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関連審決 異議2002-71392
関連ワード 技術的思想 /  製造方法 /  加工方法 /  容易に発明 /  技術常識 /  参酌 /  置換 /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 100号 特許取消決定取消請求事件
原告 三井化学株式会社
訴訟代理人弁理士 大屋憲一,島村直己
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 井出隆一,佐藤健史,佐々木秀次,一色由美子,林栄二, 大橋信彦
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/11/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が異議2002-71392号事件について平成15年1月31日にした決定を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は,本件特許第3234700号「テトラシクロドデセン系重合体水素添加物及びその製造方法」(平成5年12月27日特許出願(平成5年特許願第332001号),平成13年9月21日に設定登録)の特許権者である。本件特許につき特許異議の申立てがあり,異議2002-71392号事件として審理され,その間の平成14年11月1日,特許請求の範囲等の訂正を請求したところ,平成15年1月31日に,「訂正を認める。特許第3234700号の請求項1ないし5に係る特許を取り消す。」との決定があり,その謄本は,同年2月19日原告に送達された。
2 本件発明の要旨(訂正請求に係るもの)【請求項1】一般式(化1)で表されるガラス転移温度が100℃以上であり,かつGPCで測定した重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比(Mw/Mn)が1.0〜1.8であるテトラシクロドデセン系重合体水素添加物。
【化1】 R4R3R2R1n X(式中R1〜R4 はそれぞれ同一であっても異なってもよく水素,炭化水素基,ハロゲン基,ハロゲン原子で置換された炭化水素基,ニトリル基,カルボキシル基,メチルカルボキシル基を表す。また,xは1〜3の整数を表し,nは10〜10,000の整数を表す。)【請求項2】一般式(化2)で表されるR1がメチル基,又はシアノ基であり,R2〜R 4がH基であることを特徴とする請求項1記載のテトラシクロドデセン系重合体水素添加物。
【化2】 R4R3R2R1n X【請求項3】一般式(化3)で表される少なくとも1種類のテトラシクロドデセン系単量体をリビング開環メタセシス触媒で重合した後に,水素添加触媒のもとに水素添加することを特徴とする一般式(化4)で表されるガラス転移温度が100℃以上であり,かつGPCで測定した重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比(Mw/Mn)が1.0〜1.8であり,重合度が10〜10,000であるテトラシクロドデセン系重合体水素添加物の製造方法
【化3】 R1R2R3R4X (式中R1〜R4はそれぞれ同一であっても異なってもよく水素,炭化水素基,ハロゲン基,ハロゲン原子で置換された炭化水素基,ニトリル基,カルボキシル基,メチルカルボキシル基を表す。また,xは1〜3の整数を表す。)【化4】 R4R3R2R1n X (式中R1〜R4はそれぞれ同一であっても異なってもよく水素,炭化水素基,ハロゲン基,ハロゲン原子で置換された炭化水素基,ニトリル基,カルボキシル基,メチルカルボキシル基を表す。また,xは1〜3の整数を表し,nは10〜10,000の整数を表す。)【請求項4】一般式(化5)で表されるR1がメチル基,又はシアノ基であり,R2〜R 4がH基であることを特徴とする請求項3記載のテトラシクロドデセン系重合体水素添加物の製造方法
【化5】 R4R3R2R1n X【請求項5】水素添加触媒がトリス(トリフェニルホスフィン)ロジウム(I)クロライドであることを特徴とする請求項3記載のテトラシクロドデセン系重合体水素添加物の製造方法
(以下,それぞれ請求項に対応して「本件発明1」,「本件発明2」などといい,合わせて「本件発明」という。) 3 決定の理由の要点 (1) 訂正は,所定法条に適合するので,これを認める。
(2) 決定で引用された刊行物 刊行物1:J.Am.Chem.Soc.Vol.114(1992),p.7295〜7296(本訴甲第4号証) 刊行物2:特開平1-132626号公報(本訴甲第5号証) 刊行物3:特開平3-109418号公報(本訴甲第6号証) 刊行物4:高分子学会高分子辞典編集委員会編集「新版高分子辞典」,株式会社朝倉書店,1988年11月25日発行,269頁「多分散性」の項(本訴甲第7号証) (3) 対比・判断 (3)-1 本件発明1について 本件発明1と刊行物1に記載された発明とを比較すると,両者は,テトラシクロドデセン系重合体である点で一致し,以下の点で相違している。
a.本件発明1は,シクロドデセン系重合体の水素添加物であるのに対して,刊行物1には,水素添加物が記載されていない点。
b.本件発明1は,ガラス転移温度が100℃以上であるのに対して,刊行物1には,水素添加物のガラス転移点が記載されていない点。
c.本件発明1は,GPCで測定した重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比(Mw/Mn)が1.0〜1.8であるのに対して,刊行物1には,水素添加物のMw/Mnが記載されていない点。
相違点a.について 刊行物2及び3に記載されているように,テトラドデセン系重合体に対し,耐熱安定性や耐光劣化性を考慮して水素を添加することによってテトラドデセン系重合体の水素添加物を得ることは,本件出願前に,当業者によく知られた技術的事項である。
そして,刊行物1において,同じテトラシクロドデセン系重合体が記載されている以上,刊行物2及び3に記載されているように,所期の目的をもってその水素添加物を得ることは,当業者が通常行う技術的事項にすぎず,その点に何ら技術的困難性を見いだすことはできない。
相違点bについて 刊行物2及び3には,テトラドデセン系重合体の水素添加物のガラス転移温度について記載されており,特に,刊行物3では,当該水素添加物のガラス転移温度について100℃以上が好ましいと明記されていることから,本件発明1のようにガラス転移温度を100℃以上とすることに何ら技術的困難性があるとは認められない。
相違点cについて 刊行物3には,テトラドデセン系重合体の水素添加物のMw/Mnが2.5以下であることが示されている一方で,実施例1において,開環重合体のMw/Mnが2.1で,その水素添加物のMw/Mnが2.1であること,すなわち,水素添加によってほとんどMw/Mnが変化しないことが示されている。
この点を考慮すると,刊行物1には,テトラシクロドデセン系重合体である[MTD]200の単独重合体(注:水素添加する前の重合体)のPDI(分散度)(このPDIは刊行物4からも明らかなとおり重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比(Mw/Mn)を示すものである。)が1.03であることが記載されている以上,本件発明1のようにMw/Mnを1.0〜1.8の範囲に限定することに何ら技術的困難性を認めることはできない。
そして,これらの効果は,刊行物1〜4の記載から,当業者が予想できる範囲のものである。
なお,相違点cについて,特許権者(原告)は,平成14年11月1日付け特許異議意見書において,実験成績証明書を添付して,水素添加することにより分子量分布(注:Mw/Mnに相当)が広くなることを示した上で,狭い分子量分布の重合体から一義的に分子量分布が得られるというわけではないと主張する。
確かに,特許権者(原告)が主張するように,実験成績証明書を参酌すると,実験例1の場合,当初Mw/Mn 1.42が水素添加によりMw/Mn 2.05(増加率44.4%),実験例2の場合,当初Mw/Mn 1.44が水素添加によりMw/Mn 1.95(増加率35.4%)水素添加によりMw/Mnが広くなっている。
しかしながら,刊行物1においてテトラシクロドデセン系重合体のMw/Mnが1.03のものが知られている以上,上記実験成績証明書の結果と同様な割合(増加率35.4〜44.4%)で水素添加後のMw/Mnが広くなったとしても,依然として,本件発明1がMw/Mnの範囲として示している1.0〜1.8の範囲に含まれると考えられることから,上記主張は採用しない。
したがって,本件発明1は,当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3)-2 本件発明2について 本件発明2は,訂正後の本件請求項1を引用し,かつ,テトラシクロドデセン系重合体の水素添加物の置換基を限定したものである。
しかし,刊行物1及び刊行物3には,R1がメチルであり,R 2〜R 4がH基であるテトラシクロドデセン系重合体点が記載されているから,本件発明2は,上記(3)-1と同様な理由により,当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3)-3 本件発明3について 本件発明3と刊行物1に記載された発明とを比較すると,両者は,テトラシクロドデセン系単量体をリビング開環メタセシス触媒(同じモリブデン系アルキリデン触媒を使用)で重合し,その重合度が200〜300である点で一致し,以下の点で相違している。
d.本件発明3は,さらに,シクロドデセン系重合体を水素添加して,シクロドデセン系重合体の水素添加物を製造しているのに対して,刊行物1には,水素添加に関する記載がされていない点。
e.本件発明3は,ガラス転移温度が100℃以上であるのに対して,刊行物1には,水素添加物のガラス転移点が記載されていない点。
f.本件発明3は,GPCで測定した重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比(Mw/Mn)が1.0〜1.8であるのに対して,刊行物1には,水素添加物のMw/Mnが記載されていない点。
相違点dについて 刊行物2及び3に記載されているように,テトラドデセン系重合体に対し,耐熱安定性や耐光劣化性を考慮して水素を添加することによってテトラドデセン系重合体の水素添加物を得ることは,本件出願前に,当業者によく知られた技術的事項である。
そして,刊行物1において,同じテトラシクロドデセン系重合体を製造する方法が記載されている以上,刊行物2及び3に記載されているように,水素を添加してその水素添加物を製造する方法とすることは,当業者が通常行うことであり,その点に何ら技術的困難性を見いだすことはできない。
相違点eについて ガラス転移点については,上記(3)-1の相違点bで記述したとおりである。
相違点fについて テトラドデセン系重合体の水素添加物のMw/Mnについても,上記(3)-1の相違点cで記述したとおりである。
そして,これらの効果は,刊行物1〜4の記載から,当業者が予想できる範囲のものである。
したがって,本件発明3は,当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3)-4 本件発明4について 本件発明4は,訂正後の本件請求項3を引用し,かつ,テトラシクロドデセン系重合体の水素添加物の置換基を限定したものである。
しかし,刊行物1及び刊行物3には,R1がメチルであり,R2〜R4がH基であるであるテトラシクロドデセン系重合体点が記載されているから,本件発明4は,上記(3)-3と同様な理由により,当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3)-5 本件発明5について 本件発明5は,訂正後の本件請求項3を引用し,かつ,水素添加触媒を限定したものである。
しかし,刊行物2には,水素添加触媒として,クロロトリス(トリフェニルホスフェン)ロジウムが記載されているから,本件発明5は,上記(3)-3と同様な理由により,当業者が容易に発明をすることができたものである (4) 決定の結論 したがって,本件発明1ないし5は,刊行物1〜4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
原告主張の決定取消事由
1 取消事由1(相違点aの判断の誤り) (1) 決定は,相違点aについて,「刊行物2及び3に記載されているように,テトラドデセン系重合体に対し,耐熱安定性,耐光劣化性を考慮して水素を添加することによってテトラドデセン系重合体の水素添加物を得ることは,当業者によく知られた技術的事項である。そして,刊行物1において,同じテトラシクロドデセン系重合体が記載されている以上,刊行物2及び3に記載されているように,所期の目的をもってその水素添加物を得ることは,当業者が通常行う技術的事項にすぎず,その点に何ら技術的困難性を見いだすことはできない。」と判断した。しかし,この判断は,誤りである。
(2) 刊行物1記載の発明は,ブロック共重合体フィルム中の球状ミクロドメイン内に均一に分散した単一の銀ナノクラスターの合成に関するものであるから,上記銀ナノクラスターと本件発明1のテトラシクロドデセン系重合体水素添加物とは,構造,形状において異なるものである。本件発明1に関連して刊行物1に記載されているのは,[NORPHOS]60[MTD] 300に2当量のAg(Hfacac)(COD)を加え,さらに[MTD]200(メチルシクロオクタドデセンの200量体)のホモポリマーを加えてポリマー混合物である[Ag2(Hfacac) 2(NORPHOS)] 60[MTD] 300/[MTD] 200(以下「Ag-1」ともいう。)などの銀ナノクラスターを得ることである。上記[MTD]200は,本件発明1のテトラシクロドデセン系重合体の水素添加物の原料となり得る化合物の一つであるが,刊行物1は,[MTD]200ホモポリマーを,Ag-1などの銀ナノクラスターの原料として記載しているのみであって,[MTD]200ホモポリマーの水素添加について触れるところはない。刊行物1記載の発明において[MTD]200ホモポリマーは,銀ナノクラスターのAg(Hfacac)(COD)[MTD]200を溶解させるために添加されるのであって,耐熱性を高めるためにこれを水素添加物とする必要性はない。[MTD]200ホモポリマーを水素添加すると,二重結合がなくなるため,例えばポリマーの極性が変わってしまうので,反応に用いる溶媒であるベンゼンとの溶解性や,銀化合物あるいはブロックコポリマーとの相互作用が変化すると考えられ,刊行物1記載の発明で目的とする銀ナノクラスターが得られるかどうかはわからない。
したがって,刊行物1には,本件発明1とは関連のない銀ナノクラスターの原料となるポリマー混合物に含まれる1成分として使用されるメチルテトラシクロドデセン重合体が記載されるにすぎず,それに水素を添加するという技術思想は認識されていない。
被告の提出した乙第1号証は,側鎖液晶ポリマーブロック及びアモルファスポリマーブロックを含むABタイプのブロックコポリマーからなる液晶高分子に関するものであり,銀ナノクラスターに関する刊行物1と同じく,本件発明1とは関連のない技術分野での文献である。刊行物1と同様,乙第1号証に水素添加は記載も示唆もない。
要するに,本件発明1と刊行物1及び乙第1号証記載の発明との技術分野が異なり,刊行物1等に記載されたメチルテトラシクロドデセン重合体は水素添加の原料として認識されていないのである。刊行物1等において,メチルテトラシクロドデセンに水素を添加するという技術思想が認識されていない以上,刊行物1記載の発明からテトラシクロドデセン系重合体水素添加物が容易に導き出されるという前提に基づく決定の判断は,誤りである。
2 取消事由2(相違点cの判断の誤り) (1) 決定は,相違点cについて「刊行物3には,テトラドデセン系重合体の水素添加物のMw/Mnが2.5以下であることが示されている一方で,実施例1において,開環重合体のMw/Mnが2.1で,その水素添加物のMw/Mnが2.1であること,すなわち,水素添加によってほとんどMw/Mnが変化しないことが示されている。この点を考慮すると,刊行物1には,テトラシクロドデセン系重合体である[MTD]200の単独重合体・・・のPDI(分散度)(・・・(Mw/Mn)を示すものである。)が1.03であることが記載されている以上,本件発明1のようにMw/Mnを1.0〜1.8の範囲に限定することに何ら技術的困難性を認めることはできない。」と判断した。しかし,この判断は,誤りである。
(2) 刊行物1には,テトラシクロドデセン系重合体に水素添加するという技術的思想がなく,したがって,あるMw/Mn(分散度)のテトラシクロドデセン系重合体に水素添加して得られる物質の分散度を議論するまでもなく,本件発明1は,当業者が容易に発明できたものではないことは明らかである。
決定は,本件発明1の水素添加後のMw/Mnを1.0〜1.8に限定することに何ら技術的困難性を認めないと述べているが,刊行物1には,水素添加を示唆したり,記載するところがなく,また刊行物3には,Mw/Mnが2.5以下,具体的には2.1,2.2及び2.3だけが示されているのみであって,本件発明1の分散度が1.8以下のものについては触れるところがない。また,本件発明1の分散度が1.8以下のものについて示唆すらするものではない。
したがって,刊行物3単独でも,あるいは刊行物1と刊行物3を組み合わせてみても,Mw/Mnが1.0〜1.8の水素添加物を得ることを動機づけることにはならない。
いずれにしても,刊行物1から出発して本件発明1に到達するのは不可能であるといっても過言ではない。
(3) 被告は,刊行物3の実施例1には,周知の方法により水素添加をすると,水素添加前と水素添加後において,分散度が変化しないことが示されているから,刊行物1に記載された[MTD]200ホモポリマーを周知の方法により水素添加すると,Mw/Mnの値が変化しないと解すべきであると主張する。
しかし,ポリマーに対して行った反応が分散度にどのように影響するかは,その分散度によって異なるものであり,ある分散度のポリマーにおける反応前後の分散度が共に2で変化がないからといって,それと異なる分散度のポリマーにおける反応前後の分散度の変化がないといえないのは当然である。
また,分散度の値が同じであるということは,分子量分布が同じであるということではない,すなわち,分散度の値によって分子量分布(どのような分子量のポリマーがどれだけ存在するか)は一義的に定まるわけではない。したがって,ある分散度の値を有するポリマーを反応させたとき,分散度にどのような影響を与えるのか推測すらできないことは,明らかである。
以上からして,あるテトラシクロドデセン系重合体の水素添加により生じた分子量分布の変化が別のテトラシクロドデセン系重合体でも生じると考えることは,理論的根拠もなく失当である。
(4) 被告は,刊行物3に記載されたノルボルネン系モノマーの開環重合体の水素化反応について記載された一般的な反応条件が,刊行物3の実施例1に記載された条件を含むものであるから,刊行物3に記載された周知の方法により水素添加すれば,水素添加前後でMw/Mnが変化しないことが示されていると主張する。
しかしながら,刊行物3に記載された水素添加反応の条件には,多くの水添触媒とともに,均一系,不均一系,水素圧1〜200気圧,0〜250℃という幅広い反応条件が記載されているから,上記のとおり,Mw/Mnが1.0〜1.8という狭い分子量分布を持った本件発明1の水素添加物の調製にこのような幅広い反応条件を適用した場合に,いかなる分子量分布を有する水素添加物が得られるかは予測すらできないことである。
(5) 原告が提出した実験成績証明書(甲第10号証の5)について,決定は,「刊行物1においてテトラシクロドデセン系重合体のMw/Mnが1.03のものが知られている以上,上記実験成績証明書の結果と同様な割合(増加率35.4〜44.4%)で水素添加後のMw/Mnが広くなったとしても,依然として,本件発明1がMw/Mnの範囲として示している1.0〜1.8の範囲に含まれると考えられる」と認定判断した。
しかし,分散度が小さいポリマーの場合には,溶媒に溶けにくくなるため,水添時不均一系となりやすく,水素添加反応が困難になるとともに,水添反応において起こり得るラジカル反応的な分解反応による分子量の低下あるいは2分子以上の分子の結合による分子量の増加のために多くの分子種が生じて,分散度が増加し,分子量分布が広がる。例えば,甲第9号証の実験例3では,水素添加前後での分散度が1.16から2.04に増加しているのである。
分散度が小さいポリマーの場合には分散度がより増加するのであり,刊行物3の記載に基づいてMw/Mnが1に近い開環重合体を用いた場合に,水添前後で変化しないというような経験則など存在し得ないから,刊行物1記載の分散度が1.03であるテトラシクロドデセン系重合体の分散度が,増加したとしても水添後1.0〜1.8の範囲に含まれるとの認定は,根拠がない。
以上のとおり,刊行物1に記載された[MTD]200ホモポリマーで分散度が1.03のものの水添反応で得られる水素添加物の分散度は,予測することができない。
3 結論 以上述べたとおり,刊行物1に記載された銀ナノクラスターの原料として記載されているメチルテトラシクロドデセンのホモポリマーである[MTD]200を刊行物1の記載から抽出し,さらに[MTD]200ホモポリマーと本件発明1との相違点を刊行物2〜4で補って,本件発明1は刊行物1〜4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとした決定の認定は,本件発明1の新たな技術思想が達成された後に本件発明1の予備知識をもって刊行物1記載のメチルテトラシクロドデセンのホモポリマーから出発して,一連の容易な段階により成し遂げられたことを示す本件発明1の事後分析にほかならない。
さらにまた,[MTD]200 ホモポリマーの分散度が1.03であるからといって,このものを水素添加した場合に得られる水素添加物の分散度が1.0〜1.8の範囲にあることを予測することができたとはいえない。
よって,本件発明1は,刊行物1〜4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの決定の結論については,その結論に至る理由及びその理由の前提となる事実認定に誤りがあり,決定は取消しを免れない。
以上の取消事由によれば,本件発明2〜5が刊行物1〜4に記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたとの判断も,前提に誤りがあることになる。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点aの判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲第4号証)は,「ブロック共重合体フィルム中の球状ミクロドメイン内に均一に分散した単一の銀ナノクラスターの合成」(7295頁左欄タイトル及び右欄第1段落)に関するものであるが,そこには,そのブロック共重合体フィルムである[Ag2(Hfacac) 2(NORPHOS)] 60[MTD] 300/[MTD] 200の原料の一つとして「[MTD] 200ホモポリマー(PDI(多分散度)=1.03)」が用いられたことの記載が認められる(同頁右欄の式(2)の下部分)。
ここで「[MTD]200ホモポリマー」とは「メチルテトラシクロドデセン」(同欄8行)の200量体であり,本件発明1のテトラシクロドデセン系重合体水素添加物の水素添加される原料化合物のテトラシクロドデセン系重合体の一つに相当することは明らかである。
そして「PDI(多分散度)=1.03」の「PDI(多分散度)」とは,本件発明1の「重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比(Mw/Mn)」であり(刊行物4=甲第7号証269頁「多分散性」の項),「GPC(ゲル透過クロマトグラフィー。乙第2号証(新版高分子辞典)197頁「重量分布」の項)で測定した」ものである。
以上のとおり,刊行物1には,本件発明1のテトラシクロドデセン系重合体のうちの一つの重合体物質であって,Mw/Mn(分散度)が1.0〜1.8の範囲内である1.03の物質が記載されていると認められる。
さらに,本件発明1のテトラシクロドデセン系重合体であって,分散度が1付近の物質は,他に乙第1号証にも記載されている。すなわち,乙第1号証(注)は「リビング開環メタセシス重合により製造される側鎖液晶重合体の分析,非晶性で側鎖液晶重合体ブロックを有するABブロック共重合体の分析」(1387頁タイトル)に関するもので,その表1下から2行に,MTD(メチルテトラシクロドデセン)のホモポリマーであってGPCで測定したPDI(分散度)が1.07,Mn(重量平均分子量)が19995の物質が記載され,その重合度は100を超える程度(モノマーの分子量174でMw又はMnを除した数値)であると認められる。したがって,この物質は,本件発明1のテトラシクロドデセン系重合体の一つであって分散度が1.0〜1.8の範囲内である1.07の物質であると認められる。
(注)乙第1号証 Zen komiya 外1名「Synthesis of Side Chain Liquid Crystal Polymers by Living Ring-Opening Metathesis Polymerization. 4. Synthesis of AB Block Copolymers Containing Amorphous and Side Chain Liquid Crystal Blocks」Macromolecules26巻6号, American Chemical Society 1993年3月15日発行1387〜1392頁 そして,刊行物1は「ブロック共重合体フィルム」に関する技術を記載した文献であるが,そのフィルム自体や,さらにそのフィルムの原料に用いられた[MTD]200ホモポリマーなどはテトラシクロドデセン系重合体であり,したがって,刊行物1はテトラシクロドデセン系重合体に関する文献ということができる。また,乙第1号証は「ブロック共重合体」等に関する技術を記載するものであるが,そのブロック共重合体自体や,さらにその原料に用いられたMTDのポリマーもテトラシクロドデセン系重合体であり,したがって,乙第1号証もテトラシクロドデセン系重合体に関する文献といえる。
してみると,テトラシクロドデセン系重合体であって,分散度が1.0〜1.8の物質は,テトラシクロドデセン系重合体の技術分野において,本件出願前に公知の物質であったということができる。
(2) 一方,テトラシクロドデセン系重合体及びその水素添加物が共に本件出願前公知の物質であることは,例えば,刊行物2(甲第5号証)の従来技術に「メタセシス触媒によるテトラシクロドデセン系炭化水素化合物の単独,又はノルボルネン系炭化水素化合物による開環(共)重合体を水素添加して得られる重合体・・・が知られている。」(2頁左上欄〜右上欄)と記載されているとおり,明らかである。
そして,テトラシクロドデセン系重合体及びその水素添加物について,刊行物2,3(甲第5,第6号証)から,以下のとおり認めることができる。
刊行物2(甲第5号証)は,右の一般式(ただし,式中,A及びBは水素原子又は炭素数Rは1〜10の炭化水素基,X及びYは水素原子,炭素数1〜10の炭化水素基,ハロゲン原子,ハロゲン原子で置換された炭素数1〜10の炭化水素基,・・・を示し,X及びYの少なくとも1つは水素原子又は炭化水素基から選ばれる基以外の基・・・である。・・・nは0〜10の整数を示す。)で表される少なくとも1種の化合物の重合体又は該化合物と他の共重合体モノマーとを重合させて得られる重合体を,水素添加して得られる重合体からなる光学材料に関するものであるが,そこには「メタセシス開環重合によるテトラシクロドデセン系炭化水素化合物の単独,又はノルボルネン系炭化水素(共)重合体を水素添加して得られる重合体は,複屈折性,吸湿性及び耐熱性の点においては改善されている」(2頁左下欄)こと,「極性基を有するノルボルネン誘導体の開環(共)重合体からなる光学材料は・・・ポリマーの構造に不飽和二重結合を含むため,長期の耐久性が懸念される問題を有している。」(2頁左下欄〜右下欄)こと,そして「水素添加することにより,得られる(共)重合体は優れた熱安定性を有するものとなり,その結果,成形加工時や製品としての使用時の加熱によってその特性が劣化することがない。水素添加率は,通常,50%以上,好ましくは70%以上,さらに好ましくは80%である。水素添加率が50%未満の場合には,熱安定性の改良効果が小さい」(9頁右下欄)ことが記載されている。
AXYBn 刊行物3(甲第6号証)はノルボルネン系モノマー開環重合体の水素添加物に関するものであるが,そこには,「光ディスクなどの光学用透明基板・・・の用途にテトラシクロドデセン,ジシクロペンタジエンなどのノルボルネン系モノマーの開環重合体の水素添加物が注目されている・・・。その理由は,これらの水素添加物が透明性や耐熱性に優れ,低吸水性で複屈折が小さいこと,また,高流動性で,離型性が良好なことなど成形性に優れているからである」(1頁右下欄〜2頁左上欄)こと,「水素添加率は,耐熱劣化性,耐光劣化性などの観点から,90%以上,好ましくは95%以上,特に好ましくは99%以上とする」(4頁左上欄8〜10行)こと,さらに,「本発明の成形材料は,射出成形,プレス成形,押出成形,回転成形など一般的な熱可塑性樹脂の加工方法が可能である。そして,本発明の成形材料は,光ディスク基材(基板,ハブ,スペーサー等)レンズ,光ファイバー,発光ダイオード用封止材,各種カバー用ガラス,窓ガラス,アイロンの水タンク,電子レンジ用品,液晶表示用基板,プリント基板,透明導電性シート及びフィルム,注射器,ピペット,アニマルゲージ,ハウジング類,フィルム,ヘルメット等に用いることができる」(6頁右下欄)ことが記載されている。
以上の記載から,テトラシクロドデセン系重合体は,構造に不飽和二重結合を含み長期の耐久性が懸念されるという問題を有しているが,水素添加により耐熱劣化性,耐光劣化性が優れたものになること,その水素添加物は,透明性や耐熱性に優れ,低吸水性で複屈折が小さく,高流動性で離型性が良好なことなど,成形性に優れている物質であること,光学用透明基板等の上記各種用途に用いられるものであることが認められる。
(3) してみると,テトラシクロドデセン系重合体に包含される刊行物1に記載されたメチルテトラシクロドデセンのホモポリマーは,長期の耐久性が懸念される問題を有していること,しかし,その水素添加物は,耐熱劣化性,耐光劣化性が改善され,透明性や耐熱性に優れ,低吸水性で複屈折が小さく,高流動性で離型性が良好なことなど成形性に優れているものであり,光学用透明基板等の上記各種用途に用いられるものであると認められる。
したがって,上記技術常識を有するテトラシクロドデセン系重合体の技術分野の当業者にとって,刊行物1に記載されたメチルテトラシクロドデセンのホモポリマーについて,上記問題が解決され,上記特性及び用途を有する水素添加物を得ようとすることは,通常のことであると認めることができ,相違点aについてした決定の判断に誤りはない。
2 取消事由2(相違点cの判断の誤り)について (1) 刊行物3は,上記のとおり,ノルボルネン系モノマー,すなわちテトラシクロドデセン,ジシクロペンタジエンなど,開環重合体の水素添加物に関して記載するものであるが,そこには,「該水素添加物の高速液体クロマトグラフィーにより測定した数平均分子量(Mn)が20,000〜50,000,重量平均分子量(Mw)が40,000〜80,000,分子量分布(Mw/Mn)が2.5以下であり,かつ,該水素添加物中に含まれる揮発成分が0.3重量%以下であることを特徴とする成形用材料」(特許請求の範囲(1))について,「数平均分子量(Mn)及び重量平均分子量(Mw)が上記範囲より大きいと,複屈折が劣り,かつ,成形性が悪くなり,グループ転写性も不良となる。数平均分子量(Mn)が小さいと,機械的強度が劣り,また,分子量分布(Mw/Mn)が大きいと,複屈折が大きくなる」(3頁左上欄)ことが記載されている。
以上の記載によれば,テトラシクロドデセン系重合体の水素添加物において,分散度が2.5より小さいものが望まれていたことが認められる。
さらに,重合体の性質の均一性等の観点から,分散度が1に近い重合体を得ることが望まれていたことは明らかであるから,分散度の値が2.5より小さい,単分散に近い範囲のテトラシクロドデセン系重合体の水素添加物の重合体を得ることは,当業者にとって自明な課題であったと認められる。
本件発明1に係るテトラシクロドデセン系重合体の水素添加物の一般式のRには極性基及び非極性が含まれ,その重合度は10〜10000と広範な物質が含まれる上,それらの性質ないし用途について,訂正明細書(甲第3号証の2)には,本件発明1のテトラシクロドデセン系重合体水素添加物について,「高いガラス転移温度と狭い分子量分布を有し,分子量が均一であり,耐熱性のポリマーとして期待できる。」(【0029】【発明の効果】)として,「ガラス転移温度が100℃以上であり,かつGPCで測定した重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比(Mw/Mn)が1.0〜1.8である」という本件発明1の構成を単に言い換えたにすぎない効果を記載するにすぎない。訂正明細書のその余の記載を検討しても,本件発明1に係るテトラシクロドデセン系重合体の水素添加物の分散度を「1.0〜1.8」の数値範囲に限定した点に,従来知られた性質ないし用途に比して格別のものを認めることはできず,ましてその臨界的意義も認めることはできない。
してみると,本件発明1において分散度を単分散からそれに近い範囲である「Mw/Mnを1.0〜1.8」の数値範囲に限定することには,技術的困難性を認めることができない。
(2) そして,分散度が1.0〜1.8の本件発明1のテトラシクロドデセン系重合体の水素添加物は,刊行物1等により知られた分散度が1.03ないし1.07のような,分散度が1に近い本件発明1のテトラシクロドデセン系重合体を本件出願時に慣用されている水素添加により容易に得ることができるものであると認められることは以下のとおりであり,さらに,その水素添加反応により得られるものの分散度が1.8を超える場合にも,それを「分別精製すれば単分散に近い分布を持つポリマーが得られる」(乙第2号証197頁「重量分布」の項)と記載されるとおり,本件出願時に慣用の分別精製技術を用いることにより容易に得ることができるものと認められる。
(3) 刊行物3の実施例1において,本件発明1のテトラシクロドデセン系重合体の一つであると認められるエチルテトラシクロドデセンの開環重合体(「トルエンを溶剤に用いた高速液体クロマトグラフィー(HLC)分析・・・で,・・・分子量(ポリスチレン換算)を測定した結果,Mn:2.9×104,Mw:6.1×104,Mw/Mn:2.1」(7頁右上欄7〜13行)を「シクロヘキサン150部に溶解し,500l(リットル)オートクレーブ中でパラジウム/カーボン触媒(担持量:5%)0.6部を加え,水素圧70kg/cm2,温度140℃で4時間,水素添加反応を行った。・・・得られた水素添加物の水素添加率は,・・・99%以上であった。HLC分析で分子量を測定した結果,Mn:2.9×104,Mw:6.2×104,Mw/Mn:2.1であった」(7頁右上欄〜左下欄)ことが記載されている。
以上の記載によれば,エチルテトラシクロドデセンの開環重合体は,水素添加前後につき,高速液体クロマトグラフィーにより測定したところによれば,その分散度は共に2.1と変わらないことが認められ,これは,Mwがわずかに増加するものの,Mnは変わらないこと,すなわち各分子量の水素添加前後の変化は大きくないことによるものと認めることができる。
そして,上記実施例1における水素添加反応及びその反応条件等は,本件出願時において慣用されているものであると認められる。
すなわち,刊行物3(甲第6号証)には「ノルボルネン系モノマーの開環重合体の水素添加物は,周知の水素添加触媒を使用することにより製造される。水添触媒としては,オレフィン化合物の水素化に際して一般に使用されているものであれば使用可能であり,例えば,・・・ニッケルアセチルアセトナート/トリイソブチルアルミニウム,パラジウム-カーボン,・・・等を挙げることができる。水素化反応は,触媒の種類により均一系又は不均一系で,1〜200気圧の水素圧下,0〜250℃で行われる。水素添加率は,耐熱劣化性,耐光劣化性などの観点から,90%以上,好ましくは95%以上,特に好ましくは99%以上とする。」(3頁右下欄〜4頁左上欄)と記載され,周知の水素添加における触媒を用いて実施されているものと認められる。そして,刊行物2(甲第5号証)に「メタセシス開環重合で得られる重合体の水素添加反応は通常の方法によって行われる。」(9頁左下欄)と記載され,具体的には「この水素添加反応において使用される触媒は,通常のオレフィン性化合物の水素添加反応に用いられているものを使用することができる。例えば,不均一系触媒としては,パラジウム・・・などの触媒物質を,カーボン・・・などの担体に担持させた固体触媒などが挙げられる。また,均一系触媒としては,ナフテン酸ニッケル/トリエチルアルミニウム・・・などを挙げることができる。水素添加反応は,常圧〜300気圧,好ましくは3〜150気圧の水素ガス雰囲気下において,0〜180℃,好ましくは20〜150℃で行うことができる。」(9頁左下欄〜右下欄)と記載されている。
このように,刊行物3の実施例1に記載された水素添加反応における反応条件等は,刊行物2において通常の方法と記載された反応条件等に相当するから,刊行物3の実施例1に記載された水素添加反応及びその反応条件等は本件出願時に慣用されていたものと認めることができる。そうすると,前記のように,エチルテトラシクロドデセンの開環重合体の慣用の水素添加方法においては,水素添加反応の前後においてMn及びMwの値がほとんど変化しないのであるから,類似の構造を有する刊行物1に記載されたメチルテトラシクロドデセンのホモポリマーの慣用の水素添加方法においても,水素添加反応の前後においてMn及びMwの値がほとんど変化しないものと推断することができる。
(4) 原告は,テトラシクロドデセン系重合体の水素添加反応においては,水素添加以外に重合鎖が切断したり,2以上の分子が結合するなど,分子量が大きく変わる副反応が生じ,特に分散度が小さいものは反応後に分散性が大きくなるのであって,刊行物3の実施例1において分散度が2.1で変わらないからといって,分散度が小さい1.0〜1.8の重合体の水素添加の前後において分散度が変わらないとはいえないと主張する。
しかし,刊行物3の実施例1に記載されたエチルテトラシクロドデセンの開環重合体の水素添加反応において,その不飽和二重結合への水素添加反応以外に,重合鎖が切断したり,2以上の分子が結合する等分子量が大きく変わるなどの副反応が分子量の分布を変えるほど生じること,さらにその副反応において,多くの分子量が異なる分子種が生じ分子量の分布を変えるにもかかわらず,MnやMwの値はほとんど変化しないように反応生成物が生じることを裏付ける事実は,これを認めるべき証拠がないので,原告の主張は理由がない。。
(5) 甲第9号証の実験成績証明書の実験例3において,水素添加の前後でMw/Mnが1.16から2.04に増加した実験結果が示されているが,この例で用いられた水素添加触媒(テトラ(トリフェニルホスフィン)ルテニウムジハイドライド)は,上記刊行物2,3に周知の水素添加触媒として例示されたものではなく,また,訂正明細書において例示された水素添加触媒でもないし,また,重合体に対する溶媒量も,本件発明1の実施例及び甲10号証の4の実験成績証明書,刊行物2,3におけるものに比して多量であるなど,水素添加条件が慣用のものであるとは認められない。このような水素添加条件を用いた甲第9号証の実験成績証明書の例によっては,分散性の値が特定の水素添加条件によっては増加する場合があり得ることが示されるにとどまり,この例の結果から,慣用の水素添加反応において,1に近いテトラシクロドデセン系重合体の分散度が水素添加後に2を超えるほど増加するものであって,分散度が1.0〜1.8のものは得られないということはできない。
(6) 以上のとおり,分散度が1.0〜1.8の本件発明1に係るテトラシクロドデセン系重合体の水素添加物は,刊行物1等により知られた分散度が1.03ないし1.07のような分散度が1に近い本件発明1のテトラシクロドデセン系重合体を,本件出願時に慣用されている水素添加反応をすることにより容易に得られるものであると認められる。
(7) よって,相違点cについてした決定の判断にも,原告主張の誤りがあるということはできない。
結論
以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 古城春実