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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13ネ3684特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成14ネ1089特許権に基づく製造販売禁止等請求控訴事件 判例 特許
平成12ワ20029特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成15ネ2376特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成17ワ11007不当利得返還等請求事件 判例 特許
関連ワード 技術的思想 /  公知技術 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  技術的特徴 /  実質的に同一 /  権利の濫用(権利濫用) /  対象製品 /  参酌 /  均等 /  均等論 /  置き換え /  置換 /  置換可能性 /  同一の作用効果 /  容易に想到(容易想到性) /  意識的除外(意識的に除外) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 15年 (ネ) 653号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人 ジューキ株式会社
同訴訟代理人弁護士 三木茂
同 吉田正夫
同 椙山敬士
同 今井鉄男
被控訴人 セイコーエプソン株式会社
同訴訟代理人弁護士 飯田秀郷
同 栗宇一樹
同 早稲本 和徳
同 七字賢彦
同 鈴木英之
同 隈部泰正
同 大友良浩
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/11/26
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,原判決別紙物件目録2及び4記載の製品を製造し,販売し,又は販売のために展示してはならない。
(3) 被控訴人は,その占有する前項の製品及びその半製品を廃棄せよ。
(4) 被控訴人は,控訴人に対して,34億0580万円及び内金5億円に対する平成12年10月13日から支払済みまで,内金29億0580万円に対する平成14年2月23日から支払済みまで,各年5分の割合による金員を支払え。
(5) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(6) 仮執行の宣言 2 被控訴人 主文と同旨
事案の概要
1 本件は,多色印字装置に関する特許権を有する控訴人が,多色印字装置を製造,販売する被控訴人の行為は控訴人の上記特許権を侵害するとして,同製品の製造,販売等の差止めと損害金の支払等を求めた事案である。
原判決は,被控訴人の製造,販売する多色印字装置は,控訴人の上記特許権の技術範囲に属せず,被控訴人の上記製造,販売行為は,同特許権を侵害するものではないとして,控訴人の請求を棄却した。
控訴人は,原判決を不服として本件控訴を提起した。
2 争いのない事実等は,原判決「事実及び理由」欄の第2「事案の概要」1に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 争点 (1) 被控訴人製品の構成は,どのようなものか。
(2) 被控訴人製品は,本件発明の構成要件(A,F,G,H)を充足するか。
(3) 被控訴人製品の構成と本件発明の構成要件Hの文言が異なるとした場合,被控訴人製品は本件発明と均等といえるか。
(4) 本件特許権に基づく権利行使は,権利の濫用に当たるか。
(5) 損害額はいくらか。
4 争点に関する当事者の主張は,次のとおり補正,付加するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2「事案の概要」3に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決4頁5行目,同17行目,同5頁15行目から16行目にかけての各「原告の主張」をいずれも「原告主張」と,同4頁8行目,同13行目の各「被告の主張」をいずれも「被告主張」とそれぞれ改める。
(2) 同5頁7行目冒頭から同23行目末尾までを次のとおり改める。
「ア(ア) 本件発明において「カラム」とは縦列を意味し,「カラム数」はカラム(縦列)を数えたものである。ドット式プリンタの場合には,ドット単位の数が「カラム数」に当たるから,構成要件Fの「印字色別に1印字行分のカラム数を計数する」とは,印刷基準位置(キャリッジ原点。用紙上の所定の行頭位置をいう。以下同じ。)から右端位置(最大右端ドット位置)までのドット数を計数することを意味する。また,構成要件Fにおいては,印字色データをどこから格納するかということは問題とはならない。構成要件Fの「前記格納手段に格納された印字色データ」とは,用紙への印刷と対応関係のある「格納され展開された印字色データ」をいうものであり,したがって,これを左側がヌルカット処理されていないものに限られるとする理由はなく,ホストコンピュータでヌルカット処理されたデータが格納される場合でも,ヌルカット処理された部分には上記格納手段のデフォルト状態で存在したヌルデータが存在するから,イメージバッファメモリにおいてヌルカット処理されたデータも含め印刷基準位置から各色の最右端位置までのカラム数を計数することは可能である。
被控訴人製品は,イメージバッファメモリに格納された1印字行分のビットイメージデータ(本件発明における印字色データに相当する。以下同じ。)から,原判決別紙各「被告構成についての主張」の各「原告主張」欄記載のf1ないしf6の処理をすることにより,各印字色毎に印刷基準位置(キャリッジ原点)から最右端位置(最右端のオンドットデータの位置)までのドット数を計数する手段を備えている。このことは,被控訴人製品において,各色の最大右端ドット位置が次の計数処理によって求められることを被控訴人が自認していることからも明らかである。
((印字終了番地+1)-バッファ基準位置)/20H×10H-2H-500H したがって,被控訴人製品は,構成要件Fを充足する。
(イ) また,被控訴人製品3においては,ホストコンピュータから「左右のヌルデータを含めた全幅のビットイメージデータ」がプリンタへ転送される。
プリンタのイメージバッファメモリには,印字基準点番地(印刷基準アドレス)から「左右のヌルデータを含めた全幅のビットイメージデータ」が格納される。
被控訴人製品3の場合,ホストコンピュータにおいては,他の被控訴人製品のような左側のヌルカット処理及び右側のヌルカット処理を行わず,各色とも左右のヌルデータを含めて全幅のビットイメージデータが1ラインごとにイメージ転送コマンドによりプリンタへと転送される。すなわち,ホストコンピュータからプリンタに対し,各色の印字色データはフル桁で送られてきて,プリンタのイメージバッファメモリに0か1の情報として印字基準点番地(印刷基準アドレス)から全幅に対応するバッファメモリの最も右まで格納される。
そして,被控訴人製品3においては,印刷基準アドレス(印字基準点番地)から全幅に対応するバイト数だけ進んだアドレス(イメージバッファメモリの最も右端)から1カラムずつカウントダウンして数えて印字終了番地(印刷終了アドレス,実印字データが存在する最も右端)を見つける。すなわち,被控訴人製品3においては,最大7本の縦列(7バイト)間に限らず,印刷基準アドレス(印字基準点番地)から全幅に対応するバイト数だけ進んだアドレスから計数を開始して,実印字データの右端(印字終了番地)が見つかるまでカウントダウンを行うのであり,到底微調整などという処理ではない。
したがって,仮に被控訴人製品1,2及び4が構成要件Fを充足しないとしても,被控訴人製品3が構成要件Fを充足することは疑いの余地がない。」 (3) 同7頁18行目,同23行目の各「被告製品においては,」をいずれも「被控訴人製品1,2及び4においては,」と改め,同8頁3行目冒頭から同5行目末尾までを次のとおり改める。
「一方,被控訴人製品3の場合,ホストコンピュータにおいては,他の被控訴人製品のような左側のヌルカット処理及び右側のヌルカット処理を行わず,各色とも左右のヌルデータを含めて全幅のビットイメージデータが1ラインごとにイメージ転送コマンドによりプリンタへと転送される。そして,この送信データがそのままイメージバッファメモリに格納されるのである。
構成要件Fは,「前記格納手段に格納された印字色データから印字色別に1印字行分のカラム数を計数するカラム計数手段と」と規定しているから,1印字行分のカラム数を計数する対象は,前記格納手段に格納された「印字色データ」である。
被控訴人製品3において,イメージバッファメモリに格納される印字色データは,このように全幅のビットイメージデータであるから,各色ともそのデータ長は同一である。したがって,本件発明のようにこのデータ長を計数しても何の役にも立たない。なお,このデータ長が本件発明の構成要件Fが規定する各色のカラム数に相当する。
因みに,被控訴人製品3の各色の最大右端バイトアドレスは,全幅データの右端の最下端バイトアドレス(印刷可能な最右端位置を示すバイトアドレス)であり,被控訴人製品1,2及び4において,水平開始位置データ(データ格納開始番地)に水平方向の幅データを加算することにより得られる各色の最大右端アドレスに相当する。しかして,被控訴人製品3において,このような各色の最大右端アドレスを取得することは,いかなる意味においても本件発明の「計数」に該当しない。
したがって,被控訴人製品は,構成要件Fの「前記格納手段に格納された印字色データ」を対象にしてカラム数を計数するものでないから,構成要件Fを充足しない。」 (4) 同13頁23行目末尾の次に改行の上,次のとおり加える。
「また,被控訴人製品は,定期的(10〜12秒に1回程度)にホーム位置へ戻り,印刷基準位置(キャリッジ原点)から全色の最右端位置(最大ドット数位置)間での移動を含む制御を行っている。すなわち,仮に,構成要件Hを印字ヘッドが印刷基準位置(キャリッジ原点)から主走査方向に全色の最右端位置まで連続して移動することを意味すると解した場合でも,被控訴人製品も,本件発明の実施例における印字ヘッドの動き方同様,印刷基準位置(キャリッジ原点)から全色の最右端位置(最大ドット数位置)まで移動する印字ヘッドの制御を行っている。」 (5) 同18頁3行目末尾の次に改行の上,次のとおり加える。
「印刷中にキャリッジが定期的にホーム位置に戻ることはある。このホーム位置でインクジェットヘッドを良好に保つため,少量のインクを吐き出してスポンジに吸い取り,目詰まりを防止する。
さて,このようにホーム位置に戻ったキャリッジは,次の印刷を開始すると,全色の最左端位置をめがけて加速を開始し,全色の最左端位置に達すると,そのタイミングでノズル列からインクが吐き出されて用紙に印刷していくのである。
控訴人は,このときあたかも印刷基準位置でいったん停止するかの如き主張をするが,そのようなことはない。したがって,このホーム位置からの印刷の時は,ホーム位置から全色の最右端位置までキャリッジは連続移動し,「最大カラム数」や「全色の最左端位置から全色の最右端位置までの距離」とは全く関係のない距離を移動するのであって,控訴人が主張するように,「印刷基準位置(キャリッジ原点)から全色の最右端位置(最大ドット数位置)まで」,最大カラム数分連続移動していない。
なお,控訴人は,被控訴人製品の例外的動作をことさらに取り上げて構成要件充足性を主張するが,かかる主張はそもそも原判決で「除外して考える」とした様々な挙動と同列に取り扱われるべきものである。被控訴人は,被控訴人製品においては,@キャリッジの加速域・減速域が存すること,A仮想ブラックノズル列により制御が存在するための演算により全色の最左端・最右端の各位置が求められること,Bオンドットデータが計数の対象であるとの控訴人の主張を仮に前提とするとしても,そのヌルカット処理は1バイト(=8ビット)単位であるから,最大7ビットのヌルデータが存在することになることなどを明らかにしてきたものである。こうしたことと同視されるべき例外的事象であるキャリッジの例外的なホーム位置への帰還を主張するのは,そもそも不適当である。」 (6) 同19頁8行目末尾の次に改行の上,次のとおり加える。
「(6) 被控訴人製品の構成と本件発明の構成要件Hの文言が異なるとした場合,被控訴人製品は本件発明と均等といえるか(争点3)。
(控訴人の主張) 仮に,被控訴人製品の構成と構成要件Hの文言が異なるとしても,次のとおり,被控訴人製品は本件発明と均等である。
ア 特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する 場合であっても, (ア) 上記部分が特許発明の本質的部分ではなく, (イ) 上記部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって, (ウ) 上記のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり, (エ) 対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく,かつ, (オ) 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは, 上記対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,なお特許発明技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最判平成10年2月24日民集52巻1号113頁)。
構成要件Hの,印字ヘッドを「印刷基準位置(キャリッジ原点)から・・・最右端位置まで連続して移動させること」と被控訴人製品の「全色の最左端位置から全色の最右端位置まで移動する」こととが異なるとした場合について,この部分につき均等の要件の有無を検討する。
ウ 上記ア(ア)の本質的部分について (ア) 解決手段における特徴的原理(本質的部分) 本件発明では,1印字行において,全色の印字データを印字するのに,格納手段に格納された印字色データから印字色別に1印字行分のカラム数をカラム計数手段により計数し,計数したカラム数のうち最大カラム数を最大カラム数取得手段により求め,求めた最大カラム数分の位置(最右端位置)まで,移動手段により印字ヘッドを主走査方向に連続移動させた後,リターンするように制御手段により制御し,1印字行の長さが一定でない場合であっても,色が欠けることなく多色印字を行えるようにするという効果を生じさせることが技術的思想の中核をなす特徴的な原理である。
(イ) 異なる部分が本質的部分でないこと 印字ヘッドが最右端位置でリターンすることは本件明細書の特許請求の範囲と被控訴人製品とで異ならず,この右端の処理において両者は同一の効果を達成している。被控訴人製品と異なる本件発明の構成は,印字ヘッドをキャリッジ原点から移動させる部分にあるが,本件発明の技術的特徴は右端位置の処理にあるのであり,この部分は本件発明の本質的部分ではない。しかも,被控訴人製品は,本件発明の技術思想であるF,Gの手段を重畳的に最左端位置の求め方にも利用した結果として,構成要件Hに関し,ミラー的利用・重複的利用に随伴する必然的な差異を発生させているにすぎない。
したがって,被控訴人製品は本件発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理によるものであるから,被控訴人製品と異なるとされる上記イ記載の部分は本件発明の本質的部分に係るものではない。
エ 上記ア(イ)の置換可能性について 印字ヘッドの移動開始位置を印刷基準位置(キャリッジ原点)(0)から最左端位置(Y)に置き換えても,移動量をY分だけ少なくしさえすれば最右端位置まで移動するので,本件発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものである。
オ 上記ア(ウ)の容易想到性について 単色印字装置において印字ヘッドを印刷基準位置(キャリッジ原点)に戻すことなく,実際に印字開始する位置に移動して印字を開始する制御手段は,周知慣用であった。したがって,実際に印刷を開始する位置から印字ヘッドを移動させ,それに伴う結果として印刷基準位置(キャリッジ原点)からの最大カラム数分ではなく残りのカラム数分移動させる構成をとることは当業者にとって容易想到である。その印刷開始位置については,本件発明の技術思想を左端においても利用すればよく,このことは当業者であれば容易に想到できる。すなわち,多色印字装置について本件発明が公開されれば(昭和62年5月15日),当業者であれば,最大カラム数を計数する手段と同じ解決手段の原理で最左端位置を求めることは容易に推考し得るものである。したがって,被控訴人製品の製造時において,当業者は,本件相違部分を被控訴人製品におけるものと置き換えることに極めて容易に想到することができたものである。
カ 上記ア(エ)及び(オ)の要件について 上記ア(エ)の要件についていえば,本件発明の出願当時において被控訴人製品と同一の公知技術は存在せず,当業者が当時の公知技術から容易に推考することができたものともいえない。また,上記ア(オ)の要件についていえば,本件発明の出願及び審査の経過において,被控訴人製品のような構造のものを意識的に除外したなど,均等の成立を妨げる特段の事情は存在しない。
キ 以上により,被控訴人製品は,本件発明と均等であり,その技術的範囲に属する。
(被控訴人の主張) ア 構成要件の文言上非充足は構成要件F,Hであること 控訴人は,均等論を主張するにあたり,構成要件Hの相違を前提にしている。しかし,被控訴人製品は構成要件Fとも相違しているのであって,そうであれば,構成要件Hの相違点にのみ均等論を適用することはできないというべきである。
イ 「ミラー的利用」の概念の情緒性・抽象性 構成要件Hは,「印字ヘッドを主走査方向に最大カラム数分連続移動させ,その後,リターンするように前記移動手段を制御する制御手段を備えてなる多色印字装置」というものである。したがって,構成要件Hでは,「最大カラム数分連続移動」の「最大カラム数分」が何を意味しているかが極めて重要な要素になる。
この最大カラム数が,仮に控訴人が主張するように,全色の最右端位置を表すものであるとしても(控訴人は,構成要件Fの非充足を無視するのだから,均等論の場面ではこのように解することを前提にしているのであろう。),その場合,全色の最左端位置はどう考えるのか,全く不明である。
控訴人は,全色の最左端位置について,ミラー的利用・重畳的利用をすることができると主張するが,本件発明において,印刷基準位置(キャリッジ原点)から右方向に存在する全色の最左端位置なるものをそもそも概念できないことは前記のとおりである。
さらには,ミラー的というためには,この全色の最左端位置に関して,印刷基準位置(キャリッジ原点)にミラー的に適用される「印刷終了基準位置(キャリッジ終点)」とでもいったものを観念しなければ,正確な意味で「ミラー」的ではないことになる。そして,この全色の最左端位置をこの「印刷終了基準位置(キャリッジ終点)」なるものからの距離としての「カラム数」により表現することもできない。
このように,控訴人が主張する「ミラー的利用・重畳的利用」の概念は情緒的・抽象的で,何を意味しているのか全く不明なものである。
ウ 本件発明の本質と均等論 本件発明では,キャリッジの現在位置把握を行うことなく,キャリッジ原点から常に印字ヘッドを移動させることにし,かつ,キャリッジ原点から所定のカラム数分だけ印字ヘッドを連続移動させると,印字ヘッドの現在位置を常時把握しなくても,最右端位置までの残カラム数を把握できる(ただし,キャリッジ原点からの距離が座標位置を表すということに基づき,記憶された最大カラム数を1カラムずつ所定数減算した結果である残カラム数が常時把握されているにすぎない。)という関係にあることを利用して,各色の1印字行分のカラム数中最大カラム数分キャリッジ原点から印字ヘッドを移動させれば,最右端位置まで印字することができる,とするところに特許的意義(発明の本質部分)がある。つまり,本件発明においては,キャリッジ原点から印字ヘッドを最大カラム数分連続移動させることによって初めて最右端位置まで印字できるのである。
エ 結論 以上の次第で,控訴人の均等論の主張は,結局のところ,本件発明に代えて,全色の最左端位置,全色の最右端位置を求めて,キャリッジの現在位置把握技術をもとにした最短印刷技術に置換する,と主張しているに等しいと評価せざるを得ない。
控訴人の均等論は,均等論の適用要件である「本質的部分でないこと」という要件を満たさず,さらには,そのような置換によると,公知技術そのものになってしまうものであることは明白であり,主張自体失当と言わざるを得ない。
(7) 同19頁9行目の冒頭から末尾までを「(7) 本件特許権に基づく権利行使は権利の濫用となるか(争点(4))について」と改める。
(8) 同20頁11行目から12行目にかけての「甲38(乙4の1)に基づき」を「甲38(乙4の1)に甲4の2を組み合わせることによって」と改める。
(9) 同22頁9行目の「乙4号の2」を「乙4の2」と改める。
(10) 同22頁12行目冒頭から末尾までを「(8) 損害額(争点(5))について」と,同14行目の順番号「1(1)」を「ア(ア)」と,同18行目の順番号「(2)」を「(イ)」と,同23行目の順番号「(3)」を「(ウ)」と,同23頁1行目の順番号「(4)」を「(エ)」と,同6行目の順番号「2」を「イ」と,同9行目の順番号「(1)」を「(ア)」と,同11行目の順番号「(2)」を「(イ)」と,同13行目の順番号「(3)」を「(ウ)」と,同15行目の順番号「(4)」を「(エ)」とそれぞれ改める。
当裁判所の判断
1 本件発明の技術的内容及び技術思想 (1) 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄及び図面の記載 本件明細書(甲1)の「発明の詳細な説明」欄及び図面には,以下の各記載がある。
ア 「〔従来の技術〕 主走査方向が単一方向の単色印字装置においては,印字データを,一方で,バッファに格納し,一方で,このバッファから格納順に読み出し,この読み出した印字データに応じて印字ヘッドを駆動して印字を行なう。
そして,1印字行分のデータ読み出しが終了してキャリッジリターンコードが読み出されると,印字ヘッドをリターンさせるとともにラインフィードを行なうようにしている。」(1欄20行〜2欄3行),「つぎに,このような印字ヘッド駆動方法を,主走査方向が単一方向の多色印字装置,例えば,イエロー,マゼンタ,シアンの印字色によりカラー印字を行なう装置に適用した例を説明する。」(2欄4行〜7行),「イエロー,マゼンタ,シアンの各印字色データに基づき,主走査,副走査が行なわれると,第1〜第3の印字部53a〜53cの各発熱素子54により,各印字帯55a〜55cの各印字色が別個に記録紙56の対応する各行(同時に3行)に熱転写される。従って,1行分の多色印字は,イエローの熱転写,1印字行分(幅D)の紙送り,マゼンタの熱転写,1印字行分の紙送り,シアンの熱転写という1サイクルにより完了する。このサイクルにおいて,ある行を着目すると,まず,イエローが印字され,ついで,マゼンタが,最後にシアンが印字されることがわかる。」(3欄9行〜20行) イ 「〔発明が解決しようとする問題点〕 しかしながら,キャリッジリターンコード,ラインフィードコードが読み出されると,1印字行の長短に関係なく,キャリッジリターンコード,ラインフィードコードが読み出された時点で,キャリッジリターンおよびラインフィードが行なわれる。このため,例えば,第8図に示すように,格納されたデータ量が一定でない場合,すなわち,1印字行が一定でない場合は,図中斜線で示したイエローデータに基づく印字が行なわれないまま,キャリッジリターンが行なわれるという問題点があつた。」(3欄21行〜32行) ウ 「〔問題点を解決するための手段〕 この発明に係る多色印字装置は,複数の印字ヘッドと,印字ヘッドの数に対応して設けられ,印字色データを一時的に格納するデータ格納手段と,これから印字色データを読み出すデータ読み出し手段と,読み出された印字色データに基づき前記印字ヘッドをそれぞれ駆動する印字ヘッド駆動手段と,前記印字ヘッドを移動する移動手段とにより構成し,前記格納手段に格納された印字色データから印字色別に1印字行分のカラム数をカラム計数手段により計数し,計数したカラム数のうち最大カラム数を最大カラム数取得手段により求め,求めた最大カラム数分,移動手段により印字ヘッドを主走査方向に連続移動させた後,リターンするように制御手段により制御し,各印字色により印字される1印字行が一定でない場合でも,多色印字が行なえるようにしている。」(3欄33行〜4欄5行) エ 「〔発明の効果〕 この発明は,上記のような構成としたため,各印字色により印字される1印字行が一定でない場合でも,多色印字が行なえるという効果がある。」(6欄11行〜14行) オ 「〔実施例〕 ・・・2は多色印字装置で,ホストコンピュータ1からの印字データを受信するデータ受信部21と,この受信した印字データを色コードに応じてバッファメモリ22a〜22c(データ格納手段)のうちいずれかを選択するデータセレクタ23と,前記バッファメモリ22a〜22cに格納した印字データに基づき個別に前記第1〜第3の印字部53a〜53cを駆動するドライバ(印字ヘッド駆動手段)24a〜24cと,前記印字ヘッド53を移動するキャリッジモータ(移動手段)25と,前記バッファメモリ22a〜22cにそれぞれ格納された印字色データから1印字行分のカラム数を計数するカラムレジスタ(カラム計数手段)26と,これにより計数されたカラム数のうち最大カラム数を求めるとともにバッファメモリ22a〜22cから印字データを読み出し,さらに印字ヘッドを主走査方向に最大カラム数分連続移動させ,その後,リターンするように前記キャリッジモータ25を制御するプリンタ制御部(最大カラム取得手段,データ読み出し手段,制御手段)27と,最大カラム数を格納するレジスタ28と,ラインフィード用のフィードモーター29とより構成されている。」(4欄6行〜32行),「いま,第2図に示すフレームフォーマットの印字色データがホストコンピュータ1から多色印字装置2のデータ受信部21に入力されたものとする(STEP-1)。すると,制御コードに従って,前記データ受信部21により,データセレクタ23が駆動され,このデータセレクタ23により,まず,色コード(イエロー)に従って,Yバッファメモリー22cが選択される(STEP-3〜6)。そして,この選択されたYバッファメモリ22cに,プリンタ制御部27により,イエロー印字色データがフレームエンドコードまでを1フレームとして,受信された順に格納される(STEP-7〜9)。このとき,カラムレジスタ26により,カラムの計数が行なわれる(STEP-10)。」(4欄35行〜5欄5行),「イエロー印字データをバッファメモリに格納するときと同様にして,マゼンタ,シアン印字データに基づいて,それぞれ印字されるカラム数がカラムレジスタ26により計数される(STEP-14,18)。そして,プリンタ制御部27は,デ一タENDコードにより,3フレームで構成される1データブロックの受信終了を判断すると(STEP-4),前記カラムレジスタにより計数されたカラム数のうち最大のカラム数(=m)を求め(STEP-19),同時に,印字を開始する。」(5欄11行〜21行),「1カラムの印字が終了すると,終了ごとに,前記レジスタ28のセットカラム数から1を減じていき(STEP-27),また,カラムレジスタ26から同様に1を減じていく(STEP―27)。そして,カラムレジスタ26が零になると(STEP-34),零になったレジスタに対応するヘッドを開放し(STEP-28〜33),また,レジスタ28が零なると(STEP-34),プリンタ制御部により,キャリッジがリターンされるとともにフィードモータ29よりラインフィードが行なわれる。」(5欄27行〜6欄9行) カ 本件明細書(甲1)の第8図には,イエローデータ,マゼンタデータ及びシアンデータのデータ量を示す3つの長さの異なる細長い枠が横向きに3本並べて記載されており,この各枠の左端の位置はすべて同じであるが,右端の位置はすべて異なり,イエローデータを示す枠の右端位置が一番右側にある。シアンデータを示す枠の右端部分には,キャリッジリターンコード及びラインフィードコードを示す枠が表示されており,イエローデータを示す枠内には,シアンデータを示す枠の右端位置と同一の位置に縦の実線が引かれ,この実線の右側部分には斜線が引かれている。
(2) 証拠(乙4の2(特開昭55-6612号),同5(特開昭53-78734号),同11(特開昭53-138238号),同12(特開昭55-3968号),同13(特開昭55-123780号),同14(特開昭55-139279号),同15(特開昭56-162670号),同16(特開昭57-142382号),同17(実開昭58-3260号のマイクロフィルム),同18(特開昭58-110280号),同19(特開昭59-173840号),同22(特開昭60-201959号))及び弁論の全趣旨によれば,本件発明の出願前において,プリンタにおいて,キャリッジの現在位置把握技術は周知であったこと,また,そのデータ格納手段に格納された印字色データから,その印刷基準位置を基準とするアドレスを有する右端位置を探求して,現在位置把握機能を有するキャリッジにより印字ヘッドを上記右端位置まで連続移動させて,1印字行分の印字を行うことも,いわゆる最短距離印刷制御として周知であったと認めることができるが,本件明細書(甲1)には,上記のようないわゆる最短距離印刷制御を用いることの開示はなく,本件発明においてはかかる制御を行うことは前提とされていないというべきである。
(3) 本件発明の技術内容及び技術思想 ア 前記(1)で認定した事実によれば,本件発明は,従来の多色印字装置では,各印字色により印字される1印字行の長さが一定でない場合に各色の一部の色が欠けるという問題点があったことから,この問題点を解決課題とした上,多色印字装置において,「各印字色により印字される1印字行の長さが一定でない場合であっても,色が欠けることなく多色印字を行えるようにする」(本件発明の効果)ことを目的として,「前記格納手段に格納された印字色データから印字色別に1印字行分のカラム数を計数するカラム計数手段(F)と,これにより計数されたカラム数のうち最大カラム数を求める最大カラム数取得手段(G)と,印字ヘッドを主走査方向に最大カラム数分連続移動させ,その後,リターンするように前記移動手段を制御する制御手段(H)を備えてなる」構成(本件明細書の特許請求の範囲)を採用したものである。そして,本件発明は,かかる構成により,前記格納手段に格納された印字色データから印字色別に1印字行分のカラム数をカラム計数手段により計数し,計数したカラム数のうち最大カラム数を最大カラム数取得手段により求め,求めた最大カラム数分,移動手段により印字ヘッドを主走査方向に連続移動させた後,リターンするように制御手段により制御して,上記の作用効果を奏するようにしたものということができる。
イ 本件発明においては,印字ヘッドは,印刷基準位置(所定の行頭位置)から最大カラム数分連続移動してリターンすると,印刷基準位置に戻り,次行に移行し,改めて印刷基準位置から最大カラム数分移動するという動作が繰り返されることになると考えられる。そして,最大カラム数は,印字ヘッドの連続移動の距離を表すものであるから,最初に印字されるカラムは印刷基準位置に存在し,ここから印字ヘッドが移動を開始し,最大カラム数分連続移動したところで,最後に印字されるカラムで移動を終了するという構成が採用されていると認めるべきである。
これを格納手段に格納される印字色データからみると,上記印字色データは,用紙上の印刷基準位置に対応する上記格納手段のアドレスから格納され,印刷基準位置から右(主走査方向)に最大カラム数分移動した用紙上の位置に対応する上記格納手段のアドレスまで格納されるということになる。
本件明細書(甲1)の上記実施例及び図面には,@ホストコンピュータから各色の印字色データ(右側のデータがヌルカット処理され,最も右にあるオンドットデータの右側のヌルデータは含まれていない。)が多色印字装置に送られ,同データが各色に対応するデータ格納手段(バッファメモリ)にフレームエンドコードまでを1フレームとして受信された順に格納され,Aこの格納の際に,上記印字色データのカラム数が計数されて記憶され,Bその後,プリンタ制御部がデータENDコードにより,1データブロックの受信終了を判断すると,各色のカラムレジスタ26により計数されたカラム数のうち最大のカラム数を求め,これをレジスタ28に格納し,C各印字色データは1カラムごとに読み出され,これに基づき,1カラムごとに印字され,1カラムの印字が終了するごとに,各色のカラムレジスタ26内のカラム数から1を減じていき,同時に,レジスタ28内の最大カラム数からも1を減じていく,Dそして,各色のカラムレジスタ26内のカラム数が0になると,そのカラムレジスタに対応する印字ヘッドが解放され,上記印字色の印字はされなくなる,Eレジスタ28内のカラム数が0になると,キャリッジがリターンされると記載されており,この記載は,各色の「印字色データ」は印刷基準位置に対応する格納手段のアドレスから順次格納されることを示すものというべきである。
上記のとおり,本件発明において,格納手段に格納された印字色データから印字色別に1印字行分のカラム数を数えて,このカラム数を比較し,その最大のものを最大カラム数として取得した上,印字ヘッドを取得した最大カラム数分連続移動させることにより,すべての印字色データを印字するためには,各色の印字色データは印刷基準位置に対応する格納手段のアドレスから順次格納されることが必要である。何故なら,このように解しないと,各色の印字色データによる印字の左端位置が一定でない場合が生じてくるが,その場合には,格納手段に格納された印字色データの1印字行分の最大カラム数分だけ印刷基準位置から右(主走査方向)に印字ヘッドを連続移動させても,印字色データの一部を印字することができない事態を招くことになるからである。しかして,本件明細書の特許請求の範囲の記載は,本件発明が上記の要件を備えることを開示しているというべきである。
ウ 上記の検討の結果に加え,前記(2)に認定の事実を考慮すれば,本件発明の技術思想の特徴は,F,G,Hの各構成要件を備えることにより,プリンタにおいてキャリッジの現在位置把握を行わず,印字ヘッドを印刷基準位置(キャリッジ原点)から右(主走査方向)に所定のカラム数分だけ連続して印字ヘッドを動かすと,その分だけ各色ごとの前記カラムレジスタ26に記憶されたカラム数及び前記レジスタ28に記憶された最大カラム数が1つずつ減じられていき,これにより各色ごとの右端位置及び全色の最右端位置までの残カラム数が把握されることになっており,このカラム数という量により印字ヘッドを制御する仕組みを利用して,上記キャリッジの現在位置把握を行うことなく,印字ヘッドをキャリッジ原点から最大カラム数分移動させて,全色の最右端位置まで印字することができるという点にあると解される。
2 構成要件Fの充足性(争点(2)) (1) 構成要件Fの「前記格納手段に格納された印字色データから印字色別に1印字行分のカラム数を計数するカラム計数手段」の意義 まず,構成要件Fにおいて,カラム数を計数する対象は,ホストコンピュータから送られ前記格納手段に格納された印字色データである。そして,本件発明の技術思想の特徴が,キャリッジの現在位置把握を行わず,印刷基準位置(所定の行頭位置又はキャリッジ原点)に対応する格納手段のアドレスから格納された印字色データのカラム数という量により印字ヘッドを制御するという点にあることからすれば,本件発明においては,印字色データに含まれるカラム数を数えることが必要であり,カラム数を計数するとは,カラム数を数えるという意味に解するほかないというべきである。
そうすると,構成要件Fでは,格納手段に格納された各色の1印字行分の印字色データのカラム数を数えることになり,構成要件Gの「最大カラム数」とは,格納手段に格納された各色の1印字行分の印字色データのカラム数のうちの最大のカラム数ということになり,構成要件Hでは,キャリッジがそのような最大カラム数分移動してリターンするというものとなる。
また,上記のとおりにして最大カラム数を求め,キャリッジが最大カラム数分移動して本件発明の目的を達成するためには,データの左側部分がヌルカット処理されていないものを,印刷基準位置に対応する格納手段のアドレスから1カラムごとに順次格納することが必要であり,したがって,本件発明の構成要件Fの「前記格納手段に格納された印字色データ」とは,各色とも,格納手段の上記アドレスを先頭にして左側のヌルデータをもすべて含んで格納された印字色データを意味すると解すべきである。けだし,前記1(3)に認定したとおり,本件発明においては,ヌルカット処理後のデータも印刷基準位置に対応する格納手段のアドレスから順次格納することになるが,ホストコンピュータ内で既にヌルカット処理された各色の印字色データを格納手段の上記アドレスから順次格納した場合,印字ヘッドを構成要件Gで求められた最大カラム数分移動させることにより,各色の印字色データはすべて印字されることにはなるものの,各色の印字色データの位置関係は本来のあるべき位置関係からずれてしまっているため,各色の印字色データが本来印字されるべき用紙上の位置に印字されず,そうすると,各色の印字色データが本来印字されるべき用紙上の位置の最右端まで印字ヘッドを移動させて色が欠けることなく多色印字を行えるようにするという本件発明の唯一の目的を達成することはできないことになるからである(上記の場合は,各色の印字色データの最大カラム数を求めること自体が意味のない動作となる。)。
控訴人は,構成要件Fの「前記格納手段に格納された印字色データ」とは,用紙への印刷と対応関係のある「格納され展開された印字色データ」をいうものであり,したがって,これを左側がヌルカット処理されていないものに限られるとする理由はなく,ホストコンピュータでヌルカット処理されたデータが格納される場合でも,ヌルカット処理された部分には上記格納手段のデフォルト状態で存在したヌルデータが存在するから,バッファメモリにおいてヌルカット処理されたデータも含め印刷基準位置に対応する格納手段のアドレスから各色の右端位置までのカラム数を数えることは可能である旨主張する。
しかしながら,本件発明において,データ格納手段とは印字色のデータを一時的に格納するものである(構成要件B)から,「前記格納手段に格納された印字色データ」とは,本件明細書(甲1)の特許請求の範囲の記載の文言上,ホストコンピュータから送られ格納手段に一時的に格納された印字色データを意味し,データを格納する前のデフォルトの状態で上記格納手段に存在するヌルデータは含まれないと解するのが相当である。そもそも,本件明細書には,ヌルカット処理後のオンドットデータにそれが格納手段のどの位置に格納されるべきかを示すアドレスを付与する構成は開示されていないのであって,ヌルカット処理後のオンドットデータは印刷基準位置に対応する格納手段のアドレスから順次格納されるものと解するほかなく,本件明細書の記載に照らしても,「前記格納手段に格納された印字色データ」の意味を控訴人主張のように解する根拠はない。
(2) 被控訴人製品の印字データについての全色の最右端位置及び全色の最左端位置を求めるための構成と本件発明の構成要件Fとの対比 争いのない事実及び証拠(甲16,31,52,53,乙5,7)並びに弁論の全趣旨によれば,被控訴人製品の構成は次のとおりであると認められる。
ア(ア) 被控訴人製品1,2及び4においては,ホストコンピュータ側でプリンタに送るビットイメージデータ(印字色データに相当する。)の左側及び右側の大まかなヌルカット処理が行われ,このデータが水平開始位置(最少左端アドレス)から水平方向の幅データを加算した位置(最大右端アドレス)までのデータとしてホストコンピュータからプリンタに送られ,イメージバッファメモリに格納される。
(イ) 被控訴人製品3においては,ホストコンピュータにおいてプリンタに送るビットイメージデータのヌルカット処理は行われず,ホストコンピュータからプリンタへはヌルカット処理がされない全幅のビットイメージデータが送られ,イメージバッファメモリに格納される。
イ イメージバッファメモリに格納された横方向をヘッドの1走査分,縦方向をノズル高さ分とするビットイメージデータについて,各色毎にデータが格納されるように確保されたメモリの左上端のバイトアドレス(以下「最小左端アドレス」という。)及び右下端のバイトアドレス(以下「最大右端アドレス」という。)を求める。
ウ(ア) 最小左端アドレスを含むメモリの縦列にドットを形成する実印刷データ(オンドットデータ)を格納したバイトアドレスがあるか否かを当該最小左端アドレスから下に向かってスキャンして調べる。
(イ) 最大右端アドレスを含むメモリの縦列にドットを形成する実印字データ(オンドットデータ)があるか否かを当該最大右端アドレスから上に向かってスキャンして調べる。
エ(ア) 上記ウ(ア)の縦列にオンドットデータが存在すれば当該列の最も上の最小バイトアドレスを印刷開始アドレスとする。
(イ) 上記ウ(イ)の縦列にオンドットデータが存在すれば当該列の最も下の最大バイトアドレスを印刷終了アドレスとする。
オ(ア) 上記ウ(ア)の縦列にオンドットデータが存在しなければ,当該縦列の1列右の縦列に移り,この縦列について,オンドットデータがあるか否かを最も上の最小バイトアドレスから下に向かってスキャンして調べる。
(イ) 上記ウ(イ)の縦列にオンドットデータが存在しなければ,当該縦列の左の縦列に移り,この縦列について,オンドットデータが存在するか否かを最も下の最大バイトアドレスから上に向かってスキャンして調べる。
カ(ア) 上記のようにオンドットデータが存在する縦列が求められるまで,右の縦列に移りながら1縦列毎に調べて,オンドットデータが存在した縦列の最も上の最小バイトアドレスを印刷開始アドレスとする。
(イ) 上記のようにオンドットデータが存在する縦列が求められるまで,左の縦列に移りながら1縦列毎にスキャンして調べていき,オンドットデータが存在した縦列の最も下の最大バイトアドレスを印刷終了アドレスとする。
キ 印刷開始アドレスの左端ビット及び印刷終了アドレスの右端ビットについて,それぞれ所定の間隔を基準とする用紙上の位置データに換算して各色の左端位置(以下「各色左端位置」という。)及び右端位置(以下「各色右端位置」という。)を求める。
ク 上記アないしキの手順により得られた各色左端位置及び各色右端位置を各々キャリッジ制御系の仮想K左端位置(キャリッジ系走査系において,ある色のノズル列がその色の左端位置にあると仮定したとき,そこから列間オフセット分離れたK色(ブラック)のノズル列がそのとき存在する位置)データ及び仮想K右端位置(キャリッジ系走査系において,ある色のノズル列がその色の右端位置にあると仮定したとき,そこから列間オフセット分離れたK色のノズル列がそのとき存在する位置)データに換算した値を用いて全6色又は全4色の全体の全色最左端位置データ及び全色最右端位置データを求める。この処理は,各色左端位置データ及び各色右端位置データをそれぞれ仮想K左端・右端位置に換算したものを順次2色ずつ比較して,全色最左端位置はデータの小さい方,全色最右端位置はその大きい方を記憶して,全6色又は全4色を比較して求める。
(なお,上記列間オフセットとは,複数のノズル列が主走査方向に平行に並んでいる印字ヘッドにおいて,右端に位置するK色のノズル列と各色のノズル列との離間距離をいう。) ケ キャリッジを上記全色最左端位置から右(主走査方向)に上記全色最右端位置まで連続移動させる。この連続移動は,K色ノズル列を基準としたキャリッジの現在位置把握制御に基づいてなされる。そして,この位置把握は,キャリッジ制御用のステピングモータを動作させるための相切替え信号の計数により行われる。
(3)ア 上記認定の事実に基づき検討するに,被控訴人製品1,2及び4においては,イメージバッファメモリに格納されたビットイメージデータについて,各色左端位置,各色右端位置を求める処理は,当該ビットイメージデータの内部でオンドットデータの最左端のアドレス及びその最右端のアドレスを探求する処理であり,イメージバッファメモリに格納されたビットイメージデータがどのような数のカラム数からできているかを数える処理とは全く異なる事柄である。
また,被控訴人製品3においては,ホストコンピュータ側ではビットイメージデータの大まかなヌルカット処理は行われず,ホストコンピュータからプリンタ側へは全幅のビットイメージデータ(各色のビットイメージデータの最大右端アドレスは,全幅データの最下端バイトアドレスであり,この位置が,被控訴人製品1,2及び4において,水平開始位置データに水平方向の幅データを加算して得られる各色の最大右端アドレスに相当する。)が送られ,プリンタ側ですべてのヌルカット処理が行われるが,イメージバッファメモリに全幅で格納されたビットイメージデータについて,各色左端位置,各色右端位置を求める処理は,被控訴人製品1,2及び4の場合と同じく,当該ビットイメージデータの内部でオンドットデータの最小左端アドレス及びその最大右端アドレスを求める処理であり,イメージバッファメモリに格納されたビットイメージデータがどのような数のカラム数からできているかを数える処理とは全く異なる事柄である。
因みに,被控訴人製品3において,イメージバッファメモリに格納されるビットイメージデータは,上記のとおり全幅のビットイメージデータであり,このデータの長さが構成要件Fにおける各色の「カラム数」に相当すると考えられるところ,このデータの長さは各色とも同一であるから,このデータ長を計数しても,全色最左端位置及び全色最右端位置を把握する上では何ら意味がないと考えられる。
のみならず,前記(2)に認定したとおり,被控訴人製品1,2及び4においては,ホストコンピュータからプリンタに送られてくるビットイメージデータの左側,右側は大まかなヌルカット処理がされており,これがイメージバッファメモリに格納されるものである。しかして,前示のとおり,本件発明の構成要件Fの「前記格納手段に格納された印字色データ」は,データの左側部分がヌルカット処理されていないものを意味すると解されるから,上記被控訴人製品におけるデータの左側がヌルカット処理されたビットイメージデータは,構成要件Fの「前記格納手段に格納された印字色データ」に当たらないというべきである。
したがって,被控訴人製品は,いずれも構成要件Fを充足しない。
イ これに対して,控訴人は,被控訴人製品1,2及び4は,水平開始位置データ(データ格納開始番地)に水平方向の幅データを加算して各色ごとの印字色データの最大右端アドレスを求め,また,被控訴人製品3は,ホストコンピュータから各色とも全幅データの印字色データが送られてくるから,その右端を各色の印字色データの最大右端アドレスとし,これらの最大右端アドレスから左方向に1列ずつカウントダウンしてオンドットデータの存在の有無をスキャンすることにより印刷基準位置(キャリッジ原点)から各色の印字色データの各色右端位置までのカラム数を計数しているところ,このような方法により各色右端位置を求めることも,構成要件Fの技術的範囲に含まれる旨主張する。
しかし,控訴人の上記主張は,「カラム数を計数する」を「カラム数を計算する」という意味に解し,1印字行分に含まれるカラム数を数えなくても,格納手段に格納された各色の印字色データの最右端位置から左(主走査方向と逆方向)にカウントダウンしてオンドットデータのある位置を求めることにより,計算上,印刷基準位置(キャリッジ原点)から各色の印字色データの各色右端位置までのカラム数を把握することができるというものと解されるが,前記(1)で判示したように,構成要件Fにいう「1印字行分のカラム数を計数する」とは,1印字行分に含まれるカラムの数を左端から右端に1つずつ数えるということを意味するものと解するのが相当であるところ,被控訴人製品において,各色左端位置,各色右端位置を求める処理は,ビットイメージデータの内部でオンドットデータの最小左端アドレス及びその最大右端アドレスを求める処理であり,各色の印字色データの全体についてカラム数を数える処理が行われているとはいえない。また,各色の印字色データの左側がヌルカット処理されている場合は,ヌルカットされた部分は格納手段に格納されず,格納手段の左端から印字色データの最小左端位置までは,格納手段にあらかじめ記憶されたヌルデータが存在するだけであるが,本件発明の構成要件Fに従えば,その部分は数える対象にならないから,その部分を合わせて,印刷基準位置(キャリッジ原点)から各色の印字色データの各色右端位置までのカラム数を数えることはできないということにならざるを得ない。
なお,各色右端位置は,印刷終了アドレスの最大右端ビットを印字した場合,用紙上の水平方向のどの位置に相当するかという観点から,一定の水平距離(被控訴人の主張では1/1440インチ)を基準とする用紙上の位置データに換算して求められるが,この演算により求められる数値は,用紙上の位置を把握するためのものであり(したがって,印刷の解像度にかかわらず同一の数値は同一の位置を表す。),印刷基準位置からのカラム数ないしドット数を表すものではない。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
3 構成要件Hの充足性(争点(2)) (1) 構成要件Hの「印字ヘッドを主走査方向に最大カラム数分連続移動させ」の意義 前記1(3)の認定によれば,本件発明においては,各色の印字色データは印刷基準位置に対応する各色のバッファメモリのアドレスから順次格納されており,このことを前提に,印字ヘッドを印刷基準位置(キャリッジ原点)から右(主走査方向)に所定のカラム数分だけ連続して印字ヘッドを移動させると,その分だけ各色ごとの前記カラムレジスタ26に記憶された各色ごとのカラム数及び前記レジスタ28に記憶された最大カラム数が1つずつ減じられていき,これにより各色ごとの右端位置及び全色の最右端位置までの残カラム数が把握されることになっており,このカラム数という量により印字ヘッドの移動を制御する仕組みを利用して,上記キャリッジの現在位置把握を行うことなく,印字ヘッドをキャリッジ原点から最大カラム数分移動させて,全色の最右端位置まで印字することができるという構成が採用されているというべきである。
したがって,構成要件Hにおける「印字ヘッドを主走査方向に最大カラム数分連続移動させ」とは,文言の通常の意味に従い,印字ヘッドを印刷基準位置(キャリッジ原点)から右(主走査方向)に最大カラム数と同一のカラム数だけ連続して移動させる(例えば,最大カラム数が10カラムであれば,印字ヘッドを印刷基準位置から右に連続して10カラム移動させる。)ことを意味するものと解するほかない。本件発明に係る多色印字装置において,各色の印字色データの一部が欠けることなく多色印字を行うことができるとの効果を奏するのは,印字ヘッドが印刷基準位置(キャリッジ原点)から右(主走査方向)に最大カラム数分移動した位置が,主走査方向の各印字色データの右端のうち全色の最右端位置を示しているからである。
控訴人は,本件明細書の特許請求の範囲の文言上「印字ヘッドを印刷基準位置(キャリッジ原点)」から移動させるという限定はない旨主張するが,本件明細書の特許請求の範囲の記載内容を,本件明細書の他の記載を参酌して解釈すれば,本件発明の技術思想は上記のとおりのものと解されるのであって,これと異なる控訴人の見解は採用することができない。
(2) 被控訴人製品の構成及び対比 前記2(2)アに認定のとおり,被控訴人製品においては,キャリッジ(印字ヘッド)が,その現在位置を把握しつつ,右(主走査方向)に移動し,各色のビットイメージデータのオンドットデータの左端のうち全色最左端位置から,各色のビットイメージデータのオンドットデータの右端のうち全色最右端位置まで移動するものである(なお,ここでは被控訴人主張に係るキャリッジの「加速距離分」,「減速距離分」を除外して考える。)。
上記のとおり,被控訴人製品において,印字ヘッドは,印刷基準位置(キャリッジ原点)から主走査方向に最大カラム数分移動するものとはいえないから,被控訴人製品は,構成要件Hを充足しない。
(3)ア この点に関し,控訴人は,「最大カラム数分」とは,各色印字色データの右端のうち,最大右端ドット数で表現されたところの「位置」を意味し,「最大カラム数分連続移動」するとは,上記の位置まで移動することを意味するとし,また,被控訴人製品において,キャリッジが各色の印字色データの左端のうち全色最左端位置から移動することについて,被控訴人製品は,全色最左端位置の把握についても,全色最右端位置の把握と同様の処理を行っており,全色最右端位置に関する本件発明の技術思想をそのまま全色最左端位置に関してもミラー的に重畳的に採用したものであり,キャリッジが,キャリッジ原点からYカラム数分移動した位置にある最左端位置を基点とし,キャリッジ原点からXカラム数分移動した位置にある最右端位置まで移動するには,(X-Y)カラム数分移動させればよいことは明らかであり,本件発明との相違は,技術上当然の調整にすぎないから,被控訴人製品は構成要件Hを充足するというべきである旨主張する。
しかしながら,構成要件Hにいう「最大カラム数分」とは,1印字行分に含まれるカラム数の最大値,すなわちデータの量を表すものと解すべきことは前示したところから明らかというべきである。「最大カラム数」が全色の最右端位置を表すものであるかのようにいう控訴人の上記解釈は,構成要件Hの文言の通常有する意味から大きく乖離するものであり,本件明細書(甲1)中にも,上記のように解釈すべきことを示唆するに足りる記載は全くない。むしろ,前記1(1)で認定したとおり,本件明細書の実施例においては,印字の際に最大カラム数から1カラムずつ減数し,前記レジスタ28の最大カラム数が0となるまで印字するとされているから,印字ヘッドは最大カラム数と同一のカラム数だけ移動するという構成となっており,「印字ヘッドを主走査方向に最大カラム数分連続移動させ」に関する前記解釈に符合するものとなっている。
また,被控訴人製品において全色最左端位置を求める仕組みは前記に認定したとおりであり,格納手段に格納された印字色データの左側には構成要件Fにいう「計数」の対象となるデータは存在しないから,最大カラム数分移動させ全色の最右端位置まで印字するという本件発明の技術思想を全色の最左端位置にミラー的に適用したものということもできない。
控訴人の上記主張は採用することができない。
イ 控訴人は,被控訴人製品においては,キャリッジが定期的に(10〜12秒に1回程度)ホーム位置に戻り,印刷基準位置から全色の最右端位置までの間での移動を含む制御を行っているとも主張するところ,証拠(甲28,52)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人製品においては,印刷中にキャリッジがホーム位置に戻ることがあること,このホーム位置はプログラム上の基準位置と機械の基準位置とを整合させる基準点等として機能するものであることが認められる。
しかしながら,弁論の全趣旨によれば,被控訴人製品において,キャリッジは,ホーム位置からの印刷時には,ホーム位置から全色最右端位置までキャリッジは連続移動するものと認められるのであって,キャリッジは印刷基準位置から全色最右端位置までの距離移動するものではないし,そもそも,被控訴人製品においては,ビットイメージデータ(本件発明における印字色データに相当する。)のオンドットデータの左端のうち全色の最左端位置から,各色のビットイメージデータのオンドットデータの右端のうち全色の最右端位置まで移動するというのがキャリッジ制御の中心であって,ホーム位置への移動は,上記プログラムと機械の各基準の調整等のための付随的な制御であって,かかる付随的な制御をもって被控訴人製品における印字ヘッドの一般的な制御方法であるとするのは相当でない。
控訴人の上記主張は採用することができない。
4 被控訴人製品の構成と本件発明の構成要件Hの文言が異なるとした場合,被控訴人製品は本件発明と均等といえるか(争点(3))について。
(1) 特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,@上記部分が特許発明の本質的部分ではなく,A上記部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,B上記のように置き換えることに,当業者が対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,C対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,D対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,上記対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,なお特許発明技術的範囲に属するものと解するのが相当である(前掲最判平成10年2月24日)。
(2) しかしながら,被控訴人製品は,本件明細書の特許請求の範囲に記載された構成中,構成要件Hとだけでなく,構成要件Fとも異なるものであるから,被控訴人製品と構成要件Hとの相違点にのみ均等論を適用し,被控訴人製品が本件発明と均等であるとする控訴人の主張は,理由がないというべきである。
(3) のみならず,被控訴人製品は本件発明の構成要件Hと前記3(2)に記載した点(キャリッジないし印字ヘッドの移動範囲)で相違するものであるが,本件発明の技術思想の特徴は前記1(3)ウに認定したとおりであり,したがって,印字ヘッドを印刷基準位置(キャリッジ原点)から最大カラム数分連続して移動させることも本件発明の本質的部分というべきである。
上記のとおり,構成要件Hと被控訴人製品との相違部分は,本件発明の本質的部分でないとの要件に該当しないから,仮に被控訴人製品が構成要件Hとのみ異なるとしても,被控訴人製品と本件発明とを均等ということはできない。
5 結論 以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青蜉]
裁判官 沖中康人