が容易にできる数値の最適化であって,容易に想到し得るものである。しかも,本件発明においては,その特許請求の範囲に(A),(B),(C)として特定されている数値範囲にしてみることにより,予測し得ない効果が奏されているものでもない。
本件発明は当業者が容易に想到し得たものであるとした決定には,判断の遺脱も誤りもない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(微粒子スラグを主剤とし水ガラスと消石灰とが配合されたグラウト材であることを一致点と認定した誤り)について 原告らは,決定は,本件発明と引用発明とが「「微粒子スラグを主剤とし,これに水ガラスと消石灰とが配合された・・・グラウト材」・・・である点で一致する」(決定書11頁5段)とした認定が誤りである,と主張する。
(1) 本件発明は,その特許請求の範囲の記載から明らかなとおり,微粒子スラグ,消石灰及び水ガラスを含むグラウト材(以下「本件三成分系グラウト」という。)に関するものであって,「微粒子スラグを主剤」とするものである。ただし,本件明細書には,特許請求の範囲にも,発明の詳細な説明にも,「主剤」についての定義はない。
甲15文献の「用語の定義」の項においては,「注入」は,「地盤の透水性の減少,地盤の強化あるいは,地盤の変形防止等を図る目的で,いわゆる注入材を地盤の中に細い管を用いて圧入することを「注入」という。」と定義され,「主剤」は,「注入材の主な成分となる材料をいう。」と,「反応剤」は,「薬液中の主剤と反応して固結体を生成する材料をいう。硬化剤,助剤,及び添加剤等を含む。」とそれぞれ定義されている(同3頁)。しかし,「主剤」の定義における上記「主な成分となる材料」がどのようなものであるかについては,記載されてはいない。
「注入材」は「地盤注入剤」又は「グラウト材」と同義であり,「地盤注入剤」は「薬液」と「非薬液」とに大別される(甲第16号証105頁表2・1,第17号証9頁表2.1,甲第18号証1頁表一1)。そして,上記甲15文献の「用語の定義」の項において,「薬液」は,「一定の時間に固結させる目的で,主たる 材料 として化学材料を用いる注入材をいう。」と,また,「反応剤」は,「薬液中の主剤と反応して固結体を生成する材料をいう。硬化剤,助剤,及び添加剤等を含む。」とそれぞれ定義されている(甲第15号証3頁,下線付加)。
以上の各定義からすれば,「注入材」の語は,地盤に注入されると固結体を生成するものであって,薬液であれ,非薬液であれ,注入材から生成する固結体によって地盤注入の目的である地盤の透水性の減少,地盤の強化あるいは地盤の変形防止等が達成されるものを意味する,と認められる。注入材のこのような作用からすれば,注入材の「主剤」すなわち「主な成分となる材料」とは,「固結体を構成する主な材料」のことである,ということができる。
しかしながら,「主剤」の語をこのように理解するとしても,その意味は依然として不明確のままである。「主な材料」が「従たる材料」との対比においてのみ意味を有し得る語であることは,論ずるまでもないところであり,複数のものの中で何が主であり何が従であるかは,主従を決めるための基準が与えられない限り,決めようのない事柄であることが明らかであるからである。
このようにみてくると,本件発明における「主剤」の語は,発明の対象であるグラウト材を構成する必須の要素であるということ(存在しない限り,主にも従にもなり得ないから,「主剤」である以上,常に存在することは明らかである。)を意味するのを別にすれば,発明者が,何らかの観点から,最も重要な要素として着目したものであることを意味するだけで,発明を客観的に特定する上では無意味な文言である,と理解するのが最も合理的な解釈であるというべきである。
もっとも,グラウト材に含有されるある剤が,量的にみてあまりに少ないとき,これに対して「主剤」という語を用いることには,日本語の用法として不自然な面があることは否定し難いから,このような場合を除外する意味をこの語に持たせることは,可能というべきであろう。また,技術的にみて,発明者が最も重要な要素として着目することがおよそ考えられないようなものがあるとすれば,これを「主剤」とすることもできないことになるであろう(この点は,本件では問題にならないことが明らかである。)。
本件明細書の記載全体を中心に本件全資料を検討しても,本件発明における「主剤」についての上記理解を妨げるものを見いだすことはできない。
(2) 引用発明は,水ガラスとスラグ,あるいは,さらにこれらに加えてセメント及び/又は石灰類を含む地盤注入薬液に関するものである。
引用発明の固結体について,刊行物1には,「スラグ,セメントおよび石灰類は水ガラスのゲル化,粘性および固結強度のそれぞれ調整に役立つ・・・,適量の水ガラスのアルカリ分を,刺激剤として,スラグの大きなシリカ分と,水ガラスの小さなシリカ分と,カルシウムとが結合し,密度の大きい強固な複合シリカカルシウムのゲル化を形成する。換言すれば,スラグに起因する大きなシリカのネットの空間に水ガラスに起因する小さなシリカが填充しこれらをカルシウムが連結して固結し,密な硬化物を形成する。」(甲第3号証【0035】〜【0036】)と記載されている。
刊行物1の上記記載によれば,引用発明の水ガラス,スラグ及び石灰類の本件三成分系グラウトから生成する固結体は,スラグに起因する大きなシリカのネットの空間に水ガラスに起因する小さなシリカが填充しこれらをカルシウムが連結して固結した密な構造のものである。
引用発明の三成分系のグラウト材から生成するこのような構造の固結体は,スラグ,水ガラス,及び,セメント及び又は石灰類から形成されるものであり,引用発明における固結体を構成する材料は,スラグ及び水ガラス,あるいは,スラグ,水ガラス及びセメント及び又は石灰類であるということができる。
もっとも,固結体を構成する材料であっても,余りに微量であるとき,これを固結体を構成する「主な成分となる材料」ということに問題があることは前述のとおりであるから,引用発明の注入材におけるこれらの成分の配合割合について確認する必要がある。
刊行物1は,上記のとおり,水ガラス及びスラグを含む二成分系のグラウト材,あるいは,これにさらにセメント及び/又は石灰類を含む三成分系のグラウト材に関するものである。各成分の配合割合は 水ガラス,スラグ及び石灰類を含む三成分系のグラウト材においては,具体的には,水ガラスはSiO2として1.5〜20重量%と記載されている(甲第3号証・請求項7)。これをKg/1000lの単位に換算すると,18〜240Kg/1000lとなる(判決注・グラウト材の比重は,後記のとおり約1.2であると認められることから,これを基にして計算した値である。以下同じ。)。スラグは50〜350g/1000gであるから(甲第3号証表5,表6),これをKg/1000lの単位に換算すると,60〜420Kg/1000lとなる。消石灰は25〜45g/1000gであるから(同表6),これを同様に換算すると,30〜54Kg/1000lとなる。また,刊行物1に記載されている石灰類を含む三成分系のグラウト材の実施例においても,水ガラスはSiO2として80g/1000gであるから(同表636〜42,表1の4),これを前同様に換算すると,96Kg/1000lとなり,スラグは100g又は80g/1000g(同表636〜42)であるから,これを同様に換算すると,120Kg又は96Kg/1000lとなる。
以上からすれば,引用発明の上記三成分系のグラウト材において,重量の観点からみて,スラグは水ガラスと同程度含まれ,決して「主剤」ということの妨げとなるほどに少量ではない,ということができる。この意味で,引用発明の水ガラス,スラグ及び石灰類の三成分系のグラウト材において,スラグは,「固結体を構成する主な材料」であり,「主剤」と呼んで差し支えないものであるということができる。そして,引用発明が,石灰類として消石灰が用いられる三成分のグラウト材であることは,刊行物1の表5,6の記載から明らかであるから,引用発明は,本件発明と同じ水ガラス,スラグ及び消石灰を含む三成分の薬液であり,その薬液において,スラグは「主剤」であるといって差し支えないと認められる。
(上記のグラウト材の比重は,刊行物1の表6の36(グラウト材1000g当たり水ガラス318g,スラグ100g,消石灰25g,水575g,計1018g)のグラウト材について,求めた値である。
@ それぞれの成分の比重は,次のとおりである。
水ガラス:1.6 (水ガラスは,表1の4のとおり,SiO225.17%,Na 2O17.11%であるから,これを基にして,甲第4号証111頁の図2.2から読み取った比重52.5ボーメを,同頁下から3行の式により,比重(SG)に換算したものである。) スラグ:2.9(甲第10,第20,第22号証のデータ) 消石灰:2.2(同上) 水 :1.0 A @から,それぞれの体積は, 水ガラス:199cm3 (318g/1.6) スラグ :34cm3 (100g/2.9) 消石灰 :11cm3 (25g/2.2) 水 :575cm3 計 :819cm3 となる。
B グラウト材の重量1018gをこれらを混合した体積の合計量819cm3で割ると,グラウト材全体の比重は,約1.2となる。) (3) 原告らは, 刊行物1の表6には,15,29ないし42において,水ガラスを一定の量(1000g中318g)にして,スラグ,セメント及び消石灰の量を変化させることにより,グラウト材のゲルタイム等の特性が変化する状態が記録されているものであり,引用発明のグラウト材が水ガラスを主剤にしていることは,この記載から明らかである,と主張する。
しかし,刊行物1の表6に記載された水ガラスとスラグの量については,上記認定のとおりであり,量的にみても,水ガラスに比べてスラグの量がわずかであるということができないことは明らかであるから,単に水ガラスの量が一定の量であることのみを理由として,引用発明においては,水ガラスが主剤であり,スラグが主剤ではない,ということができないことは明らかである。
なお,本件発明における「主剤」の意義について前に述べたころによれば,引用発明の三成分系のグラウトにおいては,「主剤」といい得るのは,スラグに限られない。水ガラスを「主剤」ということも十分に可能である。このように,引用発明においては,スラグも水ガラスもいずれも主剤といい得るのであるから,引用発明がスラグを主剤とするグラウト材であるとした決定の認定に誤りはない。
原告らは,グラウト材の成分とそのゲルタイムなどの特性を示す表において,「主剤」を左端に記載すること,「主剤」の量を一定にしてその他の成分を変化させたときの特性を記載することが技術常識である,刊行物1に記載された表5,表6においても,水ガラスを表の左端に表示し,その量を一定の量としているから,水ガラスが主剤である,と主張する。
しかし,そもそも,本件発明において,「主剤の有する意義は前述のとおりであり,発明者が,何らかの意味で重要であると考えて,それを中心にグラウト材を把握しようとしていることを示すだけのものであって,グラウト材の構成そのものの客観的把握の上ではほとんど無意味なものであることからすれば,原告らの主張は,主張自体として失当であるというべきである。
のみならず,仮に,何らかの方法で「主剤」が特定されたとしても,グラウト材の成分とそのゲルタイムなどの特性を示す表において,その「主剤」を左端に記載すること,「主剤」の量を一定にしてその他の成分を変化させたときの特性を記載することが技術常識であることは,本件全証拠によっても認めることができない(例えば,本件出願の先願の公開公報である甲12文献には,本件三成分系グラウトに関する記載があるものの,その【図1】ないし【図5】の表の左端には「主剤」である水ガラスではない「CH」(消石灰)が記載されている。)。また,表において,配合割合を一定とされる成分は,表により,表現しようとすること,あるいは,着目されるものにより異なるはずであり,「主剤」に限られるものではないことも明らかである。
(4) 原告らは,決定が,微粒子スラグの微粒度を特定していない広い構成である本件発明の微粒子スラグと,平均粒子径及び比表面積を特定することにより狭い構成となっている引用発明の微粒子スラグとを一致点として認定していること,モル比を特定していない広い構成である本件発明の水ガラスと,モル比を特定することにより狭い構成となっている引用発明の水ガラスとを,一致点として認定していることは,いずれも誤りである,と主張する。
しかし,限定が付されていない上位概念のものは,特定の限定が付された下位概念のものを包含するものであるから,決定が,引用発明の特定のモル比の水ガラスと微粒度を限定した微粒子スラグ及び消石灰の三成分を含むグラウト材と,その上位概念である水ガラスと微粒子スラグ及び消石灰の三成分を含むグラウト材である本件発明とを対比し,「微粒子スラグ」,「水ガラス」及び「消石灰」とが配合されたグラウト材であることを一致点と認定したこと(決定書11頁5段参照)に,何ら誤りはない。
(5) 以上のとおり,刊行物1には水ガラス,スラグ及び消石灰を含む本件三成分系グラウトが記載されていると認められ,引用発明におけるスラグは,本件発明において,「主剤」の有する意義に照らして,「主剤」に当たるといって差し支えないことは上記認定のとおりであるから,決定が,引用発明の三成分系薬液(グラウト材)において微粒子スラグを主剤であると認定し,本件発明と引用発明とが「微粒子スラグを主剤とし,これに水ガラスと消石灰とが配合された・・・グラウト」(決定書11頁5段)において一致すると認定したことに誤りはない。
2 取消事由2(ダブルパッカー注入工法用グラウト材であることを一致点と認定した誤り)について 原告らは,刊行物1の段落【0022】に記載される,ゲルタイムを長く調整した一液式の薬液を注入する方法の一つを,「二重管ダブルパッカー方式に相当する方式と考えられる」(決定書9頁7行〜8行)とする決定の認定を争い,決定が,「刊行物1の地盤注入用薬液の一液性でゲルタイムの長い薬液の注入方法は,ダブルパッカー注入方式であり,一液性でゲルタイムの長い薬液は二次注入用一液性グラウト材になることが刊行物1には記載されているものと認められる。」(決定書9頁5段落)とした認定は誤りである,と主張する。
刊行物1の段落【0022】には,「上述の本発明注入用薬液は注入に当たって,例えば,ゲル化時間を長く調整した一液式の本発明薬液をつくり,これをそのまま地盤中に注入することにより行われ,あるいは,あらかじめ地盤中にセメント系注入材を注入しておき,その後この注入個所に前記薬液を注入することにより行われる。」(甲第3号証)と記載されている。 決定は,刊行物1の段落【0022】に記載された,「ゲル化時間を長く調整した一液式の本発明薬液」を「そのまま地盤中に注入する」方法,及び,「あらかじめ地盤中にセメント系注入材を注入しておき,その後この注入個所に前記薬液を注入する」方法という二つの方法のうちの後者を,刊行物5に「一般的に使用されている注入方式」として記載された注入工法(この中に「二重管ダブルパッカー方式」も入っている。)のいずれかに該当するものであるとの前提の下に,そこに記載された注入工法に当てはめるべくゲルタイム及び混合方式を検討し,引用発明の方法は「二重管ダブルパッカー方式に相当する方式」であると認定した。
本件発明の「ダブルパッカー注入工法」は,刊行物5に記載された「二重管ダブルパッカー注入方式」に相当し,その「二重管ダブルパッカー注入方式」が乙2文献の「5.2.3 注入管形態による分類」において「表-5.1」(乙第2号証96頁)に記載された「二重管ダブルパッカー」(ゲル化時間「緩結(数10分),注入材の混合方式「1ショット」)であって,その「5.5 二重管ダブルパッカー注入方式」の項の図-5.7に図示された施工順序でダブルパッカーとよばれる2段のパッカーを取り付けた注入内管により緩結(数10分)注入材を1ショットで注入する」ものであり,「あらかじめ粗詰め用のセメントベントナイト(・・・)を用いて注入を行い,地盤を浸透注入に適した状態になるように1次処理をしたのち,緩結型の注入材を用い,1ショットで本注入(2次注入)を行うことを基本にしている。」(同100頁22行〜25行)ものであることは,明らかである。
そして,刊行物1の段落【0022】に記載された注入方法は,あらかじめ地盤中にセメント系注入材を注入しておき,その後,ゲル化時間を長く調整した一液式の薬液をこの注入箇所に注入することによって行われる注入方法であり,その本注入(二次注入)のための緩結型のグラウト材として刊行物1記載のゲル化時間を長く調整した一液式の薬液を採用するものである。この方法が,ゲルタイムを長く調整したもので,一液式であることからすれば,二重管ダブルパッカー工法は,少なくともその一つに当たる,ということができる(乙第2号証)。
このように,刊行物1の段落【0022】に記載された後者の方法を採用する注入方式の一つが二重管ダブルパッカー注入方式であるとしても,この後者の方法には,二重管ダブルパッカー注入方式以外の方式も該当する可能性は否定することができない。すなわち,刊行物5と同じく注入方式を注入管の形態により分類した乙2文献の「表5-1 注入方式の種類」(96頁)には,6種類の注入方式が挙げられ,しかもこれらのものについて「現在使用されている各種の注入方式は,それぞれの方式に適用する注入材の特徴を活かすように,管路構成や注入モニター・・・が工夫されており,個別の名称が付けられている。表5.1は(社)日本薬液注入協会による注入管形態によって分類された注入方式を基本にとりまとめたものである。各種の工法名の付けられた注入方式の分類や称呼には必ずしも統一されたものがなく,その種類も多種多様である。したがって,本書・・・では注入方式の分類ならびに注入モニターの構造例などは,(社)日本薬液注入協会の出版物に記載してあるものについてのみ取りあげることにした。」(乙第2号証95頁5.2.3〜96頁)と記載されていることからは,厳密に分類すれば,刊行物5に挙げられた3種類の注入方式のほかにも,複数の注入方式があると認められる。
しかし,二重管ダブルパッカー注入方式は,ゲルタイムを長く調整したもので,一液式である注入工法として代表的なものである(乙第2号証)。そうだとすると,当業者が,刊行物1の【0022】の記載から,二重管ダブルパッカー注入方式を十分に読みとることができることは,明らかというべきである。決定が,刊行物1の【0022】に記載された後者の方法は,「二重管ダブルパッカー方式に相当する方式」である,と認定したことに誤りはない。
3 取消事由3(ゲルタイムが30分以上のグラウト材であることを一致点と認定した誤り)について 原告らは,決定が「ゲル化時間を30分以上とすることも刊行物1には記載されているものと認められる」(決定書10頁8行〜9行)とした認定は誤りであると主張する。
(1) 本件発明の「ゲルタイム」について,本件明細書には,これを定義する記載も,その測定方法についての記載もない(甲第2号証)。刊行物1においても同様である(甲第3号証)。
地盤注入の技術分野における「ゲルタイム」の意味について検討する。
同技術分野の用語の定義が記載された甲15文献の「用語の定義」の項においては,「ゲルタイム」は,「注入材が流動性を失ない,粘性が急激に増加するまでの時間をいう。数秒が(瞬結),数分を(中結),数十分を(緩結)という。」と定義されている。しかし,そこには,その測定法については記載されていない。
同じく同技術分野の用語の定義が記載された文献である「昭和52年度(第一回)薬液注入技術士資格試験講習会テキスト」(社団法人 日本薬液注入協会)(甲第9号証113頁下から7行,項目12.,乙第5号証)には,「ゲル化時間」として,「一般にゲル化する時間をいう。ただし,明確な定義はないが,薬液注入材では次のような方法で判定している。すなわち主剤と硬化剤を混合した時点から流動性を失うまでの時間を示し」と記載され,その流動性を失う時点での判定法として2種類の方法(カップ倒立法とB型粘度計による方法)が挙げられている。
「薬液注入工法の調査・設計から施工まで」(土質工学会 昭和60年2月(乙2文献)には,「ゲル化時間」として,「一般に,・・・ゲル化に要する時間をいうが,明確な定義はない。薬液注入材では主剤と硬化剤を混合した時点から流動性を失うまでの時間をいい,測定方法としてはカップ倒立法とB型粘度計による方法とがある。」(乙第2号証158頁)と記載されている。
「注入材料施工条件調査報告書」(社団法人 日本薬液注入協会 平成3年11月)には,「ゲルタイムの測定」として,上の2種類に加え「カラム浸透法」の3種類の測定法が挙げられている(甲第19号証5頁〜7頁)。
粘度の測定法には,B型粘度計(甲第19号証4頁)によるものとファンネル粘度計(乙第2号証159頁)によるものとがある。
(2) 原告らは,ゲルタイムは「B型粘度による測定方法により100cpsになった時点」とするのが業界の慣用であると主張し,原告らが本件発明を追試した試験ないし実験報告書(甲第10号証等)においても同方法を採用し,また,原告らのうちの1名を含む出願人による先願の公開公報においても,同測定方法によるゲルタイムを用いている(甲第12号証【0025】)。
上記の事実から推認すれば,本件発明の「ゲルタイム」は,少なくとも出願人である原告らの主観においては,主剤と硬化剤を混合した時点からB型粘度計により測定した粘度が100cpsになるまでに要した時間,をいうものとされていた,と解することができる。
刊行物1には「本発明は高強度の固結体を得るとともに,広範囲にわたるゲル化時間,特に比較的長時間のゲル化時間の調整が容易であり,しかもゲル化に至るまで低粘性を保つため浸透性に優れ,このため,特に砂質土等の透水地盤への注入に適した地盤注入用薬液に関する」(甲3号証【0001】)と記載されており,また,その表5及び表6には,ゲルタイム及び2分後及び20分後の粘性の各データが記載されている。しかし,そのゲルタイム及び粘度の測定法については,何らの記載もなく,その内容,特に測定方法は明らかでない。
ただし,刊行物1の表5及び表6の1の実験結果のゲルタイム及び粘性(2分後,20分後)をみると,それぞれ,360分以上,20.6cps,156cpsであり,20分後において粘度が既に100cpsを超えている。刊行物1におけるゲルタイムがB型粘度計による方法で測定されたものであるとすれば,ゲルタイムは100cpsとなった時点,すなわち20分より小さい値となるはずであるにもかかわらず,そのゲルタイムは360分以上となっており(この点は,表5及び表6のその他の実験結果においても同様である(甲第3号証)),このことからすれば,刊行物1に記載された実験結果における粘度及びゲルタイムの測定法は,少なくともB型粘度計による方法で測定されたものとは異なる,とみるべきである。しかし,刊行物1の記載その他全証拠をみても,同実験結果におけるその粘度及びゲルタイムの測定方法がどのようなものであるかを特定することはできない。
もっとも,引用発明のグラウト材は,「高強度の固結体を得るとともに,広範囲にわたるゲル化時間,特に比較的長時間のゲル化時間の調整が容易」な,「特に透水地盤への注入に適した地盤注入用薬液」であり,刊行物1の【0022】ないし【0028】に記載された引用発明のグラウト材の使用方法は,地盤注入方法として特殊なものであるとは認められない(甲第3号証)。
以上からすれば,引用発明のグラウト材のゲルタイムが特殊な範囲のものであるとは認められないから,そのゲルタイムは,上記一般文献で定義される当技術分野のグラウト材のゲルタイムと同程度の,「広範囲にわたるゲル化時間」で,「特に比較的長時間のゲル化時間」であること,及び,グラウト材の通常のゲルタイムは,前記甲15文献の定義によれば,「数秒が(瞬結),数分を(中結),数十分を(緩結)」と数秒から数十分と秒ないし分で規定されているものであるから,いずれの測定法によったとしても,各測定法の相違による具体的数値の差異は,少なくとも,瞬結,中結のものについては,数十分といったような大きなものとはならないはずであるし,刊行物1の,表5の9又は13の二成分系のグラウト材の「180分」又は「150分」という長いゲルタイムも,B型粘度測定法により測定したゲルタイムで表示するとしても,30分よりも十分に長いものであるとみるべきである。
(3) 刊行物1には,「上述の水ガラス-スラグ系にさらにセメントを加えると,セメントはそれ自体の自硬性と,水ガラスのシリカ分との反応によって水ガラス-スラグ系の反応を促進する。このため,この系のゲルタイムの短縮,若干の粘性増加を伴うが,強度は増強される。石灰類は水には難溶であるが,水ガラスの存在下では溶解性が増す。この石灰類を上述の水ガラス-スラグ系に加えると,この系の反応を促進し,セメントと同様な作用を呈する」(甲第3号証【0032】〜【0033】)と記載されている。これによると,上記の30分を超えるゲルタイムを有すると認められる二成分系のグラウト材に消石灰を添加すると,そのゲルタイムを短縮することができることになる。そして,その短縮の程度は,消石灰の微粒度を調節したり(甲第3号証【0035】,表6の36ないし38間の比較,又は39ないし41間の比較等),その添加量を増減したり(同【0044】,表6の15と36ないし38の間の,又は,15と39ないし41と実施42との間での比較等)することにより,調整をすることができる。
以上からすれば,刊行物1には,B型粘度測定法により測定したゲルタイムであっても,二成分系のグラウト材で30分を十分に超えるゲルタイムのものから,本件発明と同様の三成分系グラウト材で,二成分系のグラウト材よりやや短いゲルタイムのもので,ゲルタイム30分以上のものも記載されていると認めることができる。
(4) 原告らは,甲第11号証を提出して,刊行物1の表6の36に記載されたグラウト材の粘度の大きさ及び経時変化は,本件発明のグラウト材をB型粘度測定法で測定した粘度及び経時変化と比較しても,異常に高い粘性を発揮しており,信憑性に欠ける,と主張する。
しかし,刊行物1のグラウト材の粘度の測定方法は,不明ではあるものの,少なくともB型粘度計により測定したものではないことは上記のとおりである。そして,その他の粘度測定方法とB型粘度計による測定方法とで得られた数値がどの程度相違するかについては明らかでない。また,刊行物1の表5,表6においては2分と20分の2点の粘度の測定値を示すのみである。
したがって,測定方法が異なる粘度の値を比較することは適当ではないだけでなく,2点の値のみをもって経時変化を特定することも困難であるから,原告らの上記主張は,直ちには採用することができない。
(5) 原告らは,先願の公開公報(甲12文献)の記載及び試験ないし実験報告書(甲第13号証,第20号証の1・2,第22号証,第23号証)を提出し,刊行物1の請求項1の発明に包含されるモル比の水ガラス及び比表面積及び平均粒径の微細スラグを用いた二成分系及び三成分系のグラウト材は,いずれもB型粘度計によるゲルタイムが測定されず,強度も測定されないのであるから,引用発明については,刊行物1の36のものも,それ以外のものも含めて,実施することが可能かどうかが極めて疑わしい,と主張する。
しかし,刊行物1の記載内容の間に矛盾する点は認められず,その記載内容は技術常識とも整合するものであって,刊行物1の記載内容について信憑性がないと認めるべき根拠は認められない。
(ア) 刊行物1には,水ガラス及びスラグの二成分系のグラウト材について,「水ガラス中のアルカリ分がスラグの潜在水硬特性を刺激してスラグからカルシウムイオンが遊離される。このカルシウムイオンが水ガラスのSiO2と反応するとともに,スラグのSiO2とも反応し,長いゲル化時間を要して徐々に固結して珪酸カルシウムを形成し,固結強度の大きな固結物を得る。」(甲第3号証【0031】),「以上の作用は水ガラスのアルカリに影響される。したがって,本発明における水ガラスのモル比は約1.5〜2.8の範囲内のものが適当であ」(同【0034】)る,と記載され,また,三成分系のグラウト材について,「上述の水ガラス-スラグ系にさらにセメントを加えると,セメントはそれ自体の自硬性と,水ガラスのシリカ分との反応によって水ガラス-スラグ系の反応を促進する。このため,この系のゲル化時間の短縮,若干の粘性増加を伴うが,強度は増強される。・・・石灰類は水には難溶であるが,水ガラスの存在下では溶解性が増す。この石灰類を上述の水ガラス-スラグ系に加えると,この系の反応を促進し,セメントと同様な作用を呈する。」(同【0032】〜【0033】),「以上の作用は水ガラスのアルカリに影響される。したがって,本発明における水ガラスのモル比は約1.5〜2.8の範囲内のものが適当であ」(同【0034】)る,「スラグのCaO中にはセメントや石灰類のように遊離しやすいCaOが少なく,アルカリの所定量以上の存在によってはじめて遊離してくるためと思われる」(同【0042】〜【0044】) と,記載されている。
刊行物1の上記記載によれば,引用発明においては,水ガラス及びスラグの二成分系のグラウト材において,低モル比の水ガラスのアルカリによってスラグが刺激され水硬性を発現し,またスラグから遊離されるカルシウムイオンが水ガラスのSiO2及びスラグのSiO 2 とも反応し,長いゲル化時間を要して徐々に固結硬化するものである。また,消石灰は,水ガラスのSiO2との反応によって「水ガラス-スラグ系の反応」を促進し,この二成分系のグラウト材のゲル化時間を短縮し,強度を増強するものである。そして,これらのことが表5及び表6に示される実験結果により矛盾なく裏付けられているということができる。
(イ) 地盤注入についての一般的な文献と認められる「最新・薬液注入工法の設計と施工」(山海堂・平成元年発行)(乙第1号証,以下「乙1文献」という。)には,「スラグは,セメント,石灰等の難溶性アルカリ剤や可溶性の苛性ソーダ(水ガラスを含む)・・・等の刺激により・・・硬化が促進される」(同24頁下から10行〜下から8行)と記載され,スラグが水ガラスのアルカリによって刺激され水硬性を発現し硬化するものであることが,示されている。
したがって,通常のグラウト材に用いられていると認められる3号水ガラス(甲第4号証110頁2.3.1,8行〜9行,乙第1号証28頁16行〜17行)よりモル比が低い,すなわちアルカリ性が強い水ガラスと,乙1文献に記載されたもの(乙第1号証24頁表2.10)よりもブレーン値が高く,反応性が高いと認められる微細なスラグが用いられている引用発明の二成分系のグラウト材が硬化することは,何ら技術常識に反するものではない(「薬液注入工法の設計と施工」(甲第8号証)には「水ガラスとは反応しないスラグ」,「水ガラスと反応しないスラグ」(同32頁末行,33頁8行)と記載されている。しかし,この文献は昭和52年に著された古い文献であり,これを書き改めた文献であると認められる乙1文献においては,該当部分は「水ガラスとゆるやかな反応を起こすスラグ」,「水ガラスと非常にゆるやかな反応をするスラグ」と書き改められている(乙第1号証29頁1行〜2行,9行〜10行)。)。
(ウ) 乙1文献には,「スラグは,セメント,石灰等の難溶性アルカリ剤や可溶性の苛性ソーダ(水ガラスを含む),炭酸ソーダ等の刺激によりシリカゲルやアルミナゲルを生じて,スラグの硬化が促進される。」,「スラグとアルカリ剤(判決注・石灰等の難溶性アルカリ剤)の2成分では潜在水硬性反応が非常にゆるやかであるが,これに水ガラスを少量加えることにより硬化反応が顕著に促進される」(乙第1号証24頁下から10行〜8行,25頁2行〜3行),「スラグ系注入材として,スラグを主材とし,これに少量の難溶性アルカリ剤と水ガラスの3成分の注入材が実用化されている。」(同24頁末行〜25頁1行),「このスラグ系注入材はセメント系に比べて次のような性質を有する。・・・A可使時間(調合時から流動性を失うまでの時間)が非常に長い。B固結強度の発現を遅延から促進まで調整できる。C固結強度が顕著に高いものが得られる。」(同25頁下から10行〜下から6行)と記載され,さらに,「LW(判決注・水ガラス-セメント系)はセメントを多くしても瞬結性にすることはできないが,セメントの代りに石灰(消石灰)を用いることにより瞬結性にすることができる。・・・また,スラグ-石灰系(判決注・水ガラス-スラグ-石灰系)は,ゲルタイムは石灰,強度はスラグが受け持つため,スラグおよび石灰を任意に組合わせることにより,瞬結から緩結まで得られる」(同32頁3行〜20行)」と記載され,「図2.24 セメント・スラグ・石灰のゲルタイム」(32頁)には,水ガラスあるいはスラグに加える消石灰の配合量を変動させた場合,消石灰の量を増加すると,水ガラスもスラグもそれぞれゲルタイムが短くなることを表す曲線が記載されている。
そうすると,引用発明において,三成分系グラウトが,硬化するものであり,二成分系のグラウトに消石灰を加えたことによりゲルタイムを短くできるものであって,その強度も強くすることができるものであるとされていることは,何ら技術常識に反するものではないことが明らかである。
その他,刊行物1につき,データ等の記載内容の間にも矛盾した点は認めることはできず,また,技術常識に反する記載も認めることはできない。
仮に,刊行物1に記載された発明の一部のグラウト材の試料が,何らかの理由で硬化しないものであったとしても,また,先願の明細書にそのような試料がゲル化しないと記載されているとしても,上記の刊行物1の記載からすれば,ゲルタイムが30分以上の本件三成分系グラウトの発明を把握することができるのであり,この引用発明を本件発明の新規性,進歩性の判断のための対比の対象とすることを何ら妨げるものではない。
(エ) 原告らが提出する甲第20号証の1・2の試験報告書は,財団法人日本建築総合試験所における試験結果を記載したものである。しかし,各試験に用いられた水ガラスのモル比について,試験を依頼した原告東興建設株式会社が提出した試料のデータは上記試験所において確認したものではない。上記のとおり,水ガラスのSiO2濃度が小さすぎることによって,粘度が100cpsまで至らないことがあるのであるから,試験をするのであれば,用いられた水ガラスのSiO2濃度等を試験により確認した上でなすべきである。引用発明のものがゲル化することは,技術常識に合致することは上記のとおりであるから,このような上記の各試験結果をもって,引用発明の本件三成分系グラウト材がゲル化しないということはできない。
甲第13号証,第22号証,第23号証の実験報告書の結果も,刊行物1の記載内容と矛盾するものではあるものの,その理由は明らかではない。しかし,これら実験報告書のグラウト材の配合は,水ガラスとスラグの2成分からなるもので,引用発明の本件三成分系グラウトとは,消石灰が含有されない点で構成成分が異なる。これらの実験報告書をもって,直ちに本件三成分系のグラウト材についての数値に信憑性がないとすることはできない。
4 取消事由4ないし7(相違点1ないし3の判断の誤り,総合的判断の遺脱)について (1) 本件発明は,ゲルタイムが30分以上で,硬化が確実であること,及び,ゲルタイムが30分以上の領域でゲルタイムと強度を任意に設定でき,浸透性にも優れること,という望ましい特性(甲第2号証【0046】〜【0047】)を得るために,本件三成分系グラウトにおける消石灰と水ガラス中のSiO2の各配合量とその配合割合を規定したものである(甲第2号証)。
ただし,本件発明は,消石灰と水ガラスのほか微粒子スラグも必須の成分とするものであるにもかかわらず,この微粒子スラグの配合割合を規定するものではない。微粒子スラグは,生成する固結体の構造物の主な成分の一つであり,その硬化反応に関与しているものである以上,微粒子スラグの配合割合が,グラウト材の特性に影響する要素であることは明らかである(微粒子スラグが,ゲルタイム及び強度に影響を与えるものであることは,甲12文献において,スラグ成分の配合割合のみを変化させ,他の成分の配合割合を変えなかった場合のグラウト材について,スラグの配合割合が4.0%から〜43.8%に増加すると,そのゲルタイムは88分から28分となり,強度は7日目において1.1Kgf/cm2から201Kgf/cm2となることが記載されていること(甲第12号証7頁【図4】),本件発明の実施例3,12,13,14において,スラグを125Kgから188Kg,312Kg,438Kgに増加させ,他の成分の配合量を変えなかった場合のグラウト材について,そのゲルタイムが69分,57分,39分,28分と変化していること,及び,その一軸圧縮強度が,7日目で7.9から19.0,82.4,201Kgt/cm2となることが記載されていること(甲第2号証4頁表1)から明らかである。)。
また,刊行物1には,本件三成分系グラウトにおいて,水ガラスのモル比や消石灰,スラグの粒度や比表面積がグラウト材の強度及びゲルタイムに影響することが記載されている(甲第3号証【0005】等)。このことからすれば,水ガラスのモル比や消石灰,スラグの粒度や比表面積も,グラウト材の上記特性に影響する要素であることが明らかである。
したがって,スラグの配合割合,及び,水ガラスのモル比や消石灰,スラグの粒度や比表面積を規定しないでされた,本件発明における数値範囲の規定,すなわち,消石灰と水ガラス中のSiO2の配合割合及びそのモル比の数値範囲(特許請求の範囲記載の(A),(B),(C)に記載された構成で,相違点1,2,3に係るものである。)は,グラウト材の上記の望ましい特性を得る上で,少なくとも臨界的な意義がある数値範囲であるということができないことは,明らかである。
そして,本件発明における消石灰及び水ガラス中のSiO2の配合割合並びにそれらの配合割合の比の具体的な数値の範囲(特許請求の範囲記載の(A),(B),(C))は,本件発明の実施例に記載された,ブレーン値が約5000ないし6000cm2/g以上(甲第2号証【0029】)の微粒子スラグを125Kg/1000lないし438Kg/1000l配合したグラウト材であって(なお,本件発明の実施例においては,スラグの量を125Kg/1000lと固定した場合が20例中の17例である。),しかも,水ガラスのモル比は2.5程度以上のもの(同【0031】),消石灰のブレーン値が約5000ないし6000cm2/g以上のもの(同【0030】)を用いた,特定のグラウト材における配合割合であると認められる。すなわち,本件発明のグラウト材は,特許請求の範囲の構成のものであっても,そのスラグの配合割合,水ガラスのモル比や消石灰,スラグの粒度や比表面積が上記の範囲を超えた場合においては,そのすべてのものが上記の望ましい特性を有するとは限らない,とすらいうことができるのである。
(2) 原告らは,決定が,@相違点1について,刊行物1の表6の36〜40の消石灰の配合量とそのゲルタイムを参考にして,消石灰の配合量を「8〜16Kg/1000lとすることも当業者が容易に推考し得た」(決定書13頁1段)と判断したことは誤りである(取消事由4),A相違点2について,「刊行物1に記載される幅広の数値範囲である5Kg強〜200Kg強/1000lの中から,固結強度や浸透性を勘案しつつ最適数値範囲を検討し,23〜55Kg/1000lとすることも当業者が容易に推考し得たことと認められる。」(決定書13頁6段,7段)と認定判断したことは誤りである(取消事由5),B相違点3について,「「水ガラス由来のSiO2/消石灰比」を,・・・表6の実施36の値の3.2・・・を参考に,4.5以下と決めることも当業者が容易に推考し得たことと認められる。」(決定書14頁3段)と判断したことは誤りである(取消事由6),と主張する。
原告らは,相違点1及び3についての上記各判断が誤りである理由として,刊行物1の表6の36の地盤注入用薬液のゲルタイムは,上述したように,信憑性のない異常な粘性を示しているものであるから,これを根拠とする決定の認定判断はいずれも誤りである(取消事由4及び6),と主張する。しかし,刊行物1の表636の実験結果の粘性が異常であり,その信憑性がないものということができないことは,前述のとおりであるから,原告らの上記主張は理由がない。
原告らは,相違点2について,決定は,水ガラスを主剤とした引用発明の構成から,本件発明のように微粒子スラグを主剤として水ガラスと消石灰とを配合して地盤改良を行う一液性グラウトに,なぜ想到することができるかについて,その根拠を論述していない,と主張する(取消事由5)。しかし,引用発明と微粒子スラグを主剤としたものであるとして差し支えないことは前述のとおりであるから,原告らの同主張は,その前提部分において既に誤っており,理由がないことが明らかである。
原告らは,相違点1ないし3についての決定の上記判断について,それぞれその判断の根拠ないし論拠が不明である(取消事由4ないし6),また,決定が,相違点1ないし3の各相違点について個別に当業者が容易に推考し得たとするのみで,相違点1ないし3に係る本件発明の構成全体,すなわち,特許請求の範囲の(A),(B),(C)の構成全体の全体としての容易想到性について判断をしていないことも誤りである(取消事由7),と主張する。しかし,原告らの同主張は,次に述べるとおり,理由がない。
(ア) 本件三成分系グラウトにおいて,30分以上も含めた広範囲にわたるゲルタイムを有し,しかも,ゲル化に至るまで低粘性を保つため浸透性に優れ,かつ固結強度も向上されたグラウト材を得ることは,刊行物1に記載されているとおり(甲第3号証【0001】,【0004】等),グラウト材における公知の課題である。
成分が特定された系のグラウト材において,所望の特性を有するグラウト材を求める場合には,各成分の適当な配合割合の範囲を設定した上で,その配合割合の範囲において,その特性に影響すると考えられる要素,例えば,引用発明のグラウト材においては,水ガラスのモル比,スラグの微細さなど,を変え,そのグラウト材の特性を検討するものであることは前記のとおりであるから,各成分の適当な配合割合の範囲は,当業者が先ず初めに設定すべき要素であるということができる。
そして,グラウト材の成分系が従来から知られたもので,その所望の特性又はその一部が知られている配合割合の範囲があるとき,その公知の配合割合の範囲と重複する配合割合の範囲,ないし,その近傍の配合割合の範囲であって,所望の特性が得られると予測される範囲において配合割合の範囲をひとまず設定し,その上で,その配合割合の範囲において,成分の機能や技術常識などを勘案し,また,適当な試料について試験を行うことにより,所望の特性を有する配合割合の具体的範囲を選択することは,当業者の通常の創作能力の範囲内のことであって,これを格別困難なこととすることはできない。
(イ) 本件三成分系グラウトにおいて,本件発明の配合割合の範囲が容易に想到することができるものであることは,次のとおりである。
引用発明のグラウト材は,水ガラス及びスラグにセメント及び/又は石灰類を加えた三成分系のグラウト材において,所望の特性を有する,すなわち,30分以上も含めた広範囲にわたるゲルタイムを有し,しかも,ゲル化に至るまで低粘性を保つため浸透性に優れ,かつ固結強度も向上されたグラウト材を得るために,水ガラスのモル比とスラグ並びに石灰類の粒度及び比表面積に着目して,それらの好ましい範囲を求めたものである(甲第3号証)。
刊行物1に記載されたグラウト材における各成分の配合割合範囲は,前記のとおり,水ガラス中のSiO2は18〜240Kg/1000l,スラグは60〜420Kg/1000l,消石灰は30〜54Kg/1000lである。
一方,本件発明のグラウト材の消石灰及び水ガラス中のSiO2の配合割合範囲は,その特許請求の範囲の(A),(B)により,規定されるように,消石灰が8〜16Kg/1000l,水ガラス中のSiO 2含有量が23〜55Kg/1000lとされている。
本件発明のグラウト材の配合割合の範囲は,引用発明のグラウト材の配合割合の範囲と比べ,水ガラスのSiO2の配合割合範囲において重複している。
また,本件発明の特許請求の範囲において,スラグの配合割合は規定されていないものの,その実施例においては,125〜438Kg/1000lの配合割合範囲のスラグが使用されている(甲第2号証4頁表1)。したがって,本件発明の実施例のグラウト材の配合割合範囲は,刊行物1の設定配合割合範囲と,スラグ,水ガラスのSiO2の配合割合において重複するものであるということができる。
消石灰の配合割合は,本件発明のものが引用発明のものより低いということができる。しかし,消石灰が多いと本件三成分系グラウトのゲルタイムが短くなることは,刊行物1及び乙1文献に示されていることは上記のとおりである。したがって,長いゲルタイムのグラウト材を検討するに際し,引用発明の消石灰の配合割合より小さい範囲のものを含めて設定すること,すなわち,本件発明の(A)の構成に至ることは,特段困難なことではない。
(ウ) 本件三成分系グラウトのゲルタイム及び固結体の強度については,各成分の配合割合のほか,水ガラスのモル比,スラグ及び消石灰の微粒度も影響することは,上記のとおりである。念のため,この点も確認して検討する。
引用発明のグラウト材においては,水ガラスのモル比は1.37〜2.96,スラグは粒度6.0〜13.0μm,比表面積4200〜10200cm2/g及び消石灰は粒度8.2〜13.7μm,比表面積4000〜8600cm2/g(甲第3号証表1〜3)である。
本件発明の特許請求の範囲は,これらについて規定していないから,本件発明においては,従来の本件三成分系グラウト材において慣用されているものが用いられていると認められる。実際に,本件発明のグラウト材の実施例に用いられた三成分系グラウトにおいては,水ガラスのモル比は2.5程度以上のもの(甲第2号証【0031】),スラグ及び消石灰の微粒度であるブレーン値(比表面積)は約5000ないし6000cm2/g以上(同【0029】,【0030】)であり,上記の引用発明のものと重複する範囲のものである(甲第2号証)。
以上からすれば,引用発明の微細さのスラグ及び消石灰並びにモル比の水ガラスを用いて,刊行物1に記載ないし示唆された配合割合範囲において,刊行物1に示された各成分の機能及びグラウト材の配合割合に対する特性のデータを勘案して調製されたグラウト材について,ゲルタイム及び固結体の強度などの公知の特性の値を実験等により求め,これを表にしあるいはグラフで表わすなどして,所望の特性値のものが得られる好ましい配合割合の範囲を選択することは,当業者にとって通常の創作能力の範囲内のことであって,格別困難なことではない,と認められる。引用発明の微細さのスラグ及び消石灰並びにモル比の水ガラスを用いて,引用発明の実施例の中の代表的なスラグの配合割合としたグラウト材において,好ましい消石灰と水ガラス中のSiO2の配合割合及びモル比であると推認される特許請求の範囲記載の(A),(B),(C)の値を得ることは,格別困難なことということはできない。相違点1ないし3について,これと同旨の決定の判断に誤りはない。また,決定は,「相違点1〜3の個々の相違点については上記したように当業者が容易に創意し得たものである。また,各相違点が相俟って,本件発明は予測し得ない効果が奏されているものとは下記理由により認められないので,本件発明は刊行物1に記載,開示,あるいは,示唆される事項に基いて,当業者が容易に創意し得たものである。」(決定書14頁5段)と判断しており,決定には,原告らが主張する判断の遺脱もない。原告らの主張する取消事由4ないし7は,いずれも理由がない。
5 結論 以上に検討したところによれば,原告らの主張する取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告らの本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸