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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10445審決取消請求事件 判例 特許
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平成18行ケ10470審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10665特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成13行ケ424特許取消決定取消請求事件 判例 特許
関連ワード 技術的思想 /  頒布された刊行物 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  優先権 /  特許出願日 /  参酌 /  数値限定 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  発明の範囲 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 438号 特許取消決定取消請求事件
平成 14年 (行ケ) 468号 審決取消請求事件
原 告(T・U事件)住友林業株式会社
原 告(T・U事件)富士川建材工業株式会社
原告ら訴訟代理人弁理士 福田賢三,福田伸一,福田武通,加藤恭介(U事件のみ)
被 告(T・U事件)特許庁長官 今井康夫
指定代理人 木原裕,鈴木憲子,林栄二,高木進,大橋信彦,山口由木(T事件の み),大野克人(U事件のみ)
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/11/18
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告らの両事件の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は,両事件を通じ,原告らの負担とする。
事実及び理由
原告らの求めた裁判
T事件につき,「特許庁が異議2000-71483号事件について平成13年8月15日にした決定を取り消す。」との判決。
U事件につき,「特許庁が訂正2002-39077号事件について平成14年8月6日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
T事件は,後記本件発明の特許権者である原告らが,特許異議の申立てを受けた特許庁により本件特許(請求項1ないし6に係る特許)を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めた事案である。
U事件は,後記本件発明の特許権者である原告らが,T事件の当審係属中に訂正審判の請求をしたところ,審判の請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
なお,本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。
1 前提となる事実等 (1) 特許庁における手続の経緯 (1-1) 本件特許 特許権者:原告ら 発明の名称:「建築物の湿式外通気工法」 特許出願日:平成10年6月19日(優先権主張:平成9年11月19日) 設定登録日:平成11年8月6日 特許番号:第2961655号 (1-2) 本件特許異議手続 特許異議事件番号:異議2000-71483号 訂正請求日:平成13年6月11日 異議の決定日:平成13年8月15日 決定の結論:「訂正を認める。特許第2961655号の請求項1ないし6に係る特許を取り消す。」 決定謄本送達日:平成13年9月10日(原告らに対し) この決定に対する取消訴訟がT事件である。
(1-3) 本件訂正審判手続 訂正審判請求日:平成14年3月15日(訂正2002-39077号) 審決日:平成14年8月6日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成14年8月16日(原告らに対し) この審決に対する取消訴訟がU事件である。
(2) 本件発明の要旨 (2-1) 設定登録時(甲3・特許公報記載)の特許請求の範囲 【請求項1】建築物の外壁に通気層を設け,外通気ができるように防水紙及び鉄網,若しくは防水紙付き鉄網を取付け,練り上り時の単位容積質量が0.9〜1.8である軽量セメントモルタルを塗着し,壁面全体の表面又は内部,或いは壁面の一部の表面又は内部に,ガラス繊維ネット,アラミド繊維ネット,ビニロン繊維ネット,カーボン繊維ネット等から選ばれる質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上の網材を押圧して埋設した後,仕上げ施工することを特徴とする建築物の湿式外通気工法。
【請求項2】躯体壁外側に厚さ間隔が5〜30mmの通気層を設け,基礎天端若しくは下屋部の壁当たり部分から空気を取入れ,軒天及び/又は棟部分から空気を抜く方法であることを特徴とする請求項1に記載の建築物の湿式外通気工法。
【請求項3】躯体壁外側に透湿防水シートを貼り付け,厚さ5〜30mmの胴縁を適宜間隔に取り付けることにより通気層を形成することを特徴とする請求項1又は2に記載の建築物の湿式外通気工法。
【請求項4】胴縁と胴縁の間に補助胴縁を取り付けることを特徴とする請求項3に記載の建築物の湿式外通気工法。
【請求項5】補助胴縁は,長さ300〜3000mmであり,タッカー釘,ステイプル,両面粘着テープ,接着剤により取り付けることを特徴とする請求項4に記載の建築物の湿式外通気工法。
【請求項6】軽量セメントモルタルの組成が,セメント20〜60wt%,無機質混和材20〜60wt%,有機質混和材2〜10wt%であることを特徴とする請求項1乃至5の何れか一項に記載の建築物の湿式外通気工法。
(2-2) 平成13年6月11日付けの訂正請求書における特許請求の範囲(下線部分が訂正箇所。ただし,訂正は確定していない。全文訂正明細書は,甲14の同訂正請求書に添付のもので,以下「訂正明細書(T)」という。なお,下記の請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本件発明1」などという。) 【請求項1】建築物の外壁に通気層を設け,外通気ができるように防水紙及び鉄網,若しくは防水紙付き鉄網を取付け,練り上り時の単位容積質量が0.9〜1.8である軽量セメントモルタルを塗着し,壁面全体の表面又 は内部 に,ガラス繊維ネット,アラミド繊維ネット,ビニロン繊維ネット,カーボン繊維ネット等から選ばれる質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上の網材を押圧して埋設した後,仕上げ施工することを特徴とする建築物の湿式外通気工法。
【請求項2】ないし【請求項6】は,(2-1)と同文。
(2-3) 本件訂正審判請求に係る特許請求の範囲(下線部分が前記(2-1)からの訂正箇所。全文訂正明細書は,甲18の審判請求書に添付のもので,以下「訂正明細書(U)」という。なお,下記の請求項番号に対応して,それぞれの発明を「訂正発明1」などという。) 【請求項1】建築物の外壁に通気層を設け,外通気ができるように防水紙及び鉄網,若しくは防水紙付き鉄網を取付け,練り上り時の単位容積質量が1.0〜1.5である軽量セメントモルタルを塗着し,壁面全体 の表面又 は内部 に,ガラス繊維ネット,アラミド繊維ネット,ビニロン繊維ネット,カーボン繊維ネット等から選ばれる質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上の網材を押圧して埋設した後,仕上げ施工することを特徴とする建築物の湿式外通気工法。
【請求項2】ないし【請求項6】は,(2-1),(2-2)と同文。
(3) 決定(異議2000-71483号)の理由の要旨〔I事件関係〕 (a) 決定は,平成13年6月11日付けの訂正請求に係る訂正を適法なものと認めた上,本件発明1ないし6に関する特許要件の有無に関し,刊行物1ないし4として,次のものを引用した。
『刊行物1:実願昭57-44429号(実開昭58-145918号)のマイクロフィルム(本訴甲4) 刊行物2:「1995建築仕上材ガイドブック」(日本建築仕上材工業会編集,株式会社工文社・平成7年4月20日発行,161頁。本訴甲5)。』 (裁判所注)刊行物2の発行日につき,決定は4月1日付けと記載するが,甲27に照らし誤記と認める。また,刊行物2(甲5)は,後記審決で引用された刊行物2(甲27)と同じ刊行物であるが,引用された頁範囲が異なるので,以下,甲5のものを「刊行物2(T)」,甲27のものを「刊行物2(U)」という。
『刊行物3:特開昭59-217861号公報(本訴甲6) 刊行物4:特開平9-158350号公報(本訴甲7)』 (b) 決定は,まず,本件発明1と刊行物1記載の発明とを対比し,次のように,一致点と相違点を認定した。
『両者は,「建築物の外壁に通気層を設け,外通気ができるように防水紙及び鉄網を取付け,モルタルを塗着し,仕上げ施工する建築物の湿式外通気工法。」である点において一致し,(1) 本件発明1は,練り上り時の単位容積質量が0.9〜1.8である軽量セメントモルタルを塗着しているのに対して,刊行物1記載の発明は,単にモルタルを塗着している点,及び,(2) 本件発明1は,壁面全体の表面又は内部に,ガラス繊維ネット,アラミド繊維ネット,ビニロン繊維ネット,カーボン繊維ネット等から選ばれる質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上の網材を押圧して埋設した後,仕上げ施工するのに対し,刊行物1には,そのような施工をすることは記載されていない点で相違している。』 (c) 決定は,上記相違点につき,次のように判断した。
『相違点(1)について: 刊行物2には,建築物の外壁の施工方法として,練り上り時の単位容積質量が1.0以上である軽量セメントモルタルを塗着することが記載されており,相違点(1)における本件発明1(練り上り時の単位容積質量が0.9〜1.8)とは,練り上り時の単位容積質量の下限値に多少の差異があり,上限値の有無の点で差異があるが,一部が重複した類似の範囲のものであり,それによる臨界的な意義も認められない。
なお,権利者(原告ら)は,特許異議意見書において,軽量セメントモルタルの練り上がり時の比重の上限値(1.8)が設けられていない点で明確な相違があると主張しているが,その根拠となる同書の測定結果を検討しても,単位容積比重をそれぞれ1.9;1.3;0.8の3種類の軽量セメントモルタルの比較(測定結果A〜E)が記載してあるだけで,軽量セメントモルタルの練り上がり時の比重を1.8前後で測定したわけでないから,練り上がり時の比重の上限値を1.8とした根拠が明らかでなく,この点に臨界的意義があるとは認められない。
したがって,刊行物1記載の発明に刊行物2記載の発明を適用するに当たって,軽量セメントモルタルを本件発明1のような数値範囲にすることは,建築物の外壁の施工方法において本来的な目的である「モルタル層の耐久性の向上」,「モルタル層のひび割れ,剥離の防止」等を考慮して,実験等により当業者が必要に応じて選択できることにすぎない。
相違点(2)について: 刊行物3記載の発明の「アスファルトフェルト33」,「ワイヤラス34」,「モルタル40」,「モルタル40の上塗り」は,本件発明1の「防水紙」,「鉄網」,「モルタル」,「仕上げ施工」に相当するから,刊行物3には,「建築物の下地に防水紙及び鉄網を取り付け,モルタルを塗着し,壁面全体にガラス繊維ネットを埋設した後,仕上げ施工する建築物の外壁の施工方法」が記載されており,「網材」について,本件発明1は,その質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上であるのに対し,刊行物2(注:刊行物3の誤記)記載の発明はその質量が65g/m2であって,網材の質量に関し,本件発明1と刊行物1(注:刊行物3の誤記)記載の発明とは,一部が重複した類似の範囲のものである。
また,権利者が「網材」として実施例に挙げているものは表4に示しているように市販されたもので特別のものではない。
さらに,特許異議意見書を参照しても,本件発明の範囲内の「網材」を2例のみ(測定結果B,C)と,本件発明1の範囲外の「網材」を2例のみ(測定結果D,E)とが記載されているだけであって,「網材は,その質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上である」とした臨界的意義は明らかにされていない。
そうしてみると,「網材は,その質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上である」構成は,建築物の外壁の施工方法において本来的な目的である「モルタル層の耐久性の向上」,「モルタル層のひび割れ,剥離の防止」等を考慮して,実験等により当業者が必要に応じて選択できうる程度ものである。
なお,権利者(原告ら)は,特許異議意見書において,本件発明1が特定の軽量セメントモルタルと特定の網材とを併用したことにより相乗効果を有するから,これら刊行物からは容易に発明できないものである旨主張しているが,本件発明1と刊行物1ないし3記載の発明とは,いずれも,モルタルを用いた建築物の外壁の施工方法である点で一致し,刊行物1ないし3記載の発明を組み合わせるのに,何ら阻害要因は認められず,軽量セメントモルタル及び網材の具体的数値範囲についても,前述のように,当業者が必要に応じて選択しうるものであるから,権利者の主張は理由がない。
そして,本件発明1の効果も,刊行物1〜3記載の発明に基づいて予測できる程度のものであって,格別のものがあるとは認められない。
したがって,本件発明1は,刊行物1〜3記載の発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。』 (d) 決定は,本件発明2ないし6について,次のように判断した。
『本件発明2で限定された「躯体壁外側に厚さ間隔が5〜30mmの通気層を設け,基礎天端若しくは下屋部の壁当たり部分から空気を取入れ,軒天及び/又は棟部分から空気を抜く方法であること」という事項は,刊行物4に,「パネル主体外側に厚さ間隔が10〜30mmの通気層を形成し,基礎天端相当部分から空気を取入れ,棟部分から空気を抜く外通気工法。」という発明が記載されており,数値限定における下限値が相違するも,作用効果に格別な差異が認められず,当業者が容易に変更できる程度のことにすぎない。
そして,請求項1を引用する本件発明2のその他の構成については,上記本件発明1について検討したとおりである。
したがって,本件発明2は,刊行物1〜4記載の発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。』 『本件発明3で限定された「躯体壁外側に透湿防水シートを貼り付け,厚さ5〜30mmの胴縁を適宜間隔に取り付けることにより通気層を形成すること」という事項は,刊行物4に,「パネル主体外側に防水シートを貼り付け,厚さ10〜30mmの胴縁を適宜間隔に取り付けることにより通気層を形成する」という発明が記載されており,数値限定における下限値が相違するも,作用効果に格別な差異が認められず,当業者が容易に変更できる程度のことにすぎず,また,本件の出願前,室内の湿気を戸外へ排出する為,防水シートに代えて透湿防水シートを採用することは,周知の技術事項である(例えば,実願昭63-96114号(実開平2-20626号)のマイクロフィルム等参照)から,本件発明3で限定された上記事項は,刊行物4記載の発明及び上記周知の技術事項に基づいて当業者が容易に想到できたものであるということができる。
そして,請求項1又は請求項2を引用する本件発明3のその他の構成については,上記本件発明1,2について検討したとおりである。
したがって,本件発明3は,刊行物1〜4記載の発明及び上記周知の技術事項に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。』 『本件発明4で限定された「胴縁と胴縁の間に補助胴縁を取り付けること」という事項は,刊行物1には,縦胴縁は間柱および柱の位置に対応させて設けることに限るばかりでなく,モルタル外壁材の強度に応じて適宜上記以外の位置に設けてもよいと記載され,間柱および柱の位置に対応して設けた縦胴縁間にも補助的に別の縦胴縁を取り付けることが記載されており,本件発明4で限定された上記事項は,刊行物1に記載されている事項から当業者が容易に想到できる設計事項にすぎない。
そして,請求項3を引用する本件発明4のその他の構成については,上記本件発明3について検討したとおりである。
したがって,本件発明4は,刊行物1〜4記載の発明及び上記周知の技術事項に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。』 『本件発明5で限定された「補助胴縁は,長さ300〜3000mmであり,タッカー釘,ステイプル,両面粘着テープ,接着剤により取り付けること」という事項は,補助胴縁の長さ300〜3000mmという範囲が,施工のしやすさを考慮して,当然選択できる設計範囲にすきず,また,その固着手段も普通に実施されているもので格別のものとは認められないから,当業者であれば格別の発明力を要せず容易に実施できる事項にすぎない。
そして,請求項4を引用する本件発明5のその他の構成については,上記本件発明4について検討したとおりである。
したがって,本件発明5は,刊行物1〜4記載の発明及び上記周知の技術事項に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。』 『本件発明6で限定された「軽量セメントモルタルの組成が,セメント20〜60wt%,無機質混和材20〜60wt%,有機質混和材2〜10wt%である」という事項は,刊行物2に,軽量セメントモルタルの組成が,普通ポルトランドセメント40〜65wt% 無機質混和材30〜60wt% 有機質混和材12wt%以下に構成することが記載されており,セメント,無機質混和材,有機質混和材の割合における具体的数値範囲が,本件発明6と刊行物2記載の発明とは相違しているが,本件発明6と刊行物2記載の発明とのそれぞれの材料の混合割合の数値範囲は,重複した範囲を有するものであり,特許異議意見書を検討しても,本件発明6の刊行物2記載の発明と相違する上限値又は下限値に格別の臨界的意義も認められない。
したがって,軽量セメントモルタルを本件発明6のような数値範囲にすることは,建築物の外壁の施工方法において本来的な目的である「モルタル層の耐久性の向上」,「モルタル層のひび割れ,剥離の防止」等を考慮して,実験等により当業者が必要に応じて選択できることにすぎない。
そして,請求項1ないし5のいずれか一項を引用する本件発明6のその他の構成については,上記本件発明1ないし5について検討したとおりである。
したがって,本件発明6は,刊行物1〜4記載の発明及び上記周知の技術事項に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。』 (e) 決定は,次のように結論づけた。
『本件発明1ないし6は,引用刊行物に記載された発明,又は,引用刊行物に記載された発明及び周知の技術事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,その特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものである。』 (4) 審決(訂正2002-39077号)の理由の要旨〔U事件関係〕 (a) 審決は,刊行物1ないし3として,次のものを引用した。
『刊行物1:実願昭57-44429号(実開昭58-145918号)のマイクロフィルム(本訴甲4) 刊行物2(U):「1995建築仕上材ガイドブック」(日本建築仕上材工業会編集,株式会社工文社・平成7年4月20日発行,159〜161頁〔表紙・奥書付き〕。本訴甲27)。
刊行物3:特開昭59-217861号公報(本訴甲6)』 (b) 審決は,まず,訂正発明1と刊行物1記載の発明とを対比し,次のように,一致点と相違点を認定した。
『両者は,「建築物の外壁に通気層を設け,外通気ができるように防水紙及び鉄網を取付け,モルタルを塗着し,仕上げ施工する建築物の湿式外通気工法。」である点において一致し,(1) 訂正発明1は,練り上り時の単位容積質量が1.0〜1.5である軽量セメントモルタルを塗着しているのに対して,刊行物1記載の発明は,単にモルタルを塗着している点,及び,(2) 訂正発明1は,壁面全体の表面又は内部に,ガラス繊維ネット,アラミド繊維ネット,ビニロン繊維ネット,カーボン繊維ネット等から選ばれる質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上の網材を押圧して埋設した後,仕上げ施工するのに対し,刊行物1には,そのような施工をすることは記載されていない点で相違している。』 (c) 審決は,上記相違点につき,次のように判断した。
『相違点(1)について: 刊行物2には,建築物の外壁の施工方法として,練り上り時の単位容積質量が1.0以上である軽量セメントモルタルを塗着することが記載されており,相違点(1)における訂正発明1(練り上り時の単位容積質量が1.0〜1.5)とは,練り上り時の単位容積質量の下限値が一致し,上限値の有無の点で差異があるが,一部が重複した類似の範囲のものであり,上限値を1.5にしたことによる臨界的な意義も認められない。
したがって,刊行物1記載の発明に刊行物2記載の発明を適用するに当たって,軽量セメントモルタルを訂正発明1のような数値範囲にすることは,建築物の外壁の施工方法において本来的な目的である「モルタル層の耐久性の向上」,「モルタル層のひび割れ,剥離の防止」等を考慮して,実験等により当業者が必要に応じて選択できることにすぎない。
相違点(2)について: 刊行物3記載の発明の「アスファルトフェルト33」,「ワイヤラス34」,「モルタル40の下塗り」,「モルタル40の上塗り」は,訂正発明1の「防水紙」,「鉄網」,「モルタル」,「仕上げ施工」に相当するから,刊行物3には,「建築物の下地に防水紙及び鉄網を取り付け,モルタルを塗着し,壁面全体にガラス繊維ネットを埋設した後,仕上げ施工する建築物の外壁の施工方法」が記載されており,「網材」について,訂正発明1は,その質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上であるのに対し,刊行物2(注:刊行物3の誤記)記載の発明はその質量が65g/m2であって,網材の質量に関して,訂正発明と刊行物1(注:刊行物3の誤記)記載の発明とは,一部が重複した類似の範囲のものであり,それによる臨界的な意義も認められない。また,権利者が「網材」として実施例に挙げているものは表4に示しているように市販されたもので特別のものではない。
そうしてみると,「網材は,その質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上である」構成は,建築物の外壁の施工方法において本来的な目的である「モルタル層の耐久性の向上」,「モルタル層のひび割れ,剥離の防止」等を考慮して,実験等により当業者が必要に応じて選択できうる程度ものである。
なお,訂正発明1が特定の軽量セメントモルタルと特定の網材とを併用したことについて言及すると,訂正発明1と刊行物1ないし3記載の発明とは,いずれも,モルタルを用いた建築物の外壁の施工方法である点で一致し,平成14年7月8日付け意見書を参酌しても,刊行物1ないし3記載の発明を組み合わせるのに,何ら阻害要件は認められず,軽量セメントモルタル及び網材の具体的数値範囲についても,前述のように,当業者が必要に応じて選択しうるものである。
そして,上記意見書を参酌しても,上記訂正発明1の効果も,刊行物1〜3記載の発明に基づいて予測できる程度のものであって,格別のものがあるとは認められない。
したがって,訂正発明1は,その出願前に頒布された刊行物1〜3記載の発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により,その特許出願の際独立して特許を受けることができない。』 (d) 審決は,次のように結論づけた。
『本件審判の請求は,特許法126条4項の規定に適合しない。』 2 原告らの主張の要点(U事件,T事件の順に記載する。) (1) 審決取消事由〔U事件〕 (1-1) 取消事由1(訂正発明1についての相違点(1)の判断の誤り) (a) 審決は,訂正発明1と刊行物1記載の発明(甲4)との相違点(1)として,前記1(4)(b)のとおり認定した上(この認定は争わない。),同(c)のとおり判断した。審決は,その中で,刊行物2(U)を引用した上,訂正発明1の練り上り時の単位容積質量が1.0〜1.5であることに臨界的な意義が認められないとし,刊行物1記載の発明に刊行物2記載の発明を適用するに当たって,軽量セメントモルタルを訂正発明1のような数値範囲にすることは,建築物の外壁の施工方法において本来的な目的である「モルタル層の耐久性の向上」,「モルタル層のひび割れ,剥離の防止」等を考慮して,実験等により当業者が必要に応じて選択できることにすぎないとした。しかし,この判断は誤っている。
(b) 本件訂正審判以前においては,軽量セメントモルタルの単位容積質量は,0.9〜1.8としていたが,訂正明細書(U)(甲18)の段落【0014】〜【0023】には,出願時の記載のままに単位容積質量が1.0〜1.5の範囲のより好適な実施例しか示されていないため,訂正発明1では,単位容積質量を1.0〜1.5に減縮した。そのため,訂正明細書(U)に記載された実施例では,訂正発明1の軽量セメントモルタルである単位容積質量が1.0〜1.5の範囲の全てにおいて網材を併用しない場合に比べて長期間にわたって剥落や亀裂,破断の防止が果たされるという格別の効果が得られることが,複数の実験結果により例証されるものとなった。
したがって,どのような技術的根拠をもって「上限値を1.5にしたことによる臨界的な意義も認められない。」と認定されるのか,またどのようなデータが記載されれば上限値の意義を認めるのか,全く不明であり,前記審決の認定は,明らかに失当である。
(c) 補足データにより,訂正発明1における軽量セメントモルタルの単位容積質量の上限値1.5及び下限値1.0の意義を説明する。
データは,甲31(【表b】),甲28(グラフ1),甲29(グラフ2)である。このデータは,甲20(【表b】),甲21(グラフ1)及び甲22(グラフ2)において,測定結果A’〜C’としてまとめたものを維持した上で,さらにビニロン繊維ネットB(測定結果C’で用いたビニロン繊維ネットAよりも質量及び引張強度が高いもの)を用いた実験結果によるデータを新たに加えたものである(なお,甲20に先行するものとして後記の測定結果AないしDがある。)。
甲31のデータを一覧表にすると次のとおりである。
〔測定結果A’〕(繊維なし) 単位容積比重 ひび割れ発生荷重(kgf/cm2) 変位量(mm) エネルギー値(kg・mm) 0.8 16.90 0.5 7.751 0.9 19.40 0.4 14.050 1.0 23.25 0.5 25.989 1.3 30.20 0.3 20.306 1.5 35.82 0.7 25.443 1.6 45.27 1.0 31.341 1.9 65.51 0.3 18.563〔測定結果B’〕 日本電気硝子(株)製耐アルカリ性ガラス繊維TD5×5(ガラス繊維ネット@) (質量145g/m2,引張強度150kgf/mm2)を用いた場合 単位容積比重 ひび割れ発生荷重(kgf/cm2) 変位量(mm) エネルギー値(kg・mm) 0.8 25.00 4.0 121.609 0.9 38.60 4.3 142.375 1.0 44.90 5.2 269.643 1.3 90.80 9.9 317.350 1.5 95.40 4.3 213.690 1.6 101.60 4.0 240.249(剪断) 1.9 110.40 3.5 79.629(剪断)〔測定結果C’〕 ユニチカ(株)製TSS-1820(ビニロン繊維ネットA) (質量45g/m2,引張強度183kgf/mm2)を用いた場合 単位容積比重 ひび割れ発生荷重(kgf/cm2) 変位量(mm) エネルギー値(kg・mm) 0.8 18.60 0.5 60.480 0.9 23.50 0.5 87.489 1.0 30.30 0.6 105.878 1.3 60.10 0.5 175.192 1.5 63.60 0.8 205.304 1.6 67.20 1.0 189.526 1.9 68.00 0.3 165.274〔測定結果・追加〕 (株)クラレ製VF-2201(ビニロン繊維ネットB) (質量113g/m2,引張強度116kgf/mm2)を用いた場合 単位容積比重 ひび割れ発生荷重(kgf/cm2) 変位量(mm) エネルギー値(kg・mm) 0.8 20.4 0.4 70.83 0.9 25.1 0.5 104.42 1.0 49.2 0.6 146.05 1.3 60.0 0.6 235.06 1.5 65.4 0.8 210.44 1.6 69.8 1.1 190.49 1.9 72.8 0.4 168.66 上記エネルギー値は,訂正明細書(U)に記載の基礎実験(段落【0014】)で行ったものと全く同様の条件で,試験開始時から試験終了時までのエネルギー値を測定した。エネルギー値とは,試験機の昇降する押圧部の先端(センサー付き)を試験板に当接させて一定速度で押圧し,その試験板から押圧部先端へ作用する反発力を測定するものであって,横軸には速度が示され,縦軸には反発力が示されるチャート(グラフ)が得られ,このチャートの面積を測定することによりエネルギー値が得られる。エネルギー値を測定することにより,引張強度の補強,引張強度の分散,ゴム弾性といった特性を推察することができ,換言すると,自然界において発生する強風や地震等による応力に基づく破断や亀裂の発生の指標とすることができる。強風や地震等による応力に基づく破断や亀裂の生じ難さは,エネルギー値に最も反映されるものである。
これに対し,ひび割れ発生時の荷重や変位量は,実験において一番先に発生したひび割れに対応するものであるため,引張強度の補強や引張強度の分散に加えて硬度が大きな影響を与えてしまい,強風や地震等による応力に基づく破断や亀裂の生じ難さへの反映の度合いはエネルギー値に比べて低いものである。
(d) 上記データから明らかなように,訂正発明1における軽量セメントモルタルの上限値及び下限値は正当に設定されたものであって,臨界的意義を持つものである。
訂正発明1の軽量セメントモルタルに相当する単位容積質量が1.0,1.3,1.5の軽量セメントモルタルを用いて網材(ガラス繊維ネット@,ビニロン繊維ネットA,同B。測定結果B’,C’,追加分)と併用させたものは,網材を使用しないもの(測定結果A’)に比べてエネルギー値が著しく高くなり,格別の相乗効果が確認された。この結果は,強風や地震等による応力に基づく破断や亀裂への耐性を従来の軽量セメントモルタルのみを使用した場合に対して,おおよそ5〜15倍も高めたことを示し,極めて多大な相乗効果である。
軽量セメントモルタルの下限値については,次のようにいえる。
単位容積質量が0.8,0.9の軽量セメントモルタルを網材と併用したものでも,網材を使用しない場合に比べて,エネルギー値,ひび割れ発生時の荷重,変位量のそれぞれにおいて多大な向上効果が認められたものの,それぞれの軽量セメントモルタルをガラス繊維ネット@と併用した場合のエネルギー値は121.61,142.38kg・mmであった。これに対し,単位容積質量1.0,1.3,1.5の軽量セメントモルタルをガラス繊維ネット@と併用した場合のエネルギー値は,269.64,317.35,213.69kg・mmであるから,単位容積質量0.8,0.9の軽量セメントモルタルとガラス繊維ネット@を併用した場合のエネルギー値は,その半分程度にすぎない低いものであった。
なお,ビニロン繊維ネットAやビニロン繊維ネットBを用いた場合には,ガラス繊維ネット@を用いた場合とは若干異なる結果となったが,ビニロン繊維自体の伸びが影響しているものであって,決して軽量セメントモルタルの下限値1.0を否定するものではない。
このような結果を総合的に判断すると,軽量セメントモルタルの単位容積質量の下限値1.0の設定は正当である。
軽量セメントモルタルの上限値については,次のようにいえる。
単位容積質量が1.9の軽量セメントモルタルをガラス繊維ネット@と併用した場合のエネルギー値は79.63kg・mmであり,前記単位容積質量が0.8や0.9の場合(エネルギー値121.61,142.38kg・mm)よりも低い値であった。この結果から,荷重を全体に分散させることができずに破断してしまったことが明らかである。要するに,硬質であるため衝撃等には高い耐性を有するが,柔軟性がないため,風力や地震等の全体的に,かつ,継続的に生ずる外力には耐性がないことが示された。
単位容積質量が1.6の軽量セメントモルタルをガラス繊維ネット@と併用した場合のエネルギー値は240.25kg・mmであり,単位容積質量が1.5の場合(213.69kg・mm)と同等であったが,単位容積質量1.6,1.9の軽量セメントモルタルをガラス繊維ネット@と併用した場合には網材の繊維が剪断され,ほとんど外壁が断裂している状況が確認された。これに対し,単位容積質量が1.5の場合やそれ以下の場合ではひび割れが発生しても外壁の撓み等により繊維の剪断までには至らず,ひび割れのままでとどまっている現象が確認された。
なお,軽量セメントモルタルをビニロン繊維ネットAやビニロン繊維ネットBと併用した場合の測定結果でも,比較的良好な数値が得られているが,軽量セメントモルタルに埋設していた網材が軽量セメントモルタルから剥離,露出して伸びきっており,ほとんど外壁が断裂(破断)している状況が確認された。
要するに,自然界において発生する強風や地震等により,仮に膨大な応力が作用したとしても,軽量セメントモルタルの単位容積質量が1.5以下であれば,ひび割れのままでとどめることができ,外壁が断裂(破断)して重大な事故を引き起こすおそれがないが,単位容積質量が1.6となると,事故の可能性を否定できないので,そのような可能性のある範囲は容認できないということになる。
しかも,軽量セメントモルタルの単位容積質量が1.5の場合と1.6の場合とでは,外壁として施工した際に後者の方が重量があるので,メタルラスの取付部であるステープルに作用する応力も大きくなる。特に通気工法では,ステープルを胴縁のみに打ち込む構成であり,1本のステープルに極めて多大な荷重が作用するため,脱落を生じやすくなるので,外壁の重量,すなわち,軽量セメントモルタルの単位容積質量は,できるだけ小さいものであることが望ましい。
このような結果等を総合的に判断すると,軽量セメントモルタルの単位容積質量の上限値1.5の設定は正当である。
訂正発明1における軽量セメントモルタルの上限値及び下限値は,特定の網材と併用する構成において設定されたものであり,網材と併用しない軽量セメントモルタル単独の構成において,どのような実験を行っても,少なくとも訂正発明1における軽量セメントモルタルの上限値及び下限値を見いだすことはできない。
(e) 審決は,「モルタル層の耐久性の向上」,「モルタル層のひび割れ,剥離の防止」を建築物の外壁の施工方法において本来的な目的であると説明しているが,少なくとも本願以前の当業界においては,そのための手法として外壁の強度及び剛性の増強を目指す検討がほとんどであって,ひび割れ防止対策として,@モルタルの乾燥収縮の低減,Aモルタルの引張強さの改善,Bモルタルの引張応力の分散,Cモルタルへのゴム弾性の付与を見いだすような提案は一切なかった。しかも,上記対策を実現化するために,それ自体の強度は低く柔らかい軽量セメントモルタルをあえて用いようとする提案はほとんどなかった。なぜなら,単位容積質量が0.8〜0.9程度の軽量セメントモルタルでは,柔らかすぎて多種の表面仕上げを行うことができず,防火構造にできなかった。そのため,刊行物2(U)のように単位容積質量が1.0以上の軽量セメントモルタルを用いることにより防火認定構造としてできたのであるが,これでも多種の表面仕上げを行うことはできず,強度や撓みがないため,風力や地震等の外力には耐性がなく,亀裂や破断を発生させていたのである。審決の上記認定は,明らかに失当である。
(1-2) 取消事由2(訂正発明1についての相違点(2)の判断の誤り) (a) 審決は,相違点(2)として,前記1(4)(b)のとおり認定した上(この認定は争わない。),同(c)のとおり判断した。審決は,その中で,「網材は,その質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上である」としたことに臨界的意義は認められず,この構成は,建築物の外壁の施工方法において本来的な目的である「モルタル層の耐久性の向上」,「モルタル層のひび割れ,剥離の防止」等を考慮して,実験等により当業者が必要に応じて選択し得る程度のものであるとした。
しかし,この判断は誤っている。甲30(【表c】)に示されるように質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上であるという条件を満たす網材であっても,単位容積質量が小さすぎたり大きすぎたり,あるいは普通セメントモルタルでは,有効な相乗効果を得ることはできない。なお,上記甲30では,質量35g/m2,引張強度95kgf/mm2のガラス繊維ネットC,質量260g/m2,引張強度800kgf/mm2のガラス繊維ネットDを用いた場合,有効な相乗効果が得られなかった。
このように,訂正発明1において,特定の軽量セメントモルタルと特定の網材を併用する構成によって著しく顕著な効果を奏するもので,前記網材の質量の制限及び引張強度の範囲に外れるものでは,このような顕著な効果が得られないものである。
これに対し,刊行物3に記載された網材は,質量(65g/m2)のみが記載されているのであって,肝心な引張強度については一切記載がない。すなわち,刊行物3には質量65g/m2のガラス繊維ネットをモルタルの乾燥収縮を防止する目的で用いることが記載されているにすぎず,しかも,軽量セメントモルタルを用いるものでもなく,普通セメントモルタルを用いるものである。このように,訂正発明1に用いられる網材と刊行物3に用いられた網材とでは,想定されるひび割れ原因が異なり,それに対処するための応力方向も,網材に要求される性状(引張強度)も全く相違する。
さらに,審決は,「モルタル層の耐久性の向上」,「モルタル層のひび割れ,剥離の防止」を建築物の外壁の施工方法において本来的な目的であると説明しているが,これが誤りであることは,前記のとおりである。
審決の上記認定は,明らかに失当である。
(b) 審決は,相違点(2)について,前記1(4)(c)のとおり判断したが,その中で,刊行物1ないし3記載の発明を組み合わせるのに,何ら阻害要因は認められず,軽量セメントモルタル及び網材の具体的数値範囲についても,当業者が必要に応じて選択し得るものであり,訂正発明1の効果も,刊行物1〜3記載の発明に基づいて予測できる程度のものであって,格別のものがあるとは認められないとした。その上で,訂正発明1は,刊行物1〜3記載の発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許出願の際独立して特許を受けることができないとした。
しかし,訂正発明1における軽量セメントモルタルの上限値及び下限値,網材の質量の制限や引張強度の上限値及び下限値は,刊行物1〜3のいずれにも記載されていないものであって,各設定値は,軽量セメントモルタルと網材とを併用する構成において初めて設定し得るものであり,例えば軽量セメントモルタル単独で使用したり普通セメントモルタルと網材とを併用した構成では決して設定し得ない顕著なものである。
また,少なくとも本願以前の当業界においては,ひび割れ防止のための手法として外壁の強度及び剛性の増強を目指して検討したり開発するのがほとんどであって,ひび割れ防止対策として,@モルタルの乾燥収縮の低減,Aモルタルの引張強さの改善,Bモルタルの引張応力の分散,Cモルタルへのゴム弾性の付与等を技術的開発目標とした提案は,一切存在しなかった。
さらに,従来の普通セメントモルタルでは,前記甲31(【表b】)中の比較例のモルタル比重が1.9の繊維なしの欄に記載されている各データに近似することは容易に想定され,このエネルギー値は,約18.6kg・mmにすぎないのに対し,例えば,軽量セメントモルタルの比重が1.3の実施例であってガラス繊維ネット@と併用された場合には,エネルギー値は約317.75kg・mmとなり,上記従来の普通セメントモルタルのみを用いた場合に比べて,およそ15倍もひび割れが生じにくい結果が得られたことが示され,訂正発明1では,到底予測し得ない格別の効果が奏されることは明らかである。
審決の上記判断は誤りである。
(2) 決定取消事由〔T事件〕 (2-1) 取消事由1(本件発明1についての相違点(1)の判断の誤り) (a) 決定は,本件発明1と刊行物1記載の発明(甲4)との相違点(1)として,前記1(3)(b)のとおり認定した上(この認定は争わない。),同(c)のとおり判断した。決定は,その中で,刊行物2(T)を引用した上,本件発明1の練り上り時の単位容積質量が0.9〜1.8であることに臨界的な意義が認められないとした。
しかし,本件発明1における練り上り時の単位容積質量を特定範囲にした軽量セメントモルタルは,質量と引張強度とを特定した網材とを併用した場合にのみ顕著な相乗効果を発揮するものであるから,特定の網材を併用していない刊行物2(T)により,本件発明1の特定範囲の軽量セメントモルタルの特定範囲の臨界的意義を否定される根拠とはならない。
特許異議意見書(甲13)は,訂正明細書(T)には,本件発明1で特定した範囲に含まれない軽量セメントモルタル,網材との対比が示されていないので,本件発明1の顕著な相乗効果をより分かりやすく補足説明する目的で,本件発明1で特定した範囲に含まれない軽量セメントモルタル,網材との対比を含む測定結果A〜Eを記載したものである。
〔測定結果A〕(網材を用いない場合) 単位容積比重 ひび割れ発生荷重(kgf/cm2) 変位量(mm) 1.9 65.0 0.2 1.3 30.2 0.3 0.8 16.9 0.5 この測定結果Aから,いずれの軽量セメントモルタルも,網材を用いていない場合には,ひび割れ発生時の荷重も変位量も小さくて,特に変位量が著しく小さいことが明かである。
〔測定結果B〕 日本電気硝子(株)製耐アルカリ性ガラス繊維TD5×5(ガラス繊維ネット@) (質量145g/m2,引張強度150kgf/mm2)を用いた場合 単位容積比重 ひび割れ発生荷重(kgf/cm2) 変位量(mm) 1.9 110.4 3.5 1.3 90.8 9.9 0.8 25.0 4.0〔測定結果C〕 ユニチカ(株)製TSS-1820(ビニロン繊維ネットA) (質量45g/m2,引張強度183kgf/mm2)を用いた場合 単位容積比重 ひび割れ発生荷重(kgf/cm2) 変位量(mm) 1.9 68.0 0.3 1.3 60.1 0.5 0.8 18.6 0.5 この測定結果Bから,本件発明1の特定範囲の軽量セメントモルタル(1.3)を用いた場合には,耐久強度及び撓み性が著しく向上することが確認された。具体的には,本件発明1の特定範囲の軽量セメントモルタル(1.3)を用いた場合には,測定結果Aに比べてひび割れ発生時の荷重で約3倍になった。これに対し,軽量セメントモルタルが上限値を超えるもの(1.9)ではひび割れ発生時の荷重で約1.7倍,下限値に満たないもの(0.8)では約1.5倍の向上にしかすぎなかった。
また,測定結果Cでも同様な傾向が見られ,本件発明1の特定範囲の軽量セメントモルタルを用いた場合には,前記測定結果Aに比べてひび割れ発生時の荷重で約2倍になったが,上限値を超えるもの(1.9)ではひび割れ発生時の荷重で約1.1倍,下限値に満たないもの(0.8)でも約1.1倍の向上にすぎなかった。
上記の測定結果A〜Cから,本件発明1の特定範囲の軽量セメントモルタルと特定の網材とを併用した場合にのみ,顕著な相乗効果を発揮することが明らかであるが,軽量セメントモルタルの単位容積比重の上限値を0.1程度超えるものや下限値に0.1程度満たないものでは,ひび割れ発生荷重,変位量において十分な相乗効果が得られないことが明らかである。
〔測定結果D〕 メーカー試作品TS15×15(ガラス繊維ネットC) (質量35g/m2,引張強度95kgf/mm2)を用いた場合 単位容積比重 ひび割れ発生荷重(kgf/cm2) 変位量(mm) 1.9 66.7 0.2 1.3 32.0 0.5 0.8 18.0 0.2〔測定結果E〕 メーカー試作品NKR260(ガラス繊維ネットD) (質量260g/m2,引張強度800kgf/mm2)を用いた場合 単位容積比重 ひび割れ発生荷重(kgf/cm2) 変位量(mm) 1.9 45.6 2.0 1.3 50.1 4.0 0.8 25.5 3.0 この測定結果D,Eから,本件発明1の範囲外の網材を用いた場合には,いずれの軽量セメントモルタルを用いても前記測定結果Aに比べてひび割れ発生時の荷重で約1〜1.1倍程度にすぎず,有用な相乗効果が得られないことが明らかである。
これらの結果から明らかなように,本件発明1の特定範囲の軽量セメントモルタルは,特定の網材とを併用した場合にのみ顕著な相乗効果を発揮するものであって,これにより,軽量セメントモルタルの練り上り時の比重を0.9〜1.8の範囲にしたことを根拠づけ得る。
したがって,「上限値又は下限値に格別の臨界的意義も認められない」という決定の認定は失当である。
(b) 決定は,前記1(3)(c)のとおり判断したが,その中で,特許異議意見書の測定結果を検討しても,軽量セメントモルタルの練り上がり時の比重を1.8とした根拠が明らかでなく,この点に臨界的意義があるとは認められず,刊行物1記載の発明に刊行物2(T)記載の発明を適用するに当たって,軽量セメントモルタルを本件発明のような数値範囲にすることは,実験等により当業者が必要に応じて選択できることにすぎないとした。
しかし,「意見書の測定結果」とは,上記甲13の測定結果A〜Eのとおりである。これらの結果のみから上限値(1.8)及び下限値(0.9)を定めているのではなく,施工される外壁の重量も基準の一例であり,このような点も併せて,練り上がり時の比重において,特に上限値を設定したのである。
これに対し,刊行物1にも刊行物2(T)にも,特定の軽量セメントモルタルと特定の網材を併用すること自体が全く記載されていないにもかかわらず,軽量セメントモルタル単体,あるいは網材単体について,どのような実験等を行っても,本件発明1のような数値範囲を得ることはできないし,練り上がり時の比重の範囲を特定しても技術的根拠がない。
したがって,「刊行物1記載の発明に刊行物2(T)記載の発明を適用するに当たって,軽量セメントモルタルを本件発明1のような数値範囲にすることは,実験等により当業者が必要に応じて選択できることにすぎない。」という認定は,明らかに失当であり,刊行物1記載の発明に刊行物2(T)記載の発明を適用することはできない。
なお,単位容積質量1.0〜1.5の軽量セメントモルタルが最も実用的価値が高いことを示すため,試験を行って,ひび割れ発生時の荷重と変位量に加えて,エネルギー値を測定した。この測定結果は,甲20(【表b】),甲21(グラフ1)及び甲22(グラフ2)のとおりである。その結果は,前記の測定結果A’ないしC’として記載したとおりである。
これによれば,単位容積質量1.0,1.5の軽量セメントモルタルを用いて網材と併用させたものは,単位容積質量1.3の場合と同様に,網材を使用しないものに比べてエネルギー値が著しく高いものとなり,ひび割れ発生時の荷重も約2倍以上になり,さらに変位量も著しく向上した。
単位容積質量の下限値については,U事件において,エネルギー値により主張したとおりであるが,最大荷重,ひび割れ発生時の荷重,変位量のそれぞれにおいても同様な傾向がある。
上限値についても,U事件において主張したとおりである。なお,単位容積質量が1.6の軽量セメントモルタルをガラス繊維ネット@と併用した場合のエネルギー値は240.25kg・mmであり,単位容積質量が1.5の場合(213.69kg・mm)と同等であったが,変位量は4.0mmであり,単位容積質量が1.5の場合(4.3mm)よりも低かったのであり,外壁が硬質側に偏り,柔軟性が若干欠けるものと考えられる。
以上のように,本件発明1における軽量セメントモルタルは,単位容積質量が0.9〜1.8でも所定の目的は果たせるものの,単位容積質量を1.0〜1.5の範囲とすることにより,著しくひび割れを生じ難くすることができ,その他の効果においても極めて望ましいことが十分に示されるものである。
(2-2) 取消事由2(本件発明1についての相違点(2)の判断の誤り) 決定は,相違点(2)として,前記1(3)(b)のとおり認定した上(この認定は争わない。),同(c)のとおり判断した。すなわち,特許異議意見書を参照しても,「網材は,その質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上である」とした臨界的意義は明らかにされておらず,この構成は,建築物の外壁の施工方法において本来的な目的である「モルタル層の耐久性の向上」,「モルタル層のひび割れ,剥離の防止」等を考慮して,実験等により当業者が必要に応じて選択し得る程度のものであり,刊行物1ないし3記載の発明を組み合わせるのに,何ら阻害要因は認められず,軽量セメントモルタル及び網材の具体的数値範囲についても当業者が必要に応じて選択し得るものであるとした。
しかし,この判断は誤っている。刊行物3(1頁右下欄3〜16行)には,クラック防止の手段としてガラス繊維のチョップドストランドを混入することとネットを埋設することとが同列に説明されている。これらの技術思想は,収縮防止の目的でプラスチックに体質顔料を添加したり,アスファルトに骨材を添加する思想と基本的に同様である。したがって,刊行物3において想定しているクラックの原因とは,普通セメントモルタルの乾燥収縮に起因するもののみにほかならない。
これに対し,本件発明1における網材の特質の特定は,訂正明細書(T)の段落【0003】に記載しているような技術的思想と,特定の軽量セメントモルタルを用いた場合の相乗効果とに基づいて選択されるものである。同段落では,モルタルのひび割れ防止対策として,@モルタルの乾燥収縮の低減,Aモルタルの引張強さの改善,Bモルタルの引張応力の分散,Cモルタルへのゴム弾性の付与を挙げているが,刊行物3におけるモルタルの乾燥収縮に関する対策は,上記@のみであって,その他のA〜Cについては,刊行物3に全く記載されておらず,しかも,普通セメントモルタルを用いる刊行物3には適用することもできない。
本件発明1は,これらひび割れ防止対策@〜Cに記載された課題に基づいて提案されたものであり,軽量セメントモルタルの乾燥収縮を低減し,かつ,引張強さを補強するため,ひび割れを抑制することができ,部分的に引張応力を集中させることがなく,全面に引張応力を分散することができ,さらに,ゴム弾性を付与することにより,網材と内部のメタルラスとが共振して,仮に地震等の多大な応力が発生しても,表面の仕上げ材層に微細なひびが入る程度であって,内部にまで至る亀裂等の大きなひび割れは発生しないという格別の効果を奏する。
したがって,決定のように,「モルタル層の耐久性の向上」,「モルタル層のひび割れ,剥離防止」等を目的として網材の特質を特定することは,当業者が必要に応じて選択し得る程度のものと認定される筋合いがない。
また,本件発明1は,軽量セメントモルタル特有の効果を有し,普通セメントモルタルにおいては到底期待することができないし,また普通セメントモルタルとの組み合わせに基づいて奏する効果でもない。
したがって,本件発明1の効果も,「刊行物1〜3記載の発明に基づいて予測できる程度のものであって,格別のものがあるとは認められないので,本件発明1は,刊行物1〜3記載の発明に基づき当業者が容易に発明をすることができた」と認定される筋合いがない。
(2-3) 取消事由3(本件発明2ないし6に関する進歩性の判断の誤り) (a) 決定は,本件発明2ないし6について,前記1(3)(d)のとおり判断した。決定は,その中で,本件発明2で限定した間隔と刊行物4に記載の間隔との下限値が相違するが,作用効果に格別な差異が認められず,当業者が容易に変更できる程度のことにすぎず,請求項1を引用する本件発明2のその他の構成については,既に検討したとおりであるとして,本件発明2の進歩性を否定した。
しかし,本件発明2は,軽量セメントによるモルタル壁であり,通気層の間隔を5〜30mmにすることは,「木造建築物や鉄骨造建築物等の外壁内の結露を防ぎ,断熱・機密性能を向上させる外通気を,湿式にて実施することができる。」(訂正明細書(T))のであって,刊行物1に記載されているように,モルタルに単に通気路を設けただけでは本件発明2に基づく効果を期待することができないし,また,刊行物4に記載されている壁パネルでは,胴縁材の厚さが10〜30mmであるから,通気用隙間6が10〜30mmであるが,パネル壁は乾式施工であるから,本件発明2のように,「木造建築物や鉄骨造建築物等の外壁内の結露を防ぎ,断熱・機密性能を向上させる外通気を,湿式にて実施することができる」効果とはほとんど関係がない。
したがって,刊行物4に記載の隙間の間隔長さ寸法を刊行物1に転用したり本件発明2に応用したりできるものではない。
また,本件発明1は,前記のとおり,刊行物1から3記載の発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたと認められないので,本件発明2は,刊行物1〜4記載の発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたと認定されるものではない。
(b) 決定は,請求項1又は請求項2を引用する本件発明3,請求項3を引用する本件発明4,請求項4を引用する本件発明5,請求項1ないし5のいずれか一項を引用する本件発明6についても進歩性を否定した。
しかし,前記のとおり,本件発明1及び本件発明2は,刊行物1ないし3又は4記載の発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものではない。したがって,本件発明3ないし6についての上記決定の判断は,失当である。
3 被告の主張の骨子 (1) 審決取消事由〔U事件〕に対して (1-1) 取消事由1(訂正発明1についての相違点(1)の判断の誤り)に対して 甲31(【表b】)及びそのグラフ化した証拠によれば,ガラス繊維ネット@のエネルギー値として,原告ら主張のような測定結果もある。しかし,訂正発明1は,ガラス繊維ネットのみに限定されたわけでもないから,その実験結果のみから下限値を1.0にした根拠とはなり得ない上,ビニロン繊維ネットA及びビニロン繊維ネットBのエネルギー値をみれば,訂正発明1の軽量セメントモルタルの単位容積質量の下限値1.0に臨界的意義は認められない。
練り上り時の単位容積質量を特定範囲(1.0〜1.5)にした軽量セメントモルタルが,質量(40〜250g/m2)と引張強度(10kgf/mm2)とを特定した網材と併用された場合にのみ,顕著な相乗効果を発揮するということは,訂正明細書(U)に記載されていない。
ビニロン繊維ネットAやビニロン繊維ネットBについてのデータによればもとより,ガラス繊維ネット@のデータによっても,訂正発明1の軽量セメントモルタルの単位容積質量の上限値1.5に臨界的意義は認められない。
相違点(1)についての審決の判断に誤りはない。
(1-2) 取消事由2(訂正発明1についての相違点(2)の判断の誤り)に対して 甲30(【表c】)には,訂正発明の「質量が40〜250g/m2で,引張強度が100kgf/mm2以上の網材」について臨界的意義は示されているわけではない。甲30に記載されている比較例1(ガラス繊維ネットC),比較例2(ガラス繊維ネットD)の質量及び引張強度を考慮しても,当然のことを示しているにすぎず,臨界的意義は認められない。
訂正発明1が解決しようとする課題は「ひび割れを発生させることがない」ことであり,刊行物3には,「ひび割れ防止」を解決するために,躯体にセメントモルタルを塗着し,壁面全体の表面に網材を埋設した構成が記載されている。結局のところ,原告らがひび割れ防止対策として主張するAとBの点は,@の点と,モルタルのひび割れ防止対策を図って,網材を埋設する点で一致し,その課題(ひび割れ防止対策)をどのようにとらえるかは程度の差にすぎない。
さらに,刊行物3には,応力の集中によるクラックが発生し易い場所にネットを埋設することが示されているのであるから,網材が引張強度を補強し応力分散を目的として設けられることも明らかである。
また,本件出願当時の技術水準を考えると,軽量セメントモルタルのひび割れ防止に,刊行物3の技術を適用することに阻害要因はない。
原告らがひび割れ防止対策として主張するCの点については,軽量セメントモルタルを用いれば,弾性が得られることは,モルタル壁の組成に関する通常の知識を有する者であれば,予測できる程度のことである。
前記のとおり,訂正発明1は,刊行物1〜3記載の発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。そうである以上,その効果もその延長線上のものにすぎない。
相違点(2)に関する審決の判断に誤りはない。
(2) 決定取消事由〔T事件〕に対して (2-1) 取消事由1(本件発明1についての相違点(1)の判断の誤り)に対して 訂正明細書(T)には,本件発明1の範囲に含まれない軽量セメントモルタル,網材との対比は示されておらず,特定の比重の軽量セメントモルタルと特定の網材を併用した場合にのみ顕著な相乗効果を有することも何ら記載されていない。本件発明1で特定される,軽量セメントモルタルの比重を0.9〜1.8に限定した点には,臨界的な意義があるとはいえないし,特定の網材との関係で特定の範囲に限定したものということもできない。
甲13に記載の測定結果によっても,また,甲20(【表b】)に記載の測定結果によっても,0.9〜1.8を選択した点に臨界的な意義は認められない。
(2-2) 取消事由2(本件発明1についての相違点(2)の判断の誤り)に対して 本件発明1が解決しようとする課題は「ひび割れを発生させることがない」ことであり,刊行物3には,「ひび割れ防止」を解決するために,躯体にセメントモルタルを塗着し,壁面全体の表面に網材を埋設した構成が記載されている。その他,前記(1)(1-2)と同様の理由により,本件発明1についての相違点(2)に関する決定の判断にも誤りはない。
(2-3) 取消事由3(本件発明2ないし6に関する進歩性の判断の誤り)に対して 通気層の間隔がほぼ同じであれば,「外壁内の結露を防ぎ,断熱・機密性能を向上させる」 という効果は,壁が乾式施工(壁パネルによる施工)であろうと,湿式施工(モルタル施工)であろうと,異ならない。
そして,刊行物1には,外壁内部に通気層を形成して「外通気を湿式で実施する」ことが記載されているのであり,通気層を形成するにあたって,「外壁内の結露を防ぎ,断熱・機密性能を向上させる」 効果を奏すると記載されている刊行物4の通気層の技術を適用することに困難性はない。
本件発明2に関する決定の判断に誤りはない。
本件発明1,2を限定した本件発明3ないし6もまた,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり,この点に関する決定に誤りはない。
当裁判所の判断
1 U事件の取消事由1(訂正発明1についての相違点(1)の判断の誤り)について 原告らは,前記のとおり,T事件において,軽量セメントモルタル練り上り時の単位容積質量を「0.9〜1.8」としていたのを,U事件において,「1.0〜1.5」と減縮する訂正審判の請求をした。T,U事件とも,取消事由1は,軽量セメントモルタルの単位容積質量が主要な争点となっているので,まず,原告らの最新の主張であるU事件における取消事由1について検討する。その際,判断要素として共通する点が多い,T事件の取消事由1も念頭に置きつつ検討する。
(1) 取消事由1は,審決が,訂正発明1の練り上り時の単位容積質量が1.0〜1.5であることに臨界的な意義が認められないとし,刊行物1記載の発明に刊行物2記載の発明を適用するに当たって,軽量セメントモルタルを訂正発明1のような数値範囲にすることは,建築物の外壁の施工方法において本来的な目的である「モルタル層の耐久性の向上」,「モルタル層のひび割れ,剥離の防止」等を考慮して,実験等により当業者が必要に応じて選択できることにすぎないとの判断をしたことが,誤りであるというものである。
(2) 検討するに,まず,原告らは,訂正明細書(U)の段落【0014】〜【0023】に軽量セメントモルタルの単位容積質量が1.0〜1.5の範囲のより好適な実施例が記載され,1.0〜1.5の範囲の全てにおいて,網材を併用しない場合に比べて長期間にわたって剥落や亀裂,破断の防止が果たされるという格別の効果が得られることが例証されると主張する。
確かに,訂正明細書(U)の上記段落では,軽量セメントモルタルの単位容積質量が1.0〜1.5のものについて網材として5種類の繊維ネットと併用したものと,網材を併用しなかったものとの試験結果が示されている。しかし,単位容積質量が1.0〜1.5の範囲以外のものについて試験はされていないのであるから,上記結果によって1.0〜1.5の範囲に臨界的意義があると判定することはできない。
(3) 原告らは,前記のように,甲31(【表b】)に基づき,追加試験の結果をもふまえて,訂正発明1における軽量セメントモルタルの単位容積質量(1.0〜1.5)の臨界的意義について主張する。
しかし,訂正明細書(U)を精査しても,特定の範囲の軽量セメントモルタルを使うことの効果,特定の網材を使うことの効果それぞれについて一般的な説明はあり,軽量セメントモルタルと特定の網材を併用することによる効果についても,「軽量セメントモルタルの引張強さを補強(引張応力を分散)」と一般的な説明はされているが,軽量セメントモルタルにつき,訂正発明1において限定された特定の数値範囲内(1.0〜1.5)のものと,数値範囲外のものとを具体的に対比して説明する記載はないから,臨界的意義の存在についての立証に供するところはないというほかない(訂正明細書(T)についても同様である。)。したがって,原告らが前掲のような試験による測定結果等を種々提出して,これに基づく臨界的意義の主張立証をしようとしても,もともと失当であるというほかないが,その主張立証内容を具体的に検討してみても,以下のとおり,臨界的意義を認めることはできない。
(a) 甲31(このデータを整理したものが前掲〔測定結果A’〕ないし〔測定結果C’〕及び〔測定結果・追加〕であると認められる。)によれば,確かに,原告らの主張するとおり,単位容積質量が1.0,1.3,1.5のものについて,エネルギー値をみた場合,ガラス繊維ネット@と組み合わせた場合は,網材を使用しない場合に比べて8.4〜15.6倍,ビニロン繊維ネットAと組み合わせた場合は,網材を使用しない場合に比べて4.1〜8.6倍,ビニロン繊維ネットBと組み合わせた場合は,網材を使用しない場合に比べて5.6〜11.6倍のエネルギー値の増加がある。しかし,原告らは,単位容積質量が1.0〜1.5の範囲以外のものと比較してどの程度顕著な増加がみられるかという点について主張するものではないので,臨界的意義を根拠づける主張としては失当である。
念のため,甲31に基づいて,エネルギー値の増加率につき,1.0〜1.5の範囲以外のものと比較して検討しておくと,軽量セメントモルタルの単位容積質量が1.0〜1.5の数値範囲外である0.8や0.9の場合であっても,ガラス繊維ネット@と組み合わせた場合は,網材を使用しない場合に比べて,0.8が15.7倍,0.9が10.1倍であり,ビニロン繊維ネットAと組み合わせた場合は,網材を使用しない場合に比べて0.8が7.8倍,0.9が6.2倍であり,ビニロン繊維ネットBと組み合わせた場合は,網材を使用しない場合に比べて,0.8が9.1倍,0.9が7.4倍であることが認められる。同様に,軽量セメントモルタルの単位容積質量が1.0〜1.5の数値範囲外である1.6や1.9の場合であっても,ガラス繊維ネット@と組み合わせた場合は,網材を使用しない場合に比べて,1.6が7.7倍,1.9が4.3倍でありビニロン繊維ネットAと組み合わせた場合は,網材を使用しない場合に比べて,1.6が6.1倍,1.9が8.9倍であり,ビニロン繊維ネットBと組み合わせた場合は,網材を使用しない場合に比べて,1.6が6.1倍,1.9が9.1倍であることが認められる。以上を対比すれば,エネルギー値の増加率の観点からは,1.0〜1.5の範囲の臨界性は認められない(0.9〜1.8の範囲でみてもその臨界性は認められない。)。
(b) 原告らは,軽量セメントモルタル単位容積質量の下限値1.0の設定が正当であると主張し,その根拠として,エネルギー値そのものを取り上げ,軽量セメントモルタルにガラス繊維ネット@を用いた場合のエネルギー値が,軽量セメントモルタルの単位容積質量が0.8の場合が121.61kg・mm,0.9の場合が142.38kg・mmであったのに対し,単位容積質量1.0の場合が269.64kg・mm,1.3の場合が317.35kg・mm,1.5の場合が213.69kg・mmであり,0.8,0.9の場合は,1.0,1.3,1.5の場合の半分程度にすぎないと主張する。
確かに,甲31によれば,上記のこと,特に,0.9の場合と1.0との間の格差が比較的大きいことが認められる。しかし,甲31により,軽量セメントモルタルにビニロン繊維ネットA又はBを用いた場合をみると,軽量セメントモルタルの単位容積質量が0.8,0.9,1.0のそれぞれの場合のエネルギー値の増加程度は,ほぼ直線的であり,0.9と1.0の間に臨界性は認められない。
この点につき,原告らは,ビニロン繊維ネットの場合の数値が上記のようになったのは,ビニロン繊維自体の伸びが影響しているので,下限値1.0を否定するものではないと主張するが,その主張を裏付けるに足りる的確な証拠はない上,訂正発明1は,網材の材質をガラス繊維ネットに限定し,ビニロン繊維ネットを排除しているものと解することはできないことは明らかであるから,この原告らの主張は採用の限りではない。
さらに,甲31によれば,ビニロン繊維ネットAの場合には,軽量セメントモルタルの単位容積質量が1.0及び1.3場合のエネルギー値が1.6の場合のエネルギー値よりも低いこと(1.0の場合は1.9の場合と比べてさえも低い。),ビニロン繊維ネットBの場合には,軽量セメントモルタルの単位容積質量が1.0場合のエネルギー値が1.6及び1.9の場合のエネルギー値よりも低いのであり,1.0〜1.5の範囲にあるものの中には,効果が範囲外のものよりも低いものがある(特に下限値とされる1.0)ことも認められる。
以上の認定結果を総合して判断すれば,軽量セメントモルタルの単位容積質量1.0に下限値の意義があるものと認めることはできない(上記によれば,0.9にも下限値の意義がないことは,一層明らかである。)。
(c) 原告らは,軽量セメントモルタル単位容積質量の上限値1.5の設定が正当であると主張する。
検討するに,原告らが主張するように,軽量セメントモルタルにガラス繊維ネット@を用いた場合のエネルギー値につき,軽量セメントモルタルの単位容積質量が1.9の場合のエネルギー値が,0.8や0.9の場合のエネルギー値よりも低いからといって,直ちに,1.5という上限値の臨界性がある,といえるわけではない。
そして,甲31により,ガラス繊維ネット@を用いた場合をみても,軽量セメントモルタルの単位容積質量が1.6の場合のエネルギー値の方が,原告らが上限値であるとする1.5の場合のエネルギー値よりも大きいことが認められる。また,また,甲31により,ビニロン繊維ネットA,Bを用いた場合の軽量セメントモルタルの単位容積質量ごとのエネルギー値を検討すると,まず全体として,臨界性を認め得るほどの変化は認められず,特に,軽量セメントモルタルの単位容積質量が1.5の場合と1.6の場合を比較すると,ビニロン繊維ネットAでは,約205kg・mmと約190kg・mm,同Bでは,約210kg・mmと約190kg・mmであって,両者の間に臨界的意義を認め得るほどの差異はない。
原告らは,軽量セメントモルタルの単位容積質量が1.6,1.9のものにガラス繊維ネット@を用いた場合に網材の繊維の剪断が確認されたこと,1.6の場合には,柔軟性が若干欠けること,1.6の場合には,施工した際にステープルにかかる荷重が大きくなること,ビニロン繊維ネットを用いた場合には,網材の剥離,露出,外壁の断裂が確認されたことなどを主張する。しかし,上記のことは,目視による観察であり,客観性に欠ける疑いがある上,ビニロン繊維ネットに関しては,それがどの単位容積質量の場合に起こったのか不明であって臨界値との関係が明らかでない。また,原告らは,外壁の重さ,ステープルにかかる荷重の大きさについても主張するが,特定の数値範囲について臨界的意義を理解できるような具体性のある主張ではなく,荷重が大きいほど不都合であるという程度のものであって,上限値1.5の臨界性を決定付けるほどの要因であるとは認められない。
以上によれば,軽量セメントモルタルの単位容積質量1.5に上限値の意義があるものと認めることはできない(上記によれば,1.8にも上限値の意義は認められない。)。
(d) 原告らの主張中には(主としてT事件の関係ではあるが),エネルギー値だけでなく,最大荷重,ひび割れ発生時の荷重,変位量のそれぞれにおいても同様な傾向があるとの主張もあるので,以下,順次,これらの観点からも検討しておく。
原告らは,軽量セメントモルタルにおいて,網材なしのものと,ガラス繊維ネット@を用いたものを対比し,後者のひび割れ発生時の荷重が前者の何倍かをみると,軽量セメントモルタルの単位容積質量1.3の場合では,約3.0倍であるのに対し,0.8,1.9ではそれぞれ約1.5倍,約1.7倍であること,さらに,網材なしのものと,ビニロン繊維ネットAを用いたものとの対比により,同様に,ひび割れ発生時の荷重をみれば,1.3の場合では,約2.0倍であるのに対し,0.8,1.9ではいずれも約1.1倍であることを理由に,臨界性があると主張する。
しかし,測定結果A’,B’,C’により,上記と同様の対比をすれば,ガラス繊維ネット@を用いたものについては,軽量セメントモルタルの単位容積質量0.8の場合は,約1.5倍,0.9が約2.0倍,1.0が約1.9倍,1.3が約3.0倍,1.5が約2.7倍,1.6が約2.2倍,1.9が約1.7倍である。これによれば,原告らが下限値であるという1.0の値は,0.9の値よりも低いのであって(原告ら主張の上限値1.5の外にある1.6の値と比べても1.0の値が低い。),臨界性はない(0.9と0.8とを比較しても臨界性を認め得るほどの差はない。)。原告らが上限値であるという1.5の値と1.6,1.9の値を比べても,臨界性を認め得るほどの差はない。
同様に,ビニロン繊維ネットAの場合も,0.8の場合は,約1.1倍,0.9が約1.2倍,1.0が約1.3倍,1.3が約2.0倍,1.5が約1.8倍,1.6が約1.5倍,1.9が約1.0倍である。これをみても,1.0ないし1.5に臨界的意義を認められる程度の効果の差はない(特に,1.0の値は1.6の値よりも低い。なお,0.9〜1.8とした場合の臨界的意義も同様である。)。
念のため,ビニロン繊維ネットBの場合をみても,0.9の値と1.0の値の変化にある程度の差があるが,上記と同様に,1.0ないし1.5に臨界的意義を認められるほどの効果の差はない(0.9〜1.8とした場合の臨界的意義も同様である。)。
結局,ひび割れ発生時の荷重の大きさ(耐久強度)を指標とする効果によっては,上記臨界的意義を認めることはできない。
ひび割れ発生時の荷重及び最大荷重の数値自体に着目した検討もしておく。
前記測定結果A’,B’,C’によれば,まず,ガラス繊維ネット@の場合もビニロン繊維ネットAの場合も,ともに,軽量セメントモルタルの単位容積質量は,0.8,0.9,1.0,1.3,1.5,1.6,1.9と変化するに従って漸増しており,その間において荷重が急激に上昇するなど,臨界をうかがわせる数値の変化は認められない。加えて,両者の場合ともに,ひび割れ発生時の荷重の大きさが最大なのは,訂正発明1の特定の数値範囲(1.0〜1.5)の外である1.9の場合であることが認められる。なお,甲20により,最大荷重をみても,上記ひび割れ発生時の荷重とほぼ同様のことがいえる(ただし,ガラス繊維ネット@の場合,1.6の場合が最大で,1.9の場合はこれより若干減少する。)。
よって,この点からも,訂正発明1の特定の数値範囲(1.0〜1.5)のものに臨界的意義を認めることはできない(数値範囲を0.9〜1.8としてみても同様である。)。
変位量に着目した検討もしておく。
ガラス繊維ネット@を用いた場合の変位量(測定結果B’)につき,網材なしのもの(測定結果A’)と比較した割合をみても,ガラス繊維ネット@の変位量の数値自体をみても,いずれも,軽量セメントモルタルの単位容積質量が1.3の場合に高い数値を示しているものの,0.8から1.0の範囲及び1.5から1.9の範囲で際だった効果の差は認められないから(なお,測定結果A’と比較した割合においては,1.5の値は,0.9,0.8,1.9の値よりも低い。),単位容積質量が本件発明1の特定の数値範囲(1.0〜1.5)のものに臨界的意義を認めることはできない(数値範囲を0.9〜1.8としてみても同様である。)。
また,ビニロン繊維ネットA(測定結果C’)及びビニロン繊維ネットB(測定結果・追加)を用いた場合の変位量につき,網材なしのもの(測定結果A’)と比較した割合をみても,ビニロン繊維ネットA,Bの変位量の数値自体をみても,いずれも,軽量セメントモルタルの単位容積質量が0.8から1.9の全域にわたって,ほとんど効果の差は認められないから(変位量の数値では,A,Bともに1.6の値が最も高い。),単位容積質量が訂正発明1の特定の数値範囲(1.0〜1.5)のものに臨界的意義を認めることはできない(数値範囲を0.9〜1.8としてみても同様である。)。
(4) 以上のとおり,軽量セメントモルタルの単位容積質量を1.0〜1.5とした臨界的意義が認められるものではないし(数値範囲を0.9〜1.8としてみても同様である。),原告らが行ったような実施例の試験,追加試験の結果から1.0〜1.5の範囲を設定するようなこと自体,当業者であれば通常行う程度のものであると認められるから,審決がその範囲の臨界的意義を認めず,その数値範囲にすることが実験等により当業者が必要に応じて選択することにすぎないと判断した点に誤りはない。
2 T事件の取消事由1(本件発明1についての相違点(1)の判断の誤り)について 前記1で検討したとおり,軽量セメントモルタルの単位容積質量を1.0〜1.5とした臨界的意義が認められるものではなく,同様な検討により,単位容積質量を0.9〜1.8とした場合でも,臨界的意義は認められない(測定結果の数値に基づく具体的な検討は,前記1において0.9〜1.8の場合も併せて行った。)。
これらに照らせば,本件発明1についての相違点(1)に関する決定の判断に誤りはなく,原告ら主張の取消事由1は理由がない。
3 U事件の取消事由2(訂正発明1についての相違点(2)の判断の誤り)について (1) 原告らは,甲30(【表c】)の結果を示して,審決が,その特定の範囲外の繊維ネットを用いた場合に有効な相乗効果が得られなかったことから,網材の物性の特定(質量40〜250g/m2,引張強度100kgf/mm2以上)について臨界的意義を認めなかった判断が誤りであると主張する。また,訂正発明1は,ひび割れ防止対策として刊行物3に記載のような@モルタルの乾燥収縮の低減だけでなく,Aモルタルの引張強さの改善,Bモルタルの引張応力の分散,Cモルタルへのゴム弾性の付与も見出したものであるから,審決は相違点(2)に関し容易想到性の判断を誤ったものであるとも主張する。
(2) 検討するに,網材の質量及び引張強度に関する数値の臨界的意義を認定するためには,少なくとも,訂正発明1で特定された数値の範囲(質量40〜250g/m2,引張強度100kgf/mm2以上)の内外での効果を比較検討する必要がある。そこで,本件証拠中のデータを検討するに,原告らの主張する甲30(【表c】)は,質量,引張強度ともに上記特定された数値の範囲内であるガラス繊維ネット@,ビニロン繊維ネットA,同Bの3種類のもの(質量45〜145g/m2,引張強度116〜183kgf/mm2)のひび割れ発生時の荷重のデータのほか,質量,引張強度ともに範囲外であるガラス繊維ネットC(質量35g/m2,引張強度95kgf/mm2),質量が範囲外で引張強度が範囲内のガラス繊維ネットD(質量260g/m2,引張強度800kgf/mm2)の2種類のひび割れ発生時の荷重のデータが示されている。そして,甲13には,前記の測定結果D,同Eが記載されているが,測定結果Dは,上記ガラス繊維ネットCにつき,ひび割れ発生時の荷重,変位量のデータが,測定結果Eは,上記ガラス繊維ネットDにつき,ひび割れ発生時の荷重,変位量のデータが記載されている。要するに,ガラス繊維ネット@のデータは前記測定結果B’に,ビニロン繊維ネットAのデータは測定結果C’に,同Bのデータは測定結果・追加に,ガラス繊維ネットCのデータは測定結果Dに,同Dのデータは測定結果Eにそれぞれ記載されたとおりである。
原告らの主張及び本件証拠を検討しても,数値範囲外のものについての記載があるのは,上記のガラス繊維ネットC(測定結果D),同D(測定結果E)のみである。網材の引張強度のみが範囲外で,その余の要素のすべてが範囲内のもののデータは存在しない。したがって,少なくとも,網材の引張強度については,臨界的意義あることを証明すべき証拠がないことが明らかである。質量についても,上記証拠があるのみであるから,40〜250g/m2という数値の臨界的意義を認めるには足りない。
(3) 原告らは,ひび割れ防止対策が,刊行物3ではA〜Cの観点によるものがないという。
しかし,刊行物3はひび割れ(クラック)防止のためにクラックの発生しやすい隅部に重点的にガラス繊維ネットを埋設することを教示しており,ひび割れ防止対策という点では訂正発明1と同じ目的であり,ひび割れの原因が原告ら主張のように様々なものがあったとしても,刊行物3の教示によりガラス繊維ネットをモルタル中に埋設してみることは,当業者が容易になし得るものと認められる。よって,Aモルタルの引張強さの改善,Bモルタルの引張応力の分散,Cモルタルへのゴム弾性の付与という観点の有無によらず,その構成を容易に選択できることに変わりはない。また,刊行物3がA〜Cの観点を持たないことが刊行物3の教示する技術を採用することの阻害要因となるものではない。
審決が相違点(2)の判断にあたり,網材の臨界的意義を認めなかったことや,網材の選択がモルタル層の耐久性の向上,モルタル層のひび割れ,剥離の防止等を考慮して,実験等により当業者が必要に応じて選択し得る程度と判断したことに誤りはない。
以上,原告ら主張の取消事由2も理由がない。
4 T事件の取消事由2(本件発明1についての相違点(2)の判断の誤り)について この点についての決定の判断及びこれに対する原告らの取消事由2の主張は,前記のU事件の取消事由2に関するものと同旨である。
よって,前記のU事件の取消事由2に関する判示と同様に,原告ら主張のT事件の取消事由2も理由がない。
5 T事件の取消事由3(本件発明2ないし6に関する進歩性の判断の誤り)について (a) 本件発明2について,原告らの主張する外壁内の結露を防ぎ,断熱・気密性能を向上させるという効果は,壁の施工方法によるものではなく,通気層の設置及びその間隔によるものであると認められる。そして,刊行物4には,胴縁の厚さ10〜30mmに基づいて間隔が10〜30mmの通気層が形成されることが記載されている。そうすると,引用発明4に基づいて,本件発明2の範囲である通気層の間隔の5〜30mmを設定することは,当業者が容易になし得るものである。この点に関する決定の判断は是認し得るものであって,原告らの主張は,採用することができない。
(b) 本件発明1,2は,前判示のとおり,刊行物1〜4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明3〜6は本件発明1,2を周知事項に基づいて減縮した発明であると認められる。よって,本件発明3〜6に関して,刊行物1〜4に記載発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする決定の判断に誤りはない。よって,原告らの主張は,採用することができない。
6 以上によれば,T事件の決定が,本件発明1ないし6につき,刊行物1ないし4記載の発明及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした認定判断は,是認し得るものである。
そして,U事件の審決が,訂正発明1につき,刊行物1ないし3記載の発明及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした認定判断も是認し得るものである。なお,U事件の審決は,訂正発明1の独立特許要件についてのみ明示的判断を示しているが,訂正発明2ないし6は,訂正発明1の構成要件を直接,間接に引用する以外に減縮を目的とするなどの訂正事項はないので,これらの発明の独立特許要件についての審決の判断は,本件発明2ないし6に関する前記判断と同様にしたものと理解することができ,その判断が是認し得ることは,前判示のとおりである。
7 結論 以上のとおり,原告ら主張の異議の決定についての取消事由及び訂正審判の審決についての取消事由は理由がないので,T事件及びU事件の原告らの請求は,いずれも棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利