関連審決 | 無効2004-80002 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成18行ケ10470審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成10行ケ151審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成18ネ10075特許権侵害差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10065審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19ワ507特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 技術的思想 / 方法の発明 / 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の認定 / 周知技術 / 下位概念 / 技術的範囲 / 出願公開 / 特許の有効性 / 技術常識 / 先行技術 / 発明の詳細な説明 / 実質的に同一 / クレーム / 参酌 / 数値限定 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 加工 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 変更 / 要旨変更 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10406号
審決取消請求事件
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原告 日本ペイント株式会社代表者代表取締役 訴訟代理人弁護士 小野寺良文 同 岡田淳 同 飯塚卓也 同 末吉亙 訴訟代理人弁理士 前直美 被告 日本パーカライジング株式会社代表者代表取締役 訴訟代理人弁護士 内田公志 同 鮫島正洋 同 後藤正邦 訴訟復代理人弁護士 中原敏雄 同 玉井真里子 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2006/02/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
特許庁が無効2004−80002号事件について平成17年2月25日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
主文同旨 |
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当事者間に争いがない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 被告は,発明の名称を「金属のりん酸塩皮膜化成処理前の表面調整用前処理液及び表面調整方法」とする特許第3451334号(平成9年3月7日出願〔以下「本件出願」という。〕,平成15年7月18日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。 (2) 原告は,平成16年3月31日,被告を被請求人として,本件特許を無効とすることを求めて審判の請求をした。 特許庁は,上記請求を無効2004-80002号事件として審理した上,平成17年2月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年3月9日に原告に送達された。 2 本件出願の願書に添付した明細書(甲5,以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載された発明(以下,請求項1に記載された発明を「本件発明1」,請求項2に記載された発明を「本件発明2」などといい,これらを一括して「本件発明」という。)の要旨(なお,以下,原文の表記方法にかかわらず,「りん酸」,「りん酸塩」については,それぞれ「リン酸」,「リン酸塩」と表記することとする。) 【請求項1】 粒径が5μm以下の少なくとも1種以上の2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子と,アルカリ金属塩もしくはアンモニウム塩またはこれらの混合物と,アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子,アニオン性の水溶性有機高分子,ノニオン性の水溶性有機高分子,アニオン性界面活性剤,およびノニオン性界面活性剤の群から選ばれる少なくとも1種と,を含有し,pHを4〜13に調整したことを特徴とする金属のリン酸塩皮膜化成処理前の表面調整用前処理液。 【請求項2】 前記粒径が5μm以下の少なくとも1種以上の2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子の濃度が0.001〜30g/Lである,請求項1に記載の金属のリン酸塩皮膜化成処理前の表面調整用前処理液。 【請求項3】 前記2価もしくは3価の金属がZn,Fe,Mn,Ni,Co,Ca,およびA閤(編注:□部分はなし。)の中から選ばれる少なくとも1種を含む,請求項1または請求項2に記載の金属のリン酸塩皮膜化成処理前の表面調整用前処理液。 【請求項4】 前記アルカリ金属塩もしくはアンモニウム塩の濃度が0.5〜20g/Lである,請求項1に記載の金属のリン酸塩皮膜化成処理前の表面調整用前処理液。 【請求項5】 前記アルカリ金属塩もしくはアンモニウム塩がオルソリン酸塩,メタリン酸塩,オルソ珪酸塩,メタ珪酸塩,炭酸塩,重炭酸塩,およびホウ酸塩の中から選ばれた少なくとも1種の塩を含む,請求項1または請求項4に記載の金属のリン酸塩皮膜化成処理前の表面調整用前処理液。 【請求項6】 前記アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子の平均粒径が0.5μm以下である,請求項1に記載の金属のリン酸塩皮膜化成処理前の表面調整用前処理液。 【請求項7】 前記アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子の濃度が0.001〜5g/Lである,請求項1に記載の金属のリン酸塩皮膜化成処理前の表面調整用前処理液。 【請求項8】 前記アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子がSi,B,Ti,Zr,A閤(編注:□部分はなし。),Sb,Mg,Se,Zn,Sn,Fe,Mo,およびVの酸化物の中から選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とする請求項1に記載の金属のリン酸塩皮膜化成処理前の表面調整用前処理液。 【請求項9】 金属表面にリン酸塩化成皮膜を形成するにあたり,あらかじめ該金属表面を請求項1〜8のいずれか1項に記載の表面調整用前処理液と接触させることを特徴とする金属のリン酸塩皮膜化成処理前の表面調整方法。 【請求項10】 金属表面にリン酸塩化成皮膜を形成するにあたり,あらかじめ該金属表面をノニオン性界面活性剤もしくはアニオン性界面活性剤,またはこれらの混合物と,請求項1〜8に記載の表面調整用前処理液と接触させることを特徴とする金属のリン酸塩皮膜化成処理前の表面調整方法。 3 審決の理由 (1) 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件発明1が,欧州特許出願公開第117599号明細書(1984年〔昭和59年〕9月5日公開〔注,審決謄本4頁2行目ないし3行目に「1994年」とあるのは誤記と認める。〕,甲1,以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。),米国特許第3395052号明細書(1968年〔昭和43年〕7月30日発行,甲2,以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないとし,また,本件発明2ないし10は,本件発明1をその構成の一部として包含する発明であるところ,本件発明1と同様,引用発明1及び2に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた発明であるとすることはできないとした。 (2) 審決が認定した,本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点は,それぞれ次のとおりである。 ア 一致点(審決謄本11頁第3段落) 「少なくとも1種以上の2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子と,アルカリ金属塩もしくはアンモニウム塩またはこれらの混合物と,を含有し,pHを4〜13に調整したことを特徴とする金属のリン酸塩皮膜化成処理前の表面調整用前処理液」の発明である点 イ 相違点(同段落) (ア) 相違点1(審決においては「相違点(イ)」) 「本件発明1では,上記2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子について,その粒径を『5μm以下』に特定しているのに対して,甲第1号証(注,引用例1)には,当該粒径の記載が見あたらない点」 (イ) 相違点2(審決においては「相違点(ロ)」) 「本件発明1の前処理液は,『アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子,アニオン性の水溶性有機高分子,ノニオン性の水溶性有機高分子,アニオン性界面活性剤,およびノニオン性界面活性剤の群から選ばれる少なくとも1種』を含有しているのに対して,甲第1号証には,当該成分の記載が見当たらない点」 |
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原告主張の審決取消事由
審決は,相違点1についての認定及び判断を誤り(取消事由1及び2),また,相違点2の認定を誤り(取消事由3),本件発明2ないし10についての進歩性の判断を誤り(取消事由4),その結果,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に本件発明1ないし10に想到し得たと認められないとの誤った結論を導いたものであり,違法であるから取り消されるべきである。 1 取消事由1(相違点1の認定の誤り) (1) 審決は,本件発明1と引用発明1の相違点1として,「本件発明1では,上記2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子について,その粒径を『5μm以下』に特定しているのに対して,甲第1号証(注,引用例1)には,当該粒径の記載が見あたらない点」を認定したが,引用例1にある「微細に分散させた」との記載が,「5μm以下」に微細化し溶液中で分散させる意であることは,以下のとおり,引用例1摘示の周知技術から明らかであって,上記認定は誤りである。 (2) 引用例1(甲1)には,「化成反応を活性化させる成分としてはいくつかの物質が知られている。リン酸亜鉛溶液によるリン酸塩処理の化成反応を活性化させるためには,微細に分散させたリン酸チタン,第三級リン酸亜鉛(ホパイト)及び第三級リン酸亜鉛鉄(II)(ホスホフィライト)を含む前処理浴での前処理が適当であるということが従来知られている。リン酸マンガン溶液中での層形成は,微細に分散させたリン酸マンガン又はリン酸マンガン鉄(II)(フローリット)を含む水洗前処理浴で前処理することにより促進される」との記載があるが,さらに,この記載に引き続いて「(米国特許第2456947号明細書,ドイツ連邦共和国特許第1521889号明細書,同1546070号明細書,米国特許第2310239号明細書,同3864139号明細書,ドイツ連邦共和国公開第2247888号明細書,同第2125963号明細書)。」との記載がある。 このように,引用例1には,微細に分散させた2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子を前処理液に用いることが周知であったことが開示されているところ,当業者は,引用例1の記載を理解するためにそこに引用された文献を参照することは当然である。 (3) 上記(2)の引用文献のうち,ドイツ連邦共和国特許第1521889号明細書(1972年〔昭和47年〕1月13日公開,甲6,以下「甲6文献」という。)の特許請求の範囲には, 「1.鉄と鋼のリン酸塩処理のための工程であって,それらリン酸塩処理の前に,表面が,ある水性の難溶性の2価金属のリン酸塩の懸濁液と接触させられる[工程であって],アルカリ性および/または酸性の表面処理の後,リン酸マンガンによるリン酸塩処理の前の前処理のために,少なくとも部分的にリン酸マンガン鉄(U)(ヒューロリット)からなり難溶性であるオルトリン酸マンガン(U)が微細に分散するのを含む水性の前洗浄溶液が,適用されることによって特徴付けられる。・・・ 6.請求項1から5による工程であって,少なくとも部分的に5μmより小さい粒径で存在する難溶性のリン酸塩が用いられることによって特徴付けられる[工程]」との記載があり,また,同明細書第3欄第2パラグラフには,「オルトリン酸マンガン(U)の活性化効果は,さらに,その粒子径に依存し,そして,粉砕の度合が増すほどに向上する。たいへん良い結果は,たとえばオルトリン酸マンガン(U)を用いたときに達成され,その時の粒子径の約50%は3.5μm未満を示し,そして粒子径分布の約90%が30μm未満となった。」との記載がある。 上記記載によれば,甲6文献には,2価の金属のリン酸塩粒子の粒径を5μmよりも小さい粒径に特定した技術が開示されており,当業者であれば,引用例1に引用された甲6文献の記載から,引用例1の「微細に分散させた」との記載について,粒径を「5μm以下」に微細化し溶液中で分散させることを意味すると容易に理解することができるものである。 (4) また,上記(2)のその他の引用文献に係る周知技術の特許・公開明細書には,前処理液中の金属のリン酸塩粒子がコロイド粒子である周知技術が多数開示されているが,コロイド粒子とは,粒径がおおむね1nm(0.001μm)から500nm(0.5μm)あるいはせいぜい1000nm(1μm)程度の粒子であることは,昭和62年10月12日岩波書店発行「岩波理化学辞典第4版」(甲7,以下「甲7文献」という。)の記載からも明らかである。 (5) さらに,リン酸塩皮膜化成処理の表面調整液に用いる2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子の粒径は小さければ小さいほど緻密な皮膜が得られること,具体的には,その粒径を本件発明1と同様に「5μm以下」とすることは,本件出願前から非常に多数の文献に開示されており,当業者に広く知られた技術常識ないし周知技術であった。 このことは,上記(2)ないし(4)から明らかであるのみならず,例えば,金属材料の表面に施されるリン酸塩皮膜化成処理の表面調整工程において2価の金属のリン酸塩粒子を用いた表面調整液の発明である英国特許第1137449号の特許明細書(1968年〔昭和43年〕12月18日公開,甲3,以下「甲3文献」という。)において,前処理液中の2価の金属のリン酸塩粒子であるオルトリン酸マンガン(II)の粒径は可能な限り小さくすべきであり,具体的に粒径を「3.5μm未満」と明示して5μm以下の粒径の2価の金属のリン酸塩粒子を用いる技術とその良好な効果が得られたことが開示されていること(訳文2頁下から第2段落)などからも明らかである。 (6) 被告は,原告が,甲6文献及び甲8ないし22を実質的に引用例として用いることは違法であると主張するが,これらの証拠を新たな引用例として主張しているわけではない。すなわち,微細に分散させた2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子を用いることが周知であったとの引用例1の記載の意義について,上記(2)のとおり,引用例1の引用部分の記載に引き続いて甲6文献及び甲8ないし11の周知技術の明細書が具体的に摘示されているのであり,引用例1に示された前記の周知技術の内容を明らかにするためにこれらの明細書を参酌することが許されることは当然である。また,判例上,明細書に別段摘示されていない文献であってもそれが技術常識あるいは周知技術の内容を明らかにするものである限り参酌することが許されているところ,甲12ないし22は,本件出願時の技術常識ないし周知技術を示す証拠にほかならない。 (7) 被告は,本件発明1の金属のリン酸塩について「大部分の粒子が5μm以下であることを意味する」と主張するが,以下のとおり,誤りである。 ア 発明の要旨は,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて認定されなければならず,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合や,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどといった特段の事情が存在しない限り,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して発明の要旨を認定することは許されない。本件においては,本件発明1の特許請求の範囲の「粒径が5μm以下の少なくとも1種以上の2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子と,・・・を含有し」との記載は,その文言上粒径が5μm以下の粒子を含有していればよいという意味に一義的に解することができ,他に発明の詳細な説明の記載を斟酌することが許されるべき特段の事情も存在しない。上記特許請求の範囲の記載には,含有されている5μm以下の粒子の割合については,何ら記載がないのであるから,単に含有されているという以外その多寡について被告主張のような解釈の余地はない。 したがって,本件発明1の発明の要旨の認定として,上記特許請求の範囲の記載を「大部分の粒子が5μm以下であることを意味する」などと解することは許されない。 イ 仮に,本件明細書の発明の詳細な説明を参酌するとしても,「仮に5μm以上の粒径の2価もしくは3価の金属のリン酸塩が本発明における表面調整用前処理液中に存在しても,本発明の効果に対しては何ら影響を与えることは無く」(段落【0020】)との記載があり,たとえ粒径5μm以上の粒子が含まれていたとしても,発明の効果に何ら相違はないことが開示されている。この記載は,5μm以下の粒子を含有していればよいという特許請求の範囲の上記文言にも合致しており,部分的ではなく大部分の粒子の粒径が5μm以下でなければならないとする被告の主張とは明らかに矛盾する。 また,本件明細書の実施例16に関する説明には,「縣濁液の粒径をサブミクロン粒子アナライザー(コールターN4型:コールター社)とコールターカウンター(コールター社)で測定した結果,0.31μmと6.5μmに粒度分布のピークがあり,6.5μmの粒子を20%含んでいた。」(段落【0059】)との記載があり,〔表2〕にも粒径が6.5μmの粒子が20%含まれていた旨の開示がある。そして,同明細書の表4及び6において,この実施例16においても良好な結果が得られた旨が開示されている。したがって,本件発明1の特許請求の範囲の「粒径が5μm以下の少なくとも1種以上の2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子と・・・を含有し」との記載は,少なくとも20パーセントの割合で粒径5μm以上の粒子が混入することを許容するものである。 ウ そもそも,被告の,「大部分の粒子が5μm以下であることを意味する」という主張自体が不明確として失当といわざるを得ない。被告の上記主張によった場合,当業者は,いかなる場合が「大部分」であって本件発明の技術的範囲に含まれ,いかなる場合が「一部」の含有にとどまりその技術的範囲に属しないこととなるのか予測することすらできず,著しく不合理である。 (8) 以上のとおり,引用例1の「微細に分散させた」との記載が相違点1の粒径特定である「5μm以下」と実質的に同一,又は,その範囲に含まれる金属のリン酸塩粒子を前処理液に用いることを意味することは明らかである。 2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り) (1) 審決は,相違点1について,「上記甲第2号証(注,引用例2)に記載の場合において,仮に処理液中のリン酸亜鉛粒子がその粒径のまま鋼板表面に付着したとしても,ゴムロール処理を行った後,その粒径が微細化しないとはいうことはできず,したがって,生成したリン酸皮膜結晶の大きさが2μであるからといって,直ちに処理液中のリン酸亜鉛粒子の大きさも2μ,ないしそれよりも小さいとすることはできない。」(審決謄本14頁第2段落)とした上,上記相違点については,「甲第1及び2号証に記載された発明(注,引用発明1及び2)に基いて当業者が容易になし得たことと言うことはできない。」(同頁第3段落)と判断したが,誤りである。 (2) 前記1(2)のとおり,引用例1には,2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子について,「微細に分散させた」との開示があり,また,前記1(3),(4)のとおり,同記載を説明するものとして引用例1に摘示された特許・公開明細書には,粒径を相違点1の粒径特定である「5μm以下」と同一とするもの,及び,明らかにこれに含まれる大きさであるコロイド粒子程度の大きさにまで微細化し分散させた技術が具体的かつ詳細に開示されている。 また,そもそも,前記1(5)のとおり,表面調整用前処理液の技術分野において,化成工程で形成されるリン酸塩粒子を微細にする必要があり,そのためには表面調整液に含まれる2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子は小さければ小さいほどよいこと,さらに,その具体的な粒径として5μmよりも小さい粒子を用いることが,本件出願前から当業者の技術常識ないし周知技術であったのである。 したがって,当業者は,引用例1の「微細に分散させた」との記載の意味について,粒径を5μmよりも小さくし,あるいは,更に小さいコロイド粒子程度の大きさまで微細化し分散させることを意味するものであると容易に理解できることは明らかである。そうすると,引用例1の「微細に分散させた」との記載から,当業者が,好適な粒径範囲を検討し,もって,本件発明1の相違点1に係る「5μm以下」と特定することも容易に想到し得ることは明らかである。 (3) 引用例2には,リン酸塩皮膜化成工程の結果得られたリン酸塩結晶の粒径が2μm又はそれ以下であったとの開示がある。表面調整工程において付着させた金属のリン酸塩粒子は,リン酸塩皮膜化成工程においてリン酸塩結晶皮膜が成長する核となり,化成工程の結果成長したリン酸塩皮膜結晶と,その成長の核となった表面調整液の2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子の粒径を比較した場合に後者が前者よりも小さいことは自明である。 したがって,引用例2記載の化成工程によって成長したリン酸塩結晶の粒径が「2μmもしくはそれ以下」であったとの開示に基づき,当業者が,表面調整液の2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子の好適な粒径範囲を検討し,もって,本件発明1のとおり「5μm以下」と特定することに何ら困難はない。 (4) これに対し,審決は,引用例2に開示された実施例3に「浸漬処理後,ゴムロールで絞り」との記載があることに過度に拘泥して,被告の提出した審判乙3ないし5からすれば,引用例2において2μm又はそれ以下のリン酸塩皮膜結晶が得られたのはゴムロール絞りを行った結果であることが否定できず,引用例2記載の表面調整液において2μm以下の金属のリン酸塩粒子が用いられていたとはいえない旨説示(審決謄本14頁第2段落)しているが,この判断は,原告の主張を全体として理解せず,その一部を殊更に取り上げて論難するものであって,失当である。 すなわち,引用例2(甲2)には,「この明細書に示された前処理を行うと,結晶の粒径は2μm又はそれ以下になるという良好な結果が得られる。」,「鋼板を懸濁液に浸漬するだけで効果がある。さらに,浸漬の繰返し,または,浸漬後のロール絞りが効果的である。」との記載がある。そして,引用発明2の特許請求の範囲の記載によれば,同発明において「ゴムロールで絞る」ことは発明の特定事項に特に含まれていない(「ゴムロール絞り」はようやくクレーム13で規定されているにすぎない。)。これらによれば,引用例2にはゴムロール絞りを経なくとも結晶粒径が2μm以下になることが明確に開示されていて,ゴムロール絞り等の機械的処理を経た場合に粒径がどのように変化するかなどは,そもそも問題とはならない。 そして,最終的に析出したリン酸塩皮膜結晶の粒径が2μm以下であるにもかかわらず,析出の際に核となる表面調整液の金属のリン酸塩粒子がその粒径を超えることなど物理的にあり得ない。 被告が提出した審判乙3は,引用例2における結晶粒径を大幅に上回る粒径(十倍程度上回る)の結晶について論じたものに過ぎず,また,審判乙4及び5も,具体的な粒径は示されておらず単なる一般論の域を出ないものである。さらに,試験報告書(乙5)の実験条件は引用例2に開示された実施例3とは全く異なるので,本件における証拠価値は皆無である。 3 取消事由3(相違点2の認定の誤り) (1) 審決は,本件発明1と引用発明1の相違点2として,「本件発明1の前処理液は,『アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子,アニオン性の水溶性有機高分子,ノニオン性の水溶性有機高分子,アニオン性界面活性剤,およびノニオン性界面活性剤の群から選ばれる少なくとも1種』を含有しているのに対して,甲第1号証(注,引用例1)には,当該成分の記載が見あたらない点」(相違点2)を認定したが,引用例1には前処理液にベントナイトないしモンモリロナイトが包含されることが開示されており,このベントナイトないしモンモリロナイトは,本件発明1の「アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子」に該当するから,相違点2の認定は誤りである。 (2) 「酸化物」とは,甲7文献によれば,「最も広義には酸素と他の元素の化合物を意味するが,一般には酸素を酸化数-2の状態で含むものをいう。」と定義される。モンモリロナイトは,「A閤(編注:□部分はなし。),Mg,Si,酸素,水素等の元素が結合して形成されたケイ酸塩化合物の一種であり,また,その構造部分に水酸基(OH基)をも伴う化合物」(平成9年2月発行「塗装工学Vol.32 No.2」49頁ないし59頁,甲24,審判の参考資料8,以下「甲24文献」という。)であり,その組成は,「A閤(編注:□部分はなし。)2O3・4SiO2・6H2O」(平成7年2月15日東京化学同人発行「無機工業化学(第4版)」294頁ないし297頁,甲25,審判の参考資料1,以下「甲25文献」という。)と簡略に表記されることがある。したがって,モンモリロナイトは,-2価の酸素元素が,Si,A閤(編注:□部分はなし。),Hをはじめとする酸素以外の元素と化合した化合物であり,前記酸化物の意義に照らして「酸化物」に該当することは明らかである。本件出願前の特許出願には,ベントナイトないしモンモリロナイトを「酸化物」として特定したものが多数存在しており,当業者もベントナイトないしモンモリロナイトを酸化物として認識している。 (3) モンモリロナイトは,粒子全体として見れば,いかなるpH値の水溶液においてもアニオン性に帯電している。 また,モンモリロナイトは,少なくともアルカリ性すなわちpH8以上の溶液中では,表面部分のみならず端面部分もアニオン性(マイナス)に帯電し分散しているのであって,アルカリ性の溶液中ではいかなる意味においてもアニオン性(マイナス)に帯電していることに全く疑義はない。そして,引用例1の前処理液のpHは,7.1から10の間である旨が開示されているので,引用例1に開示されたベントナイトないしモンモリロナイトは,pHが8以上のもの,すなわち表面部分及び側面部分の双方がアニオン性に帯電したものを含むのであって,このような引用例1のベントナイトないしモンモリロナイトが「アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子」に該当することは明らかである。 なお,審決が引用した甲24文献の記載は,pHの要素を省いて論じられており,アルカリ性領域(pH>8)でのモンモリロナイトの帯電状態について述べたものではないから,同記載のみを根拠に引用例1のモンモリロナイトが「アニオン性に帯電した」とはいえないとした審決の前記認定は誤りである。 4 取消事由4(本件発明2ないし10についての進歩性の判断の誤り) 審決は,本件発明2ないし10について,いずれも本件発明1又はその下位の発明の請求項を引用して特定した発明であるとした上で,「本件発明2〜10は,本件発明1と同様,甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明(注,引用発明1及び2)に基いて,当業者が容易に発明をすることができた発明であるとすることはできない。」(審決謄本15頁第2段落)と判断した。しかし,上記1ないし3のとおり,本件発明1に関する進歩性の判断が誤りである以上,本件発明2ないし10に関する進歩性の判断も誤りがあって,審決に違法があることは当然であり,取り消されるべきである。 |
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被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(相違点1の認定の誤り)について (1) 原告は,引用例1には,実質的には,「2価もしくは3価の金属のリン酸塩」について,5μm以下の粒径である旨の記載があると主張する。 しかし,引用例1に引用された,米国特許第2456947号明細書(甲8),米国特許第3864139号明細書(甲9),ドイツ連邦共和国公開第2247888号明細書(甲10),同第2125963号明細書(甲11)は,いずれもチタン塩のコロイドに関するものであるところ,チタン塩は,「2価もしくは3価の金属のリン酸塩」ではなく4価の金属のリン酸塩である。原告の主張は,「2価もしくは3価の金属のリン酸塩」に係る本件発明1の有効性を否定するために,4価の金属のリン酸塩(チタン塩)の例を多数挙げるものであって,関連性のない事項をあたかも関連性があるかのように列挙するものであり,誤導的である。 チタン塩を主成分とする表面調整用前処理液用のリン酸塩粒子はジャーンステッド塩と呼ばれており,本件特許において,これは,従来技術に位置付けられているものである。甲8ないし11は,本件明細書(甲5)の発明の詳細な説明(段落【0003】)に記載された従来技術(ジャーンステッド塩から得られるチタンコロイド)と同等のものである。特許庁の審査段階においてこれらの従来技術との差異が参酌された上で特許となっている以上,今さらこれらの先行技術から本件特許の有効性を争うことは蒸し返しであり許されるものではない。 (2) 原告は,リン酸塩皮膜化成処理の表面調整液に用いる2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子の粒径が小さければ小さいほど緻密な皮膜を形成でき,粒径を5μm以下とすることは,本件出願当時,技術常識ないし周知技術である旨主張するが,原告が列挙する文献は,本件発明1の要旨の規定する構成要件とは全く無関係なものを多く含む。すなわち,甲12に,「粒子径は50μmよりも下であって,その際少なくとも粒子の50%が約4μmよりも小さい」ことが開示されているとしても,大部分が5μm以下のリン酸塩粒子である本件発明1とは全く関係ない。甲14ないし16は,本件発明1の他の構成要件である「アルカリ金属塩もしくはアンモニウム塩またはこれらの混合物」,「アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子・・・の群から選ばれる少なくとも1種」とは関係がない。甲17ないし22は,ジャーンステッド塩に関する文献であり,そもそも「2価もしくは3価の金属のリン酸塩」に係る本件発明1と無関係である。 (3) 本件発明1の粒径5μm以下の2価もしくは3価のリン酸塩粒子の割合については,原告主張のように「一粒でも5μm以下のリン酸塩粒子が含まれていればよい」との意味でなく,「リン酸塩の大部分の粒子が5μm以下である」との意義に解すべきである。 ア 特許発明の技術的範囲を定めるためには,適宜,発明の詳細な説明を参酌することが認められているところ(特許法70条2項),本件明細書の発明の詳細な説明の【作用】欄には,「不溶性物質を水溶液中で安定に分散させるためにも本発明で用いられる2価もしくは3価の金属のリン酸塩の粒径は5μm以下であることが望ましい。ただし,仮に5μm以上の粒径の2価もしくは3価の金属のリン酸塩が本発明における表面調整用前処理液中に存在しても,本発明の効果に対しては何ら影響を与えることは無く,表面調整調整用水溶液中の5μm以下の微粒子の濃度が,ある濃度に達して初めてその効果が発揮されるのである。」(段落【0020】)との記載があり,【実施例】欄の,実施例1ないし15のほぼすべての2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子が5μm以下であり,実施例16については,2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子について,「縣濁液の粒径をサブミクロン粒子アナライザー(コールターN4型:コールター社)とコールターカウンター(コールター社)で測定した結果,0.31μmと6.5μmに粒度分布のピークがあり,6.5μmの粒子を20%含んでいた。」(段落【0059】)との記載がある。 上記記載によれば,本件発明1の特許請求の範囲〔請求項1〕が規定する「粒径が5μm以下の少なくとも1種以上の2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子と・・・を含有し」との意義は,「一粒でも5μm以下のリン酸塩粒子が含まれていればよい」との意味でなく,「リン酸塩の大部分の粒子が5μm以下である」ことを意味する。 イ 本件発明1は,2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子について,「大部分の粒子が5μm以下」である表面調整用前処理液に係るものであり,この粒径分布を具備しない場合は,本件発明1の効果である化成皮膜の微細化・緻密化といった効果を示すことはなく,この粒径分布を具備しない発明と,本件発明1とは,得られる作用効果においても明らかな相違がある。 ウ 甲6文献の特許請求の範囲の請求項6には,「少なくとも部分的に5μmより小さい粒径で存在する難溶性のリン酸塩」という記載が存在するだけであり,5μmを臨界値とする記載が存在するわけではなく,粒子径に関して,明細書には,「粒子径の約50%は3.5μm未満を示し,そして粒子径部分の約90%が30μm未満」であるという記載しか存在しない。これによれば,普通に考えると,5μm以上の粒子径のものが相当量(20ないし30%程度と推測される)混入していることになる。これに対して,本件発明1の「5μm以下」は大部分の粒子が5μm以下であると解釈されるべきものである。したがって,本件発明1と甲6文献の記載とは,表現は近似するもののその内実は全く異なり,引用例1に引用された甲6文献を参酌しても,粒径に関し,大部分の粒子が「5μm以下」であると解釈される本件発明1の内容が記載されているということにはならない。 (4) 審決取消訴訟は,行政処分としての特許庁の審決の事実認定や法的評価の当否及び違法性を問うものである。ところが,原告は,甲6文献を始め,審決段階において全く提出されていない証拠方法を多数引用し,これを実質的に引用例として用いて種々の主張をしているのであって,このような主張が審決取消訴訟の趣旨に反する違法なものであることは,明らかである。 原告は,甲6文献について,引用例1に引用されている文献であるから引用例1に接した者は当然に甲6文献を参照するであろう,という趣旨の論理を媒介して審決の認定の誤りを主張している。しかし,原告は,審判段階では甲6文献に係る主張をしておらず,このような原告の主張を安易に認めれば,実質的に引用例の追加を認めることになり,審判請求書の補正の要旨変更を禁じた特許法131条の2を潜脱することは明白である。このことは,甲8ないし22についても同様である。 したがって,特許無効審判において主張・参酌されていない甲6文献及び甲8ないし22を用いて本訴で新たな主張をすることは許されない。 2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について (1) 原告は,引用例2には,リン酸塩皮膜化成工程の結果得られたリン酸塩結晶の粒径が2μm又はそれ以下であったことが開示されているから,表面調整用前処理液におけるリン酸塩粒子の粒径もそれ以下,つまり,相違点1に係る「5μm以下」であったことが示唆されていると主張するが,以下のとおり,理由がない。 ア 引用例2においては,懸濁液が低濃度か高濃度かという基準によって,表面調整用前処理液の接触方法を吹付法又は浸漬法のいずれかを採用するとの考え方が示され,低濃度の実施例については,高圧吹付法による条件を開示し(実施例1及び2),高濃度の実施例については,浸漬法を開示しているところ(実施例3),浸漬法に係る唯一の実施例3において,「浸漬処理後,被処理対象物をゴムロール絞りした」ことが開示されている。これは,その発明者において,単なる浸漬のみでは想定した効果を得ることができなかったことを推認させる。加えて,ゴムロール絞りにより,鋼板表面上のリン酸亜鉛粒子が崩れずそのままの大きさを保っていると認めるべき証拠は原告から提出されていない。 したがって,引用例2には,ゴムロール絞りの有無にかかわらず2μm以下のリン酸塩皮膜結晶が得られたことが開示されているとする原告の主張は,誤りというほかはない。 イ 被告従業員A作成の試験報告書(乙5)によれば,粒径が5μm超のみからなるリン酸塩粒子を含む表面調整液を使用しても,適切な機械処理を施した場合,著しい微細化効果を有し,2ないし3μm程度の粒径を有する化成処理皮膜を形成することが可能である。 したがって,引用例2記載の実施例3のように,表面調整から化成処理において,機械処理を介在させた場合においては,表面調整剤には当然に化成皮膜粒径以下の粒径を有するリン酸塩粒子を含んでいるとの原告の主張は,誤っている。 (2) 原告は,当業者が本件出願当時の技術常識ないし周知技術に照らして引用例1及び2の記載を見れば,5μm以下の2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子に想到することは容易である旨主張するが,以下のとおり,理由がない。 すなわち,本件発明1における,粒径が「5μm以下」という相違点1に係る構成要件は,「2価もしくは3価の金属のリン酸塩」,「アルカリ金属塩もしくはアンモニウム塩またはこれらの混合物」及び「アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子・・・の群から選ばれる少なくとも1種」などの構成要件と一体となったときに,本件発明の目的であるリン酸塩皮膜結晶の微細化との関係で顕著な効果を奏する(本件明細書 段落【0012】参照)。 ところが,原告は,他の構成要件の存在を無視して,ひたすら「5μm以下の・・・2価もしくは3価の金属のリン酸塩」に係る先行技術文献を列挙して,その周知性を主張しているものであり,その原告の論法は,そもそも大きな誤りを含んでいる。そして,甲6文献を中心とする先行技術文献においても「5μm以下」とは全く異なる粒径が開示されているにすぎないことにかんがみれば,結局,本件発明1の技術的思想の枠組み内で相違点1に係る「5μm以下」を開示した文献は存在しないと評価すべきである。これらの事実を前提にすると,本件発明1は,従来にない構成要件である「5μm以下」に実質的な効果が認められるものであり,本件発明1は,顕著な作用効果を奏するものであって,進歩性がある。 3 取消事由3(相違点2の認定の誤り)について 原告の主張中,モンモリロナイトないしベントナイトが「アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子」に相当することは認める。 4 取消事由4(本件発明2ないし10についての進歩性の判断の誤り)について 仮に,本件発明1に関する取消事由1ないし3に理由があるとしても,そのことから,直ちに,他の本件発明についての進歩性が否定されるわけではない。 すなわち,本件発明2は,含有すべき5μm以下の粒径の2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子の濃度を規定したものであり,2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子について,@その粒径を一定以下にすること(粒径制御)のほかに,A当該粒径の粒子を一定濃度範囲にすること(濃度制御)という,ダブル制御ともいうべき新規の技術的思想を有するものであって,原告が引用するいかなる先行文献にも開示されていない。 また,本件発明4,6及び7は,数値限定がされているが,本件明細書には数値限定の実質的根拠が記載されており,少なくともこれらの請求項の数値限定は設計的事項ではない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1の認定の誤り)について (1) 審決は,「本件発明1では,上記2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子について,その粒径を『5μm以下』に特定しているのに対して,甲第1号証(注,引用例1)には,当該粒径の記載が見あたらない点」(相違点1)で相違すると認定したのに対し,原告は,引用例1に引用されている周知技術の明細書の記載に照らせば,引用例1には,2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子の粒径が「5μm以下」であることについて実質的に記載があるとして,審決が相違点1の認定を誤った旨主張する。 (2) そこで,まず,引用発明1について検討する。 ア 引用例1(甲1)には,以下の記載がある。 (ア) 「1.リン酸塩処理前に化成反応を活性化させる成分を含有する水性前処理浴により金属表面を前処理する方法において,モンモリロナイトを含む前処理浴を金属表面に接触させることを特徴とする金属表面の前処理方法。 2.モンモリロナイトをベントナイトの形で含む前処理浴を金属表面に接触させることを特徴とする請求項1に記載の方法。 3.0.01〜10g/?量のモンモリロナイトを含む前処理浴を金属表面に接触させることを特徴とする特許請求の範囲第1項又は第2項に記載の方法。 4.リン酸亜鉛溶液によるリン酸塩処理に先立って,微細に分散させたリン酸チタン又は微細に分散させた第三級リン酸亜鉛を含む前処理浴を金属表面に接触させることを特徴とする請求項1〜3に記載の方法。 5.リン酸マンガン溶液によるリン酸塩処理に先立って,微細に分散させた第三級リン酸マンガンを含む前処理浴を金属表面に接触させることを特徴とする請求項1〜3に記載の方法。 6.リン酸マンガン溶液によるリン酸塩処理に先立って,微細に分散させたリン酸マンガン鉄(U)を含む前処理浴を金属表面に接触させることを特徴とする請求項1〜3に記載の方法。」(特許請求の範囲第1項ないし第6項,8頁第1段落ないし第6段落) (イ) 「本発明(注,引用発明1)は,リン酸塩処理に先立って化成反応を活性化させる成分を含有する水性前処理浴による金属表面の前処理方法及びそれに使用する組成物に関する。」(1頁第1段落) (ウ) 「リン酸塩処理に先立って金属表面を活性化するには,固相活性化成分を微細に分散させた水性前処理浴に金属表面を接触させる。」(1頁第2段落) (エ) 「化成反応を活性化させる成分としてはいくつかの物質が知られている。リン酸亜鉛溶液によるリン酸塩処理の化成反応を活性化させるためには,微細に分散されたリン酸チタン,第三級リン酸亜鉛(ホパイト)及び第三級リン酸亜鉛鉄(U)(ホスホフィライト)を含む前処理浴での前処理が適切であることが従来知られている。リン酸マンガン溶液中での層形成は,微細に分散されたリン酸マンガン又はリン酸マンガン鉄(U)(フローリット)を含む水性前処理浴で前処理することにより促進される(米国特許第2456947号明細書〔注,甲8〕,ドイツ連邦共和国特許第1521889号明細書〔注,甲6文献〕,同1546070号明細書,米国特許第2310239号明細書,同3864139号明細書〔注,甲9〕,ドイツ連邦共和国公開第2247888号明細書〔注,甲10〕,同2125963号明細書〔注,甲11〕)。」(1頁第3段落) (オ) 「従来の前処理浴を実際に使うと,時間の経過とともにその効果が低下し,新たに化成反応を活性化させる成分を添加するか,又は,新たに前処理浴を用意するかしなければならない。このような効果の低下は,前処理浴を活性化の目的に使用したか否かには無関係に生じる。 本発明の目的は,周知の,特に前述の欠点をなくし,余分の出費を必要とせず,しかもかなり長時間に亘って効果が持続する前処理浴を用いて金属表面を前処理する方法を提供することである。」(2頁第4段落) (カ) 「ベントナイト等のモンモリロナイトは前処理浴内でできるだけ微細に分散される必要がある。」(3頁第2段落) (キ) 「前処理浴の調製においては,通常,化成反応を活性化させる成分を浴中3mg/閤(編注:□部分はなし。)から5g/閤(編注:□部分はなし。)の濃度に分散させる。分散系の安定性を向上させ,硬水が活性化作用に悪影響を及ぼすのを避けるために,アルカリ金属縮合リン酸塩,例えば,ピロリン酸塩やトリポリリン酸塩を含有させてもよい。効果を高めるための他の既知添加剤としては,特にゼラチン,ポリアクリル酸エステル及びその他の水溶性有機ポリマー等がある。 更に,例えば,pH値の調節及び安定化のためにアルカリ金属のオルトリン酸塩及びアルカリ金属の炭酸塩を添加してもよい。前処理浴のpH値は通常弱アルカリ性に調節し,ほとんどの場合,約7.1〜10とする」(3頁第3段落) (ク) 「化成反応を活性化させる成分とモンモリロナイトとしてのベントナイトを添加したアルカリ性の洗浄浴及び脱脂浴を前処理浴として使用することもできる。」(4頁第1段落) (ケ) 「リン酸亜鉛処理をする場合にはリン酸チタン若しくは第三級リン酸亜鉛を含有する前処理浴を,又はリン酸マンガン処理をする場合にはリン酸マンガン若しくはリン酸マンガン鉄(U)を含有する前処理浴を使用することができる。」(4頁第2段落) (コ) 実施例1には,鋼板表面を活性化するために,鋼板を,4g/閤(編注:□部分はなし。)のリン酸マンガン鉄(U)と4g/閤(編注:□部分はなし。)のNa4P 2O 7と3g/閤(編注:□部分はなし。)のベントナイトを含む水性前処理浴に室温で1分間浸漬して前処理し,次いで,リン酸マンガン溶液によりリン酸塩処理した例が記載され,実施例2には,亜鉛被覆した鋼板に,0.3g/閤(編注:□部分はなし。)のリン酸チタンと2.2g/閤(編注:□部分はなし。)のNa2HPO 4と0.5g/閤(編注:□部分はなし。)のNa 2CO 3と1g/閤(編注:□部分はなし。)のベントナイトを含む水性前処理浴で50℃で3秒間噴霧処理し,次いで,リン酸亜鉛溶液によりリン酸塩処理した例が記載されている。 イ 上記アの記載によれば,引用例1には,リン酸塩処理(注,本件発明1の「リン酸塩皮膜化成処理」に相当する。)前に化成反応を活性化させる成分(上記ア(ウ)にいう「固相活性化成分」)を含有する水性前処理浴により,浸漬処理もしくは噴霧処理で,鋼,亜鉛,アルミニウム等の金属表面を前処理(本件発明1の「表面調整」に相当する。)する方法において,従来技術の前処理浴は時間の経過とともにその効果が低下するという欠点があったのを,付加的にモンモリロナイトを含有させることにより,長時間にわたって効果が持続するようにするという発明が記載されていると認められる。そして,上記固相活性化成分としては,従来技術の前処理浴で用いられていたもの,具体的には,上記ア(エ)において先行技術文献名とともに挙げられた,それぞれ微細に分散された,リン酸チタン,リン酸亜鉛,リン酸亜鉛鉄(II),リン酸マンガン又はリン酸マンガン鉄(II)を用いるものと認められる。 これを本件発明1の構成に対応させてみれば,審決が認定したとおり,「甲第1号証(注,引用例1)には,リン酸塩処理前に化成反応を活性化させる成分を含有する水性前処理浴により金属表面を前処理する方法において,モンモリロナイトを含む前処理浴を金属表面に接触させる金属表面の前処理方法(注,摘記の記載については,省略。以下同じ)に係る発明が記載され,併せて,モンモリロナイトをベントナイトの形で含むこと,リン酸亜鉛溶液によるリン酸塩処理に先立って,微細に分散させた第三級リン酸亜鉛を含む前処理浴を金属表面に接触させること,リン酸マンガン溶液によるリン酸塩処理に先立って,微細に分散させたリン酸マンガンを含む前処理浴を金属表面に接触させること,及び,リン酸マンガン溶液によるリン酸塩処理に先立って,微細に分散させたリン酸マンガン鉄(II)を含む前処理浴を金属表面に接触させること,アルカリ金属縮合リン酸塩,例えば,ピロリン酸塩やトリポリリン酸塩,あるいは,アルカリ金属のオルトリン酸塩及びアルカリ金属の炭酸塩を含有させてもよいこと,及び,前処理浴のpH値は,殆どの場合,約7.1〜10とすること」(審決謄本10頁最終段落ないし11頁第1段落)が記載されているということができる。 上記ア(エ)記載の「第三級リン酸亜鉛」,「第三級リン酸亜鉛鉄(U)」,「リン酸マンガン」及び「リン酸マンガン鉄(U)」は,いずれも2価もしくは3価の金属のリン酸塩であるから,引用例1には,本件発明1の「2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子」が記載されているものの,リン酸塩粒子の粒径についての明示の記載はない。 (3) 進んで,上記粒径に関する本件出願当時の技術水準について検討する。 ア 引用例1の上記(2)ア(エ)の記載によれば,微細に分散させた2価もしく3価の金属のリン酸塩粒子を前処理液に用いるという技術は,本件出願当時,周知の技術事項であったことが明らかである。 イ 上記(2)ア(エ)の引用文献のうち,甲6文献には,以下の記載がある(乙2の訳文による。)。 (ア) 「1.鉄と鋼のリン酸塩化成処理法において,処理材の表面を難溶性2価リン酸塩の水性懸濁液と接触させる方法であって,表面をアルカリ処理及び/又は酸処理したあとに,リン酸マンガン処理液によるリン酸塩化成処理の前処理として,少なくとも一部がヒューリオライト(Hureaulith)からなる難溶性オルトリン酸マンガン(U)の微細に分散した水性前洗浄液を用いることを特徴とする方法。」(特許請求の範囲の請求項1,1欄第1段落) (イ) 「6.難溶性リン酸塩として少なくとも一部は5μm以下の粒径の難溶性リン酸塩を使用することを特徴とする特許請求範囲1乃至5のリン酸塩化成処理法。」(特許請求の範囲の請求項6,1欄第6段落) (ウ) 「周知の如く・・・リン酸マンガン溶液による化成処理の前処理として,少なくとも一部がヒューリオライトからなる難溶性のオルトリン酸マンガン(U)の微粒を分散させたものが用いられている。」(2欄第4段落) (エ) 「難溶性のオルトリン酸マンガン(U)としては,たとえばリン酸酸性のリン酸マンガン溶液を中性化する際にアルカリでpH7.5に調整したものが適している。・・・他の製造方法としては,リン酸塩を含まないマンガン塩溶液にダイ-又はトリ-ナトリウムリン酸塩を添加して行う。・・・この発明に基づく前洗浄処理の効果は明らかに分散したオルトリン酸マンガン(U)塩の結晶構造によって定まる。従って,オルトリン酸マンガン(U)は,少なくとも一部はヒューリオライトとして存在しなければならない。」(2欄第5段落ないし3欄第1段落) (オ) 「オルトリン酸マンガン(U)の活性作用は,更にその粒径に依存し,かつその粉砕度が増すにつれ活性作用も高まる。例えば,約50%が粒径3.5ミクロン以下であり,かつその粒径範囲の約90%が30ミクロン以下であるオルトリン酸マンガン(U)を用いた場合に極めて好ましい結果が得られた。しかしながら,それより粗い粒径のオルトリン酸マンガン(U)を用いても満足できる結果が得られる。」(3欄第2段落) (カ) 「G 前洗浄:2g/Lリン酸マンガン(U)(36%Mn:39%P2O 5;ヒューリオライトを含む;粒径:50%<3.8μm;90%<30μm),水中;90℃ 1分間浸漬;浴の攪拌を行う」(実施例,4欄第5段落) ウ 甲3文献には,以下の記載がある。 (ア) 「1.鉄又はスチールの表面上におけるリン酸マンガン皮膜の形成方法であって,前記表面は,前記表面を充分に湿らせる程度の時間,微細化不溶性オルトリン酸マンガン(U)の水溶性懸濁液により処理され,前記処理された表面は,従来の酸性リン酸マンガンコーティング水溶液によりリン酸塩処理される,リン酸マンガン皮膜の形成方法。」(特許請求の範囲の請求項1,4頁左欄第1段落) (イ) 「3.オルトリン酸マンガンの少なくとも一部は,ヒューローライトとして存在する,請求項1又は2記載のリン酸マンガン皮膜の形成方法。」(特許請求の範囲の請求項3,同第3段落) (ウ) 「4.オルトリン酸マンガンの粒子サイズは,前記オルトリン酸マンガンの50質量%が3.5μm未満であり,かつ90質量%が30μm未満である,請求項1〜3に記載のリン酸マンガン皮膜の形成方法。」(特許請求の範囲の請求項4,同第4段落) (エ) 「オルトリン酸マンガン(U)の粒子サイズは,できるだけ小さいものであるべきである。オルトリン酸マンガンの50%が3.5μm未満の粒子サイズを有し,かつ90%が30μm未満である場合に,非常に良好な結果が得られる。しかし,多少粗い粒子サイズのオルトリン酸マンガンを用いた場合でも,充分な結果が得られる。」(2頁左欄第1段落) (オ) 「G)前洗浄:2g/Lオルトリン酸マンガン(U)(36%Mn;39%P2O 5;ヒューローライトを含む;粒子サイズ;50%<3.8μm;90%<30μm)(H2O 中);90℃で,1分間浸漬;浴槽中かき混ぜる。」(実施例,2頁右欄第3段落) エ 鋼板又は亜鉛メッキ鋼板のリン酸塩皮膜形成法の発明に係る公開特許公報(昭和50年12月11日公開,甲14)には,以下の記載がある。 (ア) 「1)鋼板又は亜鉛メッキ鋼板にリン酸塩処理を行なうに際して,リン酸塩処理液を空気でアトマイジングして噴霧し鋼板又は亜鉛メッキ鋼板を処理することを特徴とするリン酸塩皮膜形成法。 2)特許請求の範囲1)に記載のリン酸塩処理の前工程として不溶性リン酸塩の水性コロイド液を薄く表面に塗布した後該リン酸塩処理を行うことを特徴とするリン酸塩皮膜形成法。」(特許請求の範囲の請求項1及び2 1頁左下欄) (イ) 「前処理に使用される不溶性リン酸塩の水性コロイドとしては,リン酸亜鉛,リン酸カルシウム等各種の不溶性リン酸塩が適当な分散剤を添加して水溶液中でコロイド化されたもので,取扱は容易で,安定性が非常によいものである。リン酸亜鉛皮膜を形成させる目的の場合には,リン酸亜鉛(Zn3(PO 4)2・4H 2O)が最も効果が大である。」(2頁右上欄第2段落) なお,コロイド粒子は,直径が0.001ないし0.5μmの粒子である(甲7)。 オ リン酸化成処理前の活性化用の前処理方法の発明に係るドイツ連邦共和国公開第2732385号明細書(1978年〔昭和53年〕6月29日公開,甲12)には,以下の記載がある。 (ア) 「100℃未満の温度において,リン酸マグネシウムを主成分とする5から10のpH値を有する水性懸濁液を用いた処理がなされ,その際前記懸濁液は流動され,リン酸マグネシウム濃度は 0.1から10g/閤(編注:□部分はなし。)の範囲であり,使用されるリン酸塩の粒子径は約50μmより下であって,その際少なくとも粒子の50%が約4μmよりも小さいことが示されることを特徴とする,鉄および鋼の,リン酸マンガンを用いたリン酸化成処理前の活性化用の前処理方法。」(特許請求の範囲の請求項1,2頁第1段落) (イ) 「前記懸濁液に含まれるリン酸マグネシウムの粒子径は約50μmよりも小さく,その際すくなくとも粒子の50%が約4μmよりも小さい粒子の大きさを有している。前記粒子径が上記値を超えると,次の処理工程で得られる皮膜の品質が劣化し,粒子の90%が5μmよりも大きい粒子の大きさを有する場合における上記品質はもはや受け入れられるものでない。」(8頁最終段落) カ 上記イ,ウのリン酸マンガン(オルトリン酸マンガン(U)),上記エのリン酸亜鉛及びリン酸カルシウム,上記オのリン酸マグネシウムが,いずれも2価の金属のリン酸塩であることは明らかである。そうすると,上記イないしオによれば,本件出願当時,リン酸塩皮膜化成処理の前段階として,「2価もしくは3価の金属のリン酸塩」の粒子を含む処理液を利用する処理の方法があること,その場合,前処理液中のリン酸塩の粒子の粒径が一定程度小さいものであることが望ましいことは周知技術であったと認められる。また,同方法で用いられるリン酸マンガン及びリン酸マグネシウムのような2価のリン酸塩について,少なくとも一部の粒子の粒径が3.5ないし5μm以下である場合に,良好な結果を得られることも周知技術であったと認めるのが相当である。 キ 以上認定の周知技術を総合すると,本件出願当時,2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子の粒径を「5μm以下」とし得ることは技術常識であったものと認められる。したがって,この技術水準を前提とすれば,引用発明1に接する当業者は,格別の思考を要するまでもなく容易に,リン酸塩皮膜化成処理の前処理液に含まれる2価もしくは3価の金属のリン酸塩について,「微細に分散させた」との記載から,当該リン酸塩の粒子の粒径が5μm以下のものを含むと理解し得るのであるから,引用発明1には,当該リン酸塩の粒子の粒径が「5μm以下」のものを包含した技術内容が開示されているものというべきである。 (4) 被告は,本件発明1の特許請求の範囲〔請求項1〕が規定する「粒径が5μm以下の少なくとも1種以上の2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子と・・・を含有し」との意義について,粒径が5μm以下の2価もしくは3価のリン酸塩粒子が1粒でも含まれていればよいとの意味ではなく,2価もしくは3価のリン酸塩粒子の大部分の粒子が5μm以下であることを意味すると主張する。そして,その根拠として,本件明細書において,「不溶性物質を水溶液中で安定に分散させるためにも本発明で用いられる2価もしくは3価の金属のリン酸塩の粒径は5μm以下であることが望ましい。ただし,仮に5μm以上の粒径の2価もしくは3価の金属のリン酸塩が本発明における表面調整用前処理液中に存在しても,本発明の効果に対しては何ら影響を与えることは無く,表面調整調整用水溶液中の5μm以下の微粒子の濃度が,ある濃度に達して初めてその効果が発揮されるのである。」との記載(段落【0020】)があること,実施例1ないし15については,ほぼすべての当該粒子が5μm以下であり,実施例16については,当該粒子について「0.31μmと6.5μmに粒度分布のピークがあり,6.5μmの粒子を20%含んでいた。」(段落【0059】)と記載されていることを挙げる。 しかし,本件発明1の特許請求の範囲〔請求項1〕に,粒径5μm以下の2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子について,2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子中の粒径5μm以下の粒子の割合を限定する旨の記載はない。すなわち,その技術的意義は,前処理液中に粒径5μm以下の2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子が含まれていることであって,前処理液中の2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子のうち,粒径が5μm以下の粒子の割合を問題とする記載はないから,被告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものというほかはない。 なお,本件において,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しなければならないような格別の事情は見当たらないが,念のため,発明の詳細な説明の記載を参酌したとしても,被告の主張は理由がない。すなわち,本件明細書の発明の詳細な説明中の実施例1ないし15は,5μmのペーパーフィルターで濾過した後の液を利用しているが,実施例16は,そのような濾過を経ていないものであり,同実施例では粒径を測定した結果,0.31μmと6.5μmに粒度分布のピークがあり,6.5μmの粒子を20%含んでいたとされ,その場合でも,本件発明1の要件を満たすものとされている。これによれば,2価もしくは3価の金属のリン酸塩粒子のうち,一定割合以上の粒子が粒径5μm以上である場合も,本件発明1に含まれる旨が発明の詳細な説明に記載されていることが明らかである。 したがって,発明の詳細な説明の記載を参酌しても,本件発明1において,2価もしくは3価のリン酸塩粒子について,大部分の粒子が5μm以下であるとは到底認められない。 (5) 被告は,特許無効審判において主張・参酌されていない甲6文献及び甲8ないし22を用いて本訴で新たな主張をすることは許されないとも主張する。 しかし,引用例1を主引用例として,本件発明1と引用発明1との相違点の有無及び相違点に係る容易想到性が争われている本件において,引用発明1の有する技術的意義を明らかにするために,審判の手続に現われていなかった資料に基づき,本件出願当時における周知技術ないし技術常識を認定することは,何ら差し支えがないものというべきである(最高裁昭和55年1月24日判決・民集34巻1号80頁参照)。したがって,被告の上記主張は理由がない。 (6) 以上によれば,相違点1についての審決の認定は誤りであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。 2 取消事由3(相違点2の認定の誤り)について (1) 前記1(2)イのとおり,引用例1には,リン酸塩処理前に化成反応を活性化させる成分を含有する水性前処理浴により金属表面を前処理する方法において,モンモリロナイトを含む前処理浴を金属表面に接触させる金属表面の前処理方法に係る発明が記載され,また,モンモリロナイトをベントナイトの形で含む発明が記載されている。 原告は,引用例1に記載されたモンモリロナイトないしベントナイトが,本件発明1の「アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子」に該当すると主張し,これを否定して本件発明1と引用発明1との相違点2を認定した審決は誤りであると主張するところ,モンモリナイトないしベントナイトが「アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子」に相当することは,被告も認めるところである。 (2) ところで,酸化物とは,「最も広義には酸素と他元素の化合物を意味するが,一般には酸素を酸化数-2の状態で含むものをいう。」(甲7文献)とされる。 モンモリロナイトは,A閤(編注:□部分はなし。)2O 3・4SiO 2・6H2Oなどと表されることもあり,また,ベントナイトは,Na-Caモンモリロナイトであり,モンモリロナイトの下位概念である(甲25文献)。信越化学工業株式会社出願の電気絶縁塗料組成物に関する特公平6-102777号公報(甲26)中には,金属の複酸化物としてベントナイトが含まれることを前提とした記載があり,住友金属工業株式会社出願の熱間加工用固体潤滑剤に関する特開昭64-16894号公報(甲27)中には,酸化物系層状物質,層状酸化物鉱物としてベントナイトが挙げられていることが認められる。そうすると,引用例1に接する当業者は,酸化物を広義にとらえ,モンモリロナイトないしベントナイトを酸化物として認識するものと認められる。 (3) また,モンモリロナイトは,「厚さ1nmで大きさが数百〜数千nmの薄い板状粒子で,厚さの部分(端面)はpHに依存する電荷を有し,その等電点のpHはおよそ8程度である。端面はpH<8で正電荷,pH>8で負電荷を有する。 また,面の部分はpHに左右されない負の電荷を有している。したがって,安定した分散状態を得るためには,粒子全体が全て負電荷になるようにしなければならない。」(平成10年発行「日本レオロジー学会誌Vol.26 No.2」100頁,甲34)とされるところ,引用例1中には,前記1(2)ア(キ)のとおり,「前処理浴のpH値は通常弱アルカリ性に調節し,ほとんどの場合,約7.1〜10とする」(3頁第3段落)との記載があるから,pHが8以上のものを含むことは明らかであり,引用例1においては,アニオン性(負)に帯電しているモンモリロナイトの記載があるということができる。また,引用例1においては,前記1(2)ア(カ)のとおり,「ベントナイト等のモンモリロナイトは前処理浴内でできるだけ微細に分散される必要がある。」(3頁第2段落)と記載されているのであるから,引用例1には,「アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子」が記載されているということができる。 (4) したがって,引用例1のベントナイトないしモンモリロナイトについて,アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子に相当しないとして,本件発明1の前処理液は「アニオン性に帯電し分散した酸化物微粒子,アニオン性の水溶性有機高分子,ノニオン性の水溶性有機高分子,アニオン性界面活性剤,およびノニオン界面活性剤の群から選ばれる少なくとも1種を含有している」のに対して,引用例1には,「当該成分の記載が見あたらない」点を相違点2とした審決の認定は誤りであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。 3 取消事由4(本件発明2ないし10についての進歩性の判断の誤り)について 審決は,本件発明2ないし8は,本件発明1又はその下位の発明を更に限定した発明であるとし,本件発明9及び10は,本件発明1又はその下位の発明の請求項を引用して特定した発明であるとして,本件発明1について引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができた発明であるとはいえないことを理由に,本件発明2ないし10についても,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができた発明であるとはいえないと判断した。しかし,本件発明1と引用発明1との相違点の認定が上記のとおり誤っているのであるから,本件発明2ないし10についての審決の上記認定判断には誤りがあり,その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。 被告は,本件発明2は,新規の技術的思想を有するものであって,原告が引用するいかなる先行文献にも開示されていない,また,本件発明4,6及び7の数値限定は設計的事項ではないとして,これらの各発明についての進歩性は否定されない旨主張するが,以上の説示に照らし,採用の限りではない。 4 以上のとおり,原告の取消事由1,3及び4の主張は理由があるから,その余の点について判断するまでもなく,審決は違法として取消しを免れない。 よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 宍戸充 |
裁判官 | 柴田義明 |