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関連審決 無効2001-35203
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  慣用技術 /  クレーム /  置き換え /  特許発明 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 491号 審決取消請求事件
原告 角林商事株式会社
訴訟代理人弁理士 小林良平
同 竹内尚恒
被告 エア・ウォーター株式会社
訴訟代理人弁護士 田倉整
同 田中成志
同 田倉保
訴訟代理人弁理士 菊池新一
同 菊池徹
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/11/11
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が無効2001-35203号事件について平成14年8月15日にした,特許第3118444号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とするとの審決をいずれの請求項についても取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「ドライアイス生成装置」とする特許第3118444号の特許(平成9年12月11日出願(以下「本件出願」という。),平成12年10月6日設定登録。以下「本件特許」という。登録時の請求項の数は5である。)の特許権者である。
被告は,平成13年5月11日,本件特許を請求項1ないし5のいずれに関しても無効にすることについて審判を請求した。
特許庁は,この請求を無効2001-35203号事件として審理した。原告は,この審理の過程で,特許請求の範囲の訂正を内容とする訂正の請求をした(以下「本件訂正」という。本件訂正後の請求項の数は4である。)。特許庁は,審理の結果,平成14年8月15日,「訂正を認める。特許第3118444号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,審決の謄本を同年8月27日に原告に送達した。
2 本件訂正による訂正後の特許請求の範囲(以下,【請求項1】ないし【請求項4】に係る発明を,それぞれ「本件発明1」,「本件発明2」などといい,本件発明1ないし本件発明4をまとめて呼ぶときには「本件各発明」という。別紙図面A参照。) 「【請求項1】筐体に,前面に扉を有する作業室を設け,該作業室には容器を非連続的に搬出入するようにし,該作業室の上部に膨張用筒を立てて固定し,該膨張用筒の上端にドライアイス生成用の液化炭酸ガスを噴出するノズルを設け,且つ,発生したドライアイスを膨張用筒の下端に開口させた容器に一定時間供給するとともに,上記扉が閉止されないとドライアイス供給動作を行なわないように制御する制御装置を設けたことを特徴とするドライアイス生成装置。
【請求項2】作業室に装入した上記容器を繋留するためのフックを作業室の上部に設けた請求項1記載のドライアイス生成装置。
【請求項3】作業室に上記容器を装入するための扉が閉止されると,制御装置が自動的にドライアイスを一定時間供給するようにした請求項1記載のドライアイス生成装置。
【請求項4】作業室に上記容器を装入するための扉が閉止された後,更に,使用者が手動スイッチを操作して初めてドライアイスが一定時間供給されるようにした請求項1記載のドライアイス生成装置。」 3 審決の理由 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件各発明は,フランス特許発明第2518237号明細書(本訴甲第3号証,審判甲第1号証。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(具体的には,そこにFIG.1として示されているものである。以下「引用発明」という。審決がいう「甲1発明」である。別紙図面B・FIG.1参照。),及び,実願平1-38104号(実開平2-130089号)のマイクロフィルム(本訴甲第11号証,審判甲第3号証。)などにみられる周知・慣用手段に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許は,請求項1ないし4のいずれについても,特許法29条2項に違反して特許されたものであるから,無効とすべきである,とするものである。
審決が,上記結論を導くに当たり,本件発明1と引用発明との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「筐体と,作業室を設け,該作業室には容器を非連続的に搬出入するようにし,該作業室の上部に膨張用筒を立てて固定し,該膨張用筒の上端にドライアイス生成用の液化炭酸ガスを噴出するノズルを設け,且つ,発生したドライアイスを膨張用筒の下端に開口させた容器に一定時間供給するように制御する制御装置を設けたことを特徴とするドライアイス生成装置。」 相違点 「(イ)本件発明1では,「筐体に,前面に扉を有する作業室を設け」ているのに対し,甲1発明では,作業室が筐体部分にはなく保護スカートで構成されているため扉を有するものでもない点。」(以下「相違点(イ)」という。) 「(ロ)本件発明1では,「上記扉の閉止を検出した場合にのみドライアイス供給動作を可能とする」制御装置を設けているのに対し,甲1発明では,そのような制御装置を設けていない点。」(以下「相違点(ロ)」という。)
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本件発明1と引用発明との一致点の認定を誤ったことにより,両発明の相違点を看過し(取消事由1),相違点(イ)及び(ロ)についての判断も誤ったものであり(取消事由2,3),これらの誤りがそれぞれ本件各発明のいずれについても結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,各請求項のすべてについて違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) (1) 審決は,刊行物1のドライアイス供給装置の具体的構成を検討し,その中で,「平行六面体のハウジング1は,箱状の構造であり,一般に機器類等を収納する箱は「筐体」とも称されているから,当該平行六面体のハウジング1は,「筐体」であると云うことができる。」(審決書9頁6段)と認定した。しかし,引用発明には,本件発明1における「筺体」は存在しない(原告は,審判手続において,本件発明1の「筐体」が引用発明の平行六面体ハウジングと同じものであることを認める主張をした。しかし,本訴においてはこの主張を撤回する。)。
本件発明1に係るドライアイス生成装置における最も重要な部分は,ドライアイスが噴出する部分である。本件出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)にも,「本発明のドライアイス生成装置の本体は,鉄又はプラスチック製の板に囲まれた筐体であって,中間部に作業室を設け,該作業室の上部にはドライアイスを生成するための膨張用筒が立てて固定されている。」(甲第2,第6号証【0006】)と記載されている。この記載と本件発明1の趣旨からすると,本件発明1における「筐体」は,少なくともドライアイスを噴出する部分を囲うものでなければならない。
しかし,刊行物1のFIG.1の記載によれば,引用発明の平行六面体ハウジング1は,上面及び前後左右の面は板材により構成されているものの,その下面と袋8を載置する水平支持プレート9とは完全に分離されており,平行六面体ハウジング1の下端から水平支持プレート9までの間は前後左右とも開放されており,引用発明のドライアイス装置の垂直管7の下端は,平行六面体ハウジング1の下端よりも下にあるため,ドライアイス噴出部分の前後左右が開放された構造となっている。したがって,引用発明の平行六面体のハウジング1を,本件発明1の「筐体」に当たるものということはできない。
引用発明では,平行六面体ハウジング1の下端と袋8を載置する水平支持プレート9との間の部分を「好適には透明で柔軟なシートからなる保護スカート18で囲むことが望ましい。」とされている(甲第3号証訳文3頁下から13行〜12行)。そこで,引用発明において,平行六面体ハウジング1にその下の透明柔軟スカート等で囲われた空間を加えた部分を一つの単位としてとらえることが考えられる。しかし,このように考えることにしたとしても,この部分を,本件発明1の「筐体」に当たるものということはできない。保護スカート18が設けられているのは前方及び左右のみで,後方には設けられておらず,しかも,前方の保護スカート18が覆っているのは開放部分の上半分程度のみで,下半分は依然開放されたままであるからである。
(2) 審決は,引用発明の「袋8を載置する水平支持プレート9と保護スカート18から構成される空間部分」が本件発明1の「作業室」に相当すると認定している(審決書10頁4段)。しかし,この認定は誤りである。
本件発明1においては,完全な「筐体」があってこそ,その中に「作業室」が存在し得るのである。ところが,上記のとおり引用発明には「筐体」は存在しない。そこに,本件発明1における「作業室」に当たるものが存在し得る余地はない。
刊行物1のFIG.1を見れば明らかなとおり,引用発明において,保護スカート18が設けられているのは前方及び左右のみで,後方には設けられていない。しかも,前方は,保護スカート18が覆っているのは,開放部分の上半分程度だけであり,下半分は依然開放されたままである。したがって,「水平支持プレート9と保護スカート18から構成される空間部分」は,そもそも「室」と呼べるものではない。引用発明には,本件発明1でいうところの「作業室」に当たるものは存在しない。
2 取消事由2(相違点(イ)についての判断の誤り) (1) 審決は,相違点(イ)について,「「筐体に,作業室を設ける」点の意義については・・・筐体内に作業室を設けこの作業室に出し入れする容器を外部と隔離する程度のことと解するのが相当であるが,家電機器に限らず物を収納する機器の場合,その収納空間を筐体で包囲して構成することは最も一般的な周知・慣用手段である。」(審決書11頁5段)と判断している。しかし,この判断は,誤りである。
本件発明1のドライアイス生成装置では,二酸化炭素をノズルから噴出させ,断熱膨張によりドライアイスを生成するため,もうもうたる白煙(固体の二酸化炭素の微粉末)及び気体の二酸化炭素(周知のとおり,これは有毒ガスであり,濃度が規制されている。)の発生が避けられない。加えて,二酸化炭素がノズルから噴出する際には大きな噴出音も発生する。
本件発明1における筐体,作業室及び扉は,これらのドライアイス生成時の大きな噴出音,もうもうたる白煙,有毒な気体の二酸化炭素を外部に流出させないという重要な役割を果たすために設けられている。
本件発明1に係るドライアイス生成装置は,小売店の店頭等での使用を前提としており,例えば,スーパーマーケットやコンビニエンスストアの店頭で生鮮食品や冷凍食品等を購入した顧客にドライアイスを提供するために使用されるものである。日本の文化を考えた場合,スーパーマーケットやコンビニエンスストアの店内において,このような噴出音,白煙,二酸化炭素を発生させることは許されない。特に,有毒な気体の二酸化炭素が顧客の方に向かって流出するような装置が一般の小売店において採用されることは,あり得ないことである。
本件発明1に係るドライアイス生成装置においては,このような噴出音,白煙,気体の二酸化炭素の流出防止が至上課題であるとされている。そして,相違点(イ)に係る本件発明1の構成は,この課題を解決するための手段として採用されたものである。このようにして採用された上記構成につき,当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない,ということは許されない。
第1に,上記課題に配慮を及ぼすこと自体,当業者が適宜なし得ることではない。
第2に,仮に,上記課題に配慮を及ぼしたとしても,引用発明のような「透明で柔軟な保護スカート」を三方に垂らした構造を,本件発明1のように,「筐体に,前面に扉を有する作業室を設け,該作業室には容器を非連続的に搬出入するよう」な構成に置き換えることは,「筐体」の語が上記のような意義を有することを考慮した場合,決して,単なる設計的事項ということはできない。
審決の判断は,上記課題に関するこれらの点についての判断を怠ったために犯した誤りである。
(2) 本件発明1の「前面に扉を有する作業室」について,審決は「「容器の出し入れ」という観点から,そこに扉を設けることは極めて当然の帰結と云うべきである。」(審決書11頁7段)と判断している。しかし,この判断は,誤りである。
審決は,本件発明1における「扉」を容器の出し入れという観点のみからとらえており,これとは別の,ドライアイス生成時の大きな噴出音,もうもうたる白煙,有毒な気体の二酸化炭素の外部流出防止という重要な観点を看過している。
単に容器を出し入れするだけであれば,本件発明1のような面倒な扉を設ける必要はなく,引用発明のように,柔軟なシートを上半分に垂らすだけで十分である。
本件発明1において,わざわざ扉を設けて作業室を外界から完全に遮断するとともに,扉を開け・容器を入れ・扉を完全に閉めないとドライアイスが生成されないという面倒な操作を使用者に要求するのは,安全性のためである。本件発明1の目的は,本件明細書にも明確に記載されているとおり,第1に,使用者が直接ドライアイスに触れなくてもすむようにするという意味での安全性の確保であり,第2に,扉を閉めなければドライアイスを生成しないという本件発明1の構成により,ドライアイス生成時の噴出音,白煙,気体の二酸化炭素の外部への流出を防止するという意味での安全性の確保でもある。引用発明のドライアイス生成装置には,この第2の安全性の確保の目的についての考慮がない。審決の「上記相違点(イ)は,当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎないと云うべきである。」(審決書12頁2段)とした判断は誤っている。
3 取消事由3(相違点(ロ)についての判断の誤り) (1) 扉スイッチが,「周知・慣用手段として一般的な家電機器などに汎用されている」(審決書12頁3段)との審決の認定については異論はない。
しかし,このような扉スイッチをドライアイス生成装置に適用することに困難性がないとする根拠については,審決は何も述べていない。上記のとおり,ドライアイス生成の際に生じる噴出音,白煙,気体の二酸化炭素の流出防止との課題を発見し,本件発明1の構成に至ることについては,十分な創意性があり,扉スイッチの構成に想到することも当業者にとって容易とはいえない。
(2) 審決は,刊行物1に「「ドライアイスの生成に伴って霧がもうもうと立ちこめて使用者を驚かせるといったあらゆる不愉快な目に使用者をあわせないようにするために,また換気していない閉鎖した場所で気体の炭酸ガスが蓄積して窒息する恐れのないように,ドライアイス生成機の出口には,可動シャッタによって閉じられるハウジングから構成された気密室」を設ける等,ドライアイスとの直接接触を回避する安全策に関する教示がされている」(審決書12頁4段)と判断した。
しかし,この可動シャッタは,刊行物1のFIG.2にのみ記載されている構成であり,刊行物1のFIG.1にはこのような構成は記載されていない。審決は,刊行物1のFIG.1に記載された装置を引用発明として認定し,本件発明1と対比してきたのであるから,あくまでもFIG.1に記載された装置と対比すべきである。また,刊行物1のFIG.2に記載された装置の場合,気密室14の中に容器(袋)を入れることはできないのである。審決は,本件発明1と引用発明とを,作業室に容器(袋)を入れることを前提として対比してきたのであるから,そのような構成となっていない刊行物1のFIG.2に記載された装置をそのような対比に用いることは全く意味をなさない。
仮に,刊行物1のFIG.2に記載された装置から成る発明を本件発明1との対比に用いたとしても,同装置において,ドライアイスが最終的に容器(袋)の中に入るのはシャッタ15を開けた時点であり,このときに気密室14内の所定量のドライアイスが一挙にドサッと容器(袋)内に落ち,同様に白煙及び大量の気体の二酸化炭素が発生して外部に流出する。これに対し,本件発明1に係るドライアイス生成装置では,生成されたドライアイスがすべて袋の中に入り,白煙や気体の二酸化炭素の発生が十分に収まった時点で扉を開けるものである。
以上からすれば,相違点(ロ)についての,「ドライアイスとの直接接触を回避する安全策に関する教示がされているのであるから,上記相違点(イ)について前示した「前面に扉を有する作業室」を設計するに際し,その扉に上記「扉スイッチ」を設けること,すなわち「扉の閉止を検出した場合にのみドライアイス供給動作を可能とする制御装置」を設けることも,上記家電機器等の周知・慣用の安全手段を参考にすれば当業者が何ら困難なく適宜なし得ることと云うべきである。」(審決書12頁4段)との審決の判断は,誤りである。
被告の反論の骨子
審決に,原告主張の誤りはない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について 刊行物1における「ハウジング」との表現(訳文2頁10行目など)は,「boitier」の和訳である。「boitier」とは,例えば旺文杜のロワイヤル仏和中辞典(1985年初版,2002年重版,乙第1号証の1,213頁)では,「[仕切りのある]収納箱;ケース;覆い〜de chirurgien外科用器具箱」等の和訳及び使用例が与えられている。このように「boitier」の意味が「収納箱」であるから,引用発明の平行六面体ハウジング1は,正に,機器を収めている「収納箱」に該当する。
刊行物1において,平行六面体ハウジング1の本体は,「壁にかけるか脚部で取り付け可能」(甲第3号証訳文2頁10行〜11行)であると記載されており,現実には,保護スカートの後方が壁になるか,又は,その本体部分が4本の脚により支持されるか,である。したがって,その本体部分の下部は,後方の壁又は4本の脚という堅固な構造体により構成されており,保護スカートで囲まれることで作業「室」としての構造を有している。作業室は,袋などのドライアイスを受け入れる容器を入れる場所であって,前後左右の4面がすべて堅固な壁面である必要はない。この作業の目的を達成するためには,作業室の壁面が,本件明細書に記載された「鉄又はプラスティック製の板」(甲第2,第6号証【0006】)であろうが,刊行物1に記載された「透明で柔軟なシート」(甲第3号証訳文3頁18行)であろうが,違いはない。
2 取消事由2(相違点(イ)についての判断の誤り) 本件明細書の「発明が解決しようとする課題」には,「固形のドライアイスは直接手に触れると凍傷等の危険があり,その取り扱いは注意が必要である。店頭の販売では特に迅速を必要とするが,商品ヘドライアイスを添付する場合には,その度に手袋を着用せねばならないなど,特に小売店での店頭販売の障害となっていた」(甲第2,第6号証【0003】)と記載されているだけであり,他に何も記載されていない。このように,本件明細書に課題として記載されているのは,ドライアイスとの直接接触の危険性を回避することだけである。審決は,ドライアイス生成装置における噴出音・白煙・二酸化炭素の外部流出防止という課題を看過している,との原告の主張は,本件明細書に基づかない主張である。
原告は,相違点(イ)についての置き換えは,本件発明1における「筐体」及び「作業室」が,ドライアイス生成時の大きな噴出音,白煙,気体の二酸化炭素を外部に流出させないという役割を果たすものであることを考慮した場合,単なる設計事項ではない,と主張する。
しかし,刊行物1には,「有利には,本発明による装置の主要要素をまとめて,・・・ハウジングに入れる」(甲第3号証訳文2頁10〜11行)との記述や,「主要要素が,・・・ハウジング内に含まれることを特徴とする・・・装置」(同訳文4頁クレーム10)との記載があり,これらの記載からは,作業室をハウジング内に入れることが刊行物1においても明確に教示されているのである。このように,刊行物1には,作業室を筐体の内部に置くとの構成も教示されているのであるから,相違点(イ)を,当事者が容易になし得る設計的事項にすぎないとした審決の判断に誤りはない。
引用発明では,生成したドライアイスをドライアイスが貯められたところから取り出すときに,なるべく取り出しの邪魔にならないように保護スカート18が設けられている。この保護スカート18が本件発明1の作業室に出し入れする容器を外部から隔離する扉に対応している。刊行物1には,ドライアイスの生成中は,「ドライアイスの生成に伴う霧の放出をなくすために」(訳文3頁9行)「保護スカート18で囲むことが望ましい」(同18行)と記載されており,これらの保護スカートが設置された理由には,利用者の手との直接の接触防止のほか,ドライアイス生成に伴う霧の放出の防止も含まれているのである。
3 取消事由3(相違点(ロ)についての判断の誤り)について 原告は,扉スイッチを本件発明1のドライアイス生成装置に適用することに困難性がないとする根拠については,審決は何も述べていない,と論難する。しかし,周知・慣用技術として家電機器などに汎用されている扉スイッチを本件発明1のドライアイス生成装置に適用することは,技術分野も共通しており,当業者であれば容易になし得ることである。審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について 原告は,@本件発明1における「筐体」は,少なくともドライアイスを噴出する部分を囲うものでなければならない,引用発明のドライアイス供給装置では,ドライアイスを噴出する部分である垂直管7の下端を囲うものは,平行六面体ハウジング1ではなく,その1面が上半分しかない保護スカート18であるから,引用発明の平行六面体ハウジング1を本件発明1の「筺体」ということはできない,A本件発明1では,「筐体」があってこそ,その中に「作業室」が存在し得るのであるから,「筐体」が存在しない引用発明において,本件発明1における「作業室」なるものが存在し得る余地はない,と主張する。
確かに,本件発明1は,その請求項1から明らかなように,「筐体に,前面に扉を有する作業室を設け,・・・該作業室の上部に膨張用筒を立てて固定し,該膨張用筒の上端にドライアイス生成用の液化炭酸ガスを噴出するノズルを設け,且つ,発生したドライアイスを膨張用筒の下端に開口させた容器に一定時間供給する・・・ことを特徴とするドライアイス生成装置。」である。本件明細書の「本発明のドライアイス生成装置の本体は,鉄又はプラスチック製の板に囲まれた筐体であって,ドライアイス生成用の液化炭酸ガスを噴出するノズル中間部に作業室を設け,該作業室の上部にはドライアイスを生成するための膨張用筒が立てて固定されている。該膨張用筒の上部にはノズルがあり,該ノズルは電磁弁を介して液化炭酸ガスのボンベに通じている。作業室の前面には,容器を装入するための装入口を設け,装入口には扉を設けておく。」(甲第2,第6号証【0006】)との記載からも,本件発明1では,「筺体」が,液化炭酸ガスを噴出するノズルとその下端に設けた膨張用筒,及び,その下に設けた作業室を囲む箱状のものであると認められる。
これに対し,引用発明においては,平行六面体ハウジング1が,液化炭酸ガスを噴出するノズル5とその下端に設けた垂直管7を囲む箱状のものである(甲第3号証)。したがって,本件発明1の筺体と引用発明の平行六面体ハウジング1とは,液化炭酸ガスを噴出するノズルとその下端に設けた膨張用筒を囲むものである点では共通するものの,本件発明1の筺体は,膨張用筒の下に設けた作業室をも囲むのに対し,引用発明の平行六面体ハウジング1は,垂直管7の下端近くまでを囲むだけで,その下は保護スカート18と水平支持プレート9が設けられ,同プレート上に袋8が置かれてドライアイスを受け取る作業が行われる点で異なるものである。
審決は,本件発明1と引用発明との一致点を,「筐体と,作業室を設け,該作業室には容器を非連続的に搬出入するようにし,該作業室の上部に膨張用筒を立てて固定し,該膨張用筒の上端にドライアイス生成用の液化炭酸ガスを噴出するノズルを設け,且つ,発生したドライアイスを膨張用筒の下端に開口させた容器に一定時間供給するように制御する制御装置を設けたことを特徴とするドライアイス生成装置。」と認定した上で,「(イ)本件発明1では,「筐体に,前面に扉を有する作業室を設け」ているのに対し,甲1発明では,作業室が筐体部分にはなく保護スカートで構成されているため扉を有するものでもない点。」を両発明の相違点の一つ(相違点(イ))として認定している。この相違点(イ)の認定からすれば,審決が本件発明1と引用発明との上記相違点(引用発明においては,平行六面体ハウジング1が,垂直管7の下端近くまでを囲むだけで,その下は保護スカート18と水平支持プレート9が設けられているだけであること)を看過するものではなく,この点を相違点として認定していることが明らかである。したがって,審決が「筐体と,作業室を設け」ていることを本件発明1と引用発明との一致点と認定したからといって,両発明の上記相違点を看過していることになるわけのものではない。
本件発明1の請求項1の記載は上記のとおりであり,そこには,本件発明1の筺体内に,ノズル,膨張用筒及び作業室が設けられるものであることが明記されている。したがって,本件発明1においては,ノズルも,膨張用筒も,作業室も,すべて筒体内に設けられることが明らかである。しかし,このことは,何ら,本件発明1における「筺体」との用語自体が,ノズル,膨張用筒及び作業室などを収めるものを意味するものとして用いられていることを物語るものではない。請求項1においては,「筺体」に「作業室を設け・・・膨張用筒を立てて固定し・・・ノズルを設け」と規定されていることから,本件発明1の構成がそのようなものとして理解されるにすぎない。このような理解を排斥して,本件発明1における「筒体」の語自体に,一般的にこの語が意味するのとは異なる意味を与えるべき事情は,本件全証拠によっても認めることはできない。したがって,引用発明の平行六面体ハウジング1が本件発明1の「筺体」に相当し,引用発明の平行六面体ハウジングの下端部と水平支持プレート9及び保護スカート18により囲まれた部分が本件発明1の「作業室」に相当するとした上で,上記のように「相違点(イ)」を認定した審決の認定に,何ら相違点の看過はない。原告の前記主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点(イ)についての判断の誤り) 審決は,「相違点(イ)のうち「筐体に,作業室を設ける」点の意義については,本件明細書に特段説明されているわけではないから,この構成の技術的な意義は,筐体内に作業室を設けこの作業室に出し入れする容器を外部と隔離する程度のことと解するのが相当であるが,家電機器に限らず物を収納する機器の場合,その収納空間を筐体で包囲して構成することは最も一般的な周知・慣用手段である。この点について,甲第1号証(判決注・刊行物1)の上記(A-5)にも,「有利には,本発明による装置の主要要素をまとめて,壁にかけるか脚部で取り付け可能なハウジングに入れるが,」と記載されているとおり,装置の主要要素をまとめて「ハウジングに入れる」方が有利であるとも教示されている。そうであれば,甲1発明(判決注・引用発明)の「保護スカート」に替えて,「ドライアイス生成装置」全体をハウジング1(筐体)で構成する(筐体内に作業室を設ける)程度のことも,甲第1号証の上記教示や一般的な周知・慣用手段からみて当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎないと云うべきである。」(審決書11頁5段,6段)と判断した。原告は,本件発明1に係るドライアイス生成装置においては,ドライアイス生成に伴う噴出音,白煙,気体の二酸化炭素の流出防止が至上課題である,このような課題に配慮すること自体も,このような課題に配慮した後に,本件発明1の構成に至ることも,当業者が適宜なし得ることではないにもかかわらず,審決は,これらの点に関する判断を怠っている,などと主張する。
審決が「上記相違点(イ)のうち「前面に扉を有する作業室」という点について検討すると,甲1発明の作業室は,保護スカートで構成されているものの,容器(袋8)を出し入れするところに変わりはないのであるから,この作業室を筐体で構成する場合でも「容器の出し入れ」という観点から,そこに扉を設けることは極めて当然の帰結と云うべきである。」(審決書11頁7段)と判断したことについても,原告は,審決は,本件発明1における「扉」を容器の出し入れという観点のみからとらえており,ドライアイス生成時の大きな噴出音,もうもうたる白煙,有毒な二酸化炭素の外部流出防止という重要な観点を看過している,と主張する。
しかしながら,仮に,本件発明1の課題の中に,原告主張のように,ドライアイス生成時の噴出音,白煙,気体の二酸化炭素の流出防止が含まれているとしても,そのような課題の有無にかかわらず相違点(イ)に係る同発明の構成に至ることが容易であるならば,そのような構成を進歩性の根拠にすることができないことは論ずるまでもないことであるから,原告の上記主張は,本来,主張自体として失当というべきである。
この点はおくとしても,本件発明1の解決しようとする課題,目的が,ドライアイスが直接手に触れないような装置とすることにより安全性を確保しようとするものであることだけであることは,本件明細書の次の記載から明らかである。
「【発明が解決しようとする課題】固形のドライアイスは直接手に触れると凍傷等の危険があり,その取り扱いは注意が必要である。店頭の販売では特に迅速を必要とするが,商品へドライアイスを添付する場合には,その度に手袋を着用せねばならないなど,特に小売店での店頭販売の障害となっていた。」(甲第2,第6号証【0003】), 「更に,安全性を確保するために,作業室に装入した把手付袋状の容器を繋留するためのフックを作業室の上部に設け,ドライアイスを袋に供給する間,使用者が袋を手で保持する必要がないようにすることが望ましい。また,扉が閉止されないと制御装置がドライアイス供給動作を行なわないようにすることも望ましい。
更に,扉を閉じると自動的にドライアイス供給動作が開始するようにすると便利である。もちろん,扉を閉じた後,使用者が手動スイッチを入れて初めて供給動作が開始するようにしてもよい。」(同【0005】), 「【発明の効果】本発明に係るドライアイス生成装置では,作業室内に容器を入れると,制御装置が一定時間だけ液化炭酸ガスをノズルから膨張用筒内に噴出させ,断熱膨張により生成されたドライアイスをその容器内に入れるようにしているため,使用者がドライアイスに触れることなく容器に入れることができる。このため,一々手袋をはめたりする必要もなく,一般の使用者でも容易に扱うことができる。しかも,例えば,作業室の扉が完全に閉まらないと作動しないように,或いは,容器が作業室に装入されないと作動しないように等,種々の安全装置を設けることにより,一般の人が安全に用いることができるようになっている。」,「この装置の導入によりスーパーマーケットなどの冷凍商品の取り扱いが容易となり,持ち帰り商品の販売増進が図られる効果がある。」(同【0018】〜【0019】) 一方,原告が主張する,上記のドライアイス生成時の噴出音,白煙,気体の二酸化炭素の外部流出の防止という安全性確保の観点からの説明は,本件明細書には全く示されていない。原告の上記主張は,いずれも本件明細書の記載に基づかない主張である。
もっとも,ドライアイスの生成に伴い,噴出音の発生,白煙,気体の二酸化炭素の外部流出等の不快な事態が生じる,という事態を改善すべきであるとの課題自体は,本件明細書に記載はなくとも,刊行物1に開示されている。すなわち,刊行物1には,そのFig.2に示された装置に関する記載ではあるものの,「ドライアイスの生成に伴って霧がもうもうと立ちこめて使用者を驚かせるといったあらゆる不愉快な目に使用者をあわせないようにするために,又換気をしていない閉鎖された場所で気体の炭素ガスが蓄積して窒息する恐れのないように,ドライアイス生成機の出口には,可動シャッタによって閉じられるハウジングから構成された気密室を設け」(甲第3号証訳文2頁1段)との記載,及び,「ドライアイスの生成に伴う霧の放出をなくすために,管7(FIG.2)の口元に気密室を設けることができる。」(同訳文3頁3段)との記載がある。このように,原告が主張する,ドライアイスの生成に伴い,噴出音の発生,白煙,気体の二酸化炭素の外部流出等の不快な事態が発生するのを防ぐ,との課題は,刊行物1に開示されている課題であるから,当業者が,引用発明の保護スカートに代えて,本件発明1の筺体と筺体に作業室と扉を設けた構造に想到するに至るには十分な動機付けがあったものということができる。現に,刊行物1には,「有利には,本発明による装置の主要要素をまとめて,壁にかけるか脚部で取り付け可能なハウジングに入れる」(甲第3号証訳文2頁10〜11行)との記述や,「主要要素が,壁にかけるか脚部で取り付けたハウジング(1)内に含まれることを特徴とする請求項1から9のいずれか1項に記載の装置」(同訳文4頁クレーム10)との記載があり,作業室を平行六面体ハウジング1の内部に設けるとの構成が,刊行物1においても明確に教示されているのである。このように,刊行物1には,引用発明における作業室を平行六面体ハウジング1の内部に設けるとの構成も教示されていることと,「家電機器に限らず物を収納する機器の場合,その収納空間を筐体で包囲して構成することは最も一般的な周知・慣用手段である」(審決書11頁5段)ことからすれば,引用発明と本件発明1との相違点(イ)を,当事者が容易になし得る設計的事項にすぎない,とした審決の判断に,誤りはないことが明らかである。
3 取消事由3(相違点(ロ)についての判断の誤り) 審決は,「本件発明1の上記相違点(ロ)の制御装置は,・・・周知・慣用手段として一般的な家電機器などに汎用されている「扉スイッチ」というものである・・・。・・・甲第1号証(判決注・刊行物1)・・・にも,「ドライアイス供給装置」について,「ドライアイスの生成に伴って霧がもうもうと立ちこめて使用者を驚かせるといったあらゆる不愉快な目に使用者をあわせないようにするために,また換気していない閉鎖した場所で気体の炭酸ガスが蓄積して窒息する恐れのないように,ドライアイス生成機の出口には,可動シャッタによって閉じられるハウジングから構成された気密室」を設ける等,ドライアイスとの直接接触を回避する安全策に関する教示がされているのであるから,上記相違点(イ)について前示した「前面に扉を有する作業室」を設計するに際し,その扉に上記「扉スイッチ」を設けること,すなわち「扉の閉止を検出した場合にのみドライアイス供給動作を可能とする制御装置」を設けることも,上記家電機器等の周知・慣用の安全手段を参考にすれば当業者が何ら困難なく適宜なし得ることと云うべきである。」(審決書12頁3段,4段)と判断した。
原告は,@扉スイッチをドライアイス生成装置に適用することに困難性がないことの根拠については,審決は何も述べていない,上記のとおり,ドライアイス生成の際に生じる噴出音,白煙,気体の二酸化炭素の流出防止との課題を発見し,本件発明1の構成に至ることについては,十分な創意性があり,扉スイッチの構成に想到することも当業者にとって容易とはいえない,A可動シャッタは,刊行物1のFIG.2にのみ記載されている構成である,審決は,刊行物1のFIG.1に記載された装置を引用発明として認定し,本件発明1と対比してきたのであるから,あくまでもFIG.1に記載された装置と対比すべきである,B刊行物1のFIG.2に記載された装置において,ドライアイスが最終的に容器(袋)の中に入るのはシャッタ15を開けた時点であり,この時に気密室14内の所定量のドライアイスが一挙にドサッと容器(袋)内に落ち,同様に白煙及び大量の気体二酸化炭素が発生して外部に流出する,これに対し,本件発明1に係るドライアイス生成装置では,生成されたドライアイスがすべて袋の中に入り,白煙や気体の二酸化炭素の発生が十分に収まった時点で扉を開けるものである,と主張する。
しかし,審決は,「扉スイッチ」をドライアイス製造装置に適用し得ることについては,上記のとおり,刊行物1に「ドライアイス生成機の出口には,可動シャッタによって閉じられるハウジングから構成された気密室を設け」(甲第3号証訳文2頁1段)る等,ドライアイスとの直接接触を回避する安全策に関する開示があることをその根拠として示しているのであり,審決がその困難性がないことについて何らその根拠を示していない,との原告の主張は理由がなく,また,本件発明1の前記課題を発見し,その構成に至ることについて困難性がないことは,取消事由2において述べたとおりである。原告の上記@の主張は理由がない。
審決は,刊行物1のFIG.1に記載された発明を引用発明として本件発明1と対比し,その上で,本件発明1と引用発明との相違点(ロ)について,刊行物1のFIG.2に記載された発明について刊行物1に記載された課題,すなわち,ドライアイスの生成に伴って生じる霧や気体の炭酸ガス及びドライアイスとの直接接触を避けるための安全策が求められているとの課題を紹介し,このような課題を解決するために,周知慣用の安全手段である「扉スイッチ」を設けることは,当業者にとって容易である,と判断したものである。審決は,刊行物1のFIG.2に記載された発明に関する刊行物1における上記記載を,引用発明として認定しているものではなく,引用発明から本件発明1に想到するに至る動機付けとなる課題として認定していることは明らかである。そして,直接にはFIG.2に記載された発明に関して記載されたものとはいえ,刊行物1の上記記載の内容が,FIG.1に記載された発明(引用発明)にも当てはまるものであることは,明白である。原告の前記Aの主張は,審決の内容を誤解しているものであり,理由がない。
審決は,上記のとおり,刊行物1のFIG.2に記載された発明を引用発明として認定しているわけではなく,同発明に関して記載されたドライアイス生成装置における技術的課題として認定しているものであることは上記のとおりである。したがって,原告が刊行物1のFIG.2に記載された発明と本件発明1とを対比して,その技術的相違点を主張することは,審決の取消事由の主張としては,意味のないことである。原告の前記Bの主張も理由がない。
結論
以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久