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関連審決 無効2002-35105
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事件 平成 15年 (行ケ) 73号 審決取消請求事件
原告 ルカトロン・ジャパン株式会社
同訴訟代理人弁理士 丸山幸雄
被告 チェックポイントシステムズ インコ ーポレイティッド
同訴訟代理人弁護士 熊倉禎男
同 辻居幸一
同 竹内麻子
同 相良 由里子
同訴訟代理人弁理士 西島孝喜
同 北村周彦
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/11/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が無効2002-35105号事件について平成15年1月17日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
前提となる事実(証拠を摘示したもの以外は,当事者間に争いがない。)
1 特許庁における手続の経緯 (1) Aは,発明の名称を「電子的に検知可能で不作動化可能な標識及びその標識を用いた電子安全装置」とする発明につき,昭和59年4月23日米国で国際出願(以下「本件国際出願」という。)をし,同出願につき,昭和60年12月23日,出願翻訳文(以下「本件出願翻訳文」という。)を提出した。特許庁は,上記出願につき特許の査定をし,平成4年7月13日,これを特許第1677440号として設定登録した(以下,この特許を「本件特許」という。)。Aは,その後,後記審判請求時より前に,本件特許に係る特許権を被告に譲渡し,被告はその特許権者となった(甲1ないし3及び弁論の全趣旨)。
(2) 原告は,平成14年3月25日,特許庁に対し,本件特許の請求の範囲1項ないし8項を無効とすることを求めて審判の請求をした(甲1)。
(3) 特許庁は,上記請求を無効2002-35105号事件として審理をした上,平成15年1月17日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は同年1月29日に原告に送達された(甲1,弁論の全趣旨)。
2 本件特許に係る明細書の請求の範囲の記載は,次のとおりである(ただし,括弧書き部分を除く。以下,請求の範囲1項ないし8項に係る発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明8」といい,これらをまとめて「本件発明」という。
請求の範囲9項ないし13項は省略)。なお,請求の範囲1項は,本件発明の必須要件項であり,同2項ないし8項はその実施態様項である。
請求の範囲1】 誘電材からなる平らな基板14,42,62と,前記基板上に平面回路状に形成され,所定の範囲内の標識回路検知用周波数で共振する同調回路と,前記基板上の導電部であって,前記基板の両対向面にほヾ対応して位置し前記同調回路のコンデンサを形成する導電部10,12;22,24;46,50;66,74;10a,12a;22a,28aと,前記導電部のいくつかの間にある不作動化領域とを備え, 前記不作動化領域は,前記同調回路が十分なエネルギーの不作動化用周波数で電磁場にさらされると絶縁破壊を生じて,前記検知用周波数で(での)前記同調回路の共振特性を破壊する (破壊もしくは変化させる),電子的に検知可能で不作動化可能な標識において,前記不作動化領域が,前記いくつかの導電部の間にあって前記いくつかの導電部を相互に絶縁している誘電材部分からなり,この誘電材部分は,アーク放電がそれに沿って生じる放電路を形成し,前記アーク放電は,前記不作動化用周波数での前記電磁場に応答し,前記誘電材を貫通して前記いくつかの導電部の間で生じて,前記検知用周波数で (での)前記同調回路の共振特性を破壊もしくは変化させることを特徴とする電子的に検知可能で不作動化可能な標識。
請求の範囲2】 前記不作動化領域が,前記いくつかの導電部の少なくとも1つ12;24;50;72;28aに設けられた凹部20;32;56;82;24aから形成され,前記いくつかの導電部(10,12;22,24;40,50;10a,12a;22a,28a間の前記凹部での距離が,前記凹部以外の場所での距離に比べて短いことを特徴とする請求の範囲第1項記載の電子的に検知可能で不作動化可能な標識。
請求の範囲3】 前記アーク放電が,前記いくつかの導電部12;24;50;70の1つと前記同調回路との結線を破断して,前記検知用周波数で(での)前記同調回路の共振特性が破壊もしくは変化するように前記いくつかの導電部の形状を形成したことを特徴とする請求の範囲第1項もしくは第2項に記載の電子的に検知可能で不作動化可能な標識。
請求の範囲4】 前記アーク放電が,前記いくつかの導電部10a;12a;22a;28aの間の望ましい放電路に沿って短絡を生じて,前記検知用周波数での前記同調回路の共振特性が破壊もしくは変化するように前記いくつかの導電部の形状を形成したことを特徴とする請求の範囲第1項もしくは第2項記載の電子的に検知可能で不作動化可能な標識。
請求の範囲5】 前記不作動化周波数は,前記検知用周波数に等しいかもしくはそれに近いかあるいは前記所定範囲内にあり,前記検知用周波数よりエネルギー準位が高く,前記同調回路は単一の共振検知/不作動化回路L1,10,12;40,46,50;L1,10a,12aより成り,前記アーク放電は,前記不作動化用周波数での前記電磁場に応答して前記検知/不作動化回路を破壊もしくは変化させるように作動することを特徴とする請求の範囲第1項ないし第4項のいずれかに記載の電子的に検知可能で不作動化可能な標識。
請求の範囲6】 前記導電部は,前記基板の一面にある第1の導電路と,前記基板の両対向面の対応する位置にある一対の導電板形状導電部(「導電板形成導電部」の誤記と認める。)10,12;46,50;10a,12aと,接続部とを形成しており,前記第1導電路は誘導子L1,40を形成し,前記一対の導電板形成導電部はコンデンサを形成し,前記接続部は前記誘電板形成導電部(「前記導電板形成導電部」の誤記と認める。)を所定箇所で前記誘電子に電子的に接続して前記同調回路を形成し,前記不作動化領域は前記一対の導電板形成導電部10a,12aの間にある基板の部分,もしくは,一方の導電板形成導電部10;46と,他方の導電板形成導電部12;50に接続された1つの接続部18;52との間にある基板の部分から成ることを特徴とする請求の範囲第5項記載の電子的に検知可能で不作動化可能な標識。
請求の範囲7】 前記不作動化用周波数が前記所定範囲外にあり,前記同調回路が前記検知用周波数で共振する検知回路L1,10,12;60,66,74;L1,10b,12bと前記不作動化周波数で共振する不作動化回路L 2,22,24;68,64,72;L2,22a,24aとを備え,前記アーク放電が,前記不作動化用周波数での前記電磁場に応答して前記所定範囲内で前記検知回路の共振特性を破壊もしくは変化させるように働くことを特徴とする請求の範囲第1項ないし第4項のいずれかに記載の電子的に検知可能で不作動化可能な標識。
請求の範囲8】 前記導電部は,前記基板の一面にある第1,第2導電路と,複数対の導電板形成導電部10と12,22と24;66と74;64と72;10aと12b,22aと24aと,接続部とを形成しており,前記第1,第2導電路はそれぞれ第1誘電子L1,60と第2誘電子(L 2;68)を形成し,前記導電板形成導電部の各対は前記基板の両対向面の対応位置にあってコンデンサを形成し,前記接続部は前記導電板形成導電部を所定の箇所で前記導電路に電子的に接続して同調検知不作動化回路を形成し,前記不作動化領域は,前記複数対の導電板形成導電部のうちの一対22a,24aの間にある基板の部分に,もしくは一対の導電板形成導電部の1つ22;64と,その同じ対の導電板形成導電部のもう1つ24,72に接続された接続部30;78との間にある基板の部分に設けられていることを特徴とする請求の範囲第7項記載の電子的に検知可能で不作動化可能な標識。
3 本件審決の理由の要旨は,次のとおりである。
(1) 本件発明1ないし8は,本件出願翻訳文若しくは本件国際出願の図面に記載されていない技術的事項である「絶縁破壊」という概念を包含する発明であり,本件出願翻訳文若しくは本件国際出願の図面に記載された発明以外の発明に該当するから,特許法184条の15第1項(平成5年法律第26号による改正前のもの。以下同じ。)の規定により無効とされるべきであるとの主張について ア 本件出願翻訳文中の別紙1の記載aないしeからすると,「電気破断」ないし「破断」は,「凹部」である「破断点」において生じるものであって,「誘電層を通って」発生し,「プラスチック層」を「破壊」して「ぜい弱化」する状態を生起するもの(別紙1の記載e参照)と認められる。そして,「誘電層」である「プラスチック層」が,「絶縁材」であることは当業者に明らかであるから,本件出願翻訳文においては,「電気破断」ないし「破断」なる用語は,「絶縁材が電気的に破壊される」という意味で用いられていると解するのが妥当である。
イ 一方,本件特許出願に係る明細書(その記載内容は,特公平3-40439号公報(甲2。以下「本件公告公報」という。)の記載内容と同一であり,以下,引用箇所については,この公報に記載のものを示す。以下「本件明細書」という。)の別紙2の記載fないしjからすると,「絶縁破壊」は,「凹部」である「破断点」において生じるものであって,「誘電層を通って」発生し,「プラスチック層」を「破壊」して「ぜい弱化」する状態を生起するものと認められる。そして,「誘電層」である「プラスチック層」は,「絶縁材」に他ならないから,本件明細書において,「絶縁破壊」なる用語は,「絶縁材が電気的に破壊される」という意味で用いられていることが明らかである。
ウ したがって,本件出願翻訳文における「電気破断」ないし「破断」なる用語と,本件明細書における「絶縁破壊」なる用語は,「絶縁材が電気的に破壊される」という同じ意味で用いられているということができ,本件発明の特許が,国際出願日における本件国際出願の明細書,請求の範囲若しくは図面(図面の中の説明に限る。)及びこれらの書類の本件出願翻訳文若しくは国際出願日における本件国際出願の図面(図面の中の説明を除く。)に記載されている発明以外の発明についてされたということはできない。
エ 請求人(原告)は,「本件出願翻訳文では,導電路18の凹部20の破断点で導電路18の一部が破れ切断した状態となることから,この部分でアークが発生し,導電路18を破壊する凹部20付近にある金属を気化させ,これによって標識回路の共振特性が永久的に破壊されると解しても不具合はない。」(口頭陳述要領書(1)3頁10〜14行)などとし,「電気破断」なる用語は,「電気の導通状態が非導通状態に移ること」と,また,「破断」なる用語は,「誘電体が原形をとどめない状態に破壊される現象を指して言うもの」と解すべきであると主張するが,上述したとおり,「電気破断」ないし「破断」は,「誘電層を通って」発生し,「プラスチック層」を「破壊」して「ぜい弱化」する状態を生起するものであり,導電路ないし基板層の一部を破り切断する状態ないしは固体誘電体を消滅させて気体雰囲気化する状態を生起するものであるとは認められないから,上記請求人の主張は当を得ないものである。
(2) 本件発明1に係る請求の範囲1項には,各構成要件ごとに不明瞭な記載を有しており,一方,発明の構成に欠くことができない事項が記載されておらず,本件発明2ないし8に係る請求の範囲2項ないし8項も,同じく不明瞭な記載を有するとともに,発明の構成に欠くことができない事項が記載されておらず,本件発明は,特許法36条4項(昭和62年法律第27号による改正前のもの。以下同じ。)に規定する要件を満たしていない発明に該当する旨の主張について ア 請求人(原告)が特許法36条4項違反の理由として挙げる第1の点は,要するに,請求の範囲1項における「基板上の導電部であって,前記基板の両対向面にほゞ対応して位置し前記同調回路のコンデンサを形成する導電部」なる記載において,「(コンデンサを形成する)導電部」は,「所定の範囲内の標識回路検知用周波数で共振する同調回路」の一部をなす「コンデンサ」を形成するものであるのか,それ以外の「例えば不作動化用周波数で共振する同調回路のコンデンサ」を形成するものであるのかが明確でないというものである。
確かに,請求の範囲1項には,「基板」,「標識回路検知用周波数で共振する同調回路」,「コンデンサを形成する導電部」及び「不作動化領域」が,「電子的に検知可能で不作動化可能な標識」を構成するものとして,並列的に示されており,「標識回路検知用周波数で共振する同調回路」は,LC共振回路であって,そもそも「コンデンサ」を有するものであることからすれば,上記記載は「コンデンサ」に関して重複する部分を含むことになる。
しかしながら,上記記載において,「前記同調回路のコンデンサを形成する導電部」とあるように,該「導電部」が「所定の範囲内の標識回路検知用周波数で共振する同調回路」の一部の「コンデンサ」を形成するものであることに疑いの余地はないし,上記記載は,コンデンサを形成する導電部の形状,配置について限定するものであることも明白である。したがって,請求の範囲1項に,上記した重複部分が含まれるとしても,本件発明の構成を不明瞭とするほどのものではないから,上記請求人の主張は失当である。
イ 請求人(原告)が特許法36条4項違反の理由として挙げる第2の点は,要するに,「導電部」について,請求の範囲1項においては,「前記同調回路のコンデンサを形成する導電部」としているのに対し,同6項には,「前記導電部は,前記基板の一面にある第1の導電路と,前記基板の両対向面の対応する位置にある一対の導電板形状導電部と,接続部とを形成しており,前記第1導電路は誘電子を形成し,前記一対の導電板形成導電部はコンデンサを形成し,前記接続部は前記誘電板形成導電部を所定箇所で前記誘電子に電子的に接続して前記同調回路を形成し,」と記載されていることから,「導電部」について,同6項においては,「導電部は同調回路を形成すること,具体的な構成として,誘電子と,コンデンサと,誘電子とコンデンサとを接続する接続部とから構成されている」としているものと解され,また,同8項には,「前記導電部は,前記基板の一面にある第1,第2導電路と,複数対の導電板形成導電部と,接続部とを形成しており,前記第1,第2導電路はそれぞれ第1誘電子と第2誘電子を形成し,前記導電板形成導電部の各対は前記基板の両対向面の対応位置にあってコンデンサを形成し,前記接続部は前記導電板形成導電部を所定の箇所で前記導電路に電子的に接続して同調検知不作動化回路を形成し,」と記載されていることから,「導電部」について,同8項においては,「導電部は単独で同調検知不作動化回路を形成していること,具体的な構成として,第1と第2の誘電子と,コンデンサと,誘電子とコンデンサを接続する接続部から構成されている」としているものと解され,したがって,「導電部」に関する記載が,請求の範囲1項と同6項及び8項とで整合していないというものである。
しかしながら,請求の範囲1項には,「導電部」に関して,「前記基板上の導電部であって,前記基板の両対向面にほゞ対応して位置し前記同調回路のコンデンサを形成する導電部」と記載され,「基板上の導電部」と「同調回路のコンデンサを形成する導電部」とが並列的に示されていることからすると,請求の範囲1項において,「(基板上の)導電部」とは,「同調回路のコンデンサを形成する導電部」を含む,基板上のすべての導電部の意味に解するのが妥当である。
請求の範囲6項及び8項は,同1項の従属項であり,「(基板上の)導電部」について,具体的に限定して記載したものであるから,コンデンサに関する部分について,同1項と重複する記載部分はあるものの,「導電部」に関する記載が,同1項と同6項及び8項とで整合せず,本件発明が不明瞭であるとまではいえない。
なお,請求人(原告)は,「コンデンサを形成する導電部」(請求の範囲1項)と「導電板形成導電部」(同6項及び8項,なお,同6項において「導電板形状導電部」とあるのは「導電板形成導電部」の誤記と認められる。)とに同じ参照番号が付されており,本件発明が不明瞭であるとも主張している。
確かに,「導電板形成導電部」が実施例のどの部分に対応するものなのかは,発明の詳細な説明中に明確に記載されていない。しかしながら,発明の詳細な説明中には,「導電部50はコンデンサ板12として働き,従って,互いに向い合った導電部46,50によりコンデンサC1が形成される。」(本件公告公報12欄2〜5行)との記載があり,導電部が板状に形成され,これがコンデンサ板として機能するものと認められるから,「導電板形状導電部」が「コンデンサを形成する導電部」であることは明らかである。したがって,「コンデンサを形成する導電部」と「導電板形成導電部」に同じ参照番号が付されているからといって,ただちに,本件発明が不明瞭であるということはできない。
したがって,上記請求人の主張は失当である。
ウ 請求人(原告)が特許法36条4項違反の理由として挙げる第3の点は,要するに,不作動化領域を設ける位置及び不作動化領域の構造についての,「前記導電部のいくつかの間にある」及び「前記いくつかの導電部の間にあって前記いくつかの導電部を相互に絶縁している誘電材部分からなり,」(請求の範囲1項)との記載,「前記いくつかの導電部の少なくとも1つに設けられた凹部から形成され,」(同2項)との記載,「前記一対の導電板形成導電部の間にある基板の部分,もしくは,一方の導電板形成導電部と,他方の導電板形成導電部に接続された1つの接続部との間にある基板の部分から成る」(同6項)との記載,及び,「前記複数対の導電板形成導電部のうちの一対の間にある基板の部分に,もしくは一対の導電板形成導電部の1つと,その同じ対の導電板形成導電路のもう1つに接続された接続部との間にある基板の部分に設けられている」(同8項)との記載は,不明瞭であり整合していないというものである。
そこで,検討すると,請求の範囲1項における「前記導電部のいくつかの間にある」という記載において,「前記導電部」とは,同1項の文脈からみて,「前記基板の両対向面にほゞ対応して位置し前記同調回路のコンデンサを形成する導電部」を指しているものと解するのが妥当であり,そうであれば,「前記導電部のいくつかの間にある」とは,1組の「コンデンサを形成する導電部」が幾組か設けられていて,不作動化領域は,その幾組かの間に形成されていると解するのが自然であり,また,本件公告公報の図面とともに示された実施例とも符合する。そして,請求の範囲1項の「前記導電部のいくつかの間にある」という記載は,上述のとおりに解釈できるから,同1項の「前記いくつかの導電部の間にあって前記いくつかの導電部を相互に絶縁している誘電材部分からなり,」との記載と,同2項の「前記いくつかの導電部の少なくとも1つに設けられた凹部から形成され,」との記載とは整合するものであり,また,同6項及び8項に記載されている「接続部」は,本件公告公報の図4及び図6の記載からすると,基板の他方の面に設けられたコンデンサ板と対向しており,実質的にコンデンサを形成する部分といえるから,「一方の導電板形成導電部と,他方の導電板形成導電部に接続された1つの接続部」(同6項)との記載,「一対の導電板形成導電部の1つと,その同じ対の導電板形成導電路のもう1つに接続された接続部」(同8項)との記載とも整合するものである。
したがって,上記請求人の主張は失当である。
エ 請求人(原告)が特許法36条4項違反の理由として挙げる第4の点は,要するに,「アーク放電」を発生,維持するための構成が,請求の範囲に記載されておらず,本件発明が不明瞭というものである。
しかしながら,電極間に電圧を加えるとその間の絶縁媒体中で部分放電が発生すること,この部分放電は交流印加の場合周期的に発生すること,部分放電により固体絶縁体中には樹枝状の絶縁破壊部分が生じること,この絶縁破壊部分は最後には導体間を橋絡する絶縁破壊路を形成すること,電極間の貫通破壊によりアーク放電が発生することは,いずれも,本件の出願前周知のことである(必要ならば,電気学会編集兼発行「改訂新版 放電ハンドブック」昭和55年9月1日再版3刷,473〜474頁,487〜489頁参照)。そして,本件明細書中の「アーク放電」を発生,維持するための説明(別紙2の記載fないしj参照)は,上記周知技術を基になされたものとして,何ら矛盾することなく理解できるものである。 したがって,請求の範囲1項の,「前記不作動化領域が,前記いくつかの導電部の間にあって前記いくつかの導電部を相互に絶縁している誘電材部分からなり,この誘電材部分は,アーク放電がそれに沿って生じる放電路を形成し,前記アーク放電は,前記不作動化用周波数での前記電磁場に応答し,前記誘電材を貫通して前記いくつかの導電部の間で生じて」という記載から,本件発明を十分把握することができ,請求の範囲1項には「アーク放電」を発生,維持するための構成が記載されておらず本件発明が不明瞭であるとすることはできない。
オ 請求人(原告)が特許法36条4項の理由として挙げる第5の点は,要するに,検知用周波数で同調回路の共振特性を破壊するための具体的構成として,請求の範囲1項には何も記載されておらず,同3項には,「前記アーク放電が,前記いくつかの導電部の1つと前記同調回路との結線を破断して,前記検知用周波数で前記同調回路の共振特性が破壊もしくは変化するように前記いくつかの導電部の形状を形成したことを特徴とする」と,また,同4項には,「前記アーク放電が,前記いくつかの導電部の間の望ましい放電路に沿って短絡を生じて,前記検知用周波数での前記同調回路の共振特性が破壊もしくは変化するように前記いくつかの導電部の形状を形成したことを特徴とする」と記載されているが,単なる希望条件を述べたもので不明瞭であるというものである。
ところで,請求の範囲1項に「前記検知用周波数で前記同調回路の共振特性を破壊する」とあるのは,「前記検知用周波数での前記同調回路の共振特性を破壊もしくは変化させる」の誤記,請求の範囲3項に「前記検知用周波数で前記同調回路の共振特性が破壊もしくは変化する」とあるのは「前記検知用周波数での前記同調回路の共振特性が破壊もしくは変化する」の誤記と認めるべきである(前記第2の2の「請求の範囲」の記載のうち下線を付した部分を括弧書きどおりに修正すべきである。)。
そのことを前提に検討するに(なお,本件審決は,この点を明示的に記載していないが,上記の点が誤記であるとして,この点につき修正を加えた請求の範囲の記載に基づき本件発明の要旨を認定しているから,上記修正後の請求の範囲の記載を前提に判断をしているものと解される。),本件発明において「導電部」に関する請求の範囲の記載が不明瞭でないことは上記イで述べたとおりであるし,検知用周波数での同調回路の共振特性を破壊することについては,本件明細書中に,「十分な大きさの標識共振周波数でエネルギーを加えると,絶縁破壊は誘電層を通って凹部に発生する。標識にはエネルギーが送り続けられているから,アークは持続し,両コンデンサ板の間にプラズマを形成する。共振回路のQのために,エネルギーは共振回路自体においてほんの少ししか消散せず,両コンデンサ板間に形成されたアークの中で消散する。アークのエネルギーによりプラズマは急速に加熱され,コンデンサ板を形成している金属を気化させる。気化された金属によりアークは導体となり,コンデンサ板を短絡させる。これによって標識回路の共振特性が一時的に破壊され,アークを通る電流とアークの両端間の電圧とが急激に衰弱する。このためアークは冷却し,先に気化した金属を両コンデンサ板の間に付着させる。短絡が生じると,標識は永久破壊される。短絡が生じないときは,電圧が,加えられたエネルギーに応じて再び両コンデンサ板の間に生じ,前記工程が繰り返される。プラスチック層はすでに破壊され,破断点においてぜい弱化しているから,通常の場合,アークはこの同じ破断点で再び形成され,そして永久短絡路が生じるまで金属がさらに気化し付着する。」と記載されており(別紙2の記載i,j参照),この記載内容は,上記周知技術を踏まえれば十分首肯できるものであるから(上記エ参照),検知用周波数での同調回路の共振特性を破壊するための具体的構成が,請求の範囲1項に記載されていないからといって,本件発明が不明瞭であるとすることはできない。
カ 請求人(原告)が特許法36条4項違反の理由として挙げる第6の点は,要するに,請求の範囲5項の,「前記不作動化周波数は,前記検知用周波数に等しいかもしくはそれに近いかあるいは前記所定範囲内にあり,前記検知用周波数よりエネルギー準位が高く,前記同調回路は単一の共振検知/不作動化回路より成り,前記アーク放電は,前記不作動化周波数での前記電磁場に応答して前記検知/不作動化回路を破壊もしくは変化させるように作動する」という記載において,「エネルギー」,「エネルギー準位」の意味するところが不明瞭であり,また,単一の共振検知/不作動化回路を有するのみでは「アーク放電」を持続させることができるかどうかは不明瞭というものである。
しかしながら,「エネルギー」,「エネルギー準位」の用語は,「外部電源から共振回路に与えられるエネルギー」およびその「出力」レベルを指すことは明らかであるし(本件公告公報11欄6〜7行,10欄32〜34行),単一の共振/不作動化回路においても,永久短絡路が生じるまで「アーク放電」が持続することはすでにみたとおりであるから(上記オ参照),請求の範囲5項の記載が不明瞭であるとすることはできない。なお,請求人(原告)は,主として上記オの理由を根拠として,本件発明は,検知用周波数で同調する同調回路と不作動化用周波数で同調する同調回路を有するものに限定されるべきであり,単一の共振検知/不作動化回路である実施例については削除すべきと主張するが,上述したように,請求人が特許法36条4項違反の理由として挙げる各点はすべて根拠がなく,かかる主張は失当である。
(3) 以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては,本件発明の特許を無効とすることはできない。
当事者の主張
(原告の主張する取消事由) 1 取消事由1(特許法184条の15第1項該当性に関する判断の誤り)について 本件審決は,本件出願翻訳文における「電気破断」ないし「破断」なる用語と,本件明細書における「絶縁破壊」なる用語は,「絶縁材が電気的に破壊される」という同じ意味で用いられているという認定判断をしたが,この認定判断は誤りである。
(1) 例えば,本件出願翻訳文の別紙1の記載aにおいても,「電気破断」は導電路の破断点で生じ,導電路を破壊する概念として記載されており,本件出願翻訳文において,「電気破断」あるいは「破断」の用語が「絶縁材が電気的に破壊される」という意味で用いられていると解することはできない。
一方,本件明細書において,「絶縁破壊」という用語は,「絶縁材が電気的に破壊される」という意味のみでなく,「絶縁材の絶縁状態が電気的に破壊され,電気が導通状態になる」という意味を包含する用語として用いられている。すなわち,「電気破断」あるいは「破断」の用語と明らかに異なる意味を有する用語として用いられている。
(2) 「電気破断」の用語における「破断」は物理的,機械的に破壊された不可逆状態を意味するところ,本件出願人が補正した「絶縁破壊」の用語の普通の意味は,物理的,機械的に破壊された状態である「破断」状態に限定されるものではなく,物理的,機械的に破壊されていなくとも,絶縁状態が単に一時的に破壊され,その後再び絶縁状態に復帰する可逆状態をも包摂している。
被告が本件明細書中の記載をいくら列記しても,本件出願翻訳文の「電気破断」との記載を「絶縁破壊」と補正して特許がされたことにより,本件出願翻訳文に記載された用語が,より広い概念を有する用語に置き換えられたことに変わりは無い。
(3) したがって,本件特許が,国際出願日における本件国際出願の明細書,請求の範囲若しくは図面(図面の中の説明に限る。)及びこれらの書類の本件出願翻訳文若しくは国際出願日における本件国際出願の図面(図面の中の説明を除く。)に記載されている発明以外の発明についてされていることは明らかである。
2 取消事由2(特許法36条4項の要件具備に関する判断の誤り)について (1) 本件審決は,本件発明を,本件明細書の請求の範囲1項ないし8項に記載された発明と異なった内容の発明であると認定したが,これは誤りである。
請求の範囲の記載が誤記と判断されるのは,あくまでも請求の範囲の記載内容から判断して明らかに文字種などが相違している場合や余分な文字が混入されている場合等に限られるべきであり,本件明細書の請求の範囲の記載のように,その記載が技術的に矛盾しておらず,また日本語として不自然な表現でもない場合で,請求の範囲の各項の複数の構成で統一的に用いられている文章では,出願に係る発明は,請求の範囲の記載どおりのものと認定すべきであり,請求の範囲の記載を勝手に変更することは許されない。
例えば,請求の範囲4項の1箇所のみ「検知用周波数での」と記載され,他の請求の範囲1項の2箇所,同3項の記載はすべて「検知用周波数で」と記載されているのであって,多くの記載をすべて誤記とするのは失当である。また,請求の範囲1項の「共振特性を破壊する」との構成を,「共振特性を破壊もしくは変化させる」と変更する認定も全く同様に許されるべきではない。
本件審決は,本件発明の不明瞭な記載を誤記と認定し,より明確な表現に変更して認定したとするが,誤記であっても疑義が存在することにより本件発明が不明瞭であるならば,本件発明は特許法36条4項に違反するというべきである。
イ 本件発明は,本件明細書の請求の範囲1項ないし8項に記載されているとおりの内容の発明と認定すべきであり,したがって,本件発明が特許法36条4項の要件を具備しているかどうかは,本件発明が上記請求の範囲に記載されたとおりの発明であることを前提として判断されるべきである。
(2) 本件審決の前記第2の3(2)アの判断について ア 請求の範囲1項における「基板上の導電部であって,前記基板の両対向面にほヾ対応して位置し前記同調回路のコンデンサを形成する導電部」なる記載において,「(コンデンサを形成する)導電部」は,「所定の範囲内の標識回路検知用周波数で共振する同調回路」の一部をなす「コンデンサ」を形成するものであるのか,それ以外の「例えば不作動化用周波数で共振する同調回路のコンデンサ」を形成するものであるのかが明確でなく,本件発明は不明瞭である。
イ 本件審決は,「該「導電部」が「所定の範囲内の標識回路検知用周波数で共振する同調回路」の一部の「コンデンサ」を形成することに疑いの余地はない」と認定したが,誤りである。
請求の範囲1項の実施態様項である同7項には,「前記同調回路が前記検知用周波数で共振する検知回路L1,10,12;60,66,74;L 1,10b,12bと前記不作動化周波数で共振する不作動化回路L2 ,22,24;68,64,72;L2 ,22a,24aとを備え,」と記載されており,「前記同調回路」が,「前記検知用周波数で共振する検知回路」と,「前記不作動化周波数で共振する不作動化回路」を備える旨記載されているから,同1項における「同調回路」は,2つの共振周波数で共振する2つの共振回路を備える場合があることを前提としている。したがって,該「導電部」を2つの共振回路のうちの検知用周波数で共振する同調回路の導電部であると断定することは妥当でない。また,「前記同調回路」が「検知用周波数で共振する同調回路」であるならば,「不作動化周波数の電磁場に応答」する具体的な構成が請求の範囲1項に全く記載されていないことになる。
よって,本件発明が不明瞭であることは明らかである。
ウ 本件審決は,「「標識回路検知用周波数で共振する同調回路」は,LC共振回路であって,そもそも「コンデンサ」を有するものであることからすれば,上記記載は「コンデンサ」に関して重複する部分を含むことになる。」と認定しながら,「請求の範囲1項に,上記した重複部分が含まれるとしても,本件発明の構成を不明瞭とするほどのものではないから,上記請求人の主張は失当である。」と判断したが, 請求の範囲1項に重複部分が含まれれば本件発明の構成は不明瞭となる。本件審決のこの点の判断は誤りである。
(3) 本件審決の前記第2の3(2)イの判断について ア 「導電部」に関する記載が,請求の範囲1項と同6項及び8項とでは整合しておらず,本件発明は不明瞭である。
イ 本件審決は,「請求の範囲6項及び8項は,同1項の従属項であり,「(基板上の)導電部」について,具体的に限定して記載したものであるから,コンデンサに関する部分について,同1項と重複する記載部分はあるものの,「導電部」に関する記載が,同1項と同6項及び8項とで整合せず,本件発明が不明瞭であるとまではいえない。」と判断したが,誤りである。
「導電部」について,請求の範囲1項においては,「前記同調回路のコンデンサを形成する導電部」としているのに対し,同6項においては「導電部は同調回路を形成すること,具体的な構成として,誘電子と,コンデンサと,誘電子とコンデンサとを接続する接続部とから構成されている」とし,同8項においては,「導電部は単独で同調検知不作動化回路を形成していること,具体的な構成として,第1と第2の誘電子と,コンデンサと,誘電子とコンデンサを接続する接続部から構成されている」としているのであって,「導電部」に関する記載が,同1項と同6項及び8項は整合していない。
本件審決は,請求の範囲6項及び8項の「前記導電部」が「基板上の導電部」を意味するものと解しているが,同6項及び8項において,「前記基板上の導電部」と記載されているのであればともかく,単に「前記導電部」とのみ記載されているのであるから,同6項及び8項における「前記導電部」は「(コンデンサを形成する)導電部」と解するのが妥当である。請求の範囲1項と同6項及び8項とは整合せず,本件発明は不明瞭である。
また,仮に請求の範囲6項及び8項における「前記導電部」が同1項に記載されている2つの「導電部」の構成のいずれに該当するか一義的に特定できない場合であっても,かかる記載は,発明の構成が不明確な記載であり,本件発明を不明瞭にするものである。さらに,請求の範囲6項における「前記導電部」を「基板上の導電部」と解釈すると,同6項において引用する同1項の「(コンデンサを形成する)導電部」の記載内容がすべて無意味な記載となる。請求の範囲8項においても全く同様である。
ウ 本件審決は,「コンデンサを形成する導電部」(請求の範囲1項)と「導電板形成導電部」(同6項及び8項)に同じ参照番号が付されていることについて,「本件発明が不明瞭であるということはできない。」と判断したが,この判断は誤りであり,発明の構成が不明瞭であることは疑いない。
(4) 本件審決の前記第2の3(2)ウの判断について ア 不作動化領域を設ける位置及び不作動化領域の構造についての,請求の範囲1項の記載,同2項の記載,同6項の記載及び同8項の記載は,不明瞭であり整合しておらず,本件発明は不明瞭である。
イ 本件審決は,「請求の範囲1項における「前記導電部のいくつかの間にある」という記載において,「前記導電部」とは,同1項の文脈からみて,「前記基板の両対向面にほヾ対応して位置し前記同調回路のコンデンサを形成する導電部」を指しているものと解するのが妥当であり,そうであれば,「前記導電部のいくつかの間にある」とは,1組の「コンデンサを形成する導電部」が幾組か設けられていて,不作動化領域は,その幾組かの間に形成されていると解するのが自然であり,また,本件公告公報の図面とともに示された実施例とも符合する。」と判断したが,この判断は誤りである。
上記のように解すれば,不作動化領域は1組のコンデンサを構成する導電部の幾組かの間,即ち,コンデンサとコンデンサの間に形成されているべきであり,さらに,請求の範囲1項によれば,不作動化領域は,「誘電材部分」からなる。これに対し,「導電部に設けられた凹部から形成」されるという請求の範囲2項の記載や,「導電部(または導電路)に接続された接続部」に形成されるという同6項及び8項の記載からすれば,不作動化領域は導電部や導電路に形成されることになるから,不作動化領域に関する同2項,同6項及び8項の記載は,同1項の上記記載と整合しておらず,本件発明は不明瞭である。
(5) 本件審決の前記第2の3(2)エの判断について ア 「アーク放電」を発生,維持するための構成が,請求の範囲に記載されておらず,本件発明は不明瞭である。
イ 本件審決は,本件明細書中の「アーク放電」を発生,維持するための説明は,周知技術を基になされたものとして,十分に理解できるものであり,請求の範囲の記載から本件発明を十分把握することができるから,本件発明が不明瞭であるとすることはできないと判断したが,この判断は誤りである。
本件審決の引用する周知技術は,非常な高電圧,高電力が印加される電極間における放電発生についての技術であり,本件発明の如くの同調回路における共振状態での部分放電についての技術ではない。請求の範囲1項には,単に「不作動化用周波数での電磁場に応答し」と記載されているのみであり,かかる記載と,検知用周波数で共振する同調回路と不作動化領域の位置の記載のみでは到底アーク放電が発生,維持するための構成が記載されているとはいえず,本件発明は不明瞭である。
ウ 被告は,請求の範囲1項に,「検知用周波数で共振する同調回路」の構成と,「不作動化領域」の位置・構成(アーク放電の発生場所)と,「アーク放電は,不作動化周波数の電磁場に応答し」との記載があることを列記して,同1項には,アーク放電を発生,維持するための構成として「同調回路」と「不作動化領域」が具体的に記載されていると主張している。
しかしながら,被告の主張する「同調回路」は,検知用周波数に共振する同調回路であり,請求の範囲1項には「不作動化領域」は単にその位置が記載され,誘電材部分からなることが記載されているのみである。被告の主張は技術的根拠を何ら示していない。請求の範囲1項には「アーク放電は,不作動化周波数での電磁場に応答」との願望が記載されているのみで,具体的に「不作動化周波数」に応答する構成,アーク放電を生じる構成については全く記載がされていない。
(6) 本件審決の前記第2の3(2)オの判断について ア 検知用周波数で同調回路の共振特性を破壊するための具体的構成として,請求の範囲1項には何も記載されておらず,同3項及び同4項の記載を参照しても,その具体的構成は明らかでなく,本件発明は不明瞭である。
イ 本件審決は,本件発明において「導電部」に関する請求の範囲の記載は不明瞭でなく,検知用周波数で同調回路の共振特性を破壊することについては本件明細書中に説明されていることから,本件発明が不明瞭であるとすることができないと判断したが,誤りである。
本件発明について,「導電部」の記載が不明瞭であることは上述したとおりであり,たとえ本件明細書の発明の詳細な説明の欄に検知用周波数で同調回路の共振特性を破壊するための具体的構成が記載されていたとしても,請求の範囲に必要な構成が記載されていなければ発明は不明瞭であるから,本件審決は失当である。
ウ 被告は,「同調回路の共振特性を破壊する構成は,すなわち,アーク放電を発生,維持するための構成に等しく,・・・同調回路と不作動化領域が具体的に記載されているから発明は明瞭である」と主張している。
しかしながら,「アーク放電」は「不作動化周波数の電磁場にさらされると絶縁破壊を生じ」るのであり,検知用周波数で共振する同調回路が記載されているからといって,また,不作動化領域の位置と不作動化領域が誘電材部分からなると記載されているからといって,かかる記載は「アーク放電を発生,維持するための構成」を何ら開示又は示唆するものではない。
(7) 本件審決の前記第2の3(2)カの判断について ア 請求の範囲5項の記載において,「エネルギー」,「エネルギー準位」の意味するところは不明瞭であり,また,単一の共振検知/不作動化回路を有するのみでは「アーク放電」を持続させることができるかどうかは不明瞭である。
イ 本件審決は,「「エネルギー」,「エネルギー準位」の用語は,「外部電源から共振回路に与えられるエネルギー」およびその「出力」レベルを指すことは明らかであるし,単一の共振/不作動化回路においても,永久短絡路が生じるまで「アーク放電」が持続することはすでにみたとおりであるから,請求の範囲5項の記載が不明瞭であるとすることはできない。」と判断したが,誤りである。
「エネルギー準位」については,本件明細書に何ら記載がなく,その意味を示唆する記載もないから,「エネルギー準位」についての記載が不明瞭であることは明らかである。
さらに,請求の範囲1項にはアーク放電が持続する具体的な構成のみならず,アーク放電が生ずる構成も何ら記載されておらず,本件明細書の記載のほか,共振回路とは無関係の,電極間に高電圧が放電の有無に関わりなく,常時かつ継続的に印加されているその電極間に生じる部分放電についての周知技術参酌しても,本件発明において,単一の共振周波数でのみ共振する同調回路のコンデンサ部分で絶縁破壊が生じても「アーク放電」が持続する仕組みは明らかではなく,請求の範囲5項の記載は不明瞭というべきである。同調回路のコンデンサ部分で絶縁破壊が生じれば,共振特性が破壊又は変化し,もはや共振しない状態となることは周知である。この状態で外部からエネルギーを給電され続けることは不可能である。
(被告の反論) 1 取消事由1(特許法184条の15第1項該当性に関する判断の誤り)について 本件出願翻訳文には,「十分な電気エネルギーが回路の共振周波数またはその付近で標識回路に伝達されると,コンデンサ板10と12の両端間の電圧が増大し,ついには導電路の凹部20の破断点において電気破断が生じる。この凹部はコンデンサ板間の最短距離であるために電気破断は常にこの点で起る。」と記載されている(甲3の7頁左下欄1〜7行)。この記載は,破断点が導電路のコンデンサ板間の最短距離である凹状に形成された誘電材部分にあることを示している。
本件出願翻訳文の記載によっても,「電気破断」又は「破断」という用語が導電路を破壊する概念として記載されていると解することはできない。
本件審決の認定したとおり,「電気破断」又は「破断」という用語は,絶縁体が電気的に破壊される「絶縁破壊」の意味で用いられているものであることは明らかである。
したがって,本件発明が特許法184条の15第1項に該当しないとした本件審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(特許法36条4項の要件具備に関する判断の誤り)について (1) 本件審決の本件発明の認定の誤りについて ア 請求の範囲1項には,「前記検知用周波数で前記同調回路の共振特性を破壊する」という記載の直前に,「前記不作動化領域は,前記同調回路が十分なエネルギーの不作動化用周波数で電磁場にさらされると絶縁破壊を生じて」と,また,「前記検知用周波数で前記同調回路の共振特性を破壊もしくは変化させる」という記載の直前に,「前記アーク放電は,前記不作動化用周波数での前記電磁場に応答し,前記誘電材を貫通して前記いくつかの導電部の間で生じて」と記載されており,同調回路の共振特性を破壊(もしくは変化)させるのは,不作動化領域が不作動化周波数での電磁場に応答して絶縁破壊を生じ,アーク放電が発生することによるものであることが明確に記載されている。
一方,請求の範囲1項の実施態様項である同4項には,「前記アーク放電が,前記いくつかの導電部10a;12a;22a;28aの間の望ましい放電路に沿って短絡を生じて,前記検知用周波数での前記同調回路の共振特性が破壊もしくは変化するように前記いくつかの導電部の形状を形成したこと」が記載されており,同調回路の共振特性の破壊もしくは変化に関して,「前記検知用周波数での前記同調回路の共振特性が破壊もしくは変化する」と記載されている。
そうであるならば,請求の範囲1項の記載自体から,検知用周波数で同調回路の共振特性を破壊もしくは変化させるとは解釈できないのであるから,「検知用周波で」という記載は,同4項に記載されているように「前記検知用周波数での」の誤記であると解するのが合理的である。
原告は,誤記であっても疑義が存在することにより本件発明が不明確であるならば特許法36条4項に違反するものであり,また,他の請求の範囲1項の2箇所と同3項の記載はすべて「検知用周波数で」と記載されているのに,多くの記載をすべて誤記とする認定は失当であると主張する。 しかし,請求の範囲1項の2箇所の「前記検知用周波数で」が誤記であると解するのは,同1項の記載全体から合理的な解釈であり,同3項についても同1項を引用しているのであるから,同様に誤記と解すべきである。そして,本件明細書には,不作動化用周波数で同調回路の共振特性を破壊あるいは変化させる実施例(甲2の図5,6,9参照)が記載され,本件出願翻訳文にも,「一方の共振周波数は,電子安全装置による標識の検知に使用され,もう一方の共振周波数は標識を不作動化させるのに使用される。」(甲3の7頁右下欄5〜7行),「不作動化周波数で回路に十分なエネルギーが伝達されると,電圧はコンデンサ板22,24の両端間で増大し,ついには基板層が破断点32で破断する。」(同8頁左上欄3〜6行),「検知周波数で共振する標識部の共振特性は永久に破壊される。」(同8頁左上欄13〜15行)と記載されており,本件明細書の発明の詳細な説明の記載により支持されているから,上記のように解することに疑義が存在するものではない。
請求の範囲1項には,同調回路に関して,「共振特性を破壊する」と,「共振特性を破壊もしくは変化させる」という,異なった記載がなされている。しかし,同1項の実施態様項である同3項には「前記同調回路の共振特性が破壊もしくは変化するように」と,同4項には「前記同調回路の共振特性が破壊もしくは変化するように」と,同5項には「前記検知/不作動化回路を破壊もしくは変化させるように」と,同7項には「前記検知回路の共振特性を破壊もしくは変化させるように」とそれぞれ記載されており,同1項ないし同8項には,他に,「共振特性を破壊する」等の記載はなされていない。したがって,同1項の「共振特性を破壊する」の記載は,「共振特性を破壊もしくは変化させる」の誤記であると解するのが合理的である。
ウ 上記のとおり,本件審決の本件発明の認定に誤りがあるということはできないから,本件発明が特許法36条4項の要件を具備しているか否かは,本件審決の上記認定を前提に判断されるべきである。
(2) 本件審決の前記第2の3(2)アの判断について 請求の範囲1項において,「前記基板上に平面回路状に形成され,所定の範囲内の標識回路検知用周波数で共振する同調回路」と記載された直後に「前記同調回路のコンデンサを形成する導電部」と記載されていることからすれば,「前記同調回路」が「検知用周波数で共振する同調回路」を指していることは明らかであり,原告の主張は根拠がない。
請求の範囲1項には「検知用周波数で共振する同調回路」と「コンデンサを形成する導電部」とが記載されており,「同調回路」は「コンデンサ」を含むものであるが,これは「同調回路」の構成のうちの「コンデンサを形成する導電部」をさらに詳細に規定するための記載であり,これにより,本件発明の構成がより明確になるとしても,不明瞭になることはない。
(3) 本件審決の前記第2の3(2)イの判断について ア 請求の範囲1項に「導電部」の用語が初めて使用されるのは,「前記基板上の導電部」との記載であり,同記載の前に「導電部」を限定する修飾語はない。したがって,同1項の「導電部」とは,本件審決が認定したとおり,「同調回路のコンデンサを形成する導電部」を含む,基板上のすべての導電部を意味すると解するのが相当である。
請求の範囲6項は,同1項の従属項として「前記基板上の導電部」をさらに具体的に限定しているのであり,原告が主張するように「前記導電部」を「(コンデンサを形成する)導電部」と解したのでは,「(コンデンサを形成する)導電部」が,「第1の導電路」と「コンデンサである一対の導電板形成導電部」と「接続部」とから形成されることになり,他の請求の範囲発明の詳細な説明の記載との整合が取れないばかりか,全く意味不明となる。
したがって,請求の範囲6項の「前記導電部」が同1項の「前記基板上の導電部」を指すことは明らかであり,また,同8項においても,同6項と同様の記載がなされており,同8項の「前記導電部」が同1項の「前記基板上の導電部」を指すことも明らかである。
イ 原告は,「請求の範囲の記載において,同一の構成・概念に対する用語の用いられ方が請求の範囲ごとに異なる場合には,発明の構成が不明瞭であることは疑いない。」と主張しているが,請求の範囲6項に「前記一対の導電板形成導電部はコンデンサを形成し」とあり,同8項に「前記導電板形成導電部の各対は前記基板の両対向面の対応位置にあってコンデンサを形成し」とあるように,「導電板形成導電部」が「コンデンサを形成する導電部」であることは明らかである。
したがって,請求の範囲1項と同6項及び8項とで別の用語が用いられているとしても,発明の構成が不明瞭となっている訳ではない。
(4) 本件審決の前記第2の3(2)ウの判断について ア 原告は,「本件審決で認定しているように,請求の範囲1項には,1組のコンデンサを構成する導電部が幾組か,すなわち,1組のコンデンサが複数設けられており,不作動化領域はその幾組かのコンデンサの間,すななわち,コンデンサとコンデンサの間に形成されていると解すべきである」と主張している。
しかしながら,請求の範囲1項の「コンデンサを形成する導電部」,同2項の「導電部」,同6項及び8項の「導電板形成導電部」は,いずれも発明の詳細な説明中の「コンデンサ板」を示し,不作動化領域が,そのコンデンサ板に挟まれた誘電材部分(基板)に設けられていることは明らかである。そして,このことは,発明の詳細な説明において,1つの同調回路を有する実施例と,2つの同調回路を有する実施例とがそれぞれ本件公告公報の図面と共に例示されていることとも整合するものである。したがって,「不作動化領域」が「コンデンサとコンデンサの間に形成されていると解すべきである」との原告の主張は,根拠がない。
なお,本件審決が,「前記いくつかの間にある」という請求の範囲の記載を「幾組か設けられている」と解した点は,1つの同調回路を有する実施例等の記載(甲2の1図)とも矛盾し誤りであるが,この点は特許発明技術的範囲の解釈の問題であり,特許法36条4項の無効理由の問題ではない。
イ 原告も認めているように,請求の範囲1項によれば,「不作動化領域」は,「誘電材部分」から成るものである。この点に関し,請求の範囲2項は,「導電部に設けられた凹部により不作動化領域(誘電材部分)が凹状に形づくられ,導電部間の凹部での誘電材の厚みが凹部以外での誘電材の厚みに比べて薄い」ことをクレーム化したものである。すなわち,請求の範囲2項の記載は,同1項の記載と矛盾するものではない。
(5) 本件審決の前記第2の3(2)エの判断について 請求の範囲1項には,アーク放電を発生,維持するための構成として「同調回路」と「不作動化領域」が具体的に記載されている。また,本件審決の認定するとおり,電極間に電圧を加えるとその間の絶縁媒体中で部分放電が発生すること,この部分放電は交流印加の場合周期的に発生すること,部分放電により固体絶縁体中には樹枝状の絶縁破壊部分が生じること,この絶縁破壊部分は最後には導体間を橋絡する絶縁破壊路を形成すること,電極間の貫通破壊によりアーク放電が発生することは,いずれも,本件の出願前周知のことである。さらに,本件審決も認定するとおり,アーク放電が検知用周波数での同調回路の共振特性を破壊することは,本件明細書中(甲2の15欄25〜40行)に記載されている。
したがって,上記の出願前周知の技術及び本件明細書の記載に鑑みれば,アーク放電が発生,持続する構成は,請求の範囲1項の,「前記不作動化領域が,前記いくつかの導電部の間にあって前記いくつかの導電部を相互に絶縁している誘電材部分からなり,この誘電材部分は,アーク放電がそれに沿って生じる放電路を形成し,前記アーク放電は,前記不作動化用周波数での前記電磁場に応答し,前記誘電材を貫通して前記いくつかの導電部の間で生じて,」という記載により十分裏づけられている。
(6) 本件審決の前記第2の3(2)オの判断について 同調回路の共振特性を破壊する構成は,すなわち,アーク放電を発生,維持するための構成に等しく,その構成については,すでに,上述したように,請求の範囲1項に「同調回路」と「不作動化領域」が具体的に記載されている。
したがって,原告の主張は根拠がなく,審決の認定に誤りはない。
(7) 本件審決の前記第2の3(2)カの判断について ア 本件明細書に「標識を不作動化するために放射されるエネルギーを,比較的高出力にすることができる」(甲2の10欄32〜34行),「外部電源から共振回路に伝達されるエネルギーにより維持され」(同11欄6〜8行)と記載されているように,請求の範囲5項における「エネルギー準位」が「外部電源から共振回路に与えられるエネルギーレベル」を意味していることは明らかである。したがって,原告の主張は根拠がない。
イ アーク放電が発生,持続する構成は,すでに述べたように,請求の範囲1項に具体的に記載されている。また,同調回路の不作動化領域に絶縁破壊が生じ,不作動化領域にクラックが形成された後も,同調回路のコンデンサの静電容量の変化量は無視できる程に小さいから,同調回路の共振特性は変化せず,同調回路は共振し続け,アーク放電が持続するものである。したがって,原告の主張は誤りである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(特許法184条の15第1項該当性に関する判断の誤り)について 原告は,本件出願翻訳文において,「電気破断」は導電路の破断点で生じ,導電路を破壊する概念として記載されており,一方,本件明細書において,「絶縁破壊」という用語は,「絶縁材が電気的に破壊される」という意味のみでなく,「絶縁材の絶縁状態が電気的に破壊され,電気が導通状態になる」という意味を包含する用語として用いられているとし,「電気破断」あるいは「破断」の用語が「絶縁材が電気的に破壊される」という意味で用いられていると解することはできない旨主張するので,以下検討する。
(1) 本件出願翻訳文(甲3)における「電気破断」ないし「破断」の意義 本件出願翻訳文には,別紙1のaないしeのとおり記載されているところ,これらの記載からすると,本件審決の認定するとおり,「電気破断」ないし「破断」は,コンデンサ板間の最短距離部である凹部である破断点で生ずるものであり(記載aないしc),誘電層を通って発生し(記載d),「プラスチック層」を破壊してぜい弱化するものである(記載e)と認められる。そして,上記記載において,「誘電層」は「プラスチック層」を意味すると認められるところ,このプラスチック層が「絶縁材」であることは技術常識であるから,本件出願翻訳文において,「電気破断」ないし「破断」の語は,「絶縁材が電気的に破壊される」という意味で用いられているということができる。そして,上記記載において,「電気破断」ないし「破断」は,電気アークを形成するものとされているところ,電気アークが形成されれば,これにより「電気の導通状態」が生ずることは,技術上明らかである。
原告は,例えば,別紙1の記載aにおいて,「電気破断」は導電路の破断点で生じ,導電路を破壊する概念として記載されている旨主張するが,上記記載によれば,「破断」すなわち「電気破断」は,コンデンサ板間の最短距離である凹部20の破断点で生じ,「破断」すなわち「電気破断」が電気アークを形成することが示されている。このことを考慮すれば,上記記載aのうち「電気アークは導電路18を破壊する凹部20付近にある金属を気化させ,これによって標識回路の共振特性が永久的に破壊される。」との記載は,「破断」すなわち「電気破断」で形成された電気アークが,凹部20付近にある金属を気化さ,これによって導電路が破壊されることを開示しているものと解され,上記記載aにおいて,「電気破断」が導電路を破断する意味で使用されているということはできない。
(2) 本件明細書における「絶縁破壊」の意味 本件明細書(甲2)には,別紙2の記載fないしjのとおり記載されている。そして,これらの記載から,本件明細書において,「絶縁破壊」の用語が「絶縁材が電気的に破壊される」という意味で用いられているというべきことは,本件審決に認定のとおりであり,また,絶縁破壊が電気アークを形成するものであり,電気アークが形成されることにより電気の導通状態を生ずることも,本件出願翻訳文(甲3)の「電気破壊」ないし「破壊」のもたらす状態と同様である。
(3) 原告は,「電気破断」の用語における「破断」は物理的,機械的に破壊された不可逆状態を意味するところ,補正された「絶縁破壊」の用語の普通の意味は,物理的,機械的に破壊された状態である「破断」状態に限定されるものではなく,絶縁状態が単に一時的に破壊され,その後再び絶縁状態に復帰する可逆状態をも包摂していると主張する。
しかし,「電気破断」ないし「破断」の語が「絶縁材が電気的に破壊される」という意味で使用されていることは前記説示のとおりであるところ,別紙1の記載aないしeに照らしても,本件出願翻訳文(甲3)において,それらの語が,物理的,機械的に破壊された不可逆状態に限定する意味で使用されているとする根拠はない。
(4) したがって,本件出願翻訳文における「電気破断」ないし「破断」なる用語と,本件明細書における「絶縁破壊」なる用語は,同じ意味で用いられているということができるから,本件発明の特許が,国際出願日における本件国際出願の明細書,請求の範囲若しくは図面(図面の中の説明に限る。)及びこれらの書類の本件出願翻訳文若しくは国際出願日における本件国際出願の図面(図面の中の説明を除く。)に記載されている発明以外の発明についてされたということはできないとした本件審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(特許法36条4項の要件具備に関する判断の誤り)について (1) 本件審決の本件発明の認定に誤りがあるか否かについて 原告は,本件審決の本件発明の認定には誤りがある旨主張するので,以下検討する。
(ア) 請求の範囲1項には,「前記検知用周波数で前記同調回路の共振特性を 破壊する」という記載の直前に,「前記不作動化領域は,前記同調回路が十分なエネルギーの不作動化用周波数で電磁場にさらされると絶縁破壊を生じて」との記載があり,また,「前記検知用周波数で前記同調回路の共振特性を破壊もしくは変化させる」という記載の直前に,「前記アーク放電は,前記不作動化用周波数での前記電磁場に応答し,前記誘電材を貫通して前記いくつかの導電部の間で生じて」との記載があるのであって,同1項には,不作動化領域が不作動化用周波数での電磁場に応答して絶縁破壊を生じ,アーク放電が発生することにより,同調回路の共振特性が破壊もしくは変化させる構成が開示されているということができる。
一方,請求の範囲1項の実施態様項である同4項には,「前記アーク放電が,前記いくつかの導電部10a;12a;22a;28aの間の望ましい放電路に沿って短絡を生じて,前記検知用周波数での前記同調回路の共振特性が破壊もしくは変化するように前記いくつかの導電部の形状を形成したこと」が記載されており,「同調回路の共振特性」の破壊もしくは変化に関して,該「同調回路の共振特性」が「前記検知用周波数」で生ずるものであるとして,「前記検知用周波数」の語が「同調回路の共振特性」を特定するものとして使用されている。
上記の請求の範囲1項の記載の文脈及び実施態様項である同4項の記載に照らしてみれば,同1項は,不作動化領域が絶縁破壊を生ずることにより,「同調回路の共振特性」の破壊等がされるという本件発明の構成を示すものであり,「同調回路の共振特性」を検知用周波数で破壊する構成を示すものとは解されないから,同1項の「検知用周波数で」との記載の趣旨は,「同調回路の共振特性」を特定するためのものであって,同4項に記載されているように「前記検知用周波数での」とすべきを誤って記載したものであると解するのが合理的である。同3項の「検知用周波数で」も同様の理由により「検知用周波数での」の誤記と認めるべきである。
本件明細書(甲2)には,不作動化用周波数で同調回路の共振特性を破壊あるいは変化させる実施例(甲2の図5,6,9参照)が記載され,本件出願翻訳文(甲3)にも,「一方の共振周波数は,電子安全装置による標識の検知に使用され,もう一方の共振周波数は標識を不作動化させるのに使用される。」(7頁右下欄5〜7行),「不作動化周波数で回路に十分なエネルギーが伝達されると,電圧はコンデンサ板22と24の両端間で増大し,ついには基板層が破断点32で破断する。」(同8頁左上欄3〜6行),「検知周波数で共振する標識部の共振特性は永久に破壊される。」(同8頁左上欄13〜15行)との記載があるのであって,このことからも,請求の範囲1項の2箇所及び同3項の各「検知用周波数で」の記載が「検知用周波数での」の誤記であることが裏付けられるというべきである。
原告は,誤記であっても疑義が存在することにより本件発明が不明確であるならば特許法36条4項に違反するものであり,また,請求の範囲4項の他の同1項の2箇所と同3項の記載はすべて「検知用周波数で」と記載されているのに,多くの記載をすべて誤記とする認定は失当であると主張する。
しかし,請求の範囲1項の2箇所の「前記検知用周波数で」が誤記と解するのが合理的であることは上記のとおりであり,また,同3項は同1項を引用する実施態様項であるから,同3項にいう「前記検知用周波数で」との記載も,同様に「前記検知用周波数での」の誤記と認めるべきである。そして,このように誤記と解することには何らの疑義もないというべきである。
(イ) また,請求の範囲1項には,同調回路に関して,「共振特性を破壊する」と,「共振特性を破壊もしくは変化させる」という異なる記載がなされている。しかし,上記のいずれの記載も,不作動化領域の絶縁破壊により同調回路の共振特性の破壊等を生じさせる構成を記載した部分であり,両者の記載内容は一致すべきものと解されるところ,請求の範囲1項の実施態様項である同3項,同4項の各項には「前記同調回路の共振特性が破壊もしくは変化するように」と,同5項には「前記検知/不作動化回路を破壊もしくは変化させるように」と,同7項には「前記検知回路の共振特性を破壊もしくは変化させるように」とそれぞれ記載されており,同1項ないし同8項には,他に「共振特性を破壊する」との記載は存在しない。したがって,請求の範囲1項の「共振特性を破壊する」の記載は,「共振特性を破壊もしくは変化させる」の誤記であると解するのが合理的である。
(ウ) したがって,本件審決の本件発明の認定に誤りがあるという原告の主張には理由がなく,本件発明が特許法36条4項に違反しているか否かは,本件発明の内容が本件審決の認定したとおりのものであるとして判断されるべきである。
(2) 本件審決の前記第2の3(2)アの判断(請求の範囲1項における「基板上の導電部であって,前記基板の両対向面にほゞ対応して位置し前記同調回路のコンデンサを形成する導電部」なる記載において,「(コンデンサを形成する)導電部」は,「所定の範囲内の標識回路検知用周波数で共振する同調回路」の一部をなす「コンデンサ」を形成するものであるのか,それ以外の「例えば不作動化用周波数で共振する同調回路のコンデンサ」を形成するものであるのかが明確でないとの主張に対する判断)について ア 原告は,請求の範囲1項の実施態様項である同7項には,「前記同調回路」が,「前記検知用周波数で共振する検知回路」と,「前記不作動化周波数で共振する不作動化回路」とを備える旨記載されており,同1項における「同調回路」は,2つの共振周波数で共振する2つの共振回路を備える場合があることを前提としているから,「導電部」を2つの共振回路のうちの検知用周波数で共振する同調回路の導電部であると断定することは妥当でない旨主張する。
確かに,請求の範囲1項の実施態様項である同7項には,同1項を引用して,「前記同調回路」が,「前記検知用周波数で共振する検知回路」と,「前記不作動化周波数で共振する不作動化回路」とを備える旨記載されているから,原告が主張するように,同1項における「同調回路」は,2つの共振周波数で共振する2つの共振回路を備える場合を含むものであるといえる。
しかしながら,請求の範囲1項では,「所定の範囲内の標識回路検知用 周波数で共振する同調回路」との記載に続いて,「前記基板上の導電部であって,・・・前記同調回路のコンデンサを形成する導電部」と記載されているから,「前記同調回路」が「検知用周波数で共振する同調回路」を意味するものであることは明らかである。
請求の範囲1項の「前記基板の両対向面にほヾ対応して位置し前記同調回路のコンデンサを形成する導電部」との記載は,「同調回路」の構成のうちの「コンデンサを形成する導電部」をさらに詳細に規定するための記載であり,同1項における「同調回路」が,2つの共振周波数で共振する2つの共振回路を備えることと何ら矛盾するものではない。
イ また,原告は,請求の範囲1項の「前記同調回路」を,「検知用周波数で共振する同調回路」とすれば,「不作動化用周波数の電磁場に応答」する具体的な構成が請求の範囲1項に全く記載されていないことになる旨主張する。
しかしながら,不作動化用周波数の電磁場に応答する具体的構成については,請求の範囲5項に「前記同調回路は単一の共振検知/不作動化回路L1,10,12;40,46,50;L1,10a,12aより成り」と記載され,同7項に「前記同調回路が前記検知用周波数で共振する検知回路L1,10,12;60,66,74;L1,10b,12bと前記不作動化周波数で共振する不作動化回路L2,22,24;68,64,72;L 2,22a,24aとを備え」と記載され,これが開示されており,同1項においては,これらを含む概念として,「所定の範囲内の標識回路検知用周波数で共振する同調回路」,「前記不作動化領域は,前記同調回路が十分なエネルギーの不作動化用周波数で電磁場にさらされると絶縁破壊を生じて,」との記載がされているのであるから,「不作動化周波数の電磁場に応答」する具体的な構成が請求の範囲1項に記載されていないからといって,本件発明が不明瞭であるとはいえない。
ウ さらに,原告は,本件審決のように解すると,請求の範囲1項には,「標識回路検知用周波数で共振する同調回路」と,「コンデンサを形成する導電部」とが並列的に記載されていることになり,「コンデンサ」に関して重複する部分を含む旨主張する。
しかながら,請求の範囲1項には,「検知用周波数で共振する同調回路」と「前記同調回路のコンデンサを形成する導電部」とが並列的に記載されているが,そのうち後者の記載は,「同調回路」の構成のうちの「コンデンサ」を形成する導電部の形状,配置について限定する記載である。すなわち,請求の範囲1項の記載は,本件発明において,電子的に検知可能で不作動化可能な標識が,検知用周波数で共振する同調回路を含んでいること,上記同調回路のコンデンサが基板上の導電部で形成されることを開示しているものである。したがって,上記記載は発明の構成を不明瞭にするものではない。
エ 本件審決の前記第2の3(2)アの判断に誤りがあるという原告の主張には理由はない。
(3) 本件審決の前記第2の3(2)イの判断(「導電部」に関する記載が,請求の範囲1項と同6項及び8項とでは整合していない旨の主張に対する判断)について ア 原告は,「導電部」について,請求の範囲1項においては,「前記同調回路のコンデンサを形成する導電部」としているのに対し,同6項においては「導電部は同調回路を形成すること,具体的な構成として,誘電子とコンデンサと,誘電子とコンデンサとを接続する接続部とから構成されている」とし,同8項においては,「導電部は単独で同調検知不作動化回路を形成していること,具体的な構成として,第1と第2の誘電子と,コンデンサと,誘電子とコンデンサを接続する接続部から構成されている」としているのであって,「導電部」に関する記載が,同1項と同6項及び8項は整合していない旨主張する。
しかしながら,請求の範囲1項には「前記基板上の導電部であって,・・・コンデンサを形成する導電部」と,「基板上の導電部」と「コンデンサを形成する導電部」とが並列にして記載されているのであるから,上記記載中の「コンデンサを形成する導電部」は上記「基板上の導電部」において形成されるものであり,したがって,本件審決が認定したとおり,「基板上の導電部」とは,「同調回路のコンデンサを形成する導電部」を含む,基板上のすべての導電部を意味するものと解するのが相当である。そして,請求の範囲6項及び8項は,同1項の「基板上の導電部」について,具体的に限定して記載したものであり,導電部に関する記載が,同1項と同6項及び8項との間で整合しないということはできない。
イ また,原告は,請求の範囲6項及び8項における「前記導電部」は,同1項に記載されている2つの「導電部」(基板上の導電部とコンデンサを形成する導電部)の構成のいずれに該当するか一義的に特定できないから,同6項及び8項の記載は不明瞭である旨主張する。
しかしながら,請求の範囲6項及び8項の各記載の文脈からすれば,同6項及び8項の各「前記導電部」が同1項の「基板上の導電部」,すなわち基板上のすべての導電部を意味することは明らかというべきであり,それらが同1項に記載されている上記2つの「導電部」の構成のいずれに該当するか不明瞭であるということはできない。
原告は,請求の範囲6項及び8項における,「前記導電部」を「基板上の導電部」と解釈すると,同6項及び8項において引用する同1項の「(コンデンサを形成する)導電部」の記載内容がすべて無意味な記載となる旨主張する。
しかしながら,請求の範囲6項及び8項は,同1項の「同調回路のコンデンサを形成する導電部」をさらに限定して記載しているものであり,同6項及び8項の「前記導電部」を同1項の「基板上の導電部」を意味すると解したとしても,このことから,同1項における「(コンデンサを形成する)導電部)」の記載が無意味なものとなるものではない。
ウ さらに,原告は,「コンデンサを形成する導電部」(請求の範囲1項)と「導電板形成導電部」(同6項及び8項)とに同じ参照番号が付されており,本件発明は不明瞭である旨,また,導電板形成導電部が「コンデンサを形成する導電部」を意味するとしても,請求の範囲の記載において,同一の構成,概念について,請求の範囲の項目ごとに異なる用語が用いられている場合,当該発明の構成は不明瞭というべきである旨主張する。
しかしながら,請求の範囲6項には「前記一対の導電板形成導電部はコンデンサを形成し」とあり,同8項には「前記導電板形成導電部の各対は前記基板の両対向面の対応位置にあってコンデンサを形成し」とあるのであって,同6項及び8項にいう「導電板形成導電部」が同1項にいう「コンデンサを形成する導電部」と同一の構成部分を意味していることは明らかであり,また,本件発明において,請求の範囲1項と同6項及び8項とで,同じ構成部分について別の用語が用いられているために,本件発明の構成が不明瞭となっているとはいえない。
エ 本件審決の前記第2の3(2)イの判断に誤りがあるという原告の主張には理由はない。
(4) 本件審決の前記第2の3(2)ウの判断(不作動化領域を設ける位置及び不作動化領域の構造についての,請求の範囲1項の記載,同2項の記載,同6項の記載及び同8項の記載は不明瞭であり整合していない旨の主張に対する判断)について ア 原告は,不作動化領域の設置の位置及び不作動化領域の構造に関する請求の範囲1項の記載について,これを本件審決が認定したように解すれば,同1項には,1組のコンデンサを構成する導電部の幾組か,すなわち,1組のコンデンサが複数設けられていること,不作動化領域はその幾組かのコンデンサの間,すなわち,コンデンサとコンデンサの間に形成されていることの各構成が開示されていることになるところ,同2項,同6項及び8項には,不作動化領域は,「導電部」,「導電部(または導電路)に接続された接続部」に形成されるものとされており,不作動化領域の設置の位置等に関し,同1項と同2項,同6項及び8項の記載は整合しないことになる旨主張する。
しなしながら,本件審決は,請求の範囲1項にいう「前記導電部のいくつかの間にある」とは,「1組の「コンデンサを形成する導電部」が幾組か設けられていて,不作動化領域は,その幾組かの間に形成されていると解するのが自然である」旨認定したものである。そして,本件審決が認定した「その幾組かの間に形成されている」との部分は,請求の範囲1項の「前記不作動化領域が,前記いくつかの導電部の間にあって前記いくつかの導電部を相互に絶縁している誘電材部分からなり」との記載を解釈したものであるから,同認定部分は,「前記不作動化領域」が「幾組か」あるコンデンサの,「コンデンサを形成する導電部の間にある誘電材部分」から形成されているとの解釈を示したものというべきである。加えて,「幾組か」というのは,いくつか決まっていない数を表すのであるから,必ずしも複数組あることを示すものではなく,1組しかない場合も含むものであり,この点をも勘案すれば,本件審決が,不作動化領域がコンデンサとコンデンサの間に形成されていると認定したものでないことは明らかである。
イ また,原告は,請求の範囲1項では,不作動化領域は「誘電材部分」からなるとされているのに対し,同2項では,不作動化領域は「導電部に設けられた凹部から形成」とされ,同6項及び8項では,不作動化領域は「導電部(または導電路)に接続された接続部」に形成されるとされているのであって,不作動化領域の構造に関し,同1項と同2項,同6項及び8項の記載とは整合していない旨主張する。
しかしながら,請求の範囲2項は,同1項の「不作動化領域」を引用し,「前記不作動化領域が,前記いくつかの導電部の少なくとも1つ12;24;50;72;28aに設けられた凹部20;32;56;82;24aから形成され,前記いくつかの導電部(10,12;22,24;40,50;10a,12a;22a,28a間の前記凹部での距離が,前記凹部以外の場所での距離に比べて短いことを特徴とする」と規定するものである。しかして,この記載は,導電部に設けられた凹部により不作動化領域(誘電材部分)が凹状に形づくられ,導電部間の凹部での誘電材の厚みが凹部以外での誘電材の厚みに比べて薄いことをクレーム化したものと解されるから,不作動化領域が誘電材部分からなるという同1項の記載と矛盾するものではない。
また,請求の範囲6項には「前記不作動化領域は前記一対の導電板形成導電部10a,12aの間にある基板の部分,もしくは,一方の導電板形成導電部10;46と,他方の導電板形成導電部12;50に接続された1つの接続部18;52との間にある基板の部分から成る」と記載され,同8項には「前記不作動化領域は,前記複数対の導電板形成導電部のうちの一対22a;24aの間にある基板の部分に,もしくは一対の導電板形成導電部の1つ22;64と,その同じ対の導電板形成導電部のもう1つ24,72に接続された接続部30;78との間にある基板の部分に設けられている」と記載されているが,上記各記載中に導電板形成導電部がコンデンサを形成する導電部を意味するものと解すべきことは前示のとおりであるから,同6項及び8項の不作動化領域の構造に関する記載は,同1項のこの点に関する上記記載と何ら矛盾するものではない。
ウ 本件審決の前記第2の3(2)ウの判断に誤りがあるという原告の主張には理由はない。
(5) 本件審決の前記第2の3(2)エの判断(「アーク放電」を発生,維持するための構成が,請求の範囲に記載されていない旨の主張に対する判断)について ア 原告は,本件審決の引用する周知技術は,非常な高電圧,高電力が印加される電極間における放電発生についての技術であり,本件発明の如くの同調回路における共振状態での部分放電についての技術ではなく,請求の範囲1項では,単に「不作動化用周波数での電磁場に応答し」と記載されているのみであり,かかる記載と,検知用周波数で共振する同調回路と不作動化領域の位置の記載のみでは到底アーク放電が発生,維持するための構成が記載されているとはいえない旨主張する。
イ そこで検討するに,本件明細書(甲2)の「発明の背景」及び「発明の要約」の項の記載によれば,本件発明は,少なくとも1つの共振周波数を有し,電子安全装置内で,標識回路を関知しこれを電子的に不作動化して検知周波数での標識回路の共振特性を破壊若しくは変化させる共振標識回路に関するものであること,上記共振標識回路は,標識の共振構造体内で作動する絶縁破壊機構により電子的に不作動化され,ヒューズリンクを必要とせず,また,共振回路のQに影響したりこれを減少させることがないという点で,従来技術と異なる作用効果を奏すること,そのために,本件発明においては,検知用周波数で共振する同調回路を設けるとともに,同調回路のコンデンサを形成する各導電部の間に誘電部材からなる不作動化領域を設け,不作動化領域を形成する誘電部材が,不作動化用周波数での電磁場に応答して前記各導電部間で生じるアーク放電により,上記検知用周波数での上記同調回路の共振特性を破壊若しくは変化させるという構成を採用していること,そして,この構成が本件発明を特徴付けるものであることが記載されている。
また,証拠(乙1の(1)ないし(3))及び弁論の全趣旨によれば,高電圧,高電力が印加される電極間において,電極間に電圧を加えるとその間の絶縁媒体中で部分放電が発生すること,この部分放電は交流印加の場合,周期的に発生すること,部分放電により固体絶縁体中には樹枝状の絶縁破壊部分が生じること,この絶縁破壊部分は最後には導体間を橋絡する絶縁破壊路を形成すること,電極間の貫通破壊によりアーク放電が発生することは,周知の事項であると認められる。そして,本件発明においても,同調回路が不作動化用周波数での電磁場に応答し同調すると,高電圧が生じ,その場合にアーク放電が形成されるものと考えられるのであって,本件明細書のアーク放電を発生,維持するための仕組みの説明部分(別紙2の記載fないしj)も,上記周知事項に基づくものと解される。
上記のとおり,本件発明を特徴付ける,アーク放電により上記検知用周波数での上記同調回路の共振特性を破壊若しくは変化させるという構成は,上記周知事項を前提とするものであるということができる。
ウ そうすると,本件発明に係る請求の範囲の記載としては,アーク放電により上記検知用周波数での上記同調回路の共振特性を破壊若しくは変化させるという点を含め,本件発明を特徴付ける上記の構成が記載されていれば足りるものであり,アーク放電の発生,維持のための具体的構成がどのようなものであるかは,本件発明の構成に欠くことのできない事項ということはできない。
この観点からみれば,本件発明のアーク放電により同調回路の共振特性を破壊若しくは変化させる構成に関する部分は,請求の範囲1項の,「前記不作動化領域が,前記いくつかの導電部の間にあって前記いくつかの導電部を相互に絶縁している誘電材部分からなり,この誘電材部分は,アーク放電がそれに沿って生じる放電路を形成し,前記アーク放電は,前記不作動化用周波数での前記電磁場に応答し,前記誘電材を貫通して前記いくつかの導電部の間で生じて,前記検知用周波数での前記同調回路の共振特性を破壊もしくは変化させる」という記載により十分特定されているというべきである。
エ 本件審決の前記第2の3(2)エの判断に誤りがあるという原告の主張には理由はない。
(6) 本件審決の前記第2の3(2)オの判断(検知用周波数で同調回路の共振特性を破壊するための具体的構成として,請求の範囲1項には何も記載されておらず,同3項及び同4項の記載を参照してもその具体的構成は明らかでない旨の主張に対する判断)について ア 原告は,たとえ本件明細書の発明の詳細な説明の欄に,検知用周波数で同調回路の共振特性を破壊するための具体的構成が記載されていたとしても,請求の範囲に必要な構成が記載されていなければ本件発明は不明瞭であるというべきである旨主張する。
しかしながら,検知用周波数での同調回路の共振特性を破壊する具体的な構成は,すなわち,アーク放電を発生,維持するための具体的な構成に異ならないというべきところ,アーク放電を発生,維持するための具体的な構成がどのようなものであるかは,本件発明に欠くことのできない構成に該当せず,本件発明に係る請求の範囲の記載としては,アーク放電により上記検知用周波数での上記同調回路の共振特性を破壊若しくは変化させるという点を含め,本件発明を特徴付ける上記の構成が記載されていれば足りることは,前記(5)で説示したとおりである。
この観点からすれば,本件発明の検知用周波数での同調回路の共振特性を破壊若しくは変化させる構成に関する部分は,請求の範囲1項のうち,前記(5)ウに摘示した部分で十分に特定されているというべきである。
イ 本件審決の前記第2の3(2)オの判断に誤りがあるという原告の主張には理由はない。
(7) 本件審決の前記第2の3(2)カの判断(請求の範囲5項の記載において「エネルギー」,「エネルギー準位」の意味するところが不明瞭であり,単一の共振検知/不作動化回路を有するのみでは「アーク放電」を持続させることができるかどうか不明瞭である旨の主張に対する判断)について ア 原告は,「エネルギー準位」の用語は本件明細書に何ら記載がなく,その意味を示唆する記載もないから,「エネルギー準位」についての記載は不明瞭である旨主張する。
しかしながら,本件明細書(甲2)には,「もう1つの共振周波数は標識を不作動化させるのに使用される。通常は連邦通信委員会(FCC)が割り当てた工業,科学,医薬産業用(ISM)の帯域内にある周波数の1つを標識不作動化用周波数に選ぶ。従って,連邦政府の特別許可を受けなくても,標識を不作動化するために放射されるエネルギーを,比較的高出力にすることができる。」(10欄27〜34行),「絶縁破壊で生じた電気アークは,外部電源から共振回路に伝達されるエネルギーにより維持され」(11欄6〜8行)と記載されており,この記載を参照すれば,請求の範囲5項における「エネルギー準位」が「外部電源から共振回路に与えられるエネルギーレベル」を意味していることは明らかである。
イ 原告は,同調回路のコンデンサ部分で絶縁破壊が生じれば,共振特性は破壊又は変化し,もはや同調回路が共振することはないから,単一の共振周波数でのみ共振する同調回路のコンデンサ部分で絶縁破壊が生じても,「アーク放電」が持続することは明らかではない旨主張する。
しかしながら,本件明細書(甲2)の別紙2の記載iには,アーク放電が不作動化領域において永久短絡路が生じるまで持続する仕組みが開示されている。そして,このアーク放電が持続する仕組みは,「検知用周波数で共振する同調回路」と「不作動化用周波数で共振する同調回路」の2つの同調回路を有するものと,単一の共振周波数でのみ共振する同調回路しか有しないものとの間で異なることはない。すなわち,コンデンサの技術常識に照らせば,同調回路の不作動化領域に絶縁破壊が生じ,不作動化領域にクラックが形成された後も,同調回路のコンデンサの静電容量の変化量は無視できる程に小さいと考えられるから,同調回路の共振特性は変化せず,同調回路は共振し続け,アーク放電は持続するものである。
ウ 本件審決の前記第2の3(2)カの判断に誤りがあるという原告の主張には理由がない。
3 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,本件審決に他にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
別紙1本件出願翻訳文の記載a「十分な電気エネルギーが回路の共振周波数またはその付近で標識回路に伝達されると,コンデンサ板10と12の両端間の電圧が増大し,ついには導電路の凹部20の破断点において電気破断が生じる。この凹部はコンデンサ板間の最短距離であるために電気破断は常にこの点で起る。破断で形成された電気アークは外部電源により連続的に共振回路に伝達されるエネルギーにより保持される。電気アークは導電路18を破壊する凹部20付近にある金属を気化させ,これによって標識回路の共振特性が永久的に破壊される。」(甲3の7頁左下欄1〜11行)b「不作動化周波数で回路に十分なエネルギーが伝達されると,電圧はコンデンサ板22と24の両端間で増大し,ついには基板層が破断点32で破断する。さらに破断が常に起るのは破断点においてである。というのはこの破断点32がコンデンサ板22と24との間の最短距離であるからである。破断で生じた電気アークは外部電源から共振回路に伝達されるエネルギーにより保持され,このアークによって破断域と導電路30の隣接部分との付近で金属の気化が行われる。」(同8頁左上欄3〜12行)c「導電域50には凹部51が設けてあり,導電域50と導電路52とが結合する近くに存在する。この結合する場所には凹部56があって導電路52の導電域となっており,この導電域は導電域46と向い合い,また導電域46との間隔は導電域46と50との間の間隔よりも短い。この凹部56は破断点となり,この点において標識回路の共振周波数で外部電源から電気破断を生じさせるのに十分なパワーのエネルギーを加えると,それに応じて電気破断が起る。」(同8頁左下欄9〜18行)d「第8図の実施例では凹部はコンデンサ板12aにある。第9図の実施例では凹部はコンデンサ板24にある。十分な大きさの標識の共振周波数でエネルギーを加えると,電気破断は誘電層を通って凹部において発生し,標識部にエネルギーが送られるから,アークが持続しようとし,両コンデンサ板の間にプラズマを形成する。共振回路のQのために,エネルギーは,共振回路自体ではほんの少ししか消散せず,両コンデンサ板の間に形成されたアークの中で消散する。アークのエネルギーによりプラズマは急速に加熱され,コンデンサ板を形成する金属を気化させる。気化された金属によりアークは導体となり,コンデンサ板を短絡させ,これによって回路の共振特性を一時的に破壊し,アークを抜ける電流とアークの両端間の電圧とが直ぐに衰弱する。従ってアークは冷却し,先に気化した金属を両コンデンサ板の間に蒸着させる。短絡路が形成された場合,標識部は永久破壊される。短絡路が形成されない時は,加えられたエネルギーに反応して電圧が再びコンデンサ板の両端間に起り,一連の工程が繰り返される。」(同10頁右上欄2行〜左下欄2行)e「プラスチック層はすでに破壊され,かつ破断点においてぜい弱化しているために,通常の場合はこの破断点でアークが再び形成され,永久短絡路が生じるまで別の金属が気化蒸着される。不作動化のシーケンスは第10図-第12図に示されている。第10図ではコンデンサ板112と114とにはさまれたプラスチック層110の中での電圧降伏の開始の状態が見られ,アーク放電後のプラズマの形成が第11図に示され,放電路に沿って金属を最終蒸着させてコンデンサ板を短絡した状態が第12図に示されている。」(同10頁左下欄2〜12行)別紙2本件明細書の記載f「十分な電気エネルギーが,標識回路の共振周波数でまたその近くの周波数で標識回路に伝達されると,コンデンサ板10,12間の電圧が増大し,ついには誘電路の凹部20の破断点において絶縁破壊が生じる。コンデンサ板10,12間の距離はこの凹部で最短であるため,絶縁破壊は常にこの点で起る。絶縁破壊で形成された電気アークは,外部電源から継続して共振回路に伝達されているエネルギーにより維持される。電気アークは凹部20付近で金属を気化させて,導電路18を破壊し,このため標識回路の共振特性が永久的に破壊される。」(甲2の9欄43行〜10欄11行)g「この導電路30はコンデンサ板22に向い合って設けられた破断点(凹部)32を備えている。・・・標識回路に不作動化用周波数で十分なエネルギーが伝達されると,電圧はコンデンサ板22,24の間で増大し,ついには基板層が破断点32で絶縁破壊する。この場合も,絶縁破壊は常にはこの破断点32において生じる。というのは,この破断点32でコンデンサ板22,24間の距離が最短になるからである。絶縁破壊で生じた電気アークは,外部電源から共振回路に伝達されるエネルギーにより維持され,そしてこのアークによって,導電路30の隣接部を含む絶縁破壊領域の付近で金属が気化される。」(同10欄24行〜11欄10行)h「導電部50にはくぼみ51が設けられている。このくぼみは,導電部50と導電路52との結合部に近接している。この結合部には凹部56が設けられており導電路52の導電部を形成している。この導電部は導電部46と向い合っており,またこの導電部から導電部46までの距離は導電部46,50間の距離よりも短い。この凹部56は絶縁破壊がそこで生じる破断点となる。絶縁破壊は,標識回路の共振周波数で,絶縁破壊を生じさせるのに十分な大きさのエネルギーを外部電源から加えると,それに応じて生じる。」(同12欄6〜17行)i「第8図の実施例では,凹部はコンデンサ板12aに設けられている。第9図の実施例では凹部はコンデンサ板24に設けられている。十分な大きさの標識共振周波数でエネルギーを加えると,絶縁破壊は誘電層を通って凹部に発生する。標識にはエネルギーが送り続けられているから,アークは持続し,両コンデンサ板の間にプラズマを形成する。共振回路のQのために,エネルギーは共振回路自体においてはほんの少ししか消散せず,両コンデンサ板間に形成されたアークの中で消散する。アークのエネルギーによりプラズマは急速に加熱され,コンデンサ板を形成している金属を気化させる。気化された金属によりアークは導体となり,コンデンサ板を短絡させる。これによって標識回路の共振特性が一時的に破壊され,アークを通る電流とアークの両端間の電圧とが急激に衰弱する。このためアークは冷却し,先に気化した金属を両コンデンサ板の間に付着させる。短絡が生じると,標識は永久破壊される。短絡が生じないときは,電圧が,加えられたエネルギーに応じて再び両コンデンサ板の間に生じ,前記工程が繰り返される。」(同15欄22〜44行)j「プラスチック層はすでに破壊され,破断点においてぜい弱化しているから,通常の場合,アークはこの同じ破断点で再び形成され,そして永久短絡路が生じるまで金属がさらに気化し付着する。不作動化のプロセスを第10図-第12図に示した。第10図には,コンデンサ板112と114の間でプラスチック層110を通る電圧降伏(voltagebreakdown)の開始状態が示されている。第11図には,アーク放電後のプラズマの形成が示され,第12図には,コンデンサ板を短絡させる放電路に沿った金属の最終的な付着状態が示されている。」(同15欄44行〜16欄11行)
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青蜉]
裁判官 清水節