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関連ワード 有用性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  技術的手段 /  化学構造 /  優先権 /  優先日 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  釈明 /  取消決定 /  国際公開 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 136号 特許取消決定取消請求事件
原告 古河電気工業株式会社
訴訟代理人弁護士 及川昭二
訴訟代理人弁理士 飯田敏三
同 柏木悠三
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 矢澤清純
同 森正幸
同 高木進
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/11/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が,平成13年2月5日,異議2000-71139号審判事件についてした決定を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「ペリクル」とする特許(平成元年4月17日に出願した特願平1-95186号を先の出願(以下「本件先の出願」という。上記日を「本件優先日」という。)として,平成6年法律第116号による改正前の特許法(以下単に「旧特許法」という。)42条の2に基づく優先権を主張して,平成元年9月5日(以下「本件出願日」という。)に特許出願(特願平1-228229号,以下「本件出願」という。)をし,平成11年7月9日設定登録(特許第2951337号)がなされた。以下「本件特許」という。請求項の数は1である。)の特許権者である。
本件出願に係る願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の記載内容は,甲第2号証の特許公報のとおりである。なお,平成14年3月18日,明りょうでない記載の釈明を目的として,本件特許の明細書及び図面が訂正された(訂正2002-39011号審決・乙第7号証)。ただし,請求項の訂正はなされていない。
(2) 平成12年3月21日,本件特許に対し,旭硝子株式会社及び武井英夫から特許異議の申立てがなされた。特許庁は,これを,異議2000-71139号事件として審理し,その結果,平成13年2月5日付けで,「特許第2951337号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,平成13年3月5日,その謄本を原告に送達した。
2 本件発明の特許請求の範囲 「非結晶質性であって,厚さ100μmの膜におけるUV光の透過率が,波長200nmから300nmの全範囲において50%以上の透過率である,主鎖に環構造を有するフッ素樹脂の膜から作成された,波長300nm以下のエキシマレーザー露光処理用ペリクル」(以下「本件発明」という。) 3 決定の理由の骨子 (1) 本件決定は, ア 本件発明は,米国特許第4657805号明細書(審判甲第1号証・本訴甲第3号証,以下「甲3公報」といい,これに記載された発明を「引用発明1」という。国際公開日は,1988年6月2日である。),「プラスチックスエージ Vol.34(1988),No.11」(審判甲第2号証・本訴甲第4号証,以下「甲4文献」という。),「電学誌 108巻11号(1988)」(審判甲第3号証・本訴甲第5号証,以下「甲5文献」という。)に記載された発明に基づき,当業者が容易に発明することができたものである。
イ 本件発明は,本件先の出願に添付された明細書(以下「本件先の出願の明細書」という。甲第23号証は,この明細書を含む,本件先の出願の特許願である。)に記載されていないから,特許法29条の2に関し,その特許性の判断基準日は本件出願日(平成元年9月5日)となる。
本件発明は,本件出願日前に出願された発明(特願平1-136178号の願書に最初に添付された明細書(甲第22号証),以下,これを「先の引例明細書」といい,これに記載された発明を「先の引例発明」という。)に基づく優先権を主張して,本件出願日後に出願され(特願平2-133990号),公開された(特開平3-67262号公報)特許に係る出願明細書(以下「後の引例明細書」という。甲第6号証は,その内容を示す特許公報である。以下「甲6公報」という。)に記載された発明(以下「後の引例発明」という。)と,先の引例発明とに共通する発明(以下「先願発明」という。)と,同一である。
と判断した上で,本件発明は,特許法29条2項にも29条の2にも該当し,特許を受けることができない,とした。
(2) 本件決定が上記結論(1)アを導くに当たり認定した本件発明と引用発明1との一致点・相違点は,次のとおりである(決定書5頁〜6頁)。
(一致点) 「非結晶質性であって,紫外線を透過するフッ素樹脂の膜から作成された,露光処理用ペリクル」である点 (相違点) A フッ素樹脂の膜について 本件発明では,「厚さ100μmの膜におけるUV光の透過率が,波長200nmから300nmの全範囲において50%以上の透過率である,主鎖に環構造を有する」フッ素樹脂の膜から作成されたものであるのに対し, 引用発明1では,「主鎖に環構造を有する」フッ素樹脂は開示されておらず,透過率については,「10μmの膜厚みにおいて,240〜290nmの波長の光に対する90%以上の平均光線透過率と,290〜500nmの波長の光に対する93.5%以上の平均光線透過率と,1.42以下の屈折率とを有する」 という点 B 用途について 本件発明が,「波長300nm以下のエキシマレーザー露光処理用」であるのに対し,引用発明1では,240nmの光に対する透過率は記載されてはいるものの,波長300nm以下のエキシマレーザー露光に用いることは直接開示されていない点 (3) 本件決定が,上記結論(1)イを導くに当たり認定した本件発明と先願発明との一致点・一応の相違点は,次のとおりである。
(一致点) 「非結晶質性であって,紫外線を透過する,主鎖に環構造を有するフッ素樹脂の膜から作成された,露光処理用ペリクル」である点 (一応の相違点) A フッ素樹脂の膜の透過率について,本件発明では,「厚さ100μmの膜におけるUV光の透過率が,波長200nmから300nmの全範囲において50%以上の透過率である」のに対し,先願発明では,「膜厚2μmの薄膜の光線透過率が250〜700nmの全波長域において92%以上」である,とされている点 B 本件発明が,「波長300nm以下のエキシマレーザー露光処理用」であるのに対し,先願発明では,「近年半導体の集積度を向上させる目的から,リソグラフィ工程に於いてより波長の短い紫外線領域の光が用いられる傾向がある」と記載され,250nmの光に対する透過率は記載されてはいるものの,波長300nm以下のエキシマレーザー露光に用いることは開示されていない点
原告の主張の要点
本件決定は,本件発明が甲3公報,甲4文献及び甲5文献に基いて当業者が容易に発明をすることができるものであると誤って判断し,かつ,本件発明と先願発明とが同一であると誤って判断し,これら二つの誤りの結果,本件発明が特許法29条2項にも同法29条の2にも該当するとして,本件特許を取り消したものであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
1 特許法29条2項の判断についての誤り (1) 本件決定は,「本件発明は,その実施の態様である「「CYTOP」の膜から作成された,波長300nm以下のエキシマレーザー露光処理用ペリクル。」が,上記刊行物1〜3(判決注・甲3公報,甲4文献及び甲5文献)に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。」(決定書6頁34行目〜37行目),とする。
(2) 本件決定は,(1)の理由の一つとして,「<サイトップ>は刊行物1(判決注・甲3公報)に記載された発明(引用発明1)におけるフッ素樹脂として採用し得るものであることが当業者に明らかである。」(決定書6頁20行目〜22行目)というが,誤りである。
甲3公報の発明は,本件発明と同様,ペリクルに係るものである。ところが,甲4文献には,サイトップの用途として,光ファイバー,石英ガラスの代替及び光学レンズへの利用の可能性が記載されているだけで,ペリクルについては一切記載されていない。
このような状況の下で,サイトップを,引用発明1におけるペリクルのためのフッ素樹脂として採用し得ることは,当業者に明らかなことであった,とすることは,許されないというべきである。
(3) 本件決定は,(1)の理由の一つとして,「「<サイトップ>の膜から作成された露光処理用ペリクル」は,刊行物2(判決注・甲4文献)において,<サイトップ>が波長200nmにおけるUV光の透過率が50%以上(厚さ200μmの膜)という極めて良好な値を示し,紫外線により劣化しない有機材料であるとされていることなどからして,刊行物3(判決注・甲5文献)等に記載されているように本件出願当時既に開発がされていたKrFエキシマレーザ(波長248nm)の露光処理にも使用可能であるだろうことは,当業者であれば充分予期できることであるし,また実際に試してみて確認できる程度のことにすぎない。」(決定書6頁23行目〜30行目)というが,誤りである。
仮に,当業者が,甲3公報及び甲4文献に基いて,当業者が,「サイトップの膜から作成された露光処理用ペリクル」(以下,「引用ペリクル」という。)を容易に発明することができたとしても,これがKrFエキシマレーザーの露光処理にも使用することの可能なものであることは,当業者が当然に予想できるものではない。
ア エキシマレーザーは,パルス光であり,通常の光と比べて,光子密度が高く,単位時間当たりの照射エネルギーが相当に高い(108倍)ものであることは,周知の事実である(甲第13号証)。そのため,波長300nm以下のエキシマレーザーを用いると,光学系が破滅的損傷を起こしてしまうことも知られている(甲第28号証,第29号証)。
波長300nm以下のエキシマレーザーは,光子1個でも化学結合(C-C)を切断するのに十分なエネルギーを有している。さらに,1個目の光子で分子が励起している間にさらに2個目の光子が作用を及ぼす反応,すなわち2光子反応が起こり得ることも知られている(甲5文献,甲第14号証,甲第15号証)。
要するに,エキシマレーザーと,ランプ光源等に基づく通常の紫外線とは,その性質が全く異なるのである。
当業者は,甲4文献に,サイトップが,紫外線を含めた通常の光によって劣化しないことが記載されていることから,引用ペリクルも,紫外線を含めた通常の光によって劣化しない,ということまでは予想し得る。しかし,エキシマレーザーと通常の光との上記の違いを考慮すると,KrFエキシマレーザーによっては,引用ペリクルの劣化や損傷の起こることがむしろ予想され,引用ペリクルがKrFエキシマレーザーの露光処理にも使用することの可能なものであることは,当業者が予想できないことである。
甲3文献にも,露光のためにエキシマレーザーを用いることについては,何ら記載も示唆もないのである。
イ 被告は,一般に2光子反応が起こる確率は非常に小さく,また,引用ペリクルは紫外線の透過性が高く,ほとんどこれを吸収しないから,引用ペリクルにも,エキシマレーザーによる劣化や損傷の起こることは予想されないと主張する。
しかし,被告が一般にそれが起こる確率が非常に小さいとした2光子反応は,指摘の記載によれば,1分子に2光子が同時に衝突する確率であって,同時に衝突しない2光子反応も知られているから,被告の主張に根拠はない。
そもそも,上で述べたように,エキシマレーザーの照射は,光子1個でも化学結合「C-C」を切断するのに十分なエネルギーを有しているのであるから,2光子反応が起こる可能性が小さいとしても,相当高い確率で引用ペリクルに劣化や損傷の起こることを否定することはできない。
以上のとおり,通常の紫外線に比べ,エキシマレーザーの照射エネルギーは膨大なものであり,ペリクルがそれを吸収する率がわずかであるとしても,吸収されたエネルギーはその劣化を起こすには十分すぎるのである。エキシマレーザーを通常の紫外線と同視することはできない。通常の紫外線において十分な透過率を持つ露光処理用ペリクルであるからといって,それが,エキシマレーザーによる露光処理にも使用できるものであることは,当業者にとって,決して容易に予想し得ることではない。
(4) 被告は,半導体集積回路の製造において,エキシマレーザーによる露光処理に,薄膜から成るペリクルが必要不可欠であることは技術的にみて当然のことであるから,引用ペリクルをKrFエキシマレーザーの露光処理に使用することも,当業者が容易に想到できるものである,と主張する。しかし,エキシマレーザーによる露光処理に薄膜から成るペリクルが必要不可欠である,とはいうことはできない。
露光時にレチクルに付着したゴミがウェハー上に結像され,不良品となる問題を解決するための,本件優先日前の技術的手段としては,薄膜から成るペリクルの使用だけではなく,マスク・ガラスサンドイッチ構造体や合成石英の平行平面板を用いることなども知られていた(甲第34号証,乙第5号証,第6号証)。
本件優先日当時の当業者において,エキシマレーザーによる露光処理において,薄膜から成るペリクルが有用であるとの認識はなく,むしろ,薄膜から成るペリクルを用いてエキシマレーザー露光処理を行うと,圧倒的な高エネルギーと高光子密度のために,ペリクルの化学結合が切断され,短時間に破れてしまうことが知られていた(乙第6号証)。このような状況の下では,当業者は,むしろ,ペリクルに代えて,合成石英の平行平面板等を採用することを選択する,と理解すべきである。
このように,薄膜から成るペリクルが,エキシマレーザーによる露光処理に使用することの可能なものであるとは,当業者は容易には予想できず,同様に薄膜から成る引用ペリクルについても,KrFエキシマレーザーの露光処理に使用することの可能なものであるとは,当業者は容易には予想できなかったのである。
(5) 本件発明の有する顕著な効果の看過について ア 本件明細書記載の実施例1で示したように,紫外線に対して十分な耐久性を持つとされる,テトラフロロエチレンと弗化ビニリデンの共重合体から作成したペリクルは,ArF(139nm)及びKrF(249nm)のエキシマレーザー露光処理では,露光1万回程度で使用不能になったのに対し,本件発明のサイトップの膜から作成されたペリクルは,露光10万回でも何ら不具合を生じないという,当業者が予測できない顕著な効果を奏する。
本件決定は,本件発明のこの顕著な効果を看過する。このことも,本件発明は容易に発明をすることができたとする決定の判断を誤りとするものである。
イ この点について補足する。
甲3公報に記載されたカイナー7201(テトラフロロエチレンと弗化ビニリデンとの共重合体,エルフ・アトケム社(旧 ペンウオルト社)製)から作成されたペリクルは,KrFエキシマレーザーによる照射では,40mJ/cm2,80mJ/cm2,160mJ/cm2で,それぞれ,わずか6分(36,000パルス),2分5秒(12,500パルス),1分45秒(10,500パルス)でき裂が入ってしまい,耐エキシマレーザー性を示さなかったのに対し,本件発明の実施態様の一つであるテフロンAF(Du Pont社製)から作成されたペリクルは,160mJ/cm2の照射で,7時間30分間(2,700,000パルス)全くき裂などを起こさず,前記のペリクルの約260倍の耐エキシマレーザー性を示している。このことからも,本件発明は顕著な効果を奏することが分かる(甲第30号証)。
ウ 被告は,テフロンAF製のペリクルが,カイナー7201製のペリクルの約260倍の耐エキシマレーザー性を示すことは,本件明細書に記載されていないから,これを本件発明の効果とすることはできない,と主張する。
もともと,本件明細書にも,テトラフロロエチレンと弗化ビニリデンの共重合体を用いたペリクルと,本件発明との比較実験をしたことについて記載されている(甲第2号証4頁)。甲第30号証に示された実験は,甲3公報の実施例1に記載されたフッ素系樹脂カイナー7201製の薄膜と,本件発明の代表的な有機樹脂テフロンAF(商品名)の薄膜について,これらが破損するまで,エキシマレーザー照射回数を増やして試験したものにほかならない。甲第30号証の実験結果は,正に本件発明の効果を示すものである。
エ 「構成に基づく効果の予測が困難な技術分野の事例において,構成の置換が容易であって本願発明が引用発明と同質の効果を奏する場合であっても,その効果が技術水準から予測できない顕著なものである場合は進歩性がある。」(東京高裁平成8年(行ケ)第136号),というべきであるから,本件発明は,進歩性を有する。
(6) まとめ 甲3公報には,波長300nm以下のエキシマレーザー露光について,何らその直接の記載もこれを示唆する記載もない。甲4文献も同様である。通常の紫外線に対する耐光性と,エキシマレーザーに対する耐光性とは,全く別の問題であり,前者から後者を当然に予測することができるものではないことについては,前記のとおりである。
甲4文献には,「サイトップ」を,ペリクルとして用いることができることについて,何ら,その直接の記載もこれを示唆する記載もない。
甲5文献には,エキシマレーザー露光装置により,サブミクロンの線幅のパターンの形成が実験的にできたことの記載はある。しかし,これにペリクルを用いることについては,そのことを示す直接の記載もこれを示唆する記載もない。
結局,甲3公報,甲4文献及び甲5文献をいかに組み合わせても,「波長300nm以下のエキシマレーザー露光処理用ペリクル」という,本件発明の構成は出てこないのである。
2 特許法29条の2の判断についての誤り (1) 本件先の出願の明細書の記載内容の認定の誤り ア 本件決定は, 「本件先の出願の明細書の記載では「主鎖に環構造を有するフッ素樹脂」一般を用いペリクル用に膜を作製するという技術思想まで開示されていたことにはならないので,「フッ素樹脂「CYTOP」(商品名)」という構成ではなく「主鎖に環構造を有するフッ素樹脂の膜から作成された」という構成を含む本件発明について優先権を認めることはできない。
したがって,特許法第29条の2等について本件発明の特許性判断の基準となる日(以下,「基準日」という。)は本件出願の出願日である平成1年9月5日である。」(7頁29行目〜37行目) とする。
イ 商品名によって示されているものであっても,その商品を市場で入手することが可能であれば,これを分析して構造を特定することは容易になし得ることであるから,その構造は公知であるというべきである。したがって,サイトップやFPXが,「主鎖に環構造を有するフッ素樹脂」であるということも,公知であったというべきである。そもそも,「主鎖に環構造を有するフッ素樹脂」自体が,旧知のものであった。
「主鎖に環構造を有するフッ素樹脂」という概念は,本件先の出願の明細書に,好ましいフッ素樹脂として挙げたサイトップ及びFPXという商品名の物質の化学構造そのものであり,これらの,普通の表現にすぎない。本件先の出願の明細書に,「主鎖に環構造を有するフッ素樹脂」を用いペリクル用に膜を作製するという技術思想は,開示されていたといい得る。
本件先の出願の明細書(甲第23号証)の記載においても,「本発明において用いられるフッ素樹脂は上記の光学的透過性の点以外は特に制限はなく広くフッ素含有樹脂を用いることができる。」(4頁10行目〜12行目)としており,フッ素樹脂の構造について特に限定はしていないから,「主鎖に環構造を有するフッ素樹脂」も当然含まれる。
したがって,特許性の判断の基準日は,平成元年4月17日である。
(2) 本件発明と先願発明との相違点の認定の誤り ア 本件決定は,「本件発明が「波長300nm以下のエキシマレーザー露光処理用」であるのに対し,引例発明(判決注・先願発明)では,「近年半導体の集積度を向上させる目的から,リソグラフィ工程に於いてより波長の短い紫外線領域の光が用いられる傾向がある」と記載され,250nmの光に対する透過率は記載されてはいるものの,波長300nm以下のエキシマレーザー露光に用いることは開示されていない点」で一応相違している。」(10頁3行目〜9行目)と相違点の一つ(相違点B)を正しく認定したにもかかわらず,「先願の出願時において,波長300nm以下のエキシマレーザー露光,特にKrF(248nm)エキシマレーザーを用いた紫外線露光は,・・・,当業者に既に周知の技術であったと認められるから,先願発明の「非結晶質性であって,主鎖に環構造を有するフッ素樹脂の膜から作成された紫外線露光処理用ペリクル」は,本来「波長300nm以下のエキシマレーザー露光処理用」でもあるということができるので,Bも実質的な相違点ではない。」(決定書10頁20行目〜26行目),とする。
イ 本件発明は,エキシマレーザー露光処理用であるのに対し,先願発明は紫外線露光処理用である。
前記のとおり,エキシマレーザーと通常の紫外線とは,物理的・光化学的性質及び作用効果が著しく異なるものであり,したがって,用途も明らかに異なる。用途も発明の構成要件であるから,本件発明は先願発明とは明らかに区別される。
ウ 本件決定は,エキシマレーザー露光が,本件出願日当時に,単に周知技術として存在していたという理由だけで,先願発明の,非結晶質性であって,主鎖に環構造を有するフッ素樹脂の膜から作成された紫外線露光処理用ペリクルが,波長300nm以下のエキシマレーザー露光処理用ペリクルでもあるとしている。
しかし,本件出願時は,エキシマレーザーを用いた,サブミクロンの解像度の焼き付けがようやく可能になったにすぎず(甲5文献には,1チップ当たり10パルスが必要なことが記載されているなど,量産,歩留まりの向上は考慮されていない。),また,これに用いる光学部品(レンズ,レジスト,ペリクル等)の劣化反応,光照射損傷という問題は解決されていなかった。周知技術として挙げられた甲第7号証ないし第10号証(審判甲第2号証ないし第5号証)にも,どのようなペリクルを用いるかは記載されていない。
このような状況にあるとき,波長300nm以下のエキシマレーザーによる露光が技術的に可能であったというだけで,先願発明のペリクルを,それにも用いることができることが明らかであった,とすることができないのは,いうまでもないことである。
被告の反論の要点
原告の主張に理由はなく,本件決定に誤りはない。
1 原告の主張1(特許法29条2項の判断についての誤り)に対して (1) 原告は,甲4文献に記載されたサイトップが,甲3公報に記載された発明におけるフッ素樹脂として採用し得るものであることは,当業者に明らかであるとはいえない,と主張する。
甲4文献には,サイトップが紫外線の透過性に優れるフッ素樹脂であることが開示されているから,これを,紫外線の透過性が重要である引用発明1に採用することは,当業者が容易に想到し得ることである。
(2) 原告は,波長300nm以下のエキシマレーザーを用いると,その高エネルギーのため,光学要素が破滅的損傷を起こしてしまうこと(甲第28号証,第29号証),波長300nm以下のエキシマレーザーは2光子反応を起こすことが知られていることを挙げ,引用ペリクルはKrFエキシマレーザーによって速やかに劣化や損傷を起こすことが予想され,これをKrFエキシマレーザーの露光処理に使用することが可能であることは容易には想到できない,と主張する。
ア 半導体集積回路の製造において,露光時にレチクル上に存在するゴミは回路に重大な欠陥をもたらすものであり,この問題を解決するために薄膜から成るペリクルが必要とされている。このことは,エキシマレーザーによる露光処理においても同様であることは,技術的にみて当然のことである。例えば,「特開昭63-6553号公報」(乙第6号証、(以下「乙6公報」という。)には,解像度を高めるためエキシマレーザーを光源とした投影型半導体露光装置において,遠紫外光を透過する合成石英等の無機材料から成る防塵用平行平面板を用いることで,レチクル表面への塵埃付着を防止することが記載されている。この技術において,上記防塵用平行平面板は,薄膜を用いたペリクル(乙第5号証)と同じ機能を有するものである。
上述したようにエキシマレーザーによる露光時においても,薄膜から成るペリクルが当然に必要であり,しかも,後記のとおり,KrFエキシマレーザーの露光処理は本件出願前に周知となっていたから,当業者が引用ペリクルに接すれば,この周知のエキシマレーザーによる露光処理にこれを使用しようと試みるのは,ごく自然なことである。
イ 原告が,エキシマレーザーが高エネルギーであるというのは,単位時間当たりに照射されるエネルギーのことであり,実際には,そのパルス幅は10nsの単位であって極めて短いから,1回の照射により,ペリクルが吸収する光の絶対量が108倍になるということはない。
波長300nm以下の波長の紫外線であれば,エキシマレーザーでないものであっても,C-C結合を切断するのに十分なエネルギーを有しているものであり,この点においてエキシマレーザーと異ならない。
ウ 甲第28号証には,エキシマレーザーの照射により,一般的に光学系に壊滅的損傷が生じる可能性があることが記載されているにすぎない。甲第29号証には,マスクとして使用される不透明なクロムに壊滅的損傷が起きたことが記載されてはいるものの,紫外線透過性の高い材料である石英についての損傷は記載されていない。
いずれにしても,これらの甲号証は,紫外線レーザーによる発熱反応による損傷を示すだけで,2光子反応による損傷を示すものではない。これら甲号証を根拠に,引用ペリクルをKrFエキシマレーザーの露光処理に使用することが可能であることは予期できない,とすることはできない。
2光子反応が起こる確率は非常に小さいものでり,引用ペリクルに2光子反応に相当する波長域の吸収があることも明らかにされていないから,KrFエキシマレーザーの照射により引用ペリクルに2光子反応が必ず起きるとは限らない。さらに,1光子反応であろうと2光子反応であろうと,そもそも劣化が起きるには,まず吸収がなければならないから,紫外線の透過性が高くほとんどこれを吸収しない引用ペリクルについてまで,その反応について常に考慮しなければならないというわけではない。
エ 原告は,甲第30号証等から,本件発明は予測できない顕著な効果を奏するものであって,決定はこの効果を看過する,と主張する。
しかし,引用ペリクルが,KrFエキシマレーザー露光に対し十分な耐久性を示すことは,上記露光に実際に使用することによって,容易に判明することにすぎない。これを予測できない顕著な効果ということはできない。
甲第30号証により,本件発明の実施態様のテフロンAFが従来技術によるものの約260倍の耐久性を示すことが明らかにされたとしても,そのことは,本件明細書に記載されていないから,甲第30号証に基づいて原告が主張する効果を,本件発明の特許性(進歩性)の根拠とすることはできない。
2 原告の主張2(特許法29条の2の判断についての誤り)に対して (1) 原告は,本件先の出願の明細書に,ペリクルを作成する膜に用いるフッ素樹脂としてサイトップ及びFPXという商品が記載されていることを根拠に,そこには,「主鎖に環構造を有するフッ素樹脂」を採用してペリクル用の膜を作製するという技術思想が開示されている,と主張する。
本件先の出願の明細書には,「主鎖に環構造を有するフッ素樹脂」という文言の記載はない。同フッ素樹脂の一般式や代表的な構造式,製造法の記載もない。サイトップの化学構造式は,甲第26号証の図7に開示されているものの,この開示は本件出願後のことである。FPXについては,具体的な構造式が明確にされていない。
上記各商品が,市場での入手が可能なものであり,かつ,その化学構造を容易に知り得るものであるからといって,そのことから直ちに,これらの化学構造そのものが公知であるということになるわけではない。したがって,上記明細書の記載から,「主鎖に環構造を有するフッ素樹脂」という概念はもとより,サイトップやFPXの化学構造を導き出すこともできない。原告の主張は,根拠のないものである。
たとい,サイトップやFPXの例示により,それぞれの化学構造が導き出せるとしても,それは個々の化学構造式を有する二つのフッ素樹脂が例示されているだけであって,それによって,それらを包含するより広い概念としての「主鎖に環構造を有するフッ素樹脂」について記載されていることになるものではない。
(2) 原告は,後の引例明細書に,先願発明の用途としてエキシマレーザー露光は開示されていないことを根拠に,本件発明は先願発明と区別されると主張するが,失当である。
後の引例明細書には,i線(365nm)やg線(436nm)のほかに,i線より短い波長域(250nm〜)についても透過率を測定し,紫外線照射試験を行って保護膜としての有用性を確認したことが記載されており(甲6公報),先願発明が波長のより短い紫外線露光に用いるものとして記載されていることが明らかである。
紫外線露光が,上記g線やi線から,波長のより短いKrFエキシマレーザー(249nm)によるものへと移行してきたことは,当業者に周知のことであり,紫外線露光用ペリクルが,より短い波長であるエキシマレーザーによる露光に問題なく用いることができるのであれば,これに用いることができるのも当然である。現実に,本件発明と先願発明とは,その用途が違うとしても,特定のフッ素樹脂の膜から作成されたペリクルという点では,同じものである。
波長の短い紫外線露光に用いるものとして先願発明を記載している後の引例明細書には,先願発明の用途として,エキシマレーザー露光が,実質的に開示されていると解することができる。
(3) 本件発明と先願発明とが同一であるとした判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 原告の主張1(特許法29条2項についての認定の誤り)について (1) 本件決定は,本件発明を甲3公報,甲4文献及び甲5文献に記載された発明に基づき当業者が容易に発明することができたものとする根拠として,次のように述べる。
「刊行物2(判決注・甲4文献)には旭硝子(株)が開発した新しい種類のフッ素樹脂である<サイトップ>が開示されており,<サイトップ>は,可視光・紫外光透過率が良く(図1によれば,厚さ200μの膜におけるUV光の透過率が,波長200nmから300nmの全範囲において50%以上である),屈折率も1.34(1.42以下である)であり,恐らく非晶質の樹脂であるとされていることなどから,<サイトップ>は刊行物1(判決注・甲3公報)に記載された発明におけるフッ素樹脂として採用し得るものであることが当業者に明らかである。
また,そのような「<サイトップ>の膜から作成された露光処理用ペリクル」は,刊行物2において,<サイトップ> が波長200nmにおけるUV光の透過率が50%以上(厚さ200μの膜)という極めて良好な値を示し,紫外線により劣化しない有機材料とされていることなどからして,刊行物3等に記載されているように本件出願当時既に開発がされていたKrFエキシマレーザー(波長248nm)の露光処理にも使用可能であるだろうことは,当業者であれば充分予期できることであるし,また実際に試してみて確認できる程度のことにすぎない。」(決定書6頁15行目〜30行目) (2) 引用ペリクルの容易想到性 ア 本件発明と引用発明1との一致点の認定,すなわち,「本件発明と刊行物1に記載された発明とは,「非結晶質性であって,紫外線を透過するフッ素樹脂の膜から作成された,露光処理用ペリクル。」である点で一致し,」(決定書5頁29行目〜32行目)との認定に争いはない。すなわち,甲3公報には,「非結晶質性であって,紫外線を透過するフッ素樹脂の膜から作成された,露光処理用ペリクル。」が記載されている。
さらに,甲3公報には,以下の記載があると認められる。
(ア)「技術分野 本発明は光透過性に優れたフオトマスク・レチクル用防塵カバー体に関する。更に詳しくは,特定の弗素系重合体からなる薄膜を少なくとも最外側層に有する膜が支持枠に接着している光透過性に優れたフオトマスク・レチクル用防塵カバー体に関する。
背景技術 近年の半導体集積回路の高密度化により,その回路の画線巾も1〜3μmと極めて微細となつており,この画像をウエハー上に形成するリソグラフイ技術も,プロジエクシヨン方式からステツパー方式へと移行しつつある。
このリソグラフイ工程において,フオトマスク・レチクル上にゴミが存在するとゴミも同時に結像されるため,回路の短絡及び欠損となり,LSIの収率を低下させる。特にステツパーの場合には,レチクル上の数個の画像をウエハー上に順次縮小投影させるため,レチクル上の1つのゴミが全てのLSIを不良とすることもあり,ゴミをゼロとすることが極めて重要となつてきている。
そこでフオトマスク・レチクル(以下,マスクと略することあり。)の片面または両面に,透明な膜をある空間をとつて配置させることにより,マスク上へのゴミを防止する方法が提案されている(・・・)この方法によれば,ゴミはこの透明な膜の上にしか付着しないので,投影の際に,マスク上の画像にピントを合わせることにより,ゴミはアウト・オブ・フオーカスとなり,ウエハー上に結像されず,ゴミによる不良を防止することができる。このゴミ除けのカバー体を,ここでは防塵カバー体と呼称する。
防塵カバー体はマスクに貼られて露光機に装着される。防塵カバー体の要部をなす膜は,露光光路中に配置される。」(甲3公報の訳文中の明細書1頁5行目〜2頁12行目) (イ) 「・・・LSIの高密度化によりサブミクロンオーダーの画線巾が要求されるようになつてきており,かかる要求に対しては,現在使われている350〜450nmの波長の光の露光では,十分なる解像力がなく,より短波長の光である240〜290nmの遠紫外線が必要となるが,現在のニトロセルロースの膜は,300nm以下の波長域で光線透過率の急激な低下を示すとともに,遠紫外線により著しく劣化され,もはや使用することが出来ない。それゆえ,新しい防塵カバー体が期待されている。
発明の開示 本発明は,支持枠とその表面に接着された薄膜とより本質的になり,該膜は単層又は三層以上の多層を有し,単層の場合は該膜は10μmの膜厚みに於いて,240〜290nmの波長の光に対する平均光線透過率が90%以上であり,かつ,290〜500nmの波長の光に対し93.5%以上の平均光線透過率を有し,かつ1.42以下の屈折率を有する弗素系重合体の膜からなり,多層の場合は,少なくとも両最外側層が上記弗素系重合体の膜よりなる光透過性に優れたフオトマスク・レチクル用防塵カバー体を提供するものである。」(甲3公報の訳文中の明細書4頁11行目〜5頁6行目) (ウ) 「かかる弗素系重合体としては,10μmの膜厚みに於いて,240〜290nmの波長の光に対する平均光線透過率が90%以上であり,かつ,290〜500nmの波長の光に対し93.5%以上の平均光線透過率を有し,しかも1.42以下の屈折率を有する弗素系重合体であれば,いかなる弗素系重合体であってもかまわない。」(甲3公報の訳文中の明細書8頁1行目〜6行目) イ 上記記載(ア)によると,引用発明1は,露光処理によるリソグラフィー技術に使用するフォトマスク・レチクルにおいて,その面上へのゴミの付着を防止するための光学部材に係るものであって,フォトマスク・レチクルに対して所定の空間を空け近接配置して利用するものであると認められる。
上記記載(イ)によると,従来技術として,ニトロセルロースの膜が防塵カバー体として用いられていたものの,これは,解像度を上げるために必要な300nm以下の光に対し,光線透過率が足りず,また,これにより激しく劣化し使用することができないという問題があり,引用発明1は,これに代わるものとして開発されたものである,と認められる。
上記記載(ウ)によると,引用発明1における非結晶質性のフッ素樹脂としては,10μmの膜厚相当において,240〜290nmの波長の光に対する平均光線透過率が90%以上であり,かつ,290〜500nmの波長の光に対し93.5%以上の平均光線透過率を有し,しかも1.42以下の屈折率のものであれば,これを採用することができるものと認められる。
甲3公報では,それに記載された発明について,露光に用いる光の波長とその透過率をもってこれを表現しているものの,それ以上に,エキシマレーザー光を用いることについての記載はない。また,本件優先日当時までの間に,エキシマレーザー光を用いた露光処理によるリソグラフィー技術に非結晶質性のフッ素樹脂を用いることが一般的となっていたことは,本件全資料によっても認めることができない。したがって,甲3公報に接した当業者は,引用発明1が,特定の波長の,しかし通常の光を用いた露光処理によるリソグラフィー技術に使用するフォトマスク・レチクルに対して,所定の空間を空け近接配置して,フォトマスク・レチクル面上へのゴミの付着を防止するための光学部材(フォトマスク・レチクル用の防塵カバー)である,と理解するものと認められる。
ウ 甲4文献には,以下の記載がある。
(ア) 「<サイトップ>の屈折率は1.34と最も低い部類に属する。光線透過率も95%と高い値を示す。その波長依存性は,可視光ではすべて95%以上であり,紫外光においても300nmで90%以上,200nmでも50%の透過率である(図1)。また,紫外線を含めた光をよく透過させ,吸収しないので光による劣化がない。このように紫外線を良く透過させ,かつそれにより劣化しない有機材料は今までにない。従来,紫外線の透過材料として用いられている石英ガラスの代替材料に成りうる初めての有機材料である。」(236頁中欄6行目〜右欄6行目)及び図1(237頁) (イ) 「<サイトップ>は融点が観測されず,恐らく非晶質の樹脂である。」(237頁中欄4行目〜5行目) (ウ) 「2.期待される用途 2.1光学分野 <サイトップ>は,透明性ならびにフッ素樹脂特有の耐薬品性,低屈折率などを併せ持っているので,それらの特性を生かした光学分野での用途が最も有望と思われる。
(1) 光ファイバー・・・ (2) 石英ガラスの代替 紫外線透過材料として石英ガラスは優れていて,紫外線を透過させる容器,窓として用いられる。だが,石英の加工は大変難しく,高価な材料である。・・・<サイトップ>で代替できれば安価になるだけでなく,不注意で落としても割れることがない。
(3) 光学レンズ <サイトップ>を光学レンズ材料として考えた場合,アッベ数が90と大きく色収差が少ないレンズとなる。・・・CDなどの光ディスク読取り装置の光学系への応用が可能である。・・・耐薬品性を生かし,過酷な環境で用いられるレンズとしても有望である。」(238頁中欄14行目〜239頁22行目) エ 上記記載ウ(イ)及び(ウ)には,サイトップが,非晶質のフッ素樹脂であることが記載されている。
上記記載ウ(ア)の図1によれば,サイトップは,240nmの波長の光に対する光線透過率が70%を超え,350nmでは90%を超えている。この二つの間の波長においては,波長が長くなるにつれて光線透過率が上昇するという関係にあり,350nm程度から700nmの間は,その光線透過率は,ほぼ変化なく,90%強である。
この光線透過率は,その厚みが200μmにおけるものであって,その20分の1である10μmの膜厚では,240nm〜290nmの波長の光に対する光線透過率が90%以上であり,かつ,290〜500nmの波長の光に対し93.5%以上の平均光線透過率を有するだろうことは,当業者が容易に把握できることであると認められる。さらに,上記記載ウ(ア)によれば,サイトップの屈折率は1.34,すなわち1.42以下であることも示されている。
上記記載ウ(ウ)によれば,サイトップの用途の具体例として,光ファイバー,容器や窓に使用される石英ガラスの代替品及び光学レンズが示されている。これらの記載からは,高い光透過率が必要とされる,その他の光学分野での用途も十分に示唆されているということができる。
オ 前記のとおり,引用発明1における非結晶質性のフッ素樹脂としては,10μmの膜厚相当において,240〜290nmの波長の光に対する平均光線透過率が90%以上であり,かつ,290〜500nmの波長の光に対し93.5%以上の平均光線透過率を有し,しかも1.42以下の屈折率のものであれば,これを採用できることが甲3公報に記載されている。
引用発明1は光学分野に係るものであるから,同じ光学分野での用途が示唆され,同発明において採用できるとされる屈折率の水準,光線透過率の水準を満たすことが期待されるサイトップを,同発明におけるフッ素樹脂として用いることは,当業者が極めて容易に想到し得ることである。
したがって,当業者は,甲3公報及び甲4文献から,引用ペリクル,すなわち,「サイトップの膜から作成された,露光処理用ペリクル。」を容易に想到することができると認められる。この点についての本件決定の判断に何ら誤りはない。
(3) 本件発明の容易想到性について ア 前記のとおり引用発明1は,通常の光の露光処理によるリソグラフィー技術において,マスクやレチクルにゴミが付着するのを防止するための光学部材であると理解されるにすぎないから,サイトップを採用する引用ペリクルも,同様の光学部材として理解されるものである。
イ 甲5文献には,以下の記載がある。
(ア) 「ホトリソグラフィにより,0.5ミクロンルールのデバイスの要求を満たすには,現在,縮小投影露光装置(ステッパ)の光学レンズの開口数(NA)の増大と,大量生産に導入しにくい多層レジストとの併用が考えられる。しかしながら,現在使用するg線(436nm)やi線(365nm)領域下のステッパレンズでの高NA化は技術的限界があり・・・最近,これらの問題を解決するために,エキシマレーザーを光源に用いるリソグラフィ技術が提案された(11)〜(13)。
エキシマレーザリソグラフィではパターン解像度の改善が期待でき,しかも単層レジストで0.5μm以下のパターン形成が可能となる。本稿では,筆者らの開発した高出力KrFエキシマレーザステッパとそれに適用する材料システムを中心に概説する。」(1095頁左欄15行目〜31行目) (イ) 「・・・短波長エキシマレーザリソグラフィは,その理由により近年話題性をおびてきた。
短波長で高出力が得られるエキシマレーザをリソグラフィに応用しようという試みは,既に数多くなされている。・・・ KrFレーザはエキシマレーザの中でもとりわけ発振効率が良く,寿命が長いメリットがあるうえ,この波長用のレジスト材料の開発も比較的容易であると思われる(1095頁右欄24行目〜1096頁右欄1行目) (ウ) 「著者らの試作したKrFエキシマレーザステッパの概念図を図3に,・・・示す。」(1097頁右欄6〜7行)及び図3(1097頁) (エ) 「著者らは新たにKrFエキシマ用のレジストの開発を行っている。」(1098頁右欄18行目〜19行目) (オ) 「・・・今後周辺技術が完成されれば,レーザリソグラフィとして16あるいは64MDRAMに十分対応できるであろう。」(1099頁右欄9行目〜11行目) 以上のとおり,甲5文献には,KrFエキシマレーザーの露光処理によるリソグラフィー技術が記載され,さらに,同技術にレチクルを使用することが記載されている。
ウ 甲5文献(昭和63年8月受付)の上記記載によれば,同文献記載のエキシマレーザー露光処理の技術は,文献作成当時,まだ実験・試作段階のものであり,レジスト材料等も,量産可能な装置に適用できるものは開発未了であったと認められる。
他方,乙第6号証(特開昭63-6553号公報,昭和61年6月27日出願,昭和63年1月12日公開)は,紫外線透過性の無機材料を使用する,レチクルの塵埃付着防止方法の特許公報であり,この公報には,露光に用いる光として,「エキシマレーザー等の遠紫外線(ディープUV光)」を挙げており,また,本件優先日以前に発行された,甲第7号証ないし第10号証にも,より微細なプロセスルールのLSI(大規模集積回路)の製造において,KrFエキシマレーザーによる露光処理が将来有望視されている旨の記載がある。
これらから,本件優先日当時,少なくとも実験・試作段階のものとしては,KrFエキシマレーザーの露光処理によるリソグラフィー技術が周知であったと認められる。
ウ 甲5文献自体には,有機物である引用ペリクルを上記技術に適用することを,積極的に動機付ける記載は見当たらない。
しかし,甲第33号証,乙第3号証ないし乙第6号証によれば,本件優先日当時,投影光学系によりパターンをウェハー上に転写する方法において,レチクルに付着したごみも投影されて回路が不良となる問題を解決するため,アウトオブフォーカシングの原理に基づき,レチクルを透明なカバーで覆ってしまう技術が周知のものとして存在していたこと,レチクル上の回路フォトマスク用防塵カバーとして,フッ素系重合体,ニトロセルロース等を用いたペリクルが,本件優先日当時既に周知であったこと,を認めることができる。すなわち,本件優先日当時,ペリクルの技術自体は,周知であったと認められる。
ウェハー上の回路が不良となるのを防止するため,レチクル上にごみが付着しないようこれを覆う技術としては,ペリクルのほかに,マスク・ガラスサンドイッチ構造体(甲第34号証)や,合成石英等の無機材料からなる防塵用平行平面板を配置する方法(乙第6号証)も存在していた。したがって,投影光学系を介してレチクル上のパターンをウエハー上に転写する露光処理において,ペリクルを用いることが当然であったということはできない。ペリクルを用いることは当然であったとする被告の主張は,その限りでは誤りである。しかし,既に述べてきた状況の下では,本件優先日当時,当業者であれば,KrFエキシマレーザー露光処理によるリソグラフィー技術においても,ウェハー上の回路が不良となることを防止するため,レチクル上にごみが付着しないようにして,アウトオブフォーカシングの原理を利用して歩留まりを上げようとすることは,当然にすることであるということができる。その際,良い材料さえみつかればペリクルを用いようと考えること自体は,ごく自然なことであり,当然に行うことといってよいほどに極めて容易であった,と認められる。
オ 下記のとおり,本件優先日当時,エキシマレーザーによる露光処理において,通常の光による露光において用いられた材料がそのまま通用するに違いないと考えることを阻害する知見を,本件証拠上認めることができる。
(ア) 「エキシマレーザは,放電励起によるパルス発振方式(パルス幅10〜20ナノ秒)がとられており,レジストに単位時間に照射されるエネルギは,通常の水銀アーク放電で得られるエネルギの108倍にも達することがある。このことは,10ナノ秒の間に多量の活性種がレジスト膜中に形成されることを意味し,通常の光源では誘起されないような化学反応が起こることも予想される。」(甲第13号証・191頁4行目〜10行目) (イ) 「エキシマレーザは従来のレーザにはみられない多くの長所を持っている。・・・表1・2に示すように希ガスとハロゲンガスの組み合わせ(判決注・KrFの組み合せも摘示されている。)で,約50nmごとに強いレーザ光が得られる。・・・構成分子の結合解離エネルギーが,レーザの光子エネルギーよりも低く,しかもその構成分子の吸収波長域がレーザの波長に一致していれば,簡単に1光子吸収で分子結合を切ることができる。」(甲第14号証5頁11行目〜17行目) また,同号証の29頁において,KrFエキシマレーザの光子エネルギーが114.1kcal/molであり,C-Cの分子結合解離エネルギーが,84kcal/molであることが紹介されている。
(ウ) 甲第28号証112頁には,エキシマレーザーをリソグラフィに用いた場合,コーティングや光学部品に,壊滅的な損害を与え得ることが記載されている。
(エ) 「従来の350〜450nmの紫外光を用いた露光装置において,レチクル表面への塵埃付着を防止するために,レチクル表面にニトロセルロース等からなる非常に薄い高分子膜であるペリクルを投影光学系の焦点深度以上に離して配置し,レチクル表面に直接塵埃が付着しないようにするとともに,ペリクル上に付着した塵埃はウエハ上で結像しないようにして欠陥パターンの焼付を防止していた。
しかしながら,このようなペリクルによる塵埃付着防止方法を遠紫外光露光装置に用いると,高分子膜であるペリクルが遠紫外光を吸収し,焼付光量の低下をきたしフループット(判決注・「スループット」の誤記と認める。)が低下する。また,遠紫外光は波長が短く,したがって,光子エネルギーが大きい。・・・したがって,遠紫外光が高分子膜であるペリクルを光化学反応により劣化させる。」(乙第6号証・2頁右上欄16行目〜左下欄12行目)。
この乙第6号証の公開特許公報(昭和61年6月27日出願,昭和63年1月12日出願)は,ペリクルではなく,紫外線透過性の無機材料から成る防塵用平行平面板を使用した,レチクルの塵埃付着防止方法に関する発明であり,その実施例では,KrFエキシマレーザーを用い,合成石英,石英,蛍石等の無機材料を加工した平行平面板を用いた装置を挙げている。
しかし,これらの記載は,本件で問題となっているサイトップについて,直接言及するものではない。
カ 以上のとおり,本件優先日当時,レチクルに付着したごみが撮影されて回路が不良となることを防止するためペリクルを使用することは周知技術であり,また,エキシマレーザーを用いた露光処理技術も,量産可能なものにまでは至っていなかったものの,周知であった。
そして,サイトップが,波長300nmで90%以上,200nmでも50パーセント以上の透過率を持っているなど,紫外光に対しても高い透過性を有しており,「紫外線を含めた光をよく透過させ,吸収しないので光による劣化がない。このように紫外線を良く透過させ,かつそれにより劣化しない有機材料は今までにない。従来,紫外線の透過材料として用いられている石英ガラスの代替材料に成り得る初めての有機材料である。」(甲4文献236頁)とされているものである以上,同じ波長域の通常の紫外光に対するのと同様に,エキシマレーザーに対しても,その透過率が高いこと,ひいては耐久性が高いという,従来の有機材料の持っていなかった特性を期待して,より安価で扱いやすいということも考慮し(甲4文献中の,前記「だが,石英の加工は大変難しく,高価な材料である。・・・<サイトップ>で代替できれば安価になるだけでなく,不注意で落としても割れることがない。」との記載参照),従来技術において用いられていた石英ガラスの代わりに,これを用いてみようとすることは,ごく自然なことであり,そこに格別の困難を見いだすことはできない。
そうすると,サイトップをペリクルとして用いて,エキシマレーザー露光処理を実験しようと考えること自体は,当業者であれば,極めて容易に思いつくものという以外にない。エキシマレーザーについての前記知見の下では,サイトップといえども,エキシマレーザーにより急速に劣化するという結果も,当業者として予測する事項の一つであろうが,それが確実なものと認識され,そのため,上記実験自体を思いとどまらせるほどの知見が存在したとは,本件全証拠によっても認めることができない。そして,サイトップの耐エキシマレーザー性は,実験してみれば,容易に判明することであり,この実験の実施も困難なものとは認められない(前記のとおり,ペリクルもエキシマレーザー露光処理も周知技術である。)。サイトップの耐エキシマレーザー性が判明すれば,直ちに,それがエキシマレーザー用のペリクルとして有用であること,すなわち,本件発明の構成が顕著な有用性を持つことを当業者が認識することは,当然である。
このような事情の下では,サイトップをエキシマレーザー露光処理用のペリクルとして用いることに想到することは,当業者にとって容易なことであったということができる。
本件発明の効果自体を特許性(進歩性)の根拠とする原告の主張は,採用することができない。構成自体の推考は容易であると認められる発明に特許性を認める根拠となる作用効果は,当該構成のものとして,予測あるいは発見することの困難なものであり,かつ,当該構成のものとして予測あるいは発見される効果と比較して,よほど顕著なものでなければならない,というべきであるのに,原告が主張する本件発明の効果が,本件発明の構成のものとして予測することの困難であることも,本件発明のものとして発見することが困難であることも,いずれも認めることができないからである。
(4) 以上のとおりであるから,甲3公報,甲4文献及び甲5文献に基づいて,当業者が本件発明を想到することは,容易であったと認められる。
(5) そうすると,本件発明を取り消すべきものとした決定に誤りがないことは,その余の点について判断するまでもなく明らかである。
2 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,本件決定には,取消しの事由となるべき誤りは認められない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久