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関連審決 不服2002-15411
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  機能の共通性 /  発明の詳細な説明 /  翻訳文 /  優先権 /  優先日 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  国際出願 /  国際公開 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10014号 審決取消請求事件

原告 イーストマンコダック カンパニー 代表者
訴訟代理人弁理士伊東忠彦
同 湯原忠男
同 大貫進介
同 伊東忠重
被告 特許庁長官中嶋誠
指定代理人津田俊明
同酒井進
同 清水康司
同立川功
同 宮下正之
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/11/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2002-15411号事件について平成16年3月2日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,1990年(平成2年)6月26日(以下「本件優先日」という。)にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張し,平成3年6月25日を国際出願日として,発明の名称を「カラーで記録を行うための非衝撃プリンタ」とする発明につき特許出願(特願平3-512294号,以下「本件出願」という。)をしたが,平成14年5月7日付けで拒絶査定を受けたので,同年8月12日に拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は,これを不服2002-15411号事件として審理した結果,平成16年3月2日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月16日にその謄本を原告に送達した。
2 平成15年12月22日付け手続補正書により補正された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)の要旨 光導電体である記録部材(11)と, 記録部材上にドット記録を行うための離散的記録素子の配列と, 記録素子を,各循環過程中に記録部材上に色分解された画像の1つを形成する動作の複数の循環過程の各々の間の所定の期間の間に,選択的に可能化するための,画像情報に応答する駆動装置(70)と, 少なくとも部分的に,色分解された画像を表現している制御信号を生成するための装置(19)と, 異なった色で現像するために,各前記記録素子が,記録部材上に画像情報を潜像として記録するのに使用されるために,前記の制御信号に応答して,動作の各循環過程中に,前記記録素子への電流を,記録されるべき各色分解された画像に従って変更することのできるディジタル的にアドレス可能な装置,及び, 更に,記録されている画像の色に関係した信号に従って選択トナー粒子で潜像を現像するための装置(21), を備えている,記録部材上に異なる色分解された画像を記録することにより動作がなされる多色再現装置。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明が,特開昭60-70872号公報(甲7,以下「引用例1」という。),特開平1-206072号公報(甲8,以下「引用例2」という。)に記載された各発明(以下,順に「引用発明1」,「引用発明2」という。)並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本願発明と引用発明1との相違点についての判断を誤り(取消事由1〜3),また,本願発明と引用発明1との相違点を看過し(取消事由4),その結果,引用発明1及び2,並びに,周知技術に基づいて容易に本願発明に想到し得たとの誤った結論を導いたものであり,違法であるから,取り消されるべきである。
なお,審決が,@引用発明1を「光導電体上に複数の光学系の走査により印字ドット集合の形で形成された潜像をそれぞれシアン,マジエンタ及びイエローに現像する3つの現像機を備えた多色印字装置において,前記各光学系は,シアン,マジエンタ及びイエロー用に個別に設けられており,シアン色用光学系による潜像形成,シアン色用現像機による現像,マジエンタ色用光学系による潜像形成,マジエンタ色用現像機による現像,イエロー色用光学系による潜像形成,及びイエロー色用現像機による現像がこの順に行われた後,用紙への転写・定着がされることを1サイクルとし,前記各光学系の途中に,該各光学系による印字ドットの径を混色の種類に応じ変えて混色の色バランスを整えるための印字ドット径変化手段をそれぞれ設けた多色印字装置。」(審決謄本3頁第5段落)と認定した点,A本願発明と引用発明1とを対比し,「以下の各点で相違する。〈相違点1〉記録部材上にドット記録を行うための部材につき,本願発明では『離散的記録素子の配列』であるのに対し,引用例発明1では『光学系の走査により印字ドット集合の形で形成された潜像』を形成する部材である点。〈相違点2〉本願発明では,駆動装置により記録素子を選択的に可能化する期間が,『各循環過程中に記録部材上に色分解された画像の1つを形成する動作の複数の循環過程の各々の間の所定の期間の間』であり,『異なった色で現像するために,記録部材上に画像情報を潜像として記録するのに使用されるために,潜像を記録されるべき各色分解された画像に従って変更すること』が『動作の各循環過程中』に行われるのに対し,引用例発明1はこのような構成を備えるものではない点。〈相違点3〉本願発明が『少なくとも部分的に,色分解された画像を表現している制御信号を生成するための装置(19)』を備え,『異なった色で現像するために,記録部材上に画像情報を潜像として記録するのに使用されるために,潜像を記録されるべき各色分解された画像に従って変更することのできる装置』が『制御信号に応答して』動作するのに対し,引用例発明1がかかる『制御信号を生成するための装置』を備えるとまではいえない点。〈相違点4〉『異なった色で現像するために,記録部材上に画像情報を潜像として記録するのに使用されるために,潜像の状態を記録されるべき各色分解された画像に従って変更することのできる装置』が,本願発明では『記録素子への電流を,記録されるべき各色分解された画像に従って変更することのできるディジタル的にアドレス可能な装置』であるのに対し,引用例発明1では『印字ドット径変化手段』である点。〈相違点5〉本願発明は『異なった色で現像するために,各前記記録素子が,記録部材上に画像情報を潜像として記録するのに使用される』,すなわち,異なる色用の潜像記録部材が共通であるのに対し,引用例発明1では異なる色用の潜像記録部材は個別である点。〈相違点6〉本願発明では,『記録部材上に異なる色分解された画像を記録する』のに対し,引用例発明1が同構成を有するとはいえない点。」(審決謄本5頁最終段落〜6頁第1段落)と認定した点は,認める。
1 取消事由1(相違点1に関する判断の誤り) (1) 審決は,本件明細書の記載と引用発明2を根拠に,「光学系の走査により形成される潜像は1ライン分の潜像であり,このような1ライン分の潜像を形成するために『離散的記録素子の配列』を用いることは本件優先日当時周知である。」(審決謄本6頁最終段落)と認定した上で,相違点1について,「混色の色バランスを整えるとの引用例発明1(注,引用発明1)の課題は,光学系の走査により潜像を形成するもの(引用例発明1)であれ,離散的記録素子の配列を用いるもの(上記周知技術)であれ,共通した課題であることは明らかである。そうであれば,引用例発明1の潜像形成部材に代えて,上記周知技術を用いることにより相違点1に係る本願発明の構成をなすことは設計事項程度というべきである。」(7頁第2段落〜第3段落)と判断したが,周知技術の認定についても,容易想到性の判断についても誤っている。
(2) 審決は,「離散的記録素子の配列」の名の下で,勝手に,「多色再現装置のための離散的記録素子の配列」という周知技術を作り出したものであって,このような周知技術は,引用発明2から認めることができない。すなわち,引用発明2は,単色の印字装置であるから,単一色の離散的記録素子の配列が認められるのみであって,多色再現装置のための離散的記録素子の配列が開示されているとはいえない。その技術的課題は,LEDの個々の電流を制御して,単色の階調制御を行うことにより,高密度にLEDの実装の必要性を排除することである。したがって,引用発明2は,混色の色バランスを整える必要がなく,単一色の離散的記録素子の配列において混色の色バランスを整えることが共通の課題になり得るはずがない。
そうすると,引用発明1の光学系の走査によって潜像を形成する構成を,引用発明2の光学系の「離散的記録素子の配列」によって潜像を形成する構成に置き換えることの動機付けはないから,相違点1に係る本願発明の構成に想到することが,当業者にとって容易であったとはいえない。
なお,審決は,上記のとおり,「混色の色バランスを整えるとの引用例発明1(注,引用発明1)の課題は,光学系の走査により潜像を形成するもの(引用例発明1)であれ,離散的記録素子の配列を用いるもの(上記周知技術)であれ,共通した課題である」と説示し,被告も,これに沿って,本件審理において,いわゆる電子写真方式のプリンタは,1ラインごとの潜像を形成する方式として離散的記録素子の配列を用いるもの(以下「LBP」ということがある。)と光学系の走査により潜像を形成するもの(以下「LEDP」ということがある。)があり,LBPのプリンタとしてカラープリンタもある旨述べているが,証拠による裏付けのない主張であって,失当である。
(3) 引用発明1の光学系は,単一レーザ光源であり,その単一レーザ光源が,レーザビームを機械的に走査し,円筒形感光ドラム上をくまなく照射するのに対し,引用発明2の光学系は,複数箇所を照射する複数の発光ダイオードよりなるプリンタヘッドであるから,引用発明2の光学系は,引用発明1の光学系のような走査が不要である。この相違は,引用発明1と2のそれぞれの光学系において,本質的なものであり,しかも,構成上も大きな相違であるから,当業者にとって,引用発明1と2とを組み合わせることが容易とはいえない。
仮に,例えば,引用発明1の単一レーザ光源を引用発明2の複数の発光ダイオードのプリンタヘッドに置き換えた多色印字装置を想定すると,そのような装置は,3基の発光ダイオードのプリンタヘッドを備え,それらの直後に,それぞれ現像機8,9,10を備える構成となるから,1か所の潜像形成場所と,複数のトナー粒子を備えた現像場所が1か所存在する本願発明とは全く異なる構成である。したがって,引用発明1と2とを組み合せても,単一の離散的記録素子の配列を各色潜像形成に共用するという本願発明の構成に想到することはできない。
2 取消事由2(相違点2,5及び6に関する判断の誤り) (1) 審決は,相違点2,5及び6について,「本件優先日当時,複数色の現像装置を配することにより複数色の画像記録を行うに当たり,記録部材(光導電体)及び潜像を記録するため部材を単一のものとし,記録部材にある特定色用の潜像形成・現像・転写を行った後,それとは別の色用の潜像形成・現像・転写を行うことは周知である(例えば,平成14年10月24日付け拒絶理由通知に引用した特開平2-19864号公報又は国際公開パンフレットWO90/03015・・・を参照。)。」(審決謄本7頁第4段落)と認定した上,「この周知構成を引用例発明1に採用できない理由はなく,上記周知構成を引用例発明1に採用した場合には,異なる色用の潜像記録部材は共通となり(相違点5に係る本願発明の構成),また記録部材にはシアン,マジエンタ及びイエローの3色に色分解された画像(現像後)が個別に記録されることとなるから,『記録部材上に色分解された画像の1つを形成する動作の複数の循環過程』及び『記録部材上に異なる色分解された画像を記録する』との構成を有すること,すなわち,相違点2及び相違点6に係る本願発明の構成に至ることとなる。すなわち,相違点2,相違点5及び相違点6に係る本願発明の構成は,上記周知構成を引用例発明1に採用した構成にすぎず,これも設計事項程度というべきである。」(同7頁第5,第6段落)と判断した。
しかし,特開平2-19864号公報(甲9,以下「甲9公報」という。)又は1990年(平成2年)3月22日を国際公開日とする国際公開パンフレットWO90/03015(甲10,その公表広報は特表平3-501000号広報〔甲4〕,以下「甲10文献」という。)に記載されているのは,いずれも,技術分野の異なる電気的制御に関する技術であるから,甲9公報及び甲10文献を前提とする技術(以下「甲9公報等技術」という。)を,機械的位置制御の分野に属する発明である引用発明1に用いることに想到することが,当業者にとって容易であるとはいえない。
(2) 甲9公報には,「原稿台1c上に載置された原稿1fは露光ランプ1dにより照明され,その光学像は走査ミラーMM1〜MM6および結像レンズ1e等を介して感光ドラム14へ結像される。」(4頁右下欄下から5行目〜2行目)と記載されており,この記載によれば,甲9公報に記載の発明における感光ドラム14上への潜像形成は,LEDアレイ13によるものではなく,原稿から反射された光によって,直接に,原稿の潜像が形成されるのであって,LEDアレイ13は,感光ドラム14に形成された各色の静電潜像を選択された現像色に対応して消去するために用いられるのである。したがって,仮に,甲9公報記載の発明を引用発明1に採用したとしても,静電潜像を形成するものではないLEDアレイ13を引用発明1に組み合わせるだけであって,相違点2,5及び6に係る本願発明の構成に想到し得るものではない。
また,甲10文献は,原告自身による国際公開の文献であり,正に本願発明の従来技術に相当するものであるから,本願発明の進歩性を否定する根拠になり得ないことは,明らかである。
(3) 審決は,引用発明1に甲9公報等技術を採用して相違点2,5及び6に係る本願発明の構成の容易想到性の判断をするためには,甲9公報等技術を採用できる合理的理由を示す必要があるところ,「この周知構成(注,甲9公報等技術)を引用例発明1に採用できない理由はなく,」(審決謄本7頁第5段落)と説示するのみで,上記の容易想到性を認定しているから,審決には理由を記載すべきものとする特許法157条2項4号の規定に反しており,違法である。
3 取消事由3(相違点4に関する判断の誤り) (1) 審決は,「ドット径の変化は,現像時のトナーの記録部材への付着量を変化させるために行われているのであって,他に現像時のトナーの記録部材への付着量を変化させる手段が存在すれば,引用例発明1の『印字ドット径変化手段』を他の手段に置換することは当業者にとって容易といわざるを得ない。」(審決謄本8頁第3段落)とした上で,引用例2記載の,LEDの個々の電流を制御することにより,プリンタにおける印字階調を制御する技術が「印字ドット径変化手段」の代替手段とすることができる技術であると認定し,また,「ディジタル的にアドレス」することにより,電流制御回路を構成する各電子部品を制御することは極めて一般的であると認定して,「相違点4に係る本願発明の構成は,引用例発明1の『印字ドット径変化手段』を引用例2記載の技術に置き換えるとともに,本件優先日当時の技術水準に応じて『ディジタル的にアドレス可能』とすることにより,当業者が容易に想到できたというべきである。」(同9頁第1段落)と判断したが,引用発明1と2とを組み合わせることが容易であるとした点で誤っているのみならず,理由不備の違法がある。
(2) 引用発明1の課題は,混色の光バランスを良好にすることであり,引用発明2の課題は,階調制御であって,両者の課題が相違する。また,引用発明1は,多色バランス制御に関するものであるのに対し,引用発明2は,単色階調制御に関するものであって,両者は多色印字と単色印字という異なる印字技術分野の発明である。さらに,引用発明1は,プリズムボックス26の位置を変化させる機械光学的な制御により印字ドット径を変化させる構成を有するのに対し,引用発明2は,LEDの駆動電流を変化させる電気的な制御であるから,引用発明2において,LED出力の変化があっても,ドット径は一定のままで変化をしない。このように,課題,技術分野及び構成のすべてにおいて異なる引用発明1と2を組み合わせることは,当業者において容易に想到できることではなく,また,組合せの契機もない。
仮に,引用発明1の「印字ドット径変化手段」に代えて,引用発明2を適用したとすると,引用発明1のレーザ22,プリズムボックス26及びポリゴンミラー29からそれぞれ構成される3基の光学系5,6,7の各々を,引用発明2の電流制御回路4,駆動回路2及びLED1から構成される光学系に置換することになり,これを実行すると,3基のLED光学系の各々をそれぞれ固定的に対応する色のためだけに用いて,感光ドラム1上でM,C,Y色の潜像を重ねて形成するというような多色印字装置が出来上がる。ところが,このようにして出来た複数のLED光学系を備えた多色印字装置は,LED光学系が電流調整可能であっても,3基のLEDをそれぞれ対応する決まった色のためだけに電流を調整できるだけである。なぜならば,引用発明2は,上記のとおり,単色印字装置であって,一つの光学系を複数色に共通して用いるという思想が開示も示唆もされていないからである。
したがって,本願発明の特徴の一つである「異なった色で現像するために,(単一の)記録素子配列の各記録素子への電流を変更する」という構成は,引用発明1と2の組合せから想到することが容易とはいえない。
(3) また,「ディジタル的にアドレス可能な装置」について,引用例1及び引用例2のいずれにも開示,示唆がされていないから,「異なった色で現像するために,(単一の)記録素子配列の各記録素子への電流を変更するディジタル的にアドレス可能な装置」は,引用発明1から得られず,引用発明1と2の組合せからも得られない。
(4) さらに,審決は,「引用例発明1の『印字ドット径変化手段』を他の手段に置換することは当業者にとって容易といわざるを得ない。」としているが,その理由を全く示していないから,特許法157条2項4号の規定に反しており,違法である。
4 取消事由4(相違点の看過) (1) 審決は,引用例1(甲7)に,「複数回現像を行うカラー電子写真装置においては,現像済のトナーを他の色の現像機内に混入させないために非接触方式の現像機が必要である」(2頁左上欄第2段落)との記載があることを挙げ,「『引用例1の記載エ(注,引用例1の上記記載)によれば,引用例発明1の3つの現像機がトナーを用いることは明らかであり,3つの現像機のトナーは,記録されている画像の色に関係した信号に従った選択トナー粒子といえるから,引用例発明1の3つの現像機は本願発明の「記録されている画像の色に関係した信号に従って選択トナー粒子で潜像を現像するための装置(21)』に相当する。」(審決謄本3頁下から第2段落)と認定したが,誤りであり,引用発明1には,本願発明の「記録されている画像の色に関係した信号に従って選択トナー粒子で潜像を現像するための装置(21)」に相当する構成はないから,審決は,この相違点を看過している。
(2) 本願発明の構成及び動作の一例について説明すると,本願発明の多色再現装置(10)において,すべての色の形成について,共通する一つの潜像記録素子配列(20)を用いており,当然に露光場所(潜像形成場所)(18)は1か所であり,その下流に,複数のトナー粒子を備えた現像場所(装置)(21)が1か所存在する。まず,離散的記録素子の配列(20)を用いて,記録部材(11)上に,例えば,シアン色用の潜像を形成し,下流にある現像場所(21)において,画像色に関係した信号に従って選択したシアントナー粒子でシアン色に現像し,これを転写場所(25)においてシートSに転写し,その後,清浄化場所(28)において,記録部材(11)の残留トナー粒子が一掃される。次の色についても,同じ離散的記録素子の配列(20)を用いて,記録部材(11)上に,例えば,マジェンタ色用の潜像を形成し,下流にある現像場所(21)から画像色に関係した信号に従って選択したマジェンタトナー粒子でマジェンタ色に現像し,これを転写場所(25)においてシートSに位置合わせしてシアン像の上に重ねて転写し,その後,上記と同様にして残留トナー粒子が一掃される。最後の色,例えば,イエロー色についても同様である。つまり,記録部材(11)上に異なる色の複数の画像が順次形成され,シートS上に順次転写され,合計,例えば3回転写され,こうして,シート上に3色が重ね合わされた混色画像が形成されるのである。
本願発明においては,潜像形成場所が1か所であることから,各潜像を現像するためのトナーを毎回選択しなければならず,そこで,「記録されている画像の色に関係した信号に従って選択トナー粒子で潜像を現像するための装置(21)」という構成は,本願発明に不可欠で本質的な構成である。
一方,引用発明1においては,上記1(2)のとおり,複数の光学系と複数の現像機があるが,各光学系とそのための現像機とは位置的,動作的に1対1に「固定的」に対応しているので,光学系5,6又は7のいずれかで形成された潜像が,それぞれの光学系に対応する現像機8,9又は10で現像されることになり,他の現像機では現像されないから,画像の色に関係した信号に従ってトナーを選択する必要がない。
このように,本願発明の「記録されている画像の色に関係した信号に従って選択トナー粒子で潜像を現像するための装置(21)」という構成は,引用発明1にも2にもない本質的な相違点であり,この相違点は本願発明の進歩性を肯定するに十分である。
(3) 被告は,各光学系とそのための現像機とが動作的に1対1に対応しているということは,記録しようとする特定の色に従って動作させるべき現像機を選択しているということであり,現像機の選択はトナー粒子の選択でもあると主張する。
しかし,引用例1には,現像機8,9,10のうちいずれか一つを選択するという記述あるいは図示は,どこにも存在しない。引用例1によれば,その第1図には,特定色専用の各光学系5,6,7の直後に,特定色専用の各現像機8,9,10が配置されているのであって,複数の現像機の中から一つの現像機を選択しているわけではない。むしろ現像機を選択する必要がないのである。
ちなみに,引用発明1においては,上記(2)のとおり,各光学系と現像機とが位置的,動作的に1対1で「固定的」に対応しているのであり,「固定的」とは,「選択的」と相反する概念であり,原告は,その意味で「固定的」と主張しているのである。
被告の反論
審決の認定判断は正当であって,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(相違点1に関する判断の誤り)について (1) 原告は,引用発明2は,単色の印字装置であるから,単一色の離散的記録素子の配列が認められるのみであって,多色再現装置のための離散的記録素子の配列が開示されているとはいえないと主張する。
しかし,審決が周知と認定したのは,「1ライン分の潜像を形成するために『離散的記録素子の配列』を用いる」という技術であり,引用発明2は,それを裏付ける証拠の一つである。
そして,いわゆる電子写真方式のプリンタは,光導電体(感光体)上に露光により1ラインごとの潜像を複数ライン形成し,それを現像し,記録用紙に転写するものであるが,1ラインごとの潜像を形成する方式として,単一光源(通常は半導体レーザ)からの光を走査する方式(LBP)と,離散的記録素子の配列(多くはLEDアレイ)を用いる方式(LEDP)があり,引用発明1はLBP,本願発明及び周知技術はLEDPである。LBPとLEDPを比較した場合,1ラインごとの潜像を形成する露光方式が異なるだけであり,その余の相違はない。当然,LBP,LEDPともに,単色のプリンタの場合及び多色のプリンタの場合があり,多色のプリンタであれば現像装置は複数色分存在する。むろん,LBPとLEDPの相違が1ラインごとの潜像を形成する露光方式である以上,露光方式の相違に起因して,LBPのみに当てはまる課題やLEDPのみに当てはまる課題が存在し,また,露光方式の相違に起因しない共通課題も多数存在する。LBP又はLEDPのどちらか一方の技術分野において,何らかの課題が与えられ,それが何らかの手段で解決された場合,同課題や解決手段が他方の技術分野にも当てはまるものかどうかは,当業者であれば当然検討されるべき事柄である。
本件についてみると,混色の色バランスを整えるという引用発明1の課題は,露光方式の相違に起因する課題ではないので,当業者であれば,当然に,周知技術1が引用発明1に当てはまるかどうかが検討されるはずであるから,「引用例発明1の潜像形成部材に代えて,上記周知技術を用いることにより相違点1に係る本願発明の構成をなすことは設計事項程度というべきである。」とした審決の判断に誤りはない。
原告は,被告が,LBPを用いた方式のプリンタとして多色のプリンタもある旨述べている点を,証拠による裏付けがない旨主張する。
しかし,甲10文献の原文によれば,LEDは,「“LED’s”」と複数形で表記されており,「“linear array of LED’s”」(1頁17行目。翻訳文では「LED線形アレー」と訳されている。)との記載もあるから,同文献は,明らかに「多色再現装置のための離散的記録素子の配列」を開示している。1988年(昭和63年)12月23日を国際出願日とし,発明の名称を「電子写真形成方法」とする発明に係る特許出願の明細書(乙2添付。以下「乙2文献」という。)も,同様に,上記「多色再現装置のための離散的記録素子の配列」を開示している。したがって,原告の上記主張は,失当である。
(2) 原告は,引用発明2の光学系は,引用発明1の光学系のような走査が不要であり,この相違は,引用発明1と2のそれぞれの光学系において,本質的なものであり,しかも,構成上も大きな相違であるから,当業者にとって,引用発明1と2とを組み合わせることが容易とはいえないと主張する。
しかし,単一光源からの光を走査する方式(LBP)では,光を走査する関係上,その走査を等速度とすること,走査を直線的に行うこと等,光学走査上の課題があるが,この課題は,離散的記録素子の配列(多くはLEDアレイ)を用いる方式(LEDP)とは無関係である。逆に,LEDPでは離散的記録素子の配列を用い,その素子数が相当程度大きい(4桁必要)関係上,素子ごとの光強度のバラツキを解消すること,すべての素子を同時に発光させた場合の電力対策等の課題があり,これら課題は単一光源を用いるLBPとは無関係である。LBP又はLEDPのどちらか一方の技術分野において,何らかの課題が与えられ,それが何らかの手段で解決された場合,同課題や解決手段が他方の技術分野にも当てはまるものかどうかは,当業者であれば当然検討すべき事柄であり,その際に,上記課題を他方のプリンタに当てはめようとする当業者はいない。
また,原告は,引用発明1の単一レーザ光源を引用発明2のLEDヘッドに置き換えた多色印字装置を想定すると,そのような装置は,3基のLEDヘッドを備え,それらの直後に,それぞれ現像機8,9,10を備える構成になり,1か所の潜像形成場所と1か所の現像場所を備える本願発明とは全く異なる構成となる旨主張する。
しかし,潜像形成部材を複数有することは,露光方式の相違とは関係がない。すなわち,LBPであろうとLEDPであろうと,潜像形成部材を一つとすることも複数とすることもあり得るから,露光方式を変更するに当たり考慮する必要がない事柄である。
2 取消事由2(相違点2,5及び6に関する判断の誤り)について (1) 原告は,電気的制御に関する技術を公開した甲9公報及び甲10文献を前提とする甲9公報等技術を,技術分野の異なる機械的位置制御の分野に属する発明である引用発明1に用いることは,容易想到とはいえない旨主張する。
しかし,原告のいう「引用例発明1は機械的位置制御の分野に属する発明である」とは「印字ドット径変化手段」に関する構成のことであって,相違点2,5及び6に係る構成とは何の関係もないから,原告の上記主張は失当である。
(2) 原告は,甲9公報記載の発明を引用発明1に採用したとしても,静電潜像を形成するものではないLEDアレイ13を引用発明1に組み合わせるだけであって,本願発明に想到し得るものではないと主張する。
しかし,審決は,引用発明1に甲9公報記載の発明を組み合わせると述べたのではなく,引用発明1に甲9公報等技術を採用すれば相違点2,5及び6に係る本願発明の構成に至ると述べているのであるから,原告の上記主張は,前提を誤っており,失当である。
(3) 原告は,審決が「この周知構成(注,甲9公報等技術)を引用例発明1に採用できない理由はなく,」(審決謄本7頁第5段落)と説示するのみで,相違点2,5及び6に係る本願発明の構成の容易想到性を認定したのは,審決には理由を記載すべきものとする特許法157条2項4号の規定に違反する旨主張する。
しかし,相違点2,5及び6に係る本願発明の構成は,すべて周知技術であるから,これを甲9公報等技術と認定し,一方,甲9公報等技術と露光方式との相違及び「異なった色で現像するために,記録部材上に画像情報を潜像として記録するのに使用されるために,潜像の状態を記録されるべき各色分解された画像に従って変更することのできる装置」との相違とは,何らの技術的関連をも有しないから,甲9公報等技術を引用発明1に採用することに積極的動機が必要とされるわけではない。したがって,審決に原告主張の違法はない。
3 取消事由3(相違点4に関する判断の誤り)について (1) 原告は,課題,技術分野及び構成のすべてにおいて異なる引用発明1と2を組み合わせて,相違点4に係る本願発明の構成とすることは,当業者において容易に想到できることではなく,また,組合せの契機もないと主張する。
しかし,機械的制御と電気的制御を置換することには,それぞれの奏する機能が同一又は同等である限り困難性はなく,その余の引用発明1と2の相違については阻害要因となるものではない。原告の主張は,例えていうと,ある発明に機械時計が一つの構成として採用されている場合に,その機械時計を電子時計に置換することが困難であるというに等しく,失当というほかない。
(2) また,原告は,「ディジタル的にアドレス可能な装置」についても,引用例1と引用例2のいずれにも開示,示唆がされていないとして,「異なった色で現像するために,(単一の)記録素子配列の各記録素子への電流を変更するディジタル的にアドレス可能な装置」の容易想到性を論難する。
しかし,審決は,引用例1と引用例2のいずれにも記載されていないことを前提にして,「本件優先日当時の技術水準を考慮すれば,電流制御をディジタル的に行うことは設計事項というべきである」(審決謄本8頁最終段落〜9頁第1段落)等と判断しているのである。審決でも指摘しているとおり,本件明細書(甲2)には,「従来技術においては,ディジタル的にアドレス可能な電流ミラーを用いて電流調整が与えられた」(16頁下から6行目〜5行目)と記載されていることを考慮すると,「相違点4に係る本願発明の構成は,引用例発明1の『印字ドット径変化手段』を引用例2記載の技術に置き換えるとともに,本件優先日当時の技術水準に応じて『ディジタル的にアドレス可能』とすることにより,当業者が容易に想到できたというべきである。」(審決謄本9頁第1段落)とした審決の判断に原告主張の誤りはない。
(3) 原告は,「引用例発明1の『印字ドット径変化手段』を他の手段に置換することは当業者にとって容易といわざるを得ない。」とした審決には,特許法157条2項4号違反の理由不備の違法があると主張する。
しかし,同一機能を有する複数の手段が公知であって,ある発明がそのうちの一つの手段を採用している場合,それとは別の公知の手段に置換することは,置換することに不合理性がない限り,当業者にとっては容易というべきである。とりわけ,複数の手段間の相違が大きければ大きいほど,どちらの手段を採用する方が有利であるかの程度において隔たりがある場合が多いから,当業者であれば,これらを置換すること及び置換した際の有利な面,不利な面を総合的に検討した上で,置換するかしないかを決定するというべきである。置換することに不合理性があるということは,置換した場合に不利な面が多いということであり,そうでない限り置換には十分な合理性がある。
本件についてみると,潜像形成は,その後の現像・転写を行うための準備処理であり,現像・転写後のトナーの付着状態だけが,用紙に記録された画像の状態を決定するものであるから,印字ドット径を変化させること(引用発明1)も電流を制御すること(引用発明2)も,そのこと自体が最終目的ではなく,その結果としての現像・転写後のトナーの付着状態を変化させることにあることは明らかである。
そして,引用発明1の「印字ドット径変化手段」及び引用発明2の「電流制御回路」が,ともに,現像時に記録部材に付着されるトナーの量を変化させるという同一機能を有する手段である以上,引用発明1及び2に接した当業者であれば,引用発明1の「印字ドット径変化手段」と引用発明2の「電流制御回路」の機能の共通性を看取できるというべきであり,これらを置換すること及び置換した際の有利な面,不利な面を総合的に検討した上で,置換するかしないかを決定することは上記のとおりである。そして,置換することに格別の不合理性もないから,置換には十分な合理性があるといわなければならない。
4 取消事由4(相違点の看過)について (1) 原告は,引用発明1において,複数の光学系と複数の現像機があるが,各光学系とそのための現像機とは位置的,動作的に1対1に「固定的」に対応しており,画像の色に関係した信号に従ってトナーを選択する必要がないことを理由に,本願発明の「記録されている画像の色に関係した信号に従って選択トナー粒子で潜像を現像するための装置(21)」という構成は,引用発明1にない本質的な相違点であり,この相違点は本願発明の進歩性を肯定するに十分である旨主張する。
引用発明1には,複数の光学系と複数の現像機があり,各光学系とそのための現像機とは位置的,動作的に1対1に対応していること,そして,各光学系が特定色専用の潜像形成部材であること,及び,各現像機には特定色トナー粒子が収納されていることは,原告主張のとおりである。
しかしながら,各光学系とそのための現像機とが動作的に1対1に対応しているということは,記録しようとする特定の色に従って動作させるべき現像機を選択しているということであり,現像機の選択はトナー粒子の選択でもある。「記録されている画像の色に関係した信号に従って選択」するに当たり,各光学系とそのための現像機とが位置的に1対1に対応しているかどうかは関係がない。
また,本願発明においても,現像機は記録すべき色ごとに存在しており,色ごとに存在する現像機の総体が「装置(21)」であって,これが「記録されている画像の色に関係した信号に従って選択トナー粒子で潜像を現像するための装置(21)」なのである。
(2) 確かに,本願発明において,各潜像を形成するために現像装置を選択しているが,それは,相違点5に係る構成,すなわち,露光装置が一つで,現像装置が複数ある以上,選択という行為が余儀なくされるという構成に基づくものであるから,「記録されている画像の色に関係した信号に従って選択トナー粒子で潜像を現像するための装置(21)」における「選択」とは,個々の現像装置において,特定色のトナーを配しておく必要があることを前提とするものである。例えば,イエローに現像することが予定されている現像装置では,イエローのトナーを配したことを上記のように表現したとみるべきであって,その意味において,審決では一致点の認定に含めているのである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1に関する判断の誤り)について (1) 審決は,相違点1に関して,引用例2及び本件明細書の記載に基づき,「1ライン分の潜像を形成するために『離散的記録素子の配列』を用いること」(審決謄本6頁最終段落)が周知の技術であるとし,一方,「混色の色バランスを整えるとの引用例発明1の課題は,光学系の走査により潜像を形成するもの(引用例発明1)であれ,離散的記録素子の配列を用いるもの(上記周知技術)であれ,共通した課題である」(7頁第2段落)から,「引用例発明1の潜像形成部材に代えて,上記周知技術を用いることにより相違点1に係る本願発明の構成をなすことは設計事項程度というべきである。」(同頁第3段落)と判断している。そうすると,「1ライン分の潜像を形成するために『離散的記録素子の配列』を用いること」は,引用発明1と同様,混色の色バランスを整えるという課題を有するというのであるから,多色の「離散的記録素子の配列」を包含するものとしていることは明らかである。
ところが,引用例2(甲8)には,特許請求の範囲に,「発光ダイオードをプリンタヘッドに用いたLEDプリンタであって,前記発光ダイオード個々の電流を制御する電流制御回路を有することを特徴とするLEDプリンタ」,発明の詳細な説明の技術分野の欄に,「本発明はLEDプリンタに関し,特に発光ダイオード(LED)をプリントヘッドに用いたプリンタにおける印字階調制御機能に関する。」(1頁左下欄下から第2段落)等の記載があるものの,「LEDプリンタ」が単色の印字装置か多色の印字装置かどうかを明示していない。
(2) 原告は,引用発明2は,単色の印字装置であるから,単一色の離散的記録素子の配列が認められるのみであって,多色再現装置のための離散的記録素子の配列が開示されているとはいえず,したがって,引用発明2は,混色の色バランスを整える必要がなく,単一色の離散的記録素子の配列において混色の色バランスを整えることが共通の課題になり得るはずがないと主張する。
ア そこで,引用発明2の「LEDプリンタ」が単色の印字装置か多色の印字装置かを探究するため,まず,本件優先日当時の技術水準について検討する。
(ア) 甲10文献(同文献は,英文による国際出願であり,その翻訳文が特表平3-501000号公報(甲4)により平成3年3月7日付けで公表されているので,同公報の記載をもって甲10文献の翻訳に代えることとする。)には,「本発明(注,甲10文献に係る発明)は他の形式の装置にと共にも使用できるのは勿論であるが,ここではLEDプリントヘッドを使用した最もポータブルなノンインパクト電子写真プリンタについて使用される場合について説明する。第1図によれば,電子写真プリンタは取り外し可能なフィルムコアを有しており,同コア9は・・・無端電子写真ウェブベルト即ちフィルム1を有している。・・・ベルト1は帯電ステーション7において均一に帯電され,次いで露光ステーション8において露光され,トナーステーション10,11,12,13の一つにおいて調色される。その結果得られた調色像は転写ステーション18において受像シートに転写され・・・ついでベルトはクリーニングステーション22において再処理のためクリーニングされる。これらは全て従来技術である。」(公表特許公報〔甲4〕4頁右下欄第1〜第2段落),「露光ステーション8はLEDプリントヘッドを有しており,同プリントヘッドは・・・後に詳述されている。」(5頁左上欄第1段落)との記載がある。
(イ) 乙2文献(明細書の記載部分)には,「従来から,帯電・露光・現像を複数回繰り返して電子写真感光体(以下,感光体という)上に予め色の異なる複数のトナー像を形成した後,トナー像を紙に一括転写してカラー画像を得るカラー電子写真形成方法が種々提案されている。この種のカラー電子写真形成方法を応用した装置として,例えば,発明者らが特願昭62-4367号に提案した装置がある。以下,この実施例について第2図を用いて説明する。」(明細書1頁第3段落),「波長670nmの発光ダイオードアレイ19を発光させ自己収束性ロッドレンズアレイ20を通して露光する。・・・この発光ダイオードアレイ19を用いて,感光体17上にネガのイエロ信号を露光し,静電潜像を形成する。前記潜像を現像ローラ9に+600Vを印加した現像状態のイエロの現像器1で反転現像した後・・・イエロのトナー像を形成する。再びコロナ帯電器18で感光体17を+850Vに帯電する。そののち感光体17に発光ダイオードアレイ19によりマゼンタに対応する信号光を露光しマゼンタの静電潜像を形成する。」(2頁最終段落〜3頁第2段落)との記載がある。
(ウ) 本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明の従来技術の説明の欄には,「従来の技術・・・において,スタイラス,レーザ,インクジェット,発光ダイオード(LED)などのような記録素子を使用したドットプリンタが知られている。
一例として,LEDプリント装置は,一つ又は複数の行に配列されていて記録媒体上にこの媒体の前記の行に関しての且つこの行に垂直な方向における移動中に点を露光させることのできる多数の個別にアドレス可能な点状放射線源を備えている。」(1頁第2段落),「画像濃度を決定する際の別の因子はトナー粒子の電荷対質量比である。同じ△Vに対して,画像濃度はトナーの電荷対質量比に反比例して変化する。これは,各色トナーが一般に異なった電荷対質量比を持っており,従って,他の色とは異なって調色を行うので,多色機械においては重要である。補償されなければ,これは最終プリントにおいて色不平衡(カラーインバランス)を生じさせることになる。」(同頁最終段落)との記載がある。
(エ) 上記(ア)〜(ウ)の記載によれば,カラー電子写真の形成技術において,プリンタヘッドとして発光ダイオードの線形配列を用いて潜像を形成することが,本件優先日当時,当業者の間で周知となっていたものと認められる。言い換えると,単に離散的記録素子の配列によるプリンタヘッドといえば,当業者において,当然に,多色再現装置のための離散的記録素子の配列によるプリンタヘッドを想定するような技術水準にあったものと認めることができる。
イ 引用発明2を,上記(エ)の技術水準の下で考察すると,引用発明2の「LEDプリンタ」は,単色の印字装置のみを意味するものではなく,当然に,多色の印字装置を包含するものというべきである。
ウ そうすると,引用発明2が単色の印字装置であることを前提として,引用発明1と引用発明2が異なる課題を有しているとする原告の主張は,前提において既に誤っているから,いずれも採用の限りでない。
(3) 原告は,引用発明2の光学系は,引用発明1の光学系のような走査が不要であり,この相違は,引用発明1と2のそれぞれの光学系において,本質的なものであり,しかも,構成上も大きな相違であるから,当業者にとって,引用発明1と2とを組み合わせることが容易とはいえないと主張するので,検討する。
ア 原告は,引用発明2に「離散的記録素子の配列」の技術が開示されていることは争わないところ,上記(2)イのとおり,引用発明2の「LEDプリンタ」は多色の印字装置を包含するものであるから,引用発明1の「潜像形成部材」に代えて,引用発明2の「離散的記録素子の配列」を組み合わせると,相違点1に係る本願発明の構成となることは明らかである。
イ 引用発明1が,「光導電体上に複数の光学系の走査により印字ドット集合の形で形成された潜像をそれぞれシアン,マジエンタ及びイエローに現像する3つの現像機を備えた多色印字装置において,前記各光学系は,シアン,マジエンタ及びイエロー用に個別に設けられており,シアン色用光学系による潜像形成,シアン色用現像機による現像,マジエンタ色用光学系による潜像形成,マジエンタ色用現像機による現像,イエロー色用光学系による潜像形成,及びイエロー色用現像機による現像がこの順に行われた後,用紙への転写・定着がされることを1サイクルとし,前記各光学系の途中に,該各光学系による印字ドットの径を混色の種類に応じ変えて混色の色バランスを整えるための印字ドット径変化手段をそれぞれ設けた多色印字装置。」(審決謄本3頁第5段落)という技術であることは,当事者間に争いがない。
ウ 引用例2(甲8)には,「本発明はLEDプリンタに関し,特に発光ダイオード(LED)をプリントヘッドに用いたプリンタにおける印字階調制御機能に関する。」(1頁左下欄下から第2段落),「本発明はLEDの個々の電流を制御して階調制御を行う」(同頁右下欄第3段落),「印字制御部3の制御により,電流制御回路4はLED1への駆動電流の量を変化せしめ得るようになっており,これによりLED1の発光エネルギが可変制御されることになる。よって,感光ドラムへの露光が変化可能となり,印字階調の制御ができることになるのである。」(2頁左上欄第3段落)との記載がある。
ここにいう「印字階調制御」がプリンタで打ち出される文字の濃淡を制御する技術であることは,当裁判所に顕著であり(なお,「階調」とは,「画像の明部から暗部までの明るさの段階」〔広辞苑第5版〕,「写真やテレビ画像の濃淡の調子」〔大辞林第2版〕を意味するものとされている。),上記記載によれば,引用例2には,プリントヘッドの発光ダイオードの線形配列への電流の量を変化させることによって,潜像形成の際に露光を調節し,印字の濃淡を制御する技術(引用発明2)が記載されていることが認められる。
エ 上記イ及びウによれば,引用発明1と2は,技術分野及び技術課題を共通にしていることが明らかであり,引用発明1と2とを組み合わせて,相違点1に係る本願発明の構成とすることは,それを妨げる特段の事情がない限り,当業者において,容易に想到し得たというべきである。そして,本件全証拠をみても,上記特段の事情を見いだすことはできない。
なお,引用発明1と2は,具体的な構造をみれば,相違していることは明らかである。しかし,ここで論ずべき事項は,引用発明1の具体的構成から,「光学系の走査」による潜像形成部材,すなわち,単一レーザ光源のみを取り外して,そこに「多色再現装置のための離散的記録素子の配列」による潜像形成部材を取り付けることができるか否かということではなく,技術的思想の議論として,「光学系の走査」による潜像形成部材を用いた引用発明1において,「光学系の走査」による潜像形成の技術を,「多色再現装置のための離散的記録素子の配列」による潜像形成の技術に代えることが容易か否かであって,組合せの際に,具体的な面で設計上の工夫が必要であったとしても,そのようなことは組合せを妨げる事情になり得ない。
オ 原告は,引用発明1の単一レーザ光源を引用例2のLEDヘッドに置き換えた多色印字装置を想定すると,そのような装置は,3基のLEDヘッドを備え,それらの直後に,それぞれ現像機8,9,10を備える構成になり,この構成は,1か所の潜像形成場所と1か所の現像場所を備える本願発明とは全く異なる構成である旨主張する。
しかし,相違点1において論ずるべき事項は,潜像の形成の手段が「離散的記録素子の配列」によるか「光学系の走査」によるかという露光方式であって,潜像の形成の手段の個数の問題ではない。そして,審決は,本願発明と引用発明1との潜像の形成の手段の個数の違いを,相違点5に挙げた上,この相違点5に係る本願発明の構成の容易想到性について判断しているのであるから,原告の上記主張は,失当である。
(4) 以上検討したとおり,原告の取消事由1の主張は採用することができない。
2 取消事由2(相違点2,5及び6に関する判断の誤り)について (1) 原告は,甲9公報(特開平2-19864号公報)又は甲10文献(国際公開パンフレットWO90/03015)に記載されているのは,いずれも,技術分野の異なる電気的制御に関する技術であるから,甲9公報及び甲10文献を前提とする甲9公報等技術を,機械的位置制御の分野に属する発明である引用発明1に用いることに想到することが,当業者にとって容易であるとはいえないと主張する。
ア 甲9公報には,次の記載がある。
@ 「この発明(注,甲9公報の特許請求の範囲に記載された発明)は,原稿の画像の色を識別しながら画像を記録媒体に形成する画像形成装置に関するものである。」(2頁左上欄下から第2段落) A 「第1図はこの発明の一実施例を示す画像形成装置の一例を説明する断面図であり,大別して原稿露光部1,画像形成部2,給紙部3,現像部4等から構成されている。露光部1は,原稿圧板1a,画像色検知部1b,原稿台1c,露光ランプ1d,走査ミラーMM1〜MM6,結象レンズ1e,ポジションセンサS0,S等から構成されている。」(3頁右下欄第2,第3段落) B 「この実施例では可変色現像ユニット12a〜12cおよび固定現像ユニット11により感光ドラム14に形成された潜像を黒,赤,青,緑等に現像することができる。」(4頁左上欄第1段落) C 「次に画像形成処理について説明する。原稿台1c上に載置された原稿1fは露光ランプ1dにより照明され,その光学像は走査ミラーMM1〜MM6および結像レンズ1e等を介して感光ドラム14へ結像される。なお,露光ランプ1dおよび走査ミラーMM1〜MM3は矢印方向に所定の速度で移動して原稿1fを走査する。一方,感光ドラム14も一次帯電器15によりその表面に均一な帯電を施された後,矢印方向へ回転しているので,感光ドラム14表面には順次原稿画像に対応する静電潜像が形成される。・・・感光ドラム14に形成された静電潜像は可変色現像ユニット12aまたは固定現像ユニット11で現像された後,転写帯電器17により・・・記録紙PA1,PA2に転写され・・・定着プロセスがなされる。」(4頁右下欄下から第2段落〜5頁左上欄最終段落) D 「複写装置に多重複写動作が指示された場合の1回目の複写動作は,基本動作と同様に記録紙PA1,PA2に原稿画像が転写定着される。・・・2回目の複写信号が発せられると,中間搬送ローラ25bは回転を始めるが,この時の記録紙PA1,PA2の動きは両面複写の場合と同様である。そして,同一面側に2回目の画像複写が施された記録紙PA1,PA2は最終的に排紙ローラ23により排紙トレー24へ排出される。なお,この実施例では2回の多重複写を行う場合について説明したが,さらに回数の多い多重複写の場合も記録紙PA1,PA2の搬送経路は基本的には同じとなる。」(6頁右上欄第1段落〜左下欄第1段落) E 「原稿の色認識が終了すると,続いて画像形成が行われる。・・・多色画像を形成する場合について説明する。・・・面積の大きい順位に黒色領域,赤色領域,青色領域,緑色領域と認識する。そして,この順位に応じて4回の多重転写および現像色画像以外への光照射を並行して繰り返し,所望とする多色原稿80の複写画像を得る。」(10頁左上欄第2段落〜右上欄第1段落) F 「先ず,黒色画像の形成に際し,走査光学系の主走査により多色原稿80・・・が走査され,感光ドラム14上に静電潜像が形成される。・・・そして,その後感光ドラム14上に残った静電潜像が固定現像ユニット11によって現像され,・・・記録紙PA1,PA2上に転写される。・・・次に赤色画像の形成であるが,・・・多色原稿80に対応する潜像が感光ドラム14に作成され,・・・赤色領域のみ可変色現像ユニット12bによって現像され,記録紙PA1,PA2上に重ねて転写される。以下,青色画像,緑色画像に対しても同様の工程を繰り返し,最後に排紙トレー24上に排出される。」(10頁右上欄第2段落〜左下欄第2段落) G 第1図には,感光ドラム14の周囲に,露光部1,固定現像ユニット11及び可変色現像ユニット12a-12c,転写帯電器17,定着器20,クリーナ16が配置されている状況が示されている。
イ 上記アの記載によれば,甲9公報には,感光ドラム14の一循環過程中に感光ドラム14上に色分解された画像の一つについて潜像形成,現像,転写,定着,クリーニングが行われ,これが各色について,すなわち複数の循環過程において行われること(相違点2),複数の固定現像ユニット11及び可変色現像ユニット12a-12cにより異なった色で現像するために用いられ,潜像を形成するための露光部1は共通であること(相違点5),感光ドラム14(記録部材)上に黒,赤,青,緑の4色に色分解された画像(現像後)が記録されること(相違点6)が開示されていることが認められる。
ウ 甲10文献には,次の記載がある。
@ 「本発明(注,甲10文献に係る発明)は線形プリントヘッド組立体の取付体に係り,特にノンインパクトプリンタ等の装置の回転要素に対して同組立体の位置及び方向を制御する組立体に関する。」(甲4〔甲10の公表公報〕の3頁左下欄第2段落) ママ A 「本発明は他の形式の装置にと共にも使用できるのは勿論であるが,ここではLEDプリントヘッドを使用した最もポータブルなノンインパクト電子写真プリンタについて使用される場合について説明する。第1図によれば,電子写真プリンタは取り外し可能なフィルムコアを有しており同コア9は一連のローラ2,3,4及び5,フィルムスキー6の回りに巻き掛けられた無端電子写真ウェブベルト即ちフィルム1を有している。・・・ベルト1は帯電ステーション7において均一に帯電され,次いで露光ステーション8において露光され,トナーステーション10,11,12,13の一つにおいて調色される。その結果得られた調色像は転写ステーション18において受像シートに転写され・・・ついでベルトはクリーニングステーション22において再処理のためクリーニングされる。これらは全て従来技術である。4つのステーション10,11,12及び13は4つの異なるカラートナーをベルトの複数の像にそれぞれ付着されるのに用いられ,その後これらの像は転写ステーション18において,一致させて転写され複数色像が形成される。
これも従来技術である。」(4頁右下欄第1段落〜末行) B 「露光ステーション8はLEDプリントヘッドを有しており」(5頁第1段落) C 第1図には,ベルト1の周囲に,帯電ステーション7,露光ステーション8,トナーステーション10,11,12,13,転写ステーション18,クリーニングステーション22が配置されている状況が示されている。
エ 上記ウの記載によれば,甲10文献には,ベルト1の一循環過程中にベルト1上に色分解された画像の一つについて露光(潜像形成),調色(現像),転写,クリーニングが行われ,四つのステーションにより形成されるそれぞれの像(現像後)が転写ステーション18において一致させて転写され複数色像が形成されるのであるから,これが各色について,すなわち,複数の循環過程において行われる技術が記載されていること(相違点2),複数のトナーステーション10,11,12,13(現像装置に相当)により異なった色で現像するために用いられ,潜像を形成するための露光ステーション8は共通であること(相違点5),ベルト1(記録部材)上に4つの異なるカラートナーがベルトの複数の像にそれぞれに付着されて複数色像(現像後)が形成されること(相違点6)が開示されていることが認められる。
オ 上記イ及びエによれば,甲9公報にも,甲10文献にも,相違点2,5及び6に係る本願発明の構成をまとめたものとして,「複数色の現像装置を配することにより複数色の画像記録を行うに当たり,記録部材(光導電体)及び潜像を記録するため部材を単一のものとし,記録部材にある特定色用の潜像形成・現像・転写を行った後,それとは別の色用の潜像形成・現像・転写を行う」(審決謄本7頁第4段落)技術が開示されているものというべきである。
カ 甲9公報及び甲10文献の上記各記載によれば,いずれも,カラー印刷の技術分野に関するものであり,また,多色の画像記録の形成に関する技術(甲9公報等技術)であり,引用発明1とは,技術分野及び技術課題を共通にしているものであることが明らかであるから,引用発明1に,甲9公報等技術を組み合わせて,相違点2,5及び6に係る本願発明の構成とすることは,それを妨げる特段の事情がない限り,当業者において,容易に想到し得たというべきである。そして,本件全証拠をみても,上記特段の事情を見いだすことはできない。
なお,甲9公報等技術を,機械的位置制御によって行うか電気的制御によって行うかということは,甲9公報等技術を具体化するに当たっての設計問題にすぎないから,引用発明1に甲9公報等技術を組み合わせて相違点2,5及び6に係る本願発明の構成とすることを妨げる事情となるものでないことは明らかである。
キ 原告は,甲9公報記載の発明を引用発明1に採用したとしても,静電潜像を形成するのではないLEDアレイ13を引用発明1に組み合わせるだけであって,本願発明に想到し得るものではないと主張する。
しかし,ここで問題となるのは,甲9公報及び甲10文献から導き出された甲9公報等技術であり,甲9公報そのものではない。しかも,上記イから明らかなとおり,LEDアレイ13と静電潜像の形成との関係は,甲9公報等技術とは直接関係がない。いずれにせよ,原告の上記主張は,失当である。
(2) 原告は,審決は,引用発明1に甲9公報等技術を採用して本願発明の容易想到性の判断をするためには,甲9公報等技術を採用できる合理的理由を示す必要があるところ,「この周知構成(注,甲9公報等技術)を引用例発明1に採用できない理由はなく,」(審決謄本7頁第5段落)と説示するのみで,本願発明の容易想到性を認定しているから,審決には理由を記載すべきものとする特許法157条2項4号の規定に反しており,違法であると主張する。
しかしながら,審決は,「本件優先日当時,複数色の現像装置を配することにより複数色の画像記録を行うに当たり,記録部材(光導電体)及び潜像を記録するため部材を単一のものとし,記録部材にある特定色用の潜像形成・現像・転写を行った後,それとは別の色用の潜像形成・現像・転写を行うことは周知である(例えば,平成14年10月24日付け拒絶理由通知に引用した特開平2-19864号公報又は国際公開パンフレットWO90/03015・・・を参照。)。」(審決謄本7頁第4段落)と認定した上,「この周知構成を引用例発明1に採用できない理由はなく,上記周知構成を引用例発明1に採用した場合には,異なる色用の潜像記録部材は共通となり(相違点5に係る本願発明の構成),また記録部材にはシアン,マジエンタ及びイエローの3色に色分解された画像(現像後)が個別に記録されることとなるから,『記録部材上に色分解された画像の1つを形成する動作の複数の循環過程』及び『記録部材上に異なる色分解された画像を記録する』との構成を有すること,すなわち,相違点2及び相違点6に係る本願発明の構成に至ることとなる。すなわち,相違点2,相違点5及び相違点6に係る本願発明の構成は,上記周知構成を引用例発明1に採用した構成にすぎず,これも設計事項程度というべきである。」(同7頁第5,第6段落)と判断しているのである。これらの記載によれば,甲9公報及び甲10文献から導かれる甲9公報等技術を引用発明1に採用すれば,相違点2,5及び6に係る本願発明の構成となるが,その採用は設計事項程度のことであって,採用を妨げる事情はないとの判断を示していると解されるのであって,その判断経過は合理的であり,甲9公報等技術の内容から,これを採用できる合理的理由を審決に明示するまでもないというべきである。したがって,審決に原告主張の違法があるとはいえない。
(3) 以上検討したところによれば,原告の取消事由2の主張は採用の限りではない。
3 取消事由3(相違点4に関する判断の誤り)について (1) 原告は,@引用発明1の課題は,混色の光バランスを良好にすることであり,引用発明2の課題は,階調制御であって,両者の課題が相違すること,Aまた,引用発明1は,多色バランス制御に関するものであるのに対し,引用発明2は,単色階調制御に関するものであって,両者は多色印字と単色印字という異なる印字技術分野の発明であること,Bさらに,引用発明1は,プリズムボックス26の位置を変化させる機械光学的な制御により印字ドット径を変化させる構成を有するのに対し,引用発明2は,LEDの駆動電流を変化させる電気的な制御であるから,引用発明2において,LED出力の変化があっても,ドット径は一定のままで変化をしないことなどを理由に,課題,技術分野及び構成のすべてにおいて異なる引用発明1と2を組み合わせて,相違点4に係る本願発明の構成とすることは,当業者において容易に想到できることではなく,また,組合せの契機もない旨主張する。
ア そこで,検討すると,引用発明1は,上記1(3)イのとおり,「前記各光学系の途中に,該各光学系による印字ドットの径を混色の種類に応じ変えて混色の色バランスを整えるための印字ドット径変化手段をそれぞれ設けた」多色印字装置であって,光学系による印字ドットの径を混色の種類に応じて変え,それによって混色の色バランスを整えるという技術である。そして,引用例1(甲7)には,「混合時に青色を強くしたい場合は,C,M色用潜像形成用光学系の印字ドット径を大きくしてY色用光学系の印字ドット径を小さくし,緑色を強くしたい場合は,C,Y色用印字ドット径を大きくしてY色(注,「M色」の誤記と認める。)用印字ドット径を小さくし,赤色を強くしたい場合は,M,Y色用印字ドット径を大きくしてC色用印字ドット径を小さくすれば良い。」(3頁左上欄第1段落)との記載があり,同記載によれば,変化させるべき印字ドット径とは,「潜像形成用光学系の印字ドット径」である。
一方,引用発明2は,上記1(3)ウのとおり,プリントヘッドの発光ダイオードの線形配列への電流の量を変化させることによって,潜像形成の際に露光を調節し,印字の濃淡を制御する技術である。
そうすると,引用発明1と2は,いずれも,潜像の形成状態を変化させて,現像時に,記録部材に付着されるトナーの量を多くしたり少なくしたりする技術である点で課題が共通していることが明らかである。
イ 原告の,引用発明1は,多色バランス制御に関するものであるのに対し,引用発明2は,単色階調制御に関するものであるとの主張は,上記のとおり,引用発明2が単色階調制御に関するものではないから,その前提を欠く。
ウ 原告主張のとおり,引用発明1が,プリズムボックス26の位置を変化させる機械光学的な制御により印字ドット径を変化させる構成で,引用発明2は,LEDの駆動電流を変化させる電気的な制御であるとしても,上記アのとおり,プリントヘッドの発光ダイオードの線形配列への電流の量を変化させることによって,潜像形成の際に露光を調節し,印字の濃淡を制御する技術であることには変わらず,その達成手段が機械光学的か電気的かという設計事項にすぎないものである。
また,引用発明2において,LED出力の変化によってドット径が一定のままで変化をしないとしても,引用発明1も2も,プリントヘッドの発光ダイオードの線形配列への電流の量を変化させることによって,潜像形成の際に露光を調節し,印字の濃淡を制御する技術であるという認定を左右するようなものではない。
エ したがって,上記@〜Bを理由とする原告の上記主張は,いずれも,その理由を欠くものであって,採用の限りでない。
(2) 審決が,相違点4の判断に関して,「『ディジタル的にアドレス』することにより,電流制御回路を構成する各電子部品を制御することは極めて一般的である」(審決謄本9頁第1段落)と認定したことについて,原告は,「ディジタル的にアドレス可能な装置」について,引用例1と引用例2のいずれにも開示,示唆がされていないから,「異なった色で現像するために,(単一の)記録素子配列の各記録素子への電流を変更するディジタル的にアドレス可能な装置」は,引用発明1から得られず,引用発明1と2の組合せからも得られない旨主張する。
しかし,上記のとおり,審決は,「本件優先日当時の技術水準を考慮すれば,電流制御をディジタル的に行うことは設計事項というべきである」と説示しているのであって,引用例1や2に記載されていると述べているわけではない。しかも,本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明の,「従来技術においては,ディジタル的にアドレス可能な電流ミラーを用いて電流調整が与えられたが,しかし,この電流ミラーはアドレス可能であり,従ってLEDへの電流は0から小さい量へ且つ大量の電流まで変えられることができた。」(16頁下から6行目〜3行目)との記載によると,本件優先日当時,ディジタル的にアドレス可能な電流ミラーを用いて電流調整を行うという従来技術が存在していたのであり,原告自身もこれを従来技術と認識していたことは明らかである。
いずれにせよ,「本件優先日当時の技術水準を考慮すれば,電流制御をディジタル的に行うことは設計事項というべきである」とした審決の認定に誤りはない。
(3) 原告は,審決が,「引用例発明1の『印字ドット径変化手段』を他の手段に置換することは当業者にとって容易といわざるを得ない。」とした点をとらえて,その理由を全く示していないから,特許法157条2項4号の規定に違反した理由不備の違法があると主張する。
しかし,審決は,「引用例1の記載カによれば,青を強調する場合を例とした場合,イエロー色(青の補色であり,イエロートナーは青色光を吸収するトナーである。)用のドット径を他のドット径よりも小さくするのであるから,現像時におけるイエロートナーの記録部材への付着量を少なくするものである。すなわち,ドット径の変化は,現像時のトナーの記録部材への付着量を変化させるために行われているのであって,他に現像時のトナーの記録部材への付着量を変化させる手段が存在すれば,引用例発明1の『印字ドット径変化手段』を他の手段に置換することは当業者にとって容易といわざるを得ない。」(審決謄本8頁第3段落)と判断しているのである。すなわち,引用発明1において,ドット径の変化が現像時のトナーの記録部材への付着量を変化させるために行われているのであるから,他に現像時のトナーの記録部材への付着量を変化させる手段が存在すれば,引用発明1の「印字ドット径変化手段」を他の手段に置換することは当業者にとって容易であるとしているのであって,原告指摘の点に関する理由を示していることは明らかであり,また,その理由も合理的であるから,審決に原告主張の違法があるとはいえない。
(4) 以上によれば,原告の取消事由3の主張は採用の限りではない。
4 取消事由4(相違点の看過)について (1) 原告は,引用発明1において,複数の光学系と複数の現像機があるが,各光学系とそのための現像機とは位置的,動作的に1対1に「固定的」に対応しており,画像の色に関係した信号に従ってトナーを選択する必要がないことを理由に,本願発明の「記録されている画像の色に関係した信号に従って選択トナー粒子で潜像を現像するための装置(21)」という構成は,本願発明の進歩性を肯定するに足りる,引用発明1にない本質的な相違点であるから,審決は,この相違点を看過した旨主張する。
そこで,検討すると,本件明細書(甲2)の特許請求の範囲の「記録されている画像の色に関係した信号に従って選択トナー粒子で潜像を現像するための装置(21)」という記載を普通に読めば,「選択トナー粒子」は「選択」と「トナー粒子」とを連結した語句であり,「記録されている画像の色に関係した信号に従って」の語句は,名詞である「選択トナー粒子」にかかることはなく,「潜像を現像する」の語句にかかるものである。そして,「記録されている画像の色に関係した信号」に従って,「潜像を現像するための装置(21)」が駆動されるが,その際,各色のトナー粒子は,「記録されている画像の色に関係した信号」に対応していなければならないから,結局,「記録されている画像の色に関係した信号」と各色のトナー粒子とが対応関係にあり,このような状況を「選択トナー粒子」と称しているものと解される。
上記1(3)イのとおり,引用発明1は,「光導電体上に複数の光学系の走査により印字ドット集合の形で形成された潜像をそれぞれシアン,マジエンタ及びイエローに現像する3つの現像機を備えた多色印字装置において,前記各光学系は,シアン,マジエンタ及びイエロー用に個別に設けられており,シアン色用光学系による潜像形成,シアン色用現像機による現像,マジエンタ色用光学系による潜像形成,マジエンタ色用現像機による現像,イエロー色用光学系による潜像形成,及びイエロー色用現像機による現像がこの順に行われた後,用紙への転写・定着がされる」という構成を有するから,引用発明1は,各光学系とシアン,マジエンタ及びイエローに現像する三つの現像機とが対応関係にあり,一方,各光学系が「記録されている画像の色に関係した信号」と対応関係にあるのは当然であるから,「記録されている画像の色に関係した信号」とシアン,マジエンタ及びイエローのトナー粒子とは対応関係にあり,したがって,各色のトナー粒子は,本願発明の「選択トナー粒子」に該当するものということができる。
そうすると,本願発明の「記録されている画像の色に関係した信号に従って選択トナー粒子で潜像を現像するための装置(21)」という構成が引用発明1にないとする原告の上記主張は,採用することができない。
(2) 原告は,引用例1の第1図には,特定色専用の各光学系5,6,7の直後に,特定色専用の各現像機8,9,10が配置されているのであって,引用発明1は,複数の現像機の中から一つの現像機を選択しているわけではなく,むしろ,現像機を選択する必要がない旨主張する。
しかし,原告の主張は,「記録されている画像の色に関係した信号に従って」トナー粒子を「選択」するという構成であることを前提とするものであり,その前提が誤りであることは上記のとおりであるから,失当というほかない。
(3) 以上によれば,原告の取消事由4の主張は採用することができない。
5 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 青柳馨
裁判官 宍戸充