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関連審決 訂正2002-39059
関連ワード 発明者 /  製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  相違点の判断 /  技術常識 /  化学構造 /  優先権 /  共有 /  優先日 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  交換 /  設定登録 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  補助参加 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 505号 審決取消請求事件
原告 三共株式会社
訴訟代理人弁理士 大野彰夫
同 矢口敏昭
同 平木祐輔
同 石井貞次
同 大屋憲一
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 佐伯裕子
同 種村慈樹
同 一色 由美子
同 宮川久成
同 伊藤三男
被告補助参加人 山之内製薬株式会社
訴訟代理人弁理士 長井省三
同 矢野 恵美子
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/11/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が訂正2002-39059号事件について平成14年8月27日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「新規サイトカイン」とする特許第2752819号発明(平成3年1月29日〔以下「本件優先日」という。〕付け特許出願に基づく優先権を主張して同年11月6日特許出願,平成10年2月27日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。原告は,平成14年2月28日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載の訂正(以下「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書を「訂正明細書」という。)をする訂正審判の請求をし,特許庁は,同請求を訂正2002-39059号事件として審理した上,平成14年8月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年9月6日,原告に送達された。
2 訂正明細書の特許請求の範囲の記載 【請求項1】遺伝子操作によって得られ,ヒト由来の他の蛋白質を実質的に含有せず,配列表の配列番号2(注,別紙のとおり)に示されるアミノ酸配列のうち,アミノ酸番号1〜178までのアミノ酸配列から成る,脂肪細胞化抑制活性を有する蛋白質,又は,該蛋白質の一つの部位において,一つのアミノ酸残基が欠失若しくは置換されている該蛋白質の同効物。
【請求項2】遺伝子操作によって得られ,ヒト由来の他の蛋白質を実質的に含有せず,配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち,アミノ酸番号1〜178までのアミノ酸配列から成る,脂肪細胞化抑制活性を有する蛋白質。
【請求項3】請求項1及び/又は2記載の蛋白質を有効成分とする血球減少症改善剤。
【請求項4】請求項1及び/又は2記載の蛋白質を有効成分とする抗肥満剤。
(以下,【請求項1】〜【請求項4】の発明を「訂正発明1」〜「訂正発明4」という。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,訂正発明1,2は,Proc.Natl.Acad.Sci.USA Vol.87,pp.7512-7516(October 1990)(甲6-1,以下「引用文献1」という。)記載の発明(以下「引用発明1」という。)であるか,又は引用文献1,平成2年6月25日東京化学同人発行,日本生化学会編「新生化学実験講座1 タンパク質II-一次構造-」133頁〜143頁(甲7,以下「引用文献2」という。),FASEB JOURNAL Vol.4,A1713,107(June,1990)(甲8,以下「引用文献3」という。)に基づいて当業者が容易に想到し得た発明であり,特許法29条1項3号又は同条2項の規定により独立して特許を受けること(以下「独立特許要件」という。)ができないものであるから,本件審判の請求は,同法126条4項の規定に適合しないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,引用発明1の認定を誤った(取消事由1)結果,訂正発明1,2の新規性を否定し,また,訂正発明1,2と引用発明1との相違点の判断を誤った(取消事由2)結果,訂正発明1,2の進歩性を否定し,独立特許要件を欠くとの誤った判断をしたものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り) (1) 審決は,引用文献1(甲6-1)に,「実質的に『組換えヒトIL-11成熟体』についての発明が記載されている」(5頁第5段落)と認定したが,誤りである。
(2) 引用文献1(甲6-1)の頒布当時,たん白質を取得した際に,N末端アミノ酸を分析することは極めて重要であった(平成2年6月25日東京化学同人発行,日本生化学会編「新生化学実験講座1 タンパク質U-一次構造-」〔甲7〕,平成元年9月30日丸善発行,中島暉躬外編「新基礎生化学実験法4 一次構造」〔甲10〕,平成2年2月26日東京化学同人発行,日本生化学会編「新生化学実験講座1 タンパク質T-分離・精製・性質-」〔甲11〕)。なお,比活性は純度を推定する材料にすぎず,その値も各たん白質ごとに異なるので,比活性の数値を挙げることだけで,たん白質を精製したことの証拠にはならない。引用文献1の頒布当時,単にcDNAをクローニングしただけでは,組換えたん白質に関する発明は完成せず,当該cDNAに対応するたん白質を取得したということはできず,N末端アミノ酸配列の分析が必須であり,cDNAを取得し,たん白質を精製し,発現したたん白質の性質を調べることで,たん白質の発明が完成したと認められることになる。
(3) 京都大学大学院生命科学研究科教授A作成の平成14年1月24日付け鑑定書(甲15,以下「甲15鑑定書」という。)及び東京大学分子細胞生物学研究所教授B作成の意見書(甲16,以下「甲16意見書」という。)によれば,引用文献1(甲6-1)で開示されているのは,IL-11前駆体のORFにすぎず,IL-11成熟体の塩基配列は,開示ないし示唆されていない。また,引用文献1の実験では,培養上清中で確認された三つの活性と20kDa付近に見られた複数のバンドとの相関は確認されておらず,図3Aに示されたSDS/PAGEアッセイの結果は,細胞培養液につき単にパルスラベルを行ったもので,感光されたバンドが確認できたという事実だけでたん白質の発現が確認されたとはいえないし,強いスポットがIL-11であるとする科学的根拠もないから,サルIL-11のORFについてCOS-1宿主細胞で発現したとは認められない。本件優先日当時,引用文献1の図2に記載されている塩基配列のIL-11のcDNAの 3'非翻訳領域に存在する調節配列(ATTTAの繰り返し配列,ヌクレオチド配列番号707〜724の「T TATTTATTT ATTTAT TT」)は,mRNAを不安定化させる配列であるとされており(BIOCHEMICAL AND BIOPHYSICAL RESEARCH COMMUNICATIONS Vol.152,No.3, pp.973-980(1988),甲21),この3'非翻訳領域に存在する調節配列を含んだ形で発現させた場合,宿主細胞内で安定に発現するか否かは全く予想が付かなかったといえる。さらに,実際にサルIL-11を精製して比活性まで求めているのであれば,その精製方法や比活性の計算方法を記載するのが技術常識であるところ,引用文献1には,比活性の定義もなく,COS-1細胞産生IL-11の精製に関するデータは示さないと記載されているのであるから,サルIL-11成熟体を単離精製したとは認められない。
(4) 上記のとおり,引用文献1(甲6-1)には,精製サルIL-11成熟体が記載されていないのであるから,組換えヒトIL-11成熟体が実質的に開示されているということはできない。すなわち,引用文献1にはヒトIL-11のORFが記載されているが,サルIL-11の発現についてすら確認されていないから,実際にヒトIL-11のORFをベクターに組み込んだ場合にヒトIL-11成熟体たん白質が発現するか否かは不明である。ある生物のサイトカインが他生物に対しても同じ生物活性を示すとは限らず(甲22,平成4年12月20日羊土社発行,須田年生著「実験医学バイオサイエンスF 血液幹細胞の運命」),サイトカインの作用が種を超えた互換性を示すか否かは,個々のサイトカインごとに全く異なり,実際に実験をしてみないと予想できないことであるし,そもそもサルIL-11成熟体の構造は引用文献1では明らかにされていないのであるから,当業者は,サルIL-11成熟体と「組換えヒトIL-11成熟体」は全く異なる物質であると認識する。また,「組換えヒトIL-11成熟体」の単離工程は,被告のいうような「常套手段を組み合わせて適宜行う範囲を超えるようなものではない」というものではなく,本件優先日当時,非常に困難な工程であった(甲15鑑定書,原告従業員C作成の平成14年1月23日付け「陽イオン交換樹脂を用いたIL-11精製の予備実験に関する実験成績書」〔甲18,以下「甲18実験成績書」という。〕)。さらに,精製したたん白質を用いたSDS-ゲル電気泳動であれば,電気泳動後のバンドを切り出してエドマン分解等により簡単かつ迅速にN末端部分配列を決定することができるが,パルスラベル実験において単一のバンドが認められたとしても,そのバンドと同じ位置にはラベルされなかった無数のたん白質が存在し,SDS-電気泳動からバンドを切り出しても,N末端アミノ酸配列の決定が困難であることは技術常識である(上記A作成の平成14年7月15日付け鑑定書〔以下「甲23鑑定書」という。〕)。
2 取消事由2(訂正発明1,2と引用発明1との相違点の判断の誤り) (1) 審決は,「仮に引用文献1に組換えヒトIL-11成熟体の発明が記載されているとまではいえないとしても・・・引用文献1に記載される単離精製サルIL-11成熟体という類似蛋白の製造方法に倣えば容易に取得できる・・・組換えヒトIL-11成熟体についての発明は,本件優先日前の技術常識を考慮すれば,引用文献1〜3(注,甲6-1,甲7,8)の記載に基づいて当業者が容易に想到し得たものであり,その効果も格別のものではない」(審決謄本5頁第6段落〜最終段落)と判断して,訂正発明1,2の進歩性を否定したが,誤りである。
(2) 引用文献1(甲6-1)には,サルIL-11成熟体の単離精製方法が記載されていないから,組換えヒトIL-11成熟体が,「引用文献1に記載される単離精製サルIL-11成熟体という類似蛋白の製造方法に倣えば容易に取得できる」とはいえない。
組換えヒトIL-11成熟体の単離精製が困難であったことは,甲15鑑定書及び甲18実験成績書からも明らかである。
(3) 公知物質と化学構造が類似していても,その化学物質から予測できないような特有な性質を有する化学物質の発明は進歩性が肯定されるべきところ,訂正発明1は,新規物質であり,かつ,当業者に予測できない生物活性を有するから,進歩性が肯定されるべきである。引用文献3(甲8)には,マウスIL-6が脂肪細胞のリポプロテインリパーゼ活性を阻害することが記載されているが,本件優先日からわずか5か月程度前の論文である引用文献3の記載内容を技術常識として進歩性判断の対象とするのは,妥当ではない。
(4) IL-11とIL-6とではアミノ酸配列が類似していないことから,IL-11にも「脂肪細胞化抑制活性」があるとは想起しないのが自然なことである(甲15鑑定書,甲16意見書)。IL-11に脂肪細胞化抑制活性があるかどうかは,前脂肪細胞にIL-11受容体が発現しているかどうかに依存するのであって,仮に,IL-6とIL-11が類似したサイトカインであるとしても,前脂肪細胞にIL-11受容体が発現していなければIL-11は脂肪細胞化抑制活性を示さないので,IL-11にその活性があるかどうかは実験により調べる以外には知る方法がない。IL-11受容体とIL-6受容体がgp130を共有することが本件優先日後に明らかとなったが,gp130(βサブユニット)ではないもう一つのサブユニット(IL-11受容体αサブユニット)の分布が細胞間でどのように異なっているかは,本件優先日当時不明であった。IL-6に脂肪細胞化抑制活性があることが技術常識になっていなかった段階で,当業者は,サルIL-11がIL-6に類似した活性を有することを見いだしたからといって,IL-11にも脂肪細胞化抑制活性があると推定することはできない。
被告及び被告補助参加人の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り)について (1) 引用文献1(甲6-1)には,正確なサルIL-11のORFの塩基配列及び対応するアミノ酸配列が記載されている。また,当該ORFで形質転換したCOS-1細胞培養上清について確認されたT1165増殖刺激活性は,クローニングで用いたPU-34細胞自身が有する活性としてあらかじめ確認された活性であり,COS-1細胞自身は有しない活性であるから,当該活性を組換えサルIL-11成熟体の活性であると考えることに無理はなく,「サルIL-11成熟体」の分泌が確認されているといえる。さらに,引用文献1には,比活性が3×106units/mgという高純度にまで精製された「サルIL-11成熟体」が記載されている。これらのことから,引用文献1には,サルIL-11成熟体についての十分な開示があるといえる。そして,サルIL-11の精製も容易である。
組換えたん白質の同定に当たって,N末端アミノ酸の位置を決定することは,さほど重要ではなかった。引用文献1(甲6-1)においては,既に精製されたサルIL-11成熟体が取得されているから,精製たん白質をそのまま気相プロテインシークエンサーにかけることで,容易にN末端アミノ酸が決定できる。シグナル配列を有する「ORF」を用いて哺乳動物細胞で発現させれば,シグナルペプチドの作用で細胞膜を通過すると同時にシグナルペプチドが切断されるから,その培養上清中に存在するたん白質は「成熟体蛋白質」であることが本件優先日前の技術常識であった(乙12,平成2年3月5日トッパン第1版第1刷発行「ワトソン 遺伝子の分子生物学 第4版[下]」)。
(2) サルIL-11とヒトIL-11のORF配列を比較してみると,全体の長さが一致しているばかりか,シグナル配列は全く同一で,全ORFも塩基配列で約97%,アミノ酸配列で94%という高い相同性を示すものであるから,当業者は,同一の文献内に「組換えサルIL-11成熟体」の成功例が記載されているのを見たとき,まず,塩基配列ではシグナル配列部分も一致し同一の長さであり,全ORFにわたって極めて一致性が高いことから,サルの場合と同一のCOS-1細胞発現系を用いれば,同一の位置でシグナルペプチドが切断されたヒトIL-11成熟体が培養上清に分泌されることを直ちに理解する。次に,両アミノ酸配列の高い相同性から,塩基性の強さ,等電点などの物性も類似するはずであり,同様の精製方法を用いて高純度まで精製可能であることも理解するといえる。そして,引用文献1(甲6-1)のバイオアッセイにおいて,サルIL-11のIL-11活性が,別異の生物種であるマウスの各種培養細胞で確認されたことから見て,通常のサイトカインと同様の普遍性,互換性があることを理解するから,当業者が,同じ霊長類のサルIL-11において確認された3種のIL-11活性は,当然にヒトIL-11が呈する活性であると考えることも無理はないというべきである。
したがって,引用文献1には,「ヒトIL-11成熟体」についての発明が実質的に記載されているということができる。
2 取消事由2(訂正発明1,2と引用発明1との相違点の判断の誤り)について サイトカインには,種を超えた普遍性,互換性がある。そして,引用文献1(甲6-1)においては,「IL-11」と命名するに当たり,特に「多能性サイトカイン」として知られたIL-6に類似した物質であることを認識していたといえるから,確認した3種以外に更に他の生物活性があることも十分予測していたものである。
訂正明細書(甲2添付)の段落【0006】にも記載されているとおり,「脂肪細胞化抑制活性」は,各種のサイトカイン類において観察されている極めてありふれた生物活性である上,IL-11と類似のサイトカインであるIL-6が脂肪細胞化抑制活性を有することが確認されていた(引用文献3〔甲8〕)から,IL-11も同様の活性を有する蓋然性が高いと考えるのは自然である。したがって,当業者にとって,IL-11に「脂肪細胞化抑制活性」があることは十分に予測可能であった。
当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り)について (1) 引用文献1(甲6-1)には,以下の記載がある。
ア 「〈イントロダクション〉・・・PU-34細胞は,IL-6依存性プラズマサイトーマ細胞株T1165に分裂促進活性を生じさせることが判明した(7)。本論文においては,サルCOS-1細胞系を用いた機能的発現クローニング(8~10)によって,このサイトカインをコードするcDNAが分子クローニングされたことを報告する」(被告提出の訳文1頁最終段落〜2頁) イ 「方法 永久的ストローマ細胞株の樹立・・・別途述べる方法で(S.R.ポールおよびD.A.W.,未発表データ),欠損型アンフォトロピック・トランスフォーミング・レトロウイルスベクターU19BLによって不死化させ,霊長類の長期骨髄培養細胞からPU-34ストローマ細胞株を得た」(同2頁最終段落) ウ 「バイオアッセイ・・・多因子依存性細胞株を用いて,PU-34の培養上清の血球細胞の増殖刺激活性を測定した。サブコンフルエントに達した,25cm2組織培養フラスコ中のPU-34株に,組換えIL-1α(2units/ml)を加え,48時間後に培養上清を回収した。通常IL-6応答性を有するマウスプラズマサイトーマ細胞株T1165(7)をバイオアッセイに用いて,PU-34から作製したcDNAライブラリーの発現クローニングを行った」(同3頁第2段落) エ 「分子クローニングおよびRNAアッセイ・・・PU-34細胞を2units/mlのIL-1αで24時間刺激した後,ポリ(A)+RNAを常法に従って調製した。文献(10)に記載されたように,IL-1αで刺激したPU-34細胞から調製した5μgのポリ(A)+RNAからcDNA発現ライブラリーを調製し,XhoIリンカーを介してCOS-1発現ベクターpXMへライゲーションした。ライゲーション反応液でコンピテント大腸菌(HB101株)を形質転換し,約500,000のアンピシリン耐性コロニーのライブラリーを作製した。
大腸菌コロニーをニトロセルロース膜へ転写し,いくつかに分けた後,常法に従いプラスミドDNAを単離した。5μgの各プラスミドDNAを0.1mMのクロロキンを加えたDEAE-デキストラン法によりCOS-1細胞へトランスフェクトした(10)。72時間後にトランスフェクトしたCOS-1細胞の培養上清を回収し,上述のバイオアッセイに用いた。陽性の集団が得られ,分割して行くことで1つの陽性プラスミドが単離された。このプラスミドに挿入されているcDNAの配列を,合成オリゴヌクレオチドプライマーおよびスーパーコイルの鋳型を用いたジデオキシ法(17)により決定した」(同4頁第2段落) オ 「結果 細胞株の作製とPU-34培養上清の生物活性・・・IL-6,IL-7,GM-CSF,M-CSF,G-CSF,およびLIF/HILDAを含む既知の増殖因子に加え(データ省略),IL-1αで刺激したPU-34培養上清は,ヒトIL-6に対する中和抗体存在下でも,マウスプラズマサイトーマ細胞株T1165(7)の増殖を刺激することが判明した(図1A)。このアッセイを,cDNAの発現ライブラリーのスクリーニングに用いて,サルCOS-1細胞へトランスフェクションした場合に,予想される新規なT1165刺激活性が発現されるものを検索した」(同4頁最終段落〜5頁第1段落) カ 「PU-34 cDNAライブラリーの作製およびcDNAクローンpC1R6・・・pC1R6をトランスフェクトしたCOS-1細胞の培養上清は,1:1000に希釈してもなお,T1165細胞の[3H]チミジンの取り込みを有意に刺激した(図1B)。図2に示したpC1R6 cDNA塩基配列には,199アミノ酸からなるポリペプチドをコードすると予想される,597塩基の1つの長いORFが含まれていた。予想される開始コドンに続いてすぐに,17〜20の疎水性アミノ酸が存在しており,典型的なタンパク質分泌リーダー配列とよく似ている。・・・pC1R6をトランスフェクトしたCOS-1細胞を[35S]メチオニンでラベルした培養上清のSDS/PAGE解析により,偽トランスフェクトした対照には存在しない1つの20-kDaの主要な分子種の存在が明らかになった(図3A)。これは,約180アミノ酸の分泌されたタンパク質に期待される分子量と一致する」(同5頁第2段落〜最終段落) キ 「〈図の説明〉 図1・・・IL-1αにより誘導したPU-34細胞から産生されたT1165増殖促進活性の同定。IL-1αで誘導したPU-34(A)およびpC1R6をトランスフェクトしたCOS-1細胞(B)の培養上清について,図示した最終希釈濃度におけるプラズマサイトーマT1165細胞の[3H]チミジンの取り込み(cpm)を刺激する能力を試験した。PU-34の培養上清は,過剰量の抗ヒトIL-6ヤギ中和抗血清存在下で試験した。COS-1細胞産生IL-11の精製により得られたデータは,サイトカインの濃度は100ng/mlであり,mgタンパク質あたり3×106unitsの比活性を有することを示している(データ省略)」(同9頁第2段落) ク 「IL-11の生物学的活性・・・さまざまな造血細胞培養系における,PU-34由来のサイトカインの影響を解析したところ,巨核球の発生に対する顕著な影響が明らかになった(図4B)。マウス骨髄細胞を標的とすると,このサイトカインだけではほとんど効果はないが,IL-3による補助を受けると,巨核球のコロニー形成を3倍に刺激した。IL-6も,IL-3依存性巨核球コロニー形成を強化することが見出されており(25,26),IL-6,およびPU-34由来のサイトカインの巨核球の発生に対する効果は,定性的にも,定量的にも類似していた(データ省略)。これらの結果は,このサイトカインが,巨核球産生の調節において重要な役割を果たしていることを示している」(同6頁最終段落〜7頁第1段落) 上記ア〜クの記載によれば,引用文献1(甲6-1)においては,T1165増殖刺激活性を有する霊長類(サル)骨髄ストローマ細胞PU-34株からcDNAライブラリーを作成し,T1165の増殖刺激活性を指標とするバイオアッセイで陽性のプラスミドpC1R6を単離して,霊長類(サル)IL-11のORFの塩基配列を決定し,pC1R6でトランスフェクトしたサルCOS-1細胞の培養上清中に,偽トランスフェクトした対照には存在しない分子量約20kDaのたん白質が存在することを確認したことが認められる。
(2) ところで,平成2年3月5日第1版第1刷トッパン発行,教育社編集企画センター編「ワトソン 遺伝子の分子生物学 第4版[下]」(乙12)には,「小胞体内腔に送りこまれるタンパク質は,ほとんど例外なくシグナル配列(signal sequence,あるいはシグナル・ペプチド,signal peptide)とよばれる余分なペプチドをN末端にもっている。真核生物のシグナル配列は,原核生物の場合・・・と同様に特定のアミノ酸配列である必要はないが,15〜30個のアミノ酸残基よりなり,疎水性アミノ酸に富んでいる。この配列が折りたたまれてらせん状に巻いたヘアピン構造をとり,膜二重層に入りこめるようになると,輸送が始まるのだろうと考えられている・・・伸長中のポリペプチド鎖がシグナル配列のあとに続いて膜を通過していく間に,シグナル配列自体はシグナル・ペプチダーゼ(signal peptidase)とよばれる特殊なプロテアーゼで切断される」(731頁)と記載され,この記載によれば,シグナル配列に対応する塩基配列を有するORFを真核生物である哺乳動物細胞中で発現させると,シグナルペプチドの作用で細胞膜を通過すると同時にシグナルペプチドが切断されることが認められる。そうすると,引用文献1(甲6-1)においてサルCOS-1細胞の培養上清中に存在するのは,サルIL-11のORFが発現し,シグナルペプチドが切断されてできた「サルIL-11成熟体蛋白質」であることが,合理的に予想できるというべきである。
(3) また,上記記載によれば,引用文献1(甲6-1)においては,T1165の増殖刺激活性を指標とするバイオアッセイで陽性とされたプラスミドpC1R6でトランスフェクトしたCOS-1細胞の培養上清中のたん白質について,COS-1細胞にはないT1165増殖刺激活性があることが確認されているから,活性とSDS/PAGEにおける20kDa付近の複数のバンドとの相関関係まで確認されていなくとも,また,cDNAの塩基配列にmRNAを不安定化させる配列が含まれているとしても,当該培養上清中にはサルIL-11のORFの発現産物が実際に得られていると解するのが相当である。そして,引用文献1には,図1の説明(上記(1)のキ)に,mgタンパク質当たり3×106unitsの比活性を有する高度に精製されたサルIL-11が記載されており,これに加え,上記(1)のクの記載において引用されている文献(26)(Exp. Hematol., Vol.18(January 1990), pp.69-72,乙9)には,精製された組換えヒトIL-6(比活性5.2×106U/mg)を用いて未熟マウス巨核球細胞の増殖刺激活性を確認したことが記載されていることから,上記クの記載は,文献(26)に記載された比活性5.2×106U/mgにまで精製された「組換えヒトIL-6」の巨核球発生に関する数値データと,単に定性的のみならず「定量的に」も比較できるような程度まで精製されたサルIL-11が引用文献1において得られたことを裏付けるものということができる。
(4) 以上検討したところを総合すると,引用文献1(甲6-1)には,精製されたサルIL-11成熟体が記載されていると認めることができるが,原告は,この点を争うので,更に検討する。
ア 原告は,甲7,10,11を挙げて,引用文献1(甲6-1)の頒布当時,単にcDNAをクローニングしただけでは,組換えたん白質に関する発明が完成したということも,当該cDNAに対応するたん白質を取得したということもできず,N末端アミノ酸配列の分析が必須であり,cDNAを取得し,たん白質を精製し,発現したたん白質の性質を調べることでたん白質の発明が完成したと認められることになると主張するが,上記のとおり,引用文献1には,単にcDNAをクローニングしたことにとどまらず,これを発現させて予想される活性の確認を行い,高度に精製したことまでが記載されており,これらの記載を総合すると,精製サルIL-11成熟体が記載されているといえるのであるから,原告の上記主張は理由がない。
加えて,原告が引用する甲7には,「多くの場合mRNAから翻訳されたポリペプチドはペプチド結合の切断や糖鎖の付加などを受けて成熟タンパク質となり,細胞において機能を発現する。シグナル配列や糖鎖の付加する可能性のある配列である-Asn-X-Thr(Ser)-などのいくつかの規則は見いだされているものの,実際に細胞において機能しているタンパク質の構造はcDNAの塩基配列から完全に確定するわけではない。タンパク質を用いて決定しなければいけない構造としてつぎのものがある。1)N,C両末端のアミノ酸配列」(21頁)と記載され,甲10には,「cDNAを検索するうえで,N末端分析を行うことは,必須ではない。しかし,シークエンシングされたcDNAから,実際のタンパク質のN末端の予測はついても決定することはできないので,最終的には目的とするタンパク質でN末端分析を行い,それを決定する必要がある」(37頁)と記載され,甲11には,「タンパク質が精製標品として得られたならば,まずその純度検定を行うとともに,いくつかの基本的性質を調べておく必要がある。N末端分析はそのような目的に必要とされ,また役立つ基本的分析の一つである。この分析により当該タンパク質を構成するポリペプチド鎖の数と種類についても知見を得ることができる」(467頁)と記載されており,これらの記載から,たん白質の研究において,N末端のアミノ酸配列の決定が重要なものであることは認められるものの,これらの記載が,たん白質のN末端のアミノ酸配列が決定されていなければ,たん白質が取得されたことにならないとか,たん白質の発明が完成されたことにならないということまでを意味するものということはできない。したがって,原告の上記主張は理由がない。
イ さらに,原告は,甲15鑑定書及び甲16意見書を根拠に,引用文献1(甲6-1)には精製サルIL-11成熟体は開示ないし示唆されていないと主張するので検討すると,甲15鑑定書は,「本論文(注,引用文献1〔甲6-1〕)には,@サルcDNAライブラリーよりエキスプレッション・クローニング(expression cloning)法にて,形質細胞腫の増殖活性を発現させるcDNAを選択し,このcDNAのヌクレオチド配列決定を行い,A当該cDNAを用いてCOS-1細胞を形質転換させ,いわゆるパルス・ラベルを行い,細胞培養外液(conditioned medium)に分子量20kDa付近の複数のバンドが発現されることを確認し,B当該細胞培養外液に3種の生物活性(形質細胞の増殖活性,巨核球のコロニー形成活性,B細胞増殖活性)を見出し,C得られたサルcDNAをプローブとしてハイブリダイゼーション法によりヒトcDNAライブラリーのスクリーニングを行い,相同性のあるヒトcDNAが存在することを見出し,このヌクレオチド配列を決定したことが記載されている」(3頁)ことを前提として,「(4)サル・インターロイキン11(以下,「IL-11」という。)蛋白取得の有無 本論文(注,引用文献1〔甲6-1〕)においてはパルスラベル実験によって新たにバンドが出現したこと,培養外液に3種の生物活性が確認されたことについて報告しているものの,この実験事実だけでは実際に蛋白質を取得したということはできないし,実質的に蛋白質を取得したに等しいとも言えない」(5頁最終段落〜6頁第1段落)とするものである。しかしながら,甲15鑑定書は,上記(3)のとおり,引用文献1の図1の説明に,mgタンパク質当たり3×106unitsの比活性を有する高度に精製されたサルIL-11が記載されていること,及びこれを比活性5.2×106U/mgにまで精製された「組換えヒトIL-6」の巨核球発生に関する数値データと,単に定性的のみならず,「定量的に」も比較したことについても記載されていることを考慮していないから,採用することができない。また,甲16意見書も,図1の説明や定量的な比較について考慮していないから,同様に採用することができない。
ウ 原告は,実際にサルIL-11を精製して比活性まで求めているのであれば,その精製方法や比活性の計算方法を記載するのは技術常識であるところ,引用文献1(甲6-1)には,比活性の定義もなく,COS-1細胞産生IL-11の精製に関するデータは示さないと記載されているのであるから,サルIL-11成熟体を単離精製したとは認められないとも主張する。
しかしながら,引用文献1の図1の説明には,精製された「サルIL-11」が「mg蛋白質(mg of protein)あたり3×106unitsの比活性を有すること」(上記(1)のキ)が記載されており,当該比活性値がIL-11蛋白1mg当たりの単位数を示したものであることは,「岩波理化学辞典 第5版」(甲19)の比活性の定義において,酵素の場合も1mg当たりの単位数で表している(1088頁)ことから明らかである。さらに,単位の求め方については,引用文献1には,用いたT1165アッセイ法について,「T1165の増殖アッセイは,NordanおよびPotterにより記載された方法を改変して行った。(7)」(被告提出の訳文3頁第2段落)と記載されているところ,引用されている文献(7)(Science, Vol.233, pp.566-569(August,1986),甲20)には,「我々は,活性の単位を,通常のアッセイ条件下でT1165tc細胞に対して[3H]チミジン取り込み量の最大値の50%を誘導する量として定義する。(図2)」(訳文最終段落)と記載されているから,引用文献1の比活性の単位の求め方は,当業者が理解できるものと認められる。しかも,引用文献1において,比活性5.2×106U/mgにまで精製された「組換えヒトIL-6」の巨核球発生に関する数値データと,単に定性的のみならず,定量的にも比較していることは上記のとおりであるから,当該数値データと定量的に比較できるような程度に精製されたサルIL-11成熟体が得られていると解すべきである。また,引用文献1の筆者の一人であるD作成の供述書(乙10)には,「私がCOS細胞ならし培地から組換えヒトIL-11の精製に使用した段階全ては,精製で使用したものがクロマトグラフィー材料-その材料全ては商業的に容易に入手できた-であったので,タンパク質精製技術の当業者に良く知られていた定型的な方法でした」(訳文2頁第3段落)と記載されていることから,引用文献1に具体的な精製方法が記載されていなくとも,そこに記載されたサルIL-11成熟体は,当業者によく知られた方法で精製されたものであると解するのが相当である。訂正明細書(甲2添付)の段落【0042】に「形質転換体の細胞内または細胞外に生産される脂肪細胞化抑制因子は,該脂肪細胞化抑制因子の物理的性質や化学的性質等を利用した各種の公知の分離操作法により,それらより分離・精製することができる。該方法としては,具体的には例えば通常の蛋白沈殿剤による処理・・・等を例示できる」と記載されていることも,IL-11成熟体の精製が公知の方法で容易に行い得ることを裏付けるものである。
(5) 次に,被告は,引用文献1(甲6-1)のバイオアッセイにおいて,サルIL-11のIL-11活性が,別異の生物種であるマウスの各種培養細胞で確認されたことから見て,通常のサイトカインと同様の普遍性,互換性があることを理解するから,当業者が,同じ霊長類のサルIL-11において確認された3種のIL-11活性は,当然にヒトIL-11が呈する活性であると考えることも無理はないというべきであって,引用文献1には,「ヒトIL-11成熟体」についての発明が実質的に記載されているということができると主張するので検討すると,引用文献1には,ヒトIL-11については,ORFが記載されているだけで,これを発現させたこと,活性を確認したこと,及び精製したこと等について,具体的な記載は一切ないから,実質的に「組換えヒトIL-11成熟体」が記載されていたとまではいうことができない。したがって,審決が,引用文献1に,「実質的に『組換えヒトIL-11成熟体』についての発明が記載されているということができる」(審決謄本5頁第5段落)と認定した点は,誤りというほかないが,審決は,更に,「仮に引用文献1に組換えヒトIL-11成熟体の発明が記載されているとまではいえないとしても・・・引用文献1に記載される単離精製サルIL-11成熟体という類似蛋白の製造方法に倣えば容易に取得できる・・・組換えヒトIL-11成熟体についての発明は,本件優先日前の技術常識を考慮すれば,引用文献1〜3(注,甲6-1,甲7,8)の記載に基づいて当業者が容易に想到し得たものであり,その効果も格別のものではない」(審決謄本5頁第6段落〜第8段落)と判断して,訂正発明1,2の進歩性を否定しているから,進んで,この判断の誤りを主張する取消事由2について検討する。
2 取消事由2(訂正発明1,2と引用発明1との相違点の判断の誤り)について (1) 引用文献1(甲6-1)には,ヒトIL-11のORFが記載(図2)され,「IL-11の発現の評価およびヒトIL-11cDNAの単離・・・MRC5細胞株から単離されたヒトcDNA配列の解析から,霊長類およびヒトのコード領域は塩基レベルで約97%の同一性を有することが判明した(図2)」(被告提出の訳文6頁第2段落)と記載されている。そして,引用文献1のバイオアッセイ(マウスプラズマサイトーマ細胞株T1165を用いた血球細胞増殖刺激活性測定法,マウス脾臓細胞プラーク形成アッセイ,マウスCFU巨核球アッセイ,同3頁第2段落〜4頁第1段落)において,サルIL-11の3種の活性が別異の生物種であるマウスの各種培養細胞で確認されたことから見て,IL-11は,種を超えた普遍性,互換性を有するもので,サルIL-11と同様の活性をヒトIL-11も有すると解することができる。この点について,原告は,ある生物のサイトカインが他生物に対しても同じ生物活性を示すとは限らず(甲22,平成4年12月20日羊土社発行,須田年生著「実験医学バイオサイエンスF 血液幹細胞の運命」),サイトカインの作用が種を超えた互換性を示すか否かは,個々のサイトカインごとに全く異なり,実際に実験をしてみないと予想できないことであると主張するが,生物種間での互換性のないサイトカインが存在するとしても,引用文献1においてサルIL-11の3種の活性が別異の生物種であるマウスの各種培養細胞で確認されている以上,IL-11が種を超えた不偏性,互換性を有するものと解することに支障はない。そうすると,ヒトIL-11のORFの塩基配列は,サルIL-11と高い相同性を有するのであるから,引用文献1において精製サルIL-11成熟体を実際に取得したのと同様,COS-1細胞発現系を用いることによって,サルIL-11と同様の活性を有する精製ヒトIL-11成熟体を取得することは,当業者が容易にし得ることであると認められる。そして,精製したたん白質を用いたSDS-ゲル電気泳動であれば,電気泳動後のバンドを切り出してエドマン分解等により簡単かつ迅速にN末端部分配列を決定することができることは原告も認めるところである(上記第3の1(4))から,上記のように取得された精製ヒトIL-11成熟体のN末端のアミノ酸配列を常法に従って決定することにより,引用文献1に記載のORFの塩基配列から推定されるアミノ酸配列から,ヒトIL-11成熟体の全アミノ酸配列が本件明細書の配列番号2におけるアミノ酸番号1〜178のものであると確認することに,格別の困難はないものと認められる。
なお,原告は,甲15鑑定書及び甲18実験成績書を挙げて,組換えヒトIL-11成熟体の単離精製が困難であったと主張し,甲15鑑定書には,「ヒトIL-11成熟体は塩基性が異常に高い」(7頁最終段落),「塩基性蛋白質の精製に当時最も煩雑に用いられるイオン交換体はCM-セルロース(またはCM-セファデックス)等の陽イオン交換樹脂であり,本件特許の発明者らも,このような基本セオリーに倣い,当時最も汎用されていた陽イオン交換樹脂を5種(CMセファデックス,CMセファロース,SPセファデックス,CMバイオゲル,CMセルロース)使用して,ヒト脂肪細胞化抑制因子の吸着性及び溶出性を調べた。その結果以下の性質が明かとなった」(8頁第2段落)と記載され,甲18実験成績書には,「溶出画分での回収率は非常に低く,最も回収率の高かったCM-セファロースにおいても溶出画分での活性回収率は29%と低く,他のカラムでは3.6〜13%であった」(2頁最終段落)と記載されている。これらの記載からは,汎用の陽イオン交換体を用いた場合でも,低い回収率ながらヒトIL-11成熟体は回収されることが認められるから,原告主張のようにヒトIL-11成熟体の単離精製が困難であったということはできない。
(2) 原告は,公知物質と化学構造が類似していても,その化学物質から予測できないような特有な性質を有する化学物質の発明は進歩性が肯定されるべきところ,訂正発明1は,新規物質であり,かつ,当業者に予測できない生物活性を有するから,進歩性が肯定されるべきであると主張するので,訂正発明1,2が当業者に予測できない顕著な生物活性を有するといえるか否かについて検討する。
引用文献1(甲6-1)には,「予備的な生物学的特性の解析から,IL-11には,プラズマサイトーマ増殖刺激に加え,イムノグロブリン産生B細胞のT細胞依存的発達や,IL-3と共同したマウス巨核球コロニー形成を刺激することが示された。これらの特性から,IL-11は造血微細環境における新たな多機能性制御因子であることが示唆される」(被告提出の訳文1頁下から第2段落),「T1165細胞(注,IL-6依存性プラズマサイトーマ細胞株)の増殖を補助する以外にも,この新しく発見されたサイトカインは,脾臓細胞の培養において,IgG-分泌型B細胞の産生を刺激し,また,骨髄細胞クローン培養において,IL-3に依存した巨核球コロニーの発達を促進する。これらの多様な生物学的効果は,他の多能性サイトカイン,特に,IL-6とIL-7を連想させる。このため,我々は,この分子をインターロイキン-11(IL-11)と称することを提案する」(同2頁第2段落)との記載があり,同記載によれば,「IL-11」と命名するに当たって,「多能性サイトカイン」として知られたIL-6に類似した物質であることが認識されていたといえるから,実際に確認した活性以外の生物活性があることは十分予測し得たものと認められる。そして,引用文献3(甲8)には,組換えヒトIL-6に脂肪細胞化抑制活性があることが記載されているのであるから,IL-6に類似したIL-11にも脂肪細胞化抑制活性があることは,本件優先日前に当業者が予測し得たことであったということができる。なお,原告は,本件優先日からわずか5か月程度前の論文である引用文献3をもって進歩性を否定することは妥当でないと主張するが,引用文献3が本件優先日前に頒布された論文であることは明らかであって,その頒布時が本件優先日からどれだけ前であるかは進歩性の判断を何ら左右しないから,失当である。また,原告は,IL-6に脂肪細胞化抑制活性があることが技術常識になっていなかった段階で,当業者は,サルIL-11がIL-6に類似した活性を有することを見いだしたからといって,IL-11にも脂肪細胞化抑制活性があると推定することはできなかったとも主張するが,引用文献3により,IL-6に脂肪細胞化抑制活性があることが,本件優先日前に既に公知になっていたのであるから,訂正発明1,2の進歩性を判断するに当たり,本件優先日前に公知となっていた当該事実を考慮すべきことは当然である。
原告は,IL-11とIL-6とではアミノ酸配列が類似していないことから,IL-11にも「脂肪細胞化抑制活性」があるとは想起しないし,IL-11に脂肪細胞化抑制活性があるかどうかは,前脂肪細胞にIL-11受容体が発現しているかどうかに依存するのであって,仮にIL-6とIL-11が類似したサイトカインであるとしても,前脂肪細胞にIL-11受容体が発現していなければIL-11は脂肪細胞化抑制活性を示さないので,IL-11にその活性があるかどうかは実験により調べる以外には知る方法がないと主張する。しかしながら,アミノ酸配列が類似していないIL-11とIL-6とが,実際に類似の活性を有することは,引用文献1(甲6-1)において確認されているから,アミノ酸配列が類似していないことを根拠とする原告の主張に理由がないことは明らかである。また,平成2年4月26日東京化学同人発行,大沢利昭編「現代化学増刊18 サイトカイン-免疫応答および細胞の増殖・分化因子-」(乙1)に「IL-6が多彩な機能を有していることを反映して,IL-6レセプターはさまざまな組織由来の細胞株に認められている(表6・2)」(79頁左欄)と記載されているように,IL-6の有する多彩な機能は,IL-6レセプターが多様な細胞表面上に存在することに起因することが知られていたのであるから,当業者が,引用文献1においてIL-6と同様多彩な機能を有することが確認されたIL-11のレセプターも,前脂肪細胞を含む多様な細胞表面上に存在すると予想することになんら障害はないものと認められる。
そうすると,本件訂正発明1,2に特定されたたん白質の有する「脂肪細胞化抑制活性」が,当業者の予想を超える顕著なものであるとする証拠は見いだし難いから,当該活性は本件訂正発明1,2の進歩性を肯定するに足りる効果であるということはできない。
(3) したがって,原告の取消事由2の主張は採用することができない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由2は理由がないから,訂正発明1,2の進歩性を否定し,独立特許要件を欠くとした審決の判断に誤りはなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴