関連審決 | 審判1998-16714 |
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関連ワード | 発明の詳細な説明 / 明細書の記載要件 / 援用権(援用) / 参酌 / 実施 / 加工 / 構成要件 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
513号
審決消請求事件
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原告 バーン・プロセス・ソルーションズ・インコーポレイテッド 訴訟代理人弁理士 倉内基弘 同 風間弘志 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 岡 千代子 同 小曳満昭 同 小林信雄 同 宮川久成 同 伊藤三男 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/11/05 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が平成10年審判第16714号事件について平成14年5月23日にした審決を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成元年9月5日,発明の名称を「製造工程管理方法並びに装置」とする特許出願(特願平1-503946号)をしたが,平成10年7月6日に拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判の請求をした。 特許庁は,同請求を平成10年審判第16714号事件として審理した上,平成14年5月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年6月10日,原告に送達された。 2 本件特許出願の願書に添付した明細書(平成10年11月25日付け手続補正書による補正に係るもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載 製造工程をシミュレートし且つそれを表す出力信号を発生するためのデジタルデータ処理装置の処理方法において, A.製造工程で消費される一つ以上の資源要素を表すデジタル信号を入力し, B.前記製造工程により生産される一つ以上の資源要素を表すデジタル信号を入力し, C.前記製造工程の間に行われる一つ以上の仕事を表すデジタル信号であって,各仕事が,(@)その仕事によって消費される一つ以上の資源要素と,(A)その仕事によって生産される一つ以上の資源要素と,(B)その仕事の間に行われる一つ以上の生産操作と,(C)その仕事と一つ以上の他の仕事の間の製造関係と,を表す信号を含んでいるデジタル信号を入力し, D.前記仕事を表すデジタル信号であって,各仕事が,(@)一つの関連した仕事によって消費される一つ以上の資源要素と,(A)その関連した仕事によって生産される一つ以上の資源要素と,(B)その関連した仕事の間に行われる一つ以上の生産操作と,(C)その関連した仕事と一つ以上の他の仕事の間の製造関係と,を表す信号を含む生産モデルを記憶し,そして E.前記製造工程の選択された少なくとも一部を表す信号を出力することよりなる, デジタル信号処理装置の動作方法。 (以下,「本願発明」といい,A〜Eの工程を,それぞれ「工程A」〜「工程E」という。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明の詳細な説明には,「消費資源要素と生産資源要素との間の製造関係を表すデジタル信号を入力すること」に関して,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,発明の構成が記載されていないから,特許法36条4項(注,平成元年9月5日出願に係る本件明細書の記載要件については,平成2年政令第258号附則2条1項により平成2年法律第30号による改正前の特許法の規定が適用されるから,審決に「特許法36条4項」とあるのは,「平成2年法律第30号による改正前の特許法36条3項」の趣旨と解される。なお,同改正の前後を通じて,規定内容に変わりはない。 以下「旧法36条3項」と読み替える。)に規定する要件を満たしておらず,特許を受けることはできないとした。 |
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原告主張の審決取消事由
1 審決は,本件明細書が旧法36条3項所定の記載要件を具備しているのに,これを具備していないと誤った判断(取消事由)をしたものであるから,違法として取り消されるべきである。 2 取消事由(明細書の記載不備の判断の誤り) (1) 審決は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載箇所を引用した上,「これらの記載からは,具体的に,消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号が,どのような構成の信号として入力され,その結果,どのようにして,消費資源及び生産資源を表すデジタル信号とそれらの製造関係を表すデジタル信号とが処理されて,生産モデルが作成されるのか,理解できない」(審決謄本3頁30行目〜34行目)と判断したが,以下のとおり,これらは本件明細書の記載から明りょうであり,本件明細書には審決がいう記載不備の違法はないから,誤りである。 (2) 審決の,「消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号が,どのような構成の信号として入力されるのか」不明りょうであるとの判断について ア 本件明細書(甲2)には,図2に関連して,製造関係入力部24から生産モデル作成部28に入力が行われることが記載されている。すなわち,「製造工程に係る製造関係,即ち,少なくとも一つの消費資源と一つあるいは複数の生産資源との間の関係を示すデジタル信号を入力するための製造関係入力部24と,を備える」(11頁18行目〜20行目),「製造関係入力部24は,更に,ある仕事により生産される資源の量を記録するべきかどうかを指示するデジタル信号を入力するための入力ポートを備える」(13頁20行目〜21行目),「本発明を好適に実施するように構成された製造関係入力部24は,更に,生産モデルに応じた生産工程の時間的あるいは量的産出高を表すデジタル信号を入力するための入力ポートと,生産モデルに係る仕事に応じた一回分の仕事(仕事バッチ)の時間的あるいは量的産出高を表すデジタル信号を入力するための入力ポートと,生産工程産出高と仕事バッチの産出高との間の数学的関係を表すデジタル信号を入力するための入力ポートと,を備える」(同頁25行目〜30行目),「製造関係入力部24は,更に,好ましくは,ある仕事中に消費される資源要素の量を表すデジタル信号を入力するための入力ポートと,その仕事に関係する操作の継続時間を表すデジタル信号を入力する入力ポートと,を備える」(14頁17行目〜19行目)と記載されており,審決は,この信号が入力されることを無視しているので,判断の遺脱がある。 イ 本願発明では,製造関係入力部から「少なくとも一つの消費資源と一つあるいは複数の生産資源との間の関係を示すデジタル信号」が入力されることが最も重要である。これらの消費資源,生産資源,生産工程に関連した「ある仕事により生産される資源の量を記録するべきかどうかを指示するデジタル信号」,「生産モデルに応じた生産工程の時間的あるいは量的産出高を表すデジタル信号」,「生産モデルに係る仕事に応じた一回分の仕事(仕事バッチ)の時間的あるいは量的産出高を表すデジタル信号」,「ある仕事中に消費される資源要素の量を表すデジタル信号」,「その仕事に関係する操作の継続時間を表すデジタル信号」は,「少なくとも一つの消費資源と一つあるいは複数の生産資源との間の関係」に関連した必須の又は随意の情報として,必要に応じて同時に入力されるものである。 ウ また,本件明細書に「本発明のシステムで,製造関係とは,操作,計画,及び財政上のレベルにおける消費並びに生産資源要素の関係を規定するものである」(3頁23行目〜24行目)と記載されているとおり,本願発明の製造関係は,操作,計画,及び財政という対象ごとに変わり得るが,消費資源及び生産資源を表すデジタル信号とそれらの製造関係を表すデジタル信号とが処理されて,生産モデルが作成される過程は十分理解し得るものであり,特定の生産工程が決まれば,製造関係を表す信号を具体的に作成し製造関係入力部から入力できることは,本件明細書の例示から当業者には容易に理解できる。 エ 本件明細書には,「ビーフシチューに使うためにじゃが芋を処理する工程を考えた場合,消費資源には,じゃが芋全体,さいの目切り装置,機械オペレータ時間が含まれる。ここで,操作上の関係とは,例えば,さいの目切り装置を用いて,10ポンドのじゃが芋を,1機械オペレータ時間でさいの目に切ることができる,ということを示すものである」(3頁24行目〜28行目)と具体的な製造例も記載されている。この例をツリー表示すれば,別紙参考図1のとおりとなり,このことは当業者には自明である。この例は,本件明細書の図5に資源番号(及び量,オペレータ時間等も付記)を用いて別紙参考図2にツリー状に示されているものに正確に対応している。上記の例は,消費資源より生産資源が製造される場合の例であり,生産資源から製品が製造される例は,本件明細書の45頁に別紙参考図3のとおり記載されている。この場合,ビーフシチューは,他の仕事で生産された生産資源であり,ポテトは,例えば,別紙参考図1の生産資源(さいの目じゃが芋)が使用されるもので,三つの仕事,すなわち,ビーフシチューの製造の仕事,ポテトの製造の仕事及び調理の仕事とそれらの関係を表す信号が製造関係入力部から入力されることになる。この例に工程Cを対応させると,(@)の消費資源は,じゃが芋,さいの目切り装置,及び装置オペレータであり,(A)の生産資源は,さいの目切りしたじゃが芋であり,(B)の生産操作は,じゃが芋,さいの目切り装置及び装置オペレータに適用されるさいの目切り作業であり,この関係は本件明細書の図5にも記載されている。また,さいの目切りしたじゃが芋を使用したビーフシチューの生産モデルでは,他の関連する仕事はチョップ牛肉の作製及びビーフシチュー作製であり,(C)の仕事の関係は,さいの目切り仕事及びチョップ仕事をビーフシチュー仕事に関連付けることが記載されている。さらに,これら三つの仕事とそれらの関係を示す信号の入力については,原告の顧問弁理士であるa作成に係る説明書(甲4,以下「本件説明書」という。)にも記載されている。 本件明細書の3頁24行目〜28行目の上記記載は,被告が主張するように,単に,じゃが芋をさいの目に切る工程が考えられることを表しているにすぎないものではなく,消費資源はじゃが芋とさいの目切り装置と装置オペレータであることが理解でき,それらを用いて得られるさいの目じゃが芋が生産資源であること,製造関係もこれらの消費資源を加工する関係であることも直ちに理解でき,これらが関係付けられて一単位の仕事となっていることも理解できるところであり,この関係は本件明細書の図5に具体的な関係として示されている。 オ 実際の生産関係は,本件明細書に記載されているとおり,資源の量,装置の操作時間,装置オペレータの時間コスト等が関連しており,それらを付加した情報をデジタル信号化したものが信号であることは当業者には明らかである。被告は,このモデルからは消費資源と生産資源が何であるかは理解することができても,消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号がどのような構成の信号であるかを表すものとはいえないと主張するが,図5のツリー表示自体でも基本的な生産関係は示されており,これに資源量,操作時間,時間コストを関連付けるべきことは本件明細書に記載されていることであるから,製造関係を示すデジタル信号が何であるかは当業者には容易に理解し得るというべきである。 (3) 審決の,「入力がどのように処理されて生産モデルが作成されるのか」不明りょうであるとの判断について 本件明細書の図2等には,生産モデル作成部28に,消費資源入力部20,生産資源入力部22及び製造関係入力部24から消費資源,生産資源及び製造関係を表すデジタル信号が入力されることが明記されている。生産モデル作成部28では,単に,これらの信号(本願発明の構成要件A,B及びCのデジタル信号)が適当に整理されて記憶されるだけである。さらに,生産モデル作成部28で所定の処理を施す場合のあることが排除されないことは,本件明細書に記載があるとおりである。単に記憶する例(ただし,必要な識別情報等が付せられる。)としては,じゃが芋のさいの目切り仕事の部分が本件明細書の図5に記載されているとおりであり,実際には,本件説明書のように3種の信号が記憶される。したがって,本願発明の入力すべき生産関係がいかなるものか,及び入力に基づいて作成される生産モデルは,当業者において容易に理解できる。 審決は,生産モデル作成部で何らかの処理が行われることが必須であると解しているようであるが,工程A,B及びCからの関連付けられた情報が生産モデル作成部のメモリ(データベース)に記憶されることにより生産モデル(製造工程のシミュレーション)は完成しており,このように関連付けられた記憶情報は,仕事を単位として消費資源と生産資源がまとめられ,かつ,仕事の間の関連が与えられている。 (4) 本件説明書(甲4)には,本件明細書に記載されたさいの目切りじゃが芋の製造と,さいの目じゃが芋を使用するビーフシチューの製造の例(さいの目切りじゃが芋は,さいの目切り仕事の生産資源であるが,ビーフシチュー作製の仕事では消費資源である。)が示されている。すなわち,工程A,B及びCの構成に対応する例としては,同訳文の1頁の表に本件明細書に記載された例が記入されている。原料(消費資源)として,じゃが芋,牛肉スラブ,水;中間製品(生産資源)として,さいの目じゃが芋,及びチョップ牛肉;装置やオペレータとして,各種装置とオペレータ(いずれも消費資源)及びそれらの運転及び費用時間が仮定されている。そして,消費資源を仕事ごとにまとめたものが本件説明書の表1(工程Aの信号の内容を示す。以下,「工程A」〜「工程C」の信号を,それぞれ「信号A」〜「信号C」という。),生産資源を仕事ごとにまとめたものが表2(信号Bの内容を示す),消費資源と生産資源をそれらの生産関係と共にまとめたものが表3であって(信号Cの内容を示す),消費資源と生産資源とが量的関係と共に記載されている。これらの表は簡単なツリー状の関係と関連する資源の量的関係を示しているので,表3は本件説明書の6頁の図1(量的関係はこの図では省略)と同等である。さらに,本件説明書の7頁の2項には本願発明の工程Dに相当する例が記載されており,表1,2の工程A及びBの信号と共に,表3の信号Cがメモリ(関係型データベース)に記憶されることが記載されている。信号Cは表3とは異なった形で,すなわち,表4と表5に分離した形の相互参照形式で別々に記憶されるが,内容は同一である。このようにデータベース化されたものが生産モデルであるが,工程Cからの信号が生産モデル作成部で何らかの特別な処理を受けることはない。 |
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被告の反論
1 審決は,原告が主張する二つの問題点を指摘しつつ,本件明細書の発明の詳細な説明の記載からは,当業者が,本願発明の構成,すなわち,「製造工程の全範囲をシミュレーションできるようにする」,「製造工程の正確なモデルを作成し,これをシミュレーションすることができるようにする」という目的を達成するための構成(技術手段)を理解できないと正当に判断したものであり,原告主張の取消事由は理由がない。 2 取消事由(明細書の記載不備の判断の誤り)について (1) 審決の,「消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号が,どのような構成の信号として入力されるのか」不明りょうであるとの判断について ア 審決は,製造関係入力部から「少なくとも一つの消費資源と一つあるいは複数の生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号」が入力されることは認めた上で,その「少なくとも一つの消費資源と一つあるいは複数の生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号」が,どのような構成の信号として入力されるのか理解できないと判断しているのであるから,原告が主張するような判断の脱漏はない。 イ 原告は,本願発明では,製造関係入力部から「少なくとも一つの消費資源と一つあるいは複数の生産資源との間の関係を示すデジタル信号」が入力されることが最も重要であると主張するが,審決は,まさに,この最も重要な信号が,どのような構成の信号として入力されるのか理解できないと判断しているのであって,最も重要な信号がどのような構成の信号として入力されるのか明確でない以上,生産モデルが作成できるとは,到底認められない。 ウ 原告は,本件明細書の3頁24行目〜28行目の記載を挙げ,これが具体的な製造例であると主張するが,同記載は,ビーフシチューに使用するじゃが芋を処理する工程の一つとして,じゃが芋をさいの目に切る工程が考えられることを表しているにすぎず,「じゃが芋」を「さいの目切りにしたじゃが芋」にすることは,「消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号」が,どのような構成の信号として入力されるのかを表すものではない。また,「さいの目切り装置を用いて,10ポンドのじゃが芋を,1機械オペレータ時間でさいの目に切ることができる」という「操作上の関係」は,単に,「さいの目切り装置」を操作する上での,「じゃが芋の量」と「機械の操作時間」との関係を表すものと認められるから,この「操作上の関係」は,審決の説示のとおり,じゃが芋とさいの目切り装置とを用いた,当然の作業条件を規定しているにすぎず,「消費資源と生産資源との間の製造関係」を示すデジタル信号の構成を表しているわけではない。 エ さらに,原告は,本願発明の具体的な実施例が本件明細書の図5に例示されていると主張し,別紙参考図1,2を示すが,図5からは,「装置オペレータ」が「さいの目切り装置」を用いて「皮むきじゃが芋」を「さいの目切りしたじゃが芋」にする,あるいは,「さいの目切りしたじゃが芋」を製造するには「皮むきじゃが芋」,「装置オペレータ」,「さいの目切り装置」が必要であるという程度のことが理解できるにすぎない。換言すれば,図5からは,消費資源が「皮むきじゃが芋」,「装置オペレータ」,「さいの目切り装置」であり,生産資源が「さいの目切りしたじゃが芋」であることが理解できる程度であり,その限度において,図5の記載事項を,別紙参考図2(別紙参考図1は,別紙参考図2を簡略表示したものにすぎない。)のように表現し得るとしても,別紙参考図2は,消費資源(「皮むきじゃが芋」,「装置オペレータ」,「さいの目切り装置」)と生産資源(「さいの目切りしたじゃが芋」)との間の製造関係を示すデジタル信号がどのような構成の信号であるかを表すものとはいえない。 オ そうすると,原告が主張する,「当業者は実際の応用において製造関係を作成し」「当業者が作成する製造関係」とは,ビーフシチューを作成するのに,何を用意し,それらをどのような順序で,どのように調理するか,通常の手順を知っている者が普通に思いつく程度の,ビーフシチューを調理する工程における,材料の加工前と加工後の関係にすぎない。 (2) 審決の,「入力がどのように処理されて生産モデルが作成されるのか」不明りょうであるとの判断について 原告は,生産モデル作成部は,消費資源,生産資源,製造関係を表すデジタル信号を,適当に整理して記憶するにすぎない旨主張するが,その根拠を示していない。本件明細書の発明の詳細な説明には,「生産モデル作成部が入力されたデジタル信号を適当に整理する」ことは記載されておらず,また,そのことを示唆する記載もない。 仮に,原告主張のように,「生産モデル作成部」が行う処理が,「入力されたデジタル信号を適当に整理する」ことであるとすれば,審決は,この「整理」という処理が具体的にどのように行われて,生産モデルが作成できるのか理解できないと判断しているのであるから,原告は,「適当に整理する」ことの具体的処理内容を,本件明細書の発明の詳細な説明の記載事項に基づいて明らかにする必要があるのに,これを何ら明らかにしていない。入力されたデジタル信号,すなわち,消費資源,生産資源,及び両者の間の製造関係を表すデジタル信号が,どのように処理されて生産モデルが作成されるのかは,なお不明である。さらに,原告は,生産モデル作成部28で所定の処理を施す場合があることは排除されないことは本件明細書に記載のとおりであるとも主張するが,根拠を欠くばかりか,当業者が「入力された信号がどのように処理されて,消費資源と生産資源との間の製造関係を示す生産モデルが作成されるのか」を本件明細書又は図面の記載から理解し得ることを証明するものでもない。 (3) 本件説明書(甲4)は,本件明細書に基づいて「生産関係の入力作成」と「生産モデルの作成」が容易であることを,何ら立証するものではない。本件説明書は,そもそも,原告の秘密情報にも接し得る立場にあると考えられる原告の米国における顧問弁理士が,本件特許出願から10年以上も経過した本件訴訟の提起後に作成したものであって,出願時において,当業者が本件明細書の記載事項に基づいて生産関係の入力作成(消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号の作成)と生産モデルの作成を容易にし得たことを何ら立証するものではない。また,その内容も,本件明細書に記載された事項又はそれから自明な事項のみから成るものではないから,これを根拠として当業者が本件明細書の記載事項から容易に作成し得たものとはいえない。本件説明書に記載された,工程Aないし工程Cに関する図,図1及び表1ないし5は,本件明細書に添付した図面に全く記載されておらず,発明の詳細な説明にも本件説明書に記載された図面や表の根拠となる記載は見当たらない。本件明細書の発明の詳細な説明あるいは図面には,各入力データが,本件説明書の2頁〜4頁に記載されるような形式の入力画面において入力されることをうかがわせる記載はなく,特に,本件説明書の4頁に記載された入力画面については,発明の詳細な説明あるいは図面のどの記載をもってすれば,そのような入力画面が導かれるのか全く不明である。また,本件説明書の6頁に記載された図1のような階層図は,本件明細書の記載からは到底導き出すことができない。さらに,本件明細書の図5のような生産モデルの一例を参酌しても,各入力部から入力された各データが,本件説明書の7頁に記載された表4,5のような関係型データべ-スとして記憶されることまで自明であるとは到底いえない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由(明細書の記載不備の判断の誤り)について (1) 本願発明の目的 本願発明は,発明の名称を「製造工程管理方法並びに装置」とし,特許請求の範囲の請求項1の記載によれば,「製造工程をシミュレートし且つそれを表す出力信号を発生するためのデジタルデータ処理装置の処理方法」において,工程A〜Eの構成から成る「デジタル信号処理装置の動作方法」である。さらに,本件明細書(甲2)によると,「本発明(注,本願発明)は,コンピュータ援用資材所要量計画,更に詳しくは,製造工程を監視,管理するためのデジタルデータ処理システムに関する・・・従来,資材リストのモデルを作成する際,一対一,あるいは,一対多を基準として,製品と消費材(注,消費財の誤記と認める。)との関係を表すべく,資材所要量計画(MRP)システムの設計が行われていた。即ち,ある一つの製品を一種類の消費財と関連づける(一対一の関係)あるいは複数の消費財と関連づける(一対多の関係)モデルを基にしてシステム設計がなされていた・・・しかしながら,従来技術には,製造工程の全範囲をシミュレーションすることができない,という問題があった・・・本発明の目的は,新規な製造所要量計画システムを提供することにある。より具体的には,本発明は,独立製造工程のみならず,処理工程及び連続製造工程の監視及び管理を行うためのデジタルデータ処理システムを提供することを,目的とする。本発明の別の目的は,上述の製造工程の正確なモデルを作成し,これをシミュレーションすることができ,また,正確なスケジュール調整,費用計算及び記録機能を有する,デジタルデータ処理システムを提供することにある・・・本発明のシステムは,いくつかの斬新なモデル作成及び記録機構を使用することにより,製造工程を的確に管理するものである。特に,一対一,一対多,多対一,多対多の基準で,生産資源と消費資源の両方を含む要素間の関係を規定する」(1頁4行目〜2頁19行目)ものである。 これらの記載によれば,本願発明は,独立製造工程のみならず,処理工程及び連続製造工程の監視及び管理を行うためのデジタルデータ処理システムであって,製造工程の正確なモデルを作成し,これをシミュレーションすることができ,また,正確なスケジュール調整,費用計算及び記録機能を有する,新規な製造所要量計画システムを提供することを目的とするものであって,特に,一対一,一対多,多対一,多対多の基準で,生産資源と消費資源の両方を含む要素間の関係を規定するモデルにより達成しようとするものであると認められる。 (2) 消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号について ア 原告は,本件明細書(甲2)には,図2に関連して,製造関係入力部24から生産モデル作成部28に入力が行われることが記載されており,本願発明の製造関係は,操作,計画,及び財政という対象ごとに変わり得るが,消費資源及び生産資源を表すデジタル信号とそれらの製造関係を表すデジタル信号とが処理されて,生産モデルが作成される過程は十分理解し得るものであり,特定の生産工程が決まれば,製造関係を表す信号を具体的に作成し製造関係入力部から入力できることは,本件明細書の例示から当業者には容易に理解できる旨主張する。 しかしながら,原告が指摘する本件明細書の記載箇所は,消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号について,「ある仕事により生産される資源の量を記録するべきかどうかを指示する」,「生産モデルに応じた生産工程の時間的あるいは量的産出高を表す」,「生産モデルに係る仕事に応じた一回分の仕事(仕事バッチ)の時間的あるいは量的産出高を表す」,「生産工程産出高と仕事バッチの産出高との間の数学的関係を表す」,「ある仕事中に消費される資源要素の量を表す」,「その仕事に関係する操作の継続時間を表す」と例示するにすぎず,その具体的な構成を明らかにするものではない。本願発明は,上記のとおり,製造工程の正確なモデルを作成し,これをシミュレーションすることができ,また,正確なスケジュール調整,費用計算及び記録機能を有する「デジタル信号処理装置の動作方法」に関する発明であるところ,最も重要な「生産モデル」の作成に係る,製造関係入力部から入力される「少なくとも一つの消費資源と一つあるいは複数の生産資源との間の関係を示すデジタル信号」の具体的な構成が明らかでないのであるから,原告主張のように,消費資源及び生産資源を表すデジタル信号とそれらの製造関係を表すデジタル信号とが処理されて生産モデルが作成される過程が当業者に十分理解可能であるとはいえない。 イ 原告は,本件明細書に記載されるビーフシチューの製造例(3頁24行目〜28行目及び図5)から,「少なくとも一つの消費資源と一つあるいは複数の生産資源との間の関係を示すデジタル信号」,より具体的には本願発明の構成要件Cの「製造工程の間に行われる一つ以上の仕事を表すデジタル信号であって,各仕事が,(@)その仕事によって消費される一つ以上の資源要素と,(A)その仕事によって生産される一つ以上の資源要素と,(B)その仕事の間に行われる一つ以上の生産操作と,(C)その仕事と一つ以上の他の仕事の間の製造関係と,を表す信号を含んでいるデジタル信号」が例示されていることが理解できると主張する。 しかしながら,この製造例からは,じゃが芋をさいの目に切る工程において,消費資源がじゃが芋,さいの目切り装置,及び装置オペレータであり,さいの目じゃが芋が生産資源であり,製造関係がこれらの消費資源を加工する関係であること,また,さいの目切りしたじゃが芋を使用したビーフシチューの生産モデルでは,他の関連する仕事はチョップ牛肉の作製,及びビーフシチュー作製であることが理解できるだけであって,更に進んで,これらがどのような構成のデジタル信号として入力され,生産モデルが作成されるのかは明らかではない。さらに,図5に関しても,本件明細書には,「本発明の好適な実施例で用いられる生産モデルの一例を示す」(6頁20行目),「図5は,じゃが芋をさいの目状にする生産モデルの一例を示すものである」(9頁5行目)との記載があるのみであり,製造関係を表すデジタル信号の構成を明りょうに説明するものではない。したがって,当業者が,本件明細書に記載されるビーフシチューの製造例に本願発明の構成要件Cの構成が例示されていることを理解し得るものということはできない。 (3) 審決の,「入力がどのように処理されて生産モデルが作成されるのか」不明りょうであるとの判断について ア 原告は,本件明細書の図2等には,生産モデル作成部28に,消費資源入力部20,生産資源入力部22及び製造関係入力部24から消費資源,生産資源及び製造関係を表すデジタル信号が入力されることが明記されており,生産モデル作成部28では,単に,これらの信号(本願発明の工程A,B及びCのデジタル信号)が適当に整理されて記憶されるだけであって,本願発明の入力すべき生産関係がいかなるものか,及び入力に基づいて作成される生産モデルは,当業者において容易に理解できると主張する。 しかしながら,本願発明は,「デジタル信号処理装置の動作方法」に係る発明であり,「D.前記仕事を表すデジタル信号であって,各仕事が,(@)一つの関連した仕事によって消費される一つ以上の資源要素と,(A)その関連した仕事によって生産される一つ以上の資源要素と,(B)その関連した仕事の間に行われる一つ以上の生産操作と,(C)その関連した仕事と一つ以上の他の仕事の間の製造関係と,を表す信号を含む生産モデルを記憶し,そしてE.前記製造工程の選択された少なくとも一部を表す信号を出力する」ことを,発明の構成に欠くことができない事項とするものである。そうである以上,仕事を表すデジタル信号がどのような構成の信号として入力され,入力されたデジタル信号がどのような処理を受けてどのような構成の生産モデルが作成されるのかが明らかでなければ,デジタル信号処理装置として当業者が容易にその実施をすることができる程度に開示されているということはできない。 イ また,原告は,生産モデル作成部で何らかの処理が行われることは必須ではなく,工程A,B及びCからの関連付けられた情報が生産モデル作成部のメモリ(データベース)に記憶されることにより生産モデル(製造工程のシュミレーション)は完成しており,このように関連付けられた記憶情報は,仕事を単位として消費資源と生産資源がまとめられ,かつ,仕事の間の関連が与えられているとも主張する。 原告が主張するように,工程A,B及びCから入力されるデジタル信号が,何ら処理を受けずに単に記憶されるだけで生産モデルが完成しているとするならば,なおのこと,入力されるデジタル信号の構成が明りょうである必要があるところ,この構成が明りょうでないことは,上記のとおりである。また,入力された情報が生産モデル作成部のメモリに記憶されてデータベースが作成されるのであれば,そのデータベースの構成について明らかにすべきであるのに,その構成については何ら具体的な説明はない。本願発明の目的は,上記のとおり,製造工程の正確なモデルを作成し,これをシミュレーションすることができ,また,正確なスケジュール調整,費用計算及び記録機能を有するデジタルデータ処理システムを提供することにあるから,生産モデルを作成するための信号がどのような構成の信号として入力されて,どのような構成の生産モデルが作成されるのか,明らかでなければ,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,本願発明の目的を達成するための構成が発明の詳細な説明に記載されているということはできない。 ウ そうすると,消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号が,どのような構成の信号として入力され,その結果,どのようにして,消費資源及び生産資源を表すデジタル信号とそれらの製造関係を表すデジタル信号とが処理されて,生産モデルが作成されるのか,理解できないとした審決の判断に誤りはないというべきである。 (4) 本件説明書(甲4)について 原告は,本件説明書を提出し,本願発明の工程A,B及びCの構成に対応する例を記入した同1頁の表,消費資源を仕事ごとにまとめた(信号Aの内容を示す)表1,生産資源を仕事ごとにまとめた(信号Bの内容を示す)表2,消費資源と生産資源の生産関係をまとめた(信号Cの内容を示す)表3を提示し,これらの例から生産モデルが関係型データベースに表4,表5のように記憶されることが理解できると主張する。 しかしながら,本件説明書の内容について見ると,本件明細書に記載されるビーフシチューの製造例において,消費資源,生産資源及びこれらの製造関係は理解できても,これらが表1〜表3のように入力され,関係型データベースに表4,表5に示される形式で記憶されることは,本件明細書に記載されておらず,本件明細書の記載から本件特許出願当時の技術水準に基づいて自明な事項であるとも認められない。原告は,表3の信号Cと表4及び表5に記憶されたものとは内容が同一であるとも主張するが,これは,入力される信号Cと関係型データベースに記憶された信号を同一形式の表に表したものにすぎず,入力された信号を単に記憶するだけで生産モデルができることを明らかにするものではない。本件説明書の例では,入力信号をデータベースの形態に記憶する操作が必要であることは明らかであるから,工程Cからの信号は生産モデルで何らかの特別な処理を受けることはないという主張も何ら根拠がない。さらに,生産関係を表す情報が,表1〜3のように入力され,表4,5のように記憶されるとしても,このことが,当業者において本願発明のデジタル処理装置の動作方法が容易に理解できることを示すものではない。 したがって,本件説明書によっても,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,本願発明の目的を達成するための構成が発明の詳細な説明に記載されているということはできない。 (5) 審決は,「消費資源要素と生産資源要素との間の製造関係を示すデジタル信号」についての本件明細書の記載を摘記(審決謄本3頁4行目〜30行目)した上,「これらの記載からは,具体的に,消費資源と生産資源との間の製造関係を示すデジタル信号が,どのような構成の信号として入力され,その結果,どのようにして,消費資源及び生産資源を表すデジタル信号とそれらの製造関係を表すデジタル信号とが処理されて,生産モデルが作成されるのか,理解できない」(同頁30行目〜34行目)と判断したものであり,本件明細書には,審決が指摘するとおり,製造関係を示すデジタル信号がどのような構成の信号として入力されるのか,また,どのようにして生産モデルが作成されるのか,その記載のみにより当業者が理解可能な程度に明りょうに記載されていない。そうであれば,特許出願人である原告としては,本件特許出願当時の技術水準を示すなどして本件明細書の記載から当業者が理解可能であることを証明すべき必要があるところ,本件説明書は上記技術水準を示すものではなく,また,その記載から審決が不明であるとした点を明らかにするものでもないし,他に,上記技術水準を示すこともなく,審決が摘記した記載と同一の記載を引用して単に当業者が理解し得ると主張するにとどまるのであるから,その主張は理由がないものといわざるを得ない。なお,原告は,審決の判断脱漏の違法も主張するが,その理由のないことは,以上の説示に照らして明らかである。 (6) したがって,本願発明に係る本件明細書の詳細な説明には,「消費資源要素と生産資源要素との間の製造関係を表すデジタル信号を入力すること」に関して,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その構成が記載されているということはできないから,旧法36条3項に規定する要件を満たしていないとした審決の判断に誤りはないというべきである。 2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 岡本岳 |
裁判官 | 長沢幸男 |