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関連審決 異議2002-70120
関連ワード 発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  寄せ集め /  数値限定 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  設定登録 /  混同 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 606号 特許取消決定取消請求事件
原告 東北リコー株式会社
訴訟代理人弁理士 樺山亨
同 本多章悟
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 番場得造
同 佐田 洋一郎
同 小澤和英
同 大野克人
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/11/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2002-70120号事件について平成14年10月17日にした決定を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「感熱孔板印刷装置」とする特許第3188599号の特許(平成6年11月11日特許出願(以下「本件出願」という。),平成13年5月11日設定登録,以下「本件特許」という。登録時の請求項の数は6である。)の特許権者である。
本件特許に対し,請求項1ないし6のすべてにつき,特許異議の申立てがあり,特許庁は,この申立てを,異議2002-70120号事件として審理した。
原告は,この審理の過程で,平成14年7月23日付けで,本件出願に係る願書に添付された明細書の訂正を請求した(以下,この訂正を「本件訂正」という。本件訂正後の請求項の数は4である。)。特許庁は,審理の結果,平成14年10月17日,「訂正を認める。特許第3188599号の請求項1乃至4に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年11月5日にその謄本を原告に送達した。
2 本件訂正による訂正後の特許請求の範囲(以下,請求項1ないし4記載の発明をそれぞれ「本件発明1」,「本件発明2」などといい,本件発明1ないし本件発明4をまとめて「本件各発明」という。) 【請求項1】少なくとも熱可塑性樹脂フィルムを有する感熱性孔版マスタにグレーズ層を備えたサーマルヘッドを接触させ,画像信号に応じて上記サーマルヘッドの微小な発熱体部を発熱させて上記熱可塑性樹脂フィルムを位置選択的に溶融穿孔して上記画像信号に応じた穿孔パターンを得,この感熱性孔版マスタを印刷ドラムの外周面に巻装し,上記印刷ドラムの内周側からインキを供給し,上記穿孔パターンを介して滲み出たインキにより上記画像信号に応じたインキ画像を印刷用紙上に形成する感熱孔版印刷装置において, 上記グレーズ層の厚さが,60μm以下であり,上記発熱体部における主走査方向の寸法が,主走査方向における相隣る上記発熱体部間ピッチの30〜95%の範囲にあり,かつ,上記発熱体部における副走査方向の寸法が,相隣る上記発熱体部間ピッチの30〜95%の範囲にあり,印字周期が,2.5ms/line以下であり,上記サーマルヘッドの温度を検出するサーマルヘッド温度検出手段と, 上記サーマルヘッドの個々の発熱体部に供給する穿孔用エネルギーを,上記サーマルヘッド温度検出手段で検出されたサーマルヘッド温度に応じて所定のエネルギーに調整する穿孔エネルギー調整手段とを有し,溶融穿孔された上記感熱性孔版マスタの各穿孔が,互いに独立していることを特徴とする感熱孔版印刷装置。 【請求項2】少なくとも熱可塑性樹脂フィルムを有する感熱性孔版マスタにグレーズ層を備えたサーマルヘッドを接触させ,画像信号に応じて上記サーマルヘッドの微小な発熱体部を発熱させて上記熱可塑性樹脂フィルムを位置選択的に溶融穿孔して上記画像信号に応じた穿孔パターンを得,この感熱性孔版マスタを印刷ドラムの外周面に巻装し,上記印刷ドラムの内周側からインキを供給し,上記穿孔パターンを介して滲み出たインキにより上記画像信号に応じたインキ画像を印刷用紙上に形成する感熱孔版印刷装置において, 上記グレーズ層の厚さが,60μm以下であり,上記発熱体部における主走査方向の寸法が,主走査方向における相隣る上記発熱体部間ピッチの30〜95%の範囲にあり,かつ,上記発熱体部における副走査方向の寸法が,相隣る上記発熱体部間ピッチの30〜95%の範囲にあり,印字周期が,2.5ms/line以下であり,上記サーマルヘッドの個々の発熱体部を熱履歴制御するための熱履歴制御手段と, 上記熱履歴制御手段により上記サーマルヘッドの個々の発熱体部が熱履歴制御を伴って駆動されるとき,熱履歴制御用の少なくとも第2パルスが,第1パルスの40〜95%の印加エネルギーを持って上記サーマルヘッドの個々の発熱体部に供給されるように,上記サーマルヘッドの個々の発熱体部を制御するエネルギー調整手段とを有し,溶融穿孔された上記感熱性孔版マスタの各穿孔が,互いに独立していることを特徴とする感熱孔版印刷装置。 【請求項3】請求項1記載の感熱孔版印刷装置において, 上記サーマルヘッドの個々の発熱体部を熱履歴制御するための熱履歴制御手段と, 上記熱履歴制御手段により上記サーマルヘッドの個々の発熱体部が熱履歴制御を伴って駆動されるとき,熱履歴制御用の少なくとも第2パルスが,第1パルスの40〜95%の印加エネルギーを持って上記サーマルヘッドの個々の発熱体部に供給されるように,上記サーマルヘッドの個々の発熱体部を制御するエネルギー調整手段と,を有することを特徴とする感熱孔版印刷装置。
【請求項4】請求項1,2又は3記載の感熱孔版印刷装置において, 上記感熱性孔版マスタが,実質的に熱可塑性樹脂フィルムのみから成ることを特徴とする感熱孔版印刷装置。 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件各発明は,いずれも,特開平5-309932号公報(本訴甲第3号証,審判甲第1号証。以下,審判と同様に「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。),特開平6-191003号公報(本訴甲第4号証,審判甲第2号証。以下,審判と同様に「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。),特開昭63-118270号公報(本訴甲第5号証,審判甲第3号証。以下,審判と同様に「刊行物3」という。)に記載された発明(以下「引用発明3」という。),「電子通信学会論文誌,Vol.J65-C,No.10」1982年10月発行,第733頁から第740頁(本訴甲第6号証,審判甲第4号証。以下,審判と同様に「刊行物4」という。)に記載された発明(以下「引用発明4」という。),特開平6-115042号公報(本訴甲第7号証,審判甲第5号証。
以下,審判と同様に「刊行物5」という。)に記載された発明,及び,特開昭62-82053号公報(本訴甲第8号証,審判甲第6号証。以下,審判と同様に「刊行物6」という。)に記載された発明(以下「引用発明6」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に該当する,と判断した。
決定が,上記結論を導くに当たり,本件各発明と引用発明1との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
【本件発明1と引用発明1との一致点,相違点】 (一致点) 「少なくとも熱可塑性樹脂フィルムを有する感熱性孔版マスタにサーマルヘッドを接触させ,画像信号に応じて上記サーマルヘッドの微小な発熱体部を発熱させて上記熱可塑性樹脂フィルムを位置選択的に溶融穿孔して上記画像信号に応じた穿孔パターンを得,この感熱性孔版マスタを印刷ドラムの外周面に巻装し,上記印刷ドラムの内周側からインキを供給し,上記穿孔パターンを介して滲み出たインキにより上記画像信号に応じたインキ画像を印刷用紙上に形成する感熱孔版印刷装置」 (相違点) A.サーマルヘッドが,前者ではグレーズ層を備えると共にそのグレーズ層の厚さが60μm以下であるとしているのに対して,後者では定かでない点(以下「相違点A」という。), B.発熱体部における主走査方向と副走査方向の寸法について,前者では,「上記発熱体部における主走査方向の寸法が,主走査方向における相隣る上記発熱体部間ピッチの30〜95%の範囲にあり,かつ,上記発熱体部における副走査方向の寸法が,相隣る上記発熱体部間ピッチの30〜95%の範囲にあり」としているのに対して,後者では定かでない点(以下「相違点B」という。), C.印字周期が,前者では2.5ms/line以下でありとしているのに対して,後者では定かでない点(以下「相違点C」という。), D1.前者では,サーマルヘッドの温度を検出するサーマルヘッド温度検出手段と,上記サーマルヘッドの個々の発熱体部に供給する穿孔用エネルギーを,上記サーマルヘッド温度検出手段で検出されたサーマルヘッド温度に応じて所定のエネルギーに調整する穿孔エネルギー調整手段とを有しているのに対して,後者では有していない点(以下「相違点D1」という。), E.溶融穿孔された感熱性孔版マスタの穿孔態様について,前者では,互いに独立しているのに対して後者では定かでない点(以下「相違点E」という。)。
【本件発明2と引用発明1との一致点,相違点】 (一致点) 本件発明1と引用発明1との一致点と同じである。
(相違点) A.上記相違点Aと同じである。
B.上記相違点Bと同じである。 C.上記相違点Cと同じである。 D2.前者では,上記サーマルヘッドの個々の発熱体部を熱履歴制御するための熱履歴制御手段と,上記熱履歴制御手段により上記サーマルヘッドの個々の発熱体部が熱履歴制御を伴って駆動されるとき,熱履歴制御用の少なくとも第2パルスが,第1パルスの40〜95%の印加エネルギーを持って上記サーマルヘッドの個々の発熱体部に供給されるように,上記サーマルヘッドの個々の発熱体部を制御するエネルギー調整手段とを有しているとしているのに対して,後者では有していない点(以下「相違点D2」という。), E.上記相違点Eと同じである。
【本件発明3と引用発明1との一致点,相違点】 (一致点) 本件発明1と引用発明1との一致点と同じである。
(相違点) A.上記相違点Aと同じである。
B.上記相違点Bと同じである。 C.上記相違点Cと同じである。 D1.上記相違点D1と同じである。
D2.上記相違点D2と同じである。
E.上記相違点Eと同じである。
【本件発明4と引用発明1との一致点,相違点】 本件発明4と引用発明1との一致点,相違点は,感熱性孔版マスタが,実質的に熱可塑性樹脂フィルムのみから成ることが一致点に加わる点を除き,本件発明1ないし3と引用発明1との一致点,相違点と同じである。
原告主張の決定取消事由の要点
決定は,本件各発明と引用発明1との相違点A及びC並びに相違点Eについての判断を誤り(すべての請求項に共通する取消事由1,2),本件発明1,3及び4と引用発明1との相違点D1についての判断を誤り(請求項1,3及び4に共通する取消事由),本件発明2ないし4と引用発明1との相違点D2についての判断を誤り(請求項2ないし4に共通する取消事由),並びに,引用発明1ないし引用発明6の組み合わせについての判断を誤った(すべての請求項に共通する取消事由3)ものであり,これらの誤りが,それぞれ,上記各請求項についての決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,すべての請求項につき,違法として取り消されるべきである。
1 すべての請求項に共通する取消事由1(相違点A及びCについての判断の誤り) (1) 感熱孔版印刷装置における溶融穿孔と,感熱発色あるいは感熱転写によるプリンター等(以下,単に「感熱プリンター」という。)における感熱発色あるいは感熱転写とは,サーマルヘッドを用いる点では共通するものの,物理的あるいは化学的には全く異なる現象である。また,感熱プリンターにおけるサーマルヘッドの発熱体部の副走査方向の長さは,主走査方向における発熱体部ピッチよりも大きいため,感熱プリンターにおけるサーマルヘッドを,感熱孔版印刷装置に転用することはできない。したがって,たとい,感熱プリンターと感熱孔版印刷装置とにおいて,サーマルヘッドの各発熱素子が適用される部分(画素)の大きさに格別の差異がないとしても,当業者が,感熱プリンターにおけるサーマルヘッドのグレーズ層の厚さ(相違点Aに係る構成)と記録周期(相違点Cに係る構成)とを,感熱孔版印刷装置に採用することを容易に想到することはできない。
(2) 引用発明3におけるグレーズ層の厚さは,尾曳きや滲みのない発色印字を得るために10〜50μmと定められており,また,引用発明6におけるグレーズ層の厚さは,滲みの生じない発色による記録ドットを得るために10〜20μmと定められたものである。これに対し,本件各発明におけるグレーズ層の厚さは,サーマルヘッドの発熱体部の寸法をあまり小さくすることなく,微細で独立した溶融穿孔を得るために,60μm以下と定められたものであって,グレーズ層の厚さを設定する目的が引用発明3及び6におけるのとは異なるのである。
(3) 決定は,サーマルヘッドの適用分野,及び,グレーズ層の厚さを設定する目的を何ら考慮することなく,感熱孔版印刷装置において,高速化と印加エネルギーの最適化を図る際に,刊行物3及び刊行物6に記載された各感熱プリンターにおけるサーマルヘッドの記録周期とグレーズ層の厚さを採用することに格別阻害要因はなく,当業者が容易に想起できる,と誤って判断したものである。
2 すべての請求項に共通する取消事由2(相違点Eについての判断の誤り) (1) 刊行物2には,感熱孔板整版方法に関し,互いに独立した溶融穿孔を得ることについて記載されているものの,この互いに独立した溶融穿孔が,本件各発明における「厚さが60μm以下」のグレーズ層を有するサーマルヘッドで得られるものであるかどうかについては何も記載されていない。
(2) 引用発明3と引用発明6は,いずれも感熱プリンターのサーマルヘッドに関する発明であるから,これと感熱孔板印刷製版方法に関する引用発明2とを組み合わせても,感熱プリンターのサーマルヘッドとその制御技術に関する構成が成立するだけであって,感熱性孔版マスタの製版用サーマルヘッドのグレーズ層と穿孔態様との組み合わせの構成は成立しない。
3 請求項1,3及び4に共通する取消事由(相違点D1についての判断の誤り) 引用発明4は,ファクシミリに関する技術であり,刊行物4に記載されたサーミスタと記録パルス幅調整手段を,感熱孔版印刷装置における互いに独立する溶融穿孔の形成手段に採用することは,当業者にとって容易ではない。
4 請求項2ないし4に共通する取消事由(相違点D2についての判断の誤り) 引用発明4は,ファクシミリに関する技術であり,引用発明4の熱履歴制御手段を,感熱孔版印刷装置における互いに独立する溶融穿孔の形成手段に採用することは,当業者にとって容易なことではない。
5 すべての請求項に共通する取消事由3(引用発明1ないし引用発明6の組み合わせについての判断の誤り) (1) 引用発明3,引用発明4及び引用発明6は,感熱プリンターの感熱発色に関するものであるから,引用発明1に,引用発明3,引用発明4及び引用発明6のサーマルヘッドの各構成を単に組み合わせただけでは,感熱性孔版マスタに溶融穿孔を形成するためのサーマルヘッドの構成を特定した感熱孔版印刷装置である本件各発明には想到し得ないし,本件各発明の作用効果に思い至ることもない。
決定の判断は,感熱性孔版マスタを用いる感熱孔版印刷装置と,記録紙を発色させる感熱プリンターとの技術上の基本的な違いを看過し,溶融穿孔についての作用効果と感熱記録についての作用効果とを混同するものである。
(2) 本件各発明の各請求項においては,熱可塑性樹脂フィルムの穿孔作用に影響する感熱性孔版マスタ自体の材料特性等を特定していない。しかし,一つの感熱孔版印刷装置において,性質の異なる多種類の感熱性孔版マスタを使用することは,通常考えられないことである。特定の感熱孔版印刷装置に使用される所定の感熱性孔版マスタに対して好ましい構造を有するサーマルヘッドを用い,最適の制御を実行すれば,異なった穿孔態様を生じることはないのであり,本件各発明の所期の目的及び作用効果が達成されるのである。
被告の反論の骨子
決定の認定判断は,いずれも正当である。決定を取り消すべき理由はない。
1 すべての請求項に共通する取消事由1(相違点A及びCについての判断の誤り)について (1) 感熱プリンターでも感熱性孔版マスタの製版でも,サーマルヘッドの発熱素子により発生された熱をシート状の物(感熱プリンターの場合は感熱発色紙,感熱転写インクシート)に印加して熱により該シート状の物に変化を起こさせることにより文字,画像等の情報を表現する点で作動原理は共通のものである。シート状の物の性質等により,サーマルヘッドの具体的な設計に際して,サーマルヘッドの各部の寸法あるいはサーマルヘッドの制御に関して所定の調整を行うことは当然としても,両者は,基本的に作動原理を同じくするものであり,サーマルヘッドの技術を感熱プリンターと感熱性孔版マスタの製版の間で相互に転用することを阻害する要因はない。
(2) 感熱発色又は感熱転写に使用される感熱プリンターやファクシミリ等におけるサーマルヘッド構造のグレーズ層の厚さ(相違点Aに係る技術)あるいはサーマルヘッドの制御技術に係る印字周期(相違点Cに係る技術)は,感熱孔版印刷装置の感熱孔版を溶融穿孔させるためのサーマルヘッドの構造あるいはサーマルヘッドの制御技術とは,いずれも,発熱体部の熱の発生,熱の蓄熱や熱の応答性に係わるものである点で共通するものである(例えば,グレーズ層の厚さは,印字速度,電力効率あるいは熱の応答性との関連において,発熱体部の蓄熱量を決めるものである。)。したがって,引用発明1の感熱孔版印刷装置において,感熱性孔版マスタにより良い穿孔をするために,当業者が,印字精度(画像を構成するドット等が決められた位置に決められた大きさになること)や印字の高速化を図るために用いられているサーマルヘッドとその制御技術である引用発明3あるいは引用発明6を採用しようとすることは,当業者が容易に想起できることである。
2 すべての請求項に共通する取消事由2(相違点Eについての判断の誤り)について 原告は,刊行物2記載の互いに独立した溶融穿孔は,厚さ60μmのグレーズ層を有するサーマルヘッドにより得られるものではない,と主張する。しかし,グレーズ層の厚さを60μm以下にすることが,当業者に容易に想到できることであることは,決定で判断したとおりであり,グレーズ層の厚さを60μm以下にすること(相違点A)と溶融穿孔された感熱性孔版マスタの穿孔態様を互いに独立したものとすること(相違点E)との組み合わせは,当業者が適宜なし得ることにすぎない。
3 請求項1,3及び4に共通する取消事由(相違点D1についての判断の誤り)について 感熱発色又は感熱転写に使用されるプリンタやファクシミリ等におけるサーマルヘッドの温度に応じた印加エネルギーの調整のための技術(相違点Dlに係る技術)と,感熱孔版印刷装置の感熱孔版を溶融穿孔させるためのサーマルヘッドの制御技術とは,いずれも,発熱体部の熱の発生,熱の蓄熱や熱の応答性にかかわるものである点で共通するものであるから,引用発明1の感熱孔版印刷装置において,感熱性孔版マスタにより良い穿孔をするために,引用発明4のサーマルヘッドの制御技術(サーマルヘッドの温度に応じ印加エネルギーを調整する技術)を採用しようとすることは,当業者が容易に想起できることである。
4 請求項2ないし4に共通する取消事由(相違点D2についての判断の誤り)について 感熱発色又は感熱転写に使用される感熱プリンターやファクシミリ等におけるサーマルヘッドの熱履歴制御技術(相違点D2に係る技術)は,感熱孔版印刷装置の感熱孔版を溶融穿孔させるためのサーマルヘッドの制御技術とは,いずれも,発熱体部の熱の発生,熱の蓄熱や熱の応答性にかかわるものである点で共通するものであるから,引用発明1の感熱孔版印刷装置において,感熱性孔版マスタにより良い穿孔をするために,引用発明4のサーマルヘッドの熱履歴制御技術を採用しようとすることは,当業者が容易に想起できることである。
5 すべての請求項に共通する取消事由3(引用発明1ないし引用発明6の組み合わせについての判断の誤り)について (1) サーマルヘッドの技術を感熱プリンターと感熱性孔版マスタの製版の間で相互に転用することを,阻害する要因はない。したがって,引用発明1の感熱孔版印刷装置において,感熱性孔版マスタにより良い穿孔をするために,当業者が,印字精度や印字の高速化を図るために用いられているサーマルヘッドとその制御技術である引用発明3,引用発明4及び引用発明6を採用しようとすることは,当業者が容易に想起できることである。
(2) 本件各発明は,プリンタやファクシミリ等の分野,あるいは,感熱孔版印刷装置の分野で知られたサーマルヘッドに関する発明を単に寄せ集めた発明にとどまるものであって,それらを有機的に結合したものとも巧みに組み合わせたものともいえず,それらを組み合わせることによってそれぞれの技術要素がもつ作用効果の総和以上の作用効果が奏されるわけでもない。
当裁判所の判断
1 すべての請求項に共通する取消事由1(相違点A及びCについての判断の誤り)について 決定は,相違点A及びCについて,次のとおり判断した。
「感熱孔版製版方法(装置)において,感熱発色あるいは感熱転写により記録を行うプリンターで使用されるグレーズ層を備えたサーマルヘッドを,そのまま用いないまでも,印加エネルギー等を調節させることなどすることにより穿孔画像の独立性を確保するようにして,流用することは,例えば,刊行物2に記載されている(記載事項イ.a.c.参照)ように周知である。 また,プリンターにおいて,記録周期を2ms/line以下で高速の記録を行い,その際,サーマルヘッドグレーズ層の厚さを,10〜20μmとして,電力効率や熱応答性を調節して画質良好にすることが刊行物6に記載され,また,同じく,プリンターにおいてサーマルヘッドのグレーズ層の厚さを10〜50μmとして画品質劣化を防止して高速記録を行うことが刊行物3に記載されている。 してみると,後者の感熱孔版印刷装置と刊行物6あるいは刊行物3記載のプリンターでは,そのサーマルヘッドの働きが溶融穿孔と感熱発色や感熱転写と違いがあったとしても,サーマルヘッドの各発熱素子が適用される部分(画素)の大きさに格別の差異がないのが普通であるから,後者において,高速化と印加エネルギーの最適化を図る際に,刊行物6記載の記録周期とグレーズ層の厚さを採用することに格別阻害要因があるものとは認められなく,当業者が容易に想起できること認める。 そして,上記採用を行えば,上記相違点A及びCに係る前者の条件を満たすことになるから,上記相違点A及びCは,格別のものとはいえないから,当業者が容易になし得た構成の変更と認められる。」(決定書13頁2段〜5段) (1) 相違点A(サーマルヘッドのグレーズ層の厚みを60μm以下とすること)についての判断について (ア) 感熱プリンター用のサーマルヘッドの感熱孔版印刷装置への転用可能性について (a) 刊行物2には,@「感熱孔版製版方法で使用されるサーマルヘッドは感熱発色記録用あるいは感熱転写記録用サーマルヘッドが流用されていた。これら感熱記録用サーマルヘッドは記録画像である画素一つ一つが連続するように設計されており,このサーマルヘッドをそのまま感熱孔版製版用として用いた場合,穿孔画像が連続してしまい,その結果裏移りが増加したり,耐刷性が劣っていたりした。一方,サーマルヘッドへの印加エネルギーを調節する事により穿孔画像の穿孔径を変化させる事ができる。つまり,印加エネルギーを増加させれば穿孔径は広がり,逆に,減少させれば穿孔径は挟くなる。そうすることによって,穿孔画像の独立性を確保する方法はある。」(甲第4号証【0003】),A「本発明で使用するサーマルヘッドとしては,サーマルプリンターに用いることができる薄膜型と同様の構造のものである。これは,図2に示すように絶縁性基盤上6に,ガラスからなる熱抵抗層7が形成され,この熱抵抗層7の上面には真空蒸着法等によりNiCr,Ta等の金属材料からなる電極層9が発熱抵抗体層8を介して真空蒸着等により形成されていると共に,発熱部部分においては発熱抵抗体層8上に耐酸化層10が直接接合してなり,発熱部12が凹状に形成されている。ここで薄膜型のサーマルヘッドとしては図2の全面グレーズ型或いは,部分グレーズ型(特に図示しない)がある」(同【0012】)と記載されている。
(b) 刊行物5には,「サーマルヘッドはアルミナ基板上に蓄熱層を持ち,その上に発熱素子及びそれに通電する電極層が形成されているのが一般的であり,発熱素子には一般に耐摩耗性保護層が形成されている。従って,サーマルヘッドの発熱パターンは発熱素子形状だけでは規定できず,蓄熱層の厚さを変える等の方法でも大きく変る。また,通常の孔版印刷用原紙を使用した場合の製版に要するエネルギーは,熱転写印字や感熱発色印字の場合に要するエネルギーより大きく,そのため孔版印刷用原紙の製版にサーマルヘッドを使用するとサーマルヘッド寿命が極端に短くなる欠点があり,これを解決するため特開昭62-282983号公報にはフィルムを低温で収縮させて製版時のエネルギー量を減少させる方法が提案されているが,この方法では熱感度を増加させると同時に孔の拡大性も増加し,従来の原紙を使用する場合より孔が拡大する傾向を持っている。」(甲第7号証【0005】)と記載されている。
(c) 上記各刊行物のこれらの記載からすると,感熱発色あるいは感熱転写により記録を行う感熱プリンターに使用される,グレーズ層を備えたサーマルヘッドを,感熱孔版製版方法(装置)に流用することは,「サーマルヘッドをそのまま感熱孔版製版用として用いた場合,穿孔画像が連続してしまい,その結果裏移りが増加したり,耐刷性が劣っていたり」するため,流用に当たって,「印加エネルギー等を調節させること」(上記(a))などの調整を必要に応じて行うことを前提とするものではあるものの,本件出願前において当業者によく知られていたことであったと認められる。
(d) 原告は,感熱孔版印刷装置における溶融穿孔と,感熱プリンターにおける感熱発色あるいは感熱転写とは,物理的あるいは化学的には全く異なる現象であり,また,感熱プリンターにおけるサーマルヘッドの発熱体部の副走査方向の長さは,主走査方向における発熱体部ピッチよりも大きいため,感熱プリンターにおけるサーマルヘッドを,感熱孔版印刷装置に採用することに容易に想到することはできない,と主張する。
しかし,たとい,溶融穿孔と感熱発色あるいは感熱転写とが物理的あるいは化学的に異なる現象であるとしても,上述したとおり,感熱プリンターのサーマルヘッドを感熱孔版印刷装置に転用することは,本件出願前において当業者によく知られていたことである。「サーマルヘッドをそのまま感熱孔版製版用として用いた場合,穿孔画像が連続してしまい,その結果裏移りが増加したり,耐刷性が劣っていたり」(上記(a))するなどの問題が生じるとしても,サーマルヘッドの各発熱素子が適用される部分(画素)の大きさを格別変更することなく感熱孔版印刷装置に転用し得ることは上記のとおりであるから,原告の主張は理由がないことが明らかである。
(イ) 感熱プリンター用サーマルヘッドのグレーズ層の厚みを感熱孔版印刷装置のサーマルヘッドに適用することの容易性について (a) 感熱プリンターのサーマルヘッドを,感熱孔版印刷装置に転用するに当たっては,穿孔の独立性を確保する必要があり,この独立性を確保することができるかどうかは,サーマルヘッドへの印加エネルギーの調節,すなわち,サーマルヘッドの発熱パターンにも依存することは,刊行物2の上記(a)の記載,刊行物5の上記(b)の記載から容易に理解することができる。サーマルヘッドの発熱パターンは,「蓄熱層(判決注・本件各発明における「グレーズ層」である。)の厚さを変える等の方法でも大きく変る」(刊行物5の上記(b))のであるから,感熱プリンターのサーマルヘッドを感熱孔版印刷装置に転用しようとするに当たっては,当業者は,穿孔の独立性を確保するために,まずグレーズ層の厚みについて検討を加えるであろう,と考えるのが自然である。
(b) 刊行物6には,ファクシミリ等に用いるサーマルヘッドについて,次の記載がある。
@「一方,グレーズ層も画質に影響を与える。グレーズ層が厚過ぎると蓄熱が激しく発熱抵抗体の熱応答性が低下し,尾引き,にじみ等の画質低下を招く。しかし,逆にグレーズ層は薄くなるほど発色時の電力効率が悪化する傾向にある。現在ファクシミリでは,記録時間が5ms/line程度であり,グレーズ層厚として60〜80μmが用いられていた。
発明が解決しようとする課題 しかし,上述のサーマルヘッドは,2ms/lineでの記録若しくはより高速な記録を行うと,画質劣化が著しいという問題のあることが判明した。
発明者は上述の問題点の生じる理由を種々検討した結果,以下の事項を見出した。即ち,記録速度を速くすると発熱抵抗体への印加パルス周期が速くなり,グレーズ層厚60〜80μmのサーマルヘッドで2ms/line記録を行うと,発熱体の熱応答が印加パルス周期に追従できなくなり,記録ドットがにじんでしまう。また,蓄熱も激しくなり,過去の記録状態を参照し印加電力の制御を行う,いわゆる熱履歴制御も複雑になる。」(甲第8号証2頁左上欄15行〜右上欄15行) A「グレーズ層の厚みを10μmより薄くすると,熱絶縁性が不足し発色時の電力効率が著しく低下し,発色しにくくなり,例えばグレーズ層厚0μmの場合にはほとんど発色しなくなる。・・・逆にグレーズ層の厚みを20μmよりも大きくするとグレーズ層の熱容量が大きくなり過ぎ発熱抵抗体の熱応答性が悪くなり,記録ドットににじみが生じ画質が劣化する。このため,本発明ではグレーズ層厚を10〜20μmに選定している。」(同3頁左下欄13行〜右下欄3行) B「以上の説明から明らかなように,本発明はサーマルヘッドのグレーズ層を10μm以上,20μm以下とし,発熱抵抗体の発熱部の副走査方向の長さを・・・とすることにより,副走査方向の解像度が7.7本/mmで記録時間が2ms/line以下で記録を行う場合でも良好な画質が得られるという効果を有する」(同3頁右下欄13行〜19行) (c) 刊行物3には,プリンタ等ヘッド用のサーマルヘッド基板について,次の記載がある。 @「グレーズ層を使用する場合には,発熱抵抗体を所要の温度に昇温させるのに,60〜100μmという比較的厚膜とすることが必要となる上に,発熱抵抗体周辺の熱容量が増大し,蓄熱現象を生じる結果,印字に際し,残留熱による尾曳きや滲みのような品質上好ましくない状態を招来することが多かった。」(甲第5号証1頁右下欄7行〜13行) A「本発明は,熱伝導率の小さい薄膜型のグレーズ層を有し,低い電力消費量で高速印字が可能なサーマルヘツドを与えるための基板を得ることを目的としてなされたものである。」(同2頁左上欄6行〜9行) B「本発明においては,このような組成のグレーズ層を,セラミツクス基板上に10〜50μmの厚さに形成させる。従来のサーマルヘツド基板用グレーズ層の場合は,60〜100μmの厚さとしなければならない・・・このようにして得られたサーマルヘツド用基板は,従来のものと同様に,高速プリンタ用サーマルヘツドの製造用として使用することができる。」(同2頁左下欄11行〜末行) C「発明の効果 本発明のサーマルヘツド用基板は,従来のものに比べて,次に示すような利点をもたらす。(1)熱伝導率が小さいため,発熱抵抗体の電熱変換の際の応答性が向上する。・・・(3)グレーズ層の厚さが薄いので,塗布工程を減少でき・・・。(4)蓄熱現象を防止しうるので,印字に際しての尾曳きや滲みを著しく減少させることができる。」(同2頁右下欄1行〜13行) (d) 刊行物6及び刊行物3のこれらの記載からすると,高速印字を行う際には,グレーズ層の厚みを厚くすると,蓄熱現象を引き起こし,残留熱による尾曳きや滲みのような好ましくない状態が生じるため,グレーズ層の厚みを薄くする必要があることが理解できる。
(e) 当業者が,感熱プリンターのサーマルヘッドを感熱孔版印刷装置に転用するに当たり,グレーズ層の厚みについても当然に検討することは,上述したとおりである。刊行物6及び刊行物3の上記記載は,高速印字を行う際に,蓄熱現象による残留熱が発熱パターンに影響を与えないようにするため,グレース層の厚みを薄くすることを示すものということができる。感熱孔版印刷装置のサーマルヘッドにおいて必要とされる穿孔の独立性が,前記のとおり発熱パターンに依存するものであることからすると,蓄熱現象による残留熱が,発熱パターンを変化させ,穿孔径を広げてしまう結果,穿孔の独立性が確保できなくなることは,当業者ならば容易に予測できることである。そうだとすると,高速印字を行う際に残留熱を減少させることができるとする刊行物6及び刊行物3記載のサーマルヘッドにおいて採用されているグレーズ層の厚みを感熱孔版印刷装置におけるサーマルヘッドにも適用すること,すなわち,グレーズ層の厚さを,引用発明6における10〜20μm,引用発明3における10〜50μmと同程度の60μm以下とすることは,当業者ならば,容易に行い得ることというべきである。
(f) 原告は,引用発明6及び引用発明3において,グレーズ層の厚みを薄くする目的は,滲みの生じない発色による記録ドットを得ること,また,尾曳きや滲みのない発色印字を得ることにあり,サーマルヘッドの発熱体部の寸法をあまり小さくすることなく,微細で独立した溶融穿孔を得ることにあるのではないから,感熱プリンターのサーマルヘッドに関する引用発明6及び引用発明3の技術を,感熱孔版印刷装置のサーマルヘッドへ転用することは困難である,と主張する。しかし,刊行物6及び刊行物3において解決すべき技術的課題は,いずれも,サーマルヘッドの蓄熱現象による残留熱を除去する点で,本件各発明における技術的課題と異なるところはないから,上記転用は容易に想到し得ることというべきである。
(ウ) 本件各発明において,グレーズ層の厚みを60μm以下と数値限定した意義について 本件訂正後の本件各発明の明細書(以下「本件訂正明細書」という。)には,「その発熱体部10に設けられたグレーズ層8の厚さtgが,60μmを超えるサーマルヘッドにおいては,連続印字時の蓄熱作用がより大きいので,発熱体部10のピーク温度が蓄熱しない場合のピーク温度よりもかなり高くなり,発熱体部10の単位面積当たりの印加エネルギーがオーバー気味になって熱応力等がかかると共に,発熱体部10の酸化等が促進されて電気抵抗値変化が生じやすくなるため,サーマルヘッド91の発熱体部10の寿命が短くなってしまう問題点がある。
また,溶融穿孔・製版された感熱性孔版マスタにおいて,独立穿孔したものが得られなくなってしまう問題点もある。」(甲第9号証【0008】),「一方,グレーズ層8の厚さtgが60μmのもので確認したところ,若干の上記各効果はあったがまだ若干不十分であり,5μm未満のものでも前述のような効果としては大きいと推測されるが,現時点における製造技術水準での困難性,及びグレーズ層8を介在して抵抗体層7を形成する基材9の平滑性を確保する点からその下限値を考慮し,また連続印字時において感熱性孔版マスタ61に形成される各穿孔が独立分離した実験結果が得られたことからその上限値を考慮すると,グレーズ層8の厚さtgが5〜50μmの範囲であるものが,特に好ましい。」(同【0061】)と記載されている。これらの記載からすれば,本件各発明におけるグレーズ層の厚さ「60μm以下」という数値は,実験により求められたものであると認められる。
しかし,グレーズ層の厚さが独立した穿孔の形成に影響を与えるとの知見が既に得られていることからすれば,このような実験によってこのような数値を得ることは当業者ならば適宜行い得ることというべきである。
しかも,刊行物5には,「この方法では熱感度を増加させると同時に孔の拡大性も増加し,従来の原紙を使用する場合より孔が拡大する傾向を持っている。」(甲第7号証【0005】)と記載されており,この記載から,サーマルヘッドが同じであっても,用いる原紙により,感熱性孔版マスタに形成される穿孔の大きさも変化すること,すなわち,グレーズ層の厚さの好適範囲は,用いる原紙によっても異なるものであることを理解することは,当業者にとって極めて容易なことである。
以上からすれば,グレーズ層の厚さを60μm以下と数値限定することは,刊行物6及び刊行物3記載の感熱プリンター用のサーマルヘッドを感熱孔版印刷装置に適用するに当たり,当業者が適宜行い得ることであることが明らかである。
上記数値限定に格別の技術的意義を認めることはできない。
(2) 相違点C(印字周期を,2.5ms/line以下とすること)についての判断の誤りについて 刊行物6には,「記録速度を速くすると発熱抵抗体への印加パルス周期が速くなり,グレーズ層厚60〜80μmのサーマルヘッドで2ms/line記録を行うと,発熱体の熱応答が印加パルス周期に追従できなくなり」(甲第8号証2頁右上欄8行〜12行),「グレーズ層の厚みを10μmより薄くすると,熱絶縁性が不足し発色時の電力効率が著しく低下し,発色しにくくなり,例えばグレーズ層厚0μmの場合にはほとんど発色しなくなる。・・・逆にグレーズ層の厚みを20μmよりも大きくするとグレーズ層の熱容量が大きくなり過ぎ発熱抵抗体の熱応答性が悪くなり,記録ドットににじみが生じ画質が劣化する。このため,本発明ではグレーズ層厚10〜20μmに選定している。」(同3頁左下欄13行〜右下欄3行),「副走査方向の解像度が7.7本/mmで記録時間が2ms/line以下で記録を行う場合でも良好な画質が得られる」(同3頁右下欄17行〜19行)との記載がある。また,刊行物3にも,前記のとおり,「本発明は,熱伝導率の小さい薄膜型のグレーズ層を有し,低い電力消費量で高速印字が可能なサーマルヘツドを与えるための基板を得ることを目的としてなされたものである。
」(甲第5号証2頁左上欄6行〜9行),「本発明においては,このような組成のグレーズ層を,セラミツクス基板上に10〜50μmの厚さに形成させる。従来のサーマルヘツド基板用グレーズ層の場合は,60〜100μmの厚さとしなければならない・・・このようにして得られたサーマルヘツド用基板は,従来のものと同様に,高速プリンタ用サーマルヘツドの製造用として使用することができる。」(同2頁左下欄11行〜末行)との記載があり,グレーズ層の厚さを薄くすることにより熱応答性が改善され高速化が達成できることが示されている。
感熱プリンターのサーマルヘッドを感熱孔版印刷装置に転用することが可能なこと,高速印字を行う場合にはグレーズ層の厚さを60μm以下とすることが,当業者が容易に想到できることであることは,いずれも前示のとおりである。
このように,サーマルヘッドのグレーズ層の厚さを60μm以下とすれば,印字の高速化を図ることができることは,刊行物6及び刊行物3の前記記載から当業者が容易に予測し得ることである。また,本件訂正明細書を見ても,刊行物1及び刊行物5の記載を見ても,感熱プリンターと感熱孔版印刷装置との間にサーマルヘッドの操作速度において大きく異なるというような事情が存在すると認めることはできない。
以上からすれば,刊行物6で実現されている2ms/line以下という操作速度を参考に,感熱孔版印刷装置におけるサーマルヘッドによる印字周期を,2.5ms/line以下とすることは,当業者ならば適宜設定し得ることというべきである。
2 すべての請求項に共通する取消事由2(相違点Eについての判断の誤り)について 刊行物2には,感熱孔版印刷装置においては,「サーマルヘッドへの印加エネルギーを調節する事により穿孔画像の穿孔径を変化させる事ができる。つまり,印加エネルギーを増加させれば穿孔径は広がり,逆に,減少させれば穿孔径は挟くなる。そうすることによって,穿孔画像の独立性を確保する方法はある。」(甲第4号証【0003】)と記載されている。溶融穿孔された感熱孔版マスタの穿孔態様が互いに独立しているようにすることは,当業者が当然に考慮することである。
決定の「相違点Eのように,溶融穿孔された感熱孔版マスタの穿孔態様が互いに独立しているようにすることも,刊行物2の記載(記載事項イ.b.)から当業者が容易に考えることと認められる。」(決定書13頁末段〜14頁1段)との判断に誤りはない。
原告は,刊行物2には,感熱孔板整版方法に関し,互いに独立した溶融穿孔を得ることについて記載されているものの,この互いに独立した溶融穿孔が,本件各発明における「厚さが60μm以下」のグレーズ層を有するサーマルヘッドで得られるものであるかどうかについては何も記載されていない,引用発明3と引用発明6は,いずれも感熱プリンターのサーマルヘッドに関する発明であるから,これと感熱孔板印刷製版方法に関する引用発明2とを組み合わせても,感熱プリンターのサーマルヘッドとその制御技術に関する構成が成立するだけであって,感熱性孔版マスタの製版用サーマルヘッドのグレーズ層と穿孔態様との組み合わせの構成は成立しない,と主張する。しかし,相違点A及び相違点Eについては,それぞれ,当業者が容易に想到し得るものであることは上述のとおりである。当業者にとって,相違点Aに係る引用発明6及び引用発明3の構成を感熱孔版印刷装置へ適用することが容易である以上,引用発明1に,相違点Aに係る引用発明6及び引用発明3の構成と,相違点Eに係る引用発明2の構成を組み合わせることにより,感熱孔版印刷装置における製版用サーマルヘッドのグレーズ層と穿孔態様とを組み合わせた構成が成立するのである。原告の上記主張に理由がないことは明らかである。
3 請求項1,3及び4に共通する取消事由(相違点D1についての判断の誤り)について 決定は,「刊行物4には,ファクシミリ(プリンター)の感熱記録ヘッド(サーマルヘッド)の記録パルス幅(印加エネルギー)を調節するに当たり,ヘッドマウント(サーマルヘッド)の温度を検出するサーミスタ(サーマルヘッド温度検出手段)と感熱記録ヘッド(サーマルヘッド)の個々の発熱体に印加する記録パルス幅(エネルギー)を上記サーミスタ(サーマル検出手段)で検出されたヘッドマウント(サーマルヘッド)温度に応じて所定の記録パルス幅(エネルギー)に調整する手段(印加エネルギー調整手段)とを有するようにすることが記載されている(記載事項エ.a.b.d.e.参照)から,これを,感熱孔版印刷装置である後者に採用して上記相違点D1にかかる構成とすることも当業者が容易に想起できることと認められる。」(決定書14頁2段)と判断した。
原告は,引用発明4は,ファクシミリに関する技術であり,刊行物4に記載されたサーミスタと記録パルス幅調整手段を,感熱孔版印刷装置における互いに独立する溶融穿孔の形成手段に採用することは,当業者にとって容易ではない,と主張する。
しかし,刊行物4には,@「感熱記録を高速ファクシミリに適用する際,・・・熱履歴効果及びヘッドマウント蓄熱による,にじみ,尾引き,かぶり等の画品質劣化に対する対処,・・・等の検討が必要である.本報告では・・・熱履歴効果及びマウント蓄熱温度に対して記録パルス幅を制御することにより,画品質劣化を防止できることを示し・・・ている.」(甲第6号証733頁あらまし欄),A「感熱記録方式は,発熱体の記録直前の温度によって,記録特性が大きく変化する.発熱体に記録パルスを印加する直前の温度は,次の2つの要因に依存する.(@)記録周期Tが短かく,前回記録した時の加熱パルスが充分立下らない場合(熱履歴モード).(A)全発熱体の発生する熱量の一部が,放熱基板に残留蓄積されて,マウント全体の温度が上昇する場合(マウント蓄熱モード).」(同735頁左欄18行〜右欄下から16行),B「図10は連続動作時間tに対するマウント蓄熱温度θHの・・・特性を示している.θ Hはヘッドマウント裏面の温度で,サーミスタを取付けて測定した.」(同736頁右欄20行〜22行)及びC「図12はθHに応じてパルス幅γを制御した時としない時の,濃度Dとマウント温度θHの時間的特性を示している.」(同737頁右欄14行〜16行)と記載されている。
このように,引用発明4は,サーマルヘッド(ヘッドマウント)における蓄熱を制御するため,サーマルヘッドへの印加エネルギー(記録パルス幅)を調節する手段,具体的には,サーマルヘッドの温度を検出するサーマルヘッド温度検出手段(サーミスタ)とサーマルヘッドの個々の発熱体に印加するエネルギーを上記サーマル検出手段で検出されたサーマルヘッド温度に応じて調整する印加エネルギー調整手段とを有することを開示するものである。このことからすれば,引用発明4は,直接にはファクシミリ用のプリンタ等に関する技術であるものの,これを蓄熱の制御が必要なことが明らかな感熱孔版印刷装置のサーマルヘッドに採用することは,当業者にとって何らの困難もなく容易に想到することができることというべきである。決定の上記判断に誤りはない。
4 請求項2ないし4に共通する取消事由(相違点D2についての判断の誤り)について (1) 決定は,相違点D2について,次のとおり判断した。
「前者の「第1のパルス」とは,「熱履歴用の第2パルス」と対比されて使われている請求項2の文脈,明細書の「前のラインで印字せず発熱していない際には,第1パルス幅tpの印加エネルギーを有する第1パルス」(段落【0058】参照)の記載及び図面の図8(a)の記載からみて,前のラインで発熱していない発熱体部に印加されるときのエネルギーを有するパルス幅を持つパルスであると解される。 さて,上述したように,感熱孔版製版方法(装置)において,感熱発色あるいは感熱転写により記録を行うプリンターで使用されるサーマルヘッドを,そのまま用いないまでも,印加エネルギー等を調節させることなどすることにより流用することは,周知である。 刊行物4には,ファクシミリ(プリンター)の感熱記録ヘッド(サーマルヘッド)の印加エネルギーを制御するに当たり,感熱記録ヘッド(サーマルヘッド)の個々の発熱体を,前ラインの白黒情報と変動する記録周期に応じて記録パルス幅を熱履歴制御することが記載されている(エ.記載事項a乃至c.参照。)。 すなわち,刊行物4には,前ラインの時白情報となったすなわち印字せず発熱しない発熱体部に印加するパルス(前者の「第1パルス」に相当。)の記録パルス幅(印加エネルギー)と,前ラインの時黒情報となったすなわち印字して発熱した発熱体部に印加するパルス(前者の「熱履歴用の第2パルス」に相当。)の記録パルス幅(印加エネルギー)とは異なることが示されている。 そして,前ラインの時黒情報すなわち印字して発熱した発熱体部に印加するパルス(前者の熱履歴用の第2パルスに相当。)の記録パルス幅(印加エネルギー)の方が,前ラインの時白情報すなわち印字せず発熱しない発熱体部に印加するパルス(前者の第1パルスに相当。)の記録パルス幅(印加エネルギー)よりも小さいことは,当業者にとって自明なことである。 また,このことは,特開昭57-80078号公報にも記載されている。
ゆえに,これを,後者の感熱孔版印刷装置に採用することは,格別困難なことでなく,また,その際,熱履歴制御用の第2パルスのエネルギーが,第1パルスのそれの40〜95%と数値範囲を特定することも,当該数値範囲が当業者が行う通常の範囲を含まない程のものでないから格別のものでない。 したがって,上記相違点D2は,当業者が容易になす構成の変更と認められる。」(決定書15頁下から2段〜16頁7段) (2) 原告は,引用発明4は,ファクシミリに関する技術であり,刊行物4に記載された熱履歴制御手段を,感熱孔版印刷装置における互いに独立する溶融穿孔の形成手段に採用することは,当業者にとって容易なことではない,と主張する。
しかし,プリンターで使用するサーマルヘッドを,印加エネルギー等を調節するなどして,感熱孔版印刷装置のサーマルヘッドに転用することは,前述のとおり,当業者ならば容易に想到し得ることである。
刊行物4には,前記3において引用した記載事項のほか,次の記載がある。「3.1 熱履歴モードに対するパルス幅制御 (1)一般的な熱履歴制御法 図6は記録周期Tに対する記録濃度Dと発熱体温度θの関係を示しており,Tが短かくなるにしたがって,θ,Dが上昇するのがわかる。このためTが40ms以下の高速動作時,個々の発熱体に印加するエネルギーを記録周期に応じて制御(熱履歴制御)して,濃度むら,尾引きを抑える必要がある.・・・前ラインの白黒情報と変動する記録周期に応じて,発熱体個々の記録パルス幅を制御する」(甲第6号証735頁右欄下から14行〜736頁左欄下から16行)。
この記載からすれば,刊行物4には,サーマルヘッドの個々の発熱体部への印加エネルギーを制御するに当たり,前ラインの白黒情報と変動する記録周期に応じた記録パルス幅の熱履歴制御を行うことが示されていると認められる。すなわち,引用発明4においては,記録周期Tが短くなると,θが上昇するのであるから,前ラインのとき,白情報となった発熱体部(印字せず発熱しない発熱体部)に印加するパルス(第1パルス)の記録パルス幅(印加エネルギー)よりも,前ラインのとき黒情報となった発熱体部(印字して発熱した発熱体部)に印加するパルス(熱履歴用の第2パルス)の記録パルス幅(印加エネルギー)の方が小さくされていることは,当業者にとって自明なことである。このように,刊行物4は,サーマルヘッドの個々の発熱体部を熱履歴制御するための熱履歴制御手段と,上記熱履歴制御手段により上記サーマルヘッドの個々の発熱体部が熱履歴制御を伴って駆動されるとき,熱履歴制御用の少なくとも第2パルスが,第1パルスより小さい印加エネルギーを持ってサーマルヘッドの個々の発熱体部に供給されるように,サーマルヘッドの個々の発熱体部を制御するエネルギー調整手段を開示するものである。
感熱プリンターで使用するサーマルヘッドを,感熱孔版印刷装置のサーマルヘッドに転用することが,当業者が容易に想到し得ることであることは前述のとおりであり,感熱孔版印刷装置においても,サーマルヘッドにおける蓄熱の制御が必要なことは明らかであるから,引用発明6を,感熱孔版印刷装置のサーマルヘッドの熱履歴制御に採用することは,格別困難なことではないというべきである。また,その際,熱履歴制御用の第2パルスのエネルギーを,第1パルスのそれの40〜95%と特定することも,実験により当業者が適宜定めうる程度のものである。
決定の上記判断に誤りはない。
5 すべての請求項に共通する取消事由3(引用発明1ないし引用発明6の組み合わせについての判断の誤り)について 決定は,本件発明1について,「刊行物1乃至6に記載された事項を単に寄せ集めることにより当業者が容易に発明をすることができたものと認められ,その作用効果もそれらの単なる総和以上の格別のものでない。」(決定書14頁4段)と判断し,本件発明2ないし4についても同様の判断をしている(決定書16頁下から2段,18頁2段,3段参照)。
原告は,引用発明3,引用発明4及び引用発明6は,感熱プリンターのサーマルヘッドに関する制御技術であるから,引用発明1に,引用発明3,引用発明4及び引用発明6のサーマルヘッドの各構成を単に組み合わせただけでは,感熱性孔版マスタに溶融穿孔を形成するためのサーマルヘッドの構成を特定した感熱孔版印刷装置である本件各発明には想到し得ないし,本件各発明の作用効果に思い至ることもない,と主張する。
しかし,感熱プリンターにおけるサーマルヘッドを,感熱孔版印刷装置のサーマルヘッドに転用することが可能なこと,及び,本件各発明と引用発明1との各相違点に係る構成については,いずれも,引用発明2ないし引用発明6から,当業者が容易に想到できるものであることは前述のとおりである。また,これまでに述べたところによれば,引用発明1にこれらの相違点に係る構成をすべて組み合わせることについても,当業者にとってこれを困難にする特段の阻害要因はないということができる。
本件各発明において奏される効果(本件発明1については,本件訂正明細書に「サーマルヘッドの発熱体部寸法を無理に小さくせずに,使用するサーマルヘッドの発熱体部の高寿命化を成し遂げることができ,溶融穿孔・製版された感熱性孔版マスタの穿孔が微細で互いに独立したものが得られ,主走査方向及び副走査方向の解像度に応じた好適な穿孔画像を形成して,如何なる原稿画像に対しても忠実な印刷画像を形成することができ,かつ,印刷用紙の裏面に発生する裏移り現象を防止することができて,なおかつ,印字周期が2.5ms/line以下であるという製版時間の高速化においても,上記各効果を奏する。加えて,穿孔エネルギー調整手段による上記作用によって,上記各効果をより大きく奏する。」(甲第9号証【0068】)と記載されており,本件発明2ないし4についても,各請求項に対応して一部が異なるものの,全体としてほぼ同趣旨の効果が記載されている(同【0069】ないし【0071】参照)。)についても,引用発明1ないし引用発明6から当業者が容易に予測し得るものであって格別のものではないことは明らかである。
決定の上記判断に誤りはない。
6 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定には,いずれの請求項についても,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸